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大阪高等裁判所 平成18年(行コ)10号 判決 2007年1月23日

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文同旨

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は,控訴人の負担とする。

第2事案の概要等

1  事案の要旨

(1)  大阪市α所在のβ公園は,都市公園法に基づいて大阪市が設置した都市公園である。

本件は,平成10年ないし11年頃からβ公園内で居住を開始し,平成12年3月頃からは,同公園内の肩書地に設置されているキャンプ用テント(以下「本件テント」という。)に居住してきたと主張する被控訴人が,控訴人に対し,平成16年3月30日付けで上記テントの所在場所である「大阪市γ-×β公園23号」を住所とする転居届(以下「本件転居届」という。)を提出したところ,控訴人(住民基本台帳法[以下「住基法」という。]38条1項により,大阪市においては,区長である控訴人が権限を有する市長とみなされる。)が,同年4月20日付けで本件転居届につき不受理処分(以下「本件不受理処分」という。)をしたとして,その取消しを求めた事案である。

(2)  原審は,本件訴えが適法であるとした上,次のとおり,本件不受理処分は違法であると判示して,被控訴人の請求を認容し,本件不受理処分を取り消す旨の原判決をした。

ア 住民基本台帳に関する法令の規定及びその趣旨によれば,住民基本台帳は,これに住民の居住関係の事実と合致した正確な記録をすることによって,住民の居住関係の公証,選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするものであるから,市町村長は,住基法の適用が除外される者以外の者から同法23条の規定による転居届があった場合には,その者に当該市町村の区域内において住所を変更した事実があれば,法定の届出事項以外の事由を理由として転居届を受理しないことは許されない。

イ 住基法にいう住所とは,生活の本拠を指すものであるから,転居届に住所として記載された場所が客観的に当該届出をする者の生活の本拠たる実体を具備していると認められる限り,市町村長は,当該転居届を受理しなければならない。

ウ 本件テントの所在地は,客観的にみて,被控訴人の生活に最も関係の深い一般的生活,全生活の中心として,生活の本拠たる実体を具備しているものと認められる。

エ その者が当該場所について占有権原を有するか否かは,客観的事実としての生活の本拠たる実体の具備とは本来無関係というべきであり,当該場所が客観的に当該届出をする者の生活の本拠たる実体を具備していると認められるにもかかわらず,その者が当該場所について占有権原を有していないことを理由として市町村長が転居届を受理しないことは許されない。

2  争いのない事実等

原判決該当欄(2頁2行目から3頁1行目まで)記載のとおり(ただし,2頁5行目の「テント」を「キャンプ用テント」と改める。)であるから,これを引用する。

3  争点及び当事者の主張

(1)  本件の争点

本件不受理処分の適法性,すなわち,具体的には,被控訴人はβ公園内に住基法にいう住所を有しているといえるか,である。

(2)  当事者の主張

ア 双方の主張は,当審において,次のイ,ウのとおり付加するほかは,原判決該当欄(3頁5行目から6頁7行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決5頁22行目の「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」の次に「(平成14年法律第105号。以下「自立支援法」という。)」を挿入し,同頁最終行の「同法」を「自立支援法」と改める。)。

イ 当審における控訴人の主張

(ア) ある場所が,客観的に生活の本拠たる実体を備えているか否かを判断するに当たっては,当該場所に起居する者の生活実体を斟酌すると同時に,当該場所における居住が社会的見地からみて住所と認定するに足りる性質を有しているか否かを検討しなければならない。

都市公園は,公共の用に供するため,不特定多数の市民が自由に利用することを前提に設置管理されているのであるから,たとえ,個人がその敷地の一部に簡易な工作物を設置して事実上起居を継続したとしても,それは,自由使用が許されているという都市公園の性質を奇貨として一時的な滞在を継続していると評価されるにとどまるもので,社会的見地からみて,住所として認定され得る場所と評価することはできない。

(イ) 本件テントの構造,被控訴人の公園施設の利用形態を含むその居住状況からみて,被控訴人の居住は,継続性・安定性を欠いており,生活の本拠としての実体を具備するものとはいえない。

