大阪高等裁判所 平成19年(ネ)2975号 判決 2008年6月13日
大阪市<以下省略>
控訴人兼被控訴人(第1審原告)
X(以下「第1審原告」という。)
上記訴訟代理人弁護士
山﨑敏彦
東京都新宿区<以下省略>
控訴人兼被控訴人(第1審被告)
エイチ・エス・フューチャーズ株式会社
(旧商号・オリエント貿易株式会社。以下「第1審被告」という。)
上記代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人弁護士
後藤次宏
主文
1 第1審原告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 第1審被告は,第1審原告に対し,901万5000円及びこれに対する平成16年7月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 第1審原告のその余の請求を棄却する。
(3) 原判決主文第1項は,当審における第1審原告の訴えの変更等によって,失効した。
2 第1審被告の控訴を棄却する。
3 当審における訴訟費用は第1審被告の負担とする。
4 この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 第1審原告
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 第1審被告は,第1審原告に対し,991万5000円及びこれに対する平成16年7月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 第1審被告の控訴を棄却する。
2 第1審被告
(1) 原判決中第1審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 第1審原告の各請求をいずれも棄却する。
(3) 第1審原告の控訴を棄却する。
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は,商品先物取引受託業を営む第1審被告を通じて商品先物取引をしていた第1審原告が,第1審被告の従業員で第1審原告の取引を担当していたB(以下「B」という。)は,第1審原告の注文を執行せず,また,第1審原告に無断で取引をして第1審原告に損害を与えた,などと主張して,第1審被告に対し,主位的請求として,委任契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき,また,予備的請求として,不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害合計991万5000円(注文不執行による損害588万1200円,無断取引による損害120万9800円,録音テープの鑑定料92万4000円,慰謝料100万円及び弁護士費用90万円の合計額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年7月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
本件の主要な争点は,(1) Bは第1審原告の注文を執行しなかったか否か,(2) Bは第1審原告に無断で取引をしたか否か,及び(3) 第1審原告の受けた損害,である。
原審において,第1審原告は,上記予備的請求を主位的請求とし,上記主位的請求を予備的請求としたところ,原審は,(1) 第1審原告は,Bに対し,平成13年6月20日(なお,以下の記述においては,平成13年中の出来事等を示す場合に限り,<年>の記載を省略する。),後記本件取引A(ガソリンの売玉20枚)を注文したが,Bはこれを執行しなかった,また,第1審原告は,Bに対し,同月21日,後記本件取引B(ガソリンの売玉20枚の決済),後記本件取引C(ガソリンの買玉20枚)及び後記本件取引D(灯油の買玉20枚)の注文をしたが,Bはこれらを執行しなかった,などと認定し,(2) Bは,前同日,第1審原告に無断で後記本件取引E(ガソリンの売玉10枚)を第1審原告の計算で注文した,などと認定し,(3) 第1審原告の注文の不執行による損害の額を588万1200円,無断取引による損害の額を120万9800円,録音テープの鑑定料相当額を92万4000円,慰謝料の額を20万円,弁護士費用を80万円,などと認定し,第1審原告の第1審被告に対する上記原審主位的請求(不法行為による損害賠償請求)について,損害901万5000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年7月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却した。
第1審被告は,原判決中第1審被告敗訴部分を不服として本件控訴を提起し,また,第1審原告は,原判決中第1審原告敗訴部分を不服として本件控訴を提起し,前記のとおり訴えの変更をした。なお,上記訴えの変更についての第1審被告の答弁は従前と同じものである。
2 前提事実(証拠等を掲げた部分以外は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
第1審原告Xは,平成13年当時,レストランのオーナーシェフであって,第1審被告を通じて商品先物取引をするまで,商品先物取引や証券取引について,取引経験を有していなかった。
第1審被告は,商品先物取引の許可を得て,商品先物取引受託業を営む株式会社である。
(2) 第1審原告と第1審被告は,5月24日ころ,商品先物取引について,第1審原告を委任者,第1審被告を受任者とする準委任契約を締結し(弁論の全趣旨),第1審原告は,第1審被告に委託することによって,前同日から7月11日までの間,商品先物取引をした。
この間,第1審原告がした商品先物取引として,第1審被告の帳簿上記載されているものは,別紙建玉分析表記載のとおりである。
(3) 第1審原告と第1審被告の取引は,別紙建玉分析表のとおり推移し,6月19日の取引が終了した時点で,第1審原告が,ガソリンの売玉21枚及びガソリンの買玉20枚を建てている状態であった。また,その時点で第1審被告が預かっていた第1審原告の委託証拠金は,688万2120円であった。
(4) 別紙建玉分析表記載のうち,6月20日から7月2日までの間,第1審原告が東京工業品取引所でした商品先物取引として第1審被告の帳簿に記載されているものは,次のとおりである。このうち,オを除く取引については,第1審原告は,Bを介して第1審被告に対し,これら実際にされた取引に対応する注文をした(オの取引が第1審原告に無断でされたものであるか否かについては,後記のとおり争いがある。)。
