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大阪高等裁判所 平成19年(ネ)3418号 判決 2008年5月15日

東京都港区<以下省略>

控訴人兼被控訴人(一審被告,以下「一審被告」という。)

日本アクロス株式会社

上記代表者代表清算人

上記訴訟代理人弁護士

吉村洋文

神戸市<以下省略>

被控訴人兼控訴人(一審原告,以下「一審原告」という。)

上記訴訟代理人弁護士

村上英樹

主文

1  一審原告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

(1)  一審被告は,一審原告に対し,761万4705円及びこれに対する平成15年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  一審原告のその余の主位的及び予備的請求をいずれも棄却する。

2  一審被告の控訴を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その7を一審被告の負担とし,その余を一審原告の負担とする。

4  この判決は,第1項(1)に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  一審被告

(1)  原判決中,一審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  一審原告の請求を棄却する。

2  一審原告

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  一審被告は,一審原告に対し,1086万5965円及びこれに対する平成15年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,一審被告を介して商品先物取引を行った一審原告が,一審被告の従業員である外務員らの違法な勧誘行為等により損害を被ったと主張して,一審被告に対し,主位的に使用者責任(民法715条)に基づき,予備的に債務不履行(民法415条)に基づき,損害賠償を請求した事案である。

原審は,説明義務違反や実質的一任売買等の点で一審被告の外務員らに不法行為が成立することを認めた上で,一審被告が使用者責任を負うとしたが,一審原告も商品先物取引の危険性や損害の生じる可能性があることを認識していたにもかかわらず取引を継続した点で過失があるとして,5割の過失相殺をして一審原告の主位的請求を一部認容し,その余の主位的及び予備的請求をいずれも棄却した。

そこで,一審被告と一審原告の双方が,各敗訴部分を不服として控訴した。

1  前提事実(証拠掲記のないものは争いがない。)

(1)  当事者等

ア 一審原告は,昭和17年○月○日生まれの女性であり,一審被告における商品先物取引開始当時は61歳であった。

イ 一審原告は,無職の専業主婦であり,夫と共に年金で暮らしていた。(甲A7)

ウ 一審被告は,東京穀物商品取引所(以下「東穀」という。)等の商品取引員である。

B,C営業部副部長及びD営業部部長は,いずれも一審被告の従業員(外務員)として,一審原告との商品先物取引に関わった者である(以下,それぞれ「B」,「C」,「D」という。また,同人らを「一審被告外務員ら」と総称することがある。)。

(2)  一審原告の他社における取引経験等

ア 野村證券株式会社(以下「野村證券」という。)及び株式会社三井住友銀行(以下「三井住友銀行」という。)との間における取引

一審原告は,昭和55年ころから20年程度,野村證券との間において,外国公社債,投資信託等の取引を行っていた。

また,一審原告は,三井住友銀行との間においても,投資信託の取引を行っていた。

イ オリオン交易株式会社(以下「オリオン交易」という。)における商品先物取引

一審原告は,一審被告との商品先物取引以前である平成14年11月ころから平成15年2月までの約3か月間,オリオン交易から商品先物取引の勧誘を受け,同社における商品先物取引を行った。

ウ カネツ商事株式会社(以下「カネツ商事」という。)における取引

一審原告は,カネツ商事との間において,平成14年12月18日から平成15年3月25日(以下,平成15年の事実については,月日のみで表示する。)まで外国為替証拠金取引を行い,また,同日から7月8日まで,金や白金の商品先物取引を行った。(取引期間,取引商品について,乙A1,9,一審原告)

エ オーエムキャピタルにおける取引

一審原告は,2月中ころから一審被告との取引が終わるころまで,オーエムキャピタルにおいて,外国為替証拠金取引を行った。

(3)  一審原告と一審被告との取引の経過及び内容等

ア 1月末ころ,当時一審被告の外務員であったBは,一審原告に対し,一審被告の紹介と先物取引勧誘を内容とするマンガの資料を送付し,電話を入れた。

イ(ア) 一審原告は,3月19日,Bから電話を受け,ファミリーレストラン「ガスト」(以下「ガスト」という。)でBと面談し,Bから商品先物取引を勧誘された。

(イ) その結果,一審原告は,同日,80万円を預託して一審被告における商品先物取引を行うことになった。その際,一審原告は,「商品先物取引の危険性について」で始まる書面のメモ欄に,「経験がある為説明はいりません」と記入して,Bに交付した。

ウ Bとその上司であったCは,3月20日,一審原告とガストで面談し,一審原告から80万円の預託を受けた。また,一審被告の管理部は,同日夜,一審原告に電話を入れた。

