大阪高等裁判所 平成19年(ネ)3202号 判決 2008年3月26日
控訴人(第1審原告)
株式会社甲野工務店
同代表者代表取締役
甲野太郎
同訴訟代理人弁護士
白浜徹朗
同
遠山大輔
同
山口智
同
拝野厚志
被控訴人(第1審被告)
有限会社乙山金物
同代表者代表取締役
乙山一郎
同訴訟代理人弁護士
中野希美
同
森直也
被控訴人(第1審被告)
セメダイン株式会社
同代表者代表取締役
黒川靖生
同訴訟代理人弁護士
山田真吾
同
細野真史
同
池田裕彦
同
小森悠吾
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して2193万3283円及びこれに対する,被控訴人有限会社乙山金物(以下「被控訴人乙山金物」という。)については平成18年10月8日から,被控訴人セメダイン株式会社(以下「被控訴人セメダイン」という。)については同月11日から,各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の骨子及び訴訟経過
本件は,控訴人が,平成17年4月から平成18年5月ころまでの間,被控訴人乙山金物から,被控訴人セメダイン製造のPOSシールLMというシーリング材(以下「本件製品」という。)を購入し,建売住宅の外壁に用いたところ,本件製品と塗料との密着性が不良であったため,塗装に剥離が生じ,その補修費として2193万3283円の損害を被ったが,これは被控訴人らが平成17年3月に行った本件製品に関する説明が事実に反していたことに起因するとして,被控訴人らに対し,契約締結上の過失の法理を根拠とする説明義務違反に基づき,2193万3283円及びこれに対する訴状送達日(被控訴人乙山金物については平成18年10月7日,被控訴人セメダインについては同月10日)の翌日から各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
原審は,被控訴人らの対応に説明義務違反は認められないとして,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人が本件控訴を提起した。
2 当事者間に争いのない前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張については,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第二の二ないし第二の四のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決3頁4行目の「コーキング材(シーリング材ともいう。)」を「シーリング材(コーキング材ともいう。)」と改め,以下「コーキング材」とあるのをすべて「シーリング材」と改める。
(2) 原判決4頁24行目から同26行目の「程度であった。」までを次のとおり改める。
「イ 甲野は,平成17年3月,本件面談において,丙谷らに対し,上記アのとおりこれまで使用したシーリング材の問題点やシーリング材に求める性能について説明したところ,乙川と丙谷は,本件製品が控訴人の需要に完全に一致し最適である旨説明し,丙谷は,「この製品は,塗料との密着性があり,塗装がうまくのります。」と本件製品が塗料との密着性が良好である旨説明した。
これに対し,被控訴人セメダインは,丙谷が,本件面談の際,塗料と似た色の本件製品を使用すれば,塗装に亀裂が生じても目立たないと説明しただけであると主張するが,本件面談の時間は1時間程度であったから,この程度の説明で終わるはずがない。そもそも,甲野は,シーリング材の施工後に塗装することを前提に,塗装が可能なシーリング材を求めていたのであり,本件製品は,ホームページでも塗料密着性が良好と宣伝しているから,営業活動に訪れた丙谷が,本件製品について塗料との密着性に問題があるなどと説明するはずがなく,塗料との密着性について何ら触れなかったという趣旨を述べる丙谷の原審証言は信用できない。しかも,丙谷は,控訴人の需要が,塗装可能なシーリング材であるにもかかわらず,塗料の密着性について,塗料の種類によっては相性が良くないものもあるという警告すらしなかった。」
(3) 原判決5頁22行目の末尾に改行の上,次のとおり加える。
