大阪高等裁判所 平成18年(行コ)135号 判決 2007年10月30日
控訴人兼附帯被控訴人(第1審被告,以下「控訴人」という。)
川崎重工業株式会社
同代表者代表取締役
大橋忠晴
同訴訟代理人弁護士
佐藤水暁
同
寺上泰照
同
岩下圭一
被控訴人兼附帯控訴人(第1審原告,以下「被控訴人」という。)
田村和子
外6名
被控訴人ら訴訟代理人弁護士
井上善雄
同
中嶋弘
同
向来俊彦
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 本件附帯控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は,神戸市に対し,16億3770万円及びこれに対する平成12年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その3を控訴人の負担とし,その余は被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 同取消しに係る被控訴人らの請求を棄却する。
2 附帯控訴の趣旨
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 控訴人は,神戸市に対し,27億2950万円及びこれに対する平成12年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の骨子及び訴訟経過
本件は,神戸市の住民である被控訴人らが,神戸市が控訴人との間で締結したごみ焼却施設の建設工事の請負契約は,当該工事の指名競争入札において,その参加者である控訴人を含む5社のプラントメーカーが,談合をして控訴人を受注予定者とする受注調整を行った結果,控訴人が落札して締結されたものであり,これによって,神戸市は,入札参加者間で公正な競争が確保された場合に形成されたであろう正常な想定落札価格と契約代金との差額相当額の損害(被控訴人らは,この損害は,契約金額の10%に相当する27億2950万円を下回らないと主張する。)を受けたから,控訴人に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているにもかかわらず,その行使を違法に怠っているとして,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下同じ。)242条の2第1項4号後段に基づき,神戸市に代位して,怠る事実に係る相手方である控訴人に対し,27億2950万円及びこれに対する契約代金の最終支払日の翌日である平成12年4月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める住民訴訟の控訴審である。
原審は,控訴人を含む5社が上記工事に関して談合を行い,その結果,神戸市が少なくとも契約金額の5%に相当する損害を受けたと認定し,被控訴人らの請求のうち控訴人が神戸市に対し13億6475万円及びこれに対する平成12年4月29日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却した。
そのため,控訴人が本件控訴を提起し,被控訴人らが本件附帯控訴を提起した。
なお,略語については,特に断らない限り原判決に準ずる。また,公正取引委員会審査官に対する供述調書及び審訊調書,陳述書,公正取引委員会の審判における速記録及び別件訴訟の尋問調書中の各供述記載についても,「供述」という。
2 前提事実
次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第2の1に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 原判決2頁14行目の「我が国の」の次に「ごみ焼却炉築造業界における」を加える。
(2) 原判決3頁24行目と同25行目の「の社員」をいずれも削る。
(3) 原判決5頁25行目の「被告ら5社に」から6頁2行目までを「控訴人ら5社が他社に比べて優位性を有していた。」に改める。
(4) 原判決7頁20行目の括弧内の「以下」の前に「平成17年法律第35号による改正前のもの,」を加える。
(5) 原判決7頁20行目の括弧内を「以下「独占禁止法」ないし「独禁法」という。」と改める。
(6) 原判決8頁3行目の括弧内の「別件審判事件」を「本件審判事件」と改め,同3行目の次に改行して次のとおり加える。
「 本件審判事件において,審査官は,本件工事が違反対象工事に含まれる旨主張していた。本件審判事件は,いったん終結し,公正取引委員会から委任を受けた審判官は,平成16年3月29日付けで,本件工事については,具体的な証拠から控訴人ら5社が受注予定者を決定したと推認される工事には掲げていないものの,控訴人ら5社は,平成6年4月から平成10年9月17日までの間,地方公共団体の発注するストーカ炉の建設工事の過半について,受注予定者を決定し,これを受注することにより,地方公共団体が指名競争入札等の方法により発注するストーカ炉の建設工事の取引分野における競争を実質的に制限していたものと認めることができるという内容の審決案(甲ア24,以下「第一次審決案」という。)を作成し,次いで,公正取引委員会から独占禁止法54条2項の「特に必要があると認めるとき」の要件の存否について審理を委任された審判官が,平成18年3月28日付けで,控訴人ら5社に対し,遅くとも平成6年4月以降行っていた,地方公共団体が指名競争入札,一般競争入札又は指名見積り合わせの方法により発注する全連続燃焼式及び准連続燃焼式のストーカ炉の新設,更新及び増設工事について,受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにしていた行為を,平成10年9月17日以降行っていないことを確認しなければならないことなどを命ずる審決案(甲ア25,以下「第二次審決案」という。)を作成した。そして,公正取引委員会は,平成18年6月27日,第一次審決案及び第二次審決案を訂正の上引用し,控訴人ら5社が,共同して,地方公共団体発注の全連続燃焼式及び准連続燃焼式のストーカ炉の新設,更新及び増設工事について,受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにすることにより,公共の利益に反して,地方公共団体発注の全連続燃焼式及び准連続燃焼式のストーカ炉の新設,更新及び増設工事の取引分野における競争を実質的に制限していたものであって,独占禁止法2条6項に規定する不当な取引制限に該当し,同法3条に違反するものであるなどとして,第二次審決案と同様の内容の主文の審決をしたが,同審決については,審決取消訴訟が係属中である。(甲ア24ないし27,弁論の全趣旨)」
3 争点及び争点についての当事者の主張
(1) 違法に怠る事実の位置付け及びかかる事実の存否
当審における当事者の主張を次のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第2の3(3)(原判決12頁19行目から15頁24行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(控訴人の主張)
ア 地方自治法242条の2第1項4号後段の代位請求訴訟は,地方公共団体の財産の管理に関し,それが違法状態にない場合についてまで,住民に行政権限を付与し,行政主体に代わって権限を行使できる道を開いたものではない。そのため,損害賠償請求権の存否とは別に,独立の要件として,まず最初に「財産の管理を怠る事実」が「違法」状態にあるか否か,すなわち地方公共団体の財産の管理行為の一環としての損害賠償請求権の行使の是非が厳格に判断されなければならない。