エ 3月24日,一審原告が同月20日に預託した80万円で,一審被告における商品先物取引が開始され,一審原告は,東穀一般大豆10枚を買建した。

オ 一審原告は,3月27日,Dから電話を受け,160万円を入金することになり,同月28日,一審被告の管理部副部長であるE(以下「E」という。)に160万円を預託した。そして,同日,一審原告名で東穀一般大豆20枚が買建された。

カ 4月15日,一審原告名で,東穀一般大豆30枚の買玉が仕切られ,東穀一般大豆130枚が買建された。

キ Dは,4月16日,一審原告を訪問し,一審原告から400万円を受領した。

ク 一審原告は,4月18日,一審被告に対し,160万円を入金した。

ケ 一審原告は,7月3日,ガストにおいて,Eに対して313万6150円を交付した。

コ 一審原告が一審被告との間において行った商品先物取引(以下「本件取引」という。)の内容は,別紙1「建玉分析表」記載のとおりであり,入出金履歴は,別紙2「委託者別証拠金等現在高帳」記載のとおりである。

本件取引における一審原告の新たな建玉は,7月4日が最後であり,その後は,最終仕切りが行われた10月22日まで,落玉だけであった。

サ 一審原告が本件取引によって被った損金(以下「本件損金」という。)の合計は987万8150円であり,そのうちの576万3000円は手数料であった。

2  争点

(1)  一審被告外務員らの行為の違法性(主位的請求)又は一審被告の受託者としての注意義務違反(予備的請求)の有無

(2)  一審原告の損害

(3)  過失相殺

3  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)について

次のとおり付加,訂正し,当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の2(1)(同4頁25行目から同22頁17行目まで)のとおりであるから,これを引用する(ただし,当判決と異なる表記については指摘しない。)。

ア 原判決の訂正

(ア) 同6頁8行目の「わかる」を「分かる」と改める。

(イ) 同7頁10行目の「交付されたとしても」を「交付されても」と改める。

(ウ) 同8頁1行目の「商品取引所」を「商品取引員」と,同4行目の「法138条の18」を「法136条の18」と各改める。

(エ) 同11頁10行目の「特定売買比率」の次に「(全取引中に占める特定売買の割合)」を加える。

(オ) 同18頁15行目の「対象法」を「対処法」と改める。

(カ) 同19頁5行目の「売建て」を「売建」と,同14行目の「損場変動」を「相場変動」と各改める。

(キ) 同20頁6行目の「原告は,」から同10行目の「その他,」までを削除する。

(ク) 同23行目の「決断に至れば決済,その決断に至らずに」を「決断に至らずに」と改める。

イ 当審における主張

(一審原告)

(ア) 特定売買について

農林水産省が委託者売買状況チェックシステムを導入した趣旨は,商品取引員から特定売買の報告を求めることによって,顧客の犠牲の下,手数料稼ぎを目的とした無意味な反復売買を防止して,委託者保護及び受託業務の適正化を図る点に主眼がある。このように,特定売買に内包する危険性から上記システムが採用されたことからすれば,特定売買比率や手数料化率の高さは,受託者の違法性を強く推認させるというべきである。そうすると,本件では,逆に個々の特定売買の内容が合理的根拠に基づくものであることが明らかにならない限り,本件取引は違法性を帯びるというべきである。

(イ) 仕切拒否,回避について

本件は,一審原告が先物取引について全くの素人であることをよいことに,多額の金員を拠出せしめた典型的な悪質商法事案であり,一審原告から金員を拠出させることが目的である一審被告は,一審原告からの仕切り,手仕舞い要求に応じようとしなかった。一審原告は,先物取引について全く何も分からなかったのであるから,この状況は,一審原告としては全く先の見通しが立たない状態であり,精神的にも不安でかなり追いつめられた状態であったといえる。その上で,一審被告外務員らから,早く追加で入金をしないと大きな損失が出ると言われれば,一審原告としてはどうしようもないのであり,仕切り・手仕舞い要求をした後でも,一審被告外務員らの言うがままに金員を預託するのは,被害者心理として極めて自然なことである。

(一審被告)

(ア) 説明義務違反について

一審原告は,平成14年11月から2月13日まで,オリオン交易と商品先物取引を行っているが,元帳(乙A8)の「損益精算状況」欄を見ると,「益金出金」とあるとおり,取引により生じた利益金を出金したことが3回ある。これは,自らの取引を注視し,その利損益動向,相場動向をよく理解し,取引をうまく決済した場合の利益金について,会社に出金要請し,利益金を取得していることを意味する。一審原告が,オリオン交易との取引において,同社から送付されてくる売買報告書及び計算書や残高照合通知書の売買について,一つ一つペンでチェックを入れて確認していたことも合わせて考えると尚更である。