(ウ) 住基法に基づく住所の認定に当たっては,他の関係法令等への影響をも考慮しなければならず,法秩序全体における整合的解釈がされなければならない。

都市公園内に公園施設以外の工作物等を設置して都市公園内の一定区画を占用するには,都市公園法6条,7条に基づく厳格な規制があり,同法32条は,都市公園を構成する土地物件については,私権を行使することができない旨規定していることからみれば,都市公園法は,本件テントのような工作物等を都市公園内に設置し,これを起居の場所とすることを認めていないことは明らかである(ホームレスや罹災者に起居の場所として利用させるための仮設の施設を都市公園内に設置することとホームレスや罹災者が都市公園内に自ら住居を設置することとは全く別のことであって,都市公園法が例外的に認めているのは前者のみであることが明らかであり,前者の余地があるからといって,後者が認められることにならないことは当然である。)。このような都市公園法の趣旨からみて,都市公園内に住基法上の住所を設けることを認めることは,都市公園法と公職選挙法等の関連法律との矛盾抵触関係を惹起し,都市公園法の趣旨を没却する結果となるもので,法秩序全体における整合性を失わせるものというべきである。

自立支援法も,何ら,都市公園法の上記趣旨を修正するものではない。

(エ) 仮に,本件テントが住基法上の住所に当たるとしても,控訴人は,都市公園法6条,7条,32条等を根拠として,本件転居届の受理を拒否できると解すべきである。

ウ 当審における被控訴人の主張

(ア) 控訴人の主張は,いずれも,居住の事実以外の占有権限の有無をもって住所の概念を画することに帰着するものであって,失当である。

住基法にいう住所の認定は,正当な居住権限ないし占有権原の有無によって左右されるものではなく,上記住所を認定するに当たって問題となる「客観的事実」の有無については,当該場所に生活の本拠があるかどうかだけを判断すべきである。被控訴人は,数年間にわたって,β公園内に所在する本件テントを生活の本拠とする意思を有し,かつ,客観的に同所を生活の本拠としているのであるから,同所は,被控訴人の住所に該当するものと認めるべきである。

また,自立支援法は,都市公園内の土地が住所となり得ることを想定しているものと解すべきである。

(イ) 都市公園法6条,7条により占用許可を与えることのできる物件につき,都市公園法施行令が改正され,「地方公共団体の設置に係る都市公園にあっては当該地方公共団体が条例で定める仮設の物件又は施設」に占用許可を与えることができるようになり(同施行令12条10号),この改正を受けて,大阪市公園条例に,8条の2として,同施行令12条10号の条例で定める「仮設の物件又は施設は,市長が定める都市公園に設けられる仮設の施設で,都市公園を故なく起居の場所とし日常生活を営んでいる者に起居の場所として一時的に利用させるものとする。」旨の規定が設けられ,現に,この規定に基づいて,都市公園内に仮設避難所が設けられ,その居住者には住民登録が認められている。また,都市公園には,災害時の避難等に資するための公共施設としての機能も認められている(都市公園法7条5号)のであるから,都市公園法が,都市公園内に住居を設けることを何ら予定していない,ということはできない。

第3当裁判所の判断

1  本件訴えの適法性

本件訴えが適法であることについては,原判決6頁10行目から7頁11行目までに記載されているとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決7頁6行目の「行服法8条1項」を「行服法20条」と改める。)。

2  本件不受理処分の当否について

(1)  事実関係

ア 前記争いのない事実等記載の事実に加え,原判決挙示の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次のとおり付加訂正を加えるほか,原判決9頁12行目から11頁20行目までに記載の事実を認めることができる。

(ア) 同9頁19行目の「本件テントを」の次に「先住者から引き継ぎ,これを」を加え,同20行目の「(甲12,原告本人)。」を「。上記のように,被控訴人が,β公園内で起居の場所を移転したのは,下記のβ公園再整備事業の進捗に伴い,当初の起居場所が具体的な工事区域に当たったため,移転を求められたからである。本件テント群が今後の再整備予定区域内に存在するため,平成16年度以降,上記の再整備事業は中断されている。(甲12,乙10,被控訴人本人[原審])。」と改める。

