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大阪高等裁判所 平成18年(行コ)42号 判決 2007年2月16日

控訴人兼附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

神戸市長 矢田立郎

上記訴訟代理人弁護士

奥村孝

石丸鐵太郎

森有美

藤原孝洋

矢形幸之助

中尾悦子

被控訴人兼附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)

X1

(ほか9名)

上記10名訴訟代理人弁護士

阿部泰隆

主文

1  本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は被控訴人らの各負担とする。

事実及び理由

第1  申立て

1  控訴の趣旨

(1)  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

2  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決中、被控訴人ら敗訴部分を取り消す。

(2)  控訴人は、矢田立郎に対し、金5000万円及びこれに対する平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

第2  事案の概要

1  本件は、神戸市(以下「市」という。)の住民である被控訴人らが、市は、永年勤務を続けた職員に対し、慰安会名目で、旅行会社等の発行する旅行クーポン券と引換可能な高額の旅行クーポン引換券や神戸市観光ホテル・旅館協会(以下「協会」という。)の発行する協会所属の施設の共通利用券を支給し、旅行クーポン引換券の引換えをした旅行会社ら及び協会に対して、委託料名目で金員を支払ったが、上記は給与条例主義に違反する違法な公金支出であるなどと主張して、地方自治法(以下「地自法」という。)242条の2第1項4号に基づき、控訴人に対して、市長個人に損害賠償請求するよう求める住民訴訟である。

2  前提となる事実(争いのない事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者

ア 被控訴人らは、市の住民である。

イ 矢田立郎(以下「矢田」という。)は、神戸市職員及び同市助役を経て、平成13年11月、神戸市長に就任した者である。

(2)  各種永年勤続職員慰安会制度(〔証拠略〕)

市は、永年勤続職員慰安会実施要綱、特別永年勤続職員慰安会実施要綱及び35年勤続職員慰安会実施要綱(以下、あわせて「本件各制度実施要綱」という。)を定め、永年勤務を続けた職員を対象として、概要次のとおりの3種類の慰安会制度(以下、あわせて「本件各制度」という。)を設けて、その事業を実施していた。

ア 永年勤続職員慰安会事業

(ア) 趣旨

永年にわたって市政に貢献した職員並びに配偶者等の労をねぎらうことを目的とする。

(イ) 対象

市に常時勤務する職員に対し、在職中1回に限り適用する。ただし、教員については教育委員会所管の学校園教員を除く教員を対象とする。

(ウ) 参加資格

当該年度当初(4月1日)現在で下記の要件を満たす者(以下「永年勤続職員」という。)

a 勤続年数が15年以上で、結婚年数が15年になる者

b 結婚年数が15年以上で、勤続年数が15年になる者

c 勤続年数が15年以上で、年齢が40歳になる者

d 年齢が40歳以上で、勤続年数が15年になる者

e 当該年度以前に資格が生じた者で、申請もれ等によりこの制度の適用を受けなかった者

(エ) 実施方法

協会所属の会員施設で飲食・宿泊等をできる共通利用券(以下「aクーポン」という。)を支給する。

なお、該当職員は、「職員の職務に専念する義務の特例に関する条例」(以下「職務専念義務特例条例」という。)に基づき、当該年度内の任意の連続2日間、その職務専念義務を免除される。

イ 特別永年勤続職員慰安会事業

(ア) 趣旨

勤続25年以上の職員に対し、旅行クーポン券を支給し、職員並びにその配偶者等の永年にわたる市政への貢献の労をねぎらうことを目的とする。

(イ) 対象

市に常時勤務する職員に対し、在職中に1回に限り適用する。ただし、教育委員会の所管に属する学校の県費教職員を除く。

(ウ) 参加資格

当該年度末日(3月31日)現在で下記のいずれかに該当する者(以下「特別永年勤続職員」という。)

a 該当年度内に結婚年数が25年に到達し、勤続年数が25年以上の者

b 該当年度内に勤続年数が25年に到達し、結婚年数が25年以上の者

c 該当年度内に年齢が50歳に到達し、勤続年数が25年以上の者

d 該当年度内に勤続年数が25年に到達し、年齢が50歳以上の者

e 当該年度以前に資格が生じた者で、申請もれ等によりこの制度の適用を受けなかった者

(エ) 実施方法

市が指定する旅行社の発行する旅行クーポン券と引換可能な旅行クーポン券引換証(以下「旅行クーポン引換券」という。)を該当者に交付する。

該当者は、市の指定する期間内に、旅行クーポン引換券を上記旅行社の発行する旅行クーポン券と引き換え、原則として当該年度内に旅行を行う。

該当職員が当該年度内に上記の旅行を行う場合、職務専念義務特例条例に基づき、当該年度内の任意の連続5日間、その職務専念義務を免除される。

ウ 35年勤続職員慰安会事業

(ア) 趣旨

勤続35年になる職員の永年にわたる市政への貢献の労をねぎらうことを目的とする。

(イ) 対象及び参加資格

下記の要件をすべて満たす者とし、休職中の者を含む(以下「35年勤続職員」という。また、永年勤続職員及び特別永年勤続職員とあわせて「各種永年勤続職員」という。)。

a 市に常時勤務する職員で、教育委員会の所管に属する学校の県費教職員以外の者

b 基準日(事業実施年度の末日)現在で勤続35年になる者

c 特例として、定年退職時において勤続年数が30年から34年になる者

(ウ) 実施方法

5万円相当の旅行クーポン引換券を該当者に交付する。

該当者は、市が定める期間内に、旅行クーポン引換券を市が指定する旅行社の発行する旅行クーポン券と引き換え、原則として当該年度内に旅行を行う。

該当職員が当該年度内に上記の旅行を行う場合、職務専念義務特例条例に基づき、当該年度内の任意の連続2日間、その職務専念義務を免除される。

(3)  専決権限と予算の執行担当者(〔証拠略〕)

ア 市は、助役以下専決規程(以下「専決規程」という。)2条において、見積価額が1件8000万円以下の委託契約及びその支出に関することについては助役が、同4条において、見積価額が1件2000万円以下の委託契約及びその支出に関することについては所管の部長が、それぞれ専決権限を有すると定めている。

イ 市は、神戸市会計規則(以下「会計規則」という。)2条、39条において、支出命令は、その所管にかかる課長又は主幹が、支出担当者として、これを発すると定めている。

(4)  委託契約の締結(〔証拠略〕)

ア 永年勤続職員慰安会事業について

市は、永年勤続職員に対して支給するaクーポンの額面総額を、平成16年度(同年4月1日から平成17年3月31日まで。以下同。)については3万円相当(平成7年度に受給資格が生じたが、未受領の者は2万5000円相当)とする旨を定めた上、平成16年4月1日、協会と、永年勤続職員慰安会事業の実施について、次のとおり委託契約を締結した(以下「永年勤続職員慰安会事業委託契約」という。)。

支給するaクーポンの額面総額の決定及び永年勤続職員慰安会事業委託契約の決裁は、専決規程4条に基づき、行財政局職員部長であるA(以下「A部長」という。)がこれを行った。

