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大阪高等裁判所 平成19年(ネ)3077号 判決 2008年3月25日

大阪府<以下省略>

控訴人兼被控訴人(原告)

訴訟代理人弁護士

田端聡

東京都<以下省略>

控訴人兼被控訴人(被告)

SMBCフレンド証券株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

鈴木信一

吉田修

主文

本件各控訴を棄却する。

本件各控訴の費用は各控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原告

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  被告は原告に対して,3215万5408円及びこれに対する平成17年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  (2)項につき仮執行宣言

2  被告

(1)  原判決中,被告敗訴部分を取り消す。

(2)  原告の請求を棄却する。

第2当事者の主張

1  基本主張

当事者の主張は,当審における各当事者の主張を次項(2項)に付加するほかは,原判決「事実及び理由」中,「第2 事案の概要等」欄の3項に記載のとおりである。

2  当審における主張

(1)  原告の当審主張

原判決は,本件勧誘の違法事由として適合性原則違反のみを認め,原告が主張していた損害額を不当な理由によって減じた上で,8割もの過失相殺をしている。取引の当初段階の経緯を除いては,証拠上明らかな取引の経緯と実情に踏み込んだ認定をしておらず,上辺だけの表層的な事実認定に終始している。その一方で説明資料や取引報告書,確認書等の存在や内容を執拗に認定しており,その結果,手数料稼ぎ目的の異常な取引の実体が黙殺されて上辺の形式的な事実だけが強調され,過度に高率な過失相殺につながった。顧客の落ち度の有無や程度は,担当者の違法行為の程度や態度との比較で論じられる必要がある。本件取引の経緯や実情全般とそこでの原告と被告担当者B(課長代理)との認識や言動を明確にしない限り,正しい過失相殺を論じることはできない。

ア 原判決の事実認定の誤り

(ア) 原告が信用取引の勧誘の拒否をしたのは平成15年6月5日だけであるかのような原判決の認定は誤っている。Bは原告に対して,上記日のほかに同年7月2日にもリスクを抑える方法があるとの説明をして再度,信用取引の勧誘を行った。これに対して,原告は信用取引することに応じなかった。

(イ) Bの原告に対する信用取引の勧誘方法・内容について,

a 原告が信用取引を行うのに適しない者であったにもかかわらず,また,原告が顧客カードに記載した内容を適合性判断の基礎としない等,適合性原則を無視した勧誘を行ったこと,

b リスクを取りたくないと述べる原告に対して「被告においてリスクの管理ができる。損得10%前後(利益は10%程度まで伸ばす。損失が出たら10%までで切る。)(10%原則)で,小刻みに売買する。また,信用取引による取引総額を担保額の2倍以内に収めるようにする(2倍原則)ことで過大なリスクを取らずに済む。」という欺瞞的な勧誘をしたこと,

c 被告は原告が信用取引を始めるについて社内審査を事前に通しておいた上で,平成15年7月8日,b株を買うなら今がチャンスであると勧め,原告が資金の目処がないと答えたのを奇貨として,今すぐ信用取引によりb株を買い付けることができると告げ,その結果,原告は時間的に即決を求められて,信用取引による買付を承諾した。これは,原告にb株を信用取引により買付させる被告の計画に基づくものであり,何も知らない原告は上記計画に嵌り込んでしまったこと,

d 原告はリスクを抑える方法があるとのBの説明を信頼し,大きなリスクを負うことがないのであれば,少しくらいはかまわないという程度の認識で,Bの説明内容に沿った信用取引を行うことを承諾したこと,

以上を指摘でき,このような勧誘行為は被告が小刻みな信用取引により,多額の手数料収入を狙って行ったものといえる。しかし,原判決はこのような勧誘方法・内容及び信用取引開始の実情を一切無視しており不当である。

(ウ) PCAの勧誘の不当性

証拠からは,B自身がPCAのリスクが高いことを意識しておらず,これを軽視して原告に勧誘・説明を行っていたこと,したがって,原告もこれを安全性の高い商品として購入したことが明らかである。被告がPCAについて,このように適合性を無視した勧誘を行った経緯・実情を明らかにすべきである。

(エ) ブル・ベア投信の勧誘の不当性

ブル・ベア投信はハイリスク・ハイリターン商品であり,このような商品取引は原告に適合しなかった。したがって,被告が適合性原則を無視して勧誘した経緯・実情を明らかにする必要がある。しかし,原判決は表層的な認定しかしておらず,不当である。

(オ) 平成15年8月15日以降の短期乗換売買

a 原被告間の株式等の取引である本件取引のうち平成15年8月15日以降の短期乗換売買は,資金が固定化され,原告の関与が著しく薄弱な状況下で,Bが自在に取引を展開していったことは明らかである。原判決はこれらの実情を全て黙殺しており,このような偏った事実認定は不公正である。

b 投機的な銘柄への方針転換

上記時期には,Bの主導により手数料稼ぎの目的に適うよう取引銘柄は次第に投機的な材料株・仕手株が中心となり,投資対象が極端にハイリスクな株式に移行していった。

c 本件取引の中の上記短期乗換売買の際に「損得10%前後(利益は10%程度まで伸ばす。損失が出たら10%までで切る。)」というリスクを抑える方法は完全に無視され,手数料稼ぎに資する小刻みな売買だけが,原告の主体的意思に基づかないで実行された。また,リスクを抑える方法としての「取引額を担保額の2倍以内とする。」扱いも無視され,少なくとも平成16年8月には,担保額が取引額の38%即ち取引額が担保額の約3倍近くに膨らんでしまっていた。

d 支店長の来訪と本件取引の継続

本件取引により損失が発生したことを原告が認識し,被告に対して苦情を述べたのに対して,被告の支店長が原告方を来訪し,取引続行の勧誘をした。この事実は重視すべきであり,黙殺すべきではない。

e 本件取引中の上記aないしdの経緯・実情を併せ考慮すれば,リスクを取りたくないと明示していた原告がBの計画的・欺瞞的な主導・支配により,過当取引に引きずり込まれた実態が明らかとなる。

(カ) 原告の取引意向に変化はなかった。

a 原告の本件取引における投資意向は,当初の段階(b株の購入だけを目的とし,信用取引の勧誘を断っていた。),PCA勧誘時(原告はリスクを取りたくないとの姿勢を持っていた。原告はPCA等の商品等の名称から,これを社債と思い込み,社債であれば安全という認識で勧誘に応じた。),信用取引開始時(原告はBが説明するリスクを抑える方法を信頼し,b株以外の株式の信用取引を承諾した段階でも,過大なリスクは取りたくないという姿勢であった。),ブル・ベア投信勧誘時(原告はブル・ベア投信の勧誘・説明に対して,そのリスクの高さを実感できておらず,この時点で投資意向が劇的に変化したことを示す事実はない。),以後の頻繁な短期売買時(以後の信用取引及びブル・ベア投信の頻繁売買はすべてBの勧誘により行われ,原告がこの勧誘を断ったことはなかった。この間,原告が被告に対して追加入金を行ったことはなく,意見を述べたり,自ら注文することもなく,本件取引に対して積極性を有していなかった。)を通じて,一貫していた。

b そして,原告が本件取引全体について行った指示・要請は取引の縮小だけであり,本件取引に関して積極的な発言をしたことはない。また,原告が平成16年10月まで本件取引を継続していたのは,専門家たるBがリスクを抑える方法による取引を行ってくれると信じ,他方で,累積していく手数料負担が凄まじいものであるとの注意喚起を受けなかったためである。

c 証拠上,原告の投資意向が変わったことが明示され,あるいは,そのことについて確認が行われたことを示すものはない。このような資料が存在しないことを無視して,曖昧な理由により被告に有利な事情として原告の投資意向の積極化を肯定することは許されない。

d 原告からのファックス・電話連絡が持つ意味

原判決が投資意向の積極化の根拠として指摘する原告からのファックス・電話連絡は,取引量が急増した平成16年に入ってからのことであり,原告としては外出先で電話を受けるのが煩わしく,周囲に恥ずかしいとの思いがあり,その反面,取引量が増大しているだけに,万一何かがあったときに連絡が取れないと大変なことになるとの恐怖心もあったためにすぎない。

