大阪高等裁判所 平成19年(ネ)2952号 判決 2008年4月18日
東京都新宿区西新宿8丁目2番33号
控訴人(第1審被告)
三和ファイナンス株式会社
上記代表者代表取締役
●●●
上記代理人支配人
●●●
神戸市●●●
被控訴人(第1審原告)
●●●
上記訴訟代理人弁護士
山根良一
同
上田孝治
同
瀬合孝一
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は,被控訴人が,控訴人に対し,被控訴人と控訴人との間の金銭消費貸借取引において,① 控訴人は利息制限法所定の制限利率を超える金員を不当に利得しているとして,不当利得返還請求権に基づき,129万3269円及び内金116万2331円に対する平成18年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払,また② 控訴人が取引履歴を開示しなかったことにより精神的苦痛や弁護士費用の損害を被ったとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,各10万円及びこれに対する平成18年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める事案である。
(2) 原判決は,被控訴人主張どおりの過払金(平成18年3月22日時点の過払金が116万2331円,過払金の累積利息が13万0938円)の返還請求と取引履歴不開示による慰謝料5万円及び弁護士費用10万円の損害賠償を認め,合計144万3269円及び内金131万2331円に対する平成18年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払の範囲で被控訴人の請求を認容した。
(3) これに対して,控訴人は,本件各取引は一連取引とはいえず,平成8年7月11日以前の貸付分についての不当利得返還請求権は時効消滅しているなどと主張し,被控訴人の請求の全部棄却を求めて控訴した。
2 前提事実(証拠等を付記していない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 控訴人は,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)3条の登録貸金業者である。
(2) 被控訴人と控訴人は,平成8年7月12日から平成16年10月1日まで継続的に金銭消費貸借取引をしていた。その間の貸付け及び返済の内容は,原判決添付別紙①「訂正充当計算表(利率年18%)」(以下「本件計算表」という。)の「年月日」欄「96/07/12」から「04/10/01」までの「貸付金」欄及び「支払金」欄記載のとおりである(ただし,平成8年7月12日時点における貸付金の金額については争いがあり,控訴人は,20万円を新たに貸し付けたと主張するのに対し,被控訴人は,20万円を超える過払金があるのでそれに充当することとするが,控訴人が取引履歴を開示しないため,0円と推定するのが相当であると主張する。)。
(3) 被控訴人は,平成18年3月28日,本件訴訟を提起した。
(4) 控訴人は,平成19年6月25日(第2回口頭弁論期日),被控訴人に対し,平成8年3月22日以前の被控訴人の控訴人に対する不当利得返還請求権についての消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
(以上の(3),(4)は裁判所に顕著な事実)
3 争点と当事者の主張
(1) 被控訴人と控訴人との間の金銭消費貸借取引の始期はいつか。控訴人の被控訴人に対する平成8年7月12日当時の貸付金の金額はいくらか。
〔被控訴人〕
ア 被控訴人は,平成元年1月ころ,控訴人渋谷支店において初めて借入れを行ったが,これについては,平成3年ころに一旦完済している。
また,被控訴人は,その後,平成4年4月ころ,控訴人渋谷支店で20万円の借入れを行ったが,これも,平成6年3月1日に●●●労働金庫から借り入れた100万円で完済している(甲9)。
したがって,被控訴人と控訴人との間には,平成8年7月12日以前から取引があったことは明らかであり,被控訴人には,原判決添付別紙②「推計充当計算表」記載のとおり,同日の段階で既に20万円を超える過払金(法定残元金25万2770円及び過払金の累積利息3万0477円の合計28万3247円)が発生していると推認されるところ,控訴人は,その取引履歴を開示しない。
イ 控訴人は,被控訴人との取引は平成8年7月12日以降であったと主張し,それ以前に取引があったことを認めないが,被控訴人は,平成元年ころは,東京都目黒区に住んでいたが,平成4年4月18日に神奈川県伊勢原市に移り,その後,平成7年11月に横浜市青葉区に移ったものであり,平成8年7月12日当時,わざわざ控訴人渋谷支店に借入れに行くことはあり得ない。
