大阪高等裁判所 平成18年(ラ)963号 決定 2006年11月30日
京都市下京区烏丸通五条上る高砂町381-1
抗告人
株式会社シティズ
同代表者代表取締役
●●●
堺市●●●
相手方
●●●
同訴訟代理人弁護士
井上耕史
同
中平史
同
須井康雄
同訴訟復代理人弁護士
植田勝博
同
市川智
同
奥岡眞人
同
山田治彦
主文
本件抗告を棄却する。
理由
第1抗告の趣旨及び理由
1 抗告の趣旨
(1) 原決定を取り消す。
(2) 本案訴訟を堺簡易裁判所に移送する。
2 抗告理由は別紙「抗告理由書」のとおりであるが,その要旨は,次のとおりである。
(1) 専属的合意管轄について
抗告人と相手方は,当事者間の貸金契約に関する紛争については,堺簡易裁判所を専属管轄裁判所とすることに合意した。本案訴訟(不当利得金返還等請求事件)は,当事者間の貸金契約から派生した紛争であって,上記専属的管轄合意の効力が及ぶから堺簡易裁判所に専属的管轄がある。
(2) 民事訴訟法16条2項の趣旨について(以下,同法を「民訴法」という。)
本案訴訟の主たる争点は,①貸金業の規制等に関する法律43条の規定の適用の有無(以下,同法を「貸金業法」という。),②複数の契約を一連一体のものとして計算することの是非,③期限の利益喪失の有無,という点にある。これらは貸金訴訟の典型的争点であり,地方裁判所で審理されなければならないほど複雑困難であるとはいえないから,民訴法16条2項の趣旨により地方裁判所で審理すべきであるとまではいえない。
(3) 民訴法17条について
本案訴訟は不当利得返還請求であり,原告である相手方は請求原因事実の主張立証に何ら労することはなく,請求権の成否は専ら被告である抗告人の抗弁事実の主張立証活動にかかっているのだから,当事者間の衡平を図るのであれば抗告人の便宜を考慮すべきである。
また,抗告人の相手方に対する貸金の取扱店は,堺市所在の堺支店である。本案訴訟では複数の貸金契約について争われることとなろうが,膨大な証拠書類の全てが堺支店に保管されているから,証拠の所在場所にかんがみても,本案訴訟を大阪地方裁判所で審理すれば,かえって抗告人に対する衡平を失し,訴訟を著しく遅滞させることは明らかである。
第2事案の概要
1 本案訴訟
相手方は,貸金業者である抗告人との間において,3つの貸金契約に基づいて借入と返済を繰り返してきたが,借入と返済の金額を利息制限法が規定している制限利率に引き直して計算すると,最終取引日である平成17年8月19日時点において,訴状添付別紙計算書記載のとおりの過払金が発生しているなどとして,抗告人に対し,不当利得返還請求権(民法703条,704条)に基づき,次の各金員の支払を求める本案訴訟を原審(大阪地方裁判所)に提起した。
(1) 過払金元金 合計131万7956円
(2) 各過払金元金に対する最終取引日である平成17年8月19日までの商事法定利率年6分の割合による法定利息の合計6万8909円
(3) 上記アに対する最終取引日の翌日である同月20日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による法定利息
(4) 上記各請求の損害賠償として,弁護士費用13万円及びこれに対する最終取引日である同月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
2 本件移送申立
これに対し,抗告人は,当事者間の貸金契約には堺簡易裁判所を専属的管轄裁判所とする合意がある,本案訴訟に関する証拠資料は全て抗告人の堺支店に存在するなどとして,民訴法16条1項又は17条の規定に基づき本案訴訟を堺簡易裁判所に移送する裁判を求めた。
相手方は不当利得金の返還を求める本案訴訟には,貸金契約に関する上記専属的管轄合意の効力は及ばない,本案訴訟を取り扱っている抗告人の関西法務部は大阪地方裁判所に近く,本案訴訟で問題となる証拠資料の大半を所持しているなどとしてこれを争った。
3 原決定
