大阪高等裁判所 平成18年(行コ)58号 判決 2008年5月30日
主文
1 1審原告らの1審被告国に対する各控訴をいずれも棄却する。
2 1審被告厚生労働大臣の1審原告らに対する各控訴をいずれも棄却する。
3 1審原告らに係る控訴費用は,1審原告らの負担とし,1審被告厚生労働大臣に係る控訴費用は,同1審被告の負担とする。
事実及び理由
第1章控訴の趣旨
第11審原告ら
1 原判決中,1審原告らと1審被告国に関する部分を取り消す。
2 1審被告国は,X1,X2,X3,X4,X5,X6,X9及び控訴人・被控訴人(X8承継人)に対し,それぞれ300万円及びこれに対するX1,同X2及び同X3については平成15年6月19日から,X4及び同X5については同年8月28日から,X6,X9及び控訴人・被控訴人(X8承継人)については同年11月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 1審被告国は,控訴人・被控訴人(X7承継人2名)に対し,それぞれ150万円及びこれに対する平成15年11月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第21審被告厚生労働大臣
1 原判決中,1審被告厚生労働大臣敗訴部分を取り消す。
2 1審原告らの1審被告厚生労働大臣に対する請求を棄却する。
第2章事案の概要
第1事案の要旨
1 アメリカ合衆国軍により,昭和20年8月6日広島市に,また,同月9日に長崎市にそれぞれ原子爆弾(以下「原爆」ということがある。)が投下されたが,本件は,原子爆弾に被爆した1審原告らが,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にあるとして,1審被告厚生労働大臣(X5及び同X7については厚生大臣,以下同じ。)に対し,被爆者援護法(X5及び同X7については(旧)被爆者援護法,以下同じ。)11条1項に基づき,当該疾病等が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の認定の申請を行ったのに対し,1審被告厚生労働大臣が上記各申請をいずれも却下する旨の処分(本件各却下処分)をしたため,1審原告らが,本件各却下処分の取消しを求めるとともに,1審被告厚生労働大臣が故意又は過失に基づく違法な本件各却下処分を行ったことにより1審原告らは精神的苦痛を被ったなどと主張して,1審被告国に対し,国家賠償法1条1項に基づき,各300万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 原審は,1審原告らの1審被告厚生労働大臣に対する請求については,1審原告らは,本件各却下処分当時,いずれも原爆症認定申請に係る疾病について,放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件各却下処分は違法であるとして,これを取り消したが,1審被告国に対する国家賠償請求については,本件各却下処分をするについて,厚生労働大臣が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったとまではいえない等として,いずれも棄却した。
3 1審原告らは,国家賠償請求が棄却されたことを不服として控訴し,1審被告厚生労働大臣は,本件各却下処分を取り消した点を不服として控訴した。
4 控訴提起後,X7は,平成19年*月*日死亡し,妻及び子が承継し,X8は,同年*月*日死亡し,子が承継した。
第2基礎的事実
以下の事実は,本件の主要争点を判断する上で基礎となる事実であり,当事者間に争いがない事実,明らかに争わないから自白したとみなした事実,当裁判所に顕著な事実,証拠(文中に記載)及び弁論の全趣旨によって認定した事実である。
1 原子爆弾の投下
昭和20年8月6日午前8時15分,アメリカ軍により広島市に原子爆弾が投下され,また,同月9日午前11時2分,同軍により長崎市に原子爆弾が投下された。
2 法令の定め等
(1) 原爆被爆者に対する援護施策の経緯
ア 原爆医療法の制定及びその内容
昭和32年,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者が今なお置かれている健康上の特別の状態にかんがみ,国が被爆者に対し健康診断及び医療を行うことにより,その健康の保持及び向上をはかることを目的として,原爆医療法が制定された。
同法は,「被爆者」について,直接被爆者,入市被爆者,救護被爆者,胎児被爆者のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものと定め(2条),「厚生大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該疾病等が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治ゆ能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。」と規定し(7条1項),上記医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,厚生大臣の原爆症認定を受けなければならないものとしていた(8条1項)。
その後,昭和35年法律第136号による改正により,原爆症認定を受けた被爆者を支給の対象とする医療手当が創設された(改正後の14条の8)。
イ 被爆者特別措置法の制定及びその内容
昭和43年,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者であって,原子爆弾の傷害作用の影響を受け,今なお特別の状態にあるものに対し,特別手当の支給等の措置を講ずることにより,その福祉を図ることを目的として,被爆者特別措置法が制定された。
同法は,原爆医療法上の原爆症認定を受けた者であって,同認定に係る疾病等の状態にあるものに対し,特別手当を支給すること(2条1項)や,被爆者であって,原爆医療法7条1項の規定による医療の給付を受けているものに対し,医療手当を支給すること(7条)などを定めていた。
その後,昭和49年法律第86号による改正により,原爆症認定を受けた被爆者であって,当該認定に係る疾病等の状態でなくなったものを支給の対象とする特別手当が創設され(改正後の同法2条),さらに,昭和56年法律第70号による改正により,原爆医療法に基づく医療手当と被爆者特別措置法に基づく特別手当を統合した医療特別手当が創設され,原爆症認定を受けた被爆者であって当該認定に係る疾病等の状態にあるものは,医療特別手当の支給を受けることができることとされた(改正後の同法2条)。
ウ 被爆者援護法の制定
平成6年に,原爆医療法及び被爆者特別措置法(旧原爆2法)を一元化するものとして,被爆者援護法が制定され,平成7年7月1日に施行され,旧原爆2法は廃止された。
(2) 被爆者援護法の内容
ア 被爆者援護法の趣旨目的
被爆者援護法は,その前文において,以下のとおり同法の趣旨目的を記している。
「昭和20年8月,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾という比類のない破壊兵器は,幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず,たとい一命をとりとめた被爆者にも,生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し,不安の中での生活をもたらした。
このような原子爆弾の放射能に起因する健康被害に苦しむ被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉を図るため,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を制定し,医療の給付,医療特別手当等の支給をはじめとする各般の施策を講じてきた(中略)。
国の責任において,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ(中略)るため,この法律を制定する。」
イ 被爆者の定義
被爆者援護法における「被爆者」の定義は,原爆医療法上の被爆者と同じく,直接被爆者,入市被爆者,救護被爆者,胎児被爆者のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものとされている(1条)。
ウ 被爆者健康手帳
都道府県知事は,申請に基づいて審査し,1条の被爆者に該当すると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交付する(2条)。
エ 被爆者に対する援護
(ア) 健康管理
都道府県知事は,被爆者に対し,毎年,厚生労働省令で定めるところにより,健康診断を行い(7条),同健康診断の結果必要があると認めるときは,当該健康診断を受けた者に対し,必要な指導を行う(9条)。
(イ) 医療の給付
厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該疾病等が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る(10条1項)。
上記医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,原爆症認定を受けなければならない(11条1項)。
(ウ) 一般疾病医療費の支給
厚生労働大臣は,被爆者が,上記(イ)の医療の給付を受けることができる疾病以外で,指定医療機関等から医療を受けたときは,当該医療に要した費用の額を限度として,一般疾病医療費を支給することができる(18条1項)。
(エ) 医療特別手当の支給
都道府県知事は,原爆症認定を受けた者であって,当該認定に係る疾病等の状態にあるものに対し,医療特別手当を支給する(24条1項)。同項に規定する者は,医療特別手当の支給を受けようとするときは,同項に規定する要件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければならない(同条2項)。医療特別手当は,月を単位として支給するものとし,その額は,1月につき13万5400円である(同条3項)。
(オ) 特別手当の支給
都道府県知事は,原爆症認定を受けた者に対し,特別手当(月額5万円)を支給する。ただし,その者が医療特別手当の支給を受けているときは,この限りでない(25条)。
(カ) 健康管理手当の支給
都道府県知事は,被爆者であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他厚生労働省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているものに対し,健康管理手当(月額3万3300円)を支給する(27条)。
(キ) 保健手当の支給
都道府県知事は,被爆者のうち,原子爆弾が投下された際爆心地から2kmの区域内に在った者又はその当時その者の胎児であった者に対し,保健手当(月額1万6700円)を支給する。ただし,厚生労働省令で定める範囲の身体上の障害(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)がある者等については,その額を3万3300円とする(28条)。
(ク) その他の手当等の支給
都道府県知事は,一定の要件を満たす被爆者に対し,上記各手当以外にも,原子爆弾小頭症手当(26条),介護手当(31条)等を支給する。なお,介護手当の支給対象者は,被爆者であって,厚生労働省令で定める範囲の精神上又は身体上の障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)により介護を要する状態にあり,かつ,介護を受けているものとされている。
(3) 被爆者援護法の定める原爆症認定制度の概要
ア 原爆症認定要件
① 要医療性 被爆者が現に医療を要する状態にあること
② 放射線起因性 現に医療を要する疾病等が原子爆弾の放射線に起因するものであるか,又は上記疾病等が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため上記状態にあること
イ 原爆症認定の申請手続
原爆症認定を受けようとする者は,都道府県知事を経由して,厚生労働大臣に,疾病等の名称,被爆時以降における健康状態の概要等を記載した認定申請書に,医師の意見書及び当該疾病等に係る検査成績を記載した書類を添えなければならないものとされ,上記医師の意見書には,①疾病等の名称,②被爆者健康手帳の番号,③被爆者の氏名及び生年月日,④既往症,⑤現症所見,⑥当該疾病等が原子爆弾の放射能に起因する旨,原子爆弾の傷害作用に起因するも放射能に起因するものでない場合においては,その者の治ゆ能力が原子爆弾の放射能の影響を受けている旨の医師の意見,⑦必要な医療の内容及び期間,を記載すべきものとされている(被爆者援護法施行令8条1項,同法施行規則12条)。
ウ 審議会等の意見聴取
(旧)被爆者援護法によれば,厚生大臣の諮問に応じ,被爆者の医療等に関する重要事項を調査審議させるため,厚生省に,学識経験のある者のうちから厚生大臣が任命する20人以内の委員で組織された医療審議会を置くものとされ(3条,4条),厚生大臣は,原爆症認定を行うに当たっては,同審議会の意見を聴かなければならないものとされていた(11条2項)。
被爆者援護法は,厚生労働大臣は,原爆症認定を行うに当たって,審議会等(国家行政組織法8条に規定する機関をいう。)で政令で定めるものの意見を聴かなければならないとし(11条2項),同法施行令においてその審議会等は「認定審査会」とされた。
そして,認定審査会は,委員30人以内で組織し,特別の事項を審査させるため必要があるときは,臨時委員を置くことができ,これら委員及び臨時委員は,学識経験のある者のうちから,厚生労働大臣が任命するものとされている(疾病・認定審査会令1条,2条)。また,同審査会に,被爆者援護法の規定に基づき認定審査会の権限に属させられた事項を処理する分科会として,医療分科会を置くものとされ,同分科会に属すべき委員及び臨時委員等は,厚生労働大臣が指名するものとされている(同令5条)。
エ 認定書の交付
厚生労働大臣は,原爆症認定の申請書を提出した者につき原爆症認定をしたときは,その者の居住地の都道府県知事を経由して,認定書を交付する(被爆者援護法施行令8条2項)。
(4) 当事者
ア 1審原告ら
(ア) X1
X1は,昭和2年*月*日生の女性であるが,18歳であった昭和20年8月6日午前8時15分,広島市千田町所在の廣島赤十字病院寄宿舎(爆心地からの距離は約1.5km)で被爆した。X1は,その後被爆者健康手帳の交付を受け,平成13年9月20日,疾病等名を右眼球癆として,1審被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項に基づく原爆症認定申請をしたところ,同大臣は,同年7月1日付けで同申請を却下する旨の本件X1却下処分(厚生労働省発健第****号)をした。X1は,同月10日,同処分を知り,同年9月6日付けで,同大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをしたのち,平成15年5月27日,大阪地方裁判所に対し,同処分の取消し等を求める本件訴えを提起した(書証番号略)。
(イ) X2
X2は,昭和5年*月*日生の女性であるが,15歳であった昭和20年8月9日午前11時2分,長崎市a町所在の自宅内(爆心地からの距離は約3.3km)で被爆した。X2は,その後被爆者健康手帳の交付を受け,平成14年4月23日付けで,疾病等名を甲状腺機能低下症として,1審被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項に基づく原爆症認定申請をしたところ,同大臣は,同年9月9日付けで同申請を却下する旨の本件X2却下処分(厚生労働省発健第****号)をした。X2は,同月21日,同処分を知り,同年11月17日付け(同月18日受付)で,同大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをしたのち,平成15年5月27日,大阪地方裁判所に対し,同処分の取消し等を求める本件訴えを提起した(書証番号略)
(ウ) X3
X3は,昭和12年*月*日生の女性であるが,8歳であった昭和20年8月6日午前8時15分,広島市b町*丁目所在の自宅(株式会社A工務店の社宅。爆心地からの距離は約3km弱)から広島市bd丁目(ただし,昭和60年当時の住所表示)所在の広島市立c小学校分校(現在の広島市立b小学校,爆心地からの距離は約2km)に向かう途中の畑のあぜ道で被爆した。X3は,その後被爆者健康手帳の交付を受け,平成14年6月6日付けで,疾病等名を胃がんとして,1審被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項に基づく原爆症認定申請をしたところ,同大臣は,同年10月15日付けで同申請を却下する旨の本件X3却下処分(厚生労働省発健第****号)をした。X3は,同月21日,同処分を知り,同年12月18日付け(同月19日受付)で,同大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをしたのち,平成15年5月27日,大阪地方裁判所に対し,同処分の取消し等を求める本件訴えを提起した(書証番号略)。
(エ) X4
X4は,昭和6年*月*日生の男性であるが,14歳であった昭和20年8月6日午前8時15分,比治山橋詰(爆心地からの距離約1.8~1.9km)で被爆した。X4は,その後被爆者健康手帳の交付を受け,平成14年7月31日付けで,疾病等名を右2指有棘細胞がん,右2指の末節部の切断術として,1審被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項に基づく原爆症認定申請をしたところ,同大臣は,同年12月20日付けで同申請を却下する旨の本件X4却下処分(厚生労働省発健第****号)をした。X4は,平成15年1月11日,同処分を知り,同年3月6日付けで,同大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをしたのち,同年7月28日,大阪地方裁判所に対し,同処分の取消し等を求める本件訴えを提起した(書証番号略)。
(オ) X5
X5は,昭和8年*月*日生の男性であるが,12歳であった昭和20年8月6日午前8時15分,比治山橋東詰近くの広島県立j中学校の校庭(爆心地からの距離は約2km弱。なお,X5は1.75kmと主張している。)で被爆した。X5は,その後被爆者健康手帳の交付を受け,平成10年11月9日付け(同月10日受付)で,疾病等名を喉頭腫瘍として,厚生大臣に対し,(旧)被爆者援護法11条1項に基づく原爆症認定申請をしたところ,同大臣は,同年12月28日付けで同申請を却下する旨の本件X5却下処分(厚生省収健医第**号)をした。X5は,平成12年2月2日,同処分を知り,同日付けで,同大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをし,平成15年5月23日付けで1審被告厚生労働大臣の同申立てを棄却する旨の決定を受けた後,同年7月28日,大阪地方裁判所に対し,本件X5却下処分の取消し等を求める本件訴えを提起した(書証番号略)。
(カ) X6
X6は,大正13年*月*日生の女性であるが,20歳であった昭和20年8月6日午前8時15分,広島駅前の猿猴橋商店街にあった父のいとこのB宅の建物内(爆心地からの距離約1.9km。なお,X6は1.8kmと主張している。)において被爆した。X6は,その後被爆者健康手帳の交付を受け,平成14年11月15日付け(同年12月6日受付)で,疾病等名を甲状腺機能低下症(橋本病)として,1審被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項に基づく原爆症認定申請をしたところ,同大臣は,平成15年7月23日付けで同申請を却下する旨の本件X6却下処分(厚生労働省発健第**号)をした。X6は,同年8月7日ころ,同処分を知り,同年11月5日,大阪地方裁判所に対し,同処分の取消し等を求める本件訴えを提起した(書証番号略)。
(キ) X7
X7は,大正14年*月*日生の男性であるが,20歳であった昭和20年8月6日の夕方ころに広島市内に入り,同市内において被爆者の救護作業や死体処理作業等に従事した。X7は,その後被爆者健康手帳の交付を受け,平成10年12月4日付け(平成11年1月4日受付)で,疾病等名を椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症として,厚生大臣に対し,(旧)被爆者援護法11条1項に基づく原爆症認定申請をしたところ,同大臣は,平成11年6月23日付けで同申請を却下する旨の本件X7却下処分(厚生省収健医第**号)をした。X7は,同月30日,同処分を知り,同年8月10日付けで,同大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをし,平成15年8月5日付けで同異議申立てを棄却する旨の1審被告厚生労働大臣の決定を受けたのち,同年11月5日,大阪地方裁判所に対し,本件X7却下処分の取消し等を求める本件訴えを提起した(書証番号略)。
(ク) X8
X8は,大正15年*月*日生の男性であるが,19歳であった昭和20年8月7日原子爆弾が投下された直後の広島市内に入り,同市内において遺体処理作業に従事した。X8は,その後被爆者健康手帳の交付を受け,平成14年9月25日付けで,疾病等名を貧血として,1審被告厚生労働大臣(認定申請書<乙I1>の名あて人は厚生大臣)に対し,被爆者援護法11条1項に基づく原爆症認定申請をしたところ,同大臣は,平成15年3月26日付けで同申請を却下する旨の本件X8却下処分(厚生労働省発健第****号)をした。X8は,同年4月3日,同処分を知り,同年5月29日付けで,同大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをしたのち,同年11月5日,大阪地方裁判所に対し,同処分の取消し等を求める本件訴えを提起した(書証番号略)。
(ケ) X9
X9は,昭和2年*月*日生の女性であるが,17歳であった昭和20年8月9日午前11時2分,長崎市d郷にあったC兵器e女子寮内(爆心地からの距離は約2.1km)で被爆した。X9は,その後被爆者健康手帳の交付を受け,平成15年1月17日付けで,疾病等名を肺がん及び転移性脳腫瘍として,1審被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項の規定に基づく原爆症認定申請をしたところ,同大臣は,同年9月9日付けで同申請を却下する旨の本件X9却下処分(厚生労働省発健第****号)をした。X9は,そのころ同処分を知り,平成15年11月5日,大阪地方裁判所に対し,同処分の取消し等を求める本件訴えを提起した(書証番号略)。
以上を一覧の便宜のため,表にすると,次のようになる。
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1審被告厚生労働大臣は,平成13年1月6日に施行された中央省庁等改革関係法施行法(平成11年法律第160号)753条による改正後の被爆者援護法11条1項に基づき,原爆症認定をする権限を有する行政庁である。なお,上記改正前における被爆者援護法11条1項の原爆症認定権限を有していた厚生大臣がした同項所定の処分については,中央省庁等改革関係法施行法130条1項により,1審被告厚生労働大臣がしたものとみなされる(したがって,X5及び同X7の各申請に係る処分等に関しても,以後,原則として「厚生労働大臣」と表記する。)。
3 争点
本件の争点は,① 放射線起因性の判断基準,② 1審原告らの原爆症認定要件(放射線起因性,要医療性)該当性,③ 1審被告国に対する国家賠償請求の成否の3点である。
第3章争点に対する当事者の主張の要旨
第1放射線起因性の判断基準(争点①)
【1審原告らの主張】
1 原爆被害の実態
(1) 原爆投下による被害(人間と都市の破壊)
ア 概要
広島に投下された原爆はウラン爆弾であり,TNT火薬に換算して約15kt(キロトン)の威力をもち,また,長崎に投下された原爆はプルトニウム爆弾であり,TNT火薬に換算して約22ktの威力を有した。
原爆投下による昭和25年末までの死者は,広島で20万人,長崎で10万人を超えると推定されており,爆風,熱線,火災により灰じんに帰した総面積は,広島で13km2,長崎で6.7km2とされ,広島では約68%,長崎では約25%の建物が全壊・全焼したとされている。このように,原爆による被害は筆舌に尽くし難く,被爆後62年を経過した今日においても死者数すら正確に把握されていない。辛うじて死を免れた者も,原爆による様々な急性症状や後障害に苦しめられることになった。
イ 熱線による被害
核爆発の瞬間,温度は数百万度に達し,やがて表面温度が7000度にも達する火球が作り出された(太陽の表面温度は約6000度)。この火球からの熱線が,多くの焼死者を生み出し,火傷を負わせ,家屋の火災等甚大な被害を及ぼした。熱線による火傷は,広島で爆心から5km,長崎では4kmの地点にまで及んだ。
ウ 衝撃波と爆風による被害
原爆が空中で爆発すると,桁違いの高圧により発生した衝撃波が,爆発点から球面状に,爆心地付近は音速より速く,遠距離になるにつれて音速ですべての方向に進行した。また,衝撃波の通過直後を追うように強烈な爆風が発生し,その風速は爆心地から500m地点で秒速280mというすさまじいものであった。その結果,人体の内臓破裂,外傷,建築物の破壊等,多くの被害が生じた。
エ 放射線による被害
原爆の核分裂の連鎖反応によって,莫大な数の中性子線,ガンマ線その他の放射線が放射された。放出された中性子線とガンマ線は,大気中や地上の原子核に散乱,吸収されて線量を減少させながら地上に到達した。大量のガンマ線を吸収して作られた火球からもガンマ線が放出された。そのガンマ線や中性子線を原子核が吸収するなどして放射性原子核になると,そこからもガンマ線等が放出された。また,火球に含まれていた様々な放射性物質が,黒い雨,黒いすす,あるいは放射性微粒子となって,広範囲にわたり地上に降ってきた。
これらの放射線による人体への影響は,様々な経路をたどってもたらされた。大きくは,初期放射線の被曝と残留放射線の被曝に分けられる。そして,残留放射線による被曝は,誘導放射線による被曝と,未分裂の核物質,核分裂生成物,誘導放射化された放射性物質などの放射性降下物による被曝に分けられる。また,残留放射線による被曝は,人体外部からの被曝だけでなく,放射性物質を呼吸や飲食等により体内に摂取することによる内部被曝がある。そのため,初期放射線のほとんど到達しなかった遠距離被爆者及び救助・看護活動等のために被爆地以外の都市から広島,長崎市内に入ってきた者も放射線に被曝するに至った(入市被爆者)。
(2) 放射線による被害の態様
ア 急性症状
被爆者には,被爆直後から発熱,下痢,喀血,吐血,下血,血尿,吐気,嘔吐,脱毛,脱力感,倦怠,鼻出血,歯齦出血,生殖器出血,皮下出血,発熱,咽頭痛,口内炎,白血球減少,赤血球減少,無精子症,月経異常などの様々な急性症状が現れた。
イ 慢性症状(長期にわたる後障害)
放射線被曝により,被爆者は,様々な後影響(後障害)に苦しめられることになった。当初は,がん疾患への影響が報告されていたが,現在はがん疾患以外の様々な疾患に対する影響が報告されている。
放射線被曝による後障害としては,白血病を含むがん,白内障,心筋梗塞症を始めとする心疾患,脳卒中,肺疾患,肝機能障害,消化器疾患,晩発性の白血球減少症や重症貧血などの造血機能障害,甲状腺機能低下症,慢性甲状腺炎,被爆当日に生じた外傷の治癒が遅れたことによる運動機能障害,ガラス片や異物の残存による障害を残している場合などが考えられるが,未解明の点が残されている現在,限定的にとらえられてはならない。
ウ 原爆ぶらぶら病(慢性原子爆弾症)
さらに,被爆者は,被爆後原因不明の全身性疲労,体調不良状態,労働持続困難などのいわゆる原爆ぶらぶら病に悩まされることになった。
(3) 放射線が人体に与える影響
ア 外部被曝
(ア) 初期放射線
原爆が炸裂し,100万分の1秒以内に核分裂が繰り返され,ガンマ線や中性子線が放出された(初期放射線)。これらの放射線は,瞬時に地表に到達し,建物等様々な物質を通り抜け,そこにいた人々の身体を貫き,細胞組織や遺伝子を破壊した(初期放射線による外部被曝)。
また,中性子線は,空気,水,土,建造物など,あらゆる物質の原子核に衝突して,正常な原子核を放射性原子核へと変え,新たな放射線を生み出した。その最も危険なものがガンマ線である。建物の壁や屋根,地面などに中性子線が当たると,それらを構成する原子自体からガンマ線が発生した。
しかし,原爆の放射線の人体に対する影響は,この初期放射線による外部被曝に限られなかった。
(イ) 放射性降下物
核分裂の連鎖反応と同時に,大量の放射性核分裂生成物(「死の灰」と呼ばれる。)が生成された。この放射性核分裂生成物は,主にベータ線やガンマ線を放出する。また,広島原爆のウラン235及び長崎原爆のプルトニウム239のうち実際に核分裂を起こしたのは一部(ウラン235は約60kg中700g,プルトニウム239は約8kg中1~1.1kg)であり,残った未分裂の核分裂物質も,自らアルファ線を放出し,次々と種類の違う放射性原子に姿を変えながら,ガンマ線やベータ線を放出する。さらに,原爆の装置と容器が核分裂で生成された中性子を吸収して誘導放射化され,これも放射線を放出する。これらが爆発直後の火球の中に含まれていた。
原爆の火球が膨張し,上昇して温度が下がると,火球に含まれていた様々な放射性物質は,放射性微粒子あるいは「黒いすす」となる。更に上昇して温度が下がると,この放射性微粒子や黒いすすが空気中の水蒸気を吸着して水滴となり,放射性物質を大量に含んだきのこ雲が作られる。きのこ雲からも放射線の放出は続いた。きのこ雲は更に上昇しながら成長し,遂には崩れて広範囲に広がっていく。大きくなった水滴は放射能を帯びた「黒い雨」となって地上に降り注いだ。
また,原爆の熱線によって発生した空前の大火災によって巨大な火事嵐や竜巻が生じ,誘導放射化された地上の土砂や物体が巻き上げられて,再び黒い雨や黒いすすとともに地上に降り注いだ。広島原爆投下後には非常に広範囲に飛散降下物が広がっていることが示されており,このことからも,原爆の威力がすさまじく,想像を絶する上昇気流が発生していたことが理解できる。
そして,黒いすす,黒い雨や降下してきた放射性微粒子などの放射性降下物は,初期放射線を浴びた直接被爆者のみならず,原爆投下時には市内にいなかったが,救援や家族を探し求めるため市内に入った人々(入市被爆者)の皮膚や髪,衣服に付着し,あるいは大気中や地面から,アルファ線,ベータ線及びガンマ線を放出して身体の外から被曝させた(放射性降下物による外部被曝)。
なお,放射性降下物は,1審被告らが主張する,広島における己斐,高須地区,長崎における西山地区という限定された地区にとどまらず,非常に広範な地域に及んでいる。
(ウ) 誘導放射能
爆心地に近いところでは,初期放射線の大量の中性子によって,地上及び地上付近の物質の原子核が放射性原子核となり(誘導放射化),それによって放射線を放出する誘導放射能はガンマ線とベータ線を放出し続けて,直接被爆者及び入市被爆者の体外から継続的に放射線を浴びせ続けた(誘導放射能による外部被曝)。誘導放射能は中性子線量の多い爆心地に近いところほど強いことから,原爆投下直後に爆心地近くに入市した被爆者はこの誘導放射能の影響を強く受けた。
(エ) ケロイド形成
初期放射線による外部被曝は,ケロイドの形成にも影響した。すなわち,原爆によって生じたケロイド(熱傷による創面修復のための瘢痕組織が過剰に増生し肥厚する状態)は,原爆炸裂により放出された熱線によるものであるが,それは単なる炎症性の変化ではなく,腫瘍性の変化を特徴とした。その発生原因としては,放射線によって人体内部が誘導放射化され,長期にわたって内部被曝を受け続けていることが考えられている。あるいは,放射性降下物がケロイドの中に閉じこめられて,継続的に内部被曝していることが考えられる。
イ 内部被曝
(ア) 内部被曝の態様
内部被曝とは身体内部にある放射線源から放射線被曝することをいう。
原爆の爆発により生じた未分裂核物質や核分裂生成物,誘導放射化された放射性物質等が,被爆者の体内に入り込み,これらの放射性物質が被爆者の体内で放射線を放出する。
(イ) 放射性物質が体内に取り込まれる経路
放射性物質が人体内に進入する経路としては,① 放射化した飲食物や放射性物質が付着した飲食物を摂取する(経口摂取),② 空気中に浮遊している放射性物質を吸引して摂取する(吸入摂取),③ 皮膚や傷口を通して直接人体内に入り込む(経皮摂取),という3つの経路がある。
内部被曝では,放射性微粒子が身体の一定場所に沈着したり,血液やリンパ液と共に運ばれたり,腸や皮膚から吸収されて,体の中全体が被曝をすることになる。
(ウ) 内部被曝の影響
放射性物質が人体内に入った場合,その一部は人体のメカニズムにより体外に排出されるが,残りは体内にとどまって人体内で放射線をまき散らすことになる。
第1に,ガンマ線の場合には,その線量は線源からの距離に反比例する。したがって,質量の同一核種であっても,体外に存在する場合に受ける体外被曝と比べて,体内に入った場合に受ける体内被曝(内部被曝)は,格段に大きくなる。
第2に,飛程距離の短いアルファ線,ベータ線の問題がある。ベータ線は生物組織の中ではせいぜい1cmしか透過せず,また,アルファ線の飛程距離は0.1mm以内である。したがって,ベータ線やアルファ線を放出する核種が体内に入ってくると,飛程距離の短いこれら放射線のエネルギーのほとんどすべてが吸収され,体内からの被爆が桁違いに大きくなる。殊にアルファ線の生物学的効果比(RBE)は大きく,1Gyで10~20Svにもなる。このように,アルファ線は短い飛程距離の中で集中的に組織にエネルギーを与えて多くの染色体や遺伝子の接近した箇所を切断する。のみならず,電離密度が大きいために,DNAの二重らせんの両方が切断され,誤った修復をする可能性が増大する。
第3に,濃縮の問題がある。人工性放射線核種には,生体内で著しく濃縮されるものが多いが,例えば,ヨウ素131なら甲状腺,コバルトやストロンチウム90なら骨組織,放射性セシウムなら筋肉と生殖腺というように,核種によって濃縮される組織や器官が特異的に決まっている。また,その微粒子が水溶性の程度によって,移動する形態も変わり,これらが特定の体内部位にとどまって集中的に放射線を浴びせると深刻な被害をもたらすことになる。
第4に,継時性の問題がある。ある放射性核種の体内への取込みがあって,その核種が体内に沈着・濃縮されたとすると,その核種の寿命に応じて内部被曝が続くことになる。この点は,放射線源から遠ざかれば放射線被曝を止めることができる外部被曝と根本的に異なる。また,体の外から浴びるガンマ線が体のあちこちに傷を付けるというのとは異なり,体内に取り込まれた放射性物質は沈着部位の比較的近傍にエネルギーを大量に与えて破壊するような仕方で被曝を与える。
以上のとおり,人工放射線核種は内部被曝により自然放射線核種の内部被曝よりも桁違いに大きな,かつ深刻な影響を及ぼすが,その最も大きな要因は,自然放射線核種とは異なり,人工放射線核種は生体内で濃縮される点にあるとされる。すなわち,自然放射性核種の場合は生物が進化の過程で獲得した適応力が働いて体内で代謝し,体内濃度を一定に保つのに対し,自然界には存在しない人工放射性核種の場合,体内に取り込んで濃縮し,深刻な内部被曝を引き起こすことになるのである。そして,この場合には,体内に取り込んで長時間をかけて放射線を浴びることになるので,急性症状が遅れて発症することが当然考えられる。このように,放射線による人体への影響は,時間をかけて放射線を浴び続けるために,被爆後長期間経過してからも後障害が発症するという特徴がある。
ウ 放射線が人体に与える影響の機序
(ア) 急性障害
放射線,とりわけ人体への破壊力が大きな中性子線を浴びた人体内では,腸などの消化器系の内臓,血液を造る骨髄などで,細胞が自らの機能を停止させ死んでいく細胞自殺(アポトーシス)を起こす。そのため,内臓の機能が低下し,死に至る。被爆後,やけどなどの外傷が少ないのに,被爆から数日後に死んでいった人の多くは,このアポトーシスが起こり,腸内での出血が止まらない,骨髄が損傷し造血不良が起こったことなどが原因で死に至ったと考えられる。
死に至らない場合でも,消化器系の粘膜は放射線に対する感受性が高いため,例えば,胃腸の粘膜の場合には剥離をしたり,びらんを起こしたりして,自覚症状として,悪心,嘔吐,下痢などの急性症状として現れる。
しかし,このような急性症状は現われないが,後に放射線の影響で晩発生障害が発生する被爆者もいる。とりわけ,内部被曝の場合には,しきい値を確定することは困難であり,直接被曝の場合と急性症状の現れ方も異なる。
(イ) 晩発性障害
放射性物質は,原子の真ん中にある原子核の周りを回っている電子にエネルギーを与えて,電子が原子や分子から外にはじき出されてしまう電離作用をもつ。電子は分子を結合する役割を果たしているが,その分子がはじき飛ばされると,結合していた分子は壊れてしまう。具体的には,体内のDNAのらせんの間を鎖のように結ぶアミノ酸が放射線を浴びて切断され,集中的に破壊作用が起きると修復機能が正常に機能せず,様々な障害を引き起こす原因になる(放射線の直接作用)。
また,ガンマ線が細胞の中の水分子に当たると,水がプラスイオンとマイナスイオンに電離し,そのマイナスイオンがDNAの二重らせんに到着すると,化学反応を起こして二重らせんを切断する(放射線の間接作用)。これが一箇所だけ切断された場合には,ほとんどが元の正常な形に修復する機能を保つが,これが集中的に生じると,修復を誤るなどの事態が生じて,深刻な症状を引き起こすことになる。
ガンマ線が体内の原子の中に衝突すると,そのガンマ線のエネルギーを電子がもらって走り出す。その電子は電気を持っているので,次々と周辺の原子の中から電子にエネルギーを与えて,どんどん電子を跳ね飛ばす(密度の低い電離作用)。
一方,中性子は,電子を持っていないので直接電離作用はしないが,中性子が体の中の陽子にぶつかると,電気を持った陽子が走り出し,この陽子が集中した電離作用を引き起こす(密度の高い電離作用)。いずれも身体に深刻な影響を与える。
このように,放射線はDNAを損傷し,遺伝的な影響,晩発性のがんを引き起こすなどの重大な影響を与えるが,それだけではなく,細胞膜などの破壊による深刻な被害なども引き起こす。つまり,細胞に取り込まれた結果,そこでベータ線等を出せば,細胞の膜が傷つけられることが当然起こる。ベータ線の場合は,ガンマ線に比べて一定の距離を進む間に起こす電離の数が多いので,ガンマ線の場合には素通りしていったり,まばらにしか電離あるいは励起という作用を起こさないのに比して,ベータ線ではもっと濃密度で起こすので,細胞膜が傷つくことが起こり得るのである。
もちろん,これらが内部被曝単独で生じるのではなく,外部被曝の影響をも合わせて起こり得るものであり,両方の影響を考慮する必要がある。
また,酸素は細胞の中に取り込まれ,命を作る運動をする。この酸素が放射線にぶつかると電気を帯び,人体に有害な活性酸素に変化する。電気を帯びた活性酸素は,人間の細胞を防護している細胞膜の電気に影響して穴があく。その中に放射線が入った場合の影響については,科学的には解明されていないが,放射線による桁違いのエネルギーにより新陳代謝が大きな影響を受けて動揺し不安定になる。これが内部被曝の一番最初の影響であり,被害の本質である。影響を受ける細胞が体細胞,つまり胃や肺,肝臓という臓器である場合には,突然変異を受けてがん細胞に変わっていき,生殖細胞の場合には,遺伝子に傷がついて遺伝に障害が生じる。
さらに,初期の物理的過程により,原子や分子の化学的結合が切れて放射線分解が起こると,遊離基(1個又は複数個の不対電子を有する原子や分子で,フリーラジカルという。)が生成する。これを物理化学的過程といい,10億分の1秒程度の時間内に起こる。人体内に放射線が入ったときに生成する遊離基は,人体の主成分である水分子の変化したものが多い。遊離基は極めて不安定で非常に反応性に富むため,他の遊離基又は安定分子と直ちに反応する。遊離基が生物学的に重要な分子である細胞内のタンパク質や核酸と反応して変化を起こし,結果として細胞に損傷を与える(放射線の間接作用)。
2 原爆症認定のあり方
(1) 国家補償制度としての原爆症認定のあり方
被爆者援護法前文には,核廃絶及び平和への願いが示され,また,被爆者の置かれた状況を理解し,国の責任において被爆者を援護するということが示されている。そうであれば,同法を解釈するに当たっては,原爆被害を正しく受けとめ,認定制度が,国が原爆に基づく被害に対して「国家補償」する制度であることに見合った運用をしなければならない。
すなわち,援護に関する法律の根底には,国家による戦争開始・遂行,違法な核兵器使用をしたアメリカに対する請求権の放棄,原爆被害の実態の隠蔽という違法行為により,損害を受けた被爆者に対しては,本来,国の責任において賠償を行うべきであるという国家賠償の理念があるのである。しかるところ,国家賠償請求のためにはさまざまな要件が課せられるが,原爆被害の深刻さにかんがみ,厳格な要件により被爆者を切り捨てることがあってはならないため,一定の条件と必要性のある国民に対して一律の給付を行う社会保障の要素も含めた立法とされたのである。
そのような被爆者援護法の趣旨目的からして,厚生労働大臣の裁量の幅は極めて限定されており,その給付手続は簡易にすべきであり,その給付対象者について,援護の必要のある被爆者は,すべて認定されなければならず,法律の趣旨目的に反するような基準を作り,それに当てはまらない者を除外することは許されず,給付漏れを作ってはならないのは当然である。
(2) 認定基準としての治療指針及び実施要領の意義
人類史上初めての原爆被害であって,放射線による人体への影響はまだ解明が始まったばかりであり,誰も確実な判断ができない状況下において,厳格な放射線起因性の証明を被爆者に要求するのは,被爆者援護の趣旨に反する。
原爆症認定基準の解釈のあり方は,昭和33年8月13日付けの厚生省公衆衛生局長通知である「治療指針」及び「実施要領」によって明らかにされている。
実施要領においては,「いうまでもなく放射線による障害の有無を決定することは,はなはだ困難であるため,ただ単に医学的検査の結果のみならず被爆距離,被爆当時の状況,被爆後の行動等をできるだけ精細に把握して,当時受けた放射能の多寡を推定するとともに,被爆後における急性症状の有無及びその程度等から,間接的に当該疾病又は症状が原爆に基づくか否かを決定せざるを得ない場合が少なくない。」とされ,治療指針においても,「原子爆弾被爆者に関しては,いかなる疾病又は症候についても一応被爆との関係を考え,その経過及び予防について特別の考慮がはらわれなければならず,原子爆弾後障害症が直接間接に核爆発による放射能に関連するものである以上,被爆者の受けた放射能特にガンマ線及び中性子の量によってその影響の異なることは当然想像されるが,被爆者のうけた放射能線量を正確に算出することはもとより困難である。この点については被爆者個々の発症素因を考慮する必要もあり,また当初の被爆状況等を推測して状況を判断しなければならないが,治療を行うに当たっては,特に次の諸点について考慮する必要がある。」として,被爆距離,急性症状などを挙げている。そして,被爆距離については,おおむね2km以内のときは高度の,2kmから4kmまでのときは中等度の,4kmを超えるときは軽度の放射能を受けたと考えて処理してさしつかえないとしている。
これらの通知は,原爆投下直後から行われた日米合同調査団による諸調査や原爆被爆者の調査と救護のために現地で活動した国内の医学研究者による数々の調査報告を医学的根拠として作成されており,初期放射線のみならず残留放射線や内部被曝の影響を含めた被爆の現実を見つめ,実態を反映した認定基準となっている。
その後,放射線量の評価に関しては,T65DやDS86が発表されているが,これらは現実に起こっていることを説明することができない初期放射線に対する机上の計算式にすぎない。このような現実を説明し得ない計算に基づいた認定によって,現在は,救済されるべき被爆者が救済されない事態が生じている。
被爆者の受けた放射線量を正確に算出することの困難性は,現在においても変わらない。そうであるならば,現在においても,原子爆弾被爆者に関して放射線の影響によるか否かを判定する判断基準としては,現実を反映し,被爆者をもらすことなく救済することができる上記各通知の姿勢に基づいた基準を用いるべきである。
3 放射線起因性の判断のあり方
(1) 放射線起因性の要件の緩和の必要性
一般の民事損害賠償制度は,社会に発生した損害を公平に分担させることを目的とし,被害者の被った損害を加害者に填補させることによって当事者間の公平を図るものであり,加害行為と損害との間に相当因果関係の立証が求められている。
これに対し,被爆者援護法に基づく原爆症の認定制度は,被爆者の筆舌に尽くし難い被害の回復のためのごく一部とはいえ被害回復を保障しようとする制度であり,このような制度目的からすれば,一般の民事損害賠償制度と同じ要件を原爆症の認定制度における放射線起因性の判断において求めることは誤りである。原爆症の認定という制度の意味,目的に適する起因性の要件を考えるならば,被爆者の疾病と原爆放射線との関係について,相当因果関係とは違って,当該制度にふさわしい,被爆者の被害回復に役立つ論理,すなわち,起因性の要件の緩和こそが必要である。仮に相当因果関係説をとる場合においても,その相当性の判断においては,援護に関する法律の目的に照らして要件判断が行われるべきである。最高裁判所平成10年(行ツ)第43号,平成12年7月18日第三小法廷判決(裁判集民事198号529頁)(以下「松谷訴訟最高裁判決」という。)は,原爆症認定における因果関係の立証についても,通常の民事訴訟における場合と異なるものではないとしているものの,実際には,原爆症の起因性の立証における,科学的・医学的立証の困難性を認め,被爆状況等の事実面から総合判断を求めることで,実質的に被爆者の立証責任を軽減したものと解される。
(2) 放射線起因性の判断のあり方
1審被告らは,原因確率論が放射線起因性判断における科学的知見であるとし,これに機械的に1審原告らを当てはめて起因性を判断しようとしているが,後述するとおり,原因確率論及びその基礎となるDS86,DS02は,疾病の発生,死亡あるいは急性症状の発症と放射線量推計との関係を十分説明することができないものであり,原因確率論は原爆症の放射線起因性に関し科学的知見として使用することができない。そして,現在の科学水準では,どのような被曝をした者がどのような原爆症を発症するのかを推測し得る科学的知見は存在しないといわざるを得ない。
しかし,実際に,放射線を被曝することにより,様々な人体の異変が起こり,様々な疾病に罹患することは,経験則上認められており,また,近距離での直爆だけでなく,遠距離,入市等による間接被曝,内部被曝により急性症状等身体に異変が起こることも経験則上認められる。
しかるところ,このように,確固とした科学的知見が存在しない場合の放射線起因性の判断に関し,治療指針が治療上の一般的注意として述べるところ(前記2(2))は,起因性判断の基準として極めて妥当な内容といえるのであり,上記のような経験則からして,被爆者である1審原告らが広島・長崎において被爆したこと(原因)と,1審原告らが疾病に罹患したこと(結果)が存在すれば,その疾病が放射線被曝を原因としないという特段の事情がない限り,原因と結果との間の因果関係(起因性)が認められるべきである。
4 厚生労働大臣の認定基準とその問題点
(1) 概要
1審被告らは,現在,原爆症認定申請に係る疾病等の放射線起因性の判断において,DS86及びDS02による被曝線量推定が正当であり,また残留放射線及び放射性降下物による被曝の影響が無視できるものであることを根拠として,原因確率という経験則を作り上げ,これに個々の被爆者を当てはめることを認定審査の基本としている。
しかし,この原因確率は,被爆者の個体差,被爆状況の違い,被爆後のそれぞれの人生などの差異を無視し,疾病と性別ごとに,爆心地からの距離と被爆時年齢で一律に起因性を判断するものであって,恣意的かつ不合理であり,被爆者に生じた現実(遠距離被爆者や入市被爆者に急性症状が発生したことやその他被爆者に現実に生じた急性症状が放射線の影響によるものであること)を説明できず,科学的な放射線起因性の判断基準となり得るものではない。以下詳論する。
(2) 厚生労働大臣の原爆症認定基準
ア 旧基準
原因確率が用いられるまでの認定行政は,① 申請者の被曝線量を推定し,② 疾病ごとに認定するための一定の線量が決められており,①で推定した線量がこれを上回るか否かを検討する,というものであった(認定基準)。
このような旧来の認定基準は,ある一定の線量を超えれば放射線の影響を認める点において,放射線の人体影響一般にしきい値の議論を持ち込んでいた。しかし,放射線の人体影響,特にがん等に関しては,しきい値のない確率的影響であることは常識となっており,このようなしきい値論は,放射線の人体影響についての理解を根本的に誤ったものであり,全く合理性を有しない基準であって,松谷訴訟最高裁判決等によっても否定されている。
イ 「認定基準(内規)」から「審査の方針」への転換
厚生省(当時)は,「DS86+しきい値理論」という全く合理性を有しない従前の基準を維持することができず,児玉報告書において,被爆者の性別・各疾病ごとの寄与リスクを求める確率的影響の考え方を取り入れる形で,新たに「DS86+原因確率理論」という基準を作り上げた。
しかし,審査の方針も,松谷訴訟最高裁判決等によって否定されたDS86に依拠しているものであって,合理性はない。
ウ 審査の方針による具体的審査
審査の方針の具体的内容は,以下のとおりである。
(ア) 被曝線量を推定する。
(イ) 疾病の種類及び性別によって作られた審査の方針別表に申請者の推定被曝線量と被爆時の年齢を当てはめて原因確率を算定する。
(ウ) 原因確率がおおむね50%以上であれば申請疾患について放射線起因性の可能性があるものとし,おおむね10%未満であればその可能性が低いものと推定する。
(エ) 放射線白内障については1.75Svをしきい値とする。
(オ) 申請疾患の放射線起因性に係る高度の蓋然性の有無によって判断する。
このように,現在の原爆症認定の実態は,原因確率への当てはめを基本とし,特定の疾病(放射線白内障)についてはしきい値を設定して申請者の被曝線量がそれを上回るかを判断している。
エ 審査の方針の根拠
(ア) 被曝線量の推定
原因確率の第一段階である,申請者の被曝線量は,初期放射線による被曝線量,誘導放射能(残留放射線)による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量を合計して計算される。
初期放射線による被曝線量は,審査の方針別表9に申請者の被爆時の爆心地からの距離を当てはめて計算するが,この別表9は,DS86を根拠としている。
残留放射線による被曝線量は,審査の方針別表10に,爆心地からの距離と被爆後の経過時間を当てはめて外部被曝線量を計算する。
放射性降下物による被曝線量は,広島・長崎の特定の地域(己斐・高須地区及び西山地区)に居住していた者についてのみ外部被曝線量を加算する。
(イ) 原因確率表の作成方法
上記(ア)において推定された被曝線量を当てはめる対象は,原因確率表であり,同表は,児玉報告書における寄与リスクをそのまま転用しており,その寄与リスクは,ABCCや放影研が行っている疫学調査をもとに作成されている。
(3) 審査の方針の問題点
ア 線量評価の誤り
(ア) DS86・DS02を用いることの誤り
審査の方針では,原因確率への当てはめの前提としてDS86により申請者の被曝線量を推定している。しかし,DS86による被曝線量推定方式には現実と符合しない多くの問題点がある。しかも,DS86は,放影研の疫学調査の基礎にもなっており,DS86の誤りは疫学調査の結果の誤りに直結し,原因確率の誤りにつながる。DS02によっても,この問題点は解消されていない。
(イ) 残留放射線の軽視
審査の方針では,線量評価において,誘導放射能による被曝と放射性降下物による被曝の一部を考慮しているが,これは全く不十分なものである。遠距離被爆者や入市被爆者に生じた急性症状の実態からすれば,審査の方針が用いるこれらの線量評価が被爆者の受けた被曝線量を無視ないし著しく軽視していることは明らかである。
(ウ) 内部被曝の無視
審査の方針では,線量評価において外部被曝線量のみを考慮しており,内部被曝による被曝線量を特に算出していないが,内部被曝は,放射線被曝態様の重要な一つであり,これを無視することは許されない。
イ 原因確率の誤り
(ア) 放影研の疫学調査の誤り
原因確率の基礎となる放影研の疫学調査には,調査集団の線量評価にDS86を用いていること,残留放射線の影響を無視していること,内部被曝の影響を無視していること,比較対照群の設定に問題があること,死亡率調査を基礎にしていること,昭和25年までの被爆者の死亡を考慮に入れていないことなどの問題点が存在する。
(イ) 原因確率を個々の被爆者に当てはめることの誤り
疫学は,集団についての概念であり,その結果を個々の被爆者に当てはめることは妥当ではない。特に,放射線の人体への影響には大きな個体差があることからすれば,集団についての結論を個々の被爆者に当てはめることの不合理さは明らかである。
(4) 線量評価の誤り~DS86・DS02の問題点
ア 線量推定式の変遷
(ア) T57D
昭和31年,アメリカ原子力委員会は,原爆放射線の人間に対する効果を研究するために,オークリッジ国立研究所を中心にした「ICHIBAN計画」と称する核実験をネバダ核実験場で行った。この核実験のデータに基いて広島・長崎原爆の放射線量の推定を行い,線量評価システムT57Dが作成された。
(イ) T65D
長崎型原爆と同じタイプのプルトニウム原爆を使用したり,ネバダ核実験場に500mの塔を建てて「裸の原子炉」やコバルト60の線源を設置して,中性子の伝播や遮蔽効果の研究が行われた。ABCCはオークリッジ国立研究所と協力し,さらに放射線医学総合研究所などによる広島・長崎原爆の放射線の測定結果と照合してT65Dを作成した。
(ウ) DS86
DS86は,T65Dと異なり,部分核停止条約によって空気中での核実験が禁止された米国が,中性子爆弾の威力をはかるために作成したコンピュータプログラムに基づくシミュレーションであり,実験結果に基づくものではない。しかも,軍事機密のため,日本側に示されたのは,原爆容器を通り抜けて外部へ放出された即発ガンマ線と中性子線の総量,エネルギー分布及び方向分布に関する計算結果だけであって,コンピュータプログラムに関する重要な情報は公開されていない。
そのため,DS86は,他の科学者等による追検証不可能なものであり,その線量推定式は信用性に乏しいし,その後実証された多くの問題点もある。
イ DS86の問題点の概要
DS86自身,中性子の推定値が不確実であり,改訂線量推定モデルでの誤差の解析が不十分であることを前提としているが,DS86には以下のような重大な欠陥があり,誤った線量評価となっており,学術的にも信頼が置かれていない。なお,1審被告らは,DS02によってDS86の正しいことが裏付けられたと主張するが,DS86の以下の欠陥はDS02においても全く改善されていない。
(ア) その推定線量は,実測値と比べて,近距離ではやや過大評価であり,遠距離では過小評価になり,特に中性子線の線量評価は遠距離では桁違いの過小評価となっている。
(イ) 遠距離被爆者及び入市被爆者の急性症状を合理的に説明することができない。
(ウ) 放射性降下物等の影響については限られた地域に限定し,放射性降下物及び誘導放射性物質を摂取したことによる内部被曝を無視している。
ウ DS86と実測値の乖離
(ア) 原爆の初期放射線の線量を測定するために,多くの科学者により初期放射線の痕跡を測定して,原爆時の初期放射線量を逆算する研究が行われている。このように物理的手法により測定された実測値と比較して,DS86の推定値は,近距離で過大評価,遠距離で過小評価となる顕著な傾向を示しており,実際に測定された現実を説明することができない。
a ガンマ線
現在では,熱ルミネッセンス(TL)法により,半世紀も前に原爆が放出したガンマ線の線量の測定が可能になっているところ,この方法によるガンマ線線量の測定の結果,爆心地から1000m以遠においてDS86のガンマ線推定線量は実際の線量よりも過小評価されていることが判明しており,DS86報告書も実測値との間でずれがあることを認めている。
b 中性子線
原爆の爆発の瞬間に放出された中性子は,空気中や地上の原子の原子核に散乱されたり,吸収されたりして,複雑な経路を経て地上に到達した。このように,中性子線は複雑な振舞いをするので,推定の困難さはガンマ線の比ではない。中性子についての推定線量が疑わしいということは,DS86報告書自体が指摘しているところである。
(a) 熱中性子
中性子線のうち熱中性子線の実測値測定においては,熱中性子によって誘導放射化されたユウロピウム152,塩素36及びコバルト60の測定が行われており,それによれば,これらの異なる核種について,広島と長崎に共通して,DS86による中性子線量が,近距離において過大評価であり,900mを超える遠距離において過小評価に転じていることが明らかとなっている。
遠距離におけるDS86の熱中性子の計算線量が実測値よりも小さいということは,DS86の計算において近距離の高速中性子が過小評価されていたことを示すとともに中性子線量全体の過小評価を示唆するものである。
(b) 速中性子
速中性子に関しては,リン32とニッケル63の測定により実測値が導かれているが,これらの測定結果にしても1000mを超える辺りからDS86が実測値よりも過小評価に至っている。
そして,速中性子は大気中の原子核によって何度か散乱されて次第にエネルギーを失いながら熱中性子へと変わっていくのであるから,速中性子の過小評価は熱中性子の過小評価へ直結する。
c 以上からすると,DS86による中性子線の推定は実測値を説明することができないのであり,特に1000mを超える辺りから推定は到底採用できるものではない。
(イ) このようにDS86の中性子線量について誤差が生じる理由としては,① 原爆の爆発点から放出された中性子線のエネルギー分布,すなわち,ソースタームの計算問題,② 中性子の伝播に重要な影響を与える湿度の高度変化,③ ボルツマン輸送方程式に基づくコンピュータ計算における区分の設定,などが考えられている。
a ソースタームの計算問題(上記①)について
原爆での核分裂の連鎖反応においては高速中性子が主要な役割を果たしているところ,原爆の核分裂の連鎖反応は100万分の1秒以下という短時間で終わるので,原爆容器が崩壊する以前の段階で放射線が容器を突き抜けて容器の外に飛び出す。そして,中性子線の一部は原爆容器や火薬などに吸収されてしまうことから,外部に放出された中性子線の量を正確に推定するためには,原爆容器や火薬等の成分や厚さなどの詳細な情報が必要であるが,これらは軍事機密として公表されておらず,原爆放射線のエネルギー分布は追検証することができない。
そのため,DS86のソースタームの計算は,熱中性子に核分裂の連鎖反応の主要役割を果たさせた広島原爆のレプリカの模擬原子炉における実験に依拠していると考えられ,高速中性子を過小評価していることになる。そして,高速中性子の過小評価が熱中性子の過小評価に直結しており,このことが中性子線やガンマ線の誤差につながっていると考えられる。同様の理由が長崎原爆における中性子線のズレの原因として考えられる。
b 湿度の高度変化(上記②)について
中性子は空気中の水素の原子核により吸収されたり散乱したりするので,湿度が低ければ吸収,散乱が少なくなり,より多くの中性子が遠距離に到達することになるところ,DS86は,広島・長崎とも爆心と異なる高湿度を前提として計算している可能性が高い。
c ボルツマン輸送方程式(上記③)について
DS86は,広島でも長崎でもボルツマン輸送方程式を用い,爆心地から半径2825m,高さ1500mの円筒の内部について計算している。しかし,DS86が採用するボルツマン輸送方程式においては,ある1つの要因でいったん計算値にずれが生じると,ずれは次々に累積・拡大してしまう。
(ウ) まとめ
以上のとおり,実際に人体に降り注いだ放射線は,DS86による推定と,特に遠距離では大きく異なるものである。広島ではDS86による推定線量の数十ないし数百倍の放射線の影響があったことになる。
エ DS02の問題点
(ア) 概要
DS86における中性子線量に関する理論値と測定値の不一致を踏まえてDS02が作成されたところ,1審被告らは,DS02によってDS86の正当性が裏付けられた旨主張しているが,以下に述べるとおり,DS86の欠陥はDS02で全く改善しておらず,DS86を起因性判断に使うことができないことが明確になった。
(イ) 高速中性子
a 近距離で過大評価,遠距離で過小評価
DS02では,高速中性子について新たな測定結果を用いているが,ニッケル63による中性子線量の実測値とDS02の推定線量とを対比すると,爆心地から391m地点では実測値が推定線量の0.85倍,1470m地点で1.90倍となっている。このように,高速中性子線の推定線量は,近距離で過大評価であり,遠距離で過小評価となっている。とりわけ,遠距離におけるずれはDS86(1.52倍)よりDS02で拡大している。
液体シンチレーション法によるニッケルの測定もされ,加速器質量分析法とも比較されその信頼性も確認されているが,それも1500mで実測値が計算値を上回っている。
したがって,1400m以遠での被爆者又は入市被爆者である1審原告らに関しては,線量評価として役に立たない。
b バックグラウンドの評価の恣意性
バックグラウンド(原爆放射線の影響のない値)の評価は高速中性子が全く到達しない遠距離の測定結果を用いるべきところ,DS02の基となったストローメ(Straume=アメリカのローレンスリバモア国立研究所)らの論文では,1880m地点の測定値をバックグラウンドとしていたが,DS02ではその数値を恣意的に操作している。
(ウ) ガンマ線
ガンマ線については,1500m以遠では測定値が計算値より系統的に上にずれており,DS02でも,「遠距離では測定値が計算値よりも高いことを示唆する若干の例がある」とされている。
(エ) 熱中性子
熱中性子については,コバルト60もユウロピウム152も,遠距離では測定値が系統的に計算値を上回っている。
オ 推定線量批判に対する1審被告らの反論に対する1審原告らの再反論
1審被告厚生労働大臣は,DS86,DS02の線量評価が遠距離地点において測定値と比べて過小評価されている疑いがあるとの批判に対して,その測定値と計算値との乖離は2倍程度にすぎず,これを絶対値として見れば,わずか0.129Gy程度にすぎないので,線量の過小評価があっても無視できると主張する。
しかしながら,DS86の計算値と実測値の乖離を約2倍と矮小化することが問題であって,中性子によって放射化されたユウロピウム152,塩素36あるいはコバルト60の測定により得られた実測値を総合的に検証した場合には,DS86の計算値と実測値との乖離が2.2倍を上回る可能性は高いのであり,爆心地(広島)からの距離が900mを超えるとDS86は過小評価に転じ,1500mでは約0.1すなわちDS86による計算値は測定値の10分の1に,1800mでは0.01すなわち約100分の1になる。これを2000m以遠に延長していけば,DS86の推定線量は測定値の2桁も3桁も低い線量測定になっていくことが容易に推測される。
また,1審被告らは,過小評価の線量がわずかであるから無視できると主張するが,これは被爆実態を無視したもので,欺瞞以外の何者でもない。DS86及び02は,爆弾の出力や空中輸送など各種データーに基づく1つのプログラムであり,遠距離における線量評価の誤りは,プログラムそのものに致命的な欠陥があることを意味する。遠距離被爆者に原爆放射線によってしか説明できない急性症状が発症している実態に照らしたとき,遠距離における初期放射線の線量評価についても十分な検証が必要であり,少なくとも,DS86及びDS02による初期放射線の線量評価が小さいからといって,放射線が遠距離被爆者の人体に与えた影響が小さいとは決していえないのである。
カ 現実に起きた現象とDS86,DS02との乖離
(ア) 概要
原爆投下直後から現在に至るまで,被爆者を対象として様々な健康調査が行われている。後障害に関する調査として放影研の疫学調査が存在するが,急性症状に関しても多数の調査が行われている。そして,これら急性症状に関する調査の結果は,① 2km以遠のいわゆる遠距離被爆者といわれる被爆者にも急性症状が発症していること,② 入市被爆者にも急性症状が発症していること,を明らかにしている。
急性症状は,被爆者が放射線を浴びたことの一つの目安となるものであり,遠距離被爆者や入市被爆者に急性症状が発症しているという事実は,これらの被爆者が多量の原爆放射線を浴びたことを裏付けている。
ところが,DS86では初期放射線及び一部の残留放射線が考慮されているだけであり,これらの線量評価では,遠距離・入市被爆者に急性症状が生じたという現実を説明することはできない。
(イ) 遠距離被爆者の急性症状に関する各種調査結果とDS86・DS02
a 日米合同調査団の調査
日米合同調査団の記録によれば,典型的な急性症状である脱毛と紫斑の距離別発症割合(長崎における屋外又は日本家屋内)は下表のとおりである。なお,2.1km~2.5kmでの脱毛の発症率は,遮蔽がある場合については2.9%(ビルディング)~1.8%(防空壕,トンネル)というように遮蔽の有無により異なっている。
file_4.jpgRLS REE (mn) 0—1000 100— 1500 1600-2000 2100—2500 2600-3000 3100-4000 4100-5000b 東京帝国大学医学部の調査
広島における3km以内の被爆者4406名(男2063名,女2343名)を対象にした東京帝国大学医学部の脱毛に関する調査結果は,下表のとおりであり,2.1km以遠でも脱毛の発症が見られている。また,2.1km~2.5kmでの脱毛の発症率は,屋外開放の場合9.4%,屋内の場合4.2%であり,遮蔽の有無により異なっている。なお,頭部脱毛の方向性に関する調査によれば,700例のほとんどについて方向性がない。このことは,熱線の影響であるとはおよそ考えられないことを示している。
file_5.jpgAt a | # 15 6 75.0 600-1000 | 100 11 67.2 tio0—1500 [123 134 25.5 1600-2000 5 79 10.0 2100— 2500 33 57 a2 7.2 2600-2000 E 0.9 T 24c 於保源作医師の調査
於保源作医師の急性症状発症率調査「原爆残留放射能障碍の統計的観察」(広島)は,距離別,屋内・外の別,被爆後の入市(中心部)の有無により有症率が区分されているところ,熱線や爆風や残留放射線の影響が小さく,初期放射線の影響を比較的よく表しているといえる「原爆直後中心地に入らなかった屋内被爆者の場合」でも,2kmで30%の急性症状有症率があり,3km以遠においても多くの急性症状が発症している。
また,同調査結果によれば,中心地出入りなしの3km以遠で,屋外被爆者が屋内被爆者に比較して顕著に有症率が増加しており,初期放射線が3km以遠まで到達していることを物語っている。
さらに,同調査結果によれば,爆心地から1kmの中心地に出入りした被爆者は,4km以遠においても20%以上の有症率であるが,このことは,中心地への出入りにより強い放射線を浴びていることを裏付けており,中心部付近の残留放射線の影響が非常に大きかったことを物語っている。
d その他,遠距離被爆者の急性症状について調査した代表的な調査結果として,放影研の調査,横田賢一らによる2つの調査,原子爆弾災害調査報告集における剖検例,松谷訴訟の事例,原子爆弾症(長崎)の病理学的研究報告,濱谷正晴の作成の分析データー,佐々木秀隆らによる調査結果等,同様の傾向を示す多数の調査が行われており,遠距離にも初期放射線が到達し,しかも2km以遠でも死に値する程度の放射線が存在したことが裏付けられている。また,低線量被爆者群においても,白血病の死亡率が約1.6倍になるなど,相対リスクが高くなっていることが示されている。
e そして,これらの調査からは,被爆後の健康状態を想定するのは被爆距離ではなく,急性症状等から推測される実際に被爆した程度であることが分かる。このように,DS86やDS02に基づけば初期放射線がほとんど到達していないとされる2km以遠においても様々な急性症状が出ていたのであり,このことは動かし難い事実である。
この点に関し,1審被告らは脱毛についてストレスの影響を指摘するが,前記のとおり,脱毛の発症率は遮蔽の有無により異なっているのであって,遠距離被爆者の急性症状がストレスによる影響とは考え難い。なお,大規模空襲に遭った他の戦争被害者も惨状をまのあたりにしているが,これら空襲被害者に脱毛等の急性症状様の症状が出たとの報告はない。
また,前記各調査結果からして,これら遠距離被爆者の脱毛について,熱線の影響であるともおよそ考えられない。
以上のとおり,2km以遠でも脱毛といった急性症状が発生していることは明らかであるが,このような遠距離に放射線の影響が及ぶことについてDS86やDS02の初期放射線によって説明することはできない。
(ウ) 入市被爆者の放射線影響に関する各種調査結果とDS86・DS02
a 暁部隊
被爆直後入市した暁部隊の調査では,入市2日目ころから下痢患者が多数続出し,基地帰投直後白血球3000以下になる者がほとんどに及び,復員後の倦怠感や白血球の減少過半数などの症状が出ている。また,入市被爆者については白血病に罹患するものが非被爆者に比較して数倍に増加している。
b 於保源作医師による調査
於保医師の調査でも,屋内被爆者について爆心地から1km以内への出入りの有無の影響を比べたところ,脱毛や咽頭痛,皮粘膜出血などで,出入りした者の方が比率が増加している。しかも,有症率は,原爆投下直後から20日以内に中心地に出入りした人々がそれ以後に中心地に出入りした人々よりも高く,中心地滞在時間に応じて有症率が変化したことが判明している。
c 広島原爆戦災誌
広島原爆戦災誌編集室が昭和44年に行った,初期放射線の影響の考えられない地点にいて,原爆投下の当日ないし翌日に救援のために入市し,負傷者や遺体の収容等に従事した当時18~21歳の健康な男子青年233人に対するアンケート調査(残留放射能による障害調査概要)では,昭和20年8月8日ころから,下痢患者が多数続出し,食欲不振を訴え,救援終了後に基地に帰ってから,軍医により,ほとんど全員が白血球3000以下と診断され,下痢患者も引き続きあり,発熱,点状出血,脱毛の症状が少数ながらあったとされている。
そして,同アンケート結果によれば,復員後も,倦怠感(168人),白血球減少症(120人),脱毛(80人),嘔吐(55人),下痢(24人)を訴えており,これらの入市被爆者に生じた症状は,放射線の急性期障害と符合しており,入市被爆者がかなりの量の放射線を浴びたことが裏付けられている。
d 以上のほか,中央相談所報14号の記載,被団協のアンケート調査結果,三次高等女学校の入市被爆者についての調査報告書など,同様の傾向を示すものが存在し,これらの資料によれば,被爆当日や翌日の入市者において脱毛,下痢,倦怠感等の急性症状が発症しているのは珍しくないこと,被爆後一定期間過ぎた後も広島市内(約2km)一円は脱毛をもたらすような放射線汚染が継続していたと考えられること,白血病の発症者やがん死亡者もみられることが明らかとなっている。
e 以上のような入市被爆者に生じた急性症状については,残留放射線の影響を考慮せざるを得ない。前記のとおり,黒い雨や黒いすす,放射性微粒子がかなり広い地域に降下したことは明白な事実であり,入市者にとって,地上1mで計測されるガンマ線以外にも瓦礫から落剥・飛散した微小な片々,浮遊した土壌からの塵埃等が放射性物質として入市者の身体に付き,呼気とともに気道深くに取り込まれること,初期放射線中の中性子線によって,人体もまた誘導放射化され,重度被爆者や被爆直後早期に死亡した被爆死遺体は,正に高線量被曝体であり,看護や埋葬等に従事した入市者は,高線量の放射線を浴びた可能性が否定できないことを示している。従来考えられてきた脱毛発生の「しきい値」線量を絶対として,遠距離・入市被爆者の脱毛が被曝と関係がないと否定することはできない。
f DS86は,残留放射線の推定も行っているが,残留放射線の影響を無視ないし著しく軽視している。DS86では測定時期の制約から長寿命のセシウム137しか検討されていない。
また,残留放射線による内部被曝は重要で,爆発直後では短・中寿命放射性物質をも吸入・摂取した可能性は高い。そして,被爆者の当時の行動による個人差も大きい問題であり,DS86のように一律に無視できるといえるものではない。特に,空気中に漂ったり,地表に付着して,その後風で拡散してしまった放射性物質は,DS86で考慮されたような測定では知ることができない。そして,これらの放射性物質は,体内に取り込まれ臓器の近くで長期間にわたって直接放射線を浴びせるので,その与える影響は体外からの初期放射線よりも大であった可能性がある。
(エ) 遠距離・入市被爆者の急性症状を説明できないDS86及びDS02
以上のように,あらゆる調査において,遠距離・入市被爆者に放射線の影響による急性症状が発生しているのは疑いのない事実である。
しかし,上記のような遠距離被爆者や入市被爆者に生じた多数の急性症状につき,DS86やDS02による推定,しきい値論では説明がつかない。事実を説明することができないDS02やDS86の初期放射線だけに基づく被曝線量評価は科学的に誤ったものといわざるを得ない。
本来,原爆による放射線量を推定する基準であれば,現実に生じた結果から導かれるべきであり,少なくとも現実との乖離は許されない。しかるに,DS86は,前記のように,既に生じた被爆者らの被爆実態を無視し,コンピュータによるシミュレーションから生み出されている。その結果,被爆実態を反映しない基準となっている。
(5) 線量評価の誤り~残留放射線の軽視
審査の方針では,線量評価において,誘導放射能による被曝と放射性降下物による被曝の一部を考慮している(別表10)が,これは全く不十分なものである。前記のような遠距離被爆者や入市被爆者に生じた急性症状の実態からすれば,審査の方針が用いるこれらの線量評価が被爆者の受けた被曝線量を無視ないし著しく軽視していることは明らかである。
ア 放射性降下物とその影響
1審被告らは,放射性降下物が特に見られた地域は,広島の己斐・高須地区,長崎の西山地区に限定されており,その地域の被曝線量も非常に微量であり人体に影響がないなどと主張する。
しかし,それらの地域は「黒い雨」が集中して降った地域にすぎないし,それ以外の地域に降った「黒い雨」には放射性降下物が含まれていなかったとする合理的根拠はない。また,被曝線量の測定も地上1m地点での放射線量であり,さらに近い距離での被爆や,内部被曝を検討していないものであって,無視できるものと断定する根拠もない。なお,科学的には未解明であるが,低線量被曝が細胞レベルで影響していることが明らかにされており,それも原爆症の一因となっている可能性が否定できない。
イ 誘導放射線とその影響
1審被告らは,誘導放射線による外部被曝線量について,① 広島・長崎の原爆による初期放射線の中性子は,爆心地から600~700m程度を超えるとほとんど届かないため,それより以遠では誘導放射化が起こることはほとんど考えられない,② すべての原子核が放射化されるわけではなく,放射化されるのは,アルミニウム,ナトリウム,マンガン,鉄等の限られた元素であるうえ,それらの半減期は短い,③ 原爆投下直後は,市内は大火に包まれ,爆心地区に立ち入ることは現実には不可能であったから,実際に誘導放射線によって被曝をした者は限られていた,④ 原爆投下直後から現在に至るまで爆心地にとどまり続けているという現実にはあり得ない仮定をした場合でも,その積算線量は,広島で約0.50Gy,長崎で0.18~0.24Gyにすぎなかった,と主張する。
確かに,誘導放射化の作用は,中性子の捕獲によって生じるから,爆心地に近いほど土壌や地上物(建物や樹木等)を構成していた原子核が誘導放射化しやすいが,誘導放射化の作用を受けるものは,それだけでなく,空中にあった原爆容器や衝撃波・爆風やその後の火災による破壊によって粉塵となって浮遊したものも含まれるのであって,①は理由がない。
誘導放射化される原子核はすべての元素に及び,その半減期も決して短いものばかりではない。しかも,時間単位の半減期であるマンガン56やナトリウム24は,減りやすい反面,単位時間当たりのガンマ線の放出量が大きいから,早期に爆心地付近に入った者は,急速にガンマ線を放出しつつある時期に被爆することになり,短半減期の同位体に由来する誘導放射線が,その被曝線量に大きく寄与したのであって,②も理由がない。
③について,原爆投下直後,爆心地付近が一定時間,大火災に見舞われたことは確かであるが,全く入市が不可能であったわけではなく,X7も,被爆当日の夕方ころ,爆心地より0.5kmにあった西練兵場北側の第一陸軍病院(基町)に向かい,護国神社付近で野営している。
④については,1審被告らの挙げる誘導放射線の積算線量の由来が明らかでない上,推定の基礎となった測定や計算にも問題があるし,線量測定を地上1mを基準としている点も,ガンマ線は,距離の二乗に反比例して線量が低下することからして,入市被爆者の具体的な作業状況に合致するか疑問がある。
(6) 線量評価の誤り~内部被曝の無視
ア 内部被曝の重要性
審査の方針では,線量評価において外部被曝線量のみを考慮しており,内部被曝による被曝線量を特に算出していないが,内部被曝は,呼吸や飲食等を通じて人の体内に取り込まれて骨組織等に沈着し,放射性降下物が長期間にわたってアルファ線,ガンマ線,ベータ線等を放出し続けることによって,直接の被爆者だけでなく,入市被爆者の被曝の原因となっており,放射線被曝の態様の重要な一つであり,これを無視することは許されない。
イ 内部被曝線量の推定
1審被告らは,内部被曝による被曝線量は極微量で,その影響は無視しうると主張するところ,その根拠はDS86報告書の「セシウム137からの内部被曝線量」であるが,この研究は,セシウム137のみを対象としており,原爆によって生じたその他の放射性物質(未分裂の核物質,核分裂生成物,誘導放射化された物質)を測定していない点において不完全である上,半減期の短い放射性物質は,短い期間で大きな放射線影響を与えたはずであるが,これらについて一切考慮されていない。
ウ 外部被曝との機序の違い
外部被曝と内部被曝では,人体に影響を与える機序が全く異なり,内部被曝の場合,放射性物質に近接した周囲の細胞が集中的に放射線被曝を受ける(ホット・パーティクル理論)のであるから,当該細胞から見れば,高線量被曝であり,受けた線量が同じであれば影響に差がないとするのは実態を無視するものである。
エ 核医学診断に関する評価の誤り
1審被告らは,核医学診断が一般的に行われていることを理由に,内部被曝の健康影響が無視しうるものである旨強調するが,核医学診断においては,診断終了後,患者に投与された放射性物質を速やかに排出するための方策がとられ,放射性物質による内部被曝の影響を可能な限り少なくする努力が図られているし,核医学診断による内部被曝の影響(障害)が生じていないことの証明もなされていないのであって,内部被曝による健康影響を否定できるものではない。
(7) 低線量被曝について
ア 低線量被曝の存在
低線量被曝の人体影響については,現在においても未解明な部分が多くを占めている。これは低線量被曝の人体影響を疫学的に証明するためには1000万人規模の疫学調査が必要となり,疫学的側面からの裏付けが事実上不可能だからである。しかし,細胞レベルや動物実験レベルにおける研究においては,逆線量率効果やバイスタンダー効果,ホット・パーティクル理論,ゲノム不安定性等の現象が報告されており,これらの現象は低線量被曝の危険性を示唆するものである。
イ 逆線量効果
単位時間あたりの放射線量を線量率といい,培養細胞での試験管内がん化を指標にした研究では,同じ被曝線量であれば,長期にわたって被曝した場合の方が,リスクが上昇することが示されており,これを逆線量率効果という。確立した現象とまでは言い難いものの,少なくとも,1審被告らが主張するように,「総線量が同じであれば,時間をかけての被曝の方が,短時間の被曝(急性被曝)より影響が少ない」などとは断定できず,低線量被曝の人体影響が大きい可能性を示唆している。
ウ バイスタンダー効果とホット・パーティクル理論
バイスタンダー(細胞隣接)効果とは,被曝した細胞から周辺の被曝しなかった細胞へ遠隔的に被曝の情報が伝えられ被曝しなかった細胞にも遺伝的影響が及ぶ現象であり,1990年代半ばから指摘され,放射線による遺伝的効果の標的分子がDNAだけでないことを示唆している。加えて,低線量や低線量率照射の場合には,放射線を被曝しなかった細胞にも遺伝子(DNA)損傷が生ずることから,高線量や高線量率照射に比べ遺伝的効果リスクが高くなることを示唆するものであり,低線量放射線のリスク評価のために解決すべき重要な課題であるとされている。
1審被告らは,ホット・パーティクル理論について,① 国際放射線防護委員会(ICRP)によって否定されているとか,② ホット・パーティクル周辺の細胞は細胞死を来たし,以降の細胞分裂が起こらないため,がん化はあり得ないなどと主張するが,①については,ICRPもホット・パーティクル周辺では,局所線量が非常に高くなる可能性を認めていて,ICRPがホット・パーティクル理論そのものを否定しているわけではないし,②については,バイスタンダー効果を前提とすれば,異なった結論が考えられる。すなわち,ホット・パーティクルによる局所的な高線量被曝を受け,細胞死に至る細胞があるとしても,当該細胞の周囲には,細胞死に至らない更に多数の細胞が存在するのであるから,そのような細胞にバイスタンダー効果による遺伝的効果が生じ得るのである。
エ ゲノム不安定性
ゲノム(遺伝的)不安定性とは,放射線被曝によって生じた初期の損傷を乗り越え生き残った細胞集団に,“遺伝的不安定性”が誘導され,長期間にわたって様々な遺伝的変化が非照射時の数~数十倍の高い頻度で生じ続ける状態が続く現象であり,近年になり放射線による間接的な突然変異誘発機構としてのゲノム不安定性の誘導が注目を集めており,低線量域において影響を与える可能性が指摘されている。
オ まとめ
以上でみたように,低線量被曝の影響については,細胞レベルでは明らかに確認されているものの,人体全体への影響に関しては,解明途上であるというのが現在の到達点である。しかし,他方で,低線量被曝における人体影響が大きいことを窺わせる報告が多数存在することも事実であり,これらに全く考慮を払わない1審被告らの考え方は正当ではない。
(8) 1審被告らのしきい値論に基づく反論に対する再反論等
ア 1審被告らのしきい値論
1審被告らは,被爆者に現れた急性症状について,放射線による急性症状は,最低でも1Gy,脱毛については頭部に3Gy以上,下痢については腹部に5Gy以上被曝しなければ発症しないと主張する。
審査の方針によれば,1Gyの地点は,広島で1300~1350mの間,長崎で1450~1500mの間,更に脱毛の3Gy地点は,広島で1050m~1100m,長崎で1200~1240mの間,下痢の5Gyについては,広島で950m附近,長崎で1100m附近である。
1審被告らは,これを根拠にして,爆心地から2km以遠では,急性症状はあり得ないと主張する。
イ 1審被告らのしきい値論の基本的問題点
(ア) 放射線常識論の問題性
1審被告らは,上記のようなしきい値を「今日における放射線医学における疑う余地のない常識」であると主張する。しかし,被爆者において,3Gy未満であれば,その脱毛が放射線被曝とは無縁であるとは,1審被告らとこれを支持しようとする一部の学者を除いて誰も考えていない。
(イ) 被曝実態の相違
1審被告らが主張する脱毛や下痢のしきい値線量は,放射線取扱い施設における臨界事故や原子力発電所事故などの経験から得られたいわゆる「急性放射線症候群」において理解されているしきい値線量とみられるが,これらの被曝態様は,短時間の高エネルギー放射線照射によるとみられる。これに対し,原爆被曝は,数キロメートルにわたる市域全体が瞬時に一大照射域となり,引き続き放射性物質に満ちた一大線源域となり,個々の被爆者は照射瞬間から持続的に短・長半減期の放射性同位元素にとらわれ,しかも,外部のみならず,複雑な内部被曝にさらされたものであり,被曝実態が異なるのである。以下,脱毛3Gy論及び下痢5Gy論を中心に反論する。
ウ 脱毛3Gy論批判
1審被告らの主張によれば,広島では,1.1km以遠での脱毛は放射線被曝と無縁ということになるが,東京帝大医学部診療班報告書によれば,放射能傷909例中,707例に脱毛が認められており,そのうち1.1km以遠が475名(67.2%)に上っており,1審被告らの主張とは全く乖離している。のみならず,DS86の線量と脱毛との相関を調べた図によっても,脱毛が3Gy未満では生じないとする主張は成り立たない。
また,1審被告らは,被爆者に脱毛が生じる時期を,「2~3週間後にバサッと大量に抜ける」と主張しているが,被爆者の聞き取りや,諸調査報告でも,必ずしもそのような形に限定されておらず,髪を梳いた時に抜けた,朝,枕にたくさん毛髪がついていた,周りに指摘されて気づいた等,多様である。したがって,1審被告らの主張するパターン以外の脱毛は,被曝によるものではない等とは到底いえない。
エ 下痢5Gy論批判
原爆被害においては,半致死線量(50%死亡線量)は約4Gyとされており,1審被告らの主張によれば,瀕死の被爆者にみられる下痢も放射線被曝とは無縁となる。また,東京帝大医学部診療班報告書では,下痢発症者総数480名中,1.1km以遠の下痢発症者が344名いるが,それも全て被曝と無縁となるが,合理的な議論とはいい難い。
なお,消化器症状(下痢)は,被曝の直接的な腸粘膜障害によるばかりではなく,被曝による自律神経系・内分泌系の影響も反映していると見られ,下血よりも高頻度になるとともに,距離や遮蔽による減衰が緩徐となる。
(9) 原因確率の問題点
ア 原因確率の根拠
厚生労働大臣が原爆症認定を行うに当たっては医療分科会の意見を聴かなければならないが,医療分科会は,審査の方針を用いて放射線起因性の判断を行っているところ,この審査の方針の原因確率は,児玉報告書の寄与リスクの数値を転用している。そして,寄与リスクは,白血病,固形がんについては,放影研が公開している死亡率調査,発生率調査のデータを使っている。
イ 放影研の疫学調査の問題点
放影研の行っている寿命調査や成人健康調査は,疫学調査(コホート研究)であり,死因調査である寿命調査については10万人以上,発症率調査である成人健康調査についても2万人に及ぶ調査集団を設定し,その後約50年にわたって継続して調査をしているが,以下のような問題がある。
(ア) 線量評価の誤り
放影研の疫学調査は,現実との乖離が甚だしく,その正確性に問題があるDS86に基づいて被爆者の初期放射線量を推定している上,残留放射線や内部被曝を全く無視している。
(イ) 疫学調査の手法の誤り
a 対照群設定の誤り
疫学調査のコホート研究によってある要因の影響を特定するためには,他の条件が一致している非曝露群を対照群として,曝露集団との比較をして,非曝露群に現れる罹患・死亡を基礎として,曝露集団に現れた現象について,用量―反応関係を分析する必要がある。被爆者に対する疫学調査の設計を提案したフランシス委員会の勧告においても「被曝線量の最も少ない群における放射線の影響は,非被爆者と比較せねば推定できない」として,非曝露群の設定及び非曝露群との比較が構想されていた。
しかし,放影研は,リスクの分析において,対照群(非曝露群)を設定せず,曝露群について回帰分析を行い,得られた回帰式から想定上のゼロ線量における罹患率等を推定し,バックグラウンドリスクとしている(ポワソン回帰分析に基づく内部比較法)。
このような手法を用いるためには,線量反応関係が正しく把握されており,かつ,集団の線量が正確に把握されていることが絶対条件であるところ,既述のような問題のあるDS86を線量評価に用いているなど,その条件を満たしておらず,誤った結論を導くものであることは明らかである。
また,放影研の疫学調査では,放射性降下物を浴びたかどうか,原爆投下後にどのような行動を取ったか,内部被曝をした可能性がどの程度あるかといった点を区別せずに扱っており,調査設計の構造上,低線量被曝のリスク,放射性降下物によるリスク,残留放射線によるリスク,内部被曝によるリスクを持った集団同士の比較をすることとなって,初期放射線以外の被曝のリスクの分だけ原爆放射線のリスクが過小評価され,その結果,バックグラウンドリスクを過大評価することになる。
b 死亡率調査を基本としていること
放射線起因性の判断においては,現に生きて苦しんでいる被爆者の疾病が原爆放射線の影響によるものであるかが問題となる。ところが,放影研の疫学調査及び児玉報告書では,死亡率調査を解析の基礎とし,死亡の直接原因となった疾病のみを抽出しているため,死亡に直結しない疾病が見落とされることになる(例えば,がんに罹患した被爆者が交通事故で亡くなれば,死因は単なる事故死となる。)。
また,調査対象の観察期間についても,発症までの期間を用いず,死亡までの期間を用いている疑いがあり,がん発生に関する放射線の影響が過小評価されている。
c 調査開始までの被爆者の死亡を無視する誤り
昭和20年12月までに死亡した被爆者数は約11.4万人とされており,全被爆者の3分の1程度は死亡したことになる。すなわち,調査開始時点である昭和25年ないし昭和33年までの間に,放射線感受性の高い被爆者は死亡しており,調査開始時に生存していて調査対象となった被爆者は,放射線感受性が低い被爆者に偏っていた可能性がある。そうだとすると,平均的な被爆者を調査対象とした場合よりも,放射線の影響が表面化しにくいことは明らかである。
また,放影研の寿命調査集団については,昭和25年までの死亡者,成人健康調査集団については,昭和33年までに死亡した被爆者の調査は行われていない。すなわち,昭和20年8月から調査が開始されるまでの5年間(寿命調査),あるいは13年間(成人健康調査)の間に放射線障害を始めとする被曝に起因するなにがしかの原因により死亡してしまった数十万人もの被爆者は,調査の対象になっていない。このように,放影研(ABCC)による調査は,いわゆる「生き残り集団」しか対象とされていないという,大きな欠陥を持っており,放射線の影響を過少評価している可能性が十分にある。
(ウ) 原因確率の算出に当たっての誤り
原因確率の算出の基礎とされた疫学調査に前記のような問題がある上,審査の方針においては,放射線白内障以外について,その疫学調査で考慮されていた中性子線の生物学的効果比が無視されており,被曝線量が過小評価され,寄与リスクを低下させている疑いがある。
(エ) 結論
以上にみたように,放影研の疫学調査には,個々の被爆者の被曝線量評価に誤りがあり,さらに疫学調査の手法自体にも多くの問題点を抱えており,このような疫学調査を基にして,被爆者の疾病に原爆放射線がどれだけ寄与しているかを示す原因確率という指標を正確に導くことは不可能である。
ウ 疫学調査結果を原爆症認定基準に用いることの問題点
(ア) 個人における疫学的要因の意味
疫学は,集団における健康事象の観察を通して,その集団における健康事象の発生要因を究明するものであって,ある共通要因を持つ集団で,その要因がある疾病発生の原因であると判定された場合は,その集団に属するすべての個人がその疾病にかかる危険性にさらされていたことを表すが,個人が当該要因が原因で発生したことを示すものではないし,逆にその要因が発生に関与していないとして関連を否定することもできない。
(イ) 寄与リスクの大きさを個人の放射線起因性否定の基準にすることの誤り
被爆者(曝露群)は,全員が放射線の曝露を受けており,その影響を発現する危険(リスク)を付加されている。寄与リスクが認められる限り,集団についてのリスクがいくら小さくても,罹患した・*や死亡した・*だけが付加されたリスクを負ったのではなく,その集団のすべての個人の罹患や死亡のリスクが高まったと考えるべきである。
したがって,原爆症認定に当たり,寄与リスクが小さいからといって,その要因はその群に属するある個人の発症原因を構成していない(あるいは無視することができる。)とし,寄与リスクの小さい群について全員を認定しない(起因性を否定する)のは誤りである。
(ウ) 原因確率概念についての疑問
疾病の発症に関わる要因は多数あり,互いに関連しながら,相乗あるいは相加,時には相殺効果を示しながら,多くの要因が総体として疾病の発症に作用している(疾病の多要因性)。ある個人が新たな要因に曝露されたとき,以前から持っていた要因(群)との間に新たな関係が作られ,新たな要因群が形成され,疾病の発症に関与することになる。新たに負荷された要因が,以前からあった要因とは関係なく,独自にその個体の発症に関わって発症するかしないかを決めるというわけではない。
これに対し,審査の方針に用いられている原因確率とは,個人に発生したがんについて,着目している個々の要因がその個人のがんの発生要因としてどの程度関係しているかについての寄与率を表すもの,すなわち,ある要因が他の要因とは独立して,個々人の疾病(がん)の発症に作用し,当該疾病を発症させた確率とされている。しかしながら,疾病の多要因性にかんがみれば,このような原因確率という概念それ自体に疑問を持たざるを得ない。
(エ) 統計学的有意性,信頼区間の扱いに関する疑問
また,審査の方針では,「統計上有意とはいえない」あるいは「信頼区間が広い」というだけで,疫学研究でその疾病について観察された寄与リスクよりも低い値が原因確率として割り当てられている。
しかし,有意性検定における危険率や区間推定する場合の信頼係数の大きさは,統計学によって論理的に決定されるものではない。要因と影響の関連性を厳密に追求しようとする疫学的研究では危険率を厳しく設定して「有意な差が認められなかった」との慎重な結論をしたとしても,それは,他の目的・分野での判断を拘束するものではなく,それぞれの判断基準はあっていいはずである。なお,「有意差が認められない」という意味は,差があることを否定したものではなく,差があることの判断を保留したものである。
この意味でも,原因確率を起因性判断の決め手とすることには大きな疑問がある。
(オ) 疫学調査結果を個人に当てはめることの問題点
被爆者には,放射線感受性の強い者もいれば弱い者もいる。疫学調査という集団のデータを解析した結果を個々の被爆者に当てはめることは,このような個体差を無視することになる。
(カ) 認定審査の運用
ところが,医療分科会における放射線起因性の判断の運用は,ほとんどを原因確率に依拠している。
この点,1審被告らは,原因確率が50%を超える場合は,放射線起因性があると推定し,原因確率がおおむね10%未満である場合には,放射線起因性の可能性が低いものと推定することとした上で,これらを機械的に適用して判断するのではなく,更に当該申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で判断を行うものと繰り返し主張している。
しかし,実際の運用は異なり,原因確率が10%未満の場合には原則的に却下され,10%以上の場合は大体のところはまず認定されている。
エ まとめ
ある集団の寄与リスクの大小それだけでは,その集団に属する特定個人の発症原因を特定することができないのであるから,寄与リスク(原因確率)の大きさを個人の起因性を「否定」するための判断基準に用いることは誤っているというほかない。
そもそも,既述のとおり放影研の疫学調査結果には大きな問題があり,個人の起因性の判断に当たってこれを参考にすることは許されても,これを唯一の基準とすべきではない。臨床医学や放射線生物学などを始めとする幅広い分野の学問研究の成果と視点を取り入れて,被爆者に生じた現実の症状を検討していくことが必要である。
(10) 審査の方針の不合理性
以上のとおり,原爆症認定には審査の方針という基準が用いられているところ,審査の方針は,児玉報告書を基に作成されたものであり,同研究は放影研の疫学調査を基に作成されている。しかしながら,放影研の疫学調査は,その調査手法自体に様々な問題点を含んでおり,しかも,根本となる線量評価においてDS86という重大な欠陥を抱えた線量評価基準を用いている。このように多くの問題点がある放影研の調査を基に作成された審査の方針や原因確率が,原爆症認定行政において用いられる経験則として合理性を有するものでないことは明らかである。
5 あるべき認定基準
(1) 基本となる考え方
これまで論じてきたところからして,原爆症認定制度において,放射線起因性の判断は,原因確率論やしきい値論に基づくものであってはならないことは明らかである。この点,松谷訴訟最高裁判決は,放射線起因性について,被爆者の被爆状況,被爆後の状況,病歴,病態等を総合的に判断すべきであると結論付けている。そして,その具体的内容は,東訴訟控訴審判決の判示する以下のような考え方が基本的考え方として妥当である。
ア 放射線の人体に与える影響については,その詳細が科学的に解明されているとはいい難い段階にあり,また,原子爆弾被爆者の被曝放射線量についても,その評価は推定により行うほかないのであって,放射線起因性の検討,判断の基礎となる科学的知見や経験則は,いまだ限られたものにとどまっている状況にあるといわざるを得ない。
イ 原爆放射線による後障害の場合には,個々の症例を観察する限り,放射線に特異な症状を呈しているわけではなく,その症状自体をもって放射線起因性を見極めることは不可能である。
ウ 一定の被爆(被曝)集団について観察した場合に,ある特定の疾病がその集団において発生する頻度が高いことがあり,そのような疾病については,放射線に起因している可能性が強いと判断されるところ,放射線後障害については,このような統計的解析によってその存在が初めて明らかにされるという特徴が認められる。
エ 1審原告らの疾病が放射線起因性を有するか否かを判断するに当たっては,1審原告らが原爆放射線を被曝したことによって上記疾病が発生するに至った医学的,病理学的機序の証明の有無を直接検討するのではなく,放射線被曝による人体への影響に関する統計的,疫学的な知見を踏まえつつ,1審原告らの被爆状況,被爆後の行動やその後の生活状況,1審原告らの具体的症状や発症に至る経緯,健康診断や検診の結果等を全体的,総合的に考慮した上で,原爆放射線被曝の事実が上記疾病の発生を招来した関係を是認することができる高度の蓋然性が認められるか否かを検討することが相当である。
オ 病理学,臨床医学,放射線学等の観点から個別的因果関係の有無を判断することには一定の限界があるというべきであり,その点に関する立証を厳密に要求することは不可能を強いることにもなりかねない。
また,放射線の人体に与える影響については,その詳細が科学的に解明されているとはいい難い段階にあり,放射線起因性の検討,判断の基礎となる科学的知見や経験則は,いまだ限られたものにとどまっている状況にあること,さらに,人間の身体に疾病が生じた場合,その発症に至る過程には多くの要因が複合的に関連していることが通常であり,特定の要因から当該疾病の発症に至った機序を立証することにはおのずから困難が伴うものであることなど総合的に考慮しなければならない。
カ 大量の初期放射線の被曝,誘導放射線の被曝,残留放射線により放射化した塵や煤等や放射性降下物等が含まれた可能性のある水を摂取したことによる内部被曝の影響については,放射線の人体に与える影響の詳細が科学的に解明されているとはいい難い段階にあり,放射線起因性の検討,判断の基礎となる科学的知見や経験則はいまだ限られたものにとどまっている状況にあることも十分考慮されなければならない。
(2) 原爆症認定のあり方
ア 治療指針の有効性と被爆者の疾患の特徴
原爆症認定のあり方については,先にも述べたとおり,被爆後13年目の昭和33年8月13日に出された治療指針が適切な指針を示しており,その観点に加え,被爆者の疾患の特徴として,① 被爆者には単一がんのみならず多重がんが発生する可能性が高いこと,② 前立腺がんの発生率が被爆者に高い可能性があること,③ がん以外の疾患でも死亡と罹患率が最近増加傾向にあること,④ 良性の甲状腺疾患についても放射線起因性が強く示唆されていること,⑤ 慢性肝炎及び肝硬変についても放射線起因性が強く示唆されていること,⑥ 白内障についても有意な線量反応関係が認められ,これまで確定的影響の下にあると考えられていた放射線白内障が確率的影響の下にあることが示唆されていること,⑦ 熱傷・外傷後障害と原爆放射線の関係,さらに,⑧ 要医療性の判断に当たっては主治医の意見が十分尊重されるべきであることはもとより,被爆者に異時多重がんが多く見られることからすれば,十分な追跡期間が必要であることが考慮されるべきである。
イ あるべき認定基準
以上を前提に,① 原爆放射線による被曝又はその身体への影響が推定できるとの要件が認められ,② 原爆被爆後に生じた白血病などの造血器腫瘍,多発性骨髄腫,骨髄異形成症候群,固形がんなどの悪性腫瘍,中枢神経腫瘍のいずれかに罹患している場合,③ 原爆放射線の後影響が否定できず,治療を要する健康障害が認められる場合において,現に医療を要する状態にある場合には,原爆症と認定されるべきである。
(3) 放射線起因性に関する判断に当たっての留意点
さらに,放射線起因性に関しては,以下の点に留意すべきである。
ア 被爆者の発がんについて
(ア) 被爆時年齢
被爆時年齢が低いほど発がんリスクが高くなる傾向が明らかとなっている。
(イ) 多臓器における発がん
放射線は細胞分裂が旺盛な組織において最も染色体異常を生じやすい。放影研の調査によっても,ほぼすべてのがんにおいて時期を経るに従って(正の)相関関係が確認されてきており,男性では肺がん,胃がん,肝がん,大腸がん,女性では大腸がん,胃がん,肺がん,肝がんなど,非被爆者と比較して有意に高い発生率を持つことが示されている。
(ウ) 被爆と白血病
白血病は被爆後障害の代表となっているが,白血病のうちでも骨髄球性白血病が被爆者白血病の特性と見られた。現在では被爆者においてMDS(骨髄異形成症候群)のリスクが高いことが確認されている。被爆者MDSは被爆時年齢が若年であるほど,そして70歳台を発症のピークにしていることが明らかになっている。
(エ) 多重がん
被爆者においては,原爆放射線誘発・発癌が多臓器にわたって高リスクであることが明確となってきており,また,発がんには一般に加齢(高齢化)が影響していることから,高齢化する被爆者においても,多重がんの高リスク発生が予想されてきた。
イ 非がん性疾患について
非がん性疾患についても被爆との関連が指摘されてきている。
(ア) 動脈硬化性心疾患(心筋梗塞)
成人健康調査(第8報)は,被爆時年齢40歳未満の群で,心筋梗塞と被爆との有意の関係を指摘している。
(イ) 慢性肝疾患
放射線を負荷された被爆者の肝組織は,C型肝炎ウィルスの関与の下で慢性肝炎の発症と進行を早めていると考えられている。すなわち,被爆とC型肝炎ウィルスとの共同成因である。しかし,現時点ではこの点について一点の疑義もない自然科学的証明が可能になっているわけでもない。
(ウ) 白内障
被爆者白内障は,被爆後,数か月から数年で発症し,その後の発症は明確でなかった。しかし,成人健康調査(第8報)では遅発性原爆白内障が確認されている。従来,老人性白内障は放射線の影響を受けるとの所見は得られていなかったが,この点についても認識を新たにする必要が出てきている。
ウ 全体的・総合的考慮の必要性
がん及び非がん性疾患において,同一病名の疾患については,病理学的にも臨床経過上も,被爆,非被爆の区別は一般にはできない。疾患の診断は被爆者も非被爆者ももともと共通の診断基準に基づいて行われるものであり,放射線起因性は,疫学の助けを借りつつ,1審原告らの疾病発症の経過を踏まえて判断されるべきものである。ところが,被曝線量と疾患との線量反応関係を前提とする場合,厳密な定量化が困難な臨床的特性は,被爆との疫学的関連性が明確となりづらい。そのような事情を踏まえれば,一般的に放射線起因性の判断は「全体的・総合的」考慮とならざるを得ず,疫学的検討もまた,それらをサポートする手段として援用されるべきものである。
(4) 要医療性
被爆者援護法10条にいう「現に医療を要する状態にある」との点は,医学的に見て,何らかの治療効果を期待し得る可能性を否定することができない場合には,これに該当するというべきである。
すなわち,放射線障害を有する被爆者に対しては,症状の推移を見守る意味においても医師による長期の観察が必要であり,治療方法についても研究の余地が残されていることのほかに,治療指針が治療上の一般的注意として指摘しているように,原爆被爆者の中には,自身の健康に関し絶えず不安を抱き神経症状を現すものも少なくないので,心理的面を加味して治療を行う必要がある場合もあることを考慮すると,医学的に見て何らかの医療効果を期待し得る可能性を否定することができないような医療が存する限り,要医療性を肯定すべきである。放射線起因性の認められる被爆者に対しては,効果の期待し得る可能性を否定することができない治療を施しながら研究を重ねる態度が望まれるのであって,その態度こそがあらゆる可能性を求めて治療に努めるべき医の倫理にかなうものというべきである。
(5) まとめ
以上に述べたところや松谷訴訟最高裁判決等の結論からすれば,申請疾病の原爆放射線起因性の判断にあたっては,① 申請に係る症状が,原爆による被曝との関係が存する可能性があると見ることに相応の根拠があり,疫学的にもこのことを根拠づけることができること,② 認定申請した者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動状況,生活環境,被爆直後に生じた症状の有無,内容,程度,態様,被爆後の生活状況,健康状態等を全体的,総合的に考慮した上で,原爆放射線被曝の事実が申請に係る疾病の発生を招来した関係を是認できること,③ 申請疾病が発症又は進行した原因として考えられる他の具体的な原因が見あたらないことなどから放射線起因性を認めるのが相当な場合,また,④ 要治療性の判断に当たっては,主治医の判断を尊重し,抜本的治療方法がなくても当該原爆症の症状を緩和させる医療の必要性が肯定されるような場合には認めるべきである。
【1審被告らの主張】
1 原爆症認定と審査の方針
(1) 被爆者援護法に基づく原爆症認定審査
厚生労働大臣が原爆症認定を行うに当たっては認定審査会の意見を聴かなければならないところ,同審査会には医療分科会が置かれ,厚生労働大臣が指名する委員及び臨時委員は,放射線科学者や,現に広島・長崎において被爆者医療に従事する医学関係者,さらに内科や外科等の様々な分野の専門的医師等から指名された者であり,疾病の放射線起因性や要医療性の判断について高い見識を有する者である。厚生労働大臣は,このような専門家で構成された医療分科会の意見を慎重に検討した上で,原爆症認定を行っている。
(2) 審査の方針
医療分科会は,放射線起因性及び要医療性の判断の方針として審査の方針を定めているが,これは,原爆症認定に当たって目安となる方針であって,医療分科会の委員が審査に当たり,共通の認識として活用する趣旨のものである。この審査の方針が定める放射線起因性の判断方法は,以下のとおりである。
ア 審査の方針においては,「原爆放射線起因性の判断に当たっては,申請疾病における原因確率及びしきい値(生体反応を引き起こす限界線量)を目安として,当該申請疾病の原爆放射線起因性に係る高度の蓋然性の有無を判断する」こととしている。原因確率とは,原爆放射線によって誘発された疾病発生の割合のことであり,しきい値とは,確定的影響(ある一定の線量以上の放射線に被曝すると影響が出現し,線量の増加に伴い症状が重篤になるもの,白内障や脱毛などが典型例)において被曝による症状の発生するための最低限の線量をいう。審査の方針においては,95%信頼区間を設定している。
イ 原因確率は,疾患,性別の区分に応じて適用される原因確率表により,推定被曝線量と被爆時の年齢によって算定する。推定被曝線量は,初期放射線による被曝線量に,残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量を加えて算定する。
ウ 求められた原因確率がおおむね50%を超える場合は,当該申請疾患について,一応,原爆放射線による一定の健康影響の可能性があると推定し,原因確率がおおむね10%未満である場合には,当該可能性が低いものと推定することとした上で,これらを機械的に適用して判断するのではなく,更に当該申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で判断する。
エ 原因確率等が設けられていない疾病等に係る審査に当たっては,当該疾病等には,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を判断する。
(3) 原爆症認定における審査の方針の意義
放射線起因性の判断は,科学的・医学的知見に基づいて行わなければならず,審査の方針において,放射線起因性の判断をするために用いられる,原因確率,被曝線量等は,いずれも,原子物理学,放射線学,疫学,病理学,臨床医学等の高度に専門的な科学的・医学的知見に基づくものである。
そして,放射線起因性の判断は,訴訟上の因果関係として「高度の蓋然性」によって決されるべきであるが,審査の方針は,原因確率がおおむね50%以上である場合には,放射線起因性を推定することとし,これを緩和して,被爆者援護法の趣旨から可及的に原爆症認定をしようとする観点も加味している。
個別具体の事案においては,原因確率の算出に当たって考慮されていない要因による放射線起因性に配慮するため,申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等も総合考慮している。
したがって,厚生労働大臣のした原爆症認定申請に係る判断は,専門家によって構成される被爆者医療分科会において,医学的・科学的合理性に基礎付けられ,また,可及的に原爆症認定をしようという被爆者援護法の趣旨を加味した審査の方針を目安として形成された意見を尊重してされたものということができる。
(4) 1審原告らの主張に対する反論
1審原告らは,放射線起因性の判断について,放射線に影響があることを否定し得ない疾病等に罹り,医療を要する状態となった場合には,放射線起因性が推定され,放射線の影響を否定し得る特段の事情が認められない限り,その疾病等は原爆放射線の影響を受けたものとして原爆症認定がされるべきである旨主張するが,失当である。