(ア) 市は、協会に対し、aクーポンの調達、その封入、その他永年勤続職員慰安会事業の円滑な実施に付随する一切の業務を委託し、協会は、これを受託する。

(イ) 委託料は、券面総額3万円のaクーポンについては、1件当たり2万8500円とする。

(ウ) 市は、aクーポンの納品確認後、協会の請求により委託料を支払う。

イ 特別永年勤続職員慰安会事業について

市は、特別永年勤続職員に対して支給する旅行クーポン引換券の額面総額を、平成16年度については10万円とする旨を定めた上、同年4月1日、株式会社日本旅行(取扱支店は2箇所)、株式会社ジェイティービー(取扱支店は1箇所。以下同。)、近畿日本ツーリスト株式会社、株式会社阪急交通社、神戸市民生活協同組合及び東急観光株式会社(以下、あわせて「各旅行社」という。)と、特別永年勤続職員慰安会事業の実施について、次のとおり委託契約を締結した(以下「特別永年勤続職員慰安会事業委託契約」という。)。

支給する旅行クーポン引換券の額面総額の決定及び特別永年勤続職員慰安会事業委託契約の決裁は、専決規程2条に基づき、主管の助役であるB(以下「B助役」という。)がこれを行った。

(ア) 市は、各旅行社に対し、旅行クーポン引換券と各旅行社の発行する旅行クーポン券の引換え、その他特別永年勤続職員慰安会事業の円滑な実施に付随する一切の業務を委託し、各旅行社は、これを受託する。

(イ) 委託料は、券面額10万円の旅行クーポン引換券については、引換え1件につき10万円とする。

(ウ) 各旅行社は、平成16年6月末日までの換券分については、同年7月中旬に、同年7月1日以降の換券分については、概ね2か月ごとに、市に対して業務報告書及び旅行クーポン引換券の半券を提出し、その検査を受ける。

(エ) 市は、上記検査終了後、各旅行社の請求により、出来高に応じた委託料を支払う。

ウ 35年勤続職員慰安会事業について

市は、平成16年4月1日、各旅行社と、35年勤続職員慰安会事業の実施について、次のとおり委託契約を締結した(以下「35年勤続職員慰安会事業委託契約」という。また、永年勤続職員慰安会事業委託契約及び特別永年勤続職員慰安会事業委託契約とあわせて「本件各契約」という。)。

同契約は、専決規程4条に基づき、A部長がこれを決裁した。

(ア) 市は、各旅行社に対し、旅行クーポン引換券と各旅行社の発行する旅行クーポン券の引換え、その他35年勤続職員慰安会事業の円滑な実施に付随する一切の業務を委託し、各旅行社は、これを受託する。

(イ) 委託料は、引換え1件につき5万円とする。

(ウ) 各旅行社は、平成16年6月末日までの換券分については、同年7月中旬に(甲20号証添付の委託契約書第5条には、上記報告の時期が平成17年7月中旬と記載されているが、誤りと認められる。)、平成16年7月1日以降の換券分については、概ね2か月ごとに、市に対して業務報告書及び旅行クーポン引換券の半券を提出し、その検査を受ける。

(エ) 市は、上記検査終了後、各旅行社の請求により、出来高に応じた委託料を支払う。

(5)  本件公金支出(〔証拠略〕)

ア(ア) 市は、平成17年1月21日ころ、協会を債権者として、永年勤続職員慰安会事業委託契約に基づき、平成16年度分の委託料として1305万3000円を支出する旨決定し、行財政局職員部厚生課長であるC(以下「C課長」という。)は、そのころ、会計規則2条、39条に基づき、支出担当者として、上記に係る支出を命令した。

神戸市収入役は、協会に対し、同月26日、上記支出命令に基づき、上記同額を支払い、もって、公金を支出した。

(イ) 市は、平成16年6月8日ころから平成17年1月4日ころまで、別紙「公金支出表1」の「支出決定及び支出命令」欄記載の日に、20回にわたり、同表の「債権者」欄記載の各旅行社を債権者として、特別永年勤続職員慰安会事業委託契約に基づき、平成16年度分の委託料として、同表の「支出金額」欄記載の各金額(合計6820万円)を支出する旨決定し、C課長は、そのころ、会計規則2条、39条に基づき、支出担当者として、上記に係る支出を命令した。

神戸市収入役は、同表の「債権者」欄記載の各旅行社に対し、同表の「支払日」欄記載の日に、上記支出命令に基づき、上記同額(合計6820万円)を支払い、もって、公金を支出した。

(ウ) 市は、平成16年6月8日ころから平成17年1月4日ころまで、別紙「公金支出表2」の「支出決定及び支出命令」欄記載の日に、16回にわたり、同表の「債権者」欄記載の各旅行社を債権者として、35年勤続職員慰安会事業委託契約に基づき、平成16年度分の委託料として、同表の「支出金額」欄記載の各金額(合計1705万円)を支出する旨決定し、C課長は、そのころ、会計規則2条、39条に基づき、支出担当者として、上記に係る支出を命令した。

神戸市収入役は、同表の「債権者」欄記載の各旅行社に対し、同表の「支払日」欄記載の日に、上記支出命令に基づき、上記同額(合計1705万円)を支払い、もって、公金を支出した。

イ 上記に係る支出決定兼支出命令書には、いずれも、会計科目として「職員研修及福利厚生費」と、節として「委託料」と記載されている。

(6)  戻入(〔証拠略〕)

ア 市は、協会に対し、平成17年3月31日までに、平成16年度永年勤続職員慰安会事業として納品を受けたaクーポン1枚を返却した。

イ 協会は、市に対し、同年4月19日、1件当たりの手数料2万8500円を返還して、同金員を戻入した。

(7)  共助組合による支払(〔証拠略〕)

ア 市は、神戸市職員共助組合(以下「共助組合」という。)に対し、平成16年10月28日ころ、平成16年度永年勤続職員慰安会事業の分担金として550万円を、同年度特別永年勤続職員慰安会事業の分担金として3650万円を、同年度35年勤続職員慰安会事業の分担金として800万円(合計5000万円)を請求した。

イ 共助組合は、市に対し、同年11月5日、上記金員(合計5000万円)を支払った。

(8)  監査請求等(〔証拠略〕)

ア 被控訴人らは、平成17年1月7日ころ、市監査委員(以下「監査委員」という。)に対し、本件各制度によるaクーポン等の支給は給与条例主義に違反するなどとして、本件各制度に基づき同日までに支出された平成16年度分の金員の補填を神戸市長及び収入役等に求めることと、未執行分については以後支出を行わないこと等を求めて、監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)。

イ 監査委員は、同年3月7日、措置の必要を認めないとして本件監査請求を棄却し、そのころ、被控訴人らはその旨の通知を受けた。

(9)  別訴

被控訴人らは、共助組合は任意の互助組織であるから、市が共助組合に対して交付金を支給し、事業運営費を補助することは違法であると主張し、控訴人を被告として、矢田及び前市長の笹山幸俊に対して損害賠償請求を、共助組合に対して不当利得返還請求をするよう求める訴えを提起し(神戸地方裁判所平成17年(行ウ)第54号。以下「別訴」という。)、控訴人は、これを争っている。

