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大阪高等裁判所 平成18年(行コ)105号 判決 2007年3月01日

控訴人(1審被告)

栗東市長

國松正一

同訴訟代理人弁護士

間石成人

小林京子

被控訴人(1審原告)

玉田實

外7名

上記8名訴訟代理人弁護士

吉原稔

河村武信

藤原猛爾

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  上記取消部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

第2  事案の概要

1  本件は,滋賀県栗東市が,道路建設事業費のための財源に充てるとして,43億4900万円の地方債を起債することを予定しているところ,同市の住民である被控訴人らが,この起債は実質的には私企業である東海旅客鉄道株式会社が所有管理する予定の東海道新幹線の新駅建設に要する仮線工事のための財源に充てられるものであるとし,上記起債行為は地方財政法(以下「法」という。)5条等に反し違法であると主張して,控訴人に対し,地方自治法242条の2第1項1号に基づき,起債行為の差止を求めた事案である。

原審は,被控訴人らの請求を一部認容したため,これを不服とする控訴人が本件控訴を提起した。なお,被控訴人らの請求のうち,平成18年5月25日に5260万円を借り入れた部分に係る上記起債に該当する部分は,訴えの利益がないとして却下されたところ,被控訴人らは当該敗訴部分につき不服を申し立てなかった。

2  前提事実,争点及び当事者の主張は,原判決2頁17行目から13頁13行目までに記載のうち,被控訴人らが当審において撤回した都市計画法違反の主張を除く部分のとおりであるからこれを引用する(以下,「促進協」,「JR東海」,「本件基本協定書」,「本件覚書」,「仮線工事費」,「本件起債」,「本件道路拡幅工事」等の語を原判決と同じ用法で用いる。)。

ただし,6頁19行目・7頁1行目・10頁20行目の各「(4)」を「(5)」に,7頁25行目「平成17年12月15日で,これを却下した」を「平成17年12月15日付でこれを棄却した」と各改める。

3  当審における補充主張

〔控訴人〕

(1) 原判決が設定した法5条5号に関する判断基準が妥当しないこと

ア 原判決は,起債の対象となる道路の建設事業費には,当該道路建設工事をするにあたって必要な別途工事の費用も含まれるが,当該別途の工事が当該道路工事をするのに必要かどうかについては,当該道路工事の工法等からみて,当該別途の工事をすることが必要不可欠かどうか,その工法による工事を行うことが,経済的合理性,安全性,土木技術上の観点,その他諸事情を考慮して合理性を有するかどうかで判断するのを相当としたが,かかる要件を殊更に課すことは,法5条5号の趣旨を超えた制約を強いるものである。地方自治体がどの地域にどのような経路,幅員,構造,仕様の道路を建設するかの要件・手続は,都市計画法その他の法令に定められており,これが必要な要件を充たし適法であるかは当該法令に照らして判断されるものであり,その違法を争うのは当該法令に定める不服申立手続によることを要する。

イ 本件道路は,地平道路(跨道橋)方式として都市計画決定がなされたところ,交差する新幹線線路が盛土構造で作られており,安全上盛土を掘削して拡幅工事を行えないから,仮線工法は地平道路方式による工事に必要不可欠であり,かかる道路が都市計画法上適法なものである以上,起債の適法性の判断にあたって仮線工法の適否を改めて論ずるのは無益である。

ウ 法5条5号が適債事業として,道路建設事業を定めた趣旨からすれば,都市計画法その他の法令に基づき適法に定められた道路の建設事業費を,単年度の租税収入に頼るか起債によりその負担を後年度に繰り延べるかの判断に当たって,殊更に原判決が挙げる判断基準による制約を課さなければならない理由を見出すことは困難である。のみならず,原判決は,必要不可欠性・合理性の判断基準を挙げるが,合理性以上に必要不可欠性を要する根拠が明らかでなく,起債により賄う場合にのみかかる要件を充たさない限り違法とすることは,法5条の趣旨を逸脱する解釈である。

(2) 従前の新幹線新駅設置工事での工法(活線工法)が妥当しないこと

原判決は,仮線工事の費用は法5条5号の道路建設事業費に含まれないと判断したが,仮にかかる解釈に立ったとしても,本件の仮線工事の費用はかかる事業費用である。

これまでの新幹線新駅工事は,現状の線路を活用する活線工法で施工されたが(乙18),掛川駅,三河安城駅,新尾道駅,厚狭駅は,いずれも既存の本線部分が高架橋構造であったことから,活線工法が可能であったのに対し,本件の新駅設置工事は,盛土構造であり,そもそも比較の対象にならない。また,新富士駅,東広島駅は,盛土構造であったが,既存盛土の外側に拡幅工事を行っており,比較の対象にならない。そして,三河安城駅は,新幹線の徐行運転を前提として活線工法が採用されており,現在の新幹線運行状況においては採用し難いし,新尾道駅は,併せて施工された道路工事が既に交差していた国道の橋梁拡幅であり,新幹線本線に影響なく活線工法で施工できたものである。

したがって,従前の新幹線新駅設置工事において仮線工法が採用されなかったのは,既存の本線部分の構造や施工時期等の事情によるものであって,本件の新駅設置工事が仮線工法により施工されることの妥当性を疑わせるものではないし,建設事業費の比較も事情が異なるから意味がない。なお,新幹線品川駅新設工事では,道路との交差工事は行われていないが,仮線工法による大規模な工事が行われた(乙19)。

(3) 在来線鉄道と道路との立体交差工事に関する仮線工法の事例があること

新幹線では,仮線工法により道路との立体交差工事が行われた事例はないが,在来線や私鉄では,鉄道と道路との立体交差・高架化事業において仮線工法が採用された事例が少なくなく(乙20),道路事業として地方公共団体が事業主体として実施し,起債を利用したものも少なくない。

これらの事業と本件道路拡幅工事は直接比較できないが,鉄道と道路との交差部の立体交差化・高架化の事業において,仮線工法が少なからず採用され,相当多額の費用を仮線工事に要したと推測される。

