大阪高等裁判所 平成18年(行コ)118号 判決 2008年4月25日
控訴人(1審原告)
破産者a建設株式会社破産管財人X
上記常置代理人弁護士
山下良策
池口毅
桐山昌己
上記訴訟代理人弁護士
水野武夫
元氏成保
被控訴人(1審被告)
国
上記代表者法務大臣
鳩山邦夫
上記訴訟代理人弁護士
兵頭厚子
上記指定代理人
鈴木紀子
金居作年
原田久
常川佳男
中島孝一
住川勝幸
原茂信
福田ちひろ
岡田謙二
高田茂
井筒宜徳
主文
1 本件控訴及び当審における予備的請求をいずれも棄却する。
2 控訴費用及び当審における予備的請求に係る訴訟費用はいずれも控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 (主位的請求)
控訴人の被控訴人に対する源泉所得税3593万7500円及び不納付加算税359万3000円の納税義務が存在しないことを確認する。
3 (予備的請求)
被控訴人の控訴人に対する源泉所得税3593万7500円及び不納付加算税359万3000円の各債権が財団債権でないことを確認する。
4 訴訟費用は1、2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は、住吉税務署長が、控訴人がXに対して支払った破産管財人の報酬及び控訴人がa建設株式会社(破産宣告後の同社を含み、以下「破産会社」ともいう。)の元従業員らに対して配当した退職金等について、平成15年10月23日付けで、破産会社に対して源泉徴収に係る所得税の納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分(併せて、以下「本件各処分」という。)をしたのに対し、控訴人が本件各処分に係る納税義務が存在しないことの確認を求めた実質的当事者訴訟である。
原審は、控訴人の請求をいずれも棄却したので、控訴人が控訴を提起した。また、控訴人は、当審において、予備的請求として、当該源泉所得税及び不納付加算税が財団債権でないことの確認請求を追加し、主位的請求の源泉所得税額を3593万7500円に減縮した。
2 本件の争いのない事実等、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり当審での当事者の補充主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第2の1ないし3に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 本件管財人報酬が弁護士の業務に関する報酬等(所得税法204条1項2号)に該当するか(争点1)について
(控訴人の主張)
破産管財人と破産会社との間には、委任契約又はこれに類する法律関係は存在しない。原判決は、源泉徴収制度の趣旨が徴税の便宜を図ることにあると解した上で、源泉徴収の対象となる範囲を広く解するのであるが、源泉徴収制度の解釈に当たって徴税の便宜のみを強調するのは誤りである。源泉徴収・納付義務(以下「源泉徴収義務」という。)は、他人の所得にかかる租税を第三者に徴収させ納付させる制度であり、しかもその義務を加算税や刑罰による制裁の下に課している制度であるから、源泉徴収義務が課される第三者の範囲も、その者に過度の負担とならないように限定される必要があるからである。
(被控訴人の主張)
所得税法204条1項2号の「弁護士…の業務に関する報酬又は料金」は、おおむね、「弁護料、監査料その他の通常の報酬または料金のほか名義のいかんにかかわらず、その役務の提供に対する対価たる性質を有する一切のもの」が対象となると解されており(武田・前掲DHCコンメンタール所得税法(4)8459頁)、広く、当事者、その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によって行う法律事務に隣接、関連する役務の提供に対する対価を含むのであり、同条項の文言及び解釈においても、控訴人の主張するように支払者と受任者との間に委任契約又はこれに類する原因が存在する場合に限定されていない。
また、日本弁護士連合会調査室自身が、破産管財人の事務は、弁護士法3条1項の規定する「官公署の委嘱」による法律事務に該当するという解釈を明らかにしている(日本弁護士連合会調査室編著・条解弁護士法31頁参照)。
その上、弁護士法人の業務の範囲を定める弁護士法30条の5は、「弁護士法人は、第3条に規定する業務を行うほか、定款で定めるところにより、法令等に基づき弁護士が行うことができるものとして法務省令で定める業務の全部又は一部を行うことができる」と規定し、この弁護士法人の業務を定める法務省令は、「自然人たる弁護士が通常行うことができる業務が幅広く規定されている」(黒川弘務ほか「弁護士法の一部を改正する法律(弁護士法人制度)の概要」ジュリスト1210号101頁)と解説されているところ、弁護士法30条の5の業務を定める省令は、1号に、「当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱により、管財人、管理人その他これらに類する地位に就き、他人の事業の経営、他人の財産の管理若しくは処分を行う業務又はこれらの業務を行う者を代理し、若しくは補助する業務」と規定している。したがって、破産管財人の事務が、一般的に「弁護士の業務」に当たると解されていることは明らかである。
(2) 破産者は所得税法199条1項等の「支払をする者」に当たるか(争点2)について
ア 「支払をする者」の意義(争点2のア(ア))について
(控訴人の主張)
(ア) 源泉徴収制度は、本来であれば課税庁が負担すべき徴税事務の労力と費用とを、行政上・刑事上の法的制裁を課してまで本来の納税者(受給者)以外の私人に強いる制度であるから、源泉徴収義務を課すことが許される第三者の範囲は、かかる義務を課すのに足りる合理的な理由のある者に限定されなければならない。
