大阪高等裁判所 平成19年(ネ)2359号 判決 2008年6月03日
控訴人兼被控訴人(原告)
X
訴訟代理人弁護士
田端聡
荒井俊且
被控訴人兼控訴人(被告)
野村證券株式会社
代表者代表執行役
A
訴訟代理人弁護士
辰野久夫
訴訟復代理人弁護士
尾崎雅俊
阿部宗成
主文
1 原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
(1) 被告は原告に対し、2733万3398円及びこれに対する平成17年6月4日から支払済みまで年5分の割合による金銭を支払え。
(2) 原告のその余の請求を棄却する。
2 被告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審を通じ、5分の2を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決1項(1)は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原告
(1) 原判決を「被告は原告に対し、4682万8997円及びこれに対する平成17年6月4日から支払済みまで年5分の割合による金銭を支払え。」と変更する。
(2) 仮執行宣言
2 被告
(1) 原判決中被告敗訴部分を取り消す。
(2) 上記取消部分にかかる原告の請求を棄却する。
第2事案の概要
1 原審
原告は、被告担当者の適合性原則違反、説明義務違反の勧誘行為により投資信託などの投資商品を購入し、多額の損害を被ったとして、担当者の不法行為による被告の使用者責任ないし被告担当者を履行補助者とする被告の債務不履行責任に基づき、被告に対し損害賠償と遅延損害金の支払を求めた。
原判決は、被告担当者の勧誘行為につき、適合性原則違反は否定しつつ、説明義務違反があったと判断して、被告の損害賠償責任を認め、7割の過失相殺をした。
2 前提事実
原告は昭和○年生まれの女性であり、歯科医師の免許を有している。
原告は、それまで自ら証券等投資商品の取引をしたことがなかったが、医師であった兄Bの遺産を相続した後の平成11年11月5日から平成17年2月14日まで(うち購入は平成14年5月8日まで)、被告(天王寺駅支店)と原判決別紙「取引一覧表」記載の証券取引を行った。
被告の担当者は、平成14年3月31日までC、その後はDである。
原告は、次の投資商品(本件投資商品)の取引によって合計4282万8997円の損失(⑦の取引で得た144万円の利金を控除する前の金額)を出した。
(投資信託)
① フィデリティ・ジャパン・オープン
② ノムラ日本株戦略ファンド
③ ジャナス・グローバル・テクノロジー・ファンドA
④ ジャナス・グローバル・ライフサイエンス・ファンドA
⑤ ファンドR&R
⑥ フィデリティ・中小型株・オープン
(日経平均ノックイン債)
⑦ スウェーデン輸出信用銀行債
3 争点及び当事者の主張
(1) 争点は、被告の担当者による原告に対する投資勧誘行為に、適合性原則違反、説明義務違反の違法行為があったのか否か、被告の損害賠償責任が肯定された場合の原告の過失相殺率(賠償すべき損害額)であり、争点に対する当事者の主張は、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要等」欄4項に記載のとおりである。
(2) 当審における原告の主張
ア 本件投資商品の取引の勧誘はそもそも適合性原則に違反するものであり、説明義務違反の点も含め、被告の担当者であったCの故意によるものである。満足な説明を受けず、不適合な取引に引き込まれた原告について、原判決のような高率の過失相殺をすることはできない。
イ Cは、原告の投資経験の欠如や主体的な投資意向がないことに付け込んで、意図的に手数料稼ぎのためのハイリスク取引をなさしめたものである。
Cは、原告の投資経験や投資意向を把握しないまま、次々とハイリスクな投資商品の取引を勧誘した。顧客カードの整備等による顧客の投資意向、投資経験等の的確な把握は、証券業界における常識的な責務であり、このようなことは通常あり得ない。
原告に投資経験がなく、元来利殖にさほど関心がなかったことを、Cは容易に認識できたはずである。それにもかかわらず、Cが原告に対し次々とハイリスクな投資商品の取引を勧誘した理由について、合理的な説明はなされていない。
Cが原告に購入を勧めた投資商品は、すべて、手数料が高率で信託報酬等も被告に入る仕組みになっている投資信託や、被告が主幹事として発行し、被告において高率の利鞘などの利益を得ることができる仕組債や低格付債である。
以上によれば、Cが、自身の営業成績の向上のため、手数料稼ぎ目的で原告に本件取引をさせたことは明らかである。
ウ 原判決は、本件投資商品の取引について、Cは勧誘の際に目論見書やパンフレットを交付しており、株式を投資対象とする投資信託であることや預金と異なり元本の保証がないことを説明していたとし、個別の投資商品毎の説明についてもひととおりの説明があったかのような認定を行っているが誤りである。
原告は、本件投資商品のうち、フィデリティ・ジャパン・オープンと、フィデリティ・中小型株・オープンについては目論見書を所持しているが(甲1、2)、購入後、被告から郵送されてきたにすぎない。その他の投資商品については、そもそも目論見書やパンフレットの送付を受けていない。
エ 本件違法行為の本質は、単なる説明不足ではなく、Cが被告の利益のために適合性原則を踏みにじって原告に過大な責任を背負わせる取引の勧誘を繰り返した点に存する。
