大阪高等裁判所 平成19年(ネ)1438号 判決 2007年9月28日
控訴人
宇治市
同代表者市長
久保田勇
同訴訟代理人弁護士
小野誠之
被控訴人
乙川太郎
外6名
同7名訴訟代理人弁護士
井上元
主文
1 原判決主文第1項を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は,被控訴人ら各自に対し,300万円及びこれに対する平成18年8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人らのその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを3分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。
3 この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。ただし,控訴人が,被控訴人ら全員を相手方として,200万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人らの請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は,控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
宇治市の住民である被控訴人らは,平成13年5月23日,平成14年法律第4号による改正前の地方自治法(以下「旧地方自治法」といい,上記改正後の法律を「現行地方自治法」という。)242条の2第1項4号に基づく住民訴訟を提起し,平成18年1月31日の控訴棄却の判決を経て一部勝訴が確定したため,控訴人に対し,旧地方自治法242条の2第7項の規定に基づき,被控訴人らが上記住民訴訟遂行のため委任した弁護士に支払うべき報酬として,1500万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成18年8月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
原審は,旧地方自治法242条の2第7項に定める報酬として「相当と認められる額」が900万円であると認定し,900万円及びこれに対する上記遅延損害金の限度で,被控訴人らの請求を認容した。
これに対し,控訴人が,前記第1の1記載の裁判を求め,控訴を提起した。
2 基礎となる事実,争点及びこれに関する当事者の主張
次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1 基礎となる事実」及び「2 争点」と同じであるから,これを引用する。
(1) 3頁19行目を「京都地方裁判所において19回,大阪高等裁判所において14回(和解期日を含む。)である(甲6)。」に改め,21行目の次に「(甲7)」を加える。
(2) 5頁15行目の「「経済的利益」の額を」の次に「適正妥当な範囲内で」を,20行目から21行目にかけての「相当と認められる額」の前に「その報酬額の範囲内で」を,それぞれ加える。
(3) 6頁3行目の「報酬規程」を「前記報酬規程」に改め,4行目の「争いはない。」の次に「もっとも,同規程を参考とすべき度合等については,当事者間に著しい差異がある。」を加え,末行の「最高裁判所裁判例」を「最高裁判所昭和53年3月30日第一小法廷判決(民集32巻2号485頁)」に改める。
(4) 7頁12行目から13行目までを「(1) 本件請求に係る「報酬」とは弁護士報酬規程にいう報酬金のことであり,着手金は含まれない。」に改める。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,被控訴人らの控訴人に対する請求は,各自300万円及びこれに対する平成18年8月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
2 問題の所在
本件の争点は,本件住民訴訟における委任事務処理の対価として,被控訴人らが本件住民訴訟の原告ら代理人弁護士に支払うべき弁護士費用のうち,控訴人に対し支払を請求することのできる,旧地方自治法242条の2第7項の「その報酬額の範囲内で相当と認められる額」を算定するにあたり,弁護士報酬規程(大阪弁護士会報酬規程)を参考にするとして,報酬額算定の基礎となる経済的利益を何をもって算定するかということである。
被控訴人らは,地方公共団体が受けた経済的利益を基準として算定すべきであり,本件住民訴訟での原告らが勝訴した結果,控訴人は少なくとも平成18年6月19日の時点で9135万6326円の支払を受け,その後も金銭を回収しているから,これらを基準に算定すべきであると主張するのに対し,控訴人は,委任事務処理を依頼した本件住民訴訟の原告らが受けた経済的利益を基準とするべきであり,住民訴訟の目的が地方公共団体の会計上の行為を正すことにあって個別の原告の経済的利益を意図していないことから,金銭評価ができない場合の「算定不能」とみてこれを計算すべきであると主張する。
そこで,以下,検討する。
3 旧地方自治法242条の2第7項の「その報酬額の範囲内で相当と認められる額」の算定基準及び算定方法について
(1) 旧地方自治法242条の2第7項は,住民訴訟において住民が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合において,訴訟に要した弁護士費用の公費負担を認めた規定であり,昭和38年法律第99号による地方自治法の改正により設けられた規定である。
