大阪高等裁判所 平成19年(ネ)2897号 判決 2009年6月11日
控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
熊野勝之
同
後藤貞人
同
陳愛
同
井上健策
同
康由美
同
友弘克幸
同
木原万樹子
被控訴人
国
同代表者法務大臣
森英介
同指定代理人
山口順子<他11名>
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、控訴人に対し、二二〇万円及びこれに対する平成一七年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
(4) 仮執行宣言。
二 被控訴人
(1) 主文と同旨。
(2) なお、仮執行の宣言を付することは相当でないが、仮に付する場合には、
ア 担保を条件とする仮執行免脱の宣言
イ その執行開始時期を判決が被控訴人に送達された後一四日経過した時とすることを求める。
第二事案の概要
一 事案の骨子
本件は、平成一七年一月一三日から同年六月一四日まで未決勾留により大阪拘置所に収容されていた控訴人が、同所収容中に朝日新聞の自費による定期購読を許可されなかったのは違憲、違法であるなどと主張して、被控訴人に対し、国家賠償法一条一項に基づき、慰謝料及び弁護士費用の合計二二〇万円及びこれに対する不許可処分の日である平成一七年一月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
原判決は、朝日新聞の購読を認めなかった大阪拘置所長の判断に違法はないとして、控訴人の請求を全部棄却した。
二 法令の定め及び争いのない事実
原判決「事実及び理由」欄第二の一及び二に摘示されたとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決五頁六行目の「同日」を「同年一月一三日」に改める。なお、以下の引用に当たっては、「原告」を「控訴人」、「被告」を「被控訴人」と読み替えることとし、また、本判決における略称は、原判決に準じるものとする。
三 争点及び当事者の主張
次のとおり補正し、また後記のとおり当審における補充主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄第二の三に摘示されたとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 原判決六頁一行目の冒頭に次のとおり加える。
「 自由権規約一〇条一項は「自由を奪われた者が、人道的、人間固有の尊厳を尊重して取り扱われる権利」を、同二項は「被告人は、有罪の判決を受けていない者としての地位に相応する別個の取扱いを受ける権利」を、それぞれ保障している。」
(2) 原判決一〇頁一二行目の後に、改行して次のとおり加える。
「カ 自由権規約一〇条違反
控訴人は、自由権規約一〇条一項及び二項に従って、「人道的、人間固有の尊厳を尊重」され、かつ「有罪の判決を受けていない者としての地位に相応する別個の取扱いを受ける権利」を有する。本件購読規制に基づく本件不許可処分は、これらの権利の侵害になることは明白であるから、同規約二条三項(a)により直ちに効果的な救済がなされなければならないのに、大阪拘置所は、現在まで効果的な救済を怠っている。」
(3) 原判決一〇頁一三行目の「カ」を「キ」に、同頁末行の「キ」を「ク」に改める。
(4) 原判決一一頁一四行目の後に、改行して次のとおり加える。
「 また、控訴人は、事案の重大性に鑑み、弁護士に訴訟の追行を委任する必要があった。そのための弁護士費用は二〇万円を下らない。」
四 控訴人の当審における補充主張
(1) 新聞閲読の自由などの精神的自由の規制は、経済的自由に対する規制とは異なり、厳格な基準によって審査されなければならず(二重の基準論)、精神的自由の核心である知る権利(新聞閲読の自由)に対する制約の違憲審査基準としては、「相当の蓋然性があると認められること」との基準は緩やかに過ぎる。精神的自由の優越的地位に照らし、知る権利の規制について行政の裁量を広く認めることはできないというべきである。
また、精神的自由の規制には違憲性の推定が働くから、違憲審査においては、規制立法の合理性を支える事実(立法事実)に照らした厳格な審査が必要である。
さらに、無罪が推定される未決拘禁者には、原則として一般市民と同等の権利が保障されなければならない。これに加えて、勾留により外界と遮断されている状況下では、新聞等の閲読によって情報を得て思索などを行うことの重要性はむしろ高まる。
したがって、未決拘禁者の新聞閲読の制約は、極めて厳格に審査されなければならず、具体的には、まず規制目的は逃亡又は罪証隠滅の防止に限定され、規制対象行為(朝日新聞の購読)を認めた場合に上記目的を達成できなくなる明白かつ現在の危険が認められるような例外的な場合にのみ、制約が許容される(目的審査基準=明白かつ現在の危険の基準)。そして、より緩やかな程度の規制によって上記目的を達成できないということが立法事実等に照らして証明されてはじめて、規制手段の合憲性が承認されるものである(手段審査基準=いわゆるLRAの基準)。
(2) 監獄法施行規則八六条二項は、まず目的審査において、新聞閲読の自由を不当に侵害するものとして法令違憲であり、これをひとまず措いたとしても、本件購読規制は違憲である。