原判決は、原告の学歴や判断力、理解力を強調する。確かに原告は歯科医師である。しかしながら、経済を学んだわけではなく、勤務医経験しかなく、平成9年からは実母の看病、家事に専念してきたもので、経験も関心もない証券取引について判断力や理解力を有していなかった。常識として株価が変動することを知っていたからといって、取引適合性が肯定されるわけではない。
原告には資力はあった。しかしながら、資力は適合性の一要素にすぎず、資力があるからといって、経験や意向を無視して異常な取引に引きずり込んでよいわけではない。平成12年8月にファンドR&Rを買い付けるまでに、原告が有していた3億2000万円程度の資産のうち、2億5770万円が被告の勧誘による取引に費やされ、うち約2億1630万円がハイリスク投資商品である本件投資商品に投じられている。
原告は、平成13年7月以降に、100万円前後の株取引を自らの指示で数回行っているが、時期、金額に照らし、それ以前に行われた本件投資商品の取引の投資意欲の存在を示すものではない。原告が、銀行から勧められて安全性の高い公社債投信を買い付けたことがあることについても同様である。
オ 原判決は、適合性原則の法理について、不適格者を排除する法理と理解するようにみえる。しかしながら、適合性原則の法理はそのような狭い法理ではない。顧客の意向と実情に照らして明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘する行為は、適合性原則に違反する。
カ 原告には、平成9年以降母の看護や家事に専念してきたこと、平成11年にBが死亡し、多大な喪失感を感じるとともに、平成12年5月までに様々な事後処理に忙殺されてきたこと、Bの死亡は、原告が看護する母にも多大の精神的打撃を与えたこと、といった特殊事情があった。本件投資商品の取引はそうした状況下で行われたものであることを考慮すべきである。
(3) 当審における被告の主張
ア 原判決はCの説明義務違反を肯定した。しかしながら、Cは原告に対し、投資信託6銘柄及びスウェーデン輸出信用銀行債のいずれについても、原告の属性に即した必要かつ十分な情報を提供しており、原告は、Cから得た情報を基に、自らの自由かつ主体的な投資判断に従って本件投資商品の取引を行っているものであり、そこに違法事由はない。
イ 原告はCに対し、取引の当初から、銀行金利に不満があり、証券取引による資産運用を行いたい旨述べ、取引銀行から案内を受けた投資商品について、利率が低い等の不満を述べていた。原告は、利率に着目し、一定のリスクをとりつつ相応の収益を得ることを志向していたのである。
原告の主体的かつ積極的な投資姿勢は、原告が自ら被告主催のセミナーの資料請求を行い、実際にセミナーに参加していることからも看取することができる。
原告は、株価変動リスク、発行体の財務状況の変動に伴う信用リスク等を理解していた。自ら日経225連動型上場投資信託をCに発注し、購入に至っているのがその例である。
Cは、利率に着目し、一定のリスクを取りつつ収益を得ることを望む原告の意向に鑑み、各投資信託の組入対象銘柄から生じる収益を取得しつつ、リスクを平準化し、個別に保有する場合と比較しリスクを低減し得る方策として、本件各投資信託を原告に紹介した。原告もこれを理解した上で、買い付けたものである。
ウ 本件投資商品の勧誘時にCが原告に説明した内容、交付した資料は次のとおりであり、こうした情報に基づき、原告が理解できない点などをCに対し納得のいくまで質問することは当然に可能であった。原告の属性に照らし、本件投資商品のリスク内容及び程度を理解して投資額を含めた投資判断をするために必要かつ十分な情報が提供されていたことは明らかである。
① フィデリティ・ジャパン・オープン
(説明内容)
投資信託についての一般的な説明(分散投資効果、株価変動リスクの存在、元本や利回りが保証されるものではないことなど)、運用会社、運用主要銘柄、過去の運用実績
(交付資料)
目論見書、運用状況表(これを示しつつ口頭で主要な事項の説明も行っている。)
② ノムラ日本株戦略ファンド
(説明内容)
国内株式(割安株、成長株、小型株)を中心に積極運用し、高収益を目指す投資信託であること、株価変動リスクがあること、元本保証されるものではないこと
(交付資料)
目論見書、パンフレット(これを示しつつ口頭で主要な事項の説明も行っている。)
③ ジャナス・グローバル・テクノロジー・ファンドA
(説明内容)
主として外国のテクノロジー関係の成長企業の株式を投資対象とすること、株価変動リスクのみならず、為替リスクも存在すること、為替ヘッジにより為替リスクを回避できること
(交付資料)
目論見書、パンフレット(これを示しつつ口頭で主要な事項の説明も行っている。)
④ ジャナス・グローバル・ライフサイエンス・ファンドA
(説明内容)
運用対象が外国のライフサイエンス関係の成長企業株式であること、株価変動リスクに加え、為替変動リスクも受けるが、為替ヘッジにより為替リスクを回避できること
(交付資料)
目論見書、パンフレット(これを示しつつ口頭で主要な事項の説明も行っている。)
⑤ ファンドR&R
(説明内容)
新規募集の株式投資信託であること、経営計画による再生・復活が見込まれる国内企業の株式・利益の伸びや競争力と比較すると市場の評価が低い評価に止まっているため、株価の反発が見込まれる株式に投資を行うというリバイバル・リバウンドをテーマに運用するファンドであること、株価変動リスクがあること
(交付資料)
目論見書、要約仮目論見書(これを示しつつ口頭で主要な事項の説明も行っている。)