イ 損害賠償請求権という債権の行使については,一般の債権とは異なり,債権を行使することを前提とした場合であっても,最も効率的かつ適切な回収の方法を選択することについて地方公共団体の長に合理的裁量があると解すべきである。本件では,神戸市長は,公正取引委員会の審決の確定を待って独占禁止法25条に基づく損害賠償請求権を行使すると判断しているが,その判断は,最も効率的かつ適切な権利の行使を選択したものであるから,違法に怠る事実は存在しない。
逆に被控訴人らの主張によると,地方公共団体の長に対して,審判事件の進行中に民法709条に基づく損害賠償請求権の行使を義務付け,長の第一次判断権を侵害することになり,不当である。
ウ 違法に怠る事実の存否の判断の基準時は,遅くとも住民監査請求に対する判断がなされた時と解すべきであるが,仮に判断の基準時を口頭弁論終結時と解したとしても,神戸市は,控訴人に対し,平成19年3月27日付けの「損害賠償請求について」と題する書面(乙40の1,以下「本件通知書」という。)を内容証明郵便により送付して損害賠償請求権を行使しているから,少なくとも,口頭弁論終結時点において,違法に怠る事実は存在しない。
(被控訴人らの主張)
本件通知書は,本件訴訟により支払わなければならない額(現時点では13億6475万円及びその遅延利息)及び住民訴訟を提起した者に対して神戸市が支払うべき弁護士報酬額の合計額を請求するものであって,本件訴訟を前提にして,本件訴訟において控訴人が支払うべき額を支払うよう通知しているにすぎない。
したがって,神戸市が本件訴訟とは別に損害賠償請求権を行使したわけではなく,これをもって「怠る事実」がなくなったということはできない。
(2) 控訴人ら5社による談合の有無
次のとおり補正し,当審における控訴人の主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第2の3(1)(原判決8頁23行目から11頁初行まで)のとおりであるから,これを引用する。
ア 原判決の補正
原判決9頁6行目の「黒田」から同7行目の「持っていたリスト」までを「黒田昭夫(以下「黒田」という。)が所持していた平成7年9月28日付けのリスト」に改める。
イ 当審における控訴人の主張
(ア) 基本合意の有無について
a 控訴人ら5社の会合は,正当な業務の一環として行われていたものであり,当該会合の出席者のうち三菱重工業の白井を除く4名の各供述調書には,控訴人ら5社が会合において受注調整を行っていた旨の記載はどこにもない。そして,白井の供述調書のうち平成10年9月17日付けの2通の供述調書(甲サ28,46,以下,これらの供述調書に記載された供述内容を「初期供述」ともいう。)は,後記のとおり信用できない。
b JFEの大阪支社機械プラント部環境プラント営業室長の赤木和(以下「赤木」という。)が所持していたメモ(甲サ35,以下「赤木メモ」という。)は,ゴミ焼却炉の営業については全く経験がなかった赤木が酒の席で聞いた話を書き留めたものにすぎず,およそ証拠価値のないものであるし,三菱重工業の中国支社化学環境装置課の青山正男(以下「青山」という。)が前任者から引き継いだメモ(甲サ37,以下「青山引継ぎメモ」という。)も,平成元年以前に作成された作成者及び作成経緯等が一切不明な証拠価値のないものであるから,これらの証拠によって,控訴人ら5社の間で,受注予定者の決定方法に関するルールがあったことを推認することはできない。
c 黒田リストは,控訴人の一従業員が独自に業界内の競争相手の動向を折り込んで受注予想を記載したものにすぎず,現に平成8年度から平成10年9月までに発注された全連及び准連ストーカ炉建設工事は全部で43件あるところ,黒田リストに記載されているのは,そのうちの22件だけであり,しかも,22件のうち4件が記載と異なる者が受注している。また,黒田リストには,流動床炉工事も記載されているし,「大阪―舞洲」,「大阪―平野」,「大阪―東淀」と純粋な技術提案審査方式により選定されたメーカーとの間で特命随意契約を締結するという談合が不可能な工事の記載もされている。
したがって,黒田リストによって,控訴人ら5社の間で,入札がなされるまでに,受注予定者を決定していたことを推認することはできないし,他の証拠(甲サ54,55,155等)によっても上記事実を推認することはできない。
d JFEが所持していた書面(甲サ111,128,134)は,いずれもその記載内容からして信憑性のないものであるから,これらによって,控訴人ら5社が決定された受注予定者が受注できるようにしていたことを推認することはできない。
e 競合相手の入札状況を把握しておくことは,営業担当者としてごく当たり前の業務活動であるから,三菱重工業の環境装置1課主務が所持していたノート(甲サ106)に,各社において分母にごみ焼却施設の建設工事におけるストーカ炉の処理能力を,分子に落札したストーカ炉の処理能力をそれぞれ記載して,落札した割合をストーカ炉の処理能力のトン数によって計算し把握していたとしても,談合の存在を疑わせるものではない。かえって,甲サ106は,各社が受注するごみ処理プラントの処理能力の合計が平等になるように受注調整をしていたとの白井の初期供述の信用性を減殺する証拠といえる。
また,黒田が所持していた計算一覧表(甲サ107)は,談合が行われていないことが客観的に明白な工事がいくつも記載されており(「堺」,「亀岡」等),控訴人の一従業員が独自に入札状況を把握しようとして作成したものにすぎない。
f 三菱重工業においては,課長であっても,1億円未満の黒字工事についてのみ決裁権限があるにすぎず,主務や課長であった白井が独断で控訴人ら5社の会合に出席して,受注調整を行うことは考えられない。
また,平成4年度から平成9年度までの間の控訴人ら5社のストーカ炉建設工事の受注実績を処理能力の合計トン数で見ると,最上位の日立造船と最下位の控訴人との間には2762トンもの差(シェアにして8%もの差)があり,少なくとも5者の間で受注トン数の平等が図られていないことは客観的事実であるから,白井の初期供述にいう各社が受注するごみ処理プラントの処理能力の合計が平等になることを基本とする受注調整など存在しないことが明らかである。しかも,赤木メモでは,受注調整の方針として「受注トン数/指名件数」と記載されているから,白井の初期供述とは,談合に関する基本合意の中で最も重要な核心部分である受注予定者の決定方法について矛盾がある。
さらに,白井の初期供述と赤木メモでは,アウトサイダーに対する協力要請の点についても明かな違いがある。控訴人ら5社以外のプラントメーカーである荏原製作所及びクボタが,弁護士法23条の2に基づく照会に対し,控訴人ら5社から受注予定者決定の協力要請を受けた事実,協力に応じた事実及び協力の見返りとして控訴人ら5社の協力を得てごみ焼却施設の建設工事を受注した事実がいずれも存在しないと回答している(乙14・15の各1・2)ことからも,白井の初期供述には信用性がないといえる。
ほかの関係者の供述についても,いずれも単なる伝聞にすぎないから,全く信用性が認められない。
(イ) 個別談合の有無について
民法上の不法行為を請求原因とする本件訴訟においては,主張立証責任は被控訴人らにあり,本件工事における個別談合に関する直接の証拠が一切存在しないにもかかわらず,被控訴人らがそれ以上に何ら具体的な立証活動を行わない以上,本件工事において個別談合が成立した事実を認めることはできない。
第一次審決案においてさえ,本件工事については,具体的な証拠に基づいて控訴人ら5社が受注予定者を決定したことを推認することはできないとしており,黒田リストにも本件工事は記載されていない。第一次審決案では,黒田リストに記載されていない工事は,それが作成された平成7年9月28日当時において,控訴人ら5社の間で受注予定者が決定されていなかったことが推認されると判断している。
