大阪高等裁判所 平成18年(行コ)82号 判決 2007年5月18日
主文
1 一審原告及び一審被告双方の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 一審被告が一審原告に対し平成15年12月25日付けでした原判決添付別紙目録記載1の各公文書非公開決定のうち,以下の各公文書について非公開とした部分をいずれも取り消す。
ア 捜査諸雑費に係る捜査費支出伺のうち,警部補以下の階級にある警察官の氏名等が記録されている部分を除くすべての部分
イ 捜査費交付書兼支払精算書のうち,警部補以下の階級にある警察官の氏名等が記録されている部分を除くすべての部分
(2) 一審被告が一審原告に対し平成16年6月4日付けでした原判決添付別紙目録記載2の各公文書非公開決定のうち,以下の各公文書について非公開とした部分をいずれも取り消す。
ア 捜査諸雑費に係る捜査費支出伺のうち,警部補以下の階級にある警察官の氏名等が記録されている部分を除くすべての部分
イ 捜査費交付書兼支払精算書のうち,警部補以下の階級にある警察官の氏名等が記録されている部分を除くすべての部分
(3) 一審被告が一審原告に対し平成16年6月4日付けでした原判決添付別紙目録記載3の各公文書部分公開決定のうち,以下の各公文書について非公開とした部分をいずれも取り消す。
ア 現金出納簿のうち,捜査諸雑費に係るすべての部分(警部補以下の階級にある警察官の氏名等が記録されている部分を除く。)
イ 捜査諸雑費に係る捜査費支出伺のうち,警部補以下の階級にある警察官の氏名等が記録されている部分を除くすべての部分
ウ 激励慰労費に係る捜査費証拠書のうち,領収証の個人の印影が記録されている部分
エ 捜査二課の領収証の奥書及び激励慰労費執行計画書の,各職名が記録されている部分
(4) 一審原告のその余の請求をいずれも棄却する。
2 一審原告及び一審被告のその余の本件各控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,1,2審を通じてこれを5分し,その2を一審被告の負担とし,その余を一審原告の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 一審原告
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 一審被告が一審原告に対し,平成15年12月25日付けでした原判決添付別紙目録記載1の各公文書非公開決定並びに平成16年6月4日付けでした原判決添付別紙目録記載2の各公文書非公開決定及び原判決添付別紙目録記載3の各公文書部分公開決定は,警部補以下の階級にある警察官の氏名等が記録されている部分を除き,いずれも取り消す。
2 一審被告
(1) 原判決中,一審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告の請求を棄却する。
第2事案の概要
本件は,一審原告が,京都府情報公開条例(平成13年京都府条例第1号,以下「本件条例」という。)に基づき,その実施機関である一審被告に対し,京都府警の各部署の国費捜査費及び府費報償費の証拠書等の公開を求めたところ,一審被告から,公文書非公開決定及び公文書部分公開決定(原判決添付別紙目録記載1ないし3)を受けたため,警部補以下の階級にある警察官の氏名等が記録されている部分以外については非公開事由があるとはいえないとして,それらを非公開とした決定の取消しを求める事案である。なお,第1事件は,原判決添付別紙目録記載1の公文書非公開決定に係るものであり,第2事件は,同目録記載2の公文書非公開決定及び同目録記載3の公文書部分公開決定に係るものである。
原審は,一審原告の請求を一部認容し,捜査費支出伺,捜査費交付書兼支払精算書及び現金出納簿の非公開決定(ただし,いずれも一審原告が本件訴えで請求対象から除外した警部補以下の階級にある警察官の氏名等が記録されている部分を除く。)並びに激励慰労費に係る捜査費証拠書のうち領収証の個人の印影が記録されている部分の非公開決定を取り消したが,その余の請求を棄却した。そこで,一審原告及び一審被告の双方が控訴を提起した。
1 前提事実(認定根拠の掲記のない事実は,争いがない。なお,以下,書証の表示については,第1事件の証拠及び併合後の証拠は「甲1」等と表示し,第2事件の証拠は「甲①」等と表示する。)
(1)ア 一審原告は,地方公共団体などの情報公開,行政監視,不正不当な行政の是正を目的として結成され,京都市内に事務所を有する権利能力なき社団である。(弁論の全趣旨)
イ 一審被告は,本件条例1条1項の実施機関の一つである警察本部長である。
(2) 本件条例のうち,本件に関係する規定は,以下のとおりである。(乙1)
第1条(定義)
この条例において,「実施機関」とは,知事,議会,教育委員会,選挙管理委員会,人事委員会,監査委員,公安委員会,警察本部長,地方労働委員会,収用委員会,海区漁業調整委員会及び内水面漁場管理委員会をいう。
2 この条例において「公文書」とは,実施機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書,図画(中略)であって,当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして,当該実施機関が保有しているものをいう。(以下省略)
第2条(実施機関の責務)
実施機関は,公文書の公開を請求する権利が十分に尊重されるようこの条例を解釈し,及び運用するとともに,公文書の適切な保存及び迅速な検索をするために公文書の適正な管理に努めなければならない。