(イ) この点、源泉徴収義務に関する所得税法・国税通則法の規定(所得税法6条、199条、204条、国税通則法15条)も、「支払」という文言を用いるのみならず、「支払をすべき者」ではなく「支払をする者」と規定しており、現実に「支払」という行為をし又はこれをすることができる者、すなわち、「自らの権限で支払をすることができる者」であって初めて源泉徴収義務を負うことを示している。すなわち、このような者であれば、支払原資(源泉)から税額を天引き徴収して納付することが可能であり、受給者の所得税納付のために支払者自身の資産等を充てる必要はないし、給与等の支払額も把握しており、これに徴収税率を乗じて徴収税額を算定することも可能であり、そのような立場にある者に対してのみ源泉徴収義務を負担させ得ることを明らかにしているのである。
(ウ) 被控訴人は、①「支払をする者」とは、支払に係る経済的出捐の効果が最終的に帰属する者であれば足り、控訴人主張のような限定を加えることは、かえって徴収の確保及び源泉納税義務者の納税義務の便宜を図るという源泉徴収制度の趣旨に反するとか、②実質課税の原則にかんがみれば、「支払」とは、現実に金銭を交付する行為のほか、給与等の支払義務を消滅させる一切の行為が含まれるもので、必ずしも事実行為としての支払に限られないから、「支払をする者」も債務消滅の効果が帰属する者と解すれば足りるなどと主張するが、①の点については、源泉徴収制度の意義を、単に「徴税の便宜」という効果の面のみに矮小化して捉え、ある者に他人の所得税の徴収納付義務という負担を課すことが許されるための根拠を無視するものというべきであるし、②の点については、所得税法199条1項・204条1項2号等の規定が不納付犯(同法240条2号)の構成要件を定める規定でもあることに照らし、広範かつ不明確にすぎるといわざるを得ない上、仮に現実の金銭の交付のみならず相殺等の一定の行為が「支払」に当たると解するとしても、そのことと誰が相殺等を行えば源泉徴収義務が発生するのかという問題とは別の問題であって、その者が「しようと思えば金銭支払により債務消滅させる権限を有する者」でなければ「支払をする者」たり得ず、したがって源泉徴収義務者たり得ないと解することは何ら背理ではないから、いずれの点も失当というべきである。
(エ) 以上の点に照らしても、所得税法199条1項・204条1項2号等の規定における「支払をする者」、すなわち、他人の所得税を徴収し納付する義務を負わせることが許される者とは、支払に係る経済的利益から受給者の所得税を天引き徴収することができる者、すなわち、「当該支払に係る経済的出捐の効果の帰属主体」であると同時に「自らの権限で支払行為をなしうる者」でなければならないことは明らかというべきである。
(被控訴人の主張)
(ア) 源泉徴収制度は、納税者(給与等の支払を受ける者)の便宜と徴税上の便宜を図るための制度であるから、源泉徴収義務を課すことが許される「支払をする者」とは、源泉徴収の法律関係の当事者となるのに適した者であれば足り、源泉所得税の納付をする者からみれば、支払によって退職金や報酬の支払債務が消滅する効果を受けることになるから、支払によりそのような債務消滅の効果が帰属する者が「支払をする者」に当たると解するのが相当である。
(イ) 法の規定を控訴人主張のように解する根拠はない上、そもそも、控訴人主張のような限定的な解釈をしなければならない理由も、また、控訴人のいう自ら支払をなし得る「権限」とはいかなる根拠に基づくいかなる内容の権限かも明らかでないから、控訴人の主張は独自の見解というほかなく、失当である。
イ 破産会社が「支払をする者」に該当するか(争点2のア(イ))について
(控訴人の主張)
破産会社は、本件退職金(破産債権)に係る配当又は管財人報酬(財団債権)に対する弁済に係る「経済的出捐の効果の帰属主体」ではあるが、破産宣告時点で有した自己の財産(破産財団所属財産)に対する管理処分権を失っている(破産法(大正11年法律第71号。平成16年法律第75号により廃止される前のもの。以下同じ。)7条)ため、「自らの権限で支払行為をなしうる者」に当たらないから、「支払をする者」とはいえない。したがって、破産会社は源泉徴収義務を負わないし、破産債権に関しては、破産管財人も、経済的出捐の効果帰属主体でない以上、源泉徴収義務者に当たらないから、この場合、源泉徴収義務を負う者が存在しないことになるが、課税要件を充たさない者に課税ができないことは、租税法律主義(憲法84条)の見地からも当然のことである。
また、財団債権については、その債務者が誰であるかについて破産法の学説が分かれているが、財団債権の債務者も破産会社であると解するときは、破産債権について述べたのと同様に、破産会社は「支払をする者」に当たらないことになるし、破産財団又は(管理機構としての)破産管財人であると解するときは、破産会社は、そもそも財団債権の弁済に係る経済的出捐の効果すら帰属しないことになるから、やはり「支払をする者」に当たらない。以上いずれにしても、財団債権の弁済について、破産会社が「支払をする者」に当たると解する余地はない。
(被控訴人の主張)
本件退職金支払債務は、破産宣告前に成立していた雇用関係あるいはその終了によって生じた債務であり、本件管財人報酬支払債務は、破産手続上生じ、破産財団の負担となるべき債務であって、これらの債務が破産財団から支払われることにより、当該債務は消滅し、当該支払の効果は、破産財団の権利主体である破産会社に帰属する。よって、本件退職金及び本件管財人報酬の支払は、所得税法199条及び204条1項等に規定する「支払」であり、その「支払をする者」は破産会社である。そして、所得税法は退職所得及び弁護士報酬に係る源泉徴収義務について破産法人を除外していないのであるから、破産会社は、本件退職金及び本件管財人報酬について、源泉徴収を行い、これを国に納付する義務があるというべきである。