原告がファックスや電話により,本件取引の指示をしたり,意見を述べたりしたことはなく,Bの勧誘をそのまま受け容れる形での取引が続いていた。

上記のファックス・電話連絡の点のみをもって,原告の投資意向が積極化したものとするのは不相当である。

(キ) Bの計画性・主導性と手数料稼ぎ目的

a 原判決はBの計画性・主導性と手数料稼ぎの目的について全く触れていない。被告の行為の違法性の程度,原告の落ち度の有無・程度を検討する際に,被告の違法勧誘の態様,その動機・目的を明らかにする必要がある。

b 被告の行為により投機的な短期頻繁売買が行われた結果,現実の投下資金約3607万円に対して,約2年間で約3130万円の手数料負担が生じており,そのため,本件取引全体の相場での損益上は利益が出ているのに,手数料負担がこれを大きく上回り,最終的には多額の損失が生じるという不当な結果となった。

c これは,被告にとって手数料稼ぎの目的に基づくことは明らかであり,本件取引を行った被告の動機・目的を含めた勧誘の実態を正視すべきである。

(ク) 平成16年8月31日のC支店長の訪問及び確認回答書について

a 上記日時に原告は自宅以外の場所で昼食会をしており,当該時間帯に自宅にいなかったことは証拠上明らかであり,アリバイがある。原判決はこの点について「上記昼食会も終日行われていたわけではない」との曖昧な判示しかせず,一体C支店長がいつ訪問したのか明らかにしていない。C支店長が職務上の重要な報告書を作成するにあたって誤記をすることは考えられず,さらに,被告内には営業日誌・業務日誌等の資料があるはずのところ,これらを証拠として提出することによりC支店長が原告宅を訪問した時刻を明らかにする立証活動をしていない。

b 自主アテンション顧客訪問面談指示書(乙30号証)の末尾に綴られた原告作成の「お取引事項確認回答書」は,上記面談指示書とは別個独立の書面である。これは顧客に対する定期的な残高確認と何ら差異はなく,特段,取引に問題があることを示唆するものではない。

c Bが翌日(平成16年9月1日)に原告宅を訪問しているが,この際,Bから要請され,原告がこれに応じて上記回答書に署名捺印しても何ら不自然ではない。

d 原判決の「支店長が虚偽の報告書を作成するはずがない。」という思い込みだけで上記aの判断を行ったのは誤りである。原告が作成した上記書面(乙30号証)に記載された原告の発言内容及び「問題なし」との結論は,当時の本件取引実態,原告の意向,その後の同年10月に原告が苦情を述べた際の遣り取りに照らして,あり得ないものである。

イ 適合性原則違反

適合性原則違反の判断に際しては,次の2点も考慮すべきである。

(ア) 原告の投資意向について原告がBの勧誘に基づき,次第に積極性を有するに至ったとの(原判決の)認定は誤っている(上記アの(カ))。原告の本来の投資意向を異なるものに変えさせたとしても,そのこと自体が自己責任原則を損なう行為であるから,そのことで違法勧誘行為自体を正当化できない。

(イ) Bに計画的・主導的な手数料稼ぎの目的があったことも,その違法性の程度等を検討する際には考慮すべきである。

ウ 過当取引法理

(ア) 過当性について

本件取引における過当性の判断においては,(原判決が認定した事実以外の)以下の事情も考慮すべきである。

a 本件取引の年次回転率はb株の取引を対象としない場合,最大26.47となり,年次手数料率は(b株を除外するなどして計算すれば)36.0%となる。

b 現実の投下資金約3600万円は,2年間でその約86%(年換算で約43.4%)が手数料に消え,b株を除いた手数料額と取引期間20か月を前提にして計算すると,年間約50%が手数料に消えたことになる。

c 損害額との関係における手数料率は2年間(頻繁な取引以降の期間は20か月)の取引期間に対して,136.5%,b株による利益を除いて計算しても104.5%といずれも凄まじい数値となる。

d その他,約2年間で740回という取引の回数・頻度及び総額約20億3631万円という買付代金の規模も短期頻繁売買であることを示している。

(イ) 口座支配について

a 意思に反していないことについて

過当取引においては当該取引が顧客の意思に反しないことを前提に,証券会社の助言指導による過当な取引への勧誘が問題となる。そして,口座支配の要件は顧客が証券会社の勧誘ないし助言のままに証券取引をし,実質的に証券会社が投資判断を行っていると評価される状況にあれば足りる。顧客の意思に反していないことを口座支配の要件該当性を否定する理由とする(原判決)のは誤っている。

b 投資に対する積極性

Bの勧誘に基づき原告が次第に投資に積極的になっていったという認定(原判決)は誤っている。

原告の積極性というのは,原告とBが連絡を取り合えるよう,原告がスケジュール表を月1回ファックスで送付したこと及び原告がゴルフ場・病院等に行く場合に原告の方から事前に連絡していただけのことである。原告が全体の取引方針及び個別の取引について原告が何かを積極的に述べ,希望したことはない。

c 口座支配が肯定されることについて

原告はb株以外の取引を行う意思はなく,Bからの信用取引の勧誘を断り続けていた。しかし,Bの計画的な勧誘により信用取引に引きずり込まれ,以後は被告ないしBの管理による「リスクを抑える方法」を信頼して,一度も勧誘を拒否せず個別取引についての指示・意見を述べず,途中の入出金も一切行わなかったのであり,すべてBの勧誘に依存して実質的に一任売買が展開された。

これらの事実からすると,被告の勧誘ないし助言のままに本件取引をし,原告の自発的・主体的な投資判断に基づかないで実質的に被告が投資判断を行っていたのであるから,口座支配の要件が認められることは明らかである。

(ウ) 悪意性について

本件取引では著しい過当性と明らかな口座支配が認められる。本件取引の異常な内容及び著しい手数料率の高さ,さらにBが,何故このような異常に多額の手数料負担が生じる取引を行ったかについて何一つ合理的な説明をしておらず,Bの悪意性は明らかである。

(エ) 以上のことから,本件では過当取引の違法が肯定されるべきである。

エ 説明義務違反

(ア) PCAについて

a 原告はリスクを取りたくないとの理由により信用取引の勧誘を断ったが,その後,BはPCAを勧誘した。このような状況下で,原告に望まれてもいないのに手数料が高率となるハイリスク商品(PCA)を敢えて勧誘する以上,被告はPCAが原告の意向とは異なるリスクの大きい商品であることを端的に理解できるだけの説明をすべきであった。

b Bが原告に対して現実に行った説明で,B自身が低格付債を販売した経験がないこと,説明時に投機級,ジャンク債といった言葉を使ったことがないこと,経済状況が良いことから(PCAの)格付けについてあまり問題にせず,リスクが軽減されるという内容であった。PCAの資料(乙4号証)も,PCAの有利性を強調した記載ばかりであり,リスクが実感できるような記載はほとんどない。

c 説明資料と確認書

要約目論見書(乙4号証の1)の記載からは,PCAの運用対象がピラミッド図の真ん中よりやや上に位置すること即ちPCAの運用対象のリスクが「中の上」であるという認識しか持てない。各等級の意味やBB以下の債券がリスクの高い「低格付け」「投機的格付け」「ジャンク債」であることなど全くわからない。

