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大阪高等裁判所 平成18年(行コ)127号 判決 2007年5月10日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,A及びBに対し,31万5000円及びこれに対する平成17年6月8日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求せよ。

3  訴訟費用は,第1・2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,篠山市の住民である控訴人が,元同市総務部職員課長Bの決裁により同市がした弁護士に対する着手金の支払は違法な公金支出であるとして,被控訴人に対し,同市の前市長であるA及びBに同着手金相当額の損害賠償の請求をすることを求めた住民訴訟である。

原審は,本件訴えは,出訴期間を経過した不適法な訴えであるとして却下したので,控訴人は,原判決を不服として控訴を提起した。

【以下,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」(ただし「1」以下)及び「第3 当裁判所の判断」の部分を引用した上で,当審において,内容的に付加訂正を加えた主要な箇所をゴシック体太字で記載し,それ以外の字句の訂正,部分的加除については,特に指摘しない。】

2前提事実(争いのない事実以外は認定証拠を掲記)

(1)  控訴人は,篠山市の住民である。

(2)篠山市は,同市職員Cに対する懲戒処分に関する事実確認などの手続を弁護士に委任し,平成17年6月8日,その着手金として31万5000円(消費税を含む。)を同弁護士に支払った。

(3)  控訴人は,平成17年9月20日,篠山市監査委員(以下「監査委員」という。)に対し,「篠山市が同市職員に対する懲戒処分でっち上げ事件を推進するためにD法律事務所の弁護士E及び同Fらに着手金として30万円を支払ったのは違法な公金支出である」とする住民監査請求をした(以下,これを「本件監査請求」という。)。

監査委員は,同年11月17日,監査の結果,控訴人の主張には理由がなく本件監査請求を棄却する旨の決定をし,その監査結果を控訴人に通知する書面(以下「本件通知書面」という。)を作成した。(乙1)

(4)控訴人は,平成18年1月24日,本件監査請求につき,住民訴訟(本件訴え)を提起した。(当裁判所に顕著)

3 主な争点と当事者の主張

(1) 出訴期間徒過の有無

【被控訴人の主張】

ア 監査委員は,平成17年11月17日,控訴人に対して本件通知書面を書留郵便で発送し,同書留郵便は,同月18日,控訴人方に配達されようとしたが,不在のため配達できず,同年12月5日,保管期間切れのため篠山市役所に返送された。監査委員は,控訴人に対し,同年12月5日,本件通知書面を再度書留郵便で発送したが,同月26日,前回同様,返送された。

イ 書留郵便の不在配達通知には,差出人の氏名,配達日時,留置期間,郵便物の種類等が記入される扱いとなっており,また,控訴人は,従前,何度も監査請求をし,監査結果が郵送されてくること及び監査期間が法定されていることを熟知していたから,本件についても,監査結果が出されるころに,篠山市役所から書留郵便物が届けば,中身が監査結果であることは容易に推測できた。

加えて,現在の郵便実務上,控訴人は,郵便物の受取方法を指定することで容易に受領が可能である。

ウ 以上からすると,控訴人は,第1回目の書留郵便の中身が監査結果であることが容易に推測可能であり,遅くともその保管期間の満了日である平成17年12月5日には同書留郵便を受領することが可能であった。

控訴人の本訴提起は,平成17年12月5日から30日を経過した後の平成18年1月24日であるから,本件訴えは,出訴期間を徒過したものとして不適法である。

なお,第2回目の書留郵便の保管期間満了日である平成17年12月13日を基準としても,本件訴えは,出訴期間を徒過している。

【控訴人の主張】

日本の法律は,一部例外を除き大半が到達主義であり,本件の郵便物は,平成17年12月27日ころ,控訴人宅に配達されたことは推定されるが,到達したかどうかは不明である。仮に,同日到達したとしても,控訴人は,それから30日以内に本訴を提起しているから,本件訴えは適法である。