(4) 高架橋や地下道方式が適切でないこと

本件道路拡幅工事において,地平道路方式ではなく,高架橋若しくは地下道方式を選択することは,新駅周辺都市計画道路等整備事業において本件道路が担うべき道路としての機能を著しく減殺し不適切であるし,また,高架橋若しくは地下道方式が必ずしも仮線工法を用いた地平道路方式を大幅に下回るような工事費用で賄えるわけでもなく,各工法によった場合の費用・便益の比較でも地平道路方式は他の工法を下回るとは限らない。

ア 本件道路は,栗東市の目指す都市軸形成のまちづくりにとって,シンボル的道路として位置付けられる重要な都市機能を果たすものであり,平成10年度に新幹線との交差部も含めた道路形態を検討したが(乙21),新駅駅前へのアプローチ,周辺の土地利用制限,快適な都市空間の創出の観点から地平道路方式と結論づけられた。仮線工法の選定には,栗東市が平成13年度にJR東海コンサルタンツ株式会社へ業務委託し,活線工法と仮線工法を比較検討した結果(乙22),仮線工法との結論に至った。新駅建設と本件道路を別時期に仮線を用いて整備することも考えられるが,費用面での無駄はいうまでもなく,新駅周辺に多大な影響を与えることは明白であり,新駅建設工事と同時施工することが費用面かつ安全面から有効である(乙23)。平成14年4月の本件基本協定書締結の際には,滋賀県,栗東市,促進協及びJR東海の協議で仮線工法が検証され同意されたことから,これを受けて,本件道路は交差形態を地平道路方式として同年8月に都市計画決定された。

イ 道路機能,景観等の都市システム工学の観点からも,新幹線との交差部を地平道路方式とし,新駅建設と同時施工するのが望ましい(乙24)。

ウ 都市軸にふさわしい都市機能立地を誘導し,新駅への交通のスムーズな流れを確保するという,まちづくりの視点が必要不可欠であるところ,かかる観点からは,高架橋や地下道方式では,新駅への走行経路が長距離化し,交通信号の処理時間が長時間化し,側道用に相当面積の拡幅用地を必要とするなど,新駅への道路交通,新駅周辺の土地利用,都市景観等の点で多大な不利益,不効率を来すことになる(乙25,26)。

本件道路が果たすべき機能の観点からは,交差部を高架橋若しくは地下道方式とすることが妥当性を欠き,地平道路方式の場合には仮線工法が必要不可欠であるから,工事費用自体の経済的合理性を論ずるまでもなく,本件起債を違法とした原判決の判断は失当である。

エ 各工法の工事費用等を試算し比較すると,地平道路方式は,立体化工事費41億円,新駅関連工事費175億円の合計216億円,高架橋方式は,立体化工事費49億円,新駅関連工事費214億円の合計263億円,地下道方式は,立体化工事費136億円,新駅関連工事費214億円の合計350億円となり(乙27),地平道路方式は他方式に劣らない。

オ 都市土木工学の観点からしても,施工中の工事の安全性,施工の難易度,新幹線に与える影響度,構造物完成後の自動車交通の安全性,快適性,景観や環境影響等の土木技術的な観点と経済性等を比較整理した結果,地平道路方式が最も合理的である(乙28)。

カ 費用・便益を比較しても(新駅へのアクセスについて高架橋方式の場合に迂回ルートを要することによる遅延時間を経済的価値に置き換えての比較),地平道路方式は,費用約32億円,便益約21億円,高架橋方式は,費用約54億円,便益ゼロであり,便益から費用を差し引いた額は,地平道路方式が高架橋方式を約43億円上回っており,地平道路方式は高架橋方式(地下道方式も同様)に劣らない(乙29)。

(5) 本件道路拡幅工事を駅舎建設工事と同時に行う必然性があること

本件道路が新駅周辺都市計画道路等整備事業において果たすべき機能からして,本件道路拡幅工事を新駅駅舎建設と同時に施工する必要があり,同時施工により一度の工事で済み,新幹線の運行への影響や,周辺土地や環境への影響も最小限となる。仮に別に施工するとすれば,改めて仮線工事が必要となり,施工に多大な困難と費用負担が生じ,仮にこれを高架橋若しくは地下道方式によったとしても,費用が安価に上がるとは限らず,いずれの工法によっても,本件協定・本件要綱(乙9・10)により全額が道路施工側の費用負担となり,経済的合理性を欠く。

また,栗東駅前線西側(新幹線から市道下鈎野尻線の間)については,新駅開業にあわせて,JR在来線栗東駅と新駅との間の一次改良整備を行い,シャトルバスの運行に利用する道路整備を計画しているところ(乙30),この計画は,本件道路の計画内に存在する水路を暗渠化して道路として整備するものであり,かかる利用の面からも,地平道路方式による道路拡幅工事を同時に施工する必要性がある。

(6) 仮線工事と本件道路拡幅工事との一体不可分・必要不可欠性があること

これまで検討したところによれば,仮線工事は本件道路拡幅工事と一体不可分・必要不可欠である。原判決は,栗東市議会における交通政策部長答弁(甲9)を引用して,栗東市が本件道路拡幅工事を単独でする場合であっても仮線工法により施工することを前提としているとするが,この答弁の趣旨は,駅舎工事後に本件道路拡幅工事のための仮線工事を行うことは現実的でないと述べたに過ぎないことは文脈から明らかである。

栗東市は前記(4)アのとおりの検討を経て仮線工法を選定したのであり,かかる状況下で,本件道路拡幅工事を高架橋や地下道方式により単独で行う場合には,実施が後になるほど市街化が進捗し,建物の移転補償や土地利用・景観といった都市自体の再整備を改めて要することになり,巨額の費用が必要となりかねない。

(7) 地域整備の観点を考慮すべきこと

法5条5号が適債事業として,道路その他土木施設等の建設事業を定めた趣旨からすれば,道路はそれぞれ一定の目的・機能を果たすために建設されるのであるから,地域開発整備の観点を考慮することは困難であるとの原判決の判示は,かかる目的・機能を考慮することなく,工事費用のみに着目し,安価な工事費で建設できる道路でない限り適債事業とは認めないとするものであって,法5条の趣旨と相容れない。