確認書(乙9号証の2)にしても,その内容は投資信託全般に関する確認書であり,安全性の高い投資信託にも共通する一般的リスクが記載されているだけで,この記載から「投機級の低格付債に投資する」というPCAの特殊なリスクを読み取ることはできない。

d 現実の理解の欠如

原告はBの説明によりPCAのリスクの高さを理解できていなかった。

e 以上のことから,被告が原告に対してPCAの説明を十分に行ったとはいえず,説明義務違反は明らかである。

(イ) ブル・ベア投信

a 前提状況と説明義務の程度

被告は原告に対して,ブル・ベア投信が原告の意向とは異なるリスクの大きい商品であることを端的に理解できるだけの説明を行う必要があった。

b Bは最初から信用取引の小刻みな売買と併せてブル・ベア投信への投資の乗換売買を頻繁に展開していくことを計画し実際にこれを実行したのであるから,Bは原告に対して頻繁な乗換売買がもたらす手数料負担のデメリットを含め,このようなハイリスクの取引を行ってよいかどうかを説明,確認すべきであった。

c Bの説明内容

Bが原告に対して行ったブル・ベア投信に関する説明では,投資信託の中でも非常にリスクが高いこと,2.5%の手数料を負担すること,優遇措置の関係で他社で扱う方が手数料額が安価になることの注意喚起がなく,手数料負担の累積についての注意喚起もなかった。原告はブル・ベア投信の乗換売買を行う専門的手法を理解できるはずがなく,被告は原告が理解できていることを確認していない。

d 説明資料と確認書

要約目論見書・確認書等の記載からは,最もリスクの高い部類の投資信託であることや頻繁な乗換売買のデメリット等は理解できない。

手数料の優遇措置の有無の点も,解りにくい記載となっており,目論見書に書かれているからといって顧客への説明義務を果たしたとはいえない。

e 現実の理解の欠如

原告はBの説明によりブル・ベア投信のリスクの高さを理解できていなかった。

f 以上のことから,被告が原告に対してブル・ベア投信の説明を十分には行っておらず,説明義務違反は明らかである。

(ウ) 信用取引と新興市場株・2部上場株

a 原告は株式・投資信託への投資に精通しておらず,相場変動の要因等について高度の知識を有していなかった。b株以外の株式を対象とする信用取引を行うことを了解した理由は,Bが繰り返し説明していた「リスクを抑える方法」を信じたことにある。原告から指示したり意見を述べたりしたことは一度もなく,原告が勧誘を拒否したこともない。以上の状況に照らせば,被告が原告に対して明示していた取引方針とは異なるリスクを有する取引を行う場合には,そのことを原告に明示して現実のリスクの質と程度を理解させ,それでも原告が当該取引を行うかどうか確認すべきであった。

b 被告が短期乗換売買を繰り返す際に,Bは原告にその時々の相場判断や個別銘柄の善し悪しについて十分に理解させておらず,頻繁な乗換売買により手数料負担の累計額が高額になっているとの注意喚起もなかった。原告は有利性を強調したBの勧誘・説明により専門家であるBがリスクを抑える方法で取引を行えば大きなリスクはないものと信じ続けていた。

平成15年11月~12月の材料株への移行に関する説明について,終始リスクに関して消極的な姿勢を見せていた原告が,相場状況が悪化している中,投資対象を極端な動きをしやすい材料株へ移行する認識・理解をした上で,これを容認したはずはない。

以上のとおり原告は十分な説明を受けず,明示されていた「リスクを抑える」との方針と全く異なる内容の本件取引のリスクの質・程度を理解できていなかった。

c 手続的な各種書類に,如何に形式的なリスクの存在が記載されていても,それらの記載から個別の相場状況の下での現実のリスクの質・程度を直ちに理解するのは不可能である。

(エ) 説明義務違反の成否を判断するに当たっては,如何なる前提状況の下で,如何なる説明が行われたかを検討すべきである。Bは,「リスクを抑える」という明示的な取引方針とは異なる取引を行ったのであるが,このような場合には,Bが明確な説明を行うべきであったがこれをしなかった。

実際の取引上のリスクの質・程度について,当該顧客が自己責任において投資判断をなし得る程度に説明すべきところ,上記のとおり被告はこれをしなかったのであるから,本件取引で説明義務違反があったというべきである。

オ 損害論

(ア) 本件取引中,顧客が自らの指示に基づく取引であることを特定できる場合には,このような取引から発生した損益は,被告の違法行為により原告に生じた損害から必ず除外すべきである。

(イ) したがって,原告が自発的意思に基づいて行ったb株の株式売買により得た利益(80万9775円)分について,何故,違法な取引として本件取引中の利益及び損失の対象に含めるのか根拠を示さないで計上するのは不可解である。

(ウ) 原告と被告の間で適合性原則違反の取引が開始されたのは,平成15年7月3日のPCAの取引からであり,それまではb株による利益と損失しかなかった。したがって,これらの取引(原判決別紙取引一覧表〔一覧表〕1,2及び4)による差引結果としての利益合計497万6030円は違法な取引による利益・損失の計算過程で計上すべきではない。

(エ) さらに,b株の取引については信用取引によるものであっても,b株の取引自体は原告が望んだものである以上,同取引による利益は損害算定に含めるべきではない。したがって,b株の信用取引による利益47万2179円(一覧表9)を損害算定に含めても原告の本件取引上の損害は2876万3229円(2923万5408円から47万2179円を差し引いた額)となる。

(オ) 以上のことから,被告は原告に対して,3215万5408円とその遅延損害金の支払を求める(控訴の趣旨)が,上記の各点を勘案すべきである。

カ 過失相殺

(ア) 原判決が過失相殺するについて原告に不利に斟酌した以下の点は不当なものである。

a 原告が有する十分な社会経済上の知識と判断能力とは,通常の社会人としての知識・能力であり,証券取引に関するものではない。原告が株式・投資信託の取引に精通し相場変動の要因等について高度の知識を有していたことはない。

b 原告の商品先物取引被害の経験

原告は被告とアイメックスは全く異なると理解していたし,事実,規模・社会的信頼度において先物業者たるアイメックスと証券会社たる被告とは格段の差がある。しかも,原告はB株式会社(b)のOBとして旧ナショナル証券たる被告に格別の信頼を感じて本件取引を開始した。そして,原告は商品先物取引の被害を受けて失ったb株2万株を買い戻すためにアイメックスからの和解金を原資として被告と取引を開始したにすぎず,b株購入以外に積極的に取引を望んだことは一度もない。原告はアイメックスとの商品先物取引で被害を被った経験があったからこそ,被告から度重なる信用取引の勧誘に対して「リスク」を取りたくないとして取引に応じない態度を取った。それにもかかわらず,被告が原告の上記信頼を利用して,原告の上記「明示された意向」に反した取引に引きずり込んだのであって,この実情を無視すべきではない。

c 投資に関する積極性

原告が本件取引の過程で次第に投資に関する積極性を有するに至り,取引の拡大に寄与したと判断している(原判決)が,これは全く事実に反しており,本件取引の経緯及び実情全般を無視すべきはない。本件取引の過程で原告が多少,積極的になったとしてもそれはBの違法勧誘の結果であり,また,原告自身が自ら本件取引を望んだり積極的な意見を述べたことは一度もない。本件取引の継続中に,むしろ取引縮小を要請したり,早く取引をやめておけばよかったなどと述べていた。

d 取引報告書等の送付と取引の継続

承諾して取引したのだから自己責任を負うべきであるとの論法は現在では無意味である。また,原告が本件取引を継続した点についても,(原判決は本件取引の経緯・実情を無視して偏った指摘をしており)過失相殺において高率の減額事由とすべきではない。原告が被告に対して平成16年10月に抗議を行うまでは,被告が「リスクを抑える方法」による取引を行ってくれると信じており,他方,原告が負担すべき手数料の累積額が高額となっていることについて,被告から注意喚起を受けたことはなかった。