被控訴人は、紙種制限を撤廃すれば希望紙種が増加し、新聞購入手続や内容審査、記事の抹消、切り取り等の事務が増大する旨主張するが、大阪拘置所の所在する地域の一般住民にとっても、実際に個別配達による定期購読が可能な一般紙はせいぜい七紙程度であり、正しい情報が提供されれば、未決拘禁者の希望紙種は七紙に近づくことになろう。仮に全ての希望紙種について購読を認め、かつ、すべての未決拘禁者が定期購読を申し込んだとしても、一人一紙の原則を置いている限り、購読部数が未決拘禁者の人数を超えて増大することはない。紙種制限を撤廃した場合にどの程度購読部数が増加するのかも不明である。また、記事の抹消又は切り取りをすること自体が憲法違反であり、そのための内容審査もまた憲法違反であると考えるべきであるから、内容審査に要する事務の増大は、紙種制限の必要性を根拠付けるものにはなり得ないが、その点を措いても、広告における週刊誌の見出しが、刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生じたり、罪証隠滅の結果を生じたりするという未決拘禁者の閲読禁止基準に該当することはおよそ考えられない。そもそも「実話時代」や「実話ドキュメント」といった暴力団関係の記事が多い雑誌ですら差入れや定期購読が認められている刑事施設もある(甲三六)のに比べ、新聞紙に掲載される週刊誌の見出しの内容審査をするのは恣意的であるし、窓口への差入れによる通常紙の閲読の場合は、内容審査のほか、新聞の中に外部の者による書き込みがないか等についても審査する必要が生じるのであって、自費購入を認めたほうが作業時間は短縮されると考えられる。また、仕分け作業や配布作業を行う受刑者の人数を増加させて配布作業の時間を短縮すれば、拘置所職員が勤務時間内に内容審査をすることも可能なはずである。
そもそも、本件では表現の自由に関する権利の侵害が問題とされているのであって、憲法が予定する人権制約原理に「国家予算」はない。また、強制的に無罪推定を受ける地位にある未決拘禁者を勾留しておきながら、国家予算を理由に権利を制約することは許されない。
(3) 現行の方法による制限の程度は、以下のとおり重大であり、「通常紙の購読は、在監者が任意に選択する一紙に制限する」などのより制限的な手段が存在し、そのようなより制限的でない手段(LRA)によっても逃亡及び罪証隠滅の防止という目的を達成できることは明らかであるから、規制手段の点からみても、本件購読規制は違憲である。
通常紙は、単に事実を報道するのみならず、それを分析し、評価した上で報道するのであり、事実と評価を分けることはできない。例えば歴史教科書問題や改憲問題といった一般的に公共性が高いと考えられる事項についても、各紙の紙面は大きく異なる。また、通常紙は、その日に掲載された記事を後日に読み直すことは想定されておらず、特に比較的長期間拘束されていた者が、身柄を解放された後、拘束されていた期間に発行された新聞紙を検索し直すのは、多大な労力を要し、非現実的である。さらに、論評等の情報により自己の世界観、価値観等を閲する行為は、なんらかの情報を得る都度、行われるべきものであり、生起した事象に関する論評や反論等をタイムリーに得ることによってこそ、自己実現の過程が保障されるというべきである。特に、未決拘禁者が、近く実施される選挙について情報を得ようとしたり、控訴人のように自身が立候補している場合などは、後から情報を得ることができたとしても、その情報の価値は消失してしまうおそれが大きく、自己統治の過程そのものが傷つけられてしまう。以上のように、新聞記事には、事実と評価が不可分で、その上即時性を要する記事も存在し、読者は、むしろそうした渾然一体となった記事の傾向を念頭において紙種を選択しているのである。評価についての情報の即時摂取を制限する現行の方法による権利侵害は重大である。
朝日新聞をはじめとする通常紙は、いわゆる「差入れ屋」を通しての外部からの定期購読は認められておらず、自費での定期購読以外では、外部の者が現実に持参して差入れする方法しか存在しない。この方法が非現実的であることは明らかである。被控訴人は、通常紙について、こうした外部からの定期購読の方法を認めないばかりか、一定の事務作業の時間を確保するため、被拘禁者が通常紙を受領できる時間を若干繰り下げる等、より制限的でない他の選びうる手段を全く講じることなく、形式的に朝日新聞の購読を禁じているのである。
(4) 監獄法三一条二項につき、条文に解釈する文言がないにもかかわらず意味内容を限定する解釈をすることは、国会が唯一の立法機関として有する立法権を所管の法務省に認めるに等しく、監獄法三一条二項は一般的・包括的白紙委任であって、憲法四一条、自由権規約一九条三項、憲法九八条二項に違反する。
仮に合憲限定解釈が許されるとしても、監獄法三一条二項を受けて制定された監獄法施行規則八六条二項は、立法の歴史的経緯からみると、法律の予定していない過大な制限を課すものであり、法律の委任の範囲を超えて国民の権利を制限するものであるから、憲法四一条、七三条六号に違反する。すなわち、監獄法三一条二項の立法者意思としては、明治三二年監獄則のもとにおいて許可されていた「購入」を全面禁止に改める趣旨はなかったと考えられ、監獄法施行規則八六条二項による規制強化は、そのような立法者意思に反する過剰な規制を課したものといわざるを得ない。
(5) 憲法三一条、自由権規約一四条二項のとおり無罪の推定を受ける未決拘禁者が、自分の読みたい新聞を購読することの保障は、最低限、自由権規約一〇条一項、二項で保障された未決者に相応する別個の取扱いである。
(6) 自由権規約一九条三項(b)が、「国の安全」を表現の自由の制限事由に挙げているのは、表現の自由の中でも能動的な「伝える」行為についてであって、受動的な「受ける」行為についてではないと考えられ、本件は後者の問題であるから、制限の必要性は極めて例外的な場合である。自由権規約委員会の一般的意見第一〇などからしても、本件は、制約は法律によって定められるべきとする要件も、必要性の要件も、いずれも満たさない。
自由権規約一九条二項は、「あらゆる種類の情報」とは別に「あらゆる種類の考え」についても、これを求め、「受け」、伝える自由を保障している。
控訴人は、朝日新聞の購読を通じて「情報・考え」を時系列で受け取りたいのであり、読売新聞、産経新聞を希望する者は希望をかなえられ、控訴人は希望をかなえられないことは、平等原則(自由権規約二六条)に違反する。