ウ また,控訴人は,被控訴人と控訴人との取引が3回に分かれていることを前提として,第1,第2の各取引と第3の取引は当然充当の関係には立たないと主張するが,貸主と借主との間で基本契約が締結されていた場合や基本契約が締結されているのと同様の貸付けが繰り返されていたなどの特段の事情がある場合には充当が認められている(最高裁判所第三小法廷平成19年2月13日判決参照)。
そして,被控訴人と控訴人との間では,一定の借入限度額の範囲内で,借入金額リボルビング方式によって継続的な借入れと返済が予定され,実際に繰り返されてきたものであり(乙1,6),貸付けの利率についても,「出資の受入れ,預り金及び金利等の取締りに関する法律」の改正に伴う変更があったのみであり(平成12年6月1日以降年率39.931%から年率29.2%),同様の条件及び方法により長期間の取引が行われてきたものであるから,全ての取引は当然に一連のものである。
〔控訴人〕
ア 控訴人は,被控訴人との間の金銭消費貸借取引については,平成8年7月12日以降の取引履歴しか有していない。また,控訴人は,被控訴人に対し,同日以前の取引があることを裏付ける書証等の提出を求めたが,被控訴人は,これを提出しない。
したがって,被控訴人と控訴人との取引は,平成8年7月12日からの取引と考えるべきところ,控訴人の被控訴人に対する同日現在における貸付金残高は20万円である。
イ また,被控訴人の主張によれば,被控訴人と控訴人との間の平成8年7月12日以前の取引の状況は,第1の取引が平成元年開始,平成3年完済,第2の取引が平成4年開始,平成6年完済,第3の取引が平成8年開始というものであるところ(甲10参照),第3の取引が同年7月12日以降であることは争いがないから,第2の取引から第3の取引までの間には,全く取引が行われていなかった期間が存在する。
そうだとすると,仮に,被控訴人と控訴人との間において第1,第2の各取引があったとしても,第3の取引と一体のものとして過払金を計算すべきではなく,第1,第2の各取引と第3の取引とは当然充当の関係には立たないから,被控訴人が控訴人に対して請求できる不当利得は平成8年7月12日以降の取引に関するものだけである。
(2) 被控訴人の支払金を利息制限法所定の制限利率によって引き直した場合の被控訴人の過払額はいくらか。
〔被控訴人〕
被控訴人は,本件計算表の「年月日」,「貸付金」,「支払金」欄記載のとおり,平成8年7月12日から平成16年10月1日までの間,控訴人との間で継続的に金銭消費貸借取引を行い,金銭の借入れ及び返済を繰り返してきたが,これらの一連の取引は,利息制限法違反の利率に基づいてなされている。
控訴人は,平成8年7月12日以前の取引履歴を開示しないので,同日現在の貸付金残高を0円と推定し,被控訴人の支払金478万3141円を利息制限法所定の金利に引き直して計算すると,本件計算表記載のとおり,平成18年3月22日現在,過払金は116万2331円であり,過払金の累積利息は13万0938円である。
〔控訴人〕
ア 被控訴人主張の本件計算表の取引には,控訴人が平成8年7月12日に被控訴人に貸し付けた20万円が欠落しており,それ以降の計算は誤った算出がされている。被控訴人と控訴人との間の取引内容は,原判決添付別紙③「取引一覧表」記載のとおりである。
イ なお,被控訴人の返済は,後記争点(3)における控訴人の主張のとおり,貸金業法43条のみなし弁済の要件を満たすから,被控訴人に過払金はなく,控訴人には不当利得は存在しない。
(3) 被控訴人の返済は貸金業法43条のみなし弁済となるか。控訴人は悪意の受益者か。
〔被控訴人〕
控訴人は,大手貸金業者として,被控訴人から返済を受ける利息・損害金が利息制限法所定の制限利率を超えていることを認識しており,被控訴人が借入れと返済を繰り返すうちに過払いの状態となることを認識していたことも明白である。
そうだとすれば,控訴人が悪意でないというためには,控訴人において貸金業法43条1項のみなし弁済が成立したことの具体的な立証をすることが必要であるところ,控訴人は,それについての何らの立証をしない。
したがって,控訴人は,悪意の受益者というべきである。
〔控訴人〕
ア 控訴人は,貸金業法43条のみなし弁済については,残存書面の確認だけでも困難を極めるため,その立証を見送るが,被控訴人の返済は,明らかに任意性があったから,みなし弁済として有効である。
イ また,登録貸金業者が悪意の受益者であるというためには,単に,利息制限法の制限超過利息であることを知りながら利息を受領したというだけでは足りず,みなし弁済の要件を欠いていることの認識若しくは認識を欠いたことについての重過失が必要である。
しかし,控訴人は,被控訴人との取引を行うにあたり,貸金業法17条の規定に従い,同法18条の受取書面も同条2項の適用がない限り交付していたものであり,同法43条及び利息制限法1条2項,4条2項の適用を確信して取引を行ったものである。また,被控訴人との最終取引日(平成4年10月1日)にも有効な貸付金残高があったため,被控訴人に返還すべき金員があるとは認識していなかったものである。
