大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成19年(う)190号 判決 2007年5月09日

主文

1  原判決を破棄する。

2  被告人を懲役4年6月及び罰金300万円に処する。

3  原審における未決勾留日数中90日をその懲役刑に算入する。

4  その罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

5  被告人から金217万7000円を追徴する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人岩﨑任史作成の控訴趣意書記載のとおりであるが,論旨は量刑不当の主張であり,要するに,被告人を懲役4年6月及び罰金300万円に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり,また,労役場留置については共犯者らの判決との均衡から金1万円を1日に換算するとするのが相当である,というのである。

第1  職権判断

1  論旨に対する判断に先立ち,職権をもって検討すると,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあり,原判決は破棄を免れない。

原判決は,被告人から金64万5000円を没収し,金1億685万5000円を追徴しているが,これは,原判示の覚せい剤等密売の期間内に正犯者らが得た薬物犯罪収益の総額である金1億750万円について,現金として存在する金64万5000円を没収し,その残額を追徴したものであることが明らかである。被告人は幇助犯であり,上記の薬物犯罪収益を得たものではないから,原判決は,国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という)11条1項の没収及び同法13条1項の追徴について,薬物犯罪収益を得ていない幇助犯からもこれを没収・追徴すべきであるという法律解釈を採っていることが明らかである。しかし,当裁判所はそのような解釈を是認することはできない。以下,説明する。

2 麻薬特例法11条1項は,薬物犯罪収益等の必要的没収を定め,同法13条1項はその必要的追徴を定めているが,だれからどのような範囲で没収・追徴をすべきかは解釈に委ねられている。追徴については,同条13条1項の「犯人」の意義が併せて問題になる。麻薬特例法の没収・追徴は,刑法19条1項3号・4号の犯罪取得物件・その対価物件の没収と,それらに係る同法19条の2の追徴の特則であり,麻薬特例法1条が定める同法の趣旨にも照らせば,薬物犯罪により犯人が得た薬物犯罪収益等をはく奪するものと解すべきであって,(別に定めがない限り)薬物犯罪収益等を得ていない者からこれを没収・追徴することはできないというべきである。そうすると,幇助犯が得た薬物犯罪収益等については,これを幇助犯から没収・追徴することができ,したがって,その限度で追徴を科される「犯人」には幇助犯も含まれることになるが,幇助犯が得ていない薬物犯罪収益等については,これを幇助犯から没収・追徴することはできないと解される。

3 ところで,東京高等裁判所平成17年6月3日判決・高等裁判所判例集58巻2号1頁(以下「東京高裁判決」という)は,「麻薬特例法11条,13条1項による没収・追徴は,共同正犯,教唆犯,幇助犯等の共犯を含む犯人全員からこれをすべきである」と判示しているところ,東京高裁判決は,その事案及び結論等に照らすと,上記の点を判示しただけではなく,幇助犯が得ていない薬物犯罪収益を幇助犯から没収・追徴すべきである旨を判示した判例と解することができる。東京高裁判決は,「麻薬特例法の没収・追徴の規定は,刑法の没収・追徴制度を基本とするものではあるが,麻薬特例法制定の経緯,同法の定める没収・追徴の目的,趣旨にかんがみると,同法の没収・追徴は,犯人から犯罪による利得を剥奪するにとどまらず,経済的側面からも薬物犯罪を禁圧しようとするものであるから,同法11条,13条1項の没収・追徴は,共同正犯,教唆犯,幇助犯等の共犯を含む犯人全員からこれをすべきものと解すべきである」と判示しており,これが,幇助犯が得ていない薬物犯罪収益を幇助犯から没収・追徴すべきであるとすることの根拠であると解される。

しかし,麻薬特例法の没収・追徴の趣旨が,犯人からの利得のはく奪にとどまらないとする根拠については,東京高裁判決は,単に「麻薬特例法制定の経緯,同法の定める没収・追徴の目的,趣旨」と判示するのみであり,それが何を意味するのかは不明である。むしろ,それらの経緯に関する文献資料等によれば,麻薬特例法の没収・追徴の趣旨は,犯人からの薬物犯罪収益等の徹底的なはく奪,あるいは全面的なはく奪であると解するのが自然であり,犯人からの利得のはく奪にとどまらず,これを超えるものであると解すべき根拠は見当たらない。麻薬特例法の没収・追徴の趣旨について触れた最高裁判所の判例(最高裁判所第一小法廷平成7年12月5日決定・刑集49巻10号821頁)について見ても同様である。