(6月20日)
ア 午後1時42分
ガソリンの売玉21枚の決済 2万4950円
イ 同時刻
灯油の新規「売り」20枚 12月限月 2万9380円
ウ 午後2時51分
ガソリンの買玉10枚の決済 2万4950円
(6月21日)
エ 午前9時35分
灯油の売玉20枚(上記イ)の決済 2万9070円
オ 午前10時44分
ガソリンの新規「売り」10枚 平成14年1月限月 2万4650円
(6月29日)
カ 午後零時40分
ガソリンの新規「買い」7枚 平成14年1月限月 2万5350円
(7月2日)
キ 午前9時11分
ガソリンの買玉7枚(上記カ)の決済 2万5880円
(5) 第1審原告は,6月20日,上記(4)アないしウの取引をしたことによって,証拠金が630万円必要となったところ,仮に,これらに加えて,第1審原告が同日,更にガソリンの売玉20枚を建てていたとすれば,証拠金として787万5000円が必要となる状況であった(乙7,弁論の全趣旨)。
(6) 東京工業品取引所における6月21日のガソリンの相場の動向は,別紙「6月21日のガソリン(12月限月)の相場動向一覧表」記載のとおりである。
(7) 第1審原告と第1審被告は,7月11日午前の最初の取引(寄り付き)でこれまでの取引(第1審被告の帳簿上,この時点で第1審原告が建てていたのは,ガソリンの売玉10枚及びガソリンの買玉10枚であった。)をすべて決済して終了させる旨を合意した。第1審被告は,この合意に従って第1審原告の注文を執行した。
3 争点及び当事者の主張
本件の主要な争点は,(1) Bは,第1審原告の注文(本件取引AないしD)を執行しなかったか否か(争点(1)),(2) Bは第1審原告に無断で本件取引Eをしたか否か(争点(2)),及び(3) 上記(1),(2)の第1審原告の主張を認めることができるとして,第1審原告の受けた損害(争点(3)),であるが,争点(1)及び同(2)を判断する前提として,後記本件録音テープが編集・改ざんされたか否か,という重要な間接事実が争点となっている。
(1) Bは,第1審原告の注文(本件取引AないしD)を執行しなかったか否か。
【第1審原告の主張】
ア 第1審原告は,Bに対し,次のとおり,東京工業品取引所における取引の注文をした。ところが,Bは,これらの注文を執行しなかった。
(ア) 6月20日午後1時38分ころ
ガソリンの新規「売り」20枚 12月限月 2万4950円
(以下「本件取引A」という。)
(イ) 同月21日午前9時26分ころ
ガソリンの売玉20枚(上記(ア))の決済 2万4650円
(以下「本件取引B」という。)
(ウ) 同日同時刻ころ
ガソリンの新規「買い」20枚 12月限月 2万4650円
(以下「本件取引C」という。)
(エ) 同日同時刻ころ
灯油の新規「買い」20枚 12月限月 2万9070円
(以下「本件取引D」という。)
イ これらの注文不執行に関し,第1審被告は,証拠金不足を根拠にそのような注文を受け付けたことはないと主張する。しかし,追証拠金を流用することによって証拠金は十分に足りていたし,たとえ証拠金不足の状態にあったとしても,商品先物取引業者は,手数料を稼ぐため注文を受けようとする傾向がある。したがって,第1審被告の上記主張は失当である。
【第1審被告の認否及び反論】
6月20日から同月21日にかけて,第1審原告から,前記前提事実(4)記載の各取引以外に注文を受けた事実はなく,第1審被告は,第1審原告から,本件取引AないしDの注文を受けていない。
仮に第1審原告が主張するとおりの取引の注文があって,そのとおりの取引がされていたとすれば,証拠金不足を生じていたはずであって(6月19日の時点で第1審被告が預かっていた第1審原告の委託証拠金は688万2120円であったところ,第1審原告が主張するとおりの取引の注文があったとすれば,787万5000円が必要となり,証拠金不足となる。),そうであるとすれば,第1審原告とBとの間で,証拠金が不足していることや追証拠金が必要であることなどに関する会話が交わされていたはずである。しかし,そのような会話が交わされた形跡はなく,また,第1審原告から,第1審被告に対し,証拠金が追加入金されたこともない。したがって,第1審原告から本件取引AないしDの注文はなかったものというべきである。
(2) Bは第1審原告に無断で本件取引Eをしたか否か。
【第1審原告の主張】
前記前提事実(4)オの取引(以下「本件取引E」という。)は,Bが第1審原告に無断でしたものである。
第1審被告は,第1審原告が無断取引を追認するとの意思表示をした旨主張するがそのような事実はない。
【第1審被告の認否及び反論】
Bは,6月21日午前10時ころ,第1審原告に電話をかけ,相場が上がっていることを報告した。同日午前10時25分ころからガソリンの相場が急に下がり出したので,Bは,直ちに第1審原告に電話をかけ,その状況を報告するとともに,買玉10枚があるのでガソリンの売玉10枚を建ててはどうかと提案したところ,第1審原告の承諾が得られたため,直ちにこれを執行した。これが本件取引E(前記前提事実(4)オ)である。現に,取引が成立した後,Bがその事実を第1審原告に報告したが,これに対して第1審原告が異議を述べることはなかった。
仮に,第1審原告が事前に本件取引Eについて承諾していなかったとしても,第1審原告は本件取引Eの成立後,Bからの報告を受け,同人に対して本件取引Eを追認するとの意思表示をした。
(3) 本件録音テープについて
【第1審原告の主張】
第1審原告とBは,6月20日,第1審原告が前記(1)で主張するBへの注文が執行されたことを前提として,同日の取引終了時点で第1審原告の有している建玉が「ガソリンの売玉20枚,ガソリンの買玉10枚,灯油の売玉20枚,灯油の買玉0枚」であるとの内容の会話(以下「本件会話」という。)を電話で交わしていた。
そして,前記注文の不執行及び無断取引の事実に気がついた第1審原告が,第1審被告に対してその旨を指摘したところ,第1審被告は,その従業員であるC(以下「C」という。)を通じて,7月10日,第1審原告とBとの間で6月20日から同月22日にかけて電話で交わされた取引注文に関する会話が録音されたカセットテープ(以下「本件録音テープ」という。)を第1審原告に聞かせ,7月24日には本件録音テープを第1審原告に交付した。しかし,そこに録音されていた会話の内容は,第1審原告の記憶とは大きく異なるものであり,録音内容には本件会話も含まれていなかった。すなわち,第1審被告は,6月20日に第1審原告とBとの間で本件会話が交わされた事実がなく,あたかも第1審原告から,前記(1)の各注文がなく,かつ,前記(2)の取引(本件取引E)の注文があったかのような会話を録音した本件録音テープを捏造した上,これを第1審原告に提示することにより,従業員の違法行為を隠蔽しようとしたものである。