3  争点及び当事者の主張

(1)  本件各制度による支出の適法性(争点1)

(被控訴人ら)

ア 給与条例主義違反

(ア) 地方公務員法(以下「地公法」という。)24条6項、25条1項、地自法204条3項及び同法204条の2は、地方公務員の給与は、条例で定めなければならず、地方公共団体は、条例に基づかずには、いかなる金銭又は有価物も職員に支給してはならない旨を定める。

(イ) ここで、「給与」とは、勤務に対する報酬として支給される一切の有価物をいうが、aクーポン及び各旅行社において引き換えられた旅行クーポン券(以下「本件旅行券」という。)は、いずれも、その券面額において金銭と同様の価値を有するものとして使用することができ、これを利用すれば、職員は、給与から支出すべき金銭を節約することができる。その使用期限は無期限であって、換金も可能である。したがって、市が本件各制度に基づいて支給したaクーポン及び旅行クーポン引換券は、いずれも、有価物であり、給与とみなすべきものである。

控訴人は、aクーポン及び旅行クーポン引換券は、労働の質あるいは量と関係なく、勤務年数に応じて、恩恵的かつ一律に支給されるものであるから、給与ではないと主張するが、上記は給与の算定方式の問題に過ぎず、勤務年数に応じて支給される以上、勤務に対する報酬であることは明らかであるから、その主張には理由がない。

してみると、aクーポン及び旅行クーポン引換券は、いずれも、給与とみなすべきものであるところ、これらは、条例に基づくことなく、各種永年勤続職員に対して交付されているから、その支給は給与条例主義に反しており、違法である。

(ウ) もっとも、永年勤続表彰の記念品が社会通念上儀礼の範囲内にとどまる少額のものであれば、表彰制度の一環として許容され、給与条例主義の適用は除外される。

しかし、本件では、その額が、永年勤続職員慰安会事業は3万円、特別永年勤続職員慰安会事業は10万円、35年勤続職員慰安会事業は5万円といずれも高額で、その総額は18万円に達しているから、これを社会通念上儀礼の範囲内のものとみることはできない。

(エ) なお、控訴人は、「本件各制度は地公法42条に基づく福利厚生事業(元気回復事業)に基づき支給されたものであるから、給与ではない。税務当局も、一定年数以上勤務をした職員に対し、一定金額内の額面額の旅行券を交付することは、福利厚生事業であると認め、これを課税対象としていない。」と主張する。

しかし、永年勤続職員慰安会実施要綱及び特別永年勤続職員慰安会実施要綱は、その目的を、職員のみならず、その配偶者等の永年にわたる市政への貢献の労をねぎらうとしているし、35年勤続職員慰安会実施要綱は、特例として、定年退職時において勤続年数が30年から34年になる者にも旅行クーポン引換券を交付するとしているから、これが年功に報いる労働報酬であることは明白である。控訴人の主張は、福利厚生費名目であれば、裁量権の逸脱又は濫用にわたらない限り、任命権者が自由にこれを支出できるとするものであるが、そのように解釈すると給与条例主義はまったく意味をなさなくなるから、永年勤続表彰の記念品が社会通念上儀礼の範囲内にとどまる少額のものでない限り、その支給は、給与条例主義の適用を受けると解するべきである。

また、仮に、税務当局が本件各制度に基づくaクーポン及び旅行クーポン引換券の支給を福利厚生事業と認め、給与として課税対象としないとしても、それは所得税法の観点から判断をしたものにすぎず、地自法及び地公法において給与とみなすべきか否かはまったく別の観点から判断すべきことである。

したがって、本件各制度におけるaクーポン及び旅行クーポン引換券の支給を地公法42条の元気回復事業であるとする控訴人の主張は、同法24条等の定める給与条例主義を潜脱するものであって、到底許されない。

イ 裁量権の逸脱ないし濫用

仮に、本件各制度が地公法42条に基づく元気回復措置に当たるとしても、同条に基づく事業は同法24条等の定める給与条例主義と調和されたものでなければならないところ、上記のとおり、本件各制度は、給与条例主義を著しく潜脱するものである。

控訴人は、民間企業の同種制度との比較をいうが、給与と福利厚生事業への振分けについて広範囲な裁量が認められている民間企業と給与条例主義の厳しい制限がある地方公共団体とは同列に論じることができない。

他の政令指定都市や都道府県でも同様の永年勤続給付事業が行われているとも主張するが、他の都市等では、地方公共団体から独立し、構成員の掛金等で運営される職員互助会等がその実施主体となっているし、違法性の有無は、その運用状況に鑑みて、それぞれの自治体ごとに判断されるべきであって、他の自治体でも行われているから、市でも許されるということにはならない。

また、控訴人は、平成16年度においては、本件各制度は市と共助組合が共同で実施し、事業に要する費用の2分の1は共助組合が分担したとも主張するが、共助組合は、市から交付ないし補助を受けた公金を原資として分担をしたにすぎず、本件各制度に基づく支出は、結局全額市の公金をもって行われている。

したがって、本件各制度に基づくaクーポン及び旅行クーポン引換券の支給は、裁量権を濫用又は逸脱して行われたものであって、違法である。

ウ なお、市は深刻な財政状況にあるのに、すでに本件各制度に基づき支給を受けた先輩職員との不公平を理由に、平成16年度においても、本件各制度を漫然と継続して実施したものであり、その違法性は極めて強い。

(控訴人)

ア 福利厚生事業であることについて

(ア) 地公法42条は、地方公共団体に、職員の保健、元気回復その他厚生に関する事項(以下、あわせて「福利厚生事業」という。)について計画を樹立し、これを実施することを義務づけている。

(イ)同条にいう「元気回復」とは、職員が職務によって蓄積した疲労を解消し、気分を転換して明日の活力を養うことと解されており、通常は、運動会や職場旅行等のレクリエーションの実施及び保養所の設置等を意味する。

しかし、近年は価値観が多様化し、レクリエーションではあっても、全職員が一堂に会して小旅行をすることなどは、かえってストレスを蓄積させるおそれがある。男女共同参画社会においては、個人の生活も十分尊重されなければならない。

そこで、市は、公務における職員の活力を維持するとともに、勤務と個人の生活の両立を図る観点から、各種永年勤続職員に対し、aクーポンないし旅行クーポン引換券を支給して、各職員が家族共々旅行に出、あるいは飲食をする等して、明日の英気を養うため、元気回復措置の一環として本件各制度を計画したものである。

(ウ) 被控訴人らは、aクーポン及び旅行クーポン引換券の交付は実質的には給与の支給に当たると主張する。

しかし、「給与」とは、職員に対し、その勤務に対する報酬として支給される一切の有価物をいうところ、aクーポン及び旅行クーポン引換券は、労働の質あるいは量と関係なく、勤続年数に応じて、恩恵的かつ一律に給付されるのであって、その多寡は、当該対象者の労働量や職務内容等によって変動しないし、その額は、労使交渉の結果によって決まるものでもない。本件各制度は、全員を対象とするものではなく、市には、当該対象者に支給する義務もない。しかも、市は、その使用状況について報告を求めている。したがって、これは「給与」ではない。