4 ここで検討すべきなのは,関税法の没収・追徴との相違である。関税法118条1項は,禁制品を輸入する罪・関税を免れる等の罪・許可を受けないで輸出入する罪の犯罪に係る貨物は,原則として没収する旨を規定し,同条2項は,前項の規定により没収すべき犯罪貨物等(船舶又は航空機を除く)を没収することができない場合等においては,その没収することができないもの又は没収しないものの犯罪が行われた時の価格に相当する金額を犯人から追徴する旨を規定している。同条の没収・追徴の趣旨について,判例は,要するに,犯人の手から不正な利益をはく奪するだけの制度ではなく,国家が,関税法に違反して輸入した貨物又はこれに代わるべき価格が犯人の手に存在することを禁止し,これを犯人連帯の責任において納付させ,密輸入の取締を厳しく励行しようとするものである旨を判示している(最高裁判所第三小法廷昭和35年10月11日判決・刑集14巻12号1544頁等)。そして,判例は,同条2項の追徴規定と同内容である昭和25年4月30日法律第117号による改正前の同法83条3項にいう「犯人」には幇助犯を含む旨を判示している(最高裁判所第一小法廷昭和32年1月31日判決・刑集11巻1号405頁)。このような関税法の没収・追徴については,正犯と幇助犯とで没収・追徴の範囲に違いはないことになる。

関税法の没収・追徴の趣旨が,不正な利益のはく奪を超えるものであることは,その規定内容自体に現れているということができる。同法118条1項が規定する没収対象物は,犯罪組成物件・犯罪供用物件であり,同条2項は,犯罪供用物件である船舶又は航空機を除外しているものの,犯罪組成物件である犯罪貨物等の価額の追徴を規定しているのであって,没収・追徴ともに,犯罪取得物件及びその対価物件ではない財産を対象にしているのである。関税法の没収・追徴において,幇助犯が正犯と同じ没収・追徴の責任を負うことについては,上記の判例にもかかわらず,これを疑問視する見解もあるが,判例が上記のような解釈を採る根拠は,このような関税法の懲罰的性質にあると解されている。

そこで,麻薬特例法が関税法と同様の懲罰的性質を有するのかについて見るに,仮に,上記のような関税法の没収・追徴を薬物犯罪にそのまま当てはめるとすると,規制薬物の所持,譲渡,譲受,輸入,輸出等の罪について,当該罪に係る薬物を没収するだけでなく,没収不能の場合にはその薬物の価額を追徴すべきことになる。しかし,このような薬物の価額の追徴は,各薬物法(麻薬及び向精神薬取締法,覚せい剤取締法,大麻取締法,あへん法)にも麻薬特例法にも何ら規定されていない(薬物の譲渡等により現実に得た対価が薬物犯罪収益として追徴されることはもとより別論である)。麻薬特例法が関税法のような懲罰的性質を有しないことは,このような規定内容の相違に照らして明らかである。(もっとも,麻薬特例法は,薬物犯罪収益等隠匿罪(同法6条)及び薬物犯罪収益等収受罪(同法7条)に係る薬物犯罪収益等の没収・追徴を定めており(同法11条1項3号,13条1項),これらは犯罪組成物件の没収・追徴である。しかし,これらの薬物犯罪収益等はその元になる薬物犯罪により犯人が得た利益なのであるから,その没収・追徴の趣旨はやはり犯人からの不正な利益のはく奪にほかならないと解される(なお,元の薬物犯罪により没収・追徴がなされている場合に,薬物犯罪収益等隠匿罪・同収受罪により重ねて没収・追徴することができないことはいうまでもない)。また,麻薬特例法は,資金等提供罪に係る資金の任意的没収・追徴を定めており(同法11条3項,13条2項),この資金は薬物犯罪により犯人が得た不正な利益とはいえないから,同法の定める没収・追徴が不正な利益のはく奪に完全に限られているとはいえないことになる。しかし,これらの規定が麻薬特例法の没収・追徴の基本的な性質を決定付けるものでないことはそれ自体明らかである上に,「薬物犯罪を遂行する過程において費消・使用されるものとして,犯人が他の共犯者から交付を受けた財産は,麻薬特例法2条3項にいう「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」に当たらない」とする最高裁判所第二小法廷平成15年4月11日判決・刑集57巻4号403頁が出されたことにより,資金等提供罪に係る資金は,正犯が実行に着手する前であれば追徴可能であるのに,実行に着手した後は追徴ができないのではないかという困難な問題が生じているのであって,なお一層これらの規定の存在を重視することは相当でないというべきである。)