したがって,控訴人は,悪意の受益者ではない。
(4) 平成8年3月22日以前の不当利得返還請求権は時効により消滅したか。
〔控訴人〕
仮に,被控訴人が控訴人に対する不当利得返還請求権を有しているとしても,不当利得返還請求権の消滅時効期間は民法167条1項により10年間であり,その期間満了日は平成18年3月22日であるから,それより10年前の平成8年3月22日以前の取引から生じた不当利得返還請求権は時効により消滅している。
〔被控訴人〕
被控訴人と控訴人との間では,平成元年ころから取引が存在し,被控訴人は,控訴人が貸付けを行ったことを認める平成8年7月12日以前の段階において既に20万円を超える過払金返還請求権を有していたものであり,同日以降の取引も,それ以前の取引と一連のものである。
したがって,平成8年3月22日以前の取引から生じた不当利得返還請求権について,そもそも消滅時効の問題が生じる余地はない。
(5) 控訴人には平成8年7月12日以前の取引履歴の非開示による損害賠償責任があるか。
〔被控訴人〕
控訴人は,平成8年7月12日時点の貸付金残高及びそれ以降の取引履歴についてはこれを開示したが,それ以前の取引履歴を開示しなかったため,被控訴人は,控訴人との間の債権債務の処理が困難となり,不当な労力,時間等の負担を強いられ,全体としての債務整理の進行も害され,精神的に不安定な状態に置かれた。これに対する慰謝料は10万円を下回らない。
また,被控訴人は,本件訴訟の提起を弁護士に委任せざるを得なかったものであり,相当因果関係のある弁護士費用は10万円を下回らない。
したがって,控訴人には,被控訴人に対し,不法行為に基づく損害賠償20万円を支払う義務がある。
〔控訴人〕
取引履歴の開示義務は,民法1条1項の信義則によるものであり,その範囲も,保存期間を経過しているものについては,保存している取引履歴についてであり,保存していない取引履歴までも含めたものではない。控訴人は,信義則上,開示すべき平成8年7月12日以降の取引履歴については既に開示しており,それ以前の取引履歴を開示しなかったことによる不法行為責任は負わない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(被控訴人と控訴人との間の金銭消費貸借取引の始期はいつか,控訴人の被控訴人に対する平成8年7月12日当時の貸付金の金額はいくらであったか)について
(1) 前記第2の1の事実のほか,証拠(甲1,8~10,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被控訴人は,平成元年1月ころ,控訴人渋谷支店において初めて借入れを行った。
その当時の借入額は小口であり,合計しても約50万円程度であったが,これについては,平成3年ころに一旦完済した。
イ 被控訴人は,その後,平成4年4月ころ,控訴人渋谷支店で20万円の借入れを行った。
また,被控訴人は,平成6年3月1日,神奈川県労働金庫から借り入れた100万円の一部で,これを完済した。
ウ 被控訴人は,平成元年ごろ東京都目黒区に居住していたが,平成4年4月18日に神奈川県伊勢原市に転居し,平成7年11月18日に横浜市青葉区に転居し(甲8),平成8年8月に兵庫県明石市に転居し(甲10),更に,その後,神戸市●●●に転居している。
平成8年7月12日の控訴人からの20万円の借入れ(以下「本件借入れ」という。)は,被控訴人が平成8年8月に明石への引越費用等のために借り入れたものであった(甲10)。
エ 本件借入時の契約書は,書証として提出されておらず,控訴人・被控訴人間の借入れに関する基本契約書は平成9年3月24日付けのものが存するだけであり,同契約書は控訴人の渋谷支店名義で作成されている(乙6)。また,本件借入れに始まる貸付けと返済状況を表した書類は控訴人の渋谷支店を取引支店として作成されている(乙1)。
オ 本件借入額は20万円であったが,平成元年ころからの返済金を利息制限法所定の制限利率に引き直して計算すると,平成6年3月1日当時既に20万円を上回る過払金が存在する状態にあった。
(2) 以上の事実によれば,被控訴人と控訴人との間の金銭消費貸借取引の始期は平成元年ころであるが,この時点において基本契約が締結されていたかどうかについて検討するに,本件借入れの基本契約書もそれ以前の借入れについての基本契約書も証拠として提出されておらず,ただ,平成9年3月24日付けの基本契約書が存在するだけである。しかし,前記認定の事実によれば,平成8年7月12日の本件借入前の借入れは平成6年3月1日に一旦全額返済されたものであるところ,被控訴人が平成7年11月18日には横浜市青葉区に,平成8年8月には兵庫県明石市に転居しているにもかかわらず上記の基本契約書の作成名義人は控訴人渋谷支店であること,本件借入以後の貸付・返済状況表も同支店勘定で作成していること,被控訴人が控訴人から平成元年に最初に借り入れたのが控訴人の渋谷支店であったこと,本件取引に際し新たに何らかの信用調査等が行われたとの形跡はなく,従来の取引とその方法や内容に変更があったとする事情も認められない(この点,被控訴人は,平成元年ごろからの借入れについても,20万円から100万円の一定の借入限度額の範囲内で,借入金額スライドリボルビング方式によって継続的な借入れと返済が繰り返されてきたと主張する<平成19年6月21日付け準備書面(3)>。)