(8) 栗東市が経済的合理性・技術的可能性から他工法を検討をしたこと

栗東市は前記(4)アのとおりの検討を経て,地平道路方式とそのために必要不可欠な工事として仮線工法を採用したものであり,原判決の指摘する経済的合理性については,道路工事費のみに着目して工事費が安いからその方式を選択するといった考え方自体が失当である。

新駅設置に当たって,その周辺都市計画道路等整備事業として一定の目的,機能を果たすべき道路を同時に建設することは,地方公共団体が行うべき公共施設建設工事として正当かつ適正なものであり,当該道路の目的,機能から地平道路方式を選択し,これに仮線工事が必要不可欠である以上,その工事費を道路建設事業費として起債の対象とすることは,法5条5号の趣旨に何ら反するものではない。

(9) 被控訴人ら主張への反論

ア 被控訴人らは,仮線が栗東市の資産として残らないから法5条5号の建設事業費にあたらないと主張するが(被控訴人ら主張(1)),道路建設にあたって多くの場合仮設工事が必要不可欠であるし(乙32),完成した本件道路が栗東市に資産として残るから,かかる主張は失当である。

また,被控訴人らは,仮線工事費が新駅建設促進事業費(駅舎建設工事費)として財務処理されているのは仮線が道路建設のためではないことを示すと主張するが,栗東市は,JR東海との交渉窓口として県や関係各市で分担する費用を取りまとめる役割を担っており,これを支出する際には歳出―土木費―都市計画費―東海道新幹線新駅設置推進費―負担金・補助及び交付金として計上しており,起債による収入を歳入として計上する際にも,対応関係が明らかになるよう,歳入―市債―市債―土木債―都市計画事業債の東海道新幹線新駅設置工事促進事業債としている(乙33)。

さらに,被控訴人らは,仮線工事は都市計画決定されていないから,都市計画事業ではないがそのために必要な事業ということになるが,かかる事業は法5条5号の脱法行為であるとも主張するが,本件起債のうち,県に対して既に申請済みである平成17年度分については地方債同意基準等(甲32)所定の「地域再生事業」に該当する事業であって,脱法事業でない。

イ 被控訴人らは,乙20の内事例1,2は,仮線が本件の4分の1の長さで極端に短いと主張するが(被控訴人ら主張(2)イ),仮線の長さは車両の運行速度と移設線路の距離等との関係で決まるところ,在来線の運行・徐行速度は新幹線と比較にならず,在来線の仮線の長さとの比較は無意味である。

また,被控訴人らは,平成16年7月21日付の控訴人側作成資料(甲33)は,仮線工法の財源につき全く触れておらず,法5条5号の制限を考慮せずに決められたとも主張するが,同年6月開催の栗東市議会全員協議会では,区画整理事業を含む新駅関連投資は一般財源を投入しないと説明しており,その後に栗東市が財源の調達方法を検討し,県振興資金等での起債発行を県に要望した結果,平成17年2月に県から市債で起債できると指導されたものである。

さらに,被控訴人らは,土地区画整理事業についての計画概要(甲34)において仮線工事費が必要でありこれを起債で賄うと説明されていないとも主張するが,土地区画整理事業の対象となる土地は,「施行地区界」として赤線で図示された範囲(乙1)であり,上記概要にいう「栗東駅前線」とは,本件道路全体のうち赤線で図示された範囲内の部分のみを指すものであって,本件訴訟で問題となっている交差部分はその施行地区外であるから,上記概要において説明されていないのは当然である。

〔被控訴人ら〕

(1) 本件起債の違法性

法5条5号の建設事業費は,恒久的な施設の建設等に限られるところ,本件起債は全額が仮線工事に充てられ,道路完成後の仮線は一部が待避線として活用されてもJR東海の資産となり栗東市の資産としては残らないから,かかる建設事業費にあたらない。

仮線工事費は,新駅建設促進事業費(駅舎建設工事費)として平成17年度に1億円の起債許可申請がされたところ(乙12),都市計画事業のための仮線と主張しながら財務処理上は新駅建設促進事業費としているのは,仮線が道路建設のためではないことを示すし,仮線工事そのものは都市計画事業として決定されていないから,仮線工事費は都市計画事業ではないがそのために必要な事業ということになるが,かかる事業は地方債同意基準等(甲32)所定の事業区分のいずれにも該当せず,法5条5号の脱法行為である。

(2) 控訴人主張への反論

ア 控訴人は,原判決が設定した法5条5号に関する判断基準が妥当しないと主張するが(控訴人の主張(1)),そもそも適債事業であることの理由として,必要性,不可欠性,一体性を主張したのは控訴人であり,原審で敗訴したからといってかかる要件を否定するのは不合理である。

また,控訴人は,道路工事費用の経済的合理性のみを重視すると,地平道路方式をとることが技術的に不可能でない限り,高架橋・地下道方式を採用することが必要不可欠性の要件を充たさないことになると主張するが,起債事業性の判断にあたって経済的合理性の観点から判断するのは当然である(甲32)。

イ 控訴人は,従前の新幹線新駅設置工事での活線工法が本件では妥当しないと主張するが(控訴人の主張(2)),原判決は道路工事を口実に仮線工法で行う事例が見あたらないことを指摘したものである。

控訴人は,在来線と道路との立体交差工事に関する仮線工法の事例(乙20)を主張するが(控訴人の主張(3)),その内事例1,2は仮線が450〜550mと本件の仮線の4分の1と極端に短く,事例3〜5は従来の地平線を併走させながらその横に高架工事をするものであり仮線工法以外に工法がない事例であって比較対象とならない。

栗東市議会全員協議会で配布された平成16年7月21日付の控訴人側作成資料(甲33)では,仮線工法を採用すると決定されていたものの,その財源については全く触れられておらず,法5条5号の制限を考慮しなかったため,県から後知恵を授けられて道路拡幅のための仮線として本件起債をしたと考えられる。平成15年9月26日ころ作成の土地区画整理事業についての計画概要(甲34)の資金計画,公共施設別調書,栗東駅前線のいずれの項目においても,仮線工事費が必要でありこれを起債で賄うと説明されていない。