(イ) 同10頁1行目から7行目までを次のとおり改める。

「オ 本件テント群には,被控訴人を含め20数人が生活している。β公園内の本件テント群の近くには,公園施設として設置されている散水用の水道があり,被控訴人は,同水道を,飲料水等用として,本件テント群で生活する者らと共同で事実上利用し,また,自己の衣料等の洗濯も同水道を事実上使用して行っている。更に,便所は,公園施設として設置されているものを事実上利用している。煮炊き等の炊事は,簡易のガス器具を用いて行っている。なお,本件テント群には,独自の電気設備はないが,本件テント群で生活する者らの中に発電機を持っている者がおり,これを利用してテレビを視聴するなどしている(甲6,12,被控訴人本人[原審],弁論の全趣旨)。」

(ウ) 同頁22行目の「原告は,」の次に「当時は,本件テントを住基法上の住所として住民登録をすることができるとは認識していなかったこともあって,海外旅行をするため」を加える。

イ 証拠(甲12,19,29,30,乙3,5,6の2,8,10)及び弁論の全趣旨によれば,更に,次の事実が認められる。

(ア) 被控訴人は,昭和▲年▲月,兵庫県尼崎市内で出生した。本籍は,愛媛県西条市にあるが,被控訴人は,20歳頃から,父母や妹と別に暮らすようになり,単独で,尼崎市ないしその周辺で生活して現在に至っている。婚姻したことはない。母は,その後病死した。父は,再婚して,静岡県浜松市に居住し,妹は,本籍地付近に居住している模様であるが,両名とも,被控訴人とは,現在に至るまで,長期の間,全く交流がない。

(イ) 被控訴人は,β公園内に移り住む前,何回か転職したが,就業形態は,住込みあるいは寮住まいで,稼働先等を自己の住所として住民登録していた。

(ウ) 被控訴人は,本件テント内で日常生活を送りながら,上記引用部分に記載のとおり,缶集め等の仕事をするほか,最近は,高齢者特別就労事業の仕事(公園等の清掃,整備,地域外のペンキ塗り,草刈り等)にも従事している。

(エ) 大阪市は,平成3年以降,β公園の再整備のため,都市計画法59条1項に基づき,大阪府知事からβ公園の再整備事業の事業認可を受け,これを順次更新,実施してきたが,その実施の傍ら,必要に応じ,β公園内の工作物占有者に対し,工作物の撤去指導などを行い,平成15年6月以前には,工作物占有者も比較的これに従い,テントなどを自主撤去したり,あるいは,移動の指示に応じてきた(被控訴人もこれに応じてきたことは前記のとおりである。)。しかしながら,平成16年度以降,再整備工事は中断されていて,本件テント群所在地を含む未整備地域が残っていることは上記のとおりである。

(オ) 大阪市における野宿生活者(ホームレス)対策

a 大阪市は,区域内における野宿生活者増加の状況を踏まえ,平成10年5月に「大阪市野宿生活者問題検討連絡会」を設置し,実態調査を実施し,平成11年7月には,大阪市長を本部長とする「大阪市野宿生活者対策推進本部」を設置した。

また,平成12年3月には,有識者も交えた「大阪市野宿生活者対策に関する懇談会」を設置し,同年4月にδの臨時夜間緊急避難所を開設したのを初めとし,自立支援センターを順次開設し,一方で,ε公園,ζ公園,η公園内にも仮設一時避難所を順次開設した。

b 平成14年8月7日に自立支援法が成立し,それに伴い,平成15年1月,国の方針として,「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」が策定された。

この基本方針に沿って,大阪市においては,平成16年3月に「大阪市野宿生活者(ホームレス)の自立の支援等に関する実施計画」が策定され,更に,「野宿生活者就業支援協議会」及び「野宿生活者対策連絡会議」を設置し,野宿生活者対策として,以下の三施策を実施している。