原審は,当事者間の貸金契約における専属的管轄合意は,本案訴訟のような不当利得返還訴訟についてまで定めたものとは認められないし,本案訴訟の裁判管轄は本来地方裁判所にあり,想定される争点には慎重な判断を要するから,民訴法16条2項,18条の規定の趣旨からすると地方裁判所で審理することが当事者の利益にも資するなどとして,民訴法16条1項の規定による移送は理由がないと判断した。また,大阪地方裁判所と堺簡易裁判所はさほど離れていないし,抗告人の本案訴訟の取扱部署である関西法務部は大阪地方裁判所の近くに存在するから,大阪地方裁判所よりも堺簡易裁判所において審理することが訴訟の著しい遅滞を避け,また,当事者間の衡平を図る必要があるとも認められないなどとして,民訴法17条の規定による移送にも理由がないと判断した。そして,上記判断に基づき抗告人の本件移送申立を却下した。
抗告人は,上記原決定を不服として抗告した。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所の判断の要旨は,次のとおりである。
(1) 当事者間の貸金契約における堺簡易裁判所を専属的管轄裁判所とする合意は,同契約を前提として派生する不当利得返還請求である本案訴訟にも及ぶ。
(2) しかし,本案訴訟の争点は多岐にわたり複雑であるから,簡易裁判所よりも地方裁判所である原審において審理判断する方が適切である。原決定は民訴法16条2項の規定により本案訴訟を自庁処理することが相当であると判断していると解される。
(3) また,本案訴訟について,抗告人の立証の負担を考慮しても,民訴法17条により堺簡易裁判所に移送すべき事情があるとはいえない。
(4) したがって,本案訴訟は,民訴法16条1項,17条のいずれの規定によっても,これを堺簡易裁判所に移送することは相当ではないから,本件移送申立は却下すべきである。
その理由の詳細は,以下のとおりである。
2 一件記録によれば,次の事実が認められる。
(1) 当事者間の貸金契約の概要
相手方は,消費者金融会社である抗告人との間において,抗告人の堺支店を取扱支店として,次の各貸金契約を締結した(弁済条件等は省略する。)。
契約締結日 貸金額 利息(月) 損害金(月)
ア H9.12.11 300万円 29.8% 39.8%
イ H13.4.2 200万円 29.0% 29.2%
ウ H14.9.9 200万円 29.0% 29.2%
(2) 専属的裁判管轄の合意
上記各契約締結時にあたり作成された各金銭消費貸借契約証書(乙1ないし乙3)には,訴訟行為の管轄裁判所に関する合意について,独立した項目を設けて「訴訟行為については,堺簡易裁判所を以て専属的合意管轄裁判所とします。」と記載されている。
また,上記(1)イウの各契約に関する各貸付及び保証契約説明書についても,上記と同じ約定がある(乙4,乙5)。
そして,これらの書証には,相手方の署名等がされている。
そうすると,当事者間において,本件貸金契約に関する訴訟については,堺簡易裁判所を専属的管轄とする合意があると認められる。
3 民訴法16条1項の規定による移送について
(1) 専属的合意管轄について
本案訴訟における相手方の不当利得返還請求は,当事者間の貸金契約の弁済に過払があったとして過払金の返還を請求するものであるから,当事者間の貸金契約を前提としてこれに関連して派生した紛争であることは明らかであり,その争点は収受された利息が貸金契約に照らし法律上の原因があるか否かである。
貸金契約に基づく訴訟行為について専属的裁判管轄が合意される目的は,当該貸金契約そのものに関する紛争だけではなく,当該貸金契約を前提としてこれに関連して派生する上記のような紛争についても,当該裁判所において解決を図ることにあると解するのが当事者の合理的意思に合致すると解される。
そうすると,本案訴訟については,堺簡易裁判所に専属的合意管轄があるというべきである。
これに反する相手方の主張は採用できない。
(2) 原審による民訴法16条2項に基づく自庁処理の当否について
ア 抗告人は,本案訴訟の答弁書において,相手方の請求の棄却を求めている。また,相手方の主張している貸金に対する弁済の経緯については概ね認めているものの,相手方が訴状において主張している過払金の計算の根拠については争うとしている。