(2)  違法な財務会計行為の有無

【控訴人の主張】

Bと篠山市長A及びD法律事務所の弁護士らの三者は,共謀して,同市の特定の職員に関する恐喝未遂の懲戒理由を捏造し,同職員に対する懲戒処分事件をでっち上げた。篠山市が,前記でっちあげ事件に関し,Bの決裁によりD法律事務所の弁護士らに対して着手金31万5000円(消費税分含む。)を支払ったのは,違法な公金支出である。

【被控訴人の主張】

Cの懲戒理由となった事実は恐喝未遂等であって,対応の難しい事案であり,篠山市の対応が適当であったか否かは外部者に依頼することが好ましい上,地方公共団体が法律事務の適正を期すため,弁護士に委任することは原則として業務執行者の裁量の範囲であるから,弁護士委任に関して不当な点はなく,着手金の支払は何ら違法ではない。

また,Bは,上記着手金の支出命令に関与していない。

第3当裁判所の判断

1  出訴期間の徒過について

(1)前提事実に加えて,証拠(乙1,2の1~4,3の1~4,4,10~12,控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(監査結果通知送付の経緯)

ア篠山市監査委員事務局(以下「監査委員事務局」という。)は,平成17年11月17日,控訴人に宛てて,本件通知書面を書留郵便で発送した(以下「本件書留郵便1」という。)。本件書留郵便1の封筒には,差出人として,篠山市役所監査委員事務局と記載されていた。(乙1,2の2・3)

また,監査委員事務局は,同日,本件監査請求の監査結果を篠山市役所の公示場に掲示して公表した。(乙12)

イ篠山郵便局の職員は,同年11月18日,2回にわたり,本件書留郵便1を控訴人の肩書住所地に配達しようとしたが,控訴人が不在のため配達できなかった。(乙2の1~3)

ウ篠山郵便局は,留置期間満了日である同年11月25日を経て同年12月4日までの間,本件書留郵便1を留め置き,同年12月4日,これを還付するため監査委員事務局宛に発送し,同事務局は,同月5日,これを受領した。(乙2の1~4)

エ監査委員事務局は,同年12月5日,再度,控訴人に宛てて,本件通知書面を書留郵便で発送した(以下「本件書留郵便2」という。)。本件書留郵便2の差出人の記載は,同書留郵便1と同じであった。(乙3の1~3)

オ篠山郵便局の職員は,同月6日,2回にわたり,本件書留郵便2を控訴人の肩書住所地に配達しようとしたが,控訴人が不在のため配達できなかった。(乙3の1~4)

カ篠山郵便局は,留置期間である同月13日を経て同月25日までの間,本件書留郵便2を留め置き,同月25日,これを還付するため監査委員事務局宛に発送し,同事務局は,同月26日,これを受領した。(乙3の1~4)

キ監査委員事務局は,同月26日,控訴人に宛てて,本件通知書面を普通郵便で発送した。(乙4)

(受取人不在の場合の取扱)

ク篠山郵便局は,平成17年12月当時,書留郵便の受取人が不在で配達できなかった場合は,「郵便物お預かりのお知らせ」(以下「お知らせ」という。)を受取人宅に投函していた。(乙10)

お知らせには,配達日時,保管期間(留置期間。通常は配達日から1週間),郵便物の種類(現金書留,その他の書留,特別送達等)等が記載されている。また,お知らせには,差出人の氏名又は団体名が記載されたが,篠山市が差出人の場合,郵便物には実際に差し出した担当部署の記載があっても,お知らせの差出人欄には,担当部署まで記載しないことが多かった。(乙10,弁論の全趣旨)

不在であった受取人は,お知らせに配達希望日時,住所地以外の希望配達先の住所等を記載してポストに投函するか又はファクシミリ,電話,インターネットにより,再配達の希望日時等を篠山郵便局に連絡して再配達を受けるか,または,直接郵便局に赴いて郵便物を受け取る。(乙10)