以上のとおり,東京高裁判決が,麻薬特例法の没収・追徴の趣旨は犯人からの利得のはく奪にとどまらないとする点については,十分な根拠がないことが明らかである。東京高裁判決がいうように,薬物犯罪を経済的側面からも禁圧すべき必要性があることは確かであるが,刑法が定める没収・追徴の基本的な趣旨を超えて,幇助犯に正犯と同じ没収・追徴を科すというのであれば,実定法上の確かな根拠が必要である。このことは,追徴に転換する没収及び追徴が刑罰ないし懲罰的な性質を強く持つものであることと,幇助犯の責任は正犯のそれよりも小さいという刑法の基本原則に照らせば,なお一層明らかというべきである。

5 また,法務省の立案関係者による文献を見ても,青林書院・大コンメンタールⅠ薬物五法(麻薬及び向精神薬取締法・麻薬等特例法)の麻薬等特例法部分68頁は,「「犯人」から追徴するとあるのは,共犯を含む犯人全員から追徴するとする趣旨であり,不法財産の権利を取得しなかった犯人からも追徴することとなる。犯罪によって得た利益は,第一次的に形式的に特定の犯人に帰属するとしても,分配等が予想されているものであって,本来,一体的に評価されるべきものであるからである。(中略)しかし,幇助犯,教唆犯については,本法の追徴が没収に代わる追徴であるので,結局これらの者について没収可能な範囲で追徴をすることになると考えられる」としており,正犯と幇助犯とでは没収・追徴の範囲が異なることを前提にした記述をしているのである。

もっとも,「(中略)」より前の部分は,一見すると,東京高裁判決と同様の解釈を示したもののようにも読めるが,そのように解したのでは幇助犯,教唆犯についての上記の記述が無意味なものとなる。そうすると,「「犯人」から追徴するとあるのは,共犯を含む犯人全員から追徴するとする趣旨であり」という部分と,「不法財産の権利を取得しなかった犯人からも追徴することとなる」以下の部分は,区別して考えるべきであり,前者は,そこにいう「共犯」には狭義の共犯が含まれると解されるが,あくまで「犯人」の意義について述べたものであって,没収・追徴すべき薬物犯罪収益等の範囲については特に触れたものではなく,後者は,共同正犯を前提にして,個別具体的な利得の分配にかかわらず犯人全員から全額を没収・追徴すべきであるという,一般に通用すると考えるべき解釈(なお,この点については,「収賄の共同正犯者が共同して収受した賄賂については,これが現存する場合には,共犯者ら各自に対しそれぞれ全部の没収を言い渡すことができるから,没収が不能な場合の追徴も,それが没収の換刑処分であることに徴すれば,共犯者ら各自に対し,それぞれ収受した賄賂の価額全部の追徴を命じることができると解するのが相当であ」るとして,分配額に応じた追徴を基本とする従来の解釈を改めるなどした最高裁判所第三小法廷平成16年11月8日決定・刑集58巻8号905頁参照)を述べたものと解すべきである(もっとも,共同正犯の場合に犯人全員から全額を没収・追徴すべきなのは,特定の犯人から他の犯人への利益の分配等が予想されているという点よりも,むしろ,犯罪行為それ自体は共同正犯者の全員が共同して利益を得たと見ることができるものであるから,没収・追徴の根拠事由が共同正犯者の全員について発生し,それとは別問題である犯人相互の間での利益の分配等によって特定の犯人が利益を得る結果になったとしても,上記没収・追徴の根拠事由は消滅しないと見ることができる点に根拠を求めるべきである)。