「 そもそも,ユーザーのニーズは先差万別であって,小売店がこれを認識することは不可能であるから,ユーザーが選択した商品がそのニーズに合致しているか否かについては,最終的にはユーザーの責任に帰するものである。本件においては,小売店である被控訴人乙山金物としては,市場に数多く流通する塗料とシーリング材との適合性を判断することは不可能であるため,メーカーである被控訴人セメダインに本件製品の紹介や説明を任せた上で,最終的な決定を建築業者として専門的知見を有する控訴人に委ねたのであるから,被控訴人乙山金物に説明義務違反は認められない。」
(4) 原判決6頁8行目末尾に次のとおり加える。
「シーリング材と塗料との間に相性すなわち密着性に違いがあることは,建築業者であれば当然知っている常識であり,甲野自身も,本件面談当時かかる認識を有していたから,丙谷が,本件製品の説明の際に,甲野に対し,本件製品があらゆる塗料と密着性を有するなどと説明するはずはない。」
(5) 原判決6頁11行目の末尾に次のとおり加える。
「甲野の代表者尋問の結果,控訴人が剥離が生じたと主張した物件のほとんどで実際には剥離が生じていないことが明らかになったから,控訴人の主張自体信用性がない。仮に剥離の事実があったとしても,塗装の剥離の原因としては,シーリング材との相性だけでなく,塗料自体の性能,塗装方法や技術,塗装環境,シーラーとの相性など様々な原因が考えられるから,その原因が本件製品と塗料との相性にあるとはいえない。」
(6) 原判決6頁末行の「被告ら」を「被控訴人乙山金物」と改める。
(7) 原判決7頁初行の末尾に改行の上,次のとおり加える。
「(3) 被控訴人セメダインの主張
否認する。上記のとおり,控訴人が剥離が生じていると主張する物件のほとんどについて実際には剥離が生じていないだけでなく,実際には補修工事もほとんど行われておらず,補修工事の見積書の金額も実際の工事費用と大幅に乖離しているので,控訴人主張の損害の発生及びその金額は,信用性がない。」
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第三の一のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決中「コーキング材」とあるのをすべて「シーリング材」と改める。
(2) 原判決7頁16行目の「パテ,」から同19行目の「問題点があった。」までを「パテは,固いために使用が難しい,水性シーリング材は,乾く際に伸縮が激しく塗装の亀裂がたくさん発生する,ウレタン系シーリング材は乾燥に時間がかかり,すぐに塗装すると亀裂がたくさん発生する,という問題点があった。」と改める。
(3) 原判決8頁5行目の「それぞれ」の次に「上記(3)のとおりの」を加える。
(4) 原判決9頁6行目の「一般論として」の前に次のとおり加える。
「 シーリング材及び塗料は,いずれも多数のメーカーから,成分系統等が異なる多数の商品が市場に出ており,その組合せが多様であるため,双方の適合性(密着性,汚染性等)については,施工前の確認が必要不可欠である。そして,シーリング材のメーカーであっても,その双方の適合性に関する情報を十分持っていないため,ユーザーが使用を予定している当該シーリング材と当該塗料との適合性を判断するためには,ユーザーから,使用する塗料(下塗り塗料であるシーラーも含めて)を特定できる情報が提供される必要がある。このように,」
(5) 原判決9頁12行目の「及び」の次に「原審証人乙川の証言,」を加える。
(6) 原判決9頁17行目から10頁末行までを次のとおり改める。
「 確かに,本件面談の際,甲野が,丙谷らに対し,これまで使っていたシーリング材の問題点として説明した内容は,シーリング材の上に塗装することを前提にしたものであるから,控訴人が,塗装が可能なシーリング材を求めていたことは,その場にいた丙谷らにも認識できたと認められる。また,被控訴人セメダインのホームページには,本件製品の塗料密着性が良好である旨の記載があるから,営業担当者が塗料密着性について消極的な発言をするはずがないという控訴人の主張も首肯できないわけではない。