⑥ フィデリティ・中小型株・オープン
(説明内容)
株式投資信託であること、運用対象は、主として、国内の中小規模の企業が発行する店頭株や箱積み株式等の小型株となり、一般的な上場株より値動きが激しくなること
(交付資料)
目論見書、運用状況表及びパンフレット(これを示しつつ口頭で主要な事項の説明も行っている。)
⑦ スウェーデン輸出信用銀行債(日経平均ノックイン債)
(説明内容)
参照期間中に日経平均株価が基準価格を下回らなければ、元利金は全額償還されることになるが、一度でも基準価格を下回った場合には、評価日の日経平均株価の終値と設定時の平均株価(設定価格)に基づいて比率償還が行われ、最終日の終値によっては元本割れが生じることになること、途中売却ができないこと、参照期間中の日経平均株価の推移による償還例
(交付資料)
目論見書、日経平均ノックイン債についての説明文書(これを示しつつ口頭で主要な事項の説明も行っている。)
エ 日経平均ノックイン債が有する主たるリスクは、①一般の債券と同様の発行体の信用リスク、②株式取引と同様の日経平均株価の変動リスクであり、証券取引における他の投資商品との比較において、必ずしもハイリスクな投資商品といえるものではない。また、日経平均ノックイン債の仕組みを含む背景事情は、顧客の投資リスクには直接関係のない事項である。
オ 原告は、本件ノックイン債(スウェーデン輸出信用銀行債)につき、平成12年12月20日及び平成13年6月20日に各72万円、合計144万円の利金を受領している。仮に原告の請求が一部でも認容されるのであれば、この利金については損益相殺を行うべきである。
第3判断
1 前記前提事実、原告本人の陳述(甲33)及び供述、Cの陳述(乙11)及び証言(後記採用しない部分を除く。)、各別に掲げる証拠並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 原告について
ア 原告は、昭和○年生まれの女性で、昭和○年、40歳で鶴見大学の歯学部を卒業し、卒業後は大学病院に在籍し、大学病院や開業医で勤務医として稼働してきた。
原告は、高校を卒業するころに父を亡くし、開業医である兄Bが原告の父代わりとなってきた。(後に、Bは原告を養子とした。)
イ 平成9年、実母が病に倒れたため、原告は大阪市<以下省略>にあるB所有の自宅兼診療所に転居し、実母の看護、付添にあたった。時間があるときには、Bの診療所の調剤の手伝いをするなどした。
ウ 原告は、従前、証券取引には関心がなく、自ら証券取引をした経験はなかった。
被告の天王寺駅支店には、昭和60年開設の原告名義の取引口座があったが、それは、Bが原告名義で開設し、割引国債を購入した口座であった。その国債は平成2年に償還され、Bは償還金で公社債信託(MMF)を購入した(乙8)。Bの生前、同口座における取引は以上の限りであった。
エ 平成11年4月25日、Bが死亡した。
原告は大きな喪失感を覚える一方、Bが開業していた診療所の後処理(患者のカルテ、レセプトの整理、診療所の売却など)と、子(B)に先立たれたことで精神的な打撃を受けている母の看護に忙殺された。診療所の後処理は、診療所の売却が完了する平成12年5月ころまで続いた。
オ Bには、評価額約4億6000万円相当の遺産があった。原告はBと養子縁組をしており、原告が相続した(相続税は約1億7000万円)。
原告は、自身の資産として約3180万円を有しており、相続により約3億2000万円(相続税支払後)の資産を有することとなった。
(2) 「フィデリティ・ジャパン・オープン」の購入までの経過
ア CはBの担当者であったが、Bの生前に自宅を訪問して投資商品の取引を勧誘することはなかった。
平成11年秋ころ、原告は天王寺駅支店に対し、Bの株券等を相続したことを通知した。これ以後、Cは原告宅を訪問し、電話をかけるなどして、相続手続の説明のほか、投資商品の取引を勧誘するようになった。
イ 平成11年11月5日、原告はCの勧誘を受け、丸紅の社債を1300万円で購入した(原判決別紙「取引一覧表」番号1)。代金1300万円は、相続したBの銀行預金ではなく(相続直後で銀行から引き出すことができなかった。)、原告自身の預金1300万円を充てた。これが、原告が天王寺駅支店を通じて行った最初の証券取引である。丸紅の社債は、満期4年、利率年2パーセントで、株式会社日本格付研究所(JCR)による格付けBの、安全性が高いとされていた投資商品であった。
ウ 平成11年12月14日、被告は、Bが天王寺駅支店のB名義の口座に預託していた13銘柄の株式や金銭を原告名義の口座に振り替えた(原判決別紙「取引一覧表」番号2ないし14)。13銘柄は、いずれも東証一部上場の有名会社である住友電気工業株式会社、株式会社日立製作所、松下電器産業株式会社、大日本印刷株式会社、株式会社西洋フードシステムズ、株式会社横浜銀行、日本通運株式会社、株式会社奥村組、味の素株式会社、株式会社ニチレイ、三共株式会社、富士写真フイルム株式会社、東燃株式会社の株式であった。
エ 平成11年12月22日、原告はCの勧誘を受け、原告自身の預金1879万6978円で公社債投資信託(MMF)を購入した。
オ 平成11年12月28日、Cは原告宅を訪問し、「近く税制が変わって、取得日(取得価格)がわからないような株は税率が高くなる、今売っておかないと損だ。」「年度末が最後のチャンスでベスト。」などと述べて、上記原告名義口座に振り替えられた13銘柄の株式の売却を勧め、その売却代金で「フィデリティ・ジャパン・オープン」及び「流行の株」を購入することを勧めた。