ケ篠山郵便局は,お知らせを投函してから数日経過しても受取人が郵便局を訪れて郵便物を受領せず,また,受取人からの連絡もない場合,保管中の郵便物の種類,保管期間及び差出人の氏名等を記載した葉書(以下「案内葉書」という。)を受取人宅に投函していた。(乙11,弁論の全趣旨)

(控訴人に対する郵便物の配達状況)

コ控訴人方には,多くの郵便物が配達されるが,篠山市からの郵便物は,税金,選挙及び文書公開等関係の普通郵便が平均すると週に2,3通ある。篠山市から書留郵便で控訴人宛てに発送されるのは,ほとんどが監査委員事務局からのものである。(控訴人本人,弁論の全趣旨)

サ監査委員事務局が,監査請求人に対して発送する郵便物は,通常は,口頭陳述の期日指定通知及び監査結果の通知であり,他に,監査請求書が補正を要する場合に補正を命ずる書面等を郵送することがある。(控訴人本人,弁論の全趣旨)

シ 控訴人は,これまで幾度も,監査委員に対し,住民監査請求をしていたが,本件監査請求の当時は,ほかに住民監査請求をしていなかった。(乙12,控訴人本人)

ス 本件書留郵便1・2が控訴人宛に発送された当時,控訴人と同居していた家族は,母親のみであったが,母親は母屋に住んでいたことから,配達された郵便物は,控訴人が受け取らない限り,母親がすべて受け取っていた。母親は,高齢ではあったが,日常生活に支障はなく,受け取った郵便物を控訴人分と自己分とに区分して控訴人分を別に置いており,控訴人は,それを受け取るのが通例であった。そして,控訴人は,これまでの住民監査請求の監査結果については,不在通知を受け取ってから郵便局まで受け取りに行くことがほとんどであった。

また,控訴人は,これまでの住民監査請求の経験から,本件監査請求についての監査結果が請求後60日以内に出される(地方自治法242条5項)ことを承知しており,監査結果は,篠山市役所の公示場にも公表されることも承知していたので,監査結果が出されるころには,公示場まで出向いて公表内容を閲覧していた。(控訴人本人)

(控訴人に対する平成16~18年度の監査結果通知送付状況)

控訴人は,平成16~18年度に別紙記載のとおり,住民監査請求を行い,その監査結果の通知書面(書留郵便)は,所定のとおり控訴人に発送された。平成16年度の2件の監査結果の通知書面(書留郵便)は,第1回目の配達の際に控訴人によって受領された。しかし,本件監査請求の監査結果の通知書面を含む平成17年度の監査結果の通知書面(書留郵便)は,いずれも篠山郵便局によって配達されたが,控訴人が不在であったとして上記の不在の場合の取扱いに従って取り扱われた後,監査委員事務局に返戻され,同事務局によって上記通知書面が普通郵便で発送された。ところが,平成18年度の第1回目の監査結果の通知書面(書留郵便)は,平成17年度の監査結果の通知書面(書留郵便)と同様に篠山郵便局によって配達され,不在の場合の取扱いに従って取り扱われたが,いまだ控訴人が監査結果の通知書面を受け取っていないにも関わらず,一部棄却,一部勧告との監査結果に応じて訴訟提起をした。そして,原判決は,平成18年11月9日に言い渡され,同日,控訴人は,原判決を受け取った。控訴人は,その後に配達された平成18年度の2回目の監査請求の監査結果の通知書面(書留郵便)を1回目の配達時に受け取っている。

(2) 地方自治法242条の2第2項1号にいう「監査の結果の通知があった日」とは,監査結果の通知が監査請求人に到達した日をいうと解されるところ,ここでいう「到達」は,監査請求人が,当該通知を直接受領し,又はその内容を了知することを要するものではなく,監査請求人の了知可能な状態に置かれることをもって足りるものと解される。