放射線の人体に与える影響について未解明の部分があることは否定し得ないが,経験則に照らした上で高度の蓋然性の立証が必要である以上,現時点において専門的知見として確立している科学的・医学的な知見を経験則として判断の基礎とすることは不可欠である。1審原告らの上記主張は,現時点において確立していない学説等により放射線起因性を判断することを許容するばかりか,放射線と疾病との関係が不明である場合についてまで放射線起因性を肯定するに等しく,科学的・医学的にみて正当とはいえない。また,1審原告らの主張は,放射線起因性がないことの立証責任を行政庁側に負担させることになるが,被爆者援護法にそのようなことを窺わせる規定は存しないし,松谷訴訟最高裁判決の趣旨にも整合しない。なお,科学的調査や疫学調査のデータは一般に公開されており,証拠の偏在ということもない。
1審原告らの上記主張は,その根拠を含めおよそ採り得ない失当なものというべきである。
2 審査の方針における初期放射線の評価の正当性(DS86の正当性)
(1) 初期放射線による被曝線量の算定
審査の方針は,初期放射線による被曝線量について,別表9に定めるとおりとするものとされているが,認定審査会においては,より厳密な審査会線量推定表に基づいて被曝線量を算定している。
審査の方針における別表9及び審査会線量推定表は,DS86により求められた数値に基づいており,平成15年3月にDS86を更新する線量推定方式としてDS02が策定され,その策定に当たってされた研究によってDS86の評価方法の正当性が検証されている。
(2) 原爆放射線量推定方式の経緯
ア DS86開発の経緯
T65Dには,測定データに基づく推定・評価システムであることによる問題点(ネバダ核実験場と広島及び長崎と湿度の違い,原爆の種類の違い,遮蔽推定精度の不足等)があった。
そこで,日米で線量再評価検討委員会と上級委員会が設置され,共同してこの問題に当たることとなり,昭和61年に日米合同上級委員会において新しい線量評価システムとしてDS86が策定された。これは,大型コンピュータによる数値計算を主体としたシミュレーションを用いて,広島・長崎の初期放射線量を推定・評価するシステムである。
イ DS02策定の経緯
DS86の開発により,被爆者の放射線量がほぼ正確に推定できるようになったと考えられたが,DS86公開後に行われた放射化分析による熱中性子の測定結果において,広島における爆心地から1000m以遠の遠距離における熱中性子の試料の測定値とDS86による計算評価値とが異なるという内容の報告がされ,その中には,爆心地から1400mの位置において,測定値が計算値の10倍以上の違いがあるとの報告もあった。そこで,この不一致の解明をすべく,日米の原爆放射線量評価実務研究班によって,引き続き個別に研究が進められ,その知見を集積・統合し,平成15年3月,DS86を更新する線量推定方式としてDS02が策定された。
DS02は,DS86における評価方法を踏襲した上で,更に進歩した最新の大型コンピューターを駆使し,最新の核断面積データ等を使用し,かつDS86よりも緻密な計算を用いることにより,DS86よりも高い精度で被曝線量の評価を可能としたものであって,DS02策定に当たりされた研究は,DS86の評価方法の正当性を改めて検証する結果となった。
(3) DS86の概要とその正当性の根拠
ア DS86の概要
原子爆弾(原爆)による初期放射線は,物理法則に従って発生し,容器の外部に射出(漏出)し,空中を伝播(輸送)し,地形,家屋,人体等により遮蔽されて人体各臓器に到達する。放射性物質が核種によりどの程度の放射線を出してどの程度の時間で変化するかも,物理法則に従うものである。
原爆の初期放射線の飛散状況は,このような放射線物理学等の近時の科学的知見によって十分解明されるに至っている。これらの科学的知見を集積して完成したのが,DS86による被曝線量推定システムであり,広島・長崎の被爆者データを放射線防護の基準の考察に用いることを目的として開発されたものである。
イ 原爆出力の推定
広島・長崎に投下された原爆の出力は,投下時のデータの大部分が失われているため直接の測定値は得られていないが,複数の推定方式を用いた結果,広島原爆の出力は15kt,誤差は±3kt,長崎原爆の出力は21kt,誤差は±2ktの範囲にあるとされた。
ウ 被爆者の被曝線量の推定
DS86は,原爆の爆弾としての出力,ソースターム(爆弾から放出される粒子や量子の個数及びそのエネルギーや方向の分布),最新の計算方法による空気中カーマ(被爆者の周囲の遮蔽を考えない場合の被曝線量),遮蔽カーマ(被爆者の周囲の構造物による遮蔽を考慮した被曝線量),臓器線量(人体組織による遮蔽も考慮した被曝線量)の計算モデルを統合し,被爆者の遮蔽データを入力して臓器の吸収線量(吸収した放射線のエネルギーの総量で,単位はGy<グレイ>で表される。)など各種の線量を計算するシステムである。当時としては,最高の大型コンピュータを駆使し,原爆放射線を構成するガンマ線や中性子線の光子や粒子の1個1個の挙動や相互作用を最新の放射線物理学の理論によって忠実に再現し,膨大な計算結果に基づいて,最終的にすべてのガンマ線と中性子線の動きを評価するものであって,その信頼性には極めて高いものがある。そして,原子力発電所や医用放射線の線量推定にも応用されてきている。なお,DS86の策定に際しては,3個製造された広島原爆の外殻のうち,使用されずに保管されていた残りのものを利用して製作された原子炉を原爆の複製(レプリカ)として使い,「爆弾自体の内部における状況を再現」するなど,日米の合同の研究グループが可能な限り当時の状況を再現して開発したものである。
(4) DS86の問題点をめぐる議論
ア ガンマ線の測定値と計算値のずれ
原爆放射線の中心を占めるガンマ線について,熱ルミネセンス線量測定法(煉瓦等に含まれる石英等の物質が浴びた放射線量の測定法)を用いて測定した結果,広島においては爆心地から1000m以遠でDS86の計算値より大きく,近い距離においては逆に小さくなっているが,長崎においてはこの関係は逆になっている。しかしながら,これは細部における傾向であって,全体としては測定値とDS86はよく一致していると考えられている。
イ 中性子線の測定値と計算値のずれ
中性子線の検証には,線量を直接測定する方法はないため,中性子によって特定の物質中に生成された特定の放射性物質の放射能を測定し,この測定値とDS86の計算値との比較を行った。その結果,熱中性子線誘導放射能(ユウロピウム152,塩素36)の測定値とこれに対応するDS86の計算値との間には系統的なずれが見られ,爆心地からの近距離では計算値の方が測定値よりも高く,遠距離では逆になっていた。この傾向は明瞭であり,DS86が策定されて以降,測定値の数が増加するとともに,広島においてこのずれが顕著なものとなってきた。長崎においては,系統的なずれを示さないデータと,広島と同様のずれを示すデータとの両者がある。
(5) DS02の策定によるDS86の正当性の検証
以下のような各種の研究の結果を踏まえたDS02において,各測定値の検証やバックグラウンドによる測定自体の誤差等が検討され,バックグラウンドの評価を丹念に行い,バックグラウンドによる影響を極めて低くした精度の高い測定を行うなどした結果,DS86による計算値と測定値のズレは,測定に当たって対象外の放射線源から発せられる放射線が計測されるという測定方法の問題であって,DS86の問題ではなく,正確に測定された測定値とDS86による計算値とがよく一致していることが確認された。
ア 放射線量の再計算
(ア) 出力の推定
DS02においては,爆弾の出力を計算するための最新の理論計算により再計算がされ,広島型原爆の出力が15kt~16ktに修正されたほか,放射化測定値を最適化するプログラムの開発により,爆発高度が580m~600mに修正された。なお,これらの修正は,爆心地から近距離の線量評価に影響を与えるが,爆央から1000m~1500mの距離になると線量評価に大きな影響を与えない。修正の結果,爆心地近辺での線量の計算値と測定値とがよく一致するものとなった。
他方,長崎型原爆は,DS02の再検討においてもDS86時とほぼ同様の結果が示され,出力・爆発高度ともに再考の必要性はなかった。
(イ) ソースタームの評価
ソースタームは,現代の最新の放射線物理学に基づき,核分裂で放出された放射線が爆弾の外殻材料を透過した後のエネルギー分布や方向分布を算定したものであるが,新しい核断面積データ等を用いて,エネルギー分布をより精緻にし,高い精度の結果を得た。すなわち,DS02においては,長崎型原爆において43%,広島型原爆において31%,即発ガンマ線のモル数が増えたが,即発ガンマ線のガンマ線全体に対する割合は約4%にすぎず,合計ガンマ線の約1%の増加にしかならないということが明らかとなった。
その結果,DS02の中性子,ガンマ線のソースタームは,全体的にDS86とよく一致しているとの結論に至った。
なお,DS02による出力修正の影響は,もともと,12kt~20ktというDS86時の広島型原爆の出力の推定誤差の範囲内の変更にすぎないので,DS02による出力推定の修正は,ソースタームに影響しない。
(ウ) 空中輸送計算(空中伝播計算)
DS02における即発放射線に関する空中伝播計算は,DS86よりもエネルギーや距離・角度の分布につき細かく計算され,中性子199群,ガンマ線42群の核断面積データが離散座標法による計算に使用された。また,離散座標法により求められた放射化量及び線量の分布については,モンテカルロ法の計算結果と比較され,2つの解析法の一致度は1500mまで±10%の範囲に収まった。また,DS02においては,遅発放射線の計算についても,DS86開発時よりも優れた計算方法により求められた。
DS02により求められた中性子線・ガンマ線の空気中カーマ線量は,DS86と比較して,2.5kmの範囲において10%未満の違いであり,爆心地からの距離が1000m~2500mの空気中カーマ線量の合計もDS02による計算値がDS86に比べ広島で平均7%,長崎で平均約9%高いという結果が得られ,その結果,DS86とDS02により求められる空気中カーマ線量に有意な差がないことが明らかになった。
イ DS02における測定値の評価
(ア) ガンマ線測定
DS02においては,広島,長崎両市におけるガンマ線量測定値の再評価が行われ,各測定値の検証やバックグラウンドや熱ルミネッセンス法による測定自体の不確実性等が検討された。
その結果,現行の熱ルミネッセンス法による測定値のうち,爆心地から約1.5km以遠の測定値については,原爆によるガンマ線量がバックグラウンド線量と同量となることから,バックグラウンド線量の誤差が測定線量に大きく影響を与えるため,その測定値をもって正確なガンマ線量を評価することが不可能であることが判明した。
そして,DS02報告書では,DS02,DS86の各計算値と熱ルミネッセンス法によるガンマ線量の測定値との比較がされ,DS02の計算値の方がDS86の計算値よりも一致度が若干高いものの,測定値と計算値の全体的な一致度は,上記バックグラウンド線量の問題を考慮することにより,DS02と同様,DS86も良好であるという結論に至り,ガンマ線量の推定においてDS86による計算値の正当性が検証された。
(イ) 熱中性子測定
a ユウロピウム152の放射化測定
DS86の公表後,ユウロピウム152の測定がされ,DS86における熱中性子の計算評価値と放射化測定値について爆心地近くでは計算評価値が高く,距離が離れるほど放射化測定値が計算評価値よりも高くなり,地上距離1000m以遠の遠距離においては,不一致が10倍以上異なるという結果がでて,DS86に系統的な問題があるのではないかという指摘がされた。
しかし,精度の高い測定法によるユウロピウム152の放射化測定値(小村和久教授<金沢大学・視線計測応用研究センター低レベル放射能実験施設,以下「小村教授」という。)らによる測定)とDS02による計算評価値とを比較すると,よく一致していることが判明し,地上距離1000mを超える距離においても,DS02の計算評価値の正当性が検証され,ほぼ同じ数値を推定しているDS86の計算評価値の正当性が検証された。
1審原告らは,上記小村教授らによるユウロピウム152の実測値によっても1400m以遠の実測値においては系統的に計算値が過小評価となっている可能性は否定できないのであり,遠距離においてその正確性は何ら検証されていないと主張するが,広島の爆心地から1400m離れた地点における原爆の中性子線量は,DS02に基づく計算値でわずか0.0171Gy,2km地点では0.000386Gy,2.5km地点では0.0000199Gyにすぎず,広島の爆心地から1424m地点における中性子線量の実測値は,約0.0285Gyにすぎない(これより以遠では実測することすらできない低線量となる)。1審原告らがるる主張する遠距離地点では,実測すらできないほど,中性子線量は低減しているのであり,このような遠距離における計算値と実測値との乖離を問題にすること自体全く意味がない。
b 塩素36の放射化測定
また,アメリカ,ドイツ及び日本において,広島・長崎で採取された鉱物試料中の熱中性子線を測定するため,加速器質量分析法(AMS=特定の原子核の個数を直接数えることによって目的の同位体<放射性核種>を測定する方法)によって塩素36の放射化測定実験が行われ,それとともに,同測定法のバックグラウンド等による測定限界について検討がされた。
アメリカにおけるAMSによる塩素36の測定値は,爆心地付近から塩素36/塩素比がバックグラウンドと鑑別不可能になる距離までDS02と一致するとの結論に至った。また,同研究により,従前測定された1400m付近における塩素36の放射化測定値(ストローメら1992年)がDS86,DS02の計算評価値と一致しなかった原因について,同測定に高いバックグラウンドを示す表面セメントを試料としていたことに起因するものであって,高い表面の測定値が原爆の射出した中性子により生成されたものではないことが明らかになった。
ドイツのミュンヘンのAMS施設における爆央から約1300m地点の試料に重点を置いた測定においても,DS86の計算評価値と放射化測定値との間に明確な不一致が認められないことが確認されている。なお,爆央から1300m以遠の試料(花崗岩及びコンクリートの表面付近の試料)を用いた塩素36の放射化測定によって,宇宙線並びにウラニウム及びトリウムの崩壊が放射化測定値に大きな影響を与えることが確認され,それが測定誤差の原因である可能性があることも確認されている。
c ユウロピウム152と塩素36の相互比較
DS02報告書の研究では,再測定されたユウロピウム152と塩素36の各放射化測定値を異なる研究機関で異なる方法を用いて測定し,それらを相互比較して検証した結果,爆心からの地上距離135m~1177mまでの試料の放射化測定値とDS02の計算値とが一致していることが確認され,DS02の正当性が検証された。
d コバルト60の放射化測定
広島におけるコバルト60の放射化測定値とDS86の計算値の一致度の低さが問題とされてきたが,コバルト60の半減期は短く,空中距離600m(ほぼ爆心地付近)以遠の測定値は,不確実性が大きいため,放射化測定値をもってDS86の計算値を評価すること自体できない。DS02においては,熱中性子線について,より半減期の長い核種であるユウロピウム152や塩素36につき精度の高い測定方法により再測定を行い,それらの測定値とDS86の計算値とが一致していることを確認し,DS02及びDS86の計算値の正当性が検証されている。
e まとめ
以上のとおり,DS02において,DS86における広島の熱中性子線に関する測定値と計算値との不一致について検討した結果,測定値の方の精度に問題があることが判明し,バックグラウンドや測定限界を考慮して,改めて検証したところ,計算値と測定値が一致することが判明した。
(ウ) 速中性子測定
a リン32の放射化測定
放射線により硫黄中に発生したリン32を測定することにより速中性子線を測定する方法は,DS86開発時の研究において実施され,爆心地から数百メートル以内の距離では,計算と測定との間に大きな隔たりはみられないが,それ以上の距離では,測定値の誤差が大きすぎて計算値との一致・不一致が判定できないとされていた。
DS02報告書の研究では,測定されたリン32の放射能測定値の再評価がされ,広島型原爆については,爆心地近くではDS86とDS02は両方ともリン32測定値とよく一致しているとの結論に至った。
b ニッケル63の放射化測定
放射線により放射化された銅試料中のニッケル63を測定することにより,原爆の放射線の中の速中性子を測定する方法が開発され,速中性子の再測定が可能となった。
加速器質量分析法(AMS)を用いた測定により,原爆被爆者の位置に最も関係のある距離(900m~1500m)における速中性子の測定値が初めて得られ,その結果,広島型原爆について,バックグラウンドを差し引いた後のデータを昭和20年に対して補正すると,広島の銅試料中のニッケル63測定値はDS02に基づく試料別計算値とよく一致し,DS86に基づく計算値との比較でも,日本銀行の場合を除いてよく一致するとされ,DS86及びDS02の計算値の正当性が検証された。
また,DS02報告書の研究では,液体シンチレーション計数法により,AMSから得られたバックグラウンドデータを使用してニッケル63の測定がされ,その結果,上記の結果とよく一致した。
(エ) 測定値と計算値との比較
DS02報告書の研究で再評価されたガンマ線,熱中性子線,速中性子線の各測定値とDS02,DS86の計算値とを改めて比較した結果は,DS02の計算値と各測定値との比較につき,爆心地から地上距離が2500mに至るまでのDS02自由場フルエンス計算値は,ガンマ線,熱中性子及び速中性子の放射化によって,測定値と透過係数の不確実性の限度内で確証されているとして,DS02の自由場放射線フルエンス(出力・ソースタームの評価,空中輸送計算を経て得られた数値)の正当性を検証するものであった。
DS02における自由場放射線フルエンスが検証されたことは,同様の計算方法により評価されている遮蔽計算や臓器線量の計算方法の正当性が検証されたことを意味する。
(6) 審査の方針における透過係数の正当性
審査の方針においては,被爆時に遮蔽があった場合の初期放射線による被曝線量につき,別表9に定める値に被爆状況によって0.5~1を乗じて得た値とするものとされているところ,実際の審査に当たっては,一律0.7を乗じることとしている。これは,被爆時の周囲の建造物などの放射線遮蔽効果は,その放射線の透過係数により評価されるところ,被爆状況の大半(近距離で広島69%,長崎44%)を占める日本家屋内被曝についてみると,DS86においては,係数は直接計算されず,空気中カーマに対する木造家屋内被爆者の遮蔽カーマの比を計算することによって得られており,その数値すなわち平均家屋透過係数は,広島の場合は,ガンマ線0.46,中性子線0.36,長崎の場合は,ガンマ線0.48,中性子線0.41であって,被爆者の周囲の遮蔽物がコンクリート造りの建造物などであれば,遮蔽効果はこれより大きく,透過係数は小さくなるが,審査の実際においては,個々の申請者の被爆状況を子細に把握することは困難であるため,透過係数を一律にして計算することとし,その数値については,日本家屋の透過係数がせいぜい0.3~0.5程度であり,実際に透過係数が0.7以上になるような被爆状況は想定し難いことから,これにより求めた被曝線量が推定し得る最大の推定値となるようにするとの配慮により,これを0.7としたものである。したがって,透過係数を一律0.7としたことにより,1審原告らが認定審査において不利になることはあり得ない。
(7) DS86に対する1審原告らの主張に対する反論
ア 広島における線量推定の困難について
(ア) 1審原告らは,広島原爆と同型の原爆での実験でなく,かつ,構造等の詳細な情報が軍事機密とされており,被曝線量の推定が困難であると主張をする。
しかし,DS86は,広島の爆弾のレプリカ(原子炉)による実験結果を基礎に,その他の複数の理論的計算の結果や爆弾投下時測定器ゾンデによる測定結果,硫黄中の中性子誘導リン32の放射能の測定線量との比較,屋根瓦中のガンマ線熱ルミネッセンス測定値等からの推定等も行われ,出力の理論的計算値を得ているのであって,1審原告らの指摘する事実によって,DS86の推定値の科学的合理性が失われるわけではない。
(イ) 1審原告らは,DS02の策定過程において原爆の出力が変更されたことは,複製に基づく推定の誤り示すものであると主張する。
しかし,その変更は,不確実性の範囲内でなされたにすぎず,このような出力の変更を前提としたDS02とDS86との中性子線量,ガンマ線量の計算評価値の比較については,中性子線量は0~2500m間で約±10%異なり,また,DS02の一次ガンマ線量は約1200m以遠の地上距離で20%ほどDS86データよりも大きいなどと説明されているところ,放射線線量推定においては,通常,500m~700mを超える遠距離では推定が困難となるため,推定方式の更新に伴い100~300%程度違いが見られる場合も多いことからすると,上記DS86とDS02の各計算評価値の違いは,両計算評価値が極めてよく一致していることを示していると評価できる。
(ウ) また,広島原爆のレプリカは,砲身を短くしたことと核分裂物質を減らしたこと以外は実際の広島原爆と同一であり,精度の高い検証実験が可能な装置であり,爆弾の後部にしか火薬が装填されていないことからして,火薬部分による中性子の吸収・散乱の影響は極めて弱く,実際に地上に到達する放射線への影響は無視し得るものであるから,1審原告らの上記主張は失当である。
イ DS86が検証不能であることについて
(ア) 1審原告らは,DS86は,実験結果に基づかないコンピュータシミュレーションにすぎない上,軍事的な目的に出た研究であり,放出線量などの基本的事項が明らかになっていないなどと主張する。
しかし,DS86は,医療用放射線防護や原子力発電所での放射線防護などの領域において広く用いられている様々な線量推定方式を広島・長崎の原爆線量評価に応用したものであり,単なるコンピュータプログラムに基づく計算にとどまらず,日米の線量再評価検討委員会及び上級委員会によって,原子炉実験や被曝試料の測定等を含めた総合的な検討を基礎に,その推定がされたものである。
(イ) また,1審原告らは,DS86が,他の科学者等による追確認の検証不可能なものであり,そもそも信用性が乏しい旨主張する。
しかし,DS86で用いられた線量推定方式は,日米の複数の研究機関において追検証された上で策定され,その理論の概要等は,DS86報告書等に記載されているとおりであり,DS86の内容等を検討するに足りる内容が開示されている。
(ウ) さらに,DS02及びDS86において,ソースタームや空中輸送計算に用いられている評価計算に用いられているコンピュタプログラムや核断面積データはDS02報告書のとおりであり,これらのプログラムや核断面積データも計算方法を検証することは可能である。
ウ DS86におけるガンマ線の計算値と測定値との乖離について
(ア) 1審原告らは,広島の爆心地から1000m以遠において,DS86のガンマ線推定線量は,実際の線量よりも過小評価されている旨主張するが,2.1km地点でも0.05Gy(推定値)と0.06Gy(実測値)の間の値で,0.01Gy単位の精度で一致している。
(イ) また,1審原告らは,長友恒夫教授(奈良教育大学,以下「長友教授」という。)らによる爆心地から2050m,あるいは1591m~1635mにおけるガンマ線線量の測定結果を根拠に,DS86によるガンマ線の線量推定に誤りがあることが明らかとなってきている旨主張する。
しかし,爆心地から約1.5km以遠では原爆によるガンマ線量がバックグラウンド線量と同程度以下で,バックグラウンド線量の誤差が測定線量に大きく影響を与えるので,測定値自体の信頼性に問題があり,的確な比較ができず,DS86の計算値が誤っているとすることはできない。
(ウ) そもそも,1審原告ら側が提出した長友教授らの報告書によっても,広島の爆心地から2.05km地点において熱ルミネセンス法により測定された,原爆のガンマ線の初期放射線の実測値は,わずか0.129Gy程度にすぎず,DS86による同地点における計算値は,0.0605Gyであり,その差は絶対値でみれば無視し得る程度のものでしかなく,その乖離は有意なものではない。長崎においてもこれと大差はなく,1審原告らが提出した澤田意見書も,長崎原爆のガンマ線に関するDS86の線量評価は,比較的実測値と一致しているとしている。
要するに,1審原告らは,絶対値で見れば無視し得る,原爆の初期放射線量の実測値とDS86による計算値の乖離を殊更に強調しているにすぎず,いずれにせよ,遠距離地点においては急性症状を生じさせる初期放射線による被曝はなかったから,1審原告らの主張は失当である。
エ DS86における中性子線の計算値と測定値との乖離について
(ア) 既述のとおり熱中性子線誘導放射線(ユウロピウム152,コバルト60,塩素36)の測定値とこれに対応するDS86計算値との間には系統的なズレが見られ,その原因については,DS02の策定過程において検討されるまで未解明であったが,DS02の策定過程において再測定を行った結果,計算値と測定値が一致することが判明し,従前の広島の中性子線の不一致は,測定方法の問題であって,DS86の問題ではなかったことが明らかになっている。
(イ) 1審原告らは,コバルト60の測定結果は,明らかに遠距離では測定値が計算値を上回っている旨主張するが,先に述べたとおり,コバルト60の放射化測定値をもって,DS86の計算値を評価すること自体できない。コバルト60より半減期の長い核種であるユウロピウム152や塩素36につき精度の高い測定方法により再測定を行い,それらの測定値とDS86の計算値とが一致していることを確認しているのであって,その正当性が検証されており,1審原告らの主張は,失当である。
(ウ) 1審原告らは,中性子線についても,DS86による計算値と実測値に差がある旨を主張するが,そもそも,原爆による中性子線量の全線量に対する割合は,広島の場合は1000mで5.8%,1500mで1.7%,2000mで0.5%と非常に低く,長崎の場合は更に低いとされており,仮に中性子線量にDS86の理論計算値と実測値の乖離があったとしても,被爆者の推定線量にはほとんど変化は発生しないのである
1審原告らは,絶対値で見れば,人の健康影響という視点からは無視し得る,原爆の初期放射線量の実測値とDS86による計算値の乖離を殊更に強調しているにすぎず,失当である。要するに,計算値と実測値の乖離の問題は遠距離被爆者の被曝線量を検討する上で意味のある議論ではないのである。
(エ) 1審原告らは,爆心地から離れた遠距離地点において,DS86による初期放射線量の計算値が過小評価されていることは,爆心地から2km以遠の遠距離被爆者にも被曝による急性症状がみられたことからも明らかである旨を主張するが,放射線による急性症状は,最低でも1Gy程度以上,脱毛は頭部に3Gy程度以上,下痢は腹部に5Gy程度以上,被曝しなければ発症しないことは,今日における放射線医学の常識である。
1審原告らの証拠による被曝線量では,被曝による急性症状が見られることはあり得ない。
そうであるならば,爆心地から2km以遠の遠距離被爆者にも被曝による急性症状がみられたことを根拠として,爆心地から離れた遠距離地点において,DS86による初期放射線量の計算値が過小評価されているとする1審原告らの主張が失当であることは明らかである。
オ 各種調査結果の問題点について
1審原告らは,爆心地から2km以遠の遠距離被爆者にも被曝による急性症状が認められたとする根拠として,① 日米合同調査団の調査,② 東京帝国大学医学部診察班の報告書,③ 於保源作医師の調査等の各種調査結果を挙げるところ,これらの調査は,一定の集団における特定の健康障害の頻度(急性症状の発症率)とその発症要因となり得る特定の曝露要因(被曝線量)をそれぞれ観察し,両者の関連性を検討したものであり,一応,疫学調査の一類型と呼び得るものであるが,これらの調査には,<ア> 爆心地から2km以遠の被爆者にも初期放射線の被曝と急性症状との間に関連性があるか否かをみるためにデザインされたものではないこと,<イ> 疫学調査上,留意しなければならない偏り(バイアス)を適正に排除していないため,見かけ上の発症者が含まれている可能性が極めて高いこと,<ウ> 調査結果からみても,爆心地から2km以遠の遠距離被爆者には距離に応じて急性症状の発症率が低下するという傾向が一貫してみられるわけではないこと(③の調査では,逆の傾向さえ見られる。),<エ> 当時の状況にかんがみると,原爆とは無関係に10~20%程度の国民が脱毛の症状を訴えていたとしても何ら不自然なことではなく,爆心地からの2.1km以遠の脱毛については,原爆放射線の被曝に起因したものと決めつけることなどできないこと,<オ> ①の調査自体,発熱,下痢,食思不振及び倦怠感等の諸症状は他疾患の混在を思わしめると指摘していること,<カ> 被曝による脱毛は,毛母細胞が放射線によって破壊されることによって生ずる症状であり,被曝後,2,3週間後に「バサッ」と一時期に大量に抜けるという特徴があるが,脱毛状況を把握した調査ではないこと,<キ> 急性症状のしきい値に関する知見や実験的研究などによる他の知見との「関連の整合性」を有しないこと,等多くの問題点があり,各調査報告に基づいて,爆心地から2km以遠の被爆者にも被曝による急性症状が発症したと結論づけることは,こうした客観的な科学的知見と矛盾することになり,このような場合に関連性を認めることは疫学的にも許されないものである。
これらの調査は,後に放影研が何万人もの被爆者を対象とし,何年にもわたって疾病の発生状況を観察した追跡調査(いわゆるコホート研究)とは全く次元を異にするものであって,一応の傾向を観察し,曝露要因と健康障害との関連性についての仮説を立てるための手段にすぎないレベルのものである。
(8) 原爆の放射線の被曝線量評価の世界的評価と利用
被爆者が広島・長崎の原爆の放射線にどの程度被曝したのかについては,戦後半世紀にわたる様々な研究報告の集積によって,現在では合理的に評価することができる。原爆の人体影響を調査した放影研の疫学調査の結果は,この被曝線量評価を前提としており,これが現在では世界的にも信頼される放射線防護の基礎データとなり,各国もこれを前提として放射線の有効利用をしているが,その前提となる原爆の被曝線量評価が誤っているなどと批判されることはない。原爆の放射線の被曝線量評価の合理性は世界的に受け入れられ,異論を唱える者はいないのである。
3 審査の方針における放射線降下物等による被曝線量算定の正当性
原爆放射線による外部被曝は,初期放射線によるもの以外に,残留放射能を持つ放射性物質から放出される残留放射線によるものがあるが,審査の方針においてはその評価も適正に行われている。なお,残留放射線とは,一つは,原爆の核分裂によって生成された放射性物質や未分裂の放射性核物質である放射性降下物によって生じたものであり,もう一つは,地上に到達した初期放射線の中性子が,建物や地面を構成する物質の原子核と反応(放射化)を起こし,これによって新たに生じた放射性核物質による誘導放射線である。
(1) 残留放射線の線量評価
ア 広島・長崎の原爆による放射性降下物
(ア) 広島(ウラン)・長崎(プルトニウム)の原爆とも,上空で爆発したものであり,原爆の核分裂直後に形成された火球の温度は,最高で摂氏数百万度に達し,原爆の爆発とともに爆発点に数十万気圧という超高圧がつくられ,周りの空気が大膨張して爆風となったことから,未分裂の核物質があったにしても,それらは気化(蒸発)し,放射性降下物として爆心地の近辺にとどまることなく,原爆の激しい爆風で大気中に拡散し希釈されて流れ去っており,発生した放射性降下物は比較的少なかったとされている。
そして,昭和20年8月9日から同年11月にかけて,理化学研究所,大阪帝国大学,京都帝国大学,マンハッタン技術部隊,日米合同調査団等により広島及び長崎において行われた残留放射線の初期調査の結果,爆心地付近のほか,広島においては己斐・高須地区,長崎においては西山地区で,放射線の影響が比較的顕著に見られることが分かり,これは原爆直後,両地区(両地区とも爆心地から約3kmの風下に当たる。)において激しい降雨があり,これによって放射性降下物が降下したことによるものであることが確認された。
なお,放射性降下物については昭和50年に,誘導放射線については昭和51年以降被爆岩石中のユウロピウムの測定が行われているなど,残留放射線の調査はその後も引き続き行われた。
(イ) そこで,放射性降下物についても,被爆者に最大でどの程度の被曝線量を与えるかを把握するため,DS86の策定時に線量評価がされた。
広島の己斐・高須地区,長崎の西山地区において,被爆後数週間から数か月の期間にわたり,数回の線量率(単位時間当たりの放射線量)の測定が行われ,それらの測定値から爆発1時間後の線量率を推定し,任意の時間内における積算線量が求められた。その結果,爆発1時間後から無限時間,同地区にとどまり続けたという現実にはあり得ない仮定をした場合でも,地上1mの位置での放射性降下物によるガンマ線の積算線量は,広島の己斐・高須地区においては0.006~0.022Gy,長崎の西山地区で0.12~0.24Gyにすぎないことが明らかになった。1審原告ら側が提出した静間清ら調査結果でも己斐・高須地区における,現実にはあり得ない無限時間の滞在を想定した積算線量は,わずか0.03Gy程度,それ以外の地区では0.001Gy程度にすぎない。
1審被告らも,広島の己斐・高須地区及び長崎の西山地区以外には,放射性降下物が全く降らなかったとまではいうものではないが,これらの地区の線量を超えることはなく,いずれにしても,無視し得るほどの線量にしかならないことが実証的に明らかになっている。
したがって,放射性降下物によって「高線量の被曝をした可能性」があるとする1審原告らの主張は,およそ失当である。
(ウ) 審査の方針は,これらの結果を踏まえ,放射性降下物による被曝線量については,地域的には,己斐又は高須(広島),西山3,4丁目又は木場(長崎)とし,被曝線量は,それぞれ,0.006~0.02Gy,0.12~0.24Gyとしている。
したがって,審査の方針における放射性降下物による被曝線量の算定は,正当である。
イ 誘導放射線
(ア) 誘導放射線は,被爆生存者や早期入市者に対する被曝線量を推定する上で重要であり,昭和33年以降,被爆者の誘導放射能による被曝線量の計算評価が行われるようになり,DS86策定時にも計算評価がされた。
DS86策定時における研究では,誘導放射線によって被爆者が最大でどの程度の線量を被曝したかを把握するため,被爆者が爆心地において爆発直後から無限時間まで滞在したと仮定した上で計算評価がされ,その結果,爆発直後から無限時間までの爆心地における地上1mでの誘導放射能による積算線量は,広島で約0.5Gy,長崎で0.18~0.24Gyとなった。また,爆心地において,線量率が爆発後の経過時間とともに減少していること,爆発直後からの積算線量(放射線の総量)が爆心から距離が離れるとともに減少していること,さらに,積算カーマ線量が爆発後の経過時間とともに減少することが示され,残留放射線による被曝線量は,爆心地からの距離と入市時間と滞在時間に依存し,爆心地からの距離が大きくなり,爆発後の経過時間が長くなれば,被曝線量は急速に小さくなるということが示された。
(イ) そして,爆心地から,広島では700m,長崎では600mを超えると,誘導放射線による被曝を受けることがほとんどなかったことが判明しているから,それ以遠において誘導放射線の影響を考慮する必要はない。他方,それ以内の地域においては,誘導放射化された地上の物質等の元素もごく限られており,半減期も短いうえ,原爆投下直後は,市内は大火に包まれ,爆心地は6時間以上にわたって火災が続いていたから,誘導放射線の影響が最もあった爆心地付近に立ち入ることは現実には不可能であった。
したがって,実際に誘導放射線による被曝を受けた者はごく限られていたことは明らかであり,火災が鎮火してから爆心地付近に立ち入り,誘導放射化された物質に直接触れたとしても,それによる被曝の影響は無視し得る程度のものであった。
そこで,これらのデータに基づき,爆心地からの距離を100m間隔とし,積算線量も8時間ごととして,広島,長崎それぞれに残留放射線量を算定して作成されたのが,審査の方針における別表10である。したがって,審査の方針における残留放射線(誘導放射線)による被曝線量の算定は,正当である。
ウ 残留放射線に関する1審原告らの主張に対する反論
(ア) 1審原告らは,放射能を含んだ「黒い雨」や「黒いすす」がかなり広い地域に降下したのに,それによる残留放射能の影響が無視されていると主張する。
しかし,原爆投下直後にいわゆる「黒い雨」が見られたのは,火災によるすすが巻き上げられ,雨と一緒に降下したことによるものであり,このすすと,原爆の核分裂によって生成された放射性物質(放射性降下物)とは必ずしも同じものではない。広島の己斐・高須地区,長崎の西山地区に降った黒い雨及び黒いすすに放射性降下物が含まれていたことは調査結果により推定できるが,それ以外の地区では裏付けがないだけでなく,両地区以外での放射性降下物による被曝線量は,それがあったとしても原因確率の判断に影響しないようなごく微量にすぎないという理由からであり,不当に無視しているわけではない。
(イ) この点に関し,「黒い雨に関する専門家会議報告書」は,残留放射線の再測定,気象シミュレーション法による降下放射線量の推定,黒い雨に曝された群と曝されていない群の体細胞突然変異及び染色体異常の頻度の調査を実施したが,黒い雨降雨地域における残留放射線の残存と放射線によると思われる人体影響の存在は認められなかったとしている。したがって,1審原告らが黒い雨の降った雨域と主張する増田雨域の範囲について,それが放射性降下物の分布を示すものとすることはできない。
(ウ) 先のとおり,広島・長崎に投下された原爆から放出され,地上に降り注いだ放射性降下物の量自体が極めて少ないことからして,その程度の放射性降下物を含んだ黒い雨を直接浴びたとしても,一時的なものにすぎないのであり,無限時間を想定した上記ア,イの積算線量を超えることは考えられない。
(2) 遠距離及び入市被爆者に関する1審原告らの主張に対する反論等
1審原告らは,DS86は,遠距離及び入市被爆者に見られた急性症状を説明することができない旨主張する。
原爆の放射線被曝による症状については,被曝直後から第2週の終わりまでに現れる症状を急性症状,第3週から第5週の終わりまでを亜急性症状,第6週から第8週までを合併症状,第3月から第4月の終わりまでに生じたものを回復症状と呼んでいるところ,全身倦怠感,悪心,下痢,発熱,歯齦出血,脱毛,嘔吐などは,急性症状ないし亜急性症状とされており,放射線の確定的影響の一つである。
したがって,一定の被曝線量に曝露されなければ発症することはないし,その症状も,被曝による脱毛は,毛母細胞が放射線によって障害されることによって生ずる症状であり,被曝後,2~3週間後に「バサッ」と一時期に大量に抜けるという特徴があり,被曝による下痢は,腸管の細胞が障害されることによって生ずる症状であり,被曝の3~8時間後に起こるとされ,食事とは何ら関係なく起こり,ひどいときには起床時,就寝時を問わず生じるなどの特徴があり,血便に至るとされている。
しかるところ,既に述べたとおり,客観的な実測値等に基づいて明らかになっている広島・長崎の原爆による放射線量からして,遠距離・入市被爆者が急性症状を生じ得る程度の被曝をしたことは考えられず,被曝による急性症状のしきい値との関係からして,遠距離・入市被爆者が原爆の放射線に起因する急性症状を生じたということはあり得ないといわなければならない。
一部に遠距離・入市被爆者に急性症状が見られたとする調査結果があるが,これらの者に見られたとされる急性症状については,調査自体に多くの問題があり,その病態や発症状況からして,被曝による急性症状とは相入れないものが多く,また,被爆による急性症状であること自体相当疑わしいといわざるを得ない。かえって,放影研が入市者を対象として行った大規模な疫学調査等によって,入市者に放射性降下物や誘導放射線による被曝の影響がなかったことが明らかにされている。
当時,我が国の国民は全体として著しい栄養失調状態にあり,その上に原爆を投下され,苛酷で劣悪な衛生状態,栄養状態等に置かれたことにかんがみると,遠距離・入市被爆者の中に栄養失調や感染症による下痢の症状を訴えた者や脱毛が見られた者がいたのは当然のことであり,何ら不自然ではない。
以上のように,遠距離・入市被爆者に原爆放射線に起因する急性症状が生じたことを前提とする1審原告らの主張は理由がない。
4 審査の方針における内部被曝による被曝線量評価の正当性
(1) 内部被曝による被曝線量の推定値
内部被曝とは,呼吸,飲食等を通じて体内に取り込まれた放射性物質による被曝のことを指すが,DS86開発時においては,放射性降下物が最も多く堆積した地域である長崎の西山地区の住民に対するセシウム137からの内部被曝線量の推定がされた。同推定は,ホールボディーカウンターによる西山地区住民の男性20名,女性30名中のセシウム137の測定を基礎とされ,その結果,昭和20年から昭和60年までのこの地区における内部被曝による積算線量,すなわち40年間分の内部被曝線量の総計は男性で10mrad,女性で8mradと推定された。
審査の方針においては,内部被曝による被曝線量を特に検討対象としていないが,これは個々の申請者ごとの内部被曝線量を科学的に推定することが困難であること,上記のとおり,内部被曝による被曝線量を最大限に見積もったにしても0.0001Gy以下と極微量であり,自然放射線による内部被曝線量年間2.4mSvにも満たないため,審査時の線量推定時に考慮を要しないと判断されたことによるものである。これを裏付ける研究報告も存在する。
(2) 内部被曝に関する科学の到達点
体内に取り込まれた放射性核種は,その物理的崩壊による減衰だけでなく,各元素に特有の代謝過程を経て徐々に排せつされる。この代謝により半減する期間を生物学的半減期といい,物理学的半減期と生物学的半減期との相乗によって体内の放射能が半減することが分かっている。
ところで,原爆による内部被曝を評価する上で着目すべき放射性核種は,原爆の核分裂生成物(原爆粒)であるセシウム137とストロンチウム90である。
ICRPのモデルによれば,経口摂取されたセシウム137はそのすべてが胃腸管から血中に吸収され,10%は生物学的半減期2日で,90%は生物学的半減期110日で体外へ排せつされるとされている。これによると,10年後には7.3×10-11,すなわち100億分の1以下に減衰することになる。一方,ストロンチウム90は,経口摂取されたうち30%が消化器系を経由して血中に吸収され,残りは便として排せつされるとされている。ICRPのモデルによれば,血液にストロンチウム90を1ベクレル(ベクレルとは,放射能の強さを示す単位)注入された場合,10年後には軟組織全体に残留しているのは1.2×10-4ベクレルすなわち約8300分の1以下に減衰することになる。
放射線の人体に與える影響については,このような,今日における放射線医学の到達点を理解した上で判断すべきである。
(3) ホット・パーティクル理論
内部被曝の場合,体内に入り込んだ放射性物質が放出する放射線によって局所的な被曝が継続するという考え方(ホット・パーティクル理論)がある。
しかし,放射線学に関して最も信頼できる知見に基づいて,国際的な放射線防護と安全利用に関する基準を示す機関であるICRPは,このような理論を明解に否定しており,一般的な放射線学の常識としても,このような理論による人体影響の可能性は認められていない。医療の現場をみても,核医学の分野では放射性核種を投与して,診断に役立てているが,それによって一定量の内部被曝が起きているものの,これも,そのような内部被曝による人体影響はないという医療の常識に基づくものである。
したがって,ホット・パーティクル理論で実際の人体影響を説明することはできないし,そもそもそれを実証する知見は存在しない。
(4) 飲食の影響
被爆地には,水や食物も存在したが,水は,中性子の吸収体であるから,水中に入った高速中性子は,エネルギーを失い熱中性子となるため,水の中の原子核が放射化されることはない。食物は,放射化される原子核をほとんどもっておらず,仮に放射化されていたとしても,その半減期は原子核により異なるものの最長でも15時間であり,自然放射線による被曝の影響よりもはるかに低い。
(5) 低線量による内部被曝の影響
1審原告らは,殊更に低線量被曝の影響を強調するが,総線量が同じであれば,長時間かけての被曝(慢性被曝)の影響は,1回ないし数回の被曝(急性被曝)の影響よりも少ないことが知られており,このことは,現在における放射線医学の疑う余地のない常識である。
1審原告らは,細胞レベルにおける低線量被曝による人体影響の可能性についてるる主張するが,そもそも,審査の方針においても,原因確率を適用する確率的影響の疾患はしきい値がないという前提で考えており,線量0からのリスクを否定するものではない。しかし,被曝線量が低ければ,被爆後数十年後に発生するがんといった健康影響が発症するリスクも極めて低くなることが,放影研が実施した大規模かつ高度に専門的な疫学調査の結果によって明らかにされており,それが原因確率という形に表され,これに基づいて放射線起因性の判断が行われているのであるから,1審原告らの上記主張は,失当である。低線量による内部被曝の影響を殊更に過大視することは,誤りである。
したがって,審査の方針が内部被曝による被曝線量を放射線起因性の判断のための被曝線量として考慮していないことは正当である。
(6) 未分裂核物質による内部被曝の可能性
1審原告らは,原爆の爆発により生じた未分裂核物質も内部被曝を引き起こした旨主張する。
しかしながら,ウラン235の物理学的半減期は7.1×108年(約7億年)であるところ,広島においてウラン235の残留が有意に検出されたとの報告はなく,原爆の激しい爆風で大気中に拡散し希釈されて流れ去ったものと考えられる。
なお,ウラン235は物理的半減期が上記のように非常に長いものの,体内での代謝が早いため,その生物学的半減期は15日であり,この点からしても,長期にわたって体内に残留して内部被曝を継続することはない。
このような科学的知見からすれば,放射性降下物によって継続的な内部被曝が生じ,人体影響を生じるとは考えられない。
(7) 結論
以上のとおり,広島・長崎の原爆による放射性降下物及び残留放射線による放射線量は極めて低く,これらに起因する内部被曝の影響の程度も無視し得る程度の線量であることは,実測値等によって客観的に明らかになっているのである。一方,低線量の内部被曝の健康影響をことさらに過大視しようとする考え方は,今日の放射線学の常識に明らかに反している。そうである以上,内部被曝による影響を格別考慮しないで放射線起因性の判断をすることにしている審査の方針には何ら不合理な点はないというべきである。
5 審査の方針における放射線起因性の判断方法の合理性
(1) 申請疾病等の特徴と審査の方針が採用した起因性判断の在り方
被爆後,約50年も経過して発症したという1審原告らの申請疾病等は,被爆者であろうとなかろうと加齢等の要因により国民一般に広く見られるものである。1審原告らも,悪性腫瘍(胃がん,有棘細胞がん,喉頭腫瘍,肺がん等),白内障,甲状腺機能低下症,橋本病,脳梗塞後遺症(高血圧症),貧血等を申請疾病等としているが,いうまでもなく,国民の多くがこうした疾病を患っている。
厚生労働省の人口動態統計報告によれば,平成16年の我が国の国民の死亡数は,102万8602人であったが,死因の第1位は悪性腫瘍であり(32万0358人,31%。60歳代では約5割,70歳代では約4割),およそ3人に1人の国民が悪性腫瘍を原因として死亡しているのが現実である。これに心疾患(15万9625人,15.5%),脳血管疾患(12万9055人,12.5%)を含めると,60%近くとなり,これらは,3大生活習慣病といわれている。白内障も,加齢とともに増加し,60歳代では約70%,70歳代では約90%,80歳代ではほぼ100%の人にみられる。橋本病は,女性の10~20人に1人の割合で見られるほど頻度の高い疾病である(成人女性の約8%に甲状腺自己抗体陽性反応が見られる。)。高血圧症に至っては,最も患者数の多い疾患であり,患者数は約781万人で,治療を受けていない者まで含めれば,約3000万人の患者がいるといわれている。70歳以上の男性では,約70%が高血圧症である。
これらの疾病は,もちろん放射線被曝特有の症状が現れるわけではないため(ただし,放射線白内障には特有の所見が見られる。),当該被爆者個人の健康状態や被爆状況等のみを分析しても,その疾病が放射線被曝によって生じたものか否かを個別的に判別することは極めて困難である(ただし,その疾病の発症要因が合理的に特定でき,放射線起因性がないと判断できる場合はある。)。
また,1審原告らと全く同じような状況で被爆したにもかかわらず,1審原告らが訴えるような申請疾病等に罹患しない者も多数存在し,むしろその方が圧倒的に多いことも明らかである。その意味で,原爆放射線と申請疾病等との関連性は,もともと極めて希薄というべきものである。
そこで,審査の方針では,以下のとおり,確率的影響に係る疾病,確定的影響に係る疾病,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていない疾病に分けて,原爆放射線起因性の判断をしており,このような判断手法に不合理な点はない。
(2) 確率的影響に係る疾病
ア 原因確率論の採用
審査の方針では,確率的影響による疾病については,放影研が広島及び長崎の被爆者の線量推定値を基礎に疫学的手法を用いて算出したリスク推定値を基に,原爆放射線の影響を受けている蓋然性があると考えられる原因確率を算定し,これを目安として,放射線起因性の判断をすることとしている。放影研が行った疫学調査は,世界的にみても例がないほどに大規模であり,疫学的にも極めて精度の高い調査であって,このような調査に基づいて算定された原因確率による判断方法に不合理な点はなく,これに勝る科学的な知見は存在しない。原因確率は,申請疾患,申請者の性別の区分に応じて適用される別表により,申請者の推定被曝線量と被爆時の年齢によって算定される。
そして,推定した被曝線量を前提とし,このような原因確率という確率論を用いて,一定程度以上,当該疾病が放射線に起因した可能性があると認められるものについては,できる限り,申請者に有利に放射線起因性を認めることとしている。原因確率が50%を超えているということは,原爆の放射線が何らかの寄与をして当該申請疾病が発症した可能性が50%を超えているということであるため,それだけで放射線起因性を認めることとし,原因確率が50%を下回った場合でも,すなわち,原爆の放射線が寄与した可能性が50%を下回る場合でも,当該申請者の既往歴や,環境因子,生活歴等を総合的に勘案した上で,できる限り,放射線起因性を認めるようにしている。このような原因確率の手法は,米国及び英国を代表とする先進諸国においても,労働者被曝に対する補償制度等の中で採用されているが,原因確率が50%を下回っても,それ以上の者と同額の給付金の支給をするのは,諸外国の制度にはない。
しかしながら,そのような我が国においても,原因確率が10%を下回る場合には,原爆の放射線が何らかの寄与をして当該申請疾病が発症した可能性が10%にも満たないということであり,逆にいえば,原爆の放射線以外の要因で発症した疾病である確率が90%を超えているということであって(原因確率が10%であるということは,すべての者に10%の影響があることを意味するものではない。),通常は,放射線起因性について高度の蓋然性があるとはいえないと判断されてやむを得ないものである。審査の方針では,それでも機械的に適用して判断することがないように戒め,更に当該申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で判断を行うものとしているものの,原因確率が10%を下回るという事実自体は,最も重視されなければならず,審査の方針が,「おおむね10%未満である場合には,当該可能性が低いものと推定する。」というのは,このことをいうものである。
このように,審査の方針には,科学的合理性があるし,原因確率が低い場合にも総合的判定をしていることは,被爆者援護法の趣旨から正当である。
イ 放影研における疫学調査
(ア) 概要
被爆者に対する疫学調査は,ABCCによって始められ,その後放影研が引き継いでいる。なお,ABCCは,被爆者について長期間追跡調査するために米国科学アカデミーの勧告によって設立され,アメリカ政府によって運営されていたもので,日本側も国立予防衛生研究所(予研)の支所を広島・長崎のABCC内に設置していたが,昭和50年に組織が変更され,ABCCは財団法人放射線影響研究所(放影研)と改められ,日米両国の共同運営となったものである。
ABCCの被爆者調査は,昭和25年の国勢調査により確認された28万4000人の日本人被爆者のうち,昭和25年当時に広島,長崎のいずれかに居住していた約20万人を「基本群」とし,この基本群から選ばれた副次集団について行われた。死亡率調査においては,厚生省(厚生労働省),法務省の許可を得て,国内で死亡した場合の死因に関する情報の入手が行われており,がんの罹患率については,地域の腫瘍・組織登録からの情報(ただし,広島,長崎に限る。)によって調査が行われている。
(イ) 寿命調査集団
当初の寿命調査集団は,「基本群」に含まれる被爆者の中で,本籍が広島又は長崎にあり,昭和25年に両市のいずれかに在住し,効果的な追跡調査を可能とするために設けられた基準を満たす被爆者の中から抽出され,爆心地から2000m以内で被爆した者全員から成る中心グループ(近距離被爆者),爆心地から2000m~2500mの区域で被爆した者全員から成るグループ,近距離被爆者の中心グループと年齢及び性が一致するように選ばれた爆心地から2500m~10000mの区域で被爆した者のグループ(遠距離被爆者),近距離被爆者の中心グループと年齢及び性が一致するように選ばれた,1950年代前半に広島,長崎に在住していたが原爆投下時は市内にいなかったグループ(原爆投下時市内不在者。原爆投下後30日以内の入市者とそれ以降の入市者が含まれる。)に分けられた。
その後,寿命調査集団は,1960年代後半に拡大され,爆心地から2500m以内において被爆した基本群全員を対象とし,1980年には更に拡大され,基本群における長崎の全被爆者を含むものとされ,今日では,爆心地から10000m以内で被爆した9万3741人と,原爆投下時市内不在者2万6580人の合計12万0321人となっている(なお,寿命調査においては,人数×年数ごとの死亡率を調査しているため,死亡した対象者も調査対象から除外されるわけではない。)。
爆心地から10000m以内で被爆した9万3741人のうち,8万6632人は,DS86により被曝線量の推定値が得られているが,7109人については,建物や地形による遮蔽計算の複雑さや不十分な遮蔽データのため被曝線量の推定値が得られていない。
なお,寿命調査集団には,1950年代後半までに転出した被爆者(昭和25年国勢調査の回答者の約30%),国勢調査に無回答の被爆者,原爆投下時に両市に駐屯中の日本軍部隊及び外国人は含まれていない。
以上のことから,爆心地から2500m以内の被爆者の約半数が調査の対象となっていると推測されている。
(ウ) 成人健康調査集団
成人健康調査集団は,寿命調査集団の副次集団であり,2年に1度の健康診断を通じて疾病の発生率とその他の健康情報を収集することを目的として設定された。成人健康調査集団は,昭和33年の集団設定当時,寿命調査集団から抽出された1万9961人から成り,中心グループを爆心地から2000m以内で被爆し急性症状を示した4993人とし,このほかに,都市・年齢・性を中心グループと一致させた次の3グループ,すなわち,爆心地から2000m以内で被曝し,急性症状を示さなかった者によるグループ,広島では爆心地から3000~3500m,長崎では3000~4000mの区域において被爆した者のグループ,当初の寿命調査集団のうち,本籍が広島又は長崎にあり,1950年に広島又は長崎に居住していたが,原爆投下時にいずれも都市にもいなかった者(原爆投下時市内不在者)によるグループから成っていた。昭和52年には,高線量被爆者の減少を懸念して,新たに次の3つのグループ,すなわち,寿命調査集団のうち,T65Dによる推定被曝線量が1Gy以上である2436人の被爆者グループ,上記グループと年齢及び性を一致させた同数の遠距離被爆者から成るグループ,胎内被爆者1021人から成るグループを加え,成人健康調査集団を拡大し,合計2万3418人の集団となった。
ウ 放射線による発がん影響の評価法
(ア) 概要
昭和21年以降に発生した放射線に起因すると考えられる人体影響を放射線後障害という。原爆被爆者に発生する人体影響は,個々の症例を観察する限り放射線被曝に特異的な症状を示すわけではなく,一般に観察される疾病の症状・所見と全く同様であり,放射線被曝に起因するか否かの見極めは不可能である。しかし,被爆者集団として観察すると,集団内に発生する疾病の頻度が有意に高い場合があり,そのような疾病は放射線被曝に起因している可能性があると判断される。このように,放射線後障害は,疫学研究において統計学的解析などの結果によってその存在が明らかにされるという特徴がある。
原爆放射線後障害の中で最も重要なものの一つに悪性腫瘍の発生がある。悪性腫瘍は,放射線による疾病のうち,確率的影響に分類される。被爆者が発症した悪性腫瘍に対する放射線の影響の評価は,疫学的な研究手法を用いて被爆者集団を調査し,被曝群における発生頻度と対照群における発生頻度を比較するという形や,低線量から高線量を被曝した被曝群において性,年齢等を考慮した回帰分析を用い,単位線量当たりのリスクを評価する方法等で行われる。
放影研では,リスク評価として絶対リスク,相対リスク及び寄与リスクという指標を用いている。
(イ) 絶対リスク
絶対リスクとは,観察期間中に,集団中に生じた疾病(死亡)の総例数又は率である。なお,リスクを示す場合,通常,1万人年(人年は,人数と観察年数の積を表す単位)当たり,あるいは1万人年Gy当たりで表されることが多い。
(ウ) 過剰絶対リスク
過剰絶対リスクとは,被曝群と対照群の絶対リスクの差をいい,放影研の疫学データでは,放射線被曝集団における絶対リスクから,放射線に被曝しなかった集団における絶対リスク(自然リスク)を引いたものを意味する。
(エ) 相対リスク
相対リスクとは,被曝群と対照群の死亡率(あるいは発病率)の比をいう。
(オ) 過剰相対リスク
過剰相対リスクとは,相対リスクから1を引いたもので,調査対象となるリスク因子によって増加した割合を示す部分をいう。
(カ) 寄与リスク
被爆者は,当然放射線以外の発がん要因にも曝露されているので,被爆者に発症したがんのうち,放射線によって誘発されたがんの割合を推定する必要があるが,この割合を寄与リスクと呼んでいる。審査の方針において用いられている原因確率の値はこの寄与リスクの値に由来している。
(キ) 線量当たりのリスクの推定
線量当たりのリスクを推定するためには,疫学調査データから線量反応関係の形を推定し,それをモデルとして線量当たりのリスクを推定するのが一般的であり,通常,次の3つのモデル,すなわち,線形にリスクが増加する直線型,線量の自乗に比例して増加する二次曲線型,その中間となる直線―二次曲線型,が使われている。一般的に,線量当たりのリスクの推定は,白血病では直線―二次曲線型,白血病以外のがんでは直線型に適合すると考えられている。
エ 寿命調査集団におけるリスクの算出方法
放影研における寿命調査集団を対象とする疫学調査報告では,放射線リスク評価は,被曝線量の程度に応じていくつかの群に分けた被曝群と対照群とを比較するのではなく,ポアソン回帰分析を用いて,対照群をとらない内部比較法によりリスク推定を行い,単位線量当たりのリスクを推定している。
回帰分析法を用いた内部比較法によると,曝露群と非曝露群の2種類しかない集団を比較する外部比較法と異なり,放射線被曝以外の性,年齢等の要因が同様の曝露群同士を比較することができるほか,観察人数,疾病・死亡数や罹患数が十分であるため,曝露要因量における累積死亡率(罹患率)を算出し,直接比較することができる。これにより,ゼロSvの場合と任意のSvの場合の発症率(死亡率)の推定値が出てくるので,単位線量当たりの過剰絶対リスク及び過剰相対リスクが求められる。
オ 原因確率の評価
(ア) 原因確率の意義
原因確率は,個人に発症した疾病とそれをもたらしたかもしれない原因との関係を定量的に評価するための尺度である。リスクが集団における将来的な発生確率を予測しているのに対して,原因確率は,個別の案件における特定の結果があって,遡及的にある要因がその結果を引き起こしたと考えられる割合を意味する概念である。
特定の被爆者に発症したがんについて考えると,当該被爆者は一般の非被爆者と同様に放射線以外の発がん要因にも曝露されているので,がんが発生したとしても一般人のように放射線被曝以外の要因でがんが発生した可能性も考えられる。その中で当該被爆者に発症したがんのうち,放射線被曝によって誘発されたがん発生の割合が原因確率ということになる。審査の方針における原因確率は,前記の寄与リスクに由来している。
(イ) 寄与リスクの基礎となった資料
審査の方針における原因確率の基となったのは,児玉報告書において算出された寄与リスクの値である。当該論文において算出された寄与リスクは,白血病及び固形がんについては,放影研のホームページにおいて公開されている死亡率調査,発生率調査のデータを用いて算定した。なお,放影研のホームページにおいて公開されている被曝線量に関する情報は,死亡率調査のデータファイルではカーマ線量(遮蔽カーマ)及び臓器線量が,発生率調査のデータでは臓器線量が被曝線量値として登録されている。
また,発生率調査は昭和33年から昭和62年までの結果を参照しているが,死亡率調査はそれより11年間長く実施され,昭和25年から平成2年までの結果を参照している。そして,公開されているカーマ線量(遮蔽カーマ)と死亡率調査の結果から白血病,胃がん,大腸がん,肺がんの寄与リスクを求めた。しかし,甲状腺がんと乳がんは予後の良好ながんで,死亡率調査より発生率調査のほうが実態を正確に把握していると考えられるため,発生率調査の結果を用いた。
がん以外の疾病として,副甲状腺機能亢進症について寄与リスクを求めた。副甲状腺機能亢進症は,有病率調査のみ発表されているため,有病率調査結果から寄与リスクを類推した。
(ウ) 原因確率を設定した疾病
「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」において寄与リスク算出の対象となった疾病は,寿命調査及び成人健康調査において,放射線被曝と疾病の死亡・発生(有病)率に関する論文が既に発表されている疾病である。
固形がん及び白血病については,寄与リスクを求めるに当たり次の3群に分けた。
① 部位別に寄与リスクを求めたがん(寿命調査集団による死亡率・発生率の報告で放射線との有意な関係が一貫して認められ,かつ,部位別に寄与リスクを求めても比較的信頼に値すると考えられるがん<胃がん,大腸がん,肺がん,女性乳がん,甲状腺がん及び白血病>)
② 原爆放射線に起因性があると思われるが,部位別のがんの症例数が少ないなどの理由により,個別のがんごとに寄与リスクを求めると信頼性が足りなくなるため,複数部位のがんをひとくくりにして寄与リスクを求めたがん(肝がん,皮膚がん<悪性黒色腫を除く。>,卵巣がん,尿路系<膀胱を含む。>がん,食道がん)
③ 現在までの報告では部位別に過剰相対リスクを求めると統計的には有意でないが,原爆放射線との関連が否定できないがん(①,②以外のがんのすべて)
固形がんの上記③のほか,寄与リスクを求めなかった疾病は,骨髄異形成症候群(最近,放射線との関連が学会で発表されているが,いまだ論文が発表されていない。),放射線白内障(しきい値が求められている。),甲状腺機能低下症(論文発表されているデータからは寄与リスクを算出することができない。),過去に論文発表がない疾病(造血機能障害など)である。
(エ) 寄与リスクを求める際の被爆時年齢及び被爆後の経過年数の影響
白血病及び固形がんの放射線による過剰死亡及び過剰発生は,性,被爆時年齢の影響を受ける。このうち,白血病については,被爆後10年を発生のピークとして,その後年数の経過とともに過剰相対リスクは急激に低下しているため,昭和55年から平成2年までの間におけるデータに基づき算出した。固形がんについては,寄与リスクは観察期間の平均を使用した。性差,被爆時年齢によって過剰相対リスクに有意差があるがんについては,性別,被爆時年齢別に寄与リスクを求めた。
(オ) 原因確率を適用することの合理性
以上のような調査,研究を経て算出された寄与リスクに基づき,疾病,被爆時の年齢,性,及び被爆時の爆心地からの距離や被爆当時の行動等から推定される被曝線量を考慮の上,被爆者に発症した疾病のうち,放射線被曝によって誘発された疾病発症の割合を算出したのが原因確率である。これを疾病及び性に応じて被爆時年齢及び被曝線量ごとに表にしたものが,審査の方針の別表1~8である。
原因確率は,放影研による疫学情報を基に,最新の科学的知見を踏まえて,個人に発症した疾病とそれをもたらし得た原因との関係を定量的に評価するために作成された尺度であって,その科学的合理性は明白であり,現在これ以上の科学的方法は存在しないといっても過言ではなく,原爆症認定以外でも応用される確立した手法である。そして,審査の方針は,この原因確率を基礎として,当該申請被爆者の疾病について放射線起因性を検討することとしているのであるから,その合理性もまた明白である。
そして,放射線起因性の判断に当たっては,原因確率において示された数値を参考に,申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮して個別的に起因性を判断している。これは,原因確率の算出に当たっては,申請疾患,性別,被爆時の年齢,及び被曝線量以外の要因を考慮しないため,原因確率は,厳密には,当該被爆者の疾病が放射線に起因する可能性についての割合を直接示すものとはなっていないことから,原因確率から機械的に放射線起因性を判断することになれば,原因確率の算出において考慮された上記要因以外の申請疾患に関する他の要因が除外されてしまうこととなり,個別具体的な事案において,放射線起因性が客観的に存する場合を取りこぼしてしまうというおそれも否定できないことによるものである。そこで,そのようなおそれを可及的に減らし,個別具体的な申請疾患についての放射線起因性の判断をより適切に行うため,申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等も総合考慮しているのである。
カ 1審原告らの主張に対する反論
(ア) 1審原告らは,原因確率10%以下を切り捨てており,誤っている旨主張する。
しかし,審査の方針は,上記のとおり,原因確率を機械的に適用しているわけではなく,原因確率の算定において要因とされていない既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案するとしているから,1審原告らの上記主張は失当である。なお,原因確率がおおむね10%未満である場合に,放射線起因性が低いと推定することは,先に述べたような原因確率の趣旨からして,何ら不合理ではない。むしろ,放射線起因性が低いと推定する値をおおむね10%未満としていることは,法律判断としての適否という観点から求められている訴訟上の因果関係において要求される高度の蓋然性という観点からすれば,申請者を切り捨てるどころか,むしろ,被爆者援護法の趣旨に照らし,高度の蓋然性を緩和して,可及的に原爆症の認定をしようとするものである。
(イ) 1審原告らは,放影研の疫学調査について,比較対照群として非曝露群の設定をしていない等,調査集団の設定に誤りがある旨主張するが,外部比較法によって正確な調査結果を得るためには,曝露群と非曝露群とが調査対象とする要因以外の要因につきできる限り異ならないことが要求されるところ,放影研においても外部比較法に基づく解析も併せて行われたことがあったが,そのような対象群を得ることが困難であり,外部比較法では重大なバイアスを生じていた可能性があるため,ボアソン回帰分析による方式を採用したものである。そして,放影研のこのような疫学調査は,ICRPや国際連合原子放射線影響科学委員会等の国際的団体において現実に活用されており,全世界的にその有用性が認められている。
以上によれば,内部比較法による放影研の調査方法は科学的に妥当なものであり,非曝露群を設定して比較する方法がかえってリスク評価を誤る可能性のある不合理なものであるから,1審原告らの上記主張は失当である。
(ウ) 1審原告らは,放影研の疫学調査において,疫学調査の対象や調査手法等の問題があると主張するが,この点についての主張も,以下のとおり失当である。
a 1審原告らは,被曝が人体に及ぼす影響を調べるなら,疾病の発症率でみるべきなのに,死亡率の調査がされている旨主張するが,放影研においては,「癌発生率・充実性腫瘍」という調査結果も使用しており,死亡調査だけを基礎としているのではないし,高い信頼性を持つように設計されているものであり,死亡率調査の結果に基づいていることを理由に被爆者のがんのリスクや被曝影響の推定に用いる合理性が否定されるものではない。
b 1審原告らは,放影研の疫学調査においては,被曝態様について,放射性降下物を浴びたかどうか,原爆投下後にどのような行動を取ったか,内部被曝をした可能性がどの程度あるかといった点を区別すべきであるとの前提に立った上で,低線量被曝のリスク,放射性降下物によるリスク,残留放射線によるリスク,内部被曝によるリスクを持った集団同士の比較をすることになるから,初期放射線以外による被曝のリスクの分だけ,原爆放射線のリスクが過小評価されてしまう,などと主張する。
しかしながら,前記のとおり,残留放射能及び放射性降下物についてはDS86の策定時に線量推定が行われており,現在の放影研の疫学調査もこの推定値を基に推定線量を算出して疫学的検討を行っている。また,内部被曝による被曝線量がごく微量であることは上記のとおりである。さらに,個々の被爆者がどのような残留放射線によってどの程度被曝したかということは,現時点では正確に把握することができず,現在被爆者に生じている症状からも窺い知ることはできない。したがって,1審原告らの上記主張は,およそ不可能な調査をすべきであるとの前提に立って放影研の疫学調査を批判するものであって,失当である。
c 1審原告らは,調査開始時点で放射線の影響を受けにくい被爆者が選択された,調査開始時期が原爆投下後5年経過した昭和25年であり,それ以前の死亡は反映されないことからバイアスが排除されない旨主張する。
しかしながら,現時点において認定申請する被爆者は,原爆投下後5年経過時に生存していた以上,当時の生存者を対象とした疫学調査によるリスクは,認定申請者にも当然妥当する。ABCC及び放影研が調査対象とした寿命調査集団は10万人以上にも及び,また,成人健康調査集団も2万人程度であることからすると,健康な被爆者のみが選択されたおそれは存しない。
d 1審原告らは,放射線の影響を受けやすい被爆者が発病・死亡によって調査対象から外れていくことを考慮していないなどと主張する。
しかしながら,そもそも,コホート研究における追跡調査は,発病や死亡がみられた者も含めて,現在までのコホート集団を文字通り追跡調査していくものであるから,発病・死亡によって調査対象から外れていくということはあり得ないのであって,統計処理の時点より前に死亡した者も,観察人年当たりの死亡に計上されているのであるから,1審原告らの上記主張は,研究方法についての理解を誤ったものである。
(エ) 1審原告らは,放影研の疫学調査では中性子線の生物学的効果比を考慮した上で臓器ごとの線量当量を用いているのに,審査の方針では放射線白内障以外について中性子線の生物学的効果比を無視しているなどと主張する。
しかしながら,推定被曝線量の絶対値が生物学的効果比を用いることによって増加したとしても,コホート集団である原爆被爆者において観察される疾病発生や死亡といった事象には変更が生じないのであるから,調査対象である個々の被爆者の推定被曝線量が増加するということは,単位線量当たりの過剰相対リスクが減少するだけであり,個々の被爆者の被曝線量の絶対値の増加が単位線量当たりのリスクの減少と相殺され,結果として個々の被爆者の被曝線量における過剰相対リスクの値やその線量での寄与リスクの値はほとんど変化しない。また,生物学的効果比を考慮した場合,吸収線量における中性子線の割合に応じて等価線量の絶対値は増加するので,ガンマ線と中性子線の割合が常に一定でないとすれば,等価線量の絶対値が変わってくることになり,発症率も変わってくることになるが,それでも大幅に寄与リスクが変動することはない。
キ 医師団意見書に対する反論
1審原告らは,医師団意見書をもって,1審原告らの放射線起因性を立証しようとしている。
(ア) そして,その医師団意見書は,原爆被爆者には単一がんのみならず多重がんが発生する可能性も高いとする。
しかし,がん治療の進歩等により罹患の割に死亡する割合が減少し,その分余命も延びることとなって,初発がん罹患後の生存期間が延長し,高齢になるほど他のがんに罹患するリスクも大きくなるから,多重がんの発生の頻度も高まることになり,その事情は被爆者についても同様である。また,若年被爆者は高年齢被爆者よりも余命が長いから,多重がんの頻度が高いこともまた当然である。現段階において被爆者集団で有意に多重がん発生のリスクが増加していることを示す科学的知見はない。
(イ) また,医師団意見書は,前立腺がんの発生は被爆者に高い可能性があるとするが,放影研の寿命調査報告(第13報)においても前立腺がん死亡率の有意な増加が認められておらず,発生率からみても,原爆放射線被曝と前立腺がんの発生に有意な関係は認められていない。
また,医師団意見書は,臨床的に発見される進行した前立腺がんはどの角度からみても遠距離・入市被爆者群に多く発生していると述べるが,前立腺がんに放射線起因性があるならば線量反応関係があるはずで,近距離被曝群で最も高頻度になるはずであり,遠距離・入市被爆者に前立腺がんが多いという報告が確かなものであれば,逆に,放射線起因性は否定的であるとみるのが科学的に妥当な解釈である。
(3) 確定的影響に係る疾病
申請疾病の中には,放射線白内障のように,生体反応を引き起こす限界線量であるしきい値が実証的に明らかにされている確定的影響に係る疾病がある。審査の方針では,放射線白内障について,しきい値を1.75Svと定めているが,これもそのような実証的研究に基づくものである。
審査の方針では,このようなしきい値を機械的に適用して判断することがないように戒めているものの,しきい値を下回っているという事実自体は,最も重視されなければならない。
このように確定的影響に係る疾病について,放射線起因性があるというのであれば,自らの被曝線量とその程度でも当該確定的影響に係る疾病が発症し得ることの高度の蓋然性が科学的な根拠をもって立証されなければならない。
(4) 原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が確立されていない疾病
ア 申請疾病には,原爆の放射線との関連性を示唆する科学的知見がないものもある。審査の方針では,それでも,それだけで放射線起因性を否定することなく,「原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を判断するもの」と戒めている。しかし,そうはいっても,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見がない以上,通常は,放射線起因性について高度の蓋然性があるとはいえないと判断されてやむを得ないというべきである。
申請疾病の中には,老人性白内障,糖尿病性白内障,甲状腺機能低下症,橋本病,高血圧,脳梗塞後遺症,椎骨脳底動脈循環不全,慢性虚血性心疾患,鉄欠乏性貧血症のように,放射線以外の要因によって発症したことが明らかであるものもある。こうした疾病の発症又は増悪に50年も前に被曝したという原爆放射線が寄与したとして,原爆症認定を求め,放射線起因性があるというのであれば,まず,それぞれの疾病と原爆放射線との関連性を調査した疫学的な知見等によって,両者の関連性が一般的に認められることが高度の蓋然性をもって立証されなければならず,その上で当該申請者の被曝線量を明らかにし,その程度の被曝線量であれば,その申請疾病の発症又は進行に寄与したといえること,すなわち,個別的な因果関係が高度の蓋然性をもって立証されなければならない。
イ 1審原告らは,他の要因が関係していることが明らかになったとしても,それにより放射線起因性が全面的に否定されるものでもなく,放射線がその発病を促進し,治癒を困難ならしめた可能性がある以上は放射線起因性を認めるべきであるなどと主張する。
しかし,原爆放射線が「発病を促進」したなどと主張するのであっても,そのこと自体の立証責任は1審原告らにある。
1審原告らの上記主張は,原爆放射線に何らかの被曝をした者が,数十年後に1審原告らの申請疾病等と同様の疾病を発症させれば,その発症には必ず原爆の放射線が何らかの寄与をしているとの誤解を所与の前提としているのである。しかし,現実には,1審原告らと全く同じような状況で被爆したにもかかわらず,1審原告らが訴えるような申請疾病等に罹患しない者も多数存在し,むしろその方が圧倒的に多い。逆に,1審原告らの申請疾病等は,被爆者であろうとなかろうと,日本中でごく一般的にみられる疾病である。このような事実を見据えるならば,1審原告らの申請疾病等の発症等に数十年前の原爆の放射線が必ず寄与しているなどと決めつけることはできない。あくまでも,放射線起因性の立証責任は,1審原告らにあるのであって,1審被告らは,「放射線起因性がないこと」の立証責任を負うものではない。
(5) 放射線起因性の判断と治療指針
1審原告らは,治療指針及び実施要領を引用し,その観点から,原爆症の認定がされるべきである旨主張する。
しかしながら,これらは昭和33年当時の一般の臨床医が被爆者の健康診断及び治療をするに当たって考慮すべき点について定めたものであり,原爆症の認定基準を定めたものではない。1審原告らが指摘する被曝線量に関する記述も,DS86が完成した昭和61年よりも30年近く前の知見に基づき,放射線の影響を受けた者を見落とすことのないように設けられた大まかな目安にすぎず,およそ現在の科学的知見に基づくものではない。これらは,その後の知見の蓄積により,その意義は完全に形骸化し,現在では廃止されている。
6 医療分科会の専門的な判断の重要性
厚生労働大臣は,原爆症認定を行うに当たり,認定審査会の意見を聴かなければならない。これは,申請疾病が原爆放射線によるものかどうかの判断は極めて専門的なものであるため,客観性,公平性を担保するためにも,医学・放射線防護学等の知見を踏まえた判断をする必要があるとの趣旨によるものである。申請疾病の放射線起因性について検討する認定審査会の分科会である医療分科会の委員は,疾病の放射線起因性や要医療性の判断について高い識見と豊かな専門的知見を備えた専門家である。こうした委員が,被曝線量の評価方法に関する科学的な知見や,原爆放射線と様々な疾病の発症との関連性について調査した疫学的知見等に関する最新の動向を常に把握し,新たに発表される個々の様々な知見についての科学性,学術性を高度に専門的な見地から総合的に評価しつつ,常に最新の科学的知見に基づいて申請疾病の放射線起因性についての判断をしている。
本件においても争点となっている,原爆の初期放射線,放射性降下物及び誘導放射線による被曝線量評価,内部被曝の影響の評価や,遠距離・入市被爆者にみられたという急性症状を被曝によるものであると認めることができず,急性症状を根拠にして申請疾病に放射線起因性を認めることはできないとの判断も,医療分科会のこのような専門的判断に基づいているのであるから,その結論は,最大限尊重されるべきである。
第21審原告らの原爆症認定要件該当性(争点②)
【1審原告らの主張】
1 原爆症認定の対象となる疾患
(1) 原爆症認定の対象疾患
被爆者援護法10条,11条によれば,原爆症認定の要件は,申請者の有する疾病等に放射線起因性があり,かつ,要医療性があることの2点であり,原爆症認定の対象となる疾病等につき,何の限定も加えておらず,申請疾病名を明示して申請することも要件とされていない。このような規定からすれば,被爆者が現に有する疾病等の放射線起因性と要医療性を被爆者単位で認定する手続であって,個々の疾病の放射線起因性が問題なのではなく,当該被爆者が現に有する疾病等が対象とされていると解すべきである。
(2) 違法性判断の対象
1審原告らは,本訴訟において,1審被告厚生労働大臣による原爆症不認定処分が違法であることを理由にその取消しを求めているが,上記のような被爆者援護法の規定からしても,その訴訟物は,上記2要件を認めなかった行政処分の違法性自体であって,個々の違法事由ではない。個別の違法事由は,行政処分の違法性を根拠付ける攻撃防御方法の1つにすぎず,口頭弁論終結時まで追加・変更が可能である。
したがって,原爆症認定の対象となる疾患は,処分時に1審原告らが有していた疾患すべてとされるべきであり,原爆症認定申請の際に1審原告らが提出した書類に申請疾患と明示していた疾患に限られるものではない。
(3) 審査手続における対象疾患
実際,認定審査会(医療分科会)の手続において,申請疾患のみに限らず,認定申請書及び添附書類に記載された原爆に起因すると思われる疾病等や自覚症状のうちから,原爆症認定の可能性が認められるものを抽出し,必要に応じて申請者等から関係資料の提出を受けた上で,審査の対象としていることは,1審被告らも自認するところである。このような点からも,原爆症認定の対象となる疾患は,申請の際に1審原告らが提出した書類に申請疾患と明示していた疾患に限られるべきではない。
なお,1審原告らが有する疾患は,それら一つ一つの放射線起因性,要医療性を切り離して判断できるものではなく,申請疾患だけに限定して判断することはできない。1審被告らは,申請疾患の放射線起因性を判断するため申請疾患以外の疾病の罹患状況などを考慮することが有益になる場合があると主張しているが,このような主張自体,一つ一つの疾病を切り離して判断することはできないことを自認するものである。複数の疾病が認定されても給付される医療特別手当の額が変わらないという点にも,一つ一つの疾病を切り離して考えるのではなく,放射線起因性がある疾病等により治療を必要としている被爆者を原爆症として認定するという原爆症認定のあり方が示されている。
現に,1審被告らは,X1に係る処分について,「当該却下処分は,本来,X1の4疾病につき原爆放射線による起因性がないとして却下すべきものであった」と主張していて,X1に係る処分を下すに当たって,申請書の「負傷又は疾病名」欄に記載された疾病以外の疾病について,放射線起因性の有無を判断していたことを,自ら認めている。1審被告らは,後になって,厚生労働大臣による認定の対象となるのは,あくまで「申請疾患」であり,医師意見書等に記載されている疾病は,「申請疾患」の放射線起因性を判断するという目的のために検討されたものであると主張を変更したが,このような矛盾する主張をすること自体,原爆症認定審査の杜撰さとともに,1審被告らの主張の不当性を明らかにするものといわなければならない。
2 急性症状としきい値論について
1審被告らは,1審原告らに生じた各急性症状について,① 急性症状にもしきい値があり,1審原告らに生じた下痢,脱毛,鼻血,倦怠感,疲労感等の「急性症状」はそれらのしきい値に満たない,② 放射線による急性症状には一定の所見があるが,1審原告らに生じた上記「急性症状」はその所見に合致しないとして,1審原告らの主張する急性症状は,被曝による急性症状ではなく,原爆放射線と無関係な他原因によるものであると主張する。
しかし,その見解は誤っている。その理由は以下のとおりである。
(1) 第1に,そもそも1審被告らの主張する被曝線量の考え方自体,これまでの同種訴訟判決においても完全に否定されてきたものであり,この考え方が間違っていることは明らかである。
(2) 第2に,1審被告らの主張する急性症状しきい値論自体間違っている。1審被告らの主張する急性症状しきい値線量は,放射線取扱い施設における臨界事故や原子力発電所事故などの経験から得られたいわゆる「急性放射線症候群」において理解されているしきい値線量であり,これらの被曝態様は,短時間の高エネルギー放射線照射によるとみられる。これに対し,原爆被曝は,数キロメートルにわたる市域全体が瞬時に一大照射域となり,引き続き放射性物質に満ちた一大線源域となり,個々の被爆者は照射瞬間から持続的に短・長半減期の放射性同位元素にとらわれ,しかも,外部のみならず,複雑な内部被曝にさらされたものであり,被曝実態が異なるのである。原爆による急性症状に1審被告らの主張する急性症状のしきい値線量は妥当しないものである。
(3) 第3に,上記①により急性症状の放射線起因性を否定することは,本末転倒の議論である。すなわち,1審被告らの信ずる被曝線量自体が誤ったものであることから,仮に,被曝による急性症状のしきい値論なるものが正しいとすれば,逆にいえば,急性症状を発症した被爆者はそのしきい値を超える放射線を被曝したことの裏付けになるだけのことである。
(4) 次に,上記②の立論について反論する。
原爆による被曝においては,被爆者の原爆投下時の場所,遮蔽の有無,被爆後の場所の移動や各場所の滞在時間やその場所での行動内容,被爆者のいた場所にある物質の種類・量,被爆者の飲食等生活状況が,被爆者個々人によって異なり,被爆者個々人により直爆による放射線,誘導放射線,内部被曝による放射線の被曝態様が異なる。すなわち,被爆者個々人により,被曝した放射線の種類,放射線の量,被曝した時間,被曝した体の部分もすべて異なる。また,被爆者個々人の放射線感受性,体質,当時の体調等にも個人差がある。
したがって,原爆被曝による体調の変化(急性症状,その後の原爆症等)は,被爆者個々人により,十人十色,みんな違うものであるはずであり(そのメカニズムは,未だ解明されないものが多い。),現に,被爆者はみな(1審被告らが被爆者として認めているものも含め),急性症状も,その後の原爆症も,被爆者によりその疾病の種類や数,同種の疾病でもその発症パターン等は,個々人により全く異なっている。
例えば,脱毛の仕方をとってみても,被爆者の聞き取りや,諸調査報告でも,必ずしも1審被告らの主張のような形に限定されていない。髪を梳いたときに抜けた,朝,枕にたくさん毛髪がついていた,周りに指摘されて気づいた等,多様である。したがって,1審被告らの主張するパターン以外の脱毛は,被曝によるものではない等とは到底いえないのである。脱毛の多様性は,毛髪の成長サイクルの中で放射線感受性の高い時期が関係しており,更に被曝の多様性や生体反応の多様性も影響していると考えられる。
したがって,1審原告らに生じた下痢,脱毛,鼻血,歯茎からの出血,倦怠感,疲労感等の「急性症状」が多少1審被告らの主張するパターンと合致しないからといって,それだけをもって,被曝による急性症状ではないということはできず,逆に,1審原告らが相当の線量の放射線を被曝していることは,前述のとおり明らかであることからして,それらの「急性症状」は被曝による急性症状というほかない。1審被告らは,数値のみによる机上の空論を展開しているにすぎない。
3 1審原告らの原爆症認定要件該当性
(1) X1
ア 被爆状況
X1(昭和2年*月*日生,被爆時18歳)は,爆心地から約1.5kmの地点にあった廣島赤十字病院寄宿舎(木造2階建)の1階で,ガラス窓のすぐ横に立って,左斜め上を見ていた状態で被爆し,黄色い閃光を見ており,体に無数のガラス片が刺さった。
被爆当日の夜,広島県産業奨励館(爆心地)に隣接していた日本赤十字社廣島支部まで上司を探しに行き,同人の遺体を発見した。また,被爆当日から廣島赤十字病院で被爆者の看護に当たり,昭和20年8月7日以降同月12日ないし13日ころまでは,市役所や紙屋町近くの小学校へ出張看護に行っていた。その間,水道水を飲んだり,病院の地下で炊かれたご飯を握ったおにぎりを食べたりしていた。
X1は,昭和21年3月に看護学校を卒業するまで,廣島赤十字病院で治療活動を続けた。
上記のような被爆及びその後の行動からして,X1は,多量の初期放射線に被曝している上,大量の残留放射線にさらされ,相当量の放射性物質を体内に取り込んで,かなりの内部被曝があったと考えられる。
イ 急性症状等
被爆後,X1は,多くの急性症状を発症することとなった。
被爆後2,3日目から下痢が始まり,昭和20年9月まで続いた。歯茎からの出血が始まり,怪我をして血が出ると止まりにくいこともあった。同月には高熱を発している。口内炎ができたこともあった。同年8月の終わりころから脱毛に気付くようになった。脱毛については,櫛を通すとごっそり抜ける状態であり,このような状態が2か月くらい続いた。同年9月には白血球が減少しているといわれている。
このように,X1は,原爆放射線特有の急性症状をほとんど発症している。
ウ その後の症状の経過等
(ア) 昭和24年6月,X1は,右眼の中央が見えていないことに気付いた。D眼科を受診すると,真ん中が焼けていて両端で見えているとの診断であったが,通院しても無駄,仕方ないと思い,また舅・姑と同居していたため通院しにくかったことも重なり,通院はせず我慢して過ごすこととなった。しかし,一層右眼が見えにくくなってきたこと,左眼もごろごろして調子が悪くなってきたことから,昭和52年にE眼科を受診した。E眼科では,右眼が失明している,両端でも見えなくなってしまったのは白内障が原因といわれ,左眼の調子が悪いのは白内障の前兆のようだともいわれた。その後,平成6年に左眼が白内障であると診断された。
このような症状のため,X1は,昭和52年以降E眼科に通院し,点眼治療等を受けることになった。平成7年1月の阪神大震災で交通が寸断されてしまったことから,通院を断念することになったが,平成11年からF眼科へ通院するようになった。平成15年12月に骨折したことから一時期通院を中断した期間もあったが,現在に至るまで通院を続けている。
(イ) X1は,30歳(昭和32年)のころから歯が抜け始め,40歳(昭和42年)で総入れ歯となった。また,そのころまで歯茎からの出血が続いていた。
(ウ) 看護学校を卒業したX1は,fの海軍病院,国立G病院,国立療養所H園に勤め,f病院とH園では婦長を務めるなど,忙しく勤務することとなった。また,昭和42年に舅が倒れたのをきっかけに病院勤めは辞めたものの,家業(寺),舅・姑の介護・看護に追われることとなった。そのため,X1自身は,夫との夫婦生活についての欲求がないなど,疲れやすさ,だるさに類似する症状も見られた。
エ 現在の症状
X1は,右眼球癆,左白内障,左糖尿病性網膜症,両涙液分泌減少症を患っている。右眼は,点眼をしなかったらかゆくなる,乾燥して開きにくくなる,逆まつげになりやすい,といった症状が続いている。左眼は,白内障のため視力が落ち,出血しやすい状態となっている。
このような状況の下,X1は,点眼薬治療,検査や止血のためのレーザー治療を受けている。
オ 調査嘱託により明らかになった事項
調査嘱託<F病院>回答,X1のカルテには,左眼後嚢下混濁のスケッチがされている(平成8年9月2日,平成9年2月17日,平成10年4月21日等多数)。
カ 放射線起因性の要件該当性
(ア) X1は,① 爆心地から1.5kmという近距離で被爆していること,② 被爆時に無数のガラス片が刺さったほか,被爆当日に爆心地の直ぐ近くまで歩いて行っており,昭和20年8月7日以降も重篤被爆者の看護に従事し,爆心地近くを行き来し,食料・飲料水も現地のものを摂取していることから,放射性生成物や降下物により外部被曝及び内部被曝をしていること,③ 被爆後,2か月以内に多くの急性症状を発症していること,④ 白血球の減少を指摘されていること,等の事実に照らせば,原爆放射線による被曝がその身体へ影響していることは明らかである。
そして,右眼については,閃光によって網膜が焼け,白内障の進行も影響し失明するに至っている。左眼についても,白内障及び糖尿病性網膜症を患っている。加えて,両涙液分泌減少症を患っている。
(イ) なお,白内障については,原爆被爆者の放射線被曝と水晶体所見の関係において遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められるなどの知見が得られており,被爆者の遅発性放射線白内障や早発性の老人性白内障が,事実上しきい値のない確率的影響である可能性が示唆されている。また,X1は糖尿病を患っているが,左眼についても糖尿病に罹患する前から白内障との診断を受けており,左眼の白内障が糖尿病だけによるものとは考えられない。さらに,放射線により網膜の血管が脆弱になるという影響が生じることから,左眼の糖尿病性網膜症も,放射線による悪影響により生じていると考えられる。
(ウ) そして,上記調査嘱託回答によれば,X1の左眼に放射線白内障の特徴である後嚢下混濁があることが認められている。
もちろん,後嚢下混濁が存在することだけをもって,放射線白内障であると判断できるわけではない。しかし,これまでに主張してきたX1の被爆状況,被爆後の行動,急性症状が見られることといった事情に照らせば,同人が相当量の被曝をしていることは明らかである。また,高線量被曝群,特に若年被爆者について後嚢下混濁の上昇が成人健康調査の眼科調査で報告されているところ,X1は被爆当時18歳と若年であった。これらの事情と後嚢下混濁が認められた事実をあわせ総合的に判断すれば,X1の疾病が放射線に起因することは明らかである。
キ 要医療性の要件該当性
X1は,左眼について,術後抗生物質の点滴を受けてきたが,現在は,白内障治療のための抗生物質と消炎剤の点眼治療を受けている。また,右眼についても点眼治療を行っている。さらに,現在は膿瘍が左眼にあることから白内障手術ができないでいるが,白内障の手術が必要な状況にある。このような事実に照らせば,X1が受けている治療が,今後効果の期待し得る可能性を否定できない治療であることは明らかである。
ク 本件X1却下処分の理由に係る1審被告らの主張の変更について
1審被告厚生労働大臣は,X1の申請疾病について放射線起因性を認めた上で,要医療性を否定して,本件X1却下処分を行い,1審被告らは,本件訴訟においても当初は,X1に放射線起因性があると認めたことについて明らかに争っていなかったところ,その後,認定審査会においてX1の4疾病についてはいずれも起因性がない旨の判断をし,その答申を受け却下処分の手続を進めていたところ,誤って他の様式(放射線起因性を認めた上で要医療性がないとして却下するもの)を用いて作成したものであると主張し,放射線起因性をも否定するに至った。
しかし,自己に不利益な事実をあえて自白した以上その事実は真実に合致している蓋然性が高いし,厚生労働大臣が行うものとされている原爆症申請に対する却下処分という手続が,様式を誤るなどの事態が生じるようなものとは到底考えられず,その主張の変遷(自白の撤回)の経緯の不自然さに照らしても,主張の変更こそ事実に反する疑いが極めて高い。
しかも,自白の撤回は,自白を信頼した者の活動を妨げることから許されるべきでないし,とりわけ行政機関については,国民の法的安定性・期待可能性という観点から,通常の当事者間以上に自己拘束力が要求されるというべきである。
また,1審被告らは,取消訴訟における理由の差し替えが無条件に許されるかのような主張をするが,行政処分に理由付記が義務付けられている(行政手続法8条)趣旨にかんがみ,そのような主張が不当であることは明らかであり,理由の差し替えは認められないとすべきである。
ケ 放射線起因性がないとの1審被告ら主張に対する反論
(ア) X1の被曝線量について
先に述べたX1の被爆状況からして,1審被告らの「ほとんど被曝していない」との主張は失当である。
仮にX1の初期放射線量が1審被告らの主張する0.35Gyだったとしても,審査の方針別表1-1にあてはめてみれば,原因確率が50%を超えることもありうる。
(イ) X1の被爆後の行動と放射線降下物及び誘導放射線による被曝について
初期放射線以外の被爆についても1審被告らは「ほとんど被曝していない」と主張するが,被爆後のX1の行動からして失当である。
なお,1審被告らは,X1が原爆投下当日に爆心地近くに立ち入った事実を否定しているが,その根拠は,「市は大火に包まれ,爆心地区に立ち入ることを長時間にわたって困難にした。」と極めて抽象的な記述がされている文献のみであり,原爆投下当日に爆心地近くまで立ち入ったとされる記録は多数残されており,原爆投下当日に爆心地近くまで立ち入った出来事を具体的に供述しているX1の説明を覆せるものではない。
(ウ) 左白内障の放射線起因性について
a 放射線白内障の特徴について
1審被告らは,未だに人体影響1992から引用された条件を放射線白内障の基準として主張している。
しかし,放射線被曝と白内障に関する知見は,近時,著しい発展を見せており,被爆者について早発性の皮質混濁及び遅発性の後嚢下混濁の増加といった現象が確認されている。このような結果や報告は,原爆放射線や白内障についての専門家である研究機関によってもたらされたもので,十分信用に値するものである。
b X1の発症時期について
1審被告らは,X1が平成6年以前に左白内障を発症していた可能性に関して,調査嘱託<E眼科>回答をひいて,上記事実を裏付ける医証がないと主張するが,同回答は単に診療記録等が残っていないとするもので,X1の供述を否定する趣旨のものではない。
また,仮に,調査嘱託<F病院>回答に基づき左白内障の発症時期が平成5年より前と判断されなかったとしても,後述するとおり,かかる事実をもって左白内障の放射線起因性が否定されることにはならない。
c 老人性白内障について
1審被告らは,X1が左白内障を発症したのは平成6年であることを前提に,当時のX1と同年齢であれば被爆の有無を問わず老人性白内障を発症する可能性が高いことを指摘している。
しかし,疫学的に,早発性の皮質混濁・遅発性の後嚢下混濁について有意な放射線リスクが認められているのであるから,老人性白内障の可能性があるとの一事をもって放射線起因性が否定されることにはならない。X1の左白内障の放射線起因性についても,左白内障の発症時期だけでなく,その他の諸要素を総合考慮しながら判断されなければならない。
1審被告らは,F病院のカルテに記載された初診時の左眼のスケッチに後嚢下混濁を示す所見は認められないことを指摘して老人性白内障の所見であると主張したり,皮質混濁が後嚢下混濁に先行・合併することは放射線白内障においてあり得ないと主張したりし,混濁の特徴をもって放射線起因性が否定されると主張している。
しかし,1審被告らの主張は,国際的な研究の流れや実態に照らし採り得るものではない。疫学的に,後嚢下混濁・皮質混濁を問わず有意な放射線リスクが認められている。したがって,皮質混濁の存在により放射線起因性が否定されることにはならない。
また,初診時の左眼のスケッチに関する主張は,初診時のカルテに後嚢下混濁のスケッチがないというだけであり,初診から1か月も経っていない平成8年9月2日のカルテのスケッチには後嚢下混濁があると記録されているのであって,医師によって全てのスケッチを厳密に記載するとは限らない。
次に,1審被告らは,X1に処方された点眼薬は初期老人性白内障に適応がある治療薬であると主張する。しかし,検査等の結果から放射線性,老人性,糖尿病性を判別する検査結果を得ることはできず,仮にX1が初診時から老人性白内障に適応する点眼薬の処方を受けていたとしても,その処方は「放射線に起因する白内障ではない」との判断によりなされたものとはいえない。
d 糖尿病性白内障について
1審被告らは,X1が左白内障を発症するより前に糖尿病に罹患していた可能性があること,左白内障に係るカルテのスケッチの特徴等からX1の左白内障が糖尿病性白内障であると考えられることを指摘し,左白内障の放射線起因性を否定する根拠としている。
しかし,皮質混濁の存在により放射線起因性が否定されることにはならないことは既述のとおりである。
また,糖尿病の有無にかかわらず放射線リスクが認められている文献もあり,仮に左白内障より先に糖尿病を発症していたとしても,かかる事実をもって放射線起因性が否定されることにはならない。
e X1の急性症状について
1審被告らは,X1の急性症状について,X1は急性症状を発症するほどの原爆放射線の被曝をしていないと断定し,また,放射線による急性症状の現れ方と異なるとして,X1に生じた症状が急性症状ではないとの主張を展開している。
しかし,まずX1の被曝の程度に係る1審被告らの主張が事実に反することはこれまでに主張したとおりであり,かかる主張を前提として展開される主張は採り得ない。また,急性症状が全ての人に同じ時期・頻度で生ずるとは考え難く,「被曝による急性症状」の定義をし,それに外れる症状は被曝による急性症状ではないなどとする1審被告らの主張は,被爆の実相を全く理解しない,不当なものである。
さらに,1審被告らは,X1の歯齦出血について,痛みや潰瘍を伴っていないなどと主張しているが,同人の歯齦出血が痛み等を伴うものではなかったことを示す証拠はない。
(2) X2
ア 被爆状況
X2(昭和5年*月*日生,被爆時15歳)は,昭和20年8月9日長崎市に原爆が投下された当時,長崎県立g高等女学校在学中(4年生)であり,工場での勤労奉仕作業に従事していたが,暑いさなかの連日にわたる工場作業の疲れで,さしたる病気でもないのに,工場内の診療医から数日の休養を命ぜられ,被爆時はたまたま自宅(爆心地から約3.3kmの長崎市a町**番地)内にいて,被爆した。
被爆の瞬間,自宅の障子はすべて開けたままの状態であり,強烈な閃光と猛烈な爆風が同時に起こり,X2は,直接原爆の閃光を受けた。家の中にいたX2は,母や姉とともに裏の竹藪にある防空壕に避難した。
X2は,その日,茂里町の工場で被爆しススで体中が真っ黒に汚れた**(同級生)と会い,被爆状況の話を聞き,翌日には,長崎医大で被爆した隣人から被爆後の状況などを聞いた。その隣人は,しばらくして唇が腫れてきて,1週間ほどで亡くなり,隣組の人と協力し,遺体を担架に乗せて伊良林小学校まで運び,その焼却作業に従事した。その際,同小学校の広いグランドでは,あちこちで遺体が焼かれており,煙が無数に立ち上がっていた。
X2は,被爆以後,買ってきたかぼちゃや芋,鰯の配給以外にも,自宅隣の**遺跡で育てられた夏野菜や糠で作った団子を食べるなどしていた。
イ 急性症状等
X2は,被爆まで特段の病気をしたこともなく,健康状態も良好で元気で活発であり,女学校3年生の2学期からは,C兵器製作所で肉体労働中心の勤労奉仕作業を行うようになった。
X2は,被爆直後は緊急事態で気が張っていたものの,周囲の慌ただしさが収まるにつれ,次第に体のだるさを明確に感じるようになった。この体のだるさは,勤労奉仕による過労とは全く別のものであり,言葉では表現出来ないようなものであった。X2はその後,疲れやすい体質に変化した。
X2の被爆以前の健康状態と比較して,被爆後生じた倦怠感は,被曝による急性症状であったといえる。
なお,X2は,原爆被爆者調査票には「原爆による急性症状」の欄に「なし」と記載し,平成14年4月23日付けで提出した原爆症の認定申請書にも,「被爆直後急性症状なし」と記載しているが,これは,X2が,脱毛や下痢,嘔吐等外部に現れる他覚的な健康不具合が急性症状であり,倦怠感はその範疇に含まれないという認識の下に記載しているからにすぎない。
ウ その後の症状の経過等
(ア) X2は,昭和20年9月になっても体調が完全に回復することはなかったが,学校に行きたいという気持ちが強かったため,同月から西山地区にあるg高等女学校に通い始めた。学校のガラスは爆風で全部割れており,頭髪が抜けている生徒が何人もいたり,X2と同じように体調のすぐれない生徒も多くいた。
X2は,学校では西山貯水池を水源とする水道水を飲み,昼食は家から持参した弁当を食べていた。そして,無理をしてでも学校に出ていたが,体が疲れやすく,体調がすぐれないときは学校を休まざるを得なかった。
さらに,その後学校を卒業しても,X2の疲れやすい体質が改善されることはなかった。X2は,学校を卒業したのち教師となったが,疲れや頭痛のために学校を休むことがあった。
X2は,29歳(昭和34年)のときに被爆者健康手帳の交付申請を行っているが,その際の調査票の「疲れやすい」,「視力が衰えた」という欄に印をしている。
X2は,被爆前は健康状態も良好で,すこぶる元気だったにもかかわらず,被爆によって,倦怠感を覚えたり疲れやすくなり,さらには,その後もそのような体調がすぐれない状態が続くことになった。
(イ) X2は,平成2年に**診療所に被爆者健康診断に行った際に不整脈といわれ,そのため循環器の専門医がいるI病院を受診するようになり,平成4年に同病院で甲状腺機能検査を行い,甲状腺機能低下症と診断された。その際行われた甲状腺機能検査の結果,TSH数値が135.1と高値を示している。また,平成16年12月20日の検査でマイクロゾームテスト,サイロイドテストともに100未満と抗体陰性であることが確認され,自己免疫性甲状腺疾患ではないことが確認されている。
X2は,平成4年以来現在まで,I病院で投薬される薬を服用し続けている。
(ウ) また,X2は,平成13年と平成14年には白内障の手術を,平成14年10月には乳がんの手術を受けていた。
その他,X2は50歳代から歯が徐々に抜け始め,骨折も頻繁に起こしていた。
エ 調査嘱託により明らかになった事項
調査嘱託<J眼科院・K病院>回答によって,X2の申請疾病(甲状腺機能低下症,乳がん)について放射線起因性及び要医療性があることが,一層明らかとなった。
(ア) 調査嘱託<J眼科院>回答
上記回答によれば,X2の白内障について後嚢下混濁の存在が指摘されている。後嚢下混濁の存在は,放射線に起因する白内障に見られる大きな特徴の一つである。そして,その存在は,X2の被爆状況や被爆後の健康状態等とあわせ考えれば,X2の白内障の放射線起因性を強く疑わせるものである。
(イ) 調査嘱託<K病院>回答
上記回答によれば,甲状腺に腫瘍,自己免疫疾患,外傷,炎症等の所見は認められず,脳下垂体や甲状腺ホルモンの受容体の障害を疑わせるような自覚的・他覚的症状もなかったから,甲状腺機能低下と被曝との因果関係が示唆されるとされている。また,X2の甲状腺機能低下症の治療につき,平成8年より甲状腺ホルモン剤(チレオイド25mg/日)を継続投与中であり甲状腺ホルモン値はほぼ正常範囲を保っており,今後も引き続き同薬剤の投与を行う予定であるとされている。
X2の主治医による多方面からの検討の結果は最大限尊重されなければならず,X2の申請疾病(甲状腺機能低下症,乳がん)の放射線起因性及び要医療性は明らかである。
オ 現在の症状
X2は,現在,K病院に1か月に1度,甲状腺機能低下症,高血圧及び骨粗鬆症の薬を処方してもらうために通院している。
また,X2は,乳がんの手術を受けたL病院で,2か月に1度術後の定期検査を受け,術後の放射線治療を行ったM大学附属病院にも,3か月に1度検診のために通院している。
その他,X2は,**病院に1か月に1度通院し,ラクナ梗塞のために薬の処方を受けている。
カ 放射線起因性の要件該当性
(ア) 本件X2却下処分の対象疾病
原爆症認定の対象となる疾患は,処分時に有していたすべての疾患である。本件X2却下処分は,平成14年9月9日付けでされているところ,X2は,同年10月17日には乳がんの摘出手術を受けているが,同手術日からして,本件X2却下処分時に既に乳がんを発症していたことは明らかである。
よって,X2の原爆症申請に係る対象疾病には,認定申請書記載の甲状腺機能低下症のみならず,乳がんも含まれる。
(イ) X2の被爆地点からの検討
長崎・西山地区については,爆心地をしのぐ多量の放射性降下物が確認されており,西山地区の住民検診で有意の健康障害があることが認められているところ,長崎原爆での黒い雨地域は西山貯水池周辺よりかなり広い地域であったことが分かっている。
そうだとすると,X2は,西山地区から500m強しか離れていない場所で被爆しており,放射線降下物による内部被曝を受けた可能性が相当高いといえる。
また,遠距離被爆であっても放射線の影響による健康被害を受ける可能性が十分にあるとする調査結果もあり,爆心地から3km以上離れた地点の被爆であっても,その後の疾病により原爆症として認定されている者が多数いることが明らかとなっている。また,X2が被爆したB地区での被爆者に様々な急性症状が現れたことも実体験として報告されている。
この事実からも,爆心から3.3km地点で被爆したX2が原爆放射線による健康被害を発症した可能性を強く推認することができる。
(ウ) X2のその後の行動からの検討
X2は,被爆後の行動から,放射線に汚染された食べ物や水を摂取し,被爆者**との接触や,相当高度の残留放射線があることが証明されている遺体処理などをしており,放射性降下物ないし人体放射化された放射性物質によって,相当程度の内部被曝を受けた可能性が高い。
(エ) X2の体調の変化からの検討
X2は,原爆被害の典型的な急性症状である倦怠感を被爆直後から発症し,その後も長年の間,体がだるさや疲れやすいという症状が継続しており,X2が被爆による健康被害を受けたことは明白である。
(オ) 甲状腺機能低下症の病態からの検討
甲状腺疾患(非中毒性結節性甲状腺腫,び慢性甲状腺腫,甲状腺中毒症,慢性リンパ球性甲状腺炎及び甲状腺機能低下症の障害が1つ以上存在する疾患)の発生率と被爆放射線量との間には,有意な正の線量反応関係が見られ,甲状腺機能低下症については,若年被爆者,女性,比較的低線量被曝群に有意に多いとする調査結果が存在する。
また,放射性ヨウ素は甲状腺に濃縮されやすく,甲状腺が集中的な体内被曝を受ける可能性があり,成長ホルモンをより多く必要とする若い個体ほど,甲状腺にヨウ素を速く集めることから,被曝の身体に与える影響は大きくなるなど,内部被曝が甲状腺に与える影響も科学的にも明らかとなっている。
そして,昭和63年に西山地区の住民検診で甲状腺の調査をしたところ,対象地域に比べて4倍強の甲状腺疾患を認めたと報告されている。
したがって,被爆時15歳の女性であるX2の放射線被曝と甲状腺機能低下症との起因性は強く疑われるというべきである。
(カ) 乳がん等を発症していることからの検討
乳がんについても放射線の影響の有意性が認められている。したがって,X2の乳がんについても,放射線の影響が強く疑われるべきである。
仮に,X2の乳がんが本件X2却下処分の対象疾病でないとしても,X2の乳がんの罹患,頻繁な骨折,白内障の手術をしている各事実からして,X2の甲状腺機能低下症の放射線起因性はより明白になったというべきである。
(キ) 結論
以上によれば,X2の疾病が放射線に起因することは明らかである。
キ 要医療性の要件該当性