一審原告は,一審被告との取引開始時点において,それまでの証券取引,外国為替証拠金取引及び商品先物取引の各経験から,商品先物取引の仕組み,意味内容を理解していたのである。

当初,一審原告は,Bに,商品先物取引の仕組みではなく,商品先物取引で生じた損益の税務申告に関する質問をしてきた。一審原告の問題意識は,商品先物取引の仕組み等の基礎知識から一歩進んだところにあった。

Bは,「商品先物取引の危険性について」と題する書面を一審原告に向けながら,一つ一つ一審原告の理解を確認しながら説明し,難平の点で一審原告の理解が不十分だったので,詳しく書き込みまでして説明した。そうであるからこそ,上記書面において,難平の部分については記入説明した形跡が残っており,一審原告も「経験があるため説明はいりません」と自筆で記入したのである。

当該委託者に自己責任の原則が妥当する程度に商品先物取引の内容を説明し,理解してもらう点に意味がある以上,商品先物取引の経験の有無や理解の程度に応じて,委託者ごとに説明の程度が異なったとしても何ら不合理ではない。

既に商品先物取引の経験が複数あり,ある程度商品先物取引を理解しているという一審原告の属性からすれば,一審被告外務員らがその上でなお十分な説明をしている以上,違法な説明義務違反がないことは明白である。

(イ) 一任売買について

一任売買は,当該委託者があらかじめ担当者にすべての取引を一任することをいい,当該取引について当該委託者の意思,判断が全く反映されておらず,担当者自身の取引であるといえるから違法となるのである。しかし,本件では,一審原告は,本件取引について一審被告外務員らと相談しながら取引を行っており,一審被告外務員らもアドバイスすることは当然であるが,一審原告自身の意思,判断が反映されているから,違法な一任売買はない。

なお,11月11日時点では,既に一審原告の取引(売買)はすべて終了しており,同日の振替えはその後の清算の話である。すなわち,一審原告の売買は,10月22日の最終の仕切りですべて終了し,その時点で最終損金が確定している(甲A1,3)。その売買終了後の最終損金について,清算手続として一審原告の証拠金と清算して振り替えたのが,11月11日の1207万8150円であり,同日の26万8200円の出金である。したがって,上記振替えの事実は実質的一任売買を裏付けるものではない。

(ウ) 違法な両建勧誘について

商品先物取引においては,相場の変動によって,いわゆる買玉が多い状態で一部売玉を建てたり(買い長),売玉が多い状態で一部買玉を建てる(売り長)ことはよくあることであり,反対玉を建てることのすべてが売買戦術としての両建になるわけではない。

(2)  争点(2)について

原判決の「事実及び理由」の第2の2(2)(同22頁19行目から同23頁3行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

(3)  争点(3)について

当審における一審原告の主張を次のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の2(3)(同23頁5行目から同24行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

ア 取引型不法行為の場合,加害者は,被害者の落ち度や素因を含めた属性を知り又は知り得べき関係にあり,それに乗じたり,つけ込んだりしている。また,取引型不法行為の場合,被害者の損失が事業者の利得につながっており,仮に被害者の損害が加害者に転嫁されてもそれまでの利得で相殺できる。そうであるとすると,損害が転嫁されなければ,事業者は利得を保持できるいわばやり得の結果を得ることになり,これは明らかに著しく正義に反する。本件でも,一審被告は576万3000円もの手数料収入を得ているのであり,一審原告が多額の損失を被っているのに対し,一審被告は全く損失を被っていない。

イ また,先物取引の専門業者として,委託者保護のために課されている様々な注意義務に違反した勧誘行為を行った一審被告が,一審原告に対して,勧誘に応じて取引をしたことをもって過失相殺を求める資格はない。本件において,法的に帰責し得る過失と評価できる一審原告の行為はなく,一審原告には一審被告から指摘されるべき落ち度は全くない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(一審被告外務員らの行為の違法性又は一審被告の受託者としての注意義務違反の有無)について

(1)  適合性原則違反について

ア 認定事実

前記第2の1の事実,証拠(各項掲記のほか,甲A7,乙A12の1・2,乙A15,証人C,一審原告)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。