同じ立案関係者による文献のうち,財団法人法曹会・麻薬特例法及び薬物四法改正法の解説74頁,立花書房・実務新薬物五法95頁は,上記大コンメンタールⅠ薬物五法とおおむね同様の記述をしているものの,「幇助犯,教唆犯については,本法の追徴が没収に代わる追徴であるので,結局これらの者について没収可能な範囲で追徴をすることになると考えられる」という部分に相当する記述はしていないため,それらの文献のみによっては,上記のような解釈を導くのは困難である。しかし,上記に述べたところは,これらの文献と矛盾するものではない。

6 さらに,没収・追徴の要件となる事実が共犯者中の特定の者についてのみ存する場合には,没収・追徴はその者についてのみ可能であるという解釈に争いはないと思われる(上記麻薬特例法及び薬物四法改正法の解説74頁等参照)が,東京高裁判決のように,犯人から犯罪による利得をはく奪するにとどまらず,経済的側面からも薬物犯罪を禁圧しようとするのが麻薬特例法の没収・追徴の趣旨であることを強調して,幇助犯が得ていない利得を幇助犯から没収・追徴すべきであるとする立場からすれば,例えば,共同正犯者がそれぞれ報酬を得ている場合にも,その全額を全員から没収・追徴すべきであると解するのが自然であり,上記のような制限的な解釈を採る根拠は見出し難いはずである。

7 以上のとおり,幇助犯が得ていない薬物犯罪収益を幇助犯から没収・追徴すべきであるとする東京高裁判決には賛成できない。名古屋高裁金沢支部平成6年6月21日判決,大阪高裁平成9年3月26日判決など,東京高裁判決と同旨と思われる高裁判決がある(ただし,上記名古屋高裁金沢支部判決については傍論である)が,同様の理由によりいずれについても賛成できない。

8  関係証拠によれば,被告人は,原判示の覚せい剤等密売の期間内に幇助行為の報酬として合計217万7000円を得ており,これを既に費消していることが明らかであるから,被告人からは金217万7000円を追徴すべきことになる。

第2  破棄自判

よって,論旨に対する判断を省略して,刑訴法397条1項,380条により原判決を破棄し,同法400条ただし書に従い,被告事件について更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判決の(犯罪事実)の1行目に「甲野太郎及び丙山一美が」とあるのを「甲野太郎及び丙山一美が,共謀の上」と訂正するほかは,原判決と同じである。

(証拠の標目)

原判決と同じである。

(法令の適用)

「没収 麻薬特例法11条1項1号」とあるのを削除し,末尾の行に「当審における訴訟費用の不負担刑訴法181条1項ただし書」と加えるほかは,原判決と同じである。

(量刑の理由)

本件は,正犯者らが約3か月半にわたって大阪市内の路上で覚せい剤等の密売を業とした際に,被告人がいわゆる売り子となって正犯の犯行を幇助した事案である。密売は,組織の指揮命令に基づき,昼夜2交代24時間制で毎日行われたもので,この間の売上げは1億750万円もの多額に及んでおり,犯情は相当に悪質である。被告人は,楽をして多額の利益が得られることから密売に加担するようになり,起訴された期間においては,現場の責任者的な地位に就き,1日当たり3万円から3万7000円という多額の報酬を得ていたものであって,その責任は重いというべきである。

他方,被告人は事実関係を認めて反省の態度を示している。被告人の役割は正犯らのそれに比較すればもとより従属的である。被告人は20年以上前のものを除けば前科を有しておらず,今後は正業に就いて更生したい旨を述べている。

そこで,これらの事情を総合考慮して,主文のとおり刑を定めた。

(裁判長裁判官・陶山博生,裁判官・西田時弘,裁判官・丸山徹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例