乳がんについては,現在抗がん剤の治療が必要とされているが,体力がなく,抗がん剤の治療ができない状況にある。
X2の甲状腺機能低下症に対し,今後の甲状腺ホルモンの補充は不可欠であり,また,乳がんについての定期検診も必須である。X2の甲状腺機能低下症及び乳がんの要医療性は明らかである。
ク 放射線起因性がないとの1審被告ら主張に対する反論
(ア) 初期放射線について
1審被告らは,X2の被曝地点の爆心地からの距離(3.3km)や木造家屋内で被曝したことを理由に初期放射線に被曝していないといっても過言ではないなどと主張する。しかしながら,1審被告らが根拠とするDS86及びそれに依拠した審査の方針に定める算定基準の機械的適用では,初期放射線による被曝線量を適正に算定することはできない。
(イ) 残留放射線について
1審被告らは,放射線降下物や誘導放射線による被曝による影響をほとんど考慮せず,内部被曝を一切考慮しない審査の方針を前提に,X2についても被爆の影響を否定する。
しかし,残留放射線による外部及び内部被曝の影響が急性症状を発症させるほど多大であったことは顕著な事実というべきである。また,内部被曝の重要性についても先に指摘したとおりである。
(ウ) 甲状腺機能低下症と放射線起因性等
a 1審被告らは,自己免疫性ではない甲状腺機能低下症につき,これまで積み重ねられてきた放射線起因性を肯定する判断と異なるあらたな知見が存在するような主張をし,佐々木ら意見書等を提出するが,客観性のある調査結果等でなく,これまでの見解を覆せるものではない。
b X2が白内障に罹患していることに関連して,1審被告らは,これまでの間,放射線白内障の特徴のうち重要なものとして,目の水晶体に後嚢下混濁が認められることを挙げてきたにもかかわらず,調査嘱託<J眼科院>回答において,X2の白内障について後嚢下混濁の存在が指摘されるや,その発症が被爆後50年以上経過していることを挙げ,老人性白内障と主張するに至っているが,後嚢下混濁は原爆放射線に起因する白内障の大きな特徴の一つであり,X2の被爆状況,被爆後の健康状態等と合わせ考えれば,X2の白内障の放射線起因性を強く疑わせるのであって,1審被告らの上記主張は失当である。
また,X2の乳がんに関連して,1審被告らは,乳がんは,被爆者であろうとなかろうと,生涯を通じて女性30人に1人の割合で発症するという点を強調するが,原爆放射線とがんとが有意な関係にあることは明らかである。
そして,X2が原爆放射線による被曝との関係が一般的に疑われる疾病を複数発症していることと,X2が放射線降下物等による残留放射線に被曝し又は放射性降下物等を体内に取り込み内部被曝をしていることからすれば,これらの疾病が原爆放射線被曝に起因したことを強く推測させるものである。
(3) X3
ア 被爆状況
(ア) X3(昭和12年*月*日生,被爆時8歳)は,広島原爆投下当時,大阪から広島に疎開して,広島の昭和大橋の西側の,広島市b町*丁目**番地にあるA工務店の社宅で居住していたが,同社宅は,爆心地から約2.9kmの位置にあった。
X3は,当時,広島市立c小学校3年生で,社宅から北北東の方向にあった分校に通学していた。
(イ) 昭和20年8月6日午前8時ころ,X3は社宅を出てc小学校分校へと向かった。社宅から学校までの通学路は,両側が畑の中の,畑よりも少し高くなっている畦道で,周囲に遮蔽物はなかった。
X3がその通学路を分校へ向かって15分程度歩いていたとき,原子爆弾が爆発し,X3は被爆し,爆風で畑の中に吹き飛ばされ,被爆により,背中から足にかけて火傷を負った。
被爆地点を明確に特定することはできないが,社宅から15分程度歩いたところで被爆したこと,小学生の平均歩行速度が分速50m程度であることからすれば,爆心地から2.0km~2.5km程度の地点で被爆したものと考えるのが合理的である。
(ウ) X3は,社宅に帰ってから,白っぽい服の背中の部分が焼けて背中から足にかけて火傷していること知った。その治療のために,翌日ころから,病院代わりとなっていた己斐小学校まで通い油薬を塗ってもらった。己斐小学校は,黒い雨が多く降り,多量の残留放射線が計測されている地域にあったが,建物が倒壊していなかったことから,死亡者や傷病者が重なり合うように収容されていた。X3は,己斐小学校に治療に通った際に,多量の残留放射線に被曝している。
また,社宅近くの川には,たくさんの死体が浮いており,引き潮のときには海に流されていき,満ち潮のときに川に戻ってくるという状況であった。
(エ) 被爆後は配給が途絶え,食べるものがなくなったことから,X3は,近所の畑から灰をかぶって真っ黒になった冬瓜や芋のつる,大豆などを取ったり,社宅の目の前の川でアサリを取ってきて食べたりもしていた。さらに,水道水が出なくなったので,近くの農家から井戸水をもらって飲んでいた。そして,昭和20年9月には,台風により洪水となり,畑が水につかってしまったが,そこにあった野菜も食べていた。
X3は,被爆後2~3年間は上記社宅に住んでいた。
イ 急性症状等
X3は,被爆するまでは非常に健康体であったが,原爆の熱線により背中から足にかけてひどい火傷を負い,その数日後から,歯茎から出血し,吐き気やめまい,そして体のだるさに襲われた。そのため家でごろごろして通学することができず,小学校5年生ころまではほとんど学校には行けなかった。これらは,典型的な放射線による急性症状であり,X3が相当量の放射線を浴びたことを裏付けている。
ウ その後の症状の経過等
X3は,中学卒業後,大阪に戻り23歳ころまで工場で働いていたが,この間も体のだるさが続いており,病院にも行ったが,医師からは原因が分からないといわれるだけであった。
また,X3は,虫歯もなく歯が綺麗であることが自慢であったが,20代後半から歯茎が浮いたり,腫れたりするようになった。痛くて食べ物を噛めないため,おかゆを食べていた時期もあった。そして,45歳で上の歯が総入れ歯になり,下の歯も徐々に抜けていった。
20代後半ころからは,膀胱炎を患い,下腹部に痛みを感じ,尿に血が混じることもあった。
40代になったころからは,体が冷えやすくなり,特に腰が冷えやすかったのでカイロをいつも使用していた。
63歳のころには,下腹部が張って痛く正式に検査もしてもらったが,結局原因不明であった。
そして,平成13年(65歳)胃がんと診断され,平成14年1月4日,リンパ節郭清を伴う胃切除術を受けた。さらに術後に抗がん剤を投与され,同年3月14日に退院した。
エ 現在の症状
X3は,退院後も抗がん剤やアガリクスを服用し,3か月に1度定期検査を受けるため通院している状況である。
また,本件訴訟中の平成15年11月には脳内出血で手術を受けている。
オ 放射線起因性の要件該当性
(ア) 被爆状況からの検討
X3の被爆地点は爆心地から約2.0~2.5kmの地点であり,周囲に遮蔽物は全くなく,初期放射線により外部被曝したことは明らかである。
そして,X3が火傷の治療のために通った己斐小学校付近は残留放射線の影響が大きく,X3が居住していたb町においても黒い雨が降ったとされており,やはり残留放射線の影響を否定することができない。さらに,X3は爆心地から約3.0km圏内において約7年間生活しており,被爆後には放射性降下物が付着した野菜などを食料として摂取し,呼吸により放射性物質を体内に取り込んだと考えられる。したがって,X3は,残留放射線により慢性的な外部被曝及び内部被曝を受けた。
(イ) 症状からの裏付け
X3に被爆直後に生じた歯茎からの出血,吐き気,めまい,体のだるさは,典型的な放射線の急性症状である。また,その後の全身性疲労,体調不良,健康障害,易疲労症候群は多くの被爆者にみられる晩発性健康障害に一致する。
(ウ) 胃がんの放射線起因性
放影研の寿命調査において,がんは「放射線被曝による有意な増加がある悪性疾患」として取り上げられており,胃がんに関しては,男性よりも女性のリスクが高く,被爆時年齢が若いほど発症のリスクが大きくなるとされている。X3は8歳で被爆していることからすれば,放射線の影響は大きいといえる。
そして,X3は,その被爆状況からして多量の原爆放射線被曝をしていること,放射線に起因するものと思われる疾病や身体症状が多数生じていること,申請疾患が胃がんであること等を総合的に考慮すれば,X3の胃がんは放射線に起因するものといえる。
カ 要医療性の要件該当性
X3は,胃切除術後,抗がん剤を投与され,退院後も転移・再発のおそれがあるために現在も3か月に1回程度の割合で定期的に受診を継続している。したがって,X3に要医療性が存在することは明らかである。
キ 放射線起因性がないとの1審被告ら主張に対する反論
(ア) X3の被曝について
1審被告らは,X3はほとんど被曝していないと主張するが,相当性を欠くDS86の初期放射線や残留放射線の推定線量をそのまま当てはめた結果にすぎず妥当でない。
(イ) 急性症状について
1審被告らは,被爆直後に生じたX3の歯茎からの出血,吐き気,めまいなどが,放射線の急性症状とは合致しない旨主張するが,1審被告らの主張する急性症状のしきい値や発症時期の理解は原爆被害の実像とかけ離れたものであり,それに依拠した1審被告らの主張は相当でない。
また,1審被告らは,X3の被爆前後の体調の変化を原爆放射線と無縁のものと主張するが,被爆者において被爆後長期間経過してからも原因不明の体調不良などの不定愁訴を訴える者が少なくないのであって,1審被告らの主張は失当である。
(ウ) 他原因論について
1審被告らは,X3の胃がんは,喫煙歴,食習慣,ヘリコバクター・ピロリの持続感染等の他の原因に起因して発症したものとみるのが自然であると主張するが,当該他原因の存在については何ら立証されていない。
(4) X4
ア 被爆状況
(ア) X4(昭和6年*月*日生,被爆時14歳。旧姓**,昭和30年婚姻により改姓)は,被爆当時,広島市h所在(当時)のi中学2年に在学中であり,昭和20年8月6日午前,学徒勤労奉仕動員により,家屋撤去作業に従事するため,現在の京橋川に架かる比治山橋東詰北約50mの防空壕前(爆心地から約1.75kmの地点)において,約150名の同級生と整列中に被爆した。
X4の右手上方で原爆が爆発し,全く遮蔽物がなかったため,X4は,オレンジ色がかった閃光・稲光とともにものすごい熱線,ボンという音ともに爆風をもろに受け,衝撃で飛ばされた。
X4は,この放射線と熱線により,両腕と背中の一部,左肩,左首筋などにひどい火傷を負い,両腕からは皮膚が垂れ下がり,両腕を前に突き出さないと歩くこともできない状況であった。左顔面をひどく火傷し,戦闘帽よりはみ出した頭髪は,頭の周囲すべてが焼けてなくなってしまった。
熱線の明かりがなくなると,黒いすすで周りが1m先も見えなくなった。
X4は,被爆後,i中学校に戻ろうとしたり,米軍機の機銃掃射を避けようとするなどして,結局,その日は一日中さまよい,比治山(現在の比治山公園)に登り,多数の被災者とともに神社で一夜を過ごした。
(イ) 翌7日,X4は朝から比治山の神社を出て,いったんhのi中学に行ってみたが,校舎が折れ曲がっており,とても救助・治療を求められる状況ではなかったので,b町の**造船社宅の自宅に戻ることにした。
御幸橋を渡り,たまたま爆心地から約1.5kmの廣島赤十字病院の前に出た。しかし,病院自体が混乱を極めており,中には余りにもひどい状態の被爆者であふれんばかりだったため,14歳の少年は恐ろしく,また,気が引けて,病院の中に入って治療を受けることはできなかった。ただ,病院前に設置された救護所とは名ばかりの仮設の救護所でヨードチンキを腕に塗るだけの治療を受けただけであった。その際,国防婦人服を着た女性が握り飯をくれたのが被爆後最初に口に入れた食物であったが,そのにぎりめしは黒いすすで黒くなっていた。
その後,X4は廣島電鉄の鷹野橋の停留所から誤って北上してしまい,廣島市役所からさらに爆心地に近い,爆心地から0.5kmほどの地点にまで入り込んでしまった。そこからもう1度鷹野橋の停留所に戻り,西に向かって歩き,明治橋,住吉橋,江波,昭和大橋を経て,b町の自宅に一日かけてやっと戻った。
イ 急性症状等
(ア) X4は,被爆するまではスポーツもよくする全くの健康体であった。
(イ) X4が帽子を被っていたため残っていた頭頂部付近の頭髪も,家に着くとすぐに脱毛が始まった。脱毛が始まったのは,被爆2日目ころからということになる。
(ウ) X4は,家に着いてから2日目以後,1週間鼻血が止まらなかった。その他,被爆直後から,嘔吐,めまい,全身倦怠感,下痢,鼻腔内粘膜からの出血等の急性症状が続き,2か月は寝たり起きたりの生活であった。
(エ) X4は,特にひどかった両腕の熱傷の化膿に悩み,乳母車に連日乗せて貰い,b町の総合グランド内の軍医から治療してもらった。しかし,その治療は,薄皮が張ると中に膿があるということで,薄皮をはがして,手先のほうに搾り出すという原始的なもので,それに加えて薬剤を塗る程度であり,完治するまでに半年間を要した。それ以外にも,家では嘔吐が続いたり,3日間,体の震えが止まらない状態で寝込んだりした。
(オ) 2か月くらいたってから,黒い皮膚がぽろぽろはがれだし,顔は4か月,首は半年で表面的には元の皮膚が戻った。胸の皮膚の黒みは被爆後50年以上残り続け,数年前にようやく消えた。しかし,体の何か所かに瘢痕が残り,特に,両腕のケロイド瘢痕は手の指先まで現在も残っている。
ウ その後の症状の経過等
X4は,i中学に復学するのに被爆後1年かかり,復学後も1か月に10日ほど休むという健康状態であった。その後,X4は,昭和23年に奈良の**高校,昭和25年に**大学に進学したが,ずっと重度の倦怠感,疲労感に悩まされ続け,その間の昭和28年には呼吸困難や鼓動の異常を感じて大学を1年休学した。
X4は,昭和30年ころ就職しているが,この倦怠感,疲労感は相変わらず続き,そのため仕事が長く続かず,約35年間に十数回も転職した。
X4のその後の病歴として,昭和40年ころ心臓肥大と無気肺と診断され,昭和50年ころには糖尿病と,平成4年には十二指腸潰瘍とそれぞれ診断されている。その後,X4は,平成9年,12番胸椎圧迫骨折で2か月入院し,平成10年にはヘルニアで手術を,平成15年には大腸ポリープで手術をそれぞれ受けている。その他,X4の既往症として,突発性貧血症,心臓神経亢進症も認められる。
現時点で,後述する皮膚がんの経過観察,指神経障害の治療以外に,糖尿病,逆流性食道潰瘍,前立腺肥大,慢性咽頭炎,変形性膝関節症,腰痛などで通院治療を続けている。
エ 現在の症状
X4の右指爪は,被爆数年後から,他の正常な爪と違って,生えるたびに変色・変形している状態であった。
平成12年ころより右第2指の指先の疼痛が続き,紫色となり,爪が次第に浮き上がり,その下から黒い腫瘤が溢れ出し,平成13年,右第2指有棘細胞がんと診断され,同年6月18日,右第2指末節部の切断術をしたが,その後の右脇リンパ腺,肺への転移の危険性が高いところから経過観察を続けている。指の神経障害も認められる。
現在,ケロイド瘢痕は両腕一面に残り,半袖の外側は両腕とも今もケロイド瘢痕が残っている。右手は,特に半袖の上,二の腕もケロイド瘢痕が残っている。
オ 放射線起因性の要件該当性
(ア) 熱傷瘢痕,ケロイドの放射線起因性
X4の皮膚がんが発生した右第2指まで色素沈着が被爆後60年経過した今でも残っており,これが熱傷瘢痕のみならずケロイドもあったことを意味することは明らかである。
ケロイドは,2.1km以内の屋外では90%内外の非常に高い発生率であり,放射線被曝という要因が加味された形で形成された瘢痕異常であると考えるのが一般であり,熱線と放射線との共同の成因で瘢痕異常,ケロイドが発生したと考えられている。これはX4が大量の放射線を受けた何よりの証拠である。この放射線熱傷後に生ずるケロイド瘢痕には長期にわたり放射能が残っていることが明らかにされており,放射能による長期にわたるケロイドからの内部被曝もあったことが考えられる。
(イ) 被爆者における皮膚がんの放射線起因性
原爆被爆者の皮膚がんについて,爆心地から近距離であるほど皮膚がんの発生が多く,原爆と皮膚がんの関係が明らかにされており,熱傷瘢痕の病変に皮膚がんの一種である有棘細胞がん(扁平上皮がん)が発生することは,周知の事実となっている。
さらに,被爆後30年を過ぎてから皮膚がんの発生が著明に増加しており,潜伏期が非常に長く,今後ますます皮膚がんの発症に注意を要するとされており,ICRPの2005年度版報告によれば,被爆者の皮膚がんの罹患率は非常に高く,1万人当たり1Svで全体のがんが1800人弱であるところ,そのうちの1000人を皮膚がんが占めている。このように,皮膚がんが放射線との有意性が高いことが最新の知見で明らかにされている。
(ウ) X4のその他の疾患
X4は,被爆時までは健康体であったが,被爆直後から脱毛,鼻血,下痢,嘔吐等の原爆特有の急性症状が出て,被爆後長期にわたって倦怠感,疲労感に悩まされ続けたほか,これまで多くの病気にかかり,現在,糖尿病,十二指腸潰瘍,逆流性食道炎前立腺肥大,慢性咽頭炎で治療を受けている。これら多種多様な病気も原爆放射線の影響を受けていると考えられる。
(エ) 結論
以上によれば,X4の皮膚がんは熱傷後のケロイドから発生した有棘細胞がん(扁平上皮がん)であり,原爆放射線に起因すると考えられる。
カ 要医療性の要件該当性
皮膚がんは脇の下のリンパ腺がん等への転移がないかどうかの検査が3か月に一度必要である。特にこの皮膚がんは,有棘細胞がんであるから,脇下リンパ腺から肺への転移などの可能性が大であり,厳格な経過観察が必要であり,5年の経過観察では全く足りない。
また,切断した神経系統の治療も必要で,内服薬を服用するなどしている。
よって,申請疾病につき,要医療性があるのは明らかである。
キ 放射線起因性がないとの1審被告らの主張に対する反論
(ア) X4の被曝線量について
a 初期放射線による被曝線量について
1審被告らは,X4はほとんど被曝していないなどと主張しているが,1審被告らの被曝線量に関する主張は妥当ではない。1審被告らの依拠するDS86及びDS02の初期放射線の数値は,少なくとも爆心地からの距離が1.3~1.5km以遠においては過小評価となっているところ,爆心地から約1.75kmの距離でX4が被曝した初期放射線は,1審被告らの主張よりも相当程度多かったというべきである。
b 残留放射線による外部被曝ないし内部被曝
X4が,1審被告らのいう「無視し得るほどの線量」をはるかに超える線量の放射線に被曝した事実は,X4の被曝の状況並びに被爆後の行動,X4に生じた急性症状,その後の健康状態の悪化等の事実から明らかである。
(イ) 放射線起因性について
1審被告らは,審査の方針(原因確率)によってX4の右2指有棘細胞がんの原因確率が極めて低いということのみを根拠とし,原爆放射線以外の原因で発症した可能性が高いなどと主張するが,原因確率自体に合理性がなく,1審被告らの主張は,そもそも失当である。
被爆者に発生した右2指有棘細胞がん(皮膚がん)と放射線被曝線量との関係については,有意な線量反応関係が認められ(皮膚がんの過剰相対リスクは,他のがんと比べても高めである。),被曝時年齢が若いほど発生のリスクが高いという統計分析が複数存在している。
X4の右2指有棘細胞がんが放射線に起因するか否かの判断にあたっては,そのことを前提にしながら,X4の被爆時の状況,被爆後の行動経過,急性症状,その後の健康状態,申請疾病以外の疾病の内容等を総合的に考慮して判断すべきものである。
しかるところ,X4が放射線の影響を受けやすい若年で被爆していること,前述した被爆時の状況,被爆後の行動経過,急性症状等からすればX4が相当量の放射線に被曝したことは明らかであること,被爆前は至って健康な子どもだったにもかかわらず,被爆後は全身倦怠感に苦しみ続け,健康状態に明らかな質的変化がみられることなどからすれば,X4の右2指有棘細胞がんに放射性起因性があることは明らかである。
(5) X5
ア 被爆状況
X5(昭和8年*月*日生,被爆時12歳)は,県立j中学校1年に在学中であったが,学徒勤労奉仕として道路拡張工事を行っていた。
X5は,昭和20年8月6日,勤労奉仕に出かけるべく,約400名の同級生とともにj中学校の校庭で整列中に被爆した。被爆地点は比治山橋東詰から南東方向にすぐの場所であり,爆心地から約1.7kmに当たる。
X5は,被爆の瞬間,マグネシウムを焚いたような赤黄色の強烈な閃光が眼前を右から左へと突き抜けてゆくのを感じた直後,轟音とともに襲ってきた熱風に吹き飛ばされ,右半身を中心に全身に大火傷を負った。顔の右半分から頚部,右肩から右手の先まで,さらには両膝部分の皮膚が焼けただれ,特に右腕の皮膚はボロ布のように垂れ下がり,腕を下におろすこともできない状態であった。
X5はまもなく比治山へと避難し,1時間ほど経ったころ,屋外でランニング姿のまま雨に打たれた。
同日夕方5時ころ,X5は山を下り,k町の自宅(爆心地から約1.2km)を目指して比治山橋から明治橋の方向へと歩き始めた。道中のほとんどの建物は破壊し尽くされ,赤い炎が立ち上って歩くのも困難なほどの熱気が立ちこめる中,X5は,道路の両側に無惨な姿で折り重なっている遺体の列を縫って歩き続けた(爆心地から約1~1.5kmの地域)。しかし,明治橋を渡った辺りで火の手が行く手を遮り,自宅に戻ることができなかったため,廣島赤十字病院(爆心地から約1.5km)で一夜を明かすこととなった。同病院内で偶然にも同級生の母親と会ったため,同級生を捜しに同病院を出て大手町の周辺(爆心地から約1.4~1.5km)をしばらくさまよったが見付けることはできず,再び同病院に戻った。同病院内部はひどい怪我や火傷を負った重傷患者であふれかえっていた。
翌朝,X5は廣島赤十字病院を出て,いったんk町の自宅へ行ったが,焼け跡になっていたため,やむなく,明治橋から比治山橋を通って中学校の校庭(爆心地から約1.7km)に戻った。その後,同日のうちに専売公社(救援センター)まで油を塗ってもらいに行き,さらに雑魚場町(爆心地から約1km)の焼け野原で同級生を捜し歩くなどした。
この間,X5は,のどの渇きにたえられず,道中の焼け跡の破れた水道管からしたたる水を何度も飲んだ。その後,X5は重度の倦怠感と火傷の痛みから起き上がるのも困難な状態となり,学校の校庭で数日間過ごした後,同月10日ころ,迎えに来た父親に大八車に乗せられ,市役所から中国電力を通り,産業奨励館(原爆ドーム)で一休みするなど爆心地中心付近を通って横川駅まで運ばれ,可部の知人宅に担ぎ込まれた。そして,火傷した跡が化膿してきたことから同月16日から約3か月間可部小学校に設けられた広島陸軍病院に入院し,同年10月ころには母の実家に戻ったものの,その後も約2年間通院した。X5は,治療及び療養のため1年間休学している。
イ 急性症状等
X5は,被爆翌日である昭和20年8月7日,方々歩き回った末に学校の校庭に帰り着いて以降,強烈な全身倦怠感を生じ,容易に起き上がることのできないほどの状態となった。当時の強烈な体のだるさからは,発熱があった可能性も十分に推測される。
また,被爆後1週間ほど水のような下痢に見舞われ,その後,下痢と軟便が半年ほど続き,さらに歯茎からの出血も昭和20年8月半ばころから1年ほど毎日のように続いた。
さらに,化膿した部分からの膿がなかなか止まらず,完治するまでに非常に長期間を要した。
ウ その後の症状の経過等
(ア) ケロイド瘢痕
X5は,火傷が化膿してなかなか治らず,昭和21年9月ころまでは右腕を動かすことさえも困難な寝たきりの状態が続いた。
被爆から2年が経過した昭和22年9月ころ,ようやく化膿していた部分に新しい皮膚ができ,痛みも薄らいだが,身体の各部にひどいケロイド瘢痕が残り,左肩関節,右側頚部,右上肢,両下肢多発性ケロイドと診断されている。右肘ケロイドについては,ケロイド瘢痕拘縮で伸展が中等度障害されており,手術(Z―形成術)によって大幅な改善が期待できるとされている。
(イ) 様々な疾病への罹患
X5は,被爆後,非常に疲れやすい状況がずっと続いた。40歳ころからは風邪を引きやすく,全身倦怠感が強いため時々点滴を要する状態となった。そのころから肝炎や糖尿病も患い,医者へ通院するようになった。60歳ころからは週1回,3年ほど前からは毎日の点滴が必要不可欠な状態に置かれている。これは,いわゆる原爆ぶらぶら病(慢性原子爆弾症)であると診断される。
X5は,現在も,肝機能障害,胃炎,逆流性食道炎,糖尿病,緑内障などの多数の疾病を抱え,複数の病院への通院を継続することを余儀なくされている。
(ウ) 喉頭腫瘍
平成10年7月,X5は,喉頭腫瘍(扁平上皮がん)と診断され,放射線治療を受けるも,白血球減少により中止となった。
その後,平成11年4月,喉頭全摘出術及び両頚部郭清術を受けた。
術後は首の筋肉がしばしば痛むようになり,整骨院への通院を余儀なくされている。
また,現在も3か月に1回の通院を行い,経過観察を行うとともに,頚部の痛みに対する治療も受けている。
さらに,平成17年8月にはあらたに膀胱がんとの診断を受け,同年11月に手術を受けた。
エ 放射線起因性の要件該当性
(ア) X5が放射線により被曝した客観的な状況
X5は,爆心地から約1.7kmの遮蔽物の全くない屋外で被爆し,閃光を浴び,全身に大火傷を負っており,直接に大量の初期放射線を浴びた。
その上,X5は,上記のように被爆当日以降,爆心地から1~1.7kmの地域で過ごし,雨に打たれたり,倒壊した建物や多数の死傷者に接し,焼け跡の水を飲むなどしており,この間に,倒壊した建物や被爆した死傷者らから発せられる放射線を浴び,又は放射性物質を含むほこりを吸い込んだりして大量の残留放射線に被曝している。
X5が,被爆直後から極度の全身倦怠感,下痢,歯茎からの出血などの典型的な急性症状を呈していることからも,X5が相当量の被曝をしていることは明らかである。
(イ) ケロイドの放射線起因性
ケロイドが熱線と放射線との共同の成因で生じることは先に述べたとおりであり,X5のケロイドが瘢痕となり色素沈着して被爆後60年経った今も残っているということは,X5が大量の放射線を受けた何よりの証拠である。そして,ケロイド瘢痕には長期にわたり放射能が残っていることが明らかにされており,長期にわたるケロイドからの内部被曝があったことも考えられる。
(ウ) 喉頭がんの放射線起因性
放射線によって喉頭がんが発生することは,頚部の放射線療法で生じた喉頭がんの報告が多数存在することからも,その起因性は明らかである。
被爆者の喉頭がんについては,その過剰相対リスクは0.41と,すべての悪性腫瘍を合計した過剰相対リスクよりも高くなっており,放射線起因性は一般論としても認められるというべきである。
この点,X5は,① 相当量の被曝をしていること,② X5の喉頭部の皮膚表面にケロイド瘢痕が存在することが確認されているところ,ケロイド内には誘導放射能が存在することが証明されており,この頚部付近のケロイド内の誘導放射能による喉頭部分への内部被曝が考えられること,③ X5が12歳という若年で被爆していること(被爆年令が低いほど発生リスクは高い),④ X5は被爆後まもなく典型的な急性症状に見舞われた上,それまで健康状態であったのが,被爆後は常に全身倦怠感に悩まされ続けてきているほか,肝機能障害,逆流性食道炎,糖尿病,緑内障など多様な疾病に罹患しており,これらも原爆放射線の影響を受けていると考えられること,⑤ 特に肝機能障害については,脂肪肝,B型肝炎,C型肝炎,自己免疫疾患といった他原因がいずれも否定され,原爆放射線に起因すると診断されていること,⑥ さらに,X5は,平成17年に至り膀胱がんにも罹患して,多重がんの様相を呈していること,なども併せ考えれば,X5の喉頭がんが原爆放射線に起因することは明らかである。
オ 要医療性の要件該当性
(ア) ケロイドについて
X5のケロイドは右上半身の広範囲に及び,特に右上肢は全体にケロイド瘢痕が今も強く残っている。右肘関節は完全進展することができず,屈曲位をとっている。右上肢をまっすぐに延ばすためには手術が必要であり,X5のケロイドについても要医療性が認められる。
(イ) 喉頭がんについて
X5は,現在も喉頭がんの経過観察及び頚部の痛みに関する治療を続けている。被爆者の多重がんの多さ,再発の危険性の高さ等にかんがみれば,将来,長期間にわたる経過観察が必要不可欠であることから,要医療性は優に認められる。
カ 放射線起因性がないとする1審被告らの主張に対する反論
(ア) X5の被爆について
1審被告らは,X5はほとんど被曝していないと主張するが,その論拠に合理性がないことはこれまで述べてきたとおりである。X5の被爆状況からして,初期放射線も,誘導放射線や放射性降下物による被曝も1審被告らの主張よりも相当程度多かったことは明らかである。
(イ) X5の喉頭腫瘍の放射線起因性について
1審被告らは,審査の方針に依拠して,X5の喉頭腫瘍の原因確率がわずか0.5%にすぎないとし,この程度の放射線被曝では,喉頭腫瘍が発症するリスクは極めて低く,これを原因として喉頭腫瘍になる人はいないといっても過言ではないなどと主張する。
また,X5の喫煙歴をことさらに取り上げ,X5の喉頭腫瘍は喫煙や飲酒等の生活習慣によって発症したものとみるのが極めて常識的な判断というべきであると主張する。
しかし,原因確率の問題点は先に指摘したとおりであり,これのみを根拠とする1審被告らの主張はそもそも失当である。
喉頭腫瘍の発症について喫煙が危険因子の一つとされていることは指摘のとおりであるが,一つのリスクファクターに過ぎず,喉頭腫瘍の放射線起因性について有意な関係が認められていること,被爆時年齢が若いほどその発症リスクが高いこと,X5の被爆状況等からして,放射線が共同成因として疾病を生ぜしめたことは明らかであって,X5が発症した喉頭腫瘍の放射線起因性を否定することはできない。
したがって,本件認定申請に係る喉頭腫瘍の放射線起因性は優に認められる。
(ウ) X5の肝機能障害について
1審被告らは,X5の肝機能障害につき,その原因はアルコール摂取等の生活習慣によるものと考えるのが自然であるなどとし,これがX5の喉頭腫瘍の放射線起因性を肯定する根拠にならないとする。
しかし,X5は40歳ころから肝炎の治療を受けており,アルコール摂取の影響も否定し得ないとしても,肝機能障害と放射線との有意な関係が指摘されていること,X5の被爆状況等を全体的に鑑みれば,放射線被曝が肝機能障害の発症に影響していることは否定し得ないというべきであり,少なくともアルコールと放射線とが共同成因として肝機能障害を発症又は進行させたといえることは明らかというべきである。
(エ) 結論
以上のとおり,1審被告らの反論は失当であり,X5の申請疾病である喉頭腫瘍が放射線に起因するものであることは明らかである。
(6) X6
ア 被爆状況
X6(大正13年*月*日生,被爆時20歳)は,昭和20年8月6日,広島駅前の猿猴橋商店街にあったB店内で被爆した。当時,X6は妊娠5か月であった。
被爆場所について,X6の被爆者健康手帳では,取得当時は爆心地から1.8kmとなっていたが,更新している間に1.9kmと変更され,現在に至っている。
X6は,木造2階建のB店の1階土間の炊事場の流しで米をといでいたときに,中庭に面していたガラス窓(爆心地の方向)から稲光りの何万倍かという閃光が入ってきて,そのまま気を失った。
X6が気が付いたとき,B金物店は全壊(後に全焼)しており,X6は,隣家の3階屋上にあった庭が半分壊れて傾いて2階位の高さになっていたところに立っていたが,X6にはこの間の記憶は全くない。
X6は,B金物店にいた家族3人が全壊した建物の下敷きになっていたので,素手で必死に土を掘るなどして,その救出活動をした。
X6は,同日午後,徒歩で広島駅の北東にあった東練兵場を通って約4km離れたl村まで避難した。その途中黒い雨が降ってきて,農道のそばの小屋へ避難するまでの間,10分位濡れた。また,避難途中の道は死傷者で一杯であった。
X6は,同日夕方近くにl村の知り合いの農家に着き,同日夕方から翌7日夜にかけてl村で死傷者の世話や救護活動をした。
同月8日午前10時ころ,X6は,l村の農家を出て,五日市の知人宅に移った。l村からは来た道を戻り,東練兵場から広島駅へ,そこから福屋デパートや中国新聞社前の広い電車通りを歩いて己斐駅まで行き,己斐駅から汽車に乗って五日市へ着いた。福屋デパートや中国新聞社前の広い電車通りは,爆心地を通っていて,被害の最も大きかったところである。X6が歩いて通ったときにも,いたるところに死体があり,死体の焼却作業が行われていた。また,馬や牛も死んでいたし,線路に止まっている焼けた電車からは乗客が窓から顔を出して死んでいた。
X6は,同日夕方に五日市の知り合いの家に着き,そこに同年10月半ばまで世話になった。その間,広島市内やその周辺で被曝した死体を焼く煙とにおい,土ぼこりやススなどが風に乗って五日市まで毎日のように流れてきていた。
X6は,その後母の実家のある**県mへ移り,昭和21年1月8日に長女を出産した。同年11月に夫が復員してきたので同年12月に**へ移転した。
イ 急性症状等
X6は,被爆時に背中一面に怪我をして血だらけになっていた。多分,窓ガラスの小さな破片がささったものと思われる。背中の傷はその後5~6年チクチクと痛んだ。
X6は,昭和20年8月6日夜激しい腹痛に襲われた。
X6は,同月10日ころから,① 血が止まりにくい(指先を包丁でちょっと切っただけなのに3時間位止まらない),② 頭の毛が3回位異常にたくさん束になって脱けたということがあり,また,③ 下痢や発熱,吐き気もあったと思うが,気にしている余裕もなかった。
X6は,同年10月半ばころ,mに着いてから,吐き気があり,口がくさいといわれた。吐き気はその後も長く続いた。
ウ その後の症状の経過等
X6は,昭和25年ころ,10日間位激しい下痢が続いて入院させられた(赤痢と疑われたがそうではなかった)。また,25~26歳から,しょっちゅう吐き気があり,27歳(昭和28年)ころから,特に体がだるく,手が抜けそうにだるく,吐き気もあって,しんどくてたまらなかった。吐き気はその後も続いた。頭痛もひどかったが,病院には行っていない。頭痛はその後もひどかった。
X6は,37歳(昭和38年)のとき,被爆者健康手帳を取得した。このころ,背中が凝って石が載っているみたい,手が脱けそうにだるい,しんどくて横になりたい,という状態であり,とても我慢ができずに横になると,夫から「怠けている」と叱られた。ただし,病院には行っていない。
X6は,43歳(昭和43年)のときに**へ引っ越した。体のだるさやしんどさは続いており,このころから貧血でよく倒れたり吐いたりすることがあった。
X6は,46歳(昭和47年)ころ,ひどい貧血で倒れて,初めてn診療所で診察と検査を受けた。三宅成恒医師から輸血をしなければ危ないといわれたが,夫に輸血を反対され,通院してマスチゲン(増血剤)の注射を20日間位毎日打ち続けた。その後も家でよく倒れて寝ていた。貧血の症状は現在もあり,今も薬を飲んでいる。
X6は,55歳(昭和56年)のころから,変形性膝関節症,変形性脊椎症になり,n診療所で治療を受けている。
X6は,平成8年5月,n診療所で甲状腺機能低下症(橋本病)と診断され,通院して治療を受けた。数年前から,のどが腫れてきて言葉が言いにくく,食べ物が飲み込みにくくなっていた。症状としては,首が太くなって腫れる,のどにつっかかる,飲み込みにくくて苦しくなる,食事が胸につっかかる,水分をそばに持っていないと声がかすれて話ができなくなる,などがあった。
他に,腕が抜けるようにだるくなる,切り落としたい位になるという症状も続いている。
X6は,平成11年3月ころから喘息になり,n診療所に通院して点滴などの治療をした。現在も人工呼吸器を手放せない。
エ 現在の症状
X6は,現在,貧血,変形性膝関節症,変形性脊椎症,甲状腺機能低下症(橋本病)及び喘息の治療を受けている。
貧血については,現在も倒れることがあり,服薬している。
変形性膝関節症,変形性脊椎症では歩行困難を生じており,貼り薬やリハビリ治療を受けている。
甲状腺機能低下症(橋本病)に関しては,服薬をやめると症状が悪化するので服薬を続けている。
喘息は,点滴によって軽快したが,現在も服薬と人工呼吸器の使用を続けている。
オ 放射線起因性の要件該当性
(ア) 放射線の被曝の程度
a 直接被曝
上記のようにX6は爆心地から1.8~1.9kmの建物内でガラス窓越に直接被爆し,爆風に飛ばされて,割れたガラス片が突き刺さるなどして背中一面に怪我をしているから,X6は,原爆の強い放射線を身体に直接浴びているし,背中に傷があったので,より放射線の影響を受けやすかった。
b 残留放射線等による被爆
X6は,上記被爆状況のとおり,① 被爆当日,被爆地点において,全壊した建物の下敷きになった・*の救出作業等を行い,② 死傷者と倒壊建物であふれる道をl村まで歩いて避難し,③ 被爆当日夕方から翌日夜までl村で被爆者の救援活動に従事し,④ 被爆2日目には最も放射線汚染のひどかった爆心地周辺を徒歩で移動して己斐駅まで行き,列車で五日市へ避難し,⑤ 五日市で2か月間避難生活をしていたものであり,放射性降下物の残留放射線や,倒壊建物や死傷者等から発せられる誘導放射線を浴び,土砂やほこりを吸引したり,放射能汚染された水を飲むことなどによって内部被曝した。
(イ) X6の疾病と放射線起因性
X6は,被爆したときに背中に怪我をした外に,昭和20年8月6日夜には激しい腹痛に襲われ,同月10日ころから出血傾向や脱毛などの症状があったが,これらが放射線の被曝による急性症状であることは,既に公知の事実である。なお,X6の記憶は明確でないが,下痢もしていたはずである。
また,X6は,同年10月ころから,強いだるさ,疲れやすさ,吐き気,頭痛を感じるようになり,長年続いており,原爆ぶらぶら病(慢性原子爆弾症)の症状が出ている。
X6は,昭和21年1月に長女を出産しているが,この長女にも胎内被曝の影響と思われる白血球減少や易疲労性があり,45歳のときに子宮ガンの全摘出手術をしている。
X6は,昭和43年ころから貧血の症状が起こり,昭和47年ころに増悪して初めて治療した。貧血は,放射線の起因性が認められている疾病であり,多くの被爆者に症状が現れている。X6の貧血も放射線に起因するものである。
X6は,平成8年5月に,本件申請疾病である甲状腺機能低下症(橋本病)と診断された。甲状腺機能低下症(橋本病)については,放射線被曝と発症との有意な関連性が証明されている。
X6の場合,既述のとおり,直接被曝のみならず,残留放射線による被曝,内部被曝,黒い雨による被曝などによって放射線の影響を受け,急性症状を発症していたこと,その後も被爆者に共通する原爆ぶらぶら病(慢性原子爆弾症)で苦しんできたことなどからみて,原爆放射線に被曝したことが本件申請疾病の発症原因であることは間違いない。
X6は,被爆前には健康そのものであり,家庭が裕福であったから,栄養状態も良く,女学校時代は卓球の選手でもあった。結婚,妊娠後も,健康状態には何ら問題がなかった。また,身内に甲状腺に関する罹病者はなく,放射線被曝以外に発症原因となる要素は全くなく,X6の本件申請疾病は,原爆放射線の起因性の要件を充たしている。
なお,X6とほぼ同様の被爆状況で同じ甲状腺機能低下症(橋本病)を発症した****は,問題なく認定されている。
カ 要医療性の要件該当性
X6は,現在も本件申請疾病について,通院による治療を継続中である。治療内容は主に服薬であるが,薬を飲まないとのどが腫れて,食物が飲みにくくなるなど甲状腺機能低下の症状が出るため,服薬をやめることはできない。
よって,X6には本件申請疾病について要医療性がある。
キ 放射線起因性がないとする1審被告らの主張に対する反論
(ア) X6の被爆状況について
1審被告らは,X6はほとんど被曝していないと主張するが,合理性のない審査の方針に基づいた見解であり,誘導放射線や放射性降下物による被曝をほとんど認めないものであって失当である。X6の被爆状況からして,初期放射線による被曝のみならず,放射性降下物や誘導放射線による被曝や内部被曝もしていることは明らかであり,これらを軽視ないし無視する1審被告らの主張は誤りである。
(イ) X6の甲状腺機能低下症(橋本病)の放射線起因性について
1審被告らは,自己免疫性甲状腺機能低下症と甲状腺機能低下症に関しては,放射線との関係はないとされている知見が得られているとして,橋本病と放射線との関連については,これを否定するのが今日における常識であるなどと主張する。
しかし,1審被告らが依拠する論文(調査結果)については,対象の範囲,診断方法,時間の経過に伴う対象者の線量分布の変化等の問題点や調査における特定の偏りなどが指摘されており,橋本病の放射線起因性を否定し得る価値があるとはいい難い。
(ウ) X6の橋本病について
1審被告らは,X6の橋本病は同年代の者に通常みられるものと何ら変わりのないものであるから,これについて,約50年も前の原爆放射線が寄与しているなどと考えることは常識的にみて困難であると主張する。
しかし,原爆症の多くは,非特異性疾患であり,被爆者であるかないかによって症状に特段の違いがあるわけではなく,このような主張をして,原爆放射線の起因性を否定すること自体,原爆症に対する基本的な無理解を露呈している。また,原爆放射線の人体への影響は,未だにほとんど解明されていないのであって,このことこそが現在の科学の常識であり,被爆後現在に至るも,解明に向けてさらなる努力が積み重ねられているところである。したがって「50年も前の原爆放射線が寄与しているなどと考えることは常識的にみて困難である」と主張することこそ常識に反するし,科学的ではない。現実には,被爆から50年を経て,ようやく原爆放射線との関連が解明されてきた疾病もあるのであって,「被曝から50年もたてば疾病は起こるはずがない」などという根拠のない「常識」など,軽くこえてしまっているのが原爆放射線の恐ろしさであり,被爆者の苦しみの根源である。
(7) X7
ア 被爆状況
X7(大正14年*月*日生,被爆時20歳)は,広島市基町の広島第一陸軍病院に陸軍衛生二等兵として勤務についており,昭和20年8月6日に広島市内に原子爆弾が投下されたときは,患者護送のため派兵されていた**県**市から広島に帰る途中であり,汽車の中にいた。汽車は広島駅まで進めず,X7は,数駅手前の海田市駅で降り,夕方ころ,広島駅に到着し,市電沿いを歩いて第一陸軍病院(爆心地から約500m)に向かい,その日は爆心地に極めて近い護国神社付近で野営をした。
X7は,翌日から約1週間程度,被爆者の救出,手当に従事したが,日中は上半身裸で,夜はほとんど眠らないまま,死にものぐるいで働いた。死体処理作業を行っているときも,手拭いで手を拭くだけでそのまま握り飯を食べるような状態であった。
X7は,救助作業中,荷車に追突され背中を負傷し,出血がひどく,**県内のm陸軍病院に入院して治療を受け,そのまま終戦を迎えた。
イ 急性症状等
X7は,歯茎出血の経験はなかったが,第一陸軍病院での救援作業中,歯茎からうっすらと血がにじむような出血があった。
X7は,m陸軍病院に入院したころから,継続的に身体のだるさを自覚するようになった。だるさは,手を膝の上に置いておくのもしんどくなり,ボロンと垂れ下がってしまうような経験したことのないだるさであった。背中の傷もなかなか治らなかった。
m陸軍病院から広島に戻ったX7は,その後も身体のだるさに悩まされ,背中の傷の治りが悪く,痛みも増すようになった。
昭和20年10月ころ復員したX7は,背中の痛みや身体の不調からo町立病院に入院し,背中の手術を受けた。このとき,白血球が減少していると医師にいわれ,また,身体中の各部のリンパ腺が大きく腫れる症状も出ていたので,入院は長期に及んだ。昭和22年ころには右首筋にゴルフボール大に腫れ上がったリンパ節の切除のために手術を受けたこともあった。
同病院に入院したころから,X7の頭髪は,徐々に抜け始め,昭和21年春ころには全部抜けてしまった。脱毛は,一度にばさっと抜けるような感じであった。体調がいいときに退院することはあったものの,約2年間にわたり,X7は,上記のような体調不良から,入退院を繰り返した。
それ以降も,X7は,脱力感,めまい,疲労感,食欲不振が続き,長年にわたって病院通いを余儀なくされた。具体的な症状としては,肝機能障害,高血圧,骨粗鬆症があり,また,白血球の減少も慢性化していた。
ウ その後の症状の経過等
X7は,体調がいいときに****で歯科医院を開業している弟の仕事を手伝うことはあったが,それ以外はほとんど定職に就くことなく,現在に至っている。
X7は,平成9年,脳梗塞を発症し,後遺症で左半身に麻痺が残った。また,翌平成10年11月23日から同年12月4日まで,強度のめまい,吐き気のため,入院した。そして,椎骨・脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧と診断された。このめまいは,立っていることができず,吐き気を催すようなひどいものであった。
エ 現在の症状
X7は,本件認定申請後の平成16年6月には膀胱がんと前立腺がんを患い,2週間ほどN附属病院に入院し,退院後,脳梗塞と脳内出血で再入院し,その後遺症で右半身に麻痺が残り,言語障害も残った。
そして,平成19年7月14日死亡した。
オ 放射線起因性の要件該当性
(ア) 放射線の被曝状況
X7の原爆投下日の爆心地付近への移動,爆心地近くでの野宿,翌日以降の屍体処理や救護作業により相当量の残留放射線を浴び,作業中の土砂やほこりの吸飲や食事等のほか,背中の大けがによる傷口からの放射性物質の体内取込みによる内部被曝をした。
(イ) X7の疾病と放射線起因性
a X7は,それまで経験したことのない歯茎からの出血や,脱毛,全身倦怠感という症状を認めたが,これらが放射線の被曝による急性症状であることは公知の事実である。
b X7の申請疾病名である椎骨脳底動脈循環不全という病名は,脳の血管で脳幹部や平衡神経などに栄養を送っている椎骨動脈や脳底動脈の血管循環が一時的に悪くなり,そのためにめまいが起こる症状をいうが,神経学的にはっきり診断基準のない病態を表した病名で,原因不明のめまいが続くときに便宜上付けられることの多い病名である。そして,X7は,これまで多数の病気にかかっているが,生活での一番の支障を来した健康障害は例えようのない倦怠感であり,そのために人と同じような定職に就けず苦労してきた。この体力がない,持続力がないという,言葉では言い表しようがない体全体の倦怠感,脱力感は原爆ぶらぶら病の症状そのものである。その状態を押し切って頑張った無理,極限の延長状態に来るのが,X7が訴えているめまいであり,それにより椎骨脳底動脈循環不全と診断されたものである。このめまいは,通常人が一般に感じるものとは異なり,定職に就くこともできないほどひどいものであり,放射線に起因するとしか考えられない。
したがって,X7の椎骨脳底動脈循環不全が放射線に起因することは明らかである。
c X7が罹患していた脳梗塞後遺症については,被爆者の循環器系疾患の増加が指摘され,近距離被爆者において有意な死亡が確認されていることから,放射線の影響が考えられる。
d X7が罹患していた高血圧症については,有意な線量反応関係があるとされており,放射線起因性が認められる。
e X7が罹患していた白内障は,晩発性の白内障の存在が認められており,放射線起因性が認められる。
f X7が罹患していた白血球減少症は,急性期には白血球の減少が認められているが,10年後の調査では減少がないとされている。しかし,低線量被爆者に負の線量関係を認めた報告があり,放射線起因性が認められている。したがって,X7の白血球減少症についても,放射線起因性は認められる。
g さらに,X7は,本件認定申請,異議申立ての後,平成16年9月に膀胱がん,前立腺がんの多重がんに罹患した。これらの疾病は,本件X7却下処分後に発症したものであって,審査の対象そのものにはなっていないが,被爆者に多重がんが多いことがその特徴とされており,X7が放射線の影響を受けていること,そして上記疾病も原爆による放射線の影響であることを強く推認させる。1審被告らは,がんの治療の進歩に伴って寿命が延長していき,加齢によってがんに罹患するリスクは高まっていくから多重がんの発生率が高まるのは当然であると主張するが,非被爆者のがん死亡数よりも被爆者の方が一定の数で多いことが知られている。
X7が同じ時期に前立腺がん及び膀胱がんという多重がんに罹患していることは,X7が放射線によって影響を受けていることを強く窺わせ,X7の上記疾病も放射線起因性があるというべきである。
カ 要医療性の要件該当性
X7は,死亡するまで,めまい,ふらつきが続き,2か月に1度程度,脳梗塞の後遺症やめまいなどの治療のためにN附属p病院や近隣のP内科にそれぞれ通院し,継続的に治療を受けていた。また,白内障の治療のために,O病院に通っていた。
よって,X7が死亡するまで要医療性があったことは明らかである。
キ 放射線起因性がないとする1審被告らの主張に対する反論
(ア) X7の被爆状況について
1審被告らは,調査票の記載を根拠に,X7が原爆投下当日に広島市内に入市したとは考え難いと主張するが,調査票の妻子の名前が間違っていることなどからして,X7自身が記載したものではなく,後日,被爆体験がない役所の人間によって書かれたであろうことは容易に想像できるのであり,X7の供述する被爆体験が事実である。
(イ) 椎骨脳底動脈循環不全について
1審被告らは,調査嘱託<O病院,P内科,Q病院,N附属p病院>回答を踏まえ,X7が椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全に罹患していると認めることができないこと,少なくとも却下処分時には要医療性がなかったことが明らかになったと主張する。
しかし,上記疾患名は,原因不明のめまいが続くときに便宜上付けられることの多い病名である。そして,X7は慢性原子爆弾症(原爆ぶらぶら病)の症状を呈しながら無理を重ね,X7が訴えている原因不明のひどいめまいに襲われたのであり,診断に当たった医師が,このような症状を平衡神経中枢の循環悪化と考えて便宜上つけた診断名が椎骨脳底動脈環不全というべきである。つまり,X7の,同病名は,慢性原子爆弾症(原爆ぶらぶら病)に相当するものであり,他の医療機関の調査嘱託回答にその旨の記載がなかったとしても,そのことを以て,同人がかかる症状になかったと決めつけることはできない。また,X7が脳動脈の一部の局地的閉塞によって生じる脳梗塞を発症して,その後遺症(半身麻痺)が残っていることや血管性パーキンソンイズムが疑われていることからしても,X7の述べる症状が存在したことは明らかである。
なお,本件X7却下処分時点でも,上記の症状を呈していたことは明らかであるから,要医療性についても認められる。
(ウ) 循環器疾患(高血圧症,脳梗塞後遺症,虚血性心疾患)
1審被告らは,X7の循環器疾患(高血圧症,脳梗塞後遺症,虚血性心疾患)は,同年代の者に通常見られる循環器疾患と何ら変わりのないものであり,約50年も前の原爆放射線が寄与しているなどと考えることは常識的にみて困難であると主張する。
しかし,放射線後障害一般として,現に罹患している疾患名で見る限り,若干の例外を除いて放射線後障害として特有の疾患名はなく,いずれも非特異性疾患とされるものである。のみならず,放射線後障害と認められる疾患について,放射線に起因するものであるという特有の症状や所見も現在のところ認められていない。そのような原爆症の特徴からして,上記のような1審被告らの主張は失当というほかはない。
そして,放影研の最新の疫学調査の結果は,循環器疾患(心疾患,脳卒中)の死亡率及び高血圧症の発生率と放射線被曝線量との間の線量反応関係の存在を示しており,被爆年齢が低い群(40歳未満)では循環器疾患全体の死亡率及び脳卒中(脳出血と脳梗塞を含む。)又は心疾患の死亡率は線量と有意な関係を示し,線量反応曲線は純粋な二次又は線形―しきい値型を示したという解析結果も報告されている。したがって,これらの最近の研究結果からすれば,循環器疾患及び高血圧症についての放射線起因性が明らかになりつつあるというべきである。
(8) X8
ア 被爆状況
X8(大正15年*月*日生,被爆時19歳)は,陸軍船舶練習部教導連隊四中隊に属していたが,昭和20年8月6日には分遣隊としてq町国民学校にいて,原爆の閃光を見た。そして,同日午後8時ころ,q駅に出動して,広島から送られてきた負傷者を病院に運んだ。
X8は,翌7日の朝,q町から汽車で広島駅に向かい,午前10時ころ,広島駅東側で列車から降ろされた。そして広島駅前を経由し,路面電車に沿って紙屋町(爆心地より約300m)の交差点を通り,宇品の船舶練習部(爆心地より約4km)まで約2時間をかけて行進し,宇品で昼食をとった後の午後3時過ぎに宇品を出発し,朝行進したコースを逆に行進し,紙屋町の交差点に到着した。その後,八丁堀(爆心地より約700m)の交差点付近で就寝し,翌8日から10日まで,八丁堀交差点から紙屋町交差点の間の地域で遺体の焼却作業を行い,夜も八丁堀交差点付近で泊まった。同月11日には相生橋東詰南側(ほぼ爆心地)辺りで川に浮かぶ遺体の回収,焼却作業を行い,同日夜もまた八丁堀交差点付近で宿泊,翌同月12日朝に宇品に戻った。同月13日には宇品の船舶練習部内の遺体の焼却作業をして,同月14日に海路qに戻った。
q町に戻ったころより,X8を含むほとんどの部隊員が激しい下痢を起こした。下痢は9月中旬くらいまで続き,部隊員のうち少なくとも1人は脱毛を起こした末死亡した。また全員が倦怠感を持ち続けた。
イ 急性症状等
X8は被爆するまで全く病気をせず健康であったが,qに戻った直後の昭和20年8月14日ころから強度の下痢となり,これは10日間から2週間続いた。また,体がだるく何もできない状態であった。このような状態はX8だけでなく,q町に戻った他の部隊員も同様の症状を呈した。
激しい下痢は死亡に至るまで断続的に発生し,また疲れやすく体調がすぐ悪くなる状態も続いていた。
ウ その後の症状の経過等
X8の症状の経過は,イ記載の断続的な下痢,慢性的な疲労感のほか,以下のとおりである。
(ア) 昭和30年ころ,風邪をこじらせて急性肺炎から肋膜炎となり,1年2か月入院し,退院後も1年ほど自宅療養をした。また,このころ貧血であるとの診断がされ,貧血の薬も以後飲むようになった。
(イ) 昭和32年ころ,健康診断で白血球減少症と診断された。
(ウ) 昭和55年ころ,肝臓が少し悪いと診断された。
(エ) 昭和57年,糖尿病と診断された。
(オ) 昭和59年,右大腿閉塞性動脈硬化症と診断された。
(カ) 平成元年,上記部位バイパス手術
(キ) 平成2年,閉塞性動脈硬化症・狭心症と診断された。
(ク) 平成4年,右大腿動脈血栓除去術
(ケ) 平成6年,腰部脊椎管狭窄と診断された。
(コ) 平成7年,腰部椎弓切除術
(サ) 平成8年,貧血と診断された。
(シ) 平成9年,大腿動脈狭窄症と診断され,右大腿―膝窩動脈バイパス手術
(ス) 平成10年,血管拡大術,血栓除去術。その後たびたび人工血管に閉塞を起こし入退院を繰り返す。
エ 現在の症状
X8はその後も貧血の投薬治療を続け,また人工血管の閉塞は定期的に発症していたため,経過観察中であった(近い将来に手術をする可能性も高かった。)ところ,平成19年4月26日死亡した。
オ 放射線起因性の要件該当性
(ア) 放射線の被曝状況
X8は,原爆投下翌日の昭和20年8月7日から同月12日朝まで,爆心地及びその周辺500m以内のところで遺体の焼却作業をし,爆心地500m付近で宿泊した。
X8の遺体焼却作業は,素手で瓦礫の中から遺体を取り出し,これを一か所に運んだ上で,灯油をかけて焼くものであって,遺体に付着したほこりがX8の手等に付き,食事のときに素手で手にした握り飯を経由して口の中に入ったこと,作業中舞い上がるほこりを口及び鼻から吸い込んだことは明らかで,多量の残留放射線,二次放射線及び放射性降下物による内部被曝を大量に受けたと考えられる。
X8は,同月14日ころから激しい下痢に苦しみ,それが同年9月中旬まで続いた。また,倦怠感も長く続いていた。このような症状は,X8と行動を共にした同じ分遣隊員のほとんどの者が経験しており,放射線被曝の急性症状であると認められる。1審被告らは集団食中毒の可能性があるかのように主張するが,X8と同じように原爆投下後入市して,同月12日ないし同月13日まで救護活動を行った他の部隊でも,同月8日ころから下痢患者が多数続出しており,これらは,入市後放射線曝露したことによる急性症状と考えるより他に合理的説明がつかない。以上の事実からすれば,X8が内部被曝により下痢,倦怠感等の急性症状を発症したことは明らかである。
そして,被爆前は健康であったX8が,被爆後極端に体力が落ち,日常的に体がだるく不定愁訴となり,様々な病気を繰り返してきたのは,原爆特有の原爆ふらぶら病(慢性原子爆弾症)としかいえないような症状であり,原因は,被爆の他に考えられない。X8が罹患した疾病はすべて直接,間接に放射線の影響を受けている。
(イ) 貧血の放射線起因性
被爆者に生じた貧血症は急性期だけでなく慢性的に認められるものであるところ,X8は,被爆後より繰り返す原因不明の貧血に苦しんできた。
放射線によって生じる貧血は,骨髄の障害で発生すると一般的に考えられている。骨髄に障害が発生した場合には赤血球のみならず白血球や血小板,リンパ球などすべての血球成分に異常が生じる。しかし,これらの各成分の感受性や回復の期間はそれぞれ異なり,赤血球だけが減ったり,白血球だけが減ったり(あるいは増えたり),それぞれが減って白血球だけが回復したりすることもあり得る。
X8には赤血球減少が長期間続いていたが,放射線による骨髄の障害を原因として,X8の放射線感受性により,このような症状が現れていると考えられる。他方,放射線被曝以外にX8の長期にわたる貧血の原因は存在しない。
したがって,X8の貧血は,放射線に起因性するものというべきである。
(ウ) 動脈硬化症疾患の放射線起因性
X8には既往症として動脈硬化性血管閉塞症(認定申請時の医師意見書に記載)があり,これも本件X8却下処分の取消訴訟の審理対象の疾病に当たる。
X8は糖尿病に罹患していたので,動脈硬化性疾患は糖尿病の合併症とも考えられるが,放射線が血管病変を来すことは認められているところであり,放射線被曝が更に動脈硬化性疾患の悪化の要因となったと考えられ,放射線起因性は認められるべきである。
カ 要医療性の要件該当性
X8は,死亡するまで,貧血,糖尿病の状態は変わらず,投薬治療を続けていた。また,大腿動脈閉塞により人工血管を装着していたところ,この人工血管は度々閉塞を起こしたので,その都度入退院を繰り返しており,死亡するまで経過観察が必要であった。
よって,X8が死亡するまで貧血,動脈硬化性疾患双方ともに要医療性があったことは明らかである。
キ 放射線起因性がないとする1審被告らの主張に対する反論
(ア) X8の被爆状況について
1審被告らは,放射線治療の線量を論拠にして血管病変が認められる放射線量は50Gy程度であって,X8がそのような多量の被曝線量を浴びるはずがないと主張する。
放射線治療等により血管病変が生じるという結果は,放射線被曝により血管病変が生じることを表すものであるが,放射線治療による放射線被曝は外部被曝であるのに対し,X8の被曝は内部被曝であり,内部被曝は放射性物質が特定の部位に組織沈着し,その局所に集中的に被曝を生じさせるものであって,外部被曝と同列に被曝線量を論じることはできない。しかも放射線治療は,がん組織にのみ放射線を集中的に当てるものであって,がん組織周辺の健康な組織にはできるだけ当たらないように配慮して行うものであるところ,放射線治療における放射線量は,がん組織に当てられる放射線量である。したがって,がん組織でない血管が影響を受ける線量はこれより格段に弱いものである。それでもがん組織周辺の血管に病変が生ずるということは,わずかな放射線により血管病変が生ずることを示すものといえる。さらに,放射線治療による血管病変は,がん治療後のごく短期間について調査したものであって,20年,30年という期間を調べたものなど存在せず,原爆による放射線被害にそのまま当てはめることはできない。
X8の原爆投下後の行動からして,少なくともX8が血管病変を来す程度の重大な内部被曝を受けていることは容易に推測できるところである。
(イ) X8の貧血の原因について
1審被告らはX8の貧血を鉄欠乏性貧血と断じるが,鉄欠乏性貧血は赤血球の主原料である鉄分が不足することによって起こる貧血である。そして,鉄分の欠乏は一般的には食生活での鉄不足,消化器官による鉄吸収率が悪いこと,慢性的な出血が原因とされる。しかし,X8には食生活で偏食が見られず,消化器官の吸収が悪いということも医師から指摘されたこともないし,慢性的出血も認められない。なにより,直接X8を診断した医師は,誰も鉄欠乏性貧血とは診断していない。
1審被告らはX8が骨髄穿刺を受けていないことをもって担当医師が骨髄障害の疑いを持っていなかったと推測する。しかし,骨髄穿刺は被治者の身体に多大な負担のかかる検査であって,X8が高齢であることや治療上のメリットがないこと等を考慮して避けた可能性もある。
また,骨髄の造血能の低下は1血球系のみに限って起こる場合もあり,赤血球系のみの減少症状であるから骨髄障害ではないと断ずることはできない。
なお,原爆被爆者については,その原因,機序については不明であるが,貧血有病率が他集団に比べて多く,しかも被爆距離の遠近や入市被曝であることによって貧血発症に差がないことが指摘されている。
(9) X9
ア 被爆状況
X9(昭和2年*月*日生,被爆時17歳)は,**から挺身隊として長崎に出て,C兵器**工場に配属されており,夜勤明けで長崎市d郷(現在のe町)にあるC兵器e女子寮(爆心地から約2km強)の2階の1室で熟睡していた昭和20年8月9日午前11時2分に被爆した。
被爆の瞬間,木造の同女子寮は一瞬にして倒壊し,X9は建物の下敷きとなった。奇跡的に外へ這いだしたが,右手の甲には2cm以上もの大きなガラス片が突き刺さり,顎,左膝内側,右手首など全身に無数のガラス片が突き刺さり,切り傷だらけで血まみれの状態であった。
X9は,C兵器トンネル工場まで歩いて避難したところ,同工場はひどい火傷や怪我を負った重傷者であふれかえっていた。夕方になって寮まで歩いて戻ったが,寮は完全に焼け跡となっており,体中焼けただれた寮生たちが周りに大勢横たわっていた。X9は,焼け出された大勢の被爆者とともに寮から西方向へと歩き,そこから汽車に乗って諫早方面に向かった。汽車の内部もすし詰めであり,ひどい怪我や火傷を負った被爆者であふれかえっていた。相当時間汽車に揺られた後,指示された駅で下車し,そこからトラックの荷台にすし詰めに状態で乗せられて,山の上にある寺へと運ばれた。寺の内部も,重症の被爆者であふれかえっていた。
数日後,ようやく軍医がX9の体に刺さったガラス片を取り出し,手当を受けたが,ガラス片が突き刺さった傷口や傷跡からは多量の膿が出て容易に止まらず,傷口もなかなかふさがらなかった。
X9は,その寺で終戦まで過ごした。終戦後の同月18日ころ,いったん長崎市内へと戻り,道ノ尾駅でようやく友人に会い,血まみれの服を着替えることができた。
その後,X9は,長崎を出て,徒歩又は汽車で***まで行き,船に乗って故郷の**へ帰った。
イ 急性症状等
X9は,被爆の数日後に体に突き刺さったガラス片を取り出すなどの手当を受けたが,その後も傷口は容易にふさがらず,多量の膿が出て止まらない状態が続いた。また,寺に避難している間,下痢症状が約10日間ほど続いた。歯茎からの出血も何か月か続いた。そして,被爆前には全く感じたことのなかった倦怠感を覚えるようになった。
ウ その後の症状の経過等
(ア) X9は,被爆前は風邪ひとつ引いたことのない健康体であったが,被爆後は強い倦怠感や疲労感を覚えるようになり,胃の調子も悪くなり,胃もたれや胃炎を繰り返し,貧血気味の症状もみられるようになった。また,原因不明の体調不良に苦しめられ続け,病院にかかることが頻繁になった。X9のこのような症状は,いわゆる原爆ぶらぶら病(慢性原子爆弾症)であると診断される。また,X9は,被爆後,体をどこかにぶつけるとすぐ皮下出血して紫斑が出るようになった。
(イ) X9は,昭和35~36年ころに両眼の翼状片を患い,手術を受けた。その後,白内障も患い,右眼は手術を受け,左眼も手術の必要があると言われている状況にある。
(ウ) X9は,骨も弱く,昭和30年代から歯がどんどんすり減り,40歳代前半で入れ歯となった。
(エ) X9は,昭和43年ころ以降は,風邪をこじらせては肺炎を起こし,喘息の発作も起こすようになり,10年ほど前からは,毎年少なくとも1回は喘息の発作のために入院を余儀なくされている。これらも放射線の影響による免疫機能の低下によるものと判断される。
(オ) X9は,平成10年秋,肺がん(腺がん)の診断を受け,平成11年2月,摘出手術を受けた。さらに,平成14年5月ころ,脳に転移している(転移性脳腫瘍)との診断を受け,ガンマナイフ放射線治療を受けた。現在も定期的に検査を受け,厳重な経過観察を行っている。
(カ) X9は,平成17年2月上旬ころには,背中のひどい痛みに苦しめられ,ひどい骨粗鬆症であるとの診断を受けた。
エ 現在の症状
X9は,肺がんの手術後,従前にもまして体力が低下し,家の中で少し歩いただけでも息切れするような状況にある。
また,しばしば重篤な喘息の発作を起こしては,入院を余儀なくされている。平成17年5月にも重篤な発作を起こし,不整脈も出て,1か月近く入院した。平成19年には,病院の検査で新たに脳梗塞の初期放射線がんが複数見つかっている。
X9は,現在も全身がだるく,少し体を動かすのも大変な状況にあり,自らの体調の悪化を感じ,がんの再発に脅えながら日々を過ごしている。
オ 放射線起因性の要件該当性
(ア) 放射線の被曝状況
X9は,爆心地から約2kmの木造家屋内で被爆し,閃光を浴び,直接に大量の初期放射線を浴びている。
また,X9のその後の行動から,残留放射線に被曝し,又はホコリを吸い込むなどして内部被曝した。
X9は,被爆直後から下痢,歯茎からの出血,膿が止まらない,全身倦怠感などの症状を呈しているところ,出血傾向,化膿傾向はかなり白血球が減少していることを示し,これらはすべて典型的な急性の放射線障害と判断され,これらのことからX9が相当量の放射線に被曝していることは明らかである。
(イ) X9の申請疾病(肺がんと転移性脳腫瘍)の放射線起因性
放射線被曝によって肺がんの発症率が有意に多くなることは,明白にされており,特に女性の発症の危険性が高い(肺がんの過剰相対リスク男性0.48,女性1.1)。女性で,2km以内の近距離被爆群が1.8倍非被爆群より高率であったとする報告もある。さらに被爆年齢が若いほど放射線の感受性が高く発病しやすいとされている(X9は17歳で被爆している。)。X9は,喫煙歴も一切なく,また親族の中にもがん罹患者は1人もいない。
なお,X9は,放射線との有意な相関が指摘されている白内障にも罹患しているうえ,平成19年に入って脳梗塞にも罹患しているところ,脳卒中についても,被爆者に統計的に有意な増加が指摘されている。
X9が相当量の放射線被曝をしていることは明白であるところ,他原因は全く存在しないことからも,X9の肺がん及び肺から転移した転移性脳腫瘍が原爆放射線に起因することは明らかである。
カ 要医療性の要件該当性
X9は,現在もがんの転移の有無についての経過観察中である。
既に肺がんが脳にも転移し,非常に全身も弱っており頻回の通院を余儀なくされている現状においては,医学的管理が必要不可欠であること,さらには被爆者に多重がんが多く,再発の危険性も高いという現状にかんがみて,将来にわたって長期間の厳重な経過観察を行う必要性が認められる。
よって,要医療性は明らかに認められる。
キ 放射線起因性がないとの1審被告らの主張に対する反論
(ア) 1審被告らは,X9はほとんど被曝していないと主張するが,不合理なDS86及びDS02に依拠するものにすぎず,X9が被曝した初期放射線は,1審被告らの主張よりも相当程度多かったというべきである。
また,1審被告らは,爆心地付近に立ち入っていないから誘導放射線による被曝を考慮する必要はないとか西山地区に滞在・居住した事実が認められないから放射性降下物による被曝を考慮する必要もないなどと述べ,誘導放射線や放射性降下物による被曝をほとんど認めようとしないが,この点の誤りも既に指摘したとおりである。前述した被爆後の行動からも明らかなとおり,倒壊した建物や重傷の火傷・怪我を負った被爆者等と接触し,塵埃を吸い込み,あるいは全身に存在していた傷口から体内に取り込むなどして,残留放射線に被曝し,または誘導放射化した物質を体内に取り込んで内部被曝したことは,X9に生じた急性症状,その後の健康状態の悪化,すなわち被爆前と被爆後でその健康状態に質的変化が生じている事実からしても明らかに認められる。
(イ) 1審被告らは,審査の方針によればX9の肺がんの原因確率が極めて低いということのみを根拠とし,放射線以外の一般的な肺がんのリスク要因,加齢の影響,一般的な患者数の増加などを並べて,X9の肺がんは原爆放射線以外の原因で発症した可能性が高いなどと主張するが,その準拠する原因確率が不適切であり,それのみを根拠とすること自体が失当である。
(ウ) 1審被告らは,X9の白内障は老人性白内障であり,X9の肺がんに放射線起因性を認める根拠にはならないとする。
しかし,X9の主治医は,放射線性又は老人性,あるいはその両方が原因と思われると判断しており,かつ右眼には後嚢下混濁が認められているのであるから,X9の白内障が放射線に起因するといえることは明らかである。近年の知見に照らしてみれば,X9が白内障に罹患していることは,X9の肺がんに放射線起因性を認める一つの根拠となることが明らかである。
【1審被告らの主張】
1 原爆症認定の対象となる疾患
(1) 原爆症認定申請に係る処分の対象
被爆者援護法に基づいて原爆症認定を受けようとする者は,氏名等の身分事項のほか,疾病等の名称,被爆時以降における健康状態の概要及び原爆に起因すると思われる自覚症状があったときは,その医療又は自覚症状の概要等を記載した認定申請書に,医師の意見書及び当該疾病等に係る検査成績を記載した書類を添付して申請するものとされており,厚生労働大臣は,その疾病等(申請疾患)を対象とし,放射線起因性及び要医療性を判断しているのであって,原爆症認定申請に係る処分の対象となる疾患等は,申請者の申請疾患に限定される。
(2) 審査会における申請疾患以外の疾病の考慮
厚生労働大臣は,原爆症認定に当たり,医療分科会の意見を求めるものとなっているところ,その諮問を受けた医療分科会は,申請疾患の放射線起因性及び要医療性を判断する上で必要な場合は,申請書等に記載された申請疾患以外の疾病の罹患状況や放射線起因性等を考慮することはあるが,当該申請疾患の放射線起因性等を判断するのに必要な限りにおいて行われるものであって,申請疾患以外の疾患を認定対象としているわけではない。
(3) 異議の対象
申請者は,不認定処分等に対して異議を申し立てることができるが,その審査は,厚生労働大臣の原爆症認定に係る処分を対象にその当否が判断されるため,当該異議申立時に判断の対象となる疾病は,原爆症認定時と同様,申請者の申請疾患に限定される。なお,厚生労働大臣は,異議申立てがされた場合,実務上,医療分科会に対して再度答申を求めており,医療分科会は,この場合も申請疾患の放射線起因性等の判断に必要な範囲で,既往症等の申請疾患以外の疾病について考慮することがあるが,それはあくまで当該申請疾患の放射線起因性等を判断する限りにおいて行われているものにすぎない。
(4) 原爆症認定疾病に係る医療費の給付
厚生労働大臣の原爆症認定が,申請者の疾病を対象に行うものであることは,原爆症認定により与えられる給付の内容からも基礎付けられる。
すなわち,原爆症認定においては,申請者が複数の疾病を申請疾患として申請した場合,各疾病ごとに原爆症認定がされる必要がある。確かに,医療特別手当の給付は,複数の疾病が原爆症と認定されても,1つの疾病分の手当しか支払われないため,疾病ごとに原爆症の認定をする実益がないようにも見えるが,複数の疾病について原爆症と認定された場合,一部について要医療性が消失したとしても,他の疾病の要医療性がなお残存している場合,医療特別手当が支給されることとなるのであって,各疾病ごとに原爆症の認定をする実益がある。
他方,原爆症と認定された疾病については,医療の給付を受けられるところ,当該医療給付は,複数の疾病が原爆症と認定された場合であっても,各疾病ごとに必要な医療が給付されなければならないのであるから,各疾病ごとに原爆症認定がされる必要がある。
2 1審原告らの主張する「急性症状」と放射線起因性
1審原告らの各申請疾患の放射線起因性について検討するに当たり,1審原告らの主張に係る急性症状と放射線起因性について,共通する問題点を指摘する。
(1) 1審原告らが主張する下痢,脱毛,歯齦出血(歯茎からの出血)といった症状は,様々な原因があり得る非特異的な症状であるから,そのような症状が発生したからといって,そのことから当然に当該1審原告らが健康被害を起こすほどの放射線被曝を受けたことにはならないことはいうまでもない。
(2) 被曝による急性症状としての下痢や脱毛等には,その発症の仕方や経過に特徴がある。すなわち,被曝による下痢は,腸管の細胞が障害されることによって生じる症状であり,5Gy程度以上の被曝をした場合に,まずは前駆症状としての下痢が被曝の3~8時間後に起こるとされている。食事とは何ら関係なく起こり,その後,一定期間の潜伏期を経て,被曝の主症状(消化管障害)としての下痢(血便)に至るという特徴がある。また,被曝による脱毛は,毛母細胞が放射線によって障害されることによって生じる症状であり,被曝後,少なくとも1週間過ぎ(8~10日後)から2,3週間続き,見た目にはほぼすべての毛髪が「バサーッ」と脱落したように見え,その後毛母細胞が修復されるため,8~12週間後には発毛が見られるという特徴がある。
そして,急性症状が生じる被曝線量は最低でも1Gy程度以上とされている。
これらの事実は,国際原子力機関(IAEA)も,チェルノブイリ原発事故等での被曝事例に基づいて明らかにしているところであり,今日における放射線医学の常識として広く承認されている。
(3) 1審原告らは,原爆放射線の被曝による急性症状について,「しきい値」があるとしても,その値をどう考えるかについては,さまざまな説があるし,未だ研究途上の理論なのであるなどと主張するが,科学的医学的根拠を欠く独自の見解というほかない。
3 1審原告らの原爆症認定要件該当性
(1) X1
ア 被爆状況及び推定被曝線量について
(ア) 被爆後の行動
X1は,原爆投下当日の夕刻ころ,爆心地付近の日赤広島支部付近に行ったと主張するが,原爆投下当日は爆心地付近では火災が生じており立ち入りは不可能であった。仮に立ち入ったとしてもごく短時間の滞在であったと考えられる。
(イ) 推定被曝線量について
a 初期放射線による被曝線量の推定
広島の爆心地から1.5km地点における原爆の初期放射線による被曝線量は,0.5Gyにすぎず,X1は,建物(木造2階建)内で被爆したから,同人の初期放射線による被曝線量は,最大限見ても遮蔽係数0.7を乗じた0.35Gyを超えることはない。
なお,ガラス越しに眼に初期放射線の直撃を受けたことを重視し,屋外被曝と同程度の被曝線量の被曝をしたと仮定しても,0.4964Gy程度にしかならない。
b 残留降下物,誘導放射線等による被曝線量
X1は,広島の己斐・高須地区に滞在・居住した事実はないから放射性降下物による被曝を考慮する必要はない。仮にX1が原爆投下当日に爆心地付近に行ったとしても,当時の上記状況からしてごく短時間の滞在であったと考えられるから,有意な放射線の被曝があったとは考え難い。また,被爆翌日の7日から12日ころまでの救護活動について,その場所が爆心地から700m以内か否か,その区域に入ったのが原爆爆発から72時間以内かどうかが明らかではないから,誘導放射線による有意な被曝をしたとは認められない(仮に,X1が主張するうちで最も爆心地に近い紙屋町付近<爆心地から300m>において救護活動を継続したとしても,最大限0.04Gyにすぎない)。
したがって,誘導放射線及び放射性降下物による被曝を認めることはできず,仮に最大限考慮したとしても0.04Gyを超えることはない。
なお,X1が放射性物質を体内に取り込んだ可能性が全くないわけではないが,その被曝線量は外部被曝線量を超えるものではないし,それによって白内障が発症するなどというものではない。
以上よれば,X1の推定被曝線量は,0.35Gyとなり,誘導放射能による被曝を考慮してもその線量は0.04Gy未満であることから,これを合計しても0.39Gy未満にすぎない。
イ 急性症状について
(ア) X1は,急性症状を発症するほどの原爆放射線の被曝をしていないから,X1に被曝による急性症状が発症するはずがない。
そして,X1が生じたと主張する急性症状(下痢,脱毛,歯齦出血)は,放射線被曝による急性症状と態様が異なり,この面からしても,被曝による急性症状とはいえない。
a 下痢について
被曝による急性症状としての下痢は,5Gy程度以上の被曝をしている必要があり,その場合の下痢の発症経緯は前記のとおりであり,X1の説明とは符合しない。しかも,5Gy程度の被曝をした場合であれば,被曝後1時間以内に発熱や嘔吐が生じ,白血球や血小板の最低値を示すほどの減少を必ず併発していたはずであるが,被爆直後から後のX1の行動状況からして,そのような放射線被曝をしたと見ることは困難である。
b 脱毛について
X1は,昭和20年8月終わりころから脱毛が生じ,同年9月に実家に帰って寝込んでいたところ,櫛で髪をといてもらうと髪が大量に抜けるようになり,脱毛は同月一杯ころまで続いた旨供述しているが,被曝による脱毛が生じるしきい値である3Gy程度の被曝をしていれば,被曝後,少なくとも1週間過ぎから2,3週間続き「バサーッ」と脱落したように見える脱毛が生じるはずであり,X1の供述する脱毛の発症時期及び症状と整合しない。
X1の脱毛は,自然脱毛や栄養障害や代謝障害による脱毛や精神的ストレスによる脱毛であると考えるのが自然である。
c 歯齦出血について
X1に生じたという歯茎からの出血(歯齦出血)は,被曝による骨髄障害(血小板減少)による出血傾向の症状を指すのか,口腔粘膜の障害を指すのか,明らかではないが,出血が歯茎に限定されており,痛みや潰瘍を伴っていないため,口腔粘膜の障害とは考え難い。仮に骨髄障害によるものとすれば,被曝から3週間程度経過した後に発症するとされており,昭和20年8月15日から出血傾向が見られたというのは不自然である。
X1は,固いものを食べたり歯を食いしばったりしたときや風邪を引いたときにも出血し,総入れ歯になる昭和40年ころまでずっと続いたというのであり,歯周疾患が原因と見るのが医学的な常識にかなった判断である。
ウ 申請疾患(右眼球癆)について
眼球癆は,毛様体炎が強いと毛様体の房水産生が低下して低眼圧になり,それが高度となって眼球が縮小して生じるものであって,主たる成因は炎症であるとされ,放射線起因性を認めるに足る知見はない。
なお,X1の場合,左眼に糖尿病性網膜症も指摘されているところ,糖尿病のような全身疾患の合併症が片側だけに起こるとは考え難いことから,右眼にも糖尿病性網膜症があり,同疾病による組織障害が眼球癆を惹起した可能性も考えられる。
エ 左白内障について
認定申請書添付の意見書には,左白内障,左糖尿病性網膜症,両涙液分泌減少症も挙げられている。両涙液分泌減少症については,放射線によって引き起こされる障害であることを示唆する科学的知見はない。以下,左白内障の放射線起因性について検討する。
(ア) 白内障の有力原因である加齢
白内障とは,眼の水晶体が混濁した状態をいう。その混濁は,蛋白の編成,線維の膨張や破壊によるもので,先天性と後天性のものがある。後天性の白内障は,原因別に老人性,外傷性,併発性,糖尿病性,放射線性,内分泌異常性,薬物・毒物性などが知られているが,そのうち,最も多いのは,加齢による老人性白内障である。老人性白内障の初発年齢は,早い人で40歳代からみられ,60歳代では約70%,70歳代では約90%,80歳代ではほぼ100%の人にみられる。
したがって,戦後60年が経過した今日における白内障の原爆症認定の判断に当たっては,申請者と同年代のほとんどの者が程度の差こそあれ,白内障に罹患していることを前提とし,検討されなければならない。
(イ) 放射線白内障の特徴
水晶体全体を包んでいる袋(嚢)の内側には前側に透明な細胞の層がある(上皮細胞)。この層は,水晶体の縁(赤道部)で細胞が分裂し,中央部に向かってゆっくりと動くことにより,水晶体の機能を保っているが,放射線は,分裂している細胞に特に傷を与えやすいため,赤道部で細胞に異常が生じ,そのような細胞が水晶体の後方にまわって,中央部に集まる。それらの変性した細胞は,光の直進を妨げるためにごりとなる。これが,放射線白内障の特徴であり,老人性白内障とは異なり,多くは進展せず,視力障害を生じることは少ない。
原爆による放射線白内障は,確定的影響の疾病であって,原爆被爆者の疫学調査の結果に基づき,しきい値は1.75Sv(ガンマ線で換算すると,1.75Gy。95%信頼区間は1.31~2.21Sv)とされており,放射線被曝をしてから,数か月から数年後までに発症するというのが,今日における放射線医学の常識とされている。
そして,放射線白内障と診断するためには,① 後極部後嚢下にあって色閃光を呈する限局性の混濁,もしくは後極部後嚢下よりも前方にある点状ないし塊状混濁のいずれかの水晶体混濁が認められること,② 近距離直接被曝歴があること,③ 併発白内障を起こす可能性のある眼疾患がないこと,④ 原爆以外の電離放射線の相当量を受けていないこと,の4条件が揃うことが必要とされており,特に①の水晶体混濁が認められることが肝要である(人体影響1992)。
(ウ) X1の左白内障の原因について
X1の左白内障は,同年代の者に通常見られる老人性白内障あるいは糖尿病性白内障と何ら変わりがない。
a 調査嘱託<F病院>回答によれば,X1は,初診時(平成8年6月10日)に「左初期白内障」と診断されており,水晶体所見は,混濁が周辺部(水晶体皮質)に認められているが,中心部(後嚢下)に混濁を示す所見は認められておらず,皮質混濁とともに後嚢下混濁の所見が記載されている。その後,X1にはカリーユニ点眼薬による治療が平成15年9月10日まで行われている。
後嚢下混濁に皮質混濁が先行あるいは合併することは,老人性白内障が進行した所見若しくは糖尿病性白内障の典型的な所見であり,上記点眼薬は,初期老人性白内障に適応がある治療薬であって,放射線白内障には用いられない。
これによれば,X1の左白内障は平成6年ころ,すなわち,被爆後約50年も経過した後,67歳前後で発症したものと見るべきであるところ,その年代の者であれば,白内障に罹患していない者の方が少ないのであって,加齢により発症したものと見るのが自然である。そして,水晶体所見及び治療薬からして,老人性白内障であることは明らかである。
b 一方,X1の糖尿病は,昭和40年ころに医師から可能性を指摘されていたもので,F病院の初診時の平成8年6月10日には,既に眼底出血を来たし,単純型糖尿病性網膜症と診断されている上,平成10年3月には前増殖期糖尿病性網膜症と診断され,既に入院による血糖コントロールが必要なほどに進行しており,そのころ,糖尿病性網膜症に対するレーザー治療も受けていた(調査嘱託<F病院>回答)。このような臨床経過からして,X1が糖尿病を発症していたのは,遅くとも昭和60年ころと見るのが自然である。
X1は,それから9年以上が経過した平成6年ころ,左白内障を発症したものであるところ,糖尿病者は,非糖尿病者より有意に白内障を発症しやすいとされている。そして,糖尿病性白内障の典型的病型は,皮質白内障と後嚢下白内障若しくはそれらに核白内障を含む混合型であるところ,X1には皮質混濁とともに後嚢下混濁の所見が記載されているから,これは糖尿病性白内障の典型的な所見ともみることができる。
また,白内障は,血糖レベル及び糖化ヘモグロビン量(HbAlc)が高いほど発症しやすく,60歳以下の場合,糖尿病による皮質白内障がより顕著に出現するとされているところ,X1については,内服薬でコントロール不良(HbAlc9.3)とされており,X1は,糖尿病による皮質白内障を顕著に発症しやすい状態にあった。
これらに照らし,X1の左白内障は,糖尿病性白内障と考えることもできる。
(エ) 放射線白内障の否定
放射線白内障と診断されるためには,上記(イ)の4条件が揃うことが必要であるところ,X1の場合,④については不明であるが,①ないし③はすべて否定できる。また,視力障害を来すほどの放射線白内障は,通常,放射線被曝をしてから数か月から数年後までの短期間に発症するとされているところ,X1が左白内障を発症したのは,被爆後約50年も経過した時期である。しかも,X1の被曝線量は,原爆放射線白内障のしきい値を大きく下回っている。
したがって,X1の左白内障は,放射線白内障ではない。
(オ) X1の主張に対する反論
a X1は,白内障であることが立証されれば,いずれの所見かを鑑別するまでもなく,放射線起因性が認められるかのような主張をするが,放射線が糖尿病性白内障の発症率を高めるなどとする科学的知見は全くないし,老人性白内障の発症に放射線被曝が寄与し得るとの知見なども存在しない。
b また,X1は,老人性白内障に放射線との有意なリスクがあるとか,放射線被曝と白内障発症との間にはしきい値が存在しないなどと主張するようであるが,原爆の放射線に被曝したことが,その後数十年を経過し,既にごく一般的に白内障が認められる年代となった被爆者にみられる老人性白内障の発症を早める要因となるとは考え難い。
さらに,白内障のしきい値についてのX1の主張が放射線学の常識に反することは既に述べたとおりである。
オ 結論
以上のように,X1の申請疾患である右眼球癆には,放射線起因性を見いだすことはできず,それに伴う要医療性も認められない。
仮に左白内障等が申請疾患に含まれていたとしても,X1の左白内障は,同年代の者に通常見られる老人性白内障あるいは糖尿病性白内障と何ら変わりのないものであり,それらの発症に放射線被曝が寄与し得るとの確立した科学的知見は存しない上,X1は多量の原爆放射線による被曝もしておらず,X1が発症したという被曝による急性症状と称する諸症状が被曝による急性症状であると見るべき医学的根拠もないことにも照らせば,X1の左白内障に,放射線起因性は認められないというべきである。
したがって,X1の原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。
(2) X2
ア 推定被曝線量について
(ア) 初期放射線による被曝線量
長崎の爆心地から3.3km地点における原爆の初期放射線による被曝線量は,最大限見ても0.003Gyを超えることはなく,これは,通常のCTX線検査1回分の被曝線量にも満たないものであって,ほとんど0Gyに等しい。まして,X2は,木造家屋内で被爆したのであるから,同人は,原爆の初期放射線に被曝していないといっても過言ではない。
(イ) 放射性降下物等による被曝線量
X2の主張によっても,X2は,原爆投下直後に爆心地付近に立ち入っていないのであるから,誘導放射線による被曝を考慮する必要はない。
X2が原爆投下の翌月から西山地区内に存した女学校に通ったことをとらえ,西山地区に爆発1時間後から無限時間とどまり続けるといった現実にはあり得ない想定をした場合でも,原爆投下の翌月から西山地区内に就学時に滞在したにすぎないX2の被曝線量は,これより相当程度少ないものであることは明らかである。
X2は,爆心地から近距離で被曝した者と接したと主張するところ,人体を構成する物質には放射化される元素は元々極めて微量(体重1kg当たりの含有量は,アルミニウムが0.857mg,ナトリウムが1.5g,マンガンが1.43mg,鉄が86mg)しか存在しないし,放射化を起こす中性子は体重の60%以上を占める水分が吸収するため,体表面に近い部位に存在するこれらの元素のごく一部が放射化されるにすぎない。さらに放射化された元素の半減期は短いので,被救護者の人体が有意な放射線源となることはない。
また,X2が接した被爆者が西山地区において放射性降下物を浴びたことがあったとしても,西山地区において,降り注いだ放射性物質を含んだ地面から受ける被曝線量(積算線量)は最大限見積もったとしても0.18~0.24Gyにすぎず,降り注いだ放射性物質の量自体ごくわずかなものであり,その一部が被爆者の衣服や身体に付着した可能性は否定できないとしても,その量自体は更に限られたものであって,当然,上記積算線量を超えることなどあり得ない。しかも,付着した放射性物質はしばらくすれば,被爆者の身体からは脱落することも明らかであり,X2の身体に放射性物質が付着したとしても,所詮一時的なものにすぎないから,その被曝線量は,無視し得る程度のものであった。したがって,ごく微量の放射性降下物であるにもかかわらず,これが体内に取り込まれたことによる内部被曝の影響を殊更に過大視するのは問題であって,外部被曝であろうと内部被曝であろうと,全身や組織,臓器が受ける放射線の量が同じであれば,人体影響に差異はない。問題は,要するに被曝線量の多寡であり,内部被曝であることのみから危険性が高まるというものではない。放射性核種を投与して,これを診断に役立てている現代の核医学も,このような常識に基づくものである。
そもそも,内部被曝で甲状腺に何らかの異常が起こったのだとすれば,それは,取り込んだ放射性物質の中に,甲状腺に特異的に集積するような核種(放射性ヨウ素)が相当量含まれていたということになるが,原爆被爆者においてそのような事実はない。
なお,長崎の浦上川には放射性降下物が混入したと考えられるが,その水を大量に飲んだとしても,その影響は,自然放射線による被曝の影響よりもはるかに低いことも明らかになっている。
以上,要するに,内部被曝によってあらゆる健康障害が起こると考えるのは,被曝による健康影響についての理解を根本的に誤ったものであって失当である。
イ 申請疾患について
X2の申請疾患は甲状腺機能低下症のみであり,認定申請時に提出されたいかなる書面においても乳がんの既往に関する記載が一切ない以上,認定申請時に乳がんを考慮する余地はなく,本件取消訴訟は本件X2却下処分に対するものであるから,本件訴訟において乳がんの放射線起因性を検討する必要はない。
ウ X2の甲状腺機能低下症の放射線起因性について
(ア) 甲状腺機能低下症と被曝線量
甲状腺機能低下症と放射線との関連性については,もともと,甲状腺上皮の放射線感受性は他の組織や臓器に比べてかなり低く,甲状腺自体が低線量の放射線被曝で機能低下や機能障害を来さない器官であることを留意すべきである。すなわち,医療被曝では,一般に30Gy程度以上の甲状腺被曝で甲状腺機能低下症のリスクが明らかに高く,3~13Gy程度で3.8~35%の甲状腺機能低下症の発症が報告されているが,3Gy程度以下の被曝線量で甲状腺機能低下症が起こったという報告はなく,甲状腺機能低下症と低線量の原爆放射線被曝との関連性は,これを否定するのが今日における放射線学の常識である。
ちなみに,被曝による甲状腺機能低下症は確定的影響であり,医療用放射線による高線量の頭頚部被曝は甲状腺機能低下症の原因となることが明らかとなっているが,これはあくまでも頭頚部の局所被曝の場合をいうものにすぎない。仮にこのような高線量の放射線を全身に被曝した場合,生存は困難である。
(イ) 調査嘱託<K病院>回答について
上記回答には,「甲状腺機能低下と被曝との因果関係が示唆される。」との結論的意見が記載されているが,根拠は示されておらず,不明である。ほかに,同回答添付の検査結果等を見ても,X2の甲状腺機能低下症が原爆放射線に起因して発症したことを裏付けるものは何ら見当たらない。
(ウ) X2の既往症(白内障,乳ガン)と甲状腺機能低下症との関係
a 白内障について
高齢(被爆後55年後,71歳)で発症したX2の白内障は,発症時期,しきい値を超えない低線量被曝しかあり得ないこと,高齢者の白内障発症率等からして,老人性白内障であることは明らかである。老人性白内障に放射線被曝が寄与し得るとの知見など存在しないし,内部被曝によって水晶体が被曝することもあり得ない。
調査嘱託<K病院>回答によれば,初診時(平成13年6月1日)に後嚢下混濁が認められているが,軽度であり,視力障害を訴えた時期や水晶体混濁の程度等からみて,老人性白内障が進行し後嚢下に混濁を生じ始めたことによって視力障害が出現したものというべきである。なお,後嚢下混濁自体は,進行した老人性白内障の所見としても見られる典型的な症状である。
したがって,X2の白内障をもって,原爆放射線による被曝との関係が一般的に疑われる疾病を発症しているとし,X2の申請疾病の放射線起因性を認定する根拠とすることはできない。
b 乳がんについて
そもそも,乳がんは,被爆者であろうとなかろうと,生涯を通じて女性30人に1人の割合で発症する疾病であるから,被曝線量の多寡がその放射線起因性を判断するメルクマールになるのであって,単に乳がんを発症したというだけでは,その者の乳がんが原爆放射線による被曝に起因するものと判断することなどできない。また,甲状腺に蓄積して甲状腺障害の原因となるのはヨード131であるところ,このヨード131の体内への取り込みにより乳がんが増加するということもない。
c 小括
以上の次第であるから,X2の既往症(白内障,乳がん)の存在は,X2の甲状腺機能低下症の放射線起因性を認める根拠とはなり得ない。
エ 健康状態の質的変化と甲状腺機能低下症の放射線起因性について
X2は,被爆者健康手帳交付申請時にも原爆症認定申請時にも急性症状は訴えておらず,異議申立書で初めて,「疲労」,「発熱」,「頭痛」等を急性症状として記載し,その後「体の何ともいえないだるさ」を加えている。しかし,これらの具体的症状は不明確である上,X2は,被爆前から勤務工場の診療医から静養を指示され,被爆時も床に伏していたというのであって,原爆投下後に倦怠感があったとしても,それを原爆の放射線によるものであると認める根拠はなく,X2が被爆前後でその健康状態に質的な変化があったとはいえない。
なお,「体のだるさ」といった倦怠感については,主観的であり,疲労,精神的ストレス等,放射線以外の要因によっても起こり得るものである。被曝による急性症状として見られる発熱に起因して「倦怠感」が生じることがあるとしても,それにはしきい値があるところ,X2は急性症状を発症するほどの原爆放射線の被曝をしていないから,X2が被曝による急性症状を発症するはずもない。また,放射線被曝が原因で生じる倦怠感が長期間持続することはないから,現在まで継続しているという症状とは相容れない。
原爆被爆者の間に,被爆後長年にわたって「倦怠感」等の様々な症状が見られることもあるが,これは,PTSDなどの心因的な症状とみるべきである。
したがって,被曝の影響によってX2の健康状態に質的な変化が見られたということはできないから,このような症状が見られたことを理由としてX2の申請疾病である甲状腺機能低下症に放射線起因性を認めることはできない。
オ 結論
以上のとおり,X2は,原爆の放射線にほとんど被曝していないのであり,また,そもそも,X2の申請疾患である甲状腺機能低下症の発症に原爆の放射線による被曝が寄与するとの知見はないし,原爆の放射線により惹起したことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,X2の甲状腺機能低下症に,放射線起因性は認められず,申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。
(3) X3
ア 被爆状況と被曝線量の推定について
(ア) 被爆地点について
X3の被爆地点は明確でないところ,X3自身,被爆者健康手帳交付申請においては,爆心地よりの距離を3.0kmと申告しており,X3は,爆心地から約3kmの自宅近辺で被爆したと推定される。
(イ) 被爆後の行動について
X3は,被爆後に自宅に戻っており,その後爆心地付近に進入した事実はない。なお,X3は,火傷の治療のため,病院代わりとなっていた己斐小学校に油薬をもらいに行っていたと主張するところ,薬をもらうだけで自宅に戻っていた上,通院の頻度や回数については明らかではなく,己斐地区での滞在時間は短時間であったと推定される。
(ウ) 推定被曝線量について
広島に投下された原爆の初期放射線による被曝線量は,爆心地から2.5km以遠ではほとんどないものとされており,また,X3は爆心地付近には立ち入っていないから誘導放射線による被曝の影響を考慮する必要はない。なお,X3は,一応放射性降下物による被曝の影響が問題となり得る己斐地区に立ち入っているが,爆発1時間後から己斐・高須地区に無限時間とどまり続けるといった現実にはあり得ない想定をした場合でも,その積算線量は0.006~0.02Gyにすぎないうえ,原爆投下の翌日,治療のために短時間己斐地区に滞在しただけのX3の放射線降下物による被曝線量は極めて僅かなことは明らかであって,有意な被曝線量はほとんどないと推定することができる。
イ 急性症状について
(ア) X3が主張する被爆後の急性症状(歯茎からの出血,吐き気,めまい感,全身倦怠感)については,X3の供述のみであって,医証が存在せず,客観性に欠けるばかりか,X3の供述によっても各症状の発現時期があいまいである。被曝による急性症状には,しきい値があるところ,X3は,急性症状を発症するほどの原爆放射線の被曝をしていないから,被曝による急性症状を発症するはずがない。
(イ) 「歯茎からの出血」が被曝による骨髄障害(血小板減少)による出血傾向の症状を指しているとすると,被曝直後ではあり得ないから,X3の主張する状況と合致しないし,被曝の急性障害としての骨髄障害は一時的なものであって,数か月後には回復するか,被曝線量が高い場合には回復せずに死に至るから,小学校,中学校時代までときどき繰り返したというのであれば,被曝による急性症状とはいい難い。それに引き続き歯が抜けていることからすれば,単なる歯周炎,歯槽膿漏の症状とみるべきである。
(ウ) 「吐き気,めまい」については,これが被曝による急性症状の前駆期としての症状であれば,被曝後数時間以内に現れるはずであるから,「被曝して数日後から」発症したというX3の供述とは合致しない。
(エ) 「体のだるさ」などは,原爆以外の大規模災害の被災者などにおいても被災後に起こり得る心因的な症状として合理的に理解できるし,そのような症状があったからといって,放射線被曝に起因するものであると推認することはできないし,まして高い線量の被曝をしたなどと推認できるものでもない。むしろ,放射線被曝が原因で生じる倦怠感は長期間持続することはないから,倦怠感が長期間継続したのであれば,その原因から放射線被曝は積極的に除外すべきものである。
(オ) このように,X3が発症したという被曝による急性症状と称する諸症状は,被曝による急性症状としての所見に合致せず,被曝による急性症状であると見るべき根拠はない。また,X3に健康状態の質的な変化がみられたことを,被曝の影響によるものとする根拠もない。そうである以上,X3に生じたとされるこれらの症状を根拠として,X3の申請疾病(胃がん)に放射線起因性を認めることはできない。
ウ 申請疾患について
(ア) 申請疾患の発生機序と病態について
X3の申請疾患である胃がんは,放射線に被曝していない場合でも生じることがよく知られた悪性腫瘍であり,原爆放射線との関連性はもともと希薄である。胃がんの発生原因は,様々な要因が考えられるが,現時点の医学的知見では確実に特定できてはいない。
(イ) X3の申請疾患の診断と治療について
胃がんが放射線によって引き起こされる可能性は否定できず,確率的影響があるとされている。そのため,審査の方針では,がんについて,放影研が広島及び長崎の被爆者の線量推定値を基礎に疫学的手法を用いて算出したリスク推定値を基に,原爆放射線の影響を受けている蓋然性があると考えられる原因確率を算定し,これを目安として,放射線起因性の判断をすることとした。
しかるところ,放影研が実施した上記疫学調査の結果によって,線量が少なければそれだけリスクも低減することが明らかにされており,原因確率が低くなれば,当該がんが他原因で発症した可能性が高まるところ,がんの原因は,放射線に限らず,加齢や飲食・喫煙等様々な要因があり,その影響の方が放射線よりもはるかに大きいから,がんに放射線起因性があるとして,原爆症認定を受けようとする者は,がんがそれによって発症したと認められるほどの放射線被曝をしたことを主張立証しなければならない。
そして,X3の胃がんの原因確率を求めると,X3の被曝線量は,0.002Gyにすぎないから,原因確率は0.3%にすぎず,ほとんど0%に等しい。これは,原爆放射線以外の原因により発症した可能性が99.7%もあるということである。要するに,この程度の放射線被曝では,胃がんが発症するリスクは極めて低く,これを原因として胃がんになる人はいないといっても過言ではない。
ところで,X3は,65歳ころに胃がんに罹患したものであるが,喫煙が胃がんのリスクを高めることは,多くのコホート研究でも一致して示され,確立したリスク要因とされているほか,食塩及び高塩分食品が胃がんのリスクを高めることもおそらく確実とされており,さらに,胃粘膜に住み着く細菌として知られるヘリコバクター・ピロリの持続感染も,確立した胃がんのリスク要因とされている。上記事実やX3の胃がんの原因確率に照らしたとき,X3の胃がんがこうした原爆放射線以外の原因で発症した可能性が高いといわざるを得ない。
以上を総合すれば,X3の胃がんは,他原因に起因して発症したものとみるのが自然であり,このような胃がんの発症に,50年以上も前のごくわずかな原爆放射線が寄与していると認めることはできない。
エ X3の胃がんの放射線起因性と既往症(脳内出血)の関係
X3は脳内出血を発症させている(平成15年11月手術)が,脳内出血を含む脳卒中による死亡率については,その調査の全期間において,原爆放射線による被曝との有意な関係を示した資料はないから,X3が上記疾病に罹患したことをもって,X3の胃がんに放射線が寄与したと見ることはできない。
オ 結論
以上のように,X3の申請疾患である胃がんに原爆の放射線による起因性は見い出せず,X3の胃がんが原爆の放射線により惹起したことを認めるに足りる証拠もない。したがって,X3の申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。
(4) X4
ア 被爆状況と被曝線量の推定
(ア) 被爆地点について
X4は,爆心地から1.75km地点で被爆したと主張するが,客観的な根拠に乏しいし,原爆症認定申請時には1.9kmとして申請している。
X4の主張を最大限考慮しても,地図から見て,約1.8kmと評価し得るにとどまるから,被爆地点は,1.8~1.9kmとするのが相当である。
(イ) 被爆後の行動について
X4の被爆後の行動については,判然としない点があるが,X4が主張のとおり行動していたとしても,最も爆心地に近い地点でも爆心地から1000m以上離れている。
(ウ) 推定被曝線量について
審査の方針別表9によれば,X4が被爆した地点が爆心地から1900mであれば0.1Gy,1800mであれば0.15Gyと推定できる。なお,誘導放射線による被曝については,X4の主張によっても爆心地から700m以内の地域に立ち入っていないのであるから,これを考慮する必要はないし,広島の己斐・高須地区に滞在・居住した事実も認められないから,放射性降下物による被曝を考慮する必要はない。したがって,X4の原爆放射線による被曝線量は,最大限見積もっても0.1~0.15Gyにすぎない。
イ 急性症状について
X4は,急性症状として,下痢,嘔吐,鼻出血,脱毛等があり,また,体調不良が長期間継続し,そのため大学で1年留年したり,就職後も何度も転職したと主張する。
しかし,これまでに述べたのと同様に,被曝による急性症状には,しきい値があり,X4は急性症状を発症するほどの原爆放射線の被曝をしていないから,X4が被曝による急性症状を発症するはずがない。また,X4が発症したという脱毛,鼻血,下痢等の症状は,被曝による急性症状としての所見に合致せず,被曝による急性症状であると見るべき根拠はない。また,X4の健康状態に質的な変化がみられたことを,被曝の影響によるものとする根拠もない。
そうである以上,X4に生じたとされるこれらの症状を根拠として,X4の申請疾病に放射線起因性を認めることはできない。
ウ 申請疾患について
(ア) 申請疾患
X4の申請疾患は,右2指有棘細胞がんと右2指の末節部の切断術とされているが,右2指の末節部の切断術は,手術方法の名称であり,疾病名でも診断名でもない。
(イ) X4の申請疾患の原因確率
皮膚がんの発生要因については,いまだ科学的に解明されていない。もっとも,皮膚がんは,がんの一種である以上,現在の科学的知見を前提とすると,放射線被曝後の確率的影響による疾病に当たるため,放射線被曝によって発生する可能性を排除することはできないが,放射線で発症する確率が被曝線量の高低によって増減する関係にあると考えられている。認定審査会においては,皮膚がんの放射線起因性を判断する要素として,審査の方針別表7-1又は7-2を適用して,原因確率を算定し,当該疾病の放射線起因性の判断の参考にしている。
これによると,X4の被曝線量は,0.1~0.15Gyであるから,がんの原因確率は5.4~7.9%にすぎない。これは,原爆放射線以外の原因により発症した可能性が94.6~92.1%あるということである。そうすると,この程度の放射線被曝では,右2指有棘細胞がんが発症するリスクは極めて低いというべきである。
なお,X4は,熱傷後のケロイドから発生した有棘細胞がん(扁平上皮がん)であることを理由に原爆放射線に起因すると考えられる旨主張するが,臨床的にケロイドと鑑別できるような腫瘤の形成を示す所見は見当たらず,X4自身,指についてケロイドが残らなかったことを自認している。したがって,X4の皮膚がんの発生部位にケロイドが存在していたとはいえないのであって,上記主張は根拠がない。
(ウ) X4の右2指有棘細胞がんの発症原因
X4は,70歳で右2指有棘細胞がんに罹患したものであるが,有棘細胞がんの罹患率は,1.7対1で男性に多く,加齢とともに増加し,70歳以上がおよそ60%を占めている。したがって,X4の上記がんに加齢が寄与していることは明らかである。
また,X4の上記がんは,日光の当たりやすい右手の指に生じたがんであるところ,有棘細胞がんの誘因として一番に考えられるのは紫外線の関与である。有棘細胞がんは,短期間に大量の紫外線を浴びるのはもちろん,子供のころからの蓄積の影響でも発生するため,人口の高齢化に伴って,顔や首,手の甲など日光の当たる部分の有棘細胞がんが増えている。したがって,X4の上記がんに紫外線が寄与している可能性も高い。
さらに,火傷や外傷の瘢痕は,有棘細胞がんの発生母地の一つであるところ,X4は,原爆の熱線により右手の指にひどい火傷を負い,その瘢痕部分に上記がんを発症したというのであるから,原爆の熱線による火傷や外傷の瘢痕が原因で発生した可能性も高い。
(エ) 小括
以上のとおり,X4の右2指有棘細胞がんは,加齢,紫外線,火傷,外傷といった原爆の放射線以外の原因で発症したものと考えるのが自然である。
エ 結論
以上のとおり,X4は原爆放射線による被曝をほとんどしていないのであるから,被爆後約50年後も経過した後の70歳になって発症したというX4の右2指有棘細胞がんに原爆の放射線による起因性を見い出せず,X4の申請疾患が原爆の放射線により惹起したことを認めるに足りる証拠もない。
したがって,X4の申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。
(5) X5
ア 被爆状況と被曝線量の推定
(ア) 被爆時点及び被爆後の行動について
X5が被爆した県立j中学校の校庭から爆心地までの距離は約2kmである。また,X5の主張によっても,X5は,被爆後,己斐・高須地区に滞在・居住した事実はない。
(イ) 放射性降下物等による被爆の有無
X5は,己斐・高須地区に滞在・居住した事実はないから,放射性降下物による被曝を考慮する必要はない。また,X5が爆心地付近に立ち入ったのは原爆投下4日後に爆心地付近で一休みしたのみであり,原爆爆発から72時間以内に爆心地から700m以内の区域に立ち入った事実はないから,誘導放射線による有意な被曝をしたとは認められない。
(ウ) X5の被爆後の行動からX5が放射性物質を体内に取り込んだ可能性は全くないわけではないが,その被曝線量は,己斐・高須地区に無限時間とどまり続けたことを想定した外部被曝線量(0.006~0.02Gy)を超えるものではなく,無視し得るものであることは明らかであり,それによって喉頭腫瘍が発症する可能性が高まるなどというものではない。そうとすれば,X5の推定被曝線量は,爆心地から2km地点における初期放射線量による被曝線量である0.07Gyにすぎない。
イ 急性症状について
被曝による急性症状には,しきい値があり,X5は急性症状を発症するほどの原爆放射線の被曝をしていないから,X5が被曝による急性症状を発症するはずがない。また,X5の主張する急性症状(下痢,歯茎からの出血,倦怠感等)は,先に述べたとおり,発現時期や態様等が被曝による急性症状としての所見に合致せず,被曝による急性症状であると見るべき根拠はない。
そうである以上,X5に生じたとされるこれらの症状を根拠として,X5の申請疾病に放射線起因性を認めることはできない。
ウ 申請疾患について
(ア) 申請疾患の原因確率
X5の申請疾患である喉頭腫瘍の発生要因については,いまだ科学的に解明されていないが,放射線被曝後の確率的影響による疾病であると考えられるから,推定被曝線量を0.07Gyとして,審査の方針別表2-1を用いて原因確率を算出すると0.5%となる。この程度の放射線被曝では,喉頭腫瘍が発症するリスクは極めて低く,これを原因として喉頭腫瘍になる人はいないといっても過言ではない。
(イ) 喉頭腫瘍と喫煙との関係
X5は,喉頭腫瘍と診断された平成10年時点で40年間にわたり1日30本もの喫煙歴を有し,10年間にわたり1日2合(ビールで大ビン2本)のアルコールを飲み続けた飲酒歴も有しているところ,一般に,男性の喉頭腫瘍については,その原因のほとんどは喫煙であるといっても過言ではなく,原因確率に相当する寄与リスクは96%にもなる。また,喉頭腫瘍の罹患率は,男性では50歳代から80歳代まで急激に増加し,罹患率,死亡率は,ともに男性が女性の10倍以上高いとされている。
これらの事実からすれば,65歳になって発症したX5の喉頭腫瘍は,喫煙や飲酒等の生活習慣によって発症したものとみるのが極めて常識的な判断というべきである。
(ウ) 小括
以上のとおり,X5の喉頭腫瘍は,喫煙等に起因して発症したものと考えるのが自然であり,これを50年以上も前のごくわずかな原爆放射線に起因するものであると認めることはできない。
エ 既往症(肝機能障害)と喉頭腫瘍の放射線起因性
X5は,平成10年6月から平成16年10月までの間,複数回にわたり,肝機能検査を受けているが,最後の検査を除き,いずれも基準値内で全く異常がないか,γ-GTPがわずかに高値となっているものにすぎない(γ-GTPが微増微減はアルコールの摂取量の増減に呼応しているものと見るのが自然である。)。少なくともX5は,上記期間中,肝機能障害について継続的に治療を受けていた事実は窺われない。仮に脂肪肝による軽度の肝機能障害が以前からあったとしても,飲酒の影響によるものであり,それが,X5の喉頭腫瘍に放射線起因性を認める根拠とはなり得ない。
オ 申請疾患以外の疾病や所見について
X5は,認定申請時は喉頭腫瘍だけを申請疾患としていたが,異議申立時にケロイドも追加している。しかしながら,原爆症認定申請時に申請疾患とされた疾病以外の疾病については,認定の判断の対象となり得ない。