しかしながら,上記のとおり,シーリング材と塗料との間には相性があり,その組合せによっては塗装ができなかったり,塗料密着性が悪いことがあるというのは,建築業界の常識であり,本件面談の際に丙谷が控訴人に交付した本件カタログにも,使用上の注意として,塗料の種類によっては密着性の悪いものがある旨記載されているから,営業担当者である丙谷が,あえてそれと異なる説明をするということは考え難い。しかも,本件面談の際,本件製品に塗布する塗料の種類等が明らかになっておらず,本件製品と塗料の密着性を検討するための情報が与えられていなかったのであるから,丙谷が,甲野に対し,本件製品が控訴人の需要に完全に一致し最適であるとか,本件製品について,あらゆる塗料との密着性が良好であると受け取られるような説明をするとは考え難い。
また,甲野や乙川は,原審において,丙谷が本件製品について「塗料がうまくのります」と説明した旨供述するが,甲野が述べた従前使用していたシーリング材の問題点が,主にシーリング材に上塗りした塗料の亀裂の問題であり,他方,本件製品の特色が80色という豊富なカラーバリエーションがあるため,外壁の色と同系色のシーリング材を選ぶことによって,塗装に亀裂が生じても目立ちにくいというものであったこと(乙3ないし5)からすると,塗料密着性とは直接関係のないやりとりの流れの中で「塗料がうまくのります」という塗料密着性に関する発言が出たというのは,いささか唐突な感が否めないところ,甲野や乙川の原審供述等によっても,丙谷の上記発言がどのような話の流れで出たのか不明である。そして,控訴人が,上記適合性の確認をしないまま本件製品を使用して施工しているとの客観的事実に加え,甲野の被控訴人ら担当者に対する従前のシーリング材の使用による塗料の亀裂問題についての説明は,塗装後(つまり塗料密着性には問題がない。)に時間を追って発生する密着性以外の不具合に焦点をあてたものであり,それを受けた本件製品に関しての丙谷の説明に塗料密着性について消極的な発言がなかったことからすれば,その間隙を「塗料がうまくのります」という発言があったように甲野や乙川の変容記憶が埋めてしまった可能性が考えられ,また,シリコーン系シーリング材の場合には一切塗装できないのに対して(甲2の2,乙5,原審証人丙谷),変性シリコーン系シーリング材である本件製品ではそのようなことがないという,いわば全否定ではない趣旨の説明があったにすぎないのに上記のように記憶が飛躍変容している可能性も排除できない。
以上によれば,本件面談の際,丙谷が,本件製品について塗料との密着性が良好であるとか,控訴人の需要に完全に一致し最適であるという趣旨の説明をしたという控訴人の主張に副う甲野及び乙川の原審供述等を採用することはできず,ほかに控訴人の上記主張を認めるに足りる証拠はない。」
(7) 原判決11頁6行目の末尾に改行の上,次のとおり加える。
「 また,被控訴人乙山金物は,被控訴人セメダインの製品のみを扱っているのではなく,様々なメーカーのシーリング材を販売しているのであるから,本件製品だけを推奨する営業上の必要性は乏しいし,乙川が被控訴人セメダインの担当者に本件製品の説明をさせたという経過からしても,被控訴人乙山金物が本件製品の性能等についての知識があったとは認め難いから,このような立場の被控訴人乙山金物の代表者が本件製品の購入を躊躇する甲野に対して,「変化しないから変成というのですよ。絶対大丈夫です。使ってください。」と断定的な発言をするということは考え難い。」
2 検討
(1) 上記1認定説示のとおり,乙川及び丙谷が,本件面談の際,甲野に対し,本件製品の塗料密着性について,事実と異なる説明をしたと認めることはできない。また,乙山が,甲野に対し,本件製品を推奨した事実も認められない。
(2) 控訴人は,丙谷が,本件面談の際,本件製品と塗料との間に相性があるので,使用前の事前確認を行うべきであるという警告をしていないことを捉えて,この塗料の密着性についての警告を怠ったことが重大な説明義務違反である旨主張する。