(7) 以上のとおり、被控訴人は、大阪拘置所長をして、大阪拘置所に収容されている未決拘禁者の勾留の職務を遂行させ、もって公権力の行使に当たらせていたところ、大阪拘置所長は、平成一七年一月一三日に控訴人が申し出た朝日新聞の定期購読を許可しなかった。この大阪拘置所長の行為は、そもそも法律の規定によらずに控訴人の権利を制限するものであり、憲法四一条、自由権規約一九条三項に違反し、また、合理的な理由なしに控訴人の重要な権利を侵害するものであって、憲法一三条、一九条、二一条一項、二三条、自由権規約一〇条、一九条一項、二項に違反し、さらに、朝日新聞購読を希望する者とその他の者とを不平等に扱うものであって憲法一四条、自由権規約二条、二六条に違反する。
(8) 法治主義の原則下においては、公務員の職務の執行が違法であれば当該公務員に過失があったと推認することを妨げないという経験則が妥当するから、公務員の職務の執行が違法である場合には、当該公務員の国賠法一条一項にいう過失が推定されるものと解すべきである。したがって、大阪拘置所長の過失が推定される。
また、大阪拘置所長は、刑事拘禁施設を管理運営する者として、身体を拘束された被拘禁者の権利が侵害されないよう、憲法、自由権規約の趣旨を損なわないように注意して適正に職務を執行するべき義務があった。ところが、大阪拘置所長は、上記義務に違反し、新聞閲読の自由の憲法上及び自由権規約上の重大な価値等を何ら顧慮することなく、また、二紙に制限する合理的な理由もないのに、漫然と控訴人の希望する通常紙(朝日新聞)の定期購読を拒絶した。したがって、大阪拘置所長には過失がある。
さらに、法務大臣は、拘置所等の刑事施設を所管する法務省の長として、大阪拘置所で被拘禁者に対する適正な処遇が行われるよう指揮・監督して、身体を拘束された被拘禁者の権利が侵害されないよう、憲法、自由権規約の趣旨を損なわないように注意するべき義務があった。その地位・権限から、同注意義務は極めて高度なものである。ところが、法務大臣は、監獄法施行規則八六条二項、本件規程一六条は、被拘禁者の新聞閲読の自由を制限する合理的な理由があったとはいえず、違憲・違法であるにもかかわらず、同規則八六条二項及び本件規程一六条を放置しかつ維持した。この点につき、法務大臣に過失が認められる。
五 被控訴人の当審における補充主張
(1) 国家の設営する刑事収容施設としての監獄における物的設備及び人員配置がその時々の国家予算等の制約を受けることは、もとより憲法の予定するところであり、監獄においては、所与の物的、人的制約の下で、刑事収容施設としての設置目的を達成するために、その事務を適切かつ効率的に処理することが求められているのであるから、かかる観点から未決拘禁者の自由に制約が加えられることはやむを得ないというべきであり、逃亡又は罪証隠滅の防止以外の目的での制約は一切認めないとする見解に立つ控訴人の主張は、そもそもの前提を誤るものである。
(2) 定期購読のできる二紙(産経新聞又は読売新聞)以外の新聞について、差入れの方法によって閲読をしている被収容者が多数存在しており、実際に、平成一九年一月から一一月までをみると、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞及び外国語の新聞のほか一〇紙が差入れにより閲読されている(乙一三)。したがって、紙種制限を撤廃した場合、通常紙の紙種に限ってみても、最低でも六紙あるいは七紙、実際にはそれ以上の紙種に増加することは容易に推測される。そして、購買部数が増加すれば、事務量が著しく増加し、多大の時間を要するようになることは明らかである。
(3) 通常紙は、社会に生起した事象のうち公共の利害に関すると考えられる事実を総合的見地から正確かつ迅速に報道することをその主な目的とするものであるから、各紙の立場・事実に対する評価の違いにより、具体的な事実報道の範囲・報道の仕方に差異はあるとしても、一般的に公共性が高いと考えられる事項については、紙種によって報道の有無ないし報道内容に大差はないと考えられる。これを閲読する側から見れば、例えば各紙の事実に対する評価によって見出しが異なるなど、各紙ごとに、それぞれの評価に基づいた事実報道をしているとしても、一般的に公共性が高いと考えられる事実については、いずれの新聞によっても入手できる事実に関する情報に大きな差異はないということである。
(4) 本件購読規制が、「定期購読」を制限するだけで閲読そのものを禁じるものでないことは、原審において主張したとおりである。控訴人は、外部の人間が毎日差入れに拘置所を訪れることは非現実的であると主張するが、数日分をまとめて差し入れるとか、郵送により差し入れるなどの方法も可能である。本件購読規制は、情報そのものを遮断する規制ではないし、また、明らかにその制限の程度も軽微である。
(5) 通常紙の紙種制限を撤廃した場合は、①内容審査の時間が紙種に比例して増加することになり、現状では審査事務担当職員二名が勤務時間(午前八時三〇分)前の午前七時ころに登庁して審査を実施しているが、紙種が増加すればさらに多くの担当者が勤務時間前に登庁しなければならなくなる、②抹消等が決定した場合には、抹消作業時には紙種ごとに黒塗りのための外枠を作成する必要があることなどから、抹消作業に要する時間が増加するし、閲覧禁止の旨を通常紙の購入者すべてに対し所内放送等を利用して告知する業務等も行う必要がある、③通常紙の紙種の増加により内容審査の終了時間が現状よりも遅れれば、通常紙の被収容者への配布が現状よりも大幅に遅れて午後に実施せざるを得なくなり、新聞としての価値を失うことにもなる、④通常紙の紙種が増加すれば、舎房担当者が行っている配布作業も複雑化し、配布に要する時間も増加して、舎房担当者の舎房を巡回し、被収容者の動静に注意して異常の有無を確認するとともに、規律の維持に努めるという最も重要な勤務に支障が生じることになりかねない、といった業務への影響が考えられる。