大阪国税局も、平成15年度及び平成16年度に係る本件各制度に基づくaクーポン及び旅行クーポン引換券の支給について、実施報告書の提出があったものについては、これを課税対象としていない。

(エ) 福利厚生事業について、どのような計画を立て、実施するかは、条例で定めることを求められておらず、任命権者が裁量によってこれを実行することができる。

したがって、本件各制度については、給与条例主義の適用はなく、任命権者である神戸市長は、裁量によってこれを実施することができる。

イ 裁量権の逸脱ないし濫用がないことについて

(ア) 永年勤務を続けた者に対する表彰制度は、民間、地方公共団体を問わず、広く行われているが、平成15年に行われた産労総合研究所の永年勤続表彰制度に関する調査によれば、民間会社では、概ね5年単位で表彰制度が存在し、その記念品の金額は、勤続20年で平均6万3000円、同30年で平均12万1000円であって、1人の社員が退職時までに受ける金額の合計は、30年勤続で平均18万4000円程度である。

他の政令指定都市でも、同様の永年勤続給付事業を行っているが、その頻度と額は別紙「政令市の永年勤続給付事業について」記載のとおりである。また、多くの都道府県でも、概ね同様の事業が行われている。

本件各制度は、勤続年数15年以上かつ結婚年数15年以上又は年齢40歳以上の永年勤続職員に対して3万円相当の飲食宿泊券を、勤続年数25年以上かつ結婚年数25年以上又は年齢50歳以上の特別永年勤続職員に対して10万円組当の旅行券を、35年勤続職員に対して5万円相当の旅行券を支給するものであって、1人の職員が退職時までに受ける金額の合計は18万円であるから、上記と比較しても、社会的にみて相当である。

(イ) 税務当局は、永年勤務を続けた者を表彰する制度が一般に存在することを容認し、これらの者が旅行券の支給を受けても、当該利益の額がその勤続期間等に照らし社会通念上相当と認められる場合には、課税の対象としないとしており(所得税基本通達36―21)、具体的には、昭和60年の時点で、満25年勤続者について10万円相当の旅行券を、満35年勤続者について20万円相当の旅行券を支給しても、課税対象にならないとした。

また、使用者が使用人のレクリエーションのために旅行を行う場合、これが社会通念上一般的に行われているものと認められるときには、使用者が負担した費用(使用人が受けた利益)を課税の対象としないとしており(所得税基本通達36―30)、具体的には、平成17年の時点で、現地滞在日数が4泊5日の海外旅行について、10万円の限度で使用者がその費用を負担しても、課税対象にならないとした。

本件各制度において支給されたaクーポン及び旅行クーポン引換券の額は上記の範囲内である。

(ウ) 財政状況

市の公債費は、阪神・淡路大震災前と比べると約1.5倍になっているが、これは特殊事情によるものであり、震災後10年を経過した今後、市債残高は急速に減少し、起債制限比率も平成20年度には20%を下回る予定である。

(エ) 給与の削減

市は、平成15年度から平成17年度の間に、職員の給与を、局長・部長は8%、課長は6%、係長・担当は4%減額し、合計70億円もの給与削減を行っている。

本件各制度は、上記を考慮した上、職員間に不公平をきたさないよう、平成16年度もこれを継続して実施することとしたものである。

(オ) 職員互助会との共催

市は、厳しい財政状況に配慮し、平成15年度から平成17年度までの3年間について、本件各制度を共助組合と共同で実施することとし、共助組合は、事業に要する費用の2分の1を分担することを合意した。

(カ) まとめ

以上によれば、本件各制度に基づくaクーポン及び旅行クーポン引換券の支給は、その頻度、金額とも、社会一般的にみて相当であり、任命権者の裁量権の範囲内である。

少なくとも、3万円の限度では適法である。

(2)  矢田の責任の有無

ア 財務会計行為の具体的担当者と矢田が負うべき責任の内容(争点2)

(控訴人)

(ア) 永年勤続職員慰安会事業について、平成16年度において支給するaクーポンの額面総額の決定及び永年勤続職員慰安会事業委託契約の決裁は、専決規程4条に基づき、A部長がこれを行った。

特別永年勤続職員慰安会事業について、平成16年度において支給する旅行クーポン引換券の額面総額の決定及び特別永年勤続職員慰安会事業委託契約の決裁は、専決規程2条に基づき、B助役がこれを行った。

35年勤続職員慰安会事業委託契約の決裁は、専決規程4条に基づき、A部長がこれを行った。

(イ) 本件各契約に基づく支出については、C課長が、会計規則2条、39条に基づき、支出担当者として、支出命令を発した。

(ウ) したがって、本件においては、具体的な財務会計行為は、いずれも、専決権限を持つ補助職員が行ったものであるから、市長である矢田は、管理者として、上記補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により上記補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかった場合でない限り、損害賠償責任を負うものではない。

(被控訴人ら)

(ア) 上記主張は控訴審になって初めて行われたものであって、時機に後れている。したがって、民事訴訟法157条に基づき、却下されるべきである。少なくとも、訴訟上の信義則に反しており、許されるべきではない。

(イ) 本件各契約の契約主体は矢田であって、A部長ないしB助役ではない。

(ウ) A部長、B助役及びC課長は、市の定めた本件各制度実施要綱に基づき、機械的に本件各契約の決裁及び支出命令等を行ったものであって、上記補助職員らに裁量の余地はない。

(エ) したがって、矢田は、指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により上記補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかった場合にとどまらず、市が、本件各制度を実施し、同制度に基づいて公金を支出したこと自体について、その過失の有無が問われるべきである。

イ 矢田の責任の有無(争点3)

(被控訴人ら)

(ア) 本件各制度による支出は、給与条例主義に違反するものであって、その違法性は明白である。矢田は、長年月にわたって神戸市に勤務し、助役から市長になった者であって、本件各制度の存在とその内容を熟知していた。したがって、平成16年度においても本件各制度を実施せしめ、公金を支出せしめた矢田には、過失がある。

控訴人は、民間企業や他の政令指定都市、都道府県でも、同様の永年勤続給付事業が行われていると主張する。しかし、給与と福利厚生事業への振分けについて広範囲な裁量が認められている民間企業と給与条例主義の厳しい制限がある地方公共団体とは同列に論じることができない。また、他の都市等では、地方公共団体から独立し、構成員の掛金等で運営される職員互助会等がその実施主体となっているところ、他の都市でも地方公共団体からの交付金が財源となっているとすれば、やはりそれは違法である。したがって、その主張には理由がない。

(イ) 本件各契約の締結ないしその決裁及び支出命令は、補助職員が専決処分としてこれを行ったものであるとしても、上記財務会計行為は、市の定めた本件各制度実施要綱に基づき、市全体の制度として行われたものであって、補助職員がその判断によって独自に行ったものではない。矢田は、長年月にわたって神戸市に勤務し、本件各制度の存在とその内容を熟知しており、平成16年度についても、これを実施することについて、該当職員への案内文書に挨拶の文章を寄せ、その中で、報告書の提出を促し、提出がなければ、対象者全員が本件各制度によって受けた利益を課税対象所得(給与所得)とみなされる可能性があるとして、注意を呼びかける等、本件各制度に深く関わり、その実施を主体的に行った。したがって、矢田には、専決処分を持つ補助職員が違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務を怠った過失がある。