(ア) 一審原告の知識・経験について

a 一審原告は,平成14年11月ころからオリオン交易との間で商品先物取引を行い,その途中において約500万円の利益を得たこともあったが,担当者と追証のことで嫌な思いをしたことから,約3か月間で取引を終了した。オリオン交易における取引で一審原告が得た最終的な利益は約70万円であったが,税金等の処理をした結果は損失となった。一審原告は,オリオン交易における取引を通じて,商品先物取引に危険があること自体は一応認識していた。(乙A8,12の3ないし6)

また,一審原告は,カネツ商事との間でも,平成14年12月から7月まで,一審被告との本件取引と併行して,外国為替証拠金取引や金,白金の商品先物取引を行った。(乙A9)

b 一審原告は,3月19日,一審被告における商品先物取引を勧誘したBに対して,オリオン交易でも商品先物取引をしたことがあること,取引銘柄は関西NON大豆,中部灯油・ガソリン,アラビカコーヒーであったことなどを話した。

また,一審原告は,上記Bの勧誘に応じて一審被告における商品先物取引を始める際,同日付けで一審被告宛の先物取引口座設定申込書を作成してBに交付したが,その「商品先物取引のご経験」欄には,「イ・過去に経験」に,通算取引期間は「1年未満」にそれぞれ○印を入れ,取引銘柄として上記銘柄,取引数量として300枚,その取引会社名として「オリオン交易」と記入した。また,「現在の資産運用等」欄には,「株式 現物 有」,「債券 有」,「投資信託 有」,「外貨預金・商品ファンド 有」にそれぞれ○印を入れ,その取引会社名として,「野村証券」,「カネツ商事」,「OMキャピタル」,「三井住友」と記入した。(乙A1)

c また,一審原告は,3月19日,自筆で,「私は,今回貴社と商品先物取引を開始しますが先物取引に経験あり,しくみ,リスク等を承知しています。資金については,自分の資金で余裕をもって取引します。」と記入した一審被告宛の申出書や,「商品先物取引経験者であり,仕組み,リスク追証制度は,充分理解しており,資産面も全く問題ありませんので経験者申請をいたします。」と記入した経験者申請書を作成し,これらをBに交付した。(乙A6,12の2)

(イ) 一審原告の財産の状況,収入について

a 一審原告は,本件取引を開始した当時,専業主婦であり,夫と共に,年金だけを収入として暮らしていたが,少なくとも約2000万円程度の金融資産を有しており,それ以外にも,土地,家屋や田畑山林等の不動産を所有していた。

b また,一審原告は,Bからの勧誘に応じて本件取引を開始する際,上記先物取引口座設定申込書の「資産状況」欄に,「税込年収 イ.500万円未満」,「所有不動産 1.土地 2.家屋 5.田畑・山林」,「住居 1.持家」の項目にそれぞれ○印をいれ,預貯金等として「約4000万円」と記入した。(乙A1)

イ 判断

上記ア(ア),(イ)の事実によれば,一審原告は,商品先物取引についての知識・経験を一応有しており,一審原告の財産も,商品先物取引を行うに足りる状況にあったものと認められる。一審原告は,一審原告の本件取引開始前の財産が金融資産総合計で約1000万円であったと主張するが,証拠(一審原告)によれば,一審原告自らが,本件取引開始当時,全部合わせると約2000万円程度の金融資産を有していたことを認める供述をしていることが認められるから,一審原告の上記主張は採用できない。

そうすると,一審原告が本件取引開始当時61歳の専業主婦であったことなどを考慮しても,一審原告に商品先物取引についての適合性がなかったとまではいえず,一審被告外務員らに適合性原則違反があったとの一審原告の主張は採用することができない。

(2)  説明義務違反について

ア 認定事実

前記第2の1の事実,証拠(各項掲記のほか,甲A7,乙A2,3の1・2,乙A15,証人C,一審原告)及び弁論の全趣旨によると,次の各事実が認められる。

(ア) 一審原告は,前記(1)アのとおり,一審被告との本件取引当時,既にオリオン交易において商品先物取引を行った経験を有しており,また,本件取引と併行してカネツ商事において外国為替証拠金取引や金・白金の商品先物取引を行っていた。そのほか,一審原告は,野村證券や三井住友銀行において外国公社債あるいは投資信託等の取引を,また,オーエムキャピタルにおいて外国為替証拠金取引をそれぞれ行った経験もあった。(乙A13)

(イ) Bは,3月19日,ガストで一審原告と面談し,一審原告を一審被告における商品先物取引に勧誘したが,その際,一審原告から,オリオン交易において関西NON大豆,中部灯油・ガソリン,アラビカコーヒーなどの銘柄で商品先物取引を経験していることを聞き,オリオン交易の売買報告書や残高照会回答書等の資料を見せられ,同取引に係る税務申告についての相談を受けた。