仮に購入物品の仕分け及び運搬作業に従事する購買係受刑者を増員したとしても、仕分け・配布作業等に要していた時間を従前よりも大幅に短縮し、紙種数に比例して増加する内容審査に要する時間を勤務時間内に確保することは、審査事務担当者である教育担当者の増員なくしては到底困難である。また、購買係受刑者を増員させた場合、同受刑者の作業に立会する職員の増配置が当然必要となることから、購買係受刑者の増員は、職員の業務負担の軽減ではなく、逆に業務負担の増加となりかねない。さらに、大阪拘置所における自所執行受刑者数からいって、購買係受刑者を増員することも容易でない。
(6) 以上のとおり、本件購読規制が必要かつ合理的な制約として是認されるものであることから、本件購読規制に基づき、控訴人に対して朝日新聞の購読を認めなかった大阪拘置所長の判断が違法と評価される余地はないが、仮に、何らかの意味で違法と判断されることがあるとしても、少なくとも国賠法上の違法性及び過失は認められない。
すなわち、国賠法一条一項の違法性につき、職務上の法的義務の違背については、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為をしたか否かによって決せられるべきものであり、仮に行政処分に違法性が認められたとしても、これをもって直ちにそのような行政処分を行った公務員の行為が国賠法一条一項の違法とされるわけではなく(最高裁平成五年三月一一日第一小法廷判決・民集四七巻四号二八六三頁)、結果として当該行政処分が違法と評価されたとしても、明らかに違法とはいえない政令、省令又は通達等に従って行政処分がなされた場合には、当該行政処分を行った公務員において職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていなかったとはいえず、違法とはいえないというべきである。本件においては、本件購読規制を違法と判断した裁判例等は存在せず、むしろ同種事案の裁判例においても同様の購読規制が是認されている(最高裁平成一七年五月二〇日第三小法廷決定並びにその原審及び第一審。乙八~一〇)。そうすると、本件購読規制は、明らかに違法とはいえないものであることはもちろん、むしろ積極的に適法であると評価されるべきものであり、かかる本件購読規制に基づいて処分を行ったことについて、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていなかったということは到底できない。したがって、朝日新聞の購読を認めなかった処分自体が違法と判断されたとしても、同処分を行ったことについて、国賠法上の違法性は認められない。
(7) 国賠法一条一項の故意又は過失は、違法に国民に損害を生ぜしめる結果についての予見ないし予見可能性が問題とされるべきであり、公務員がした行政処分の根拠となる法令の解釈に誤りがあり、後に当該処分が取り消し得べきものと判断されたとしても、当該公務員がその誤った解釈を採ったことについて相当の根拠があったといえる場合には、当該公務員の過失を肯定することはできない(最高裁昭和四六年六月二四日第一小法廷判決・民集二五巻四号五七四頁、最高裁昭和四九年一二月一二日第一小法廷判決・民集二八巻一〇号二〇二八頁、最高裁平成三年七月九日第三小法廷判決・民集四五巻六号一〇四九頁参照)。本件においては、本件購読規制を違法とする裁判例は見当たらず、前記のとおりむしろこれを適法とする裁判例が存在し、また全国の拘置所においても、本件購読規制と同様の規制が採られている(乙一八)。かかる状況に照らせば、大阪拘置所長が、本件購読規制が適法であると判断し、同購読規制に基づき、控訴人に対し朝日新聞の購読を認めない処分をしたことには、相当の根拠があったというべきであるから、故意過失は認められず、また、かかる購読規制の根拠となる本件規程等を維持してきた法務大臣について過失が認められないことも、同様である。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所は、原判決とは異なり、大阪拘置所長が控訴人の朝日新聞定期購読を不許可としたことは違法であると判断するが、国賠法一条一項の過失は認められないので、控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
二 新聞紙の閲読の自由が憲法上保障されるべきこと、しかしながら未決勾留による被拘禁者の新聞紙の閲読の自由は、公共の利益のための必要から一定の合理的制限を受けることがあること、監獄法三一条二項が憲法四一条及び自由権規約一九条三項に違反するものではなく、監獄法施行規則八六条二項が違憲無効であるともいえないことは、原判決「事実及び理由」欄第三の一ないし三(原判決一五頁末行から一八頁末行まで)に説示されたとおりであるから、これを引用する。
控訴人は、監獄法三一条二項について合憲限定解釈をすることはできず、同条項は憲法四一条、自由権規約一九条三項、憲法九八条二項に違反する旨補充主張をするが、同主張を採用できないことは前記引用説示のとおりである。監獄法施行規則八六条二項が、立法の歴史的経緯に照らして法律の予定していない過大な制限を課すものであって憲法四一条、七三条六号に違反するとする控訴人の主張も、採用できない。
三 そこで、監獄法施行規則八六条二項の規定に基づき、本件規程、本件通達及び本件細則によって定められた本件購読規制が、未決拘禁者の新聞紙の閲読の自由に対する制限として許容されるものかどうかについて、以下検討する。
(1) 前記引用説示と《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
ア 大阪拘置所は、未決収容者と受刑者(自所執行受刑者及び移送待ち受刑者)を収容しており、平成一六年三月当時においても平成一七年三月当時においても、少なくとも二〇〇〇名を超える収容者を擁し、そのうちの未決収容者も一五〇〇名を超えていた。
イ 本件購読規制は、本件規程(昭和四一年矯正甲第一三〇七号法務大臣訓令。乙二)一六条一項及び本件細則(平成一一年大阪拘置所長達示第七三号。乙四)一六条一項、二項に基づくものである。