なお,第1審原告は,その後第1審被告から,第1審原告とBとの電話での会話を電話録音システムで自動録音したデータ(本件録音テープと音源を同じくするもので,第1審被告本社に残っているもの)をコピーしたCD-R(乙1,以下「本件CD-R」という。)の交付を受けたため,本件CD-Rと本件録音テープとを聞き比べたところ,本件CD-Rには入っていないバックノイズ(会話の後ろで聞こえる周囲の音)が,本件録音テープには入っていることが判明した。このことからしても,本件録音テープは,第1審原告とBとの会話内容を第1審被告が編集・改ざんして録音したものであることが明らかである。
上記のバックノイズについて,第1審被告は,本件録音テープは,コードを使わずに,カセットテープレコーダーを2台向かい合わせにして録音したものであるため,その際に混入したものであると主張し,本件録音テープの編集・改ざんの事実を否定する。しかし,本件録音テープと本件CD-Rとで,6月20日午後1時26分55秒ころから始まる会話の冒頭の,電話を保留にした場面の録音の波形を比べると,第1審被告が主張するような録音方法では説明できないほどの明確な違いが現れており,本件録音テープの捏造を否定する第1審被告の主張は虚偽である。
【第1審被告の認否及び反論】
本件録音テープは編集・改ざんしたものではない。本件録音テープにバックノイズが入っているのは,本件録音テープを作成する際,コードを使わずに,カセットレコーダーを2台向かい合わせにして録音したことが原因で,周囲の音が混入したからである。
第1審原告とBが6月20日に本件会話を交わした事実はない。両者の間でこれに近い内容の会話が交わされたのは同月25日のことであり,しかも,その会話内容は,同月20日に取引を行った枚数がガソリンの売り20枚,ガソリンの買い10枚,灯油の売り20枚であったというものである。
(4) 第1審原告の受けた損害
【第1審原告の主張】
ア 注文の不執行によるもの 合計588万1200円
(ア) 本件取引A及び同Bの注文不執行による逸失利益
本件取引A及び同Bの注文が執行され,ガソリンの新規「売り」20枚の取引(本件取引A)及びその決済(本件取引B)がされていたとすれば,第1審原告は,本件取引Bによる決済の時点で,次の計算のとおり,44万0400円の利益を得ることができた。よって,これらの取引の注文不執行によって,第1審原告は,44万0400円の損害を受けた。
(2万4950円-2万4650円)×20×100=60万円
60万円-15万9600円(手数料等)=44万0400円
(イ) 本件取引C及び同Dの注文不執行による逸失利益
本件取引C及び同Dの注文が執行され,7月11日午前の寄り付きの時点でこれらの建玉が存在していたとすれば,第1審原告は,7月11日の決済の時点で,次の計算のとおり,それぞれ230万0400円及び314万0400円の利益を得ることができた。よって,これらの取引の注文不執行によって,第1審原告は,それぞれ230万0400円及び314万0400円の損害を受けた。
① 本件取引C
(2万5880円(7月11日の寄り付き値)-2万4650円)×20×100=246万円
246万円-15万9600円(手数料等)=230万0400円
② 本件取引D
(3万0720円(7月11日の寄り付き値)-2万9070円)×20×100=330万円
330万円-15万9600円(手数料等)=314万0400円
イ 無断取引によるもの 120万9800円
本件取引Eにより計算上生じたとされる120万9800円の損失は,第1審被告担当者であるBの無断取引によって生じたものであり,第1審原告の損害に当たる。
ウ 本件録音テープの鑑定料 92万4000円
エ 慰謝料 100万円
第1審原告は,本件録音テープが捏造されたものであることを明らかにするため,これを鑑定に回すなど,多額の費用と多大な労力をかけてその調査をし,この間,筆舌に尽くし難い精神的苦痛を受けた。第1審原告が受けたこの精神的苦痛を慰謝するには,100万円が相当である。
オ 弁護士費用相当額 90万円
【第1審被告の認否】
第1審原告が損害を受けたとの主張は否認する。
第3当裁判所の判断
当裁判所は,第1審原告の第1審被告に対する主位的請求(第1審原告と第1審被告との間で締結された平成13年5月24日ころ準委任契約の債務不履行による損害賠償請求)について,原審認定の損害額と同様,損害合計901万5000円及びこれに対する平成16年7月30日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきで,その余は棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 争点(1)及び同(2)を判断する前提として,前記のとおり本件においては録音テープが捏造されたか否かという重要な間接事実に係る争点があるので,まず,同争点について検討する。
(1) 本件録音テープに録音されている会話(その反訳文は乙4の添付資料である。なお,乙9,11,12の反訳と異なるものについては,〔 〕内に記載し各会話に付記する。)は,次のとおりである。
ア 6月20日午前10時23分ころの電話による会話
B:Xさん
X:はい
B:おつかれっす
X:で 今ちょっと さっき1回見ただけなんだけど どうなっています
B:ストップ安
X:ストップ安 もう既に
B:うん 既にストップ安
X:ああ はい
B:2万4000円台入りましたよ
X:えっ
B:2万4000円台
X:あらあらあらあら
B:2万4950円ですよ 今
X:あっそうなんだ
B:はい
X:もう底抜け
B:うん 完璧底抜けに<会話不明>ますね〔完璧に底抜けてますね〕
X:ニューヨークはどんどん下がってますね
B:うん 下がってます
X:あらあらあら
B:うん ただ ここちょっと下がりすぎてますんでね
X:うん
B:うーん そうね ちょっと買いーの場面に入ってくるかと思いますんで
X:あっそうなん
B:お 落ちすぎてますからね
X:俺 もっと落んのかと思った やっぱ素人はだめね ハハッ
B:いいえ だからあのー
X:いつも反対の意見になるんだけど 俺 ハハハッ
B:えっ
X:いつも反対の意見になるんだけど
B:ハハッ
X:でもそのとおりになるよねBさんね ハハハッ
B:いえいえ まあ そ そうとは まあ 言い切れませんけれどね
X:ああー
B:で 基本的にこれ持ち上げてくる あの きっかけになるのがですね
X:あええ
B:灯油の上昇になると思うんですよ 灯油はストップ付いてないんですよ
X:あっ そうなんだ