2 実施機関は,この条例の解釈及び運用に当たっては,通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる個人に関する情報を公にすることのないよう最大限の配慮をしなければならない。
第4条(公開請求権)
何人も,実施機関に対し,当該実施機関の保有する公文書の公開を請求することができる。
第6条(公文書の公開義務)
実施機関は,公開請求があった場合は,当該公開請求に係る公文書に次の各号に掲げる情報(以下「非公開情報」という。)のいずれかが記録されているときを除き,請求者に対し,当該公文書を公開しなければならない。
(1) 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,個人が特定され得るもの(他の情報と照合することにより,個人が特定され得るものを含む。)のうち,通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの又は個人を特定され得ないが,公にすることにより,なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの
(2)から(5)まで(省略)
(6) 公にすることにより,個人の生命,身体,財産等が侵害されるおそれのある情報(公務員(国家公務員法(昭和22年法律第120号)第2条第1項に規定する国家公務員及び地方公務員法(昭和25年法律第261号)第2条に規定する地方公務員をいう。)の氏名等であって,公にすることにより,当該公務員個人の生命,身体,財産等が侵害されるおそれがあるもの及びそのおそれがあるものとして実施機関の規則(実施機関が警察本部長である場合にあっては,公安委員会規則)で定めるものを含む。)
(7) 公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報
(8)(省略)
第7条(部分公開)
実施機関は,公開請求に係る公文書の一部に非公開情報が記録されている場合において,当該非公開情報が記録されている部分とそれ以外の部分とが容易に,かつ,公開請求の趣旨を損なわない程度に分離できるときは,当該非公開情報に係る部分を除いて,公文書の公開をしなければならない。
第10条(公開請求に対する措置)
実施機関は,公開請求に係る公文書の全部又は一部を公開するときは,その旨の決定(以下「公開決定」という。)をし,速やかに,請求者に対し,その旨及び公開の実施に関して必要な事項を書面により通知しなければならない。
2 実施機関は,公開請求に係る公文書の全部を公開しないとき(中略)は,公開をしない旨の決定(以下「非公開決定」という。)をし,速やかに,請求者に対し,その旨を書面により通知しなければならない。
3 実施機関は,第1項の規定による公文書の一部を公開する旨の決定又は非公開決定をした旨の通知をするときは,当該通知にその理由を付記しなければならない。(以下省略)
(3)ア 一審原告は,平成15年12月15日,一審被告に対し,本件条例4条に基づき,京都府警察本部の各課(生活安全部生活安全企画課,同部少年課,同部保安課,同部生活経済課,同部環境課,刑事部刑事企画課,同部捜査第一課(以下「捜査一課」という。),同部捜査第二課(以下「捜査二課」という。),同部捜査第三課,同部捜査第四課,同部暴力団対策課,同部機動捜査隊,交通部交通指導課,同部駐車対策課,同部交通機動隊)ごとに,それぞれ,平成15年4月1日から同年11月30日までに支出手続が完了した府費に係る捜査費証拠書のうち,捜査費支出伺及び支払精算書等並びにこれらに添付されている書類(表紙を含む。)の公開を請求した。
イ これに対して,一審被告は,平成15年12月25日付けで,原判決添付別紙目録記載1の各公文書非公開決定を行い,一審原告に通知した。その内容は,本件条例6条1号,7号該当を理由に捜査費証拠書(捜査費支出伺,支払精算書,捜査費交付書兼支払精算書,支払伝票,領収証)を非公開とするというものである。
(4)ア 一審原告は,平成16年4月7日,一審被告に対し,本件条例4条に基づき,捜査一課,捜査二課,京都府中立売警察署,京都府五条警察署について,それぞれ,平成13年9月28日から平成16年3月31日までに支出が完了した国費捜査費及び府費報償費に係る現金出納簿並びに捜査費証拠書のうち個別執行に係る捜査費支出伺,支払精算書等及びこれらに添付されている書類の公開を請求した。
イ これに対して,一審被告は,平成16年6月4日付けで,原判決添付別紙目録記載2の各公文書非公開決定及び同目録記載3の各公文書部分公開決定を行い,一審原告に通知した(以下,同目録記載1ないし3の各決定を「本件処分」と総称する。)。その内容は,次のとおり非公開ないし部分公開するというものである。
(ア) 本件条例6条1号,7号該当を理由に,捜査費証拠書のうち,激励慰労費に係るものを除く,捜査費支出伺,支払精算書,捜査費交付書兼支払精算書,支払伝票,領収証を非公開とする。
(イ) 本件条例6条1号該当を理由に,捜査費証拠書のうち,激励慰労費に係る捜査費支出伺(添付書類を含む。)及び支払精算書(添付書類を含む。)のうち,領収証の個人の印影が記録されている部分,領収証の奥書の職名が記録されている部分及び激励慰労費執行計画書の職名が記録されている部分を非公開とする。
(ウ) 本件条例6条7号該当を理由に,現金出納簿のうち,年月日欄の交付年月日が記録されている部分,収入金額欄,支払金額欄及び差引残額欄の金額が記録されている部分,摘要欄の交付職員名(警部補以下の階級にある警察官の氏名を除く。)等が記録されている部分を非公開とする。
2 争点
(1) 本件条例6条7号(公共の安全等に関する情報)該当性
(2) 本件条例6条1号(個人に関する情報)該当性
(3) 本件条例7条による部分公開の可否
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件条例6条7号該当性)について