本件のように,監査委員事務局が,監査結果を書留郵便で監査請求人に対して発送したが,監査請求人が不在で配達されず留置期間経過後同事務局に還付された場合においては,監査請求人が,郵便局に自分宛の郵便物が留置されていることを認識することが可能で,かつ,留置されている郵便の内容が監査結果である蓋然性が高いことを認識することができ,また,監査請求人に受領の意思があれば,さしたる労力,困難を伴うことなく当該書留郵便を受領することができたときは,当該通知は,社会通念上,監査請求人の了知可能な状態に置かれ,遅くとも留置期間満了時点で監査請求人に到達したものと解するのが相当である。

(3)ア 本件についてこれをみると,前記(1)の認定事実によれば,篠山郵便局の職員は,平成17年11月18日,本件書留郵便1を控訴人に配達できなかった際,お知らせを控訴人宅に投函し,さらに同郵便局は,留置期間満了日である同月25日までの間に,案内葉書(以下,上記お知らせと案内葉書を併せて「お知らせ等」という。)を控訴人宅に投函したものと推認され,少なくとも控訴人の母親はこれらを受領したことが推認される。そして,控訴人は,当審における本人尋問において,上記お知らせ等の書面を受領したかどうかについてあやふやな供述に終始し,かつ,控訴人の母親の状況についてもそのころから不都合なことがあったかのような供述をあえてするなど,その供述はにわかに採用できないものであることに加えて,上記認定の事実関係を総合すると,控訴人は,お知らせ等を受け取っていたとの心証を強くするものである。また,仮に上記の事実まで認められないとしても,上記のとおり控訴人の母親がお知らせ等を受領したことを認められることから,これを覆す特段の事情を認めるべき証拠のない本件においては,控訴人は,留置期間満了前に,本件書留郵便1が郵便局に留置されていることを認識し得たものといえる。

また,その当時,控訴人及びその家人が,長期間の旅行又は入院等により自宅を留守にしていたなどの事情をうかがわせる証拠はないから,控訴人は,お知らせに記載された受取方法を指定すれば容易に受領が可能であったということもできる。

イ  前記認定の事実によれば,お知らせには,差出人として篠山市役所の記載はあったはずであるが,「監査委員事務局」とまで記載されていた可能性は低い。

しかし,お知らせの記載内容からは,郵便局に留置されている郵便物が篠山市役所からの書留郵便であることが判明するところ,篠山市から控訴人宛に配達される書留郵便は,ほとんどが監査委員事務局からのものであり,本件監査請求当時,控訴人は,ほかに監査請求をしていなかったのであるから,その書留郵便の内容は本件監査請求に対する監査結果である蓋然性が高いことを認識することができたというべきである。

また,控訴人は,これまでの監査請求に関しては,監査請求後60日の監査期間が経過するころには,監査結果の公表を閲覧に出向くことがほとんどであり,本件監査請求に関しても,その公表結果を閲覧に赴かなかった形跡はうかがえない。さらに,控訴人は,平成16~18年度に7件の住民監査請求を行っているところ,平成16年度の2件の監査結果の通知書面(書留郵便)は第1回目の配達の際に受領しているが,平成17年度の3件と平成18年度の1件目については,監査結果の通知書面(書留郵便)を受領せず,留置期間満了として監査委員事務局に返戻されたものの,本件訴訟の原判決が言い渡された後に配達された平成18年度の2件目の監査結果の通知書面(書留郵便)は,第1回目の配達の際に受領していることからすると,控訴人は,本件書留郵便1・2については,受領しないとの意図の下に行動していた疑念が強い。

ウ  以上によれば,本件通知書面は,遅くとも本件書留郵便1の留置期間満了の日である平成17年11月25日に控訴人に到達したものと認められる。

(4)  本件訴えは,控訴人に対する本件通知書面の到達日である平成17年11月25日から30日を経過した後の平成18年1月24日に提起されたから,地方自治法242条の2第2項1号所定の出訴期間を徒過したものであることが明らかである。

2  結論

以上の次第で,本件訴えは,不適法であるから却下すべきところ,これと同旨の原判決は正当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 小原卓雄 裁判官 吉川愼一)

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