しかも,平成16年4月ころまでは,相場環境が良かったため,本件取引は全体としては利益が出ており,強行に本件取引を止めなければならない理由はなかった。その後,次第に損失が生じていたとはいえ,同年7月末時点ですら確定損益は全体として僅かに利益が出ている状態で,Bもうまく対応していく,損を取り戻すなどと述べていたため,原告はこれを信頼したのである。

原告としては,上記の抗議をしたころ以降,自らの投資判断に従って深刻な事態を乗り切ることはできず,また,被告の支店長自らが原告に謝罪し,今後は支店長自らが取引を見るなどと述べたため,損を取り戻すために以後も,被告の勧誘に従った取引を続けざるを得なかった。

e Bの説明

Bの原告に対する説明は,上記エのとおりであり,原告にリスクの質・程度を理解させるに足る内容ではなかった。

勧誘時の具体的な説明内容,原告との遣り取り,原告がどのように認識して本件取引に及んだか等を認定・判断すべきであり,単に,Bから説明があったので原告は理解していたとして,これを原告の落ち度とするのは不当である。

「リスクを抑える方法」を繰り返し説明して原告を信頼させ,本件取引を承諾させておきながら,実際には著しくリスクの高い本件取引を繰り返したという事実こそが斟酌されるべきである。

(イ) 過失相殺の判断の際には,以下の事情を斟酌すべきである。

a 原告はもともと,消極的な投資意向を示していたのであり,最後まで本件取引に関して積極的発言を行ったことはない。しかし,専門家たるBの巧みな勧誘により原告はその意向に反した取引に引きずり込まれたものであり,この点を重視すべきである。

b 本件取引は,Bの「リスクを抑える」という堅実なやり方に基づき,原告の専門家Bに対する信頼を前提として開始された。被告は,このように原告が専門家(B)に対して信頼しているのを奇貨とし,巧みな説明・度重なる勧誘により本件取引を行わせた。したがって,原告が上記信頼した点をその落ち度として過度に強調するのは不当である。

c 本件取引における違法な勧誘行為は,すべてBが手数料稼ぎの目的のために行った故意に基づくものである。本件取引の取引継続過程をみても,一気に取引量を膨らまされてしまった後は,原告はもはや自らが相場判断などできず,いよいよもってBの指導助言に従わざるを得ず,これを奇貨としてBの主導による取引内容は一層投機的となった。このような重大な違法行為により誘発された顧客(原告)の落ち度を過大視することは,被告による違法な手数料稼ぎを一定程度容認することになり許されない。

(ウ) 顧客(原告)側の落ち度の有無・程度を検討するについては,被告の担当者らの違法行為の程度・態様との比較において,本件取引の経緯・実情を具体的に検討し,上記(ア)及び(イ)で述べた点を勘案して判断すべきである。

(2)  被告の当審主張

ア 最高裁平成17年7月14日判決の示した内容を前提とし,その適合性原則に則った勧誘であるかどうかの判断要素として,顧客の意向(投資目的等の主観的要素)と実情(知識,経験及び財産の状況等の客観的な要素)を総合し,慎重に判断せざるを得ない。しかし,被告を含む証券会社には,この判断を行うために必要な合理的調査権限は認められていない。

したがって,被告としては顧客からの自主申告に基づく内容及び顧客との協議内容を通して判断を行うほかない。逆に,顧客(原告)としては自主申告の内容及び協議内容について十分な責任をはたす必要がある。

イ 本件取引には,以下の理由から適合性原則の違反はない。

(ア) 信用取引,PCA,ブル・ベア投信,2部上場株,新興市場株について適合性原則に違反していたか否かを,全体として同一次元で評価する(原判決)のは不合理であり矛盾を孕むものである。

a PCAはミドルリスク・ミドルリターンの商品性を有するものであり,何故にPCAが信用取引(一般にハイリスク・ハイリターン商品とされている。)と同一次元で適合性原則の判断をする(原判決)のか不可解である。Bは原告に対してPCAの説明を十分に行っている。

b ブル・ベア投信についてもBは原告に対して,利益・損失ともに日経平均株価の値動き率の2.5倍程度となる危険性を有すること及び顧客の手数料負担が大きいものであるといった事情を十分に説明した。

c 1部上場株と2部上場株とで,投資に関するリスク内容が質的に異なるものではない。後者が特に,投機性が高いとか知名度が乏しいなどという社会実態は存在しない。

d 新興市場株についてもBは原告に対して,投機性が高く,リスクの大きい商品であること,新興市場株を発行する会社は設立後の経過年数が短く,経営基盤が確立されていない場合もあることを十分に説明した。

新興市場株の相場変動を予測することが困難であるのは,すべての投資家にとって平等な事情であり,投資経験の豊富な投資家であれば相場予測が正しく行えるというものではない。

(イ) 原告は社会的・経済的感覚に優れており,退職して時間ができたので,株式投資により資産運用を腰を据えてやってみたいとの積極的な希望を述べていた。

(ウ) Bは,原告に対して関係資料に基づき商品性,取引の仕組み,リスクに関する十分な説明を行った。

(エ) 本件取引に先立つアイメックスとの商品先物取引に関する和解により獲得した和解金等を原資としてリスクの大きな証券取引を実行したその投資姿勢は安定性を重視するというものではなく,「利回り重視と値上がり益重視のバランス」という欄(新規取引申込書)にチェックしており,さらに,資金の性格について「余裕資金」にチェックしていた。

(オ) 原告が実体験により被った数千万円の投資損失は,一般的に証券取引における信用取引などよりもハイリスクと評される商品先物取引によるものであり,投資損失の発生についての原告の理解ないし耐性は一般投資家の中でも顕著であり,本件取引の勧誘が「顧客の意向と実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘」したものとはいえない。

(カ) このような原告が,Bとの投資協議や相場環境により,当初の投資意向が変化し信用取引(その他の本件取引)を開始したことをもって,被告の適合性原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘によるものとはいえない。

第3当裁判所の判断

1  前提事実

判断の基礎となる前提事実は,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要等」欄の2項(争いのない事実)に記載のとおりである。

2  原判決判断

当裁判所の判断は次項以下に付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」欄に記載のとおりである。ただし,過当取引の違法性の有無については,後記5のイのとおりであり,これと異なる原判決の認定・判断(原判決「事実及び理由」の第3の2,(2)イ及びウ)を上記判断のとおり改める(これに伴い,原判決53頁8行目の「前記(1)」を「前記(1)及び(2)」と改める。)。