また,X5のケロイドに対する外科的処置の必要性については,医師によってその判断が分かれており,要医療性が強く示唆されているわけではない。
さらに,X5は,被爆後に白血球減少症があった旨述べるが,医証等の客観的な証拠はなく,白血球数が記された健康診断個人票における白血球の数値は正常域にある。
なお,X5は,出血傾向も訴えているが,健康診断個人票における血小板数も正常域にある。
カ 結論
以上のように,X5の申請疾患である喉頭腫瘍に放射線起因性は見い出せず,その他の疾病や病歴等においても放射線後障害を考慮すべきものはない。したがって,X5の申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。
(6) X6
ア 被曝線量の推定
X6の被爆地点は,広島市原爆被災地図によれば爆心地から1.9kmであるから,X6の被曝線量は,審査の方針別表9により推定して得られた0.1Gyに,B店内被爆による透過係数0.7を乗じた0.07Gyと推定できる。
X6は放射性降下物による被曝の影響が問題となりうる己斐地区に立ち入っているが,滞在・居住したわけではないし,爆心地付近を通過したというが原爆投下の2日後に通過しただけであることからすれば,誘導放射線及び放射性降下物による有意な線量の被曝があったとは認められない。
なお,X6は,黒い雨に当たった旨主張するが,黒い雨に放射性降下物が含まれていたとしても,無限時間を想定した積算線量(広島の己斐・高須地区で0.006~0.02Gy)に比べれば一時的なものにすぎず,同積算線量を超えることは考えられない。
イ 急性症状について
被曝による急性症状には,しきい値があり,X6は急性症状を発症するほどの原爆放射線の被曝をしていないから,X6が被曝による急性症状を発症するはずがない。また,X6の主張する急性症状(出血が止まりにくい,脱毛,嘔吐,口臭,体のだるさ,疲れやすいこと,下痢,発熱等)は,先に述べたとおり,発現時期や態様等が被曝による急性症状としての所見に合致せず,被曝による急性症状であると見るべき医学的根拠はない。
最近でも,ウラン加工工場の臨界事故や原発事故などで,放射線被曝による健康不安等から心身症やPTSD(外傷後ストレス障害)などになり体調を崩すことがあることが報告されている。
そうである以上,X6に生じたとされるこれらの症状を根拠として,X6の申請疾病に放射線起因性を認めることはできない。
ウ 申請疾病の放射線起因性について
(ア) 自己免疫性甲状腺機能低下症(橋本病)の病因
X6の申請疾患は,甲状腺機能低下症(橋本病)である。
自己免疫性甲状腺機能低下症(橋本病)とは,甲状腺に対する自己免疫機序によって生じる慢性炎症性甲状腺疾患であり,甲状腺組織破壊が進行すると,甲状腺機能が低下するとされている。橋本病は,発症のメカニズムこそ不明であるが,同一家系で多発する傾向があり,遺伝的背景があることが明らかになっている。また,橋本病は,女性の10~20人に1人の割合で見られるほど頻度の高い疾病であり,加齢とともに進行する傾向がある。
ところで,橋本病と放射線との関連性について,最近に至り自己免疫性甲状腺疾患は放射線被曝には有意に関連しなかったことが明らかにされ,橋本病と原爆放射線との関連性が明確に否定されるに至っており,これを否定するのが今日における放射線学の常識である。
(イ) X6は,平成8年5月31日に甲状腺機能低下症と診断され,同年10月28日に橋本病であるとの確定診断がなされており,被爆後約50年も経過した後,72歳ころになって発症したものと見られる。その発症経過,時期,その後の検査結果及び治療経過からして,同年代の者に通常見られる甲状腺機能低下症(橋本病)の場合と比べて特段異常な点は見当たらない。
エ 結論
以上のとおり,X6の甲状腺機能低下症(橋本病)は,同年代の者に通常見られる橋本病と何ら変わりのないものであり,その発症に放射線被曝が寄与し得るとの知見は存しない上,X6は原爆放射線による被曝をほとんどしておらず,X6が発症したという被曝による急性症状と称する諸症状(出血傾向,脱毛)が被曝による急性症状であると見るべき医学的根拠もないことにも照らせば,X6が被爆後約50年も経過した後の72歳ころに発症したという甲状腺機能低下症(橋本病)に,放射線起因性は認められないというべきである。
したがって,X6の申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。
(7) X7
ア 被爆状況及び推定被曝線量について
(ア) 被爆地点と入市状況について
X7の主張する被爆地点,被爆後の行動は,認定申請時や異議申立時に提出された種々の書面に記載された内容とは齟齬が多く,信用性に欠ける。
特に,調査票の各記載からして,X7が原爆投下当日に広島市内に入市したとは考え難い。
(イ) 推定被曝線量について
X7の主張によっても,入市は昭和20年8月6日の夕方であるから直曝による放射線量についてはその検討を要しない。
そして,X7の主張するとおりに入市し,爆心地から500m付近の広島第一陸軍病院へ赴き,同月14日まで同所において救護活動に従事したものと仮定しても,X7の誘導放射能による被曝線量を推定すると,累積被曝線量は0.08Gyを超えることはない。
また,X7の供述によっても,X7は,広島市己斐・高須地区に滞在又は居住した事実は認められないから,放射性降下物による被曝の影響は考慮する必要がない。
イ 急性症状について
上記のとおり,X7は急性症状を発するほどの被曝をしていない。
その上,急性症状と称する諸症状(脱毛,歯茎の出血,白血球減少,リンパ節の腫れ,体調の変化)の発症に関するX7の供述は,認定申請時や異議申立時に提出された種々の書面に記載された内容とは齟齬が多く,その供述が著しく信用性を欠いており,このような信用性の低い供述に安易に依拠して科学的知見に則った医学的経験則に反する事実認定をすることは許されない。
しかも,X7の供述するそれらの発症状況(発症時期,発現態様,経過等)は,放射線被曝以外の要因でも発症しうるものであり,しかも,被爆者以外の者にもよく見られる症状である上,被曝による急性症状としてこれまで述べてきた所見と合致しておらず,被曝による急性症状と見るべき医学的根拠もない。そうである以上,X7に生じたとされる「急性症状」を根拠として,X7の申請疾病に放射性起因性を認めることはできない。
ウ 申請疾患について
(ア) X7の申請疾患は,椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症であり,認定申請時の医師の意見書には,慢性虚血性心疾患,高血圧,脳梗塞,骨粗鬆症が「負傷又は疾病の名称」欄に挙げられ,その他既往症として,脳梗塞,椎骨脳底動脈循環不全が記載されている。
(イ) 椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全の罹患について
X7が被爆後53年が経過して73歳になって診断されたという椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全については,O病院及びP内科の医師作成に係る意見書に,現症状又は既往症として記載されているのみであるところ,P内科は調査嘱託に対し,「当院では強く椎骨脳底動脈循環不全を疑っていたわけではありません」との回答しており,他の病院等の回答には,上記病名の記載は全くないことに照らせば,O病院の当初の診断には疑問があり,X7は,そのような疾病に罹患していなかったというべきである。この点をおくとしても,少なくともX7に対する却下処分時(平成11年6月23日)に要医療性がなかったことは明らかというべきである。
(ウ) 循環器疾患について
a 高血圧症について
高血圧症は,最も患者数の多い疾患であり,生活習慣病の代表である。その中でも90%以上とされる本態性高血圧症は,遺伝的な因子や生活習慣(過剰な塩分摂取,肥満,飲酒,精神的ストレス,喫煙等)などの環境因子が関与しているといわれている。
しかるところ,X7は,高血圧症と診断されるまで26年間にわたり1日20本もの煙草を吸い続けた喫煙歴及びある程度の飲酒歴を有している上,両親とも高血圧症である。そうすると,55歳になって高血圧症と診断されるのもごく自然であって,同年代の者に通常見られる生活習慣病としての高血圧症と何ら変わりがない。なお,X7は,平成18年に体重減少に伴い高血圧状態も落ち着いてきているとみられており,肥満が高血圧の原因であったというべきであるし,同居の妻も高血圧症になっていることからすれば,食生活に由来する可能性も指摘できる。
そして,高血圧は,脳梗塞及び虚血性心疾患の重大なリスク因子である。
b 脳梗塞後遺症について
X7が72歳になって発症したという脳梗塞は「多発性ラクナ梗塞」とされているところ,ラクナ梗塞とは,高齢,高血圧患者の脳深部,脳幹に見出される小さな空洞よりなる小梗塞をいい,多発性が多く,全脳梗塞例の約40~60%を占めている。
そうであれば,55歳から現在に至るまで高血圧症を発症し,脳梗塞を発症するまで43年もの喫煙歴があり,飲酒の習慣もあるX7が72歳になって脳梗塞を発症したとしても特異なことではなく,同年代の高血圧症患者に通常見られる生活習慣病としての脳梗塞と何ら変わりがないのであって,これに基づく脳梗塞後遺症も同様である。
c 慢性虚血性心疾患について
慢性虚血性心疾患は,認定申請書に申請病名として記載されておらず,医療分科会においても検討されていないのであって,認定の対象とはなっていない。
この点をおくとしても,平成11年5月20日に診断されている狭心症は,罹患の事実自体も明確でないし,通常見られる慢性虚血性心疾患と異なる経過,症状を示すものと見るべき事情は見当たらない。そして,その病因のほとんど(95%以上)が冠動脈硬化を基礎としており,動脈硬化を促進する因子は,年齢,喫煙,カロリー過多と脂質の過剰摂取の食習慣,肥満等であり,X7の生活状況等からすれば,73歳になって慢性虚血性心疾患と診断されるのもごく自然であって,同年代の高血圧症患者に通常見られる生活習慣病としての慢性虚血性心疾患と何ら変わりがない。
d 小括
このように,X7の循環器疾患は,同年代の者に通常見られる循環器疾患と何ら変わりのないものであるから,これについて,約50年も前の原爆放射線が寄与しているなどと考えることは常識的にみて困難である。
エ 申請疾病等の放射線起因性について
(ア) 1審原告らは,循環器疾患(心疾患,脳卒中)の死亡率及び高血圧の発生率と放射線量との間に線量反応関係が存在していると主張するが,それは高線量域での被曝の場合であるし,線量反応関係に一貫した傾向はみられず,未だ仮説の域を出るものはなく,低線量被曝で被爆後数十年が経過してから発症した循環器障害の発症原因となり得るなどということは,生物学的メカニズムの見地からして考え難いところである。X7の被曝線量は最大限見積もっても0.08Gyにすぎないのであるから,放射線起因性があるとする根拠とはなり得ない。
(イ) 動脈硬化は,虚血性心疾患の有力な原因となり得る症状であるが,原爆の放射線と被爆者の動脈硬化との間には関連性はみられておらず,原爆被爆者らの動脈硬化の危険因子としては加齢が重要であって,原爆放射線の影響については否定的との結果が示されている。
(ウ) X7は,各種の既往症(肝機能障害,白内障,白血球減少症,膀胱がん,前立腺がん)があり,これらの疾病が原爆放射線による被曝との関係が合理的に疑われる疾病であることから,これら既往症の存在が,X7の循環器疾患放射線起因性を肯定すべき事情に当たると主張する。
しかし,肝機能障害については,血液検査結果を見ても格別異常はなく,罹患の事実自体が認められない。白内障については,被爆後50年以上経過した後,74歳ころに発症した老人性白内障であって,同年代の者に通常見られる白内障と何ら変わりはなく,放射線の寄与を示すものとはいえない。白血球減少症は,既往症として取り上げる必要もない程度の一時的かつ軽微な症状であったと見るのが相当であり,放射線被曝が,被爆後50年以上も経過した後,このように一時的に白血球減少を来すことはあり得ない。膀胱がんについては,喫煙が確立されたリスク要因(寄与リスク31%)であることからして,50年間にわたり1日20本もの煙草を吸い続けた喫煙歴を有しているX7が79歳になって膀胱がんを発症したとしても何ら不自然ではなく,これが60年近く前のごくわずかな放射線被曝に起因するものと見るのは,医学的知見に基づく経験則に照らして,非常識な判断というほかない。前立腺がんについては,発症の事実自体,客観的根拠がない。
オ 結論
以上のとおり,そもそもX7が椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全に罹患していると認めるに足りる証拠はない上,X7の循環器疾患は,同年代の者に通常見られる循環器疾患と何ら変わりのないものであるところ,循環器疾患の発症に低線量の放射線被曝が寄与し得るとの確立した科学的知見は存しないし,X7は原爆放射線による被曝をほとんどしておらず,X7が発症したという被曝による急性症状と称する諸症状が被曝による急性症状であると見るべき医学的根拠もなく,X7の既往症(肝機能障害,白内障,白血球減少症,膀胱がん,前立腺がん)もその存在自体疑わしいものや,それぞれ同じような生活習慣の下にある同年代の者に通常見られる疾病にすぎないことにも照らせば,被爆後35年が経過し55歳になって診断されたという高血圧症,被爆後52年が経過して72歳になって発症したという脳梗塞に基づく脳梗塞後遺症,被爆後53年が経過して73歳になって診断されたという椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全及び慢性虚血性心疾患に,放射線起因性は認められないというべきである。したがって,X7の申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。
(8) X8
ア 被爆状況及び推定被曝線量について
(ア) 被爆地点と入市状況について
X8が原爆投下翌日以降に立ち入った地域については,東が八丁堀交差点,西が元安川,北が紙屋町と八丁堀を結ぶ路面電車の道路,南がその道路から100mも離れていない範囲内であったと供述していることから,爆心地からの距離としては,最も近い紙屋町交差点付近で約300m,最も遠い八丁堀交差点で約800mであったことになる。
(イ) 推定被曝線量について
a 最大限被曝線量の推定
X8が被曝した最大限の被曝線量を推定するため,X8が爆心地から約300mの地点に昭和20年8月8日以降滞在していたと仮定して累積被曝線量を算定しても,審査の方針別表10によって0.03Gyを超えることはない。また,原爆投下の翌日に爆心地付近を徒歩で2回通過したとしても,その滞在時間はごく短時間であり,誘導放射線による有意な被曝を考慮する必要はない。さらに,X8の供述によっても,広島の己斐又は高須地区に滞在又は居住した事実は認められないから,放射性降下物による被曝は考慮する必要はない。
b 内部被曝の可能性
X8は,広島の己斐・高須地区に滞在・居住した事実は認められないから,放射性降下物による内部被曝を考慮する必要はない。また,X8が放射性物質を体内に取り込んだ可能性が全くないわけではないとしても,その被曝線量は,己斐・高須地区に無限時間とどまり続けたことを想定した外部被曝線量(0.006~0.02Gy)を超えるものではなく,無視し得るものである。
イ 急性症状について
(ア) X8は急性症状を発するほどの被曝をしていない。
被曝による急性症状には,しきい値があるところ,X8は急性症状を発症するほど原爆放射線の被曝をしていないから,X8が被曝による急性症状を発症するはずがない。
(イ) X8の下痢について
X8の主張する下痢の発症時期及び症状の経過も被曝による急性症状の特徴と整合していない。なお,全身被曝(X8も腹部の局所被曝であったとの主張はしていない。)で下痢をするほどの被曝をしていれば,被曝性の脱毛が生じるはずであるが,そのような供述もないから,この点からしても,X8の下痢が被曝による急性症状であるとは認め難い。
(ウ) 被爆前後の体調の変化について
X8は,原爆投下前までは全く病気もなく健康であったのに,qに戻った後から下痢が続いたうえ,体がだるく何もできない状態であったと主張する。
しかし,そのような症状は,X2に関して主張したとおり,放射線被曝以外の要因でも発症し得るものであり,X8の供述する症状からして,むしろ原爆体験による心身症,PTSDの症状とみるのが妥当で,放射線被曝はその倦怠感の原因からはむしろ積極的に除外できるというべきである。
ウ 申請疾患について
(ア) 申請疾患(貧血)の発生機序と病態について
a X8の申請疾患は,貧血であるが,貧血とは,単位容積血液中の赤血球数,ヘモグロビン濃度あるいはヘマトクリット値が正常より低下した状態である。貧血の発生機序には,大きく赤血球数の産生が減少する場合と,破壊が亢進する場合があり,X8の病態と関連性があるとみられるのは,赤血球産生の低下であり,その中でも赤芽球の成熟障害の中に分類されるヘモグロビン合成障害による貧血,なかんずく鉄芽球性貧血(鉄欠乏性貧血)と思われる。
そして,X8の治療経過上,平成9年6月にヘマトクリット(HCT)等の検査値がいずれも基準値より低値を示し,小球性低色素性貧血が認められたことがあるが,鉄剤(フェロミア)の投与が行われて改善されている。その後鉄剤の投与が打ち切られ,平成14年6月に再度小球性低色素性貧血と診断されて鉄剤の投与が再開されているが,1か月ほどの投与で改善されていることが認められる。
このような治療経過にかんがみると,X8の貧血は鉄欠乏性貧血であることは疑う余地がない。
なお,鉄欠乏性貧血と放射線との関連性を肯定すべき科学的知見は皆無である。
b X8は,放射線被曝による骨髄障害による貧血であると主張するが,そのように見るべき根拠は全くない。
すなわち,放射線被曝による骨髄障害は,確定的影響の1つであり,それに関して最も感受性が高い組織はリンパ球で,0.5Gy程度の放射線を受けると,被曝後早期に末梢血リンパ球数が低下する。また,被曝による骨髄障害は,回復可能な程度の被曝線量であった場合には,数週間程度で回復し,被爆後数十年にわたって貧血が持続することはない。しかるところ,X8の被曝線量は,上記のとおり,0.03Gyを超えることはないから,放射線被曝による骨髄障害が起こるはずがない。また,放射線被曝による貧血の場合は赤血球だけでなく白血球や栓球(血小板)を形成する機能も障害され,これらすべてが減少する(汎血球減少)のが一般であるところ,そのような症状が見られないことからしても,X8の貧血が被曝による骨髄障害を原因とするとは考え難い。なお,骨髄障害を疑った場合に行われる骨髄穿刺の検査も行われておらず,鉄欠乏性貧血と考えた治療が行われてきており,担当医が骨髄障害を疑っていた形跡はない。
これらの事実からすれば,X8の貧血は,放射線被曝による骨髄障害による貧血であると見るには,被曝線量,発症時期,症状の内容のいずれの面からも不自然極まりなく,放射線被曝による骨髄障害による貧血であると見るべき根拠は全くない。
c 小括
以上のとおり,X8の貧血は通常見られる鉄欠乏性貧血と何ら変わりがなく,これについて,約50年も前のごくわずかな原爆放射線の被曝が寄与しているなどと考えることは常識的にみて困難である。
d X8のその他の疾病について
X8の申請疾患は貧血だけであるが,X8は,原爆症認定申請時の意見書の既往歴欄記載の動脈硬化性血管閉塞症(動脈硬化性疾患)も原爆放射線に起因する旨主張する。そして,X8は,動脈硬化性疾患の一つである心筋梗塞については,放射線被曝により発症率が増加する旨の報告を論拠として指摘している。
しかし,X8指摘の報告は,放射線治療による被曝によって周囲の血管に障害が生じたことを示す報告であり,数十Gy程度の非常に大きな線量を照射した場合のものであって,X8のように0.03Gyと非常に低い線量の被曝による人体影響を示すものではなく,参考とすること自体が失当である。
エ 結論
以上のように,X8の申請疾病には放射線起因性を見いだすことはできないから,X8の申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。
(9) X9
ア 推定被曝線量について
X9の被爆地点は爆心地から約2.1kmの木造家屋内であり,最大限見ても,原爆の初期放射線による被曝線量0.09Gyに木造家屋の遮蔽係数0.7を乗じた0.063Gyを超えることはない。
また,X9は,被爆当日(昭和20年8月9日),爆心地付近には滞在しておらず,むしろ爆心地から離れているし,その後も放射性降下物による被曝を考慮すべき西山地区又はその周辺地域に行っていない。
したがって,X9については,誘導放射線による被曝や放射性降下物による被曝を考慮する必要もないから,X9の原爆放射線による被曝線量は,最大限見積もっても0.063Gyである。
なお,X9が放射性物質を体内に取り込んだ可能性が全くないわけではないとしても,その被曝線量は,西山地区に無限時間とどまる続けたことを想定した外部被曝線量(0.12~0.24Gy)を超えるものではなく,無視し得るものであることは明らかである。
イ 急性症状について
被曝による急性症状には,しきい値があり,X9は急性症状を発症するほどの原爆放射線の被曝をしていないから,X9が被曝による急性症状を発症するはずがない。また,X9の主張する急性症状(下痢,歯茎からの出血)は,先に述べたとおり,発現時期や態様等が被曝による急性症状としての所見に合致せず,被曝による急性症状であると見るべき根拠はない。また,X9の健康状態に質的な変化がみられたことを,被曝の影響によるものとする根拠もない。
そうである以上,X9に生じたとされるこれらの症状を根拠として,X9の申請疾病に放射線起因性を認めることはできない。
ウ 申請疾患について
(ア) 申請疾患の発生機序と病態について
X9の申請疾患は,肺がん及び転移性脳腫瘍であるが,転移性脳腫瘍は,肺がんが脳に転移して発症したものであるから,X9の脳腫瘍の発生要因に係る検討は,X9の肺がんの発生要因の検討をもって足りるというべきである。そして,肺がん発生の要因の一つとして放射線被曝が挙げられていることは否定できず,審査の方針別表6-1及び6-2においては,肺がんの原因確率が示されている。
(イ) X9の肺がんの原因確率
X9の肺がんは,審査の方針別表6-2によりその原因確率を求めることができるが,その被曝線量は,上記アのとおり,わずか0.063Gyにすぎないから,X9の肺がんの原因確率も5.6%にすぎない。この程度の放射線被曝では,肺がんが発症するリスクは極めて低く,これを原因として肺がんになる人はいないといっても過言ではない。
そして,X9の肺がんは,72歳ころに発症したものであるところ,肺がんの罹患率は,40歳代後半から増加し始め,高齢ほど高くなり,女性の死亡数では2番目に多く,その70%は腺がんといわれていることからすれば,X9の肺がん(組織型では腺がん)に加齢が寄与している可能性は高い。また,放射線以外にも,受動喫煙,アスベスト,シリカ,ヒ素,クロム,コールタール,ディーゼル排ガスの曝露等の肺がんのリスク要因と考えられているのである。
したがって,X9の肺がんの原因確率に照らしても,X9の肺がんはこれらの原爆放射線以外の原因で発症した可能性が高い。
(ウ) X9の既往症(白内障)について
白内障の鑑別診断の重要性については,X1について述べたとおりであり,老人性白内障の発症に放射線被曝が寄与し得るとの知見は存在しない。しかるところ,X9の白内障は,74歳で診断され,初期老人性白内障に適応があるカリーユニ点眼薬(放射線白内障には用いられない。)が投与されている。また,放射線白内障の鑑別診断には,後極部後嚢下にあって色閃光を呈する限局性の混濁,もしくは後極部後嚢下よりも前方にある点状ないし塊状混濁のいずれかの水晶体混濁が認められることが肝要であるところ,X9の左眼には後嚢下混濁が見当たらないし,右眼には後嚢下混濁が認められるものの同時に核白内障も認められているから,いずれも放射線白内障の特徴に合致しない。
以上の事実と高齢者の白内障の発症頻度(70歳代で約90%)等からすれば,X9の白内障は老人性白内障以外の何ものでもないことが明らかである。したがって,このような疾病に罹患したことが,X9の肺がんに放射線起因性を認める根拠になることはあり得ない。
エ 結論
以上のように,X9の申請疾患である肺がん及び転移性脳腫瘍には,放射線起因性を見いだすことは困難であり,同疾病が原爆の放射線により引き起こされたことを裏付けるに足りる資料等の提出もない。したがって,X9の申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。
第31審被告国に対する国家賠償請求(争点③)
【1審原告らの主張】
1 責任原因(1審被告厚生労働大臣の違法行為と故意過失)
(1) 違法行為の継続―独自の審査基準の設定
広島・長崎における2度にわたる原爆投下は,無辜の市民に対する無差別殺戮であって,当時において国際的に承認されていた様々な国際人道法に違反する行為であった。
ところが,1審被告国は,今日に至るまでの間,核兵器の使用を国際法違反であると明言することを避け,原爆症認定においても,以下のとおり,違法な処分を行った上,度重なる司法判断にもかかわらずこれに逆らう審査基準を独自に設定して旧来の違法行政を継続し,また行政手続法上,求められる審査基準を定めずに審査を行い,1審原告らに損害を与えた。
(2) 行政手続法5条1項違反(手続的違法―その1)
行政手続法5条1項は,「行政庁は,申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令に定めに従って判断するために必要とされる基準(以下「審査基準」という。)を定めるものとする。」と規定しているところ,1審被告らは,原爆症認定の判断に使用されている審査の方針は,上記の「審査基準」ではないこと,本件各却下処分を行うについて,上記の「審査基準」を設けてそれに従って本件各却下処分を行ったものではないことを認めている。そうとすれば,1審原告らに対してなした本件各却下処分は,「審査基準」を設けることを規定している行政手続法5条1項に違反する。
(3) 処分理由の不提示(手続的違法―その2)
行政手続法8条1項は,申請により求められた許認可等を拒否する場合は,申請者に対して当該処分の理由を示さなければならないと規定しているところ,この「理由」は,いかなる事実関係に基づき,いかなる判断経過をたどって原爆症認定が拒否されたかを,申請者がその記載自体から了知できるものでなければならず,単に抽象的,一般的に審査結果のみを記載するだけでは不十分である。
しかるに,1審原告らに対する本件各却下処分通知には,実質的な理由は全く明らかにされておらず,ほとんど定型的な文言が記載されているだけである。ここに記載されているのは,認定審査会の審議の結果,原爆症とは認定しないという結論のみであり,同審査会においていかなる事実を前提にいかなる審議がなされ,認定却下という処分に至ったかについては全く記載されていない。
よって,本件各却下処分は,行政手続法8条1・2項に違反する。
(4) 審査の方針の機械的適用の違法性
ア 原爆症認定をめぐっての,松谷訴訟最高裁判決を含め,従来の判例の到達点は,以下の3点に要約できる。
(ア) 科学的知見や経験則の限界を正面から認めた上で,DS86等に基づく推定線量としきい値とを機械的に適用することによって放射線起因性の有無を判断することは相当ではない。
(イ) 起因性の判断にあたっては,被爆状況,被爆後の行動やその後の生活状況,具体的な症状や発症に至る経緯,健康診断や検診の結果等を総合的に考慮した上で,原爆放射線被曝の事実が上記疾病の発生を招来した関係を是認できる高度の蓋然性が認められるか否かを検討する。
(ウ) 疾病に他原因が関与している場合でも,原爆放射線の被曝による影響も否定できない場合は,その起因性を認めるべきである。
イ しかるところ,1審被告厚生労働大臣は,被爆者の被爆状況を個別具体的に検討して総合的に判断すべきとした判例の度重なる指摘を無視して,従前の,推定被曝線量としきい値の機械的な当てはめによって放射線起因性を判断するという運用を一切変えようとしなかったばかりか,敗訴が確定した松谷訴訟最高裁判決の後,これを当てはめたら当の松谷さえ原爆症と認定されないことになる原因確率を内容とする審査の方針を平成13年5月25日に導入し,それに基づいて1審原告らの原爆症認定申請に対して次々と却下処分を行い,その際1審被告厚生労働大臣は,原因確率以外の事情をほとんど考慮せず,原因確率なる基準に従って形式的に審査したにすぎない。「基準に即して却下した」という1審被告厚生労働大臣の抗弁は,何ら改善されていない基準をあえて採用し続けた本件各却下処分当時において通用するはずがない。
(5) 小括
以上によれば,原爆症認定という職務を行う公務員が故意又は過失によって,誤った認定処分により却下処分を行ったことは明らかである。本件各却下処分には上記(4)のような実体的な違法性のみならず,上記(2)及び(3)のような手続的違法も存在することから,1審被告厚生労働大臣は,その却下処分行為により,故意又は過失によって,1審原告らに損害を与えたというべきであり,1審被告国は国家賠償法1条1項に基づく責任を負わなければならない。
2 損害
(1) 概要
1審原告らは,当然に原爆症と認定され,必要な給付を受けるべきであるにもかかわらず,1審被告厚生労働大臣がした本件各却下処分や異議申立てに対する棄却処分により,長年の間救済されずに見捨てられてきた者である。その結果,高齢であるにもかかわらず,自ら原告となって本件訴訟を提起することを余儀なくされた。
以下記載の各原告らの具体的な被害内容に照らせば,1審被告厚生労働大臣の上記行為によって各原告らが被った精神的苦痛を慰謝するには,それぞれ200万円を下らない。
なお,1審原告らは高齢化しており,既に2名の原告が判決後に死亡しており,認定申請に対して一刻も早く認定がなされることが1審原告らにとって必要であること,1審原告らにとって,原爆症の認定を受けることは単に手当の受給という問題だけではなく,国の行為による原子爆弾被爆について国が公的に認証することにより,国の補償責任が確認されるという意味を持つことを考えると,仮に,1審被告厚生労働大臣の却下処分が,長い訴訟のすえ違法として取り消されたとしても,それだけで,1審原告らの被害が回復されるものではないのである。
しかも,1審被告厚生労働大臣は,1審原告らが平成18年5月12日の原判決言渡しによりようやく年来の訴えが認められたと思うまもなく,控訴をなしたばかりか,原判決で指摘された自らの誤った行政につき再度見直しをすることなく,旧態依然とした審査の方針があくまでも正しいとの主張を繰り返す態度を続けている。
このような控訴提起による,認定処分の引き延ばしが,1審被告厚生労働大臣の公権力行使の違法性をさらに積み増し,有責性を疑いないものにすることは明らかである。
(2) 1審原告らが被った損害
ア X1
X1は,被爆後,様々な健康障害に苦しめられることとなった。特に目の障害は深刻で,右眼は失明し,左眼もほとんど見えない状況にあるため,外出するのに困難を伴っている。また,身体的な面だけでなく,被爆者ということで偏見を持たれたり,結婚・出産に躊躇せざるを得なくなったりした。X1は,このような苦しみが原爆によるものであることを認めてもらうため,原爆症認定の申請をしたにもかかわらず,「起因性は認められるが要医療性はない」という理由で,その申請は却下されてしまった。そればかりか,訴訟になって,起因性はないと判断していた,様式を誤って通知してしまったなどと1審被告らから主張されている。
このように,X1は,1審被告らのずさんな原爆症認定行政により,甚大な精神的苦痛を被ることとなった。本件提訴後の1審被告らの不誠実な訴訟活動により,その苦痛は一層増すこととなった。このような1審被告厚生労働大臣の却下処分と本訴における係争の長期化によってX1が被った精神的苦痛をあえて慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。
イ X2
X2の健康状態は,被爆によって大きく変化し,何ともいえない体のだるさ,疲れやすいという新たに生じた体質を抱えながら,これまでの間,何とか生活を続けてきた。そして,ようやく落ち着いた生活を送れるようになった矢先に,X2は,白内障,甲状腺機能低下症,乳がんといった明らかに原爆放射線の影響と考えられる疾患に次々に罹患し,長きにわたって闘病を余儀なくされるに至った。また,頻繁に骨折が生じるようにもなった。
そして,X2は,自らの病気を原爆症として認定を受け,適切な治療を早期に受けるため,本件原爆症認定申請を行った。ところが,1審被告厚生労働大臣は,意見書を書いた医師の意見も聞かず,また,本人からの聴き取りを行うことなく,形式的基準のみでX2の申請を却下したものである。自らの疾患が原爆症であると確認しているX2にとって,同申請が簡単に却下されたことによる精神的苦痛は計り知れない。それは,被爆者の名誉にもかかわることでもある。だからこそX2は,高齢であるにもかかわらず本件訴訟を提起するに至ったものである。X2が被った精神的苦痛をあえて慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。
ウ X3
X3は,被爆以前は,非常に健康な小学生であった。しかし,原爆被爆を境にして,以後体調不良を恒常的に訴えた。そして,その苦しみは60年もの間X3の体をむしばみ続けた。
X3は,胃がんに罹患し,それは原爆放射線に起因するものであった。そして,胃がんの治療のために手術を受け,死ぬ思いであった抗がん剤の治療をも乗り越えてきた。原爆のためにこれだけの苦しみを受けたのであるから,当然原爆症と認定されるべきであるにもかかわらず,1審被告厚生労働大臣は,原因確率を機械的に適用してX3の申請を却下した。そして,本件訴訟においても1審被告らは却下処分の誤りを正そうとせず,被爆者を切り捨てるための非科学的な主張に固執している。
このような被告らの対応により,X3の精神的苦痛は現在も増すばかりであり,X3が被った精神的苦痛をあえて慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。
エ X4
X4は,中学生のときに被爆し,体中に熱線を浴び,火傷治療のために多大な苦痛を強いられた。中学に復学するのにも1年を要している。その後も,重度の疲労感,倦怠感を中心とする慢性原子爆弾症に苦しめられ,大学を留年し,職を転々とせざるを得なかった。このように,X4は,被爆後,現在に至るまで,長年にわたって多病を患っており,在職中も身体不調のため,十数回も職場を変える状態が続いている。
また,X4は,現在も,申請疾病だけでなく,多種多様の病気に苦しんでいる。
それにもかかわらず,自己に残された原爆の具体的な「傷跡」というべきケロイド瘢痕上に生じた皮膚がんさえ,1審被告厚生労働大臣は原爆症と認定しなかった。X4は,被爆後60年間,被爆者として心身ともに苦しんできた。X4の疾病は否定しようのない原爆症である。にもかかわらず1審被告らに原爆症と認められなかったX4の精神的苦痛は想像を絶するものがある。
X4は,国の命令で,国のために動員され,被爆したのである。それにもかかわらず,当然受けられるはずの原爆症認定を1審被告厚生労働大臣から受けられなかった。再び,X4は1審被告国らによって踏みにじられたのであり,その精神的損害は甚大で,X4が被った精神的苦痛を慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。
オ X5
X5は,被爆する以前は,非常に健康で元気な少年であったにもかかわらず,12歳の若さで被爆し,2年もの間寝たきりの生活を余儀なくされ,それ以降もケロイド瘢痕が残った身体への劣等感に悩み,さらには全身倦怠感を始めとする体調不良に苦しめられ続けてきた。
このように,X5は,被爆したことによって一生涯にわたって多大な苦痛を被り続けてきたところ,1審被告厚生労働大臣がX5からの聴取をすることもなく,その理由も告げないままに却下し,さらにはX5からの異議申立てをも棄却したことは,X5が被ってきた人生全般にわたる苦痛を否定するに等しいものであり,X5はこの1審被告厚生労働大臣の処分によって大きな精神的な苦痛を被り,解決が長引くことによりその苦痛はさらに増大を続けている。
このような1審被告厚生労働大臣の却下処分と本訴における係争の長期化によってX5が被った精神的苦痛をあえて慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。
カ X6
X6は,20歳で妊娠5か月のときに被爆し,急性症状があったほか,長期間にわたって,体がだるく疲れやすく,吐き気や頭痛に悩まされ続けてきた。これは原爆ぶらぶら病(慢性原子爆弾症)と呼ばれ,原因不明のために怠け者とか仮病とかいわれて,被爆者を一層苦しめてきた症状である。X6も夫から「怠けている」と非難され,しんどくても横にもなれないような状態であったから,苦しい思いをしながらも医者にみてもらうこともなく過ごしてきた。
X6は昭和47年に倒れて,初めて受診し,被爆の影響を知ったのであり,それは被爆後27年もたってのことであった。この間,1審被告国が放射線の人体への影響について,被爆者の立場に立った調査研究と救済を進めてこなかった責任は大きい。
X6は,平成8年に甲状腺機能低下症(橋本病)と診断され,平成14年11月に本件認定申請をしたが,平成15年8月に却下された。前記のとおり,同じころに申請した****が認定されたにもかかわらず,同じような被爆状況で,同じ疾病であったX6が認定されなかったのは理由のない差別であり,X6には全く納得することができなかった。X6は,これまで長期間にわたって,原爆放射線に起因する疾病に苦しみ続け,既に81歳になっている。これは,1審被告国が早期に被爆者の救済をしてこなかったことによる重大な損害である。このような1審被告厚生労働大臣の杜撰な却下処分と,本訴における紛争の長期化によって,原告X6が被った精神的苦痛を慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。
キ X7
X7は,陸軍衛生二等兵として,軍の命令により原爆投下の当日には広島の爆心地付近に戻り,その翌日から爆心地近くで死体処理や救出作業をさせられたものであり,軍の命令がなければX7の被爆もなかった。
X7は,被爆後,一貫して身体の内部からわき起こるような倦怠感を持ち続け,定職にも就くことができず,妻や弟の支えで生活をしてきた。X7の人生は,病気との闘いの人生であり,様々な疾患に罹ってきた。この間,X7は,被爆者への偏見と差別から原爆症の認定を見送ってきたが,子どもも就職,結婚したことと,原因不明のめまいのためいつ倒れるかわからないという不安から,原爆症の申請を行った。ところが,申請は却下され,これに対する異議申立ては4年近くも放置され,棄却されたのである。X7は,自分自身も含め,もっと早く,1審被告国が救済の手を差し伸ばしてくれたら,もっと多くの人が助かったかもしれないと考え,早期の救済を訴えている。
このような1審被告厚生労働大臣の杜撰な却下処分と,本訴における紛争の長期化によって,X7が被った精神的苦痛を慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。
なお,X7は,前記のとおり,当審係属中の平成19年7月14日死亡した。
ク X8
X8は,生まれは**県**市であり,広島とはもともとなんの縁もなかった。徴兵されて広島に赴任し,軍の命令により原爆投下翌日から爆心地近くでの死体処理作業をさせられたものである。国(軍)の命令がなければX8の被爆もなかったのである。
被爆以来,60年もの間,X8は様々な健康障害に苦しめられてきた。病めるとき以外でも,少しでも無理をすると大病になると自覚し,20代の青年期より通常の健康な者であればできる行動ができず,身体をいつもいたわりながら生活してきた。現在も貧血や動脈硬化性の疾患,断続的に継続する下痢等により,自宅からほとんど外に出られない状態で生活を送っている。
X8は,青年期から現在に至る人生の大部分を被爆者として生活しなければならなかった。せめて自分自身が罹患した幾多の疾病が原爆放射線が原因であることを認めて欲しいとの思いから原爆症認定を申請したが,1審被告厚生労働大臣は,X8が入市被爆者であることから,DS86の利用により被曝線量を過小評価し,まともな理由付けも示さぬまま数行の文章による却下通知をした。そして,本件訴訟においても1審被告らは却下処分の誤りを正そうとはしない。X8の精神的苦痛は現在も増すばかりである。X8が被った精神的苦痛をあえて慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。
なお,X8は,当審係属中の平成19年4月26日死亡した。
ケ X9
X9は,被爆する以前は非常に健康で,活発な女性であったにもかかわらず,17歳という若さで被爆した以降,今まで60年もの間,常に全身倦怠感,体調不良に苦しめられ続けてきた。
申請疾病である肺がんを患い,さらにがんが脳に転移するに至って,今やX9は病院への入通院以外はほとんど自宅から出ることもできず,自宅内で体を動かすことすら苦痛を伴うような状況におかれている。
このようにX9は,被爆したことによって一生涯にわたって多大な苦痛を被り続けてきたところ,1審被告厚生労働大臣がその認定申請を却下し,X9が被ってきた苦痛を否定するかのような結論を下したことにより,X9はさらに大きな精神的な苦痛を被り,解決が長引くことによりその苦痛はさらに増大を続けている。
このような1審被告厚生労働大臣の却下処分と本訴における係争の長期化によってX9が被った精神的苦痛を慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。
(3) 弁護士費用
1審原告らは,1審被告厚生労働大臣ないし厚生大臣の前記違法行為により,本訴の提起,追行を余儀なくされた。1審原告らが1審原告ら訴訟代理人に支払うことを約した着手金及び報酬のうち1審原告ら各自につき100万円を下らない部分は1審被告国が負担すべきである。
【1審被告国の主張】
1 責任原因について
(1) 本件各却下処分の実体的適法性
1審被告厚生労働大臣による本件各却下処分はいずれも適法であるから,1審原告らの1審被告国に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は,いずれも理由がない。
(2) 本件各却下処分と行政手続法5条1項
審査の方針は,審査会において放射線起因性及び要医療性の審査を担当する医療分科会が,委員の共通の認識として活用するための基本的な考え方(審査の姿勢とでもいうべきもの)を示したものであり,行政手続法5条1項にいう「審査基準」には当たらず,1審被告厚生労働大臣は,原爆症認定申請について審査基準を定めていないのは,1審原告ら主張のとおりであるが,それは次の理由によるものであり,行政手続法5条1項に違反しない。
行政手続法5条は,行政庁に審査基準の設定,具体化及び公表を義務付けているところ,同条1項の審査基準設定義務は,いかなる場合であっても例外が認められないものと解すべきではなく,① 法令の規定において,「許認可等をするかどうかをその法令に従って判断するために必要とされる基準」が,当該許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとして明確に定められており,当該「法令の定め」のみによって判断することができる場合や,② 許認可等の性質上,個々の申請について個別具体的な判断をせざるを得ないものであって,法令の定め以上に具体的な基準を定めることが困難であると認められる場合など,審査基準を設定しないことに合理的な理由ないし正当な根拠があると認められる特段の事情がある場合には,行政庁は,審査基準を設定することを要しない,というべきである。
被爆者が被爆者援護法10条に規定する医療給付を受けるためには,厚生労働大臣の認定(原爆症認定)を受けなければならず(同法11条1項),原爆症認定を受けるためには,同条1項所定の放射線起因性と要医療性の2要件を満たすことが必要である。
しかるところ,この放射線起因性と要医療性は,事柄の性質上,個別具体的に判断しなければならないので,行政庁である1審被告厚生労働大臣が,被爆者援護法11条1項の定め以上に具体的な基準を定めることは,極めて困難である。そして,被爆者援護法は,その科学性及び専門性にかんがみ,厚生労働大臣は,原爆症認定を行うに当たり,申請疾患が原爆の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかである場合を除き,審議会(被爆者援護法23条の2,同法施行令9条により審査会)の意見を聴かなければならないと規定し(同法11条2項),審査会の意見に十分な考慮を払い,特段の合理的理由のない限り,審査会の意見に反する処分をしないようにすることにより,当該処分の客観的な適正妥当と公正を担保し,もって1審被告厚生労働大臣の処分を適正ならしめている。
以上のとおり,原爆症認定については,上記②の場合に該当し,1審被告厚生労働大臣は,原爆症認定に関して審査基準を設定することを要しないから,これを設定せずにした本件各却下処分が行政手続法5条1項に違反することはない。
(3) 本件各却下処分と行政手続法8条1項及び2項
行政手続法8条によれば,行政庁は,申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は,申請者に対し,同時に,当該処分の理由を示さなければならず(1項本文),当該処分を書面でするときは,その理由は,書面により示さなければならい(2項)とされているが,その趣旨は,行政庁による許認可等の判断の合理性を担保するとともに,申請者に不服申立てのための便宜を与えることにあるから,示すべき理由は,申請者が当該処分の根拠事実及び根拠法規を了知し得る程度のもので足りると解される。
そして,被爆者援護法11条1項の原爆症認定は,申請疾病が放射線起因性及び要医療性を有するか否かについて,医学や放射線防護学等の科学的知見を踏まえて判断されるものであるから,その申請を却下する処分をなす場合に示すべき理由は,申請手続に関する手続的要件を欠くこと又は実体的要件(放射線起因性と要医療性)を欠くことについて,その根拠事実及び根拠法規が示されることで足りると解される。
本件各却下処分は,その各通知書によれば,申請疾病について,被爆者援護法10条1項所定の放射線起因性が認められないという理由でされたことは明白であり,処分の根拠事実及び根拠法規が示されているものであるから,行政手続法8条1項及び2項に違反するものではない。
(4) 審査の実情
1審原告らは,1審被告厚生労働大臣は,本件各却下処分に当たり,原因確率以外の事情をほとんど考慮せず,原因確率なる基準に従って形式的に審査したにすぎないなどと主張する。
しかしながら,原爆症認定審査においては,総合的な判断が必要であり,事前の資料収集等を含み,十分な審査が行われている。原因確率が審査の方針に定められている疾病等については,医療分科会で配布される資料において事前に算定した原因確率が記載されているところ,原因確率が50%以上の場合には,改めて放射線起因性について議論する必要性は乏しいため,極めて短時間で認定するとの結論が得られることが多いが,下調べの段階で資料の追加提出を求めているのが全体の20~30%はあるとされており,事前の資料収集等に相当の時間と手間を費やしているのであるから,医療分科会における審査時間の長短をもって十分な審査がされていないということはできない。被爆地点,被爆距離,被爆時の状況,被爆後の行動については,当該申請を医療分科会に諮問するに当たり,厚生労働省においても,申請者から提出された情報を子細に検討し,必要に応じて都道府県等に照会するなどして,その正確な事実関係の把握に努めているところである。
2 損害
1審原告らの主張はいずれも争う。
第4章当裁判所の判断
第1原子爆弾による被害
証拠(甲A1,8の1,11の1・2,13,17,22,29,30,34,36,42,43,45,60,67,76,86,90,113の1~3,114,115の3・4・11の1・2,118の1・3,119,124の9・11,乙A3~5,7,9,12,13,19,20,24~28,32,33,38,43,46,58,60,62,68,91,原審証人肥田舜太郎,同安斎育郎,同澤田昭二)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
1 原子爆弾の概要
(1) 広島型原子爆弾
ア 広島に投下された原子爆弾は,砲身式(ガンタイプ)といわれ,核分裂性物質(核爆薬)であるウラン235を砲弾状とリング状の2つの臨界未満の塊にわけ,火薬の爆発による推進力で砲弾状の塊をリング状の塊に急速に合体させ,超臨界状態を作ると同時に引き金の中性子を打ち込むことにより,核分裂連鎖反応を始めさせるものであるが,広島に投下された1個しか製造されておらず,軍事機密上,その詳細なデータは公表されていない。
イ 広島原爆は,昭和20年8月6日午前8時15分,広島市細工町19番地(現大手町1-5-24)の島病院敷地内(原爆ドームの中心から南東160m)の上空580m(±15m)で,搭載されていたウラン60kgのうち約0.7kgが核分裂して核爆発が起こった。残りのウラン235は環境中に放出されたとされている。
なお,爆発時の気象状況は,気温26.8度,湿度80%,西の風風速1.2m/sであった。
ウ 核爆発の機序は,中性子発生装置から放出された中性子がウラン235の原子に衝突し,原子核が2分裂するとともに新たな中性子が放出され,その中性子が新たなウラン原子核を分裂させる過程(連鎖反応)を繰り返すもので,核分裂のたびにエネルギーとさまざまな放射線が発生するが,その反応は100万分の1秒という瞬間に起こり,中性子線は,原爆の外殻が破裂する以前に外部に放出され,爆弾内部の温度は250万度にも達して,爆弾が炸裂した。
エ 爆弾炸裂により火球が出現して急速に膨張し,核分裂反応の開始から約0.2秒後からガンマ線が放出され,地上に熱線が到達し始める。そして,数百万度の超高温に達した火球によって大気が加熱されて急激に膨張し,数十万気圧という超高圧の気体あるいはプラズマ状態になり,衝撃波が発生する。約1.7秒後にはキノコ雲が形成され,火球に含まれている核分裂生成物質,誘導放射化された原爆の器材物質と大気中の原子核,分裂しなかったウラン235をほとんど含んだままで上昇し,30分後には高度1万2000mに達し,1時間後には,高さ,半径ともに十数kmに達したと推定されている。なお,爆心地付近では上昇気流が,その外縁では下降気流が支配的となっていた。火球の温度が低下し,キノコ雲が拡散し,一部には降雨もあって,市内各地に放射性微粒子が降下した。
オ 広島原爆の出力は,TNT(トリニトロトルエン)火薬に換算して,約15kt(DS86による推定出力)~16kt(DS02による推定出力)と推定されている。
(2) 長崎型原子爆弾
ア 長崎に投下された原子爆弾は,爆縮式(インプロージョン型)といわれ,中性子発生装置の周囲に核分裂性物質(核爆薬)である未臨界のプルトニウム239を球状に配置し,その周囲を天然ウランで囲み,その外側に爆縮レンズと呼ばれる高性能火薬を取り付け,火薬の爆発でプルトニウム球を臨界状態にし,同時に中性子が放出されて核分裂連鎖反応を始めさせるものであり,同タイプが多数作られ,ネバダ等で核実験が行われている。
イ 長崎原爆は,昭和20年8月9日午前11時2分,長崎市松山町交差点の南東約80m地点(平和公園の原爆中心碑の南南東約30m地点)の上空503m(±10m)で,搭載されていたプルトニウム8kgのうち約1~1.1kgが核分裂して核爆発が起こった。残りのプルトニウム239は環境中に放出されたとされている。
なお,爆発時の気象状況は,気温28.8度,湿度71%,南西の風風速3m/sであった。
ウ 核爆発の機序やその後の経過は,おおむね広島原爆と同様であるが,キノコ雲は,午前11時40分ころの時点で底部が1200~1400m,頂部が4000~5000m,半径は25km付近まで広がっていたとされている。
エ 長崎原爆の出力は,TNT火薬に換算して,約21kt(DS86及びDS02による推定出力)と推定されている。
2 原爆によるエネルギー
原爆によって発生したエネルギーは,衝撃波と爆風が約50%,熱線が約35%,放射線が約15%であったとされている。
(1) 衝撃波と爆風
原爆の爆発によって形成された火球の膨張によって数十万気圧という超高圧が生じ,その部分が火球から離れて衝撃波(高圧空気の壁)となって音速を超えるスピードで広がった。衝撃波は爆発約10秒後には爆発点から3.7km,30秒後には11kmに達した。そして,高圧の衝撃波と大気の圧力差から爆風が発生した。爆心地辺りでの風速は280m/s,爆心地から3.2km地点でも28m/sに及んだとされている。
(2) 熱線
原爆の爆発と同時に空中に発生した火球は,爆発の瞬間に最高数百万度に達し,0.3秒後に火球の表面温度は約7000度(太陽表面温度約6000度)に達した。爆心地付近の温度は,約3000~4000度に達したものと推定されている。原爆による熱線は,爆発後約3秒以内に99%が地上に影響を与え,爆心地で99.6cal/cm2,3.5km地点で1.8cal/cm2の熱線量が計算されている。
(3) 放射線
ア 放射線の生体影響と単位
放射線には,X線やガンマ線などの光と同じ性質を持つ電磁波と,アルファ線,ベータ線,中性子線などの粒子線とがあるが,いずれも生体を含む物質を通過する能力があり,放射線の生体への影響は,放射線が生体を通過したり,生体に吸収されたりしたときに生体の細胞を構成する蛋白質や水などの分子中の電子にエネルギーを与え,エネルギーを得た電子が分子から飛び出す電離作用によって引き起こされる。このように放射線の照射によって電子が弾き出され,この電子がさらに周囲の原子から電子をはぎ取って二次的な電離を起こさせる放射線を電離性放射線(以下,特に断らない限り,放射線は電離性放射線を意味する。)といい,上記電磁波や粒子線はこれに属し,紫外線,可視光線,赤外線,電波等は非電離性放射線といわれる。原爆の爆発に際しては,非電離性放射線も発生し,その影響も懸念されているが,具体的な評価はされていない。放射線の生体影響度は,以下のような単位で示される。
(ア) 線量単位(吸収線量)
放射線の影響は,どれだけのエネルギーを生体に与えて電離作用を起こしているかによって決まるので,放射線の強さ(線量単位)は,物質1kg当たり1ジュールのエネルギーを与える放射線を1Gy(Gray)として,吸収線量の単位で示される。従来から使用されてきた吸収線量の単位はラド(rad)であり,1Gy=100rad,1rad=0.01Gy=10mGyである。
(イ) 生物学的効果比(RBE)
同じ吸収線量でも放射線の種類によって生体に対する影響は異なり,高い密度で集中して電離作用を行い,短い距離の間に多くのエネルギーを与える放射線を高LET放射線(アルファ線,中性子線等)と,低い密度で比較的まばらな電離作用を行う低LET放射線(ガンマ線)がある。
各放射線の生体に与える影響(危険度)を表す指標として生物学的効果比(RBE)が求められており,ICRPの1990年勧告(国際放射線防護委員会は,世界の放射線防護の研究者で組織され,公表された研究報告等を検討して,放射線防護に必要な結論を引き出し,世界各国に勧告している機関であり,世界中の放射線防護関連法令は,すべてICRP勧告に準拠して作成されており,世界共通の基準となっている。)によれば,ガンマ線の生体への影響を基準(=1)として,アルファ線は20,ベータ線は1,中性子線は5(低エネルギー)~20(高エネルギー)とされている。
(ウ) 線量当量
放射線の生体への影響を考慮した線量としては,吸収線量に生物学的効果比を乗じた線量当量が用いられる。1Gyのガンマ線と同じ生物学的影響を与える線量当量を1Svとする。したがって,アルファ線は20Sv,中性子線は5~20Svとなる。
イ 初期放射線と残留放射線(乙A9)
空中爆発による原爆の放射線(原爆放射線)については,爆発後1分以内に空中から放射される放射線(全エネルギーの約5%)と,それ以後の長時間にわたって放射される放射線(同約10%)の2種類に分類し,前者を初期放射線,後者を残留放射線と称している。
(ア) 初期放射線
初期放射線の主要成分はガンマ線と中性子線である。
ガンマ線のうち,核分裂反応が起こっている100万分の1秒以内に放出されるものを即発ガンマ線と呼び,爆発1分以内に核分裂生成物や誘導放射化された原子核から放出されたものを遅発ガンマ線という。
中性子についても,核分裂の連鎖反応の瞬間に放出される即発中性子のほかに核分裂で生じた核分裂生成物の原子核からやや遅れて放出される遅発中性子がある(広島原爆では即発中性子のみによる連鎖反応を,DS86は遅発中性子による連鎖反応を利用している。)
(イ) 残留放射線
残留放射線は,核爆発後1分以降の長期間にわたって放射されるものであり,2種類に区分されている。一つは,核分裂生成物や分裂しなかったウラン235(広島原爆)ないしプルトニウム239(長崎原爆)が空中に飛散し,地上に降り注ぎ,爆発1分以後のガンマ線,ベータ線,アルファ線の放射線源となった放射性降下物(いわゆる「死の灰」)であり,他の一つは,地上に降り注いだ初期放射線(中性子線)が地表や建築物資材の原子核に衝突して原子核反応を起こし,それによって放射能を誘導することによって生ずる誘導放射線に分けられる。
3 原子爆弾による被害
(1) 死亡
広島市調査課が発表した昭和21年8月10日までの広島原爆による距離別の死傷者数(軍人及び当時広島で作業をしていた朝鮮半島の人々を除く。)は,次表のとおりである(乙A9・7頁)。昭和21年1月以降の死者を除くと11万4000人と推定されている。
file_6.jpgRie ae & i ent tetet | Tong | Rit | oH 0. ST 338 o2t | 21, 662 0.5~1.0 1,919 4,434 | 53,036 LOLS 9,140 | 65,271 1.52.0 11, 516 11, 698 | 44, 490 2.0~2.5 14,149 98 | 26,096 | 52, 686 2.5~3.0 6, 795 32 | 19,907 | 30,796 3 1,934 2 | 10,250 | 12,77 1, 768 3 | 13,513 | 15,679 373 0} 4,260 | 4,705 1] 6,593 | 6,817 136 167 _| 11,798 | 12, 162 118,661 [ 30,524 [48,606 | 3,677 [118,613 [320,081長崎原爆による昭和20年12月末日までの死者数は6~7万人とされている。
(2) 熱線による被害
原爆による熱線は,爆心地付近では人体を炭化させ,瓦や岩石の表面を溶融させるほどの熱作用をもたらし,かなり広範囲にわたって人体に重度の火傷を負わせ,また,火災を発生させて多数の焼死者を作り出した。
衣服をまとわぬ人体皮膚の熱線火傷(2cal/cm2以上の熱量で起こる。)は,爆心地から広島では約3.5kmまで,長崎では約4kmまで及んだ。また,爆心地から約1.2km以内で遮蔽物のなかった人が致命的な熱線火傷を受け,死者の20~30%がこの火傷によるものと推定されている。また,熱線による織物や木材などの黒こげ(3cal/cm2以上の熱量で起こる。)は,爆心地から広島では約3kmまで,長崎では約3.5kmまで及んだ。
(3) 爆風による被害
原爆の爆風による人間の死亡や外傷は,主として建築物の崩壊や飛び散る破片によるものであった。爆心地から約1.3km以内においては,爆風による死傷が特に深刻で,死者の約20%はこれによるものであった。
また,爆風と熱線,火災の効果が相乗して被害が増幅された。すなわち,熱線による建築物等への全面的な着火は大規模な火災を引き起こし,巨大な火事嵐となって大災害につながった。熱線によって着火した建築物等は,続いてやって来る衝撃波と爆風によって着火したまま崩壊し,屋内にいた人々をその下敷きにした。爆風によって一時的に炎が吹き飛ばされることがあっても,しばらくくすぶり続け,衝撃波,爆風の通過後,倒壊した建築物等から一斉に発火し,爆発後かなりの時間経過後火災を引き起こす場合もあった。熱線と火事の両方による人体火傷が死者の約60%に対する原因であったと考えられている。
爆風と火災により灰じんに帰した総面積は,広島では約13km2,長崎では約6.7km2であった。建物の被害状況は,広島(被爆前の建物数約7万6000戸)では全壊全焼が62.9%,全壊が5.0%,半壊・半焼・大破が24.0%(合計91.9%)であり,長崎(被爆前の建物数約5万1000戸)では全壊全焼が22.7%,全壊が2.6%,半壊・全焼・大破が10.8%(合計36.1%)であった。
(4) 放射線による被害
原爆の放射線による障害は,① 発現時間の違いで,急性障害(昭和20年8月の爆発時から同年12月末までの時期の症状)と後障害(昭和21年1月以降に発生した障害)に,② 障害の発生にしきい値(一定の線量で一定の結果が発生する確定的影響の場合の線量であるが,個体差はある。)の有無で確定的影響と確率的影響に,③ 被曝態様の違いで,外部被曝と内部被曝に,④ 影響発症者の違いで,身体的影響と遺伝的影響に分類される。
ア 急性障害と後障害
(ア) 急性障害は,さらに,第1期(被曝直後から第2週の終わりまでの2週間),第2期(第3週から第8週の終わりまでの6週間),第3期(第3月から第4月の終わりまでの8週間)に分けることができる。
a 第1期
高度の放射線を受けた者の多くは,直ちに全身の不快な脱力感,吐き気,嘔吐などの症状が現れ,2~3日から数日の間に発熱,下痢,喀血,吐血,下血,血尿を起こし,全身が衰弱して被曝から10日前後までに死亡していった。この時期の死亡者の病理学的所見として,放射線による骨髄,リンパ節,脾臓などの造血組織の破壊及び腸の上皮細胞,生殖器や内分泌腺細胞における腫脹と変性などがみられた。
b 第2期
前半期(第3週~第5週)には,亜急性症状として,吐き気,嘔吐,下痢,脱毛,脱力感,倦怠,吐血,下血,血尿,鼻出血,歯齦出血,生殖器出血,皮下出血,発熱,咽頭痛,口内炎,白血球減少,赤血球減少,無精子症,月経異常などがみられた。病理学的に最も著明な変化は,放射線による骨髄,リンパ節,脾臓などの組織の破壊で,その結果,血球特に顆粒球及び血小板の減少が生じた。これが原因になって,感染に対する抵抗力の減退及び出血症状がみられた。この時期の死因の多くは敗血症であった。そのほか,死因とは直接の関係は少ないが,下垂体,甲状腺,副腎などの内分泌腺に放射線による萎縮性障害像がみられた。
後半期(第6週~第8週)は,比較的軽度な症状であったものは回復に向かい始め,解熱,炎症症状の消退,出血性素因の消失がみられ始めた。しかし,一部には肺炎,膿胸,重症大腸炎などの症状を発し,いったん好転しかけていたのに再び容態を悪化するものがかなりみられた。これらの合併症状の発現は放射線による抵抗力の減弱によるものと考えられている。
c 第3期
放射線による血液や内臓諸臓器の機能障害も回復傾向を示し,第3期の終わりまでに大体治癒した。軽度脱毛では発毛がみられ,白血球数の正常化,骨髄での顆粒球系,赤芽球系の増殖所見などがみられた。一方,生殖器への放射線の影響はなお続いており,男性の精子数減少,女性の月経異常もみられる。
(イ) 後障害
a 悪性腫瘍
昭和21年1月以降に原爆放射線に起因して発生した後障害としては,白血病,甲状腺がん,乳がん,肺がん,胃がん,結腸がん,食道がん,卵巣がん,膀胱がん,多発性骨髄腫などの悪性腫瘍が挙げられる。
b がん以外の疾病
また,近時,がん以外の疾病についても放射線との間に有意な関係が指摘されるようになり,寿命調査第12報第2部「原爆被爆者の死亡率調査~がん以外の死亡率:1950-1990年」(甲A67文献番号18)では,被曝線量が推定されている8万6572人の原爆被爆者におけるがん以外の死亡者(2万7000人以上)について解析を行った結果,心臓病,脳卒中,消化器疾患,呼吸器疾患及び造血器系疾患に放射線との統計的に有意な関係がみられるとしている。また,成人健康調査第7報「原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率1958-86年(第1-14診察周期)」(甲A42)では,成人健康調査コホートの長期データに基いた解析の結果,子宮筋腫,慢性肝炎及び肝硬変,甲状腺がんを除く甲状腺所見が1つ以上あることという大まかな定義に基づく甲状腺疾患に,統計的に有意な過剰リスクを認めたとされており,成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」(甲A67文献番号31)では,このほか,白内障にも有意な正の線量反応を認めたとされている。
c 慢性原子爆弾症ないし原爆ぶらぶら病
被爆前には全く健康であった原爆被爆者で,急性症状が生じなかった者や急性症状から回復した者が,被爆後にはいろいろな病気に罹患したり,自覚症状として,全身の疲労感,倦怠感を訴えたり,風邪をひきやすい,下痢をしやすいといった症状を訴えたりするものが多くみられた。それらの被爆者については,一般検診で異常が発見されていないものの,被爆距離や被爆状況の違いによる相異がほとんど見られず,相当高率での愁訴がある。原爆投下後,数年間にわたり,広島・長崎の状況を観察してきた都築正男は,これらの人々の状態を臨床医学の立場から「慢性原子爆弾症」と称することを提案し,身体的あるいは精神的異常が認められない場合については,低線量被曝の影響(放射線障害に起因した諸内臓機能障害)に基くものと考えたいとしている。また,国内外の多くの被爆者の診療をしてきた肥田舜太郎医師は,特に身体の異常なだるさが全被爆者に共通しており,内部被曝の特徴であるとの見解を述べている。ただ,このような症状は,初老期あるいは更年期の症状と酷似しており,神経症様症状ととらえる見方もある(甲A34,36,43,67文献番号3・37,115の3,119,原審証人肥田舜太郎)。
イ 確定的影響と確率的影響
(ア) 確定的影響
体内の多くの組織・臓器の中では,常に細胞の喪失と交替が起こっている。確定的影響は,細胞死に伴う臓器(組織)の機能障害に関連するものである。ある臓器(組織)が被曝した場合,その臓器(組織)を構成する多数の細胞のうちある割合が死ぬが,被曝線量がある線量以下である場合は死ぬ細胞の割合も小さく,生存した細胞で代償されて機能の低下が起こらず,その後の細胞増殖(交替率の上昇)により元の細胞数に戻り,その臓器(組織)の機能も完全に回復する。しかし,線量があるレベルを超え,細胞がある割合以下になるまでに死んでしまうと,代償が不可能となり,その臓器(組織)の機能が完全に停止し,障害が起こる。このような影響を確定的影響という。この確定的影響の特徴は,その影響が起こるための線量にしきい値(しきい線量)があり,また,線量とともにその重篤度が変わる(線量が大きいほどより重篤となる。)点にあり,白内障,皮膚の紅斑,脱毛,不妊,血液失調症などが挙げられている(乙A60,68)。
ただし,このしきい値については,個体の放射線感受性によって影響が異なるだけでなく,被爆グループの中に放射線被曝時すでに病的状態に近い健康状態であった者などがいた場合,放射線被曝による細胞喪失量が通常より少ないときでも病的状態に陥ることがあり得るのであって,本来幅のある数値であり,新しい症例が出てくれば低く変更されることもあるとの指摘がされている(甲A11の1,13・17~18頁,原審証人安斎育郎)。
(イ) 確率的影響
確率的影響は,照射された細胞が殺されるのではなく,修飾されることから起こるのであり,被曝した臓器(組織)を構成する細胞のDNA分子の何らかの変化に関連するものである。この場合は,理論的には放射線がDNAにたった1つの損傷を作った場合でも障害が起こる可能性があるので,どんなに低い線量でも障害が起こり得ることになる(例えば,修飾された1つの体細胞によるクローン形成が阻止できなければ,長期の潜伏後に被修飾細胞の増殖が制御されなくなり悪性状態を生ずる可能性がある。)。このような影響を確率的影響という。この確率的影響の特徴は,線量とともに障害が起こる頻度が増加するが,重篤度は線量に依存しない点にあり,発がんや遺伝的影響が含まれるとされている(甲A13,乙A60)。
ウ 外部被曝と内部被曝
被曝態様としては,人体の外部から放射線が照射される外部被曝と人体の内部に放射性物質が入り込み,細胞組織等に作用する内部被曝とがある。
外部被曝が総じて体外からの一時的な被曝であるのに対し,内部被曝の場合,体内に入り込んだ放射性物質が,その物質の物理的,化学的性質に応じて,身体内の特定の器官や組織に沈着し(セシウム137はほぼ全身に分布するが,ヨウ素131は甲状腺に取り込まれて影響を与え,また,ストロンチウム90は主として骨に沈着して影響を与えることが一般的に知られている。原審証人安斎育郎),その放射能がなくなるまで,周囲の組織を照射し続けるという特徴を持つとされ,その放射線量が大きい場合には,放射線障害を引き起こすとされている(乙A43)。
第2厚生大臣ないし厚生労働大臣による原爆症認定の基準
1 原爆症認定要件に係る法令の定め
原爆症認定に係る法令(原爆医療法,被爆者特別措置法,被爆者援護法)の定めの概要は,第2章第2の2記載のとおりであり,原爆症認定を受けるための要件としては,① 被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)と,② 現に医療を要する疾病等が原爆の放射線に起因するものであるか,又は上記疾病等が放射線以外の原爆の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原爆の放射線の影響を受けているため上記状態にあること(放射線起因性),の2つの要件が必要である。
2 原爆症認定の基準(放射線起因性と要医療性)
上記2要件の認定に関する基準は以下のとおりである。
(1) 治療指針及び実施要領
原爆医療法の制定(昭和32年3月)後,昭和33年8月13日付けで治療指針及び実施要領が出された。その概要は,次のとおりである。なお,この当時は,放射線量の推定方式は存在しなかった。
ア 治療指針(甲A112の2)
治療指針は,医療審議会の意見を聞いて,原爆医療法に基づき医療の給付を受けようとする者に対し適正な医療が行われるよう,原爆の傷害作用に起因する疾病等(後障害症)の特徴及び患者の治療に当たり考慮されるべき事項を定めて,厚生省公衆衛生局長が各都道府県知事及び広島・長崎市長あてに通知したものである。
そして,治療上の一般的注意として,被爆者に関しては,いかなる疾病又は症候についても一応被爆との関係を考え,その経過及び予防について特別の考慮が払われなければならず,後障害症が直接間接に核爆発による放射能に関連するものである以上,被爆者の受けた放射能特にガンマ線及び中性子の量によってその影響の異なることは当然想像されるが,被爆者の受けた放射能線量を正確に算出することはもとより困難である,この点については被爆者個々の発症素因を考慮する必要もあり,また,当初の被爆状況等を推測して状況を判断しなければならないが,治療を行うに当たっては,特に次の諸点について考慮する必要があるとして,① 被爆距離については,被爆地が爆心地からおおむね2km以内のときは高度の,2~4kmのときは中等度の,4kmを超えるときは軽度の放射能を受けたと考えて処理して差し支えない,② 被爆後における急性症状の有無及びその状況,被爆後における脱毛,発熱,粘膜出血その他の症状を把握することにより,その当時どの程度放射能の影響を受けていたか判断することのできる場合がある,などとされている。
イ 実施要領(甲A33)
実施要領は,原爆医療法による健康診断に関し,放射能による障害の有無を決定することははなはだ困難であるため,ただ単に医学的検査の結果のみならず,被爆距離,被爆当時の状況,被爆後の行動等をできるだけ精細に把握して,当時受けた放射能の多寡を推定するとともに,被爆後における急性症状の有無及びその程度等から間接的に当該疾病又は症状が原子爆弾に基づくか否かを決定せざるを得ない場合が少なくないから,健康診断に際してはこの基準を参考として影響の有無を多面的に検討し,慎重に診断を下すことが望ましいとし,被爆者の健康診断を行うに当たって特に考慮すべき点として,被爆者の受けたと思われる放射能の量,被爆後における健康状況,臨床医学的探索及び経過の観察を挙げている。このうち,被爆者の受けたと思われる放射能の量については,現在において被爆当時に受けた放射能の量を把握することはもとより困難であるが,おおむね次の事情は当時受けた放射能の量の多寡を推定する上に極めて参考となり得るとして,上記①と同じ判断基準を示し,加えて,被爆当時の遮蔽状況を詳細に調査する必要があること,被爆後の行動については,放射能の体外照射以外に,放射能物質が体内に入った場合の体内照射が問題となり得るから,被爆後の行動及び滞在期間が照射量を推定する上に参考となる場合が多いと指摘している。また,被爆後における健康状況については,被爆者の受けたと思われる放射能の量に加えて,被爆後数日ないし数週に現れた被爆者の健康状態の異常が,被爆者の身体に対する放射能の影響の程度を想像させる場合が多い,すなわち,この期間における健康状態の異状のうちで脱毛,発熱,口内出血,下痢等の諸症状は被曝による急性症状を意味する場合が多く,特にこのような症状の顕著であった例では,当時受けた放射能の量が比較的多く,したがって後障害症が割合容易に発現し得ると考えることができるとしている。
(2) 認定基準(内規)(甲A28)
その後,後記のような被曝放射線量の推定方式としてT65DやDS86が公表されるに伴い,医療審議会あるいは認定審査会において,原爆症認定申請者の被爆距離等から上記線量推定方式を基に申請者の被曝線量を推定し,一方で,疾病ごとに認定の基準となる一定の線量を定め,上記推定被曝線量が当該疾病の認定の基準となる線量を超えるか否かをみるという基準により,原爆症認定審査が行われるようになった。
平成6年9月19日付け医療審議会の認定基準(内規)は,まず,線量評価について,爆心地からの距離に応じた被曝線量(広島の1.2kmでは170rad,2.5kmでは1rad,長崎の1.2kmでは320rad,2.5kmでは2rad等)を評価し,さらに,遮蔽条件による係数(遮蔽なし1.0,遮蔽ありは0.7)を乗じ,誘導放射能による被曝線量(8時間滞在時。2時間後に爆心地から0.3km地点で滞在を開始した場合,広島で10rad,長崎で5rad等)を考慮し,さらに,放射性降下物による被曝線量(組織吸収線量)として,広島の己斐・高須地区で0.6~2rad,長崎の西山地区で12~24radを考慮するものとしている。
この推定被曝線量が,確率的影響もしくは確定的影響によるとされる各疾患に設定された線量(胃がん等は10rad,肝臓がん等は25rad,子宮がん等は50rad,放射線白内障等は10radなどとする。)を超える場合は放射線に起因性があると判断するものとしている。
また,要医療性の評価についても,原則として,ほぼ毎月,保険医療を受療している状態にあることなどの基準を定めている。
(3) 審査の方針(乙A1)
平成12年度の厚生科学研究費補助金厚生科学特別研究事業として,児玉和紀広島大学医学部保健学科健康科学教授を主任研究者とする「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(児玉報告書,乙A2)が行われ,その研究結果をも踏まえて,医療分科会により平成13年5月25日付けで審査の方針が作成され,原爆症認定に係る審査に当たってはこれに定める方針を目安として行うものとしている。その概要は,次のとおりである。
ア 放射線起因性の判断
(ア) 判断に当たっての基本的な考え方
申請に係る疾病等における放射線起因性の判断に当たっては,原因確率(疾病等の発生が原爆放射線の影響を受けている蓋然性があると考えられる確率)及びしきい値(一定の被曝線量以上の放射線を曝露しなければ,疾病等が発生しない値)を目安として,当該申請に係る疾病等の放射線起因性に係る「高度の蓋然性」の有無を判断する。
この場合にあっては,① 当該申請に係る疾病等に関する原因確率がおおむね50%以上である場合には,当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定し,② おおむね10%未満である場合には,当該可能性が低いものと推定する。
ただし,当該判断に当たっては,これらを機械的に適用して判断するものではなく,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で,判断を行うものとする。
また,原因確率等が設けられていない疾病等に係る審査に当たっては,当該疾病等には,放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を判断するものとする。
(イ) 原因確率の算定
原因確率は,申請に係る以下の各疾病等,申請者の性別の区分に応じ,それぞれ定める別表1~8(本判決添付の別表1~8)に定める率とする。
file_7.jpgza Era a Towie Er Gi SHROMOE Tome rig Teme Tals 44] 4] te] 4] 4] ead a) a] aR] BR(ウ) しきい値
放射線白内障のしきい値は,1.75Svとする。
(エ) 原爆放射線の被曝線量の算定
申請者の被曝線量の算定は,① 初期放射線による被曝線量,② 残留放射線による被曝線量,③ 放射性降下物による被曝線量の各値を加えて得た値とする。
初期放射線による被曝線量は,申請者の被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて定めるものとし,その値は別表9(本判決添付)に定めるとおりとする(ただし,被爆時に遮蔽があった場合はこの値に被爆状況によって0.5~1を乗じて得た値とする。)。
残留放射線による被曝線量は,申請者の被爆地,爆心地からの距離及び爆発後の経過時間の区分に応じて定めるものとし,その値は別表10(本判決添付)に定めるとおりとする。
放射性降下物による被曝線量は,原爆投下の直後に下記特定の地域に滞在し,又はその後,長期間にわたって当該特定の地域に居住していた場合について定めることとし,その値は次のとおりとする。
file_8.jpgBRA (Ki) 0..006~0. 026y 3, ATARIGAR (RIG) 0.12~0. 2463(オ) その他
(イ)記載のその他の悪性新生物に係る別表については,疫学調査では放射線起因性がある旨の明確な証拠はないが,その関係が完全には否定することができないものであることにかんがみ,放射線被曝線量との原因確率が最も低い悪性新生物に係る別表2-1を準用したものである。
(ウ)に規定する放射線白内障のしきい値は,95%信頼区間が1.31~2.21Svである。
イ 要医療性の判断
要医療性については,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断するものとする。
ウ 方針の見直し
この方針は,新しい科学的知見の集積等の状況を踏まえて必要な見直しを行うものとする。
3 放射線起因性判断基準としての被曝線量算定方式
上記のとおり,原爆症認定の基準として,平成6年9月19日に認定基準(内規)が,平成13年5月25日には審査の方針が定められており,X5及び同X7については認定基準(内規)が,その余の1審原告らについては審査の方針がそれぞれの原爆症認定基準として適用されたものと認められる。そして,両者とも,推定被曝線量(両基準で多少の違いはあるが,ほぼ距離ごとに同様の線量が定められている。)を基準として,認定基準(内規)では,各疾患に設定された線量が,審査の方針では被曝線量に依拠する原因確率が主たる判断の要素とされている。
これらが依拠する被曝線量算定方式の内容は以下のとおりである。
(1) 審査の方針における被曝線量算定方式(概要)
上記認定のとおり,審査の方針は,被曝線量について,① 初期放射線による被曝線量,② 残留放射線による被曝線量,③ 放射性降下物による被曝線量の各値を加えて得た値とするものとし,①につき別表9,②につき別表10を定め,③については,己斐又は高須(広島)及び西山3,4丁目又は木場(長崎)についてのみ,上記③の線量を付加するものとしている。
(2) 初期放射線による被曝線量
別表9は,DS86の線量評価システムに基づいて推定された数値に基づいて作成されている(なお,1審被告らの説明によれば,認定審査会においては,DS86により求められた数値を端数処理して得られた別表9による数値ではなく,寿命調査に際し被爆者の初期放射線による被曝線量の算定に用いていたより厳密な線量推定表に基づいて被曝線量を算定しているということであるが,その差は端数処理の方法が異なる等にすぎないというものであり,実質的にDS86に依拠しているものと認められる。また,別表9の注の透過係数もDS86の示す透過係数から判断して0.5を超えることはないとして設定されたものであるが,1審被告らによれば,認定審査会においては,実際の審査において個々の申請者の被爆状況を子細に把握することが困難である上,透過係数が0.7以上になるような被爆状況は想定し難いことから,それを一律0.7として被曝線量を算定しているということである。)。
(3) 残留放射線による被曝線量
別表10は,DS86において,爆心地における誘導放射能からの外部放射線への潜在的最大被曝は,広島について約50rad,長崎について18~24radと推定され,また,これらの被爆は時間や距離とともに減少するとされたことに基づいて,爆心地からの距離を100m間隔(広島は700m,長崎は600mまで)とし,積算線量を8時間ごととして,広島及び長崎のそれぞれについて残留放射線量を推定して作成された。
(4) 放射性降下物による被曝線量
放射性降下物による被曝線量は,広島及び長崎の原爆による放射性降下物の量は,爆心地から約3km離れた己斐・高須地区(広島)及び西山地区(長崎)に特に多くみられたとの知見に基づき,DS86における推定値(地上1mにおける累積ガンマ線被曝線量。己斐又は高須地区につき0.006~0.02Gy,西山地区につき0.12~0.24Gy)に依拠して,上記のとおり定められた。
4 原爆放射線の線量評価システムの変遷と各システムの内容
以上のとおり,審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量の算定に関する基準はDS86の線量評価システムに依拠して作成されているものと認められるが,それにいたる線量評価システムの変遷とDS86の内容及びDS86の見直しとして実施されたDS02の内容は以下のとおりである。
(1) 原爆放射線の線量評価システムの変遷
証拠(甲A11の1・2,12,60,乙A9,10,18,20,34,38,39,45,46,48,75,76,原審証人安斎育郎,同澤田昭二,同小佐古敏荘)によれば,DS86,DS02に至る原爆放射線の線量評価システムの変遷について,大要以下のとおり認められる。
ア T57D及びT65D
米国原子力委員会は,原爆放射線の人体に対する影響を研究するため,オークリッジ国立研究所(ORNL)に要請してICHIBANプロジェクトを立ち上げ,ネバダ州(砂漠)の核実験データを基に,1957年,距離による被曝線量の評価方式を定式化し,1957年暫定線量(T57D)を定めた。そして,これが広島,長崎の被爆生存者の放射線被曝線量の推定に用いられるようになった。しかし,この実験では日本家屋等による遮蔽効果の検討がされておらず,しかも当時は中性子線その他の測定技術も未熟で,多くの誤差を含むものであり,開発を指揮したヨーク大尉自ら再調査の必要性を指摘していた上,広島,長崎と環境の大きく異なるネバダ州の核実験データをそのままに適用するのは不適当と考えられた。
そこで,ICHIBANプロジェクトは,ネバダ州の核実験場において,長崎型原爆と同型の原爆を使用した実験,約500mの鉄塔を建て,そこに裸の小型原子炉あるいは強力なコバルト60を線源とした大がかりな実験装置を設置して行った実験,日本家屋を建設して,周辺への放射線伝播を測定する遮蔽実験等を行い,そこから得られた結果を基に,ABCCやORNL等により1965年暫定線量(T65D)が策定された。
このT65Dの評価システムは,広島型で±15%,長崎型で±10%程度の精度があると評価され,ABCCは広島,長崎の被爆者の被曝線量を計算し,発がんなどの疫学調査と併せて,放射線による影響のデータ収集を行った。その後,ICRPがこの放射線の影響データを放射線のリスク決定の基本的な資料として利用するようになった。
ところが,1970年代後半から,T65Dの中性子線量に問題があるなどの指摘がされるようになった。すなわち,T65Dは,米国のネバダ州という日本よりもかなり湿度の低い場所で実験したため,中性子線量が正確に再現されなかったこと(広島型で爆心から2km地点のガンマ線は約1/2~2/7低く,中性子線で10倍位高いなどの指摘があった。),長崎に投下されたのと同じタイプのプルトニウム型の爆弾を主として用いたため,広島原爆による放射線の分布と著しく異なった結果となっていること,さらに,遮蔽物の日本の家屋の構造等が不十分で遮蔽の推定精度が十分でなかったことなどの問題が存した。
イ DS86(乙A20,34,76)
上記のようなT65Dの問題が指摘される中で偶然に広島型原爆のレプリカが発見されたこともあって,これらの問題点を解消するため,1981年にアメリカにおいて線量再評価検討委員会が設置されるとともに,その結果を評価吟味するための上級委員会が設置され,これに対応して,日本においても,厚生省により検討委員会と上級委員会が組織された。そして,1963年の部分的核実験禁止条約に調印していたため核実験ができなかったこともあって,主として実験データに基づいたT65Dに代わって,1970~1980年代に本格的な利用が可能となったコンピュータによる数値計算を主体としたシミュレーション・アンド・ゲーミングのプログラムを用いた新たな線量評価システムが開発され,1986年に最終報告書が承認され,1987年にDS86として発表された。
DS86は,ICRPによる放射線防護等の基準の根拠として用いられるなど,世界の放射線防護の基本的資料とされ,世界中において優良性を備えた体系的線量評価システムとして取り扱われてきた(もっとも,DS86自体,空気中カーマの推定値に25~30%程度の誤差を含みうる可能性を否定していない。甲A52)。
ウ DS02(乙A10,39,76)
DS86の計算値と測定値との熱中性子線の系統的なずれの存在はDS86報告書自身で指摘されていたところであるが,1990年代に入り,DS86の計算とコバルト60やユウロピウム152の測定結果との間の系統的なずれの存在が指摘されたため,この問題を再検討するため1996年に日米の研究者による研究会が開催され,共同研究が開始された。この研究においては,コンピュータの進歩により精密で高速の計算ができるようになったため,より複雑な体系の計算ができるようになり,これに基づく新たな線量推定を行い,放射線測定方法の向上などを受けた新たな知見などが付け加えられた。そして,2003年3月,厚生労働省と米国エネルギー省合同の上級委員会の承認を得て,DS02が決定された。なお,DS02報告書は,2005年になって公表された。
(2) DS86の概要
審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量の算定に関する基準がDS86に依拠して作成されていることは前記3のとおりであるところ,証拠(乙A16,19,20,38)によれば,DS86の概要は,以下のとおりであると認められる。
ア システムの概要
原爆の爆発と同時に生じた放射線は,起爆剤(火薬)や爆弾の殻と相互作用を起こしながら大気中に放出され,放出された放射線は,大気中の空気分子と作用し,二次ガンマ線を作りながら伝播して家屋等の遮蔽物に達し,そこでまた相互作用を起こしながら被爆者の身体表面に到達し,身体の組織と再び相互作用を起こして臓器に線量を与えることになり(即発放射線),また,核分裂片は火球とともに上昇し,その過程でガンマ線を放出し,遅発中性子もわずかではあるが放出され(遅発放射線),即発放射線と同様の過程を経て臓器に線量を与える。
DS86は,これらの諸過程をすべて物理的素過程に基づいて計算コードに組み立て,種々の実験データや広島,長崎における測定データをこのコードの検証に用い,計算と実験との一致が十分でない場合は,両者に落ち度がないかを検討して改善を加えていくという過程を経て開発された。この開発作業においては,主として日本側は,花崗岩,コンクリートなどの被爆資料を収集し中性子で誘導された放射能(コバルト60,ユウロピウム152)を測定し,またガンマ線に対しては屋根瓦や煉瓦,タイルを収集し熱ルミネセンス法により発光量を測定することによって線量を評価した。これに対し,アメリカ側は,主にスーパーコンピュータを用いた計算を行い,放射線の発生源でのスペクトル(ソースターム)の計算結果を基に,中性子,ガンマ線の輸送計算を行い,家屋での透過線量,被爆者の計算モデルを利用した各臓器線量などを求めた。
こうして作成されたDS86においては,任意の位置におけるエネルギー別,角度別のフルエンスを与えることができ,フルエンスから容易に空気中組織カーマ(空気中カーマ。DS86においては地形,構造物又は身体による遮蔽を受けていない地上1mの地点における線量として計算されている。),遮蔽がある場合の空気中組織カーマ(遮蔽カーマ。被爆者の周囲の構造物による遮蔽を考慮した被曝線量)及び臓器線量(人体組織による遮蔽も考慮した被曝線量)を計算することができる。
DS86は,T65Dと比べ,長崎においては,ガンマ線カーマ(カーマは,組織の単位質量当たりに放出された,身体による吸収を受けないエネルギー量をいい,被爆者の皮膚線量に相当する。)はT65Dよりも幾分小さくなっているが,誤差の範囲内とされ,中性子カーマはT65Dの約1/2~1/3であり,広島においては,ガンマ線カーマはT65Dの2~3.5倍に増大し,中性子カーマはT65Dの約1/10と大幅に減少している。
イ 原爆の出力の推定
広島及び長崎に投下された原爆の出力については,投下時のデータの大部分が失われたために,直接の測定値からの値は得られていない。
そこで,長崎原爆については,同型の原爆を用いた実験結果等により,推奨値が21kt±2ktとされた(爆発高度は503m±10m)。
広島原爆については,同型の爆弾が他に存在しないことから,出力の理論的計算と組み合わせて出力決定のための絶対評価法(① 圧力上昇時間の測定,② 爆風波被害の観察,③ 檜の炭化,④ 中性子測定,⑤ ガンマ線の測定)及び相対評価法(長崎市との爆風効果の比較及び熱効果の比較)並びに理論的計算の重み付き平均の方法によりその出力を推定し,推奨値を15kt±3ktとされた(爆発高度は580m±15m)。
そして,計算においては,広島原爆につき出力15kt,爆発高度580mが,長崎原爆につき出力21kt,爆発高度503mが採用された。
ウ ソースタームの計算と検証
ソースターム(爆弾から放出される粒子や量子の個数及びそのエネルギーや方向の分布。漏洩スペクトル)は,発生する核分裂の数と爆弾中の物質の性質と位置により決まる。ソースタームは,核分裂で放出された放射線とその二次放射線が爆弾の外殻材料を通過し爆弾の周りの大気を透過することを考慮したコンピュータプログラムにより算出された。計算にはモンテカルロ法というシミュレーション計算方法を中性子線とガンマ線の輸送計算に応用したMCNPコードを主体とした計算が行われた。ソースタームは爆発する爆弾の表面におけるスペクトルであり,爆弾の材料が核分裂を引き起こしている間に放出されたすべての放射線を含むものである。
ソースタームの算出については,広島原爆がいわゆるガンタイプで弾頭は厚い鋼鉄でできているのに対し,長崎原爆はいわゆるインプロージョン型の爆弾で薄い鋼板でできていること(そのため,放出された中性子のスペクトルは広島の場合の方が軟らかくなる。)等が考慮された。その結果,出力kt当たりの放出数は,ガンマ線は長崎原爆の方が多く,中性子は広島原爆と長崎原爆とで大きな差はないとされた。また,計算の検証は広島型原爆のレプリカを用いて組み立てた臨界実験装置(ただし,砲身を短くし,核分裂物質を少なくしたもの。低出力原子炉)を用いた実験と比較して行われた。弾頭方向を除いた他の方向での計算値との一致は良好であった。
エ 放射線の空中輸送の計算
初期放射線のうち,即発中性子,即発ガンマ線及び空気捕獲ガンマ線の空中輸送については,二次元コンピュータコードやモンテカルロコードを用いて大規模な計算がされ(これらの即発放射線は爆風より先に通過するから,その輸送については大気は爆風によってかく乱されていないとして計算された。),これら計算結果は,実験データとの比較あるいは異なったコード計算を用いた結果と比較することにより検証された。すなわち,広島及び長崎における即発中性子とガンマ線フルエンスは,ORNLで二次元離散的座標コードDOT-4により計算され,モンテカルロ計算により広範囲に点検された。陸上大気の形状は円筒形で示され,その下部は大地より成り,その上部は空気より成り,線源は円筒の軸上の空中に位置する。空気は,最大地上距離2812.5mまで伸びる6つの半径方向区分と最大高度1500mまでの空気密度の減少を伴う7つの軸方向区分に分けられた。最大高度は爆発高度より十分上に置かれて,爆発した上の空気から地上に向けて散乱してきた放射線も考慮に入れるようにした。2つの都市の7つの軸方向区分の各々での空気の密度と組成はその分布状態の表から取った。
なお,遅発中性子の寄与も別に計算されたが,その寄与は小さいものとされた。
オ ガンマ線の熱ルミネセンス測定値との比較
ガンマ線の熱ルミネセンス測定については,原爆投下から約40年を経過して,被爆したままの状態で火災にも遭っていない煉瓦やタイルなどの試料を収集することは困難であったが,爆心地から1.5km近辺でいくつかの試料が収集でき,特に,広島大学理学部校舎,長崎市家野町民家の塀から被爆時の状態を保持している大量の試料が採集でき,これら試料を熱ルミネセンス法により測定した。そして,測定した熱ルミネセンス量をガンマ線量に換算し,試料を収集した建物の建築年月日の1年前を製造年月日として,バックグラウンドを評価した。その結果,広島においては1000m以上の地点で測定値はDS86による計算値よりも大きく,近い地点は逆に小さくなっており,長崎においてこの関係は逆であるとされた。
カ 中性子線の測定値との比較
中性子の測定は,リン32,コバルト60,ユウロピウム152の中性子核反応による誘導放射能の測定が広島と長崎の試料について行われ,米国においても原爆や裸の原子炉を用いた実験が行われ,これらの測定結果が主として中性子に関する計算モデルや断面積等のパラメータの検証に用いられた。
高エネルギー中性子フルエンスについては,原爆投下直後の調査で広島において採取された絶縁ガラス中の硫黄に含まれるリン32の測定結果がほとんど唯一のデータであるとして,再吟味され,広島原爆の出力を15ktとした場合,計算値と測定値の一致は近い地上距離においてはかなりよいが,400m以遠では測定値の誤差が大きくなるため結論を下すことはできないとされた。
低エネルギー中性子フルエンスについては,コンクリート建物の鉄筋その他の鉄材中に不純物として含まれるコバルトの放射化生成物であるコバルト60を分析し,実験的に求めた換算係数を用いて組織カーマを計算したが,このカーマ値は換算係数の決定に用いた中性子源が適切でなかったためおそらく正しくなく,むしろ,コバルトの放射化量を計算によって求めて比較する方が直接的である。計算の結果は,近距離では測定値より大きく,遠距離になるに従って測定値を下回り,1180m地点では1/4になるという系統的な食い違いを見いだした。この不一致を解決するため,コンクリート中のホウ素や水分含有量の効果,爆風が中性子減衰に与える効果,地面の元素組成特に水分の効果などを調べたが,いずれも結果を大して変えるものではなく,また,遅発中性子を考慮した計算を行っていたが,これも上記の食い違いを説明するに至らなかった。この測定値は,反復分析結果の再現性も良好であり,コバルト60に関する他のデータと比べて信頼性が高いと考えられ,1180m地点における4倍の違いは解決せず,この問題は未解決のまま残されており,熱中性子の問題は完全に解決したとはいえないとされた。
キ 残留放射能の放射線量の測定
残留放射能の放射線量については,1つは,地上に落下した核分裂生成物いわゆる放射性降下物(フォールアウト)からの放射があり,もう1つは,爆心地付近の土壌,建造物等が中性子の照射を受けてできる誘導放射能によるものがあるとされた。
放射性降下物による影響があった地域としては,長崎では爆心地の東方約3kmの西山地区,広島では西方約3kmの己斐,高須地区の限定された地域が該当するとされ,両地区においては,原爆投下後数週間から数か月の期間にわたってそれぞれ数回の線量率の測定が行われており,それらの値から爆発1時間後の線量率を計算し,任意の時間における線量を求める方法により,爆発1時間後から無限時間まで,地上1mの位置でのガンマ線の積算線量を計算した。その結果は,長崎の西山地区の最も汚染の著しい数ヘクタールの地域で12~24rad,広島の己斐,高須地区では0.6~2radと推定された(ただし,この計算は,天候等の影響が無視されているので,その誤差はかなり大きいとされた。)。そして,西山地区の住民(約600人)の原爆直後の行動の実態調査結果を基にして,汚染区域に居続けた人の最大照射線量は上記積算線量の約2/3と推定されるとされた。また,西山地区の住民のホールボディカウンターによるセシウム137の体内量実測値から,1945~1985年の40年間のセシウム137による被曝線量は男性で10mrem(ミリレム),女性で8mremと推定された。
誘導放射能による線量評価については,広島,長崎の爆心地付近において,原爆投下後数週間から数か月の期間に,誘導放射能による地上でのガンマ線の線量率の測定がそれぞれ数回行われており,また,中性子フルエンスと土壌分析結果から重要核種の誘導放射能による照射線量を計算することもできるとして,爆発直後から無限時間までの爆心地での地上1mの積算線量は,広島で80レントゲン(50rad),長崎では30~40レントゲン(18~24rad)と推定された。地上での線量率は時間とともに急激に減少し,累積的被曝は1日後にはその約1/3,1週間後にはわずか数%であっただろうとされ,また,爆心地から離れても急速に減少し,広島では爆心地から175m,長崎では350m離れると半減しているとされた。そして,早期入市者の被曝線量は,その人の爆心地付近の行動の状況を正確に把握しなければ評価することができないとされた。
以上のとおり,放射性降下物による人体組織の無限時間までの積算線量は,最大で広島で0.6~2rad,長崎で12~24radとなり,誘導放射能によるものは,最大で広島で約50rad,長崎で18~24radとなるものとされた。
ク 家屋及び地形による遮蔽効果の計算
家屋及び地形による遮蔽については,日本家屋の典型的な6種の家屋の集団と長屋の集団の2種類のモデルを作り(その際,日本家屋の構造,材料や厚さなどに関して最良の情報を用いる。),6家屋集団の屋内の21か所と長屋集団の屋内の40か所の点を選び,爆心地に対する16方向について合計976種類の遮蔽状態を考え,4つのパラメータ(階層数の3つの値,直線透過距離の5個の値,前方遮蔽物の有無と爆心方向にある遮蔽されていない窓からの距離等の5つの組み合わせ)により75種類(実際に被爆者がいるのは57種類)の遮蔽状態に分類し,上記976種類の各個所に対し,家屋遮蔽の計算をするためにモンテカルロ法による4万個の粒子追跡計算を行うなどした。そして,日本家屋内で被爆した場合,その位置でのエネルギーと角度別フルエンスが上記手法により計算されるとともに,その時点でカーマ(遮蔽カーマ)が計算されるとされ,中性子スペクトルは距離により変化するので,ガンマ線の透過率も距離の関数となり,ガンマ線の透過率は,1500mの地点で,即発ガンマ線に対して0.53,遅発ガンマ線に対して0.46となるものとされた。
ケ 臓器線量の計算
臓器線量の計算については,1945年当時の典型的日本人のファントム(模型)として,新生児から3歳までの乳幼児の被爆者に対して9.7kgファントム,3~12歳の小児に対して19.8kgファントム,12歳以上については55kgファントムの3種類を用い,また,被爆時の姿勢によって臓器の位置や身体の遮蔽などが異なることを考慮して,日本式正座位のファントムを開発し,直立,座位,臥位の各体位別に,15の臓器を対象として,ファントムに入射して臓器に達するまでの放射線の輸送に関する連結計算を行った。臓器線量評価システムをファントムに適用したところ,ガンマ線の等方入射では実験と非常によく一致し,中性子とガンマ線の混合場の被曝では中性子の測定値は入射ガンマ線に対する透過率と同様によい一致を示しているが,人体中での中性子の相互作用によって生ずるガンマ線については計算値より実測値の方が大きいことを示している。
コ まとめ
DS86は,以上のような原爆の出力,ソースターム,最新の計算方法による空気中カーマ,遮蔽カーマ及び臓器カーマの計算を統合し,被爆者の遮蔽データを入力して臓器の吸収線量など各種の線量(カーマ)を計算するコンピュータシステムであり,特定の被爆者の入力データに基づき,超大型コンピュータにより行われた膨大な計算の結果得られた,① 自由空間データベース,② 家屋遮蔽データベース,③ 臓器遮蔽データベースを組み合わせて,所要の線量を出力として取り出すことができるようになっている。すなわち,被爆者の位置及び爆心地からの距離を入力して,被爆者の位置における自由空間の放射線場が得られ,次に,被爆時の遮蔽状況に応じて,9パラメータ(日本家屋内での被爆の場合)又はグローブ・データ(家屋や地形により遮蔽された屋外での被爆の場合)の入力により遮蔽フルエンスを出力することができ,また,年齢,性,体位の入力により特定臓器の吸収線量等所要の情報を出力することができるようになっている。
DS86により算定される推定線量に対する不確実性(誤差)の推定は,予備的な値としては空気中カーマに対して広島で16%,長崎で13%となり,臓器カーマに対しては25~35%となっている。
(3) DS02の概要
証拠(乙A46,75,76)によれば,DS02の概要は,以下のとおりであると認められる。
ア システムの概要
DS02の計算システムとしての構造は基本的にはDS86と同じであるが,DS02においては,計算システムを構成する4つの計算プロセス,すなわち,ソースタームの計算,大気・地上系での長距離輸送計算,地上構造物での遮蔽計算,人体の自己遮蔽と組織線量計算のうち,ソースタームの計算及び大気・地上系での長距離輸送計算が全面的に入れ替えられ,地上構造物での遮蔽計算において広島の比治山,長崎の金比羅山などによる地形の影響がモデル化され,長崎の工場や広島の学校校舎といった建物モデルが追加された。なお,臓器線量計算については,DS86最終報告書が作成された後に女性と幼児の臓器線量に変更が加えられたが(改定DS86),改定DS86の数値と比較してDS02における臓器透過係数にはそれほど変化はない(なお,吸収線量を決定する物質中のエネルギー放出<カーマ>と単位体積の物質を通過する放射線<フルエンス>とを関連付ける,フルエンス―カーマ換算係数<カーマ係数>についての評価が新たに行われ,軟組織の新しいカーマ係数が提示されたが,軟組織のカーマ係数の新旧の差は,原爆被爆者の線量測定において重要である光子と中性子のエネルギーでは小さい。)。
このようにして検討された結果,DS02においては,DS86からの大きな変更として,広島原爆の総放出線量計算値に対する総放出線量測定値の比がもっともよく一致する出力及び高度として出力が15ktから16ktに,爆発高度が580mから600mに修正されたが,空気中線量全般に関して大幅な変更はなく(ガンマ線量については,爆心地付近ではDS02線量とDS86線量はあまり変わらないが,遠くなるに従ってDS02線量が次第にDS86線量よりも高くなり,約10%以内で横ばいとなる。中性子線に関しては,爆心地付近ではDS02線量がDS86線量よりも低いが,500m付近で逆転して1000m付近でDS02線量がDS86線量より10%程度高くなり,再びその比率が小さくなっていき,2000m近くで同じ程度になり,それ以遠ではDS02線量がDS86線量よりも低くなっていく。),日本,アメリカ,ドイツによるガンマ線(熱ルミネセンス)及び中性子(放射化による残留放射能)に関する測定値は,爆心地から少なくとも1.2kmの地点まではDS02の計算値と全般的に極めてよく一致し,爆心地から1.2~1.5km以遠の中性子の測定値と計算値の相違については,線量の絶対値が小さくバックグラウンドとの区別が困難なことなど測定値の誤差によるものと判断された。
イ 原爆の出力と爆発高度の推定
原爆の出力と爆発高度について,広島,長崎における熱中性子と速中性子の中性子放射化測定値及びガンマ線の熱ルミネセンス量測定値と計算値とを系統的に評価することにより,長崎原爆については,推定出力21kt±2kt,爆発高度503m±10mが推奨され,DS86における爆発パラメータが確証され,また,広島原爆については,少し変更されて推定出力16kt±4kt,爆発高度600m±20mが推奨された。なお,広島原爆の出力の推定に当たっては,DS86における絶対法及び相対法が再び使用された。そして,計算においては,長崎原爆についてはDS86と同じであったが,広島原爆については出力16kt,爆発高度600mが採用された。そして,広島原爆について新しく設定された条件において,すべての中性子放射化測定値及びガンマ線熱ルミネセンス測定値と全体的に最もよく一致することが分かった。
ウ ソースタームの評価
ソースタームについて,コンピュータの能力の向上により,DS86よりも高度な幾何学的分析が行われ,より広範なデータが組込まれた上で広島原爆と長崎原爆の爆発過程を模擬したモンテカルロ計算が行われ,中性子とガンマ線の放出スペクトルが再計算されたが,その結果は,全体的にみて,重複部分についてはDS86の計算とよく一致している上,精度が高まり幾何学的側面が改善されたとされる。
エ 初期放射線の空中輸送の計算
ソースタームから地表へ到達する放射線の計算(離散座標計算)は,2次元輸送計算コードDORTを用いて行われた。離散座標計算での大気―地面系モデルでは,広島及び長崎の大気―地面系環境を円柱状R-Z座標でモデル化し,Z軸は,地下0.5mから地上2000mまで広がる110のメッシュ区分とし,この幾何学形状の半径は130のメッシュ区分で3000mまでとし,R軸の左側境界は,反射境界条件で扱い,上側,下側及び右側(円柱状表面)の境界は真空として扱い,大気は,7つの高さに分け,それぞれの空気密度は高度に応じて変化させ,地面は,50cmの厚さの層にモデル化し,20メッシュに区分した。中性子及びガンマ線の輸送計算用断面積は,199個の中性子エネルギー群及び42個のガンマ線エネルギー群から構成され,DS86における中性子46個及びガンマ線22個のエネルギー群構造と比較して大幅に増加した。
遅発放射線は,火球中の核分裂生成物から放出される中性子及びガンマ線であり,直線距離1500mまででは両市におけるガンマ線量の1/2以上に寄与する。遅発中性子の寄与は,広島においてはすべての距離において線量と熱中性子放射化で10%未満,速中性子放射化で5%未満である。長崎においては,遅発中性子の寄与が大きく,直線距離約700mにおいて熱中性子放射化に対する寄与は最大となり(約60%),爆心地で中性子線量の寄与が最大となる(約40%)。遅発中性子の寄与は距離に応じて急激に減少し,2500mにおいては,中性子線量あるいは熱中性子放射化への寄与は5%未満となる。長崎の速中性子放射化に対する遅発中性子の寄与はすべての距離において10%未満である。遅発放射線計算においては,即発放射線輸送計算で使用したものと同じ空気成分,密度及び地上成分,密度を使用し,DORTコードを用いて計算を実施した。広島の遅発中性子線量については,爆発高度及び出力の変更に伴い,距離に応じて1~8%補正した。広島の合計中性子線量における遅発中性子の寄与は約5%であるから,この補正の影響は非常に小さい。
DS02においてはDS86に比して爆弾位置から中間の空気を透過し地面に入射したり反射したり吸収されたりする中性子及びガンマ線の挙動を記述するために用いられる放射線輸送コード及び核データが改善され,また,演算能力の増大により爆弾線源スペクトルをより正確に記述し,より高い中性子・光子エネルギーまで拡大することができるようになるなどし,輸送計算において一貫した正確なデータの記述が保証されるようになった。反応計算値と測定値の一致度は高く,管理された条件下での測定と計算との一致度が10~20%であれば一般的にみて容認することができるレベルであり,また,広島と長崎の測定値と計算値に同様の一致度がみられることは注目すべきことであるとされる。
オ ガンマ線の熱ルミネセンス法による測定値と計算値との比較
測定値と計算値の全体的な一致度はDS86と同様DS02についても引き続き良好である。広島においては,全体的な一致度はDS86よりもDS02の方が若干高く,爆心地付近における一致度はDS02が優れており,中ないし遠距離における一致度もDS86よりもDS02の方が優れているが,遠距離では測定値が計算値よりも高いことを示唆する若干の例があり,この点については,バックグラウンドに関連した問題を慎重に考慮することにより検討すべきである。長崎においては,爆心地から約800m以内では測定値が計算値より幾分低く,この傾向はDS86よりもDS02で若干強いが,全体的によく一致しており,低い測定値はほとんどそのすべてが透過係数について十分な情報のない古い測定値である。
なお,測定されたセラミック試料の大部分については焼成から測定まで数十年以上が経過していた。様々な測定者は,自然バックグラウンド・ベータ線,地球ガンマ線及び宇宙線から試料が受けた合計蓄積線量を約10~40cGyの範囲と推定した。この線量は試料周辺の環境の状況及び試料自体の特徴によって当該範囲内で大きく変動するかもしれない。新しい,より遠距離の測定値が,古い,より近距離の測定値よりも全体として低いバックグラウンド値を示すかもしれないことが示唆されている。この傾向は,遠距離における計算値と測定値との比較において考慮されるべきであり,これについてはさらなる調査により有益な情報が得られる可能性がある。広島市及び長崎市の爆心地から約1.5km以遠の地上距離における原爆ガンマ線量はバックグラウンドとほぼ同じであり,測定正味線量は推定バックグラウンド線量の誤差に大きく影響されるから,上記の遠距離においては現行の熱ルミネセンス測定値で原爆ガンマ線量を正確に決定することは不可能であるとされている。