原判決23頁5行目の「相殺」を「推察」と改め,当審における当事者の主張を次のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の3(1)ア (同12頁7行目から同16頁16行目まで)及び同(2)ア,イ(同18頁9行目から同23頁10行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(一審被告)
ア 本件条例6条7号は,犯罪の発生を未然防止する犯罪の予防や,犯人の発見,検挙等を行う犯罪捜査等の情報が,公になることによって,平穏な府民生活を確保するための警察活動が阻害され,府民の生命,身体及び財産の保護に支障を来すことがないように,これらの情報について非公開としていると考えられる。本件条例は,実施機関の当該判断において裁量を尊重する内容となっているところ,実施機関としては,本件処分に際して当然に裁量権の逸脱又は濫用がないよう期しているものであって,本件条例は,これら事実のないことまでも実施機関に立証を求めているものとは解することができない。
したがって,非公開決定の違法性を理由としてその取消しを請求するならば,当然に本件処分に係る裁量権の逸脱又は濫用の具体的事実の主張,立証を請求者(一審原告)において行わなければならないといえる。
イ 支払伝票について
実施機関(警察本部長)が,情報提供者,捜査協力者等を保護する理由は,これらの者に対して被疑者らによる接触,お礼参りのおそれがあるためであり,これら情報提供者等に関する情報を明らかにすると,警察の捜査活動に重大な支障が生じる。たとえ確率が低くても,ごく稀でも,可能性がある以上は「おそれはある」というべきである。
したがって,これらの情報は,正に本件条例6条7号に規定する公共の安全等に関するものといえる。
ウ 仮名領収証について
情報提供者等が,領収証に氏名を仮名で記録するのは,情報を提供したことや捜査に協力したことを秘したいためであり,また,万が一を想定し,自らの生命,身体等に危害が及ばないように採っている措置であることから,そもそも,情報提供者等は,警察に協力しようと決断した時点において,協力したこと自体が公にならないことを念頭に協力に応じているものと考えられ,捜査現場においても捜査等に協力した事実は公にしないとの信頼関係の上に成り立っていることであり,情報提供者等が特定されるおそれのある情報は,たとえ仮名領収証といえども公にすることはできない。
エ 現金出納簿について
現金出納簿の交付年月日欄には,一般捜査費と捜査諸雑費の交付,返納日が混在しており,一般捜査費の場合には個別の交付日,精算日の情報が明らかとなることにより,協力者との接触日が判明し,協力者にたどり着くことも可能となる。
(一審原告)
ア 被疑者等が情報提供者等に接触するケースはごく稀というべきであり,情報提供者や捜査協力者が判明したからといって,一般的に接触やお礼参りのおそれがあるということはできない。仮に接触やお礼参りのおそれがあるというのであれば,実施機関の側で「暴力団に関係する事件であるため」など,個別具体的に接触やお礼参りのおそれがあることを主張立証することを要する。
イ 捜査費支出伺について
事件の捜査はあくまで当該事件の捜査であって,他の事件の捜査として有用な場合はごく例外的なものである。仮に今後の同種の事件の捜査に影響が及ぶ場合であったり,他の事件の捜査として有用である場合があるのであれば,実施機関の側で個別具体的な主張立証を要する。
ウ 仮名領収証について
仮名領収証は,筆跡や体裁を含めて,情報提供者・捜査協力者が特定されないように作成されていると考えるのが自然である。
実施機関としては,領収証のうち仮名か否かの判別は容易であり,公開を拒む理由はない。同時に仮名の領収証に対応した支払伝票の支払先等の記録についても,仮名が用いられていることは明白であり,仮名の領収証と同様,「情報提供者及び捜査協力者を識別できる情報」を含まない。
エ 現金出納簿について
一審被告の主張は争う。
(2) 争点(2)(本件条例6条1号該当性)について
当審における当事者の主張を次のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の3(1)イ(同16頁18行目から同17頁14行目まで)及び同(2)ウ(同23頁11行目から同24頁6行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(一審被告)
激励慰労費に係る捜査証拠書中,領収証の個人の印影が記録されている部分について,経理担当者の印影のある領収証は,当該施設を利用した特定の者に対してのみ渡されるものであり,その領収証が世間一般に公表されることまでも見越して,経理担当者が領収証を発行しているとは到底考え難い。そうすると,領収証における経理担当者の押印についても,領収証の体裁を整えるためだけになされているものととらえるのが合理的であり,かつ,その印影を誰にでも知られることを望んでいるものとは決して考えられない。
(一審原告)
争う。
(3) 争点(3)(本件条例7条による部分公開の可否)について
当審における当事者の主張を次のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の3(1)ウ(同17頁16行目から同18頁8行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(一審原告)
接触やお礼参りのおそれがあるという場合であっても,情報提供者や捜査協力者の氏名のみを非公開にすれば足りることであって,領収証や支払伝票の記録事項すべてを非公開にする理由はない。したがって,支払伝票にあっては,階級,氏名,支払年月日,金額,支払事由などの記録事項,領収証にあっては,年月日や金額などの記録事項については公開されなければならない。