3  付加する認定

証拠(原判決22頁の第3の1項冒頭に掲記)及び弁論の全趣旨によれば,本件取引に関し原判決で認定した事実に加えて,次の事実も認めることができる。

ア  原告のアイメックスとの商品先物取引では,原告は,アイメックスの担当者から何度も損を取り戻せる,今度は何とかするからという口実を告げられ,また,本来の担当者の次にその部長が関与してきて,最後には支店長が出てきて,ちゃんとすると告げたが,結局,原告の損失が膨らんでしまうという経緯があった。

イ  原告は,本件取引を始める段階で,b株2万株を取得し保有する目的以外の取引をする気持はなかった。(しかし,原告は上記の気持があるのと同時に,本件取引を始めるころに,アイメックスから和解金が入ってくるから,これを利回りのよい金融商品があれば,そのような金融商品に投資してもよいとの考えもあった旨を供述する。)

ウ  Bはb株式会社(b)の系列の(旧)a株式会社で長年,商社マンとして勤務し,取引の相手当事者との間で交わす署名押印入りの書面の重要性は十分に認識しており,その合意書面に法的に拘束され,書面で謳われている合意内容に従った責任を負うことも十分理解していた。そして,原告は日本経済新聞を常に購読し,bの株式(b株)の株価及び日経平均株価の動きに常日頃から関心を持ち,把握していた。

エ  被告のC支店長とBが平成15年6月5日に原告方を訪れ,信用取引の説明をした。Bらはこの時は,信用取引という方法があることをさらりと述べたにすぎない。この際,原告はBらから雑誌記事を複写した「信用取引事始め」(乙21号証の1)の交付を受けた。また,原告はこの時点で,信用取引には大きなリスクがあると理解しており,信用取引を勧められても断れるだけの判断力があった。

オ  Bは原告に対して,平成15年7月2日,リスクを抑える方法があることを前提にして信用取引を勧誘したが,原告は信用取引による株式取引をするのを断った(原告の主張アの(ア)については上記エ及びオで認定したとおりである。)。

カ  原告が信用取引を断ると,Bは同日,PCAを勧め,チラシ(乙4号証の1)を交付した。そして,将来円安となると予測するから,今,アメリカの債券を購入しておいたらどうかと勧めた。この時,原告は上記チラシを見て,PCAが投資対象とする債券の格付けを理解した。そして,原告は同日にPCAを対象として本件取引をすることを承諾し,「投資信託の商品性及び投資信託のリスクについて十分理解しました。」と記載されている投資確認書(乙9号証の2)を読んだ上で,その顧客欄に自ら署名押印した。Bが翌日,具体的な取引銘柄を紹介して取引をしないかと勧誘したのに対して,原告は具体的銘柄を特定したPCA投資をすることを了解した。

キ  Bは原告に対し,平成15年7月8日,b株を信用取引により取得することを勧めた。原告としてはアイメックスからの和解金が同月末に1000万円が入金される予定であったが,上記時点ではb株を取得する手持資金がなく,また,Bが損が出ても10%の範囲内に収める,投資総額を担保額の2倍以内に抑えることによりリスクを避けられると説明したことから,原告はリスクを抑えることができるのであれば,少しぐらい他の株式を買うこともあるかなと考えた。また,この時,Bから信用取引を強制されている雰囲気はなかったが,原告はお世話になっているBがここまで勧めてくれるんだし,リスクを抑えることができるからよかろうと考えた。

ク  原告は平成15年8月14日までにb株を(信用取引による買付分を別にして)合計1万5000株保有していた。原告はBに対して,さらに5000株の追加買付するよう伝えたが,Bがその時点の相場状況からb株を処分したほうが良いと勧めた。原告はこのアドバイスに対して,上記1万5000株のうち1万株だけを処分し,残り5000株は保有することにし,上記1万株の売却により原告は約47万円の利益を得た。このような扱いにしたのは,Bからの売りのアドバイスをとても断れない雰囲気があったからではなく,原告自らの判断による。

ケ  原告はBから同年8月14日,ブル・ベア投信を勧められた。これは日経平均株価が1%変動すれば,その2.5倍の変動幅で値動きする金融商品であるとの説明であった。この勧誘に対して,原告は「1%ないし2.5%程度の変動であれば,大した動きではないだろう。日経平均株価であれば,プロにはある程度予測がつくのだろう。」と判断し,Bの説明に納得した上で,Bに対して「やりたいです。」と原告の意向を告げ,投資の対象とすることを承諾した。

翌日,被告は原告の承諾に基づきブル2.5エクセレントを743万円で買付し,同月20日,これを売却して34万7000円の利益が出たが,この経緯から原告はブル・ベア投信というものは,それなりに相場が変動するものだなと感じた。

コ  原告は平成15年12月に引き続き平成16年2月にも,Bに対し,本件取引が膨れあがっているので取引を減らしたいとの希望を告げた。しかし,Bから心配は要らないとの説明を受け,また,損が出ておらずリスクを抑える方法を続ければ,今後もいけるだろうと思い,Bを信頼してそのまま本件取引を継続した。

サ  b株については,平成15年4月2日から同年8月6日までの間に合計3万5000株を取得し,同月14日までの間に合計2万株を処分した。残り1万5000株はその後,保有を続け信用取引の担保となっていたが,平成17年4月中頃に本件取引を手仕舞いする段階で全てを売却した。

シ  本件取引の対象は,平成16年4月ころ以降,新興市場株,2部上場株が中心となっていった。原告は新興市場株,2部上場株を本件取引の対象とするころ,新興市場株は新しい会社が多いだろうから多少リスクは高い,1部上場株に比べてリスクは大きいだろうとの認識を持っていた。Bは原告に対して,これらを投資対象とするにつき「これがいい。これをやりましょう。」,「新興市場はストップ高がいっぱいある。」,「これからは新興市場です。」という説明をしたが,説明はその程度のものにとどまった(原告はBから,各銘柄につき各会社の概要等を原審で提出の原告準備書面(5)の別紙「各銘柄について原告が受けた説明と認識」欄記載の説明を受けたと主張する)が,原告は新興市場株であっても専門家(B)に任せれば危険ではなく利益が得られる銘柄なのだと理解した。

ス  原告はBに対して,平成16年7日13日,PCAの価値が下落しているではないかと苦情を述べ,また,その解約が可能か否かを尋ねたところ,Bは同日,PCAを解約した。この点,原告はBに対して,PCAを解約するよう指示をしていないのに,Bが原告に無断で解約したと抗議した。また,原告は上記PCAの解約金によりb株をさらに5000株取得したいと希望したものの,結局,スーパーブルの取得資金に充てられた。

セ  原告は平成16年8月31日ないしはその前後ころ,C支店長作成の面談確認報告書の内の「お取引事項確認回答書」(乙30号証の5枚目)に署名捺印した。これはそれまでの本件取引上の,取引経過及び被告による預り金・銘柄(数量)が合致しているか及び確認した取引の損益は把握しているかについて,原告がこれを肯認する意味で上記署名押印をしたものである(原告は,上記書面を確認した上で署名押印したことについて,その陳述書〔甲16号証〕では自ら署名捺印したことを否定するかのように述べるが,原告の供述では自ら署名捺印したことを認めている。また,上記回答書に関する具体的な記憶は残っていないとも述べる。)。