(ウ) なお、控訴人は、後記のとおり、最高裁判所の判決を引用するが、これらは、「ある事項の法律解釈につき異なる見解が対立」している場合の判断であるところ、本件では、aクーポン及び旅行クーポン引換券支給の適法性については異なる見解が対立していないし、仮に意見が分かれているとしても、矢田は、本件各制度を実施しなければ職務を果たせないという状況にはなく、aクーポン及び旅行クーポン引換券を支給しない方向で判断すればよいだけであったから、その主張は失当である。

(控訴人)

(ア) 地方公共団体が、職員に対し、模範、勤続、有功、善行の4種類に分けて表彰を行い、記念品や褒賞金を支給することは、地自法204条の2の「給与、その他の給付」に含まれないとする行政実例が存する。

(イ) 永年勤続者に対する表彰制度は、民間、地方公共団体を問わず、広く行われているが、本件各制度に基づく給付は、その内容、頻度とも、社会一般の類似制度と比較して、権衡を失していない。

(ウ) 税務当局も、永年勤続者が旅行券の支給を受けた場合、当該利益の額がその職員の勤続期間等に照らし社会通念上相当と認められる場合は、課税の対象としないとしている。本件各制度に基づく給付はその範囲内である。

(エ) 以上の諸事情に、判例も、「ある事項に関する法律解釈につき実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解し、これに立脚して公務を執行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといって、直ちに上記公務員に過失があったと判断することは相当ではない」(最高裁判所昭和46年6月24日第1小法廷判決・民集25巻4号574頁、最高裁判所平成16年1月15日第1小法廷判決・民集58巻1号156頁及び民集58巻1号226頁各参照)として、無過失となる場合を例示していることを考慮すると、矢田には、管理者として、上記補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務を怠った過失はない。

(オ) また、本件制度を実施したこと自体についても過失はない。

(3)  損害の有無とその額(争点4)

(被控訴人ら)

ア(ア) 市は、協会に対し、平成17年1月26日、永年勤続職員慰安会事業委託契約に基づき、平成16年度分の委託料として、1305万3000円を支払って、公金を支出した。

(イ) 市は、平成16年6月11日から平成17年1月7日まで、20回にわたり、別紙「公金支出表1」の「債権者」欄記載の各旅行社に対し、同表の「支払日」欄記載の日に、特別永年勤続職員慰安会事業委託契約に基づき、平成16年度分の委託料として、同表の「支出金額」欄記載の各金額(合計6820万円)を支払って、公金を支出した。

(ウ) 市は、平成16年6月11日から平成17年1月6日まで、16回にわたり、別紙「公金支出表2」の「債権者」欄記載の各旅行社に対し、同表の「支払日」欄記載の日に、35年勤続職員慰安会事業委託契約に基づき、平成16年度分の委託料として、同表の「支出金額」欄記載の各金額(合計1705万円)を支払って、公金を支出した。

イ 協会は、市に対し、平成17年4月19日、平成16年度永年勤続職員慰安会事業について、2万8500円を返還して、同金員を戻入した。

ウ(ア) 共助組合は、任意の互助組織であって、地方公務員等共済組合法又は神戸市職員共済組合条例に基づく共済組合ではないから、市が共助組合に対して交付金を支給し、事業運営費を補助することは違法である。

仮に、市が地方公務員等共済組合法112条、神戸市職員共済組合条例30条2項に基づき、福祉事業を共助組合に委託することが許されるとしても、その場合には、必要金額を積算して支出し、不要額は返還させるべきである。

(イ) 市は、共助組合に対し、交付金を支給し、事業運営費を補助する等したが、共助組合は、平成16年11月5日の時点で、少なくとも5000万円の余剰金を、組合員の掛金ではなく、市からの交付金等を原資とする交付金相当積立金として管理していた。

したがって、共助組合は、市に対し、上記の時点で、上記5000万円を返還すべき義務を負っていた。

(ウ) 共助組合は、市に対し、平成16年11月5日、5000万円を支払ったが、これは、上記不当利得返還義務が履行されたものとみなすべきであり、その支払によって、本件各制度に基づく公金支出について、その損害が填補されたとか、市は支出を免れたとかいうことはできない。

したがって、市は、本件各制度に基づく支出により、下記のとおり、9827万4500円の損害を被ったというべきである。

13,053,000+68,200,000+17,050,000-28,500=98,274,500

(控訴人)

ア 市は、平成16年度については、本件各制度を共助組合と共同で実施することとし、事業に要する費用の2分の1を共助組合が分担することとした。

イ 共助組合は、市に対し、同年11月5日、上記合意に基づき、5000万円を支払った。

したがって、上記5000万円は損害額から控除されるべきである。

第3  当裁判所の判断

1  本件各制度による支出の適法性(争点1)

(1)  地公法24条6項、25条1項、地自法204条3項及び同法204条の2は、職員の給与は、条例で定めなければならず、これに基づかずには、いかなる金銭又は有価物も職員に支給してはならないとして、いわゆる給与条例主義の原則を定める。

その趣旨は、地方公共団体の職員に対して給与を受け取ることを権利として保障する一方、人件費は財政の根幹を占める重要事項であるから、職員の給与は、住民の代表者で構成する議会が、住民自治に基づき、自ら公明正大に定めることとして、お手盛りを防止し、適正な額の支給をせんとするものであって、その基礎は財政における民主主義である。

他方、地公法42条は、「地方公共団体は、職員の保健、元気回復その他厚生に関する事項について計画を樹立し、これを実施しなければならない」として、地力公共団体が、元気回復措置その他の福利厚生事業について計画を樹立し、実施すべきことを定めているところ、これは条例事項とされていないので、任命権者である市長がその裁量によって行うことができることになっているが、上記のとおり、給与条例主義は財政民主主義を基礎とする重要な原則であるから、その趣旨に鑑みれば、福利厚生事業の計画・実施は、地公法24条6項、25条1項、地自法204条3項及び同法204条の2と調和的に行われなければならず、福利厚生事業の名の下に、給与条例主義を潜脱することは許されないというべきである。

(2)  そこで、本件各制度に基づいて各種永年勤続職員に対してaクーポン及び旅行クーポン引換券を交付することが給与の支給に当たるか、元気回復措置その他の福利厚生事業に該当するかについて検討する。

前記前提となる事実に、〔証拠略〕及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

ア 市は、本件各制度実施要綱を定め、勤続年数15年以上かつ結婚年数15年以上又は年齢40歳以上の職員(永年勤続職員)に対してaクーポンを、勤続年数25年以上かつ結婚年数25年以上又は年齢50歳以上の職員(特別永年勤続職員)に対して旅行クーポン引換券を、35年勤続職員に対して5万円相当の旅行クーポン引換券を支給することとしていた。