イ これに対し,相手方は,意見書(原審提出)のなかで,本案訴訟においては,次のような争点が予想されるが,最高裁判所により判断が統一されていない部分も少なくないと主張している。
① 貸金業法43条が規定するみなし弁済の成否
具体的には,最高裁判所平成18年1月13日判決ないし同月19日判決がいう「特段の事情」の存否が争点となり,この場合,貸金業法43条の違憲性や,貸金業法17条及び18条の規定する書面の不備なども争点となる。
② 期限の利益喪失の有無及び利息制限法4条1項の適用の適否
③ 上記2(1)アないしウの3契約の過払金計算につき,これらを個別取引として計算すべきか,一連一体のものとして通算計算すべきか。
④ 抗告人は悪意の受益者か否か
抗告人は,これまで貸金業法43条が規定するみなし弁済が適用されると信じてきたから悪意ではないと主張することが予想される。
⑤ ④において,抗告人が悪意の受益者とされた場合の利息の利率は年5分か年6分か
⑥ 民法704条後段の請求において,弁護士費用が認められるか
ウ 上記の相手方の主張について,抗告人は,意見書に対する反論(原審提出)のなかで,上記の各予想される争点はいずれも貸金訴訟における典型的な争点であり,本案訴訟は,地方裁判所で審理されなければならないほどに複雑困難ではないと反論している。また,抗告人の抗告理由における主張の要旨は,上記に示したとおりである。
上記各主張において,抗告人は,上記各争点の全部又は一部について争わないなどとは主張していない。
エ 以上のような抗告人の訴訟態度によれば,本案訴訟において,抗告人は,上記各争点の全部又は相当部分について争う意向であると推認されるから,これらの争点について審理判断する必要が生じる可能性が高い。
また,上記各争点が貸金訴訟における従前の典型的争点に含まれるとしても,争点は多岐にわたり,主張も立証も大部になると予測されるうえ,個別の争点に関する判断が必ずしも統一されているとまではいえない。したがって,上記最高裁判所の各判例等との関係において解釈する必要なども否定できず,その判断は必ずしも容易であるとはいえない。そうすると,本案訴訟は,簡易迅速な事案の審理が求められている簡易裁判所において審理するよりも,より慎重な審理判断が予定されている地方裁判所において審理判断される方が適切であるといえる。
そして,民訴法16条2項本文の規定は,地方裁判所は,訴訟がその管轄区域内の簡易裁判所の管轄に属する場合においても,前項の規定にかかわらず,相当と認めるときは,申立てにより又は職権で,訴訟の全部又は一部について自ら審理及び裁判することができるとしている。もっとも,同条2項ただし書のとおり訴訟が簡易裁判所の専属管轄に属する場合はこの限りではないが,当事者が民訴法11条の規定により合意で定めた専属管轄はこれに含まれない。
原決定も,本案訴訟の専属的合意管轄の点についてはともかく,本案訴訟について職権により自庁処理することが相当であると判断しているものと解される。
したがって,本案訴訟につき,原審が職権で自庁処理をすることが相当であるとした点は正当である。
(3) 以上のとおり,本案訴訟については,堺簡易裁判所に専属的合意管轄があると認められるが,民訴法16条2項により,原審が自庁処理することが相当である。
4 民訴法17条による移送について
抗告人は,本案訴訟において証拠調べが予定される証拠資料は,すべて抗告人の堺支店に保管されているなどとして,立証の負担の観点から本案訴訟を堺簡易裁判所に移送することを求めている。
しかしながら,大阪地方裁判所が所在する大阪市と,堺簡易裁判所が所在する堺市はさほど離れているのではないし,また,抗告人において本案訴訟を担当している部署は大阪市内にある。
そうすると,本案訴訟を大阪地方裁判所において審理しても,訴訟が著しく遅滞するとか,当事者間の衡平を図ることができないなどとは到底いえない。
したがって,民訴法17条により,本案訴訟を堺簡易裁判所に移送するのは相当ではない。
5 以上のとおり,原決定は結論において相当であり,本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 富川照雄 裁判官 三宅康弘)
<以下省略>