ソ  平成16年10月になって本件取引上の損失額が多額となり,原告はBに対して苦情を述べた。これ対して,Bと共にC支店長が原告宅を訪れ,謝罪すると共に,もう一度チャンスを欲しい,今後は損を取り戻すためにC支店長自らが本件取引を見ると告げた。この際,原告はC支店長に対して,「利益が出ているうちに止めておけば損はなかった。」と述べた。しかし,原告は上記C支店長の言を受け容れ,その後も本件取引が継続した。

タ  原告が保有を続けていたプリヴェチューリッヒ株が下落し,平成16年12月29日に約689万円の損失が生じた。原告は同年12月の年末限りで本件取引を止めようと考えたが,このころ体調を崩していたこともあって,思い切った決断ができないまま,以後も本件取引を継続した。

チ  原告は個々の取引については,あまり拘ることはなく,また,指図するつもりもなかった。原告は本件取引の全体として,最初の間は利益が出ていたのでこれを継続していたが,上記スないしタのとおり,平成16年以降に損失が次第に拡大していき,最終的には平成17年春に本件取引を止めた。

4  前提となる当審の判断

ア  原告は上記3のキのとおり信用取引を始めたが,それまでに被告担当者が原告に対して信用取引を勧誘したのは2回にすぎず,しかも,初回はさらりと信用取引の説明をしたにすぎない。それにもかかわらず,リスクを負うのが怖いと述べていた原告が平成15年7月8日に,突然の電話による「今が買いのチャンスです。」とのBの言に乗り,即刻,b株の信用取引を承諾したのであって,後記イのことも合わせ考慮すると,原告が信用取引のリスクをそれほど深刻視してはいなかったものと断ぜざるを得ない。

イ  上記3のイ,カ,キ,ケ,コ,シ及びチを中心とする原告の言動を総合的に考慮すると,原告は個々の取引については余り重視せず(Bのアドバイス等に任せる。),原告が投資した金額が全体(総額)として増える(儲かる)のであればそれで良いとの姿勢であったと考えられる。

ウ  また,上記3のカのとおり,原告は元本が保証されているわけではなくリスクを伴うPCAの取引を始めることをBから勧誘を受けたのに対して,易々としてこれを承諾した。したがって,原告はPCA投資に関しても,リスクを負担したくないとの気持はそれほど強いものではなかったといわざるを得ない。

しかも,原告がPCAを投資対象にすることを即刻に承諾した同年7月2日の時点は,原告が被告を介して,一覧表のとおり,それまでにb株を現物で合計2万株取得し,内1万株を売却した状況にあった段階であり(本件取引が頻繁に繰り返されていた状況下と比較して,上記7月2日の時点では,原告がリスクを伴うと解する取引が始まっていた段階ではなかった),また,原告がアイメックスとの商品先物取引による損害を被った後,さほどの期間が経過していないころであった。

さらに,原告が上記チラシを一覧しただけでも,PCAはリスクを伴うものであることは看取できたといえる。そして,今後,原告が投資する商品であることから注意を払い,(Bとの話しが終わった後にでも)上記チラシを慎重に検討すれば,PCAの投資商品としてのあらましを知ることもできたといえる。

エ  原告はBから10%原則及び2倍原則の説明を受け,これを信頼して信用取引を行うことを了解した(上記3のキ)のであるが,b株の取得以降,信用取引を行っていた過程(上記3のソの抗議をする前までの間)で,Bが上記リスクを抑える方法を遵守しているのかをBに対して尋ね,あるいは確認したことの事実はない(この点,原告はBとの間で,信用取引の上限を4000万円とする,あるいは6000万円とするとの約束などしたこともないと供述している。)。

オ  原告は平成15年8月14日,b株1万5000株のうち1万株に限り売却している(上記3のク)が,このとき,原告はBのいうがままにb株の全部を処分したのではなく,5000株は保有することにした。このように本件取引において,原告が自らの意思に基づき取引の具体的内容について判断を行っていた場合もある。

カ  原告は上記3のケのとおりBからの勧誘を受けた当日(8月14日),ブル・ベア投信が値動きの変動幅が小さくないものであるにもかかわらず,これを投資対象とすることを即座に承諾した。そして,この承諾をする前に投資対象(ブルベア投信)のリスクの有無,その具体的内容及び手数料率等につき,Bに対して質問をしたことは窺えない。結局,この時点でも,原告は当初の目的であったb株の現物取得よりも利益を挙げることを重視していたといわざるを得ない。

ク  原告はBに対し,平成16年2月,本件取引(額)を減らしたいとの希望を告げたものの,Bから心配は要らないとの説明を受け,また,損が出ていなかったこともあって,そのままBを信頼して本件取引を継続した(上記3のコ)。この際,原告がBに対して10%原則及び2倍原則に則った取引を行っているのかを尋ねたり,確認したりしたことは窺えない。また,原告は上記認定のとおり損が出ていなかったこともあって,この時点で本件取引を縮小することができたのに,結局そうはしなかった。原告にはリスクを取りたくないとの思いはあったものの,損が出ていなければよいとの気持も併存し,この気持が強かったといえる。したがって,原告にとって,リスクを取りたくないことだけが本件取引を行うについての最重要の投資原則ではなかった。

ケ  上記3のサのとおり,原告はb株1万5000株の保有を続けたが,商品先物取引で失ったb株2万株を取得し保有するという状態には至っていなかった。これは,他の金融商品の取引に相当資金が必要であり,b株を更に追加買付できる状態になかったことによるものと解されるが,証拠上,原告がb株以外の株式,PCA,ブルベア投信等の金融商品の取得を拒否してでもb株の追加買付をするようBに強く要請したとの事実はない。

コ  本件取引の対象は,平成16年4月ころ以降,新興市場株,2部上場株が中心となっていったが,その際,原告は新興市場株について,その株式発行会社は新しい会社が多いだろうから多少リスクは高いのではないかとの認識を持っていたのに,Bからこれらの株式を投資対象とするにつき「これがいい。これをやりましょう。」,「新興市場はストップ高がいっぱいある。」,「これからは新興市場です。」との説明を受けただけで,新興市場株であっても専門家であるBに任せれば危険ではなく,利益が得られる銘柄なのだと理解したという(上記3のシ)。しかし,Bの説明によっても新興市場株が危険ではないと安心するに足る説明があったことは窺えない(原審提出の原告準備書面(5)の別紙「各銘柄について原告が受けた説明と認識」欄記載の説明があったとしても,その内容を検討すると,Bの説明は新興市場株を投資対象とすることが危険ではないと納得し得るものではなく,原告が新興市場株等を対象とすることに危険はないと判断した根拠は不明である。)

サ  Bは上記3のスのとおり平成16年7日13日,PCAを解約した。原告はBに対して,この点について無断で解約したと抗議したのであり,Bの上記行為は原告のBに対する信頼感を損なうものであった。しかし,原告はその後も,Bを信頼しBの勧誘・助言に従い本件取引を継続した。そして,上記解約金はスーパーブルの買付に充てられ,b株5000株を取得することにはならなかったのであって,上記3のキ,ク及びサの事実をも合わせ考慮すると,原告のb株取得についての熱意はさほどのものではなかったといえる。

シ  原告は,原告が署名押印した「お取引事項確認回答書」(乙30号証の5枚目)について,上記アの(ク)のとおり主張する。しかし,上記3のセで認定したとおり,原告は上記書面について具体的記憶はないから,平成16年8月31日午前11時30分からの会食当時に原告が京都に出向いていたことは明らかであるにしても,当日のそれ以外の時間帯及びその前後の日に上記書面に署名押印したことは否定できない。そして,上記書面は本件取引の取引経過及び預り金・数量を原告が確認する内容であり,個別取引毎の各取引報告書(乙37号証の1ないし3)及び定期的な取引残高報告書(乙38号証)とは別に被告が原告から徴求したものであって,顧客に対する定期的な残高確認と何ら差異はないと評価することはできない。