B:うん で 灯油に引っ張られて また 値段が持ち上げられる可能性ありますからね
X:ええー
B:そう考えると 今の そのガソリンを買うというよりも
X:うん
B:灯油 売りの方で出てる益をですね
X:うん
B:灯油の方なんかに移して行く方が まだ分があると思います
(以下,上記ゴシック体の会話を「会話ア」という。)
X:あーそうかもしれない
B:うん
X:で それをちょっと考えてた
B:そう 考えました
X:うん 金あったら他の所で買った方がいいなと思って
B:うんうん
X:うーん
B:基本的にそ そ あの そういう風に見とってもらえたらいいです
X:なるほどね
B:うん
X:それで勝算ありそうですか
B:灯油の方ですか
X:うん
B:灯油の方が勝算強いと思いますね
X:あっそうなんだ
B:はい
X:あっ も ちょっと今忙しいから あれだったら また
B:うん また また電話入れますわ
X:ええ うん いいっすよ
B:はい お願いします
X:はい 分かりました すいません
イ 6月21日午前9時26分ころの電話による会話
B:Bです
X:まいど
B:まいど まいど えらいことになってますよ
X:なってますね
B:臨時増掛かって
X:ええー
B:朝 寄り付きなんか1000円程やすかったすからね
X:あっそうなんだ
B:んー
X:へーっ で
B:今現在ね 買い気配
X:あっそうなんだ
B:そりゃ落ちすぎやもん
X:んーですよね
B:ん でね
X:うん
B:ちょっとあの極意をお教えしましょう
X:んっ へへへへっ
B:今日からね
X:ええ
B:新しい1月物というのがスタートしたんですよ
X:はいはいはいはい
B:でね
X:ええ
B:ふっー 前々から言ってましたように
X:ええ
B:そのー 下値の抵抗ラインが
X:はい
B:2万4000ね
X:はい
B:えーっといく う 300ずれたの〔300くらいだったかな〕確かこれ
X:うん
B:言うたでしょ 最初2万6000円 えーっ 2万5820割り込んだら
X:はいはい
B:下 行きまっせと
X:ええ
B:で その次ね
X:うん
B:えーっ2万4370円割り込んだら まだ 下行きまっせと
X:ええ
B:で そのもう1個下に 2万4230円ちゅうのがあるんですけど
X:おお
B:これ 1月物って言うのは今日からスタートしたんですよ
X:はいはい
B:今日からね
X:ええ
B:で それが2万4150円て言う値段 安値うってから
X:ええ
B:上がって来てるんですよ
X:ああ なるほど はい
B:ん 今日スタートしたばっかりのやつが
X:ええ
B:て言うことは2番底という見方 できる訳です
X:ああー
B:分かります
X:ん はいはいはい
B:で昨日一応灯油の売りの方作ってね
X:ええ
B:えー20枚作って
X:はい
B:えーカバーしているんですよ
(以下,上記ゴシック体の会話を「会話イA」という。)
X:ええ はい
B:お金を負担かからないように
X:ええ
B:それに対し,今50万位 利 乗ってますんでね
X:はい
B:50万 そう そんなもんですね
X:うん
B:その分まず利食います
X:はい 分かりました
B:売りの方ね
X:はい
B:で 買い10枚だけ残りますけど
X:はい
B:それに向けて臨時増は29日まで外れませんから
X:29日 あっそうなんですか
B:うん 今月の29日まで掛かりっぱなしなんですよ
X:ほー はい
B:15万いくら掛かるんですよ
X:なるほど はい
B:うん だから灯油の方に移しかえていきます
(以下,上記ゴシック体の会話を「会話イB」という。)
X:あっ分かりました
B:うん でないと 10万5000円と15万7500円と全然違いますからね
X:うーん そうですよね
B:そこで 玉の回転率下がります
X:はい
B:玉っていうのはその 枚数のことです
X:はいはいはい
B:ん そういうかっこで えー 預かりと残玉の方 維持していきますんで
X:はい
B:一応 預かり高の方720万位まで来ますんでね
X:あっ分かりました
B:ただ計算上マイナスがありますんで
X:ははっ
B:2万8890円の買いの10枚分のね
X:はいはいはい
B:ん その分がありますけど
X:はい
B:預かりを増やしていくってことは そんだけ財産増やしていってる訳ですから
X:ん そうですね
B:ん あと計算のマイナス減らすだけでしょ
X:ん
B:やりますんで
X:はい
B:あっ
X:分かりました
B:そういうかっこで灯油の方に売り 買い バランス整えながら替えて行きますから
X:はい
B:あ まっちょって下さい
X はい〔はい お願いします〕
B お願いします〔失礼します〕
(以下,上記ゴシック体の会話を「会話イC」という。)
X:失礼します どうも
ウ 6月21日午前9時57分ころの電話による会話
B:おはよう ああどうもお世話になりますBでございます Xちゃんって呼んでいいですか あっははっ
X:はっはっはっへっ
B:へへへっ 抜群よ私ちょっと今震えが来ましたもん
X:うそ
B:ほんとっ
X:完璧
B:完~璧
X:やったー
B:あのねー
X:うん
B:えー 多分灯油はねえ昨日ストップ安ですけど 売りほうり込んどったんですよ
(以下,上記ゴシック体の会話を「会話ウ」という。)
X:はいはいはい
B:293 380で
X:はい
B:で~今日 いったん朝方安くなって
X:ええ
B:仕切ったのが29070円で仕切れたんですね
X:はいはいはい
B:300円程利食ったんですよ
X:はい
B:300円言うたら 大体60万位ね
X:はい
B:手数料差っぴいて50万位
X:はい
B:その値段が今2万9370円 もう 昨日の終値と同じ位変わってなってきているんですね
X:ふおー
B:じゃあ ガソリンはどうかと
X:うん
B:見た場合
X:うん
B:ガソリン いったん2万4340円まで突っ込んだんですけど
X:うん
B:今 2万5030円
X:ほー
B:昨日の終値よりも上がって来てます
X:あっそうなんだ
B:一色 買い気配一色
X:おおー
B:買い気配一色 そりゃあ臨時増掛かってますもん 皆 売りを持ってる方仕切ってきますよ
X:あっそうなんだ
B:そりゃそうですよ 10枚に対して5万7500円ですよ
X:うんうんうん
B:500枚持っとったら 幾らですか
X:ああ
B:2500万程要るんですよ 利食った方が早いでしょう
X:ああ なるほどね
B:うーん で 朝から突っ込んだところでバサッーて利食ってる訳です
X:あー
B:で 何で買い気配一色になっているかっていうと 成立しないんですよ
X:あーなるほどね
B:買い注文ばっかり出てますんで
X:ああああああ
B:そりゃそれで〔下手すると〕1050円でストップ高見れるかも わかりませんよ
X:すげーえ はっはっ
B:ははっ めっちゃ博打 ふふふふっ
X:あっはっはっ