また,捜査費支出伺についても,仮に「今後の同種の事件の捜査に影響が及ぶことが容易に想像でき」,「他の事件の捜査として有用である」としても,当該部分,すなわち,具体的な捜査方法が記録された部分や,捜査の時間や場所等が記録された部分などのみを非公開とすれば足り,それ以外の部分まですべて非公開とする理由はない。
最高裁第三小法廷平成13年3月27日判決は,大阪府公文書公開等条例(昭59年大阪府条例2号)第10条についての判断であるところ,本条例では,上記大阪府条例とは異なり,当該情報が記録されている公文書を細分化して非公開情報が記録されている一部のみを非公開とし,その余の部分を公開することを実施機関に義務付けているものである。
(一審被告)
本件では,支払伝票及び領収証について,すべてが非公開情報として,対象文書が非公開とされたものであり,上記一審原告の主張は前提を誤っており,失当である。また,仮に情報提供者や捜査協力者等の氏名のみをマスキング等の方法で非公開としても,支払伝票には,捜査費の交付場所,交付年月日,情報提供者等との接触に要した経費,接触場所,聞き込みや追尾等捜査活動に係る交通機関等に要する経費,捜査活動の場所,その他借上げ物品や借上げ先等の情報が記録されており,また,領収証には,情報提供者等の住所,捜査費の受領年月日,交付した謝礼額,捜査費受領の理由等が記録されていることから,これら文書が仮に公になった場合,被疑者等の記憶,所持するデータ等の照合,分析により,マスキングされた情報提供者等が特定されるおそれは十分にある。
また,支払伝票の作成趣旨からしても,支払事由以外の欄の記録内容のみを分離して公開することはできない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(本件条例6条7号該当性)について
(1) 本件条例6条7号は,「公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」を非公開とする旨定めているところ,この種情報については,その性質上,公開するか否かの判断に当たって高度の政策的判断を伴うこと,犯罪等に関する将来予測としての専門的,技術的判断を要することなどから,裁判所は,その司法審査において,同号に規定する情報に該当するか否かについての実施機関の第一次的判断を尊重し,その判断が合理性を持つものとして許容される限度内のものであるかどうかを審理,判断すべきであると解するのが相当である。
以下,かかる観点から一審被告が同号の非公開情報を含むとした個々の対象文書について検討する。
(2) 認定事実
証拠(各項掲記の他,甲20,乙3,7)及び弁論の全趣旨によると,次の各事実が認められる。
ア 捜査費は,犯罪の捜査等に従事する職員の活動のための諸経費及び捜査等に関する情報提供者,協力者等に対する諸経費であり,経費区分により国費及び府費(京都府警察本部の場合)の2種類があり,府費については報償費とも称される。捜査費については,性質上,特に緊急を要し,正規の手続を経ていては事務に支障を来したり,秘密を要するため,通常の支出手続を経ることができないとして,特に現金経理が認められている。
イ 捜査費の執行手続は,毎月,取扱責任者である一審被告が,取扱者である課長等(捜査費を執行する本部の担当課長及び隊長(所属長)並びに署長)からの交付申請に基づいて交付額を決定し,支払手続の指示を行う方法によっている。取扱者に交付された現金は,取扱者の補助者である次長等(担当課次長,副署長等)により管理される。補助者により管理された現金の執行については,一般捜査費と捜査諸雑費という2種類の経費に分類され,それぞれ異なった方法により執行される。一般捜査費とは,執行の必要がある都度,捜査員から事前に交付申請がされ,個別交付額を決定した上で現金を交付するものであり,捜査諸雑費とは,あらかじめ月初めに中間交付者である警部等を経由して,各捜査員に一定の金額が交付され,各捜査員がその現金を管理するとともに,執行頻度が多くかつ少額なものとして,あらかじめ定められた使途や金額の範囲内(1件当たり概ね3000円程度)において捜査員の判断で支出し,月末に精算を行い,残額が返納されるものである。
ウ 捜査費の執行についての書類としては,以下のものが予定されている。
(ア) 捜査費支出伺
捜査費支出伺は,取扱者が捜査員及び中間交付者に一般捜査費及び捜査諸雑費を交付するに当たって,補助者が支出に関する取扱者の判断(決裁)を伺うために作成する書類である。
同書類には,作成年月日,金額,交付する職員の所属及び氏名,内訳として交付される職員の官職,氏名,金額,支出事由,交付年月日が記録されている。また,取扱者,補助者が押印し,出納簿登記の確認の押印もされている。
(イ) 支払精算書
支払精算書は,捜査員が取扱者等に対し,捜査員が執行した一般捜査費の執行報告と精算をするために提出する書類である。
同書類には,作成年月日,宛名,作成者の氏名,同人の押印,捜査費を受領した年月日,既受領額,支払額,差引過不足額が記録され,さらに,支払額内訳として,支払年月日,支払事由,金額が記録されている。また,精算の結果の返納又は不足額の領収の別及びその年月日も記録されており,領収印も押捺される。さらに,取扱者,補助者が押印し,出納簿登記の確認の押印もされている。
支払精算書には,領収証を添付し,領収証を徴取することができなかった場合は,支払報告書を添付することとなっている。
(ウ) 捜査費交付書兼支払精算書
捜査費交付書兼支払精算書は,あらかじめ月初めに中間交付者を経由して捜査員に交付された捜査諸雑費について,中間交付者等が取扱者等に対し,当月分の精算をするために作成される書類である。