① 野宿生活者巡回相談事業

相談員が市内を巡回し,野宿生活者の就労・健康・悩み等についての相談を行い,帰郷を希望する者については,家族・知人等への連絡・仲介を行い,就労による自立意欲のある者については,自立支援センターへの入所を促進している。また,高齢,障害や病弱等の福祉援護が必要な者については,関係機関と連携を図るなど,個々の状況に応じた支援等を行っている。

② 自立支援センターの設置・運営

就労意欲のある野宿生活者等を一定期間入所させ,宿所と食事を提供するとともに,健康診断,生活相談・指導及び職業相談・斡旋などを行うことにより,就労による自立促進を図ることを目的として,自立支援センターを設置し,現在は,市内3か所(θ,δ,ι)で運営している。

③ 仮設一時避難所の設置・運営

緊急の措置として,ε公園,ζ公園及びη公園に,仮設一時避難所を設置した(ただし,ε公園及びζ公園の施設は,設置期間経過により,現在は廃止されている。)。

c 大阪市公園事務所職員は,随時β公園を巡回し,健康状態と自立意思の確認及びテント周辺の整理等,自立に向けた指導をしており,巡回時に,生活保護を受ける意思や自立支援センターへの入居の意思が認められた場合,野宿生活者巡回相談員に連絡を取り,相談を受ける体制にしており,自立支援センターに入居した者のテントなどは,順次撤去するなどの措置を講じている。

更に,年1回,薬剤散布による消毒を行うとともに,粗大物品の除去,テント縮小の働き掛けを実施しており,年度によっては,撤去を行うこともある。

d 自立支援センターAの「施設利用の手引き」には,入所者については,住民登録も可能である旨の記載がされている。

また,平成14年10月31日以前にη公園内の仮設一時避難所を住民票上の住所とした者はいなかったが,平成14年11月1日から平成18年8月25日までの間には65名存在し,平成18年8月25日現在8名存在する。

(カ) 被控訴人は,本件テントに起居している過程において,大阪市が実施している上記野宿生活者に対する対策の概要を理解しているものの,自立支援センターへの入居を希望しない意向を示している。

(キ) β公園内を宛先とする郵便物については,公園内に郵便受箱が設置されているテントがあり,当該郵便受箱に一括配達する取扱いになっているが,実際は,テントが密集しているところで,郵便配達員が声を掛け,該当者に直接手渡すという配達方法が取られている(被控訴人に対する郵便物の配達も,このような方法によっているものと推認される。)。

(2)  住基法の規定及び住民基本台帳制度の意義

ア 住基法の目的,住民基本台帳の整備,管理,住民基本台帳を構成する住民票(記載事項として住所を含む。)の記載,消除,修正の方法,市町村長による審査権限,住民の届出義務,指定都市における区長の権限等については,原判決7頁13行目から8頁18行目までに記載のとおりである(ただし,7頁23行目の「法7条7号」の前に,「同法6条1項は,市町村長は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して住民基本台帳を作成しなければならない旨規定し,」を挿入する。)から,これを引用する。

イ そして,住民基本台帳の記載を前提として,市町村が処理すべき住民に関する具体的事務としては,住民の居住関係の公証,国民健康保険,介護保険及び国民年金の被保険者の資格及び児童手当の受給資格等についての事務,選挙人名簿の登録,市町村民税若しくは特別区民税及び道府県民税若しくは都民税の課税,住民コードの記載並びに本人確認情報の処理及び利用等についての事務処理等が予定されている(なお,住民登録は,生活保護の要件でないとされている[平成15年7月31日「ホームレスに対する生活保護の適用について」社援保0731001号]。)。

ウ これらによれば,住民の住所は,選挙権・被選挙権,納税義務,各種福祉施策の対象資格の有無等に関わる基本的な要素であるところ,市町村長(本件においては,区長である控訴人)が,その認定に関しては実質的審査権限を有し,当該区域に転居をしたとして転居届に記載された住所が住所としての実体を有するものと認められないときは,市町村長は,当該転居届を受理しない旨の処分をすることになるものというべきである。