ウ 破産債権(本件退職金)の配当についての徴収義務(争点2のイ)
(控訴人の主張)
(ア) 「配当」という手続は、破産手続のほか、個別的執行手続等においても行われ、債務者又は滞納者の従業員に対する労働債権に対し配当がされることもある。しかし、執行機関等については、配当する金員から源泉所得税を徴収する必要があるとは解されておらず、実際にも、執行機関等が配当する金員から源泉所得税を徴収しているという例は聞かない。
(イ) しかし、個別的執行等における「配当」と破産手続における「配当」とは、強制換価の対象が債務者の個別財産に限られるか財産一般に及ぶかという点で異なるだけで、その手続は極めて類似しており、その性質に異なるところはない。そして、上記配当の際、執行機関等が配当する金員から源泉所得税を徴収しない根拠としては、原審で述べた①源泉徴収義務は債務者が任意に支払をする場合に課されるものであるところ、配当は債務者の任意の支払ではないこと、②執行機関が債権者に対して負う配当義務は、執行債権の実体法上の性質が捨象された無色透明の手続上の債務であることに加えて、③個別的執行等においても、配当について源泉徴収義務者たりうる「支払をする者」が存在しないことがある。すなわち、源泉徴収義務を負う「支払をする者」とは、前述のとおり、「当該支払に係る経済的出捐の効果の帰属主体」であり、かつ「自らの権限で支払行為をなしうる者」をいうから、破産配当について、破産会社、破産管財人のいずれも源泉徴収義務者にあたらず、「支払をする」が存在しないのと同様、個別的執行等の配当についても、配当に係る経済的出捐の効果が帰属するのは債務者等であるが、その配当は、執行機関等の権限により行われるものであり、債務者等はその権限を有しないから、債務者等は、個別的執行等における配当について「支払をする者」に当たらないし、また、執行機関等も、自らの権限で配当をなしうるものの、配当に係る経済的出捐の効果が帰属しないから、やはり「支払をする者」に当たらず、いずれも「支払をする者」に当たらない点で破産配当の場合と異ならない。
(ウ) なお、上記②の点について敷衍するに、現行の強制執行制度においては、私権の確定手続と執行手続とが分離されており、執行機関は執行債権(実体権)の存否、消滅の有無等は問題とすることができず、執行請求権は存在するものとして手続を続行しなければならない。例えば、債務名義の成立後に、弁済等により実体法上の債権が消滅しても、かかる債務名義に基づいて執行手続が開始された場合には、民事執行法39条1項1号の請求異議判決が提出されない限り、執行機関は手続法上、当該債権に対する配当義務を負う。このような制度が採られているのは、訴訟手続において一旦その存在が確定された権利について、執行機関は、権利者の救済の観点からも、債務名義の主文に表示されていない実体関係には拘泥することなく、迅速に執行手続を進めるべきであるからだと考えられる。そして、この点は、破産手続における配当においても何ら変わらない。破産手続においても、債権確定手続と配当手続とは、明確に異なる別の手続である。破産手続においても、債権の存否の確定は、究極的には訴訟手続によることが予定されているし、配当実施に際しては、債権者は、配当表につき異議申立てを行うことができるが(破産法264条)、異議事由は、配当表の作成及び更正に関する法則違背等に限定され、すでに確定された破産債権の内容に関する主張は異議の事由とはなりえない。また、いったん債権調査手続で確定した債権につき、保証人等の弁済があったため消滅しても、債権者による任意の届出取下げがない限り、破産管財人は、これを配当表から削除することはできず、請求異議訴訟を提起し勝訴判決確定をまって除斥するほかはないと解されている。
(エ) 以上によれば、破産配当も個別的執行等の配当と同様、実体的法律関係にかかわりなく、単位配当加入資格のある債権に手続上の満足を与えるものにすぎないと考えられる。たしかに、配当加入債権が実体法上も存在する限り、破産配当の実施により実体上存在する債権が消滅する効果が生じるが、破産配当は、配当加入債権の実体法上の存否にかかわらず実施されるものであるから、配当手続それ自体は、実体上存在する債権の満足を直接の目的とするものではない(個別的執行等の配当が債権の弁済と同義ではないとされていることと軌を一にするといえる。)。そうだとすれば、破産管財人が配当加入債権の実体法上の法的性質を考慮して源泉徴収を行うべきであるとすることは、配当手続の本質に背馳するものであると考えられるから、破産配当は、所得税法199条1項等の「支払」に該当せず、源泉徴収を要しないと解される。
(被控訴人の主張)
(ア) 個別的執行手続等において、執行機関等が配当手続において配当に参加する債権者の債権の存否及びその額を確定する手続は予定されていない。したがって、個別的執行手続において配当が行われた場合、執行機関が債権の存否、性質(労働債権に該当するか)、数額等を実体的に把握して源泉徴収義務の有無を判断し、これを履行することは不可能であるのに対し、債務者は、執行目的物以外の財産についての管理処分権を失わないのはもちろん、自由な経済活動を継続しているのであって、その活動の中で、源泉徴収義務の有無を判断し、これを履行することが可能であるから、個別的執行手続において、執行機関に源泉徴収義務を課す必要がない。すなわち、個別的執行手続において、労働者に対して、源泉所得税相当額を含め、配当として支払がされた場合の法律関係は、使用者において源泉徴収義務を履行した上で、労働者に対して源泉所得税相当額の金員の返還を求めることになる。以上の理は、希有の事態ではあるが、滞納処分において労働債権に対し配当がされる場合にも同様に当てはまる。