控訴人が当審で提出した新たな書証(乙18,20,23〜30)は,原判決後に控訴理由を補強するために急遽作成されたものであり,証明力は低い。

ウ 控訴人は,高架橋・地下道方式が適切でなく,仮線工法採用にあたってかかる検討を経ていると主張するが(控訴人の主張(4)・(8)),原審でその旨主張していない以上,控訴人が高架橋や地下道方式を真摯に検討したはずはないし,工事費用試算にかかる書証(乙27)は原判決後急遽作成されたもので証明力は低い。本件の争点は,道路工事についての仮線工事の必要不可欠性・一体性であり,高架橋・地下道方式よりも地平道路方式が合理的であるとか工費が安いとの主張立証は争点と関係がない。

エ 控訴人は,本件道路拡幅工事を駅舎建設工事と同時に行う必然性,一体不可分・必要不可欠性があると主張するが(控訴人主張(5)・(6)),駅舎建設工事のための仮線工事と本線の高架工事が終了し,盛土構造でなくなった後に,本件道路拡幅工事を行えばよい。駅舎工事の施工者はJR東海であるが,実際に工事費を支出するのは県と栗東市であり,実質の施工者として駅舎工事の際に道路部分の高架工事を行ってもらえばよいのである。

また,シャトルバスの運行なら現在の本件トンネルの下部を上部と同じ8mに拡幅すればよいし,すれ違い運行なら現状のままでも十分可能である。

オ 控訴人は,地域整備の観点を考慮すべきと主張するが(控訴人主張(7)),地域整備の観点故に非適債事業が適債事業になるものではない。

第3  当裁判所の判断

1  前記前提事実(原判決第2・2),証拠(〔枝番含む〕甲1,3〜11,13〜15,17,27,31,33,34,乙1〜31,33)及び弁論の全趣旨によれば,本件に関し以下の事実が認められる。

(1)  新幹線新駅駅舎建設及び本件道路拡幅工事についての経緯

ア 昭和63年に促進協(東海道新幹線〔仮称〕びわこ栗東駅設置促進協議会)が設立され,栗東市内の5地点を新幹線新駅の候補地として調査を行い,平成8年6月の関係首長会議において,軌道との接続の優位性と主要幹線道路との連絡等を理由に1地点に絞り込み,同年8月の促進協総会において設置を要望する位置を決定した。

栗東町建設部新幹線新駅設置対策課は,平成10年9月3日,「栗東駅前延伸線」道路計画についてと題する書面で,同道路と新幹線との立体交差につき,道路桁下8.8メートルを確保するとしているが,本件道路の拡幅について触れていない(乙21)。

イ 栗東市は,平成13年度に,JR東海コンサルタンツ株式会社へ業務委託し,同社は,新駅設置予定場所(同市下鈎地先外)での2面5線案での新駅配線の検討として,仮線工法・活線工法の比較等を行い,活線工法では,道路の掘下げが必要になること,道路面が周辺地盤より低くなり沿道利用・排水等の問題があること,線路直下や線路近接施工が主体で盛土や軌道に与える影響が大きいこと,施工期間中の大規模な計測管理・軌道整備が必要となること,線路直下施工に伴い列車徐行が必要となること等の問題があるとして,仮線工法(線路切換方式)が適切との結論に至り,平成14年3月,その旨の報告書をまとめた(乙22)。なお,新駅建設において活線工法が安全上技術上不可能とまで結論づけたものではないし,本件道路拡幅工事との関係については何ら触れられていない。

そして,新駅駅舎設置工事の施工者であるJR東海において,現本線の区画整理事業対象地側に総延長1950mの仮線を設け,工事期間中は暫定的に仮線を使って新幹線を運行し,新駅駅舎の完成後は,仮線の一部を計画線(下り2番線)として活用し,残りは撤去するとの仮線工法が施工方法として採用されることとなった。

平成14年4月の関係首長会議において協定の締結等が決議され,同月25日,滋賀県,栗東市,促進協及びJR東海との間で,新駅設置に関する本件基本協定書及び本件覚書が各締結された(甲14)。

本件基本協定書1条において,新駅の設置位置は栗東市とされ,5条1項において,工事は仮線工法によりJR東海が施工することとされ,同2項本文において,工事費は滋賀県,栗東市,同市を除く促進協の構成各市町が負担するものとされ,6条において,工事竣工後の鉄道施設はJR東海が所有するものとされ,9条において,栗東市が基盤整備に責任を持つとされ,本件覚書4条2項において,(仮称)都市計画道路栗東駅前線,区画整理については,栗東市の責任により早期整備,完了に努めるとされた。

そして,本件覚書2条1項において,工事内容については,東海道新幹線の運行に影響を及ぼさないものとするとされ,工事の詳細は滋賀県,栗東市及びJR東海で別途協議するものとされた。

ウ 栗東市は,都市計画法所定の規定に従い,平成14年7月29日,新幹線新駅の設置及びその周辺土地区画整理事業に伴う交通需要に対応するためとして,滋賀県に都市計画道路変更の協議申出書を提出し,栗東駅前線と新幹線との立体交差につき,延長約1980メートル,地表式,2車線,道路幅員30メートルに変更する旨の協議を申し出,滋賀県の同意を得て,平成14年8月30日,その旨告示し,当該都市計画の図書を公衆の縦覧に供した(甲34,乙1〜6)。

エ 栗東市は,平成14年10月28日,JR東海関西支社長に対し,本件道路と新幹線の交差に必要となる新幹線架道橋の施工につき,「都市計画道路栗東駅前線架道橋一般図(3径間案)」との表題の架道橋の仕様を記載した図面(判決別紙1)を添付して,新駅工事との同時施工の協議を申し入れ,同支社長は,平成15年12月1日,同意する旨回答した(乙15,16)。