また,Bは,同日,上記面談の席上で,一審原告に対して「商品先物取引委託のガイド」と題する資料を渡した。そして,さらに,「商品先物取引の危険性について」で始まる書面を使って,商品先物取引の危険性や予想が外れたときの対処方法を説明しようと,一審原告に対し,同書面の記載内容で分からないところはないかと尋ねたところ,一審原告が「ナンピン(難平)」の意味がよく分からないという反応を示したため,Bは,同書面の「ナンピン(難平)」の箇所に具体的な数値を書き入れて説明した。そして,一審原告は,同書面のメモ欄に「経験がある為説明はいりません」と記入し,同書面の「Ⅰ「商品先物取引の危険性について」,Ⅱ「委託追証拠金」,Ⅲ「予測が外れた場合の売買対処方法」について説明を受け理解しました。」と記載された欄に署名押印した。Bは,同書面の控え(複写綴りとなっているもの)を一審原告に交付した。

(ウ) また,一審原告は,3月19日,直筆で「私は,今回貴社と商品先物取引を開始しますが先物取引に経験あり,しくみ,リスク等を承知しています。資金については,自分の資金で余裕をもって取引します。」と記載した申出書と題する書面に署名,捺印し,Bに差し入れた。(乙A6)

(エ) Cは,3月20日,Bと共に,ガストで一審原告と面談し,先物取引の相場の展望等について話したが,商品先物取引の危険性や委託追証拠金制度の意味内容について一審原告は理解しているように見受けられた。また,同日夜,東京の一審被告管理部から一審原告宅に,一審原告が商品先物取引を理解しているかなどを確認する趣旨の電話が入れられたが,これに対しても,一審原告は特に問題なく対応した。

イ 判断

上記アのとおり,一審原告は,既に他社との商品先物取引の経験があり,同取引の仕組みや危険性についての知識を有していたものである。そして,Bも,これを踏まえて,一審原告の理解が十分でない点に重点を置いて説明をし,その上で,Cや一審被告管理部の担当者が,一審原告において先物取引の仕組みや危険性について的確に把握しているか確認していることに照らすと,一審被告外務員らは一審原告に対する説明義務を尽くしているというべきである。

これに対して,一審原告は,Bが,一審原告を勧誘する過程で,一審原告の商品先物取引についての理解が十分でないことには気付いたものの,できるだけ早く一審被告との取引を始めさせる必要があったことから,一審原告に対し,一度に説明しても無理なので,その都度責任を持って教えると言って納得させたが,結局十分な説明はされないままとなった旨主張し,本人尋問や陳述書(以下「一審原告供述等」と総称することがある。)でもこれに沿った供述をする。しかしながら,Bからの執拗な勧誘により一審被告との本件取引を開始した(一審原告)というのであれば,一審原告の側には一審被告との取引開始を望むような差し迫った事情はなかったことになる。それにもかかわらず,一審原告において,先物取引の内容や危険性について理解しないまま,Bの指示に従って書面に「経験がある為説明はいりません」と記入したというのは,にわかに首肯し難いものといわざるを得ない。そして,これに,一審原告が,一審被告以外の他社との間で商品先物取引を開始するに当たって,担当者から取引の危険性や「追い証の件」について何度か説明を受けた旨自認していることを併せ考慮すると,上記一審原告供述等はにわかに措信できず,他に上記一審原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

(3)  断定的判断の提供について

一審原告は,一審被告外務員らが,一審原告に対し,本件取引を勧誘する際や本件取引開始後に,再三,利益が生じることが確実であるかのごとく誤認させる断定的判断を提供した旨主張し,一審原告供述等にもこれに沿う部分がある。

しかし,上記一審原告供述等を裏付ける証拠はない。

かえって,一審原告がBから交付を受けた商品先物取引委託のガイド(乙A3の1)の中には,

「商品先物取引の危険性について

1  先物取引は,利益や元金が保証されているものではありません。また,総取引金額に比較して少額の委託証拠金をもって取引するため,多額の利益となることもありますが,逆に預託した証拠金以上の多額の損失となる危険性もあります。

2  相場の変動に応じ,当初預託した委託証拠金では足りなくなり,取引を続けるには追加の証拠金を預けなければならなくなることがあります。また証拠金を追加したとしても,さらに損失が増え,預託した証拠金全額が戻らなくなったりそれ以上の損失となることもあります。」

などと明記されているのであって,これらの記載に照らしても,一審被告外務員らが,利益が生じることが確実であるかのような断定的情報を提供したとまで認めるのは困難である。