(イ) 所得税法199条等の「支払」とは、「支払債務が消滅する一切の行為が含まれる」(武田・DHCコンメンタール所得税法(4)7727頁)のであり、「支払」が任意に行われるか、裁判所の執行手続を通じてなされるものかによって結論に違いが生じると解する根拠はない。すなわち、労働者の使用者に対する退職金債権について、個別的執行等によって配当される場合も、配当金額について支払債務が消滅するのであるから、個別的執行等による配当も所得税法199条等の「支払」には該当する。しかし、「支払をする者」とは、支払により債務消滅の効果が帰属する者であるところ、個別的執行等における配当によって債務消滅の効果が帰属するのは、執行裁判所ではなく使用者であるから、「支払をする者」は、執行裁判所ではなく使用者である。
したがって、執行裁判所が、個別的執行等における配当を行う際に、源泉所得税を控除しないのは、執行裁判所が源泉徴収義務を負うわけではなく、使用者が源泉徴収義務を負うからにすぎない。
そして、個別的執行等手続における使用者は、破産手続における破産者と異なり、自己の財産の管理処分権限を失っていない以上、源泉徴収義務を負担することに何ら支障はなく、配当終了後においても、国に対して源泉徴収義務を履行しなければならない。
(3) 破産管財人の源泉徴収義務(争点3)について
(控訴人の主張)
ア 破産管財人は、破産者と債権者および債権者相互間の利害が対立する破産関係の中で、破産法に基づき中立的な機関として、それら関係人間の利害の調整をはかりつつ、その職務権限を行うものである。破産管財人の権限は、第一次的には、破産法の目的である「債務者の財産等の適正かつ公平な清算」を達するために(新破産法1条)、破産者からも破産債権者からも独立した中立的な立場で行使される。この法の目的からみて、破産管財人が破産者の代理人ないし代表者であると解することはあり得ず、かかる見解は、今日では学説上も実務上も皆無である。原判決は、破産手続においては「破産管財人が破産者に代わってこれ(源泉所得税)を徴収ないし徴収、納付する権限を有する旨の実定法上の明文の規定」が存在するものと考えており、それは、破産財団に対する管理処分権を定めた破産法7条を指しているものと解されるが、破産管財人の管理処分権は、破産者が破産宣告時において有していた財産と破産宣告前の原因に基づく将来の請求権に限定されている(破産法6条1項2項)。破産者が所有する財産であっても、破産財団に含まれないものには、破産管財人の管理処分権の及ばない自由財産である。
イ このように、①破産管財人の管理処分権が、破産者の財産であってもそのうち破産財団に属するものについてしか及ばず、その範囲が限定されていること、②この管理処分権が破産財団の維持増殖による配当財源の形成のために行使されるものであることからすれば、破産管財人の破産財団に対する管理処分権は、破産者が本来履行すべき義務の全てに及ぶものではなく、その範囲は、破産管財人に破産財団の管理処分権が専属することとした破産法の目的に資する行為に限られる。この点から、破産者の負う源泉徴収義務を、破産管財人が破産者に代わって履行しなければならないのか否かが、検討されなければならないが、配当に係る経済的利益は、破産財団を離脱して、配当を受ける破産債権者に帰属するものであり、この配当に係る源泉所得税も、当該配当を受けた者が負担すべきであり、破産財団に属する財産が負担すべきものではない。このような第三者の所得に係る源泉所得税を徴収し納付することは、上記破産法の目的に全く資するところがない。そのような租税の徴収納付事務が破産財団の管理又は処分に関するものであるということなどできない。
ウ わが国の源泉徴収制度は、源泉徴収義務を支払者の固有の義務とし、法律関係も専ら国と支払者との間にのみ生じ、国と受給者との間には、いかなる意味での法律関係も生じないとするものであって、支払者は、給与等の支払いの際に、何が源泉徴収の対象になるか、あるいはいかなる額を控除すべきかなどについて、微妙な判断と高度に複雑な計算を強いられる上、不納付加算税の賦課や不納付犯としての刑罰も課されるほか、過大・過小徴収の問題の当事者とされている。殊に本件におけるような労働債権(給与等・退職手当等)にあっては、累進税率の適用、累積型の源泉徴収等の複雑な仕組みが採用されているため、その負担も極めて重いものとなっている(《証拠省略》)。
エ 源泉徴収制度は、本来的には自らの負担において確定申告・納付をすべき受給者の所得税について、その徴収納付を受給者以外の第三者である支払者に負わせる制度であり、支払者は、当該給付による経済的利益を享受するわけではないのに徴税事務手続上の負担を強いられるのであるから、その適用は合理的な範囲に止められるべきは当然である。最高裁判所昭和37年2月28日判決(刑集16巻2号212頁)も「法は、給与の支払をなす者が給与を受ける者と特に密接な関係にあって、徴税上特別の便宜を有し、能率を挙げうる点を考慮して、これを徴税義務者としているのである。」と判示し、給与の支払をなす者と給与を受ける者との間に「特に密接な関係」を要求しているが、破産管財人は、あくまで債権者その他の利害関係人の利害及び債務者と債権者との間の権利関係を適切に調整し、もって債務者の財産等の適正かつ公平な清算を図ることを目的とする破産手続を公正かつ中立的な立場で主宰する機関であって、破産宣告前の破産者の経済活動とは何らの利害関係も有しておらず、受給者との間に「特に密接な関係」があるわけではない。