ところで,私的自治の原則からは,契約を締結するか否かを判断するために必要な情報収集は,まずもって各人が自己の責任において行うことが求められ,各人が情報を収集し,それにより当該契約が自己の目的に適合するかどうかを知った上で,適合する契約を選択し,あるいは,適合しない契約の選択を避けるべきことが要請されるものであるが,現代社会においては,契約当事者間に情報や交渉力に格差があるために,劣位の当事者が必要な情報のもとに自由な意思決定ができずに自己決定権が侵害される場合があり,このような場合には,情報や交渉力において優位な立場にある一方当事者が,信義則上,他方当事者が当該契約を締結するか否かにつき誤った意思決定を下すことがないように,必要な説明(情報提供)をする義務を負うというべきである。そして,この理は,メーカーのようにエンドユーザーと直接の契約関係には立たない場合であっても,当該製品が多数の幅広いユーザーを対象としている場合や,契約締結に必要な情報を提供するという目的で当該製品の売買契約の交渉に関与した場合には,同様にあてはまり,信義則上,エンドユーザーが当該製品の売買契約を締結するか否かにつき誤った意思決定を下すことがないように,必要な説明(情報提供)をする義務を負うと解するのが相当である。
これを本件について見るに,上記1認定のとおり,本件面談の際,甲野が,丙谷らに対し,これまで使っていたシーリング材の問題点として説明した内容は,シーリング材の上に塗装することを前提にしたものであるから,控訴人が,塗装可能なシーリング材を求めていたことは,その場にいた丙谷らにも認識でき,そのような状況下で,丙谷が本件製品と塗料との密着性について何らの説明もしなかったことは,本件製品があらゆる塗料との密着性に問題がなく,施工前の事前確認を要さないという誤解を与える可能性があるといえなくもない。
しかしながら,製品の売買契約を締結するに当たっての説明義務の内容,程度については,当該情報の重要度・周知性・所在,当事者の職業・社会的地位・能力・知識等によって異なり,特段の事情のない限り,相手方の職業や社会的地位における平均的な者の知識や能力等を基準に説明義務の内容,程度が定まるものと解されるところ,本件で問題となっている本件製品と塗料との密着性が,塗料の種類によって異なるので,施工前の確認が必要であるということは,これをシーリング材一般と塗料との密着性という観点から見れば,それこそ建築業界における常識であり,控訴人自身も認識していたことである。そして,上記認定説示のとおり,本件面談の際,丙谷が,本件製品が一般的なシーリング材とは異なり,あらゆる塗料との密着性が良好であるといった誤った情報を控訴人に提供したとは認められず,控訴人に交付した本件カタログに「使用上の注意」として「塗料の種類によっては密着性が悪いものや汚染が起きる場合もあるので,事前に確認してください」と記載されていることなどからすれば,丙谷が当該情報を意図的に秘匿したという事実も認められない。そうすると,平均的な建築業者の職業知識を基準とすれば,本件面談の際のやり取りによって,本件製品が一般的なシーリング材とは異なり,使用前に塗料との密着性について検討する必要がない製品と誤解するおそれはないといえる。
また,甲野作成の陳述書(甲18)や原審供述には,代理店を通じて,2社の塗料メーカーに照会したところ,本件製品を含めておよそ変性シリコーン系のシーリング材は塗装できないという回答であったという部分があるが,いずれも伝聞である上,照会した塗料メーカーが2社にすぎないこと,控訴人が提出する補修工事の見積書(甲6の1ないし6の49)によっても,本件製品を撤去することなく,その上に逆プライマーやカチオンを塗布するなどして塗装を行っていることが認められ,これらによれば,本件製品がおよそ塗装不可能であるとは認められないから,本件製品が,一般的なシーリング材と異なり,特に塗料密着性についての警告を必要とする製品ということもできない。
以上によれば,丙谷が,本件面談の際,控訴人に対して,本件製品と塗料との密着性について,相性があるので事前に確認が必要である旨の説明義務を負うと解することはできない。
(3) さらに,被控訴人乙山金物については,上記のとおり,売主が信義則上説明義務を負うのは,買主との間で情報や交渉力に格差がある場合と解されるところ,被控訴人乙山金物は,本件製品と塗料の密着性についての情報を有しておらず,控訴人との間で情報の格差があるとは認められず,また,交渉力に格差があるとも認められないから,控訴人に対して,本件製品と塗料との密着性について説明する義務があると解することはできない。
(4) したがって,控訴人の請求は,その余について判断するまでもなくいずれも理由がない。
3 以上によれば,控訴人の請求は,いずれも理由がなく,これを棄却した原判決は相当であるから,本件控訴はいずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 安達嗣雄 裁判官 明石万起子)