オ 平成16年7月21日付栗東市交通政策部新駅設置対策課作成の同市議会全員協議会資料(甲33)は,新駅駅舎タイプ比較として,活線工法による地平駅舎,活線工法による橋上駅舎,仮線工法による高架下駅舎を比較し,仮線を建設することに伴うコスト高になるが,駅への自動車アクセスとして本件道路(栗東駅前線)を地平で抜けるなど,施工面,アクセス面,駅利用面にわたり高架下駅舎が最も適切と結論づけるなどしたところ,仮線工法の財源については特に触れられていない。

カ 平成17年3月14日の関係首長会議において,JR東海の概略設計に基づく概算事業費240億円を基に栗東駅前線の跨道橋構造物事業費6億0700万円を除外した233億9300万円を負担調整のベースとして,滋賀県が当該調整ベースの2分の1を負担し,新駅設置予定地が盛土であり,仮線建設が必要であることから工事費が高額になるとの特殊要因があるため,この要因にかかる事業費を滋賀県と栗東市が2分の1ずつ負担し,それ以外の基本的な駅舎等工事費を滋賀県が2分の1,栗東市が3分の1,関係5市と大津市とが22億0900万円を負担すると合意されたが,本件道路拡幅工事費については上記6億0700万円以外に触れるところがない(乙14)。

上記費用の負担については,以下のとおり,同年6月24日に栗東市議会の議決を経た。

(ア) 駅舎等工事費    132億3500万円

負担割合

滋賀県 66億1800万円(1/2)

栗東市 34億0800万円(1/3)

寄付              10億円

関係5市及び大津市    22億0900万円

(イ) 仮線工事費(特殊要因)

101億5800万円

内訳

仮線           83億1900万円

変電所          9億9300万円

中間セクション      8億4600万円

負担割合

滋賀県 50億7900万円(1/2)

栗東市 50億7900万円(1/2)

(ウ) 栗東駅前線(本件道路)跨道橋構造物事業費

6億0700万円

負担割合

栗東市 6億0700万円(1/1)

キ 平成17年9月13日の栗東市議会定例会において,同市交通政策部長は,同年6月より前の市議会で仮線工事を起債の対象とすると説明しなかった理由に関する質問に対し,「当初から積立金以外は起債での財源調達を予定していたところ,その具体化を県と検討する中で,道路建設のための仮線でもあることが明らかになり,同年6月の市議会で長期財政計画に計上して説明した」と,本件道路拡幅工事を新駅建設と同時に施工する必要性に関する質問に対し,「駅舎建設のための仮線の実施時期に本件道路を同時施工すれば,道路事業は実質約6億円である。しかし,道路事業を駅舎開業後にすれば新たに仮線が必要となり,開業している駅の機能も制約を受け,新たな費用が発生し,賢明な選択ではないと判断する」と,道路工事に必要な仮線の区分の根拠に関する質問に対し,「仮に道路単独で施工する場合の仮線は1670mと想定できるし,駅舎建設のための仮線は1950mと想定できる。区分した根拠は,それぞれの工事のみを想定した場合の必要な仮線延長である」旨答弁した(甲9)。

ク 平成17年12月25日,滋賀県,栗東市,促進協及びJR東海は,新駅工事実施の協定書を締結した(甲5)。

協定書2条1項において,工事の位置・設計内容は別添図(判決別紙2)のとおりとされ,同2項において,新駅の開業時期は平成24年度を目処とされた。上記別添図には,新駅のホームの有効長は410mと記載されているが,本件道路拡幅工事については明示的に触れるところがない。

ケ 栗東市は,本件道路と新幹線が交差する本件トンネル部分は,トンネル内部の空間を除いて盛土構造となっているから,新幹線を時速270Kmで運行したまま本件道路拡幅工事を施工するには,現在の土木技術では盛土のまま工事をすることができず,JR東海の了解が得られないので仮線工法を採用するところ,新駅建設工事のために予定されている仮線1950mの内,後に新駅のホームとなる直線部分280mを除いた1670mの部分が本件道路の拡幅工事のために必要な仮線であると想定し,前記カ(イ)の仮線工事費101億5800万円の内,道路及び鉄道の計画が重複する仮線部分の工事費であるとする86億9900万円(101億5800万円×1670m÷1950m)について,本件協定に基づく2分の1相当額である43億4900万円が,法5条5号が定める道路の建設事業費に当たるとし,43億4900万円及び栗東駅前線事業費6億0700万円(前記カ(ウ)・本件道路の跨道橋構造物の事業費)の合計49億5600万円を,地方債の起債で賄うこととし(43億4900万円の分が本件起債である。),本件起債の一部を含む1億円について,平成18年3月31日,滋賀県に対し,以下のとおり平成17年度起債許可申請をし,同日付で許可を得た。

地方債計画事業区分 地域再生事業

起債許可申請事業名 新幹線新駅周辺都市計画道路等整備事業

起債許可申請額  1億2790万円

地方債予算限度額 1億2790万円

地方債予算事業名

・同対象限度額 東海道新幹線新駅設置工事促進事業 1億円

(2)  本件道路

本件道路は,現在,本件トンネル(第3蜂屋Cトンネル)で新幹線線路下を通っており,トンネル部分の道路幅員は4.5m,トンネル天井部分のコンクリート構造物全体の幅は8mであり,本件トンネルの北西側にセキスイグループの工場施設等があり,財源との関係で早急に本件道路拡幅工事のための用地買収ができる見通しではない(甲13,乙11)。現状の幅員でもシャトルバスのすれ違い運行は可能である(甲7)。

(3)  本件協定,本件要綱

本件協定(道路と鉄道との交差に関する運輸省・建設省協定,乙9),本件要綱(道路と鉄道との交差に関する協議等に係る要綱,乙10)は,道路の新設若しくは改築又は鉄道の新設若しくは改良に関する工事により新たに道路と鉄道との交差を設置する場合においては,当該工事の計画者が交差に要する工事費の全額を負担すること,道路の新設又は改築及び鉄道の新設又は改良の計画が確定しており,当該計画が同時に実施される場合において当該計画に係る交差の設計が重複するときは,その重複する部分に係る工事については,道路側及び鉄道側はそれぞれこれに要する費用の2分の1を負担すると定める。