B:<会話不明>一応20枚<会話不明>で仕切っただけにしますんであのー灯油の方はまだ建玉抜いていませんから〔んで,一応20枚仕切るだけにしますんで,あのー 灯油の方はまだ建玉入れてませんから〕
X:あ 分かりました
B:これ あの もしもっと下がっていくようなことになると
X:うん
B:そこは 中身で計算して行きますんで
X:はい
B:内容良くなったところでやった方が中の追証使えますからね
X:あ うん なるほどね
B:うん で一つ聞きたいんですけど
X:うん
B:あの いつも出る あのー ●●●さんって人おるじゃないですか
X:はいはいはい
B:あの人~結構 Xさんに対してきつく言ってます
X:ううん 全然
B:あーそうなんですか
X:うん
B:いや 非常に何かあの あっBさんね はい ちょっと待って下さいねって何かそういう感じに聞こえてしまうんですけどそれは気のせいでしょうか
X:あっ かなり気のせいだと思う
B:かなり気のせいですか
X:うーん
B:あっ ほんとですか
X:ええ
B:だったら良いです
X:ふっふっふっつ
B:あのーマズイのかなあと思って
X:へっへっ うん 大丈夫大丈夫
B:電話し難いなと思って
X:うん
B:ふっふっつ
X:あの娘はー 話を聞いてあれでも喜んでる ふっふっ
B:あ ほんとですか
X:うん へっふっふっ<会話不明>結構楽しんでるかな
B:あーほんまに
X:うん
B:まあー なんしき 良く成ってますんで
X:分かりました
B:うん たのんますよ
X:はい すいません
B:お願いします
(2) そこで,上記各会話についてその内容を検討する。
ア 会話アについて
前記前提事実によれば,第1審原告は,第1審被告に対し,6月20日午後1時42分,灯油の新規「売り」20枚を注文したのが,灯油の取引の1番始めであることを認めることができる。ところが,会話アにおいては,Bは,第1審原告に対し,「灯油 売りの方で出ている益をですね」,「灯油の方なんかに移して行く方が まだ分があると思います」と述べていて,あたかも灯油についても,同日よりも前から取引をしているともとれる発言をしていて,大いに疑問が残るものである。
イ 会話イAないしCについて
前記前提事実によれば,第1審原告は,第1審被告に対し,6月20日午後1時42分,灯油の新規「売り」20枚を注文したことを認めることができるところ,これを反映したBの発言が会話イAであると窺える。そして,Bは,第1審原告に対し,会話イBで,「灯油の方に移しかえていきます」,会話イCで,「灯油の方に売り 買い バランス整えながら替えて行きますから」と述べていて,灯油の買いについて意を用いることを約束していながら,争いのない灯油の取引はその後は6月21日午前9時35分の上記売り20枚の決済のみであって,Bの発言とその後の取引の推移とが食い違い,疑問が残らざるをえない。
ウ 前記前提事実によれば,第1審原告は,6月20日に,同月19日までに有していたガソリンの買玉20枚のうち10枚を決済し,ガソリンの売玉21枚も決済し,さらに,灯油の売玉20枚を建てたことから,同月20日の取引終了時点で第1審被告の帳簿に記載されていた第1審原告の建玉は,ガソリンの買玉10枚及び灯油の売玉20枚であったことが明らかである。そして,会話イAによりこの灯油の売玉20枚の決済が指示されたものであるところ,弁論の全趣旨によれば,これにより第1審原告が得た利益は46万円にすぎなかったことが認められる。
そうすると,「震えが来た」などという会話ウは,いかにも大げさすぎるといわざるを得ず,不自然というべきである。
(3) 次いで,会話が録音された本件録音テープ自体の疑問について検討する。
証拠(乙3<日本音響研究所作成の鑑定事項を「鑑定資料の録音テープのA面に録音されている内容に編集された形跡があるか否か。」とする鑑定書>)及び弁論の全趣旨によれば,カセットテープ再生機とデジタルオーディオテープ(DAT)録音機をそれぞれ電気的に接続して,鑑定資料を忠実にDATに複製し,該当部分を再生しながら実時間周波数分析を行い,その結果をカソードレイチューブで監視すると同時に熟聴し,鑑定箇所を探索した結果,録音編集あるいはスイッチによる録音時の間欠録音の方法によって編集された疑いのある箇所が10箇所検出されたことを認めることができ,上記認定を覆すに足りる証拠はない。
なお,第1審被告は,直接音源から会話の内容を録音したCD-R(乙1,本件CD-R)を提出し,Dの鑑定書(乙4)の結果によれば,本件CD-Rは編集・改ざんはない旨記載しているところ,その録音内容と本件録音テープの会話内容とが同一であることをもって,本件録音テープには編集・改ざんはない旨指摘する。しかしながら,証拠(乙2,原審証人E)によれば,第1審被告においては,顧客と第1審被告の従業員との電話による会話を録音したデータは,いったんコンピュータに蓄積された後,容量の関係上DVD-RAMに移記されて保存され,そこからデータをコピーしたものが本件CD-R(乙1)であることを認めることができるところ,内容が同一の本件録音テープは編集された疑いのある箇所が10箇所あるのにかかわらず,本件CD-Rには編集・改ざんはないというのは,かえって第1審被告のシステムによる音源から記録媒体にデータを移す管理方法に疑問を生じさせるものである。さらに弁論の全趣旨によれば,本件録音テープと本件CD-Rとは,6月20日午後1時26分の会話時における電話保留音の波形が大きく異なり,その説明がつかないことをも勘案するならば,第1審被告の上記指摘をもって,本件録音テープの会話内容が編集・改ざんされたものではないことの証拠になるものではない。
(4) 以上,その内容やテープ自体の検証結果等諸点を検討したところによれば,第1審被告が本件録音テープを編集・改ざんしたものとの疑いを払拭しきれない。
これに対し,Bの陳述書(乙5)中及び原審証人Bの証言中には,第1審原告とBとの間で,6月20日及び同月21日,本件録音テープの反訳書のとおりの電話による会話がされた旨陳述・証言する部分があるが,前記検討したところに照らし,不自然であって,上記Bの陳述・証言部分は採用することはできない。
他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。
2 本件会話の存否について
第1審原告とBとの間で6月20日に本件会話が交わされたか否かが重要な前提問題となっているので,この点について検討する。
(1) 第1審原告は,6月20日にBとの間で電話により本件会話を交わした旨供述し,甲4(第1審原告作成の陳述書)にも同旨の記載がある。