こと等の取引経緯に照らせば,被控訴人が控訴人の渋谷支店で借り入れた時から,同支店での継続的な貸付けとその弁済が繰り返されることを予定した基本契約が交わされていたか,少なくとも基本契約が締結されているのと同様の貸付けを行うことが想定され,それに従って取り扱われていたものと考えられ,本件貸付けもまた基本契約又は上記の取扱いに基づく一連の取引であると理解するのが相当である。
そして,前記のとおり,平成元年ころからの返済金を利息制限法所定の制限利率に引き直して計算すると,平成6年3月1日の完済当時既に20万円を上回る過払いの状態が生じており,本件借入当時にも,借入額20万円を上回る過払金が存在する状態にあったことが認められる。
そうすると,平成8年7月12日に20万円が貸し付けられた当時,控訴人の被控訴人に対するその貸付金は過払金との充当によって消滅し,新たな貸付金の交付が行われないのと同様の状態にあったことが認められるから,同日時点における貸付金残高は0円であったと推認するのが相当である。
(3) これに対し,控訴人は,平成8年7月12日以前の取引履歴が存在しないことを理由に,同日以前の取引は存在しないと主張するが,前記(1)認定のとおり,被控訴人が平成元年ころから控訴人と取引を行っていたことは十分推認されるところであるから,控訴人の上記主張は採用できない。
2 争点(2)(被控訴人の支払金を利息制限法所定の制限利率で引き直した場合の被控訴人の過払額はいくらか)について
(1) 前記前提事実のほか,証拠(甲1,10,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,本件計算表の「年月日」,「貸付金」,「支払金」欄記載のとおり,平成8年7月12日から平成16年10月1日までの間,控訴人との間で継続的に金銭消費貸借取引を行い,金銭の借入れ及び返済を繰り返してきたが,これらの一連の取引は,利息制限法所定の制限利率を超える利率に基づいて行われてきたこと,これらの借入れ及び返済を利息制限法所定の制限利率に引き直して計算すると,被控訴人の返済は,平成8年3月22日時点において過払いの状態となっており,過払金元金は116万2331円,過払金の累積利息(年5分の割合による法定利息)は13万0938円の合計129万3269円となっていたことが認められる。
なお,過払金元金116万2331円については,不当利得以後の日である平成18年3月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による法定利息の支払義務がある。
(2) 控訴人は,被控訴人主張の本件計算表の取引には,控訴人が平成8年7月12日に被控訴人に貸し付けた20万円が欠落しており,それ以降の計算は誤った算出がされており,被控訴人と控訴人との間の取引内容は原判決添付別紙③「取引一覧表」記載のとおりであったと主張するが,前記1に認定説示したとおり,同日時点における貸付金残高は0円であったと推認するのが相当であるから,控訴人の上記主張は採用できない。
3 争点(3)(被控訴人の返済は貸金業法43条のみなし弁済となるか,控訴人は悪意の受益者か)について
前記前提事実及び前記2(1)の各事実によれば,控訴人は,貸金業法3条の登録貸金業者であって,貸金業法43条1項が適用される場合に限り,制限超過利息部分を有効な利息の債務の弁済として受領することができるにとどまり,同規定の適用がない場合には,制限超過利息部分は貸付金の残元本があればこれに充当され,残元本が完済になった後の過払金は不当利得として借主に返還すべきものであることを十分に認識しているものというべきである。したがって,貸金業者が制限超過利息部分を利息の債務の弁済として受領したが,その受領につき貸金業法43条1項の適用が認められないときは,当該貸金業者は,同項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことがやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得したもの(民法704条の悪意の受益者)と推定されるところ,控訴人は,前記認定のとおり,制限利率を超える約定利率で被控訴人に対して貸付けも行い,制限超過利息部分を含む本件各弁済を受けたことが明らかであるところ,被控訴人からの返済について貸金業法43条1項のみなし弁済が成立することについての何らの立証をしない。この点,控訴人は,被控訴人に交付した17条書面,18条書面の全ての控えを調査回収するには膨大な時間と費用がかかり,みなし弁済の利益に比しても控訴人に損害が生じることが明らかになったからその立証をしないのであるから,それをもって悪意の受益者と推認することは法の趣旨に反する旨主張するが,到底容認できない主張であって,失当である。