ス  原告は上記3のソのとおり平成16年10月7日,C支店長らに抗議した際,「利益が出ているうちに止めておけば,損はなかった。」と述べたが,そのように考えたのであれば,b株2万株を買い戻す目的から始めたものの,b株以外の株式・投資信託等を対象としていた上記時点で,何故,本件取引を止めなかったのか,不可解である。

セ  原告は平成16年12月末,同年末限りで本件取引を止めようと考えたものの,体調不良から思い切った決断ができず以後も本件取引を継続した(上記3のタ)。この時点で,上記のように本件取引を止めようと考えたのであれば,原告自身は体調不良であっても被告に対し,妻等の家族を通じてでも本件取引を止める旨を指示することは可能であったと考えられ,原告が上記のような考えでいたにもかかわらず,その後も本件取引を継続したことにより拡大した損失について,原告の帰責要素は大きい。

ソ  原告は,アイメックスとの取引で上記3のアの経緯を経験していたにもかかわらず,本件取引においてもBの上司が現れ,アイメックスの場合と同様と解される上記3のソの対応をされたのであるから,この場合,アイメックスの対応姿勢を想起して,もっと早期に本件取引を止め,損失の拡大を防止することも可能だったのではないかと考えられる。

タ  原告は本件取引に関する確認書等に署名押印したことについて,形式上必要であるからとBから告げられたので重視していなかった旨及び被告から交付された資料パンフレット等に余り目を通さなかった,ざっと見たにすぎない旨を供述する。しかし,上記3のウのとおり,原告は合意書面の法的拘束力も十分に知っていたのであり,合意書面に署名押印した以上,法的に拘束されるのが基本である。(原告が,形式上必要であるからとのBの言により署名押印したことを重視していなかったとしても,この点は過失相殺の判断においても原告に有利に考慮することはできない。また,資料パンフレット等について原告があまり目を通さなかった,ざっと見たにすぎないとしても,原告に有利に斟酌することはできない。)

5  原告の当審主張について

ア  適合性違反の程度(主張ア,イについて)の主張その他について

本件取引が適合性原則に違反するものであったことは原判決の争いのない事実(原判決2,3頁)及び判断の基礎となる事実(原判決22頁から37頁まで)に基づき,37頁からの(1)項(適合性原則違反について)の説示のとおりである。

(ア) 主張アの(イ)

主張(イ)のリスクを取りたくないとの原告の投資姿勢重視の度合い(主張(イ)のb及びdに関して),原告が信用取引を行うに至った経過(主張(イ)のcに関して)については上記3の事実及び4の検討で述べたとおりであり,被告に後記イのとおり手数料稼ぎの目的下に,現実にかなりの手数料収益を上げたことを勘案しても,原告の上記主張は片面的であり,原告はアイメックスから支払われる和解金により儲けたいとの意向が強かったことも無視できない。

(イ) 上記3の事実及び4の検討のとおり,平成15年7月2日の時点では,Bが確認書(乙9号証の2)上の署名押印を求めた際,原告がBから(何度も形式だけ,あるいは手続上必要だからという重要でないものとして)何度も署名押印を求められた過程における徴求ではなかったのであるから,原告としてはリスクを伴う投資であるか否か,リスクがあるとしてどの程度の危険性があるのか等につきBとの話し(協議)が終わった後に,自ら上記パンフレットを検討し,疑問があれば翌日(7月3日),現実に投資が実行されるまでの間に,Bに質問することも可能であったと解され,これに原判決28頁から30頁までのウ項及び同47頁から49頁までのイ項で指摘した内容を合わせ考慮すると,原告がPCA投資を承諾したことは軽率であったものとして重視せざるを得ない(原告の主張アの(ウ)について)。

(ウ) そして,原判決30頁から33頁までのエ項,49頁から50頁までのウ項での認定・判断,上記4のカで指摘する内容を合わせ考慮すると,主張アの(エ)は採用できない。

(エ) 上記3の事実及び4の検討を合わせ考慮すると,原告のリスクを取りたくないとの取引姿勢は,原告の利益重視の度合いに比して,原告がさほど重要視していたものとはいえない。

また,本件取引に関する被告の行為につき違法と評価すべき過当取引(後記イのとおり)の現実もあったが,原告もこれら取引を繰り返すことを事前に承諾し,個別取引毎に送られてくる取引報告書の内容も了知しあるいは了知し得たのであり,さらに,原告とBは常に連絡可能な状態にあったのであるから,当該取引の是非,疑問点についての質問はいつでもできた。したがって,頻繁な短期売買取引について,Bの計画的・欺瞞的な主導・支配により原告が同取引に引きずり込まれたとまでいうことはできず,主張アの(オ)は採用できない。

(オ) 原告の取引意向の変化

上記3の事実に上記4の検討を合わせ考慮すると,原告のb株2万株を買い戻すとの取引意向が原告の頭から全くなくなったということはできない。しかし,現実には原告の承諾の下にb株以外の株式,PCA,ブルベア投信,新興市場株,2部上場株等への投資が行われた。原告としてはこれらを投資対象とすることを拒否し,b株の現物取得を指示する機会は十分にあったのに,原告はそうはしないで利益を得ることに重点を置き,そのために言葉上,積極的な発言をしたものではないとしても,原判決35頁からの(4)項及び同頁から36頁にかけての(5)項に示すとおり,個別取引の結果及び定期的な取引の各報告を是認した上で,さらに次の取引を行いたい旨のBの提案ないし勧誘を承諾した。

原告はファックスによるスケジュールの告知及び電話連絡を常に取れる状態にしていたことを以て,取引意向が積極化したものではないと主張する(主張(カ)のd)。しかし,Bは原告に対し,急ぐ時は電話をどんどんかけてきた(原告の供述)のであり,これは,個別取引毎の重要な点について,早急に原告の承諾を得るためのものであると推測でき,当初のような,現物取得したb株2万株の売却及び保有状態下の配当受領により利益を得るという取引意向しかなかったのであれば,このような連絡態勢を取っておく必要はない(b株の現物取引として,買いないし売りだけの取引をするのであれば,成り行きあるいは指値をし,その注文期間をBに告げておけば足りる。また,原告は,万が一何かがあった時,連絡が取れないと大変なことになる恐怖心があったと供述するが,具体的にどのような場合を想定してこのようにいうのか不明である。)から,前段に説示した点以外に,原告が上記連絡態勢を取ったこと自体からも,原告の取引意向の変化を認めることができる。

以上のとおり,原告の当初の取引意向と比較すると,その後,その取引意向に変化があったことは明らかであり,主張アの(カ)は採用できない。

(カ) 主張アの(キ)

被告に手数料稼ぎの目的があったことは明らかである。また,Bが個々の取引についての銘柄選択,投資規模(投資金額),投資時期等について主導的に実質的判断をした上で,これを原告に対して提案し,勧誘したことが窺える。この点は後記イで評価する。しかし他方において,原告においても総額として儲かればよいとの基本的姿勢に基づき,Bの上記判断・行為を是認していたことも明らかである。

(キ) 主張アの(ク)