オ また、日米租税条約は、各国の源泉徴収制度の内容が異なることによる不当な結果を軽減する目的で一定の場合に軽減税率を適用する旨定めている(同条約22条1項)ところ、同条約においては、さらに、その適用要件についての判断を容易にするための規定(同条約22条3項(c))まで置いているが、現行の所得税法においては、源泉徴収義務を負う破産管財人の負担を軽減するための何らの規定も置いていないから、同法は、破産管財人が源泉徴収義務を負うことをそもそも予定していないものとみるべきである。
カ 源泉徴収義務を負うとした場合、破産管財人としては、計算上の過誤防止等の目的で、税理士等に委任して行うことが考えられ、また、破産管財人が自ら行う場合であっても、相応のコストを破産管財人報酬に反映させる必要があるから、結局、これらのコストは破産財団、すなわち破産債権者の負担に帰することになる。つまり、破産配当又は財団債権の弁済について破産管財人に源泉徴収の事務を行わせることは、結局、源泉所得税の徴税に要するコストを破産債権者に負担させることになるところ、破産財団の属する財産の管理などの関係で、破産者が公法上の義務を負っているときには、破産管財人が、管理処分権の行使主体として、その履行の責任を引き受けるべき場合がありうるとしても、その場合に破産管財人が義務を履行すべきものとされるのは、それが破産財団所属財産の管理にともなって発生する費用であり、破産債権者が共同で負担することを受忍しなければならない負担という性質を持つためである。しかし、源泉徴収義務は、破産財団の管理換価等に関するものではなく、特定の財団債権者または破産債権者の利益のためのものでしかないから、その履行によるコストを破産債権者が受忍しなければならないいわれはない。
(被控訴人の主張)
ア 退職金及び管財人報酬について、所得税法199条及び204条1項により、「支払をする者」として源泉徴収義務を負うのは、支払による債務消滅の効果が帰属する破産者であるが、破産者は、破産財団に対する管理処分権を有せず、破産管財人が、破産財団の管理処分権を専有しているのであるから(破産法7条)、破産管財人は、その権限の行使として破産財団からの支払をするとき、その事務として、源泉所得税の徴収義務を負う。すなわち、破産管財人は、破産財団の管理処分権を行使する上で、自己の事務として源泉徴収及び納付義務を負うのであって、破産者の代理人あるいは代表者として源泉徴収義務を破産者に代わって履行しているのではない。
イ また、源泉徴収とは、租税を徴収するに当たって、納税者(受給者)の便宜と徴税上の便宜を図るため、本来の納税義務者から直接国に納付させず、納税義務者に対して課税標準となるべき金銭等の支払を行う者(いわゆる源泉徴収義務者)をして、その税金相当額を支払う際に天引き徴収させ、その徴収した金額を国に納付させる方式であって、いったん、受給者に支払われて、給付者から離脱した受給者の収入から源泉徴収するものではない。すなわち、破産管財人は、支払によって破産財団から離脱した給付について源泉徴収を行うのではなく、破産管財人が破産財団から支払う際に源泉徴収するのであって、控訴人の上記エの主張は、源泉徴収の仕組みに対する理解を欠くもので、失当である。
ウ 控訴人は、最高裁判所判決が「法は、給与の支払をなす者が給与を受ける者と特に密接な関係にあつて、徴税上特別の便宜を有し、能率を挙げうる点を考慮して、これを徴税義務者としているのである。」と判示していることを挙げ、破産管財人と破産債権者は「特に密接な関係」がないのであるから、破産管財人は源泉徴収義務を負わない旨主張している。しかし、最高裁判所がいう「給与の支払をなす者」とは、本件では、破産管財人ではなく破産会社であるa建設であり、「給与を受ける者」すなわち破産会社の元従業員との間に密接な関係があることは明らかであるから、控訴人の上記主張は失当である。
(4) 本件租税債権及び不納付加算税の財団債権該当性(争点4)について
(控訴人の主張)
破産法47条2号但書にいう「破産財団ニ関シテ生シタルモノ」とは、破産財団の管理上の経費と認められる性質のものをいうところ(最高裁判所昭和43年10月8日判決・民集22巻10号2093頁)、源泉所得税は、破産財団から離脱した受給者への給付に対して課せられる租税であって(《証拠省略》)、あくまでその発生の根拠となる経済的利益から負担されるべきものであり、その性質上、破産債権者にとっての共益的費用に当たる要素はないから、破産財団の管理上その経費と認められる公租公課に当たらない。
(被控訴人の主張)
源泉所得税は「所得の支払」に着目して課税される租税であるところ、本件退職金及び本件管財人報酬は破産財団から支払うことが予定されているのであるから、本件退職金及び本件管財人報酬を支払うことによって当然に成立し確定する本件各源泉所得税債権の支払は、まさに破産手続に伴う共益的費用として「破産財団ニ関シテ生シタルモノ」に当たると解すべきである。
第3当裁判所の判断
1 主位的請求について
当裁判所も、控訴人の主位的請求は理由がないと判断する。
その理由は、次のとおりである。
(1) 争点1(本件管財人報酬が弁護士の業務に関する報酬等(所得税法204条1項2号)に該当するか)について
当裁判所の認定判断は、原判決「事実及び理由」第3の1と同様であるから、これを引用する。
(2) 争点2(破産者は所得税法199条1項等の「支払をする者」に当たるか)(争点2のア)について
当裁判所の認定判断は、原判決「事実及び理由」第3の2(1)、(2)と同様であるから、これを引用する。
ア まず、本件退職金について検討する。
(ア)① 本件退職金に係る源泉徴収義務は、破産宣告前の原因に基づく破産会社の元従業員に対する退職金債務の支払に関するものであり、その支払は、本来は、破産会社によってなされ、所得税法199条に基づき、当該支払の際に、破産会社において、受給者の負担すべき所得税を天引き徴収した上これを課税庁に納付すべきものである(なお、その徴収、納付に要する費用も当然破産会社において負担すべきものとなる。)。