(2) 証拠(甲4,第1審原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,第1審原告は,6月22日の電話でBから本件取引Eを実行されたことを知らされたこと,本件取引Eが無断売買であると指摘していたこと,第1審被告から送付されたFAXに灯油の建玉の記載がないことに気付き不審の念を抱いたこと,翌週月曜日である6月25日になって,第1審原告は,残っている取引についての認識に,Bと違いがあることを知って不信感を募らせるようになり,そのころから,第1審被告に対し,第1審原告に無断で取引を行ったことだけでなく,Bが第1審原告からの取引注文を執行しなかった旨の抗議を申し入れていたことが認められる。
証拠(甲1,2,4,乙2,6,証人C,同E,第1審原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,上記のような状況を受け,第1審被告の従業員であるE(以下「E」という。)らは,7月6日に第1審原告の店舗に赴いて苦情の趣旨を聴取した。そして第1審被告の従業員であるCは,第1審原告に関する取引の状況等についてBから事情を聴取し,また,Eとともに,6月20日から同月22日まで及び同月25日における第1審原告とBとの間の電話での会話の録音を聞いた上で,7月10日,Eを伴って第1審原告の経営するレストランを訪れたこと,その際,Cは第1審原告に対し,① 第1審原告とBとの電話での会話を録音したテープを聞いたところ,6月20日の会話の録音の中に,Bがガソリンの売り20枚,ガソリンの買い10枚,灯油の売り20枚の取引を行ったとの内容を第1審原告に説明している部分があること,② しかし,それは第1審原告の主張するように,同日の時点で第1審原告の有する建玉の枚数(いわゆる残玉の数)を説明したものではない旨,を述べたことが認められる。
上記認定の事実によれば,Bが,6月20日の電話における第1審原告とのやり取りの際,第1審原告に対し,「ガソリンの売り20枚,ガソリンの買い10枚,灯油の売り20枚」との説明をしたことが認められるのであり,このことは,それぞれの枚数が第1審原告の残玉であるのか,それとも当日に行った取引の枚数であるのかの違いはあるにせよ,6月20日の電話でBと本件会話を交わした旨の第1審原告本人の供述(甲4の記載も含む。)と符合している。
(3) Cが第1審原告に対し,Bが電話で第1審原告に述べた「ガソリンの売り20枚,ガソリンの買い10枚,灯油の売り20枚」という内容は取引を行った枚数を説明したものである旨述べたことは,上述したとおりである。
しかしながら,前記前提事実(4)のとおり,6月20日に行われた取引は,ガソリンの売玉21枚の決済,ガソリンの買玉10枚の決済,灯油の新規「売り」20枚というものであって,Bの上記説明とは枚数が食い違っており,このことからすると,Bが第1審原告に述べた枚数が同日に行った取引の枚数であったとは容易に認めることができない。この点につき,商品先物取引に関する担当者の顧客に対する説明において取引の内容が極めて重要な意味合いを持っていることを考えると,1枚の違いであるからといって,担当者であるBが単に言い間違えたものであるとか,概数で説明したものであるなどとは容易に考え難いところである。
上記の点に照らせば,Bが第1審原告に対して述べた上記内容が取引を行った枚数を説明したものであるとは容易に認め難いというほかはない。
(4) ところが証人Cは,6月20日の会話の録音の中に,Bがガソリンの売り20枚,ガソリンの買い10枚,灯油の売り20枚の取引を行ったとの内容を第1審原告に説明している部分がある旨を第1審原告に対して述べたのは,録音テープの日付を誤ったものであって,そのような説明部分があるのは6月25日の会話の録音であった旨供述し,乙6(C作成の陳述書)にも同旨の記載がある(なお,証拠(甲2)によれば,Cは,7月26日に第1審原告と面談した際にも,第1審原告に対し,同じく録音テープの日付を誤ったものである旨説明していたことが認められる。)。
しかしながら,6月25日に,上記のような説明があったと認めるに足りる証拠はなく,かえって第1審原告本人は,そのような会話はなく,Cから後に聞かされた録音にも存在しなかったと供述するところである。しかも証拠(証人B,第1審原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,第1審原告とBとの間における6月20日の会話は,取引状況の説明や取引の注文そのものに関する会話であるのに対し,両者の間で交わされた6月25日の会話は,取引の注文内容をめぐって第1審原告がBに抗議をしている際のものであって,それぞれの会話の内容やその背景は大きく異なっているものと認められる。そうすると,商品先物取引業者の従業員として,第1審原告のような,取引の注文をめぐって紛争状態にある顧客に対応しているCが,およそ上記2つの録音内容を取り違えたとは考え難い。また,証拠(甲1,2,乙6,証人C)によれば,そもそも,C及びEが7月10日に第1審原告のもとを訪れた主な目的は,6月20日から同月22日までに第1審原告とBとの間で交わされた会話内容を確認した上で,注文の有無に関する苦情を申し立てている第1審原告と善後策を協議することにあったと認められるから,それにもかかわらず,Cらが,6月20日の会話と同月25日の会話とを取り違えたというのは考えにくい。これらの点に照らせば,証人Cの上記供述及び乙6の上記記載は信用することができないというべきである。
(5) また,仮に証人Cが供述するとおり,6月25日の会話の録音の中に,Bがガソリンの売り20枚,ガソリンの買い10枚,灯油の売り20枚の取引を行った旨第1審原告に説明している部分があるのであれば,そのような会話内容を含む録音テープは極めて重要な証拠であると考えられる(なお,証拠(甲1,2)によれば,Cは第1審原告に対し,上記録音テープが存在する旨述べていることが認められる。)。そうであるにもかかわらず,また,第1審原告からも提出を要求されていながら,第1審被告は本件訴訟において,上記録音テープを提出していない(記録上明らかである。)。このような第1審被告の対応に照らせば,6月25日の会話の録音の中に,Bが上記のような説明をしている部分が存在するとは認められないといわざるを得ない。
(6) 本件録音テープに録音されているのと同じ会話内容を録音したとされるCD-R(乙1)及び本件録音テープの内容の反訳書(乙4の添付資料及び乙9ないし13)によれば,本件録音テープには,6月20日の会話の中に本件会話が存在していないことが認められる。しかしながら,本件録音テープが編集された疑いがあると認められることは,前記説示のとおりであるから,本件録音テープの録音内容を根拠として,本件会話が交わされた事実がなかったということはできない。