上記3の事実及び4の検討のとおりである。

イ  過当取引の違法性(主張ウ)について

過当取引の違法性ついては,原判決の争いのない事実(原判決2,3頁),判断の基礎となる事実(原判決22頁から37頁まで)及び上記3の事実を総合し,原判決44頁からの(2)のア項を前提にして,次のとおり判断する(この判断に反する原判決45頁から46頁にかけてのイ項及びウ項を本項のとおり改める。)。

本件取引期間中の取引回数は一覧表のとおり合計740回(b株の取引を全て含む。)に及び,その年次回転率(1年間における投資資金の回転率。対象期間の買付総額を同期間の平均投資額〔対象期間における各月末の投資残高の平均金額〕で除し,それを年ベースに換算して算出)は16.99であり,また,本件取引のうち保有期間14日以内の取引が約79.2%(保有期間1か月以内の取引が約82・6%)を占める。

また,原告は本件取引の当初は積極的な投資を行う意向はなく,b株の買付及び取引終盤での投資商品の売却・手仕舞いを除き,すべてBによる勧誘・提案に基づき個別取引の銘柄選択・その規模(投資額)・投資時期が決められ,原告はこのような個別取引についての具体的相当性を判断し得る能力(各金融商品のリスクの具体的軽重についての認識はなく,投資金額の相当性〔一時期に投資額をまとめて投資するのか,あるいは投資金額を小分けした分散投資をするのか等〕,投資時期の是非等につき,その時々の相場状況を勘案しながら判断する能力)を持たず,このような能力を前提にして,Bに対し個別取引について承諾を与えていたこと,以上を指摘できる。

他方,原告が個別取引のすべてに事前承諾していたこと,各取引報告書・取引残高報告書の送付を受け,その内容に誤りがないと確認して残高報告書の回答書兼担保同意書に署名押印してこれを被告に交付したこと,平成15年10月14日から平成16年8月12日の間,6回にわたり信用保証金として被告に預けている有価証券を被告が混同担保として使用することに同意していたこと,原告は被告に対して平成16年8月31日ころ,取引事項回答書に預り金・銘柄(数量)に誤りはなく取引損益も把握している旨の回答をしたこと,原告は平成16年以降,Bとの間で常に電話連絡が取れる状態にするなどして,取引意向が次第に積極的になっていたことも認められる。

しかし,原告が本件取引により最終的に負担することになった手数料合計は3130万7969円となり,相場取引自体による買い及び売りによっては損失が出ていなかったものの,手数料負担も含めた全体としては原告にとって大きな損失が生じていた。そして,本件取引の継続過程で原告がこのような客観的事実を把握していたのかは,上記認定・判断(3のイ,キ及びチ,4のイ)に照らすと疑問である。

口座支配性については,顧客の意思に反していない取引であるからといって常にこれが否定されるものではない。本件取引では,個人投資家(原告)にとっては異常というべき取引回数・取引規模・取引頻度であったこと,原告が個々の取引の相当性を具体的に判断できるだけの能力を備えておらず,Bを中心とする被告が個々の取引を行うか否かの実質的・具体的判断を行っていたことを重視し,これまでに認定・判断した点を総合考慮すると,本件取引において被告が原告の取引口座に支配を及ぼし(口座支配性),被告が利益(手数料)を得る目的のために個々の取引を頻繁に繰り返した(悪意性・過度性)といえる。

したがって,本件取引について全体として過当取引の違法性があるといえるから,この点についての原告の主張(原告の主張ウ)は理由がある。

ウ  説明義務違反の主張(主張エ)について

原判決の判断の前提となる事実及び本判決の上記3及び4の認定・判断を合わせ考慮すると,原判決の上記「第3 当裁判所の判断」欄の2項の(3)項(説明義務違反)及び上記4で各取引(信用取引,PCA,ブルベア投信,新興市場株及び2部上場株)について検討し判断したとおりである。

本件取引についての被告の勧誘・説明の内容及びその他の関与の仕方に,原告にとって不十分な面があったとしても,これが不法行為成立要件としての違法性があるとまでいうことはできず,主張エは理由がない。

エ  損害論の主張(主張オ)について

原告は当初,b株2万株を現物取得する目的で本件取引を始めたものの,Bのアドバイスにより,取得した1万5000株のうち1万株を売却し,売却益を取得した。

本件取引の全体を俯瞰すると,この段階から原告が本件取引を始めた当初の目的にそぐわない扱いが始まっている。そして,株式取引においては,このように取引当初に利益を挙げ,いわゆるうま味ないし証券会社の担当者が顧客の利益を重視し顧客の立場に立っているものと顧客に実感させ,その後,次第に取引頻度を増やしていくというやり方は多々見受けられるところである。したがって,原告が当初に利益を得た事実も,被告側からすれば上記に認定したとおりの過大な手数料稼ぎの端緒を作る意図・目的がなかったとは断定できないのであり,したがって,被告の違法行為の一端と評価すべきである。

よって,本件取引の違法性の有無はb株の売買も含めて評価すべきで,原告が得た利益額も本件取引全体の損害額計算に計上すべきである。主張オは採用できない。

オ  過失相殺の主張(主張カ)について

これまでに認定・判断したところ(特に上記3,4)を考慮すると,被告に適合性原則違反による違法性及び過当取引の違法性が認められるものの,このような客観的・事後的には違法と評価できる被告の行為をも,自らの投資総額を増加させる(儲ける)ためには受け入れてきた原告の姿勢も,被告の違法行為に劣らず重視せざるを得ない。加えて,原告がもはや本件取引を止めようと考えた後もこれを原告側の事情により被告に指示しなかったこと,それ以外の場面でも原告が損害の拡大を防止できた可能性が認められる状況下で,原告が積極的な行為に出なかったことにより損害の拡大を招いてしまったこと及び原判決54頁の(2)項で示す原告の落ち度と認めるべき事情を勘案すると,本件取引により原告に生じた損害のうち8割を過失相殺するのが相当である。本判決では過当取引の違法性も肯定したが,過失相殺の割合は原審判断を維持する。

6  被告の当審主張について

ア  被告は,適合性の判断のためには顧客の意向と実情を総合して判断せざるを得ないが,被告にはその判断を行うために必要な合理的調査権限がないと主張する。しかし,各顧客について適合性原則に合致するか違反するかを判断できるだけの必要な情報が把握できない場合には,無理をしてまで顧客に株式売買等を勧誘すること自体を抑制すれば良いのであって,十分な情報が得られないから適合性原則に違反するか否かの点を軽んじてもよいということにはならない。

また,被告は,顧客が証券会社(被告を含む。)に対し自主申告の内容及び協議内容について十分な責任を果たす必要があると述べる。しかし,被告は(原告の)顧客カードの記載内容を適合性判断の基礎とせず,根拠もないのに原告には取引の経験があると思って勧誘した(証人Bの供述)。適合性判断に際しては,この事情を考慮すべきである。

イ  これまでに認定・判断したとおり,本件取引は全体として適合性原則に違反し,また,上記5のイのとおり過当取引として違法であるといえる。主張イで述べる事情は,過失相殺の判断をする際に斟酌すべきものであるが,適合性原則及び過当取引の違法性の判断を覆すに足りるものとはいえない。

7  結論

以上のとおり,当審における原告の主張は,本件取引上,適合性原則違反に加えて過当取引により違法であるとの点は理由があり(この限度で原判決理由中の該当部分を改める。),その余の主張は理由がない。当審における被告の主張は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 菊池徹 裁判官 辻本利雄)

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