原告はCの勧誘に従い、同日(平成11年12月28日)、原告名義口座に振り替えられた上記13銘柄の株式を、受渡代金(売却による手数料等控除後の価格)合計7350万6871円で売却し(原判決別紙「取引一覧表」番号15ないし28)、翌日(平成11年12月29日)、5000万円で「フィデリティ・ジャパン・オープン」を購入した(原判決別紙「取引一覧表」番号29)。
カ Cは、原告に「フィデリティ・ジャパン・オープン」を勧誘するに際し、原告の投資経験や投資意向について確認書類の作成を求めていない。Cは原告に投資経験がないことを知りながら、その点に注意を払わず、原告の投資意向をよく確認しないまま投資商品の勧誘をした。Cの認識は、原告が銀行の預金金利に不満を持っているという程度のものであった。
キ 「フィデリティ・ジャパン・オープン」の概要は、原判決別紙「投資信託一覧表」1に記載のとおりである(甲1)。同商品は、株式への投資割合に制限がなく、株式組入比率は高位で、投資対象には上場銘柄だけでなく店頭登録銘柄も含まれ、高成長企業(市場平均等に比較し高い成長力があり、その持続が長期的に可能と判断する企業)への積極投資を行うものである。そのため、株価変動のリスクは大きい。また、アジア株式にも投資可能であり、外貨建資産への投資は30パーセントまで認められている。したがって、各国通貨の円に対する為替レートによりファンドの基準価額が変動する為替リスクを有する。委託会社(フィデリティ投信株式会社)は、為替変動リスクや価格変動リスクを回避する等の目的で一定の限度額内で先物取引や先物オプション取引等を行うことを指図することもできる。
ク Cが原告に対し、事前に上記「フィデリティ・ジャパン・オープン」の商品内容、リスクを説明し、目論見書等の資料を交付したことを認めるに足りる証拠はない。
被告は、Cが原告に対し、フィデリティ・ジャパン・オープンを勧める際に、「フィデリティ・ジャパン・オープン運用状況」と題する書面(乙13)及び目論見書(甲1)を交付して説明したと主張し、Cはこれに沿う証言をする。しかしながら、原告は事前にそうした書類を受領したことや説明を受けたことを明確に否定する供述をしている(目論見書は取引に入った後に被告から送られてきたものという。)。Cの証言を裏付ける受取書、確認書等の客観的な証拠はない。関係書類の交付や説明が証券会社の担当者の通常の業務内容であるとしても、同じく通常の業務内容であるはずの顧客の投資経験に十分注意を払うことを怠り、投資意向を確認することを怠っているCが、説明についてのみ履践したと推認することはできない。原告は、取引に入る際に、フィデリティ・ジャパン・オープンについてCに対し特段の質問をした形跡がない。原告は、勧誘を受けた当日に購入資金となる相続を受けた13銘柄株式を売却し、翌日フィデリティ・ジャパン・オープンを購入している。原告において、数多くある投資信託商品と照らし合わせるため、同オープン以外の投資商品について説明を受け、同オープンの目論見書の内容をよく検討し十分に理解した上で自ら投資判断をしたと認められるだけの時間的な余裕があったとは認められない。したがって、Cの供述は採用することができない。
ケ なお、原告は、Cから別に「流行の株」としてソニー、京セラ、NTTドコモ、ソフトバンクの各株式購入の勧誘を受け、平成12年1月14日、上記13銘柄の売却代金の残りを充てて、これらの株式を受渡代金合計1752万8693円で購入した(原判決別紙「取引一覧表」番号30ないし33)。
(3) 「ノムラ日本株戦略ファンド」の購入
ア Cは、平成12年1月17日、原告宅を訪問し、当時、被告がテレビで宣伝していた「ノムラ日本株戦略ファンド」を「凄い人気のヒット商品です」などと言って勧誘し、原告は同日、「ノムラ日本株戦略ファンド」を受渡代金1100万円で購入した(原判決別紙「取引一覧表」番号34)。
イ 「ノムラ日本株戦略ファンド」の概要は原判決別紙「投資信託一覧表」2に記載のとおりである(乙2の1ないし3)。同商品は、主として国内株式を投資対象とするが、株式投資割合に制限がなく、株式組入れを高水準とし、店頭登録銘柄も投資対象に含む。したがって、相当の株価変動リスクを有する。また、大中型バリュー(大中型割安株)、大中型グロース(大中型成長株)、小型ブレンド(小型銘柄、店頭登録銘柄、東証2部上場銘柄)の各投資スタイルへの資産配分比率を適宜変更することができ、基準資産配分比率(45%、45%、10%)から大きく乖離させることがあり、その場合、ファンドの基準価額の動きが株式市場全体の動きと大きく異なる場合がある。そのため、単に顧客が上場株の取引をする場合に比べ、投資判断が困難になるといった事態も生じ得る。
ウ Cが原告に対し、事前に「ノムラ日本株戦略ファンド」の上記商品内容やリスクについての説明をし、説明資料を交付したことを認めるに足りる証拠はない。
被告は目論見書を交付したと主張し、Cはこれに沿う証言をする。
しかしながら、原告はこの点を明確に否定する供述をしているところ、被告の主張を裏付ける客観的証拠(受取書など)はなく、原告はCに対し特段の質問をした形跡がなく、勧誘された当日に購入を決めているなどの購入の際の事情に照らし、Cの証言を採用することはできないことは、前記(2)クで説示したところと同様である。
(4) 「ジャナス・グローバル・テクノロジーA」の購入
ア 平成12年2月21日、原告はCの勧誘を受けて、「ジャナス・グローバル・テクノロジーA」を受渡代金1908万2750円で購入した(原判決別紙「取引一覧表」番号35)。代金は、天王寺駅支店の原告名義口座の残金のほか、MMFを売却し、その代金が充てられた。