② ところが、破産会社が破産宣告を受けたため、破産会社は、破産宣告時点で有する一切の積極消極財産(破産財団。破産法6条)に対する管理処分権を喪失し、破産管財人においてこれを専有するところとなった(同法7条。なお、本件退職金債務も同法6条2項に基づき破産財団に属する。)。
③ 破産管財人は、上記管理処分権に基づき、管財業務の一環として、本件退職金につき、他の破産債権者に優先して(優先破産債権。破産法39条、民法306条、308条)、元従業員らに対する配当を実施した(破産法40条、256ないし286条)。
(イ) 本件退職金に係る配当は、少なくとも元従業員らとの関係では、同人ら自身の退職金の受給としての性質を有し、所得税法30条1項にいう「退職により一時に受ける給与」として同項所定の「退職手当等」に該当するとともに、実体法的には、本件退職金債務の全部又は一部を消滅させる効果を生じ、破産宣告後も破産会社の法主体性は失われない以上、その効果は破産会社に帰属する。
(ウ) 他方、所得税法199条は、国内において居住者にその「支払をする者」は、支払の際に所得税を徴収し、これを国に納付すべき旨規定しており、当該「支払をする者」が、同条所定の源泉徴収義務(公法上の義務)を負うこととされている。
(エ) 争点2のア(ア)(イ)は、上記「支払をする者」が誰であるか及び破産者が「支払をする者」に当たるかに係るが、源泉徴収制度が、一定の所得等に係る金員の支払者から受給者に移転する経済的利益を課税対象と捉え、これに対する税金を、本来の納付義務者である受給者に代えて支払者に徴収・納付させようとする制度であることに照らすと、上記「支払をする者」とは、経済的利益移転の一方当事者、すなわち、本件退職金の場合は、その経済的出捐の効果の帰属者である破産会社であると解されるから、破産会社は、上記「支払をする者」として同条に基づく源泉徴収義務を負担するものということができる。
(オ) この点に関し、控訴人は、ある者が上記「支払をする者」に該当するためには、その者が経済的出捐による効果の帰属者である必要があることはもとより、さらに現実に「支払行為」をする者でなければならないなどと主張し、その理由として、①所得税法等においては「支払」なる用語が「支払行為」の意味で用いられており、また、「支払をすべき者」でなく「支払をする者」と規定されている、②源泉徴収制度は、「支払をする者」であれば、その支払の際に天引きすることによって所得税相当額を容易に徴収できることに着目した制度であるから、上記「支払をする者」に該当するためには、その者が自ら現実に天引きの機会を有する必要があるなどと主張する。
しかし、①については、文理解釈上、「支払をする者」にいう「支払」を現実の「支払行為」の意味に限定して解すべきまでの根拠に乏しいといわざるを得ない。次に、②についてみるに、一般論としては、源泉徴収制度が、その「支払をする者」であれば、支払の際に源泉所得税相当額を天引きすることによって容易に徴収できる点に着目して組み立てられた面のあることは否定できず、たとい経済的出捐による効果が一定の者に帰属するとしても、およそ天引きの機会がないような者にまで、その者に「支払をする者」としての源泉徴収義務を負担させることが相当であるか否かについては疑問が残らないではないところ、破産会社は、破産宣告によって本件退職金債務の支払原資となるべき破産会社の破産宣告時点の財産に対する管理処分権を喪失しているのであるから、現実には自ら現実の支払行為をすることはできず、天引き徴収もできないことになるが、他方で、上記財産についての管理処分権を専有する破産管財人が存在するから、その法律的性質論の点はさておき、これに基づく配当をする際に所得税相当額を天引き処理することが全く不可能なわけではない。
この点に関し、控訴人は、破産管財人のなす配当は「支払」でないとか、破産会社自身が自ら支払をできなければならないなどと主張するのであるが、当該配当金は、少なくとも当該配当を受領する元従業員らとの関係では、所得税法30条1項所定の「退職手当等」に該当し、破産会社にとって本件退職金債務消滅の効果を生じるものである以上、その限りで「支払」(経済的利益の移転)に当たると解して差し支えないものと思われるし、自ら支払行為ができる必要がある等の点についても、上記の制度趣旨との関係でいう限り、必ずしもこれを自ら行い得る場合に限るべき理由はなく、少なくともこれと同視できる場合であれば足りるものと解するのが相当である(ただし、破産管財人による配当がこれに当たるか否かの議論は後に論じることとするが、当裁判所は積極に解するものである。)。
イ 次に本件管財人報酬について検討する。
(ア) 本件管財人報酬が所得税法204条1項2号の「報酬」に該当することは既にみたところである。そして、同条項は、居住者に対し国内において次に掲げる報酬の支払をする者は、その支払の際、その報酬について所得税を徴収し、これを国に納付しなければならない旨定めている。
(イ) 次に上記「支払をする者」とは、所得税法199条の規定する「支払をする者」の解釈と同様の理由で「経済的出捐による債務消滅の効果が帰属する者」を指すと解され、したがって、破産会社が源泉徴収義務の債務者となるというべきである。
ウ 争点2のイ(破産債権(本件退職金)の「配当」についての源泉徴収義務)について
当裁判所の認定判断は、原判決の認定判断(第3の2の(3))と同様であるから、これを引用する。ただし、32頁8行目から16行目までを除く。
控訴人は、破産手続と個別的執行等手続等との共通点として、債権確定手続と配当手続とが峻別されている点を追加しているが、仮にその点にも共通性が認められるとしても、上記引用に係る認定判断を左右しない。
(3) 争点3(破産管財人の源泉徴収義務)について