同書類には,作成年月日,宛名,中間交付者の氏名,押印,中間交付者が捜査費を概算金額で受領した年月日,既受領額,交付額,支払額,返納額と,内訳として捜査員への交付年月日,交付を受けた者の官職及び氏名,交付額,支払額,返納額が記録されており,確認印が押印されている。また,取扱者,補助者が押印し,出納簿登記の確認の押印もされている。
(エ) 支払伝票
支払伝票は,中間交付者等から捜査諸雑費の交付を受けた各捜査員が,捜査諸雑費の執行を中間交付者に報告するための書類である。
同書類には,作成年月日,作成者の階級,氏名及び押印,支払年月日,金額,支払先,支払事由が記録されている。また,各捜査員は,同書面に領収証等を貼付することとなっている。(乙4)
(オ) 現金出納簿
取扱責任者及び取扱者は,捜査費の執行について現金の出納を明らかにした簿冊(現金出納簿)を備えるものとされており,取扱責任者,取扱者及び補助者が現金出納簿の記録をする。現金出納簿には,年月日,摘要,収入(取扱責任者からの受入)金額,支払金額,差引残高が記録されている。また,各月及び各年度の末には,収入及び支払の累計の金額を算定して記録し,取扱者等の押印がされている。さらに,取扱者の交代があった場合には,それまでの収入及び支払の累計の金額を算定して記録し,前任者及び後任者の押印がされている。(乙12ないし15,乙①ないし④)
エ 捜査費の具体的な使途として想定されているものは,以下のとおりである。このうち,交通費,弁当代,消耗品の費用などの経費の一部については,捜査員にあらかじめ交付した捜査諸雑費で執行することができるものとされている。
(ア) 捜査本部等設置のための施設,寝具,什器類の臨時借上げ経費,捜査本部等に必要な自動車,船舶等の応急的な借上げ費
(イ) 捜査協力者,情報提供者に対する謝礼
(ウ) 聞き込み,張込み,追尾等に際し必要とする捜査員等の交通費,飲食費など諸経費
(エ) 拠点等のための施設の借上げ等に要する賃料などの経費
(オ) 協力者等との接触に要する交通費,飲食費,ホテル等の部屋代などの経費
(カ) 協力者等の保護に要する賃料,交通費などの経費
(キ) 早朝,深夜等における捜査員又は捜査協力者等の交通費,食料費
(ク) 緊急に捜索等を行う場合の重機等の借上げ又は委託費
(ケ) 捜査関係事項照会に伴う回答に要する経費
(コ) 犯罪の被害者又は第三者が所有する物件を捜査の過程で損壊等した場合の協力謝礼金,物品費
(サ) 被害者等の対策に要する部屋代,交通費,診断書料などの経費
(シ) 長期にわたる重要事件及び困難な重要事件の捜査等に従事する捜査員等に対する簡素な激励慰労費
オ 激励慰労費の執行の方法は,一般捜査費の執行の方法と同様であるが,捜査費支出伺には,参加人員の合計人数及び参加者の所属,所要経費の総額,費用の内訳について記録した書面が添付されることがある。また,激励慰労費の支払精算書には,激励慰労会参加者の所属,階級,氏名などが記録された名簿,領収証が添付されており,激励慰労費執行計画書として激励慰労会が開催された日時及び場所が記録された書面が添付されていることもある。また,これらの添付書類には,激励慰労会の対象となる事件名が記録されているものもある。(乙①ないし④)
(3) 捜査費証拠書のうち激励慰労費に係るものを除く捜査費支出伺について
ア 一般捜査費のうち,情報提供者及び捜査協力者に関する情報が含まれるものについては,その捜査が終了しているか否かにかかわらず,情報提供者及び捜査協力者等が判明した場合には,被疑者等が情報提供者等に接触し,または,お礼参りなどをするおそれがあり,そのような状態では,情報提供及び捜査協力を得ることが困難となることは容易に予想できるところである。したがって,情報提供者及び捜査協力者を識別できる情報は,本件条例6条7号に該当する情報というべきである。
また,情報提供者及び捜査協力者が識別できる情報以外でも,各捜査員による捜査費の具体的な執行についての情報は,各捜査員による具体的な捜査状況を反映したものというべきであるところ,各捜査員による具体的な捜査についての情報は,捜査の密行性の要請等に照らすと,本件条例6条7号に該当するといえ,そうである以上,捜査費の具体的な執行についての情報も同号に該当するというべきである。
そうすると,前記(2)イ,ウ(ア)のとおり,一般捜査費は,執行の必要がある都度,捜査員から事前に交付申請がされ,個別交付額を決定した上で現金を交付するものであって,かつ,捜査費支出伺には,交付する捜査員の所属及び氏名,内訳として交付される職員の官職,氏名,金額,支出事由,交付年月日などが記録されるから,これらの情報が公開されると,当該捜査費が情報提供者及び捜査協力者に対して支払われる報償費である場合は,情報提供者等の割出しの手がかりとされる危険性があり,それ以外の使途に使用される金員も,各捜査員による具体的な捜査の動向を探る手がかりとされる危険性がないとはいい難いところである。
この点について,一審原告は,捜査費の対象となった事件につき,既に刑事裁判が確定している場合については,被疑者等による逃亡や証拠隠滅を考慮する必要は全くない旨を主張するが,捜査の具体的な手法については,それが知られると,今後の同種の捜査に影響が及ぶことを否定することはできない。また,ある捜査が公訴の提起ないし刑事判決の確定に至り終局した事件のみならず,同種の他の終局に至っていない事件に関する捜査としての性格を併せ有する場合も考えられるから,刑事判決が確定した事件に関する捜査費の具体的執行についての情報であるからといって,本件条例6条7号に該当しないということはできない。したがって,上記一審原告の主張を採用することはできない。