イ 「ジャナス・グローバル・テクノロジー・ファンドA」の概要は、原判決別紙「投資信託一覧表」3に記載のとおりである(乙3、9)。同商品は、ファンド資産のほとんど全てを全世界の普通株式に投資することができるため、広範な株価変動リスクを有する。特定業界への投資には集中しないが、一定の市場圧力に応じて反応する企業に投資することができ、同様な関係企業に投資しないファンドよりも価格変動が大きくなり得る。全世界の成長力ある企業に投資するものとなっているため、小規模または新興企業に投資することもできる。これらの企業の有価証券は、大手企業または評価の確立した企業の有価証券市場よりもその市場は限定されており、かかる企業への投資は不安定で投機的であるというリスクを有し、大幅な価格変動リスクがあり得る。低格付け証券にも投資できる。低格付け証券の発行体は高格付け証券の発行体ほどには財務的に強固ではなく、価格変動を受けやすいというリスクを有する。規制ある市場で取引されていない証券への投資も可能である。ただし、公認の証券取引所または他の規制市場で取引されていない証券への投資額が、ファンドの純資産総額の10パーセント以下である場合にのみ行うとの投資制限がある。オプション取引も可能である。ただし、一定の投資制限(当該オプションが証券取引所に上場されているか、または規制ある市場で取引されている場合で、かつ、オプションの取得価格[プレミアム]が、ファンドの純資産総額の15パーセントを超えない場合のみ行うことができる。)がある。
ファンドが、米ドルまたは円建てでない証券または通貨を保有する限り、為替リスクもある。
ウ Cが原告に「ジャナス・グローバル・テクノロジー・ファンドA」を勧誘した際、上記商品内容、リスクなどを説明し、目論見書などを事前に交付したと認めるに足りる証拠はない。この点に関するCの証言を採用することができないことは、前記(2)クで説示したところと同様である。ここでも、原告がCに対し、ジャナス・グローバル・テクノロジー・ファンドAを購入するに際し、不安や疑問を提示し、他の商品との比較などの説明を受け、商品内容をよく吟味して購入した形跡はない。
エ なお、「ジャナス・グローバル・テクノロジー・ファンドA」を購入した翌日(平成12年2月22日)、原告はCから、「国が潰れない限り大丈夫」などと「トルコ共和国債」の購入を勧誘されて「トルコ共和国債」を購入した。受渡代金は8700万円で、原告の三菱銀行の預金を解約して代金の支払に充てた(原判決別紙「取引一覧表」番号36)。
購入に際し、Cが、事前にトルコ共和国債が低格付債でありリスクが大きいとの説明をしたことを認めるに足りる証拠はない。
Cは、当時のトルコの財政状況が、巨額の債務のため大幅な赤字であったこと、平成11年8月17日に大地震が発生して、将来の財政にダメージを与える可能性があることなどの、トルコの信用状況について、特段の知識を有していなかった。
原告は、トルコ共和国債の格付けが投機的格付けであることについて、Cに対し、特段、質問等はしなかった。
トルコ共和国債の信用リスクは高く、Cの後任であるDは責任を持てないなどとして、原告に売却を勧めた。
(5) 「ジャナス・グローバル・ライフサイエンスA」の購入
ア 原告は、平成12年4月4日(当時、原告は、診療所の売却、整理、引越で多忙を極めていた。)、Cの勧誘により、「ジャナス・グローバル・ライフサイエンスA」を購入した(原判決別紙「取引一覧表」番号42)。受渡代金は309万4500円であった。
イ 「ジャナス・グローバル・ライフサイエンスA」の概要は、原判決別紙「投資信託一覧表」4に記載のとおりである(乙4)。同商品は、ジャナス・グローバル・テクノロジー・ファンドAと同様のリスクないし投資制限を有する。特定業界への投資に集中しないジャナス・グローバル・テクノロジー・ファンドAとは異なり、ライフサイエンス志向と考えられる関連業界へ投資を集中させるので、その結果、特定業界の投資に集中している度合いが低い投資商品よりも変動リスクが大きくなり得る(いわゆる業界リスク)。
ウ Cが、原告に「ジャナス・グローバル・ライフサイエンスA」を勧誘した際、上記商品内容、リスクなどを説明し、目論見書などを事前に交付したと認めるに足りる証拠はない。前記(2)クで説示したところと同様である。ここでも、原告がCに対し、ジャナス・グローバル・ライフサイエンスAを購入するに際し、不安や疑問を述べ、説明を求めた形跡はない。
(6) 「スウェーデン輸出信用銀行債」その他の投資商品の購入
ア 原告は、平成12年5月、大阪市<以下省略>にあった自宅兼診療所を代金1億1000万円で売却して現在の住所に転居した。原告は、診療所の売却後の手続等に加え、引越と新居の片付けに追われていた。
平成12年5月29日、原告の母(明治○年○月○日生)が転倒して大腿骨を骨折し、翌30日から平成12年7月まで大阪医療センターに、平成12年7月29日から同年10月23日まで、リハビリのため「○○○」に入院した。原告は入院中の母の看病にも追われ、自宅は不在がちとなった。
イ 原告が自宅兼診療所を売却することを知ったCは、原告に対し、売却代金を投資商品の購入に充てるよう求めた。
Cは、平成12年6月15日、原告に対し「スウェーデン輸出信用銀行債」の購入を勧誘し、原告は、即日(平成12年6月15日)、同債を4000万円で購入した(原判決別紙「取引一覧表」番号45)。
ウ 「スウェーデン輸出信用銀行債」は日経平均ノックイン債である。