また,本件工事が大規模な工事であること,入札参加者が控訴人ら5社のみであったこと,本件工事の落札価格が予定価格の98.6%であるなどという事実によって,個別談合の存在を推認することはできない。
しかも,本件工事の入札が行われた当時,控訴人の関西支社でごみ焼却施設の神戸市の営業を担当していた緑川明の陳述書(乙41)によれば,控訴人が本件工事の受注に向けて正当な営業活動を行っており,社内所定の積算手続を経て控訴人独自の判断で応札価格を決定していること,本件工事について控訴人が他の入札参加者との間で応札価格について話し合ったり,連絡を取ったりしたことが一切ないことが立証されているから,本件工事において談合が行われた事実を認めることはできない。
(3) 争点(3)(神戸市が受けた損害及びその額)
当審における当事者の主張を次のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第2の3(2)(原判決11頁3行目から12頁17行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(被控訴人らの主張)
公正取引委員会による調査(甲13)によると,平成8年から平成15年3月までの間に排除勧告若しくは課徴金納付命令を行った事件における公正取引委員会の審査開始後の落札価格の下落率を算出したところ,過去のカルテル・入札談合事件の平均は16.5%,入札談合事件に限っては19%であり,調査対象の約9割の事件で8%以上であった。談合による損害を認定する上では,上記の公正取引委員会の調査結果は重要な資料として斟酌すべきであるから,本件の損害については,契約金額の10%であっても控えめな金額であり,少なくとも契約金額の8%は下回らない。
(控訴人の主張)
公正取引委員会による調査は,入札当時の経済情勢,入札方法,当該工事の種類・規模,競争者数,地域性等の多種多様な要因等が全く異なる種々雑多な過去の違反事例における落札価格の下落率を単純に計算したものにすぎず,そのデータには,本件の損害額の算定に参考にすることが不適切であることが明らかな事例も多数含まれている。
また,落札価格の下落が,正常な競争の結果とは限らず,談合により各会社に対する社会的な非難が集中したため,採算度外視で受注することもあり得るから,落札価格の下落率を直ちに不当利得の推計値とする公正取引委員会の見解には著しい論理の飛躍があり,何ら本件における損害額の算定の参考にはならない。
しかも,公正取引委員会による立入検査が開始された平成10年9月17日以降平成13年度までに地方公共団体等が発注したストーカ炉建設工事40件の平均落札率は95.4%であることに加え,控訴人を含む控訴人ら5社のいずれもが入札に参加していないストーカ炉建設工事において,落札率が99.31%の工事もある。
したがって,被控訴人らの損害額についての主張は,明らかに失当である。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(違法に怠る事実の位置付け及びかかる事実の存否)について
(1) 地方自治法242条の2第1項4号後段に基づく代位訴訟においては「違法に怠る事実」が要件とされているところ,控訴人は,まず,本件においては,神戸市長が代位の対象である損害賠償請求権を行使していることから「怠る事実」を欠く旨主張する。
確かに,証拠(乙40の1・2)によれば,神戸市長は,控訴人に対し,平成19年3月27日付けで,「損害賠償請求について」と題する内容証明郵便(本件通知書)を送付したことは認められるが,その記載内容は,平成18年6月27日に本件審判事件についての審決がなされたこと,また,本訴原審判決において独禁法違反の事実が認定されたことを記載し,続いて,「つきましては,当該違反行為を理由とする損害賠償について,上記住民訴訟において提起されておりますので,当該訴訟により支払わなければならない額(現時点では13億6475万円及びその遅延利息)及び同条の規定により住民訴訟を提起した者に対して神戸市が支払うべき弁護士報酬額の合計額を速やかに神戸市にお支払いください。」というものであることが認められ,同書面は,本件訴訟に依拠し,原審判決認容額に弁護士報酬額を加算した合計額の支払を期限を指定せずに求めたにすぎず,本件訴訟とは別に,独立して損害賠償請求権を行使したものと見ることはできないから,神戸市は,当審の口頭弁論終結時点において,本件の代位の対象となる損害賠償請求権を行使しておらず,当該債権の管理を怠る事実が存在するといえる。
(2) 次に,控訴人は,本件にあっては,財産管理の対象として独禁法違反事実をもって違法行為とする民法709条に基づく損害賠償請求権(以下「709条損害賠償請求権」という。)が問題とされているが,神戸市には,同じ独禁法違反事実を違法行為とする同法25条,26条に基づく損害賠償請求権(以下「25条損害賠償請求権」という。)が与えられているのであるから,神戸市長が,いずれの請求権を行使するにしても,独禁法上の違法行為という極めて専門性の高い認定・判断を要すること,違法行為の存否や違反行為者の故意・過失などの立証のために独自に有する資料の有無,両請求権の行使に当たっての立証責任の軽重,敗訴の危険度及び訴訟費用の負担等を総合考慮し,最も効率的かつ適切な債権の回収の方途として,公正取引委員会の審決の確定を待って25条損害賠償請求権の行使を選択したのは,債権行使の時期・方法として合理的な裁量の範囲内に属し,709条損害賠償請求権を行使していないとの一事をもって,損害賠償請求権を理由もなく行使しない場合に該当せず,神戸市長に職務上の義務違反は存しないから,同市長に,債権の管理を違法に怠る事実は存在しないと主張する。
ところで,債権の管理を違法に怠るとは,普通地方公共団体の長が職務上の義務に違背して当該地方公共団体の有する債権を行使しない場合を意味するところ,地方自治法240条,地方自治法施行令171条から171条の7までの規定によれば,客観的に存在する債権を理由もなく放置したり免除したりすることは許されず,原則として,地方公共団体の長にその行使又は不行使についての裁量はないというべきである(最高裁平成12年(行ヒ)第246号同16年4月23日第二小法廷判決・民集58巻4号892頁参照)。
しかしながら,不法行為による損害賠償請求権は,法令や条例に基づく債権や通常の契約に基づく債権とは異なり,その債権の存否自体が争われ,その立証が複雑かつ困難な場合があり,提訴した場合に相当程度の敗訴の危険性も考慮せざるを得ないこともあり,特に,本件のように怠る事実の対象となる債権が独禁法違反を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の場合には,控訴人が主張するように25条損害賠償請求権も理論的には競合して成立し,しかも,両請求権の行使によって求め得る賠償額に径庭はないから,このような場合の債権の管理方法としては,訴訟となった場合の主張・立証の困難さ,勝訴の見通し,他の同種請求権を行使する場合との比較検討などの諸般の事情を考慮し,その一方を行使し,他方を行使しないという選択に合理性がある場合には,当該債権の管理を違法に怠るとはいえないと解するのが相当である。
そして,この違法性の有無については,上記のような当該損害賠償請求権の存否自体の立証の難易等の諸般の事情を総合考慮して判断されることからすると,本案の問題として,その判断の基準時を事実審の口頭弁論終結時と解すべきである。