イ 他方,捜査諸雑費についての捜査費支出伺については,取扱者の中間交付者に対する捜査諸雑費の交付に関する情報が記録されるものである。そして,捜査諸雑費に関する捜査費支出伺には,支出事由欄にも何月分の捜査員何名に対する捜査諸雑費であるかが記録されているのみであり(弁論の全趣旨),そこから具体的な捜査状況が推測できるものとは考え難く,捜査費の具体的な執行についての情報が記録されているということはできない。
この点について,一審被告は,中間交付者である警部等の氏名,捜査諸雑費の交付時期,交付金額が判明することで,一審被告の捜査等に係る重点の置き方等を推測されるおそれがあるという趣旨の主張をするが,そのおそれは極めて抽象的なものといわざるを得ず,それをもって,本件条例6条7号に該当する事由があるとはいえない。
ウ 以上によれば,捜査費支出伺のうち一般捜査費に係るものについては,本件条例6条7号の非公開情報に当たるとの一審被告の判断は合理性を持つものとして許容し得るものであるが,捜査諸雑費に係る一審被告の判断は合理性を欠き許容し得るものではない。
(4) 捜査費証拠書のうち激励慰労費に係るものを除く支払精算書について
前記(2)ウ(イ)のとおり,支払精算書は,捜査員が取扱者等に対し,捜査員が執行した一般捜査費の執行報告と精算をするために提出する書類であり,それ自体が,各捜査員が交付を受けた捜査費について,実際に捜査費を具体的に執行した内容に照らした精算についての情報を記録したものであって,各捜査員による捜査費の具体的な執行についての情報というべきである。
そうすると,支払精算書の記録内容が本件条例6条7号の非公開情報に当たるとの一審被告の判断は,合理性を持つものとして許容し得るものである。
(5) 捜査費証拠書のうち激励慰労費に係るものを除く捜査費交付書兼支払精算書について
前記(2)ウ(ウ)のとおり,捜査費交付書兼支払精算書は,あらかじめ月初めに中間交付者を経由して捜査員に交付された捜査諸雑費について,中間交付者等が取扱者等に対し,当月分の精算をするために作成される書類であって,中間交付者が各捜査員に対して交付した現金に照らした精算についての情報が記録されているものであり,その情報自体は,各捜査員による捜査費の具体的な執行についての情報とはいえない。また,捜査費交付書兼支払精算書に設けられた記録欄に照らしても,同書面には,各捜査員の具体的な捜査費の執行の内容,例えば具体的な事件名などを記録することは予定されていないというべきである。
この点について,一審被告は,各部署の捜査諸雑費の執行状況を公にすると,報道内容等との照合,分析により,一審被告がどのような事件について,どのような捜査手法を採るかが推察され,犯罪を企図する者において,対抗措置を講じられるおそれがある旨を主張する。しかし,前記のとおり捜査費交付書兼支払精算書に記録されているのは,各捜査員の捜査費の具体的な執行についての情報ではなく,各部署単位での捜査諸雑費の執行についての情報が判明したのみで捜査手法が推測されるとは考えられず,一審被告主張のおそれは極めて抽象的なものにすぎないというべきである。
そうすると,捜査費交付書兼支払精算書の記録内容が本件条例6条7号の非公開情報に当たるとの一審被告の判断は,合理性を欠き許容し得るものではない。
(6) 捜査費証拠書のうち激励慰労費に係るものを除く支払伝票について
前記(2)ウ(エ)のとおり,支払伝票は,中間交付者等から捜査諸雑費の交付を受けた各捜査員が,捜査諸雑費の執行を中間交付者に報告するための書類であり,そこに設けられた記録欄に照らしても,捜査費の具体的な執行についての情報が当然に含まれているというべきである。
そうすると,支払伝票の記録内容が本件条例6条7号の非公開情報に当たるとの一審被告の判断は,合理性を持つものとして許容し得るものである。
(7) 捜査費証拠書のうち激励慰労費に係るものを除く領収証について
前記(2)ウ(イ)(エ)のとおり,領収証は,支払精算書及び支払伝票に添付又は貼付されることが予定されているものであり,実際に捜査費を執行した各捜査員が,その相手から徴取するものであるから,領収証には,捜査費の具体的な執行についての情報が含まれているというべきである。
また,捜査協力や情報提供に対する報償として支払われた場合,領収証には,捜査協力者及び情報提供者の氏名等が記録されることも少なくないと考えられる。この点に関し,甲16及び弁論の全趣旨によると,平成14年度中に京都府警から捜査協力者に支払った現金謝礼について,徴収した領収証のうち約25パーセントが仮名であったことが認められるところ,一審原告は,仮名の領収証は,情報提供者,捜査協力者等が被疑者等から報復を受けるおそれをなくすためになされているものであり,これら仮名の領収証を公開したところで,報復を受けるおそれは一切ないなどと主張する。しかしながら,仮名の領収証の場合も,その筆跡や領収証の体裁等によっては相手方を特定する情報となり得るものであることを否定することはできないから,仮名の領収証であるからといって,当然には相手方を識別できない情報ということはできない。さらに,仮名の領収証についても,情報提供者等は,それを公にしないことを前提に作成したものと認められるから(弁論の全趣旨),公開されると今後の協力を得られなくなるおそれもある。
そうすると,領収証の記録内容が本件条例6条7号の非公開情報に当たるとの一審被告の判断は,合理性を持つものとして許容し得るものである。
(8) 現金出納簿について
前記(2)ウ(オ)のとおり,取扱責任者及び取扱者は,捜査費の執行について現金の出納を明らかにした現金出納簿を備えるものとされている。そして,その記録内容等に鑑みると,現金出納簿のうち一般捜査費についての記録部分は,取扱者の捜査員に対する捜査費の交付に関する情報が記録されているものであるところ,それは各捜査員による捜査費の具体的な執行状況を推知する手がかりとなり得るものである。また,特にその摘要欄には,特定の事件名など,具体的な捜査費の執行についての情報が記録されている可能性も否定できないところである。