日経平均ノックイン債は、償還価格が、一定期間中の日経平均株価の終値によって額面額となったり、あるいは、日経平均株価終値の下落分に応じて決定されるという債券である。参照期間(申込期間初日から評価日まで)中に日経平均株価の終値が基準価格を一度も下回らなかった場合は、額面額が償還額となるが、日経平均株価の終値が基準価格を一度でも下回った場合は、日経平均株価に応じた一定の計算式(額面額×最終日経平均株価終値÷設定価格)によって償還額が決定される。「スウェーデン輸出信用銀行債」の概要は次のとおりである(乙5の1ないし3)。
a) 額面 100万円
利率 年4.5%
売出期間(申込期間) 平成12年6月15日から同月19日まで
設定価格 1万6900円
基準価格 1万3600円
受渡日(発行日) 平成12年6月20日
償還期限 平成13年6月19日
b) 償還条件
① 日経平均株価の終値が、平成12年6月15日(申込期間初日)から平成13年5月29日(評価日。償還日の15営業日前)までの間に、一度も1万3600円(基準価格)未満とならなかった場合には、額面(100万円)で償還する。
② 日経平均株価の終値が、平成12年6月15日(申込期間初日)から平成13年5月29日(評価日。償還日の15営業日前)までの間に、一度でも1万3600円(基準価格)未満となった場合には、償還額は次の計算式で算出される。ただし、額面額(100万円)が償還の上限となる。
100万円×(最終日経平均株価終値÷1万6900円[設定価格])
したがって、購入者は、日経平均株価の終値が、参照期間中に一度でも1万3600円(基準価格)未満になり(ノックイン)、平成13年5月29日(評価日。償還日の15営業日前)において1万6900円(設定価格)を下回っていた場合には、設定価格である1万6900円を基準として日経平均株価の下落に応じた損失を負うことになる。すなわち、スウェーデン輸出信用銀行債は、元本について株価変動リスクを伴い、日経平均株価終値によっては、最終償還価格が100パーセント未満となる可能性がある。
一方、日経平均株価がどれだけ上昇しても、額面額以上の償還は得られない。
また、スウェーデン輸出信用銀行債は途中売却ができない。
エ Cが原告に対し、スウェーデン輸出信用銀行債の購入に際して、事前に上記商品内容、特に他の投資商品との相違点を踏まえたリスク内容などを説明し、資料を交付したことを認めるに足りる証拠はない。前記(2)クで説示したところと同様である。ここでも原告は、Cに対し、特段の説明を求めたり、リスクについての不安を示した形跡はなく、勧誘を受けた当日に購入している。
オ 原告がスウェーデン輸出信用銀行債を購入した平成12年6月15日前後の日経平均株価は、平成12年4月12日には2万0833円であったものが、同年5月26日には1万5870円に下落し、同年6月5日には1万7261円に上昇したが、同月16日には1万6289円に下落するという推移となった。
その後、平成12年12月21日に1万3600円未満となり、スウェーデン輸出信用銀行債はノックインした。
(7) 「ジャナス・グローバル・ライフサイエンスA」の追加購入及び「ファンドR&R」の購入
ア 平成12年7月6日、Cの電話勧誘により、原告は「ジャナス・グローバル・ライフサイエンスA」を受渡代金330万1212円で追加購入した(原判決別紙「取引一覧表」番号47)。
イ 平成12年8月1日、Cは原告に電話をかけ、買いたい投資商品があるから300万円を原告名義口座に送金するように求めた。原告はこれに従い、同日、Cは、原告のために「ファンドR&R」を代金300万円で購入した(原判決別紙「取引一覧表」番号48)。
ウ 「ファンドR&R」の概要は、原判決別紙「投資信託一覧表」5に記載のとおりである(乙6の1、2)。株式組入れを高水準とすることを基本とし、投資対象は国内の株式であるが、リバイバル銘柄、リバウンド銘柄の二つの観点から投資銘柄を選定するため、株価変動リスクは大きい。業種配分等がわが国の株式市場における構成比率と大きく異なる場合も想定され、わが国株式市場全体の動きとファンドの基準価額の動きが大きく異なることがある。外貨建資産への投資は行わず、デリバティブ(金融派生商品)の利用はヘッジ目的に限定されている。
エ なお、原告は、平成12年8月9日、東京三菱銀行(当時)で公社債投資信託を4100万円で購入した。
(8) 「フィデリティ・ジャパン・オープン」の追加購入及び「フィデリティ・中小型株・オープン」の購入
ア 原告はCの勧誘により、「フィデリティ・ジャパン・オープン」を、平成13年1月23日、受渡価格1000万円で、同年6月27日、受渡価格1300万円で、同年7月27日、受渡価格2000万円で追加購入した(原判決別紙「取引一覧表」番号59、80、85)。
イ また、原告はCの勧誘により、平成13年7月27日、「フィデリティ・中小型株・オープン」を900万円で購入した(原判決別紙「取引一覧表」番号86)。
ウ 「フィデリティ・中小型株・オープン」の概要は、原判決別紙「投資信託一覧表」6に記載のとおりである(甲2)。同商品は、株式への投資割合に制限がなく、株式組入比率は高位で、外貨建資産への投資は30パーセントまで認められている。株価変動リスク及び為替リスクがある。投資対象が、わが国の株式のうち、主として中小型株であり、店頭登録銘柄や箱積み株式等も対象とする。このため、わが国の上場株式市場の値動きと比較して価格変動が大きくなることがある。
(9) 原告自ら発案による取引