これを本件についてみるに,第1に,25条損害賠償請求権の行使は,事業者の無過失賠償責任を定め(独禁法25条2項),相当因果関係の存在と損害額の立証について,受訴裁判所の公正取引委員会に対する求意見制度が採用されていること(同法84条)においては,被害者の賠償請求権の行使を容易にする手続構造となっているが,反面,公正取引委員会が審決により当該違反行為を取りあげ,かつ,該審決が確定しないと将来における賠償請求権の行使の道が閉ざされている(同法26条1項)ところ,審決中でなされた違反事実の25条損害賠償請求裁判に対する拘束力の有無を別論としても,被審人を控訴人ら5社とする本件審判事件における平成18年6月27日付け審決(甲ア24,26)は,控訴人ら5社が平成6年4月から平成10年9月17日までの間に地方公共団体が指名競争入札等の方法により発注するストーカ炉の建設工事の取引分野における競争を実質的に制限していたこと及び上記期間のうちの30件の工事について具体的な証拠から受注予定者を決定したと認定した上で,同法54条2項による排除措置を命じているものの,本件工事については具体的な証拠から受注予定者を決定したと推認される工事には含ましめていないことが認められ,かつ,当該審決については審決取消訴訟が係属中という状況にあるから,神戸市長が,将来においても,本件工事について,容易に25条損害賠償請求訴訟を提起できるとは言い難いこと,第2に,神戸市と控訴人との本件工事の請負契約締結日が平成7年11月21日,本件工事代金の支払が平成8年4月30日から平成12年4月28日まで,公正取引委員会の本件審判事件の開始決定が平成11年9月8日であるほか,証拠(甲1,2,ア1)及び弁論の全趣旨によれば,同審判手続において審査官が提出した第1回準備書面により,本件工事が独禁法違反行為物件として掲記され,平成12年2月8日付で同準備書面の内容がかながわ市民オンブズマンに情報提供される形で公となり,その情報を取得した被控訴人らが本件に係る監査請求をしたのが同年4月28日であることが認められるのであるから,709条損害賠償請求権については,これを放置するならば,平成12年4月28日を起算日として,民法724条前段に基づく消滅時効が完成し,債権の消滅を来す可能性が否定できないこと,第3に,709条損害賠償請求権は,あらかじめ法令又は条例により定められた債権とは異なり権利存在の点において不確実性を免れず,なかんずく,本件のように事業者が独禁法違反事実を強く否定している場合は,権利関係の存在が事実的,法律的根拠を有することの証拠資料の獲得がなければ,権利行使が容易でないとの側面が存するものの,神戸市長が,本件審判開始決定後,独禁法69条により,被控訴人らが本訴に提出した程度の基本的書証の獲得は容易であったことを考慮すれば,709条損害賠償請求権の行使に障害となる事由は解消されているといえること,以上の諸事情を考慮すれば,神戸市長が,当審口頭弁論終結時において,709条損害賠償請求権を行使しないことには合理性がなく,違法というべきである。
2 争点(2)(控訴人ら5社による談合の有無)について
(1) 各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 関係者の供述等
(ア) 白井の供述(甲ア24,サ28,46,乙29の一部)
白井は,平成6年4月に三菱重工業機械事業本部環境装置第一部環境装置一課の主務(課長待遇)に,平成8年4月に同課長に就任したが,平成6年4月以降,毎月1回くらい,出席各社持ち回りで各社の会議室で開催される控訴人ら5社の営業責任者クラスの者が集まる会合に出席するようになったこと,この会の出席者は,白井のほか,日立造船の環境・プラント事業本部環境東京営業部長の紫村,JFEの環境第一営業部第一営業室長の灰原,タクマの環境プラント本部東京環境プラント部第一部第二課長の水野治夫,控訴人川崎重工業の機械・環境・エネルギー事業本部環境装置営業本部営業開発第二部長の金本であった(3年くらい前までは藍谷)であったこと,この会合では,ごみ処理プラントの物件に関する受注調整を行っており,この会合で決めた受注予定者を「チャンピオン」と呼んでいたこと,この会合において,発注予定物件について各社が受注希望を表明し,希望者が1社の場合は,その会社がチャンピオンとなり,希望者が2社以上の場合は,希望者同士が話し合ってチャンピオンを決定するが,これで決まらない場合は,どちらが多く受注しているかで判断すること,チャンピオンを決める基本は,各社が平等に受注するということであり,1日のごみ処理能力で計算した合計が各社平等になるように決める方法を採っていたこと,白井が出席するようになってからは,受注希望がかち合っても全て話合いで決まっていたこと,チャンピオンを決めるに当たって,ごみ処理プラントの処理能力により,1日の処理能力が400トン以上の大,200トン以上の中,200トン未満の小の3つに分けており,大,中,小それぞれに分けて,受注希望物件を確認して,チャンピオンを決めていたこと,会合で決めたチャンピオンは,物件の発注時に控訴人ら5社以外の者が一緒に指名された場合は,相指名業者と個別にあって,自社が受注できるように協力を求めていたこと,かなりの回数相指名となって自社が受注できるように協力させていた相指名業者には,時には物件を受注させる必要があるが,このような場合は,チャンピオンが控訴人ら5社の会合に諮って了承を受けた後,控訴人ら5社以外の相指名業者に受注させていたこと,チャンピオンは,指名を受けた物件について積算し,控訴人ら5社を含めた相指名業者に入札の際に書き入れる金額を連絡し,控訴人ら5社は,チャンピオンが受注できるように協力していたこと,白井が出席するようになってから,三菱重工業がチャンピオンとなった物件のほとんどすべては予定どおり受注したことを供述している。
(イ) 赤木の供述等(甲ア24,サ35,44)
JFEの赤木は,平成8年7月に大阪支社機械プラント部環境プラント営業室長として,近畿地区のごみ処理プラントの受注業務についての責任者となったが,控訴人ら5社がいかなる方法でチャンピオンを決めているのか疑問に感じていたため,同年秋から冬にかけて,本社環境プラント営業部第二営業部長,第一営業室長,第一営業室係長から話を聞いたこと,受注調整の話は極秘の話なので,勤務時間外に飲み屋で聞いたこと,部下に指導するため,約1週間後に,この時に聞いた話と当時本社都市環境部大阪担当主査から聞いた話を1枚の紙にとりまとめたものが赤木メモ(甲サ35)であり,後日これを部下に伝えていると供述している。
そして,赤木メモには,「ストーカ炉は,大手5社(NK,日立造船,三菱重工,川重,タクマ)が中核メンバーで,エバラとクボタが準メンバー。但し,住重,ユニチカ等は話合いの余地はある。ストーカ炉大手5社のルール①大(400t以上),②その他全連(399t以下),③准連の3項目に分けて張り付け会議を行う。1年に1回その時点で明確となっている物件をだいたい各社1個づつ指定する。その後はその物件は100%その会社が守る権利と義務が発生する。比率は5社イーブン(20%)その物件に5社以外のメンバーが入った時は,タタキ合いとなる。業界は補てん等一切行わない。20%のシェアを維持する方法は受注トン数/指名件数であり,その為に指名は数多く入った方がベター」と記載されている。
(ウ) 三菱重工業の中国支社機械一課長紺野慶男(以下「紺野」という。)の供述(甲ア24,サ42,43)
紺野は,平成8年4月に三菱重工業中国支社機械一課長に就任したが,前任者から業務引継を受けた際に,ごみ焼却施設については,業界の中で仲良く受注していくという慣行があること,つまり,控訴人ら5社が機会均等に受注するために受注予定者を決めて,受注予定者が受注できるようにしていること,通常業界では受注予定者のことをチャンピオンと呼んでいること,実際の入札における受注予定者は各社の本社レベルで話合いが行われていること等を聞かされたと供述している。
(エ) 青山の供述等(甲ア24,サ37,47,108)
