大阪高等裁判所 平成18年(行コ)99号 判決 2007年1月31日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 社会保険庁長官が平成17年9月15日付けで控訴人に対してした保有個人情報の開示をしない旨の決定を取り消す。
3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,控訴人が,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下「行政機関個人情報保護法」という)に基づいて社会保険庁の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求したところ,保有個人情報が特定されていないとして,開示請求に係る保有個人情報を開示しない旨の決定(以下「本件不開示決定」という。)を受けたため,本件不開示決定の取消しを求めた事案である。
2 原審は,「本件開示請求書の記載によっては,対象となる情報が記録されている行政文書の範囲を具体的に特定することはできないから,本件開示請求は,行政機関個人情報保護法13条1項2号に定める保有個人情報を特定するに足りる事項の記載を欠くものというべきである。社会保険庁の職員は,本件開示請求に係る保有個人情報が控訴人の意向に沿って特定されるように,控訴人に具体的な方法を提案するなどして,控訴人が真に必要としている保有個人情報を忖度しながら本件開示請求書の補正を繰り返し求めるなどしたが,控訴人は,いったんは上記提案に従って手続を進める意向を表明しながら,合理的な理由なく翻意し,本件開示請求書どおりの開示に固執したものであるから,本件不開示決定に当たり,行政機関個人情報保護法13条3項所定の手続が履践されなかったということもできない。したがって,本件不開示決定は適法である。」として,控訴人の請求を棄却した。そこで,控訴人が原判決を不服として控訴した。
3 関係法令の定め,前提となる事実及び争点に関する当事者の主張は,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1 法令の定め」,「2 争いのない事実及び証拠によって容易に認定することのできる事実等」及び「3 争点」に記載のとおりであるから,これを引用する。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,本件請求は理由がないから棄却するのが相当であると判断する。その理由は,次のとおり訂正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決11頁1行目から12頁5行目までを次のとおり改める。
「以上説示したところに照らすと,行政機関個人情報保護法の下では,行政文書に記載されている保有個人情報(2条3項,12条1項)が広く開示請求の対象とされ,検索の比較的容易な電子計算機処理に係る保有個人情報だけではなく,検索の容易ではない手作業による処理に係る保有個人情報も開示請求の対象情報に含まれることになったことから,行政機関の長が開示請求の対象情報を検索,審査して所定の期間内に開示決定等を行うことを可能にし,開示請求制度の適正かつ円滑な運用を確保するために,13条1項2号の規定が置かれ,開示請求者に対して開示請求に係る保有個人情報を特定するに足りる事項を開示請求書に記載することが義務付けられたものと解するのが相当である。そして,行政機関の長は,保有個人情報の特定に資する情報の提供その他開示請求等をしようとする者の利便を考慮した適切な措置を講ずべき一般的な義務を負うとともに(47条),保有個人情報を特定するに足りる事項の記載が不十分であるなど,開示請求書に形式的な不備がある場合には,補正の参考となる情報の提供に努めなければならないものとされていること(13条3項)を考慮すると,開示請求者には,行政機関が相応の努力によって開示請求の対象情報を特定し得る程度に具体的な記載をすることが求められているものというべきである。」
(2) 原判決12頁22行目から16頁19行目までを次のとおり改める。
「イ そこで,本件開示請求書の記載等について更に検討するに,前記争いのない事実及び証拠によって容易に認定することのできる事実等に,証拠(甲1,3,4,乙1ないし3,5ないし7,原審における控訴人本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
(ア) 社会保険庁の保有する個人情報の種類等