当裁判所の認定判断は、原判決「事実及び理由」第3の2(1)ないし(3)と同様であるから、これを引用する。ただし、28頁末行の「原告の上記主張は、」から29頁2行目末尾まで及び30頁14行目から同頁17行目までを削除する。
ア 控訴人は、破産会社が本件退職金の支払に関し源泉徴収義務を負担するとしても、破産管財人は、破産会社の代理人でも機関でもないから、上記義務を引き継ぐべき根拠はないと主張する。
たしかに、本件のような場合は、所得税法199条に基づく源泉徴収義務者である破産会社がその履行の前提となる支払をすることができないかのような様相を呈するのであるが、これは、破産法が、破産宣告時点の破産者の積極的財産によって破産宣告前に原因の生じた破産者に対する債権(消極的財産)を弁済又は配当するという破産的清算の目的を実現する限りで、破産者から破産宣告時点の一切の積極消極財産(破産財団)に対する管理処分権を奪い、これを破産管財人に専属させるという法的構成を採用した結果にすぎないから、破産管財人において、自己の専有する管理処分権に基づいて上記原資を用いて本件退職金債権についての配当を実施したものである以上、破産会社自体がこれを行うのと実質的に異なるところはなく、法的には破産会社自体が自ら支払をしたのと同視できるし、また、その場合、破産管財人は、破産法7条の管理処分権に基づき、上記配当を本来の管財業務として行ったのであるから、これに付随する職務上の義務として、国に対して本件退職金に係る所得税の源泉徴収義務を負うと解するのが相当である。
イ この点に関し、控訴人は、①本件退職金につき破産管財人が源泉徴収義務を負担するとすれば、受忍しがたい過大な手続上の負担を強いられるばかりか、その履行に要する費用は破産財団の負担となって合理的な理由なく破産債権者の負担に帰せられること、②破産の場合も、実務上、破産裁判所は破産管財人に源泉徴収義務がない旨の指導をしてきたこと、③日米租税条約22条3項(c)では、我が国の源泉徴収制度の下で支払者に不当なリスクを課さないようにするため、同条約の軽減税率の適用を容易に判断できるような規定が置かれているが、現行法は、源泉徴収の要否及び額の計算を容易にし、また源泉徴収義務を行う破産管財人の負担、リスクを軽減するような規定を設けていないから、破産管財人が源泉徴収義務を負うことを予定していないなどと主張している。
しかし、①については、破産管財人に不可能又は可能であっても受忍を求めることが相当でないような過大な手続上の負担が生じるとまで認めるに足りる証拠はないし、仮にその履行のための費用が財団債権となって破産債権者の負担に帰するとしても、そのような費用は破産会社が支払を行ったとしても生じる費用であるから、元来、自己の債権の引当てとして期待できなかった性質のものであること等の点を考慮すれば、いずれも破産管財人の源泉徴収義務を否定する根拠とはならない。
さらに、②の点も、証拠(《省略》)によれば、各地の破産事件担当の裁判所が破産管財人は源泉徴収義務を負わないとの見解を有し、破産管財人向けのマニュアル等でも同様の見解が示されている(ただし、証拠《省略》によれば、東京地方裁判所の破産部は、平成13年1月の改訂までは源泉徴収義務を負うと解していたことが分かる。)ことが窺われるが、これらはもとより裁判ではないから、本件の解釈を直ちに左右するものではないし、その根拠とするところも必ずしも明らかではない。
また、③については、日米租税条約22条の趣旨(《証拠省略》)は、「日米租税条約では、投資所得に関する限度税率が大幅に引き下げられたことに伴い、第三国の者による不正利用の防止を目的として、租税条約の適用要件を限定するための要件の一つの判定方法を規定した(同条3項(c))にすぎず、源泉徴収義務の存否や程度にかかわる規定ではないから、直ちに破産管財人が源泉徴収義務を負わないことの根拠となるものではない。
ウ 控訴人は、さらに、①破産管財人の破産財団に対する管理処分権は、破産者がなすべき義務すべてを破産者に代わって履行する権限ではないこと、②源泉所得税は、受給者の収入に課せられる租税であり、受給者の収入となる給付は、それが支払われる時点で破産財団を離脱し、その時点で初めてこれに係る源泉所得税が成立するのであって、破産財団の管理には関係がないとして、本件退職金に係る源泉所得税の徴収、納付に係る事務が破産管財人の管理処分権の範囲に含まれない旨主張している。
しかし、破産者は、破産財団に対する管理処分権を有せず、破産管財人が、破産財団の管理処分権を専有しているのであるから(破産法7条)、破産管財人は、その権限の行使として破産財団からの支払をするとき、その事務として源泉所得税の徴収、納付を行うのである。すなわち、破産管財人は、破産財団の管理処分権を行使する上で、自己の義務として源泉徴収及び納付する義務を負うのであって、破産者の代理人あるいは代表者として源泉徴収義務を破産者に代わって履行しているのではない。したがって、控訴人の上記①の主張は失当である。
また、源泉徴収とは、租税を徴収するに当たって、納税者の便宜と徴税上の便宜を図るため、本来の納税義務者から直接国に納付させず、納税義務者に対して課税標準となるべき金銭等の支払を行う者(いわゆる源泉徴収義務者)をして、その税金相当額を支払う際に天引き徴収させ、その徴収した金額を国に納付させる方式であって、いったん、受給者に支払われて、給付者から離脱した受給者の収入から源泉徴収するものではないから、控訴人の上記②の主張も失当である。
エ また、本件管財人報酬(財団債権)の支払についても実体的な法主体である破産会社が債務者となると認めるべきことは既にみたとおりであり、その支払による債務消滅の効果は破産会社に帰属することとなるから、「支払をする者」は破産会社であると解すべきことになり、その場合も、本件退職金でみたのと同様の理由により、破産管財人に本件管財人報酬に係る源泉所得税を徴収し納付する義務があると解される。