(7) 以上の諸点によれば,前記(1)の第1審原告本人の供述及び甲4の記載は信用するに足りるものというべきであり,第1審原告とBとの間で6月20日に本件会話が交わされた事実があると認めるのが相当である。
3 争点(1)(Bは第1審原告の注文<本件取引AないしD>を執行しなかったか否か)について
(1) 第1審原告は,前記のとおり,Bに対し,本件取引AないしDについて,東京工業品取引所における取引の注文をしたが,Bは,これらの注文を執行しなかった旨主張し,第1審原告の陳述書(甲4)中及び原審第1審原告本人尋問の結果中には,上記主張に沿う部分があるところ,上記証拠によれば,第1審原告の上記主張を認めることができる。また,本件取引BないしDについていえば,6月21日午前9時35分の注文時において,東京工業品取引所におけるガソリンの相場の動向は,買い一色であったところ(別紙「6月21日のガソリン(12月限月)の相場動向一覧表」参照),弁論の全趣旨によれば,ガソリンと灯油はほぼ同じ値動きをすることが認められるから,灯油についても当時,買い一色ないしそれに近い状況であったものと推認することができ,そうすると,6月21日の取引において,第1審原告が,ガソリンの売玉を決済し,また,ガソリン及び灯油の買玉を建てようとすることは,相場の動向と一致するものであって,この点においても,第1審原告の上記陳述・供述部分は信用性が高いものといえる。
(2) これに対し,Bの陳述書(乙5)中及び原審証人Bの証言中には,第1審原告からBに対して本件取引AないしDの注文はなかった旨陳述・証言する部分がある。
しかしながら,Bの上記陳述・証言部分を採用することができないことは,前記1,2で説示したとおりであることに加え,証拠(乙5,原審証人Bの証言)によれば,Bは,顧客と電話で会話をする際,一覧できるコンピュータの画面を見ながら会話をしていたことを認めることができるところ,上記事実及び原審証人Bの証言によれば,Bは,コンピュータの画面を見ながら,なお「ガソリン」と「灯油」を数回混同して,第1審原告に対し,話をしていることになるのであって,商品の先物取引の受託業を営む会社である第1審被告の従業員の一般的な属性に照らし,上記Bの陳述・証言部分は採用することができない。
また,Bの上司で顧客との苦情処理を担当していたCの陳述書(乙6)中及び原審証人Cの証言中には,Cが7月10日に本件録音テープを聞かせるなどして,第1審原告がBに対し,本件取引AないしDを注文していないことを説明した旨陳述・証言する部分がある。
しかしながら,第1審被告が本件録音テープを編集・改ざんした疑念を払拭しきれないことは前記1(3)で認定説示したとおりであることに加え,Cは,第1審原告に対し,6月20日の録音テープを聞いた結果として,Bが第1審原告に対し,第1審原告から,ガソリンの「売り」20枚,ガソリンの「買い」10枚,灯油の「売り」20枚の注文があった旨を,一度は説明しながら,本件録音テープにその旨の部分がないことを指摘されると,同部分は,6月25日の会話を録音したテープにあった旨説明を変え,しかも,第1審被告が自認するとおり,結局前同日の会話の中には,Cがあったという部分はなく,さらに6月25日の会話の録音テープは証拠提出されていないのであるから,不自然極まりなく,採用することができない。
(3) また,第1審被告は,委託証拠金の不足を指摘するが,Bから第1審原告に対して追証拠金についての話が出ていない中で,第1審原告は,6月20日の時点で,追証拠金を取引中に流用することで建玉ができるものと認識していたことを認めることができるから(原審第1審原告本人尋問の結果),本件取引AないしDにおいて追証拠金が流用されるなどの可能性があったことを否定することはできないのであって,第1審被告の上記指摘をもって,上記(1)で認定した事実を左右するものとは評価できない。
そして,他に上記(1)で認定した事実を覆すに足りる証拠はない。
(4) そうすると,争点(1)についての第1審原告の主張は理由がある。
4 争点(2)(Bは第1審原告に無断で本件取引Eをしたか否か)について
(1) 第1審原告は,前記のとおり,Bは第1審原告に無断で本件取引Eをした旨主張し,第1審原告の陳述書(甲4)中及び原審第1審原告本人尋問の結果中には,上記主張に沿う部分があることに加え,証拠(乙4の添付資料,乙13)によれば,6月22日午前9時19分の電話の会話の中で,Bは,第1審原告に対し,「また 1月物に売りを作ったんですよ」と述べ,第1審原告は,Bに対し,「1月の売りってこれ持っておいた方が良いん」と述べ,本件取引Eについて,Bが第1審原告に無断で取引をし,上記電話の中で初めて第1審原告は同取引を認識した対応をしていることを認めることができることを考慮すると,第1審原告の上記主張を認めることができる。
(2) これに対し,Bの陳述書(乙5)中及び原審証人Bの証言中には,第1審原告からBに対して本件取引Eの注文があった旨陳述・証言する部分がある。
しかしながら,Bの上記陳述・証言部分を採用することができないことは,前記1(4)で説示したとおりであることに加え,本件全証拠によるも,第1審原告がBに対し,6月21日午前10時44分のガソリンの新規「売り」10枚を注文したことを窺わせる会話を示すものは全く存在しない。特に,第1審被告においては,顧客との電話を自動的に録音するシステムを採用していたにもかかわらず,その録音については第1審被告からは提出されていないのである。もっとも,Bは,第1審原告との電話による会話を電話終了時に委託者コードを入力しなかったものは記録として残っていない旨証言するのであるが,他方で,Bは,上司から,第1審原告との間で問題が生じた後,委託者コードを入力していない電話による会話があるのかどうかについてさえ追及されたことはない旨証言する部分があって,事実確認や証拠保全措置を看過した,このような対応は,顧客との間で問題を生じた商品の先物取引の受託を営む会社である第1審被告の対応として極めて不自然であるというべきである。そして,上記(1)の電話の会話や会話ウの部分は素直に読むと,Bが第1審原告に了解を得ることなく取引をするような口ぶりであること,原審証人Bの証言中には,Bが無断売買をやったと指摘されたのを知ったのは本件訴訟になってからである旨証言するところ,第1審原告代理人弁護士は,第1審被告に対し,8月30日には,内容証明郵便をもって,本件取引Eが無断売買であることを既に指摘していること(弁論の全趣旨)などを全体的かつ個別的に検討すると,上記Bの陳述・証言部分は不自然であって採用することはできない。
また,Cの陳述書(乙6)中及び原審証人Cの証言中には,第1審原告は,Cが本件録音テープを聞かせるなどして,第1審原告がBに対し,本件取引Eを注文していることを説明した旨陳述・証言する部分がある。