(4)  仮線工法の事例

ア 東海道・山陽新幹線新駅駅舎(請願駅)が建設された事例として,昭和63年から平成11年にかけて開業した新富士駅,掛川駅,三河安城駅,新尾道駅,厚狭駅,東広島駅があるところ,いずれも現状の線路を活用する活線工法で施工されており,駅舎建設費は,約46億円から約137億円であり,本件のほぼ半額までである。開業にあたり線路と交差する形で道路建設がなされた事例として,三河安城駅,新尾道駅があるところ,いずれも活線工法で施工されており,仮線工法により立体交差工事が行われた事例はない。なお,三河安城駅については,一時新幹線を時速70Kmに徐行して道路工事が施工されたものであり,新尾道駅については,道路工事は既に交差していた国道の橋梁拡幅であり,新幹線運行に影響なく施工されたものである(甲31,乙18)。

また,平成15年に開業した東海道新幹線品川駅駅舎建設工事では,道路との交差工事は行われていないが,仮線工法で施工された(乙19)。

イ JR在来線や私鉄では,鉄道と道路との立体交差・高架化事業において仮線工法が採用された事例がある(乙20・事例1〜5)。

事例1は,JR神戸線と交差する都市計画道路建石線の拡幅工事であり,車両速度時速約130Kmに対し,約550mの仮線を延長して施工中である。

事例2は,JR京都線と交差する都市計画道路久世北茶屋線の立体交差工事であり,約450mの仮線を延長して施工中である。

事例3は,JR山陰本線と交差する都市計画道路梅津太秦線の立体交差工事であり,高架化区間約1400mにつき仮線を延長して施工中である。

事例4は,近鉄京都線と交差する幹線道路の立体交差工事であり,高架化区間と思われる約1977mにつき仮線を延長して施工された。

事例5は,JR関西線・桜井線と交差するJR奈良駅周辺の関連街路の立体交差・拡幅工事であり,高架化区間の全区間(関西線約2180m,桜井線約1310m)につき仮線を延長して施工中である。

なお,事例1,2,5では地方債が起債されたが,起債による調達財源が仮線工事に充てられたか否か,充てられたとして仮線工事の内容・程度がいかなるものか,それが適法なものかは明らかでない。

2  争点1―本件起債が法5条に反し違法か否か

(1)  前記1の認定事実を基に,新幹線仮線工事(1950mの内1670m部分)が,法5条5号所定の道路の建設事業費に該当するか,以下検討する。

平成8年8月の促進協総会において新幹線新駅の候補地位置を決定した後の平成10年の段階では本件道路と新幹線との立体交差につき,道路桁下8.8メートル確保するとしている程度で,道路拡幅は問題とされていない。そして,平成14年3月,栗東市から業務委託されたJR東海コンサルタンツ株式会社が仮線工法・活線工法の比較等を行い,仮線工法(線路切換方式)が適切との結論に至り,JR東海において採用されることとなったが,仮線工法と本件道路拡幅工事との関係については何ら触れられていない。そして,これに基づき,平成14年4月の関係首長会議において協定の締結等が決議され,同月25日,滋賀県,栗東市,促進協及びJR東海との間で,新駅設置に関する本件基本協定書及び本件覚書が各締結されたが,(仮称)都市計画道路栗東駅前線,区画整理については,栗東市の責任により早期整備,完了に努めるとされたほか,本件道路拡幅につき,協定や覚書上,何の言及もない。栗東市は,平成14年8月30日,新幹線新駅の設置及びその周辺土地区画整理事業に伴う交通需要に対応するためとして,都市計画道路を変更し,栗東駅前線と新幹線との立体交差につき,延長約1980メートル,地表式,2車線,道路幅員30メートルとする旨告示し,平成14年10月28日,JR東海関西支社長に対し,本件道路と新幹線の交差に必要となる新幹線架道橋の施工につき新駅工事との同時施工の協議を申し入れ,平成15年12月1日,同意する旨の回答を得たが,上記交差部分の概要を示す図面(判決別紙1)は,本件道路拡幅工事の具体的内容を明らかにするものでない。その後,平成17年3月14日の関係首長会議において,概算事業費240億円を基に栗東駅前線の跨道橋構造物事業費6億0700万円を除外した233億9300万円を負担調整のベースとして,滋賀県,栗東市,関係5市と大津市との費用負担が合意されたが,本件道路拡幅工事費については上記6億0700万円以外に触れるところがなく,平成17年9月13日の栗東市議会定例会において,同市交通政策部長が,初めて,「当初から積立金以外は起債での財源調達を予定していたところ,その具体化を県と検討する中で,道路建設のための仮線でもあることが明らかになり,同年6月の市議会で長期財政計画に計上して説明した」,また,「駅舎建設のための仮線の実施時期に本件道路を同時施工すれば,道路事業は実質約6億円である。しかし,道路事業を駅舎開業後にすれば新たに仮線が必要となり,開業している駅の機能も制約を受け,新たな費用が発生し,賢明な選択ではないと判断する」と説明し,道路工事に必要な仮線の区分の根拠は,「仮に道路単独で施工する場合の仮線は1670mと想定できるし,駅舎建設のための仮線は1950mと想定できる。区分した根拠は,それぞれの工事のみを想定した場合の必要な仮線延長である」旨答弁した。そして,平成17年12月25日,滋賀県,栗東市,促進協及びJR東海が,新駅工事実施の協定書を締結した段階においても,工事の位置・設計内容を示す別添図(判決別紙2)には,新駅のホームの有効長は410mと記載されているが,本件道路拡幅工事については明示的に触れるところがない。