オ 以上によれば、破産管財人は、管理権限の行使として、本件退職金の配当又は本件管財人報酬の支払に際し、源泉所得税相当額を天引き徴収した上、国に納付する義務を有するというべきである。
(4) したがって、原判決「事実及び理由」第3の2(4)アのとおりいうことができる。
(5) 本件租税債権及び不納付加算税の財団債権性(争点4)について
当裁判所の判断は、原判決「事実及び理由」第3の2(4)イと同様であるから、これを引用する。
ア 破産法47条の定める財団債権は、破産財団から破産債権に優先して、かつ破産手続によらないで弁済を受けることのできる請求権であり(同法49条、50条)、その大部分は、破産手続の開始より終了に至るまでの手続遂行上不可欠な費用、殊に破産財団の管理・換価及び配当に関する費用(同条3号)等、総債権者の共益費用ないしは総債権者の利益となる出費からなるが、同条2号の租税債権は、その例外として、本来は破産債権の性質を有するにもかかわらず、租税が国家存立の財政的基礎であることから、その徴収の確保という公益上の要請に基づき、法が特に財団債権として定めたものである(同号本文)。ただし、破産宣告後の原因に基づく公租公課で財団債権に関しないものは除外しているが(同号但書)、これは、破産宣告後の原因に基づく租税債権についてまで破産財団の負担とされるべきでなく、本来、破産者において負担すべきものではあるが、これが「破産財団ニ関シテ生シタルモノ」に該当する限り、破産財団管理上の当然の経費として破産債権者にとって共益的な支出と認められるところから、破産債権者が共同でこれを負担するのが当然であるとして、なおこれを財団債権として取扱うこととしたものと解される。
イ 本件租税債権についてみるに、その徴収に係る法技術的な構成の点はともかくとして、本件租税債権も所得税である以上、受給者に所得が生じない限りこれが発生するはずはなく、本件において受給者に所得が生じたのは、破産宣告後に元従業員らに対する配当又は破産管財人に対する弁済がなされたことによるのであるから、それによって発生した本件租税債権は破産宣告後の原因に基づく公租公課であるというほかない(被控訴人の主張のうち、これに反する部分は採用できない。)。
しかし、上記配当及び弁済は、元従業員らの未払退職金(破産債権)に対する配当又は本件破産管財事務に係る破産管財人の報酬(財団債権)に対する弁済として、破産会社の破産宣告時点における財産から破産管財人の本来の管財業務としてなされたものであるから、消極積極財産からなる破産財団の管理上なされたものであることは明らかである。
そして、本件租税債権に係る源泉所得税の納税義務は、当該配当又は弁済の時に法律上当然に成立し、その成立と同時に納付すべき税額が確定するから、このように破産財団の管理上なされた支払に付随して当然に成立し確定する納税義務は、破産財団管理上の当然の経費として破産債権者にとって共益的な支出(共益的費用)に係るものであって、破産法47条2号但書のいう「破産財団ニ関シテ生シタルモノ」に該当するというべきである。
ウ この点に関し、控訴人は、破産法47条2号但書にいう「破産財団ニ関シテ生シタルモノ」とは、破産財団の管理上の経費と認められる性質のものをいうところ、源泉所得税は、破産財団から離脱した受給者への給付に対して課せられる租税であるから、その発生の根拠となる経済的利益から負担されるべきもので、その性質上、破産債権者にとっての共益的費用に当たる要素はなく、破産財団の管理上その経費と認められる公租公課に当たらない旨主張するが、破産財団は消極的積極的財産から構成されるから、その管理上の経費が、積極的財産の維持、保全等のための経費に限られる理由はなく、消極的財産である債務の履行に伴って発生する経費もこれに含まれるものと解される上、本件租税債権に係る納税義務との関係でみても、これを法定の期限までに履行することにより不納付加算税や延滞税等の余分の経費の発生を防止できるのであって、その限りで総債権者の利益にもかなうものといえるから、控訴人の主張は採用することができない。
エ また、不納付加算税に係る債権は、本税たる租税債権に附帯して生じるものであるから、それが財団債権に当たるかどうかは、本税である租税債権が財団債権性を有するかどうかにかかるものというべきであるところ、上記のとおり、本税である源泉所得税に係る本件租税債権が財団債権に該当する以上、その附帯税である不納付加算税に係る租税債権も財団債権に該当することは明らかである。
2 当審における予備的請求について
前記1(5)によれば、控訴人の当審における予備的請求も理由がないことは明らかである。
3 本税及び不納付加算税の税額について
当裁判所の認定判断は、原判決「事実及び理由」第3の3(1)ないし(3)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決35頁19行目の別紙2の次に「差引税額欄」を加え、同頁21行目冒頭から36頁4行目までを削除し、同頁25行目の「第7号証まで」の次に「第10、11、第21から第31号証まで」を加え、同頁9行目及び37頁14行目の各「3593万8000円」をいずれも「3593万7500円」と改める。
第4結論
以上によれば、本件請求はいずれも理由がないものとして棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから本件控訴を棄却すべきであり、当審における予備的請求も理由がないものとしていずれもこれを棄却すべきである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 若林諒 裁判官 小野洋一 菊地浩明)