また,控訴人は,被控訴人の返済に任意性があったと主張するが,被控訴人が過払金の存在を認識しながら,任意に返済を続けたことを認めるに足りる証拠はない。
そうだとすれば,控訴人は,悪意の受益者といわざるを得ない。
4 争点(4)(平成8年3月22日以前の不当利得返還請求権は時効により消滅したか)について
前記1のとおり,被控訴人と控訴人との間の金銭消費貸借取引は,平成8年7月12日以前から始まっており,同日以前の取引と同日以降の取引は全て一連の取引であったというべきであるから,被控訴人の控訴人に対する不当利得返還請求権の消滅時効の起算点は,一連の取引が終了した平成16年10月1日(最終返済日)と認めるのが相当である。
そうだとすれば,平成8年3月22日以前の取引から生じた被控訴人の控訴人に対する不当利得返還請求権が時効により消滅しているとの控訴人の主張は理由がない。
5 争点(5)(控訴人には平成8年7月12日以前の取引履歴の非開示による損害賠償責任があるか)について
(1) 貸金業法は,罰則をもって貸金業者に業務帳簿の作成・備付け義務を課すことによって,貸金業の適正な運営を確保して貸金業者から貸付けを受ける債務者の利益の保護を図るとともに,債務内容に疑義が生じた場合は,これを業務帳簿によって明らかにし,みなし弁済をめぐる紛争も含めて,貸金業者と債務者との間の貸付けに関する紛争の発生を未然に防止し又は生じた紛争を速やかに解決することを図ったものと解するのが相当である。加えて,一般に,債務者は,債務内容を正確に把握できない場合には,弁済計画を立てることが困難となったり,過払金があるのにその返還を請求できないばかりか,更に弁済を求められてこれに応ずることを余儀なくされるなど,大きな不利益を被る可能性があるのに対して,貸金業者が保存している業務帳簿に基づいて債務内容を開示することは容易であり,貸金業者に特段の負担は生じないことにかんがみると,貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うものと解すべきである。そして,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは,その行為は,違法性を有し,不法行為を構成するものというべきである。
(2) 証拠(甲18,19,21)及び弁論の全趣旨によれば,ア 被控訴人は,平成16年10月5日ころ,控訴人に対し,被控訴人との間の取引開始時の契約書の写し,最初の契約から全ての取引経過の開示を求めたこと,イ ところが,控訴人は,被控訴人と控訴人との間の取引履歴は平成8年7月12日以降のものしか存在しないとして,同日以前の取引履歴を開示しなかったこと(なお,控訴人は,本件訴訟における原審での文書提出命令に対しても,同様の理由により,同日以前の取引履歴を開示しなかった。),ウ そのため,被控訴人は,控訴人との間の債権債務の処理が困難となり,精神的に不安定な状態に置かれたほか,本件訴訟の提起を弁護士に委任せざるを得なかったことが認められる。
(3) これら事実関係によれば,被控訴人の取引履歴の開示要求に上記特段の事情があったことはうかがわれない。そして,被控訴人は,平成16年10月5日ころ取引履歴の開示を求めたが,控訴人がこれを拒絶し,埒があかないので,結局,弁護士に委任して本件訴訟を提起するに至ったというのであるから,控訴人の上記開示拒絶行為は違法性を有し,これによって被控訴人が被った精神的損害については,過払金返還請求が認められることにより損害がてん補される関係には立たず,不法行為による損害賠償が認められなければならない。他方,控訴人が平成8年7月12日以降の取引履歴についてはこれを開示しているなどの事情を考慮すると,控訴人には,被控訴人に与えた精神的苦痛に対する慰謝料5万円の支払義務があると認めるのが相当である。
また,被控訴人が本件訴訟の提起を弁護士に委任せざるを得なかったことによる弁護士費用10万円についても控訴人の不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。
なお,上記各損害賠償金については,不法行為以後の日である平成18年3月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
6 結論
以上のとおりであるから,被控訴人の請求は,144万3269円及び内金131万2331円に対する平成18年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるとした原審の判断は相当である。
よって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森宏司 裁判官 小池一利 裁判官 山本善彦)