大阪拘置所においては、本件細則により、未決拘禁者、監置に処せられた者及び死刑確定者に対して、大阪拘置所長があらかじめ指定する通常紙(もっぱら政治、経済、社会、文化などに関する公共的な事項を総合的に報道することを目的とする市販の日刊新聞紙)二紙の中から本人の選定する一紙について、購入を許可するものとし(本件細則一六条)、通常紙の購読申し込みは、休日を除き毎日午前中に翌日分を願せん(「物品購入願(領置金)」。乙一四)により矯正協会支部において受け付け(翌日が休日に当たる場合は休日分と次の平日分を合わせて申し込むことができる。)。通常紙を交付するときは、矯正協会支部において作成した「個人別購入一覧表」(領置金個人別購入確認表。乙一六)に本人の受領の指印を徴し、前日交付した新聞紙を引き上げるものとし、通常紙は当日の朝刊と前日の夕刊を合わせて一部として交付するものとされている(本件細則一七条)。
ウ 大阪拘置所においては、本件細則一六条一項に基づき、被収容者全員(保護室収容中の者は除く。)を対象として、朝日新聞、産経新聞、毎日新聞、読売新聞、その他の通常紙のうちから一紙を選択するという方法により閲読傾向の調査をしているところ(調査用紙に二紙以上、又は宗教紙、スポーツ紙を記入した場合及び白票は無効とする。)、平成一六年三月二日及び平成一七年三月一日に実施した閲読傾向の調査では、いずれも読売新聞が一位、産経新聞が二位であった(各調査結果の詳細は、原判決別紙のとおりである。)ことから、大阪拘置所長は、平成一六年度及び平成一七年度に被収容者が購読し得る通常紙として読売新聞と産経新聞とを選定していた。
大阪拘置所における平成一八年二月前後ころの読売新聞及び産経新聞の定期購読部数(合計数)は、一日につきおおむね二五〇ないし三〇〇部、平成二〇年三月ころ当時は、おおむね二三〇部であった。
これらの新聞は、毎日午前六時三〇分ころ、契約している販売所から大阪拘置所に配達され、後記オの内容審査や仕分けを経て、当日の午前一〇時前後ころ、被収容者に配布される。
エ 以上の定期購読のほかに、大阪拘置所においては、外部からの同所会計課窓口又は郵送による通常紙の差入れが認められており、差し入れられた通常紙は、保安上の検査及び内容審査を経て、差入日から二日後に被収容者に配布される。スポーツ紙については、いわゆる差入れ屋による定期的な差入れ(外部の者がいわゆる差入れ屋と契約してその費用を弁済し、差入れ屋が契約者の指定する未決拘禁者に対して毎日差入れをする方法)が認められている。しかし、朝日新聞を含む通常紙については、この取扱いは認められていない。
大阪拘置所において定期購読又は差入れの認められた新聞紙は、上記差入れ屋を通じて定期的に差し入れられたスポーツ紙を含めて、一か月当たり約一万五〇〇〇部である。平成一九年一月から一一月までの間に、大阪拘置所に差し入れられた、スポーツ紙を除く通常紙等の紙種及び部数は、毎日新聞、日本経済新聞、朝日新聞のほか、京都新聞、神戸新聞、中国新聞等の地方紙、聖教新聞、赤旗、外国語の新聞等、一月当たり五ないし八種であり、一一か月合計で一三九七部であった(乙一三)。
オ 大阪拘置所においては、新聞紙の検査及び取扱いに関する事項は、処遇部指導部門教育担当(統括矯正処遇官一名、主任矯正処遇官一名、矯正処遇官副看守長二名及び矯正処遇官看守部長三名の計七名)において担当している。
通常紙の内容審査は、統括矯正処遇官及び主任矯正処遇官(いずれかが不在の場合は、教育担当矯正処遇官副看守長)が審査事務担当者として、午前八時三〇分からの勤務時間前の午前七時ころから、大阪拘置所があらかじめ指定する二紙(上記読売新聞及び産経新聞)について、二名がそれぞれ両紙の審査を実施しており、記事内容のみでなく広告として掲載されている週刊誌の見出し等も確認し、審査に要する時間はおおむね一時間である。
被収容者に配布する通常紙を含む購入物品の仕分け及び運搬業務は、処遇部処遇部門第三区購買係職員二ないし三名、購買係受刑者おおむね四名により行っており、通常紙については、午前七時三〇分ころから、購買事務室への運搬を行い、午前八時ころから、部数確認や仕分作業、各舎房への運搬作業等を行う。すべての舎房への運搬を終了するのは午前九時三〇分ころであり、これを各舎房担当職員が被収容者ごとに仕分けして配布する。したがって、後記の記事の抹消等がない場合、被収容者が通常紙を受領するのは、平日はおおむね午前一〇時前後となる。
通常紙の内容審査によって閲覧禁止が相当と判断される箇所を認めた場合は、審査事務担当者は、「自弁書籍等検査処理票」に必要事項を記載して決裁に付すとともに、仕分作業の開始される午前八時までに、購買係職員にその旨連絡して、通常紙を購買事務室に保管しておくよう指示する。大阪拘置所においては、本件細則四条に基づく被収容者に閲読させることのできない図書等の支障となる部分の抹消又は切り取りは、主として抹消の方法により、厚紙で抹消箇所以外の外枠を作成し、インクを染みこませたローラー又は黒マジック等を使用して抹消箇所を黒塗りし、乾燥させるという作業手順で行っており、上記自弁書籍等検査処理票の決裁により閲覧禁止部分を抹消する必要があると決定した場合には、教育担当職員七名及び必要があれば他部署からの応援職員も得て、抹消作業を行った上で、仕分け及び運搬作業を実施することになる。ただし、平成一八年五月当時を基準とする過去五年間に、大阪拘置所において、本件細則四条に基づき通常紙の記事の全部又は一部を抹消した事実はない。
カ 平成二〇年五月に①東京拘置所、②名古屋拘置所、③京都拘置所、④神戸拘置所、⑤広島拘置所、⑥福岡拘置所について行った調査によれば、未決拘禁者が取得する日刊新聞紙については、いずれの施設も、毎年被収容者に対して実施したアンケート調査の結果を参考にするなどして選定した二紙の日刊新聞紙から一紙を選択させているところ、紙種は、①は読売新聞と朝日新聞、②は読売新聞と中日新聞、③は読売新聞と京都新聞、④は読売新聞と神戸新聞、⑤は読売新聞と中国新聞、⑥は読売新聞と西日本新聞であった。