本件住民訴訟は,旧地方自治法242条の2第1項4号に基づく訴訟であるところ,そもそも,同号に基づく訴訟を含む旧地方自治法242条の2第1項1号ないし4号の訴訟は,地方公共団体の執行機関又は職員による同項所定の財務会計上の違法な行為等が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから,これを防止するため,地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として,住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであって,執行機関又は職員の上記財務会計上の行為等の適否等について地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に,住民が自らの手により違法の防止又は是正をはかることができるというものである。したがって,上記訴訟の原告は,自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためにではなく,専ら原告を含む住民全体の利益のために,いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するものである。もっとも,旧地方自治法242条の2第1項4号に基づく訴訟は,住民が地方公共団体の有する損害賠償請求権を代位行使する形式によるが,この場合でも,権利の帰属主体である地方公共団体と同じ立場においてではなく,住民としての固有の立場において,財務会計上の違法な行為又は怠る事実に係る職員等に対し損害の補填を要求することが訴訟の中心的目的になっているのであり,この目的実現のために訴訟技術的配慮により代位請求形式が採られているにすぎない。この点において,同訴訟は民法423条に基づく訴訟等とは異質のものである(以上の点につき,前掲最高裁判所昭和53年3月30日第一小法廷判決,最高裁判所平成17年4月26日第三小法廷判決(判例時報1896号84頁),各参照)。
そして,旧地方自治法242条の2第7項は,以上のような同法242条の2第1項4号に基づく訴訟の制度趣旨に鑑み,訴訟に要した弁護士費用の「全部」を「常に」原告である住民に負担させるのは適当でないとの立法政策上の判断から,住民が勝訴(一部勝訴を含む。)の確定判決を得た場合には,当該地方公共団体が現実に経済的利益を受けることになることとの衡平の観点から,上記の場合に限って,弁護士に支払うべき報酬額の範囲内で相当と認められる額に限定して,当該地方公共団体に対し,これを負担するよう(公金から支出するよう),住民が請求する権利を認めたものであると解すべきである。
(2) 以上をふまえて,検討する。
ア まず,旧地方自治法242条の2第7項の「その報酬額の範囲内で相当と認められる額」を決するにあたっては,明確な基準がないことから,前記弁護士報酬規程(平成16年4月1日廃止前のもの)を参考にして算定するのが相当である。
イ ところで,弁護士報酬規程2条1項では,「弁護士報酬は,法律相談料,書面による鑑定料,着手金,報酬金,手数料,顧問料及び日当とする。」と定められている(甲10)から,旧地方自治法242条の2第7項にいう「報酬」も,着手金及び報酬金の双方を含んでいるものと解すべきである。
これに対し,控訴人は,同項が「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」の規定であることから,勝訴敗訴にかかわらず依頼者が負担すべき着手金は含まれないと主張するが,そもそも敗訴した場合が除外されているのは,その結果からして弁護士費用を公金から支出させることが相当でないからにすぎず,勝訴又は一部勝訴の場合であっても,弁護士が実際の委任事務処理の対価として支払を受けるべき「報酬」の額がいわゆる成功報酬に限られるとの,控訴人の上記主張は採用できない。
ウ そして,前記「基礎となる事実」(8)で認定したとおり,弁護士報酬規程12条では,着手金は,事件等の対象の「経済的利益」の額を,報酬金は,委任事務処理により確保した「経済的利益」の額を,それぞれ基準として算定する旨が定められているところ,この「経済的利益」の算定については,13条1項で,金銭債権の場合には「債権総額(利息及び遅延損害金を含む。)」を原則とするものとされているが,算定不能の場合には,15条1項でこれを800万円と定められた上,同条2項で,事件等の難易,軽重,手数の繁簡及び依頼者の受ける利益等を考慮して,適正妥当な範囲内で増減額することができるとされている。
そこで,旧地方自治法242条の2第1項4号に基づく訴訟における勝訴(一部勝訴を含む。)の結果得られた上記「経済的利益」が,当該訴訟における認容額(又は当該地方公共団体への入金額)と解すべきか,それともこれを算定不能と解すべきかが問題となる。
この点については,前記(1)で検討したところである,旧地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟の目的が,住民全体の利益のために地方公共団体の財務会計上の行為を正すことにあって,訴えを提起した者又は地方公共団体の個人的な権利利益の保護救済をはかるためにあるのではない等の制度趣旨に鑑みるとき,同法242条の2第7項により,当該住民訴訟において勝訴(一部勝訴を含む。)した住民が弁護士費用として請求しうべき相当額を算定するに際しては,勝訴(一部勝訴を含む。)に係る判決の認容額や現実の入金額などをもって算定するべきではなく,算定不能として,算出すべきである。したがって,同法242条の2第7項の「その報酬額の範囲内で相当と認められる額」を算定するにあたっては,算定不能として,弁護士報酬規程15条1項によりこれを800万円とみなして,算定すべきである。
(3) これに対し,被控訴人らは,本件住民訴訟における経済的利益を算定不能として扱うと,内容が複雑困難な事件で,かつ,地方公共団体に支払われる金額が高額な事件であっても,弁護士は低額の報酬で訴訟を追行せざるを得なくなり,住民訴訟の提起が困難となって,住民訴訟制度設置の目的に反する旨を主張する。