しかしながら,第1審被告が本件録音テープを編集・改ざんした疑いがあることは前記1(3)で認定説示したとおりであることに加え,Cの説明は不自然極まりなく採用することができないことは前記2(4)のとおりであるから,Cの陳述・証言部分は採用することができない。
(3) また,第1審被告は,第1審原告はBからの事後報告を受け,本件取引Eを追認した旨主張する。
しかしながら,前記6月22日の電話の会話での第1審原告のやり取りをもって,第1審原告が本件取引Eを追認したと認めることはできず,他に上記認定を覆すに足りる証拠はない(なお,原審証人Bの証言中には,第1審原告に無断で取引をして事後的に承認を得た事実はない旨を証言する部分がある。)。
(4) そうすると,争点(2)についての第1審原告の主張は理由がある。
5 争点(3)(第1審原告の受けた損害)について
(1) 上記3,4で認定したBによる注文の不執行及び無断取引は,第1審原告に対する準委任契約の債務不履行に当たると認められるところ,第1審被告は,第1審原告に対し,債務不履行による損害賠償義務を負うものというべきである。
そこで,第1審原告の受けた損害について,以下検討する。
(2) 注文の不執行による損害
ア 6月20日午後1時38分ころ,ガソリンの新規「売り」20枚を建て(本件取引A),同月21日午前9時26分ころ,これを決済していれば(本件取引B),本件取引Aの時点におけるガソリンの約定値段が2万4950円であり,本件取引Bの時点におけるガソリンの約定値段が2万4650円であったこと(弁論の全趣旨)から,第1審原告は,44万0400円の利益を得ることができたものと認められる。
(2万4950円-2万4650円)×20×100=60万円
60万円-15万9600円(手数料等,甲3)=44万0400円
上記の利益相当額は,Bの注文不執行によって第1審原告が受けた損害であると認められる。
イ 6月21日午前9時26分ころ,ガソリンの新規「買い」20枚(本件取引C)及び灯油の新規「買い」20枚(本件取引D)を建てていれば,7月11日午前の寄り付きの時点でこれらの建玉が存在していたことが認められる。6月21日午前9時26分ころの時点におけるガソリンの約定値段が2万4650円であり,灯油の約定値段が2万9070円であったこと(弁論の全趣旨),7月11日の寄り付き値は,ガソリンが2万5880円(別紙建玉分析表参照),灯油が3万0720円(弁論の全趣旨)であったことから,第1審原告は,ガソリンについて230万0400円,灯油について314万0400円の利益を得ることができたものと認められる。
ガソリンの新規「買い」20枚
(2万5880円-2万4650円)×20×100=246万円
246万円-15万9600円(手数料等,甲3)=230万0400円
灯油の新規「買い」20枚
(3万0720円-2万9070円)×20×100=330万円
330万円-15万9600円(手数料等,甲3)=314万0400円
これらの利益相当額(合計544万0800円)は,Bの注文不執行によって原告が受けた損害であると認められる。
ウ 以上によれば,第1審原告は,第1審被告の債務不履行(注文の不執行)によって,合計588万1200円の損害を受けたということができる。
(3) 無断取引による損害
別紙建玉分析表及び弁論の全趣旨によれば,第1審原告は,第1審被告との間で,7月11日,第1審被告の主張を前提として,取引をすべて終了させ損失を確定したこと,ガソリンの新規「売り」10枚をBが第1審原告に無断で建てたことによって,7月11日の決済時に120万9800円の損失を受けたこと,そして,上記記損失相当額は,第1審被告の債務不履行(Bの無断取引)によって,第1審原告が受けた損害であると認められる。
(4) 本件録音テープの鑑定料相当額
本件訴訟において,本件録音テープが編集・改ざんされた事実があるか否かが争点について判断するに当たっての重要な前提問題となっていることは,既に説示したところから明らかであるところ,証拠(甲5,6の1・2,乙3)及び弁論の全趣旨によれば,第1審原告は,本件訴訟における立証のため,本件録音テープの編集・改ざんの有無を鑑定事項として,日本音響研究所に鑑定を依頼し,上記鑑定料として92万4000円を支払ったことを認めることができる。第1審原告がした上記の措置は,第1審被告の対応にかんがみると,本件訴訟における立証活動として相当な範囲内のものいうべきであって,適正な範囲を逸脱したものではなく,また,上記鑑定料の額は不相当に高額であるということはできない。
以上によれば,上記鑑定料相当額は,第1審被告の債務不履行と相当因果関係がある第1審原告の損害に当たると認めることが相当である。
(5) 慰謝料
第1審原告は,自らの判断によってした商品先物取引の注文をBに執行されず,他方,注文していない取引をBにより無断で行われたのみならず,本件録音テープを鑑定に付することまで必要となった上,長期にわたる訴訟活動を強いられたものであって,これらの事情等を考慮すると,第1審原告は,財産的損害のてん補によっては償いきれない程度の精神的損害を受けたものと認めることが相当である。上記の事情のほか,本件に現れた一切の事情を考慮すると,第1審原告の上記精神的損害に対する慰謝料として,第1審被告に対し,20万円の支払を命ずるのが相当である。
(6) 弁護士費用
上記(2)ないし(5)における請求認容額のほか,本件諸般の事情を考慮すると,第1審被告の債務不履行と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は,80万円と認めることが相当である。
(7) 第1審原告の予備的請求(不法行為による損害賠償請求)について
第1審原告は,第1審被告に対し,予備的に不法行為による損害賠償を請求するが,第1審被告の不法行為によって第1審原告が受けた損害に関する認定判断は,上記(2)ないし(6)の認定判断と異なるものではないから,予備的請求を根拠として,主位的請求を超える金額を認容すべき余地はない。
6 結論
以上によれば,第1審原告の第1審被告に対する本件主位的請求は,損害合計901万5000円及びこれに対する平成16年7月30日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。よって,第1審原告の控訴及び訴えの変更に基づき,上記の限度で主位的請求を認容し,第1審被告の控訴を棄却し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森宏司 裁判官 小池一利 裁判官 山本善彦)
<以下省略>