上記経緯からすると,本件新幹線仮線工事は,新駅駅舎の建設工事についての調査会社への業務委託において仮線工法が適切と結論づけられ,JR東海において設置する仮線を総延長1950mと設定され,平成14年4月25日の本件基本協定書によって仮線工法の採用が決定されたのであって,栗東市は,平成10年度に都市計画予定道路につき新幹線との交差部も含めた道路形態を検討し道路桁下8.8メートルを確保するとしている程度で,本件基本協定書締結によって新駅設置とそのための仮線工法の採用が決定した後に本件道路についての都市計画道路変更決定をするまで,本件道路と新幹線の交差形態(地平,高架橋,地下道方式のいずれを採用するか),道路拡幅工事の工法(活線工法,仮線工法のいずれを採用するか)を,経済的合理性や技術的可能性の見地から検討したとは認められず,栗東市は,本件基本協定書締結や平成17年3月14日の関係首長会議での合意により,新駅建設のための仮線工事費の2分の1の負担が決定し,その財源確保の必要に迫られたところ,仮線工事だけを独立してみれば適債事業に当たるとはいえず財源確保が困難であるので,本件道路拡幅工事と同時・一体の工事であると説明して起債して財源を確保しようとして本件起債をしたものと推認するのが相当である。

乙23ないし30号証は,原判決言渡し後の平成18年11月中に作成された意見書等である上,その内容を検討しても,上記推認を左右しない。

そうすると,設置される仮線は,新駅建設工事のためのものであるといえ,仮線工事に伴い,本件道路拡幅工事を行うこととなったというべきである。比喩的に表現すれば,本件道路拡幅工事が仮線工事の関連工事という態様であっても,その逆ではない。

関係当事者がそのような認識であったことは,平成17年3月14日の関係首長会議において,JR東海の概略設計に基づく概算事業費240億円のうち栗東駅前線の跨道橋構造物事業費6億0700万円を明示的に除外した233億9300万円につき負担調整が行われたことによっても裏付けられるし,なによりも,本件の仮線工事費が控訴人の主張する1670m部分に限っても86億9900万円(栗東市の負担はその2分の1)と本件道路拡幅工事の工事費として明示された上記6億0700万円に比して巨額であることや駅舎建設のためにJR東海により予定された総延長1950mの仮線のうち直線部分を除いた1670mに及ぶ仮線工事が立体交差の際の道路拡幅工事するために必要となるという論理が世人をよく納得させ得るものでないことに表れている。

したがって,仮線工事は,本件道路拡幅工事のためのものと認められないから,本件起債は法5条5号の道路の建設事業費の財源とする場合に該当せず,その全体が法5条に違反するというべきである。

(2)  この点,控訴人は,1670mの仮線工事が本件道路拡幅工事の関連工事として道路の建設事業費にあたるなどとして本件起債が法5条に反しないと主張するが,以下のとおりいずれも採用できない。

ア 控訴人は,地方公共団体がいかなる公共工事を実施するか,その財源としていかなる財源を充てるかは,地方公共団体の長の広範な裁量に委ねられているから,政策選択・内容の判断が著しく合理性を欠き裁量権を逸脱したときに初めて違法性が生じると主張するが(原判決10頁(1)),いかなる仕様の道路を建設するか,いかなる財源を充てるかといった政策判断についてかかる広範な裁量権があるにしても,地方公共団体の歳出は地方債以外の収入をもって賄うことを原則とし,地方債が発行できる場合を1ないし5号に限定列挙した法5条の趣旨からすれば,その財源に地方債を充てること自体が可能か否かの判断については,上記法条に規定する範囲での裁量が認められるにすぎず,かかる広範な裁量権があるとはいうことはできない。

イ 控訴人は,財源を地方債で賄うか否かにかかわらず栗東市の負担となる仮線工事費用があるから,そのうち本件道路拡幅工事に関する部分の財源手当として地方債を発行することは合理的な選択であり法5条に違反しないと主張するが(原判決10頁(2)),栗東市の負担となる仮線工事費用が本件道路拡幅工事に関するものといえないことは前記のとおりであり,前提を欠き,採用できない。

ウ 控訴人は,地方自治体が道路を建設する要件と手続は都市計画法等に定められており,道路が要件を充たし適法であるかは当該法令に照らして判断されるものであって,その違法を争うのは当該法令に定める不服申立手続によることを要するから,起債の対象となる道路の建設工事をするにあたって別途工事が必要かどうかについて,経済的合理性,安全性,土木技術上の合理性の有無につきした原判決の判断は,法5条の趣旨を超えた制約を強いるものであると主張するが(控訴人主張(1)ア),当裁判所の前記(1)の判断は,都市計画決定を受けた道路の仕様を問題とするものではなく,あくまでも起債の適法性に関する限りで,当該道路の建設事業費と認められるか否かを問題とするにすぎないから,かかる主張はその前提を違え失当である。

エ 控訴人は,本件道路は,地平道路方式で都市計画決定がなされたところ,交差する新幹線線路が盛土構造で作られており,安全上盛土を掘削して幅員拡幅工事を行えないから,仮線工法は地平道路方式による工事に必要不可欠であり,かかる道路が都市計画法上適法である以上,起債の適法性の判断にあたって仮線工法の適否を改めて論ずるのは無益であって,地平道路方式より多額の費用を要する高架橋・地下道方式による道路建設費用を起債で賄おうとする場合は,地平道路方式をとることが技術的に不可能でない限り必要不可欠性の要件を充たさないこととなりかねないなどと主張するが(控訴人主張(1)イ),前記(1)の判断は,仮線工法の適否を問題とするものではなく,あくまでも起債の適法性に関する限りで,当該道路の建設事業費と認められるか否かを問題とするにすぎないから,かかる主張はその前提を違え失当である。

オ 控訴人は,判断基準につき合理性以上に必要性を要する根拠が明らかでないなどと主張するが(控訴人主張(1)ウ),上記エの説示のとおり,かかる主張はその前提を違え失当である。

カ 控訴人は,従前の新幹線新駅設置工事につき仮線工法で施工された事例がないが,本件道路拡幅工事には活線工法が妥当しないこと(控訴人の主張(2)),在来線と道路の立体交差工事に関し地方債を起債して仮線工法で施工された事例があること(同(3))などから,本件の仮線工事の費用は法5条5号所定の道路建設事業費にあたると主張する。

しかし,栗東市の負担となる仮線工事費用が本件道路拡幅工事に関するものといえないことは前記(1)のとおりであり,前提を欠き,採用できない。また,地方債を起債して仮線工法で立体交差工事を施工したとされる事例は,起債による調達財源が仮線工事に充てられたか否か,充てられたとして仮線工事の内容・程度がいかなるものか,それが適法なものかなどは明らかでなく,かかる事例をもって本件起債の適法性が裏付けられるものではないから,かかる主張はいずれも採用できない。