また、いずれの施設においても、日刊新聞紙が配達された後、配達部数を確認して、内容審査を実施し(③、⑤及び⑥は、仕分作業後に内容審査を実施している。)、抹消等すべき箇所がないと確認すれば、仕分作業を行い、各被収容者に配布しており、内容審査及び配布に要する時間、審査を担当する職員数は、次のとおりである。
①は、午前六時四〇分ころから一時間程度内容審査を行い、同七時五五分ころから配布を開始して、同八時一五分ころに配布を終了する。審査担当職員数は六名である。
②は、午前七時ころから五〇分程度内容審査を行い、同七時二〇分ころから仕分けを行い、同七時五〇分ころから配布を開始して、同九時三〇分ころに配布を終了する。審査担当職員数は三名である。
③は、午前七時三〇分ころから一時間程度内容審査を行い、同七時五〇分ころから仕分作業、配布を行い、同八時二〇分ころ配布を終了する。審査担当職員数は二名である。
④は、午前七時三〇分ころから一時間程度内容審査を行い、同七時三〇分ころから仕分けを行い、午前九時ころから配布を開始して、同九時三〇分ころに配布を終了する。審査担当職員数は四名である。
⑤は、午前八時ころから四〇分間程度内容審査を行い、同八時三〇分ころから仕分作業、配布を行い、同一〇時ころに配布を終了する。審査担当職員数は一名である。
⑥は、午前七時二〇分ころから二五分間程度内容審査を行い、同七時三〇分ころから仕分けを行い、審査終了後の同八時四〇分ころから配布を開始して、同九時三〇分ころに配布を終了する。審査担当職員数は三名である。
一日に取り扱う日刊新聞紙の総部数は、①は四八二部(平成二〇年四月九日現在)、②は九四部(同月一〇日現在)、③は六五部(同月九日現在)、④は六七部(同月一日現在)、⑤は三二部(同月一〇日現在)、⑥は一〇八部(同月九日現在)であった。
内容審査の結果、抹消した記事の概要、抹消方法、抹消作業に要した時間としては、①は、平成一九年四月一日から同二〇年四月一〇日までの期間において、自殺に関する記事を一回抹消したことがあり、抹消に要した作業時間はおおむね一時間であり、②は、平成一七年一月一日から同一九年二月二四日までの期間において、自殺事故の具体的な方法に関する記事として九回抹消したことがあり、その場合でも午前一〇時までには被収容者に配布しており、⑥は、平成一二年一二月一日から同一六年九月一八日までの期間において、死刑執行に係る記事を抹消していたが、現在は死刑執行に係る記事の抹消は行っておらず、③は過去三年間、⑤は過去二年間において、それぞれ抹消した記録はない。(以上につき、乙一八)
(2) ところで、前記引用説示のとおり、未決拘禁者に閲読を許すべき新聞紙の種類又は個数の制限が許されるためには、被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、当該新聞紙の内容その他の具体的事情の下において、その閲読を許すことにより監獄の取扱いに著しく支障を来し、監獄内における規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要である。
この点について、被控訴人は、未決拘禁者全員に対してその希望する通常紙の購読を無制限に認めれば、当然取り扱う通常紙の紙種が増加し、これに伴い購読部数も増加することが推測されるから、在監者の新聞購入手続、部数確認、本件規程三条及び本件細則三条による内容審査、同審査の結果閲読が不適当と認められた場合の当該部分の抹消又は切り取り、在監者への新聞の交付、閲読後の回収及び廃棄などの在監者の通常紙の定期購読に係る事務も増大し、これに多大な時間と労力とを要することとなり、本件購読規制をしなければ、上記のような通常紙の購読に係る事務処理が本来の事務処理能力の限界を超えることにより、規律及び秩序の維持に不可欠な居室の検査業務等の他の業務の遂行を著しく困難にし、限られた人員で実施しなければならない拘置所の正常な管理運営、ひいては未決拘禁者の戒護又は処遇に重大な支障を及ぼすおそれが生じることは明らかである旨主張する。
しかしながら、前記認定事実によれば、通常紙の定期購読の紙種制限を撤廃すれば、取り扱う通常紙の紙種と購読部数が増加し、これに伴う内容審査や新聞の配布、回収及び廃棄業務が増大することは当然に予想されるところであるが、まず、取り扱う紙種や購買部数は、無制限に増加するものではない。前記認定のとおりの現実に差し入れられた通常紙等の紙種や、毎日早朝に大阪拘置所において新聞販売店からの配達を受けることのできる現実的な紙種を考慮すれば、通常紙の紙種は、せいぜい全国紙五紙と地方紙二ないし三紙程度であると合理的に予想することができる。また、購買部数は、本件購読規制における一人一紙を前提とすれば、最大でも被収容人数を超えることはなく、このような購読部数となることは、現状の本件購読規制のもとにおいても生じる可能性があることである。他方、取り扱う紙種を増加すれば、内容審査の業務は紙種に比例して確実に増加することになり、記事抹消等の作業を実施する場合には、紙種ごとに黒塗りのための外枠を作成する必要があることなどから、抹消作業に要する時間も労力も増加することが明らかであって、大阪拘置所としては、こうした業務量の増大に対応するために、現在の勤務態勢を変更せざるを得なくなることは容易に予想され、そのために大阪拘置所内の規律及び秩序維持のための業務態勢に相応の影響が及ぶことも考えられる。そして、国家の設営する刑事収容施設としての監獄における物的設備及び人員配置がその時々の国家予算等の制約を受けることはもとより憲法の予定するところであり、監獄においては、所与の物的、人的制約の下で、刑事収容施設としての設置目的を達成するために、その事務を適切かつ効率的に処理することが求められるのであって、被拘禁者に対する新聞紙の閲読の許可に係る事務についても、上記のような観点からの制約は免れないものというべきである。しかし、この点に関する被控訴人の主張立証を検討してみても、現在審査事務担当者二名が審査を担当し、審査に要する時間は一時間程度というのであり、配布回収業務は他の物品の仕分け運搬をも含め職員二、三名のほかに、受刑者四名程度を使用しているのであって、これに加えて過去五年間通常紙につき記事の全部又は一部を抹消したことはないこと等、前記認定諸事実に照らすと、現在の事務担当の変更が必要になるにしても、取り扱う紙種を二種に限定しなければ大阪拘置所内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があることは明らかではないというべきである。