a 社会保険庁の保有する控訴人を本人とする保有個人情報(ただし,昭和34年3月以降における控訴人の厚生年金保険又は障害厚生年金に関係するもの)が含まれている可能性が高い行政文書には,行政機関個人情報保護法2条4項所定の個人情報ファイルに該当する社会保険オンラインシステムにおいて管理されているもののほか,①資格取得届,資格喪失届,報酬月額算定基礎届,報酬月額変更届,被保険者資格取得・資格喪失確認請求書,被保険者住所変更届等を初めとする厚生年金保険の被保険者に係る各種の届書,②障害給付裁定請求書,受給選択申出書,年金受給者住所・支払機関変更届等を初めとする障害厚生年金の受給権者に係る各種の届書,③審査請求,再審査請求,訴訟等に関係する文書,④窓口における相談受付票,電話相談に対する応接記録,社会保険事務所における苦情対応を記録した応接記録等を初めとする各種の相談苦情記録等があり,その種類は35種類以上に上った。これらの行政文書は,同じ種類のものであっても,1か所にまとめて保管されているわけではなく,当該届出等に係る事務処理をした社会保険事務所又は社会保険業務センターがそれぞれ別個に保管しているため,開示請求の対象範囲がある程度具体的に特定されない限り,各種届出や相談,苦情等が行われた可能性のある社会保険事務所等のすべての行政文書の中から控訴人の個人情報が記録されているものがあるかどうかを手作業で探し出すよりほかはなかった。特に,上記④の各種相談苦情記録の件数は多く,平成17年に吹田社会保険事務所で行われた窓口相談の受付票だけでも,4万件以上に上っていた。
b 社会保険オンラインシステムによると,控訴人は,昭和34年3月28日に厚生年金保険の被保険者資格を取得し,平成7年8月16日に被保険者資格を喪失しており,この間,転職に伴って被保険者資格の喪失,取得を繰り返した。社会保険オンラインシステムに記録されている控訴人の個人情報は,60件に上り,控訴人を管轄していた社会保険事務所は,α,β,吹田,γ及びδの5か所に及んでいた。また,控訴人は,これらの社会保険事務所や大阪社会保険事務局等に被保険者期間や標準報酬月額,障害厚生年金の障害認定日等を何度も照会しており,このほかにも相談や苦情の申立てをしていた可能性もあった。
c なお,上記社会保険事務所等は,控訴人から正式に照会があった場合には,その都度,保有する記録の調査や控訴人の勤務先等への照会等を行った上,控訴人に対し,書面で調査結果を回答していた。
(イ) 本件開示請求に関する控訴人と社会保険庁とのやりとりの経緯等
a 控訴人は,平成2年7月19日,障害厚生年金を支給する旨の裁定を受けたが,平成16年ころ,支給停止処分を受けたため,同年8月,これを不服としてその取消しを求める訴え(以下「別件訴訟」という)を東京地方裁判所に提起し,平成17年4月▲▲日,訴え却下判決を受けた。これに対し,控訴人は,控訴したが,同年6月▲▲日に控訴棄却判決を受けたため,上告及び上告受理の申立てをした。
b 控訴人は,別件訴訟係属中の平成17年8月2日,別件訴訟に関する自己の個人情報を開示してほしい旨を述べた上,吹田社会保険事務所に本件開示請求書を提出した。そこで,同事務所の担当職員は,社会保険庁の保有する情報の公開等に関する事務を所掌する社会保険庁総務部総務課企画室情報公開係(以下「情報公開係」という。)に対し,本件開示請求書を回送するとともに,控訴人の上記希望内容を連絡した。情報公開係の担当職員は,本件開示請求書には控訴人の年金番号のほかには,「昭和34年3月から現在までの厚生年金保険・厚生障害年金保険の資料全部」の開示を求める旨が記載されているだけであったことから,開示請求の対象範囲が不特定であると判断したが,吹田社会保険事務所でのやりとりから,控訴人は別件訴訟に関する保有個人情報の開示を求めているのではないかと思われたため,控訴人に対し,同月8日付けで「保有個人情報開示請求書に係る請求内容の補正について(依頼)」と題する書面(乙1)を送付した。上記書面には,①本件開示請求書の記載では,開示請求の対象情報の特定が不十分であること,②大阪の担当者から,別件訴訟に係る社会保険庁側の文書の開示を希望しているようであるとの連絡を受けたことが記された上,「開示請求の内容を『A様の提起した訴訟(第1審から上告審)に係る訴状,答弁書,準備書面,書証』のように補正させていただいてよろしいでしょうか」という内容が記載されていた。その際,担当職員は,係属中の別件訴訟に関する情報については,行政機関個人情報保護法14条7号ロ所定の不開示情報に該当する可能性があることから,その場合には,不開示決定が行われる可能性が高いことを書き添えた。
c 控訴人は,平成17年8月10日,2回にわたって情報公開係に電話をかけ,前記bの書面の趣旨等について説明を求めた。対応に当たった情報公開専門官B(以下「B専門官」という。)は,控訴人に対し,社会保険庁が保有する行政文書の名称や内容等を具体的に説明した上,どのような情報の開示を求めているのか尋ねた。これに対し,控訴人は,別件訴訟において社会保険庁側から自己の知らない資料が提出されるなどと言って不満を述べた上,社会保険庁が保有する控訴人に関するすべての情報を開示してほしいと言い張った。
d 情報公開係は,1回のやりとりだけで不開示決定をするのは望ましくないと考え,控訴人に対し,平成17年8月26日付けで「保有個人情報開示請求書に係る請求内容の補正について(依頼)」と題する書面(乙2)を送付した。上記書面には,社会保険庁の保有する厚生年金保険や障害厚生年金に関する行政文書の名称,内容等を具体例を挙げて説明した上,開示請求の対象をある程度特定してもらう必要がある旨が記載されており,これと併せて,「A様の提起した訴訟(第1審から上告審)に係る行政文書ファイル」には開示請求時点において社会保険庁が訴訟に対応するために収集した控訴人の個人情報が含まれるとして補正を検討されたい旨が記載されていた。