(3)  住基法にいう「住所」の意義

住基法にいう「住所」とは,生活の本拠,すなわち,その者の生活に最も関連の深い一般的生活,全生活の中心を指すものであり,一定の場所がある者の住所であるか否かは,客観的に生活の本拠としての実体を具備しているか否かによって決すべきことは,原判決8頁19行目の「法4条」から9頁8行目末尾までに説示するとおりであるから,これを引用する(なお,住基法の運用規程である,住民基本台帳事務処理要領[乙9]は,「住所の認定にあたっては,客観的居住の事実を基礎とし,これに当該居住者の主観的居住意思を総合して決定する。」(第1の3)としている。)。

もっとも,そこにいう「生活の本拠としての実体」があると認められるためには,今日において住基法にいう住所の有する上記の基本的性格に鑑みると,単に一定の場所において日常生活が営まれているというだけでは足りず,その形態が,健全な社会通念に基礎付けられた住所としての定型性を具備していることを要するものと解するのが相当である。

(4)  本件における検討

ア 上記の認定事実によれば,被控訴人が,平成12年頃以降,本件テントを起居の場所として日常生活を営んできたことは明らかである。

イ しかしながら,その形態をみると,被控訴人が起居する本件テントを含む本件テント群は,いずれも,金属製単管,角材,合板,ベニヤ板,ブルーシート及び簡易テントなどを組み合わせて構築されたものであり(本件テントもキャンプ用テントである。),本件テントは,その四隅に杭が打ち込まれ,地面に固定されているとはいっても(テントが地面に固定されることは,その性質からみて構造上当然のことである。),全体として,簡易な構造であって,容易に撤去ないし移転され得るものと認めざるを得ないのであるから,未だ土地に定着しているものとみることはできない。

そして,そこにおける被控訴人の日常生活は,独立の電気設備もなく,生活基盤として使用する飲料水や洗濯用等の水道設備や排泄設備も,一般市民の用に供するために都市公園の公園施設として設置されている各設備に専ら依存するという便宜的なものである。

ウ 更に,本件において特異な点は,本件テントないし本件テント群が都市公園であるβ公園の敷地内に設置されている点である。

(ア) 都市公園法等の規定

a 都市公園は,一般公衆の用に供されることを目的として国又は地方公共団体(本件においては大阪市)によって設置された都市計画施設(公共用物)である。

b 都市公園法6条1項は,都市公園に公園施設以外の工作物その他の物件又は施設を設けて都市公園を占用しようとするときは,公園管理者の許可を受けなければならず,同条2項は,同条1項の許可を受けようとする者は,占用の目的,占用の期間,占用の場所,工作物その他の物件又は施設の構造その他条例で定める事項を記載した申請書を公園管理者(本件においては大阪市)に提出しなければならない旨各規定している。

そして,同法7条は,公園管理者は,同法6条1項の許可の申請に係る工作物その他の物件又は施設が同法7条各号に掲げるものに該当し,都市公園の占用が公衆のその利用に著しい支障を及ぼさず,かつ,必要やむを得ないと認められるものであって,政令で定める技術的基準に適合する場合に限り,同項の許可を与えることができる旨規定するとともに,同項の許可を与えることができる工作物その他の物件又は施設として,同条1号ないし7号を列挙し([5号]非常災害に際し災害にかかった者を収容するため設けられる仮設工作物,[6号]競技会,集会,展示会,博覧会その他これに類する催しのため設けられる仮設工作物,[7号]これらのもののほか,政令で定める工作物その他の物件又は施設),この同条7号の政令で定める工作物その他の物件又は施設として,都市公園法施行令12条は,1号ないし10号を列挙し,特に同10号は,「前各号に掲げるもののほか,都市公園ごとに,地方公共団体の設置に係る都市公園にあっては当該地方公共団体が条例で定める仮設の物件又は施設,国の設置に係る都市公園にあっては国土交通大臣が定める仮設の物件又は施設」を掲げている。

c また,都市公園法32条本文は,「都市公園を構成する土地物件については,私権を行使することができない。」と規定している。

d 更に,大阪市公園条例(昭和52年大阪市条例第29号)は,大阪市の設置する都市公園の設置及び管理等につき必要な事項を定めているところ,同条例8条の2は,都市公園法施行令12条10号の条例で定める仮設の物件又は施設は,市長が定める都市公園に設けられる仮設の施設で,都市公園を故なく起居の場所とし日常生活を営んでいる者に起居の場所として一時的に利用させるためのものとする旨規定している。