青山は,平成元年4月1日,三菱重工業中国支社機械一課においてごみ焼却施設の営業を行うようになったが,その際,前任者から「業界(機種別)の概況について」という文書(甲サ37,青山引継ぎメモ)を引き継いだこと,受注調整は本社レベルで行われており,管理職以上の課長クラスの者が対応していると思うと供述している。
そして,青山引継ぎメモには,
「※ 全連:大手5社協有 受注機会均等化(山積)…極力5社のメンバーセットが必要(他社介入の時は条件交渉を伴う),
必注案件は強力な営業事情をBaceに本社にて主張させるべきバックグラウンド作りが肝要(他社案件でも指名入りで分母積み上げを図る要あり)」
と記載されている。
(オ) タクマの環境プラント本部取締役本部長茶園元(以下「茶園」という。)の供述(甲ア24,サ45)
茶園は,平成10年6月から,タクマの環境プラント本部本部長を務めていたが,環境プラント本部営業部長から,タクマが受注を獲得するための営業方針として,「1番目はコストである,2番目は当社の焼却炉の技術がまず発注者に認められる,3番目は発注者に認められたことをメーカー各社に認知していただければ,協力を得られるチャンスがある」と聞いたが,3番目の意味は,何としてもタクマが受注したいという物件については,タクマの入札価格よりも高い価格で他社が入札することについて応じてもらうということ,つまりタクマが他社との間で話合いを行い,他社の協力を得て受注するということであること,タクマが他社に協力してもらう物件がある一方,他社が発注者から認められているような物件で他社がどうしても受注したいという物件についてはタクマが協力することになる旨供述している。
イ 控訴人ら5社が,随時,会合を開催し,地方公共団体が発注するストーカ炉工事について,1日当たりの処理能力の規模別に区分してリストを作成し,その情報を交換するなどして,情報を共有化し,その後,受注希望の工事を表明し,受注予定者を決定していたことを裏付けるリスト,メモ類が次のとおり多数存在する。
(ア) 受注調整を行う「張り付け会議」がなされたこと
a 平成8年12月9日の会合(甲サ67,76)
三菱重工業の白井が所持していたノート(甲サ67)の,400トン未満のごみ処理施設を列挙したリストの右わきに「1順目は自由 12/9 2順目は自由,3順目は200t/日未満」と記載され,右下に「バッティングしたら12/18までに結着」と記載されていること,JFEの環境第二営業部第二営業室総括スタッフが所持していた平成8年版の手帳(甲サ76)には,400トン未満のごみ処理施設を列挙したリストの下に「①200t/日以上,②200t/日未満 12/9 2件 ①②双方から,さらに1件 ②から 合計3件」と記載されていることからすると,控訴人ら5社が平成8年12月9日に中型工事と小型工事から1件ずつ,さらに小型工事から1件,合計3件の受注を希望するという方法で受注調整を行う会合を開催したことが認められる。
b 平成9年9月29日,同年10月16日及び同月29日の会合(甲サ60,62,63,140)
JFEの環境第二営業部第二営業室総括スタッフが所持していた平成9年9月1日付けのリスト(甲サ60)の上部に「全連小型(200t未満)9/29 2〜3件 大型 10/16 1件 中型 10/29 2件? 9/11大・中・小 対象物件確定」との記載があること,JFEの従業員が所持していた同月11日付けのリスト(甲サ62,63)の各表紙に「全連 200t未満 3件 9/29(月) 200t以上〜400t未満2件 10/29(水) 400t以上 1件 10/16(木)」と記載されていることからすると,控訴人ら5社が平成9年9月11日に会合を開いて,大型・中型・小型の工事についてリストアップをして,同月29日に小型工事について,同年10月16日に大型工事について,同月29日に中型工事について,受注希望工事を表明し,受注調整を行う会合を開催したことが認められる。
c 平成10年1月30日の会合(甲サ55,58,93,乙21の一部)
JFEの環境第一営業部第二営業室総括スタッフが所持していた平成9年12月17日付けのリスト(甲サ58)に「1/30 張付け」と記載されていること,日立造船が発信した平成10年1月27日付けのファクシミリの送信書(甲サ55)に「中型の対象物件送付します。1/30 ハリツケする予定です。」と記載されていること,タクマの環境プラント本部東京環境プラント第一部第二課長の水野治夫が,同社の会議室スケジュール帳(甲サ93)の平成10年1月30日欄に会議の予約を入れていることからすると,控訴人ら5社が平成10年1月30日に「張り付け会議」と称する受注調整の会合を開催したことが認められる。
d 平成10年3月26日の会合(甲サ73,96,102)
JFEの環境第一営業部長の平成10年版の手帳(甲サ73)の同年3月26日欄に「中小型物件はりつけ」と記載されていること,三菱重工業の中国支社の紺野が白井からの連絡内容を記載したメモ(甲サ96)に「3/26秘会合で中国五県の話は出なかった」と記載されていることからすると,控訴人ら5社が平成10年3月26日に中型工事について「張り付け会議」と称する受注調整の会合を開催したことが認められる。
(イ) 受注調整の結果を記載したリストの存在
a 黒田リスト(甲サ29,89)について
黒田リスト(甲サ89)は,「H07.9.28」付けの「年度別受注予想」と題する計3枚からなる書類で,控訴人の機械・環境・エネルギー事業本部環境装置営業本部西部営業参事の黒田が所持していたリストであり,平成8年度から平成11年度までの各年度と平成12年度以降にストーカ炉建設工事として発注が見込まれる工事(同表の「−S」欄)について,控訴人ら5社にそれぞれ割り付けたような記載がされている(一番上の段に「K」「M」「H」「N」「T」と順に控訴人,三菱重工業,日立造船,JFE,タクマを示す記載がある。)。
そして,平成6年度から平成10年度までの全連及び准連ストーカ炉の受発注状況(甲サ29)と対比すると,平成8年度に発注された15件のストーカ炉建設工事のうち12件が黒田リストに記載され(ただし,受注予想年度としては,平成8年度のほか,平成10年度及び平成11年度にもまたがって記載されている。),そのうち10件は黒田リストに記載された控訴人ら5社が落札していること(黒田リストと異なる受注先はいずれもクボタである。),平成9年度については,発注された21件のうち9件が黒田リストに記載され(ただし,受注予想年度としては,平成8年度ないし平成11年度にまたがって記載されている。),そのうち7件は黒田リストに記載された控訴人ら5社が落札していること(黒田リストと異なる受注先は,1件がクボタであり,もう1件は日立造船である。),平成10年度については,発注された7件のうち1件が黒田リストに記載され,これは黒田リストに記載された三菱重工業が落札している。
このように,実際に発注された工事で黒田リストに記載された22件のうち18件が黒田リストに記載されたとおりのプラントメーカーが落札していることからすると,黒田リストは単なる受注予想を記載したものではなく,控訴人ら5社において,未発注のストーカ炉工事について受注調整を行い,その結果,割り付けられた受注予定者を記載したものであると認めるのが相当である。
b その他,控訴人の従業員が所持していた平成10年度から平成12年度までの各年度と平成13年以降に発注が見込まれるごみ焼却施設工事が記載されたリスト(甲サ155)には,「全連60−200T未」欄に記載された工事について,手書きで,左側に「M3]等と控訴人ら5社を示すアルファベットと数字を組み合わせたものが記載されており,日立造船の環境事業本部大阪営業部営業担当課長が所持していた平成10年3月24日付けの環境装置需要一覧表(甲サ54,56)には,そのころに受注が予想されるはずの大型工事の記載を欠いたり,そのころに抹消することが考え難い工事が黒く塗り潰されたりするなどの不自然な記載がある(乙32の一部)上,いくつかの工事について控訴人ら5社を示すアルファベットの記載がされている(甲サ56)。