カ 熱中性子の測定値と計算値との比較
(ア) コバルト60の測定値と計算値
広島においては,1つの例外を除いて,地上距離約1300m以内のコバルト60測定値とDS02に基づく計算値とは全体的によく一致した。広島の地上距離1300m以遠では,実測値が計算値を上回る傾向があるが,試料の線量カウントと検出器のバックグラウンド線量とを区別する際に問題があるようである(なお,小村教授らによる広島原爆の1400~1500m付近のコバルト60の測定結果は,DS86及びDS02の計算値を数倍ないし数十倍上回っているが,この測定結果はサンプル量が小さく検出限界におけるものであるから,検討対象として的確であるとは認められない。原審証人小佐古敏荘)。
長崎においては,コバルト60測定値は,DS02に基づく計算値とおおむね一致したが,近距離においてさえも大きな差異を示している。いくつかの初期の実験において長崎型原爆が使用され,これらの実験のいくつかで得られた中性子放射化測定値がDS02で用いられたのと同じ計算方法で調べられた。長崎におけるコバルト60測定値とDS02に基づく中性子計算との間で認められた差異と比較して,これらの核実験での中性子放射化の計算値と測定値の間の差異は小さかった。しかし,長崎におけるコバルト60測定値を含めたすべての中性子放射化測定値及びすべての熱ルミネセンス測定値はDS02に基づく計算値と系統的に比較され,解析の結果,長崎原爆について以前使用された503mと21ktに非常に近い爆発高度及び出力を用いると全体的に最も良好な結果が得られた。
(イ) ユウロピウム152の測定値と計算値
DS86最終報告書以降に広島,長崎においてユウロピウム152データが精力的に収集された。低レベルガンマ線計測のためにユウロピウムの純度を向上させるための化学処理の改善が行われている。
そして,広島においては,広島大学大学院工学研究科教授(以下「静間教授」という。)らにより,爆央から1500m以内で採取された70個の試料から測定値が得られた。その測定値は,爆心から800m以内においては,DS86による計算値より低く,DS02による計算値とはよく一致しており,800m以遠においては,計算値より測定値がやや高い傾向にはあるが,誤差の範囲では一致しているといえる。なお,静間教授らの測定では,地上距離1050m(爆央からの距離1200m)でほとんど検出限界となっているから,約1000m以遠のデータを系統的ずれの議論に用いるのは困難であることを意味している。
長崎のデータについては,中西孝らの1020~1060mにおける屋根瓦についての6データの結果は,幾分ばらついているが,DS86中性子に基づく計算とほぼ合っている。静間教授らのデータは,爆央距離1000m以遠では計算よりやや高いが,800mまでは計算とよく一致しており,中西孝の屋根瓦の2データと矛盾はしない。
また,広島試料中のユウロピウム152について,16個の花崗岩試料を用いて,化学的濃縮を行い,金沢大学の尾小屋地下測定室に設置した2台の大型ゲルマニウム検出器で超低バックグラウンド測定が行われた。有意な結果が得られた最小計数は爆心地から1424m地点で採取した試料であった。広島の花崗岩試料のユウロピウム152の測定値はDS02による計算値とよく一致し,ユウロピウム152の測定値と計算値の不一致が解決された。
(ウ) 塩素36の測定値と計算値
a 広島及び長崎の様々な距離で採取された花崗岩及びコンクリート試料中の塩素36について,米・独・日において,加速器質量分析法(AMS)による相互比較測定が実施された。
(a) アメリカにおける測定
アメリカでの測定では,花崗岩及びコンクリート試料(コンクリート表面を除く)中の塩素36の測定値は,爆心地付近からバックグラウンドと鑑別不可能になる1200m弱までDS02と一致した。
広島の1400m以遠の塩素36について以前示唆された高い測定値/計算値比は,表面セメント(深部のコンクリートよりも高いバックグラウンドを示す)が使用されたことに由来するものであり,原爆中性子線により生成されたものではないことが明らかになった。
(b) ドイツにおける測定
ドイツでは,広島で原爆中性子に被曝した花崗岩試料及び被曝していない対照花崗岩試料における塩素36/塩素比が算出された。遠距離花崗岩試料については,宇宙線並びにウラニウム及びトリウムの崩壊により試料内に生成された塩素36も計算された。その結果,実験の誤差の範囲内において,花崗岩試料中の塩素36の自然濃度を考慮すれば,地上距離800m以遠における測定に基づく塩素36/塩素比とDS02計算に基づく同比に顕著な不一致は認められなかった。近距離においては,塩素36から得られた実験に基づくフルエンスはDS02計算値に基づくものよりも低い。
(c) 日本における測定
日本では,筑波大学で測定が行われ,提供された相互比較用花崗岩試料の塩36/塩素比を求めた。地上距離で1100m辺りまではDS02計算とよい一致がみられ,DS02の有効性が確かめられた。提供された非被曝花崗岩(バックグラウンド測定用)の塩素36/塩素比の測定値は平均で1.92×10-13となった。地上距離1163mの試料(No.9興禅寺)が2.50×10-13であることから,1100m以遠の試料の塩素36の測定は困難である。
b 鉱物試料における自然塩素36の生成
広島原爆から放出された中性子により誘発されたシグナルに対する鉱物試料中の自然塩素36生成の寄与を算定するための方法が開発された。計算に使用されたパラメータは,分析された各試料についての局所浸食率,岩石圏中の深度及び元素組成である。位置が判明している採掘場から採掘された花崗岩試料について,計算値はAMSによる測定に基づく塩素36値と誤差の範囲内で一致することが分かった。計算値と測定値のいずれも,鉱物試料についての代表的な塩素36/塩素比が約10-3であることを示唆している。
広島原爆に由来する中性子に被曝した鉱物試料については,地上距離約1200mでの塩素36/塩素比が約10-3であると考えられる。したがって,広島の1000m以遠で爆弾中性子に被曝した鉱物試料の塩素36バックグラウンドレベルを決定するためには試料中の塩素36生成についての計算が不可欠である。
c ユウロピウム152と塩素36の放射化の相互比較
新たに近距離からバックグラウンドの遠距離まで被曝資料を準備し,相互比較研究を実施した。1200m以内で被曝した9つの花崗岩サンプルとユウロピウムと塩素の標準液を熱中性子場と熱外中性子場照射したサンプルを使用した。ユウロピウム152のデータは金沢大学の尾小屋で測定して得られ,塩素36のデータはアメリカのリバモアとドイツのミュンヘンで測定し得られた。今回の相互比較の結果ユウロピウム152と塩素36のデータは互いに合っているだけでなくDS02とも一致した。ただし,アメリカで測定された旧県庁と興禅寺のデータは一致がよくない。しかしながら,ユウロピウムのデータは全体として少しだけ(14%)塩素のデータより大きい傾向があった。この理由については将来散乱断面積など各種の要因を検討しチェックする必要がある。
キ 速中性子の測定値と計算値との比較
(ア) 硫黄(リン32)の放射化データの測定値との比較
広島において,電柱の絶縁碍子の接着剤として使われていた硫黄試料中のリン32の測定値について,DS86に基いて再評価が行われた。これにより更新,訂正された硫黄放射化データに基づく爆弾出力計算値は爆弾の理論的出力推定値とかなりよく一致しており,すべての関連する爆弾出力データを慎重に検討した上でDS02で広島原爆の出力として最も確実と考えられた16ktと極めてよく一致していた。
(イ) ニッケル63の測定値(広島)との比較
速中性子は半減期が極めて短く新しいデータの取得ができないため,速中性子の最新の検証データを提供する方法として,銅に中性子が衝突すると銅の中の陽子が突き飛ばされて中性子が入り込み,ニッケルに変化することを利用して,銅試料中のニッケル63を測定し,中性子の線量を計る方法が採られるようになり,その方法として,加速器質量分析(AMS)に基づく方法と低バックグラウンド・シンチレーション計数法が開発された。
広島の異なる距離から採取された銅試料中のニッケル63のAMSを用いた測定(ストローメら)が行われ,爆心地から700m以遠における原爆に起因する速中性子についての最初の信頼できる測定値が得られた。これは,原爆被爆者の位置に最も関係のある距離(900~1500m)において初めて得られた速中性子の測定値であり,1945年に行われたリン32の測定と比較して,速中性子の検出力が著しく向上した。なお,爆心地から約1800mの距離から少なくとも5000mの距離までは,測定値は銅1g当たりのニッケル63原子7万個の値で平坦となり,ほぼ約1800mの距離の測定値がバックグラウンドの大きさと推測されるところ,リン32の測定値がバックグラウンドになるのは約700mである。
このバックグラウンドを差し引いた後のデータを1945年に対して補正すると,広島の銅試料中のニッケル63測定値はDS02に基づく試料別計算値とよく一致する。DS86に基づく計算値との比較でも,日本銀行の場合を除いてよく一致する。
上記バックグラウンドは,銅試料中の宇宙線によるニッケル63の計算値とは一致しないことから,宇宙線誘発の作用だけで説明することは不可能であり,主に試料の化学成分,試料ホルダー及びAMS装置などに起因する可能性があるが,これについては更に検討すべきである。
また,液体シンチレーション法により得られた結果AMSを用いた測定結果とはよく一致した。
ク DS86における空気中カーマ線量との比較
DS02においても,空気中カーマ(中性子線及びガンマ線の空気中カーマを合計した線量)は,地形,構造物又は身体による遮蔽を受けていない地上1mの地点における線量として計算されたが,広島,長崎ともDS86の計算値より高かった。広島では,爆心地から2500mの範囲内では,その差は5%に満たず,1000~2500mの範囲に限ると7%高く,長崎では,爆心地から2500mの範囲内で8%,1000~2500mでは9%高かった。しかし,その差はいずれも10%未満であり,有意な差はない。もっとも,線量の中性子線とガンマ線の成分において重要な変化がある。距離別の総線量値及び両者の比率(DS02/DS86)は下表のとおりである(乙A46・下巻95・98頁)。
file_9.jpg£080 1910 oso 6990 1990 e190 S140 vez0 Lezo gps rst] 9686 ozot'ste| 6t86 i 092 ote] 0026 Tet osrs-sce| 1206 ‘OL ott oot 006 008 oo 009 Tesad[tosdpsssd}ossapcosapussap™ zosaq, mw = |eosa| © Pr]ケ 測定値と計算値の比較のまとめ
爆心地から地上距離が2500mに至るまでのDS02自由場フルエンス計算値は,ガンマ線,熱中性子及び速中性子の放射化の測定値によって,測定値と透過係数の誤差の限度内で確証されている。測定値/計算値の比は,最善の測定値でさえもかなり変動する。各同位元素に関する重み付け測定値/計算値の比は,広島においては非常によく一致しており,長崎においては報告されている計算の誤差の範囲内である。同位元素の平均値は広島では1であり,長崎ではほぼ1である。広島の被爆者に対してDS02によって割り当てられている誤差を減ずるために広島の測定値の一致を使用することが可能であるかもしれない。長崎でそれをすることはできないであろう。
広島の爆発高度を580mから600mに上げたために,DS86と比較したDS02の改善点は爆心地近くにおいて特に顕著である。さらに,ユウロピウムと塩素の測定値を相互比較したことにより,DS02による遠距離の熱中性子放射化の計算を確証することができる。新たに得られた銅の放射化測定値は,主要な爆弾パラメータと広島原爆の傾きの影響を受けやすい指標として硫黄のデータの信頼性を確証した。
長崎では,中性子に関するよい測定値が不足しているため,長崎市の中性子フルエンスを直接的に確証することに限界がある。限られた数の塩素測定値が中性子フルエンスを最も直接的に裏付けている。長崎に速中性子放射化の測定値がないということは,原爆実験場で起爆された同種の爆弾から得られた測定値に頼って確証を行うことを意味している。
両市においてガンマ線熱ルミネセンス測定値が被爆者距離における線量を誤差の範囲内で確証している。長崎では,爆心地近くにおいて少しではあるが計算の過大推定と測定の過少推定があるようであり,これはこのように極めて高い線量と温度における熱ルミネセンスの測定値又は火球内の破片核分裂ソースの流体力学的上昇のどちらかに問題があることを示唆している。しかし,対象距離範囲においてはよい一致がみられているので,これらの問題は重要ではない。
自由場放射線フルエンスから計算されている被爆者線量は,試料内の放射化の測定値と計算値の間におおむねよい一致がみられることから信頼することができる。被爆者の遮蔽線量及び臓器線量の計算方法は,遮蔽試料放射化の計算と同じ方法である。それゆえに,爆弾のパラメータとアウトプット,放射線輸送及び被爆者の遮蔽線量推定の方法は,検証され,適切であることが示されている。
5 放射線起因性判断基準としての原因確率の算定
審査の方針において,放射線起因性の判断が原因確率及びしきい値を目安としてなされていること,この原因確率が児玉報告書を基として作成されていることは先に判示したとおりである。以下,児玉報告書の成り立ちとその根拠について検討する。
なお,原因確率とは,個人に発生したがんについて,着目している個々の要因がその個人のがんの発生としてどの程度関係しているかについての寄与率を表すものであり,審査の方針において用いられている原因確率とは,放射線被曝をした既往のある人に発生したがんについて放射線が原因としてどの程度関連しているかを定量的に表したものであるとされ,ある年齢で発生したがんが放射線に起因すると推定される確率(原因確率)は,放射線被曝に起因したと推定されるがんの当該年齢時における発生又は死亡率を,当該発生又は死亡率に放射線被曝がない場合のがんの当該年齢時における発生又は死亡率を加えたもので除して得た数値とされている。また,審査の方針においては,原因確率を求める際の放射線に起因するリスクは遮蔽カーマを用いて評価されている値が使用されている(乙A15)。
(1) 児玉報告書の概要(乙A2)
ア 研究目的
本研究は,寿命調査対象者における利用可能な最新のがん死亡及びがん発生のデータを基に,がんによる死亡及び発生における原爆放射線被曝の寄与リスクを主要部位について性及び被爆時年齢別に算出することを目的とし,さらに現在までに論文発表されていてそのデータが使用可能な資料から,がん以外の疾患による死亡や有病についての寄与リスクも検討した。
イ 研究方法
(ア) リスク評価の指標
放射線の人体への健康影響に関するリスク評価の指標として,① 相対リスク(非曝露群に対する曝露群の疾患発生あるいは死亡の比を示すもの),② 絶対リスク(曝露群と非曝露群における疾患発生あるいは死亡の差を示すもの),③ 寄与リスク(曝露者中におけるその曝露に起因する疾病などの帰結の割合を示すもの。例えば,曝露群におけるがん死亡者<罹患者>のうち原爆放射線が原因と考えられるがん死亡者<罹患者>の割合を示す。)の3種類の評価指標があるが,寄与リスクは,絶対リスクの相対的大きさで表され,大きさが0~100%に数値化されるものであり,種々の疾患に対する放射線リスクの評価が同じ枠内の数値として統一的に考えられることから,放射線が占める割合としてのリスク評価の指標としては,寄与リスクが最適と考えられる(なお,寄与リスクの値は,過剰相対リスクを過剰相対リスクに1を加えたもので除して算定される。)。
(イ) 寄与リスクを求めた疾患
寄与リスクの算出の対象となった疾患は,寿命調査及び成人健康調査で放射線被曝と疾病の死亡・発生率(有病率)についての関係が既に論文発表されている疾患について求めた。
固形がんについては,寄与リスクを求めるに当たって,次の3群に分けた。
① 部位別に寄与リスクを求めたがん(寿命調査集団を使った過去の死亡率・発生率の報告で放射線との有意な関係が一貫して認められ,かつ,部位別に寄与リスクを求めても比較的信頼性に足りると考えられる部位のがん~胃がん,大腸がん,肺がん,女性乳がん,甲状腺がん)及び白血病
② 原爆放射線に起因性があると思われるが,個別に寄与リスクを求めると信頼区間が大きくなると考えられるがん(肝臓がん,皮膚がん<悪性黒色腫を除く>,卵巣がん,尿路系<膀胱を含む>がん,食道がん)
③ 現在までの報告では,部位別に過剰相対リスクを求めると統計的には有意ではないが,原爆放射線被曝との関連が否定できないもの(①②以外のがんすべて)
寄与リスクを求めなかった疾患は,骨髄異形成症候群(最近,被曝との関連が学会で発表されているが,まだ論文発表されていない。),放射線白内障(しきい値が求められている。),甲状腺機能低下症(論文発表されているデータから寄与リスクを算出することができない。),過去に論文発表がない疾患(造血機能障害など)である。
なお,放射線白内障における安全領域のしきい値は,眼の臓器線量で1.75Sv(95%信頼区間1.31~2.21Sv)である。
(ウ) 寄与リスクを求めた基となった資料
a 白血病,固形がん
白血病,胃がん,大腸がん及び肺がんについては,放影研が公開している死亡率調査(1950~1990年),甲状腺がんと乳がんは,発生率調査(1958~1987年,臓器線量からカーマ線量に変換)のデータを使用した。
b がん以外の疾患
副甲状腺機能亢進症は,有病率調査結果から寄与リスクを推定し,線量は論文で使われている甲状腺線量で求めた。
肝硬変については,がん以外の疾患の死亡率調査から算出し,線量は論文で使われている結腸線量を使った。
子宮筋腫は成人健康調査集団を対象にした発生率調査から求めた。
(エ) 寄与リスクを求める際の被爆時年齢及び被曝からの経過年数
白血病及び固形がんの放射線に対する過剰死亡及び過剰発生は,性,被爆時年齢,被曝後の経過年数の影響を受ける。特に白血病については,被曝後10年をピークにして,その後被曝後年数の経過とともに急激に過剰相対リスクは低下しており,1981年から1990年のデータに基づき算出した。固形がんについては,寄与リスクは観察期間の平均を使用した。性差,被爆時年齢による過剰相対リスクに有意差があるがんについては,性別,被爆時年齢別に寄与リスクを求めた。
ウ 研究結果
(ア) 白血病,胃がん,大腸がんの死亡,甲状腺がんの発生
性別,被爆時年齢,線量別の寄与リスクを求め,表(審査の方針の別表1~4の各1・2と同内容の表)に示す。
(イ) 女性乳がん
被爆時年齢,線量別の寄与リスクを求め,表(審査の方針の別表5と同内容の表)に示す。
(ウ) 肺がんの死亡
被爆時年齢の影響を受けなかったので,性別,被曝線量別の寄与リスクを表(審査の方針の別表6の1・2と同内容の表)に示す。
(エ) 肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く),卵巣がん,尿路系(膀胱を含む)がん,食道がん
この5疾患をまとめて計算した寄与リスクを表(審査の方針の別表7の1・2と同内容の表)に示す。
(オ) 副甲状腺機能亢進症の有病率調査
被曝の影響に性差は認められなかったので,被爆時年齢と甲状腺臓器線量別に求めた寄与リスクを表(審査の方針の別表8と同内容の表)に示す。
(カ) 肝硬変による死亡
被曝の影響に性差,被爆時年齢による差は認められなかったので,被曝線量と寄与リスクの関係を表(本判決別表11)に示す(ただし,審査の方針にはこれに対応する肝硬変に係る表は存しない。)。
(キ) 子宮筋腫の有病率
放射線の影響に被爆時年齢による差は認められなかったので,被曝線量と寄与リスクの関係を表(本判決別表12)に示す(ただし,審査の方針にはこれに対応する子宮筋腫に係る表は存しない。)。
(2) 放影研の疫学調査の概要
以上のとおり,児玉報告書は,放影研の疫学調査の寿命調査集団を対象にして行われた既存の発表論文(寿命調査第12報第1部及びがん発生率調査第2部)を基に寄与リスクの推定を行ったものであるところ,証拠(甲A19,112の5,123の1・2,乙A3~7,12,25~27,30~33,94)によれば,放影研の疫学調査の概要について,以下のとおり認められる。
ア 放影研の沿革
米国は,広島・長崎の被爆者を長期間追跡調査することの重要性にかんがみ,1947年,米国原子力委員会の資金によって原爆傷害調査委員会(ABCC)を設立した。その運営は米国が当たってきたが,日本政府も協力し,1948年には厚生省(当時)国立予防衛生研究所(予研)が参加して,共同して大規模な被爆者の健康調査に着手した。その後,1955年にフランシス委員会による全面的な再検討が行われ,研究計画が大幅に見直されて今日も続けられている集団調査の基礎を築いた。
放影研は,ABCCの承継組織として,我が国の民法に基づき,我が国の外務,厚生両省(当時)が所管し,また日米両国政府が共同で管理運営する公益法人として1975年4月1日に発足したものであり,日米共同による調査研究を続行する必要性があると考えられ,これを受け,放影研の運営管理は日米の理事によって構成される理事会が行い,調査研究活動は両国の専門評議員で構成される専門評議会の年次勧告を得て進められている(乙A5)。
イ 疫学調査における調査集団
(ア) 概要
ABCCは,1955年11月6日に提出されたフランシス報告書(フランシス委員会の「ABCC研究企画の評価に関する特別委員会の報告書」<甲A19>)を受けて,1950年の国勢調査時に行われた原爆被爆者調査から得られた資料を用いて,固定集団の対象者になり得る人々の包括的な名簿を作成した。この国勢調査により28万4000人の日本人被爆者が確認され,この中の約20万人が1950年当時広島,長崎のいずれかに居住しており,基本群とされた。
1950年代後半以降,ABCC,放影研で実施された被爆者調査(寿命調査,成人健康調査等)は,すべてこの基本群から選ばれた副次集団について行われてきた。
死亡率調査では,厚生省(当時),法務省の公式許可を得て,国内である限りは死亡した地域にかかわりなく死因に関する情報を入手している。
がんの罹患率に関しては,地域の腫瘍・組織登録からの情報(広島,長崎)により調査が行われる。
成人健康調査参加者については,疾患の発生と健康状態に関する追加情報もある(乙A5)。
(イ) 寿命調査集団
a 当初の寿命調査集団
基本群に含まれる被爆者の中で,本籍が広島か長崎にあり,1950年に両市のどちらかに在住し,効果的な追跡調査を可能にするために設けられた基準を満たす人の中から選ばれており,以下の4群から構成されている。
(a) 爆心地から2000m以内で被爆した基本群被爆者全員からなる中心グループ(近距離被爆者)
(b) 爆心地から2000~2500mで被爆した基本群全員
(c) 中心グループと年齢,性が一致するように選ばれた,爆心地から2500~10000mで被爆した人(遠距離被爆者),
(d) 中心グループと年齢,性が一致するように選ばれた,1950年代前半に広島,長崎に在住していたが原爆投下時は市内にいなかった人(原爆投下時市内不在者。原爆投下後60日以内の入市者とそれ以降の入市者も含まれている。)
b その後の変更
当初9万9393人から構成されていた寿命調査集団は,1960年代後半に拡大され,本籍地に関係なく2500m以内で被爆した基本群全員を含めた。
次いで,1980年に更に拡大されて,基本群に含まれる長崎の全被爆者が含められ,1999年12月の「財団法人放射線影響研究所要覧」(乙A5)発行の時点では集団の人数は合計12万0321人となっている。この集団には,爆心地から10000m以内で被爆した9万3741人と原爆投下時市内不在者2万6580人が含まれている。これらの人々のうち8万6632人については被曝線量推定値が得られているが,7109人(このうち95%は2500m以内で被爆している。)については建物や地形による遮蔽計算の複雑さや不十分な遮蔽データのため線量計算はできていない。
現在,寿命調査集団には基本群に入っている2500m以内の被爆者がほぼ全員含まれるが,1950年代後半までに転出した被爆者(1950年国勢調査の回答者の約30%),国勢調査に無回答の被爆者,原爆投下時に両市に駐屯中の日本軍部隊及び外国人は除外されている。以上のことから,爆心地から2500m以内の被爆者の約半数が調査の対象になっていると推測されている(乙A5)。
(ウ) 成人健康調査集団
成人健康調査集団は,2年に1度の健康診断を通じて疾病の発生率と健康上の情報を収集することを目的として設定されたものであり,この成人健康調査によって,人のすべての疾患と生理的疾病を診断し,がんやその他の疾患の発生と被曝線量との関係を研究し,寿命調査集団の死亡率やがんの発生率についての追跡調査では得られない臨床上あるいは疫学上の情報を入手することができる。
1958年の設立当時,成人健康調査集団は当初の寿命調査集団から選ばれた1万9961人から成り,中心グループは,1950年当時生存していた,爆心地から2000m以内で被爆し,急性放射線症状を示した4993人全員から成る。このほかに,都市,年齢,性をこの中心グループと一致させた3つのグループ(いずれも中心グループとほぼ同数),すなわち,① 爆心地から2000m以内で被爆し,急性症状を示さなかった人,② 広島では爆心地から3000~3500m,長崎では3000~4000mの距離で被爆した人,③ 原爆投下時にいずれの都市にもいなかった人,が含まれる。
1977年に,高線量被爆者の減少を懸念して,新たに3つのグループを加え成人健康調査集団を拡大し,① 寿命調査集団のうち,T65Dによる推定放射線量が1Gy以上である2436人の被爆者全員,② これらの人と年齢及び性を一致させた同数の遠距離被爆者,③ 胎内被爆者1021人,を加えた合計2万3418人とした。
成人健康調査集団設定後40年を経た1999年現在5000人以上が生存しており,その70%以上の人々が1999年12月時点でも成人健康調査プログラムに参加している(乙A5)。
ウ 疫学研究の方法
(ア) 疫学研究の手法
a 疫学研究の分類
疫学研究の手法としては,研究者が調査対象者に要因を与えるか与えないかを決定する介入研究と,研究者は調査対象者の要因曝露に関与することができず,要因曝露と結果発生の現象をあるがままに観察する観察研究があり,さらに,この観察研究には,時間の経過を考慮する縦断研究と,これを考慮しない横断研究(断面研究)がある。そして,観察研究中の縦断研究の1つとして,比較する2群の調査集団の設定を曝露の有無で行うコホート研究がある(乙A31)。
b コホート研究
コホート研究は,何らかの共通特性(同じ所在地,同じ職業,同じ学校,同一の曝露要因など)を持った集団を追跡し,その集団からどのような疾病,死亡が起こるかを観察し,要因と疾病との関連を明らかにしようとする研究であって,疾病の要因と考えられている情報に基づいて,調査集団を設定し,その後の疾病や死亡の起こり方が要因の有無やその要因曝露の程度によってどのように異なるかを観察する研究である。
このコホート研究の長所としては,分母集団の死亡率や罹患率が直接測定でき,相対危険も算出することができることや,曝露要因の影響を,単一疾病に対してだけでなく,複数の疾病に対して同時に観察することができることが,短所としては,調査集団設定時に調査された要因のみについてしかその健康影響を測定し得ないことや,他の疫学調査に比べて設定する調査集団を大規模にしなければならず,少なくとも数千人ないし数万人の調査集団を設定し,長期にわたり追跡しなければならないため,調査期間と調査費用が膨大になることがそれぞれ挙げられている(乙A30)。
コホート調査における解析の手法としては,調査集団を外部集団と比較する外部比較法と,調査集団内部で曝露要因の程度によって分けられたグループ内で比較する内部比較法がある。外部比較法は,一般に,比較的情報が入手しやすい全国の暦年別,性,年齢別死亡(罹患)率が用いられる場合が多いが,標準集団として用いた集団が調査しようとする要因以外に質的に異なっていないかについて十分な検討が必要である。これに対し,内部比較法は,調査集団内部において曝露の程度に応じてグループ分けを行い,曝露が高い群から発生した死亡罹患が非曝露群,また,低濃度曝露群から発生した死亡罹患に比べてどう違うかをみるものであって,観察人一年数,疾病,死亡の発生数が十分であれば,それぞれの群から起こった累積死亡率(罹患率)を算出し,直接比較することができ,その比が相対危険として算出される(乙A30)。
c ポアソン回帰分析
内部比較法の一手法として,対照群を設定せず,回帰分析を用いて,要因曝露に応じた用量反応関係を求める方法がある(回帰分析とは,予測したい変数である目的変数と目的変数に影響を与える変数である独立変数との関係式<回帰式>を求め,目的変数の予測を行い,独立変数の影響の大きさを評価することをいう。)。
ポアソン回帰分析は,目的変数がポアソン分布(ポアソン分布とは,ある事象が万一起こるとすれば突発的に<互いに独立して>起こるが,普段は滅多に起こらないという場合における一定時間当たりの事象発生回数を表す分布をいう。)に従うと仮定して行う回帰分析法である。ポアソン回帰分析の手法は,被曝補償を行うためのリスク評価として米国公衆衛生院国立がん研究所が放射線疫学表を作成した際にも使用されている(乙A93)。
(イ) 放影研の疫学研究の方法
a フランシス委員会の勧告
フランシス委員会は,ABCCの被爆者調査について,1955年11月にフランシス報告書(甲A19)を発表して,研究方法についての勧告をした。
同報告書によれば,強度の放射線を受けた群について調査を行うことが主要目的であり,真の意味の対照を設けることは明らかに不可能で,軽度の被爆群及び非被爆群のいずれをも比較に使用することが肝要であると考えられ,これによって放射線の影響,放射線量別の影響及びその他爆弾に伴う影響の鑑別が可能となってくるのであり,線量が主要な影響を及ぼさない遅発性放射線影響の場合には,比較のために非被爆群がなければ放射線との関連性が見失われることもあるとされ,また,治療群と対照群のように厳密な統計学上の意味の「対照群」を任意に割り当てることがあり得ないことは明白であるが,被爆群内の放射線の影響の強弱を調べるだけでなく,いくらかの非被爆群も調査の対象に含めることが望ましいと考えられ,たとい被爆群内の影響に勾配が認められたとしても,被曝線量の最も少ない群における放射線の影響は,非被爆者と比較しなければ推定することができず,影響に勾配が認められない場合は,被曝線量の最も少ない群にも直接被爆又は降下物による放射線の障害があったのかどうか決定することができないから,非被爆者群を調査の対象に含めることを勧告するとされ,最も適切な非被爆者群は,1950年10月1日に両市に居住していた者であるなどとされていた。
b 疫学調査の方法の変遷
放影研(ABCC―予研)は,寿命調査について,当初は分割表法と呼ばれる内部比較法に基づく調査,解析を行っていたが,寿命調査第6報及び同第7報においては,内部比較法に基づく調査,解析のほか,市内不在者群や1967年の日本全国の死亡率を用いた,外部比較法に基づく調査,解析も行っていた。しかし,市内不在者群は,原爆投下当時軍務に服していただけでなく,戦後朝鮮,中国及び南方アジア方面から引き揚げてきて広島及び長崎に定住した多数の民間人が含まれているなど,被爆者群とは社会経済的条件に差があること,日本全体の死亡率を利用して死亡期待数を算出すると,バックグラウンドの死亡率が都市によって異なることなどの調整をすることができず,偏りが生じる可能性があること,などの問題があった。
そこで,寿命調査第8報においては,市内不在者及び線量不明群を削除し,また,全国の死亡率から算定した期待死亡数も一般に使用しないなど,外部比較法に基づく調査,解析は行われなくなり,以後,内部比較法による調査,解析が行われてきた。そして,寿命調査第10報において,これまでの分割表法では種々の制約があったため,統計的進歩により導入が可能となった新しい統計的手法として,ポアソン回帰分析という内部比較法が用いられるようになった。このような回帰分析を行うことによって,被曝線量と死亡(罹患)率との関係,すなわち,線量反応関係を関係式で表すことが可能となり,必ずしも正確な非曝露群のデータが得られなくても,曝露要因ゼロのときの死亡(罹患)率の値を推定することができ,これと任意の曝露要因量(被曝線量)での死亡(罹患)率とを対比することによって,相対リスク等を得ることができると考えられている(乙A94)。
エ 寿命調査第12報第1部(1996年)の概要(乙A3)
(ア) 調査の概要
上記報告書は,放影研により追跡調査が行われている原爆被爆者の寿命調査集団における死亡率に関する定期的な全般的報告書シリーズの第12報であって,前回の報告書(同第11報)の追跡期間を5年間追加し,線量推定体系の拡大により放射線被曝線量推定値が得られた1万0500人の被爆者を新たに加えた情報を掲載したものである。
(イ) 調査集団及び追跡調査
この報告書で用いられている寿命調査集団には,線量推定値が分かっている被爆者8万6572人が含まれている。また,この集団には推定線量が0.005Sv未満の3万6459人も含まれている。推定線量が0.005Svを超える対象者5万0113人の平均線量は0.20Svである。
死亡追跡調査は,我が国の戸籍制度を利用し,生存している被爆者全員の状況を3年周期の調査を通じ行われている。原死因に関する情報は死亡診断書から得ている。この報告書の追跡調査は,1991年~1993年の周期に行われた戸籍調査に基づき,1950年10月1日~1990年12月31日までの期間を扱っている。
死亡診断書に記録された原死因情報の正確さが,1960年代前半から1984年まで行われた寿命調査剖検プログラムに基づいて調査され,報告されているところ,剖検から得られた結果と比較すると,がん死亡の約20%が死亡診断書ではがん以外の原因による死亡と誤分類されており,一方で,がん以外の原因による死亡の約3%ががん死亡と誤分類されている。これら誤分類の割合を考慮に入れて寿命調査集団におけるがん死亡率の解析を行った結果,誤差を修正すると,固形がんのERR(過剰相対リスク)推定値が約12%,EAR(過剰絶対リスク)推定値が約16%上昇することが示唆されているが,この報告書においては,このような補正は行われていない。
(ウ) 線量測定法
2km以内の被爆者における個々の線量推定値は,1950年代後半から1960年代前半にかけて行われた面接調査によって得られた詳細な遮蔽歴に基づいている。他の被爆者の推定値は,質問票に対する回答から得られた情報に基づいているが,面接調査からの情報ほど詳細ではない。
DS86線量推定方式により,個人のガンマ線及び中性子被曝線量(遮蔽カーマ)推定値並びに15種の臓器のガンマ線及び中性子線量推定値が得られる。寿命調査第11報以降,DS86が第3版にまで拡大され,さらに1万0536人(このうち9000人以上は推定線量が0.10Sv未満である。)の線量推定値が得られるようになった。追加された対象者は,被曝線量が極めて低い非遮蔽の遠距離被爆者(広島7037人,長崎2541人),長崎の工場内高線量被爆者(652人)及び長崎の地形による遮蔽を受けた低線量被爆者(306人)である。
この報告書の本文にある解析はすべて推定臓器線量を用いて行われた。白血病の解析では骨髄線量を用い,固形がんの解析では臓器の代表として結腸線量を用いている。
広島での放射線には,ガンマ線よりも単位線量当たりの生物学的効果が大きいとされる中性子がかなり含まれていることを考慮して,ガンマ線量に中性子線量を10倍したものを加え,線量に重みを付けた。
(エ) 統計手法
被爆時年齢,観察年齢(特定の追跡調査期間における対象者の年齢),追跡調査期間,重み付き臓器線量(下限は0.005Sv),遮蔽カーマ(0.4Gy)の区分でデータを交差分類し,詳細な表を作成し,それに基づいて,ポアソン回帰分析法を用いて分析し,線量反応の形,生涯リスクの推定,部位別リスクの推定を行った。
(オ) 結果の概要
固形がんの場合,被爆時年齢30歳の場合,1Sv当たりの過剰生涯リスクは,男性が0.10,女性が0.14と推定される。被爆時年齢50歳の人のリスクはこの約1/3である。被爆時年齢10歳の人の生涯リスク推定値はこれらよりも不明確であり,妥当な仮定の範囲では,この年齢群の推定値は被爆時年齢30歳の人の推定値の約1.0~1.8倍の範囲になる。
白血病の場合には,被爆時年齢10歳あるいは30歳の人の1Sv当たりの過剰生涯リスクは男性が約0.015,女性が約0.008と推定される。被爆時年齢が50歳の人のリスクは10歳あるいは30歳の人の約2/3である。
固形がんの過剰リスクは約3Svまで線形を示すが,白血病の場合,線量反応が非線形を示し,0.1Svにおけるリスクは1.0Svでのリスクの約1/20と推定される。部位別リスクの違いの大部分は推定値の不正確さにより簡単に説明することができるので,解釈に当たっては慎重を期する必要がある。
具体的には,肺,乳房,胃,食道,膀胱,結腸及び卵巣の各がん並びに多発性骨髄腫については,放射線との優位な牽連性が認められた。
(カ) なお,同報告書は,近年,広島の中性子被曝線量推定値の妥当性に疑問が投げかけられ,広く論争されてきているとして,これに対し,次のような考察をしている。
これは重要な問題ではあるが,改定されると寿命調査から得られている幅広い結論に及ぼすと思われる影響に関して混乱がある。ストローメらは中性子被曝線量の補正因子の暫定的推定値を出し,中性子の推定値が鉱物や金属資料における中性子放射化測定値によりよく一致するようにした。この暫定的な補正法を本報のデータに適用すれば,広島における固形がんの過剰相対リスク推定値は約15%減少するのみである。変化があまり大きくない理由は,線形線量反応解析において最も影響力のあるデータが大体1000~1200mの範囲にあり,その範囲では現在の中性子推定値は全線量の1.5%であり,暫定的補正では中性子推定値はわずか2~3倍程度にしかならないからである。もちろん,2つの都市を一緒にしたリスク推定値の変化は,広島における変化よりも相当小さい。これらの補正は暫定的ではあるが,中性子推定値を改定するとリスク推定値が劇的に減少するであろうという報告には懐疑的でなければならない。
オ がん発生率調査第2部(1995年)の概要(乙A4)
(ア) 調査の概要
上記報告書は,寿命調査拡大集団における原爆被爆者の充実性腫瘍罹患データとリスク推定についての最初の包括的報告書である。
(イ) 調査集団及び追跡調査
この報告書の調査集団(調査コホート集団)は,拡大寿命調査集団(12万0321人)から市内不在者(2万6580人),DS86線量不明者(7109人),DS86カーマ線量が4Gyを超える者(263人),死亡又は1958年1月1日以前にがんに罹患したことが分かっている者(6397人)を除いた7万9972人である。
この調査集団は,あらゆる被爆時年齢の者を含んでいた。1958年の調査開始時は,平均被爆時年齢は26.6歳,平均到達年齢は39.0歳であった。1987年の追跡終了時は,調査集団の加齢のため,生存者の平均被爆時年齢は9歳減少し,平均到達年齢は60歳に増加した。
調査対象者の68%が広島で被爆し,32%が長崎で被爆した。
調査集団の40%が1987年末までに死亡した。
死亡者の割合と被爆時年齢との間には非常に強い関連性がみられた。20歳未満で被爆した3万5000人のうち88%はまだ生存しており,がん罹患年齢に近づいている。
調査集団中,3万9213人(49%)のDS86総カーマ推定値が0.01Sv未満であることを示しており,これらを対照集団とする(この報告書では非被爆者群とも呼ぶ。)。被爆群はDS86総カーマ推定値が0.01Sv以上の4万0759人(51%)である。
拡大コホート集団の女性対男性の比は高く,線量区分別にみても女性対男性の比は高く,被爆年齢が20~39歳の群では多くの男性が軍務に服しており原爆投下時に広島や長崎にいなかったため,女性が圧倒的に多数であった。調査集団のこのような年齢及び性分布はこのコホートのリスク推定値に強い影響を与える可能性がある。
(ウ) 腫瘍の確認
広島と長崎の腫瘍登録の日常作業として,拡大寿命調査集団との同定をコンピュータ・リンゲージ・システムと手作業(放影研の採録者による医療記録の確認)により把握されている上,広島及び長崎の腫瘍組織登録と,地元の保健所から入手した死亡票のがん死に関する情報で補われ,さらに,長崎県がん登録,放影研白血病登録及び外科手術,剖検及び成人健康調査検査プログラムから放影研が得た記録により強化される。従来のデータ精度測定方法によると,広島及び長崎の登録の症例確認の精度は他のがん登録の精度と同等である。
1980年までには調査コホート集団の生存者のうち約20%が広島又は長崎に居住していなかったと推測される。このことより,解析は診断時に広島又は長崎に居住していた症例に限定し,統計学的方法により転出について観察人年を調整した。
(エ) 線量測定法
この調査では,最新版のDS86線量推定方式を用いて対象者個々のガンマ線と中性子線遮蔽カーマ及び臓器線量のDS86推定値を計算した。
DS86により,長崎の工場労働者,爆心地から2000m以内にいたが地形的に遮蔽されていた長崎の工場労働者以外の労働者,原爆投下時に戸外におり,長崎では爆心地から1600m,広島では2000m以遠にいた両市の被爆者の線量推定値の計算ができ,拡大コホート集団の被爆者のうち92%の推定値が得られ,このうち,DS86カーマ推定値が0.1Gy未満の者は80%以上で,1Gyを超えていた者は4%未満であった。
この報告書における解析は,ガンマ線量に中性子線量の10倍を加えたDS86加重臓器線量に基づいている。部位別の解析は,DS86にある15の臓器線量のうち最も適切なものを選んで行った。DS86には推定皮膚線量が含まれていないので,皮膚線量は遮蔽カーマとほぼ等しいと仮定された。
(オ) 統計学的解析
部位別や器官系に関する解析は,被爆時年齢(13区分),DS86臓器加重線量(10区分),暦年期間(7区分),性及び都市別に層化した症例数と人年の詳細な集計に基づいて行った。
解析は,一般的過剰相対リスクモデル(過剰相対リスクに1を加えたものにバックグラウンド率を乗じたもの)に基づいている。
標準化過剰相対リスクは,コホート集団が18~50歳の男性の割合が比較的小さいので単純な過剰相対リスク要約推定値は幾分歪曲されたリスクの姿を示すことが懸念されたため,1985年,日本人人口の年齢と性の分布に従うウエイトを用いて,ポアソン回帰推定値として算出した。
(カ) 結果の概要
全充実性腫瘍は,血液及び造血器官の腫瘍を除き,良性と性状不明の脳と中枢神経系の腫瘍を含む全悪性腫瘍であると定義した。
対象者7万9972人のうち1958~1987年の間に一次原発性充実性腫瘍が8613例診断され,このうち75.4%が組織的に確定され,4.4%が肉眼的観察に基づき,7.6%が臨床診断に基づき,12.6%は死亡診断書のみに基づき確認された。口腔,咽頭,悪性黒色腫を除く皮膚,乳房,子宮頚,子宮体及び甲状腺のがんの組織学的確定の割合は90%を超えていた。
死亡に関するこれまでの所見と同様に,全充実性腫瘍について統計学的に有意な過剰リスクが立証された。
胃(1Sv当たりの過剰相対リスク0.32),結腸(同0.72),肺(同0.95),乳房(同1.59),卵巣(同0.99),膀胱(同1.02)及び甲状腺(同1.15)のがんにおいて放射線との有意な関連性が認められた。
20歳以下で被爆した群において神経組織(脳を除く。)腫瘍の増加傾向があった。
今回初めて寿命調査集団において放射線と肝臓(同0.49)及び黒色腫を除く皮膚(同1.0)のがん罹患との関連性がみられた。
口腔及び咽頭,食道,直腸,胆嚢,膵臓,咽頭,子宮頚,子宮体,前立腺,腎臓及び腎盂のがんには放射線の有意な影響はみられなかった。
充実性腫瘍の部位別解析においても,また,全腫瘍をまとめた解析においても,広島,長崎間に顕著な差は認められなかった。
全充実性腫瘍の解析では,女性の相対リスクが男性の2倍であること,また,被爆時年齢の増加とともに相対リスクが減少することが示された。肺,全呼吸器系,泌尿器系のがんの相対リスクは,男性よりも女性の方が高かった。全消化器系,胃,黒色腫以外の皮膚,乳房及び甲状腺のがんでは,過剰相対リスクは被爆時年齢の増加とともに減少した。全充実性腫瘍の過剰発生率は,到達年齢の増加に伴い,バックグラウンド罹患率に比例して増加した。
従来の調査では,がんの死亡と放射線被曝との関係に重点が置かれてきた。このような死亡調査は極めて重要であるが,がん診断の精度に限界があり,生存率が比較的高いがんについては,死亡診断書から十分な情報は得られない。罹患データも限界はあるが(例えば,症例確認が不完全なこと,死亡診断書診断に部分的に依存していることなど),生存率のよいがんや,組織型及び被爆からがん罹患までの期間に関するより完全なデータを提供することができる。したがって,原爆被爆者の今後の解析においては,がんの死亡と罹患の両方に焦点を当てるべきである。
(3) 放影研の他の疫学調査等
ア 寿命調査第9報第2部(乙A32)
上記報告書(原爆被爆者における癌以外の死因による死亡率,1950-78年)は以下のような指摘をしている。
1975~1978年の4年間における寿命調査対象者中の死亡者数を調べ,1950年以来28年間の死亡率を算定する方法により,がん以外の死因による死亡率の増加等について調査したところ,新生物と血液疾患以外の全疾患の線量反応関係に有意な関係は認められず,がん以外の特定死因で原爆被爆との有意な関係を示すものはみられなかった。
寿命調査の開始(1950年)以前の死亡の除外による偏りの大きさを求めるために,1946年に行われた広島市の被爆者調査,1945年の長崎被爆者調査(調調査)及び被爆妊婦婦人調査から1946~1950年の死亡率資料の解析を行ったところ,調査集団設定以前(1950年以前)の感染性及びその他の疾患による死亡率が1950年以降の集団内の放射線と悪性新生物との関係を大きく偏らせている可能性は少なく,悪性新生物以外の死因に関しては線量との関係は認められず,上記の偏りは1950年以後に調査対象に認められた放射線影響の解釈に重大な影響を及ぼすとは思われない。
早期入市者(原爆投下後1か月以内に市内に入った者)においては,後期入市者(早期入市者以外の市内不在者)及び0ラド被曝群よりも死亡率が引き続き低く,白血病又はその他の悪性腫瘍による死亡の増加は認められていない。
イ 寿命調査第11報第3部(甲A67文献番号29)
上記報告書(改訂被曝線量<DS86>に基づく癌以外の死因による死亡率,1950-85年)は,以下のような指摘をしている。
まだ限られた根拠しかないが,高線量域(2又は3Gy以上)においてがん以外の疾患による死亡リスクの過剰があるように思われる。統計学的に見ると,二次モデル又は線形―しきい値モデル(推定しきい値線量1.4Gy<0.6Gy-2.8Gy>)の方が単純な線形又は線形―二次モデルよりもよく当てはまる。がん以外の疾患による死亡率のこのような増加は,一般的に1965年以降で若年被爆者(被爆時年齢40歳以下)において認められ,若年被爆者の感受性が高いことを示唆している。
死因別に見ると,循環器及び消化器系疾患について,高線量域(2Gy以上)で相対リスクの過剰が認められる。この相対リスクはがんの場合よりもはるかに小さい。これらの所見は,死亡診断書に基づいているので,信頼性には限界がある。おそらく最も重要な問題は,放射線誘発がんが他の死因に誤って分類される可能性があることである。高線量域でがん以外の死因による死亡が増加していることは明白であるが,そのうちどれだけがこの誤りに起因するのかを明確かつ厳密に推定することは,現在のところ難しい。しかし,死因の分類の誤りだけでこの増加を完全には説明することができないように思われる。
ウ 成人健康調査第7報(甲A42)
上記報告書(原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,1958年-1986年<第1-14診察周期>)は,以下のような指摘をしている。
1958~1986年までに収集された成人健康調査コホートの長期データを用いて,悪性腫瘍を除く19の疾患の発生率と電離放射線被曝との関係を初めて調査したところ(被曝線量はDS86線量体系から得た最も適切な臓器線量を用い,層別された非被曝者群の発生率に基づく線形相対リスクモデルを用いて線量効果を解析した。),子宮筋腫,慢性肝炎及び肝硬変,甲状腺疾患(甲状腺がんを除く甲状腺所見が1つ以上あることという大まかな定義に基づくもの)に統計的に有意な過剰リスクを認めた。
エ 寿命調査第12報第2部(甲A67文献番号18)
上記報告書(がん以外の死亡率,1950年-1990年)は,以下のような指摘をしている。
寿命調査集団のうち被曝線量が推定されている8万6572人の調査集団における1959年10月1日~1990年12月31日までのがん以外の疾患による死亡者について主に解析を行ったところ,その解析結果は,放射線量とともにがん以外の疾患の死亡率が統計的に有意に増加するという前回の解析結果を強化するものであった。
有意な増加は,循環器疾患,消化器疾患,呼吸器疾患に観察された。1Svの放射線に被曝した人の死亡率の増加は約10%で,がんと比べるとかなり小さかった。リスクが小さいこと及び説明することができる生物学的メカニズムがないことを考えて,今回の結果が死因の誤分類,交絡因子,対象者選択効果によって説明することができるか否かについて特に留意したが,現在までに得られているデータでは,観察された線量反応関係をこれらの要素では十分に説明することができないように思われた。
有意な線量反応関係は血液疾患による死亡にも認められ,過剰相対リスクは固形がんの数倍であった。白血病又はその他のがんをがん以外の血液疾患へ誤分類した結果ではないかという可能性に特に注意を払ったが,この血液疾患の過剰相対リスクは誤分類では説明することができなかった。
オ 成人健康調査第8報(甲A67文献番号31)
上記報告書(原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958年-98年)は,以下のような指摘をしている。
1958~1998年の成人健康調査受診者から成る約1万人の長期データを用いて,がん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査したところ,以前にも統計的に有意な正の線形線量反応が認められた甲状腺疾患,慢性肝炎及び肝硬変,子宮筋腫に加えて,白内障に有意な正の線量反応を,緑内障に負の線形線量反応を,高血圧症と40歳未満で被爆した人の心筋梗塞に有意な二次線量反応を認め,腎・尿管結石での有意な線量効果は男性では認められたが女性では認められなかった。
白内障,緑内障,高血圧症,男性の腎・尿管結石での放射線影響は新しい知見である。
これらの結果は,がん以外の疾患の発現における放射線被曝の影響を十分に明らかにするため,高齢化している被爆者の追跡調査を続けることの必要性を立証するものである。
カ 寿命調査第13報(甲A112の19,115の11,乙A163)
上記報告書(固形がん及びがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年)は,以下のような指摘をしている。
1959~1997年までの47年の追跡調査に基づく解析結果として,固形がんの過剰リスクは0~150mSvの線量範囲においても線量に関して線形であるようである。放射線に関連した固形がんの過剰率は調査期間中を通じて増加したが,新しい所見として,相対リスクは到達年齢とともに減少することが認められ,また,子供の時に被爆した人において相対リスクは最も高い。典型的なリスク値としては,被爆時年齢が30歳の人の固形がんリスクは70歳で1Sv当たり47%上昇した。部位別相対リスクの差異の同定は困難であり,また,それには注意を要することが部位別解析によって明らかになり,さらに,これらの解析により,寿命調査における被爆時年齢の影響の推定値の解釈及び一般化が困難であることも明らかになった。がん以外の疾患による死亡率に対する放射線の影響については,追跡調査期間中の最後の30年間では1Sv当たり約14%の割合でリスクが増加しており,依然として統計的に確かな証拠が示された,がん以外の疾患のリスクは1Sv以下の線量においても増加していることを示す強力な統計的証拠がある。低線量における線量反応の形状については著しい不確実性が認められ,特に約0.5Sv以下ではリスクの存在を示す直接的証拠はほとんどないが,寿命調査データはこの線量範囲で線形性に矛盾しない。データをより詳細に検討すると,脳卒中,心疾患及び呼吸器疾患などの,がん以外の疾患のいくつかの大きな区分にリスクの増加が認められるが,感染症あるいは内分泌系又は神経系の疾患などその他の疾患のリスクの増加を示す証拠はほとんど得られていない。リスク増加の全般的特徴から,また,機序に関する知識が欠如していることから,因果関係については当然懸念が生ずるが,この点のみから寿命調査に基づく所見を不適当とみなすことはできない。疫学データ及び実験データは限られているが,多くの研究は,がん以外のいくつかの疾患に放射線影響が存在する可能性を示唆している。寿命調査集団の部分集団における臨床調査及び検査研究によって,心臓血管疾患,脳卒中,慢性肝疾患及びその他種々の疾患の罹患率と放射線量との統計的関連性が示されており,死亡率調査の結果を補完するデータが得られている。さらに,被爆者において,大動脈弓石灰化,収縮期高血圧並びにコレステロール及び血圧の年齢に伴う変動など,がん以外のいくつかの疾患のいくつかの前駆症状について長期にわたるわずかな放射線との関連が報告されている。最近の調査では,被爆者に持続性の免疫学的不均衡及び無症状性炎症と放射線との関連が認められた。これらは,がん以外の広範な疾患に対する放射線影響の機序と関連するのかもしれない。寿命調査におけるがん以外の疾患に関する所見は,これらの疾患の率に対する放射線影響の機序を同定あるいは否定する上で役立つであろうさらなる調査の必要性を強調している。
第3審査の方針の依拠する線量評価方式に対する指摘等
1 初期放射線量に関する指摘
初期放射線(ガンマ線,熱中性子線及び速中性子線)の測定値とDS86ないしDS02による計算値との不一致について,以下のような調査結果の報告や指摘(要旨)がなされていることが認められる。
(1) DS86報告書の指摘(1987年)(乙A38)
ア ガンマ線について
広島においては,すべての研究所におけるガンマ線の測定結果で,1000m以遠の距離において,計算値に対して測定値の方が大きく,28の測定中24が計算値を超えている。逆のことが1000m以下の距離で当てはまるように思われ,14の測定中10が計算値よりも低い(ただし,新しい測定のみを考慮すると,合一性はこの距離で向上する。)。1000m以遠で理論値が広島の測定値の平均値に一致するためには,18%の増加を,これらの距離での理論モデルで行わなければならない。
5つの研究所による長崎家野町塀煉瓦(1428m)の測定値と計算値との平均差は10%であるが,その差は広島の不一致に対して逆である。これは,系統的な熱ルミネセンス誤差が両都市における測定の結果を偏らせてはいないことを示唆する。長崎では,1000mを超えた場合10%以下の減少をすることが,正確な一致のために必要となるであろう。
イ 熱中性子線について
鉄の中の不純物であるコバルト中に誘導化されたコバルト60が測定された結果,DS86による計算値は,爆心地から近距離では測定値より大きく,遠距離になるに従って測定値を下回るようになり,1180m地点では測定値の1/4になるという系統的な不一致が見いだされた。コバルトの放射化の測定値が熱フルエンスの正確な表示として正しいものであり,それから地上での計算された中性子フルエンスがすべてのエネルギーにわたってある割合だけ小さいという仮定をすると,広島で1000mを超えるところでは中性子とガンマ線の混合場のうちの中性子カーマの割合は,増加するため,有意なしから有意ありに変わるであろう。中性子線量についてはさらに研究を進める必要がある。
ウ 速中性子線について
速中性子線について,原爆投下直後の調査で広島において採取された絶縁碍子中の硫黄に含まれるリン32の測定結果がほとんど唯一のデータであり,爆心地から近距離ではかなりよく一致するが,400m以遠においては,測定値の誤差が大きく結論を下せない。
(2) 長友教授らの測定結果及び指摘(1992,1995年)(甲A24,25の各1・2)
ア 長友教授らは,論文「広島の爆心地から2.05kmにおける測定ガンマ線量とDS86の評価値との比較」において,次の指摘をしている。
広島の爆心地から2053m地点で採取した5枚の瓦のサンプルを用いてガンマ線線量を熱ルミネセンス法によって測定し,2453mで収集した瓦のサンプルもバックグラウンド評価の信頼性を検証するために解析したところ,2.05kmの距離に対する結果は5枚の瓦についての測定値の平均で129±23mGyであり,この値は,対応したDS86の推定(60.5mGy)より2.2倍大きい。
イ また,長友教授らは,論文「爆心地から1.59kmから1.63kmの間の広島原爆のガンマ線量の熱ルミネセンス法の線量評価」において,次の指摘をしている。
爆心地から1591~1635mのビルディング(郵便貯金局)の屋根の5か所(各4枚)から収集した瓦の標本からサンプルを採り石英の粒子を抽出し,これらの粒子の熱ルミネセンスを高温ルミネセンス法により解析してガンマ線カーマを測定したところ,組織カーマの結果は,DS86の評価より平均して21%(標準誤差は4.3~7.3%)多かった。現在のデータと報告されている熱ルミネセンスの結果は,測定されたガンマ線カーマはDS86の値を約1300mで超過し始め,この不一致は距離とともに増加することを示唆している。この不一致は,DS86の中性子のソース・スペクトルに誤りがあることに原因があり,これまでの中性子放射化の測定によって支持されている。
(3) 静間教授らの測定結果及び指摘(2002年)(甲A18の1・2)
静間教授らは,論文「長崎における原爆中性子によって誘導された残留コバルト60の測定と環境中性子によるバックグラウンドへの寄与」において,長崎の爆心地から1063mまでの距離で採取された5個の鉄鋼試料を用いて,低バックグラウンド井戸型ゲルマニウム検出器によりコバルト60の測定を行ったところ,DS86の計算値との間に系統的な不一致が見いだされたと指摘している。
(4) 平良専純らの評価及び指摘(2003年3月)(乙A10)
厚生労働科学研究所研究費補助金厚生労働科学特別研究事業「原子爆弾の放射線に関する研究」平成14年度総括・分担研究報告書(主任研究者 放影研副理事長平良専純)には,以下の指摘がある。
日,米,独によるガンマ線及び中性子線に関する測定値は,爆心地から少なくとも1.2km地点まではDS02における計算値と全般的に極めてよく一致しており,爆心地から1.2~1.5km以遠での中性子線の測定値と計算値の相違については,線量の絶対値が小さくバックグラウンドとの区別が困難なことなど測定値の不確実性によるものと判断されている。
中性子の不一致問題について,静間らのグループは,数多くの測定を爆心地付近から遠距離まで広範囲にわたって行い,爆心地付近では測定値が計算値よりも低く,距離とともにこの関係が逆転して遠距離では測定値の方が計算値よりも高くなっていることから,計算における何らかの間違い,例えば広島原爆の線源の間違いの可能性を示唆している。
ユウロピウム152などの測定値と計算値との不一致が明らかになった段階で,ストローメやリューメ(Ruehm=ドイツ ミュンヘン工科大学)らが塩素36の測定に参加したところ,これら測定値も計算値と距離との関係において,おおむね静間教授らの測定値と同様の傾向を示した。
リューメらは,墓石などの被曝岩石を使用して塩素36を測定したが,測定値には宇宙線などの自然環境のバックグラウンドが加わっていること,墓石によりバックグラウンドが異なることなどの細かな研究を続け,最終的にはバックグラウンドの補正をすれば計算値と一致するとした。ストローメらの場合も,コンクリート試料の複雑さ(海水中の砂の自然界における被曝,建造物使用に小石を混入,コンクリート壁面と深部における塩分を含んだ雨水の浸透度の違い)を徹底的に調べ上げ,最終的にはバックグラウンド補正をすれば計算値と一致するとしている。
中性子の不一致問題の解決の決め手となったのは,9か所の異なる被爆距離における被曝試料を,それぞれ4人の測定者に分割して同一試料の測定をした相互比較である。小村教授らによるユウロピウム152の測定は,低バックグラウンド施設において行われ,それでもなお残っている原爆以外の放射線由来のユウロピウム152をコンピュータによる解析により除去する工夫がされたが,その最終結果は,DS86又はDS02における計算値と1kmを超す遠距離に至るまで非常によく一致している。塩素36については,異なる日米独3か所で測定された結果,若干のばらつきが認められるものの,ユウロピウム152と同様に計算値との一致がみられた。後に,長島泰夫らは,補正方法の改善により測定値の評価に改善を加え,全員の測定値がより一層一致度を増した。
(5) ストローメらの測定結果と指摘(2003年7月)(乙A37の1・2)
ストローメらは,論文「広島の原爆生存者における距離の関数としての高速中性子の測定」において,以下の指摘をしている。
加速器質量分析法を用いて銅の中の微量のニッケル63の検出方法を開発し,広島において,爆心地から距離の異なる7地点(380~5000m以上)から採取した銅の被曝試料の測定を行った結果,銅1g当たりのニッケル63の測定値は,爆心地からの約1800m地点でバックグラウンドの値(銅1g当たりニッケル63が7万3000個)に近づき,これを測定値からバックグラウンドとして差し引いた上,1945年以降の崩壊に関する修正を行い,その結果得られた測定値とDS86ないしDS02の計算値とを対比すれば,① 日本銀行(爆心地からの距離:DS86で380m,DS02で391m)において,測定値は,対DS86計算値で0.64±0.14,対DS02の計算値で0.85±0.19,② 醤油工場(各949m,964m)において,測定値は,各1.08±0.46,1.33±0.57,③ 市庁舎(各1014m,1018m)において,測定値は,各0.92±0.26,1.12±0.31,④ 小学校(各1301m,1308m)において,測定値は,各0.96±0.70,1.20±0.87,⑤ 放射性同位元素建屋(各1461m,1470m)において,測定値は,各1.52±1.41,1.90±1.77となる。
上記測定値は,爆心地から900~1500mの距離において,DS86による計算値とよく一致しているが,380m地点の測定値は計算値より幾分小さく,近距離ではDS86による計算値を下方修正する必要がある。この傾向はリン32の測定結果ともよく一致しており,広島の爆発高度がやや低めに設定されていることと矛盾なく説明できると考えられる。
これに加えて,ガンマ線について十分な検証がされていることからすれば,被曝線量に将来修正が必要になるとしても,その程度はわずかなものと考えられる。
(6) 澤田教授の指摘(2004年11月)(甲A12,60,62,原審証人澤田昭二)
名古屋大学名誉教授澤田昭二(以下「澤田教授」という。)は,共著「共同研究広島・長崎原爆被害の実相」や原審証言等において,以下のような指摘をしている。
ア ガンマ線について
バックグラウンド線量を測定値から差し引いて原爆による正味の放射線量が求められるところ,長友教授らは,熱ルミネセンス法による同様の方法で原爆放射線が到達していないことが明白な爆心地から遠い距離における測定値を求めて,原爆以外の影響によるバックグラウンド値としているが,このバックグラウンド値を爆心地から2450mにおける瓦のサンプルの測定値から差し引いて原爆によるガンマ線量を求めるとマイナスになった。本来線量がマイナスになることはあり得ないので,DSがバックグラウンドの値を大きめにとったことを示している。
イ 熱中性子線について
広島原爆の中性子によって放射化されたコバルト60の実測値と,DS86による放射化の計算値を比較すると,DS86の計算値は,爆心から1000m付近までは実測値よりも1.5倍~2倍大きく,1000mを超えると実測値を下回り,距離とともに急速に過小評価になっていく(なお,コバルト60の実測値中,爆心から約1400mの実測値がその他の地点の実測値を結んだなめらかな曲線から下に外れているが,このコバルト60の実測値は,試料採取場所が天満川鉄橋であり,河川の高湿度による中性子線の吸収が影響したものと思われる。)。
ユウロピウム152と塩素36についても,同様の傾向があり,このように種類の異なる原子核について同じ不一致の傾向を出すことは,DS86の計算値に問題があることを示している。最近得られたユウロピウム152と塩素36の精度の良い実測値(小村教授らと長島教授らによるもの)は,近距離をDS86から改善したDS02による計算値と爆心地から1400m付近まではよく一致することが示されが,ユウロピウム152については,1400m辺りからDS02の計算値が実測値に比べて過小評価に移行する傾向がみられる。これ以上の遠距離についての検討は現状では難しいので,コバルト60の1800m付近の実測値との比較が重要になるが,コバルト60の実測値に基づいてカイ自乗フィットにより中性子線量を求めると,爆心地から700mまではDS86がやや過大評価であり,900mでは逆転して過小評価になり,急速に不一致は拡大していく。DS86の計算値は実測値に比して,爆心地から1500mでは約1/14となり,2000mでは約1/167となる。
一方,長崎原爆の中性子線については,遠距離において適切な測定試料を入手することが困難であるため,爆心地から約1100mまでの測定値しか得られていない。測定値にばらつきの少ないコバルト60についてみると,DS86の計算値は,爆心から900mまでは実測値の上側にあり,それを超えると計算値が過小評価に転じる。コバルト60の実測値をカイ自乗フィットにより中性子線量を求めると,爆心地から1300mではDS86の計算値の約4.2倍に,2500mではDS86の計算値の172倍になる。
ウ 速中性子線について
爆心地から380mのDS86による計算値はストローメらの測定値の1.56倍で過大評価であり,1461mでのストローメらの実測値は,誤差が大きいものの,逆にDS86の計算値の1.5倍になっている。このストローメらの速中性子の不一致の傾向は,従来のリン32の放射線を測定した速中性子線量や誘導放射化の測定による熱中性子の不一致と同じ傾向を示している。
ストローメらの速中性子の測定結果から,その半減距離を計算すると170mであるのに対し,DS86の計算値では145.8mとされており,DS86の計算値よりも実測値の方がゆっくり減少していることを示している。広島原爆の爆発高度を600mに設定し直したDS02によっても実測値から求めた半減距離は165mとなるのに対し,DS02の半減距離は145.6mであり,なお約20mの違いがある。
ストローメらの報告のもう1つの重大な問題点は,爆心地から1880mの実測値をそっくりバックグラウンドに採用して,この距離より近距離の実測値から差し引いて原爆から放出された速中性子線量を求めていることである。爆心地から1880mの地点には,DS02の計算値によってもまだかなりの量の速中性子が到達している距離であるにもかかわらず,この地点における実測値をすべてバックグラウンドとみなすことは,爆心地から1880mの中性子線量はゼロであると初めから仮定することになり,相当でない。
エ 初期放射線に係るDS86による計算値と測定値の不一致の原因
DS86の測定値と計算値との不一致の原因として,原爆の爆発点から放出された中性子線のエネルギー分布,すなわちソースタームの計算の問題,中性子の伝播に重要な影響を与える湿度の高度変化,ボルツマン輸送方程式に基づくコンピュータ計算における区分の設定,が挙げられる。
このうち,ソースタームの計算の問題については,広島原爆の構造を含めてソースタームの計算の詳細は軍事機密として公表されておらず,長崎原爆のソースタームについても,ネバダの核実験で使用された原爆よりも長崎原爆の方が容積が大きかったことや,爆発威力にばらつきがあるなどの不確定要因がある。
湿度分布については,DS86では,長崎の原爆爆発時の湿度として,海に近い海洋気象台の記録値をそのまま採用して,地表から上空1500mまでの湿度を71%としているが,長崎では,爆心地付近は海からやや離れ,河川の影響も小さい。また,海面近くと上空とで湿度が異なり,上方になるにつれて湿度が小さくなっていたとすれば,大気中の水蒸気に含まれる水素の原子核による中性子線の吸収が減少し,DS86による計算値よりもずっと多くの中性子線が遠方に到達したことになり,この効果によるずれは遠方ほど大きい。DS86の放射線輸送計算においては,地上の上空1500mまでの大気が考慮され,それ以上は無視されているが,上空の大気の湿度が低い場合,上空の空気の原子核から反射して地上に到達した中性子の寄与は遠距離でかなり増大する。長崎原爆の近距離の中性子線量の減少がDS86の計算値では実測値よりやや急激になっていることは,中性子を吸収する水分量をDS86では実際より大きく取ったためと考えられる。
オ DS02について
遠距離におけるガンマ線の実測値との不一致,コバルト60による中性子線の遠距離における測定値との不一致,高エネルギー中性子のニッケル63の半減距離の不一致はDS02においても解消されていない。これらの不一致は,共通して,ソースタームにおける高エネルギー中性子の過小評価を示唆しており,ソースタームに関する疑問はDS02においても依然として未解決のまま残されているが,軍事機密によって問題の解明が妨げられ続けている。
(7) 小村教授の指摘(2004年8月)(甲A107)
小村教授は,DS02報告書において熱中性子測定による検証に用いられたユウロピウム152の測定値とDS02との計算値について,1.2kmまでは測定値と計算値の一致は極めてよく,DS02の方がDS86より測定値との一致が良いが,1km以遠の試料ではアクチニウムの寄与が高いためユウロピウムの検出限界が低く,再度化学処理しアクチニウムを低減すれば精度を上げることが可能でより遠方試料のユウロピウム152を検出する可能性があるとしている。
(8) 小佐古助教授の指摘(2004年12月)(乙A39,原審証人小佐古敏荘)
東京大学原子力研究総合センター助教授小佐古敏荘は「新たな原爆線量評価システムDS02に関する意見書」において,以下の指摘をしている。
ア ガンマ線について
ガンマ線に関しては,複数の研究機関が広島と長崎から採取された試料について熱ルミネセンス法による相互比較測定を行っており,その測定値はいずれもDS86の計算値とよく一致している。同法による測定値算出の過程からして,その一致度は相当高いものと判断される。
イ 熱中性子線について
小村教授らによって超低バックグラウンドの尾小屋地下測定室において,広島から採取された試料中のユウロピウム152の測定が行われたが,その測定値は,DS86及びDS02による計算値とよく一致している。
長崎におけるユウロピウム152の測定値は,DS02による計算値を上回っているが,相互比較による裏付けがなく,重視できない。
コバルト60について,長崎における測定値とDS02の計算値は一致していると言い難いが,広島の測定値は,近距離においてはDS02の計算値と一致している。一部外れている測定値があるが,1960年代のものやバックグラウンドの検討を要するデータである。
ウ 速中性子線について
リン32については,爆心地から600mくらいまではDS86による計算値が測定値をよく再現できているが,それ以遠では測定値の誤差が大きく,明確な判断はできない。
ニッケル63については,ストローメらの測定値は,爆心地から1400m前後までDS86による計算値とよく一致している。
2 残留放射能等に関する調査結果等
広島原爆及び長崎原爆による放射性降下物の範囲及び量に関する調査等に関し,以下の事実が認められる。
(1) 宇田道隆らの指摘(1953年)(甲A69)
文部省学術研究会議原子爆弾被害調査委員会第一分科会C班広島管区気象台の気象技師宇田道隆ほか2名が昭和20年8月以降同年12月までに収集した資料に基づいてとりまとめた論文「気象関係の広島原子爆弾被害調査報告」(原子爆弾災害調査報告書。昭和28年)によれば,以下の指摘がある(以下,上記報告にいう雨域を「宇田雨域」ということがある。)。
昭和20年8月6日,内地は高気圧におおわれ一般に天気は良い方で風も弱く視界は良好であり,広島は,夜半来快晴で午前6時ころから薄曇りとなり,午前8時5分陸風から海風に交代を始め,まず静穏に近い状態であった。
原爆投下後20分ないし1時間後に降雨が始まり,終雨時は午前9時ないし9時30分から始まり午後3時ないし4時ころまでにわたっている。
降雨の範囲は爆心地付近に始まって北西方向の山地に延び遠く山県郡内に及んで終わる長卵形を成している。
継続時間2時間以上の土砂降りの甚だしい豪雨域は三條,横川,山手,広瀬,福島町を経て己斐,高須より石内村,伴村を越え戸山,久地村に終わる長楕円形の区域である。
相当激しい継続時間1時間ないしそれ以上の大雨域は,長径19km,短径11kmの楕円形ないし長卵形の区域を成している。
少しでも雨の降った区域は長径29km,短径15kmに及ぶ長卵形を成している。
始雨時の小雨の雨粒は特に黒い泥分が多かったため粘り気があり,1~2時間黒い雨が降った後,続いて白い普通の雨が降った。
降雨域,降雨継続時,始雨時,終雨時のいずれの分布をみても,爆心位置から北西方向に引いた線に対し著しく北側に偏倚し,前線帯を中軸とするかのような特殊の分布を示している。
宇田雨域での雨水は黒色の泥雨を呈したばかりでなく,その泥塵が強烈な放射能を呈し人体に脱毛,下痢等の放射性生理作用を示し,魚類の斃死浮上その他の現象を現した。
長崎では広島に比しはるかに小規模な驟雨現象があったにすぎないが,これはおそらく広島の場合のような前線帯が現れなかったことと,火災がずっと小規模であったことが,一般気象による成雨条件のほかに大きな因子とならなかったからであろう。
己斐・高須地区の人は原爆投下後約3か月にわたって下痢するものがすこぶる多数に上った。
大気中の塵埃は1時間ないし2時間の雨水洗滌によりおおむね除去され,これが地上に降ったため,この降下量の多い地区すなわち広島市西方の己斐・高須方面に高放射能性を示すに至ったのであろう。
飛撤降下物は,焼トタン板,屋根のソギ板,蚊帳片,綿片,布片,紙片切符,名刺,紙幣,債券,埃など軽重大小種々雑多なものが無数にあり,降下はおおむね降雨の前から始まって降雨中にかけてみられ,降下物の分布範囲は広島市内に少なく爆心より3km以上離れた市北西方山岳地帯を主として雨域よりも広く,その分布の濃密状態は降雨域と異なり爆心から北西方に引いた軸線に対してその南西方に偏倚して多い。
爆発後の己斐・高須地区の放射能の著大な分布は降雨による持続的な放射性物質の雨下,特に爆弾による高放射能物質の混在と南東気流による降灰中に放射能物質を含有しその最も強く己斐・高須方面に指向されたためであろう。
(2) エドワードT. アラカワの指摘(1962年)(乙A11)
ABCC業績報告集において,エドワードT. アラカワは「広島および長崎における残留放射能」と題する報告を行い,以下のような指摘をしている。
1945年10月3日から同月7日にかけて行われた日米科学者合同調査班による調査の結果,広島の己斐・高須地区の降下物による放射線量は最高0.045mr/hrが記録されており,爆発の1時間後から無限時まで積算すれば,戸外被爆者の場合の総被曝線量は約1.4rとなり,また,長崎の西山地区の放射線量は,最高1.0mr/hrを記録し,これを爆発後1時間後から無限時まで積算すれば,戸外被爆者の場合の総被曝線量は約30rとなる(ただし,実際には戸外に居続けるわけではないことから,多く見積もっても10r程度となる。)。そして,ともに爆心地から約3000m離れたこれらの地域では中性子束は無視して差し支えないから,これらの放射線量は降下核分裂生成物によるものであり,広島では同年9月16日から同月17日に台風が襲来しているものの,台風襲来前の計測値とその後の計測値との間には核分裂生成物の時間の経過による減衰の法則との関係において十分に相関関係が認められる。
また,広島,長崎両市の爆心地では降下核分裂生成物の量は無視して差し支えない程度であり,中性子誘導放射能によって受けると考えられる最大照射線量は,計算方法によって異なるが,183r~24rの範囲にわたるものと推定される。
(3) 増田善信の指摘(1989年)(甲A70)
元気象研究所予報研究部に勤務していた増田善信は,気象官署の資料,宇田道隆らの聞き取り調査資料,自ら行った聞き取り調査及びアンケート調査等を基に,広島原爆後の黒い雨の雨域,降雨継続時間,降雨開始時刻,推定降水量を検討し,論文「広島原爆後の“黒い雨”はどこまで降ったか」(1989年2月)にまとめ,以下のような指摘をしている(以下,増田の指摘する雨域を「増田雨域」という。)。
少しでも雨の降った区域は,爆心より北西約45km,東西方向の最大幅約36kmに及び,その面積は約1250km2(宇田雨域の約4倍の広さ)に達する。
この区域以外の爆心の南ないし南東側の仁保,海田市,江田島向側部落,呉,さらに爆心から約30kmも離れた倉橋島袋内でも黒い雨が降っていたことが確認された。
1時間以上雨が降ったいわゆる大雨域も,宇田らの小雨域に匹敵する広さにまで広がっていた。
降雨域内の雨の降り方は極めて不規則で,特に大雨域は複雑な形をしている。
推定降水量の図から,爆心の北西方約3~10kmの己斐から旧伴村大塚にかけて,100mmを超す豪雨が降っていたことが推定され,これは宇田らの推定とほぼ一致するものであり,また,20mmを超える大雨が降ったところが数か所あり,爆心から北西方約30kmも離れた加計町穴阿では40mmに近い集中豪雨があったものと考えられる。
爆心のすぐ東側の約1kmの地域では,全く雨が降らなかったか,降ったとしてもわずかであったと考えられ,しかも,この地域を取り囲んで20mm又はそれ以上の強雨域が馬蹄形に存在していた。
黒い雨には原爆のキノコ雲自体から降ったものと爆発後の大火災に伴って生じた積乱雲から降ったものとの2種類の雨があったものと考えられ,これは宇田らの推論と同じである。
もっとも,上記文献によれば,資料には原爆投下直後から43年近く経った現在までのものが混在しており,記憶の薄れたものもあり,また,当初は黒い雨を過少に報告する傾向が強かったと考えられる反面,宇田らの大雨域が健康診断特例地区に指定されてからは,地域指定を進める運動と関連して過大に報告する傾向が強くなったと考えられ,このような社会的な背景を考慮して資料を評価する必要があるとされている。
(4) 岡島俊三らの指摘(1990年)(甲C5の6)
長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設の岡島俊三らは,論文「長崎西山地区におけるプルトニウム調査(第3報)」(長崎医学会雑誌59巻特集号)において,次の指摘をしている。
1978年以来,長崎西山地区(西山町及び木場町)に未分裂のまま飛び散った可能性のあるプルトニウム239の汚染状況について調査を開始し,未耕地の土壌中のプルトニウム含有量は西山地区では他地区のものに比し約10倍高いことが判明した。さらにその後の調査により,プルトニウムの汚染が西山地区では対照地区(西山地区以外の長崎市郊外及び一部熊本県の地区)に比して農耕地土壌で約20倍,農作物中で約7倍と非常に高度であることが認められた。しかし,土壌から農作物への経根摂取率はプルトニウムはセシウムの約1/10~1/100と極めて低く,農作物を通しての取込みはプルトニウムの場合微量と考えられ,むしろ呼吸を通しての取込みの方が重要であろうと考えられる。
(5) 「黒い雨に関する専門家会議報告書」の指摘(1991年)(乙A14,77)
宇田雨域の指摘もあり,国(厚生省)は,昭和51年9月に大雨地域を健康診断特例区域に指定し,同区域にあった者は被爆者と同様に健康診断が受けられる特例措置を講じた。そのためこの区域から外れた地域の住民から不満の声が上がった。その後増田雨域が発表され,被曝地域の拡大を要望する運動が広がった。このような状況を受けて,広島県・市は,昭和63年8月,「黒い雨に関する専門家会議」(座長 放影研理事長重松逸造)を設置した。同会議は,平成3年5月,上記報告書を発表した。
これによると,① 残留放射能の推定(国が昭和51年及び昭和53年に採取した爆心地から半径30km範囲の107地点の土壌試料について行ったセシウム137の調査<以下「昭和51・53年土壌調査」という。>についての再検討,土壌中のウラン235/ウラン238の測定,屋根瓦に含まれるセシウム137の含有量の調査及び柿木の残留ストロンチウム90の測定),② 気象シミュレーション計算法による放射性降下物の降下範囲並びに降下放射線量の推定(原爆投下当日の気象条件,原子爆弾の爆発形状,火災状況等,種々の条件を設定した拡散計算モデルを用いたシミュレーション法によって,広島原爆の放射性降下物の降下量とその降下範囲の検討を行うもの),③ 体細胞突然変異及び染色体異常による放射線被曝の人体影響の有無(降雨域に当時在住し黒い雨にさらされた者と対照地域に当時在住し黒い雨にさらされていない者についてグリコフォリンA蛋白<GPA>遺伝子に生じた突然変異頻度及び末梢血リンパ球に誘発された染色体異常頻度についての検討),の3点に絞って具体的検討を行っている。
その結果,①の残留放射能の推定では,黒い雨との関係は確定することができず(なお,昭和51・53年土壌調査で採取された試料は昭和30年以降の原水爆実験による放射性降下物<セシウム137>を多量に含んでおり,測定値間の有意差についても広島原爆の放射性降下物によるものと断定する根拠は見当たらず,昭和51・53年土壌調査の測定結果と宇田雨域との相関関係はみられないことが判明したとされている。),②の気象シミュレーション法による降下放射線量の推定では,気象シミュレーションによる放射性降下物質とその地上での分布は,火球によって生じた原爆雲の乾燥大粒子の大部分は北西9~22km付近にわたって降下し,雨となって降下した場合には大部分が北西5~9km付近に落下した可能性が大きいことが判明し,衝撃波によって巻き上げられた土壌などで形成された衝撃雲や火災煙による火災雲による雨(いわゆる黒い雨)の大部分は北北西3~9km付近にわたって降下した可能性が大きいと判断され,降雨地域の推定は,これまでの降雨地域(いわゆる宇田雨域)の範囲とほぼ同程度(大雨地域)であるが,火災雲の一部が東方向にはみ出して降雨落下しているとの計算結果となり,また,原爆雲の乾燥落下は北西の方向に従来の降雨地域を越えていることが推定されるが,その後の降雨などでこれらの残留放射線量は急速に放射能密度を減じており,③の体細胞突然変異及び染色体異常頻度の検討では,降雨地域と対象地域で統計的に有意差はなく,人体への影響を明確に示唆する所見は得られなかったとされている。
なお,上記報告書によると,気象シミュレーション法に基づいた降下放射線量の推定によれば,広島原爆の残留放射能による照射線量は,無限時間照射され続けたと仮定した場合の最大積算線量が約25radと推定されるとされ,また,この気象シミュレーション法を用いて測定した長崎の降雨地域は,これまでの物理的残留放射能の証明されている地域と一致することが確認されたとされている。
(6) 山本政儀らの指摘(1995年)(甲C6の5)
北陸大学薬学部の山本政儀らは,論文「長崎と広島の被爆地で採取した土に含まれるプルトニウムアイソトープ(同位元素),アメリシウム241とセシウム137」(J.RADIAT,研究26,1985年)において,次の指摘をしている。
原爆の爆発のすぐ後に行われた放射性核種降下物の測定や表面土のウラニウムのアイソトープの放射性科学分析によっても濃縮ウラニウム235の証拠は全く得られておらず,広島の黒い雨地域で採取された土及び同地域以外の地域から採取された土プルトニウム,アイソトープとセシウム137及びアメリシウムの分析(原爆の爆発の際に原爆のウラニウムから出たベータ崩壊に続く連続的中性子捕獲によって超ウラン核種が作られそれが地表に降下したとの推定に基づく調査)を行った結果,地球上の放射性降下物と違った割合は発見されず,原爆の影響を検出することはできなかった。
(7) 静間教授らの指摘(1996年)(甲A27の1・2)
広島大学の静間教授らは,論文「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」(1996年)において,次の指摘をしている。
広島原爆投下の3日後に爆心地から5km以内で収集された土壌のサンプル中のセシウム137含有量につき低バックグラウンドガンマ線測定を行った結果,22サンプル中11サンプルについてセシウム137が検出され,己斐・高須地区の土壌から高濃度のセシウム137が検出されたほか,3サンプルはいわゆる宇田雨域に含まれておらず(うち1サンプルは爆心地からの距離約3km),2サンプルは宇田雨域の境界上にあり(うち1サンプルは爆心地からの距離が約3~4km),他方,5サンプルは宇田雨域に含まれているがセシウム137は検出限界より低い(なお,1980年までのすべての核実験からのセシウム137の沈着は,緯度30~40度では約3.7×109Bq/km2であり,これは原爆の放射性降下物よりおよそ2桁大きいから,原爆のセシウム137の沈着は原爆投下直後に収集された核実験による放射性降下物によって被曝していないサンプルによってのみ測定することができるところ,上記土壌サンプルは核実験による全地球的な放射性降下物には曝されていないとされている。)。
上記調査の結果は,原爆投下直後に起こった降雨の降雨域が宇田雨域より広かったことを示している。
(8) 今中哲二の指摘(2004年)(乙A75)
京都大学原子炉実験所の今中哲二は,2004年7月に開催された広島・長崎原爆線量新評価システムDS02に関する専門研究会で「DS02に基づく誘導放射線の評価」を発表し,以下の指摘をしている。
DS02においては土壌中放射化量の計算はされていないが,無遮蔽の地上1mでの放射化量が計算されており,DS86とDS02でのコバルト60生成量の比をDS86報告書におけるグリッツナーらによる値に乗ずることによりDS02に基づく誘導放射線量を計算した。
計算の結果,爆発1分後の爆心地での1時間当たりの放射線量率は,広島で約600cGy,長崎で約400cGyとなり,広島,長崎ともに1日後にはその1000分の1に,1週間後にはその100万分の1にまで減少しているが,それでも,爆心地近辺では約1年近く自然レベル以上の放射線量率が続いていたことになる。測定値と計算値を比較すると,広島においてはおおむね一致するが,長崎は測定値に比べて計算値がその6~8倍である。違いの理由は定かではないが,一応,計算の方が大きめの方向である可能性を示唆しており,さらに,上記放射線量率を基に各爆心距離について無限時間までの積算線量を求めると,爆心地では広島が120cGy,長崎が57cGy,爆心からの距離が1000mでは広島が0.39cGy,長崎が0.14cGy,爆心地からの距離が1500mでは広島が0.01cGy,長崎が0.005cGyとなり,これ以上の距離での誘導放射線被曝は無視してかまわないであろうとされている。また,爆心地に1日後に入って滞在し続けた場合の線量は広島では19cGy,長崎では5.5cGyとなり,1週間後に爆心地に入って滞在し続けた場合は,それぞれ0.94cGy及び1.4cGyとなる。
3 内部被曝に関する指摘
内部被曝に関する議論や指摘等について,以下の事実が認められる。
(1) DS86報告書における指摘(1987年)(乙A16)
DS86報告書によれば,原爆投下後の内部放射線への被曝の推定は,長崎において原爆からの放射性降下物が最も多く堆積した地域である西山地区の住民中のセシウム137からの内部線量について行われ,岡島らが1969年にホールボディカウンターを用いて西山地区に住む男性20人及び女性30人中のセシウム137の内部負荷を同数の対照とともに測定したところ,体重のpCi/kgにした結果は,西山の男性で38.5,女性で24.9であり,対照では男性25.5,女性14.9であり,長崎の原爆降下物による寄与は,西山の住民と対照との差(男性で13pCi/kg,女性で10pCi/kg)に等しいと仮定され,また,セシウム137成分の縦軸変化を調べるために,1969年に比較的高い値を示した15人のうち10人(男性と女性を含む。)が1981年に2回目の測定を受けた結果,1969年の平均48.6pCi/kgから1981年の15.6pCi/kgへの低下が認められ,身体負荷が指数的に減少したと仮定すれば,有効な半減期は7.4年と推定されるとして,このデータを用いて,1945年から1985年までの40年間の内部線量は,男性で10mrem(mrad),女性で8mrem(mrad)と推定されるとされている。
(2) チャールズらの指摘(2003年)(乙A116の1・2)
バーミンガム大学のチャールズらは,ホット・パーティクル(放射能の高い放射性物質からなる不溶性粒子)による不均一な被曝は,同量のエネルギーが組織全体に均一に沈着する場合より発がん性が高いとの指摘(1974年 米国のタンプリンらによる指摘)を評価するため,動物実験(生体内及び試験管内)と人間の疫学データの調査を行い,放射線防護ジャーナルに「ホット・パーティクル(粒子)被曝の発がんリスク」と題する論文を発表した。同論文は,以下のような指摘をしている。
動物実験や疫学データに基いた検討からすると,全体的には,この指摘とは反対の見解が支持され,ICRPが提唱するような平均線量が±3倍の範囲内で,発がんリスクの適切な評価になることが示唆された。
この問題に応用できる人間のデータはほとんどないが,プルトニウム噴霧の職業的吸入後の肺がん死亡率と診断のために投与されたトロトラストによる肺がんと白血病の発生率に関する限られたデータでは,有意な増大因子の裏付けとならない。
主に肺と皮膚の被曝を含む非常に限られた動物実験でもホット・パーティクルによる発がんの増加は示されていない。
試験管内での悪性形質転換の実験で,ホット・パーティクル被曝での細胞形質転換の増加を示したものがあるが,増大因子を裏付ける証拠が十分でない。
(3) 石榑信人の指摘(2004年)(乙A84)
放射線医学総合研究所放射線安全研究センター防護体系構築研究グループの石榑信人は「内部被曝に関する意見書」で以下の指摘をしている。
長期間の内部被曝を評価する上で着目すべき放射性核種はストロンチウム90及びセシウム137の2つであると考えられるところ,爆発の30分後に爆心から3km東の西山地区を中心にいわゆる黒い雨が降り,この地域の土壌を汚染し,このため,核分裂生成物が浦上川の水面にも降下し,河川水が汚染された可能性が考えられるが,セシウム137の浦上川の水面への降下量は西山地区における最も高い推定値である3.3ベクレル/cm2を超えていたとは考え難く,核分裂によるストロンチウム90の生成量はセシウム137よりも少ないので,ストロンチウム90の水面への降下量も3.3ベクレル/cm2を超えていたとは考え難く,かつ,川の流れによりかなり希釈されると考えられるから,生物学的半減期に関するICRPのモデルによれば,浦上川の河川水の飲水により障害を起こし得る量を摂取することができるものではないと考えるのが妥当である。
ICRPのモデルによれば,セシウムの物理学的半減期は約30年であるが,経口摂取されたセシウム137はそのすべてが胃腸管から血中に吸収され,10%は生物学的半減期2日で,90%は生物学的半減期110日で体外へ排泄されるとされており,また,ストロンチウム90の物理学的半減期は約29年であるが,経口摂取されたうち30%が消化器系を経由して血中に注入され,残りは便として排泄される。
(4) 安斎育郎の指摘(2004年)(甲A17,45,乙A16,原審証人安斎育郎)
立命館大学国際関係学部の安斎育郎教授は,内部被曝に関して,次のような指摘をしている。
内部被曝の影響については,外部被曝とは違った機序で人体に作用する可能性が示唆されている。外部被曝は,人体の外部から放射線が照射されるのに対し,内部被曝は,人体の内部に放射性物質が入り込み,細胞組織等に継続的に作用する。外部被曝が総じて体外からの一時的な被曝であるのに対し,内部被曝の場合,体内に入り込んだ放射性物質が放出する放射線によって局所的な被曝が継続するという特徴を持つ。例えば,骨組織に沈着したプルトニウム239は,プルトニウム239(α)から,順次,ウラン235(α),トリウム231(β),プロトアクチニウム231(α),アクチニウム227(β),トリウム227(α),ラジウム223(α),ラドン219(α),ポロニウム215(α),鉛211(β),ビスマス211(α),タリウム207(β),鉛207などと変化し,その過程でアルファ線,ベータ線,ガンマ線などを放出し,周囲の組織に被曝を与える。細胞膜が溶液中の放射性イオンからの放射線に敏感であり,低線量で影響を受けるとの報告があり,長時間に及ぶ内部被曝の結果,外部被曝の場合とは異なる態様において細胞組織のDNAの損傷等が生じる可能性がある。さらに,このような内部被曝の影響については,微小な細胞レベルで生じるため,吸収線量や線量当量などマクロな概念によってはその影響を正確に評価することができない可能性がある。例えば,放射線が組織1kg中に与えた平均エネルギーが等しくても,組織全体が平均的に浴びたのか,それとも特定の細胞が集中的に浴びたのかによって影響が異なり得るにもかかわらず,これらの単位は,局所的に生じた被曝について,その影響を1kgの組織全体に対する被曝として平均化してしまうからである。
長崎大学岡島らのフォールボディモニターによる人体のセシウム137の測定で内部被曝が推定されているが,実際には,セシウム137以外のフォールアウトもあり,初期にどれだけの内部被曝をしているかは不確定である。昭和20年9月23日以降に長崎に駐屯したアメリカ海兵隊1万人の中で多発性骨髄腫を発症した者がある。
(5) 澤田昭二の指摘(2003~2005年)(甲A60,原審証人澤田昭二)
澤田教授は,内部被曝の影響について,次のような指摘をしている。
放射性物質を体内に取り込んだとき,水溶性や油溶性の場合は,放射性物質が原子又は分子のレベルで体内に広がり,元素の種類によって特定の器官に集中して滞留することが起こる。ヨードが甲状腺に集まるとか,リンやコバルトが骨髄に集まるなどである。こうした場合は尿などの排泄物などから取り込んだ放射性物質の量を推定することができる。ところが,水溶性や油溶性でない放射性微粒子が取り込まれ,微粒子がある程度の大きさを保ったまま固着すると,その周辺の細胞が集中して被曝する。この場合は,沈着した部位でかなり持続的に強い放射線を出し続けるような場合を除いて特定することも困難で,排泄物から推定することもできない。このような放射性微粒子による影響は,微粒子の大きさ,微粒子に含まれる放射性元素と放出される放射線の種類に大きく依存する。この影響を生物学的効果比のように単純な因子で表現することも困難である。
広島原爆のウラン235だけでも,内部被曝によって局所的にICRPの設定した一般人に対する年間許容被曝線量0.001Svをはるかに超える被曝を受ける。このホット・スポットが肺胞にできるか,骨髄か,生殖細胞か,などによって,起きる疾病が変わってくる。
長崎原爆のプルトニウム239の場合は,内部被曝によって,局所的に細胞が死滅する被曝線量を受け,さらに,プルトニウム239のアルファ崩壊後のアクチニウム系列の崩壊による被曝が加わる。
急性外部被曝の場合は,外部の様々な方向から放射線によって照射されたとしても,ほぼ一様に被曝するため,生体組織1kg当たりの吸収エネルギーというような平均的な量である吸収線量によって被曝影響を評価することができる。これに対し,放射性微粒子による内部被曝の場合は,ホット・スポットの直近の球殻の細胞組織が集中して継続的な強い被曝を受け,これに次ぐ影響をその周りの球殻が受ける。微粒子の大きさによっては2か月間に10Gy以上を被曝し,球殻内の細胞が死滅してしまうような被曝も考えられる。微粒子の大きさによっては,がんや遺伝的影響のような晩発性の障害を引き起こしやすい被曝線量を浴びせる可能性がある。したがって,器官組織全体の吸収線量のような被曝影響評価では内部被曝の影響を評価することに適していない。
1つの放射線粒子のエネルギーは数万eV(エレクトロンボルト)から数百万eVであり,一方,細胞内のDNAなどの分子の1個の電子が電離するエネルギーは10eV程度であるから,1個の放射線粒子が電離させる電子の数は数千個から数十万個に達する。これらの電離によって切断された分子の大部分は元通りに修復されるが,電離によって破壊された分子の中には正しく修復されないで染色体異常や突然変異などを起こし,急性症状やがんなどの晩発的症状を引き起こす可能性がある。1個の放射線粒子が1gの組織に与えるエネルギーは,被曝線量が0.0001mGyと極めて低線量であるが,それでも細胞のミクロのレベルでは急性症状や晩発的症状につながる変化が生じている可能性がある。
入市被爆者が爆心地付近に入り,中性子線によって誘導放射化された残留放射能を帯びた微粒子を体内に取り込んだ場合,入市の期日にもよるが,一般に半減期が数時間以上から数年間,あるいはそれ以上の放射性原子核から放射された放射線によって体内被曝する。特に,土埃に含まれる半減期84日のスカンジウム46や半減期5.3年のコバルト60,セシウム134による被曝が問題になる。
(6) 矢ヶ崎克馬の指摘(2004~2005年)(甲A196)
矢ヶ崎克馬(琉球大学理学部教授)は,内部被曝について次のような指摘をしている。
極めて小さい放射性物質は呼吸や飲食等によって身体内部に取り込まれ,親和性のある組織に沈着・滞留し,飛程の短いアルファー線とベータ線が放出時に有していたすべてのエネルギーが周囲の細胞組織を形成している原子の電離等に費やされ,ホット・スポットが形成され,その内部では,均一的な対外被曝と異なり,高密度電離が行われている可能性がある。そして,高密度電離を行うアルファー線などは,DNAの二重鎖切断を引き起こし,誤った修復がされる確率が高くなり,その結果,誤った遺伝情報を伝えたり,異常細胞を生成・成長する。内部被曝線量を測定する方法であるホールボディーカウンターでは,放射線のうち飛程の長いガンマ線しか測定できないから,内部被曝線量を正確に測定することはできない。
(7) 今中哲二の指摘(2005年)(乙A75)
今中哲二は,上記2(8)の専門研究会で「DS02に基づく誘導放射線の評価」を発表し,次の指摘をしている。
焼け跡の片付けに従事した人々の塵埃吸入を想定し,土壌中のナトリウム24とスカンジウム46を吸入の対象とし,DS02検証計算で得られた地上1mの中性子束を用いて放射化生成量の1km以内の平均値を計算し,塵埃濃度を2mg/m3と想定して,原爆投下当日に広島で8時間の片付け作業に従事したとして,内部被曝を評価した結果,0.06マイクロSvとなり,この値は考えられる外部被曝に比べ無視することができるレベルである。
4 低線量放射線による被曝の影響に関する指摘
証拠(甲A21の1・2,36,37,198)によれば,低線量放射線による被曝の影響に関する議論や指摘等について,次の事実が認められる。
(1) ドネルW. ボードマンの指摘(1992年)(甲A36)
ケンブリッジ及びマサチューセッツの原子放射線研究センターのドネルW. ボードマンは,著書「放射線の衝撃 低線量放射線の人間への影響(被爆者医療の手引き)」(肥田舜太郎訳)において,以下の指摘をしている。
大量の放射線でも明らかな影響がないこともあるが,わずか一発の命中が致命的に影響することもある。この意味では,放射線被曝は,それが有機体のどれか特別な分子に直接衝撃を与えることはできないので,生物に特別な予告的な影響は持たず,分子の段階では,あらゆる放射線照射の影響は,当たるか当たらないかの文字通り無作為の「確立的」である。それと同時に,放射線の影響は吸収された線量に正比例するので,ここからは「非確立的」である。生物学的な影響の重傷度は,放射性エネルギーを吸収して起こる分子傷害の部位とタイプ,分子の変化した状態,近くの他の分子成分との自然な再編成の程度,生物学的修復と復位にかかっている。
細胞膜の位置にある遊離基(フリーラジカル)の連鎖反応は,低線量か微量の放射線被曝の方が,ミリラド(1mrad=0.001rad)でなくグレイ(1Gy=100rad)で計る通常の線量被曝よりも比較的激しく,長く持続するというペトカウ博士(カナダの医師,生物物理学者)の最初の報告(1971年)以来,この考えは次第に大きくなってきた。遊離基は,脂質,蛋白,薄膜,そして老化の構造と機能の撹乱に寄与するようにみえる。
リン脂質の細胞膜の脂質部分と蛋白構造は,構造のレベルでのことであるが,長時間照射の方が高線量放射線の短時間照射よりもより影響が大きく(誘導放射線障害),より激しい。このように言われるのは,適当な脂質蛋白の環境の中での自立した遊離基の連鎖反応は,放射線の誘導で化学的に始まる反応の後も執拗に持続するためである。最近,被曝した体液の遊離基は高線量放射線よりも低線量の時の方がより活性化されやすいことが報告されている。
放射線への被曝は,低線量への被曝でも,急性放射線症候群又は晩発性のがん,白血病,先天性欠損以外に,より複雑な障害を引き起こす。放射線によるエネルギーの沈着は無作為の経過をとり,物質の小さな容量の中で相互に影響し合う同エネルギーの全く同じ分子は,偶然だけの理由によってエネルギー量を違えて沈着するため,電離放射線への被曝あるいは放射線の衝撃は,「確立的」,あるいは,放射線生物学的境界「無作為的」である。生物学的な修復反応は奇跡的だが不完全であり,損傷はあらゆる種類の生物物質に対し執拗に時には世代を超えて与え続けられる。
(2) ジェイM. グールドらの指摘(1994年)(甲A37)
「放射線と公衆衛生に関する研究計画」の責任者であるジェイM. グールドとベンジャミンA. ゴルドマンは共著「死にいたる虚構 国家による低線量放射線の隠蔽」(1994年10月 肥田舜太郎ほか訳)において,以下のような指摘をしている。
広島原爆の経験に基づく高線量域から外挿した(機械的に当てはめた)線量反応関係(被曝線量の増加に応じて,被害が増加する相関性)に基いて,フォールアウト(放射性降下物)や原子力施設の放射能漏れによる低線量の危険は極端に過小評価され無視することができるほど小さいと信じられてきた。しかし,医療被曝や原爆爆発のような高線量瞬間被曝の影響は,まず最初に,細胞中のDNAに向けられ,その傷害は酵素によって効果的に修復されるが,この過程は,極低線量での傷害に主として関与するフリーラジカル(遊離基)の間接的,免疫障害的な機序とは全く異なっている。このことは,チェルノブイリ原発の事故後のミルク中のヨウ素131被曝による死亡率が,ヨウ素131のレベルが100pCi以下で急激に上昇しているのに,高線量レベルになると増加率が平坦になってしまうことから裏付けられた。チェルノブイリの経験から言えば,この過程は最も感受性のある人々に対する低線量被曝の影響を1000分の1に過少評価していることを示している。
チェルノブイリ事故以後の健康統計から計算すれば,低線量の線量反応曲線は,低線量域で急峻なカーブの立ち上がりを示す上方に凸の曲線又は対数曲線であり,線量反応関係の対数カーブは,ペトカウ博士らが行った1971年の放射線誘発フリーラジカルの細胞膜障害の実験結果と一致する。低線量放射線による慢性的な被曝は,同時には,ほんのわずかのフリーラジカルが作られるだけであり,これらのフリーラジカルは血液細胞の細胞膜に非常に効率よく到達し,透過する。そして,非常に少量の放射線の吸収にもかかわらず,免疫系全体の統合性に障害を与える。それと対照的に,瞬間的で強い放射線被曝は,大量のフリーラジカルを生成し,そのため互いにぶつかり合って,無害な普通の酸素分子になってしまうため,かえって細胞膜への障害は少ない。
チャールス・ワルドレンと共同研究者たちも,極めて低い線量の放射線の場合,高線量を用いた通常の方法やエックス線装置からの瞬間照射の場合よりも200倍も効果的に突然変異が生じることを発見した(体内摂取されたベータ線による持続的な被曝は,外部からのエックス線瞬間被曝に比べて細胞膜への障害が千倍も強い。)。彼らのデータは,線量反応曲線は直線であり,低線量の影響についても高線量のデータによる直線の延長線上で評価することができるとしてきた伝統的な化学的ドグマと対立している。
ストロンチウム90は,化学的にはカルシウムに似ているため,成長する乳幼児,小児,思春期の男女の骨髄の中に濃縮される。一度骨中に入ると,免疫担当細胞が作られる骨髄に対し,低線量で何年にもわたって放射線を照射し続ける。ストック博士と彼の協力者は,1968年,オスローがん病院で,わずか10~20mradの少線量のエックス線がおそらくフリーラジカル酸素の産生を通じて骨髄造血細胞にはっきりした傷害を作り出すことを初めて発見した。このことが,直接的には遺伝子を傷つけ,間接的にはがん細胞を見つけて殺す免疫の機能を弱め,骨肉腫,白血病その他の悪性腫瘍の発育を導く。ストロンチウム90などによる体内のベータ線被曝で最も効率よく生産されるフリーラジカル酸素は,低比重コレステロールを酸化して動脈に沈着しやすくし血流を阻害して心臓発作を誘導すると考えられており,発がん性と同様に冠動脈性心疾患の一要因なのかもしれない。
(3) ドナルドA. ピアースらの指摘(2000年)(甲A21の1・2)
放影研のドナルドA. ピアースとデールL. プレストンは,論文「原爆被爆者の低線量放射線被曝に関連するガン発生リスク」(2000年)において,次の指摘をしている。
放影研の充実性腫瘍発生率に関する1958~1994年のデータを使用し,爆心地から3000m以内で,主として0~0.5Svの範囲の線量を被曝した被爆者の充実性腫瘍(固形がん)の発生率を解析したところ,その結果は,0.05~0.1Svという低線量被曝についてのがん発生リスクの有用な推定値を提供しており,この推定値は0~2Svあるいは0~4Svというより幅広い線量範囲から算定された線形のリスク推定値によっても過大評価されておらず,0~0.1Svの範囲でも統計的に有意なリスクが存在し,あり得るどのしきい値についても,その信頼限界の上限は0.06Svと算定され,現在検討されている中性子推定線量の見直しは,これらの結論を著しく変えることにならないであろう。
(4) 低線量放射線影響分科会の指摘(2004年)(甲A198)
我が国の原子力安全委員会は,2001年8月,原子力利用に伴う障害防止の基本に関する事項等について調査審議する放射線障害防止基本専門部会に低線量放射線影響分科会を設置した。同分科会は,低線量放射線の生物影響に関する研究成果の現状と今後取り組むべき研究課題等について調査審議し,2004年3月,「低線量放射線リスクの科学的基盤―現状と課題―」と題する報告書をまとめた。同報告書は,以下のような指摘をしている。
現在までの調査結果から100mSv以上の線量域では,線量とがん発症率の関係は直線的であることが確かめられているが,それ以下では線量反応曲線は決定されていない。しかし,実用上必要な放射線防護の枠組みとしては,高い線量域の直線関係をゼロ線量まで外挿した,しきい値なしの直線仮説が採用されている。この仮説が現実の低線量の放射線影響の実態とどこまで一致しているかについては,世界的にも多くの議論がある。
生体は,放射線をストレスとして感知し,これに応答して,分子レベルでのDNA損傷修復,細胞レベルでは細胞周期抑制や損傷細胞の排除,組織レベルでは喪失細胞補充のための増殖等様々な高次機能を立ち上げ,生体の恒常性を回復しようとするが,一部の細胞は,長期の潜伏期を経てがん化する。放射線に対するこれらの生体影響は線量・線量率により異なることが知られているが,最近になり低線量放射線に対する応答機構に新しい研究の展開が見られ,放射線影響評価に直接関係する生物学的現象とその機構(ゲノム不安定性,バイスタンダー効果など)が明らかになりつつある。
核分裂中性子線のような高LET放射線については,低線量率(線量率=単位時間あたりの放射線量)の方が高線量率照射よりも影響が大きい場合が試験管内実験で報告されている(逆線量率効果)が,人の低線量リスク評価に大きく寄与するものとは現在のところ考えにくい。
1900年代半ばからアルファ線照射を受けた細胞に隣接し,自身は照射を受けていない細胞に染色体異常,突然変異あるいは細胞がん化などの遺伝的効果が生ずることが指摘されるようになった。この効果は,バイスタンダー(細胞隣接)効果と総称され,照射を受けた細胞から隣接する細胞に被曝の情報が伝わる現象であり,エックス線などでも誘導され,その効果には線量効果も認められており,放射線でDNAが直接損傷を受けなくても突然変異や発がんが起こる可能性を意味している。これは高線量や高線量率照射に比べて単位線量当たりの遺伝的効果リスクが高くなることを示唆するものであり,低線量放射線のリスク評価のために注目すべき新たな課題である。
近年になり放射線による間接的突然変異誘発機構としてのゲノム不安定性(放射線被曝によって生じた初期の損傷を乗り越え生き残った細胞集団にみられる遺伝的不安定性)の誘導が注目を集めるようになった。低線量リスクにとって重要な意味を持つが,一方で,ゲノム不安定性誘導の分子機構がいまだに不明である現時点においてその低線量リスクへの関わりは明確ではない。
科学的知識は常に変遷・進歩するものである以上,リスク推定や安全基準も常に新知見を取り入れて,その科学的基盤の強化を図る必要がある。しきい値問題をとってみても,その有り無しの双方が根拠にするもののほとんどは,これまでヒトなり動物なりでの現象論的なデータであった。このような現象論的研究は,サンプルサイズの制約による統計的限界を乗り越えることはできない。これまでの現象論的解析から展開し,低線量放射線発がんの分子機構について,細胞レベル組織レベルでの機構論的解析を推進することにより,低線量・低線量率効果係数について真の科学的基盤形成が可能になる。米国エネルギー省は,ヒトの疫学研究には統計的限界があるため,機構研究充実を図ることが必要と考え,低線量放射線の影響におけるしきい値の有無,低線量放射線に対する感受性に作用する遺伝的要因等について,1999年より10か年の研究プロジェクトをスタートさせている。
5 放射線による急性障害の調査結果と発症の機序についての見解
(1) 遠距離被爆者及び入市被爆者の急性障害に関する調査結果
放射線被曝による急性障害の距離別,症状別,被爆状況別(遮蔽の有無,爆心地付近への立入の有無等)の発症状況について多くの調査結果が発表されている。その概要は以下のとおりである。
ア 「原子爆弾による広島戦災医学的調査報告」(1945年)(乙A109)
陸軍軍医学校は,広島原爆投下の翌日,陸軍省医務局からの指令で,特殊爆撃による被害調査を命じられ,昭和20年8月8日,5名の係官を広島に派遣し調査を開始した。調査開始後2日目にこの爆弾に放射能があることを知り,順次係官を増派し,調査・研究に当たらせた。その結果,上記報告書がまとめられた。