(イ) ところで,上記の都市公園法6条1項,7条の規定の趣旨は,都市公園内にみだりに公園施設以外の工作物その他の物件が設置されると,公共用物である都市公園としての機能が全うされない事態に陥る危険性があるため,これを防止するために,公園管理者による厳重な規制を行う必要があるとするにあることは明らかである。

また,同法32条の趣旨は,都市公園が公共用物として一般公衆の自由使用に供されることを目的とするものである以上,これを構成する土地物件について,私権の行使を認めるときは,都市公園の法律的な使用関係が錯綜し,当該私権が利権の対象として取引されるおそれが生じることも含め,都市公園としての上記機能に重大な支障を及ぼすことが懸念されるため,これを予防するため,一般的に私権の行使を認めないこととしたものであると解される。

これらの規定からすれば,都市公園においては,同法6条1項,7条に基づいて占用の許可が与えられた場合に限って,当該区画に行政法上の占用が認められることはあっても,私人が,私権の行使として,敷地内に住居を設け,起居の場所とすることなど,およそ想定されていないことは明らかというべきであって,都市公園法が,そのようなことを許容していると解する余地は全くない。

すなわち,都市公園法が占用物件として認めているのは,公園管理者たる地方公共団体が条例で定める仮設の物件又は施設や,非常災害の罹災者を収用するための仮設工作物であって,その設置主体は,国,地方公共団体等所定の許可を得た者に限られるのであって,当該物件又は施設を起居の場所として自ら利用する私人でないことは明らかである。

ちなみに,η公園内には,前記認定のとおり,現在も,仮設一時避難所が存在するが,これは,前記の都市公園法7条7号,同法施行令12条10号,大阪市公園条例8条の2に基づいて,大阪市によって設置されたものである。また,都市公園であるκ公園において,本件テントと同じ程度の工作物について,占用許可がされた例があったことが窺われるが,弁論の全趣旨によると,それは,住居用としてではなく,集会用として臨時に仮設工作物である野営テントを設置することにつき,都市公園法7条6号に基づき,占用許可を与えたに過ぎないことが認められる。

この点に関し,都市公園法が,都市公園内に住居を設けることを何ら予定していないということはできないとする,被控訴人の主張は,採用することができない。

(ウ) 前記認定のとおり,本件テントは,被控訴人が同所において起居し日常生活を営むための用に供する目的で設置されたブルーシート製キャンプ用テントであって,都市公園法7条各号,同法施行令12条各号及び大阪市公園条例8条の2に掲げる工作物その他の物件又は施設のいずれにも該当しないことが明らかであり,都市公園内にこれを設置することは法令上およそ認められないもので,我々の健全な社会通念に沿わないものというべきである(もとより,被控訴人が所要の占用許可を得て設置しているものでもない。)。

エ 以上検討した諸要素を総合考慮すると,本件テントにおける被控訴人の生活の形態は,同所において継続的に日常生活が営まれているということはできるものの,それ以上に,健全な社会通念に基礎付けられた住所としての定型性を具備していると評価することはできないものというべきであるから,未だ「生活の本拠としての実体」があると認めるに足りず,したがって,被控訴人が本件テントの所在地に住所を有するものということはできない。

以上のような当審の判断は,上記の諸般の事情を総合考慮して,生活の本拠としての実体があるか否かを判定するものであって,居住の事実以外の占有権限の有無をもって住所の概念を画するものではないから,被控訴人の非難が妥当するものではない。