これに対し,現金出納簿のうち捜査諸雑費の記録部分については,取扱者の中間交付者に対する捜査諸雑費の交付に関する情報が記録され,摘要欄にも,例えば何月分の捜査員何名に対する捜査諸雑費であるかといった程度の記録がされるにとどまると考えられるのであり,そこから具体的な捜査状況が推測できるものとも考え難く,捜査費の具体的な執行についての情報が記録されているということはできない。
そうすると,現金出納簿のうち一般捜査費に関する記録部分については,本件条例6条7号の非公開情報に当たるとの一審被告の判断は合理性を持つものとして許容し得るものであるが,捜査諸雑費の記録部分についての上記判断は合理性を欠き許容し得るものではない。
2 争点(2)(本件条例6条1号該当性)について
(1) 本件条例6条1号は,個人に関する情報で個人が特定され得るもののうち,通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるものなどを非公開情報としているところ,その規定の仕方から見て,個人の識別が可能な情報であってもプライバシーが問題とならないような情報は公開すべきとの立場を取り,プライバシー保護と情報公開の要請との均衡を図っているものと解される。
もっとも,警察業務の特殊性から見て,例えば情報提供者や捜査協力者に関する情報など,それが被疑者らに知られた場合には,被疑者からの接触,嫌がらせなどが十分考えられるところであり,それを特定し得る情報については,通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるなど,本件のような警察関連の文書においては,非公開とするのが相当な個人情報が少なくないと考えられる。なお,この点について,一審原告は,情報提供者及び捜査協力者であることが知られることは不名誉なことではないから,通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる情報とはいえないと主張するが,情報提供者及び捜査協力者であることが特定された場合に上記不利益を被ることは否定できないところであり,一審原告の上記主張は採用することができない。
そこで,以下,まず,一審被告が本件条例6条1号及び同条7号に該当することを理由に非公開とした文書のうち,前記1で同条7号所定の非公開事由に該当しないと判断した文書について,同条1号の該当性を判断し,その後,一審被告が同条1号に該当することのみを理由として非公開とした文書について検討することとする。
(2) 捜査費支出伺のうち捜査諸雑費に係るものについて
その記録内容に鑑みると,捜査諸雑費に係る捜査費支出伺において判明する個人情報は,取扱者や中間交付者などの氏名であると考えられる。しかし,取扱者は前記1(2)イのとおり捜査費を執行する本部の担当課長及び隊長(所属長)並びに署長であり,中間交付者は警部等であって,いずれも本件条例6条6号に基づき京都府情報公開条例施行規則(京都府公安委員会規則第13号)の2条で非公開情報とされている「警部補以下の階級にある警察官の氏名」には該当しない。また,取扱者や中間交付者の氏名が公にされても,同人らに危害が及ぶような事態の発生等は想定し難く,「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる」情報には当たらないというべきである。
したがって,捜査諸雑費に係る捜査費支出伺に記録された情報は,本件条例6条1号の非公開事由にも該当しない。
(3) 捜査費交付書兼支払精算書について
捜査費交付書兼支払精算書に記録される取扱者及び中間交付者の氏名が「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる」情報に当たらないことは,前記(2)のとおりである。また,同書面の内訳欄には,捜査諸雑費の交付を受けた者として警部の官職にある者の氏名が記録されることもあると考えられるが,前記のような捜査諸雑費の内容や,金額が比較的少額の場合が多いと考えられることからすると,「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる」情報とまでは認め難いというべきである。
したがって,捜査費交付書兼支払精算書に記録された情報は,本件条例6条1号の非公開事由にも該当しない。
(4) 激励慰労費に係る捜査証拠書に添付された領収証のうち,個人の印影が記録されている部分について
証拠(甲⑤ないし⑧,乙①②④)及び弁論の全趣旨によると,本件部分公開決定で非公開の対象とされている印影は,激励慰労会の会場となった施設(店舗)の経理担当者個人の印鑑の印影であることが認められる。
しかし,かかる施設においては,その業務の態様等からして,不特定多数の者を顧客とするのが通例であり,その経理担当者が,代金の請求書,領収証等に個人の印鑑を押捺して顧客に交付している場合には,印影の情報を内部限りにおいて管理するのではなく,請求書等に記録して顧客に交付することにより,印影の情報が多数の顧客に広く知れ渡ることを容認し,当該顧客を介して更に広く知られ得る状態に置いているものということができる。してみると,かかる印影に関する情報は,これを開示しても上記施設の経理担当者個人の正当な利益を損なうとは認め難いものであって,「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる」情報とみることはできない(最高裁判所第一小法廷平成14年9月12日判決・判例時報1804号21頁参照)。
したがって,領収証のうち個人の印影が記録されている部分については,本件条例6条1号に該当する事由があるとはいえない。