e 情報公開係の担当主査であるC(以下「C主査」という。)は,平成17年9月1日,2時間以上にわたって控訴人と電話でやりとりをした。その際,控訴人は,本件開示請求書を補正しても不開示決定を受けるのでは意味がないとして補正に難色を示す一方,社会保険庁のコンピューターに記録されている資格記録と吹田社会保険事務所の保有する資格記録に齟齬があり,厚生年金保険の加入記録には資格取得年月日,資格喪失年月日及び標準報酬月額の誤りがある旨を申し立て,吹田社会保険事務所が訂正に応じないとして不満を述べた。C主査は,上記やりとりから,控訴人が資格記録に不満を抱いて訂正を求めているのではないかと思われたため,控訴人に対し,行政機関個人情報保護法に基づく保有個人情報の訂正請求の仕組みを説明した上で,控訴人に関する社会保険オンラインシステム上の厚生年金保険の加入記録について開示請求をし,開示された加入記録を見た上で訂正請求を行ってはどうかと提案した。これに対し,控訴人が訂正請求の仕組みを初めて知ったと述べて関心を示したため,C主査は,電話での説明内容をまとめた書面を見た上で補正について再検討するよう要請し,控訴人の了解を得た。
f 情報公開係は,控訴人に対し,平成17年9月2日付けで「保有個人情報開示請求書に係る請求内容の補正について(依頼)」と題する書面(乙3)を送付した。上記書面には,C主査が電話で説明した内容が整理して記載されていた。控訴人は,平成17年9月5日,C主査から,上記書面に記載されている手続の流れ等について再度電話で説明を受け,提案に従って補正を行う意向である旨を述べた。
g ところが,控訴人は,平成17年9月6日,C主査に電話をかけ,情報公開審査会に対する不服申立ての用紙の送付を求めたり,自らの障害厚生年金の認定日等について不満を述べ,遂には大阪社会保険事務局に控訴人専用の担当窓口を創設するよう求めた。これに対し,C主査がそのような要求に応じることはできない旨説明したところ,控訴人は,立腹し,控訴人に関するすべての情報を開示せよと言い張って一方的に電話を切ってしまった。
h C主査は,平成17年9月14日,控訴人に再度電話をかけ,本件開示請求に係る保有個人情報を特定するための方法として,一般的に社会保険庁が保有していると考えられる個人情報を列記した書面を控訴人に送付した上,控訴人において,その中から開示を求めるものを特定するという方法を提案した。ところが,控訴人は,「そのようなごまかしはいらない。全部出してくれればよい。それがだめなら不開示決定をすればよい。」として,補正を一切拒否する姿勢を明らかにした。これを受けて,社会保険庁長官は,同月15日付けで本件不開示決定をした。
ウ 上記ア,イで認定した事実によると,①本件開示請求書には,「社会保険庁に保有している私の個人情報昭和34年3月から現在までの厚生年金保険,厚生障害年金保険の資料全部をお願いします。」と記載されているほかには,開示請求の対象範囲を特定するに足りる事項の記載はなかったこと,②社会保険庁の保有する控訴人を本人とする保有個人情報が含まれている可能性が高い行政文書は,35種類以上に上り,保管場所も1か所ではなかったため,開示請求の対象範囲がある程度具体的に特定されない限り,各種届出や相談,苦情等が行われた可能性のある社会保険事務所等のすべての行政文書の中から控訴人の個人情報が記録されているものがあるかどうかを手作業で探し出すよりほかはなかったこと,③社会保険オンラインシステムに記録されている控訴人の個人情報だけでも,60件に上り,控訴人を管轄していた社会保険事務所の数も,5か所に及んでいたこと,④控訴人は,これらの社会保険事務所等に被保険者期間や標準報酬月額,障害厚生年金の障害認定日等を何度も照会しており,このほかにも相談や苦情の申立てをしていた可能性もあったが,各種相談苦情記録の件数は多く,平成17年に吹田社会保険事務所で行われた窓口相談の受付票だけでも,4万件以上に上っていたこと,⑤社会保険庁の担当部署の職員は,社会保険庁の保有する厚生年金保険や障害厚生年金に関する行政文書の名称,内容や訂正請求の手続等を何度も説明し,具体的な補正方法を何種類も提案するなどしたが,結局,控訴人は,自分専用の担当窓口を作ることさえ求めるに至り,自己に関するすべての情報を開示せよと言い張って一切の補正を拒否したこと等を指摘することができる。これらの諸点に照らすと,本件開示請求には,社会保険庁が相応の努力によって開示請求の対象情報を特定し得る程度に具体的な記載がなかったというべきであるから,本件不開示決定が違法であるということはできない。
(3) これに対し,控訴人は,本件不開示決定に当たり,行政機関個人情報保護法13条3項所定の手続が履践されなかった旨主張する。
しかしながら,前記(2)で認定した事実,殊に,本件開示請求に対する担当職員の対応,控訴人とのやりとりの経緯等に照らすと,同項所定の手続は十分に履践されたものというべきであり,控訴人の上記主張は採用することができない。」
2 よって,原判決は正当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島田清次郎 裁判官 片岡勝行 裁判官 福井章代)