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大阪高等裁判所 平成19年(く)75号 決定 2007年2月13日

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告の趣意は,主任弁護人C,弁護人D連名作成の即時抗告申立書に記載のとおりであるから,これを引用するが,論旨は,原決定は,基本事件の公判前整理手続において,弁護人がした検察事務官及び司法警察員作成のA及びBの取調べ状況記録書面(以下「取調べ状況報告書」という。)すべての証拠開示裁定請求を棄却したが,刑訴法316条の20第1項の規定により開示すべき場合であるのにその判断を誤ってなされたものであるから,原決定を取り消すとともに,検察官に対し,上記証拠開示を命ずる旨の裁判を求める,というのである。

一件記録によれば,上記各取調べ状況報告書中,検察事務官作成に係るそれの「被疑者等がその存在及び内容の開示を希望しない旨の意思を表明した被疑者供述調書等(以下「不開示希望調書」という。)」,司法警察員作成に係るそれの「逮捕又は勾留の理由となっている犯罪事実に係る不開示希望被疑者供述調書(不開示希望調書)作成事実」の有無及び通数欄を除く各記載部分は,すでに検察官が任意に開示に応じたことが認められるから,同部分についての証拠開示の必要性はなく,その裁定請求は不適法であることは明らかである。同部分について証拠開示裁定請求を棄却した原決定は,結論において相当である。

次に,上記各取調べ状況報告書中,すでに開示された部分を除く,不開示希望調書欄の有無及び通数欄の証拠開示裁定請求について,所論にかんがみ,その関連性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該証拠を開示することの必要性の程度(①)並びに当該開示によって生じるおそれのある弊害の内容及び程度(②)を考慮し,開示が相当と認められるか否かについて検討する。

本件公訴事実の要旨は,被告人は,共犯者である上記A及びBのほか数名の者らと共謀の上,共犯者らにおいて,被害者を,23時間余りにわたって,自動車内や産業廃棄物集積場に監禁し,同集積場において,ショベルカーで掘った穴に被害者を生き埋めにして窒息死させた,というものである。公判前整理手続による争点整理の経過に徴すると,被告人は共謀共同正犯として起訴されたものであるところ,被告人とA,Bらとの間で,電話で共謀を遂げたか否かが主たる争点の事案である。

①については,弁護人は,被告人とAらとの監禁及び殺人の共謀を争う主張を予定しているところ,A及びBの各供述調書の信用性を判断するため,身柄拘束中のA及びBに係る取調べの客観的状況(日時,場所,調書作成の有無,通数等)を知る必要があり,A及びBの取調べ状況報告書について,その不開示希望調書欄を含め,開示がなければ,作成された調書の通数その他その取調べの外形的全体像を確認点検できないのであるから,防御の準備のため開示を受ける必要性があると主張する。しかしながら,刑訴法316条の20第1項によって開示される証拠は,同法316条の17第1項の規定により弁護人が明らかにしたその証明予定事実その他の事実上及び法律上の主張に関連するものと認められなければならないが,一件記録によれば,弁護人は,証明予定事実として,「被告人とAらとの間の監禁及び殺人の共謀は否認する。」「被告人はAとの間で検察官主張の時期に数度電話したことはあるが,共謀していない。電話の一部を聞いた者がいるなどその旨を示す証拠もある。」などと主張するのみで,A及びBの供述の証明力を減殺する具体的事実(不開示希望調書の有無及び通数欄の開示の必要性を基礎づける事実)の主張をしていない。もっとも,弁護人は,即時抗告申立書においては,当初はA及びB両名で相談して犯行を決意した旨供述していたAらの供述が,その後,被告人から監禁及び殺害を指示された旨変遷しており,その供述変遷の契機が不開示希望調書を作成した時点であることも十分に考えられると主張しているが,同事実は証明予定事実として主張されているわけではない。そうすると,①の関連性はないとはいえないが不十分であり,開示の必要性は乏しいといわざるを得ない。他方,②については,不開示希望調書欄を開示することによる弊害の具体的内容,程度が明らかであるともいえない(検察官は,「本件は,共犯者多数の監禁及び殺人事件であるところ,被告人は,実行行為者の中の主導的立場にあったAから相談を受けて本件を指示した首謀者であり,その背後に暴力団関係者がいること,被告人は捜査段階から犯行を否認し,A及びBは犯行を認めていることなどの諸般の事情に照らせば,そのような者からの関係者や共犯者等に関する情報提供等が捜査を進展させる上で類型的に重要性が高く,不開示希望調書の存在が明らかになった場合に供述者等が受ける不利益も重大である。」と主張するが,類型的に重要性が高ければ,何故にAら供述者等が受ける不利益が重大となるのかは明らかではなく,これは,つまるところ,不開示希望調書制度の維持のため,不開示とする必要がある旨の一般的,抽象的弊害の主張に過ぎないのであって,この一般的,抽象的弊害を別にすれば,本件において,不開示を相当とする具体的事情の主張が十分になされているとはいえない。なお,不開示希望調書制度なるものについては,刑訴法316条の15第1項8号に「取調べ状況の記録に関する準則に基づき」取調べ状況報告書が作成されることが定められているほかは法の規定はなく,また,供述者が不開示希望をしていることを証拠開示の直接の除外事由とする法の規定もないのであって,抽象的に不開示希望調書制度の維持を図る上での弊害のみを強調することは,その意味でも相当とはいえない。)。

上記の開示の必要性の乏しさと開示により生じるおそれのある弊害の不明確さを比較検討すると,不開示希望調書の有無及び通数欄の開示を命じなかった原決定には,裁量判断を誤った違法があるとまではいえず,結局,論旨は理由がない。

よって,本件抗告は理由がないから,刑訴法426条1項によりこれを棄却することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 陶山博生 裁判官 杉森研二 裁判官 西田時弘)

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