原判決別紙「取引一覧表」記載の取引はいずれも被告を通じて行われた取引であり、そのほとんどはCが勧誘し主導して行なわれたものであるものの、平成13年7月以降に行われた次の各取引(購入)は、原告の発案によった。
○ 平成13年7月23日、日経225連動型上場投資信託(受渡代金117万9384円)(原判決別紙「取引一覧表」番号84)
○ 平成13年10月3日と10日、スターバックスコーヒージャパン株式会社の株式(受渡代金は128万円と40万5187円)(原判決別紙「取引一覧表」番号91、92)
○ 平成14年2月13日、ソニー株式会社の株式(受渡代金59万6371円)及び日本電気株式会社の株式(代金90万4141円)(原判決別紙「取引一覧表」番号95、96)
(10) その後の経過
ア 平成13年秋ころ、原告は、フィデリティ・ジャパン・オープンの価格が低落していること、トルコ共和国債が危険であることを第三者から聞き、Cに対し、その点を質し、全取引の現状を知らせるように求めた。
Cは「大丈夫」と回答し、それ以上の応対をしなかった。
イ 平成14年3月、Cは転勤した。
ウ 原告は、後任のDに対し、トルコ共和国債について質したところ、トルコ共和国債は危ない、責任をもてないので売却してほしいと回答した。
その後、Dは原告に対し、フィデリティ・ジャパン・オープンの価格が半分以下に下落していると説明し、売却して変額年金に乗り換えるよう勧めた。
原告はこの勧誘には応ぜず、Dに対し、取引全体の損益状況がわかるような資料の提出と説明を求めた。
エ 平成14年10月ころ、Dは原告に対し、原告が購入した外国投信の価額変動チャート表など価格下落の状況がわかる資料を交付した。
原告は、被告から送付された報告書類等と照らし合わせ、本件各取引の損失額が莫大になっていることを知った。
オ 原告は代理人に相談の上、平成17年2月14日までに被告との取引を終了し、同年5月11日、本訴を提起した。
2 適合性原則違反について
(1) 証券会社は、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとならないように業務を営まなければならず、証券会社の担当者が、顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則から著しく逸脱した証券等投資商品の取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上も違法となる。顧客の適合性を判断するにあたっては、当該投資商品の取引類型における一般的抽象的なリスクのみを考慮するのではなく、具体的な商品特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資経験、証券等投資商品の取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある。
(2) 上記認定によれば、次の点を指摘することができる。
ア 本件投資商品(6投資信託とスウェーデン輸出信用銀行債)は、いずれもその仕組みが複雑で、理解が容易とはいえない投資商品である。
本件投資商品のうち、6投資信託は組入が予定ないし許容されている株式の累計に照らし、株価変動リスクが大きく、公社債投資信託(MMF)や国内一部上場会社の株式と比較して、また他の投資信託と比較しても、いずれも相対的にハイリスクな投資商品であり、各商品の特性やリスクをよく知った上で、リスクをとっても相当な利益を得ることをねらう積極的な投資意向に適合する投資商品である。
また、日経平均ノックイン債であるスウェーデン輸出信用銀行債は、得られる可能性のある利益は利金(手数料等は控除される。)の限度であるのに、利金程度にとどまらない損失を受ける可能性があり(一定の限度はある。)、しかも中途で売却することができないといった制約を負っている。購入すべきかどうかを決定するに際しては、その仕組みをよく知り、経済状況、株式市況の動向に関心を払い、1年先の株式市況の動向を予測した上で、中途で売却できないというリスクをとりつつなお購入すべきか否かを判断しなければならず、主体的積極的な投資判断を要する投資商品であり、リスク性の高い投資商品である。
イ 原告は、Bの資産を相続して、約3億2000万円の資産を有していたが、自身はもともと投資には関心がなく、Bの生前においては取引経験はなかった。また、積極的な投資意向もなかった。
原告は、昭和○年生まれの女性であり、Bの死後は実母と二人暮らしであった。上記資産は、原告が実母と生活していくにあたり、十分すぎるものである。手持ち資産を積極的に運用して増やしていこうとの動機付けはなかった。
原告は歯科医師の免許を有しているが、経済や投資商品についてはもともと関心が低く、特段の知識を有していたとか、積極的に理解に努めていた形跡もない。
原被告間の取引の中には、原告が自ら選択して行ったものもある。しかしながら、時期はいずれも本件投資商品の取引が既に行われた後の平成13年7月23日以降で、購入価格は100万円前後にすぎず、原告が本件投資商品の取引について、積極的な投資意向を有していたことを示すものではない。
ウ Cは、原告がBの遺産を相続したことを知った後の平成11年秋ころから原告に対し本件投資商品の購入を含む証券取引の積極的な勧誘を始め、平成11年11月5日の丸紅の社債の購入から、平成12年8月のファンドR&Rの購入に至るまでの間に、原告は資産約3億2000万円のうち、2億5770万円がCの勧誘による取引に費やされ、うち約2億1630万円が本件投資商品等に投じられている。