イ 矢田は、任命権者として、本件各制度を元気回復措置と位置づけ、平成16年度もこれを実施することとした。

ウ A部長は、平成16年度について、永年勤続職員に対して支給するaクーポンの額を3万円相当とする旨、実施決裁した。

B助役は、同年度について、特別永年勤続職員に対して支給する旅行クーポン引換券の額を10万円相当とする旨、実施決裁した。

その結果、1人の職員が35年勤続すれば、その間に本件各制度に基づき受け取る給付総額は18万円となる。

エ aクーポンは有効期間又は使用期間の制限がなく、本件旅行クーポン引換券には、換券した旅行券には有効期限はない旨記載されている。また、両者は、いずれも無記名であって、チケットショップ等において、これを現金に換えることが可能である。

オ 市は、平成16年度に支給を受けたaクーポンまたは本件旅行券を利用したときは、本人名義の領収書を添付の上、速やかにその報告書を提出するよう求めているが、添付する領収書は約6割程度あれば全額でなくても可とし、本件各制度に基づいて取得する職務専念義務免除の日も、旅行日ないしaクーポン利用日と同一でなくてよいとしている。

カ 平成16年度の35年勤続職員慰安会事業の対象者341名のうち79名は、同実施要綱の特例の適用を受けた勤続年数30年ないし34年の定年退職者である。

キ 平成16年度に10万円相当の旅行クーポン引換券の交付を受けた特別永年勤続職員682名と5万円相当の旅行クーポン引換券の交付を受けた35年勤続職員341名は、全員、各旅行社において、平成16年度中に、本件旅行券と券面額で引換えをした。

ク 本件各契約に係る支出決定兼支出命令書には、いずれも、会計科目として「職員研修及福利厚生費」と、節として「委託料」と記載されている。

ケ 平成16年度のaクーポン及び旅行券の利用の実態等は、次のとおりである。

(ア) aクーポンの支給を受けた永年勤続職員457名中、

a 10名(2.1%。小数点第2位以下切捨て。以下同。)は、これを使用しなかった。

b 211名(46.1%)については、これを使用したことを確認できなかった。

c 19名(4.1%)については、報告書に不備があった。

(イ) 10万円相当の旅行クーポン引換券の交付を受け、同額の本件旅行券と引き換えた特別永年勤続職員682名中、

a 38名(5.5%)は、これを使用しなかった。

b 298名(43.6%)については、これを使用したことを確認できなかった。

c 55名(8.0%)については、報告書に不備があった。

d 7名(1%)については、報告書の提出がなかった。

(ウ) 5万円相当の旅行クーポン引換券の交付を受け、同額の本件旅行券と引き換えた35年勤続職員341名中、

a 13名(3.8%)は、これを使用しなかった。

b 155名(45.4%)については、これを使用したことを確認できなかった。

c 20名(5.8%)については、報告書に不備があった。

d 6名(1.7%)については、報告書の提出がなかった。

コ 神戸市は、平成16年度内に本件各制度の適用を受けて支給されたaクーポン及び引き換えた本件旅行券を使用しなかった職員に対し、その返還を求めていない。

サ 大阪国税局は、平成12年度から平成14年度について、本件各制度に基づくaクーポン及び旅行クーポン引換券の支給をすべて課税対象とし、平成15年度及び平成16年度についても、報告書の提出がない事例等については、これを課税対象とした。

(3)  【要旨1】上記によれば、矢田は、任命権者である神戸市長として、平成16年度についても、元気回復措置と位置づけて本件各制度を実施することとし、本件各契約に係る支出決定兼支出命令書には、いずれも、会計科目として「職員研修及福利厚生費」と、節として「委託料」と記載されているが、<1>本件各制度は、それぞれが補完しあい、全体として一つの制度を形成しているところ、35年勤続職員慰安会事業においては、特例として勤続年数30年ないし34年の定年退職者も支給の対象とされていて、勤務をする職員がその元気を回復する措置とはその趣旨を異にしていること、<2>aクーポンと本件旅行券は、いずれも、その期限に制限がなく、無記名で、誰もが使用可能である上、チケットショツプ等においてこれを換金することも可能であって、限りなく現金に近い性質を有していること、<3>平成16年度において、本件各制度の適用を受けた職員の50%近くはこれをクーポン券として使用したことが確認できないのに、市は、当該職員らに対してその返還等を求めた形跡もないこと、<4>職員は、これを利用することにより、給与から支出すべき金銭を節約することができた、ないし今後節約をすることができるものであることのほか、aクーポン及び旅行クーポン引換券の額を考慮すると、aクーポン及び旅行クーポン引換券の支給は、これを単なる元気回復措置であるということはできず、支出決定兼支出命令書の記載等にかかわらず、その実質は給与を支給するものであるというべきである。

(4)  もっとも、職員が長期間にわたって勤務を継続したことに対して、その価値を認めてこれを表彰することは、他の職員の励みになるから、永年勤続表彰の記念品が社会通念上儀礼の範囲内にとどまる少額のものであれば、これは表彰制度の一環ないし福利厚生事業として許容されるということができる。しかし、財政民主主義をその基礎におく給与条例主義の趣旨に鑑みれば、これは厳格に解すべきであるから、その額はせいぜい数千円が限度であるというべきである。してみると、本件では、永年勤続職員慰安会事業は3万円相当の、特別永年勤続職員慰安会事業は10万円相当の、35年勤続職員慰安会事業は5万円相当のaクーポンないし旅行クーポン引換券を支給したというものであって、その額はいずれも著しく高額であるから、これを社会通念上儀礼の範囲内として許されるものとみることはできない。

(5)  してみると、本件各制度に基づくaクーポン及び旅行クーポン引換券の支給は、実質的には、勤続年数に応じて、その条件を満たした職員に給与を支給するものであるというべきところ、市は、平成16年度においても、本件各制度を福利厚生事業と位置づけ、条例によることなく、任命権者である矢田の裁量においてこれを実施したものであるから、給与条例主義に違反しており、違法である。

控訴人は、本件各制度においては、aクーポン及び旅行クーポン引換券は、労働の質あるいは量と関係なく、職員の勤続年数に応じて、恩恵的かつ一律に給付されるから、給与ではないと主張するが、職員の勤続年数に応じて支給される以上、勤務に対する対価であるとみざるを得ず、その主張には理由がない。

また、控訴人は、税務当局は一定期間以上勤務を継続した職員に一定額以内の旅行券を支給することを課税対象としていないところ、本件各制度に基づくaクーポン及び旅行クーポン引換券の支給はその限度内であるから、給与ではないとも主張するが、所得税法上「給与」とみなされ、課税対象とされるか否かは、担税力という観点から、取得する利益の額とその内容に注目して判断されるのに対し、地公法ないし地自法上「給与」とみなすべきか否かは、財政民主主義の観点から給与条例主義の適用を受けるかを問題にすべきものであって、そもそも観点が異なるから、その主張には理由がない。

なお、本件各制度は、別個独立の制度ではなく、それぞれが補完しあい、全体として一つの制度を形成しているから、各制度とも支給額のうち数千円の限度で許されるとすることは相当でない。

2  財務会計行為の具体的担当者と矢田が負うべき責任の内容(争点2)

(1)  具体的な財務会計行為とその適法性

本件各契約は、本件各制度に基づき、これを具体的に実施するために締結されたものであるから、本件各制度による支出が上記1において説示したとおり違法である以上、違法な財務会計行為に当たるというべきである。また、同契約に係る支出決定及び支出命令も、同様の理由により、やはり違法な財務会計行為であるというべきである。