(ウ) 控訴人ら5社のストーカ炉の営業担当者には,5社又は5社に荏原製作所とクボタを加えた7社の各社ごとの受注工事を1日当たりの処理能力を基準に数値化して把握する者がいたこと(甲サ29,106,107,140)
(エ) 控訴人ら5社の間で,ストーカ炉の入札実施前に入札価格等の連絡が行われたものがあること(甲サ29,124,125,140)
a 平成7年5月9日に指名競争入札が実施された佐渡広域市町村圏組合工事
控訴人の機械・環境・エネルギー事業本部環境装置営業本部東部営業部参事が所持していた平成7年5月2日付けの6枚組のメモ(甲サ125)には,次のような記載があり,これが,同月9日に指名競争入札が実施された佐渡広域市町村圏組合工事の1回目から3回目までの控訴人ら5社の入札価格と全く同じであること(甲サ29)からすると,控訴人においてあらかじめ5社の入札価格を3回目まで決定し,これを他の4社に連絡して,他社がそれに従って,控訴人が3回目の入札で落札したことが認められる。
K ①6,220,000,000 ②6,150,000,000 ③6,050,000,000
H ①6,460,000,000 ②6,190,000,000 ③6,100,000,000
T ①6,310,000,000 ②6,195,000,000 ③6,105,000,000
M ①6,600,000,000 ②6,200,000,000 ③6,125,000,000
N ①6,690,000,000 ②6,215,000,000 ③6,140,000,000
b 平成10年8月31日に指名競争入札が実施された賀茂広域行政組合工事
JFEの環境エンジニアリング本部環境第二営業部長が所持していたメモ(甲サ124,140)と平成10年8月31日に指名競争入札が実施された賀茂広域行政組合工事の入札状況(甲サ29)を総合すると,上記工事の入札に際して,受注予定者であるJFEが,あらかじめ控訴人ら5社の入札価格や入札方針(値引額や辞退)を決めて,他の4社に連絡し,他社がそれに従って,JFEが1回目の入札で落札したことが認められる。
(オ) ほかに控訴人ら5社が,個別の工事で受注予定者を決めていたことがうかがわれるメモ(甲サ82ないし85),控訴人ら5社が決定された受注予定者が受注できるよう協力していたことがうかがわれるメモ(甲サ134ないし138)や控訴人ら5社以外のアウトサイダーが指名されたとき,受注予定者が受注できるようアウトサイダーに協力を依頼した物件があることを裏付けるメモ類(甲サ109,111,112,114ないし118,140)が存在する。
ウ 平成6年4月1日から平成10年9月17日までの間に,地方公共団体等が指名競争入札等の方法により発注したストーカ炉の建設工事のうち予定価格が判明している工事の落札率(予定価格に対する落札価格の比率)を見ると,控訴人ら5社以外の者が受注した工事の落札率の平均値は約89.8%(ただし,クボタは98.6%),控訴人ら5社のうちいずれかが受注した工事の落札率の平均値は約96.6%であった(甲サ29,146)。
(2) 上記(1)認定事実のとおり,上記(1)の関係者の各供述は,控訴人ら5社が,地方公共団体が今後発注するストーカ炉の建設工事について受注調整を行っていたとの点においていずれも一致しており,中でも白井供述及び赤木供述は,各社を平等に取扱う基準などの相違点はあるものの,控訴人ら5社が,ストーカ炉の建設工事について処理能力の規模で区分し,受注調整をして受注予定者を決定し,その受注予定者が受注できるよう協力していたという主要な点において符合しているだけでなく,上記各供述の主要部分を裏付ける張り付け会議と称する会合の実施を裏付けるメモや受注予定物件のリスト,入札価格を連絡したメモ等が多数存在していることからすると,上記関係者の各供述は十分な信用性があるといえる。そして,これらの関係者の各供述とそれを裏付ける多数のメモ等の存在に加えて平成6年4月1日から平成10年9月17日までの地方公共団体が指名競争入札等で発注したストーカ炉の控訴人ら5社の落札率の平均値が,控訴人ら5社以外の者が落札した場合の落札率の平均値と比較して有意な差が見られることなどを総合すれば,控訴人ら5社は,遅くとも平成6年4月以降,地方公共団体発注のストーカ炉建設工事について,受注機会の均等化を図るため,控訴人ら5社の会合において,物件をストーカ炉の規模により3分類に分けて受注を希望する社が受注希望を表明し,それが1社であれば,その社が受注予定者となり,2社以上の場合は話合い等で受注予定者を決定し,受注予定者が積算した価格を他の4社に連絡をすることにより,控訴人ら5社の間で受注予定者が受注できるように協力を行い,控訴人ら5社以外のプラントメーカーも指名業者に入った場合は,受注予定者が当該プラントメーカーと話し合う等の調整を行うという基本合意が成立していたことが認められる。
(3) 控訴人の主張の検討
上記(1),(2)の認定に対し,控訴人は,上記基本合意の成立を否定し,白井供述には信用性がなく,黒田リストは一従業員の受注予想を記載したものにすぎないなどと主張するので,以下検討する。
ア 白井供述について
控訴人は,白井の初期供述は,①自分の職歴等誤りようのない点を誤っていること,②立入検査を実施した当日に供述調書が作成されており,混乱に乗じ,審査官の誤った先入観と予断によって誘導された疑いがあり,また,閲読させずに作成されたため,内容をよく理解しないまま署名指印をしたものであること,③白井は,その後,談合の事実を一貫して否認していること,④三菱重工業においては,課長であっても1億円未満の黒字工事についてしか決裁権限がないから,白井が受注調整を行うことは考え難いこと,⑤実際に平成4年度から平成9年度までの控訴人ら5社のストーカ炉の受注実績を処理能力の合計トン数で見ると,最上位の日立造船と最下位の控訴人との間には2762トンも差があり,控訴人ら5社が平等に受注していないこと,⑥赤木メモ等との間に各社を平等に取り扱う基準,ストーカ炉を3分類する基準,アウトサイダーへの対応等の重要な部分で齟齬があることなどから,その信用性は否定される旨主張する。
しかしながら,白井の平成10年9月17日付け供述調書(甲サ28)には,「私は,課長職となった平成6年4月以降,(中略),その会合に出席するようになりました。」と記載されているが,当該供述調書の冒頭の経歴を述べた部分では「平成8年4月環境装置一課長に就任し」と正確に記載されており,別件訴訟の証人尋問においても,白井が,環境装置一課の主務となった平成6年4月以降,ほぼ毎月1回,控訴人ら5社の部長級又は課長級が参加する会合が開催されていたことや継続的にその会合に参加していたことを認める供述をしている(乙29)ことからすれば,上記の「課長職となった平成6年4月以降」という記載は,「主務となった平成6年4月以降」の誤記と見るのが相当である。
また,白井の初期供述に係る2通の供述調書(甲サ28,46)は,公正取引委員会の立入検査当日に作成されたものであって,白井の記憶が比較的鮮明であり,かつ,他者からの働きかけがない時期に聴取されたものであり,審査官が,立入検査によって収集した証拠を十分検討する時間がない時期であるから,かえって審査官による誘導がされた可能性が低いと考えられるし,当日の事情聴取の経緯,内容等に関する白井の供述内容(甲サ165ないし170,182ないし189,乙29)に照らしても,平成10年9月17日の審査官の事情聴取の方法に白井の初期供述の信用性に疑問を抱かせるような問題があったとは認められない。白井は,同日の事情聴取について,審査官による長時間にわたる取調べで非常に疲れており,調書内容を読み聞かされているときには集中力を欠いておりまた,当時,調書を閲読できるなどという知識もなかったため,調書の記載内容を確認しないまま署名指印をした旨述べているが,勤務先の上司や法務担当者及び弁護士にその日の事情聴取の内容を報告していること(甲サ165,166,187)や同日付けの供述調書の内容とJFEの従業員が所持していた白井と審査官のやり取りを記載したと推認されるメモ(甲サ36,80,140)の内容が概ね一致していることからすれば,白井は,審査官に供述した内容を十分認識して記憶していたといえる。
