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大阪高等裁判所 平成18年(行コ)76号 判決 2007年5月30日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,Aに対し8万4000円及びこれに対する平成14年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員,Bに対し22万4000円及びこれに対する平成14年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員並びにCに対し12万6000円及びこれに対する平成14年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員の各支払を求める地方自治法243条の2第3項の規定による賠償の命令をせよ。

3  被控訴人は,Dに対し38万円及びこれに対する平成14年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員,Eに対し1万6000円及びこれに対する平成14年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員,Fに対し12万8000円及びこれに対する平成14年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員並びにGに対し8000円及びこれに対する平成14年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員の各支払を求める請求をせよ。

第2事案の概要

1  原判決「第2 事案の概要」記載のとおりであるから,「被告」を「脱退前被控訴人」と読み替えたうえで,これを引用する。

2  原審は,控訴人の請求につき一部を却下しその余を全て棄却したので,控訴人が第1記載の判決を求めて本件控訴に及んだ。

3  なお,H医療保健センターは平成18年12月31日解散し,その債権債務は大阪狭山市が承継したところ,これを受けて,平成19年2月16日本件第3回口頭弁論期日において脱退前被控訴人は本件訴訟を脱退し,被控訴人がその地位を承継した。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人の本訴請求のうち,① 医療保健センター監査委員に対する平成9年4月分から同13年3月分までの報酬の支給に関し地方自治法243条の2第3項の規定による賠償の命令をすることを求める部分及び不当利得返還の請求をすることを求める部分は不適法であり,② その余の部分はいずれも理由がないと判断するが,その理由は,以下の補正を加える以外は原判決「第3 争点に対する判断」記載のとおりであるから,「被告」を「脱退前被控訴人」と読み替え,かつ,以下の補正を加えたうえで,これを引用する。

(1)  原判決28頁4行目から同頁5行目にかけて「法令上議会に認めれている調査権(地方自治法100条1項)等にも照らすと,」とあるのを「法令上議会に認められている調査権(地方自治法100条1項)等にも照らすと,」と補正する。

(2)  原判決38頁10行目から同頁11行目にかけて「普通地方公共団体の議会から当該普通地方公共団体の事務に関する監査の請求があっときは,」とあるのを「普通地方公共団体の議会から当該普通地方公共団体の事務に関する監査の請求があったときは,」と補正する。

2  控訴人の控訴審における主張について

(1)  控訴人は,「地方自治法242条2項ただし書き所定の『正当な理由』の有無の判断に当たっては,当該普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的に見て当該行為の存在,内容を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかにより判断すべきであり,具体的な請求人の能力等を基準とすべきではなく,一般住民が知り得ない時期に当該監査請求人が当該行為の存在,内容を知っていたときは,その例外として,これを『知ったとき』がその起算点になると解すべきであるが,このような当該監査請求人が当該行為の存在,内容を『知ることができたとき』をその起算点にすべきではなく,当該監査請求人が当該行為の存在,内容を『知ることができた』ときから相当期間経過後に監査請求をした場合であっても,それだけで同項ただし書き所定の『正当な理由』がある場合に該当しないとはいえない。」旨主張する。

そこで検討するに,既に説示したとおり,地方自治法242条2項本文が住民監査請求のできる期間を当該行為のあった日又は終わった日から1年以内に限定した趣旨は,地方公共団体の執行機関,職員の財務会計上の行為は,たとえそれが違法,不当なものであったとしても,いつまでも住民監査請求ないし住民訴訟の対象になり得るものとしておくことが法的安定性を損ない好ましくないと考えられるためであると解されるところ,同項ただし書きは,その例外として,当該行為のあった日又は終わった日から1年を超えた時期であっても,「正当な理由」がある場合には当該監査請求をすることができる旨規定しているのである。同項本文の趣旨と同項ただし書きがその例外として位置づけられることから,同項ただし書き所定の「正当な理由」がある場合とは,当該監査請求人に当該行為があった日又は終わった日から1年以内に監査請求をすることを求めることが,当該監査請求人に対し不可能若しくは著しく困難なことを強いることになる場合に限定して解するのが相当である。けだし,それ以外の場合に広く同項本文の例外を認めることは,同項本文の趣旨を没却することになりかねないからである。

そうすると,一般住民が知り得ない時期に当該監査請求人が当該行為の存在,内容を「知っていたとき」は勿論,当該監査請求人が「知ることができた」場合にも,その時期から相当期間内に当該監査請求人に対し監査請求をすることを求めても,必ずしも不可能若しくは著しく困難なことを強いることになるとはいえないから,当該監査請求人が当該行為の存在,内容を「知ることができた」ときから相当期間経過後に監査請求をした場合は,同項ただし書き所定の「正当な理由」があるときには該当しないというべきである。

控訴人のここでの主張は採用しない。

(2)  次に控訴人は,「本件監査請求①は,医療保健センターの監査委員が違法な例月出納検査や長期間にわたり定期監査をしていなかったことを控訴人において『知ることができた』ときから相当期間内になされた。」等と主張する。