(2)  財務会計行為の具体的担当者

ア 先に認定したとおり、

(ア) 平成16年度永年勤続職員慰安会事業について、永年勤続職員に対して支給するaクーポンの額面総額の決定及び永年勤続職員慰安会事業委託契約の決裁は、専決規程4条に基づき、A部長がこれを行った。

(イ) 同年度特別永年勤続職員慰安会事業について、特別永年勤続職員に対して支給する旅行クーポン引換券の額面総額の決定及び特別永年勤続職員慰安会事業委託契約の決裁は、専決規程2条に基づき、B助役がこれを行った。

(ウ) 同年度35年勤続職員慰安会事業について、35年勤続職員慰安会事業委託契約の決裁は、専決規程4条に基づき、A部長がこれを行った。

イ 平成16年度において、本件各契約に基づく具体的支出の支出命令は、C課長がこれを発した。

(3)  矢田が負うべき責任

ア 一般原則

普通地方公共団体の長の権限に属する財務会計上の行為を補助職員が専決により処理した場合、長は、補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により当該補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、普通地方公共団体が被った損害について賠償責任を負うものと解せられる(最高裁平成3年12月20日第二小法廷判決・民集45巻9号1455頁参照)。

してみると、本件においては、具体的な財務会計行為は、いずれも、上記のとおり、専決権限を持つ補助職員(A部長ら)が行ったものであるから、市長である矢田は、管理者として、上記補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により上記補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかった場合でない限り、損害賠償責任を負うものではない。

イ 時機に後れた攻撃防御方法である等との主張について

地方公共団体において、具体的な財務会計行為がかなりの程度補助職員の専決処分に委ねられていることは一般に知られているところである。被控訴人らも、その点に注意をし、本件訴訟の早い段階で、控訴人に対し、具体的担当者について釈明を求めたり、本件各契約に係る支出決定書及び支出命令書の提出を求めたりすれば、本件における具体的な財務会計行為は、補助職員であるA部長らがこれを行ったことを容易に知ることができた。

また、本件において具体的な財務会計行為が専決権限を有する補助職員によって行われたものであることは、専決規程及び会計規則並びに本件各契約に係る支出決定兼支出命令書等の書証を提出することにより、容易に立証されているし、これを前提として、市長である矢田に指揮監督上の義務違反があるかどうかについても、本件公金支出の当否よりも、全体として本件各制度及びこれによる本件公金支出の是非が問われる関係上、その審理はすでに尽くされており、これにより訴訟の完結は遅延していない。

してみると、控訴人が、本件監査請求及び本件訴訟の原審中はその説明責任を果たさず、当審になってようやく具体的な財務会計行為は補助職員の専決に委ねられていたことを明らかにし、矢田の責任は指揮監督上の過失等にとどまると主張することは、訴訟上の信義にもとるというべきではあるが、前記の事情に鑑みれば、これを時機に後れた攻撃防御方法であるとして却下することは相当でないし、信義則違反として許されないとまではいうことができない。

3  矢田の責任の有無(争点3)

(1)  前記前提となる事実に、〔証拠略〕及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

ア(ア) 平成15年当時、民間企業においては、広く、永年勤続者に対して賞金や賞品を贈ってこれを表彰する制度が行われており、ある調査結果によれば、その記念品の額は、勤続20年で平均6万3000円、同30年で平均12万1000円であった。

(イ) また、多くの地方公共団体においても、職員を構成員とする「互助会」等の名称の任意組織が、構成員の掛金と地方公共団体からの補助金等を原資として、福利厚生事業を実施し、その一環として、永年勤務を続けた会員に対し、祝い金や記念品として旅行券等を贈呈していた。

(ウ) 神戸市以外の政令指定都市で平成17年当時行われていた上記事業の内容は、別紙「政令市の永年勤続給付事業について」記載のとおりであるが、その多くは、退職時までに2回又は3回、旅行券や食事券を支給するというものであり、その券面額は、1回当たり1万円ないし15万円、通算支給額の合計は、9万円(東京都)ないし23万5000円(広島市)である。

(エ) また、都道府県の公務員互助会にも永年勤続祝金・旅行補助を実施しているところがあり、ある調査結果によれば、平成10年度における上記事業の実施率は、勤続10年で4%、20年で39%、25年で20%、30年で33%であり、その給付額は、それぞれ3万5000円、3万2500円、8万円、5万8200円であった。

イ(ア) 自治省は、北海道総務部長からの「職員に対して模範、勤続、有功、善行の4種類に分けて表彰を行い、記念品や褒賞金を支給することは、地自法204条の2の給与、その他の給付に含まれないと解するが、どうか」との照会に対し、昭和31年11月20日、公務員課長名で、「お見込みのとおり」として、これを肯定する旨回答している。

(イ) しかし、自治省は、「地方公共団体が、職員や議会の議員に対し、退職時や行事の際にその記念として、行事記念品や記念品料の支給をすることは、社会通念上妥当と考えられる範囲を超え、実質上給与その他の給付に類するものと認められる場合にはできない」との趣旨の回答を行ってもいる(昭和32年4月17日自丁行発第45号、同年10月22日自丁行発第179号、昭和42年8月9日自治行第78号等)。

(ウ) 遅くとも昭和54年7月までに発行された地方公務員法研究会編著の「地方公務員法質疑応答集」には、昭和31年11月20日付けの前記公務員課長回答を題材として、職員の表彰等に伴う記念品、褒賞金等の支給は、「その支給態様にいかんによっては、実質的に条例に基づかない給与となりうるおそれがあり」、「通常の社会通念を超えて高額となり実質的に報酬に相当すると認められる金品であるときには、給与条例主義の原則に抵触する」との解説が掲載されている。

(エ) 自治省は、昭和54年8月31日、各都道府県知事、各指定都市市長にあてて、行政局公務員部長名で、「違法な給与の支給等の是正について」と題して、最近、一部の地方公共団体において違法な給与の支給等が行われ、住民の強い批判を招いているが、誠に遺憾であるとして、「実質的に給与とみなされるような研修費、福利厚生費等はいずれも法律又は条例に基づかない給与等であり、これらの支給を禁止する法律の規定に照らし違法となる」、「違法な給与の支給等が行われている場合には、直ちに当該違法な支給をとりやめるとともに既に行われた違法措置に対する是正は必ず行うこと」等として、適法かつ適正な給与支給に努めるべく留意するよう通知している(自治給第31号)。

ウ(ア) 税務当局は、使用者が永年勤続した使用人を表彰するに当たり、その記念として旅行に招待し、又は記念品を支給しても、当該利益の額が使用人の勤続期間等に照らし社会通念上相当と認められ、当該表彰が、概ね10年以上の者を対象とし、かつ、2回以上表彰を受ける者については、概ね5年以上の間隔をおいて行われる場合には、これを課税の対象としないとし(所得税基本通達36―21)、具体的には、昭和60年の時点で、満25年勤続者について10万円相当の旅行券を、満35年勤続者について20万円相当の旅行券を支給しても、課税対象とならないとした。