にもかかわらず,その後,白井は,立入検査当日の事情聴取については,談合を否定したこと以外は事情聴取の内容をほとんど記憶していない,内容を理解しないまま供述調書に署名したなどと供述し,受注調整の事実を否定する供述へと変遷したのであり,その変遷後の供述は,自ら記載したノート(甲サ67)についてすらあいまいな供述を繰り返すという内容であるから(甲サ165ないし173,182ないし189,乙29),初期供述に比べて信用性に乏しく,採用できない。
さらに,証拠(乙12,26の1ないし26の3)によれば,三菱重工業の環境装置部の課長は,1億円未満の工事で黒字採算の物件の決裁権限しかないことが認められるが,受注物件の決裁権限がないからといって,他社との間で受注調整を行えないわけではなく,白井がストーカ炉の営業に関する課長又は課長待遇の地位にあって,受注希望の工事の選定や入札価格の決定に関与できる立場にあったことからすると,控訴人ら5社の会合に出席して受注調整を行うことは,十分可能といえる。
また,白井の初期供述は,各社を平等に取扱う基準として,ごみ処理プラントの処理能力で計算した合計が各社平等になるように決める方法を採っていたという内容であるが,他方,白井の初期供述によっても,そのような方針に沿って受注調整を行ったとしても,アウトサイダーが指名業者に入った場合には,時にはアウトサイダーに受注させることもあり得るから,結果的に控訴人ら5社の受注したストーカ炉の処理能力の合計トン数が各社平等でないことは,白井の上記供述の信用性を左右するものではない。
確かに,白井の供述と赤木メモ等とは,ストーカ炉を3分類する基準,各社を平等に取り扱う基準,アウトサイダーへの対応について違いが見られるが,それは,ストーカ炉を3分類する基準については,時期によって基準が異なっていたとも考えられるし,各社を平等に取り扱う基準についても,受注した処理能力の合計だけで考慮するのか,指名に参加した工事の処理能力の合計で除した数値で考慮するのかについては,控訴人ら5社の指名を受けた実績がそれほど差異がないことからすると,上記の基準の違いが各社の受注機会の均等を図る上で大きな違いをもたらすものとは考え難いこと,アウトサイダーへの対応については,白井の初期供述も,アウトサイダーの協力が得られない場合に,受注予定者が予定どおりに受注できない場合があることを一切否定するものとは理解できず,赤木メモとの差異は,控訴人ら5社間における協力体制とそれ以外の他社との協力体制との違いをどの程度重く見るかの違いにすぎないといえる。
また,証拠(乙14・15の各1・2)によれば,クボタ及び荏原製作所が,弁護士法23条の2に基づく照会に対して,控訴人ら5社から受注予定者が受注できるように協力要請を受けたことも協力要請に応じたこともなく,協力の見返りとして控訴人ら5社の協力を得てごみ焼却施設の建設工事を受注したこともない旨回答しているが,上記(1)イ(オ)のメモ等に照らして上記回答は採用できない。
以上によれば,白井の初期供述は,その主要な点において十分信用できるといえる。
イ 黒田リストについて
控訴人は,黒田リストは,控訴人の一従業員の単なる受注予想を記載したものにすぎない旨主張する。
確かに,証拠(甲サ89,141,乙16の1ないし16の7,17の1ないし17の5)によれば,黒田リストには,流動床炉の工事や談合が困難と考えられる技術提案審査方式により選定されたメーカーとの間で特命随意契約の方式で締結された「大阪―舞洲」,「大阪―平野」,「大阪―東淀」の工事についても,控訴人ら5社に割り付けた記載がなされている。
しかしながら,黒田リストには,受注予想であれば記載されているはずのアウトサイダーの記載がない上,今後の発注が見込まれるストーカ炉工事についての受注者を平成7年9月28日ころに記載したものであるのに,平成8年度から平成10年度の22件の工事のうち18件という高確率で落札者を的中させており,しかも,リストと異なる落札者のうちの3件は控訴人ら5社以外のクボタであることからすれば,控訴人が指摘する事情を考慮しても,黒田リストを単なる受注予想を記載したものと見ることはできない。
ウ ほかにも,控訴人は,受注調整の事実を否定し,白井以外の会合の出席者の各供述調書(甲サ33,104,105,139)には,会合で受注調整を行ったことの記載が存在しないことや控訴人の上記主張に副う証拠(乙12,13,14・15の各1・2,21,22,29,31ないし33)を提出するが,上記に検討したところ,とりわけ受注調整を行ったことを裏付ける多数のメモやリスト等が存在することからすると,これらの証拠によって上記(2)の認定を左右するには足りない。
(4) 本件工事においての談合の有無について
確かに,本件工事について個別談合があったことを直接的に裏付ける証拠はなく,本件審判事件の審決においても,同様の指摘がなされている(甲ア24,26)。
しかしながら,控訴人ら5社は,ストーカ炉建設工事について,上記のとおり基本合意をしていたことが認められ,上記2(1)掲記の各証拠によれば,現に平成6年4月から平成10年9月17日までの間に地方公共団体によって発注され,指名競争入札等の方法により入札が行われた87件のストーカ炉工事のうち合計30件の工事については具体的な証拠から控訴人ら5社が個別談合をしていたことが推認でき,うち27件の工事については受注予定者が落札したと推認できることからすると,控訴人ら5社が上記の期間において,基本合意に基づいて実際に個別の工事について継続的,恒常的に談合を行っていたと認められる。そして,本件工事が基本合意の対象となっている期間のストーカ炉建設工事であること,1日当たりのごみ処理能力が300トンのストーカ炉を3つも築造するという大規模な工事であること,入札参加者が控訴人ら5社のみであること,本件入札の1回目も2回目も一番低い入札価格であったのは控訴人であること,本件工事における落札率が98.6%と極めて高いことなどの諸事情があり,他方,本件工事について,特に基本合意に基づく個別談合の対象から外されたことがうかがわれる事情が全くないことからすると,本件工事について,本件入札までに,控訴人を受注予定者とする個別談合が行われ,これに基づいて控訴人が本件工事を受注したと推認することができる。
これに対し,控訴人は,黒田リストに本件工事がないことなどを理由に個別談合がなされたことを否定するが,黒田リストは,平成8年度以降に発注が見込まれる工事についてのリストであるから,平成7年11月21日に入札が実施された本件工事の記載がないのは当然であって,黒田リストに本件工事が記載されていないことが個別談合を否定する根拠にはなり得ない。現に,黒田リストに記載のない同年5月9日に入札がなされた佐渡広域市町村圏組合工事について,控訴人が,控訴人ら5社の入札価格を3回目まで決定して,ほかの4社に連絡していたことを示すメモ(甲サ125)が存在しているとおり,上記リストにない平成8年度よりも前に入札が実施されたストーカ炉工事についても,基本合意に基づいて個別談合が行われている。