そこで検討するに,これまでの認定説示によると,控訴人は,平成14年8月14日本件監査請求①をしたこと,控訴人は,同13年10月12日に医療保健センター議会の議員に選出されたこと,地方自治法及び同法に基づく監査委員条例には,監査委員の職務,例月出納検査が毎月20日に,定期監査が毎会計年度に少なくとも1度行われるべきことや例月出納検査や定期監査の結果に関する報告を議会及び長にしなければならないこと,さらに同法のこれらに関する規定は同センターのような地方公共団体の組合に準用されていることが明記されていることが認められ,以上の認定事実によると,控訴人は,同センター議会の議員に選出された日以降は,同法及び同条例の諸規定の内容,即ち,同センターの監査委員の職務の内容について熟知していたことが推認できる。そして証拠(甲51,58,乙6の1ないし6,7の1ないし6,8,9,17)及び弁論の全趣旨によると,同センター議会の議事録には,例月出納検査や定期監査の結果報告に関する記載がないこと,同センターの監査委員は,脱退前被控訴人に対して例月出納検査の結果の報告書を提出し,同報告書には,例月出納検査が毎月20日に行われていたのではなく複数月をまとめた形で,即ち地方自治法や監査委員条例の諸規定に反する方法で行われていたことが明記されていること,同センターの事務局において,例月出納検査の実施状況や例月出納検査実施についての事務連絡表等の関係書類が備置されていたこと,控訴人は,同12年ころ大阪府南河内郡αで住民監査請求を行う市民グループ「I」を結成し,それ以降,監査請求や住民訴訟に携わっていたこと,したがって控訴人は,行政機関において,違法,不当な会計処理や公金支出をしたり,これを隠蔽する可能性があることを熟知していたことが認められる。

前段で認定した諸事情に,本件記録を精査しても,控訴人のような医療保健センター議会の議員が,同センター事務局に対して例月出納検査報告書等の書類の閲覧を請求した場合に同事務局がこれを拒否していたことや同センター議会に対して議会の議事録の閲覧を請求した場合に同議会がこれを拒否していたことを認めるに足りる証拠がないという事情を併せ考慮するとき,甲51によって認められる,控訴人が同センターの監査委員が例月出納検査を違法な方法でしていたのを現実に知ったのは平成14年8月11日であるということを勘案しても,控訴人が同センター議会の議員に選出されてから約10か月も経た後になされた本件監査請求①は,同センターの監査委員が違法な方法で例月出納検査をしていたり相当期間にわたって定期監査を懈怠していたことを控訴人において「知ることができた」ときから相当期間内になされたものであるとはいえない。

控訴人のここでの主張は失当である。

(3)  さらに控訴人は,「医療保健センターの監査委員が監査委員の職務の一部を履行していない場合,受任した当該年度につき,全部少なくとも一部について当該監査委員の報酬請求権は,発生していないと解すべきである。」等と主張する。

そこで検討するに,既に認定説示したとおり,医療保健センターの監査委員は非常勤の公務員であるから,その報酬を巡る法律関係について,民法の規定の適用の余地はなく,地方自治法及び同法に基づいて制定された条例によるべきものであると解されるところ,同法に基づいて制定された報酬条例は,同法(特に203条2項ただし書き)の趣旨に反するものではないと解されるうえ,同条例において,監査委員の職務及び責任に対する対価として,識見選出委員につき月額1万円,議会選出委員につき月額4000円の報酬を支給すべきものとされ,月の途中に就職又は退職したときに日割り計算により支給すべきものとされている以外にこれを減額する規定をおいていない以上,監査委員の法令上の地位等に鑑み,監査委員が実質的にみて法令により規定された職務及び責任を全く果たしていないと評価できる場合はともかく,単にある月において職務を遂行した実績がないという理由で,当該月の報酬を支給しないものとしたり減額したりすることは許されないと解される(ただし,既に説示したとおり,このような場合,地方自治法所定の罷免の問題になりうることについては別論である。)。そして既に認定説示したとおり,控訴人の指摘にかかる期間における同センターの監査委員は,例月出納検査を法令に違反する方法で行い,かつ,相当期間にわたって定期監査を懈怠していたものの,例月出納検査については全くこれを怠っていたわけではなく,単に複数月をまとめてこれを行っていたにすぎないのみならず,これに関する報告書を脱退前被控訴人に提出していたものであり,さらに決算等の審査は法令に則してこれを行っていたものであって,このような事実に同センターの事業内容や規模等を併せ考慮するとき,ここでの控訴人の指摘にかかる期間における同センターの監査委員の職務上の実績が実質的にみて法令により規定された職務及び責任を全く果たしていないと評価できる場合には該当しないというべきである。

控訴人のここでの主張も採用しない。

3  以上の次第で,原判決は正当であって,本件控訴は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 楠本新 裁判官 鹿島久義)

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