(5) 捜査二課の領収証の奥書及び激励慰労費執行計画書の,各職名が記録されている部分について
ア 乙②及び弁論の全趣旨によると,次の各事実が認められる。
(ア) 捜査二課の捜査員に平成15年8月4日に交付した激励慰労費14万7000円について,捜査費支出伺の添付書類である激励慰労費執行計画書及び支払精算書の添付書類である領収証の奥書には,激励慰労費を支出する具体的な収賄事件名のほか,捜査の対象となった被疑者の属する官公庁の名称,部署名及び職名が記録されていることが窺え,これらの各記録から当該収賄事件の被疑者を特定することができる(乙②の85頁ないし89頁)。
(イ) また,捜査二課の捜査員に平成15年10月7日に交付した激励慰労費12万6000円について,捜査費支出伺の添付書類である激励慰労費執行計画書及び支払精算書の添付書類である領収証の奥書には,激励慰労費を支出する具体的な贈収賄事件名のほか,捜査の対象となった被疑者の属する官公庁等の名称,部署名及び職名が記録されていることが窺え,これらの各記録から当該贈収賄事件の被疑者を特定することができる(乙②の91頁ないし95頁)。
イ しかしながら,これらの各書類に記録されている激励慰労会に参加した捜査員の人数や所属,階級に照らすと,当該激励慰労の対象となった事件については,多人数の捜査員が投入されて相当大規模な捜査が行われたものと推認され,少なくとも京都府の域内では,広く知れ渡った事件に関するものと考えられる。したがって,当該贈収賄事件の被疑者名等は,捜査終結の時点では既に公知の状態にあったものであるから,かかる情報は他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるものとは考えられず,本件条例6条1号に該当しないというべきである。
3 争点(3)(本件条例7条による部分公開の可否)について
本件条例7条は,当該情報が記録されている部分を容易に,かつ,公文書の公開の請求の趣旨を損なわない程度に分離できるときは,その部分を除いて公文書の公開をすべきことを実施機関に義務付けているが,その文理に照らすと,それ以上に,当該情報が記録されている部分を更に細分化し,相手方識別部分等その一部のみを非公開としその余の部分を公開することまでを実施機関に義務付けているものとは解し難い。したがって,実施機関において当該情報を細分化することなく独立した一体的な情報として非公開決定をしたときに,裁判所は,当該非公開決定の取消訴訟において,実施機関がこのような態様の部分公開をすべきであることを理由として当該非公開決定の一部を取り消すことはできないというべきである。(最高裁判所第三小法廷平成13年3月27日判決・民集55巻2号530頁参照)
もっとも,独立した一体的な情報をどの範囲でとらえるかについては,当該情報が記録された部分の物理的形状,その内容,作成名義,作成目的,当該文書の取得原因等を総合考慮の上,当該条例の非公開事由に関する定めの趣旨に照らし,社会通念に従って判断すべきである。
そこで,以上の見地に立って,前記1で非公開情報を記録したものと判断された各文書について,改めて部分公開の可否について検討する。
(1) 前記1(2)ウ(ア)の事実に鑑みると,一般捜査費に係る捜査費支出伺については,内訳欄の各捜査費の支出ごとに捜査員の官職,氏名,金額,支出事由,交付年月日等が一体的な情報をなすほか,交付合計額,交付する職員の所属等も一体的な情報をなすものと解される。
(2) 前記1(2)ウ(イ)の事実に鑑みると,支払精算書については,支払額内訳としての支払年月日,支払事由及び金額の記録のみならず,これらを含む受領年月日,既受領額,支払額等支払精算書の記録全体を一体的な情報としてとらえるべきである。
(3) 前記1(2)ウ(エ)の事実に鑑みると,支払伝票については,各支出ごとに支払年月日,金額,支払先,支払事由が一体的な情報をなすほか,これらを非公開として作成者の階級,氏名のみを公開しても公開の意味をなさないから,支払伝票の記録全体を一体的な情報としてとらえるべきである。
(4) 前記1(2)ウ(イ)(エ)の事実に鑑みると,領収証については,各捜査費の支出に対応する領収証全体が当該捜査費に係る一体的な情報をなすものとみるべきである。
(5) 前記1(2)ウ(オ)の事実に鑑みると,現金出納簿のうち一般捜査費に係る部分については,各収入ないし支出ごとに,年月日,摘要,金額等の記録部分が一体的な情報をなすものとみるべきである。
したがって,いずれの文書についても,非公開情報該当部分(例えば支出事由又は更にその一部である相手方識別部分等)のみを分離して公開することまでも本件条例が義務付けていると解することはできないというべきである。
4 その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,原審及び当審で提出された全証拠を改めて精査しても,当審の認定,判断を覆すほどのものはない。
第4結論
以上の次第で,一審原告の本件請求は,本件処分のうち,捜査諸雑費に係る捜査費支出伺及び現金出納簿,捜査費交付書兼支払精算書,激励慰労費に係る捜査費証拠書のうち,領収証の個人の印影が記録されている部分並びに捜査二課の領収証の奥書及び激励慰労費執行計画書の,各職名が記録されている部分を一審被告が非公開とした処分の取消し(警部補以下の階級にある警察官の氏名等が記録されている部分を除く。)を求める限度で理由があるので認容すべきであるが,その余は理由がないので棄却すべきである。
よって,これと異なる原判決を,一審原告及び一審被告双方の控訴に基づいて上記のとおり変更し,一審原告及び一審被告のその余の本件各控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 高田泰治 裁判官 西井和徒)