被控訴人は、購読部数に関し、特に雑居房においては同房者間で回し読みをしているのが実情であることを前提に、購読部数の増加による事務の増大を主張するが、仮に回し読みをしない前提で購読の申込みがあれば、単に新聞の交付や回収、廃棄業務の増大を理由として一人一紙の新聞購読も認めないとすることは新聞閲読の自由に対する制限として許されないものと考えられる。また、被控訴人は、現状の内容審査事務担当者二名は、通常紙が大阪拘置所に配達される午前六時三〇分ころから仕分作業が始まる午前八時までの間に内容審査を終了するため、通常の勤務時間(午前八時三〇分)よりも早く登庁して内容審査を行っているが、紙種が増加した場合は、さらに多くの教育担当者が勤務時間前に登庁しなければならないことは必至であると主張する。しかし、紙種が増加した場合、相応の事務変更が必要となるであろうことは推認できるものの、勤務時間の設定や人員配置はさまざまな工夫が可能であるはずであり、これを理由に、取り扱う紙種を二紙に制限しなければ監獄の秩序維持に支障が生じる相当の蓋然性があることが認められるとはいえない。
なお、控訴人は、通常紙について内容審査をすること自体が違憲である旨の主張をするが、これが採用できないことは、原判決二〇頁一二行目の「なお、」から下から五行目の「採用することができない。」までに説示されたとおりであるから、これを引用する。
(3) また、前記引用説示のとおり、未決拘禁者の新聞紙の閲読の自由に対する制限の程度は、監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害の発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものである。
この点、被控訴人は、本件購読規制は、購読し得る通常紙を二紙に限定するという程度のものにすぎず、特定の情報の入手を遮断するものではないのであって、通常紙間では、各紙の立場や事実に対する評価の違いにより、具体的な報道の範囲や仕方に差異はあっても、公共性の高いと考えられる事項については、紙種によって報道の有無ないし報道内容に大差はない旨、購読し得る通常紙の選択肢を限定するとの取扱いをしたとしても、在監者が社会に生起する事象についての知識等を入手することは十分に可能であるし、入手できる事実に関する情報に大きな差異はない旨、外部の者に差入れをしてもらう方法によれば、控訴人が朝日新聞(限定された二紙以外の通常紙)を閲読することは可能である旨主張する。
しかしながら、一般に、事実の報道についても、報道各社は、報道の正確性及び迅速性を競ってしのぎを削っているのであり、一般的に公共性が高ければ高い程(その代表的なものとして政治)、同一事象であっても当該事象に対する報道各社の考え方や取り組み方の違いが報道の有無ないし報道内容に大きな影響を与えるものであることは衆知である。そして、このように迅速性や正確性を目指し、また考え方の違いによって異なる視点から取材し、多様な報道をすることは、表現の自由、報道の自由の根幹をなし、後述のように民主主義の基盤となるものである。新聞各紙においても、記事の内容や取り上げ方等に政治的、社会的意見の傾向の違いが反映されていることは公知の事実であり、そのことは《証拠省略》によっても明らかである。読者の側からも、読者の多様な価値観に基づき購読する新聞を選択しているものであることは公知の事実である。そして、そもそも、新聞紙の閲読の自由が憲法上保障されるべきものといえるのは、およそ各人が、自由に、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会をもつことは、その者が個人として自己の思想及び人格を形成・発展させ、社会生活の中にこれを反映させていくうえにおいて欠くことのできないものであり、また、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理を真に実効あるものたらしめるためにも、必要なところであって、新聞紙は、これらの意見、知識、情報の伝達の媒体であるからである(最高裁昭和五八年判決参照)。
被控訴人は、公共性の高い事項については、報道の範囲や仕方に違いはあっても、報道の有無ないし報道内容に大差はないし、入手できる事実に関する情報に大きな差異はないなどと主張するが、このような主張は、新聞各紙が、しのぎを削りながら、多様な立場から独自に行っている報道活動の重要性を正解しないものであり、到底採り得ない見解である。まして、被控訴人は国であり、表現の自由、報道の自由に最も意を用いなければならないのであって、このような立場の被控訴人がかかる新聞各紙の多様な立場からの取材活動やこれに基づく事実報道を含む報道の重要性を看過するかのごとき主張を行うことは、極めて失当である。
加えて、新聞紙は、日常の政治・社会の出来事を報じるものであり、一般図書とは異なり、時事情報に逐次に接することにも重要な価値があるのであって、特に通常紙は、読者に日々受け取られることが重要な意味をもつものとして、これを前提として取材され、編集され、配布されているものである。したがって、新聞各紙が独自の立場による取材活動により得た事実及びその事実に対する意見ないし論評等の情報については、これを逐次迅速に摂取することが重要なのであって、読者が自己の価値観に基づき選択した新聞紙の事実報道・論評等を含む記事の逐次的な閲読が制約されることは、新聞紙の閲読の自由の趣旨を没却する重大な制約といえる。