これによると,原子爆弾症については,爆心地から0~1.5kmで重度の,1.5km~2.5kmで軽度の発症者を観察し,爆心地から1km以内で有効なる遮蔽がなかった場合は,8月10日から略10日以内に重篤なる症状を発し,1.5km以内で遮蔽の少なかった者も8月16,17日ころから特有な症状を発し,2km以遠においては特有な症状を発したる者は稀であったとしている。なお,原子爆弾症の軽重には更に受傷後の生活環境,個人差が大なる影響を与えたと指摘している。脱毛患者の発生地域については,「爆心より半径約1.3km以内」(「103粁」との記載があるが,第10図及び第3表からして,誤記と認める。)の地域であるとしている(ただし,この部分の調査は,広島第1陸軍病院等の入院,外来患者等243名の調査結果である。)。
イ 「爆発後被爆地帯に入れる者に対する障害」(1953年)(乙A112)
上記陸軍軍医学校の行った入市被爆者(原爆投下当時は放射線被曝の圏外にあったが,爆発直後から広島市に入り,屍体発掘等の作業をした船舶練習部第10教育隊等及び爆心地から約8kmの石内村住民で被爆から10日ころまでに広島市内に入って行動した者)に対する調査結果によると,軍関係者ではごく一部に赤血球沈降速度の促進,下痢,食思不振,出血斑(軍医診断)を認めたが,脱毛は認めていない。
また,石内村住民についての調査では,被爆当日にあった驟雨に濡れなかった群(甲類)と濡れた群(乙類)に分けて観察したところ,いずれにも白血球の減少や原爆症状類似の症状(下痢,倦怠等17症状)のある者が相当多数おり,乙類では,多数の症状を訴える者が多かったとしている。
ウ 日米合同調査団報告書(1951年)(甲A6,124の13)
日米合同調査団が広島と長崎で,被爆後20日後に生存していた被爆者に対して行った距離・遮蔽状況別の脱毛及び紫斑又はそのいずれかの発現者の調査結果(1951年)は下表のとおりである(A=屋外又は日本家屋内,B=ビルディング内,C=防空壕及びトンネル内)。広島,長崎とも,おおむね爆心地からの距離が遠のくにつれて急速に発現者が減少し,遮蔽度に応じて逓減していることが認められる(ただし,2km以遠では,いずれもやや明瞭さに欠けており,逆転もみられる。2km以遠の絶対数が少ないことも一因と思われる)。
file_10.jpgA i O71. Oka 1, 6~2, Ok | 2. 1~2, 5km | 2. 6~3, ok [ 3. 1~4, Oke | 4. 1~8. Oem NOH 568 at 163 HEM 614 GH 202 489K 3K 36.1% 4.2 G4 113 HOH 14 ate mA BA 1A y 62.88] 5.48 fat oo 75] G20 HEH 3 ane 0 lame 0 lama 0 3 OK OK On OK ow om ow os ow ih m1 Ohm [1 1~1. Skee 2.1~2, Sim [2. 6~3. ok [ 3. 1~4. Ok [ 4. 1~5. oem ee 377 [agai ee 51s [tee 509 [agar oa [reer 200.4 489.0 WA MA E 53.1% 43. 54 9.3% 2.58 2.4% 0.48 iG 303 [xe 605 ee 35 [wee 30 [age ise [wee 17 107A 2A 3h 5A BA OK 38.38] 35.44 8.6% 16.73 3.34 ow eNTS dae no [age 25 [aga 29 [ew 9 19 4 3A On 1A Om 26.0% 5.6% 2.7% os 3.4% owエ 東京帝国大学医学部診療班の原子爆弾災害調査報告(広島)(1953年)(甲A124の9・11,乙A91)
下表は,昭和20年10月に米国原子爆弾災害調査団が広島で被害調査を行った際に上記診療班が随行して,同月と翌11月に爆心地から5km以内の生存被爆者5120人を調査した結果であるが,同報告自身,調査対象者の来訪を求めて調査したため,障害を自覚した者が余計に集った傾向があることを指摘している。
この結果によれば,すべての症状において,距離が遠くなるに従って発症者が減少しており(近距離で一部逆の結果が見られるが,それは死亡者を含めていない結果と思われる。),2km以遠においても少数ながら発症者が認められている。
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ⅰ 脱毛出現最大距離は,爆心よりの水平距離で2.8km。
ⅱ 全脱毛者の約90%は2km以内で発現している。
ⅲ 頭部脱毛に方向性ありと考えられる例は,707例中7例(約1%)。
ⅳ 放射能傷と規定された者は,2.8km以遠には発見されなかった。
ⅴ 口内炎症及び悪心嘔吐は,3.1~4.0kmの間でも明らかに存在する。
ⅵ 発熱及び下痢は,被爆当日に4kmまで発生をみている。
ⅶ 食思不振,悪心嘔吐及び倦怠感は,被爆当日に5kmまでかなりの発生をみている。
なお,上記調査には,東京帝国大学医学部放射線科の筧弘毅教授も参加し,脱毛に関する統計をとり,性差は認められない,出現範囲は2.8km以内(1.5km以内とする報告もある。),脱毛時期は被爆数日後から始まり,多くは2週間前後などと整理しているが,その考察及び総括において,調査した人々の観察や意見が必ずしも一致せず,従来の考え方をもってしては常識的でない事実も報告されているとの指摘もしている(甲A124の9)。
オ 「長崎市における原子爆弾による人体被害の調査」(1953年)(乙A114)
九州帝国大学医学部放射線治療学教室教授中島良貞らは,放射線による人体への影響を調査した中で,長崎原爆炸裂時に遠隔地にいたが,その直後から数日中に長崎市に入り,昭和20年9月10日まで救護活動等をした17名について,いずれも白血球の減少が認められなかったと報告している。
カ 「長崎ニ於ケル原子爆弾災害ノ統計的観察」(1982年)(甲A67文献番号4,90)
長崎医科大学外科第一教室の調来助教授らが昭和20年10月から同年12月にかけて調査した結果,爆心地からの距離と脱毛との関係は以下のとおりであったとされている。この調査でも生存者については,距離とともに脱毛の発症者は低下し,2km以遠でも発症者が認められている。死亡者については,そのような傾向は見られないが,調査者は,脱毛に至らずに死亡するためであろうと推測している。
file_13.jpg1. Oki 2~ Sk sete [eC at [ee | ae | et aaa 1924 26d] a9] 1A 1A] 52 WA, 4Ay 56K ais] 27.1% aris] sox] is.ax] sox] 20x] ex] oo]キ 「原爆残留放射能障碍の統計的観察」(1957年)(甲A5)
於保源作医師が昭和32年に発表した「原爆残留放射能障碍の統計的観察」によれば,同医師が中心となって同年1月から同年7月にかけて,広島市内の一定地区(爆心地から2~7km)に住む被爆生存者全部(3946人)について,その被爆条件,急性症状の有無及び程度,被爆後3か月間の行動等を各個人ごとに調査した結果は,次のとおりであったとされる。
(ア) 被爆者(屋内/屋外)の距離別有症率と爆心地周辺への出入りの関係
被爆者(昭和20年8月6日午前8時15分に広島市にいた人)の被爆時の爆心地からの距離別と屋内・屋外被爆別の有症率(原爆放射能障碍及び同熱障碍を受けた率)等を調査し,かつ,そのうち原爆直後から3か月以内に原爆中心地(爆心地から1km以内)に入った者と入らなかった者の有症率を比較検討したものである(下表は,そのうち,有症率と脱毛のみの発現率を示したものであり,A群は,中心地に入らなかった者,B群は,中心地に入った者である。)
file_14.jpg上記調査結果からすると,以下の事実が窺われる。
ⅰ 屋内・屋外に関わらず,直接被爆者では,急性原爆症の有症率は,被爆距離にほぼ反比例している。
ⅱ A群とB群を比較すると,総じてB群の有症率が高く(屋内被爆者のA群の平均有症率20.2%に対し,同B群のそれは36.5%であり,屋外被爆者では,それぞれ44.0%と51.0%となっている。),直接被爆以外に,中心部に入ったことが有症率を高める原因となったことが推定できる。
ⅲ 屋内より屋外が有症率が高く,遮蔽効果の影響が見られる。
ⅳ 以上の傾向は,2km以遠についてもおおむね当てはまる。
(イ) 非被爆者の中心地立入と急性障害の有症率
原爆投下の瞬間に広島市内にいなかった非被爆者で,被爆直後入市した人(629人)について調査した結果,中心地に入らなかった入市者(104人)に有症者はいなかったが,中心地に入った入市者(525人)の有症率と下痢,皮粘膜出血,脱毛の発現率及び中心地に入った後の滞在時間と有症率との関係は下表のとおりである。
file_15.jpgeer nS Te | Trai oe 99 tu et0z wish wet 49°99 wor st-19 mete 002 ae es mete metr |xes faovar fez sor0s ez sa"s xc went nee zs x987 user sce |xpz |oevoe |uces fyerz | 2 wet ger see [xucor [eee [usr [yes 9/8 = wee | Wea = w|e We 1 | eae peee eee以上の調査結果によれば,中心地に早く入り,長く滞在したほど有症率が高いことが認められる(一部,直線的な関係となっていない部分があるが調査対象者が極めて少ないためと思われる。)。非被爆者で原爆直後に中心地に入り10時間以上活躍した者ではその43.8%が急性原爆症様の症状を呈していたことが認められる。なお,その2割の人には高熱と粘血便のあるかなり重症の急性腸炎があったことが記載されている。
ク 「残留放射能による障害調査概要」(広島市の「広島原爆戦災誌第一編総説」に掲載された「暁部隊」に関する調査)(1971年)(甲A112の17)
被爆直後から入市して救護活動に従事した広島市陸軍船舶司令部隷下の将兵(暁部隊)について,二次的放射能障害にかかわる調査が実施された。
対象者と活動状況は以下のとおり
幸の浦基地救援隊201人(原爆投下時は爆心地から約12km地点で駐屯)
昭和20年8月6日,原爆投下当日の正午前に広島市内に進出し,直ちに活動を開始し,負傷者の安全地帯への集結を行い,同日夜から翌7日早朝にかけて中央部へ進出し,主として大手町・紙屋町・相生橋付近,元安川で活動し,同月12~13日まで活動して,幸の浦に帰還した。
忠海基地救援隊32人(原爆投下時は爆心地から約50km地点で駐屯)
同月7日朝から東練兵場・大河・宇品その他主要道路沿いなど広島市周辺の負傷者の多数集結場所において救援を行った。
各救援隊の救護作業の内容は,死体の収容と火葬,負傷者の収容と輸送,道路・建物の清掃,遺骨の埋葬,収容所での看護,焼跡の警備,食糧配給などとされている。
上記対象者に対するアンケート調査の結果,① 出動中の症状として,2日目(同月8日)ころから,下痢患者多数続出,食欲不振がみられ,② 基地帰投直後の症状(軍医診断)として,ほとんど全員白血球3000以下となり,下痢患者が出て(ただし,重患なし),発熱する者,点状出血,脱毛の症状の者も少数ながらあり,③ 復員後経験した症状として,倦怠感が168人,白血球の減少が120人,脱毛が80人,嘔吐が55人,下痢が24人であり,④ 調査時点(昭和44年)の身体の具合として,倦怠感が112人,胃腸障害が40人,肝臓障害が38人,高血圧が27人,鼻・歯の出血が27人,白血球減少が23人,めまいが20人,貧血が15人,であったとされている。
ケ 「ヒロシマ・残留放射能の四十二年[原爆救援隊の軌跡]」(賀北部隊の調査)(1988年)(乙A21)
NHK広島局・原爆プロジェクトチームは,広島地区第一四特設警備隊(賀北部隊)の工月中隊に所属した隊員99人(昭和20年8月6日深夜から同月7日昼ころにかけて西練兵場に到着し,同日ころから第1,第2陸軍病院,大本営跡,西練兵場東側,第11連隊跡付近で作業に従事)に対するアンケート等調査の結果,32名が放射線障害による急性障害に似た諸症状を訴えており,その内訳は,出血が14人,脱毛が18人,皮下出血が1人,口内炎が4人,白血球減少が11人であったとされ,放影研の加藤寛夫疫学部長らは,上記のうち,脱毛6人(うち3分の2以上頭髪が抜けた者が3人),歯齦出血5人,口内炎1人,白血球減少2人についてほぼ確実な放射線による急性症状があったと思われるとしている。
そして,上記文献中の加藤部長らによる「賀北部隊工月中隊の疫学的調査」によれば,以下のような指摘がある。
推定被曝線量は,最も多く受けたと思われる部隊でも,最大で12rad,平均5rad(全隊員の平均線量は1.3rad)と少なかったのであるが,このような調査対象者の中に,たとい若干名であろうと急性放射線症状(脱毛,歯齦出血,白血球減少症など)を示した者があったと思われることは,被爆当時の低栄養,過酷な肉体的・精神的ストレスなどに起因するものが混在していたにせよ,通常この程度の外部被曝線量ではこのような急性症状がないと考えられていることからすると興味深いものがある。もし,放射線による急性症状とすれば,特殊環境下における人体の放射線に対する抵抗性の低下によることも考えられるし,また,飲食物による内部被曝の影響の可能性も否定し切れない(ただし,フォールアウトによる被曝線量はほとんど無視することができることが今回の調査で明らかになった。)。
被爆後42年間の死亡追跡の結果,死亡率は全国の平均死亡率と変わらず,がんによる死亡は多くはなかったが,早期入市者に死亡に至らない種々の疾病,障害があった可能性については,今後とも追究する必要があろうとされている。
また,上記文献中の「賀北部隊工月中隊における残留放射線被曝線量の推定―染色体異常率を基にして―」によれば,賀北部隊工月中隊に所属し同月7日から7日間西練兵場近くで救護活動に従事した10人の隊員と2人の対照者の染色体分析を行ったところ,上記隊員の染色体異常率は非常に少なく,染色体異常数に基づく被曝線量の推定式に当てはめるとせいぜい10rad前後と考えられたとされている。
コ 「早期入市者の末梢血リンパ球染色体異常」(人体影響1992)(1992年)(乙A9)
上記文献によれば,原爆投下の翌日広島市内に入市し,西練兵場付近で救護活動などの作業に4~7日間滞在して従事した前記賀北部隊工月中隊に所属した隊員20人及び原爆投下直後から3日以内に爆心地付近に入った者20人の合計40人を対象として,原爆投下後の医療用放射線被曝の回数やその内容などを詳細に聴取した上,末梢血リンパ球の染色体分析による調査を行ったところ,染色体異常の頻度は,長期入市滞在者で医療被曝の多い者(推定線量平均13.9rad),長期入市滞在者(推定線量平均4.8rad),短期入市滞在者で医療被曝の多いもの(推定線量平均1.9rad),短期入市滞在者(推定線量平均1rad以下)の順になり,滞在時間の差が染色体異常に反映され,また,長期入市滞在者,短期入市滞在者のいずれでも医療被曝による染色体異常が考えられる結果が得られ,これらのことからすれば,原爆による放射線量よりも医療被曝線量の寄与が大きい者も存在すると考えられるとされている。
サ 「原爆被爆者における脱毛と爆心地からの距離との関係」(長崎医学会雑誌73巻特集号)(1998年)(甲A87)
放影研統計部のデイル・プレストンらは,寿命調査対象者(8万6632人)について集められた脱毛のデータに基づいて脱毛と爆心地からの距離との関係を検討し,既に公表されている主要調査結果とも合わせて比較検討を行った。
その結果,寿命調査集団において脱毛の陽性(原爆後60日以内に起こったと報告された脱毛)を報告した被爆者数は,
広島 対象者5万8500人 脱毛3857人(うち重度1120人)
長崎 対象者2万8132人 脱毛1349人(うち重度287人)
であり,脱毛と爆心地からの距離の関係は,爆心地から2km以内での脱毛の頻度は,爆心地に近いほど高く,爆心地からの距離とともに急速に減少し,2km~3kmにかけて緩やかに減少し(3%前後),3km以遠でも少しは症状が認められている(約1%)が,ほとんど距離とは独立であり,また,脱毛の程度は,遠距離にみられる脱毛はほとんどすべてが軽度(1/4未満)であったが,2km以内では重度(2/3以上)の脱毛の割合が高かったとしている。
なお,上記文献においては,以上のようなパターンを総合すると,3km以遠の脱毛が放射線以外の要因,例えば,被曝によるストレスや食糧事情などを反映しているのかもしれず,特に低線量域では,脱毛と放射線との関係について論ずる場合や脱毛のデータから原爆被曝線量の妥当性について論ずる場合には注意を要すると思われる旨記載されている。
シ 「被爆状況別の急性症状に関する研究」(広島医学53巻3号)(2000年)(甲A88)
長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設の横田賢一らは,長崎市の被爆者健康手帳保持者で被爆距離が4km未満の1万2905人を対象に被爆者健康手帳申請時の調査票から得た被爆距離,被爆時の遮蔽状況及び急性症状に関する情報を基に遮蔽状況を考慮した急性症状についてその発生頻度,発症時期及び症状の程度に関して調査を行った。
file_16.jpgBa 685A (36.3%) FiHI/21.8% REPA/14. 6% BET Hit/5, 6% ELPAR/S. 6% BE /10.5% atin /4. STH /8..1% HEEL /8, 5% EoIts/3.9%これらの症状のうち,放射線以外の要因では比較的起こりにくいと考えられている脱毛についてさらに分析された。その結果は以下のとおりである。
file_17.jpgene [wae [wes |e © | ese | € © Lo~idin | aan | 266% | 210m | isa | orm L.5~1.9im | 18.48 8.9% 3465 a7 ssi 2.0~2.4km | 12. 5% 5.5% 2108 296A) Tafa 2.5~2.0km | 8.68 2.8% 1364 158 ert 3.0~4. Okm 268 268 1208)以上の結果,脱毛の頻度は,被爆距離が3km未満では,どの距離でも遮蔽なしの場合が遮蔽ありの場合よりも多く,発現率は,被爆距離が遠くなるほど減少し,症状の程度も軽くなっているが,2km以遠でも上記のような症例がみられた。また,脱毛の発現時期は,被爆距離にかかわらず,約60%が昭和20年8月中,約30%が同月9月中であり,被爆距離による傾向の違いは見られなかった。
上記文献は,2km以遠でも遮蔽の有無で頻度に明らかな差がみられたこと及び脱毛の程度について2km以遠でも被爆距離との相関がみられたことは,2km以遠で起こった脱毛も放射線を要因としていることが考えられるが,これらのことから直ちに要因が放射線であると判断することはできず,放射線との因果関係を調査するためには,染色体分析調査などにより個人レベルで放射線を受けたことを確認する調査を行う必要があると指摘している。
なお,横田らは,後に,被爆者の急性症状に関する情報が自己申告によるものであるためその情報の正確さが問題となる場合があるとし,同一人物が被爆直後の調査(調査A)と15年後以降の調査(調査B)での申告との一致の程度を調べ,「原爆急性症状の情報の確かさに関する研究」(乙A154)を発表している。それによると,上記ウの日米合同調査団報告の長崎の対象者(調査A)と15年後に被爆者手帳を取得した者(調査B)とで同定された627人を対象として,急性症状についての回答の一致率を調査したところ,脱毛の発現率が調査Aでは14%,調査Bでは23%となっており,不自然な増加が見られ,調査Aで脱毛ありとした人で,調査Bでも脱毛ありと回答した人は約70%であり,調査Bを基準とすると調査Aでも脱毛ありと回答していた者は42.1%にすぎず,回答の一貫性に問題があったと指摘されている。
ス 「『原爆被害者調査』の結果に関する分析データ集~分析対象6744人の集計結果から~」(2005年)(甲A152の1・2)
一橋大学大学院濱谷正晴教授は,被団協が1985年に実施した「被爆40年・原爆被害者調査」の際に回収した調査票1万3168枚のうち有効回答6744枚について,種々の観点から分析を行ったが,被爆状況,被爆距離別の急性症状様の症状(吐き気,下痢,食欲不振,口が渇く,口喉の腫れ痛み,発熱,脱毛,血を吐く,下血,鼻血,歯茎の出血,皮膚の斑点,めまい,頭痛,ひどいだるさ,生理異常の16症状)との関係は,以下のとおりである。
file_18.jpgmeee incite (418) [4863 (200. 0%) (#8) 1kmbArs | 407 (100.0%) 2kmpivs |2111 (100. 0%) 3kmple | 1077 (100. 0%) 23.6%) knit [1251 (100. 0%) 30.9%) Arrive 1414 (100. 0%) 30.19%) 199 (100.0%) 39.7%)以上によれば,爆心地からの距離が遠くなるほど発症率が減少している。また,各人に発症した上記急性症状様の症状の個数をみると,近距離ほど発症個数が増加している。
(2) 急性障害の機序
急性障害の主症状及び発症の機序に関しては多くの研究があるが,その主要なものは以下のとおりである。
ア 財団法人放射線影響研究所要覧(乙A5)
急性放射線症と総称される疾患は,高線量の放射線(約1~2Gyから10Gy)に被曝した後数か月以内に現れ,主な症状は,被曝後数時間以内に認められる原因不明の嘔吐,下痢,血液細胞数の減少,出血,脱毛,男性の一過性不妊症などである。
下痢は腸の細胞に傷害が起こるために発生し,血液細胞数の減少は骨髄の造血幹細胞が失われるために生じ,出血は造血幹細胞から産生される血小板の減少により生じ,また,毛根細胞が傷害を受けるために毛髪が失われる。これらの症状が起こるのは,嘔吐を除いて,いずれも,細胞分裂頻度と深い関係があり,分裂の盛んな細胞は放射線による傷害を受けやすく,放射線の線量が少なければ,放射線症は普通生じないが,線量が多ければ,被曝の1,2か月後に主に骨髄の傷害で,線量が極めて多い場合は,早ければ10~20日後に重度の腸及び骨髄の傷害で,それぞれ死に至る可能性がある。重度脱毛(2/3以上)を報告した人の割合と放射線量の関係をみると,放射線の量が1Gyまではわずかな影響しかみられないが,それ以上の量になると脱毛は線量とともに急激に増加している。
イ 放射線基礎医学(第10版)(乙A68)
早期反応は多数の細胞の死によって細胞回転の早い組織に起こるが,発現時期は細胞の増殖速度によって異なる。
細胞再生系である造血系や小腸上皮,骨髄に存在する幹細胞,リンパ球などは放射線感受性が高く,① 急性照射線量1~2Gyの場合,3時間超の潜伏期を置いて,0~50%の発生率で,中等度の白血球及び血小板の減少が現れ,② 2~5Gyの場合,1~2時間の潜伏期を置いて,50~90%の発生率で,血小板減少,出血,脱毛,白血球減少,感染が現れ,③ 5~10Gyの場合,0.5~1時間の潜伏期を置いて,100%の発生率で,骨髄症状,血小板減少,白血球減少,出血,感染,脱毛が現れ,④ 10~15Gyの場合,0.5時間の潜伏期を置いて,100%の発生率で,消化器症状,下痢,発熱,電解質失調が現れ,⑤ 50Gy超の場合,数分の潜伏期を置いて,100%の発生率で,神経学的症状(けいれん,振せん,失調,嗜眠,視野欠損,昏酔)が現れ,⑥ 口腔咽頭粘膜の障害は,3~5Gyの急性全身照射を受けた場合,痛みを伴った発赤,浮腫,毛細血管の拡張,粘膜炎,出血,潰瘍が生じ,多くの場合壊死を伴う,⑦ 1Gy以下では嘔吐はほとんど起こらない,などとされている。
ウ 電離放射線の非確率的影響(日本アイソトープ協会)(乙A58)
上記文献(ICRP専門委員会1の課題グループの報告書)によれば,① 人の皮膚の10cm2の面積に紅班を生じさせるエックス線又はガンマ線のしきい線量は1回短時間照射の場合6~8Gy,毛嚢の損傷に対するしきい値は,低線エネルギー付与(LET)放射線の1回短時間照射の場合,3~5Gyの線量で一過性脱毛が起こり得るが,永久脱毛のしきい値はそれより高く,1回照射で約7Gyである,② 胃,小腸及び大腸の腺細胞からなる粘膜に対する1回照射での耐容線量は低く,事故的全身被曝のようにもし小腸の大部分が10Gyを超える線量を短時間に受けると,急性の致命的な赤痢様症状が引き起こされる,③ 1Gyを超える線量の全身急照射で数分以内に骨髄とリンパ濾胞に細胞学的変化が観察され,同程度の全身照射の後まもなく末梢血球数の変化も起こり,リンパ球数は直後に減少し,④ 1Gyを超える線量レベルの全身急照射後は,白血球数の減少の最大が2~5週目にみられ,その速さは線量の増加とともに増し,血小板数はこれより幾分ゆっくりと下降する,などとされている。
第4放射線起因性の判断基準(争点①)について
1 原爆症認定要件の立証責任とその程度等
(1) 被爆者援護法は,被爆者に対し種々の援護を行うものとしているところ,そのうち,医療の給付,医療特別手当の支給及び特別手当の支給については,同法11条1項に基づく認定(原爆症認定)を受けることを要件としている。そして,その認定を受けるためには,被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)のほか,現に医療を要する疾病等が原子爆弾の放射線に起因するものであるか,又はその疾病等が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため医療を要する状態にあること(放射線起因性)の2つの要件が必要とされている。これに対し,健康管理,一般疾病医療費の支給及び通常の保険手当(距離要件あり)の支給については,そのような要件を設けず,また,健康管理手当の支給,保健手当の支給(増額分)及び介護手当については,厚生労働省令で定める一定の疾病等の存在を要件とし,その疾病等が「原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く」として,除外要件を定めている(第2章第2の2(2)参照)。
(2) このように,行政処分の要件として一定の要件が定められている場合に,その拒否処分の取消訴訟においては,特段の定めがない限り,その要件は被処分者が立証すべきものであって,処分行政庁が拒否処分の正当性を立証しなければならないものではなく,その立証の程度も通常の民事訴訟の場合と異なるものではない。そして,上記のとおり,被爆者援護法は,援助の内容ごとに,要件を定め,健康管理手当の支給等については,放射線起因性を要件とせず,逆に「原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く」としているのであって,そのような定め方をしていない原爆症認定について,これと同様に解することはできない。
したがって,被爆者である1審原告らが広島・長崎において被爆したこと(原因)と,1審原告らが疾病に罹患したこと(結果)が存在すれば,その疾病が放射線被曝を原因としないという特段の事情がない限り,原因と結果との間の因果関係(起因性)が認められるべきであるとする1審原告らの主張は採用することはできない。
(3) そうすると,原爆症認定の2要件の立証は,通常の民事訴訟における場合と同様であるというほかはなく,訴訟上の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきであるから,原爆症認定要件の一つである放射線起因性についても同様の枠組みで判断することになる(松谷訴訟最高裁判決参照)。
(4) ところで,一般に,疾病は,多くの要因が複合的に関連して発症するのが通常であり,疾病発症の特定の要因やその機序を一義的に証明することは医学的にも困難であり,特に非特異性疾患についてその証明は不可能ともいうべきである。
ことに原爆放射線の人体への影響(後障害)については,これまでに認定してきたところからも明らかなように,物理学者や医学者を中心として,国際的な機関等を含め,長年にわたる大規模な疫学調査等が展開され,放射線医療によるデータも集積され,相当なレベルで疫学的解析による有意性の判定などがされてきているが,それでもとりわけ低線量被曝領域においては,人体への影響の有無や機序等について,次々に新たな見解が示される状況にあって,いまだ帰一した基準が定立されているとはいえない状況にあるものといわざるを得ない(現放影研理事長大久保利晃は,半世紀に及ぶ被爆者調査で,被爆後の比較的早い時期に起きる健康影響は,ほぼ明らかになったが,最近,新たな疾病について,統計学的に死亡リスクの増加が認められているし,晩発影響<後影響>で分かっているのは,まだ5%程度かもしれないと述べている。平成18年8月6日。甲A186)。しかも,放射線の確定的影響とされる一部の疾患についてはしいき値線量が設定されており,これを超える放射線被曝がある場合や,確率的影響とされる疾患であっても,統計的な有意性が認められた疾患である場合は,一般的には放射線起因性が認められることになるが,それらの場合でさえも,個々の症例を観察する上においては,放射線に起因することを示すような特異な症状を呈するわけではない(人体影響1992)から,具体的な起因性が明らかになるものではない。
また,被曝線量の推定方式についても,国際的な研究がなされてきており,放射線防護の基準として機能している状況にあるが,既述のとおり,それが実際に原爆を投下された広島,長崎の被害実態を説明し得るものかについて多くの異なる調査結果や意見が表明されている状況にあって,個々の被曝線量の推定も必ずしも正確に行える状況にあるものとまでは判断できないといわざるを得ない(この点は,後述する。)。
(5) この点,1審原告らは,被爆者援護法の定める原爆症認定制度の趣旨,目的等からすれば,放射線起因性の要件の判断に当たっては,被爆者の被害回復に役立つ要件の緩和が必要であり,仮に相当因果関係説をとる場合においても,その相当性の判断においては被爆者援護法の目的に照らした判断がされるべきであって,被爆者が広島又は長崎において被爆し,放射線の影響があることを否定し得ない疾病等にかかったときは,放射線起因性が推定され,放射線の影響を否定し得る特段の事情が認められない限り,その疾病等は原爆放射線の影響を受けたものと解すべきである旨主張する。
確かに,被爆者援護法は,原子爆弾の投下の結果として生じた放射線に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,国家補償的配慮から,被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じること等を目的として制定されたものであり,その趣旨は尊重されなければならないのであって,いたずらに不可能を強いるような立証を求めることは法の趣旨に適合するものではないといえなくはない。その意味で1審原告らの上記主張には首肯し得る点がないわけではないが,それが,被爆者援護法が定める原爆症認定の要件としての放射線起因性について,通常の因果関係ではなく弱い因果の関係で足りるとする趣旨を含むものであるとすれば,上記のとおり採用することはできない。
(6) しかしながら,上記(4)で述べたような状況と被爆者援護法の趣旨を勘案すれば,放射線起因性の判断にあたっては,原爆放射線被曝の事実が疾病等の発生又は進行に影響を与えた関係(専ら又は主として放射線が起因している場合のほか,体質や被爆時の体調などの要因やストレス等の他要因が影響している可能性が否定できない場合においても,他要因が主たる原因と認められない場合を含む。)を立証の対象とするのが相当であり,その立証方法は,疾病等が発生するに至った医学的,病理学的機序を直接証明することを求めるのではなく,被爆状況,急性症状の有無や経過,被爆後の行動やその後の生活状況,疾病等の具体的症状や発症に至る経緯,健康診断や検診の結果,治療状況等を全体的・総合的に把握し,これらの事実と,放射線被曝による人体への影響に関する統計学的,疫学的知見等を考慮した上で,原爆放射線被曝の事実が疾病等の発生又は進行に影響を与えた関係が合理的に是認できる場合は,放射線起因性の存在について,高度の蓋然性をもって立証されたものと評価するべきである。
(7) そこで,以下,この観点に立って,1審原告らについて,原爆症認定要件該当性(争点②)について判断していくことになるが,1審被告らは,審査の方針によって,個々の申請者の被曝線量を推定し,その被曝線量を原因確率表に当てはめて原因確率を求め,それに従って本件各却下処分の判定をしており,その基準(線量推定及び原因確率表)が合理的なものであり,1審原告らへの当てはめに問題がなければ,放射線起因性は自ずから否定されることになるから,先ず,その点から判断をし,その基準によることの合理性が認められない場合は,1審原告ら個々について,先のような観点で原爆症認定要件の存否を判断することにする。
2 審査の方針における被曝線量算定基準の合理性
(1) 初期放射線による被曝線量の算定
ア 審査の方式とDS86
前記のとおり,審査の方針は,初期放射線による被曝線量を別表9に従って認定するものとしており,別表9は,DS86の原爆放射線の線量評価システムにより求められた数値に基づいて作成されている(端数処理のレベルで多少の違いがあり,また,遮蔽があった場合の透過係数を一律0.7としている点に違いがあることは既述のとおりである。)。そして,1審被告らは,DS02においてDS86の正当性が検証されていると主張する。
そこで,以下,先に認定した事実を前提に,DS86及びDS02の原爆放射線の線量評価方式の合理性について検討する。
イ 従前の線量評価
先に認定したとおり(第4章第2の4),米国原子力委員会は,核兵器の実験を進めていた時代から,原爆放射線の人体への影響を研究する必要を認識し,プロジェクトを立ち上げて,ネバダでの核実験データ等を基として,距離による被曝線量の評価方式(T57D)を策定した。しかし,放射線の測定技術の未熟さ,建物等による遮蔽効果及び広島・長崎との環境の相異を考慮していなかったことなどから,開発担当者自身が再調査の必要性を指摘するレベルのものであった。そのため,同プロジェクトは,長崎型原爆と同型の原爆や広島型原爆に代わるものとして原子炉等を使い,かつ,広島・長崎の原爆炸裂時の高度に擬した大がかりな実験を行い,実際に日本家屋を建設して遮蔽効果を調査するなどして,新たな線量評価システムT65Dを策定した。そして,T65Dは,相当精度の高いシステムと評価され,ICRPもこのシステムによる放射線影響データをリスク決定の基本資料として利用するようなった。しかし,それにもかかわらず,このシステムも中性子線量が正確に再現されないなどの欠陥があり,精度が十分でないと批判されるようになった。そこで,日米が協力して,開発されていた大型コンピュータを利用した数値計算を主体とする体系的な線量評価システムを構築することが目論まれた。
ウ DS86の策定
DS86の概要は,第4章第2の4(2)のとおりであり,原爆の爆発から初期放射線が発生して人体の臓器に到達するまでの過程のすべてを,原爆の出力の推定,ソースタームの計算,放射線の空中輸送の計算,家屋等による遮蔽効果の計算,臓器線量の計算の各局面に分けて様々な要因を検討し,広島及び長崎で被曝した物理学的な試料の中の残留放射能の測定値との相互比較もしながら,計算モデルを統合した線量計算方法であって,被爆者の遮蔽データを入力して被爆者ごとの被曝線量を出力として取り出すことができるようになっているものである。
その結果は,ガンマ線については,広島において,爆心地から1000m以上の地点で測定値は計算値より大きく,それより近い地点では逆に小さくなっており,長崎においてはこの関係は逆になっているが,T65Dと比較すればはるかによい一致をしているとされ,速中性子については,近い地上距離においてはかなりよく,爆心地から400m以遠では誤差が大きくなるため結論を下すことはできないとされ,熱中性子については,近距離では測定値より大きく,遠距離になるに従って測定値を下回り,1180m地点では1/4になるという系統的な食い違いが見いだされた。
また,976種類もの遮蔽データや当時の日本人の模型を用いた臓器線量の計算では,ガンマ線の等方入射では実験と非常によく一致し,中性子とガンマ線の混合場の被曝では中性子の測定値は入射ガンマ線に対する透過率と同様によい一致を示しているが,人体中での中性子の相互作用によって生ずるガンマ線については計算値より実測値の方が大きいことを示したとされている。
エ DS02の策定
その後,測定技法の進歩(加速器質量分析法等)や測定環境の整備(尾小屋地下測定室等)などを受けて,コバルト60,ユウロピウム152,塩素36,ニッケル63の測定が可能となり,日,米,独の相互比較も行われるなどして得られた知見を集積して,DS86を更新した線量評価システムが検討されることになった。その結果,DS02が策定された。
その概要は,第4章第2の4(3)のとおりであり,計算システムとしての構造は基本的にはDS86と同じであるが,DS86の計算システムのうちソースタームの計算及び空中輸送計算(大気・地上系での長距離輸送計算)が全面的に入れ替えられ,爆弾の出力と高度について再検討された結果,長崎原爆についてはDS86からほとんど変更が加えられなかったが,広島原爆については,推定出力16kt,爆発高度600mが採用された。ソースタームの評価については,全体的にみて,重複部分についてはDS86の計算とよく一致している上,精度が高まり幾何学的側面が改善されたとされた。放射線の輸送計算(離散座標計算)では,放射線輸送コード及び核データが改善等により一貫した正確なデータの記述が保証されるようになり,DS86における空気中カーマと比較すれば,線量の中性子とガンマ線の成分において重要な変化はあるものの,線量の平均値はDS02とDS86によって得られた線量に有意な差はないことを示しているとされている。
そして,DS86における出力,ソースターム及び放射線の輸送計算の結果は,DS02におけるそれらと極めてよく一致し,新たに得られた誤差の少ない測定値によりDS02の計算値が検証され,DS86に対して指摘されていた熱中性子の放射化の測定値と計算値の系統的な食い違い等の問題が解決され,DS86の計算値の正当性が検証されたとされる。
オ 測定値と計算値との乖離
(ア) 以上のようにDS86は,その時代における最新の核物理学の理論に基づき,最良とされるシミュレーション計算法と演算能力の高い高性能のコンピュータを用いて,可能な限り厳密かつ正確に諸条件をデータ化して,被曝放射線量を推定しようとするシステムであって,広島原爆についてはその詳細やソースタームの計算コードが明らかにされていないなどの指摘があるものの,その計算過程に大きな疑問を抱かせるべき事情は証拠上見当たらず,また,より高次の合理性を備えた線量評価システムが他に存在することを認めるに足りる証拠もなく,しかも,同システムによる計算値は最新の技術を用いるなどして行われた放射化測定の結果と相当程度一致していることは否定できない。そして,そのような評価の下に,同システムはICRPによる放射線防護基準の勧告の根拠としても用いられ,世界の放射線防護の基本的資料(例えば,英国においては,原子力産業における職業的被曝者に対する補償の基礎資料として利用されている<乙A205の1・2>。)とされるなど,世界中において優良性を備えた体系的線量評価システムとして取り扱われていることをも斟酌すれば,同システムは,放射線防護の基本的資料としてのみならず,原爆の初期放射線による被曝線量の評価システムとしても,現時点において実際に機能している放射線の評価方法として相応の合理性を有するシステムであると評価するのが相当である。
(イ) しかしながら,上記のとおり,DS86及びDS02の初期放射線の線量評価システムは,その基本的性格はあくまでもシミュレーション計算を主体として構築されたシステムにすぎないのであって,過去に生起した現象を現時点において可能な限り忠実に再現することを志向し,それに資する最良のデータを収集,分析等し,また,最良の計算法を用いるなどしているものの,その結果は,その性格上,あくまでも近似的なものにとどまらざるを得ないことに加えて,そもそも,広島・長崎に投下された原子爆弾は,兵器として使用され,現実に都市を廃墟と化し,膨大な死傷者を生じさせたのであって,実験場でのテストではない広島・長崎の被害の実相がどこまでシミュレーションに反映されているかについての疑問が払拭し切れているとは到底いい難い。
広島原爆及び長崎原爆の爆発による初期放射線の放出等の現象を現時点において再現する上で,同システムが現存するものとしては相応の合理性を肯定し得るとはいえ,その適用についてはそれ自体に上記観点からの限界が存することを十分に留意しなければならない。
なお,1審被告らは,ICRPによって世界的基準とされている事実をもって,DS86が世界的に承認されたシステムであり,何ら問題がないと主張するが,ICRPは,後に大きな欠陥があったとされるT65Dをリスク決定の基本資料として利用し,世界的に推奨していた時代もあり,現時点で他に有力な評価システムがなく,相応の合理性を有しているという以上にICRPが採用していることを過大評価することは相当でない。また,1審被告らが指摘する上記英国の例では,DS86ないしDS02の線量を一方的に適用しているわけではなく,原因確率のもつ不確実性についての認識の上に,原子力産業の雇用者と放射線労働者の組合との協定によって適用されており,原因確率が低い場合でも,個別要因の有無を専門家パネルに照会する道が設けられていることに留意が必要である(乙A205の1・2)。
(ウ) 以上に加えて,前記認定事実(第4章第3の1)のとおり,DS86及びDS02に対しては種々の指摘がされており,ガンマ線についての長友教授や澤田教授らの指摘(広島で爆心地から2.05kmでDS86による計算値より約2.2倍高い測定値が得られたとする。),熱中性子線についてのコバルト60やユウロピウム152の測定値が遠距離では計算値を上回っているとの測定データ(静間教授,小村教授ら),速中性子についても,ストローメらの測定値についての意見はあるものの,計算値が測定値によって検証されたとまでは断定できないことなど,計算値と実測値との不一致が完全に解決されているとまでは認め難い状況にあるというべきである。
これらの指摘を総合すれば,爆心地から約1300m以遠において,ガンマ線について測定値が計算値を上回る無視し得ない測定結果が存在するほか,熱中性子及び速中性子について測定値が計算値を上回る結果が示されているのであって,爆心地からの距離が遠距離になるほど測定限界やバックグラウンド評価などといった技術的に困難な問題がより顕在化することを斟酌してもなお,DS86及びDS02の計算値が過小評価となっているのではないかとの疑いを抱かせるに足りるものということができる。
もっとも,このような計算値と測定値との乖離が認められるとしても,放射線の空中輸送において距離減衰が見られることは確立された事実であって,2kmを超える地点での推定線量の絶対値は極わずか(2km地点で,広島では0.07Gy,長崎では0.13Gy)であって,誤差を数倍とみても1Gyにも達しないことは留意しなければならない。
カ 急性症状との関係
(ア) 先に認定(第4章第3の5(1))したとおり,爆心地から2km以遠の遠距離被爆者や入市被爆者や被爆当日の驟雨に濡れた者について,少ない割合ながら脱毛,下痢,紫斑,皮下出血などといった放射線の急性症状様の症状が生じたとする調査結果が多数存在しており,ほとんどの調査では,爆心地から離れるに従って発症率が減少し,また,遮蔽がない場所での被爆の方が,ある場所での被爆より発症率が高い傾向を示していることが認められる。
(イ) これらの調査については,その結果の信憑性を左右するに足りる的確な証拠は提出されていないが,調査対象者の選別においてどのような配慮(バイアスの排除)がされているかが十分明らかにされていないこと(東京帝国大学医学部診療班の調査では,調査対象者の来訪を求めて調査したことから,障害を自覚した者が余計に集った傾向が指摘されているが,他の調査ではそのような調査条件自体の説明が十分でないものが多い。),急性症状とされる症状の具体的内容が明確にされていないこと(脱毛や下痢などは放射線被曝と関係なく起こりうることであり,放射線の影響がある場合の脱毛や下痢の特徴が分析され,適切な基準が示されて,発症時期や症状の経過等の調査がされた形跡もなく,それらの状況を踏まえた解析もされていない。),急性症状様の症状を訴える者について専門家による診断が行われたか必ずしも明らかでないこと(陸軍軍医学校の行った入市被爆者に対する調査は軍医による診断がされており,東京帝国大学医学部診療班の調査でも診療並びに調査を行ったとされているが,日米合同調査などは診断したかどうか不明であり,於保源作医師の調査は,被曝10年以上経過した後の聞き取り調査である。なお,ほとんどの調査が自己申告によるものと見られるところ,その申告に対する信頼性に一部問題があることが横田賢一らの調査<乙A154>によって指摘されている。また,下痢を訴えた患者15人を診断したところ7人に赤痢の合併症が発見されたとの資料<乙A121>もある。)など,疫学調査としての問題点があることは否定できない。
(ウ) ところで,1審被告らは,放射線に起因する急性症状には,それぞれしきい値線量があり,それ以下では発症することはないとして,爆心地から2km以遠で1Gy以上もの線量の被曝をすることはあり得ないとの前提から,上記各調査結果が放射線に起因する急性症状を示すものであること自体を争い,1審原告らの主張する急性症状のみならず,上記各調査で申告されている急性症状様の症状は,ストレス等の他原因によっても惹起されたものであるなどと主張する。
しかるところ,証拠(乙A98,101,114,120,121,136の1・2,137,139,152,153,158,160,198)によれば,① およそ1Gyを超える放射線の急性被曝を全身に受けると,骨髄障害,皮膚障害,口腔粘膜障害,消化管障害,中枢神経障害,心臓血管障害などの放射線による確定的影響(急性放射線症候群)が被曝線量に応じて発現すること,② 急性放射線症候群については,チェルノブイリ等の原発事故や放射線治療における高度被曝事故等の医学的所見を基に国際原子力機関(IAEA)がまとめた資料やICRPが動物実験などの多くの研究成果を整理したデータなどで,症状別にしきい値が設定されており,それらに示された最低レベルは,嘔吐・頭痛・疲労感・脱力感は1Gy,脱毛・発熱・出血は2Gy,下痢は4Gy以上とされていること,③ それぞれの症状に特異な前駆期,潜伏期,発症期,回復期(死亡)の各段階があり,一時的脱毛は被曝から1週間過ぎから出現し,2~3週間続き,見た目にはバサーと脱落したように見え,8~12週間後には発毛が見られるとされていること,④ 急性放射線症候群は,いずれも放射線被曝に特異な症状ではなく,栄養不良や不衛生やストレス等によっても発症するものであるところ,被爆当時の我が国の国民栄養状態は劣悪であり,被爆後の広島などではハエの大量発生なども見られ,極めて不衛生な環境があり,苛烈な被害によるストレスも尋常ならざるものがあったと推定され,これらが急性放射線症候群と同様の症状の原因となった可能性が十分にあること,⑤ 原爆による熱線や爆風は,放射線よりも遠くまで到達することから,被爆者らはまず熱傷や外傷を受け,それ以外の異常はないと思っていたところに,しばらくして脱毛,出血,下痢などの症状が現れることになり,放射線被害と意識する可能性が否定できないことなどが認められる。
(エ) 急性放射線症候群の上記のような特性と急性症状に関する疫学的調査の問題点を考慮し,かつ,ストレスで急性症状様の症状を呈するとすると,爆心地に近く,遮蔽物がないほど被害が甚大となり,ストレスも高じることは容易に推察できることからすると,1審被告らの主張は相応の理由があるようにみえないではない。
しかしながら,急性症状に関する前記各調査によって相当数の遠距離,入市被爆者の脱毛,下痢,発熱,出血傾向等が認められているところ,阪神・淡路大震災や大規模な原発事故等によるストレスでPTSDを発症したことを示す資料(乙A138,139等)や東京大空襲で不衛生な状況下での下痢の例(乙A151)などはあるが,脱毛(円形脱毛を除く。)を生じたとの報告は見られないし,爆心地から3km程度までは,多少不整合な資料はあるものの,多くは距離減衰及び遮蔽減衰を示していることからして,1審被告らの指摘するような他の要因が影響している可能性は否定し難いとはいえ,すべての原因がストレスや衛生状態等であるとするだけの明確な資料は存在せず,少なくとも3km程度までは発症率と距離との関連が認められるとする多くの調査結果があることに加え,被爆者に対する大規模な調査を続けてきている放影研が最近でもそのホームページで「脱毛,出血,下痢などの急性放射線症状が出現したという被爆者の訴えのどこまでが心理的精神的なものか,放射線によるものかいまだによく分かっていない。」と指摘している(乙A160)ことからしても,放射線の影響があったことを否定することまではできないというべきである。
(オ) なお,下痢や脱毛に関するしきい値は,先に述べたように放射線治療現場での高線量の瞬間的被曝や原発事故等を含めたデータから分析されたものであって,広島や長崎の現に原爆が投下され,修羅場となった被爆地の実態から帰納されたものではなく,このように著しく被爆環境も異なり,その後の生活環境も著しく異なる状況下でのデータに基くしきい値線量を広島・長崎の被爆者にそのまま当てはめることが適切であるか甚だ疑問である。
(カ) 以上のような諸事情を総合的に勘案すれば,爆心地から2km以遠で被曝した遠隔地被爆者や原爆投下に近接した時期に爆心地近くに入った入市被爆者に,放射線の影響が否定し難い急性放射線症候群といわれる症状が見られたこと,そのしきい値には,多少の疑問はあるが,それにかなり近い程度の線量の被曝があり,それとストレスや栄養障害等の諸状況(特殊環境下における人体の放射線に対する抵抗性の低下を想定する見解もある<乙A21>。)が加わって,それらの症状が現れたものと認めるのが相当である。
このように考えると,現実に急性症状が発症した者にどの程度の線量の被曝があったか明らかでなくなるが,2000m地点での初期放射線に係る空気中カーマ線量は,DS86によれば,広島で0.0716,長崎で0.1279,DS02によれば,広島で0.0768,長崎で0.1386であるから,しきい値の最低レベルからしても大きな差があり,その差の一部はストレス等の他原因と見ても,かなりの部分は,DS86及びDS02の初期放射線の計算値が少なくとも2km以上の遠距離で相当の過小評価となっているのではないかとの合理的疑いを生じさせるに足りるものというべきである。
キ 小括
以上説示したところによれば,DS86及びDS02の原爆放射線の線量評価システムは,相応の合理性を有する優れたシステムであるということができるものの,シミュレーション計算を主体として構築されたシステムにより広島原爆及び長崎原爆の爆発による初期放射線の放出等の現象を近似的に再現することを基本的性格とするものであって,その適用についてはそれ自体に内在する限界が存することに加えて,その計算値が少なくとも爆心地からの距離が1300m以遠の遠距離において過小評価となっているのではないかとの疑いを抱かせるに足りる残留放射線の測定結果が存在していること,爆心地からの距離が2km以遠において被爆した者でも脱毛等放射線の影響が否定できない症状が生じたとするものが一定割合存在すること,この事実からもDS86及びDS02の計算値が少なくとも約2km以遠においてかなりの過小評価となっているのではないかとの合理的疑いを生じさせるに足りるものであることからすれば,広島についても長崎についても,少なくとも爆心地からの距離が1300m以遠で被爆した者に係る初期放射線の算定において,DS86又はDS02の計算値をそのまま機械的に適用するのは相当でないといわざるを得ない。
(2) 残留放射線及び放射性降下物による被曝線量の算定等
ア 残留放射線による被曝線量に係る審査の方針の別表10及び放射性降下物による被曝線量に係る審査の方針がいずれもDS86における推定値に依拠して定められたものであることは,第4章第2の2(3),3(3)(4)で認定したとおりであり,DS86における残留放射能の放射線量の推定は,前記(第4章第2の4(2)キ)のとおり,原爆による残留放射線は,放射性降下物によるものと誘導放射能によるものがあり,前者については,いずれも爆心地から約3km離れた広島の己斐・高須地区及び長崎の西山地区のみが該当し,後者については爆心地付近の地域(広島で700m,長崎で600m)が該当するとした上で,放射性降下物による人体組織の無限時間までの積算線量は,最大で広島で0.6~2rad,長崎で12~24radとなり,誘導放射能によるものは,最大で広島で約50rad,長崎で18~24radと推定されたものである。
そして,DS86における原爆による残留放射能による被曝線量の推定それ自体については,その計算の基礎とされた測定結果の信憑性及び計算方法の合理性を左右するに足りる証拠はなく,今中哲二の前記「DS02に基づく誘導放射線の評価」(乙A75)における検討結果に照らしても,一応の合理性を肯定することができる。
イ しかしながら,残留放射線については,DS86自体いくつかの留保をつけているところである上,第4章第3の2(1)~(8)で紹介したとおり,この点についても種々の異なる調査結果や指摘がある。それらによれば,① 残留放射線(放射性降下物及び誘導放射能)については,原爆投下直後の十分な実測値が得られておらず,本格的な調査がされたのは昭和20年9月17日の台風の後であり,DS86自体,風雨の影響を考慮しておらず,測定場所が少なく,放射能の地理的分布を十分推定できなかったことなどを指摘していること,DS86の指摘する2地区以外からも高濃度のセシウム137が検出されたとする静間教授らの指摘があること,宇田雨域の指摘に加え,核爆発によって大気中で核分裂生成物が生成されるのみならず,爆発により発生する熱線,爆風,これらによって発生する大規模な火災,それによって起こる火事嵐等により,爆発による初期放射線によって誘導放射化された物質が大気中に巻き上げられ,降雨だけでなく自然沈降等により地上に降下することも十分考えられることであり,少なくともその可能性を否定することはできず,上記2地区以外の地域には核分裂生成物の降下がなかったとするのはかえって不自然,不合理であること,これらの事実によれば,DS86の指摘する2地区に限定する合理的な根拠は十分でなく,少なくとも宇田雨域等にも量の多少はあれ核分裂生成物や未分裂の核分裂物質の降下が存在したとみうること(増田雨域については,そのデータの不確実性もあり。採用できない。),② 残留放射能による放射線量についても,原爆投下直後の測定値に基く推定でないこと,根拠とされた測定値は,台風による影響が考慮されていないこと,誘導放射能についても,初期放射線の線量から推定計算がされたものであって,半減期の短い核種を対象とする早期の直接測定はされていないことなどの問題点があること,③ 遠距離被爆者及び入市被爆者に一定程度の急性症状(脱毛,下痢,発熱,歯齦出血,白血球減少症等)とみられる症状が認められていること(これらに被爆当時の低栄養,ストレスなどに起因するものが混在し,特殊環境下における人体の放射線に対する抵抗性の低下などが考えられるにしても,放射線の影響が排除できるものでないことは先述のとおりである。),などが考慮されるべきであり,この点についても審査の方針の機械的適用には疑問があるといわざるを得ない。
ウ また,内部被曝については,無視することができる程度のものにすぎないと指摘する文献もあるが,他方で,呼吸,飲食等を通じて体内に取り込まれた放射性核種が生体内における濃縮等を通じて身体の特定の部位に対し継続的な被曝を引き起こし障害を引き起こす機序を指摘する科学文献も少なからず存在しているのであって,1審被告らの主張するとおり内部被曝における機序の違いについてはいまだ必ずしも科学的に解明,実証されておらず,現状においては,これらの科学文献の説くところが科学的知見として確立しているとはいい難い状況にあるものの,研究途上というべきであって,内部被曝を全く考慮しない審査の方針には疑問があるといわざるを得ない。
エ さらに,低線量放射線による継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす可能性について指摘する科学文献も存在している上,放影研の充実性腫瘍発生率に関する1958~1994年のデータを使用し,爆心地から3000m以内で,主として0~0.5Svの範囲の線量を被曝した被爆者の充実性腫瘍(固形がん)の発生率を解析したところ,0~0.1Svの範囲でも統計的に有意なリスクが存在し,あり得るどのしきい値についても,その信頼限界の上限は0.06Svと算定されたとする文献も存在しているのであって,これらの科学的知見や解析結果を一概に無視することもできない。
オ そうすると,残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の算定において審査の方針の定める別表10その他の基準を機械的に適用し,審査の方針の定める特定の地域における滞在又は長期間にわたる居住の事実が認められない場合に直ちに放射線起因性がないとすることは,原爆放射線による被曝の実態を正当に評価するものとはいえない。
(3) まとめ
以上検討したところによれば,入市被爆者や遠距離被爆者については,初期放射線による被曝が過少評価されていることを考慮し,さらに放射性降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で,先に述べたように,当該被爆者の被爆状況,急性症状の有無や経過,被爆後の行動やその後の生活状況,疾病等の具体的症状や発症に至る経緯,健康診断や検診の結果,治療状況等を全体的・総合的に把握し,これらの事実と,放射線被曝による人体への影響に関する統計学的,疫学的知見等を慎重に検討し,総合考慮の上で全体としての被曝線量の評価を行うのが相当というべきである。
3 審査の方針における原因確率の算定の合理性
(1) 放影研の疫学調査の評価等
ア 審査の方針は,DS86に依拠した推定線量と放影研の寿命調査等の疫学調査の結果を整理した児玉報告書に従って原因確率表を決定し,これに基いて放射線起因性の判断を行っているところ,放影研の疫学調査(ABCC,放影研による寿命調査及び成人健康調査等)は先に詳細に認定したとおりであり,原爆による放射線に被曝した広島,長崎住民について,非常に特異な大規模コホート集団を長期間にわたり継続的に追跡調査をしたものであり,その調査集団の規模,調査対象期間及び解析方法などに照らすと,疫学調査として一般的な合理性を有するものと認めるのが相当であり,現にその結果はICRPなどによって国際的な放射線防護基準の基礎資料としても広く認められている。
イ しかるところ,1審原告らは,その疫学調査に種々の問題があると指摘する。
(ア) 先ず,1審原告らは,放影研の疫学調査は,DS86に基づいて被爆者の初期放射線の被曝線量を推定しており,残留放射線の影響及び内部被曝を無視している点において,曝露要因の質的差異を無視し,量的評価を誤っている旨主張するところ,DS86については,爆心地からの距離が1300mより以遠で被爆した者に係る初期放射線の計算値が過小評価となっている可能性があり,遠距離被爆者や入市被爆者については,放射性降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で,被曝線量の評価をすべきであることは先に述べたとおりである。そして,調査対象者に対する被曝線量の過少評価は,寄与リスクの過小評価につながる可能性があるから,遠距離被爆者や入市被爆者など低線量被爆者の寄与リスクの評価に当たっては一定の考慮が必要である。
しかし,それより近距離での被爆者については,そのような問題点は見い出せないし,遠距離被爆者等についても,多少の誤差があることは否定できないながら,全体的傾向を示すものとしての意義まで否定しなければならないものではない。
(イ) また,1審原告らは,放影研の疫学調査については,非被爆者を対照群として設定せずに内部比較法(回帰分析)を用い,しかも,回帰分析の手法を用いるためには,線量反応関係が正しく把握されていること及び集団の線量が正確に反映されていることが絶対条件であるところ,DS86を線量評価に用いて放射性降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性を無視し,線量反応関係として科学的に完全に証明されたとはいえないモデルを設定している点,死亡率調査を基本としている点,調査開始までの被爆者の死亡が無視されている点において,疫学調査の手法の誤りがあると主張する。
しかし,先に認定したとおり,ポアソン回帰分析は,統計的手法の進歩により導入が可能となった疫学調査における内部比較法の新しい手法として認められているものということができることや,放影研がポアソン回帰分析を用いるようになった経緯に加えて,調査集団が内部比較法による解析を行うのに十分な規模の集団であることからすれば,放影研の疫学調査において内部比較法としてのポアソン回帰分析の手法を用いたことには十分な合理性が存するものというべきである。
もっとも,内部比較法によって,非被爆者(対照群)のリスクを推定する場合,被曝線量が過少評価された低線量被爆者が対照群に含まれる危険性が生じ,その結果,特に低線量被爆者について,被曝線量当たりの過剰リスクが検出されなかったり,低く算出される可能性が生じる。また,死亡率調査において,死因について相当の誤差があり,その誤差を修正すると,固形がんのERR(過剰相対リスク)推定値が約12%,EAR(過剰絶対リスク)推定値が約16%上昇することが示唆されており,放射線によるリスクが過小評価されている可能性が否定できない。さらに,ABCCによる寿命調査開始(昭和25年)までの多数の死者が対象とされていないことにより,高線量被爆者の可能性の高い死亡者を排除することによって,高線量被爆者のリスクが低く算定され,その結果,低線量被爆者についても低いリスクが与えられるおそれを否定できない。
ウ 以上のように放影研の疫学調査には,全く問題がないわけではないが,それがどの程度調査結果に影響を与えているかを判断できるような的確な資料はなく,そもそもこのような大規模な疫学調査について,疑義の入る余地のない完璧な設計をすること自体が困難というべきであって,1審原告らの指摘はいずれも放影研の疫学調査の基本的価値を否定するようなものではなく,低線量被爆者に関し,算出された寄与リスクに基づいて放射線起因性の有無を判断する際の考慮要素として斟酌すれば足りるというべきである。
エ なお,1審原告らは,審査の方針は原因確率の算定について中性子線の生物学的効果比を無視しており,広島原爆と長崎原爆とではガンマ線と中性子線の比率(放射線スペクトル)が異なっているから,中性子線の生物学的効果比を無視した場合,爆心地から特定の距離の被爆者について,寄与リスクの評価を誤らせることになる旨主張する。
確かに,審査の方針は,申請者の被曝線量の算定にあたり,ガンマ線と中性子線を単純加算した吸収線量を用いているところ,その割合が一定でない場合,等価線量の絶対値が変わってくることとなって,死亡率ないし発生率も変わってくることになるが,証拠(乙A15<資料3・4>)によれば,それによって寄与リスクが大幅に変動することはないと推認されるのであり,他にこの認定を左右するに足りる的確な証拠はないから,審査の方針において原因確率の算定にカーマ線量を用いていること自体が特段不合理であるということはできない。
(2) 原因確率の評価と限界
ア 放射線による後障害は,個々の症例を観察する限り,放射線に特異的な症状を有しているものではなく,一般にみられる疾病と同様の症状を有していることが多いため,放射線に起因するか否かの見極めは困難であるが,被曝集団としてみると,当該集団中に発生する疾病の頻度が高い場合があり,そのような疾病は放射線に起因している可能性が強いと判断されるという態様で,高い統計的解析の上にその存在が明らかにされてくるという特徴があるということができ(乙A9),その限りにおいて,当該疾病に対する寄与リスクすなわち原因確率は,当該疾病の発生に対する原爆放射線のリスクの程度を表す指標として有用である。
イ 疫学調査における解析は,統計分析の結果から線形モデル,線形二次モデルなどといった関数を帰納することにより線量反応関係を設定することをその基本的内容とするものであるから,現実に存在するとされる関係を近似式でもって把握し,これを推定の手段として用いるものということができ,したがって,その解析結果(原因確率)については,このような解析方法に由来する限界が存することは否定することができないというべきである。
ウ そして,原因確率は,現存する最良のものであるとしてもそのような基本性格をもつ疫学調査に基づいて算定された寄与リスクを個別具体的な個人に発症した個別具体的な疾病に適用しようとするものであるが,寄与リスク自体は,あくまでも当該疾病の発生が放射線に起因するものである確率を示すものにすぎず,個々人の疾患等の放射線起因性を規定するものではないから,原因確率が小さいからといって直ちに経験則上高度の蓋然性が否定されるものではない(例えば,原因確率5%という場合,10人全員が5%の過剰リスクを負っていた場合もあるし,10%の者が5人で他は0%の場合もあり,審査の方針のいう10%を超える者であるか否かは,個別の審査でなければ判定できない。)。
4 審査の方針による放射線起因性判断の合理性
以上に検討してきたところによれば,審査の方針は,DS86に基いて推定被曝線量を算出し,放影研の疫学調査の結果に依拠して作成された原因確率を組み合せて,疾病,性,被爆時の年齢と推定被曝線量を当てはめて,当該申請者の原因確率を求め,これを中心的要素として,放射線起因性の判断をしているところ,DS86及び原因確率は,幾つかの問題点はあるものの,現段階における科学的知見に照らして相応の合理性・正当性を有するものと評価するのが妥当であるから,これに基いて算出された原因確率は,放射線起因性判断の有力な資料となることは否定できない。
しかしながら,以上に指摘した点に照らせば,DS86も原因確率も,それぞれに一定の限界があり,特に遠距離被爆者や入市被爆者など,被曝線量が低く評定されている被爆者についてこれらを機械的に適用する場合は,被曝線量を過少に評価し,したがって放射線のリスクを低く評価し,原因確率が低く算定されてしまうおそれがあるといわざるを得ない。
また,先に示したように,審査の方針が依拠した資料やより後の期間の経過による症例の蓄積や研究,技術の進歩等によって新たな疫学的,統計的及び医学的知見が得られているのであるから,当該原因確率がそれが算定された当時の疫学的,統計的及び医学的知見に規定されたものであることにも留意すべきであるといえる。
そうすると,申請に係る疾病等に関する原因確率が10%未満である場合に,当該疾病等の発生に関して原爆放射線による健康影響の可能性が一般的に低いと推定すること自体が不当であるとはいえないものの,それのみによって放射線起因性を否定するのは妥当ではなく,審査の方針第1の1の3に定めるとおり,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で,経験則に照らして高度の蓋然性の有無を判断すべきであり,殊に,遠距離被爆者や入市被爆者については,審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量の算定に含まれる上記のような問題点や原因確率の算定に含まれる問題点さらには原因確率を当該申請者に適用することについての問題点等にかんがみ,残留放射線による被曝や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で,当該疾病について,疫学調査の結果によって放射線被曝との間に有意な関係(線量反応関係)が認められている事実を踏まえて,当該申請者の被爆状況,急性症状の有無や経過,被爆後の行動やその後の生活状況,疾病等の具体的症状や発症に至る経緯,健康診断や検診の結果,治療状況等を全体的・総合的に把握し,これらの事実と,放射線被曝による人体への影響に関する統計学的,疫学的知見等を考慮した上で,上記事実,すなわち,原爆放射線被曝の事実が疾病等の発生又は進行に影響を与えた関係が合理的に是認できるか否かを個別に判定すべきである。
なお,審査の方針において原因確率又はしきい値が設けられていない疾病についても,最新の疫学的,統計的及び医学的知見をも踏まえた上で,当該疾病等の発生と原爆放射線被曝との一般的関係についての知見に相応の科学的根拠が認められる限り,同様の総合判断が必要である。
以下,この観点に立って,1審原告ら各人について,原爆症認定要件の有無を判断する。
第51審原告らの原爆症認定要件該当性(争点②)について
1 原爆症認定の対象疾病等
(1) 原爆症認定制度及び申請手続の概要
被爆者援護法の内容は,第2章第2の基礎的事実2(2)及び(3)に記載したとおりであるが,被爆者に対する重要な援護対策として,原爆の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う旨,さらには医療特別手当を支給する旨定めているところ,被爆者がこれらの給付を受けるためには,あらかじめ厚生労働大臣から原爆症の認定を受けなければならないことになっている。
そして,上記認定を受けるための申請手続の概要は,基礎的事実2(3)イに記載したとおりであるが,原爆症認定の審査は,これを受けようとする者の申請があって始めて開始されるところ,被爆者援護法を受けた同法施行令や同法施行規則は,原爆症の認定を受けようとする場合,まず申請書に当該疾病等を記載し,疾病等の名称及び当該疾病等が原爆の放射能に起因する旨(原爆の傷害作用に起因するも放射能に起因するものでない場合は,その者の治癒能力が原爆の放射能の影響を受けている旨)を記載した医師の意見書の提出を求めている。
(2) 原爆症認定の対象疾病等
以上のように,被爆者援護法が,医療特別手当等の給付を受けようとする者について,厚生労働大臣の原爆症認定を求めていることからすれば,同法が申請主義を採用していることは明らかである。これを受けて,同法施行令や同法施行規則において,具体的な申請方法(経由先,申請書の記載事項,添付書類等)を定めている。
しかし,被爆者援護法は,特に対象疾病等の特定などは求めていないこと,そもそも申請者に生じた様々な具体的症状をどのようにとらえるかは必ずしも一義的ではなく,当該疾病の内容が常に他の疾病と截然と区別し得るものであるとは限らないこと,原爆症認定の申請書には,疾病等の名称に加えて,被爆時以降における健康状態の概要及び原爆に起因すると思われる疾病等について医療を受け,又は原爆に起因すると思われる自覚症状があったときは,その医療又は自覚症状の概要をも記載するものとされ(被爆者援護法施行規則12条),同申請書に添付すべきものとされている医師の意見書にも,上記の他に既往歴や現症所見を記載すべきものとされていること(同規則様式第6号)などからすれば,認定申請書に「負傷又は疾病名」を記載させるのは,原爆症認定審査をする上での便宜から定められたものと解すべきであって,申請書の各記載事項や添付書類等から放射線起因性が認められる疾患等があるのに,申請者が記載した「負傷又は疾病名」に関しては,放射線起因性が認められないとして,これを却下するのは相当ではない。
もっとも,医療分科会が,申請者を個々に診察して,放射線起因性の認められる疾病の有無を審査すべきであるとするのも現実的ではないし,それは審査の遅延にもつながることであるから,一次的には当該申請書に記載された疾病等の名称に着目して審査すれば足りるが,必ずしもこれに限定されるものではなく,申請書及び医師の意見書その他の添付書類の記載内容に照らして申請者の合理的意思を探求し,医学的知見を参酌しつつ社会通念に従って決するのが相当である。
2 X1の原爆症認定要件該当性について
(1) 認定事実
ア 被爆状況等(甲A15,甲B1,2,乙B7,原審X1本人)
(ア) 被爆前の生活状況
X1(旧姓**)は,昭和2年*月*日生まれの女性であり,昭和20年8月6日当時,18歳であって,日赤(日本赤十字社廣島県支部)甲種看護婦養成・*の生徒課程2年(看護学生)に在籍し,広島市千田町所在の廣島赤十字病院(甲A15・283頁)で救護に従事していた。
(イ) 被爆状況
X1は,同日午前7時ころ前日から出ていた空襲警報が解除されたため,爆心地から約1.5kmの距離にある上記赤十字病院の寄宿舎(木造2階建)内において,同級生とともに掃除の点検のため1階廊下で窓ガラスの埃がないか見ていたところ,午前8時15分に被爆した。X1は,斜め上から原爆の強い閃光を受け,黄色い光線が眼に入った。ほぼ同時に,窓ガラスが爆風で一斉に破損し,建物が崩れ,その下敷きになったが,次の瞬間には意識を失った。
被爆した上記赤十字病院は,当時,戦時体制により陸軍病院赤十字病院となっていたが,鉄筋コンクリート造の病院本館の外郭は残ったものの,室内は破壊され,約250人の軍患者,医師,看護婦,看護生徒など600人のうち,85%が死傷した。同病院の周囲は,一面の焼け野原となり,ほとんどの地物は消滅した(甲A15・283頁,甲B2)。
(ウ) 被爆後の行動
a X1は,まもなく意識を回復し,自力で外に這い出したが,身に着けていた眼鏡も時計もなくなっており,顔面左側と右腕周辺を中心にガラスが突き刺さっていた。X1は,鉄筋造りの廣島赤十字病院本館に赴き,顔中や手足に包帯を巻かれた後,休むように言われてしばらく寝ていたが,負傷者が多数来院する中,友人が動いているのを見て,自らも看護活動に勤しんだ。
同日夕方6時ころ,X1は,上司の命令で,数人で,広島県産業奨励館(現原爆ドーム)直近の紙屋町にある日本赤十字社の廣島支部(甲A15・197頁)まで上司のR参事を探しに行った。途中で多くの被爆者と出会ったが,それらの人々はみな焼けただれてボロをまとっているように見え,同支部の周りは金庫と水道の蛇口以外何も立っていなかった。X1らは,同支部のあったはずの場所を探し,転がっている人を調べていったところ,真っ暗にならないころに,真っ黒に焼け焦げたR参事らしき遺体を発見し,付けていた記章から同参事と判断した。
b X1は,翌7日朝,他の看護学生(なお,400人いた看護学生中集まれたのは60人であった。)らと一緒に廣島赤十字病院に来る患者の看護活動に従事することになったが,足の踏み場もないほど被爆者であふれていた(甲A15・102頁)。X1は,上司の命令で,同日から10日くらいまで毎日,午前8時前から昼過ぎまでは,病院から紙屋町にあった小学校と市役所に通って看護活動に従事し,昼からは廣島赤十字病院に帰って看護活動をしていたが,看護中蛋白質の焦げる異様な臭いがしていて,多数の患者が死亡していった。
X1は,被爆当日から4日目ころまではほとんど何も食べられず,被爆当日の同月6日から水道管から漏れている水を汲んで飲んでいた。被爆後4日目ころからは主食(米飯)だけ運ばれてくるようになり,病院の地下(元の炊事場)で,汲んだ水で飯を炊き,朝晩に1人100個くらい握り飯を作って配り,X1もこの握り飯を食べていた。なお,X1は,被爆後5,6日したころ,外科の医師から体に刺さったガラス片を除去するのでその数を数えるよう言われ,五十数個までは数えたが,それ以上は気分が悪くなって数えられなかった。
c X1は,昭和21年3月に看護学校を卒業するまで,廣島赤十字病院での看護活動を続けた。昭和20年9月ころまでは,病院に患者があふれ,毎日遺体を外に出してはまた新しい患者が入ってくるという状況であった。なお,X1とともに看護学校を卒業することができたのは同学年の者106人中66人で,40人が死亡した。
イ 急性症状等(甲B1,乙B4,原審X1本人)
(ア) X1は,被爆後2~3日目から下痢が始まった。下痢は水様便で,食物がないときでも1日に2回はトイレに行くような状態であった。このような状態が昭和20年8月中続き,下痢の症状自体は同年9月一杯続いた。血便があったかどうかは,穴を開けただけのトイレであり,確認はしていない。
(イ) X1は,同年8月15日ころから歯茎からの出血(歯齦出血)が始まり,出血が止まらない状態はその後1~2か月位続いた。同年8月末ころは,固いものを食べたり,歯を食いしばったりすると,すぐに歯茎から出血し,その後,風邪を引いたり熱が出ても歯茎から血が出るようになったが,こうした状態は,X1が総入れ歯になった昭和40年ころまで続いた。
(ウ) X1は,昭和20年8月終わりころから脱毛が生じた。同年9月に実家に帰って寝込んでいたころ,櫛で髪をといてもらうと髪が大量に抜けるようになった。脱毛は同月一杯ころまで続いた。
(エ) X1は,同年9月に実家に帰ったころ,悪寒と発熱があり,40度の高熱が出て寝込んだ。また,このころ,何か所も口内炎ができた。
(オ) X1は,同年9月ころ,占領軍の採血で白血球の数が減少している,数値が2000くらいになっていると言われた。
ウ その後の症状の経過等(甲B1,乙B1,4,7,原審X1本人,調査嘱託<F病院及びI病院>回答)
(ア) 被爆前の健康状態
X1は,昭和19年12月ころに盲腸の手術をし,その手術後患部が化膿したためしばらく入院したことがあったものの,それ以外には大きな病気をしたことはなく,被爆時も健康に暮らしていた。
(イ) 被爆後の生活状況及び健康状態
a X1は,昭和21年3月に看護学校を卒業後,f(現在の東広島市付近)の海軍病院(現在の国立f病院)勤務を命じられ,同病院で看護婦として勤務した。昭和23年に辞令が解除となり,***県所在の国立G病院で勤務するようになり,昭和24年5月ころからは**県**市所在の国立療養所「H園」で勤務し,f病院とH園では婦長を務めるなどした。
b X1は,H園で勤務していたときに入院していた夫と知り合い,昭和35年に結婚し,昭和38年には長女を出産した。なお,X1は,夫との夫婦生活については,あまり欲求がなく,新婚のころから月に1回あるかないかという程度であった。
c X1は,昭和51年ころ被爆者健康手帳の交付を受けた。以後,X1は毎年被爆者に対する健康診断を受けている。
(ウ) 被爆後の病歴
a X1は,昭和24年6月に右眼の中央が見えていないことに気付き,兵庫県**市所在のD眼科を受診したところ,右眼の中央(網膜の中心部=黄斑部)が焼けており,治療はできないといわれ,両端で見えていると説明された。このとき,左眼についてもごろごろする旨医師に告げたが,治療ができないのであれば通院しても仕方がないと思い,以後通院せずに過ごした。
b X1は,いっそう右眼が見えにくくなったため,昭和52年ころ兵庫県**市所在のE眼科で診察を受けたところ,右眼については,両端も白内障が原因で見えなくなっている,右眼は治療をしても治らないから,左眼を大事にするようにと言われた。また,X1は,このころ,左眼もごろごろするような感覚を有していた。
X1は,右眼の手術をしてみようと思い,同年10月ころ広島県所在の**眼科で診察を受けたところ,被爆時に網膜が焼けているから白内障の手術はできない,左眼を大切にするようにと言われた。
c X1は,昭和38年ころから歯が抜けるようになり,歯医者に通院していたが,昭和40年ころ,通院していた歯医者から,糖尿でも歯が抜ける旨言われたことがあった。もっとも,そのころは糖尿病を示す検査所見はみられなかった。
X1は,昭和61年ころ被爆者検診で尿糖が発見されて近医から糖尿病と指摘され,食事療法を始めて,昭和63年3月血糖降下剤の服用を開始したが,同年11月ころ低血糖症状が出現したのでこれを減量した(ダオニール1錠/日)。その後平成元年5月からは同剤が2錠/日に増量され,平成元年9月4日,血糖をコントロールするため**市**区所在の特定医療法人******会・I病院に教育入院した。入院後は食事療法と薬物療法を受け血糖の数値は改善した。以後,コントロール不良状態で入院し,これが改善すれば退院するという経過で,平成19年3月まで合計5回にわたって入退院した。この間,平成8年ころ血糖コントロールが必ずしも良好でなかったこともあり,平成15年7月には糖尿病性腎Ⅰ-Ⅱ期との診断がなされているが,糖尿病自体が極端に重篤化することはなかった。
d X1は,E眼科で目薬の投薬を受けていたが,平成5年末ころに左眼も白内障になりかけていると言われ,平成6年終わり頃には白内障の診断をされたが,阪神淡路大震災で通院できなくなっていたところ,上記I病院に教育入院中の平成8年5月中旬,眼科治療のため(同病院には眼科がなかった。),兵庫県**市所在のF病院を紹介された。そこで,X1は,同年6月10日,F病院で受診したところ,右眼については眼球癆で失明しており(熟成ないし過熟白内障と思われる症状もある。),左眼は初期白内障,単純型糖尿病性網膜症とそれぞれ診断された。その際,散瞳して検査を受け,水晶体周辺部に白内障混濁が軽度認められるとともに,眼底に小出血が散在していると診断された。
X1は,その後,F病院において,主として左眼白内障治療のため,点眼薬(カリーユニ点眼薬)治療を受けたが,同点眼薬治療は,平成15年9月10日まで続いた。F病院の主治医F***(以下「F医師」という。)は,この間の平成10年3月,X1について,単純型糖尿病性網膜症が前増殖期糖尿病性網膜症に移行したと診断して,同年4月,汎網膜光凝固術を施行した。また,平成13年8月再び網膜光凝固術が,平成15年9月には白内障手術及び人工水晶体挿入術がそれぞれ実施された。さらに,平成16年12月から糖尿病性網膜症に対して止血剤,血管拡張剤の内服投与が行われ,平成19年2月には網膜光凝固術がなされた。
e X1に係る本件原爆症認定申請の際添付された平成13年9月14日付けF医師の意見書(乙B7)には,以下の記載がある。
負傷又は疾病の名称:右眼球癆,左白内障,左糖尿病性網膜症,両涙液分泌減少症
既往歴:右眼球癆
現症所見:右眼球癆,左視力裸眼0.1(矯正0.4),左白内障,糖尿病性網膜症,両涙液分泌減少症を認め,点眼にて加療を行っている。
放射線起因性:平成12年3月6日受診時,すでに右眼は眼球癆におちいっており,視力は完全に零であった。白内障のため眼底の透視は不能であった。本人の申し立てにより,原爆被爆後に生じたものと考える。
医療の内容:点眼薬にてドライアイ,白内障の加療を行い,眼底検査施行して糖尿病性網膜症の経過を観察している。
なお,F医師は,左白内障の発症時期について,「初診時散瞳したときの水晶体混濁が周辺部にごくわずかに認められたのみなので」平成5~8年である旨回答している(調査嘱託回答)。
f X1は,戦後,肺に影があると度々言われ,昭和30年代後半には,結核の初期の患者に処方されるヒドラという抗生物質を与えられるなどした。また,X1は,平成6年ころ,I病院で,肺浸潤があると言われた。
エ X1の原爆症認定対象疾病
X1の原爆症認定申請に係る認定申請書(乙B1)には,「負傷又は疾病名」の欄に「右眼球癆」の記載しかないが,医師の意見書(乙B7)の「現症所見」欄には,右眼球癆のほか,左白内障,左糖尿病性網膜症及び両涙液分泌減少症を認める旨の記載があり,同書に添付されたX1の「被爆時の詳細について」と題する書面には,右眼球癆で失明した後,左眼の治療(白内障等)に眼科に通っていたことが記載されており,また,X1の健康診断個人票(乙B4)には,糖尿病に罹患している旨の記載もあることが認められ,前記1で考察したところに従えば,X1の原爆症認定申請において対象とすべき疾病は,右眼球癆並びに左白内障,左糖尿病性網膜症及び両涙液分泌減少症であると認めるのが相当である(なお,1審被告らも,原審において,認定審査会は,上記4疾病を原爆症認定の対象疾病として審査したことを認めている。1審被告ら原審第1準備書面18頁)。
(2) 原爆症認定対象疾病(左白内障を除く。)の放射線起因性
ア 眼球癆について
(ア) 眼球癆は,毛様体炎が強いと毛様体の房水産生が低下して低眼圧になり,それが高度になると眼球が縮小して発症するに至るとされている(乙A55・161頁)が,眼球癆と放射線被曝との関係の有意性について言及した文献は証拠上見あたらない。
(イ) F医師は,原爆認定申請書に添付された意見書(乙B7)において,右眼球癆について「本人の申し立てにより原爆被爆後に生じたものと考える」と記載しているが,放射線起因性には触れていない。
(ウ) これに対し,医師意見書(医師郷地秀夫,同小林栄一及び同三宅成恒。甲B4。以下,これら3医師作成の意見書を「3医師意見書」という。)及び証人郷地秀夫<⑮-16頁>は,「右目が失明した原因は閃光によって網膜が焼けたことによる。直後に生じた視力障害は回復するどころか徐々に進行し,ついには失明に至っている。こうした障害が進んだことは放射線による影響しか考えられない。」と述べているが,どのような経緯で原爆の閃光による網膜被爆から失明に至ったのかも明らかでなく,その機序に放射線被曝がいかように関わったのかについても合理的な説明はない(もっとも,上記(イ)のF医師の意見書によれば,平成12年3月6日に診療した際,すでに右眼は眼球癆に陥っていただけでなく,眼底の透視ができないほど白内障が進行していたことが窺え,この点は後記のとおり,放射線起因性との関連が問題となりうる。)。
(エ) 以上のような事実関係からすれば,X1の右眼球癆については,放射線起因性を認めるのは困難というほかはない。
イ 両涙液分泌減少症について
3医師意見書(甲B4)及び証人郷地秀夫<⑮-16頁>によれば,X1の両涙液分泌減少症についても,放射線起因性のある右眼球癆及び左白内障の影響により発症したものと考えられるから,放射線に起因するものと考えられるとされているが,両涙液分泌減少症と放射線被曝との間に有意な関係について言及した文献はなく,上記3医師意見書も,具体的な機序を説明するものではないから,結局,両涙液分泌減少症についても放射線起因性を認めるべき根拠が十分でないといわざるをえない。
ウ 左糖尿病性網膜症について
(ア) 糖尿病及び糖尿病合併症に関する知見
a 糖尿病は,血液の中に含まれている糖の濃度が高い状態が続く疾患であり,大別して,インスリン依存性とインスリン非依存型の病型がみられ,前者は,ウイルス感染等の誘発する抗原に対する自己抗体がβ細胞を破壊し,インスリン産生が著しく低下して発症する。発症は25歳以下の若年者に多く,わが国でのこの病型の頻度は全患者の3%以下である。後者は,特殊型を除いて,前者以外を網羅し,遺伝に基づく膵臓のインスリン分泌不足とインスリンの作用不足の結果,肝臓よりの糖放出の抑制低下と筋肉,脂肪組織での糖取り込みの低下等により発症する(乙A65,弁論の全趣旨)。
糖尿病患者に高頻度で見られる代表的な合併症は,網膜症,腎症,神経障害であり,これらは糖尿病3大合併症と呼ばれているところ,一般的に,糖尿病発症後に糖尿病性網膜症を発症するピークは10~15年後で,その後も年齢の上昇とともに緩やかに増加するものとされている(乙A65,104)。
b 人体影響1992(乙A9)における指摘
同書の「糖尿病」の項によれば,エックス線照射の影響について,膵臓は放射線感受性の比較的低い臓器と考えられているとして,Oughtersonの「日本における初期の原爆による死亡者には膵ランゲルハンス島の形態学的異常は証明されなかった」との報告(1956年)を引用し,動物実験の結果や原爆被爆者の被爆距離別の血中インスリン値等の調査結果等を踏まえて,放射線被曝の急性期においても数百radの放射線被曝では組織学的にも内分泌学的にも異常は報告されていない,放射線被曝と糖尿病発症との関連については,インスリン分泌低下,糖尿病頻度,糖尿病発症率及び合併症について報告がみられるが,いずれも否定的な見解が得られていると総括されている。
c 楠 洋一郎ほか「原爆放射線が免疫系に及ぼす長期的影響:半世紀を越えて」(2004年,甲A218)
同論文は,成人健康調査対象者(広島)について従前の調査データーの解析から,被曝時20歳未満の者においては,2型糖尿病の有病率と放射線量との間に有意な正の相関関係が示唆されたこと,宿主の免疫応答に影響を及ぼす可能性のある遺伝的要因が異なることによって,被曝群と低線量被曝群又は非被曝群の糖尿病有病率には有意な差があると思われたこと,以上の所見から,20歳未満の若年高線量被爆者における糖尿病のリスクに強く関わる免疫系の何らかの構成要素は,特定の遺伝子の影響を受けると考えられることが指摘されている。そして,論者は,この研究は,遺伝的背景の違いによって特定の疾患における放射線のリスクが異なることを示した最初の報告であり,このような免疫遺伝学的アプローチにより,放射線被曝が疾患を発生させる機序を解明するための新しい手掛りが得られるかもしれないと指摘している。
(イ) 上記3医師意見書及び証人郷地秀夫<⑮-16頁>によれば,X1の左糖尿病性網膜症についても,放射線起因性のある右眼球癆及び左白内障の影響により発症したものと考えられるとしている。
(ウ) 上記のとおり,放射線被曝と糖尿病頻度,糖尿病発症率及び糖尿病合併症との関係について,統計学的に有意な関連はみられないとする見解が多いが,最近では関連性を示唆する見解もあるものの,未だ定説といえる状況にあるとまでは認め難く,上記3医師意見書もX1の左糖尿病性網膜症について具体的な放射線起因性を説明するものとまではいえず,また,本件において,放射線被曝が糖尿病性網膜症の発症を促進させたことを窺わせる要因も見い出せないことからすれば,糖尿病性網膜症に放射線起因性を認めることはできない。
(3) 原爆症認定対象疾病(左白内障)の放射線起因性
ア 白内障の医学的・疫学的知見(乙A9,55,157)
(ア) 水晶体は,透明なカプセル(水晶体嚢,前側を前嚢,後側を後嚢という。)に包まれた両凸レンズであり,前嚢下に1層の上皮細胞層があり,最周辺部の赤道部で細胞が増殖し,正常に分裂して成熟した細胞は核を失い,後極に向かって移動し,透明な水晶体繊維を形成する。上皮細胞層の内側は規則正しく配列した無数の六角柱状の繊維で形成された水晶体皮質があり,その中心部の繊維は25歳過ぎから硬くなり,水晶体核を形成する。水晶体のほとんどは水と蛋白からなる。
(イ) 白内障とは,水晶体が混濁した状態をいい,その混濁は蛋白の変性,線維の膨化や破壊によるもので,これには先天性のものと後天性のものがある。後天性の白内障としては,原因別に,老人性,外傷性,併発性,放射線性,内分泌代謝異常性,薬物又は毒物性などに分けられる。
(ウ) 老人性白内障は,加齢による水晶体の混濁で,70~80歳の高齢者になると多少なりともすべての人にこれが認められ,白内障の中でも最も多いものである。初発年齢には個人差があるが,一般に50歳以上で他に原因を見い出せないものを指す。程度の差はあるが,両側性で,進行は一般に緩徐である。混濁は赤道部皮質や核あるいは後嚢下に始まる。
(エ) 外傷性白内障は,水晶体嚢が破損すると水晶体繊維が変性,膨化して混濁する。水晶体嚢の破損部から水晶体皮質の白濁が始まる。一般に混濁は進行し早いものでは数日のうちに水晶体全体に及ぶ。
(オ) 併発白内障は,長期にわたるぶどう膜炎,網膜剥離など眼内病変に伴って水晶体の栄養障害をもたらし発生するものである。このうち,糖尿病白内障は,糖尿病者に生じるもので,若年者で両側性に進行するものもあり,高齢者では老人性との区別が困難である。後嚢下白内障をみることが多い。
なお,赤木好男「科学的根拠に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究 糖尿病白内障」(乙A157)によれば,糖尿病者は,非糖尿病者より有意に白内障を発症しやすい,糖尿病性白内障の典型的病型は,皮質白内障と後嚢下白内障もしくはそれらに核白内障を含む混合型である,白内障は血糖レベル及び糖化ヘモグロビン量が高いほど発症しやすく,60歳以下の場合,糖尿病による皮質白内障がより顕著に出現する,とされている。
(カ) 放射線白内障は,放射線エネルギーによって生じる白内障で,レントゲンや原爆などの被曝による。放射線を受けると6か月から数年の潜伏期を経て後嚢下に白内障をみる。これは外眼部や眼内に対する照射による場合が多い。
なお,広島,長崎の原爆被爆生存者に最初に見い出された後障害としての放射線白内障は,特に「原爆白内障」といわれている。放射線白内障,特に原爆の被爆者に生じた白内障の特性,放射線との関係については,項を改めて記載する。
イ 放射線白内障(原爆白内障を含む。)と放射線との関係
(ア) 「電離放射線の非確率的影響」(昭和62年)(乙A58)
ICRPは,1977年にいくつかの非確率的影響に関するしきい線量を示し,個々の臓器・組織に対する年線量限度を勧告していたところ,本件報告書(1984年5月に主委員会により採択されたもの)は,ICRP専門委員会の課題グループが上記勧告の根拠を示したものであり,以下のような指摘をしている。
a 水晶体は,身体の中で最も放射線感受性が高い組織の一つである。
b 高線量被曝では白内障が数か月以内に発生し,急速に進行するが,もっと低い線量では混濁が発生するのに何年もかかることがあり,顕微鏡的大きさにとどまり,顕著な視力障害を起こさない。
c 水晶体混濁の病因は,分裂細胞の損傷であり,細胞の顕微鏡的異常は,低LET放射線の1Gyの急性被曝の数分以内に検出可能となる。
d 損傷を受けた細胞等が後方に移動し,後嚢下に蓄積すると,点状の中央後面被膜下混濁として眼科学的に観察可能となるが,この段階では,放射線誘発混濁は視力にほとんど影響はなく,他原因による白内障と容易に区別できる。
e 病変が進行するか否かは線量によって決まり,病変が進行すると水晶体の前面皮質と核も巻き込み重篤な視力障害を引き起こすことなる。さらに進行した段階では,混濁を放射線誘発病変としてもはや識別できなくなる。
f 原爆被爆生存者では,眼科学的に検出しうる混濁の頻度を増加させる低LET放射線のしきい値は大体0.6~1.5Gyと推定されている。
g 最大級の放射線治療患者(233人)において,検出可能な最小の水晶体混濁を誘発するのに必要なエックス線のしきい値は,1回照射の約2Gyから,3~13週の分割照射の5.5Gyまで変わると推定された。6~7週間にわたる低LET放射線の分割照射では14Gy未満で白内障は観察されなかった。これらの結果,遷延された被曝条件下の職業被曝で白内障を生じさせるには,低LET放射線の8Gyを超える線量が必要と推測される。
h これらの調査結果に基づくと,放射線治療における白内障の1回照射のしきい値(ある特定の影響が被爆した人々の少なくとも1~5%に生ずるのに必要な放射線の量)は2~10Gyと推定される。
(イ) 「ICRPの1990年勧告」(平成3年)(乙A59)
上記勧告において,水晶体に検知可能の白濁を生じさせるしきい線量(1回短時間被ばく全線量当量又は全等価線量)は0.5~2.0Sv,視力障害(白内障)を発生させるそれは5Svと推定されており,NCRP(米国放射線防護測定審議会)では1989年に2~10Svとしている。
(ウ) 人体影響1992(乙A9)
原爆白内障は,広島,長崎の原爆被爆生存者に最初に見い出された後障害であり,水晶体が眼の中で放射線に最も感受性が高くその影響を受けやすいことから,眼の障害としては頻度が最も高い病変である。放射線白内障は,水晶体に放射線が当たって赤道部の細胞増殖帯で細胞が障害されると,変性した細胞は膨化し,核を持ったまま後嚢の内側を正常な細胞よりもゆっくりと後極へ移動し,後極部の後嚢下に変性した細胞が集まって水晶体混濁を形成する。放射線白内障には以下のような特性がある。
a 放射線の種類に関係なく,どの放射線でも水晶体には同じような形態学的変化を起こす。
b 速中性子はエックス線やガンマ線よりも生物学的効果比(RBE)が大きい。
c 照射された線量が多いほど,白内障発生までの潜伏期は短く,白内障の程度は強い。
d 幼若な個体ほど変化が強いが,放射線に対する感受性には個体差もある。
e 混濁は水晶体の後極部で後嚢下に初発し,斑点状ないし円板状混濁を形成し,一部は拡大してドーナツ形となる。これを細隙灯顕微鏡で見ると,混濁の表面は顆粒状で,多色性反射(色閃光)がみられることがある。混濁は後嚢下とその少し前方に位置するものとに分かれ,二枚貝様の混濁を形成する。このような初期に見られる所見は放射線白内障に特徴的なものである。
f 後極部後嚢下に放射線白内障類似の混濁を生じるのは,網膜色素変性症やぶどう膜炎に併発する白内障,ステロイド白内障,老人性白内障で後嚢下から始まるものなどがあり,鑑別が必要である。原爆白内障の臨床像は,原爆以外の放射線によって生じた白内障と極めて類似しており,原爆白内障を診断するためには,水晶体後極部の後嚢下に顆粒状の変化があるだけでは十分ではなく,細隙灯顕微鏡で少なくとも円板状の混濁が見られることを条件とするもの,後極部後嚢下にあって色閃光を呈する限局性の混濁及び後極部後嚢下よりも前方にある点状ないし塊状混濁の二つの形態学的特徴を診断基準として取り上げているもの,などがある。原爆白内障の発生頻度と混濁の程度は,被曝線量と平行し,被曝時の年齢と相関する。広島原爆は長崎原爆に比し中性子線量を多量に含んでいるため,同じ線量でも広島原爆の被爆者の方が混濁を示す比率が多い。水晶体の加齢現象である老人性白内障の頻度が被爆者に高いか否かの検討はまだ明らかにされていない。
そして,百々次夫らの論文を紹介して,これによれば,原爆による放射線白内障については,① 後極部後嚢下にあって色閃光を呈する限局性の混濁,もしくは後極部後嚢下よりも前方にある点状ないし塊状混濁のいずれかの水晶体混濁が認められること,② 近距離直接被曝歴があること,③ 併発白内障を起こす可能性のある眼疾患がないこと,④ 原爆以外の放射線の相当量を受けていないことの4条件(以下「百々ら4条件」という。)が揃った場合に,その診断ができるところであり,特に①の水晶体混濁が認められることが肝要である,としている。
また,同文献中に,広島及び長崎で行われた原爆白内障の発生率の調査結果が掲載されており,それによると,原爆白内障の距離別発生率は,広島赤十字病院眼科で行われた調査(1953年6月~1954年10月)では,爆心地から2.0km以内で54.7%,2.0km以上で10.8%であり,広島大学眼科での調査(1957年10月~1961年9月)では,1.0km以内で70%,1.0km~2.0kmで30%,1.6kmを超えると発生頻度は急減したとされ,長崎大学眼科で行われた調査(1953年7月~1956年12月)では,1.8kmで57.4%,2.4km以内で48.5%で,原爆白内障が起こる被爆距離の限界は統計学的に1.8kmとされている。
(エ) 放射線基礎医学改訂第10版(2004年)(乙A68・331頁)
水晶体混濁は2Gyの被曝で起こるといわれるが,臨床的に問題となるような白内障は5Gyの被曝が必要である。最近の放影研の報告によると,DS86で被曝線量の明らかな広島の原爆被爆者2249人について白内障の発生と線量との関係を調べたところ,中性子線に対して0.06Gy,ガンマ線に対して1.08Gyのしきい値を仮定した線形―2次線量反応関係が最良のモデルであり,2つのしきい値から求めた中性子の生物学的効果比は18で,この値を用いた眼の臓器線量当量で示される放射線誘発白内障のしきい値は1.75Sv,安全域は1.31Sv(95%信頼限界の下限)であった。
潜伏期間は線量と照射時間にはほとんど関係がなく,原爆被爆者では被曝後5年で白内障が発生したと報告されている。この場合,混濁は主に水晶体の後極部に起こるが,同時に前嚢下部位に起こることがある。この点で,赤道面上に起こる老人性白内障と区別されるが,進行すれば他の白内障と区別できなくなる。中性子線はエックス線やガンマ線と比べると白内障を起こしやすく,同一吸収線量でエックス線の5~10倍の効果があるといわれている。子供は,成人に比べ,低線量で混濁が生じる。
(オ) 成人健康調査第7報(甲A67・文献番号30)
重度被爆者では被爆直後,軸性混濁の発生率が増加するとした以前の報告とは対照的に,現在の調査結果は,1958~1986年の成人健康調査対象者における白内障発生率に放射線の影響があることを示唆していない(1Gyでの相対リスク=1.05)。このことは原爆投下以降13年間に白内障発生に関する影響が減弱したか消滅したことを示唆する(ただし,被爆時年齢が20歳以下の若年時被爆者については,1958~1968年に過剰リスク<1.20>が見られた。)。
(カ) 成人健康調査第8報(甲A67・文献番号31)
上記第7報に12年間の追跡期間を追加して更新された報告である。
1958~1998年の成人健康調査受診者からなる約1万人の長期データーを用いて,白内障の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査した結果,白内障に有意な正の線量反応を認めた。白内障での放射線影響は新しい知見である。また,白内障の1Sv当たりの過剰相対リスクは,全相対リスクが1.06,被爆時年齢25歳の相対リスクが1.07である。
(キ) 津田恭央ら「原爆被爆者における眼科調査」(広島医学57巻4号。2004年4月)(甲B5の10)
2000年6月~2002年9月にかけて,成人健康調査対象者のうち被爆時の年齢が13歳未満の者全員及び1978~1980年眼科調査を受けた者を対象として,細隙灯検査,写真撮影及び水晶体混濁分類システム2による分類を行い,性,年齢,都市,線量,中間危険因子を説明変数とし,核色調,核混濁,皮質混濁,後嚢下混濁それぞれ所見なし群を基準として混濁群別比例オッズモデルを用いたロジスティック回帰分析を行ったところ,原爆被爆者の放射線被曝と水晶体所見の関係において遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められた。なぜ55年を経てこのような現象が見られるのかその機序は不明である。白内障には紫外線,糖尿病,ステロイド治療,炎症,カルシウム代謝など様々な危険因子が存在することが知られているが,それらを調整しても線量との関連の有意性の変化は認められなかった。今後動物実験などにより確認する必要があると考えられる。また,今後,しきい値モデルを用いた解析を行い,放射線確定的影響について別途報告の予定である。
(ク) 練石和男らの報告(平成17年)(甲B5の12)
上記眼科調査の報告者グループの構成員である放影研臨床研究部(広島)の練石和男らは,財団法人広島原爆障害対策協議会主催の第46回原子爆弾後障害研究会(平成17年6月5日)において,上記2000年6月~2002年9月まで放影研の成人健康調査の全受診者のうち白内障診断を受けたもの1736人,白内障手術を受けたもの442人について,都市,性,被ばく時年齢及び糖尿病を調整し,線量反応関係,間接効果因子,しきい値を解析したところ,原爆被爆者における術後白内障には有意な線量反応関係があり,カルシウムなど放射線の間接効果因子が存在し,また,しきい値モデル適合曲線の90%信頼限界の下限は白内障診断,術後白内障ともにしきい値線量0Svを超えない(有意性がない)ので,しきい値は存在しないと考えられる,などという報告をしている。
(ケ) 草間朋子の報告書(乙A98・13頁以下)
医療分科会会長代理の草間朋子は,平成13年度委託研究報告書「電離放射線障害に関する最近の医学的知見の検討」において,以下のような報告をしている。
水晶体の混濁あるいは白内障の発生は,以前は,水晶体前面の水晶体包下の上皮細胞に生じた細胞死あるいは細胞障害が,水晶体の後面に移動し水晶体中心軸上の混濁となるとされていた。線量が少ない場合は,視力障害を伴わない混濁のみであり,線量の増加に伴い視力障害を伴う白内障となると考えられていた。
しかし,最近の知見では,水晶体混濁は,水晶体の分裂細胞(上皮細胞)の細胞死ではなく,水晶体の上皮細胞のゲノムの遺伝子の変異による水晶体の繊維蛋白の異常が原因であるとされている。被ばく(ママ)から水晶体混濁が生じるまでの潜伏期間の長さは,繊維組織に分化するまでの時間と,上皮細胞の遊走にかかる時間が関係する。線量が極めて高い場合には,代謝性の変化が生じその結果透明性が失われると考えられている。
病理学的には,最初に水晶体後面の水晶体包下の異常として確認される。被ばくによる水晶体前面の異常の程度が大きい場合には,視力障害の原因となる。
放射線による水晶体混濁あるいは白内障の発生には,①線量,②被ばく時の年齢,③線量率などが関係する。原爆被爆者のデーターでは15歳未満の若年者の感受性が高いとされている。
放射線被ばくによる水晶体混濁あるいは白内障のしきい線量は,研究者(機関)によって一致しないが,短時間被ばくの場合,水晶体混濁は0.5~2Gy,白内障は2~10Gy,多分割又は遷延被ばくの場合,水晶体混濁は6~14Gy,白内障は4~15Gyとなっている。
ウ 本件関係医師等の放射線起因性についての意見
(ア) F医師(乙B7,調査嘱託<F病院>回答)
F医師は,原爆認定申請時に申請書に添付された意見書(乙B7)において,左白内障については言及していなかったが,当審での調査嘱託の回答で,「白内障の原因について,放射線性,老人性,糖尿病性を判別する結果は得られていない」と回答している。
(イ) 3医師意見書(甲B4)及び証人郷地秀夫<⑮-17~19頁>
放射線により白内障が生じることは多くの文献でも知られているところ,中でも脱毛の急性症状を併発した被爆者に白内障傾向が著明に見られることが報告されている。放射線白内障は被爆後比較的早期に起こるとされてきたが,その後30~40年を経て発病することが明らかにされてきた。また,当初の後嚢下混濁だけでなく,老人性白内障と同じ皮質混濁が年齢より早期に発病することが明らかになった。さらに白内障のしきい値が存在しない研究も登場した。以上により,X1の白内障は放射線に起因すると考えられる。
(ウ) 小出良平作成の意見書(乙A56)
昭和大学医学部眼科学教授の小出良平は,百々ら4条件を前提として,① 白内障は放射線の確定的影響であるが,被曝線量がしきい値に満たないこと,② 白内障の発症時期,症状等から放射線白内障との診断は困難であり,老人性白内障など他の白内障と推察されること,③ 細隙灯顕微鏡検査の写真によると,後極部後嚢下の限局性の混濁等,放射線白内障で見られる水晶体の混濁像が得られていないこと,などの理由により,放射線白内障ではないとの判断が妥当であるとしている。
(エ) 佐々木康人及び草間朋子作成の意見書(乙B10)
X1の被曝線量(34.7cGy,水晶体の等価線量に換算して約0.40Sv),X1の白内障が被曝から40年以上経過し67歳で発症したという経過,初診時の水晶体所見で,混濁が周辺部(水晶体皮質)に認められていて老人性白内障の所見であること,原爆白内障の4条件が満たされていないこと,白内障と診断される以前から糖尿病を発症していたこと,被爆後にみられた急性症状は被曝の急性症状とは考えられないこと等から,X1の白内障は,老人性白内障もしくは糖尿病性白内障と考えるのが妥当であって,放射線起因性を認めることはできない。
エ 放射線起因性の検討
(ア) 1審被告らは,審査の方針に従って,X1の初期放射線の被曝線量は,遮蔽なしとした場合で50cGyであり,木造家屋内での被爆であることから遮蔽係数0.7を乗じると35cGyとなること,X1が被爆翌日(被爆当日のR参事の捜索は短時間であり,考慮するべきでない。)以降滞在した地域を爆心地に最も近い紙屋町付近(爆心地から約300m)と仮定したとしても,審査の方針(第10表)に従って残留放射線による被曝線量を推定すると,16~24時間/300mでせいぜい4cGy程度となり,初期放射線による被曝線量と併せても39cGy程度にすぎないこと(認定審査会の答申 線量目安34.7cGy。乙B8),これに対し,白内障のしきい値は1.75Svであることを根拠に,X1の白内障は放射線に起因するものではないと主張する。
そして,審査の方針が上記のように規定していること,白内障のしきい値が上記のように設定され,これを裏付ける文献も存在することは先に認定してきたとおりであり,これらを前提とすれば,X1の合計被曝線量は,計算上は白内障に係る上記しきい値に達しないというほかない。
(イ) しかしながら,X1の被曝線量については,先に判断したとおり,① 爆心地から1300m以遠においては,DS86の推定する初期放射線量は過少に推定されている可能性があり,その差は特定できないものの,長友らの指摘(広島の爆心地から2.2kmで約2.2倍)を参考に2倍とすれば,X1の初期放射線の被曝線量は1Gyとなること,② ガラス越しに初期放射線の直曝を受けたことからすれば,遮蔽効果があったか疑問であること,③ X1は,被爆時から約10時間後に,壊滅状態となった地帯を歩いて,多くの被爆者と出会いながら,爆心地から約300mにある日本赤十字社広島支部付近に赴き,R参事を探し歩き,真っ暗になる前(真夏のことであり,午後8時前ころと推定する。)に同参事の遺体を発見したというのであるから,別表10の8~16時間の項に該当するというべきであり,その時刻の残留放射線量は7cGyであること,④ X1のその後の紙屋町付近と広島赤十字病院とを往復しての看護活動,その間の飲食状況,被爆後数日間は身体にガラス片が刺さったままの状態であったこと等に照らせば,爆心地付近の誘導放射化した土壌等による残留放射線の被曝に加えて,飲食物の摂取又は負傷した部位から誘導放射化した物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も十分考えられること,これらの点を考慮すれば,X1の被曝量の総計は,上記推定された被曝線量をかなり超えた,相当多量であった可能性が大きいと考える余地は十分にあるというべきである。
そして,X1には,前記のとおり,下痢,歯茎からの出血,脱毛,白血球の減少といった,放射線による急性症状として説明することが可能な症状を発現していることは,上記判断を裏付けるものである。
この点について,1審被告らは,放射線障害としての下痢は血性の慢性下痢を特徴とするものであり,鑑別診断なくしてX1の訴える下痢が放射線による急性症状であったと断じることはできず,また,X1の被曝線量からみてX1の歯茎からの出血や脱毛を放射線による障害であると考えることには無理があるなどと主張する。
しかし,急性症状については先に詳細に検討したとおり,下痢や脱毛等に関するしきい値を広島・長崎の被爆者にそのまま当てはめることには疑問があること,審査の方針の線量推定にも上記のような問題点があることに加え,X1は,被爆前は,盲腸の手術後患部が化膿したため短期間入院したことがあったものの,それ以外には大きな病気をしたことはなく,健康に生活していたことからすると,被爆直後から発症したこれら症状に放射線の影響があったことを否定する理由はないというべきである。もとより,18歳の女性が先に認定したような苛酷な状況に置かれたのであり,ストレスを受けたのは明らかであろうし,当時の衛生状態も体調に影響を与えないはずもないであろうから,それらが発症の一因であった可能性は否定すべくもないが,X1がパニック的な状況に陥ったような形跡も窺われず,それらが主たる原因であると断じ得るような証拠はない。
そうすると,上記白内障にかかるしきい値を前提としても,X1がそれを超える放射線被曝をしていないと断ずることはできない。