確かに,事件等の対象の金額や委任事務処理により確保した金額の多寡を考慮することなく,経済的利益を一律に算定不能と解することにより,一見,衡平の理念に反するように見える場合があり得ることは否定できないところである。しかし,既に述べたように,旧地方自治法242条の2第1項4号に基づく訴訟の目的が,地方公共団体の財務会計上の行為を正すことにあって,住民又は地方公共団体の個人的な経済的利益の回復をはかること自体にあるのではない(その利益として観念すべきは,住民全体の受ける公共的利益というべきものである。)ことを踏まえた上で,同法242条の2第7項が,訴訟に要した弁護士費用の全部を常に原告である住民に負担させるのは適当でないとの立法政策上の判断から,住民が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合に限って,弁護士費用のうち相当額のみを地方公共団体に負担させるよう請求することを認めたにすぎないことに鑑みれば,本件住民訴訟により確保される経済的利益を一律に算定不能と解することは,上記立法趣旨等から,おのずから導かれる帰結というべきである。そして,勝訴(一部勝訴を含む。)に係る判決の認容額や現実の入金額は,実際に地方公共団体に支払を命ずべき「相当額」の認定の際に,増額要素の一つとして考慮すれば足りるというべきである。
4 本件における「相当と認められる額」について
(1) 算定不能を前提とする基準報酬額について
以上を前提として,旧地方自治法242条の2第7項の「報酬額の範囲内で相当と認められる額」を検討する。
前記のとおり,本件住民訴訟における経済的利益は算定不能と解すべきであるから,弁護士報酬規程15条1項によりこれを800万円とみなし,前記基礎となる事実(8)記載の算定基準(同規程16条1項の一覧表)により計算する。このうち,着手金については,既に認定したとおり,控訴審で控訴棄却の判決が言い渡され,第1審判決と同額の利益を得ていることから,第1審の着手金は49万円,控訴審の着手金は49万円となり,報酬金については98万円となり,以上の合計は196万円となって,これが,弁護士に支払うべき基準報酬額ということになる。
(2) 本件における増額要素について
前記のとおり,弁護士報酬規程15条2項は,算定不能の場合,事件等の難易,軽重,手数の繁簡及び依頼者の受ける利益等を考慮して,適正妥当な範囲内で増減額することができるとされているが,特に,判決の認容額,現実の入金額が多額である場合,これをいかに増額の要素として考慮すべきかは困難な問題を提供する。しかしながら,この点の判断にあたっても,住民訴訟の特殊な目的,性格を踏まえてなされるべきである。前記のとおり,旧地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟は,その目的実現のため訴訟技術的配慮により金銭の代位請求の形式を採るものではあるが,その目的は,地方公共団体の財務会計上の行為を正すことにあって,住民又は地方公共団体の個人的な経済的利益の回復をはかること自体にあるのではない(前記のとおり,その利益として観念すべきは,住民全体の受ける公共的利益というべきものである。)ことに鑑みれば,弁護士報酬規程15条2項により,基準報酬額の増額をするか否かの判断にあたり,主として重視すべきは,事件等の難易,軽重,手数の繁簡であって,判決の認容額,現実の入金額ではないというべきである。それゆえ,判決の認容額,現実の入金額は,従たる要素として,前記要素に加味する程度にとどめるのが相当であり,住民訴訟の結果得た判決の認容額,現実の入金額が多額であるからといって,この点を重視して,弁護士費用相当額を,その金額に比例して高額に算定するのは相当でない。
これを本件についてみると,前記基礎となる事実(4)で認定したとおり,本件住民訴訟は控訴審において控訴棄却の判決が言い渡されるまで4年8か月以上を費やし,弁論期日等も合わせて30回以上にのぼっただけでなく,そもそも本件住民訴訟における被告の数が最終的に債務名義を得た数だけでも63名,損害賠償の対象となった工事の数も184件と多数にのぼっており,また,証拠(甲7)によれば,刑事事件の謄写記録,文献等の抜粋,新聞記事等が多くを占めているとはいえ,提出された書証の数も合計115点にのぼることが認められ,これらの証拠を整理,検討し,主張を構成するにつき,相当の労力を要したことが推認される。また,前記基礎となる事実(6)記載のとおり,控訴人は,本件住民訴訟の勝訴判決確定の結果,原審口頭弁論終結時において,既に9436万6347円を回収済みである。
以上の事実を考慮すると,本件住民訴訟における原告ら代理人弁護士の委任事務処理の対価を検討するにあたっては,通常の事案に比較して,相当程度の増額がなされてしかるべきである。
(3) 以上の増額要素,その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると,本件住民訴訟における旧地方自治法242条の2第7項の「相当と認められる額」については,前記基準報酬額を約50%の割合で増額した300万円と認めるのが相当である。
したがって,前記基礎となる事実(5)記載の合意による報酬額は300万円であると認められる。
なお,旧地方自治法242条の2第7項に基づく弁護士費用に係る債権は,その性質上,不可分債権というべきであるから,被控訴人ら各自が全額を請求しうるというべきである(なお,本件において,被控訴人らも,不可分債権としてこれを請求しているものと解される。)。
5 結論
以上によれば,被控訴人らの請求は,各自300万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである平成18年8月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから上記の限度で認容し,その余は理由がないから棄却すべきであるところ,これと一部異なる原判決は相当でないから,控訴人の控訴に基づき,原判決主文第1項を上記の趣旨に変更し,その余の被控訴人らの請求は理由がないから棄却することとする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 礒尾正 裁判官 久末裕子)