(5)  自立支援法と都市公園法との関係について

ア なお,被控訴人は,自立支援法は都市公園内の土地が住所となり得ることを想定しているものと解すべきであると主張するので,検討を加える。

イ 自立支援法は,ホームレス(都市公園,河川,道路,駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし,日常生活を営んでいる者をいう。同法2条)の自立の支援,ホームレスとなることを防止するための生活上の支援等に関し,国等の果たすべき責務を明らかにするとともに,ホームレスの人権に配慮し,かつ,地域社会の理解と協力を得つつ,必要な施策を講ずることにより,ホームレスに関する問題の解決に資することを目的としている(1条)。

そして,同法11条は,「都市公園その他の公共の用に供する施設を管理する者は,当該施設をホームレスが起居の場所とすることによりその適正な利用が妨げられているときは,ホームレスの自立の支援等に関する施策との連携を図りつつ,法令の規定に基づき,当該施設の適正な利用を確保するために必要な措置をとるものとする。」と規定している。

被控訴人の上記の主張は,これらの規定を根拠として,都市公園の管理者等による上記の必要な措置が完全に効果を生じ,ホームレスが都市公園等を起居の場所として日常生活を営む必要性がなくなるまで,ホームレスが都市公園内等の土地を住所とすることは許容されるべきものであるとの趣旨に解される。

ウ そこで,自立支援法11条の趣旨を考えてみるに,同条は,都市公園その他の公共施設を起居の場所とするホームレスについては,国及び地方公共団体が実施するホームレスの自立の支援等に関する施策との連携を図ることを施設管理者に対して求めることにより,当該施策による住居の確保等によってホームレスが公共施設から自主的に退去することを促進するとともに,施設管理者に対し,法令の規定に基づいて当該施設の適正な利用を確保するために必要な措置(このなかには強制的措置を含むものと解され,これを除外する趣旨を含むものとは認められない。)を執ることを求め,これら多様な支援策を活用することによって,公共施設におけるホームレス問題の解決を図ることを定めたものと解されるのであって,もとより,都市公園等における野宿生活を固定化することを容認する趣旨を含むものとは解されない。

大阪市が,自立支援法に基づいてホームレスに対して実施している支援策は,前記認定のとおりであって,被控訴人らホームレスの立場からみれば,不十分なものと評価されるものであろうことは否定できないけれども,弁論の全趣旨に照らせば,それなりの成果を挙げていることも認めることができるのであり,ホームレスの側で,いたずらに拒否的になることなく適切に対応すれば,より充実強化されることも期待できる。前記の認定事実からすれば,被控訴人が,これに応じて自立支援センターに入居し,同所で住民登録をすることを妨げる事情を窺うことはできない。

エ 以上のとおりであって,自立支援法が都市公園内の土地が住所となり得ることを想定していると解することはできず,占用物件によって都市公園の機能が損われることのないよう厳重な規制を行っている都市公園法の趣旨は,自立支援法によって修正されたり,その弾力的運用のための合理的根拠を提示するものではない。

したがって,被控訴人の主張は,採用することができない。

(6)  行政解釈の先例

原判決挙示(11頁1行目から同頁20行目まで)の行政実例(ア)及び(イ)は,いずれも,当初から一定の秩序に基づいて計画的に利用されることを見込んで建設,造成された公共用物である都市公園内における住所該当性が争点になっている本件事案の解決に当たって,参考とすべき行政解釈上の先例とはいえないし,同(ウ)は,法令上当然にその場所を起居の場所とすることを予定している施設である刑務所を住所とすることができる場合に関する先例であって,これもまた,本件において参考とすべきものとはいえない。

3  以上によると,本件テントは被控訴人の住所と認めることはできないとの判断の下にされた本件不受理処分は適法というべきであるから,被控訴人の本件請求は理由がない。

4  よって,これと異なり,被控訴人の請求を認容した原判決は相当でなく,本件控訴は,理由があるから,原判決を取り消した上,被控訴人の本件請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 高山浩平 裁判官 村田龍平)

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