また,控訴人の関西支社において神戸市のごみ焼却施設の営業活動に従事していたとする緑川明作成の陳述書(乙41)には,同人が,入札会場に入って実際に入札業務を担当したのではないが,入札価格決定の事務作業に従事しており,本件入札に際しての応札価格は,控訴人内部で神戸市の予定価格を想定し,社内において原価を積算し,他社の入札価格を予想して,控訴人の社内協議及び独自の積算に基づいて決定されたものであり,他社との間で応札価格について話し合ったり,連絡を取ったりしたことは一切ないとの供述記載がある。
しかしながら,証拠(甲サ29,125)によれば,上記の佐渡広域市町村圏組合工事において,控訴人が,得られていた情報から予定価格を想定し,社内において原価,利益率等を検討し,控訴人ら5社の参考見積金額等を基準にして,控訴人ら5社の入札価格を3回目まで決定してほかの4社に連絡し,最終的に3回目の入札で控訴人が落札していることが認められ,この事実からすると,緑川明作成の上記陳述記載や本件入札が2回にわたって実施されたことは,本件工事について個別談合がなされたことを否定する根拠にはならない。
なお,控訴人は,本件では個別談合に関する具体的事実(いつ,どこで,誰が,どのような話合いを行い,どのような合意をしたのか等)の主張立証はなく,基本談合の主張立証のみでは個別工事における談合の事実を認めることはできないと主張する。
しかしながら,談合は,一般的に秘密裡に行われるものであって,被控訴人らが個別談合に関する具体的事実を容易に知り得るものではないから,控訴人が主張する上記事実についてまで主張立証を求めることは著しい困難を強いるものであって相当ではなく,個別談合の特定については,個別談合が工事ごとになされることからすれば,対象を本件工事と特定した上で,日時については「本件入札の実施に先立つ」という特定で,他の工事の談合とは区別できるのであるから,特定として十分と考えられる。また,談合が困難と考えられるような受注方式を採用していたとか,落札率が談合の成立と矛盾するほど低いことなどの事情を主張,立証することによって,基本談合が存在したにもかかわらず,当該工事については個別談合が成立したという推認を動揺させることが可能であるから,控訴人の防御に不当な不利益を課すとはいえない。
そして,本件工事においては,上記のとおり,控訴人ら5社のみによる指名競争入札であり,落札率が98.6%であって,ほかに個別談合がなされたとの上記推認を動揺させるような特段の事情を認めることはできない。
以上によれば,控訴人ら5社は,本件工事について,基本合意に基づいて,控訴人を受注予定者と決定し,控訴人が落札できるように互いの入札価格を調整し,その結果,控訴人が本件工事を受注したものと認められる。そして,受注調整の目的が受注機会の均等化であったとしても,このような受注調整を行えば,受注予定者としては,他の入札参加者との競争関係を考慮することなく,専ら自社の利益を最大にするために,予定価格に極めて近接する金額で入札することが可能となり,その結果,発注者に対して健全な自由競争により形成される価格よりも不当に高額な代金で請負契約を締結させることになるから,発注者に対する共同不法行為を構成する。
3 争点(3)(神戸市が受けた損害及びその額)について
(1) 損害の発生について
争点2において説示したところによると,神戸市は,控訴人ら5社が本件工事において談合を行ったことによって,入札参加者の自由競争によって形成されたであろう想定落札価格に基づく契約金額と実際の契約金額との差額分の損害を受けたと認められる。
なお,被控訴人らが主張するような,これを超えた拡大損害が生じたことを認めるに足りる証拠はない。
(2) 損害額について
本件工事における想定落札価格は,現実には存在しなかった価格であり,しかも,想定落札価格は,入札当時の経済情勢,入札参加者の数・事業規模・価格競争力・受注意欲等,当該工事の規模・種類・特殊性,地域の特性等の種々の価格形成要因が複雑に絡み合って決定されるため,証拠に基づいて具体的に想定落札価格を認定することは極めて困難である。
そうすると,本件では,控訴人の談合行為によって神戸市に損害が生じている点は認められるものの,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときに該当するといえるから,民訴法248条を適用して相当な損害額を認定すべきである。
そこで,本件における損害額について検討すると,証拠(甲11ないし13)によれば,公正取引委員会から依頼を受けた独占禁止法研究会が平成15年10月に公表した独占禁止法研究会報告書(甲12)には,最近5年間の主要なカルテルについて,公正取引委員会による審査開始後の下落率を調査した結果,平均下落率が20.97%であったこと,指名競争入札から談合が困難な制限付き一般競争入札に移行した長野県及び宮城県において,入札制度改革前後の平均落札率の下落率を調査したところ,長野県の下落率が20.9%,宮城県の下落率が15.5%であったため,談合が困難になると15ないし20%程度落札率が下がると推定されると記載されていること,神戸市が,公募型指名競争入札の拡大と指名業者の事後公表等の入札制度の改革を行ったところ,改革後の平均落札率が82.64%になったこと,公正取引委員会による調査(甲13)によると,平成8年から平成15年3月までの間に排除勧告若しくは課徴金納付命令を行った事件における公正取引委員会の審査開始後の落札価格の下落率を算出したところ,過去の入札談合・カルテル事件の平均は16.5%の下落率,入札談合事件に限っては18.6%の下落率であり,調査対象の約9割の事件で8%以上の下落率であったことが認められる。
しかしながら,上記のデータの対象となった工事等と本件工事とでは,工事の規模・種類・内容,入札参加者の数・事業規模・価格競争力・受注意欲等,社会経済情勢,地域の特性等の価格形成要因の類似性が保たれているかどうかは分からず,かえって証拠(甲12,13)によれば,本件工事と工事の規模・種類・内容について類似性を欠く事例が多数存在していることが認められること,上記2(1)ウ認定のとおり,平成6年4月1日から平成10年9月17日までの間に,地方公共団体が指名競争入札等の方法により発注したストーカ炉の建設工事の落札率が,控訴人ら5社のうちいずれかが受注した工事の落札率の平均値は約96.6%であるのに対し,控訴人ら5社以外の者が受注した工事の落札率の平均値は約89.8%であり,その差が6.8%であること,平成10年9月17日から平成16年7月31日までの間の地方公共団体が指名競争入札等の方法により発注したストーカ炉の建設工事の落札率の平均値が91.9%,そのうちの控訴人ら5社が受注した工事の落札率の平均値が90.1%であり(甲ア25),平成6年4月1日から平成10年9月17日までの間の控訴人ら5社が受注した工事の落札率の平均値から6.5%低下したにとどまることからすると,甲11ないし13の各データをそのままあてはめて本件の談合による損害額を算定することはできない。
上記の諸事情を総合考慮すると,本件における損害額は,本件落札価格に基づく契約金額の6%に相当する額と認めるのが相当である。
したがって,本件における損害額は,本件落札価格に基づく契約金額である272億9500万円の6%に相当する16億3770万円と認められる。
4 以上によれば,被控訴人らの請求は,控訴人に対し,16億3770万円及びこれに対する不法行為後の日である平成12年4月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を神戸市に支払うよう請求する限度で理由があるからこれを認容し,その余を棄却すべきである。
よって,これと異なる原判決は一部不当であり,本件附帯控訴はその限度で理由があるので,これに基づいて原判決を主文2項のとおり変更し,他方,本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 安達嗣雄 裁判官 明石万起子)