しかも,上記しきい値自体,ICRPの1990年勧告では5Svとされ,放射線基礎医学改訂第10版(2004年)では1.75Svとされ,放影研の練石らの報告(2005年)ではしきい値は存在しないとされているのであって,時代と共に評価が変動している可能性もあり,所与の前提としてとらえることにも疑問がないではない。
いずれにしても,X1が白内障を発症する可能性のある原爆放射線被曝を受けた可能性は否定できない。
(ウ) 次に,1審被告らは,加齢が白内障にとって有力な原因であり,糖尿病も白内障の原因となることを前提とし,X1の左白内障は,被爆後50年(67歳)もたってから発症したものであり,しかもX1はその10年位前から糖尿病に罹患しており,白内障の発症状況も周辺の皮質混濁から始まり,百々ら4条件のうち①②③の3条件を満たしていないなどとして,糖尿病白内障ないし老人性白内障あるいはその合併症であると主張する。
確かに,X1の左白内障の発症は,平成5年末から平成6年末ころの間と推定され,また,昭和60年ころから糖尿病に罹患していたことも先に認定したとおりである。
そして,加齢による水晶体の混濁は多くの人にみられ,70~80歳の高齢者になると多少なりともすべての人に認められるとされており,混濁は,赤道部皮質や核あるいは後嚢下に始まるとされており,また,糖尿病者は有意に白内障を発症しやすいとされ,その典型的病型は,皮質,後嚢下,核を含む混合型とされている。
これらの事実を前提とすれば,X1の左白内障に加齢や糖尿病が原因していることを否定することはできない。
(エ) しかしながら,① X1は,右眼も高度の白内障に罹患しており,平成8年ころにはF医師によって熟成ないし過熟白内障(混濁が水晶体全体にわたり,嚢直下まで達している状態,ないし,さらに混濁が進み,皮質又は核の萎縮硬化が見られる状態。乙A55)と判断されているところ,左眼の白内障の進行と著しく異なっており,通常両側性とされる老人性白内障や糖尿病白内障の進行と異なるところがあること(1審被告らも,糖尿病のような全身疾患の合併症が片側だけに起こることは考え難いと主張している。原審被告ら第11準備書面8頁),② X1は,右眼に網膜を損傷する程の直接閃光を受けており,その理由は明らかでないものの,左右で被曝線量の違いがある可能性があり,左右の眼の発症状況の大きな違いは,放射線線量の違いとして理解可能であること,③ 百々らは,その4条件のうちでも特に第1の条件(後極部後嚢下にあって色閃光を呈する限局性の混濁,もしくは後極部後嚢下よりも前方にある点状ないし塊状混濁のいずれかの水晶体混濁が認められること)が必須としているが,百々ら論文を紹介している人体影響1992も,放射線白内障の場合,細隙灯顕微鏡で見ると多色反射(色閃光)が見られることがあるとしており,他の診断法もあることを紹介しているのであって,被曝線量の違いや個体差や進行の程度等も考えれば,これを必須要件とすることには疑問があること,④ F医師は,初診時(平成8年6月10日)には水晶体周辺部に軽度の白内障混濁を認めたことだけをカルテに記載しているが,同年9月2日以降のカルテには,たびたび左眼後嚢下混濁の記載をしている(調査嘱託<F病院>回答)ところ,短期間に後嚢下混濁が発症したと見るのは不自然であるから,同時的,あるいは左眼後嚢下混濁が先行していた可能性も否定できない。さらに,放射線白内障の場合,放射線によって傷害された赤道部の細胞が後嚢部に移動することが知られており,後嚢下混濁が見られたことは,放射線白内障と矛盾するものではないことが認められ,これらの事実からすれば,左白内障の発症状況は,放射線の影響を否定するものではないというべきである。
(オ) 以上のとおり,X1が白内障のしきい値に相当する放射線被曝を受けていた可能性が十分にあること,原爆白内障は爆心地から1.6km以内では発生頻度が高いこと,原爆放射線被曝線量と白内障との間に有意な正の線量反応を認められていること,原爆被爆者の放射線被曝と水晶体所見の関係において遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められたとする見解があること,白内障診断,術後白内障ともにしきい値が存在しないと考えられるとする研究成果があること,X1の左白内障の発症時期や発現形態は放射線白内障であることを否定するものではないこと,糖尿病性白内障又は老人性白内障の可能性も否定できないものの,それのみによって,あるいはそれが主因となって発症したことを裏付ける資料は存在しないことなどの事実関係からすれば,X1の左白内障は,少なくとも原爆放射線の影響によって発症した面があると判断するのが合理的かつ自然というべきであり,X1の左白内障について放射線起因性を肯定すべきである。
(4) X1の原爆症認定対象疾病の要医療性
以上のとおり,X1の原爆症認定の対象とすべき疾病のうち左白内障について放射線起因性を認めることができるところ,X1は,前記認定のとおり,平成8年6月から平成15年9月10日まで,主として左白内障治療のため点眼薬治療を受けていたから,申請時にX1の左白内障について要医療性のあったことは明らかである。
(5) 本件X1却下処分の理由に係る1審被告らの主張の変更について
1審被告厚生労働大臣は,X1の申請疾病について放射線起因性を認めた上で,要治療性を否定して,本件X1却下処分を行い(乙B2),さらに本件訴訟係属後も,原審の答弁書では,この事実を認めていたところ,その後,「認定審査会においてX1申請に係る4疾病についてはいずれも起因性がない旨の判断をし,その旨却下処分の手続を進めていたところ,誤って他の様式(放射線起因性を認めたうえで要医療性がないものとして却下するもの)を用いて作成したものである。」と主張し,放射線起因性をも否定するに至った。
X1は,1審被告らの上記主張の変更を強く非難するので,検討するに,証拠(乙B8)によれば,認定審査会が放射線起因性がないものと判定して認定却下の答申をしたことは明らかであり,それにもかかわらず,1審被告厚生労働大臣がこれと異なる理由で本件X1却下処分をしたことが認められる。
1審被告厚生労働大臣が認定審査会の判定を覆して決定をしたと見る余地はないから,1審被告らの主張するように単なる処分理由用紙を取り違えたものと認めるのが相当であるが,原爆症認定という被爆者にとって重大な申請について,その処分理由用紙を誤って申請被爆者に送付するということは,軽率のそしりを免れず,訴訟提起後もその誤りに気づかないまま答弁を行っているやに窺われるのも看過できないが,事実に反している以上,主張を変更することはやむを得ないものといわざるを得ない。
その点はさておいても,取消し訴訟において,処分行政庁は,行政訴訟手続法7条により準用される民事訴訟法157条等の一般的な制限を除き,取消しを求められた処分の適法性を基礎付けるため,処分時の認定事実や根拠法規の解釈適用にとらわれることなく,訴訟物の範囲内で客観的に存在した一切の事実上及び法律上の根拠を主張しえる(最高裁昭和53年9月19日第三小法廷判決・判例時報911号99頁)から,1審被告らの「放射線起因性がない」との主張を,手続的事由を理由として排斥することはできない。
(6) 結論
以上のとおり,X1は,本件X1却下処分当時,原爆症認定申請の対象とされるべき左白内障について放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件X1却下処分は違法というべきである。
3 X2の原爆症認定要件該当性
(1) 認定事実
ア 被爆状況等(甲A121,甲C1,2,3の1・2,7の1・2,乙C6,原審X2本人)
(ア) 被爆前の生活状況
X2は,昭和5年*月*日生まれの女性であり,昭和20年8月当時,満15歳であって,長崎県立g高等女学校に在学中であった。X2は,昭和19年9月ころから勤労奉仕としてC兵器製作所**工場で主として魚雷の製造作業に従事し,男性に混じって黒鉛を担いで運んだり,スコップで土塊をすくっては篩にかける作業等もしていた。
(イ) 被爆状況
X2は,昭和20年7月末ころ,工場内の診察医からしばらく休養するよう言われ,長崎市B町**番地の自宅(木造家屋。以下「X2宅」という。)で療養中であったところ,同年8月9日午前11時2分に被爆した。自宅の窓及び障子はすべて開放した状態であったため,奥の部屋の方角(北西方向)から強烈な閃光とともに爆風を受け,布団に潜って様子をみた後,X2宅にいた母及び姉とともに防空壕に避難した。特に身体に負傷を負うことはなかった。
(ウ) 被爆後の行動
a X2は,被爆後もそのまま自宅にとどまっていたところ,被爆当日に,同宅で下宿していた同級生のYが被爆現場の**工場(爆心地から約1.5km弱)からX2宅に徒歩で,体中を真っ黒に汚して,戻ってきた。X2は原から被爆状況についての話を聞いた。さらに翌日になって,長崎医科大学(爆心地から約500m)で被爆した隣人が戻ってきて,被爆状況などを聞いた。ところが,同人は,しばらくして唇が腫れてきて,1週間ほどで亡くなった。X2は,隣組の人と協力し,同人の遺体を担架に乗せて伊良林小学校まで運び,その焼却作業に従事した。その際,同小学校の広いグランドでは,各所で遺体が焼かれており,煙が無数に立ち上っていた。
b X2は,被爆以後,買ってきたかぼちゃや芋,鰯の配給以外にも,自宅隣の**遺跡で栽培した夏野菜や糠で作った団子を食べ,水道水を飲んでいた。
c X2は昭和20年9月から女学校に登校したが,原子爆弾で死亡した生徒も多く,クラス数も7クラスから5クラスに減少した。また,登校している生徒の中にも体調がすぐれない者や頭髪が抜けている者が何人もいた。
イ 急性症状等(甲C1,乙C1,5,7,原審X2本人)
X2は,被爆の数日後ころから,次第に工場労働による疲労などとは違う体のだるさを覚えるようになった。
被爆当時X2宅にいたX2の母及び姉にも急性症状はみられなかったが,母及び姉も被爆後は体調を崩して寝込むことが多かった。
ウ その後の症状の経過等(甲C1,11,乙C1,5~8,証人郷地秀夫<⑮-20頁>,原審X2本人,調査嘱託<K病院及びJ眼科院>回答)
(ア) 被爆前の健康状態
X2は,幼少期のころ,腎臓炎,赤痢,気管支カタルに罹患したことがあったが,被爆当時は健康体で,勤労奉仕として男性に混じっての肉体労働にも従事していた。もっとも,被爆当日のしばらく前から疲れが出ていたので,自宅で静養していた。
(イ) 被爆後の生活状況及び健康状態
a X2は,昭和20年9月から西山地区に存した長崎県立g高等女学校に登校し,学校では水道水を飲み,昼食は家から持参した弁当を食べていた。しかし,体が疲れやすく,体調がすぐれないため学校を休んだこともあった
b X2は,女学校卒業後,同じ敷地内にある女子専門学校に入学し,教員免許を取得した。そして,専門学校卒業後,長崎市内の学校で教員として勤務した。勤め始めて後も,体が疲れやすく,体調がすぐれないため勤めを休んだこともあった。
c X2は,昭和32年1月,結婚し,昭和35年ころ,**県に転居した。X2は3子をもうけ,子育てもあって昭和45年3月に退職した。
d X2は,昭和34年10月27日付けで長崎市長に対し被爆者健康手帳の交付申請をした(乙C6)。同申請に係る原爆被爆者調査票(乙C7)には,「現在の健康状態」として,「つかれやすい」,「視力がおとろえた」の項目に丸印が付けられており,また,被爆後にかかった病気として「心臓・脚気」と記載されている。
(ウ) 被爆後の病歴
a X2は,平成2年ころ**診療所で被爆者健康診断を受けた際に不整脈を指摘された。同年6月の甲状腺機能検査ではTSH(甲状腺刺激ホルモン)が基準値(0.3~4.2μIU/ml)をわずかに上回っていた程度であったが,平成4年4月にI病院において検査した結果,TSHが135.1と高値を示しており,甲状腺機能低下症と診断され,甲状腺ホルモンの投与が開始された。その結果,同年8月の検査ではTSHは0.2となって症状が改善したが,その後も今日まで投薬治療を続けており,平成8年ころからは医療法人社団**会K病院に1か月に1回通院し,甲状腺ホルモン剤の投与を受けている。なお,平成16年12月20日の検査によれば,TSH(同病院での基準値は0.54~4.54μIU/ml)は1.6と基準値内にあり,また,甲状腺自己抗体の検査結果は,サイロイドテスト及びマイクロゾームテストがいずれも100未満,TSH-R抗体がマイナスであって,I病院の郷地秀夫医師(以下「郷地医師」という。)によれば,X2の甲状腺機能低下症は自己免疫性甲状腺疾患ではないことが確認されたとしている(甲C11)。
X2の原爆症認定申請の際に提出されたK病院の担当医師の平成14年3月18日付け意見書(乙C8)には,X2の甲状腺に腫瘍,自己免疫疾患,外傷,炎症等の所見は認められないとされている。
b X2は,平成13年と平成14年には白内障の手術を受けた。また,同年10月にはL病院で乳がんの摘出手術を受け,その後,M大学附属病院に通院して放射線治療を25回受けた。X2は,L病院で2か月に1度術後の定期検査を受け,術後の放射線治療を行ったM大学附属病院にも3か月に1度検診のために通院している。
c X2は50代から歯が徐々に抜け始めた。また,60歳のころ脊椎を圧迫骨折し,65歳のころ肩の骨を複雑骨折した。
d X2は,現在,上記のとおり,K病院に1か月に1回甲状腺機能低下症,高血圧及び骨粗鬆症の治療のため通院し,L病院で2か月に1度術後の定期検査を受け,M大学附属病院に3か月に1度検診のために通院しているほか,**病院に1か月に1度通院し,ラクナ梗塞のために投薬治療を受けている。
エ X2の原爆症認定対象疾病
X2は,原爆症認定申請に係る対象疾病には乳がんも含まれる旨主張するが,X2の原爆症認定申請に係る申請書(乙C1),医師の意見書(乙C8)には,疾病等の名称のほか現症所見欄にも甲状腺機能低下症の記載しかなく,上記申請書等において乳がんについて一切触れられていないことに加えて,前記認定のとおりX2が乳がんの摘出手術を受けたのは本件X2却下処分(平成14年9月9日付け)より後の同年10月であり,X2は乳がんが発見されたのは手術の1月くらい前であると供述していることをも斟酌すれば,前記1の原爆症認定の対象疾病等の範囲に関する枠組みに従えば,X2の原爆症認定申請に係る疾病に乳がんが含まれていたと認めるのは困難であり,対象疾病は甲状腺機能低下症のみといわざるを得ない。
(2) 原爆症認定対象疾病の放射線起因性
ア 甲状腺機能低下症の医学的・疫学的知見
(ア) 甲状腺機能低下症一般(甲A161の2・文献番号16,乙A66,68,72)
甲状腺機能低下症は,疾患名ではなく,狭義には甲状腺組織でのホルモン産生・分泌障害に基づく血中甲状腺ホルモンの低下による病態であるが,より広義には,末梢組織に対する甲状腺ホルモンの作用不足による病態ともいえる。成人の一般的症状は,全身倦怠感,無力感,うつ状態,寒がり,発汗減少,便秘,関節痛等であり,最終的には典型的な粘液水腫性昏睡の状態となり,しばしば致死的となる。
病因的には,種々の原因があるが,甲状腺自体に障害があり,ホルモン分泌・合成障害を来すものを原発性甲状腺機能低下症と呼ぶ。これには,後天的に甲状腺が自己免疫機序によって破壊されるものや放射線によって破壊されるもの,ヨード欠亡・ヨード過剰など外因性の機能抑制によるものとがある。甲状腺機能低下症の大部分は慢性甲状腺炎(甲状腺に対する自己免疫機序によって生じる慢性炎症性甲状腺疾患<自己免疫性甲状腺炎>であり,1912年に九州大学の橋本策博士により最初に報告されたため,橋本病と呼ばれている。)である。
甲状腺機能検査ではTSH測定が最も有用であり,原発性甲状腺機能低下症では必ず上昇する。総T4,遊離型T4の低下は甲状腺機能低下症全般に見られるが,T3は正常のことがある。また,貧血が高頻度に認められる。
甲状腺機能低下症の治療は甲状腺ホルモンの補充療法であり,甲状腺機能低下症患者の血中ホルモン濃度を正常域に保つことを目的とする。通常,生涯服用を続ける必要がある。
(イ) 甲状腺機能低下症と放射線との関係について
a 放射線基礎医学第10版(乙A68)
甲状腺上皮は組織の中でも,細胞分裂頻度が低く,放射線感受性がかなり低い方に分類されている。したがって,放射線に抵抗性があると考えてよい。しかし,障害を受けた細胞が除去されるにつれて,甲状腺刺激ホルモンは増加する。細胞の生存率が低いと10~20年後でさえ,機能低下を伴う甲状腺の萎縮を起こすことがある(238,253頁)。
b 人体影響1992(乙A9)
(a) 原爆被爆による放射線障害は,初期放射線によるものが最も多く,次いで誘導放射能によるものや放射性降下物によるものなどに起因する。核分裂生成物の核種のうちヨウ素が約1/2を占め,放射性ヨウ素の中ではヨウ素131が主であり,被曝直後では呼吸によりヨウ素131が取り込まれたり経皮膚的に吸収され,甲状腺の内部被曝を起こしたり,また,地上に落下したヨウ素131が野菜・牧草を汚染するとともに,食物連鎖を通じ牛乳も汚染される結果,野菜・牛乳を通じて人体へ移行する。
(b) 森本らの被曝時年齢20歳以下を対象とした調査では,100rad以上被爆群(477人)と対照群=0rad被爆群(501人)について検討した結果,結節性甲状腺腫は,被爆群では13例,対照群では3例と被爆群に有意に高率であった。
(c) 長瀧教授らにより,長崎原爆の甲状腺への影響が検討された結果,甲状腺結節は,被曝線量が高いほど増加し,被曝時年齢が20歳以下の群に有意に多かったとされているほか,同教授らによる長崎市西山地区住民の調査により,放射性降下物による被爆においても結節性甲状腺腫の発生が高くなることが明らかにされた。
(d) 浅野らは,放影研の剖検症例(1954~1974年)中155例に橋本病の存在を確認したものの,発生率あるいは被曝時年齢と放射線との関係は認めていない。
(e) 森本らの上掲調査では,100rad被爆群と0rad被爆群との間に血清TSH及びサイログロブリンは差がなかったと報告している。
(f) 伊藤千賀子らは,広島の原爆で1.5km以内の直接被爆者6112人と3km以遠の直接被爆者3047人のTSH値の検討を行い,甲状腺機能低下症の頻度は,男性で1.5km以内群1.22%,対照群0.35%,女性ではそれぞれ7.08%及び1.18%であり,また,被曝線量の増加とともに機能低下症が高率となり,さらに,機能低下症症例のマイクロゾーム抗体陽性率は1.5km以内群は対照群に比して男女ともいずれも著明に低率であったと報告している。
(g) 長瀧らは,長崎における原爆の甲状腺への影響を検討し,甲状腺機能低下症は低線量群に有意に高く,10~30歳代時に被爆した群に特に高く,特に女性に多かったという(後記e参照)。
(h) 横山直方らによれば,西山地区は原爆放射能降下物で汚染された地域であり,原爆投下後40年での土壌のセシウム137は対照地の約2倍で,農作物のセシウム137は約10倍という。西山地区住民における甲状腺機能は,freeT4は正常範囲内ではあるが,対照群に比して有意に低下しており,この差は被曝時年齢20歳以下の集団で顕著であったという(後記c参照)。
(i) 1960年代の水爆実験によるマーシャル群島住民の被曝者群においても甲状腺機能低下症の発生率の上昇が認められているが,調査が古い線量基準によって行われたため,線量の信頼性に問題があり,精度に欠ける点がある。
c 「長崎西山地区住民と対照の健康調査(第2報)」(放影研倉田明彦ほか,長崎医学会雑誌59巻特集号)(甲C5の4)
1983年1月から5月にわたる期間に西山地区住民と年齢,性を一致させた対照地区住民の34組について調査を行ったところ,甲状腺ホルモンの生化学的検査の結果は,血清T4とFreeT4値の平均値と中央値が西山地区住民が対照群に比較して統計的に有意に低い値を示し,この有意差は被爆時年齢が20歳未満の被爆時若年群のみに認められたが,これらの差は正常範囲内においての有意差であり,甲状腺疾患が多いかどうかについては現在結論を得ていない。
d 「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患の調査(第3報)」(X4修二ら,1982年)(甲A161の2・文献7)
(a) 昭和59年10月から,長崎成人健康調査集団の対象者のうち1745人について,DS86に基づく被爆(ママ)線量により,0rad群(974人),1~49rad群(279人),50~99rad群(208人),100rad以上群(284人)の4群に分けた上,甲状腺超音波断層装置による甲状腺体積測定等により,すべての甲状腺疾患の発生頻度について調査を行ったところ,甲状腺機能低下症の発生頻度は,0rad群において2.5%,被爆者全体において4.5%であり,被爆者において有意な増加が見られ,被曝線量別では,1~49rad群(6.1%)のみにおいて,0rad群に比して,有意な増加が見られた。また,原因別では橋本病による甲状腺機能低下症の発生頻度が,0rad群において0.6%,被爆者全体において2.2%であり,被爆者において有意の増加が見られ,これを線量別で見た場合も,1~49rad群(3.6%)のみにおいて,0rad群に比して,有意差が見られた。
(b) 被爆者において,橋本病による甲状腺機能低下症の発生頻度が高いことは,今回の調査で初めて明らかになった。Kaplanらによれば,原爆放射線被爆(ママ)により,自己免疫性甲状腺炎の発症頻度については,有意な増加が見られるが,甲状腺機能低下症の発生頻度については,発生頻度の増加が認められていない。しかし,一方では,被爆者の血中TSHは有意に増加しているとの報告もあり,これは原爆放射線被爆(ママ)が甲状腺機能低下症の進展に関与していることを示唆しているとも考えられる。さらに甲状腺機能低下症が結節性甲状腺腫と違い,1~49radの低線量被曝群のみに発生頻度の増加が認められたことは,原爆放射線被爆(ママ)による免疫系異常の発生と発がんは,違った機序によることを示唆しているものとも考えられる。
e 「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」(長瀧重信ほか,1994年12月)(甲C5の9の2)
1984年10月~1987年4月にかけて2年に1度の定期検診を受けた長崎成人健康調査の対象者を対象に甲状腺疾患の有病率と甲状腺被曝線量(DS86線量推定方式による),性及び年齢との関係をロジスティックモデルを用いて解析したところ,抗体陽性特発性甲状腺機能低下症(自己免疫性甲状腺機能低下症)においては有意な線量反応関係が認められたが,他の型の甲状腺機能低下症では認められず,自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率は0.7±0.2Svで最大レベルに達する上に凸の線量反応を示した。原爆被爆者における自己免疫疾患の有意な増加が認められたのは初めてである。上に凸の線量反応関係は,比較的低線量の放射線が甲状腺に及ぼす影響を更に研究する必要のあることを示している。マーシャル群島の核実験で被曝した子どもにおいては10年以内に甲状腺機能低下症がみられ,その多くは自己免疫型ではなかったが,マーシャル群島の住民においては,甲状腺の被曝は主として内部放射線(放射性ヨード)によるもので,推定された甲状腺線量は甲状腺機能低下症のある原爆被爆者における原爆からの直接の外部放射線による甲状腺線量よりも高い。
f 「若年期に被バクした原子爆弾生存者の血清TSH,サイログロブリンと甲状腺障害:30年の追跡調査」(甲C6の8)
原爆投下40年後の広範囲な追跡調査として長崎地域で成人健康調査の登録者を対象に調査したところ,非被曝群と100rad被曝群との間に血清TSH及びサイログロブリンの濃度に有意な差は認められず,被曝群における甲状腺機能低下者の発生率が増えたとの結果は見つからなかった。
g 成人健康調査第7報(甲A67・文献番号30)
1958~1986年の成人健康調査コホートの長期データを用いた調査において,甲状腺疾患(非中毒性甲状腺腫結節,び慢性甲状腺腫,甲状腺中毒症,慢性リンパ球性甲状腺炎,甲状腺機能低下症の障害が一つ以上存在することをいう。)の発生率に有意な正の線量反応が認められた。被曝放射線量が0.001Gy以上の人たちにおいて被爆に起因する症例の割合は16%であり,女性が疾患にかかる確率は男性より3倍高く,性,市,被爆からの期間のどれも相対リスクの有意な修飾因子とならず,被爆時年齢の影響は有意で,主に若い時に被爆した人たちでリスクが増加し,被爆時年齢20歳以下の人と20歳を超える人についてそれぞれ解析を行ったところ,線量効果は若いグループのみに見られた。
h 成人健康調査第8報(甲A67・文献番号31,115の16)
1958~1998年の成人健康調査受診者から成る長期データを用いてがん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査したところ,甲状腺疾患に対する1Svでの全相対リスクは1.33,被爆時年齢10歳の相対リスクは1.64,25歳の相対リスクは1.15であり,放射線のリスクはより低年齢で被爆した被験者及びより低年齢で調査を受けた被験者においてより高く,被爆時年齢が最も顕著な効果修飾因子として含まれ,調査時年齢はそれほどには有意ではなく,被爆時年齢がより強力な要因であることを示唆しており,実際,放射線のリスクは20歳未満で被爆した者で顕著に増大したが,より高齢で被爆した者では顕著ではなかった。統一した診断基準を適用した最近の長崎における成人健康調査での甲状腺疾患の発生率研究は,特に若年で被爆した人において,女性の固い小結節との有意な線量反応,自己免疫性甲状腺機能低下症への凹型の線量反応を示したが,他の甲状腺疾患では有意な放射線の危険性は認められなかった。甲状腺機能低下症又は甲状腺炎の発生率は,放射線療法を受けた患者において増加していたものの,比較的低い線量の外部放射線被曝の影響は不明瞭である。
i 「原爆被爆者にみられた甲状腺障碍について」(横田素一郎ほか,長崎医学会雑誌36巻11・12号,昭和36年)(甲A161の2・文献番号4)
昭和33年5月下旬の長崎原爆病院開設以来,昭和35年10月までの54人の甲状腺疾患患者を臨床的・統計的に観察した結果,甲状腺機能低下症は僅か3例にすぎないが,うち2例は2km内で被爆し,また機能亢進症に対する頻度も高い等,原爆放射能の関係が深いように思われた。
j 「原爆被爆者における甲状腺疾患の検討」(平田久美子ほか,長崎医学会雑誌75巻特集号,2000年)(甲A162)
平成9年度から平成11年にかけて広島原爆障害対策協議会健康管理・増進センターを訪れた被爆者検診受診者のうち甲状腺疾患を疑われた者376人につき甲状腺超音波検査を実施したところ,何らかの異常を示した者が大多数を占めたうえ,慢性甲状腺炎が71人に認められ,そのうち治療中が24人,未治療の機能低下症が47人であった。
k 「検診で発見された甲状腺機能低下症の臨床像について」(野間興二ほか,広島医学41巻3号,昭和63年3月)(甲A163)
過去4年間に広島原爆被爆者健康管理所を訪れた者の中から原発性甲状腺機能低下症30例について,その病因及びその他の臨床所見等について検討を加えた結果,MCHA(抗マイクロゾーム抗体)やTGHA陰性例が7例(23.3%)に認められたが,これは伊藤らの被爆者には慢性甲状腺炎に由来しない,甲状腺機能低下症が多いという報告と一致する。
l 「原爆被爆者の甲状腺機能低下症についての意見書」(聞間元也ら,2006年6月)(甲A161の1)
被爆者の甲状腺機能低下症に関する従前の文献や調査結果を網羅的に整理したうえ,結論として次のとおり述べる。
放射線の直接傷害作用による甲状腺機能低下症は,広島・長崎以降も,原水爆実験,原発事故などの際に多くみられており,これまで確定的影響,すなわちしきい値のある障害とみなされてきたが,発症に要する線量レベル,すなわちしきい線量についての根拠のある知見は現在もなお得られていない。
一方,原爆被爆者の甲状腺機能低下症の大部分を占める自己免疫性甲状腺機能低下症(事実上橋本病と同義)においては,ごく低線量からはじまり,0.7Svをピークとする低い線量域で過剰に発症していることがわかった。ここにみられる線量反応関係は,確定的影響とは明らかに異なるものであり,したがって放射線起因性の判断にあたっては,しきい線量をもって論じることは妥当でない。
m 「広島・長崎の原爆被爆者における甲状腺疾患の放射線量反応関係」(今泉美彩ら,平成17年,アメリカ医師会雑誌に掲載)(乙A149)
数多くの放影研調査で原爆被爆者における甲状腺の異常が評価されてきたが,同調査には,良性結節及び自己免疫性甲状腺疾患など様々な甲状腺疾患を同定できないという制約があった。そこで,平成12年3月~平成15年2月の間の被爆者検診受診者(不同意者,胎内被爆者,市内不在者及び放射線量不明者を除く。)3185人(男性1023人,女性2162人)の甲状腺刺激ホルモン等の測定を行い,各甲状腺疾患の線量反応を解析した。
解析の結果,甲状腺自己抗体陽性率と甲状腺自己抗体陽性甲状腺機能低下症のいずれについても有意な放射線量反応関係は認められなかった。この結果は,ハンフォード原子力発電所からのヨウ素131に若年で被曝した人々に関する最近の報告結果等と一致するが,長瀧らの前記eの調査結果とは一致しない。
この違いは,本調査では調査集団を拡大し,広島・長崎の原爆被爆者の両方を対象としたこと,甲状腺抗体と甲状腺刺激ホルモンの測定に異なる診断技法が用いられたこと,時間の経過に伴い対象者の線量分布が変化したことに起因するかもしれない(なお,本調査には,以前に結節性甲状腺疾患の診断を受けた人がそれにより調査に参加する意向を持ったかもしれない点で調査における特定の偏りが生じる可能性があること,昭和33年当初の集団に比べて,高線量被曝等による早期死亡者が本調査から除外された可能性があること,原爆被爆後55~58年経過後に実施した横断調査であるため,甲状腺結節形成への放射線の早期の影響や,被爆後どの位の期間影響が持続したのかを明らかにすることができなかったことなどの限界がある。)。
(ウ) 本件関係医師等の放射線起因性についての意見
a 3医師意見書(甲C4)及び証人郷地秀夫<⑮-24~26頁>
放射線が甲状腺疾患を起こすことは知られており,原爆においても甲状腺疾患が有意に多いことは知られている。特に長崎では爆心地より遠方の被爆者に甲状腺障害が多数報告されている。X2の被爆地の西北500mに位置する西山地区では甲状腺機能低下症が多く見られ,フォールアウトが甲状腺障害に関係していると考えられている。X2の甲状腺機能低下症は自己免疫疾患ではなく,原因不明の原発性甲状腺機能低下症である。他に明らかな原因が不明な以上,放射線による甲状腺機能低下が強く疑われる。
b K病院P*医師(乙C8,調査嘱託回答)
甲状腺に腫瘍,自己免疫疾患,外傷,炎症等の所見は認められなかった上,脳下垂体や甲状腺ホルモンの受容体の障害を疑わせるような自覚的・他覚的症状はなかった。したがって,甲状腺機能低下と被爆との因果関係が示唆される。
c 郷地医師作成の「X2さんの甲状腺機能検査の経過」と題する書面(甲C11)
1990年当時,X2の症状は倦怠感が中心で,発熱や甲状腺の痛みもなく,白血球,GRPは正常で亜急性甲状腺炎などでないことは明らかであり,甲状腺手術の既往もなく,甲状腺に障害のある薬物も投与されていないから,放射線以外の他の外因性の甲状腺機能低下症は考えられない。
d 佐々木康人及び草間朋子作成の意見書(乙C10)
放射線被曝による甲状腺機能低下症は確定的影響の一つで,3~13Gy以下の被曝で発症したという報告はないこと,甲状腺機能低下症と原爆放射線の関連は認められていないこと(マーシャル群島の例は,X2の被曝量の1万倍である。),X2の被曝線量がごくわずかであり,被爆後に見られたという急性症状は被曝の急性症状とは考えられないこと,X2の白内障は老人性白内障であり,乳がんも女性のがんの中で最も患者数の多いがんであることから,白内障や乳がんに罹患したからといって,甲状腺機能低下症を起こすような内部被曝をしたという根拠にならないこと等から,X2の甲状腺機能低下症に放射線起因性を認めることはできない。
イ 乳がんの放射線との関連性
人体影響1992(乙A9)によれば,乳がんについては,乳房組織への被曝放射線量と乳がん発生との関係は明白であり,線量の増加とともにほぼ線形のパターンを示して乳がん発生頻度が上昇する,広島と長崎での放射線の質的相違が示唆されているにもかかわらず,ほぼ同様の線量反応が確認されている,被曝時の年齢は放射線関連乳がんの最も重要な変動因子であり,乳がんの過剰リスクは強く被曝時年齢に依存しており,最近の研究結果から被曝時年齢が若ければ若いほど乳がんリスクは相対的表現であれ絶対的表現であれ高いことが明らかになり,殊に10歳未満での被爆者のリスクは最も高く,この年齢グループのリスクが確認されるまで被曝後30年以上の期間が必要であった,これらの結果から,女性の乳腺組織は放射線に対して感受性が高く,その放射線感受性は思春期以前の未熟な乳腺細胞において最も高いことがわかった,などとされている。
ウ 放射線起因性の検討
(ア) 被爆状況について
a 前記認定事実によれば,X2は長崎の爆心地からの約3.3km距離にある自宅(X2宅)内で被爆したものであるところ,DS86によってもDS02によっても,X2の初期放射線による推定被曝線量は極微量ということになる(認定審査会の答申 線量目安0.3cGy。乙C9)。また,前記認定事実によれば,X2は,被爆の数日後ころから次第に体のだるさを覚えるようになったという以外に原爆放射線による急性症状として説明可能な症状がみられた形跡は証拠上窺われない。さらに,X2が被爆後2週間以内に爆心地付近に入った形跡もない。
b しかしながら,証拠(甲A121,乙C11)によれば,X2の被爆場所であるX2宅は,爆心地の南東約3.3kmの距離にあったものの,長崎市西山町3丁目の南東約500mに位置し,ABCCの調査によって長崎で最も降下核分裂生成物等が多く,強い残留放射能が認められた西山町3丁目及びその北方の西山町4丁目を含むいわゆる西山地区(同地区では,1978年以降の調査によっても,未耕地,農耕地を含めて土壌中のプルトニウム含有量が非常に高いことが明らかになっている。)の南瑞からは3~400m程度の位置にある。このように,X2の自宅が西山地区に近い位置に存したことからすれば,X2の自宅の周辺においても,原爆による未分裂のプルトニウムや核分裂生成物等の放射性降下物が相当量降下したとみるのが自然である。
c そして,前記認定の,X2の被爆当日やその翌日において被爆者らと会話して少なからず接触した事実のほか,自宅や西山地区を拠点とした日常生活,特に自宅隣地で栽培した野菜等を食べ,あるいは西山地区にあった学校に通い,西山地区の水源地から引かれた水道水を飲んだこと等からすると,X2が放射性降下物等による残留放射線に被曝し又は放射性降下物等の放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性があるというべきである。
d しかるところ,前記認定事実によれば,X2は,被爆前は,健康体で勤労奉仕として男性に混じっての肉体労働にも従事していたのが,被爆後は,体が疲れやすく体調がすぐれない状態が長期にわたり続いたというのであって,被爆の前後でX2の健康状態に質的な変化がみられるのであり,その原因を専ら心因性やストレスのみで説明するのは困難であって,他にその原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらない以上,放射線被曝による影響を否定することはできない。
e 以上に加えて,先に判断したDS86の残留放射線の測定や評価に関する問題点,内部被曝を全く考慮しない審査の方針に対する疑問点及び低線量被曝の可能性等を考慮すれば,X2の被曝線量は,DS86ないしDS02によって推定されるような極微量というのではなく,X2の健康に影響を及ぼす程度の線量であったと認めるのが相当である。
(イ) 放射線の影響について
a X2の申請疾病は甲状腺機能低下症であるが,調査嘱託<K病院>回答によれば,X2の甲状腺には腫瘍,自己免疫疾患,外傷,炎症等の所見は認められなかったというのであるから,甲状腺機能低下症の大部分が自己免疫性であるとの知見を考慮にいれても,X2の甲状腺機能低下症は,自己免疫性のものではなかったと認めるのが相当である。
b X2の申請疾病である甲状腺機能低下症は,審査の方針において放射線起因性が認められた疾病ではなく,元来,甲状腺上皮は組織の中でも,細胞分裂頻度が低く,放射線感受性がかなり低い方に分類され,したがって放射線に抵抗性があると考えられてきた。しかし,他方で,核分裂生成物の主要成分であるヨウ素131は甲状腺に取り込まれて影響を与えることは一般的に知られていた。
c しかるところ,その後において,前記のとおり,甲状腺機能低下症の発生頻度について,原爆放射線被曝との関係で有意差が認められないとする複数の調査結果がある一方で,被曝線量の増加とともに発生頻度が高率となったとする伊藤千賀子らの調査結果(上記ア(イ)b(f)),被爆者において発生頻度が有意に高いうえ,特に被曝線量別では低線量群が,年齢別では若い女性に多かったとする長瀧教授らの調査結果(同(c)(g)),西山地区住民における甲状腺機能は,対照群に比して有意に低下しており,この差は被曝時年齢20歳以下の集団で顕著であったとの横山らの調査結果(同(h)),水爆実験による強度の放射性降下物によって被曝したマーシャル群島の住民が甲状腺機能低下症を有意に発症させ,その多くが自己免疫型ではないとの指摘(同(i))等が出てきているのであって,これらは,原爆放射線被曝が甲状腺機能低下症の進展に関与していることを示唆していると考えられ,かつ,低線量被曝群のみに発生頻度の増加が見られたことについては,原爆放射線被曝による免疫系の異常の発生と発がんが違った機序によることを示唆していると考えられるとの見解(上記ア(イ)d(b),ア(イ)1)も存在している。
d これに対して,1審被告らは,例えばマーシャル群島の住民は,X2の被曝線量とは比べものにならない被曝線量であって参考にならないし,X2の被曝線量は,通常の医療で頻繁に使用されるGTX線検査1回分の被曝線量よりも低いものであって,放射線降下物による被曝を考慮したとしても,到底,甲状腺機能低下症の原因となるものではないと反論する。
しかしながら,X2の被曝線量については,先に述べたとおり,その健康に影響を及ぼす程度の被曝をした可能性がある上,低線量群で発症率が有意に高い事例があることや,甲状腺がんについて放射線起因性が認められていることからして,放射線が甲状腺に何らかの悪影響を与えていることは否定し難いことなどをあわせ考えると,1審被告ら主張に沿う所見や調査結果によっても甲状腺機能低下症に放射線起因性が認められないとまで断ずることはできないといわなければならない。
e そうとすれば,当該被爆者の被爆状況や身体症状等から推定される被曝の程度,症状経過,病歴等を総合考慮し,放射線による影響が相当強く疑われる一方で,他に有力な原因が考えられないような事例においては,甲状腺機能低下症の放射線起因性を肯定するのが相当である。
この観点から検討すると,X2は,相当程度の放射線被曝の可能性が認められるうえ,被爆当時の年齢からして放射線感受性も高かったものと考えられること,他方で,ほかに甲状腺機能低下症をもたらすような有力な原因も見あたらないこと,X2は放射線との関係が肯定しうる乳がんにも罹患していること(なお白内障は,被爆地点が爆心地から3.3kmの距離があることからして,直ちに放射線起因性を認めるのは困難である。)などからすると,X2の甲状腺機能低下症については放射線起因性を認めるのが相当である。
f なお,前記認定事実によれば,X2に発症した甲状腺機能低下症は,自己免疫性甲状腺疾患ではないことが確認されているところ,自己免疫性疾患ではない甲状腺機能低下症が,それ以外の甲状腺疾患,なかんずく自己免疫性甲状腺機能低下症(橋本病)よりも原爆放射線被曝との間で有意な関係にあるとまでは認められないものの,成人健康調査第8報(上記ア(イ)h)でみたとおり,甲状腺疾患に対する放射線のリスクはより低年齢で被爆した被験者においてより高く,かつ,20歳未満で被爆した者で顕著に増大しているのであり,またマーシャル群島の核実験で被曝した子どもにおいては10年以内に甲状腺機能低下症がみられ,その多くは自己免疫型ではなかったこと等からすれば,自己免疫性でない甲状腺機能低下症であることが,前記の認定を覆すものはない。
(3) X2の原爆症認定対象疾病の要医療性
前記認定事実によれば,X2は,平成8年ころから医療法人社団**会K病院に1か月に1回通院し,甲状腺ホルモン剤の投与を受けているというのであり,一般にこの投与は,その影響をみながらも生涯続けなければならないとされていることからして,X2の甲状腺機能低下症について要医療性を認めることができる。
(4) 結論
以上のとおり,X2は,本件X2却下処分当時,原爆症認定申請に係る疾病である甲状腺機能低下症について放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件X2却下処分は違法というべきである。
4 X3の原爆症認定要件該当性
(1) 認定事実
ア 被爆状況等(甲D1,2,乙D1,4~6,原審X3本人)
(ア) 被爆前の生活状況等
X3は,昭和12年*月**日に**で生まれ(7男6女の兄姉妹の五女,12番目),**で家族と暮らしていたが,昭和20年*月*日の**大空襲で焼け出され,同年7月半ばころ,兄夫婦の居住していた広島市b町*丁目**番地所在のA工務店の社宅(以下「社宅」という。)に母及び兄姉妹5人とともに移住し,広島市立c小学校分校(現在の広島市立b小学校,以下「分校」という。)に通っていた。
(イ) 被爆状況
X3(当時8歳,3年生)は,昭和20年8月6日朝,空襲警報が発令されていたため,登校せずに社宅で待機していたが,午前8時ころ空襲警報が解除されので,直ちに社宅を出て北北東の分校へと向かった。社宅から分校までの通学路は,周囲が畑の中のあぜ道で,畑よりも少し高くなっており,大人が1人通れる程度の幅であった。X3は,そのあぜ・*を通行中,午前8時15分,原爆に被爆し,爆風で畑の中に吹き飛ばされて気を失い,また,背中から足にかけて火傷を負った。X3は,意識を取り戻すと,もと来た道を戻って社宅に帰った。社宅は潰れずに残っていたが,窓ガラスが割れ,屋根が飛んで天井が落ちていた。
なお,社宅は昭和大橋(天満川)の西側にあって爆心地からの距離は約3km弱であり,また,分校は爆心地方向に1kmほど行ったところにあった(昭和60年当時の住所表示は広島市b*丁目*-**)。
(ウ) 被爆後の行動
a X3は,被爆の翌日(昭和20年8月7日)ころから,当時病院代わりとなっていた己斐小学校まで通い,約1か月半,火傷した部分に油薬を塗るなどの治療を受けた。同小学校の建物は倒壊を免れて残っていたことから,死亡者や傷病者が重なり合うように収容されていた。
b X3は,被爆後,配給が途絶え,食べるものがなくなったことから,近所の畑から灰を被って真っ黒になった冬瓜や芋のつる,大豆などを取って食べたり,社宅の前の川でアサリを採ってきて食べたりしていた。また,水道水が出なくなったので,近くの農家から井戸水をもらって飲んでいた。昭和20年9月には,台風による洪水で畑が水につかったが,水につかって堅くなった野菜を母が煮て食べさせるなどしていた。
c なお,X3の家族のうち母,三女,四女及び六女が社宅で,五男は社宅の近所の家で,二女は爆心地からA工務店広島出張所(社宅よりも爆心地から遠い)で,七男はc小学校(本校)に登校途上で,二女の夫(相生橋付近に居住)はA工務店広島出張所に赴く途中で,三男の妻は広島駅近くの旅館で,それぞれ被爆した。三男及び六男は原爆投下時には呉にいたが,翌日に社宅に戻ってきた。
イ 急性症状等(甲D1,原審X3本人)
(ア) 被爆して数日後から,歯茎から出血し,吐き気やめまいに襲われた病因通いをしていたが,脱毛はみられなかった。
(イ) 被爆後,体のだるさ,つらさを覚え,家でごろごろして通学することができなかった。
ウ その後の症状の経過等(甲D1,乙D1,3,4,原審X3本人)
(ア) 被爆前の健康状態
X3は,被爆前は健康体で,普通に小学校に通っていた。
(イ) 被爆後の生活状況
a X3は,被爆後2,3年間は社宅に住んでいた。X3は,被爆後,体のだるさ,つらさを覚え,小学校5学年ころまで家でごろごろして通学することができないことが多かった。X3は,昭和24年3月,分校(b小学校)を卒業した。
b X3は,中学校卒業後**に戻り,23才ころまで工場で働いたが,この間も体のだるさが続いていた。その間,下腹部に痛みを感じて病院で診察を受けたこともあったが,医師からは原因が分からないと言われた。
c X3は,25歳のときに結婚し,2人の子をもうけた。そして,31歳のころスポーツ用品店を開業し,以後,家業と家事,育児に従事してきた。
d X3は,それまで虫歯もなかったが,20歳代後半から歯茎が浮いたり腫れたりするようになり,40歳代のころから上歯が次々と抜けだし,40歳代後半で上歯がすべて入れ歯になり,下歯も徐々に抜けた。
e X3は,昭和60年ころ,被爆者健康手帳の交付を受けた。
f X3の家族のうち,父は原爆投下前の昭和20年7月に心筋梗塞で死亡し,母は92歳で脳腫瘍で死亡した。13人いる兄姉妹のうち,被爆しなかった4人のうち3人が肝臓がん(長男),胃がん(二男),肺がん(四男)に罹患しており,被爆した9人のうち,4人が胃がん(五男),肝臓がん(六男),胃がん(五女=本人),乳がん(六女)に罹患し,2人が白内障等の眼疾患(二女,三女)に,1人が白血病(三男)に罹患している。なお,被爆した四女の娘が42歳で胃がんで死亡している。
(ウ) 被爆後の病歴
a X3は,20歳代後半ころから,膀胱炎を患い,下腹部に痛みを感じ,尿に血が混じることもあった。また,40歳代になったころから,体が冷えやすくなり,特に腰が冷えやすかった。さらに,63歳のころには,下腹部が張って痛み,病院で検査を受けたが,原因不明とされた。
b X3は,平成13年12月ころ胃がんと診断され(当時65歳),平成14年1月17日,リンパ節郭清を伴う胃切除術を受けた。そして,術後,抗がん剤の投与を受け,同年3月14日に退院した。退院後も通院し,抗がん剤やアガリクスを服用していた。
c X3は,平成15年11月,脳内出血で手術を受けた。その後,医師の勧めもあって抗がん剤やアガリクスの使用を止めているが,3か月に1度の定期検査にZ病院に通院し,医薬や消化剤を処方されている。
エ X3の原爆症認定対象疾病
X3の原爆症認定申請に係る申請書(乙D1),医師の意見書(乙D7)及び健康診断個人票(乙D4)等によれば,X3の原爆症認定申請に係る疾病は,胃がんであると認められる。
(2) 原爆症認定対象疾病の放射線起因性
ア 胃がんと放射線との関係についての知見
(ア) 胃がんと放射線との関係に関する文献
a 人体影響1992(乙A9)
放射線被曝と胃がん及び病理組織学的特徴との関連について,現在までのところ明らかにされている内容は,① 胃がん発生率は,集団検診成績(昭和39年度~昭和43年度・1万5288例)から近距離(1.9km以内)被爆者に明らかに高率であると昭和48年に初めて報告され,その後,T65Dを用いた分析で男女とも0rad群に対して100rad以上群で明らかに高率(相対リスク 男性4.29,女性4.02)となっている,② 死亡診断書を用いた胃がん死亡率の増加は昭和51年ころから認められ,DS86を用いて0Gy群よりも有意に高い胃がん死亡率が認められる最低の線量は遮蔽カーマで1Gy,臓器吸収線量の場合0.5Gyと計算されている,③ 病理組織学的には低分化型腺がんが被曝線量とともに増加し,腫瘍間質量は被曝線量とともに髄様型が減少し,硬性型の増加がみられる,湿潤態度には差がみられていない,④ 胃がんを含む白血病以外の全部位のがん死亡率は同一の死亡時年齢では被曝時年齢が若いほど相対リスクも絶対リスクも大きくなっており,被曝時年齢が10歳以下の群において発がんのリスクが最大であり,高線量群では対照群よりも発がんの時期が早まる傾向がみられる,⑤ 白血病以外のがんの相対リスクは男性よりも女性に高い,などとされている。
b 寿命調査第10報第1部(乙A7)
胃がんは非常に有意な放射線関連相対危険度を示す。胃がんは日本人に最も多発するがんであり,そのため,原爆放射線に起因する症例の割合は低いが,平均過剰危険度は白血病以外の特定部位におけるがんの中でも最も大きい(白血病以外のがんによる死亡の37%を占める。)。胃がんを含む主要ながんの相対的危険度は被爆時低年齢群において最大である。白血病以外のがんにおいて,放射線誘発がん死亡の相対危険度は女性の方が男性よりもかなり大きい。
c がん発生率調査第2部(乙A4)
がんが最もよくみられる3部位(胃,肺,肝)は,リスクの尺度として相対リスク及び絶対リスクのいずれを用いてもすべて放射線との有意な関連を示した,消化器系がん(主に胃),黒色腫を除く皮膚,乳房,甲状腺のがんにおいて被爆時年齢の有意な影響があったとされ,また,胃がんの1Sv当たりの過剰相対リスクは0.32(95%信頼限界で0.16~0.50),寄与リスクは6.5%(同3.5~10.5%)とされている。
d 寿命調査第13報(甲A112の19)
寿命調査集団について1950~1997年までの期間のがん及びがん以外の疾患による死亡率を検討したところ,胃がんの死亡例は2867例であり,このうち1685例の被曝線量は5mSv以上であり,このうち約100例が原爆放射線に関連していると推定される。胃がんによる死亡は固形がん死亡の約30%を占めるとされ,また,被爆時年齢30歳の男性の場合,1Sv当たりの過剰相対リスクは0.20(90%信頼区間で0.04~0.39),推定線量が0.005Sv以上の被爆者における寄与リスクは3.2%(同0.07~6.2%),被爆時年齢30歳の女性の場合,1Sv当たりの過剰相対リスクは0.65(同0.40~0.95),推定線量が0.005Sv以上の被爆者における寄与リスクは8.8%(同5.5~12%)とされている(23頁)。
(イ) 本件関係医師等の放射線起因性についての意見
a 3医師意見書(甲D3)及び証人郷地秀夫<⑮-26~29頁>
胃がんについては,寿命調査が数次にわたり「放射線被曝による有意な増加がある悪性疾患」として取り上げていること,白血病以外の全部位のがんは被爆時年齢が若いほど発症のリスクが大きくなると報告されているところ,X3が被曝したのは8歳のときであること,被爆後の体調の変化等を総合的に考えると,X3の胃がんは放射線に起因すると考えられる。
b Z病院医師****作成の意見書(乙D7)
胃がんの発生は,(原子爆弾の放射能と)関連がある可能性がある。
c 佐々木康人及び草間朋子作成の意見書(乙D9)
X3の被曝線量は,初期放射線による推定被曝線量が0.2cGyで,放射性降下物による被曝もその積算線量は0.6~2cGyにすぎないところ,X3の場合は原爆投下翌日に治療のためごく短時間己斐地区に滞在しただけであり,ほとんど無視できる。また,内部被曝があったとしてもその線量はわずか0.01cGy程度と自然放射線に比べても格段に小さいから,X3の被曝線量が0.2cGyを超えることはなく,これにより原因確率(別表2-2)を求めると0.3%にすぎないから,X3の胃がんは原爆放射線以外の原因で発症した可能性が高い。また,X3が発症した脳卒中は確定的影響とされているが,0.2cGyでは放射起因性があるとはいえない。被爆後に見られた急性症状は被曝の急性症状とは考えられない。これらからすれば,X3の胃がんに放射線起因性を認めることはできない。
イ X3に発症した脳卒中と放射線との関係
X3は,平成15年11月脳内出血で手術を受けているところ,こうした循環器疾患の知見,特に放射線との関係については,X7の申請疾患であることから,同所で詳述するとおりであるが,結論的にいえば,放影研の最近の疫学調査等において原爆放射線による被曝との有意な関係が示されているものである。
ウ 放射線起因性の検討
(ア) 前記認定事実によれば,X3は爆心地からの距離が約3km弱の地点にあった社宅から爆心地からの距離が約2kmの地点にあった分校へ登校する途中,周囲が畑の中のあぜ道で被爆し,爆風で吹き飛ばされるとともに背中から足にかけて火傷を負ったというのであるから,その被爆地点は,少なくとも爆心地から2km以遠であるところ,DS86によってもDS02によっても,X3の初期放射線による推定被曝線量は極微量ということになる(ちなみに爆心地からの距離が2.5kmの地点における初期放射線による被曝線量<空気中カーマ線量>は,DS86によれば0.0119Gy,DS02によれば0.0126Gyと推定される<認定審査会の答申 線量目安0,2cGy,原因確率0.3%。乙D8>)。
上記のとおり,X3の推定被曝線量は,審査の方針によれば,1cGy(別表9)と推定され,(1)ア(ウ)において認定したX3の被爆後の行動経過に照らし,審査の方針に従って残留放射線による被曝線量を推定すると,X3が被爆後放射性降下物による被曝影響が問題となりうる己斐地区に立ち入っていることを考慮したとしても,その累積被曝線量は0.6~2cGy程度ということになり,初期放射線による被曝線量と併せても,最大3cGy程度にすぎないことになる。
一方,胃がんについては,放射線量の如何をとわずその影響があるとされる特定疾患であるところ,申請疾病,申請者の性別の区分に応じて適用される別表(審査の方針別表2-2)により,原因確率を求めると,X3の胃がんの原因確率は,4.4%にとどまり,審査の方針の目安となる10%に達しないことになる。
(イ)a しかしながら,前記認定のとおり,X3は,その被爆地点の爆心地からの距離が必ずしも証拠上確定できないものの,社宅を出たとする時刻やX3が被爆により背中から足にかけて火傷を負ったことなどからみて,社宅を出た後,より爆心地に近い分校に向かって相当程度の距離を進んでいたものと認められる上,X3の被爆態様は遮蔽のない状態での直曝であるところ,先に詳細に検討したとおり,初期放射線量については,1300m以遠において過少に推定されている可能性があること,X3は背中一面を火傷しており,被爆の翌日ころから,当時病院代わりとなっていた己斐小学校まで通い,火傷した部分に油薬を塗ってもらい,また,被爆後は配給が途絶え,食べるものがなくなったことから,近所の畑から灰を被って真っ黒になった冬瓜や芋のつる,大豆などを取って食べたり,社宅の前の川でアサリを取ってきて食べたりし,また,水道水が出なくなったので,近くの農家から井戸水をもらって飲んでいたなどというのであって,これら被爆後の行動経過及び内容等にかんがみると,残留放射線に被曝し又は放射性降下物等の放射性物質を体内に取り込んだ内部被曝の可能性も十分考えられ,そうとすれば,X3の被曝量の総計は,上記推定された被曝線量をかなり超えた,相当多量であったと考える余地は十分にあるといわざるを得ない(ちなみに,審査の方針の別表2-2によれば,8歳の女性の胃がんの場合,9cGyで原因確率は12.1%となる。)。
b また,X3には,前記のとおり,脱毛はみられなかったものの,被爆して数日後から,歯茎からの出血,吐き気やめまいといった放射線被曝による急性症状として説明が可能な症状を発現しているところ,X3は,被爆前は健康体であったことからすると,これら症状は少なくとも放射線被曝も影響して発症したものとみうるものであり,そうとすれば,X3が健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けた可能性は十分にあり得るものと認められる。
(ウ) ところで,X3の原爆症認定申請に係る疾病は,胃がんであるところ,前記認定のとおり,胃がんは,バックグラウンドとしての発生率ないし死亡率の高い疾病であるが,放射線被曝との間に非常に有意な関係が認められ,しかも,発症の危険は被爆時年齢が10歳以下の群及び女性に高いとされている。これによれば,被曝線量の点を除けば,X3(女性)の被爆時年齢(8歳)からして,X3に発症した胃がんが原爆放射線による被曝に起因するものとみても決して不自然ではないというべきである。
(エ) また,前記認定事実によれば,X3は,平成15年11月,脳内出血で手術を受けているところ,後に説示するとおり,循環器疾患(心疾患,脳卒中)については,放影研の最近の疫学調査等において原爆放射線による被曝との有意な関係が示されているものである。
(オ) 以上のような諸事情(X3が被爆時8歳の女性であったこと,直曝であること,広範な火傷を負ったこと,急性症状と見うる症状が生じたこと,残留放射線被曝及び内部被曝の可能性が否定できないこと,原爆放射線との有意な関係が示されている脳内出血を発症していること等)を総合勘案すれば,X3の胃がんは原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが経験則に照らして合理的かつ自然というべきであり,X3の胃がんについて放射線起因性を肯定すべきである(なお,X3の兄姉妹の多くががんに罹患しており,とりわけそのうち3名は被爆していないことからすれば,遺伝的素地が影響している可能性は否定できないが,両親はがんで死亡したものではないこと,X3とともにその近傍で被爆した兄や妹もがんに罹患していることからすれば,遺伝的素因が主たる原因であると断定することはできず,上記の判断を動かすに足りる事情とまではいえない。)。
(3) X3の原爆症認定対象疾病の要医療性
前記認定事実によれば,X3は,平成14年1月17日,リンパ節郭清を伴う胃切除術を受け,術後,抗がん剤の投与を受けていたところ,平成15年11月,脳内出血で手術を受けたことから,その後,医師の勧めもあって抗がん剤等の使用を止めているものの,3か月に1度の定期検査に通院し,医薬や消化剤を処方されているというのであるから,X3の胃がんについて要医療性を認めることができる。
(4) 結論
以上のとおり,X3は,本件X3却下処分当時,原爆症認定申請に係る疾病である胃がんについて放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件X3却下処分は違法というべきである。
5 X4の原爆症認定要件該当性
(1) 認定事実
ア 被爆状況等(甲A120の1,甲E1,5の1~4,7,乙A95,乙E1,4,5,原審X4本人)
(ア) 被爆前の生活状況
X4(旧姓**)は,昭和6年*月*日生まれの男性であって,昭和20年8月当時,満14歳でi中学校第2学年に在学中であり,学徒勤労動員を受けて,勤労奉仕として家屋の撤去作業に従事していた。
(イ) 被爆状況
昭和20年8月6日,X4の在籍するi中学校第2学年は鶴見橋(京橋川)付近の建物撤去の片付け作業を割り当てられており,X4は,午前8時15分,比治山橋東詰,すなわち,比治山橋の北東付近の防空壕前(爆心地から約1.8~1.9kmの距離。X4は約1.75kmと主張するが,これを裏付けるに足りる的確な証拠はない。)に約150名の同級生と整列中(最前列)に被爆した。
X4は,爆風で後方に吹き飛ばされて倒れ,周りは黒いすす様のもので覆われた。X4は,当時,半袖シャツ及び長ズボンを着用しゲートルを巻いていたが,X4の着ていたシャツは焼けてはがれ,戦闘帽で覆われた部分以外の毛髪も焼け,左顔面,左首筋,左肩,背中,両腕に火傷を負った。両腕の火傷が特にひどくて皮膚が垂れ下がり,X4は両腕を前に突き出してあてもなく歩き始めた(動員学徒誌によれば,生徒22名が死亡)。
(ウ) 被爆後の行動
X4は,被爆後,比治山橋を渡り,市の中心部の方へ向かおうとしたところ,行く手に火災が発生しており,また,中心部分から逃げてきた人々の異様な有様に怖くなって引き返し,i中学校(h)に戻ろうとしたが,行程を半分ほど進んだところで敵機の機銃掃射の噂を聞いたため,再び比治山に戻り,比治山にあった神社で夜を明かした。翌7日朝,X4は,いったんi中学校に着いたものの,重傷者であふれかえっていたため,b町にあった自宅(C造船社宅)を目指して御幸橋を渡って市内に入ったが,意識朦朧のまま偶然廣島赤十字病院(爆心地から約1.5km)に着いた。X4は,同所で白いチンク油を塗布してもらうだけの簡単な治療を受けた上,黒くすすけた握り飯をもらい,再び自宅(b町)に向けて歩き出した。ところが,X4は,道を誤り,広島電鉄鷹野橋の停留所から北上してしまい,市役所(爆心地から約1km)の付近まで来たところで,真っ黒に横たわる多数の焼死体に恐れを抱いて引き返し,明治橋,住吉橋,昭和大橋などを通って,自宅にたどり着いた。X4は,道中,上記握り飯を食べたのみで,壊れた水道管の水を飲むなどしていた。
X4は,自宅に戻って後,b町の総合グランド(高射砲陣地)にいた軍医の下に赴いて火傷の治療を受けたが,その治療は,火傷の上に張ってくる薄皮がすぐに化膿するため薄皮をはいで赤チンを塗布するという程度のものであった。
イ 急性症状等(甲E1,原審X4本人)
X4は,昭和20年8月8日ころから,頭髪が抜け,鼻血が出てなかなか止まらず,下痢,眩暈それに嘔吐などの症状が出,鼻血と嘔吐は1週間くらい続き,そのほか,体の震えのため3ないし5日間くらい寝込んだ。またそうした不具合のため,,寝たり起きたりする生活が2か月くらい続いた。
ウ その後の生活状況等(甲E1,8の1・2,乙E1,4,原審X4本人)
(ア) 被爆前の健康状態
X4は,被爆前は健康体で軟式野球チームを作るなどスポーツもよくしていた。
(イ) 被爆後の生活状況及び健康状態
a X4は,被爆後1年くらいしてi中学校に復学したが,倦怠感,疲労感,不眠症のため,その後も休みがちであった。X4は,昭和23年,**県の**高校に転校したが,倦怠感,疲労感が続き,以前のようにスポーツをすることはなかった。昭和25年4月,**大学法学部に入学したが,倦怠感,疲労感が続き,昭和28年ころには呼吸困難や鼓動の異常を感じ,大学を1年休学した。
b X4は,昭和30年3月に大学を卒業して就職したが,倦怠感,疲労感や不眠症に悩まされ続け,そのため,仕事が長く続かず,約35年の間に十数回も転職した。
c X4は,昭和37年10月14日付けで被爆者健康手帳の交付を受けた。
(ウ) 被爆後の病歴
a X4は,被爆後2か月くらいして,黒い皮膚がはがれ出し,顔は4か月,首は半年くらいで火傷の痕が消えたが,胸の皮膚の黒みは長く消えず,両腕や右手親指の付け根から肘の方にかけての甲側には今も変色した火傷の痕が残っている。また,被爆後,手の皮膚は盛り上ってケロイド状となり,右手の爪は変形してはがれればまた下から柔らかい爪が生えてくるといった状態が続いた。
b X4は,昭和40年ころ,**市の*クリニックで心臓肥大と無気肺の診断を受けた。
c X4は,昭和50年ころ,**の**病院で糖尿病と診断された。
d X4は,平成4年ころ,**市の**病院で十二指腸潰瘍と診断された。
e X4は,平成9年ころ,12番胸椎圧迫骨折により**市の**会病院及び上記**病院にそれぞれ1か月くらい入院した。
f X4は,平成10年ころ,ヘルニアで**病院に約2週間入院して手術を受けた。
g X4は,平成10年ころから,右手人差指(右二指)の先に痛みを感じるようになり,平成13年2月ころには同所の爪半分が黒くなって痛みが止まらなくなったので,r市立病院皮膚科で診察を受けたところ,皮膚がん(有棘細胞がん)の診断を受け,同年6月15日から同月29日まで同病院に入院し,その間の同月18日,右二指の末節部の切断術,断端形成術を受けた。X4の原爆症認定申請に係る同病院担当医師の平成14年7月24日付け意見書(乙E5)によれば,再発,転移は認められていないが,術後5年間は再発,転移の有無を定期的に診察,検査していく必要があるとされており,右腕リンパ腺,肺などへのがんの転移を防止するため,3か月に1回同病院に通院しているほか,同指の神経障害の通院治療を行っている。
h X4は,その後,糖尿病,逆流性食道潰瘍,変形性膝関節症等で**市の**病院に通院し,咽頭炎で**病院及び**耳鼻咽喉科に通院し,平成15年には正愛病院で大腸ポリープの手術を受けた。また,平成17年3月前半から前立腺肥大でペリタス病院に通院している。
エ X4の原爆症認定対象疾病
X4の原爆症認定申請に係る申請書(乙E1)及び医師の意見書(乙E5)等によれば,X4の原爆症認定申請に係る疾病は,右二指有棘細胞がんであると認められる。
(2) 原爆症認定対象疾病の放射線起因性
ア 申請疾病の医学的・疫学的知見
(ア) 有棘がん一般(甲E10の5,乙A178)
皮膚は,表皮,真皮,皮下組織からなり,表皮は,表面から順次,角質層,顆粒層,有棘層,基底層に分かれている。
有棘細胞がん(SCC)とは,表皮の中間層を占める有棘層を構成する細胞から発生するがんで,日本人に多い皮膚がんの一つである。発がん因子としては,日光紫外線が最も重要(日光露出部での発症が55%を占める。)であり,放射線曝露がそれに続くが,ヒト乳頭腫ウィルス,化学物質も発がんに関連する因子としてあげられる。そのほか,有棘細胞がんには以前から知られている発生母地といわれているものがあり,やけどや外傷の瘢痕,慢性膿皮症といわれる完治しにくい臀部のおでき,皮膚から下にできる難治性の皮膚潰瘍,長期間にわたる褥瘡,放射線療法後における慢性放射線皮膚炎などが該当する。こうした瘢痕や褥瘡病変部に長年月経過後有棘細胞がんが生じるのはいずれも慢性的に炎症が繰り返された結果であり,このような局所に継続的に産生,遊離される活性酸素や増殖因子を含めたサイトカイン類などがケラチノサイトのがん化と進展を促すものと考えられる。
なお,有棘細胞がんは,1.7:1の割合で男性に多く,40歳未満では全体の2%程度であるが,加齢とともに増加し,高齢層で急増し,通常のがん年齢よりも高い70歳以上がおよそ60%を占めている。
(イ) 皮膚がんと放射線の関係
a 人体影響1992(甲E10の1,乙A9)
(a) ICRPのグループは,放射線治療後に誘発された皮膚がんの多くは基底細胞がんであり,有棘細胞がんの軽度の増加も認められているとするが,我が国における従来の報告では,放射線皮膚がんの組織型は有棘細胞がんが圧倒的に多く約80%を占めている。もっとも,最近,本邦でも基底細胞がんが増加し,有棘細胞がんの割合が低下してきたとの報告がある。
(b) 現在までに報告された放射線によって誘発された皮膚癌は放射線の長期間にわたる持続照射又は間欠照射後に生じたものが大部分を占める。1回照射後に急性放射線皮膚炎を生じ,その後慢性放射線皮膚炎に移行することもあるとされているが,1回照射で皮膚炎が誘発されるか否かはまだ結論が出ていない。
放射線皮膚がんは照射部位に生じた慢性放射線皮膚炎を基盤として発生したものが多く,放射線皮膚炎の症状の程度はその後の皮膚がんの発生率に影響を与えていたという調査結果がある。
(c) 貞森直樹らは,1991年,放影研の長崎寿命調査拡大集団における1958~1985年の間の皮膚がん発生と放射線の関係についてDS86線量に基づいて検討したところ,皮膚がんについての線量反応関係はしきい値のない線形であり,過剰相対リスクは1Gy当たり2.2(95%信頼区間0.5~5.0)で高い有意性が認められたとする。
(d) 馬淵清彦らは,1991年,放影研の広島,長崎寿命調査拡大集団における1958~1987年の間の悪性黒色腫以外の皮膚がん発生を腫瘍組織登録に基づいて解析したところ,調査対象者7万9972人中確認された皮膚癌は168例であり,皮膚がんの発生は年齢と共に著しく増加し,近年における発生率の増加が認められ,1Sv当たりの過剰相対リスクは1.0(95%信頼区間0.41~1.09)であり,被曝時年齢が若いほど相対リスクは大きく,また,組織型別に行った解析では基底細胞がんは有棘細胞がんに比べ放射線の影響がより強かった。
(e) 原爆放射線被曝と皮膚がんとの関係が検討されてきたが,いまだに不十分な点もあると思われる。
皮膚がん特に有棘細胞がんの発生母地として熱傷や裂傷の瘢痕が占める割合は大きく,皮膚がんの発生が被爆による火傷や裂傷の瘢痕を基盤として増加したか否かを検討することも重要と思われる。
このように,皮膚がんにおいては他の臓器のがんと異なり熱線,爆風による放射線以外の原爆の影響も無視できないであろう。
放射線治療が単独又は原爆被爆との相互作用により皮膚がんを誘発し,それを反映して被爆者で皮膚がんが増加したのかもしれない。
b 「長崎原爆被爆者における皮膚癌」第2~5報(貞森直樹ほか,西日皮膚・52巻1号,1990年)(甲E10の7~10)
長崎原爆被爆者のなかでも近距離被爆者においては皮膚培養細胞に原爆放射線に起因すると考えられる染色体構造異常が観察された。長崎市内の3大主要病院から収集された110症例について皮膚がん発生頻度と被爆距離との関連を検討した結果,皮膚がん発生頻度と被爆距離との間に統計学的に高い相関を示し,被爆距離の増加と共に皮膚がん発生頻度が有意に低下することが認められたが,女子例に限った場合,推計学的に有意な相関は認められなかった(甲E10の7)。そこで,調査対象を31医療機関に増やして収集した140症例について解析した結果,全症例の場合と同様に男女別症例に分けた場合にも皮膚がん発生頻度と被爆距離との間に推計学的相関を認めた(甲E10の8)。また,原爆資料センターの資料を用いて原爆被爆から今日に至るまでの皮膚がん発生率の年次推移を検討した結果,皮膚がん発生症例は1962年以降増え続け,特に1975年ころを境にして,2.5km未満被爆者からの皮膚がん発生率の増加が3.0km以上被爆者のそれに比べて有意に高くなっていることが判明した(甲E10の9)。さらに,上記140症例について被爆者皮膚がんの特異性の有無について検討したところ,唯一推計学的に有意差が認められたのは,有棘細胞がんにおいては近距離被爆者群の被爆年齢が遠距離被爆者群のそれに比べて若いということであった(甲E10の10)。
c がん発生率調査第1部(乙A4)
今回初めて寿命調査集団において放射線と肝臓及び黒色腫を除く皮膚のがん罹患との関連性がみられた(2頁,82頁)。全消化器系,胃,黒色腫以外の皮膚,乳房及び甲状腺のがんでは,過剰相対リスクは被爆時年齢の増加とともに減少した(2頁,83頁)。また,黒色腫を除く皮膚がんの1Sv当たりの過剰相対リスクは1.0(95%信頼区間で0.41~1.9),寄与率は24.1%(95%信頼区間で11.5~38.6%)である(23頁)。
(ウ) 本件関係医師等の放射線起因性についての意見
a r市立病院医師S作成の意見書(乙E5)
原子爆弾の放射能で放射線皮膚障害を生じた部位であるとのことから,原爆との関連が認められる。
b 3医師意見書(甲E9)及び証人郷地秀夫<⑮-29~34頁>
X4の被爆地点(爆心地から約1.75km)や被爆状況(遮蔽物のない校庭での被爆)からみて初期放射線による外部被曝は明らかであるうえ,その後の行動等からして残留放射線を大量に浴び,かつ,放射性降下物の影響を受けていること,急性症状を呈しているうえ,被爆前後で健康状態に変化があること,放射線により皮膚がんが発生することは古くから知られており,特に,被爆者の熱傷瘢痕から生じたケロイド病変(組織上も普通のケロイドとは違うし,長期にわたり放射能が残存する。)から皮膚がんが発生することが危惧されてきたこと,X4は,ほかにも,原爆放射線の影響を受けたと見られる糖尿病,十二指腸潰瘍,逆流性食道炎,前立腺肥大,慢性咽頭炎などの病気に罹患していること等を考えれば,X4の皮膚がんは,熱傷後のケロイドから発生した有棘細胞がんであり,原爆放射線に起因すると考えられる。
c 佐々木康人及び草間朋子作成の意見書(乙E7)
X4の被曝線量は,初期放射線による推定被曝線量が10~15cGyで,誘導放射線及び放射性降下物による被曝を考慮する必要がないから,最大限見積もっても15cGyにすぎないこと,この被曝線量を前提として皮膚がんの原因確率(別表7-1)を求めると7.9%にすぎないから,原爆放射線以外の原因で発症した可能性が高いこと,有棘細胞がんの誘因として,紫外線の関与,ヒト乳頭腫ウィルス,火傷や外傷の瘢痕等が挙げられるところ,X4の有棘細胞がんも,一般の場合と同様,加齢,紫外線,火傷の瘢痕などが原因と考えるのが相当であること,被爆後に見られた急性症状は被曝の急性症状とは考えられないこと等から,X4の有棘細胞がんに放射線起因性を認めることはできない。
イ X4に発症したケロイドと放射性との関係
(ア) ケロイド一般(乙A50,69,70)
a 「標準病理学 第2版」(町並陸生ほか)(乙A50)
ケロイドとは,皮膚の創傷や火傷後の瘢痕部ないしその周辺の繊維性増殖よりなる腫瘍様病変で,組織学的に硝子化した太い繊維束の存在が特徴である。病変は自然に退縮することなく,再発が切除後にみられることがある。
b 「標準皮膚科学 第5版」(池田重雄ほか)(乙A69)
瘢痕ないしケロイドは,皮膚損傷後の創面が扁平に隆起し,ときに蟹足状突起を生ずる結合組織の肥大増殖症をいい,その程度により,①肥厚性瘢痕,②瘢痕ケロイド,③真性ケロイドに分類される。
c 「皮膚科学 第6版」(上野賢一)(乙A70)
ケロイドとは,境界明瞭な扁平隆起性ないし半球状隆起で,鮮紅ないし紅褐ないし褐色で,徐々に側方に進行するとともに,中央部はしばしば退色扁平化し,あたかも餅を引き伸ばしたかのような像を示すもので,下床に軟骨・骨のある部位に好発し,前胸・顔面・上腕・背部に多い。明らかな誘因なく発するのを特発性ケロイド,外傷,熱傷などの瘢痕から生ずるのを瘢痕ケロイドという。組織所見としては,真皮中深層に波状ないし渦巻状に膠原繊維が増殖し,小血管がその内に新生,基質には酸性ムコ多糖類が増加する。
(イ) ケロイドと放射線との関係
a 「原子爆弾災害調査報告(第4次)」(羽田野茂ほか,原子爆弾災害調査報告集第1分冊所収)(甲E10の2)
昭和21年12月13日より同月18日まで,広島市内の各学校を訪問して原子爆弾爆発により集団的に惹起された熱傷患者のケロイド発生状況を調査(調査実施426例)した結果,2.1km以内においては屋外開放の熱傷例のほとんど90%内外のものがケロイド発生を来していた。この事実はケロイド発生に際して,特に先天的の素因を必要とすることなく,ある一定条件下においては相当高率にケロイドが発生することを示している。
b 「原子爆弾に因するケロイドの研究」(岡山医科大学病理学教室玉川忠太ほか)(甲E10の3)
昭和20年8月6日爆心から1500~2600mの距離で被爆した者を対象として,昭和21年1月より昭和22年4月に至る間,約200例の罹患部(ケロイド様新生物)の組織学的検索を行った結果,患部組織像に著明な病変の推移のあることを認めた。この腫瘍状新生物が病理組織学上ケロイドなりや否やの問題であるが,皮下組織における結締織及び結締織繊維の増殖は単なる肉芽性炎,肉芽組織等ではなく,腫瘍状の増殖が著明で,繊維腫状を示し,一部には肉腫状の組織像を示すものがある。
c 「原子爆弾被爆者における瘢痕ケロイドの成因について」(広島逓信病院逓信技官勝部玄)(甲A112の18,甲E10の4)
同技官が被爆後半年より1年9か月後までの間に同病院外科に来院した患者中瘢痕ケロイドの切除術を受けた者についてその後の経過を観察するとともに,ケロイドの持つ放射能を測定した結果として,① 切除瘢痕中瘢痕の肥厚顕著なものはそうでないものに比較して一般に放射能量が大であること,② 切除ケロイド片の放射能は初期に切除したものに最も多く切除期日の遅れるにつれて減少し,1年以上経過して切除したものはほとんど正常値に接近した,③ 切除ケロイド片の持つ放射能の多寡と縫合線のケロイド化の模様を比較すると,ケロイド出現率と放射能の多寡とはほぼ相平行して推移した,④ 死体解剖例の肝骨に刺激有効量の放射能の潜在が認められたことから考えると,被爆時生体と全組織もそれ相応の放射能を帯びていたものと思われる,と報告している。
d 郷地医師作成の意見書(甲A111)
郷地医師は,上記勝部論文を引用したうえ,被爆者のケロイドから,通常人よりも高い放射線が検出されるということは,被爆者のケロイド自体が誘導放射化されたか,もしくは,残留放射線を体内に取り込んだためと考えられる,このことは被爆者が恒常的な内部被曝をしていることを裏付けるものと考えられる,とする。
ウ 放射線起因性の検討
(ア) X4の被爆地点は爆心地から約1.8km~1.9kmの地点であるところ,爆心地からの距離が1800mの地点における初期放射線による被曝線量(空気中カーマ線量)は,15.23cGy(DS86)~16.62cGy(DS02),1900mの場合は,10.43cGy(DS86)~11.11cGy(DS86)と推定される(認定審査会の答申 線量目安10.4cGy,原因確率5.6%。乙E6)。
(イ)a しかしながら,先に判断したとおり,DS86の初期放射線の計算値は過小に推定されている可能性があり,X4の被爆当日以降の行動,飲食・飲水の状況に照らして残留放射線に被曝し又は放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も十分考えられ,X4の被曝量の総計は,上記推定された被曝線量をかなり超えた,相当多量であったと考える余地は十分にあるといわざるを得ない。
b また,X4は,被爆して2日後位から,脱毛,鼻血,下痢といった放射線被曝による急性症状としても説明が可能な症状を発現しているところ,X4が,被爆前は健康体であったことからすると,これら症状は少なくとも放射線被曝の影響によって発症したとみるのが素直であり,X4が健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けた可能性は十分にあり得るものと認められる。
(ウ) ところで,X4の原爆症認定申請に係る疾病は,右二指有棘細胞がんであるところ,有棘細胞がんの発がん因子としては,日光紫外線に次いで放射線が重要とされ,疫学的にも,被爆者に生じた皮膚がんが放射線に起因するとの個別的因果関係を肯認しうる可能性の高いものであることは,前記のとおりである。もっとも,皮膚がん,特に有棘細胞がんについては,熱傷や裂傷の瘢痕も発がん因子として指摘されているところ,X4においても,前記のとおり,身体の各部分に相当ひどい火傷を負ったうえ,火傷のため両腕から皮膚が垂れ下がり,被爆後も相当期間火傷の痕が残り,特に手の皮膚は盛り上ってケロイド状となり,右手の爪は変形してはがれればまた下から柔らかい爪が生えてくるといった状態が続いたというのであるから,X4に発症した右二指有棘細胞がんについては,原爆の熱線による火傷(熱傷)がその発生母地となった可能性は否定できない。
また,有棘細胞がんについて加齢の影響が少なからずあることも否定できないところ,X4の発症年齢は70歳であり,その年齢での発症率の高さからして,加齢を無視することもできない。
(エ) しかし,被爆者に発生した皮膚がんと放射線被曝線量との関係について,有意な線量反応関係が認められたのみならず,被爆時年齢が若いほど発生のリスクが高いという統計分析が複数存在していること,X4には,有棘細胞がんが発症した付近に放射線の影響が否定できないケロイドが発症していることなどの事情とX4の被爆状況等を総合的に勘案すれば,放射線の寄与も少なからずあったとみるのが相当であり,X4の右二指有棘細胞がんの発症に原爆放射線の被曝が相当影響しているとみるのが合理的かつ自然というべきである。したがって,X4の右二指有棘細胞がんの放射線起因性を肯定すべきである。
(3) X4の原爆症認定対象疾病の要医療性
X4の原爆症認定申請に係るr市立病院医師S作成の平成14年7月24日付け意見書(乙E5)によれば,X4の右二指有棘細胞がんにつき,現在のところ再発,転移は認められていないが,術後5年間は再発,転移の有無を定期的に診察,検査していく必要があるとされており,右腕リンパ腺,肺などへのがんの転移を防止するため,3か月に1回同病院に通院しているほか,同指の神経障害の通院治療を行っているというのであるから,X4の右二指有棘細胞がんについて要医療性を認めることができる。
(4) 結論
以上のとおり,X4は,本件X4却下処分当時,原爆症認定申請に係る疾病である右二指有棘細胞がんについて放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件X4却下処分は違法というべきである。
6 X5の原爆症認定要件該当性
(1) 認定事実
ア 被爆状況等(甲A120の1,甲F1,2,3の1~4,乙F1,3,原審X5本人)
(ア) 被爆前の生活状況
X5は,昭和8年*月*日生まれの男性であって,昭和20年8月当時,満12歳で,広島県立j中学校第1学年に在学中であり,勤労奉仕として道路拡張工事(建物疎開)に従事していた。
(イ) 被爆状況
昭和20年8月6日,X5はその日予定されていた建物撤去作業に従事するため登校し,午前8時15分,j(爆心地から約2km弱の比治山橋東詰付近にある。X5は約1.7kmと主張するが,これを裏付けるに足りる的確な証拠はない。)校庭に約400名の同級生とともに整列中,被爆した。爆風により木造2階建の校舎が倒壊し,周囲は薄暗くなった。X5も吹き飛ばされて倒壊した校舎の下敷きとなった。
X5は,当時,ランニングシャツにズボンを着用しゲートルを巻いていたが,上半身露出部分,右顔面,両膝の部分,右肩から右手の先にかけて火傷を負い,皮膚が垂れ下がり,ゲートルも焼けた。
(ウ) 被爆後の行動
a X5は,倒壊した建物から脱出後,同様に下敷きとなった同級生を助け出し,避難場所とされていた比治山の暁部隊通信部に避難した。約1時間後,降雨があり,X5は避難先(屋外)でランニングシャツのまま雨に打たれた(約10分間)。同日夕刻,X5は比治山を下りて,比治山橋から明治橋を経てk町にあった自宅に戻ろうとして,沢山の死体や重傷の被爆者の倒れている焼跡の中を,大火傷をして皮膚が垂れ下がった右腕を前に突き出すようにして歩いていったが,明治橋を渡った辺りで行く手が火の手で遮られたため,廣島赤十字病院に立ち寄って同所で夜を明かした。
b 翌7日朝,X5は,廣島赤十字病院を出て再度自宅の方向へ向かったが,自宅は焼失しており(母と妹が自宅で被爆死していたことが後に判明した。),いったんjまで戻った。途中,焼跡の破れた水道管からしたたり落ちる水を飯盒に受けて飲むなどした。X5は,その後,専売公社へ赴いて傷の手当を受け,小学校時代の同窓生を捜しに雑魚場町まで歩いて行ったものの捜し当てることはできず,再びjに戻ったところ,火傷痕の痛みと体のだるさのため動けなくなり,校庭の防空壕に横たわっていた。
c X5は,翌8日,広島女子専門学校(広島高校)まで連れて行ってもらって手当を受けた。その後同月10日ころまで,痛みとだるさのため,広商の校庭の防空壕で寝ていたが,同日ころ,X5の父が迎えに来た。そして,X5は,大八車に乗せられ,市役所,中国電力,産業奨励館(現原爆ドーム。同所で一時休憩した。)を経て横川駅まで行き,同所でトラックに乗り換えて,広島市郊外の可部町にあるX5の父の知人の**宅まで運ばれた。
d X5は,同月16日ころまで二宮宅で寝ていたが,火傷した部位が化膿してきたことから,同日ころ可部小学校に設けられた広島陸軍病院に入院した。
イ 急性症状等(甲F1,原審X5本人)
(ア) X5は,二宮宅にいたころ歯茎から薄く出血し,陸軍病院に入院した8月16日ころから約1か月間くらい毎日のように歯茎から出血し,この歯茎からの出血は1年間くらいみられた。
(イ) X5は,被爆後1週間くらい下痢が続き,その後も半年くらい軟便がみられた。
ウ その後の症状の経過等(甲F1,乙F1,4,6,9,10,12,原審X5本人,調査嘱託<T大学附属病院,**胃腸科クリニック,**医院>回答)
(ア) 被爆前の健康状態
X5は,被爆前は健康体で,小学校を欠席したこともなかった。
(イ) 被爆後の生活状況及び健康状態
a X5は,昭和20年8月16日から同年10月ころまで広島陸軍病院に入院していたが,同病院が大竹国立病院となって移転することになったことから,広島県**郡**町にあった母の実家に移った。X5は,昭和21年5月ころまで寝たきりの状態が続いたが,その後少しずつ身体をならしていき,昭和22年3月に復学した。しかし,復学した後も化膿は完治せず,通院治療を継続し,半年後くらいにようやく症状が改善した。
その後,高等学校及び大学へと進学し,大学卒業後,証券会社等に勤め,65歳で退職した。
b X5は,被爆後,倦怠感,疲労感が続いたが,40歳前後のころからは風邪をひきやすく,疲れやだるさがひどい時など時々点滴を受けるようになり,その後も体のだるさ,疲れは年を経るごとにひどくなっていき,現在に至っている。
c X5は,25歳ころから煙草を吸うようになり,喉頭がんと診断された平成10年ころまでの約40年間,1日30本程度を吸っていた。また,時期や種類は不明であるが,10年くらいは,1日2本程度の飲酒をしていた(調査嘱託<T大学附属病院>回答)。
(ウ) 病歴等について
a X5は,被爆後,火傷の痕が化膿し,特に右腕の化膿がひどく,医師から切断を勧められたこともあった。昭和22年3月に復学したころも化膿は完治しておらず,復学後半年くらいしてようやく化膿部位に新しい皮膚が生えてきて痛みが和らいだ。X5は,平成12年9月当時,火傷部位である左肩関節,右側頚部,右上肢及び両下肢(膝)に多発性ケロイドがあり,右肘関節はケロイドの瘢痕拘縮で伸展が中等度障害されており,右前頚部は頚椎の運動に対する軽度の影響が認められる,と診断されている。
b X5は,平成10年5月末ころから咽頭痛があり,近医の耳鼻咽喉科を受診したところ,声帯に病変が確認されたため,T大学附属病院を紹介され,同年6月16日同病院を受診した。X5は,上記初診時において,視診上左声帯に腫瘍性病変が認められため,入院し,同年7月9日全身麻酔下に喉頭直達鏡検査を受けたところ,組織検査の結果,喉頭がん(声門型)との診断を受けた。X5は,このため,引続き入院して,同月29日から同年9月28日まで,放射線治療を受けた。
c X5は,上記放射線治療後,外来で経過観察を受けていたところ,平成11年2月ころから咽喉痛を自覚したため,同年3月16日診察を受けた結果,再発が疑われ,同年4月15日入院のうえ再び全身麻酔下で喉頭直達鏡検査を受けたところ組織学的に再発が確認された。そのため,同年5月6日,喉頭全摘手術及び両頚部郭清術を受けた。
d X5は,同年7月10日退院後,3か月に1回の頻度でT大学に通院して超音波検査やレントゲン検査等を受けるとともに痛み止め等の投薬を受けて,現在に至っている。
e X5は,昭和48年(40歳)ころ**の国立病院で肝炎の指摘を受け,同病院あるいはその後大阪の**でも治療を受けた模様である(その詳細は不明である。)が,その後はこれが悪化することなく経過していた(平成10年6月の喉頭がんが発見されたとき,あるいは再発時の平成11年3月の各検査でも,γ-GTPのみがやや高値のときもあるが,肝機能はほぼ正常範囲である。調査嘱託<T大学附属病院>回答3頁)ところ,平成16年9月になって肝臓機能が悪化し,平成18年9月に至りさらにいっそう悪化し,以後肝臓庇護の点滴治療を受けている。
f X5は,平成17年に至り,膀胱がんに罹患した。
エ X5の原爆症認定対象疾病
(ア) X5の原爆症認定申請に係る申請書(乙F1)及び医師の意見書(乙F6)等によれば,喉頭腫瘍がX5の原爆症認定申請に係る疾病であることは明らかである。
(イ) さらに,証拠(乙F1,3,5,9,10)及び弁論の全趣旨によれば,X5に係る認定申請書には,「原子爆弾に起因すると思われる自覚症状があったときはその自覚症状の概要」の欄に「※身体には1/4以上ケロイドあり。」と,原爆症認定申請に係る健康診断個人票(乙F9。検査年月日は平成11年11月5日)中の「特に記すべき医師の意見」の欄には「ケロイド 頚・上肢下肢」と,それぞれケロイドに着目した記載がなされていること,X5は,本件X5却下処分に対する異議申立手続において,異議申立書の申立ての趣旨にケロイドが原子爆弾の放射能に起因するものである旨記載するとともにケロイドに対する医師の意見書を提出したところ,異議申立てに対する決定において,これを受けた形で,追加資料に記載された「右肩関節部,右側頚部,右上腕・両下肢多発性ケロイド」を含めて検討した上でいずれにも放射線起因性に係る高度の蓋然性はない旨が記載され,ケロイドについても放射線起因性の有無を明確に判断していること,さらに,X5において,別途,今日に至るまでケロイドについて原爆症認定を求める新たな申請を出さないまま,ケロイドが放射線起因性を認められなかったことについてあくまで本件訴訟で争っていることが認められる。
以上の事実によれば,X5が原爆症認定申請の際に提出した医師の意見書(乙F6)にはケロイドについて全く触れられておらず,上記健康診断個人票においても,ケロイドの部位,状態,運動に対する影響,必要な治療の具体的内容などといった放射線起因性及び要医療性の判断の手掛りとなる具体的事実が記載されていないことを考慮しても,ケロイドもX5の原爆症認定申請に係る疾病と認めるのが相当であり,上記異議申立手続においてケロイドについて放射線起因性及び要医療性について判断していることから,ケロイドを疾病とする原爆症認定申請がされ,かつ,これについての却下処分がされたものと認めるのが相当である。
(2) 原爆症認定対象疾病の放射線起因性
ア 喉頭がんの医学的・疫学的知見
(ア) 喉頭がん一般(甲F6の4,乙A179)
喉頭は,いわゆる「のどぼとけ」(甲状軟骨先端)に位置しているところ,喉頭がんは耳鼻咽喉科領域において最も発生頻度の高い悪性腫瘍(ただし,その予後は比較的良いとされている。)であり,部位では,声門(声帯)に発生するがんが60~65%を占め,声門上は30~35%で,声門下は極めて少ない。。
喉頭がんの罹患率は,男性では50歳代から80歳代まで急激に増加し(女性でも高齢ほど高くなるが男性ほど顕著ではない。),罹患率,死亡率とも男性の方が高く,女性の10倍以上である。喫煙及び飲酒によって,確実に喉頭がんのリスクが高くなり,それぞれが別々に,また双方が相乗的に働いてリスクを確実に高くする。
(イ) 喉頭がんと放射線との関係
a 寿命調査第10報第1部(乙A7)
口腔前庭と咽頭のがんによる死亡が68例あるところ,詳細に検討されていないが,死亡と放射線量には明らかな関連は見られないとされている。
b 「放射線起因性の咽頭癌と喉頭癌:5つの臨床的ケーススタディ」(甲F7の3)
上記論文は,一次がんに対する外部放射線治療後に発生した放射線起因性の咽頭がんあるいは喉頭がん5例のケーススタディであり,結果は,潜伏期間が9年±3.7であり,5人中4人は照射領域の境界部位にがんが発生しており,その領域に入った放射線量は治療のために照射した量より少なかったとされている。なお,同論文は,一般に咽頭や喉頭は放射性発がんのリスクが低い器官であると考えられており,この器官での固形がんが発生するリスクは皮膚や甲状腺又は他のリンパ系器官の照射後よりはかなり低いとされるが,放射線治療後又は原爆爆発後の放射線被曝者の研究で咽頭と喉頭の放射線起因性腫瘍が確認されているとの指摘をしている。
c がん発生率調査第2部(乙A4・2,15頁)
寿命調査(追跡期間:1958~1987年,調査集団:7万9972人)の対象者のうち,喉頭がんは合計80例で,被曝者37人,非被曝対象者43人である。喉頭がんには放射線の有意な影響はみられなかった。
d 寿命調査第13報(甲A112の19・43頁)
上記調査の追跡期間は1950~1997年であり,寿命調査集団の男性のすべての固形がん死亡4451中,口腔がん死亡例は68(うち被曝線量0.005Sv以上のもの37)であり,被爆時年齢30歳の人の1Sv当たりの過剰相対リスク(年齢に対して一定である線形過剰相対リスクモデルにおけるもの)-0.20(90%信頼区間-0.3~0.45),寄与リスク-5.2(同-6~11)とされている。
e 「頭頚部における放射線誘発性癌」(甲F7の2)
大阪府立成人病センター耳鼻咽喉科において,1979~1985年の間の頭頚部に生じた放射線起因性がん20例の報告であるが,良性疾患に対して放射線療法を受けた後のがん出現の潜伏期間は37.4年であったこと,喉頭がんは0.7%であり,放射線抵抗性があるように思われたとしている。
イ ケロイドの医学的・疫学的知見
前記X4の項(イ)で記載したとおりである。
ウ 本件関係医師等の放射線起因性についての意見
(ア) 3医師意見書(甲F5)及び証人郷地秀夫<⑮-34~41頁>
X5の被爆地点(爆心地より約1.7km)からみて相当の初期放射線による外部被曝は明らかである上,放射性降下物の影響も受け,かつ,残留放射線を大量に浴びていること,急性症状を呈していること,被爆前後で健康状態に変化があること,放射線により喉頭がんが発生することは,頸部の放射線療法で生じた喉頭がんが報告されていること,寿命調査第13報では有意差がはっきり出ていないが,喉頭がんを含むその他の固形がんの相対危険率は0.37という高水準を示していること,X5は,喉頭部の皮膚表面にケロイドが及んでいるが,ケロイド内に誘導放射能の存在が確認されていること等を考えれば,X5の喉頭がんは原爆放射線に起因すると考えるのが妥当である。
(イ) T大学附属病院医師****作成の意見書(乙F6)
喉頭腫瘍自体は原子爆弾に起因するものとは考えにくいが,完全に否定できるものではない。
(ウ) 佐々木康人及び草間朋子作成の意見書(乙F13)
X5の被曝線量(広島の爆心地から2km,屋外による被爆,爆心地付近の短時間の出入り等から被曝線量は7cGyと推定される。),審査の方針別表2-1により原因確率を求めると0.5%にすぎないから,原爆放射線以外の原因で発症した可能性が高いこと,一般的に男性の喉頭がんについては,その原因のほとんどは喫煙といってよい(他に飲酒も危険因子とされている。)が,X5の喫煙歴及び飲酒歴からすれば同人の喉頭がんの原因も通常の喉頭がんと同じく,喫煙や飲酒等の生活習慣によるものとみるのがきわめて常識的であること,X5の肝機能障害の程度は(少なくとも申請当時は)軽度であって,また,その原因はアルコール摂取等の生活習慣による脂肪肝と考えるのが妥当であること,被爆後に見られた急性症状は被曝の急性症状とは考えられないこと等から,X5の喉頭腫瘍に放射線起因性を認めることはできない。
エ 放射線起因性の検討
(ア) X5の被爆地点は爆心地から約2km弱の地点であるから,初期放射線による被曝線量(空気中カーマ線量)は,DS86によれば7.16cGy,DS02によれば7.68cGyと推定される(認定審査会の答申 線量目安7.2cGy,原因確率0.5。乙F8)。
(イ)a しかしながら,DS86の初期放射線の計算値が1300m以遠において過少に推定されている可能性がある上,X5は,広範囲な大火傷を負いながら,被爆当日及び翌日において,爆心地から1~1.5km内の地域を含め,広島市内を長時間にわたり歩き回っており,その間に破れた水道管から水を飲むなどしていた行動等からすると,X5が残留放射線に被曝し又は放射性物質を経口ないし傷口から体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も十分考えられ,X5の被曝量の総計は,上記推定された被曝線量をかなり超えた,相当多量であったと考える余地は十分にあるというべきである。
b また,X5は,当時丸坊主であったため脱毛には気が付かず,紫斑ないし内出血もみられなかったものの,被爆して数日後から歯茎からの出血,下痢といった放射線被曝による急性症状としても説明が可能な症状を発現しているところ,X5が,被爆前は健康体であったのが,被爆後,倦怠感,疲労感が続き,体のだるさ,疲れは年を経るごとにひどくなってきたと訴えていることなど,被爆の前後でX5の健康状態に質的な変化がみられることをも併せ考えると,X5の被爆当時の年齢(12歳),前記認定のような被爆後の体験等がX5に少なからず衝撃を与えたことは否定することができないとしても,被爆直後の上記症状をすべて衛生状態や心因性ないしストレスによるものとして説明するのは困難であり,上記各症状は,放射線被曝の影響もあって発症したとみられることからすれば,X5が健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けた可能性は十分にあり得るものと認められる。
(ウ) ところで,X5の原爆症認定対象疾病は,喉頭がんとケロイドとであるが,前記認定事実によれば,喉頭がんの罹患率は,男性では50歳代から80歳代まで急激に増加するとともに,喫煙及び飲酒によって,確実に喉頭がんのリスクが高くなり,それぞれ別々に,また双方が相乗的に働いてリスクを確実に高くするとされている。しかるところ,X5は,喉頭がん(左声帯の腫瘍性病変)が発見された平成10年6月までにおいて,長期間の喫煙歴,飲酒歴があったことは前認定のとおりであるから,これがX5の喉頭がんの発症の原因となった可能性のあることは否定し難い。
しかしながら,人間の身体に疾病が生じた場合,その発症に至る過程において多くの要因が絡み合い,複合的に関連しているのが通常であり,その発現した結果(症状)自体からその発症の要因を断定すること自体は困難であるところ,前認定の,X5が相当程度の放射線被曝を受けた事実を斟酌すると,本件においては,X5に長期間の喫煙歴,飲酒歴があるからといって,これらの生活習慣が放射線被曝の要因を排除して,あるいは,それより優位に,X5の喉頭がんの原因となったとまでは認めることはできない。
(エ) 一方,喉頭がんについては,前記のとおり,従前から同がんによる死亡又は発生率と放射線との間に有意な関係がみられないとされてきたが,これは,喉頭がんがその予後が一般的によく死亡率が低いことの結果として,解析の対象とされる症例数が少ない反映と認められるところ,一般に,がんについては,原爆放射線被曝との関連を否定することはできないものとされている上,固形がん全体については,被爆時年齢が若いほど発生のリスクが高いとされていること,のみならず,前記認定のとおり,放射線治療後又は原爆爆発後の放射線被曝者の研究で咽頭と喉頭の放射線起因性腫瘍が確認されているとする報告も存在していることからすれば,X5の喉頭がんについては,放射線起因性を十分考慮してしかるべきものである。
これに加えて,前記のとおり,X5は,火傷部位である左肩関節,右側頚部,右上肢及び両下肢(膝)に多発性ケロイドがあるところ,同ケロイドについては少なくとも熱線と放射線との共同の成因で発生した可能性が高い上,同ケロイドに放射能が残存したことにより,X5に対し内部被曝としての影響を与えた可能性を否定することができない。
(オ) 以上によれば,X5のケロイドについて放射線起因性があることが認められ,また,喉頭腫瘍については,X5の長年にわたる喫煙歴及び飲酒歴が影響していることは否定し難いものの,それのみが原因であると断定することまではできないことからして,相当量の原爆放射線に被曝したことも喉頭腫瘍を発症又は進行させるについて相当の影響を与えたとみるのが合理的かつ自然というべきである。したがって,X5の喉頭腫瘍及びケロイドの放射線起因性を肯定すべきである。
(3) X5の原爆症認定対象疾病の要医療性
前記認定事実によれば,X5は,平成11年5月に喉頭全摘手術及び両頚部郭清術を受けた後,3か月に1回の頻度でT大学附属病院に通院して超音波検査やレントゲン検査等を受けるとともに痛み止め等の投薬を受けているというのであるから,X5の喉頭腫瘍について要医療性を認めることができる。ケロイドについても,ケロイドの瘢痕拘縮で伸展に障害がある左肘関節等は手術によって大幅な改善が期待されるとされている(乙F10)ことからして,要医療性を認めるのが相当である。
(4) 結論
以上のとおり,X5は,本件X5却下処分当時,原爆症認定対象疾病である喉頭腫瘍及びケロイドについて放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件X5却下処分は違法というべきである。
7 X6の原爆症認定要件該当性
(1) 認定事実
ア 被爆状況等(甲A120の1,甲G1~3,乙A95,乙G1,3,原審X6本人)
(ア) 被爆前の生活状況
X6は,大正13年*月*日生まれの女性であり,昭和20年8月当時,満20歳で,妊娠5か月であり,X6の夫は陸軍将校として南方のニコバル島方面へ出征していた。X6は,同月1日から,広島駅前の猿猴橋商店街にあった父のいとこのB宅(B店)に身を寄せていた。
(イ) 被爆状況
X6は,昭和20年8月6日午前8時15分,爆心地から約1.9km(X6は約1.8kmと主張するが,これを裏付けるに足りる的確な証拠はない。)の距離にある上記B宅(木造)の1階土間の炊事場の流しで米をといでいたところ,被爆した。爆風によりB宅は全壊し,X6は,右側の窓から強烈な光を感じた瞬間気を失い,気が付くと隣家の3階屋上にあった庭が半分壊れて傾いて2階くらいの高さになっていたところに立っており,背中を負傷し血だらけになっていた。
(ウ) 被爆後の行動
a 意識を取り戻したX6は,折から,当時B宅にいた3人の家族が全壊した建物の下敷きになっていたので,素手で土を掘るなどして救出作業を続けた。そのころには爆心地方向から広島駅に向かう大勢の焼けただれた被爆者が付近を通っていった。3人を救出した後,同日午後から,X6は,広島駅北東の東練兵場を通り,破裂した水道の水を水筒に入れて,北東郊外にあるl村まで逃げたが,東練兵場を通り抜けて農道を歩いていたとき,コールタールを薄めたような黒い雨に打たれ,近くの小屋に避難した。X6は,同日夕刻,l村の農家にたどり着いたが,そこには重傷者を含む負傷者が20人くらい横たわっていた。
b X6は,昭和20年8月6日から同月8日まで,l村の農家で負傷者の世話や手当をしていたが,同日,五日市の知人のもとへ行くことになり,l村を立って,もと来た道を戻って東練兵場を通り広島駅に出て,広島駅から路面電車の線路沿いに,一面焼け野原になり累々たる遺体の横たわる爆心地付近を通り抜けて己斐駅まで歩き,己斐駅から汽車に乗って五日市の知人宅に赴いた。
c X6は,昭和20年10月半ばころ,**県**郡**町にあったX6の母の実家に身を寄せ,昭和21年1月8日に長女を出産した。
イ 急性症状等(甲G1,原審X6本人)
X6は,昭和20年8月10日ころから,指先を少し包丁で切っただけで出血が止まりにくいといったことがあったほか,頭頂部から側頭部にかけて櫛を入れると頭髪の一部が固まりとなってばさっと抜けるといったことが3回くらいみられた。また,嘔吐,下痢,発熱もみられたが,特に嘔吐に苦しんだ。
ウ その後の症状の経過等(甲G1,7,乙G1,2,原審X6本人,調査嘱託<****会n診療所>回答)
(ア) 被爆前の健康状態
X6は,被爆前は健康体で,高等女学校(朝鮮全羅北・*)のころは卓球部の選手をし,朝鮮全土の大会にも出場した。
(イ) 被爆後の生活状況及び健康状態
a X6は,昭和20年10月半ばころX6の母の実家に身を寄せたころから,口が臭いと言われたり,体がだるく疲れやすい状態が続いた。
b X6は,前記のとおり,昭和21年1月8日,長女を出産した。同年11月,X6の夫が復員してきたことから,同年12月,X6ら一家は東京に転居した。
c X6は,東京で,夫の運送業を手伝うなどしていたが,昭和28年ころからは特に体がだるく吐き気もありつらい状態が続いた。X6は,昭和38年,当時居住していた*****区で被爆者健康手帳の交付を受けたが,そのころも,背中がこる,手が抜けそうにだるい,しんどい,激しい頭痛がする,などといった状態が続いていた。
d 昭和43年ころ,X6ら一家は**に転居し,X6は着物作家である夫を助けて得意先に反物を届けたりしていたが,体のだるさはなお続き,一方で,そのころから貧血で倒れたり吐いたりすることがあった。昭和47年ころ,X6は,帰宅途中,貧血で倒れ,その後も貧血の症状が続いている。
(ウ) 病歴
a X6は,昭和44年(44歳)ころから貧血の症状が続き,前記のとおり昭和47年ころには帰宅途中貧血で倒れ,社団法人****会n診療所(以下「n診療所」という。)で約1か月くらい増血剤の投薬治療を受けた。貧血の症状は現在もあり,服薬を続けている。
b X6は,昭和55年(55歳)ころから,変形性膝関節症,変形性脊椎症に罹患し,n診療所において治療を受けている。
c X6は,平成6年ころから,のどが腫れ,発語困難や嚥下困難を感じるようになっていたが,平成8年5月31日,咳と微熱が続いたため,n診療所で診察を受けたところ,軽度の甲状腺腫が見られたことから,血液検査が実施された。n診療所医師は,検査の結果から甲状腺機能の低下を認め,甲状腺機能低下症(橋本病)を疑い,同年6月28日から甲状腺ホルモンであるチラージンSの投与(25mg/日)を開始した。その後,X6は,同年10月28日の検査で,サイロイドテスト及びマイクロゾームテストがいずれも陽性であったため,慢性甲状腺炎による甲状腺機能低下症(橋本病)と確定診断された。
X6は,引続きチラージンの投与を受けていたが,必ずしも症状が改善しなかったため,平成13年3月から投薬量を増量した(50mg/日)結果,甲状腺腫が徐々に縮小し,嚥下困難や呼吸困難の症状は軽減した。もっとも,服薬を忘れたり薬が切れたりすると嚥下困難の症状が発現する。
X6は,それ以後今日まで通院して甲状腺ホルモン剤の投薬治療を続けているところ,TSH(甲状腺刺激ホルモン)はなお高値であるが,f-T3,f-T4値は正常範囲内にあり,また,心電図,脈拍,血圧等は正常範囲内にある。
d X6は,平成15年3月ころから,喘息の症状となり,n診療所で点滴治療を受けるなどした。
e X6の長女は,幼少のころより身体が弱く,45歳のころ子宮がんで子宮全摘手術をしており,白血球数が少なく,被爆者健康手帳の交付を受けている。
なお,X6の親族に甲状腺の疾患を発症した者はいない。
エ X6の原爆症認定対象疾病
X6の原爆症認定申請に係る申請書(乙G1)及び医師の意見書(乙G2)等によれば,X6の原爆症認定申請に係る疾病は,甲状腺機能低下症(橋本病)であると認められる。
(2) 原爆症認定対象疾病の放射線起因性
ア 甲状腺機能低下症(橋本病)の医学的・疫学的知見
(ア) 甲状腺機能低下症一般に関する医学的・疫学的知見は,X2の項(前記3(2)ア(ア))で認定したとおりであるほか,証拠(乙A66,147,148)によれば,橋本病に関して,さらに次の事実が認められる。
a 橋本病とは,慢性甲状腺炎又は甲状腺に対する自己免疫機序によって生じる慢性炎症性甲状腺疾患(自己免疫性甲状腺疾患)であり,現在では,び慢性甲状腺腫が存在し,受身凝集法による甲状腺ミクロソーム抗体又はサイログロブリン抗体が陽性でかつTSHレセプター抗体が陰性の場合に橋本病と診断されている。橋本病は女性に多く(明らかな橋本病は女性約30人に1人の割合,男女比は約1:8~15),加齢とともに増加する。なお,中年女性に多いとされているが,中年になって顕在化することが多いためであって,20~30歳代で無症状であっても,検診などによって甲状腺腫の存在により発見されることが多い。
b 自己免疫性甲状腺疾患の発症機序はいまだ不明であるが,少なくとも2つ以上の遺伝子が関与する自己免疫性甲状腺疾患になりやすい素因を持った人に生理的因子又は環境因子がトリガーとして働くことにより発症すると考えられ,病因仮説として甲状腺特異的サブレッサーT細胞異常説や甲状腺MHCクラスⅡ抗原異常発現説が提唱されてきたが,最近では甲状腺細胞自身が持つ甲状腺に対して生じた自己免疫応答の抑制機構に欠陥があるとする甲状腺末梢自己寛容誘導異常説が注目されている。
c 甲状腺機能が正常で甲状腺腫が小さいときには治療を要しないが,甲状腺機能低下症が永続的のときや美容上の問題や前頸部圧迫症状があるために甲状腺腫の縮小を試みるときには甲状腺ホルモンの補充療法を行う。
(イ) 甲状腺機能低下症(橋本病)と放射線の関係
甲状腺疾患と放射線の関係についてもX2の項(前記3(2)ア(イ)a~m)に記載したとおりであるが,特に,橋本病に関する調査結果等で重要と思われるものを以下に摘記する。
a 橋本病の発生率あるいは被爆時年齢と放射線との関係についての否定的な浅野らの報告(b(d)),森本らの報告(b(e))及び今泉らの報告(m)がある一方,逆にこれを肯定する伊藤らの報告(b(f))や長瀧らの報告(b(g),e)がある。
b X4らの長崎成人健康調査集団についての調査報告(d(a)(b))によれば,橋本病による甲状腺機能低下症の発生頻度について,1~49radの低線量被曝群のみに有意な増加が見られたとされている。
c 成人健康調査第7報(1958~1986年)では,甲状腺疾患の発生率に有意な正の線量反応がみられ,若いときに被曝した女性のリスクが増加していると報じ(g),同第8報(1958~1998年)でも,特に若年被爆者に自己免疫性甲状腺機能低下症への線量反応が見られたとしている(h)。
d 聞間らは,従来の文献レビューの結果として,橋本病について,ごく低線量からの発症をみている等として,その放射線起因性の判断にあたってしきい値線量を論じることは妥当でないと指摘している(l)。
(ウ) 本件関係医師等の放射線起因性についての意見
a 3医師意見書(甲G7)及び証人郷地秀夫<⑮-41~43頁>
X6は爆心地より約1.8kmの木造家屋内で初期放射線の直接被曝を受けたうえ,放射性生成物や降下物による外部及び内部被曝を受け,かつ,同居人の救助活動に従事したり,黒い雨を浴びるなどして,残留放射線等による外部及び内部照射を受けていること,出血傾向,脱毛,嘔吐などの急性症状を呈していること,被爆前後で健康状態に変化があること,背中全面の傷が難治性であったこと,27歳ころから顕著となった易疲労,貧血症状などは原爆による外部・内部被曝の晩発症状と考えられること,放射線被曝と慢性甲状腺炎による甲状腺機能低下症とは有意な関連があり,X6の同症も,上記被曝を土台にして発症したものと考えられ,この判断を否定しえる他の原因は見出しえない。
b n診療所所長****作成の意見書(乙G2)
当該疾病が原子爆弾の放射能に起因するかどうかについては,可能性を否定できない。
c 佐々木康人及び草間朋子作成の意見書(乙G6)
X6の被曝線量(広島の爆心地から1.9km,屋内による被爆であること等から,被曝線量は7.3cGyと推定される。),放射線被曝による甲状腺機能低下症は確定的影響の一つで,放射線治療のときのように,局所に高線量の被曝をした場合でなければ生じず,3~13Gy以下の被曝(医療被曝)で発症したという報告はないこと,橋本病は,放射線被曝の有無に関係なく,女性の10~20人に1人の割合で見られる頻度の高い疾患であり,自然経過として約15%の患者が潜在性の甲状腺機能低下症となると報告されており,X6の治療経過をみても,通常の一般的経過と異なるものではないこと,今泉らの最近の研究では,被曝線量と甲状腺機能低下症との相関が確認されていないこと,被爆後に見られた急性症状は被曝の急性症状とは考えられない(被曝による脱毛の特徴がみられず,骨髄障害や貧血の症状もおよそ被曝によるものとは考えられない。)こと等から,X6の甲状腺機能低下症に放射線起因性を認めることはできない。
イ X6の原爆症認定申請に係る疾病の放射線起因性
(ア) X6の被爆状況(爆心地から1900m,木造家屋内被曝)から,初期放射線による被曝線量(空気中カーマ線量)は,DS86によれば10.43cGy,DS02によれば11.11cGyと推定され,木造家屋の透過係数として0.7を乗じると7.30~7.78cGyとなる(認定審査会の答申 線量目安7.3cGy。乙G5)。