前記認定のとおり、大阪拘置所においては、通常紙については、スポーツ紙と異なり、いわゆる差入れ屋を通じた定期的な差入れの方法は認められていないから、自費での定期購読が認められない場合には、外部の者が日々現実に差入れ窓口に持参するか、郵送により差し入れる必要がある上、これを被収容者が受け取れるのは、差入れの二日後である。このような差入れの方法は、ことに拘禁が比較的長期に及んだ場合には、前記のとおり逐次に摂取されることが前提とされている新聞紙の閲読方法としては、定期購読の代替的な方法であるとはいい難い。
そうすると、上記のとおり差入れを受けることにより閲読が可能であることを考慮に入れてもなお、大阪拘置所において定期購読することができる通常紙の紙種を二紙に制限することにより未決拘禁者が受ける不利益は、未決拘禁者の通常紙の閲読の自由に対して加えられる制限の態様並びに制限される自由の内容及び性質にかんがみ、重大であるというべきである。
(4) 前記引用説示のとおり、未決拘禁者は、当該拘禁関係に伴う制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障されるべき者であるから、監獄内の規律及び秩序の維持のためにこれら被拘禁者の新聞紙の閲読の自由を制限する場合においても、それは、目的達成のために真に必要と認められる限度にとどめられるべきである。大阪拘置所における内容審査を含む通常紙の購読に関する業務は、取り扱う紙種を増加すればそれに応じて業務量が増大し、そのために拘置所内の規律及び秩序維持のための業務体制にも影響が及ぶことは考えられるから、紙種や紙数を制限すること自体を直ちに合理性のない制限であるとすることはできないが、前記のとおり、取り扱う紙種を二種に限定しなければ大阪拘置所内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があることは、明らかではない。そして、新聞紙の閲読の自由の重要性や、通常紙の事実報道を含む記事内容や取り上げ方、論評等は政治的、社会的意見の傾向の違いを反映しているものであって、このような事実報道及び論評等を含む新聞紙を逐次的に摂取することが新聞紙閲読の重要な部分を占めていることにかんがみると、定期購読できる通常紙の紙種を二紙のみに制限し、それ以外の通常紙については外部の業者との契約による定期的な差入れ等の代替的な方法も認めないまま、拘禁されていなければ通常定期購読できるはずの一般の通常紙を自己の選択に従って逐次的に閲読することができなくなる本件購読規制は、その購読を認めることにより監獄の取扱いに生ずる障害の発生を防止するために必要かつ合理的な範囲内の措置ということは到底できないというべきである。したがって、このような制限が必要かつ合理的であるとした大阪拘置所長の判断は著しく妥当を欠くものであり、監獄法施行規則八六条二項により監獄の長に付与された裁量権の範囲を逸脱し、憲法上保障された新聞紙を閲読する自由を侵害する違法な処分であるというべきである。
以上のとおり、その余の本件購読規制の違法性(憲法、自由権規約違反)についての控訴人の主張を判断するまでもなく、控訴人に朝日新聞の購読を許可しなかった大阪拘置所長の判断は、違法な処分であると認められる。
四 そこで、進んで国賠法一条一項にいう過失の有無につき検討を加える。
憲法上保障された新聞紙の閲読の自由の重要性に鑑みると、これを許可しなかった行為は、重大な点で法律に違反するものである。
しかし、大阪拘置所長は、本件規程、本件通達及び本件細則に則り、あらかじめ選定した読売新聞及び産経新聞から購読紙一紙を選択すべきものとして、控訴人の申し出た朝日新聞の購読を許可しなかったものであるところ、本件規程は昭和四一年以来、また本件細則は平成一一年以来、制定され施行されていたものであって、本件における処分までの間、これらの規程や細則の有効性につき、実務上特に疑いを差し挟む解釈をされたことはなく、かえって、平成一六年六月には、大阪拘置所の未決拘禁者に対し本件購読規制に基づいて朝日新聞の購読を許さなかったことにつき、これが違法ではない旨の地方裁判所の判断がなされ、平成一六年一二月には高等裁判所でこの判断が是認されていた(乙八、九)。なお、これらの判決は、平成一七年五月の最高裁判所の決定により確定している(乙一〇)。また、大阪拘置所以外の各地の拘置所においても、長い期間にわたり本件購読規制と同様の規制がなされていたことは、前記認定のとおりである。そうすると、大阪拘置所長にとって、本件購読規制に基づき控訴人の朝日新聞の定期購読を不許可とする判断が監獄法施行規則八六条二項により付与された裁量権の範囲を逸脱することを容易に理解可能であったということはできないのであって、本件の当時、上記のような裁量権の範囲逸脱を認識し、又は認識すべきであったということはできない。したがって、大阪拘置所長が、本件購読規制を適法であると判断し、同購読規制に基づき、控訴人に対し朝日新聞の定期購読を許可しなかった判断に、過失があったと認めることはできない。
大阪拘置所長の過失を推定すべきであるとか、漫然と職務を執行した大阪拘置所長には過失があるとする控訴人の主張は採用できない。
また、監獄法施行規則八六条二項が違憲違法となるものではないことは前記引用説示のとおりであるし、控訴人に対する朝日新聞の定期購読不許可が違法となる理由は前記説示のとおりであるから、法務大臣に過失があったということもできない。
五 以上によれば、国賠法一条一項に基づき慰謝料及び弁護士費用の損害賠償を求める控訴人の請求は理由がない。したがって、これを棄却した原判決の結論は相当である。
よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 一宮和夫 裁判官 富川照雄 剱持淳子)