(3) 以上の点を総合的に考慮すれば、Cの原告に対する一連の本件投資商品の勧誘は、これまで投資経験がなかったのに億単位の額を相続し、投資についての知識を持たず積極的な投資意向もない原告に対し、原告の投資経験に注意を払わず、原告の投資意向を確認しないまま、原告の意向と実情に反し、堅実な株式投資から転じて、明らかに過大な危険を伴う商品のみの取引に、そして額においても一個人の投資目論見には到底及ばない桁に達する取引へと積極的に誘導したものであり、適合性の原則から著しく逸脱した証券取引勧誘に該当するといわざるを得ない。
原告が歯科医師の免許を有することだけで適合性を肯定する根拠となるものではなく、原告が相続により約3億2000万円の資産を有していたことについても、原告の投資経験に注意を払わず、投資意向を確認しないまま、原告の意向と実情に反して本件投資商品の取引を勧誘することを正当化するものではない。
したがって、Cによる本件投資商品の勧誘行為は全体として原告に対する適合性原則違反の不法行為を構成する。
3 説明義務違反について
(1) 証券会社は、一般投資家を取引に勧誘することによって利益を得ているところ、一般投資家と証券会社との間には、知識、経験、情報収集能力、分析能力等に格段の差が存することを考慮すれば、証券会社は、信義則上、一般投資家である顧客を証券取引に勧誘するにあたり、投資の適否について的確に判断し、自己責任で取引を行うために必要な情報である当該投資商品の仕組みや危険性等について、当該顧客がそれらを具体的に理解することができる程度の説明を当該顧客の投資経験、知識、理解力等に応じて行う義務を負うというべきである。この点は、原判決が説示するとおりである。
(2) 前記のとおり、本件投資商品は、その特質、仕組みを理解することが容易なものではなく、相対的に高いリスクをはらむ投資商品である。また、原告は、Cからの勧誘までは投資経験がなく、被告との取引について積極的な投資意向を有していなかった。
それにもかかわらず、原告は本件投資商品の購入について、Cの勧誘直後にほぼ即決に近い形で取引することを承諾し、しかも、購入原資に、Bから相続したいずれも一部上場有名企業の比較的安定した株式の売却代金、預金、公社債信託など安定した資産を躊躇なく充てるなどして、約2億1630万円を本件投資商品に投じたものである。
こうした事実は、原告が各種投資商品の中での本件投資商品の位置付けを理解しないままであり、本件投資商品の仕組みやリスクについてほとんど理解していなかったこと、原告がその代金に充てるために処分した上記資産との間でのリスクの区別ができていなかったことを示すものである。
上記1で認定したとおり、本件投資商品の取引の前に、Cが原告に対し説明文書を交付し、これに基づいて本件投資商品の仕組みやリスクを、原告にわかるように説明したことを認めるに足りる証拠はない。むしろ、Cが原告の投資経験に注意を払わず、投資意向を確認していないこと(Cも自認している。)に照らせば、そもそもCは、原告に対して本件投資商品の仕組みやリスクについて原告が理解できていたかについて関心が低く、原告が理解できるように説明を尽くそうとの意識をほとんど持ち合わせていなかったと認めることができる。
Cの原告に対する説明義務違反は明らかであり、この点についても、Cの勧誘行為は不法行為を構成する。
4 責任のまとめ
以上によれば、本件投資商品の取引について、Cの使用者である被告は原告に対し、不法行為の損害賠償責任を負う(民法709条、715条)。
5 過失相殺について
以上のとおり、Cによる本件投資商品の取引の勧誘行為は、適合性原則違反と説明義務違反の不法行為を構成するところ、投資経験のない原告に対し、投資意向をよく確認せず、理解の程度に意を用いることなく勧誘を繰り返したCの違法性は大きい。
他方、Cは、原告に無断で取引をしたものではない。原告においても、Cの勧誘に軽々に従わず、商品の仕組みや内容についてCに対し納得できるまで説明を求め、あるいは取引を拒否することは可能であった。投資商品の取引は本来自己の責任と判断に基づいて行うべきところ、本件投資商品の取引の経過、本件投資商品の購入金額の大きさに照らせば、当時の原告の置かれた状況を考慮しても、原告が被告会社のブランド力を盲信し軽々に本件投資商品の取引を承諾したことは、軽率である。
こうした点を含め、本件に顕れた一切の事情を総合考慮すれば、原告の過失割合を4割として過失相殺するのが相当である。
6 被告が賠償すべき損害額について
本件投資商品の取引による原告の損害は、合計4282万8997円の損失から、スウェーデン輸出信用銀行債で得た利金144万円を控除した4138万8997円であると認められる。
被告は原告に対し、過失相殺により、その6割に相当する2483万3398円について、賠償義務を負う。
7 弁護士費用
原告が本件訴訟追行のために要した弁護士費用については、事案の内容及び経緯など諸般の事情に照らし、250万円をもって相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
第4結論
よって、原告の請求は2733万3398円とこれに対する平成17年6月4日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限りで理由があるから、原告の控訴に基づきこの限度で原判決を変更し、被告の控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 髙橋善久 鈴木陽一郎)