(イ)a しかしながら,先に判断したとおり,DS86及びDS02の初期放射線の計算値が爆心地から1300m以遠において過少に推定されている可能性があること,X6は,被爆時に負傷しながら家族の救助をしたり,多くの被爆者と出会ったり,黒い雨に打たれたり,広島駅から爆心地付近を通り抜けて己斐駅まで歩いたりなどしており,このような被爆後の行動経過に照らすと,X6が,初期放射線のほかに,残留放射線に被曝し又は放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も十分考えられ,X6の被曝量の総計は,上記推定された被曝線量をかなり超えた,相当多量であったと考える余地は十分にあるといわざるをえない。
b また,X6は,被爆直後の8月10日ころから,指先の出血傾向やばさっと抜ける態様の脱毛,さらには頻繁な嘔吐といった放射線被曝による急性症状としても説明が可能な症状を発現しているところ,X6が,被爆前は健康体であったのが,被爆後,長期間にわたり体がだるく疲れやすい状態が続いたのみならず,昭和43年以降は貧血症状で悩まされ,時には倒れたり吐いたりすることもあり,これが今日まで続いていることなど,被爆の前後でX6の健康状態に質的な変化がみられることをも併せ考えると,被爆直後にX6に生じた上記症状は,ストレス等の影響もさることながら,放射線被曝に起因する急性症状としての側面を否定し難いというべきである。
以上に加えて,被爆時胎児であった長女のその後の状況は胎児被曝を窺わせるに足りるものというべく,この事実をもあわせ考えると,X6が健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けたものと認めるのが相当である。
(ウ)a X6の申請疾病は,甲状腺機能低下症(橋本病)であるところ,X2の申請疾病について検討した際に述べたとおり,甲状腺機能低下症と原爆放射線被曝線量との関係については,従前,有意差が認められないとする調査結果があったものの,これとは別に,被曝線量の増加とともに発生頻度が高率となったとする調査結果が存在していたところ,長瀧らの調査結果(被爆者において発生頻度が有意に高い上,特に被曝線量別では低線量群が,年齢別では若い女性に多かったとするもの)を初めとする,有意性を認める調査結果が出るに及んで,甲状腺機能低下症,特に自己免疫性疾患甲状腺機能低下症(橋本病)については,原爆放射線被曝との有意性が承認されている。
b もっとも,最近出された今泉らの前記論文(乙A149)によれば,放射線量の判明している大規模にわたる集団(広島及び長崎)において,高度の技法と明確な診断基準を用いて診断した上,線量反応を解析したところ,甲状腺自己抗体陽性率と自己免疫性甲状腺機能低下症(橋本病)のいずれについても,有意な線量反応関係は認められなかったという見解も発表されている。
しかしながら,同論文においては,上記長瀧らとの調査結果と違いが生じた一因として,血清検査の結果が時間の経過に伴って変化した可能性があることに起因するのかもしれない等の指摘がなされるとともに,同論文自体が,調査集団,特に高線量被爆者に生存による偏りが存在すること等を自認していることに照らすと,同論文により,上記長瀧ら及びそのほかの,甲状腺機能低下症(橋本病)と原爆放射線とに有意性を認める調査結果の意義や価値が失われ,全面的に排斥すべきものとなるに至ったということはできない。
(エ) 以上によれば,X6の甲状腺機能低下症(橋本病)は,加齢等の自然経過が影響しているとしても,それが主たる原因であるとすべき的確な資料はなく,原爆放射線がその発症に少なからず影響しているとみるのが合理的かつ自然というべきである。したがって,X6の甲状腺機能低下症(橋本病)の放射線起因性を肯定すべきである。
(3) X6の原爆症認定対象疾病の要医療性
前記認定事実によれば,X6は,平成8年5月に慢性甲状腺炎による甲状腺機能低下症(橋本病)と診断されて以後,通院して甲状腺ホルモン剤の投薬治療を続けており,平成13年3月から投薬量を増量したため,嚥下困難の症状は軽減し,甲状腺腫も縮小,消失したが,服薬を忘れたり薬が切れたりすると嚥下困難を訴えており,平成14年当時,TSHはなお高値であったなどというのであるから,X6の甲状腺機能低下症(橋本病)について要医療性を認めることができる。
(4) 結論
以上のとおり,X6は,本件X6却下処分当時,原爆症認定申請に係る疾病である甲状腺機能低下症(橋本病)について放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件X6却下処分は違法というべきである。
8 X7の原爆症認定要件該当性
(1) 認定事実
ア 被爆状況等(甲A120の1,甲H1,乙H3,5,8,原審X7本人)
(ア) 原爆投下前の生活状況
X7は,大正14年*月*日生まれの男性であり,昭和20年1月から陸軍衛生兵として広島市基町にあった広島第一陸軍病院に勤務していた。X7は,同年8月当時満20歳であったが,同年8月1日から同月6日まで,外地からの転送患者の護送等の任務で,下士官及び日本赤十字社の看護婦とともに長野県の**陸軍病院に出張していた。
(イ) 原爆投下後の広島市での行動
X7は,出張許可が昭和20年8月6日午後6時ころまでであったことから,それまでに広島第一陸軍病院に戻るべく,同日早朝**を列車で出発し,途中で広島の被爆を知った。X7は,同日夕刻ころ,汽車で海田市駅の手前付近まで戻り,同所から線路づたいに広島駅に向かって歩き,広島駅付近で廣島赤十字病院に戻る看護婦ら及び下士官と別れ,広島駅から路面電車の線路沿いに相生橋(爆心地近傍)を目標に歩いた。途中は見渡す限り廃墟で,多数の黒こげ死体が転がっている無惨な状態であった。同日午後10時ころ広島第一陸軍病院(基町)付近まで到達したが,そこも廃墟と化しており,X7は,近くの護国神社で野営した。なお,基町は爆心地からの距離が500m~1kmの地域であり,護国神社は爆心地の直近に位置する。
X7は,翌7日早朝から,救援のため到着した他府県の部隊とともに,負傷者の救出や死体の処理作業に専念した。広島市周辺の大林村,三入村,亀山村にある小学校や民家が野戦病院として使用され,X7は,同日から約1週間,衛生兵として,日中は上半身裸で,陸軍病院周辺の負傷者を野戦病院に運んで手当をしたり,死者を大芝町付近の河川敷等の火葬場に運んで焼却したりする任務に没頭し,野戦病院で寝泊まりしたり作業場所付近に野営したりした。
(ウ) その後の行動
X7は,同年8月14日ころ,大芝町の川原で死体処理作業中,死体を積んで斜面を降りてきた荷車に背中から激突されて負傷し,そのまま半日ほど任務を遂行したものの,痛みと出血がひどかったため,山口県m市の陸軍病院に搬送され,そのまま入院となった。
X7は,上記陸軍病院に1週間くらい入院した後,大林村に戻って私物等の整理をするなどし,その後,広島県**郡**村の実家に戻った。
なお,X7が広島市及びその周辺で衛生兵として任務に従事していた間,他府県から救援に来た部隊の中に,原因不明で倒れてそのまま死亡する者もいた。
(エ) 補足説明
原爆投下前後のX7の行動等に関して,昭和35年2月8日付けの被爆者健康手帳の交付申請に係る申述書(乙H4の2)には,「8月5日本籍地(広島県**郡)に戻っていて翌6日午後1時ころ広島陸軍病院に帰隊した」と記載され,同調査票(同号証の3)には,「被爆せず3日後軍人の為入広島」とか「被爆地へ入った日 8月11日~5日間」などと記載されており,上記認定(現在のX7の説明でもある。)に反するところがある。しかしながら,原爆投下直後に広島陸軍病院に帰隊したというのは事実上考え難いし,上記調査票は,記載自体に整合性がなく,家族の名前に間違いがあることやX7の筆跡と異なっていることなどから係官が聞取りで記載したものと思われ,正確性に疑問があるのに対し,X7の陳述(甲H1)及び原審供述は,客観的裏付けはないものの,当時の軍人の行動として具体的で,かつ不自然ではないことから,これらに従って認定するのが相当である。他に上記認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
イ 広島入市直後に生じた症状等(甲H1,乙H4の3,8,原審X7本人)
(ア) X7は,衛生兵として任務を遂行中,歯茎からとみられるうっすらとした出血に気付いた。出血は1週間程度続き,X7がmの陸軍病院に入院中にようやく止まった。
(イ) X7は,mの陸軍病院に入院後,体のだるさを感じるようになり,軽度の貧血もみられた。
(ウ) X7は,昭和20年9月初旬ころ,広島県のo町立病院に入院して背中の外傷の手術を受け,その後も昭和22年ころまで入退院を繰り返したが,同病院に入院中,医師から白血球が少ないとの指摘を受け,また,身体各所のリンパ節が腫れてきて,昭和22年ころ,右側頚部の腫れたリンパ節を切除する手術を受けた。
(エ) 以上のほかに,X7は,昭和21年ころまでに頭髪が全部抜けたと主張しているが,原審における本人尋問からすると,その記憶には相当不確かな部分があることが窺える上,昭和35年2月の被爆者健康手帳の交付申請時に作成された前記調査票には,「毛が抜けた(脱毛)」の欄があるのに何ら記載されていないことからして,頭髪全脱毛の事実を認定するのは困難である(先に指摘したとおり,同調査票には聞き取りによる記載の誤りが見られるが,「原爆によると思われる急性症状」の欄に「貧血」欄に「軽度」,「歯ぐきから血がでた」の欄に「軽度」,「その他」の欄に「身体がだるい」と手書きで記載されていることからして,全脱毛というような重要な事実を記載しないということは考えにくい。)。
ウ その後の症状の経過等(甲H1,2の2,3の1~3,乙H4の3,5,7,8,10,原審X7本人)
(ア) 原爆投下前の健康状態
X7は,被爆前は健康体で,学校で健康優良児に選ばれたこともあった。
(イ) 原爆投下後の生活状況及び健康状態
a X7は,mの陸軍病院を退院して実家に戻った後も,衛生兵として任務遂行中に負った背中の外傷がなかなか治癒せず,昭和20年9月初旬ころ,広島県のo町立病院に入院し,背中の手術を受けたが,その後,身体各所のリンパ節が腫れてきた。X7は,その後約2年間くらい,体調がすぐれずに入退院を繰り返し,昭和22年ころ,個人病院で首の右側のリンパ節の腫れを切除する手術を受けた。X7は,退院後も,身体の不調,だるさが続いた。
b X7は,昭和24,5年ころ,**に出て,姉宅に居候し,昭和27年ころ結婚したが,その後も約10年くらい姉宅で同居し,その間,歯科技工士の仕事に就くなどしていたが,体がだるく体調不調のため仕事が長続きせず,妻の収入や姉からの援助で生計を立てていた。昭和34年ころ,弟が歯科医院を開業したので,X7は,以後,弟の歯科医院の手伝をすることが多くなったが,年をとるにつれて体のだるさや体調不良のため手伝に行ける日も徐々に少なくなり,弟からの援助及び妻の収入に頼らざるを得なかった。
c X7の被爆者健康手帳の交付申請に係る前記調査票中「現在の健康状況」の欄には,「体がだるい」,「つかれやすい」に丸印が付されている。
(ウ) 原爆投下後の病歴等
a X7は,上記のとおり,o町立病院に入院後,身体各所のリンパ節が腫れ出したため,昭和22年ころ,首の右側のリンパ節の腫れを切除する手術を受けた(なお,X7は,同病院入院中,白血球が少ないとの指摘を受けたというが,その程度及び治療の有無は不明である。)。
b X7は,昭和30年ころから肝機能障害(肝機能低下)のため**市の**医院で治療を受けていたが,昭和35年ころから骨粗鬆症のため同医院を受診し,さらに,昭和55年ころから高血圧症のため**市の**院に通院している。なお,肝機能は,平成11年2月以降,小康状態を保っている。
c X7は,平成元年ころ,吐き気やめまいがひどいことから数週間通院したが原因不明であった。X7は,平成6年ころ高血圧で入院し,引続き通院治療を受けていたが,平成9年12月仕事の都合で岐阜県山県郡の娘夫婦宅に滞在していた折り,脳梗塞の発作を起こして救急車でQ病院に搬送され,9日間入院して治療を受けた。
d X7は,平成10年11月23日,めまいと吐き気がひどいことから救急車で医療法人**会O病院(以下「O病院」という。)に搬送され,椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全の診断を受け,約10日間入院して治療を受けた。X7は,そのころ,慢性虚血性心疾患との診断も受け,また多発性ラクナ梗塞(脳梗塞)との指摘も受けている。
e X7は,平成11年ころから医療法人**会P内科(以下「P内科」という。)で受診しているが,同年2月に脳塞栓症,同年5月狭心症(慢性虚血性心疾患),同年7月には血液凝固異常,同年8月白血球減少症とそれぞれ診断された(なお,そのころの特記されるべき所見として,「平成11年胸部痛の自覚症状が平成12年にはニトロールR投与により消失している。フワフワした回転感を伴わない眩暈の訴えが時にある。」とする部分がある。)。また,そのころ白内障と診断され,**眼科医院において点眼薬(白内障及びアレルギーの炎症止め)治療を半年位続けた。
f X7は,平成12年6月,O病院皮膚科で,頭部多発性疣贅等の治療を受けたほか,同年11月以降も,断続的に湿疹等の治療を受けた。一方,この間の平成13年1月ころ,上記**眼科医院が遠方で通院に不便であったため,O病院眼科で,両眼老人性白内障の治療を受け始め,平成15年4月まで断続的な治療が続いた(そのほか,耳鼻咽喉科,整形外科,外科等の受診もある。)。
X7は,平成14年4月,O病院放射線科において双発性脳梗塞(の疑い)で頭部CT単独撮影を受けているが,平成15年1月8日には,脳梗塞後遺症,不完全麻痺,パーキンソン症候群との診断を受けた。
g X7は,平成16年4月,血尿,腰痛,頻尿等があったため,近医の診察を受けたところ,膀胱に腫瘍性病変が認められ,N附属p病院で受診したところ,膀胱がんと診断され,またそのころ前立腺がんを発症し,同病院に約2か月間入院して膀胱がんの手術及び前立腺がんの治療を受けた。
X7は,退院後,脳梗塞のため救急車で病院に搬送され,治療を受けたが,右手に麻痺が残った。
h X7は,同年7月中旬ころより右眼の上耳側部の視野欠損を自覚するようになり,同月29日上記p病院(眼科)を受診したところ,前眼部に白内障による水晶体混濁(核硬度2度)が,眼底に高血圧症による動脈硬化性変化がそれぞれ認められた以外に異常所見は認められず,視野欠損の原因についても,網膜血管障害によるものか,頭蓋内病変によるものか,十分な精査が行われなかったので,同定できなかった。
i X7は,脳梗塞の後遺症や膀胱がん等の治療等のために上記p病院に1か月に1回程度通院し,また,白内障の治療のためにO病院に定期的に通院していた。
j X7は,控訴提起後の平成19年7月14日死亡した。
(エ) 事実認定の補足説明
1審被告らは,X7の椎骨脳底動脈循環不全について,O病院だけがそのように診断したとしても,他の病院等では証拠上同症と認めた診断結果はないから,O病院の当初診断は疑問であり,X7は,そのような疾病に罹患していなかったというべきであると主張する。
なるほど,X7について,椎骨脳底動脈循環不全との診断を明確に下しているのは,O病院医師Uのみであって,同医師は,平成10年12月28日付意見書(乙H6)において,「脳梗塞,椎骨脳底動脈循環不全にて,当院通院中」とした上,その所見として「現在,頭位変換時眩暈在存(ママ),脳底動脈循環不全継続,又,頻拍,胸部不快,疼痛発作の出現もある」と記載している(なお,P内科のP*医師は,平成11年8月2日付意見書<乙H7>における既往症欄に椎骨脳底動脈循環不全の病名を記載しているが,調査嘱託に対して「当症例には回転性の眩暈がありません。このため,当院では強く椎骨脳底動脈循環不全を疑っていたわけではありません。よって当院においては不詳です。」と回答しているので,検討の対象外とする。)。
しかるところ,X7が平成元年ころめまいや吐き気に悩まされ,その後の経緯は不明なものの,平成10年11月同様にめまいや吐き気が強い状態となりO病院に入院するまでに至っており,その本人を診察,治療した同病院医師UがX7について椎骨脳底動脈循環不全と診断したのであり,かつ,後述の椎骨脳底動脈循環不全の一般症状ともおおむね合致している(P*医師は「回転性の眩暈がない」ことから同症状とは認めない趣旨のようであるが,X7が自己の眩暈を正確に把握していたのかどうか疑わしいので,決定的事情とはなし難い。)ことからして,X7が平成10年11月末ころ椎骨脳底動脈循環不全を発症していたものと認めるのが相当である。そして,後に診断した医師が,各診断時においてX7について椎骨脳底動脈循環不全の診断を下さなかったとしても,U医師の上記判断が誤っているとは断定できないので,X7は,少なくとも申請当時,椎骨脳底動脈循環不全に罹患していたというべきである。
エ X7の原爆症認定申請に係る疾病
X7の原爆症認定申請に係る申請書(乙H1)及び医師の意見書(乙H6)等によれば,X7の原爆症認定申請に係る疾病は,椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患であると認められる(なお,慢性虚血性心疾患は,X7の原爆症認定申請に係る申請書の「負傷又は疾病の名称」欄には記載されていないが,同申請に係る医師の意見書<乙H6>及び健康診断個人票<乙H5>にはその記載があることからして,X7の原爆症認定申請に係る疾病に含まれるものと認める。)
これに対し,証拠(乙H1,3,7,8)及び弁論の全趣旨によれば,X7は,異議申立手続において,負傷又は疾病の名称を「白血球減少症,高血圧症,慢性虚血性心疾患,白内障(両眼)」とし,白血球減少症についての放射線起因性及び要医療性に関する意見が記載された医師の意見書(乙H7)を提出するなどしており,また,前記認定申請書(乙H1)には広島県のo町立病院に入院した時白血球がかなり減っていると言われた旨の記載がされている事実が認められるが,X7が原爆症認定申請の際に提出した医師の意見書(乙H6)には白血球減少症及び白内障について全く触れられておらず,X7が原爆症認定申請の際に提出した健康診断個人票(乙H5)においても白血球減少症及び白内障について何ら言及がなく,検査結果の欄に記載された白血球数(6400)も白血球減少症を疑わせるような数値ではないから,これらにかんがみると,白血球減少症及び白内障をX7の原爆症認定申請の対象とすべき疾病と認めることはできない。
(2) 原爆症認定対象疾病の放射線起因性
ア 対象疾病の医学的・疫学的知見
(ア) 各疾患一般
a 椎骨脳底動脈循環不全(乙A127)
椎骨脳底動脈領域の循環不全により一過性に出現する症候群をいい,後頭葉の血流不全による視力障害,脳幹部循環不全による回転性めまい,起立・歩行障害,複視などが出現し,間欠的に急に崩れるように倒れる症状(drop attack)を呈することもある(間欠性椎骨動脈閉塞症)。原因疾患として,椎骨脳底動脈の粥状硬化が最も多いが,頚椎による圧迫,鎖骨下動脈スチール(盗血)現象(鎖骨下動脈スチール症候群)などにより間欠性に症状が出現する場合もある。椎骨脳底動脈領域の血管支配は個体差が大きく,血管が狭窄・閉塞した際,側副血行路(側副循環)が重要な意義を有する。急激な頭部の回転,起立などが発作を誘発し得るとされている。
b 脳梗塞(乙A54)
脳梗塞は,脳動脈の一部に限局性の閉塞が何らかの機序により起こると,その血管によって灌流されている部位が壊死して起こるとされており,発生機序から血栓性,塞栓性,血行力学性に分けられる。脳血栓は血管壁の動脈硬化による障害部位に血栓が形成されて起こる。また,血栓形成には凝固異常が関与することもある。脳塞栓は血液が良好に保たれている部分の末梢で栓子により動脈が閉塞されて起こる。血行力学性(血行動態の障害)による梗塞は通常,中枢側の血管の狭窄あるいは閉塞により血液供給が不十分で,しかも,側副血行も十分に機能しない場合,時には心臓の拍出力低下による脳全体の灌流低下に伴い生じるとされている。臨床病型としては,主幹動脈のアテローム硬化を原因とするアテローム血栓性梗塞,心臓由来の塞栓である心原性塞栓症,高血圧や糖尿病などを基礎とする穿通枝系動脈病変によるラクナ梗塞に分けることが多いとされる。
c 高血圧(乙A54)
高血圧は,心血管系疾患の基礎にある治療可能な主要リスクであり,生活習慣病の代表である。高血圧患者の約90~95%は現時点で原因が究明されていない本態性高血圧患者であり,その他は原因が明らかな二次性高血圧患者である。本態性高血圧は遺伝因子と環境因子の複雑な相関により発症するところ,遺伝因子としては,高血圧原因遺伝子,ナトリウムイオン輸送欠陥説,自動調節説が,また,環境因子としては,食塩の過剰摂取,肥満,運動不足,ストレスなどがそれぞれ挙げられる。その他の因子としては,自律神経系の異常などの神経性因子,レニン―アンジオテンシン系,降圧系の各内分泌性因子,腎性因子,インスリン抵抗性などが考えられている。
(イ) 循環器疾患と放射線の関係について
a 人体影響1992(乙A9・160頁以下)
ABCC―放影研では昭和33年から約2万人の成人健康調査集団を対象に2年に1度の定期検診を実施しているが,その集団における循環器疾患調査においては,その大部分の報告では虚血性心疾患,脳血管疾患及び高血圧性心疾患有病率と原爆放射線被曝との関連は認められておらず,ただ,矢野らの1958~1960年の報告では,広島の女性にのみ,近距離被爆群に虚血性心疾患有病率が高率であることが示唆されている。
1958~1964年にかけてのジョンソンらの報告では,虚血性心疾患及び脳血管疾患発生率と原爆放射線との関連は認められていない。児玉らは,その後期間を延長して1958~1978年の20年間の調査を報告しているが,それによると,脳血管疾患発生率は広島の女性で被曝線量とともに有意に増加しており,また,長崎の男性では100~199rad(T65D)に高い発生率が観察されている。広島の女性におけるこの循環器疾患発生率の増加は観察期間別にみると1969年以降に有意となっており,被曝時年齢は30歳未満の者に顕著であった。しかし,影響が女性に主にみられることは説明が困難であり,観察期間の延長や情報収集方法の改善などを行い,結果の確認が必要と考えられる。
血圧異常について,ABCCの成人健康調査で,初期において高血圧の有病率は広島・長崎ともに被曝との関連はみられておらず,その後も血圧における被曝の影響はみられないとの報告が大部分である。
b 寿命調査第11報第3部(甲A67文献番号29・12頁)
循環器疾患については,1950~1985年の循環器疾患による死亡率は,線量との有意な関連を示した。脳卒中による死亡率にはそのような関連は認められなかったが,脳卒中以外の循環器疾患(心疾患)は全期間で有意な傾向を示した。しかし,後期(1966~1985年)になると被爆時年齢が低い群(40歳未満)では,循環器疾患全体の死亡率及び脳卒中又は心疾患の死亡率は線量と有意な関係を示し,線量反応曲線は純粋な二次又は線形―しきい値型を示した。心疾患群のうち最も死亡数が多い冠状動脈性心疾患の死亡率は同じ期間,同じ被爆時年齢区分の心疾患と同じ傾向を示している。
c 寿命調査第12報第2部(甲A67文献番号18)
1950年10月1日から1990年12月31日までのがん以外の疾患による死亡者についての解析結果によっても,循環器疾患に有意な増加が観察された。
d 寿命調査第13報(甲A112の19・36頁)
1968~1997年の期間の寿命調査における心疾患,脳卒中,呼吸器疾患及び消化器疾患に有意な過剰リスクが認められ,これらの特定の死因による死亡例数は比較的少なく,1Sv当たり10~20%の影響を確認することは困難であるが,線形線量モデルに基づく過剰相対リスク推定値は死亡例数がより多い疾患の結果に基づく推定値と全般的に類似している。また,心疾患の1Sv当たりの過剰相対リスクは0.17(90%信頼区間は0.08~0.26),脳卒中のそれは0.12(同0.02~0.22)である。
e 成人健康調査第8報(甲A67文献番号31,甲G8・1,5頁)
1958~1998年の成人健康調査受診者から成る長期データを用いてがん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査したところ,高血圧に関して,放射能の影響は線形線量反応モデルで明瞭ではなかったが,純粋なモデルでは有意であり,発生率は前回の報告から16%増加した。非喫煙被爆者での高血圧のリスク上昇を示唆する証拠が存在するが,喫煙被爆者では存在しなかった。線量反応は他の共変量により有意に修飾されることはなかった。また,心臓血管疾患のいずれも放射線量との有意な関係は示さなかった。
(ウ) 本件関係医師等の放射線起因性についての意見
a O病院医師Uの意見書(乙H6)
放射能被爆(ママ)による代謝異常の為,全身血管の動脈硬化の進行を来たし,脳梗塞,椎骨脳底動脈循環不全を惹起したものと考える。
b P内科医師P*の意見書(乙H7)
原爆に起因する多量の放射能を浴び,被爆症候群を発現したことは,患者の訴え,それに照合する身体所見から明らかである。
c 3医師意見書(甲H4)及び証人郷地秀夫<⑮-44~48頁>
原爆投下後その日のうちに広島市に入り,その後約1週間,爆心地から500m~2kmの範囲内において,被爆者の救出,手当,死体の運搬,火葬・焼却処理,瓦礫の処理など復旧活動に終日当たったことから,放射性物質に由来する誘導放射能や放射性生成物などの初期放射能,残留放射能による濃厚な被曝があったことは否定できない上,被爆前まで全く健康であったのに,被爆後,歯茎の出血,全身倦怠感,脱毛といった急性症状が発現したほか,約2年間全身倦怠感,めまい感,体熱感がとれなかったことからして,相当量の残留放射能による被曝をしたと考えられる。一方,申請疾病である,椎骨脳底動脈循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧のうち,椎骨脳底動脈循環不全の病態は,被爆者に多く見られる「原爆ぶらぶら病」に相当するものであること,X7は,膀胱がん,前立腺がんに罹患していて多重がんとなっているが,被爆者に多重がんが多いこともその特徴であること等からすれば,X7の各申請疾病にはいずれも放射線起因性があるというべきである。
d 佐々木康人及び草間朋子作成の意見書(乙H13)
X7の被曝線量(X7は原爆投下後に広島市内に入った入市被爆者であり,市内での通行経路が最も放射線被曝の可能性高い地域を通ったとしても,その被曝線量は最大で8.0cGyにすぎない。),循環器への障害は確定的影響の一つであり,血管への障害が生じるのは数十Gyの被曝をした場合であること,原爆の被爆(全身被曝)でこのような高線量の被曝をしたことはあり得ないこと,脳梗塞,椎骨脳底動脈循環不全,慢性虚血性心疾患と原爆放射線との関連は認められていないこと(少なくとも関連があるという確立した知見はない。),X7に発症したとする肝機能障害や白内障にしても放射線以外の原因で生じたものか(白内障は老人性白内障と考えるのが妥当である。),あるいはこれらの疾患の存在自体が不明なものであること,被爆後に見られた急性症状は被曝の急性症状とは考えられないこと等から,X7の申請疾病である椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症,慢性虚血性心疾患について,放射線起因性を認めることはできない。これらは,生活習慣,遺伝的要因,加齢等によって生じたものと考えるのが自然である。
イ X7に発症した膀胱がん・前立腺がんと放射線の関係
(ア) 膀胱がん
「がん発生率調査第2部」(乙A4・71頁)によれば,寿命調査集団で泌尿器官全部と腎臓を含め325例のがんが発生し,膀胱がん(210例)が65%を占めている,泌尿器がんのバックグラウンド罹患率は男性が女性の約3倍であり,年齢の増加に伴う罹患率の増加傾向及び強い経時的傾向もあった,粗罹患率の表は線量反応の存在を示している,標準線形線量反応モデルを用いて解析されたデータでは,尿路がんの推定過剰相対リスクは1Sv当たり1.24(95%信頼区間0.62~2.06)は過剰リスクの高い方の一つであった,当てはめられた年齢別男性相対リスク推定値は,被爆時年齢10~19歳の群を除いて女性よりも低く,過剰相対リスクは女性の約1/3であった,などとされている。また,「寿命調査第13報」(甲A112の19・43頁)によれば,寿命調査集団における被爆時年齢30歳の男性の膀胱癌の死亡例は83(うち被曝線量0.005Sv以上のもの56),過剰相対リスクは1.1(90%信頼区間0.2~2.5),寄与リスク17%(同3.3~34)とされている。
(イ) 前立腺がん
「がん発生率調査第2部」(乙A4・69~71頁)によれば,全部で140例の前立腺がんがあった,年齢別のバックグラウンド罹患率は時間の経過に伴い急速に増加した,有意な線形や非線型線量反応は認められなかったし,年齢(被爆時年齢又は到達年齢)あるいは時間による影響修飾を示す兆しもなかった,本追跡調査期間を通じて,未調整の相対リスクモデルに基づくと,少なくとも0.01Svに被曝した者では,前立腺がんの約7%(95%信頼区間―5.3%~26%)は放射線被曝に関連しているかもしれないことが推測された,本調査における過剰相対リスクの点推定値は最新の寿命調査集団死亡調査で報告されているものよりも大きいが,有意な放射線の影響が認められなかったという点では結論は似ている,寿命調査集団の加齢に伴い,より明らかな像が現れてくるかもしれない,とされている。
(ウ) 「原爆被爆者における顕性前立腺癌の検討」(藤原恵ほか,広島医学51巻3号,1998年3月。甲H5の4)によれば,1988年4月1日から1997年1月31日までの間に広島赤十字・原爆病院病理部に提出された病理組織を対象に,被爆者を2km未満の近距離被爆者群と2km以上及び入市の遠距離被爆者群に分け,昭和20年以前に誕生した男性の非被爆者を対照群として,検討を行ったところ,遠距離被爆者群,近距離被爆者群,非被爆者群の順で前立腺がんの割合が高く,被爆者に多く発生する腫瘍である可能性が考えられた,70歳代のみを対象とすると,非被爆群に比べて遠距離被爆群には前立腺がんの割合が有意に高い傾向を認め,年齢別にみると,被爆群と非被爆群では発生年齢の分布が異なり,被爆群では非被爆群に比べ,高年齢層に多く発生する傾向を認め,前立腺がんとしては低年齢である60歳代で比較した場合は,むしろ非被爆群に多く発生する傾向があった,推測の域を出ないものの,低線量の被爆(ママ)は前立腺がんの進行にかかわっている可能性は否定することができない,などとされている。
ウ 放射線起因性の検討
(ア) 前記認定のX7の原爆投下当日の爆心地付近への立入りとその後の行動経過に照らし,審査の方針に従って残留放射線による被曝線量を推定すると,広島第一陸軍病院のあった基町は爆心地からの距離が500m~1kmの地域であり,護国神社は爆心地の直近に位置するから,X7が原爆投下の16時間後から24時間後まで爆心地において野営し,その後同月14日まで爆心地からの距離が約500mの地点において継続して負傷者の救出や死体の処理作業に従事したと仮定したとしても,その累積被曝線量はせいぜい12cGy程度ということになる(認定審査会の答申 被曝線量8.0cGy。乙H12)。
(イ)a しかしながら,前記認定のとおり,遠距離被爆者やいわゆる入市被爆者について脱毛,歯齦出血,白血球減少症など放射線の影響を否定できない急性症状が数多く生じており,その中には重篤な症状を示すものも散見された事実は否定することができない上,呼吸,飲食,皮膚等を通じて体内に取り込まれた放射性核種が生体内において他の放射性物質に変化する過程で,ベーター線等の放射線を放出することにより,身体の特定の部位ないしその周辺組織に対し継続的な被曝を与える結果障害を引き起こす機序を指摘する科学文献,低線量放射線による継続的被曝の方が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす可能性を指摘する科学文献,さらには放影研の充実性腫瘍発生率に関する調査で,0~0.1Svの範囲でも統計的に有意なリスクが存在し,あり得るどのしきい値についても,その信頼限界の上限は0.06Svと算定されたとする解析結果も存在し,これらの科学的知見や解析結果は全面的に排斥できないばかりか,いずれも相応に尊重すべきものであることをも併せ考えると,残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の算定において審査の方針の定める別表10その他の基準を機械的に適用し,審査の方針の定める特定の地域における滞在又は長期間にわたる居住の事実が認められない場合に直ちに被曝の事実がないとすることは相当でないといわざるを得ず,いわゆる入市被爆者や遠距離被爆者については,放射性降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性を念頭に置いた上で,当該被爆者の被爆状況,急性症状の有無や経過,被爆後の行動やその後の生活状況,疾病等の具体的症状や発症に至る経緯,健康診断や検診の結果,治療状況等を全体的・総合的に把握し,これらの事実と,放射線被曝による人体への影響に関する統計学的,疫学的知見等を慎重に検討し,総合考慮の上で全体としての被曝線量の評価を行うのが相当というべきであることは,先に判示したとおりである。
b しかるところ,前記認定のX7の入市後の行動経過,活動内容等にかんがみると,X7については,爆心地付近の誘導放射化した土壌による残留放射線の被曝に加えて,多量の塵埃の吸入,飲食物の摂取さらには放射性物質の身体への付着等により誘導放射化した物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も十分考えられるところである。
のみならず,X7は,前認定のとおり,衛生兵として任務を遂行中,歯茎からと少量とはいえ出血がみられたほか,陸軍病院入院中だるさを感じ続けていたこと,その後の昭和20年9月初旬ころから昭和22年ころまで,広島県のo町立病院に入退院生活を繰り返していたところ,同病院に入院中,医師から白血球が少ないとの指摘を受け,また,身体各所のリンパ節が腫れてきて,昭和22年ころ,右側のリンパ節の腫れを切除する手術を受けたものであって,X7に生じたこれらの症状は,その発症時期,症状の内容,推移等からして,放射線被曝による急性症状として説明が可能であり,前記認定のとおり,X7が,原爆投下前は健康体であったのが,入市後,長期間にわたり体のだるさや体調不良が続いていることなど,被爆の前後でX7の健康状態に質的な変化がみられることをも併せ考えると,入市後にX7に生じた上記歯茎からとみられる出血等の症状は,放射線被曝が影響しているものとみるのが自然である。
c この点,1審被告らは,歯茎(口腔粘膜)からの出血の発現には,3~5Gyという高い放射線量の被曝が必要であると考えられているから,X7に歯茎からの出血がみられたとすれば,放射線被曝よりも歯周炎(歯槽膿漏)のような炎症性疾患による可能性が高いと考えるのが合理的であるなどと主張する。しかしながら,歯茎からの出血については,被爆前に同様の症状がみられた形跡がない上,その発症の時期からしても,被爆との関連が合理的に疑われるのであり,X7の被爆直後の行動経過,活動状況等にもかんがみると,X7に生じた上記症状が心因性ないしストレスのみによると見るのはかえって不自然であるから,放射線被曝による影響は否定し難いものというべきである。
d 以上のようなX7の被爆後の行動経過,活動内容,とりわけ,X7が原爆投下当日の夜から翌朝にかけて爆心地の直近において野営し,その後約1週間にわたり,衛生兵として,日中は上半身裸で,市内やその周辺において負傷者の救出や死体の処理作業に従事していること,X7に上記のような放射線被曝による急性症状として説明可能な症状が生じていること,前記認定のX7の被爆後の生活状況,健康状態,病歴等をも併せ考えると,X7が健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けた可能性は十分にあり得るものと認められる。
(ウ)a ところで,X7の原爆症認定対象疾病は,椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患であるところ,前記認定事実によれば,こうした虚血性心疾患,脳血管疾患及び高血圧性心疾患のような,循環器疾患と原爆放射線被曝との関連については,これまで,一部に脳卒中以外の循環器疾患の死亡率が線量との有意な関連を示す結果があったものの,ほとんど消極的な報告しか見られなかったが,1960年代後半以降では,循環器疾患全体の死亡率及び脳卒中又は心疾患の死亡率が線量と有意な関係を示すとの調査報告や解析結果が相当数に及んでいることは前記のとおりであり,そうとすれば,上記のとおり,健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けた可能性のあるX7の上記各疾患についても,原爆放射線被曝に起因して発症したものである可能性を否定することができないものというべきである。
b 他方,前記認定事実によれば,X7(大正14年生)は,昭和55年ころに高血圧症を発症させているが,これに先だって25年以上にわたり1日20本程度の煙草を吸い続けた喫煙歴及び適量の飲酒歴を有している(調査嘱託<p病院>回答)こと,両親が高血圧に罹患していたこと(調査嘱託<O病院・p病院>回答)からすると,50歳代半ばにして発症した高血圧症についてこれが同年代の者に通常見られる生活習慣病としての高血圧症ないし遺伝性高血圧とみる余地がないではない。仮にそうであるとすれば,後に発症した脳梗塞等の循環器疾患も高血圧が要因となった可能性を否定することができない。さらに,脳梗塞を発症させたのが平成9年,すなわちX7が72歳の時であり,その翌年の平成10年11月に椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全及び慢性虚血性心疾患との診断を受けたものであって,いずれも70歳を超えた後に発症したのであるから,X7に発症したこれらの循環器疾患については,専らその加齢によるものである可能性についても否定することはできない。
なお,X7は,前記のとおり,これらの循環器疾患以外にも,昭和30年ころから肝機能障害(肝機能低下)に罹患したり,平成11年ころ白内障と診断されて治療を受けているが,肝機能については,平成11年2月以降,小康状態を保っている上,その原因が証拠上不明であることから,また,白内障についても,O病院眼科で老人性白内障と診断されている(調査嘱託回答)ことから,これらの疾患については,いずれも,X7の申請疾患の放射線起因性の判断資料からは除外することとする。さらに,X7は,被爆後,広島県のo町立病院に入院していたころ,医師から白血球が少ないとの指摘を受けたことがあり,平成11年にも,P内科において白血球減少症と診断されているが,その後これが問題視されたことはなく,一時的かつ軽微な症状であったと見るのが相当であるから,同事実を本申請疾患の放射線起因性の判断に際し,考慮するのは相当でないといわなければならない。。
c 以上のような両様の事情からすれば,X7の対象疾病が,原爆放射線に起因するものか,長年にわたる喫煙習慣等を下地とした,同年代の者にみられる生活習慣病としてのそれであるのか,直ちには判定し難いというほかない。
しかしながら,X7は,平成16年6月ころ,膀胱がん及び前立腺がんを発症し,結局平成19年7月14日には死亡するに至っているところ,膀胱がんについては,前記のとおり,各調査において有意な放射線の影響が確認されており,一方,前立腺がんについては,放射線の影響の疫学的有意性を認めるには至ってはいないものの,遠距離での比較的低線量の被曝が前立腺がんに関わっている可能性が指摘されている上,X7がこのように膀胱がん,前立腺がんに相次いで罹患していて,いわゆる多重がんの様相を呈するに至ったことは,X7に発症した膀胱がん及び前立腺がんについては,原爆放射線による被曝によって発生した可能性を相当程度示唆するものといえよう。
d これらの事情を総合的に勘案すると,X7の循環器疾患(椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患)は,生活習慣や遺伝的要素や加齢等の他要因が影響していることを否定することはできないものの,原爆放射線被曝も影響して発症したか,それにより進行を促進された可能性もあるとみるのが合理的かつ自然というべきであり,かつ,上記のような他要因が主たる原因であるとする確たる証拠もないから,X7の上記各対象疾病について,放射線起因性を肯定するのが相当である。
(3) X7の原爆症認定対象疾病の要医療性
前記認定事実によれば,X7は,平成16年に膀胱がんの手術及び前立腺がんの治療を受けて退院した後も,脳梗塞のため救急車で病院に搬送され,治療を受けるなどし,脳梗塞の後遺症等のために1か月に1回程度通院していたというのであるから,X7の上記原爆症認定対象疾病について要医療性を認めることができる。
(4) 結論
以上のとおり,X7は,本件X7却下処分当時,原爆症認定対象疾病である椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患について放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件X7却下処分は違法というべきである。
9 X8の原爆症認定要件該当性
(1) 認定事実
ア 被爆状況等(甲I1,2の1~3,乙I1,6の1・2,原審X8本人)
(ア) 被爆前の生活状況及び原爆投下時の状況
X8は,大正15年*月**日生まれの男性であり,昭和19年4月ころから徴用工として**製鉄で勤務していたが,昭和20年4月8日に徴兵されて,同月20日,広島市宇品7丁目所在の陸軍船舶練習部**連隊*中隊に配属された。同年8月当時,X8は満19歳であり,X8の所属していた上記中隊は40名ほどの分遣隊に分けられ,それぞれが広島郊外の国民学校等の公共施設を仮宿として,宇品から広島郊外に軍用物を疎開する作業に当たっており,X8は,広島県賀茂郡q町のq町国民学校を仮宿として,軍用品の運搬・疎開と船舶の舵取りの練習に従事していた。
X8は,同月6日午前8時15分ころ,点呼の最中に原爆の閃光を感じた。その後,宇品の船舶練習部から待機の指示があり,同日午後8時ころ,小隊長の命令によりq駅に出動し,汽車で広島方面から送られてくる負傷者をトラックで病院に搬送する作業を行った。作業終了後,小隊長から翌日船舶練習部まで行くよう指示された。
(イ) 原爆投下後の広島市での行動
a X8は,昭和20年8月7日,他の約30名の隊員とともに,午前8時の汽車でq駅を出発し,午前10時ころ,広島駅の手前で下車し,徒歩で広島駅前を通過し,路面電車の線路沿いに進んで爆心地近くの紙屋町の交差点を通り,約2時間かけて宇品の船舶練習部まで行進し,正午すぎころ宇品の船舶練習部に到着した。経路は,ビルの残骸が立っている以外は焼け野原であり,路面電車が丸焦げで横倒しになっていたり,人や馬がバラバラになって死んでいたり,無惨な状況であった。X8は,宇品に到着後昼食を取り,しばらく休憩した後,所属する分遣隊が紙屋町周辺の遺体処理を命じられたため,午後3時すぎころ船舶練習部を出発した。X8は他の隊員とともに,朝来た道を逆に行進して,夕方ころ上記紙屋町交差点に到着した後,八丁堀交差点近くの福屋(八丁堀は爆心地からの距離が500m~1kmの地域であり,福屋は爆心地から約750m付近に位置する。)と推定されるビルに宿所を確保し,船舶練習部から運ばれてきた握り飯を食べた後,就寝した。
b X8の所属する分遣隊は,昭和20年8月8日から同月11日までの間,紙屋町周辺(東は八丁堀交差点まで,西は元安川まで,北は紙屋町と八丁堀を結ぶ路面電車が走る道路まで,南はその道路から約100mの地点まで)を担当範囲として,焦げた材木等や瓦礫を持ち上げて下敷きになっている死体を引き出して一箇所に集め,焼却処理する作業を(埃が舞い上がるので,手ぬぐいをマスク代りにして)行った。同月11日には元安川に浮かんでいる遺体を引き揚げて焼却場所に運ぶ作業を行った。X8は,上記作業中,もっぱら素手で瓦礫を除去し,遺体を引き上げて運ぶなどしていたが,遺体の皮膚は焼けただれており,触るとズルッと皮が剥けた。このような作業をしながら,1日に2回,船舶練習部から送られてくる握り飯を食べ,紙屋町近くの破裂した水道から出ている水や井戸水を飲んだ。X8らの分遣隊は同月11日夜まで八丁堀で宿泊し,同月12日朝,路面電車の軌道に沿って行進して船舶練習部に戻り,同月13日,船舶練習部内の遺体処理作業を行い,同月14日,機帆船でq町に戻った。
イ 急性症状等(甲I1,乙I1,原審X8本人)
(ア) X8は,広島市内での遺体処理作業を終えて昭和20年8月14日にq町に戻ったころから,水便様の激しい下痢が10日間くらい続き,その後も,同年9月中旬くらいまで下痢の傾向が続いた。
(イ) X8は,q町に戻って以降,体のだるさ,倦怠感が続いた。
(ウ) なお,X8の所属した分遣隊の他の隊員らもそのほとんどがq町に戻って以降激しい下痢を起こした。また,X8らがq町に戻った時X8の所属していた分遣隊の隊長で行動を共にしていた見習士官(当時23歳くらい)が戻っておらず,昭和20年9月初めころ,同士官が頭髪が抜けて急死したという話を聞いた。
ウ その後の生活状況等(甲I1,乙II,4,5,6の1・2,原審X8本人,調査嘱託<V病院,市立W病院>回答)
(ア) 原爆投下前の健康状態
X8は,**県**市(現**市)で出生し,高等小学校卒業後,徴用されるまで父がしていた艀(はしけ)の船頭の手伝いをしており,原爆投下前は健康体であった。
(イ) 原爆投下後の生活状況及び健康状態
a X8は,昭和20年9月10日に復員した後,**市に戻り,海運会社に入社して艀の舵取りの仕事に従事し(この間の昭和21年に婚姻し,翌22年に長女をもうけた。),昭和29年ころ艀を海運会社から購入して自営するようになり,昭和42年ころまで艀の中で生活していた。X8は,昭和56年ころ,艀を売却して,長女の居住しているW市に転居し,昭和62年ころまでWのタオル会社のパート工員として働いていた。
b X8は,復員後,疲れやすく,下痢を起こしたり風邪をひいたりすることも多くなった。下痢をしやすい状態は死亡する平成19年4月まで続いた。
c X8は,昭和32年10月,被爆者健康手帳の交付申請をし,その交付を受けた。
(ウ) その後の病歴等
a X8は,昭和30年ころ,急性肺炎から肋膜炎に罹患し,**市**区の**病院に約1年2か月入院し,退院後も1年ほど養生したが,その際,同病院で貧血であると診断され,投薬治療を受けた。また,X8は,昭和32年ころ,健康診断の際白血球減少症と診断され,**市**区の**病院で検査及び投薬を受けた。
b X8は,昭和55年ころ,**市民病院で医師から肝臓が少し悪いと言われ,投薬治療を受けた。
c X8は,前記のとおり,昭和56年ころ,**市からW市に転居したが,遅くとも同年8月にはW市民病院に高血圧及び慢性肝炎で通院を始めていたとみられるところ,同年10月の被爆者健康診断の時点でもなお治療が継続されていた。X8は,昭和57年ころ,W市民病院で糖尿病と診断され,W市の**病院に約40日間入院し,昭和62年7月からは**市の医療法人**会V病院(以下「V病院」という。)に通院し,そのころ,糖尿病からくる血管閉塞症のため同病院で右大腿部の血管バイパス手術を受けた。その後も,人工血管の閉塞を起こして手術を繰り返し,また,そのころ始めたインシュリン注射による治療を死亡する平成19年4月まで続けた。
なお,X8は,V病院において,記録に残っているもので,平成2年6月以降平成15年5月まで,多数回にわたって血液検査を受けており,平成2年の10月と11月に赤血球,ヘモグロビン(血色素量)値及びヘマトクリット(血球容量)値がいずれも基準下限値より低値を示しているが,その後改善し,平成4年10月以降再びヘモグロビン及びヘマトクリットが低値を示すようになり,平成8年5月にはヘモグロビン及びヘマトクリットがそれぞれ9.6g/dl<基準値14~17>,30.7%(基準値42~54%とかなりの低値を示したものの,すぐに改善し,以後同年11月までおおむね正常範囲内で推移している。そして,上記の期間,血小板が基準値以下になったことはなく,また,白血球もときどき高値になることがあるが,低値になったことはない。なお,同病院では,骨髄障害に関する検査はしておらず,貧血に対する治療も行っていない。
d X8は,平成9年6月,W市民病院で血液検査を受けた結果,赤血球(367万<基準値410~530万>),ヘモグロビン(8.3g/dl<基準値13.5~17.5>),ヘマトクリット(26.6%<基準値38~50%>)等の検査値が基準値下限より低位を示して,貧血(小球性低色素性貧血)の診断を受け,鉄剤(Fe剤)の投薬治療を受けた。その後の症状及び治療の各経過の詳細は必ずしも明らかではないが,平成10年9月の検査では上記数値がいずれも基準値内に改善されたため鉄剤の投与が中止された。しかるに,平成14年6月には,赤血球数は基準値であったが,ヘモグロビン(10.9g/dl),ヘマトクリット(35.5%)ほかの検査値がいずれも低値となって再び貧血症状が発現したため,同年7月中ころより,鉄剤の投与が再開された。
なお,同病院における血液検査の結果中,UIBC(不飽和鉄結合能,基準値<男>75~305),Fe(鉄,基準値<男>70~200),フェリチン(基準値<男>25~240)の数値をみると以下のとおりである。
file_19.jpg[98/01/22 [98/09/30 [99/03/17 [99/09/02 [02/06/17 use 153 7 us| t a7 | t a6 re | 1 66 138 si | 1 28 2IF 8 3 t Lue X8の原爆症認定申請に係る健康診断個人票によれば,平成14年8月1日当時の赤血球数は445万,白血球数は6400,血小板数は16.6万,ヘモグロビン値11.5,ヘマトクリット値37.0であって,ヘモグロビン値,ヘマトクリット値とも基準値に達していないが,改善傾向がみられていたところ,同年8月26日の血液検査では,赤血球数472万,ヘモグロビン値は13.3,ヘマトクリット値41.2と改善した。その後も,また貧血症状が発現するも,鉄剤の投与により改善するという状況が繰り返され,最終的には平成17年5月23日の血液検査で,すべての値が基準値内を示したため,以後,X8に対し鉄剤の投与はなされていなかった模様である。
エ X8の原爆症認定対象疾病
X8の原爆症認定申請に係る申請書(乙I1)及び医師の意見書(乙I4)等によれば,X8の原爆症認定申請に係る疾病は,貧血であると認められる(なお,X8の原爆症認定申請の際に提出した医師の意見書<乙I4>及び健康診断個人票<乙I5>には既往症として糖尿病,狭心症,動脈硬化性血管閉塞症等が記載され,また,上記意見書には現症所見として食後血糖値が記載されているが,X8の原爆症認定申請に係る申請書<乙I1>においてはこれらの疾病について全く触れられておらず,異議申立書<乙I3>の申立ての理由においても貧血についてのみ起因性及び要医療性が記述されていることにかんがみると,貧血以外の疾病をX8の原爆症認定対象疾病と認めることはできない。)。
(2) 原爆症認定対象疾病の放射線起因性
ア 医学的・疫学的知見
(ア) 貧血一般(乙A67)
a 貧血は,単位容積血液中の赤血球数,ヘモグロビン濃度あるいはヘマトクリット値が正常下限以下に低下した状態をいう。
貧血とするヘモグロビン濃度は,WHO基準によると健常成人男子では13.0g/dl,女子では12.0g/dl以下である。
貧血の分類には,赤血球指数による分類と,貧血の成因による分類がある。赤血球指数には,平均赤血球容積(MCV:基準値81~100fl),平均赤血球ヘモグロビン量(MCH:基準値29~35pg),平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC:基準値30~35%)の3種類の指数がある。貧血は,MCVとMCHCの組み合わせによる赤血球指数により,小球性低色素性貧血,正球性(正色素性)貧血及び大球性(正色素性)貧血に分類され,また,成因により,赤血球産生の低下,赤血球寿命の短縮あるいは破壊の亢進(溶血),出血,赤血球の脾臓での分布異常に分類される。赤血球の産生には,組織における酸素供給,腎臓におけるエリスロポエチンの産生,骨髄における赤芽球の分化,成熟など多くの要因が関与しており,赤血球の産生の低下を原因とする貧血の成因としては,エリスロポエチンの産生低下(腎性貧血),造血幹細胞の異常(再生不良性貧血,赤芽球癆,急性白血病,骨髄異形成症候群など)があり,赤血球寿命の短縮あるいは破壊の亢進による貧血の成因としては,自己免疫性溶血性貧血,赤血球破砕症候群,赤血球膜異常による溶血性貧血,赤血球酵素異常による溶血性貧血,発作性夜間ヘモグロビン尿症がある(18~21頁)。
b 小球性低色素性貧血(MCVが80以下)は,血清フェリチンの低下する疾患(鉄欠乏性貧血)が代表的であるが,血清フェリチンが低下しない疾患(鉄欠乏を伴わない小球性貧血)もある。
鉄欠乏性貧血は,ヘモグロビン合成に必須である鉄の不足によって生じる低色素性貧血であり,鉄欠亡状態を反映する所見としては,① 血清鉄(Fe)の低下,② 飽和鉄結合能(TIBC)の増加,③ 貯蔵鉄を反映する血清フェリチン値の低下が必須である。鉄欠乏は,生体における鉄の需要と供給のバランスが崩れ,鉄の供給が需要に追い付かなくなったときに生じる。成人男性の鉄必要量は1日1mgであるが,極端な偏食,鉄の吸収不全を除いては,鉄の供給不足が鉄欠乏の原因となることは少ない。また,吸収障害を来す場合は,胃全摘,亜全摘後や吸収不良症候群などのほかに,消化性潰瘍に用いられる胃酸分泌抑制剤なども吸収を低下させる。これに対し,鉄需要が増大する原因は,出血,成長,妊娠,出産,授乳,血管内溶血などである。治療の原則は,原因疾患に対する治療と原則として経口鉄剤の投与である。鉄欠乏性貧血の予後は良く,一般に鉄剤の補充で確実に回復する。鉄欠乏性貧血は鉄剤の経口投与による薬物治療が主体であるが,鉄欠乏の原因となる食生活の改善とともに,基礎疾患が存在する場合はこれらの治療が最も重要である(23~32頁)。
c 骨髄機能不全によるものとして,再生不良性貧血,赤芽球癆がある。再生不良性貧血は,骨髄の血球産生低下に基づく汎血球減少症(赤血球のみでなく,白血球や血小板も同時に減少する)を特徴とする造血障害であり,発症に性差はない。先天性及び後発性,原発性及び二次性の区別のほかに,特殊型として肝炎後再生不良性貧血,再生不良性貧血―発作性夜間ヘモグロビン尿症症候群がある。再生不良性貧血の大部分は原因の特定ができない特発性例であり,約10%が薬剤や放射線などによる二次性例である。再生不良性貧血は,骨髄における多能性造血幹細胞が量的ないし質的に障害を受けて造血が低下することにより汎血球減少を来す。成因として,多発性幹細胞自体に問題がある場合と,造血環境に問題がある場合がある。後者には骨髄ストローマ細胞の変化のほか,増殖因子の産生低下,免疫学的機序による造血抑制などの関与が考えられており,特に近年自己免疫機序が注目されている。治療は,造血改善を目的とした治療と,血球減少を補う対症的支持療法に大別され,前者には骨髄移植,免疫抑制療法,造血刺激療法があり,後者には輸血療法がある(37~39頁)。
d 骨髄機能不全は,骨髄における造血能の低下をいうが,造血能の低下は1血球系のみに限って起こる場合から3血球系に起こる場合まで種々である(甲A171)。
(イ) 貧血と放射線の関係について
a 放射線基礎医学第10版(乙A68・241~245頁)
一般に放射線照射後最初の数日から数週間に起こる障害を早期反応,数か月から数年後に起こる障害を後期反応と呼ぶ。
早期反応として最も問題となるのは造血系の障害である。造血系は細胞再生系であるので放射線に対して感受性が高い。
後期反応は,造血機能が数か月から数年も正常に戻らないという形で起こり,その原因として,照射のために,組織構造の破壊による幹細胞増殖環境の劣化,血管系の変化,幹細胞に残存する障害が挙げられている。
b 人体影響1992(乙A9・140~142頁)
貧血の晩発所見として,1956年に行われた放影研の調査において被爆者と非被爆者4196名の検査を行った結果,血色素量,赤血球数,ヘモグロビン値,ヘマトクリット値,平均赤血球容積(MCV),平均赤血球ヘモグロビン量(MCH)などに有意の差を認めなかった。
原対協では昭和55年より中等度貧血について解析を加えたところ,そのほとんどは鉄欠乏症貧血であったが,腎不全によるもの,リウマチと関係した貧血などもかなり認められたほか,明らかな原因がなく白血球系,血小板系に異常のない正色素系貧血が存在することが明らかとなり,被爆者不応性貧血と呼んだが(後記d参照),この症例群には近距離被爆者から入市の症例まで含まれており,果たして被曝そのものと密接な関係があるかどうか明らかでない。現在では被曝に密接な関係があると考えられる貧血はなく,被爆者においては貧血を認めた場合通常の対照患者の貧血と同じように扱うべきであろう。
c 「原対協被爆者健康診断成績による血液疾患の調査 第5報 中等度以上の貧血例について」(武冨嘉亮ほか,広島医学33巻3号,昭和55年3月,甲I5の4)
昭和53年10月から昭和54年3月までの6か月間に広島原爆被爆者健康管理所で一般検診を受けた者5万0973名について,一定項目の検査を行ったところ,中等度以上の貧血を示す者(血色素量9.0g/dl以下のもの)は全体の0.39%(男性0.13%,女性0.52%)であり,貧血群は女性に頻度が高く,被爆距離との関連はなかったが,母集団に比し若年齢層に多く,50歳未満が半数以上を占め,貧血の種類としては,鉄欠乏性貧血がほとんどを占め(88%),年余にわたるものがかなりの割合でみられた。一般に,高齢者にみられる貧血については,高度でなく,老化による造血能の低下のほか老年者に伴う続発性貧血も加わると考えられるが,被爆者貧血の大多数を占める軽度の貧血群については更に別の観点から検討する必要があろう。
d 「原対協被爆者健康診断成績による血液疾患の調査 第7報 不応性貧血について」(土肥博雄ほか,広島医学35巻3号,昭和57年3月,甲I5の5)
武冨らによる上記cの検査の結果中等度以上貧血者の約5%(入市被爆者を含む。)に正色素性正球性貧血(原因不明)が認められているところ,このような貧血(被爆者不応性貧血)は,老化による生理的ヘモグロビン減少では説明することができず,薬剤の影響とも考えにくく,RAEB(原発性獲得性の治療抵抗性貧血)ともはっきりと一線を画することができる(特に男女比で際だった対象を示し,不応性貧血症例は1対11と女性が多いのに対し,RAEBは11対1と男性に多く見られる。)病態であった。
e 「被爆者健康診断成績にみる長崎市原爆被爆者の特性」(近藤久義ほか,長崎医学会雑誌65巻特集号,1990年,甲170)
原爆被爆者の集団としての特性を知るために,昭和58年4月から11月までの間に被爆者一般検診を受けた男性739名を対象に,異常値(赤血球数380万以下,白血球数3500以下,血色素量13g/dl以下)の出現率について,放射線技師及び人間ドック受診者との比較を行ったところ,被爆者の赤血球数及び血色素量の異常値出現率は,被爆状況の違い(2.0km以内,2.1km以遠,入市)で有意な差はなかったが,放射線技師と人間ドッグ受診者のいずれよりも高かった。したがって,貧血の有病率が他の集団に比べて高いことが被爆者集団の特性の一つとして考えられた。
(ウ) 本件関係医師等の放射線起因性についての意見
a 3医師意見書(甲I4)及び証人郷地秀夫<⑮-48~52頁>
X8は,原爆投下の翌日に広島市に入り,その後12日朝まで,爆心地及びその周辺500m以内のところで,遺体の焼却作業をし,爆心地から500m付近で宿泊したもので,遺体焼却作業のやり方等からして,誘導放射能や放射性核分裂生成物などの残留放射線による外部内部被曝を受けたことは明らかである上,被爆前まで全く健康であったのに,被爆後,強度の下痢,全身倦怠感といった急性症状が発現したほか,疲れやすく体調がすぐ悪くなる状態も続いていたことからして,相当量の残留放射線による被曝をしたと考えられる。
一方,X8は被爆後より繰り返す原因不明の貧血に苦しんできたが,被爆後の貧血は2週間から1か月目に数多く出現していること(中尾喜久ら「原子爆弾放射線病の血液学的研究」甲I5の1),血液像では赤血球の大小不同な特異的な病態を示すとされていること(勝部玄「広島の原子爆弾に関する研究」甲I5の2,福島寛四ら「原子爆弾被爆者の血液ならびに骨髄像」甲I5の3),上記(イ)cdの調査結果にあるように,鉄欠乏性貧血や原因不明の正色素性貧血が被爆者に見られることが報告されていること等からすれば,X8は,被爆者の遺体処理を通じてその遺体に付着していた放射能物質を吸入した結果,骨髄(造血)機能に障害をきたしたものと考えられる。したがって,X8の貧血については,原爆放射線に起因していると考えられる。
b V病院医師****作成の意見書(乙I4)
放射能との関連は不詳。
c 佐々木康人及び草間朋子作成の意見書(乙I8)
X8は原爆投下後に広島市内に入った入市被爆者であり,市内での通行経路が最も放射線被曝の可能性の高い地域を通ったと仮定しても,その被曝線量は最大で3cGyと推定される(なお,原爆投下直後から現在まで爆心地にとどまり続けたとしてもその積算線量は50cGyにすぎない。)こと,放射線被曝による骨髄障害は確定的影響の一つであり,最も感受性の強いリンパ球が50cGyの放射線を受けると,被曝後早期に末梢血リンパ球が低下するが,X8の被曝線量は骨髄が障害を受ける線量には相当しないこと,被曝による骨髄障害は,回復可能な程度の被曝線量であった場合には数か月内に回復し,被爆後数十年にわたって貧血が持続することもないこと,X8の貧血には,汎血球減少が認められず,鉄剤の投与により速やかに改善されるという経過からしても,鉄欠乏性貧血であると考えられるところ,鉄欠乏性貧血が放射線によって起こるとの知見はないこと,X8に発症したという被爆後に見られた下痢等の症状は被曝の急性症状とは考えられないこと等から,X8の申請疾病である貧血について,放射線起因性を認めることはできない。
イ X8に発症した動脈硬化性疾患(対象外)と放射線の関係
人体影響1992(乙A9・158頁)によれば,放射線と血管病変の関係は動物実験では確認されていること,乳がんに対する放射線療法後の虚血性心疾患の症例報告が数多く見られること,また,頸部放射線治療後の脳梗塞や骨盤への放射線照射後の下肢の閉塞性動脈疾患でも症例報告が見られることが認められる。
さらに,X7の項でみたように,「寿命調査第13報」(甲A112の19・36頁)によれば,原爆放射線と心疾患の関係が明らかになってきており,また「成人健康診査第8報」(甲A67文献番号31)でも,被爆者年齢40歳以下で心血管疾患(心筋梗塞)と放射線の有意な関係(P=0.047)が認められるに至っている。
ウ 放射線起因性の検討
(ア) 前記認定事実によれば,X8は,原爆投下当時広島市内にいなかったが,投下から約12時間後にq駅に出動し,被爆した負傷者の搬送業務を行い,翌7日朝午前10時ころ被爆地域に入り,徒歩で爆心地に近い紙屋町交差点を経由して一旦宇品の船舶練習部に行った後,再び爆心地に近い福屋で野営し,翌8日から11日まで八丁堀周辺で粉塵にまみれながら瓦礫の下敷きになった死体の処理作業等を行い,現地の水を飲むなどしてきたものであるところ,このようなX8の被爆後の行動経過を前提として,審査の方針に従って残留放射線による被曝線量を推定すると,紙屋町は爆心地の直近に位置し,八丁堀は爆心地からの距離が500m~1kmの地域であり,福屋は爆心地から約750m付近に位置するから,X8が原爆投下の48時間後以降爆心地に滞在し続けていたと仮定したとしても,その累積被曝線量はせいぜい5cGy程度ということになる(認定審査会の答申 線量目安3.0cGy。乙I7)。
(イ)a しかしながら,X7の項でも指摘したように,遠距離被爆者やいわゆる入市被爆者について,放射線の影響を否定し難い急性症状が生じていること,内部被曝や低線量放射線による継続的被曝の影響に関する科学的知見を全面的に排斥できないこと,などからして残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の算定において審査の方針の定める別表10その他の基準を機械的に適用することは相当でなく,放射性降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で,当該被爆者の被爆状況,急性症状の有無や経過,被爆後の行動やその後の生活状況,疾病等の具体的症状や発症に至る経緯,健康診断や検診の結果,治療状況等を全体的・総合的に把握し,これらの事実と,放射線被曝による人体への影響に関する統計学的,疫学的知見等を慎重に検討し,総合考慮の上で全体としての被曝線量の評価を行うのが相当というべきである。
b しかるところ,前記認定のX8の入市後の行動経過,活動内容等にかんがみると,X8は,爆心地付近の誘導放射化した土壌による残留放射線の被曝に加えて,多量の塵埃の吸入,飲食物の摂取さらには放射性物質の身体への付着等により誘導放射化した物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も十分考えられるところである。
のみならず,X8は,前認定のとおり,広島市内での遺体処理作業を終えてq町に戻ったころから,水便様の激しい下痢が10日間くらい続き,その後も,1か月くらい下痢の傾向が続いたのみならず,X8の所属した分遣隊の他の隊員らもそのほとんどがq町に戻って以降激しい下痢を起こしたほか,X8の所属していた分遣隊で行動を共にしていた隊長がそのころ頭髪が抜け出して急死した事実が窺われるのである。そして,この状況は,争点①で示した広島市司令部隷下の暁部隊の状況と酷似しているということができる。
1審被告らは,放射線に起因する下痢は血性の下痢が特徴であることやX8の推定被曝線量等からみてX8の下痢は原爆放射線による被曝と無関係である可能性が高いと主張するが,X8の下痢の発症時期,症状の内容,推移,分遣隊の他の隊員らが同時期に同様の下痢に見舞われていること等の上記認定事実に,X8が原爆投下前は健康体であったのが,復員後,疲れやすく,下痢を起こしたり風邪をひいたりすることも多くなったことなど,被爆の前後でX8の健康状態に質的な変化がみられることをも併せ考えると,入市後にX8に発生した下痢の症状は,衛生状態等に起因する面を否定することはできないにしても,放射線被曝に影響されたところが少なくないとみるのが自然である。
c 以上のようなX8の被爆後の行動経過,活動内容,急性症状の発症に加えて,前記認定のX8の被爆後の生活状況,病歴等をも併せ考えると,X8の原爆放射線による被曝線量は5cGy程度といった小さなものではなかった可能性が高いものとみるのが合理的である。
(ウ)a ところで,X8の原爆症認定対象疾病は,貧血であるが,前記認定のX8の治療経過,すなわち,平成9年6月にヘマトクリット,ヘモグロビン等の検査値がいずれも基準値より低値を示して小球性色素性貧血と診断されたが,鉄剤の投薬治療により症状が改善し,鉄剤の投与が中止されたこと,その後の平成14年6月に再度小球性色素性貧血と診断されて鉄剤の投与が再開されたころ,徐々に改善して,平成17年5月にはすべての値が基準値内を示すに至ったことにかんがみると,X8の貧血に鉄欠乏が関与していることは否定できない。
しかしながら,先にみたとおり,鉄欠乏性貧血は,ヘモグロビン合成に必須である鉄の不足によって生じる低色素性貧血であり,鉄欠亡状態を反映する所見としては,① 血清鉄(Fe)の低下,② 飽和鉄結合能(TIBC)の増加,③ 貯蔵鉄を反映する血清フェリチン値の低下が必須であるとされているところ,X8については,W市民病院での7回の血液検査の結果,①は低下4回,正常3回,②(UIBC+Fe=TIBC<基準値240~430。ただし,刈米重夫「日本臨床」による。>)はすべて基準値内(2回)か低値(5回),③は低下2回,上昇2回,正常3回であり,上記3要件を同時に満たしたことはなく,典型的な鉄欠乏性貧血の所見とはなっていない。また,X8には,鉄の供給不足や吸収障害の原因として一般に指摘されているような原因が見当たらない。
b ところで,放射線被曝により生じた骨髄障害の結果として貧血が発症することは一般的に承認されており,こうした骨髄機能不全による貧血については最も感受性の強いリンパ球が50cGyの放射線を受けると,被曝後早期に末梢血リンパ球が低下するとされているところ,X8の被曝線量は骨髄が障害を受ける線量には達していない公算が高く,また骨髄機能不全による貧血の場合,すべての血球成分が減少する汎血球減少が特徴とされているところ,X8の血球像上,血小板が減少したことはなく,白血球についても昭和32年ころに一時白血球減少症との診断を受けたことはあるものの,その後の検査結果には表れていないのであって,典型的な骨髄機能不全による貧血の像も示しているとはいい難い。
c しかるところ,前記認定事実によれば,X8は,既に昭和30年ころから貧血の診断がされて5年以上投薬治療を受け,その後の平成2年ころ,採血検査の結果貧血と診断され,服薬を続け,さらには平成9年以降,貧血の診断を受け,平成17年に至るまで鉄分増強剤(Fe剤)の投薬治療を受けるなど,昭和30年ころから平成17年までの間,断続的に貧血の診断を受けているところ,原爆投下以前にX8に貧血の症状が存在したことを窺わせる証拠は見当たらない。一方,前記のとおりX8は,徴用,応召の前後を通じて,同じ艀の仕事に従事し,艀内生活を営み,しかも,その労働は一般的に相応の肉体的負荷を与えるものと推認されるところ,徴用,応召前は健康体であったのが,復員後は,疲れやすく,下痢を起こしたり風邪をひいたりすることも多くなり,徴用,応召の前後で体調に断然の差があった(原審X8本人)というのであって,被爆の前後でX8の健康状態に質的な変化がみられるのであり,前記認定のようなX8の徴用工としての業務や軍務の内容等からして,徴用,応召後の業務や軍務がX8の上記のような健康状態の変化を来したとは考え難く,また,それが専ら心因性やストレスによるものであるとも考え難い。
そうとすれば,X8の貧血が臨床学的には骨髄機能不全による貧血と判定することができないにしても,X8にみられる貧血の症状は,その態様,経過等からみて,原爆投下後に広島市内に滞在したことの影響もあって発症したものと推認しうるというべきである。
d さらに前掲ア(イ)掲記の文献c及びdによれば,原爆被爆者のなかに鉄欠乏性貧血や原因不明の正色素性貧血が見られることが報告されていることや,文献eが,貧血の有病率が他の集団に比べて高いことが被爆者集団の特性の一つとして考えられると指摘していることからすれば,X8は,被爆者の遺体処理を通じてその遺体に付着していた放射能物質を吸入した結果,それが,骨髄(造血)機能に重大な障害をきたしたかどうかはともかくとして,大きな要因として働いて,X8の貧血を発症させたものとみるのが相当である。
(エ) 以上に加えて,前記のとおり,X8らとその行動経過,行動範囲及び任務遂行状況が酷似している暁部隊を対象とするアンケート調査の結果において,調査時点(昭和44年)の身体の具合として白血球減少が23人,貧血が15人であったとされていること,X8は,昭和61年ころ動脈硬化性血管閉塞症を発症し,また,心不全(狭心症),高血圧症の診断を受けているというのであり,これらの疾病については,放影研の最近の疫学調査等において原爆放射線による被曝との有意な関係が示されていること等からすれば,X8に発症した貧血の症状については,原爆放射線による被曝との関係を相当強く推認させるものというべきである。
(オ) 以上のような諸事情を総合的にみれば,X8の貧血は,鉄分不足などの他要因が関与していることが窺えるものの,原爆放射線被曝も相当程度影響して,発症しあるいはそれにより進行を促進された可能性も少なからずあるとみるのが合理的かつ自然というべきであるから,X8の上記疾患について,放射線起因性を肯定するのが相当である。
(3) X8の原爆症認定対象疾病の要医療性
前記認定事実によれば,X8は,平成14年に貧血の診断を受けて以来,平成17年に至るまで増強剤(Fe剤)の投薬治療を受けていたというのであるから,X8の貧血について要医療性を認めることができる。
(4) 結論
以上のとおり,X8は,本件X8却下処分当時,原爆症認定対象疾病である貧血について放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件X8却下処分は違法というべきである。
10 X9の原爆症認定要件該当性について
(1) 認定事実
ア 被爆状況等(甲A121,甲J1,乙J1,3,5,原審X9本人)
(ア) 被爆前の生活状況
X9は,昭和2年*月*日生まれの女性であり,昭和19年4月ころ女子挺身隊員に動員され,C兵器重工業株式会社**工場に配属され,女子工員として魚雷のねじを製造する業務に従事し,長崎市d郷(現e町)にあったC兵器e女子寮(木造2階建建物。以下「e女子寮」という。)に入寮(1階)していた。そして,昭和20年8月当時,X9は,満17歳であり,日勤と夜勤とを交代で行う勤務に就いていた。
(イ) 被爆状況
X9は,昭和20年8月9日朝,夜勤明けであったため,爆心地から約2.1kmの距離にある上記女子寮2階の日勤者の部屋に入り込んで友人と3人で熟睡していたところ,午前11時2分,原爆が投下されて被爆した。爆風によりe女子寮は倒壊し,X9は,倒壊した建物の下敷きとなったが,自力で脱出し,近くにあったC兵器トンネル工場に避難した。同工場には重傷者も含めて多数の被爆者が避難してきており,X9も爆風による窓ガラスの破片を身体中に浴び,右手の甲・手首,顎,左膝の内側等にガラス片が刺さり,また,全身に切り傷を負っていた。e女子寮はその後焼失し,下敷きになって逃げられなかった者は焼死した。
X9は,同日夕刻,空襲警報が解除になったのでe女子寮跡まで歩いて戻ったが,焼跡には大火傷を負ったりして生死も定かでない大勢の寮生がいた。その後,汽車に乗るよう言われ,e女子寮から歩いて,田の中で汽車を止めてもらい,汽車に乗り,指示された駅で降車し,そこからトラックの荷台に乗せられて山の上の方にある寺まで連れて行かれた。汽車にも避難先の寺にも多くの重傷者がいた。
(ウ) 被爆後の行動
a X9は,被爆当日収容された寺に昭和20年8月18日ころまでとどまり,被爆から数日後,軍医により体に突き刺さったガラス片の除去及び手当を受けたが,傷口から膿が出てなかなか止まらず,傷口もなかなかふさがらなかった。
b X9は,同月18日ころ,e女子寮跡に戻り,そこで道ノ尾の仮の女子寮へ行くよう指示されて道ノ尾まで行き,その後,口之津の義理の兄を頼り,2,3日過ごした後,仮の女子寮に戻り,友人の親戚を頼って*******へ行き,その2,3日後,***にいた姉を捜し当て,姉のもとに約1か月間滞在した後,出身地の****に戻った。
(なお,X9の原爆症認定申請に係る申請書別紙<乙J1>の被爆状況に関する記載のうち上記認定に反する部分,特に被爆当日に西山町まで歩いたとの部分は,甲J3,乙J3及び原審X9本人尋問の結果に照らし,採用することができない。)
イ 急性症状等(甲J1,原審X9本人)
(ア) X9は,被爆後寺に収容されていたころから約10日くらいの間下痢の症状が続いた。
(イ) X9は,被爆後,歯茎からの出血が数か月続いた。また,身体をぶつけたりすると容易に皮下出血を起こすようになったが,脱毛はみられなかった。
(ウ) X9は,被爆後,倦怠感,疲労感を覚えるようになり,胃の調子が悪かったり,貧血気味の症状がみられたりした。
ウ その後の生活状況等(甲J1,乙J3,4,原審X9本人,調査嘱託<X病院>回答)
(ア) 生活状況について
X9は,****で出生し,高等小学校を出た後,女子挺身隊に動員されるまで,大島紬の機織り工場で働いていたが,被爆前は健康体であり,長崎市で女子工員として働いていた間も,一度も欠勤したことがなかった。また,X9に喫煙歴はない。
(イ) 被爆後の生活状況及び健康状態
a X9は,****に戻った後,昭和24年ころ結婚し,2男1女をもうけた後,昭和33年ころ**市**区に転居した。X9は転居後働きに出た。
b X9は,昭和42年1月,被爆者健康手帳の交付申請をし,その交付を受けた。
c X9は,昭和43年ころ同市**区に,昭和45年ころ**に,平成10年秋**市*区に,それぞれ転居した。
(ウ) 被爆後の病歴等
a X9は,昭和35,6年ころ,眼科を受診して翼状片の診断を受け,昭和50年ころ,**区の市民病院で両眼の手術を受けた。
b X9は,昭和43年に**市**区に転居して間もなくのころから,風邪をこじらせては肺炎を起こしたり,気管支喘息の発作を起こしたりするようになり,平成7年ころから喘息の発作を起こしては入院を繰り返すようになった。また,胃の調子がすぐれない状態も続いた。さらに,**市に来た直後ころから徐々に歯が減り,**市**区に転居後,歯科に通院して抜歯し,40歳代前半で入れ歯になった。
c X9は,平成10年に**市*区に転居してまもなく,体調不調を感じて社会保険X病院(以下「X病院」という。)で受診したところ,肺がん(腺がん)と診断され,平成11年2月,入院して摘出手術を受け,退院後,通院して約25回放射線治療を受けた。なお,X9は,摘出手術の後,声が出なくなって喉の手術を受けている。
d X9は,平成14年1月,X病院において,両眼について白内障(右眼に後嚢下混濁が認められた。)と診断され,もっぱらカリーユニ点眼薬(初期老人性白内障に適用があり,放射線白内障には使用されないとされている。)の投与を受けてきたが,平成15年12月右白内障について手術を受けた。左眼については引続き白内障点眼薬で治療を継続している。
e X9は,平成14年5月ころ,がんが脳に転移している(転移性脳腫瘍)と診断されたため,**市の病院においてガンマナイフ(放射線療法)を受けた。
f X9は,現在,X病院に定期的に通院してMRI検査等を受けているほか,呼吸器科に通院して喘息の治療を受けており,また,眼科,咽喉科,整形外科,神経科にも通院している。
g X9の親族の中にがんを発症した者はいない。
エ X9の原爆症認定対象疾病
X9の原爆症認定申請に係る申請書(乙J1)及び医師の意見書(乙J4)等によれば,X9の原爆症認定申請に係る疾病は,肺がん及び転移性脳腫瘍であると認められる。
(2) 原爆症認定対象疾病の放射線起因性
ア 医学的・疫学的知見
(ア) 肺がん一般(乙A180)
肺がんは,気管,気管支,肺胞の細胞が正常の機能を失い,無秩序に増えることにより発生するが,細胞がなぜがん化するのかはまだ十分に判っていない。肺がんの罹患率は,40歳代後半から増加し始め,高齢ほど高くなる。罹患率と死亡率は男性が女性の3~4倍にのぼる。肺がんは,小細胞がんと非小細胞がんに大別され,後者はさらに腺がん,扁平上皮がん,大細胞がん,腺扁平上皮がんなどの組織型に分類されるが,我が国で最も発生頻度が高いのは,腺がんで,女性の肺がんの70%以上を占める。肺がんのリスク要因を考える上で,喫煙習慣を切り離して考えることはできないが,非喫煙者に対する喫煙者の肺がんのリスクは,偏平上皮がんについては女性で11倍であるのに対し,腺がんでは女性で1.4倍にすぎず,大きな違いがある。また我が国での喫煙起因の肺がんは女性では18%程度と推計されている。その他に受動喫煙,アスベスト,シリカ,砒素,クロム,コールタール,放射線,ディーゼル排ガスの曝露等も肺がんのリスク要因として考えられる。
(イ) 肺がんと放射線との関係
a 人体影響1992(乙A9・58頁)
原爆投下後10年経過したころから死亡診断書,腫瘍統計,臨床統計,剖検によっても,被爆者は非被爆者に比して肺がん発生の危険性の高いことが指摘されている。被爆者肺がんの組織学的特徴をみると,1970年ころまでの報告は非被爆者に比して小細胞性末分化がん,扁平上皮がんの頻度が高く,1970年以後の報告では扁平上皮がんが減少し腺がんが多く発生しており,その傾向は近距離被爆者に著明のようである。この組織型頻度の変化した理由は今のところ不明であり,今後の検討にゆだねたい。
b 寿命調査第10報第1部(乙A7・18頁)
肺がんによる死亡は放射線と非常に有意な関連を示している。
c 寿命調査第12報第1部(乙A3)
肺がんでは被爆時年齢の影響の傾向が他の部位にみられるものとは反対の方向であるが(10年ごとに26%の減少。31・32頁),過剰相対リスクは男性で0.33,女性で0.75であった(34・35頁)。
d がん発生率調査第2部(乙A4)
がんが最もよくみられる3部位(胃,肺及び肝)は,リスクの尺度として相対リスク及び絶対リスクのいずれを用いてもすべて放射線との有意な関連を示した。女性の方が放射線誘発の呼吸器系のがんのリスクが高かったが,それはほとんどが肺がんにみられるパターンのためであった。また,女性に肺がん及び食道がんでもリスクが増大している傾向がわずかであるがみられた。これらのがんのバックグラウンド発生率は男性で大きくおそらく喫煙,飲酒のためであると思われる(以上20頁)。また,気管,気管支及び肺の1Sv当たりの過剰相対リスクは0.95(95%信頼限界で0.60~1.4),寄与リスクは18.9%(同12.5%~26.0%)である(23頁)。
e 寿命調査第13報(甲A112の19)
肺がん死亡例は1264例であり,このうち754例の被曝線量は5mSv以上である。このうち約100例が原爆放射線被曝に関連していると推定され(24頁),被爆時年齢30歳の男性の過剰相対リスクは0.48(90%信頼区間で0.23~0.78),寄与リスクは9.7%(同4.9~15%),女性のそれらは1.1(同0.68~1.6),16%(同10%~22%)である(43・44頁)。
f 「原爆被爆者の肺癌検診―女性肺癌症例についての検討」(田中学ほか,広島医学49巻3号,1996年3月)(甲J3の6)
1982年から1993年の12年間に広島原対協健康管理増進センターの肺がん検診によって発見された原発性肺がん126例を女性被爆者肺がん48例と男性被爆者肺がん78例に分けて両群間で各臨床病理学的因子についての比較検討を行ったところ,被爆状況別では,女性では特に差は認められなかったが,男性では,入市・その他が48%と多い傾向をみせ,組織型は男女ともに腺がんが最も多く,女性では73%を占めた。女性の喫煙率は15%と男性の81%に比して有意に低率であった。予後の検討では,女性被爆者の肺がん患者の5年生存率は52%で,男性の25%に比して有意に良好であり,2.0km以内の被爆者に限ってみても有意差を認めた。
(ウ) 本件関係医師等の放射線起因性についての意見(白内障を含む。)
a I診療所医師郷地秀夫作成の意見書(乙J4)
X9は長崎爆心地から約2km,木造家屋内にて被爆し,倒壊した家屋の下敷きになりながらも,奇跡的に助かり自ら脱出した。四肢はガラス片にて血だらけ,その後,周辺にしばらくとどまって,後に避難した。下痢,出血傾向,傷の化膿,ふらつき,倦怠感などの原爆放射能による急性期症状及び脱毛などの亜急性症状を認めているところから相当量の放射能に被曝したと考えられる。
一方,肺がんは放医研の研究でも腺がんを中心に被爆者に優位の差で多発していることが報告されている。
X9も腺がんであり,原爆による影響が大きいと考えられる。
b 3医師意見書(甲J2)及び証人郷地秀夫<⑮-52~56頁>
X9は,爆心地から約2kmの木造の女子寮で被爆し,倒壊建物の下敷きになり,奇跡的に一命を取りとめたものの全身にガラス片がささり,血だらけ状態になったこと,その後傷が化膿して膿がなかなか止まらず,下痢や倦怠感などの放射線の急性期症状がみられたほか,歯茎からの出血,倦怠感,ふらつき,内出血傾向があったことからして相当量の原爆放射線を被曝したと考えられる。
X9は,その後も体調がすぐれないまま肺炎,気管支喘息,白内障等に罹患するなどし,平成10年肺がんを発症させたところ,肺がんについては,ウラニウム鉱山で働く鉱夫に肺がんが多発したことで知られているほか,原爆放射線により肺がんが多発していることは肺がん死亡者の剖検例からも明らかであるから,X9の肺がん及び転移性脳腫瘍については,原爆放射線に起因していると考えられる。
c X病院眼科医師****(調査嘱託回答)
X9の白内障は,放射線性又は老人性,又は両方が原因と思われる。併発白内障を起こす疾病はないし,糖尿病もない。
d 佐々木康人及び草間朋子作成の意見書(乙J7)
X9の被曝線量(初期放射線による被曝線量は6.3cGyと推定される。審査の際の推定被曝線量は6.2cGy)から,肺がんの原因確率(別表6-2)を求めると5.6%(審査の際には5.5%)にすぎないから,X9の肺がん及び転移性脳腫瘍は原爆放射線以外の原因で発症した可能性が高い。原爆による内部被曝線量はわずか0.01cGyであるから,それによって肺がんを生じた可能性は考えられない。申請疾病でない白内障にしても内部被曝で水晶体が被曝することはない(X9が発症した白内障は,その発症時期,水晶体混濁の所見からみて,老人性白内障であることは明らかである。)。肺がんは,女性の死亡数では2番目に多い(その中でも腺がんが最も多い)ところ,X9が肺がんと診断されたときには既に70歳であったことからして,X9に喫煙歴がないからといって,その原因が原爆放射線であるということにはならない。被爆後に見られた急性症状は被曝の急性症状とは考えられない。これらの事実からして,X9の肺がん及び転移性脳腫瘍に放射線起因性を認めることはできない。
イ 放射線起因性の検討
(ア) 前記認定事実によれば,X9は,爆心地からの距離が約2.1kmの木造建物において被爆したところ,遮蔽なしとした場合の初期放射線による被曝線量(空気中カーマ線量)は,DS86によれば8.83cGy,DS02によれば9.49cGyと推定されることになり(乙A46),透過係数を0.7とすれば,6.18~6.64cGyとなる。
一方,肺がんについては,放射線量の如何をとわずその影響があるとされる確率的影響の疾患であるところ,申請疾病,申請者の性別の区分に応じて適用される別表(審査の方針別表6-2)により,原因確率を求めると,X9の肺がんの原因確率は,5.5%にとどまり,審査の方針の目安となる10%に達しないことになる(認定審査会の答申 線量目安6.2Gy,原因確率5.5%。乙J6)。
(イ)a しかしながら,先に判断したとおり,DS86やDS02の初期放射線の計算値は爆心地から1300m以遠においては過少に推定されている可能性があること,X9の被爆状況(就寝中に直爆を受け,倒壊建物の下敷きとなり,瓦礫の中を自力で這い出たこと,全身に傷害を負ったこと)や被爆後の行動(避難場所や移動中の汽車の中等での重傷被爆者との接触)等にかんがみると,放射性降下物等による残留放射線の被曝や飲食物の摂取又は負傷した部位等から誘導放射化した物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も十分考えられ,X9の被曝量の総計は,上記推定された被曝線量をかなり超えた,相当多量であったと考える余地は十分にあるといわざるを得ない(なお,1審被告らの主張するとおり,X9が被爆後爆心地付近又は西山地区ないしその周辺地域にいたことを認めるに足りる証拠はないが,原爆の爆発による核分裂生成物の生成,輸送,降下及び沈着に至る過程及び機序等にかんがみると,長崎における西山地区以外の地域には原爆による未分裂のプルトニウムや核分裂生成物等の降下がなかったとするのはかえって不自然,不合理である上,広島においては,己斐,高須地区以外の地域において放射性降下物が存在した事実を裏付ける調査結果が存在しているところからして,長崎においても,西山地区以外の地域に放射性降下物が存在した可能性を否定することはできないのであって,審査の方針の定める別表10その他の基準を機械的に適用することに疑問があることは先に詳述したとおりである。)
b また,長崎においても,爆心地から2km以遠の遠距離被爆者について一定割合で脱毛,紫斑などといった放射線の急性症状として説明可能な症状が生じたとする調査結果が多数存在しており,これらの症状は少なくともその相当部分については放射線の影響を受けた急性症状であるとみるのが自然であることは,前記認定のとおりであるところ,X9においても,被爆後,脱毛はみられなかったものの,被爆から数日後,約10日間位下痢の症状が続き,また,被爆後,歯茎からの出血が数か月続き,さらに,身体をぶつけたりすると容易に皮下出血を起こすようになったといった放射線被曝による急性症状としても説明が可能な症状を発現しているところ,X9が被爆前は健康体であったのが,被爆後,倦怠感,疲労感を覚えるようになり,胃の調子が悪いなど,体調不良を来すようになったというのであり,被爆の前後でX9の健康状態に質的な変化がみられることをも併せ考えると,これら症状は放射線被曝の影響による急性症状の側面があることを否定することはできず,そうとすれば,X9が健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けた可能性は十分あるものと認めるのが相当である(1審被告らは,X9の下痢が放射線被曝による下痢の特徴を備えていないなどと主張するが,一部理由はあるとはいえ,全面的には採用できないことは先に判示したとおりである。)。
(ウ) ところで,X9の原爆症認定申請に係る疾病は肺がん及び転移性脳腫瘍であるところ,転移性能腫瘍とは,肺がんなど脳以外の悪性腫瘍が脳に転移して発症する悪性腫瘍であるから,X9の原爆症認定対象疾病の放射線起因性は,肺がんについて検討すれば足りるというべきである。
しかるところ,前記認定事実によれば,肺がんは,放射線被曝との間に非常に有意な関係が認められ,その過剰相対リスクも低いものではなく,しかも,女性の方が放射線誘発の呼吸器系のがんのリスクが高いなどとされている一方で,X9に喫煙歴はなく,また,X9の親族の中にがんを発症した者はいないというのであるから,被曝線量の点をさておけば,X9に発症した肺がんは原爆放射線による被曝に起因するものとみても決して不自然ではないというべきである。
(エ) また,前記認定事実によれば,X9は,平成14年1月に両眼について白内障との確定診断を受け,点眼治療を続けていたところ,平成15年12月に手術を受けたことが認められる。放射線白内障は,一般にしきい値のある疾病であるとされているが,原爆被爆者の放射線被曝と遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められ,また,白内障にしきい値は存在しないと考えられるという統計分析報告も存在することは,X1の項で検討したとおりである。そうだとすれば,X9の白内障が放射線に起因するものか老人性によるものか確定判断はもとよりできない(カリーユニ点眼薬の使用から老人性と断定できず,後嚢下混濁があるからといって当然に放射線起因性があるとはいえない。)が,放射線と関連する余地があることを否定することはできない。
(オ) 以上の諸事情を総合的に判断すれば,X9の肺がんは,加齢等の他要因の関与を完全には否定できないものの,原爆放射線被曝もその発症に相当程度影響しているとみるべきであって,放射線起因性を肯定するのが相当である。
(3) X9の原爆症認定対象疾病の要医療性
前記認定事実によれば,X9は,平成14年5月ころ,転移性脳腫瘍の診断を受け,ガンマナイフ放射線治療を受け,現在,がんの転移,再発の危険があり定期的に通院してMRI検査等を受けているというのであるから,X9の原爆症認定対象疾病である肺がん及び転移性脳腫瘍について要医療性を認めることができる。
(4) 結論
以上のとおり,X9は,本件X9却下処分当時,原爆症認定対象疾病である肺がん及び転移性脳腫瘍について放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件X9却下処分は違法というべきである。
第61審被告国に対する国家賠償請求の成否(争点③)について
1 本件各却下処分の違法と国家賠償法1条1項の違法性
(1) 当裁判所は,前記第5において説示したとおり,1審原告らの原爆症認定申請に対して各申請疾患にいずれも放射線起因性はないとした1審被告厚生労働大臣の本件各却下処分はいずれも原爆症認定要件の一つである放射線起因性の有無に関する判断を誤ったため違法であり,取消しを免れないものと判断した。
しかしながら,このように行政機関が行った行政処分が,前提事実の誤認や処分要件を欠くため違法と判断されて,当該処分が取り消され,これによって仮に申請者の権利ないし利益を害するところがあったとしても,そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったと評価すべきものではなく,当該行政機関が資料を収集し,これに基づき前提事実及び処分要件を認定・判断する上において,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と行政処分をしたと認められるような事情がある場合に限り,違法の評価を受けるものと解するのが相当である(最高裁平成元年(オ)第930号,第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁参照)。
(2) 前記第2章第2基礎的事実2(4)及び弁論の全趣旨によれば,本件各却下処分のうち,X5(平成11年12月28日付け)及び同X7(平成11年6月23日付け)に対する各却下処分は,厚生大臣が,医療審議会の意見を聴いた上,行ったものであるところ,同審議会における審査は,平成6年9月19日付けの認定基準(内規)に基づいて行われたこと,X5及び同X7以外の1審原告らに対する各却下処分は,1審被告厚生労働大臣が,認定審査会の意見を聴いた上,行ったものであるところ,同審査会における各審査は,平成13年5月25日付けの審査の方針に基づいて行われたことが認められる。もっとも,X5及び同X7に係る各異議申立手続における認定審査会における各審査は,審査の方針が平成13年5月に作成されたことに伴いこれに基づいて行われたものと推認される。
以上によれば,本件各却下処分が国家賠償法上違法であると評価しうるかどうかは,被爆者援護法11条1項に基づく認定に関する権限を有する厚生労働大臣が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該却下処分をしたと認め得るような事情があったかどうかにかかることになる。
2 行政手続法5条1項違反の主張(手続的違法―その1)について
(1) 行政手続法5条1項は,行政庁に対し許認可等の判断をするために必要な審査基準を定めることを要求しているところ,国は,原爆症認定の判断に使用された審査の方針は上記の審査基準ではないこと,本件各却下処分をなす際に法の要求する審査基準を設けてはいなかったことをいずれも自認している。
(2) ところで,上記条項が行政庁に対して審査基準の設定を義務づけている趣旨は,行政庁による法令の解釈・適用に際しての裁量行使を公正なものとし,行政過程の透明性の向上を図ろうとするものであり,あわせて処分の申請人にとって行政庁の応答についての予測可能性を高めることにより,申請人が手続上受けるべき権利利益の保護にも配慮したものと解される。そして,同条2項は,これに加えて,審査基準を設定するに当たっては,許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならないと規定しているので,仮に,当該許認可等の申請に関わる申請人の権利利益の性質や許認可申請の実態に即応した形で具体化が図れるのであれば,行政庁としても,上記趣旨に沿うよう極力具体化に努めるべきものではある。
しかしながら,一方で,当該許認可に係る法令の定めが十分に具体的で,審査基準が法令の定めに尽くされているのであれば,それに加えて新たな基準を作る必要はないし,逆に当該許認可等の性質上,常に個々の申請について個別具体的事情に逐一踏み込んで判断をせざるえないのであれば,法令の定め以上に具体的基準を定立するのは困難といわざるを得ないから,そのような場合は,審査基準を定めることを要しないと解するのが相当である。
(3) 被爆者援護法11条1項に規定する原爆症認定の申請がなされた場合,同認定に関する権限を有する厚生労働大臣は,その申請者の申請に係る疾病が被爆者援護法10条1項所定の放射線起因性及び要医療性を充足しているかどうかを判断しなければならないところ,その判断は,これまで詳細に検討してきたとおり,各申請者の被爆状況,急性症状等の有無又はその内容,その後の症状の経過等について認定された事実を前提にした上,当該申請疾病,特に同疾病と放射線との関係についての医学的知見や疫学的知見などを踏まえた高度の科学的・専門的なもので,その性質上,個々の申請について個別具体的な判断をせざるを得ないものであって,同条項の規定以上に具体的な基準を定めることは困難であると認められるから,同法11条1項の原爆症認定については審査基準を定めていなくとも,これを違法とすることはできない。
3 行政手続法8条1,2項違反の主張(手続的違法―その2)について
(1) 1審原告らは,本件各却下処分の通知には実質的な理由は全く明らかにされず,ほとんど定型的な文言,それも「認定審査会の審議の結果,原爆症とは認定しない」という結論のみであって,同審査会においていかなる事実を前提に,いかなる議論がなされて,認定却下という処分に至ったかについては全く記載されていないから,処分に具体的理由を要求した行政手続法に違反する旨主張する。
(2) 行政手続法8条1項本文が,許認可等の申請に対して行政庁が拒否処分をする場合に,処分理由を申請者に対して示すことを義務づけている趣旨は,① 行政庁に慎重・合理的な判断を要求してその恣意を抑制する,② 処分の理由を申請者に知らせて不服申立てないし争訟提起のために便宜を図ることにあると解される。そうとすれば,処分行政庁が申請者に示すべき理由の内容及び程度は,当該拒否処分がいかなる事実に基づいて,いかなる法的理由で行われたかを申請者において了知し得るものであることを要すると解するのが相当である(最高裁昭和60年1月22日第三小法廷判決・民集39巻1号1頁)。
(3) 1審被告厚生労働大臣の本件各却下処分(ただし,X1を除く。以下同じ。同原告については後述する。)の通知書(乙C~Fの各2,Gの4,H~Jの各2)には,原爆症認定を受けるため必要とされる被爆者援護法10条1項の要件が具体的に摘示された上,認定審査会において,各申請書類に基づき,本件被爆者らの被爆状況が検討され,各被爆者の申請に係る疾病の種類に応じ,これががん等放射線との関連が相応に肯定される疾患の場合には(X3,同X4,同X9),申請疾病の原因確率を求め,この原因確率を目安としつつ,そうでない場合には(X2,同X6,同X7,同X8),原因確率に触れることなく(なお,X5の申請疾患は喉頭腫瘍であり,原因確率も求められているが,通知書には原因確率に関する記載がない。),これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,当該疾病については,いずれも放射線起因性を欠くものと判断され,このような認定審査会の意見を受けて,却下処分を行った旨が記載されている。
通知書の上記記載自体によって,X1を除く本件被爆者らは,本件各却下処分に係る申請について,認定審査会において,同被爆者らの被爆状況を踏まえて総合的に審議されたが,同法10条1項所定の放射線起因性を欠くと判断されたこと,1審被告厚生労働大臣は,この意見を受けて本件各却下処分を行ったことを認識し得るものと認められる。そうすると,本件各却下処分の通知書の記載は,これらの処分がいかなる事実に基づいて,いかなる法的理由で行われたかが本件被爆者らにおいて了知し得るものであるということができるから,行政手続法8条1項本文の要請を充たしているということができる。
したがって,本件各却下処分は,行政手続法8条1項及び2項に違反したものということはできず,そうである以上,国家賠償法1条1項にいう違法があったとはいえないことが明らかであるから,1審原告らの上記主張は採用できない。
(4) X1の原爆症認定申請については,前認定のとおり,1審被告厚生労働大臣から諮問を受けた認定審査会において,同原告の申請に係る疾病は原爆の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原爆の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていないという答申を受けて,本件X1却下処分がされたにもかかわらず,その通知書においては,認定審査会において放射線に起因するものと判断されたが,現に医療を要する状態にはないものと判断されたため,上記の意見を受けて,同原告の原爆症認定申請を却下する旨,その処分理由が誤って記載されていたものである。
そして,証拠(乙3)及び弁論の全趣旨によれば,X1は,上記通知書の処分理由を前提として,申請疾患について要治療性があるとして異議を申し立てたのに対し,1審被告厚生労働大臣は何らの決定をしなかったため,同原告は本件訴訟を提起したところ,1審被告厚生労働大臣は,本件訴訟において,上記通知書の記載理由が誤っていたことを認め,却下理由を訂正したものである。
原爆症認定という被爆者にとって重大な申請について,その処分理由用紙を誤って申請被爆者に送付するということは,前にも述べたとおり,軽率のそしりを免れないし,X1は,1審被告らの誤った対応により,異議申立書手続等で申請疾患の要医療性についての主張を余儀なくされたものであり,この点において,1審被告厚生労働大臣は,その職務上通常尽くすべき注意義務を怠って,同原告の処分理由の提示等に関する手続的利益を侵害したものとみる余地があるが,用紙の誤りがなかったとしても,同原告は,本件訴訟を提起し,要医療性を含めて主張立証を尽くす必要があったことに変わりはないことからして,当該行為の内容,態様,当該利益の内容,性質等に加えて,本訴において同原告の原爆症認定申請に対する却下処分(本件X1却下処分)が取り消されることをも併せ考えると,同原告に慰謝料をもって償うに足りる損害が生じているとまで認めることはできないというべきである。
4 審査の方針の機械的適用の違法性について
(1) 1審原告らは,松谷最高裁判決をはじめ,従来の判例が,DS86等に基づく推定線量としきい値によって放射線起因性を判断するという機械的運用を戒めたにもかかわらず,1審被告厚生労働大臣は,従前の運用を一切変えようとしなかったばかりか,松谷訴訟最高裁判決の結論と矛盾する原因確率に依拠した審査の方針を平成13年に導入し,原因確率以外の事情をほとんど考慮せず,もっぱら原因確率なる基準にしたがって却下処分を重ねているところ,このような,何ら改善されていない基準をあえて採用し続けたことによって,本件各却下処分を行ったことは,違法というほかない,と主張する。
(2) まず,X5及び同X7については,原爆症認定申請が,審査の方針が定められた平成13年以前の平成10年においてなされているところ,1審原告らの主張の趣旨からすると,これら1審原告両名についてもその審査が申請疾病の種類と被爆距離から形式的に判断したものであるとの非難も含まれているものと解される。
なるほど,証拠(甲A3,乙A17,乙F7,乙H11)及び弁論の全趣旨によれば,平成8年ないし平成11年当時の医療審議会においては,審議会は年に4~5回の頻度で開催され,各審議会において1日(5時間程度)当たり約70~80件くらいの原爆症認定申請について審議されていた事実が認められ,申請一件当たりの審議時間は数分にすぎないことが窺われる。しかしながら,証拠(甲A3,乙A17)によれば,審議会における審議に先立って,事務局(厚生省保健医療局企画課)において追加資料の提出を求めるなど必要な調査,検討を行って審議資料を収集,整理した上,委員において専門別に事前審査をするなどしており,追加資料の提出を求めている案件は全体の約20%~30%に及んでいた事実が認められるのであって,これらに照らすと,当時の原爆症認定申請に対する審査が疾病の種類及び被爆距離のみから形式的に行われていた事実を推認することはできず,他に同原告らの各原爆症認定申請についてこのような形式的な審査しか行われなかったことを認めるに足りる的確な証拠はない。
(3) X5・同X7を除くその余の1審原告らについて
前記のとおり,審査の方針における原爆放射線の被曝線量の算定(推定)基準が依拠しているDS86は,広島及び長崎各原爆の爆発による初期放射線の放出等の現象を,爆弾の構造及び爆発のメカニズムによる理論計算等により(広島),あるいは同型のプルトニウム原爆を用いた実験結果等に基づき(長崎),それぞれ近似的に再現して,原爆の各出力を推定したうえ,ソースターム,空中輸送等の算出計算についてコンピュータプログラムを駆使して,初期放射線量を推定したものであるところ,あくまでも机上計算を主とした近似的再現であるからそれ自体に内在する限界があることは否定できず,現実にも広島・長崎でみられた強烈な爆風や苛烈な熱線が引き起こした大気の変化などが十分に反映されたとはみられないこと,残留放射線の評価についても,原爆投下後かなりたってからの一定地域での測定を基礎として行われているものであって,原爆投下直後の放射線を大量に浴びた死者や重傷者を含む膨大な被爆者の存在,遺体の収容や負傷者の看護等の実態がシミュレーション上考慮された形跡がないことなどの問題点を含むものであること,その原因は明らかにされていないものの,その計算値が少なくとも爆心地からの距離が約1300m以遠において実測値より過小評価となっている可能性があることなどの課題を抱えているものであることは否定し難い。
しかしながら,DS86での計算値はその後におけるDS02の再検討でもほぼ同様の結果が示されている上,爆心地から約1300m以遠において実測値より過小評価となっている可能性があるとの問題点も,その差を絶対値としてみれば大きいものとはいえないこと,この線量推定方式が現実に国際社会において,原発などに関わる放射線防護の基礎として活用され,一定の機能を果たしていることなどからすれば,初期放射線による被曝線量を推定する方式としては,少なくとも現状においては他に例をみない精度を有した方式ということができるところ,これらに,残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量を加味してなされた被爆者の被曝線量の総量の算定も,一定レベルの正確性を有する線量推定方式であることを失わないし,一方,放影研の疫学調査に基づいて作成された原因確率及びしきい値も,当時得られた統計の分析結果や科学的知見に基づいて算出された寄与リスクを表すものとして,相応の合理性を有するものであることなどからすると,申請被爆者の原爆症認定に際して,申請者の原爆放射線の被曝線量を推定し,これを審査の方針の定める原因確率表に当てはめ,当該申請者の申請疾病の原因確率を算出した上,これを目安として,当該申請に係る疾病等の原爆放射線起因性に係る高度の蓋然性の有無を判断すること自体は,原爆症の認定申請が相当多数にのぼり,かつそのすべてが高齢の者からのものであることからして迅速処理が要請されることからすれば,全体として,これを合理性を欠くということはできない。
それに加えて,前記認定の事実によれば,審査の方針は,原因確率等が設けられている疾病については,原因確率が,① おおむね50%以上である場合には,当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定し,② おおむね10%未満である場合には,当該可能性が低いものと推定する,との方針を採用しており,その結果,原因確率が10%を超える者についてはほとんど放射線起因性が認定されていること(このような低い原因確率で認定している例は他に見あたらない。),さらに当該判断に当たっては,これらを機械的に適用して判断するものではなく,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で,判断を行うものとするとし,原因確率等が設けられていない疾病等に係る審査に当たっては,当該疾病等には,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても個別にその起因性を判断するものとする,と定め,原爆症認定に際して画一的,形式的処理を戒め,申請者の個別事情を総合的に判断するよう,指示している。
本件において,1審被告厚生労働大臣が,X5及び同X7を除く1審原告らの認定申請をいずれも却下したのは,被爆距離から推定される被曝線量あるいは原因確率等にこだわり,申請者それぞれの個別的事情を軽視したことによるきらいがないではないことは,本訴における応訴態度等からみて明らかであり,その結論は違法として取消しを免れなかったものではあるが,以上のような諸事情を総合的に判断すれば,1審被告厚生労働大臣が,X5及び同X7を除くその余の1審原告らの原爆症認定申請について,審査の方針の基準によって算定された原因確率に依拠したことを一概に不合理であるとまでは極め付けられないし,その適用についても,証拠(甲A136)及び弁論の全趣旨によれば,原爆症の認定審査に当たり,医療分科会において,広島,長崎の医療現場に携わっている医師を含む専門家から成る委員により,個々人の被爆状況及び申請に係る疾病の状況について詳細に検討し,個別的に客観的,科学的な判断を行っており,ほぼ毎月にわたり開催され,1回につき60~80件の答申をしていること,審査に当たっては,審査の方針に基づき,原因確率がおおむね10%未満である場合には当該可能性が低いものと推定して,原則的には却下という考え方で審議され,原則として,10%以上である場合には,既往歴あるいは環境因子などを総合的に勘案して,大体のところはまず認定という答申をし,ケロイドや循環器疾患など原因確率やしきい値が設けられていない様々な疾病については,個々人の既往歴や生活歴あるいは医師の意見書などを勘案しながら個別に判断しているというのであって,機械的に適用しているとの非難も当たらない。
そうだとすれば,1審原告らの原爆症認定申請に対する本件各却下処分が前記のとおりいずれも違法であるとしても,1審被告厚生労働大臣が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件各却下処分をしたということはできない。
5 結論
以上のとおりであるから,1審原告らの1審被告国に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。
第7結論
以上によれば,1審原告らの1審被告厚生労働大臣に対する本件各却下処分の取消請求は,いずれも理由があるから,これを認容すべきであるが,1審原告らの1審被告国に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は,いずれも理由がないから,これを棄却すべきである。
したがって,上記と同旨の原判決は相当であるから,1審被告厚生労働大臣及び1審原告らの各控訴はいずれも理由がない。
よって,本件各控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 森野俊彦 裁判官 森宏司)
<編注:『*』部分は原文のとおり。>