したがって,上記一審原告供述等はにわかに措信できず,この点に関する一審原告の主張は採用することができない。

(4) 新規委託者保護義務違反・過大取引について

ア  一審原告は,一審原告が商品先物取引の経験のない状態で本件取引を勧誘されたから,一審被告外務員らの勧誘行為は新規委託者保護義務違反である旨主張する。

しかし,一審原告が本件取引以前にオリオン交易において商品先物取引を経験していたことは,前記第2の1(2)イのとおりであって,一審原告が,本件取引開始当時,商品先物取引についての新規委託者であったといえないことは明らかである。したがって,一審被告外務員らの勧誘行為が新規委託者保護義務に違反しているということはできない。

イ  また,一審原告は,一審原告が老後資金としての預貯金や証券会社に有していた約1000万円をすべて委託追証拠金等として拠出させられたこと(そのうちの約700万円近くは本件取引開始後3か月のうちに拠出させられたこと)を理由として,一審被告外務員らの勧誘行為は過大取引であったと主張する。

しかし,一審原告が,本件取引当時,少なくとも約2000万円程度の金融資産を有しており,それ以外にも,土地,家屋や田畑山林等の不動産を所有していたことは,前記(1)ア(イ)のとおりである。したがって,一審被告外務員らの勧誘行為が過大取引であったとする一審原告の主張が,一審原告の金融資産が約1000万円しかなかったことを前提とするものである以上,これを採用することはできない。

(5) 無断,一任売買(実質的一任売買)について

ア  前記第2の1の事実,証拠(各項掲記のほか,甲A1,3,4の1・2,甲A5,6の1・2,甲A7,一審原告)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。

(ア) 一審原告は,本件取引開始当時61歳の専業主婦であった。

(イ) 一審原告は,本件取引以前にも,オリオン交易において商品先物取引を行ったことがあったものの,どのような商品を,いつ,どのようにして,何枚売り買いするかといった具体的な取引内容についての判断を自分で行ったことはなく,専ら担当者が勧めるままに注文を出していた。(乙A12の3ないし6)

(ウ) 一審原告は,Bからの勧誘を受け,一審被告において本件取引を始めた後も,自ら積極的に,どのような商品をいつ何枚売買するかについての情報を収集したり,分析したりするようなことはなく,個々の取引についての注文も,一審被告外務員らに勧められるまま,それに従っていたにすぎず,自ら積極的に取引の適否を判断して注文を出すようなことはなかった。

その結果,本件取引は,一審被告外務員らが,その具体的内容(商品の種類,売・買の区別,売買枚数,指値・成行の別等)のほとんどすべてを実質的に決定し,一審原告は,専ら一審被告外務員らから連絡のあった取引内容を事実上追認するにすぎなかった。

(エ) 一審原告は,前記株式取引や商品先物取引で使用されるチャートの見方も分からず,本件取引の最中に,Cにチャートの見方を尋ね,教えてもらったこともあった。(証人C)

(オ) なお,一審原告は,4月16日ころから7月4日ころにかけて,一審被告に対し,取引が成立した際に提出するものとされている残高照合回答書を提出したが,これは,そのころ,Eから,上記残高照合回答書が未提出であるとの指摘を受けたため,同人の要請に従って一審被告に提出したものにすぎず,一審原告は,一審被告から送付された売買報告書及び計算書,残高照合通知書や確認書等について,それが取引の内容と合致しているかどうか不明なまま,確認することなく放置していることが多かった。(乙A7の1ないし4,乙A16,17)

イ  上記アの事実によれば,本件取引は,一審原告が相場の動向等について具体的に判断し,その指示に基づいて行われたものとはいえず,全体として,一審原告が一審被告外務員らに勧められるがまま,これを拒否しない状態にあったことを利用して,一審被告外務員らにおいて取引を主導したもので,実質的な一任売買であったと認めるのが相当である。

この点について,一審被告は,本件取引については,一審原告は一審被告外務員らと相談しながら取引を行っており,一審原告自身の意思,判断が反映されているから,違法な一任売買はないと主張し,証人Cの証言及び同人の陳述書(乙A15。以下「C証言等」と総称する。)にもこれに沿う部分がある。しかしながら,前記のとおり一審原告は,商品先物取引の一般的知識を一応有し,その危険性こそ認識していたものの,本件取引の最中においても,チャートの見方さえも分からない状態だったのであり,刻々と変動する商品先物相場の動向を分析・検討して,一審被告外務員らに建玉等の具体的指示をなし得るまでの能力はなかったといえる。また,C証言等においても,本件取引において,一審原告がCのアドバイスと違った判断をしたり,Cに一審原告の方から提案したこともあったと証言するのみで,特定の場面で,一審原告の方から一審被告外務員らに対し,建玉や仕切りなどの指示が積極的にされたという具体的指摘・言及はされていない。これに,一審原告供述等(その内容は,概ね前記アのとおりである。)を併せ考慮すると,上記C証言等はにわかに措信できないものといわざるを得ず,他に上記認定判断を覆すに足る証拠はない。

