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大阪高等裁判所 平成19年(う)1776号 判決 2008年3月18日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は,主任弁護人鈴木一郎及び弁護人渡辺顗修共同作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用する。

1  控訴趣意中,法令適用の誤りの主張について

論旨は,被告人の行為は詐欺罪の構成要件に該当しないのに,被告人に詐欺罪が成立するとした原判決は,同罪に関する刑法246条1項の解釈適用を誤り,ひいては,罪刑法定主義を定めた憲法31条に違反して刑法の上記規定を適用したもので,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである,というものと解される。

そこで,記録を調査して検討するに,原判決が,被告人の行為が詐欺罪に該当するとしたのは正当であり,また,その「補足説明」の項で,所論とほぼ同旨の原審弁護人の主張を排斥するところも,相当として是認できる。以下,所論にかんがみ付言する。

(1)所論は,搭乗券の引渡しを行うチェックイン手続は,航空運輸サービス契約とは無関係であり,航空会社には,これによって運行契約締結に伴う取引上の損失は起きないから,同手続固有の財産処分はなく,財産的侵害に向けた被告人の欺罔行為,その侵害に向けられた航空会社の錯誤,及び,会社財産に損害を与える処分行為は,いずれも存在しない,と主張する。

ア  しかし,搭乗券は,航空券や乗客名簿に記載され,搭乗者として承認されている者との同一性を示し,それなくしては航空機に搭乗することができないもので,財産罪による保護に値する十分な社会的,経済的価値があることが明らかである上,上記の同一性がない者による搭乗券の使用,すなわち航空機への搭乗は,航空機の運航の安全上重大な弊害をもたらす危険性を含み,航空会社に対する社会的信用の低下,業績の悪化に結び付くものであり,さらに,本件の事案では,航空会社は,自社の発券の不備によって搭乗券の使用者にカナダへの不法入国をさせてしまった場合,同国政府に最高額で3000ドルを支払わなければならないことも認められ,航空会社にとって,搭乗券の不正使用を防ぐ財産的利益は極めて大きい。したがって,搭乗券が詐欺罪の客体としての財物性を満たすことはもとより,その適正な管理は,航空会社にとって重大な財産的関心事であって,搭乗券を交付するかどうかの判断上重要な事項を偽ってその交付を受けようとする行為が,財産的侵害に向けられたものであることは明白である。

イ  次に,所論も自認するとおり,航空機を利用しようとする者が乗客名簿に搭乗者として記載されている者と一致していなければ,航空会社は,そのことだけで搭乗券の交付を拒み得るのであり,その実質的理由である上記アの諸点に照らしても,この人的一致の点は,搭乗券を交付するかどうかの判断に際して極めて重要な考慮事項であって,この人的一致を偽って搭乗券の交付を求める行為は,重要事実について航空会社の担当者を錯誤に陥れ,搭乗券の交付をするかどうかの判断を誤らせる行為であって,詐欺罪における欺罔行為に該当することに異論の余地がなく,この錯誤に基づいて搭乗券を交付することが,会社財産に損害を与える処分行為に該当することも,既に述べたところから明らかである。

この所論は採用できない。

(2)所論は,ハイジャックの回避や入管行政の秩序維持等のために好ましくない取引に関し,非難されるべき内心の動機に基づく搭乗券の入手を欺罔ないし財産処分として位置付けるのは,詐欺罪固有の犯罪性や保護法益等から外れており,市民の財産保護とは異なるそのような社会的,国際的法益の侵害を犯罪とするには,その行為の内実にふさわしい立法が必要であって,個人の財産保護を目的とする詐欺罪にこれらの法益の保護を取り込むことは不当である,と主張する。

しかし,搭乗券の適正な管理が,単に国家的社会的な関心事であるにとどまらず,航空会社にとって重大な財産的関心事であることは,既に上記(1)アに述べたとおりであり,搭乗券を不正に取得しようとする行為に対して,財産罪による規制を要することも明らかである。この所論も採用できない。

(3)その他所論がるる述べるところも,いずれも,既に判示した搭乗券の管理に関する航空会社にとっての財産的重要性に対する正当な理解を欠いたものであって,到底採用できず,被告人の行為が詐欺罪に該当するとした原判決の判断に法令適用の誤りはない。

この論旨は理由がない。

2  控訴趣意中,量刑不当の主張について

論旨は,仮に被告人に詐欺罪が成立するとしても,原判決は,本件とは無関係の我が国の出入国管理行政の妨害のおそれなど,詐欺罪の財産犯としての悪質性を超える事情を重視している点で,その量刑が不当である,というものであり,その具体的な主張は,

①  本件が社会的に非難されるべき点は,入国管理行政の阻害や国際犯罪の危険性等にあるが,それらは詐欺罪で対応できる犯罪性ではなく,原判決のように,それらについての罪刑法定を前提とすることなく,計画性,悪質性,主犯性を摘示してもその趣旨が不明であること

②  日本の出入国管理行政への脅威を量刑上考慮すること自体も,国家的法益を詐欺罪による処罰に取り込むもので,妥当ではないこと

の2点である。

しかし,まず上記①については,原判決が計画的で悪質という評価を示すに先立って述べるところは,本件の客観的な経緯に尽きており,主犯性についても,被告人が果たした役割が具体的に述べられているだけであって,これらを,所論のいうような入国管理行政の阻害等に関連した説示であると読むべき必然性は全くなく,また,証拠上も,詐欺自体に関する計画性や被告人の主犯性は十分認められるのであって,その点を悪しき事情と評価すべきことも当然である。結局,所論は,原判決の説示を曲解した上,その誤った解釈の不当性を論難しているにすぎない。また,上記②についても,直接的な保護法益ではない利益に対する悪影響であっても,量刑上それを一定限度で考慮することは不当ではなく,この点は,その利益が国家的社会的な利益であっても異ならないし,動機や目的の反社会性を量刑の一事情として考慮し得ることも当然である。また,原判決が中核的な量刑理由としているのは,犯行の計画性や被告人の主犯性等であり,所論指摘の事情を過度に重視していると解することもできない。

したがって,所論はいずれも採用できず,その他,事案の内容を更に検討しても,被告人の刑事責任は軽視できないのであって,被告人を懲役1年6月(未決勾留日数30日算入)に処した上,3年間刑の執行を猶予した原判決の量刑は,主刑の刑期,未決勾留日数の算入,執行猶予期間のいずれについても相当である。

この論旨も理由がない。

よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。

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