キ 控訴人は,本件道路につき,高架橋若しくは地下道方式を選択することは,本件道路が担うべき機能を減殺し不適切であるし,高架橋若しくは地下道方式が仮線工法を用いた地平道路方式を大幅に下回る工事費用で賄えるわけでもなく,各工法によった場合の費用・便益の比較でも地平道路方式は他の工法を下回るとは限らないと主張するが(控訴人の主張(4)),前記ウのとおり,前記(1)の判断は,道路の仕様を問題とするものではなく,あくまでも起債の適法性に関する限りで,当該道路の建設事業費と認められるか否かを問題とするにすぎないから,かかる主張はその前提を違え失当である。

ク 控訴人は,本件道路が都市計画道路等整備事業において果たすべき機能からして,本件道路拡幅工事を新駅駅舎建設と同時に施工する必要があり,仮に別に施工すれば改めて仮線工事が必要となり施工に多大な困難と費用負担が生じ,本件協定・本件要綱により全額が道路施工側の費用負担となり経済的合理性を欠くし,栗東駅前線西側については,新駅開業にあわせてシャトルバスの運行に利用する道路整備を計画しており,本件道路拡幅工事を同時に施工する必要性があること(原判決11頁(3)1・4段落目,控訴人の主張(5)),栗東市は一定の検討を経て仮線工法を選択したものであり,仮線工事と本件道路拡幅工事は一体不可分で必要不可欠であり,かかる工事費を道路建設事業費として起債の対象とすることは法5条5号の趣旨に反しないこと(控訴人の主張(5)・(8))を主張する。

しかしながら,同時に施工するか否かにかかわらず,起債の適法性に関する限り,当該道路の建設事業費と認められるか否かを問題とするにすぎず,栗東市の負担となる仮線工事費用が本件道路拡幅工事に関するものといえないことは前記のとおりである。

そして,仮線工法を適切と結論づけたJR東海コンサルタンツ株式会社の委託業務は,あくまでも新駅設置予定場所での2面5線案での新駅配線の検討としての仮線工法・活線工法の比較であって,本件道路拡幅工事の施工との関係を考慮した形跡がない上,設置する仮線の長さについても,これを1950mと設定したJR東海が本件道路拡幅工事の施工との関係を考慮した形跡もない。

また,上記仮線工事は,上記のとおり新駅駅舎建設のためには適切な工法と結論づけられたものであるが,本件道路拡幅工事はあくまでも駅舎建設の機会を利用して周辺開発のために栗東駅前線事業として行われるものであり,本件トンネルの北西側にセキスイグループの工場施設等があり,財源との関係で早急に本件道路拡幅工事のための用地買収ができる見通しではないことや,現状の幅員でも新駅と在来線栗東駅間のシャトルバスのすれ違い運行が可能であることなどに照らしても,必ず同時に行わなければならないものとまでは認められない。そして,栗東市等とJR東海間の本件覚書2条1項において,新駅建設工事の詳細は別途協議するものとされ,実際に,本件道路と新幹線交差部の交差形態についても架道橋の仕様を記載した図面を添付した協議を申し入れて同意を得るなどしたものであるから,要すれば更に協議した上で,架道橋の設置を含む新駅駅舎建設工事を施工するJR東海にかかる仕様の架道橋を設置させた後に本件道路拡幅工事を行えば足りるのであるから,全く同時期に両工事を施工したり,別に改めて仮線工事を行う必要があるといえないものである。

さらに,本件協定・本件要綱は,新たに道路と鉄道の交差を設置する場合に,同時に施工される場合で交差の設計が重複するときは,重複部分の工事費を道路側及び鉄道側がそれぞれ2分の1を負担すると定めるものの,本件については,交差部を含む仮線工事費は,本件基本協定書5条2項本文により滋賀県,栗東市,同市を除く促進協の構成各市町が負担するものとされ,鉄道側であるJR東海がこれを負担することは全く想定されていないのであるから,本件協定・本件要綱を理由とする同時施工の必要性の主張はそもそもその前提を欠く。

したがって,仮線工事の本件道路拡幅工事との一体不可分,必要不可欠性等に基づく,控訴人の上記主張はいずれも採用できない。

ケ 控訴人は,法5条5号が道路建設事業を適債事業として定めた趣旨からすれば,地域開発整備の観点を考慮しないで,工事費用のみに着目して安価に建設できる道路でない限り適債事業とは認めないとするのはその趣旨と相容れないと主張する(控訴人の主張(7))が,前記(1)の判断は,工事費用のみに着目したものでなく,当該道路の建設事業費と認められるか否かを問題とするものであるから,かかる主張はその前提を違えるし,法5条の趣旨からすれば,当該工事費が適債事業として同条5号の道路建設事業費に該当するか否かの判断に当たって,別途地域開発整備の観点を考慮するとすることは困難であるから,かかる主張は採用できない。

コ 控訴人は,本件協定・本件要綱により,栗東市は道路と鉄道の交差の重複部分に係る工事費用の2分の1を負担しなければならないから,これに相当する43億4900万円が本件道路拡幅工事の工事費用にあたると主張するが(原判決11頁(4)),上記のとおり,1670mの仮線工事が本件道路拡幅工事のための工事とは認められないから,本件起債が法5条に違反するとの上記結論を左右しない。

(3)  以上のとおり,本件起債は法5条に反し,違法であると認められる。

3  そして,既に平成18年5月25日に借入済みの部分(原判決が訴え却下した部分)を除く部分について,今後本件起債行為がなされることが相当の確実さをもって予測されるから(原判決第2・2(7)エ),地方自治法242条の2第1項1号に基づく本件差止請求はこれを認めることができる。

第4  結論

その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,原審及び当審で提出,援用された全証拠を改めて精査しても,以上の認定,判断を覆すほどのものはない。

したがって,原判決は相当であるから,本件控訴は棄却を免れない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・若林諒,裁判官・長井浩一,裁判官・菊地浩明)

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