(6) 特定売買(無意味な反復売買),違法な両建勧誘について

ア  前記第2の1の事実,証拠(甲A5,6の1・2)及び弁論の全趣旨によると,次の各事実が認められる。

(ア) 本件取引のうち,特定売買に該当するものは次のとおりである(別紙1参照)。

a 既存建玉を仕切った同日に,再び同一方向の建玉を行う直しが5件。

b 既存建玉を仕切った同日に,新規に反対方向の建玉を行う途転が10件。

c 同一商品について,既存の建玉と反対の建玉を行う両建が4件。

なお,本件で一審原告が両建と指摘する取引は,限月ないし建玉枚数が異なるので,これらが同一のものを指す本来の両建(乙A3の1の32頁参照)に厳密には該当しないが,同一商品について反対方向の建玉をするものであり,新たな証拠金や手数料が必要となる上,いかなる時期に一方の建玉を仕切って両建を解消するかの判断に高度の知識と相場観が要求され,時期を誤った場合には更に大きな損失が生じる危険性がある点や,一審被告外務員らにおいて,両建により損切りをせずに取引を継続させ,また,両建を外した後も増加した委託証拠金により更に取引を拡大させられることなどを利用して手数料稼ぎが行われる危険性がある点で,本来の両建と変わりはない。

d 新規に建玉をした同日に手仕舞いを行う日計りが3件。

e 当該建玉の売買取引により利益が発生したものの,その利益が委託手数料より少ないために差引損となる手数料不抜けが1件。

(イ) これら特定売買の全取引数に占める割合は92%に及んでいる。

(ウ) また,本件取引によって一審被告が得た手数料額は合計576万3000円であり,一審原告の本件損金987万8150円に上記手数料額が占める割合は58.34%に及んでいる。

イ  本争点に関し,一審被告は,特定売買は一般投資家が目先の相場変動を狙って利益を追求するため又はリスクを回避するために日常的に行う売買手法の一つであり,何ら違法なものではない旨主張する。しかしながら,本件取引の中で当該特定売買が行われた動機・目的ないし必要性を裏付ける事情について,一審被告は具体的な主張をしておらず,C証言等でもこれを認めるに足りない。そうすると,本件取引中で行われた特定売買は,具体的有用性を見出し難いものであり,結果的に委託者である一審原告の手数料負担を増大させたのみであるといわざるを得ない。

また,上記特定売買が委託者である一審原告の積極的な意思に基づいて行われたものと認めるに足る証拠もない。

ウ  以上のとおり,本件取引は,一審被告外務員らの主導により,短期間に多数回反復して行われたものであり,しかも有用性の認め難い特定売買の回数が多く,その売買総回数に占める割合も高く,結果として一審被告は非常に多額の手数料を取得し,しかも一審原告の本件損金に占める手数料額の割合も高いものである。そして,これに,前記(5)のとおり,本件取引が,一審原告が一審被告外務員らに勧められるがまま,これを拒否しない状態にあったことを利用して,一審被告外務員らの主導により行われたもので,実質的な一任売買であったと認められることを併せ考慮すると,一審被告外務員らが,一審原告の利益を軽視して,手数料稼ぎのため,根拠が薄弱であるのに多数回の特定売買を行わせたものと推認できるというべきである。

(7) 無敷,薄敷(証拠金規制違反)について

一審原告は,4月15日に買いが建てられた東穀一般大豆130枚の取引について,証拠金325万円が預託されていなかったから,一審被告外務員らには証拠金規制違反があると主張する。

しかし,証拠(甲A1,2)及び弁論の全趣旨によると,同日,東穀一般大豆130枚の買建が行われる直前の一審原告の建玉及び預り証拠金等の状況は,建玉ゼロ,預り証拠金240万円,帳尻益金94万5800円であったこと,上記買建に必要とされた証拠金325万円は,預り証拠金240万円及び帳尻益金のうちの85万円が振り替えられたことが認められる。