また、使用者が使用人のレクリエーションのために旅行を行う場合、これが社会通念上一般的に行われているものと認められるときには、使用者が負担した費用(使用人が受けた利益)を課税の対象としないとし(所得税基本通達36―30)、具体的には、平成17年の時点で、現地滞在日数が4泊5日の海外旅行について、10万円の限度で使用者がその費用を負担しても、課税対象とならないとした。

(イ) 矢田は、平成16年度における本件各制度の該当者に向けられた招待状(本件各制度の概要を記した書面)に挨拶文を寄せているが、同封の案内文には、旅行実施報告書等の提出が促され、提出がない場合、対象者全員が課税対象所得(給与所得)とみなされることがあると記載されている。

(ウ) 大阪国税局は、平成17年4月から市に対して税務調査をし、同年6月6日、平成12年度から平成14年度については、本件各制度に基づくaクーポン及び旅行クーポン引換券の支給はすべて給与所得に当たると認定して源泉所得税を徴収し、平成15年度及び平成16年度についても、報告書の提出がない事例等について、これを課税対象とした。

エ 市は、平成15年度から平成17年度までの3年間について、本件各制度を共助組合と共同で実施することとし、共助組合は、その事業に要する費用の2分の1を分担することを合意した。

(2)ア  以上によれば、永年勤務を続けた者を表彰する制度は、民間では広く行われ、多くの地方公共団体でも、互助会等の組織が記念品を贈呈する例が多数存していて、その記念品には、好みの多様化と個人生活を尊重する風潮等が相まって、旅行券や飲食券が利用されることも多くなってきていたものであるところ、本件各制度により対象者が支給を受けるaクーポン及び旅行クーポン引換券の額とその受給回数は、上記民間や他の地方公共団体の互助会等の例と比較して、特に高額であるとか、多数回にわたるとはいえない。

イ  しかし、民間企業においては、給与と福利厚生事業への振分けについて広範な裁量が認められているが、地方公共団体には給与条例主義の厳しい制限があるから、これを同列に論じることは相当でない。

また、他の政令指定都市や都道府県でも、同様の永年勤続給付事業が行われているが、その実施主体は地方公共団体から独立した任意の互助組織であって、しかも、その運営費には構成員の掛金が含まれている。これに対し、本件各制度は、地方公共団体として給与条例主義の厳格な適用を受ける市が実施主体となっていて、その費用は全額市が負担することが予定されていた。

ウ  職員に対して模範、勤続等の表彰を行い、記念品や褒賞金を支給することが給与条例主義に反しないとする行政実例はあるが、極めて古いものであって、その後は、職員に行事記念品や記念品料の支給をすることは、社会通念上妥当な範囲を超え、実質上給与その他の給付に類するものと認められる場合にはできないとして注意を呼びかける行政実例が多数存している。昭和54年には、自治省行政局公務員部長名で、「実質的に給与とみなされるような研修費、福利厚生費等はいずれも法律又は条例に基づかない給与等であり、これらの支給を禁止する法律の規定に照らし違法となる」として、これを是正することを求める通知が発せられている。

エ  旅行券等の支給は一定限度内では課税対象とされないが、それは前記のとおり所得税法上のことにすぎない。

オ  【要旨2】したがって、上記の事情に鑑みれば、矢田は、長年月にわたって市で勤務し、助役から職員の任命権者である市長になった者であって、本件各制度の存在とその内容及びその運用状況を熟知し、ないしすべき立場にあり、A部長及びB助役が本件各制度に基づいて支給すべきaクーポン等の額を決定し、本件各契約締結を決裁すること及びC課長が本件各契約に基づく具体的支出について支出命令を発することを阻止すべき指揮監督上の義務があったのに、上記のとおり、漫然と本件各制度を元気回復措置として行うこととし、招待状に挨拶の文章を寄せる等、その実施に深く関わっていながら、補助職員らの上記違法な財務会計行為を阻止しなかった。

したがって、平成16年度については、本件各制度は共助組合と共同で実施することが合意されたことを考慮しても、矢田は、上記指揮監督上の義務に違反し、過失により当該補助職員が上記財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったものというべきである。

4  損害の有無とその額(争点4)

(1)  公金の支出

前記前提となる事実(5)のとおり、市は、平成16年度に、本件各制度に基づき、協会に対し、平成17年1月26日、永年勤続職員慰安会事業の委託料として、1305万3000円を、平成16年6月11日から平成17年1月7日まで、20回にわたり、別紙「公金支出表1」の「債権者」欄記載の各旅行社に対し、特別永年勤続職員慰安会事業の委託料として、合計6820万円を、平成16年6月11日から平成17年1月6日まで、16回にわたり、別紙「公金支出表2」の「債権者」欄記載の各旅行社に対し、35年勤続職員慰安会事業の委託料として、合計1705万円を支払い、総額で9830万3000円の公金を支出した。

(2)  戻入

前記前提となる事実(6)のとおり、協会は、市に対し、平成17年4月19日、平成16年度永年勤続職員慰安会事業について、2万8500円を戻入した。

(3)  共助組合の支払

ア 前記前提となる事実(7)及び上記3(1)エのとおり、共助組合は、市に対し、同年11月5日、分担金として合計5000万円を支払った。

イ 被控訴人らは、任意の互助組織である共助組合に対して市が交付金を支給し、事業運営費を補助することは違法であって、共助組合は、平成16年11月5日の時点で、不当利得に基づき、その余剰金5000万円を返還すべき義務を負っていたから、上記5000万円の支払は、上記不当利得返還債務が履行されたものとみなすべきであり、その支払によって、本件各制度に基づく公金支出について、その損害が填補されたとか、市は支出を免れたとかいうことはできない旨を主張する。

しかし、仮に共助組合が市に対して5000万円の不当利得返還義務を負っていたとしても、控訴人は別訴において被控訴人らの請求を争っており、市と共助組合は、いずれも、共助組合が市に対して不当利得返還義務を負っていたとの認識を有していなかったと認められるから、市と共助組合の間では、上記5000万円の支払を上記不当利得返還債務の弁済に充てるとの合意がなされていたとも、共助組合がその弁済を不当利得返還債務に充当する旨指定したとも認め難い。

また、市は、上記5000万円を、本件各制度に基づく慰安会事業の分担金として請求し、共助組合は、これに応じて支払をしたのに、これをまず不当利得返還債務に充当すべきとする法的根拠も見当たらない。

(4)  したがって、市は、平成16年度において、本件各制度に基づく上記支出により、下記のとおり、4827万4500円の損害を被ったものというべきである。

13,053,000+68,200,000+17,050,000-28,500-50,000,000=48,274,500

5  まとめ

以上のとおりであるから、矢田は、市に対し、不法行為に基づき、損害賠償として、4827万4500円及びこれに対する不法行為の後である平成17年4月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、被控訴人らの請求は、控訴人に対して、矢田に上記の請求をするよう求める限度で理由がある。

第4  結語

よって、原判決は相当であり、本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないから、これを棄却し、控訴費用は控訴人に、附帯控訴費用は被控訴人らに各負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 高田泰治 藤本久俊)

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