そうすると,一審被告外務員らに証拠金規制違反があったと認めることはできず,この点に関する一審原告の主張を採用することはできない。

(8) 仕切拒否,回避について

一審原告は,一審被告外務員らに対し,5月16日ころから7月3日ころにかけて,再三にわたって,本件取引をすべて終了するよう申し入れたが,一審被告外務員らはこれに応じようとしなかった旨主張し,一審原告供述等にもこれに沿う部分がある。

しかし,前記第2の1の事実,証拠(甲A1,2,乙A7の1ないし4,乙A15,証人C,一審原告)及び弁論の全趣旨によると,①一審原告は,7月3日,Eに対し,証拠金313万6150円を交付していること,②一審原告が一審被告に対し,本件取引すべての仕切(手仕舞い)を指示したのは,それより後の10月22日であり,それ以前には一審原告から明確な取引終了の意思表示はなかったことが認められる。

そして,上記事実に照らすと,少なくとも10月22日の時点までは,一審原告から本件取引を仕切る意思表示がなされたとはいえないから,上記一審原告供述等はにわかに措信できず,一審原告の主張を採用することはできない。

(9) 前記(1)ないし(8)で認定説示したところによれば,一審被告外務員らの行為は,本件取引開始後,全取引を手仕舞いするまでの間,一審原告が一審被告外務員らに勧められるがまま,これを拒否しない状況にあったことを利用して取引を主導し,実質一任売買を行ったものであり,かつ,根拠が薄弱であるのに多数回の特定売買を行わせ,一審原告に本件損金の6割近くを占める多額の手数料を負担させるに至った点などで,全体として違法なものといわざるを得ない。そして,一審被告外務員らは,本件取引に関与するに当たり,少なくとも過失があることは明らかであるから,不法行為責任を免れず,一審被告は,その使用者としての責任を負うというべきである。

2  争点(2)(一審原告の損害)について

本件損金の合計が987万8150円であることは,前記第2の1(3)サのとおりである。そして,前記1で認定,説示したところによれば,本件損金は,一審被告外務員らの違法な行為によって一審原告が被った損害ということができる。なお,証拠(甲A1)及び弁論の全趣旨によれば,本件損金の中には消費税28万8150円も含まれていることが認められる。

3  争点(3)(過失相殺)について

前記1のとおり,本件では,一審原告は本件取引以前に他社における商品先物取引を経験しており,オリオン交易との取引においては,追証のことで嫌な思いをして取引を終了した経験があったこと,しかも,一審原告は,商品先物取引には危険性があり,損をすることもあること自体の認識は有していたにもかかわらず,実際に値洗い損が生じた後も,一審被告外務員らに勧められるままに更に多額の金員(委託追証拠金)を支払うなどして本件取引を継続していたことなどの事情も存するところである。

そうすると,本件取引によって一審原告が損害を被ったことについては,一審原告自身にも過失があるものといわざるを得ないところ,本件取引開始に至る経緯,本件取引の内容,一審原告の本件取引に対する関与の態様等を勘案すると,一審原告の過失割合は3割と認めるのが相当である。したがって,前記2の本件損金のうち,一審原告が一審被告に賠償請求し得るのは,7割相当額の691万4705円にとどまることとなる。

なお,一審原告は,一審被告外務員らの行為の違法性,有責性が著しく高いことや,加害者である一審被告との関係で正当化され得る過失相殺事由はなく,一消費者である一審原告に損害発生の結果回避義務を課すことは衡平に反することを理由として,本件取引については過失相殺をすべきでないと主張する。しかし,本件取引に対する一審原告の関与の程度等を勘案すると,一審原告にも過失があったことを否定できないことは前記のとおりであるから,一審原告の上記主張は採用することができない。

4  弁護士費用相当損害額について

一審原告が弁護士を訴訟代理人に選任して本件訴訟を追行していることは,当裁判所に顕著であるところ,その弁護士費用については,本件事案の難易や認容額等を考慮し,前記3の過失相殺後の損害額691万4705円の約1割に相当する70万円をもって,前記一審被告外務員らの不法行為と相当因果関係のある損害と認める。

5  その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,原審で提出された全証拠を改めて精査しても,当審の認定,判断を覆すほどのものはない。

第4結論

以上の次第で,一審原告の主位的請求は,761万4705円及びこれに対する不法行為以後の日(本件取引終了日)である平成15年10月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないから棄却すべきである(なお,一審原告の予備的請求については,上記主位的請求の認容額を超えて認容することはできない。)。

よって,これと異なる原判決を一審原告の控訴に基づいて上記のとおり変更し,他方,一審被告の控訴は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 高田泰治 裁判官 西井和徒)

<以下省略>

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