大阪高等裁判所 平成19年(ネ)676号 判決 2007年7月31日
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控訴人兼被控訴人(一審原告,以下「一審原告」という。)
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同訴訟代理人弁護士
小城達
東京都港区赤坂五丁目2番20号
被控訴人兼控訴人(一審被告,以下「一審被告」という。)
GEコンシューマー・ファイナンス株式会社
同代表者代表取締役
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同訴訟代理人弁護士
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同
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同
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同
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同
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主文
1 一審原告の控訴及び当審における訴えの変更に基づき,原判決主文2項を次のとおり変更する。
(1) 一審被告は,一審原告に対し,60万円及び内50万円に対する平成18年3月21日から,内10万円に対する平成19年5月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 一審原告の訴え変更後のその余の請求を棄却する。
2 一審被告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを10分し,その1を一審原告の負担とし,その余は一審被告の負担とする。
4 この判決は,1(1)項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 一審原告
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 一審被告は,一審原告に対し,253万7157円並びに内242万4999円に対する平成17年3月29日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内242万4999円に対する平成18年3月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 一審被告は,一審原告に対し,70万円及びこれに対する平成18年3月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 一審被告
(1) 原判決主文2項を次のとおり変更する。
(2) 一審被告は,一審原告に対し,20万円及びこれに対する平成18年3月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 事案の要旨及び訴訟経過
(1) 本件は,一審原告が,貸金業者である一審被告との間で,限度額の範囲内で繰り返し借入れができるとの基本契約を締結して,借入れと返済を繰り返してきたところ,一審被告に対して,次の支払を求めた事案の控訴審である。
ア 一審原告が,一審被告に対し,基本契約に基づく各借入金債務に対する各弁済金のうち利息制限法1条1項所定の利息の制限額を超えて利息として支払った部分(以下「制限超過部分」という。)を借入金元本に充当計算すると,過払金が発生し(ただし,悪意の受益者が付すべき民法704条前段の利息の利率については商事法定利率年6分の割合で計算),かつ,この過払金を同一の基本契約において弁済当時存在する債務又はその後に発生する新たな借入金債務に充当してもなお過払金が残存するとして,不当利得に基づき,過払金元本252万7149円及び確定利息14万1224円並びに過払金元本に対する最終弁済日の翌日である平成17年3月29日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息
イ 上記過払金元本に対する訴状送達の日の翌日である平成18年3月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
ウ 一審被告が一審原告から取引履歴の開示を求められたにもかかわらず,一部の開示にしか応じずその余の開示を拒絶したとして,不法行為に基づき,慰謝料30万円及び訴状送達の日の翌日である平成18年3月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
エ 一審被告が,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)43条1項所定の要件を具備するよう細心の注意を払う義務があるにもかかわらず,これに違反して一審原告から漫然と制限超過部分を長年にわたって収受したことが不法行為を構成するとして,慰謝料20万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成18年3月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
オ 民法704条後段又は同法709条に基づき,過払金返還請求訴訟に係る弁護士費用10万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成18年3月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
(2) 原審は,一審原告の前記(1)ア,ウないしオの各請求を次の限度で認容してその余を棄却し,前記(1)イの請求については,理由がないとして棄却した。
ア 悪意の受益者が付すべき民法704条前段の利息の利率については民法所定の年5分の割合で計算し,過払金元本242万4999円及び確定利息11万2158円並びに過払金元本に対する平成17年3月29日から支払済みまで年5分の割合による利息
イ 取引履歴の一部不開示が不法行為に当たるとして,慰謝料10万円及びこれに対する平成18年3月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
ウ 一審被告の利息収受行為が不法行為に当たるとして,慰謝料5万円及びこれに対する平成18年3月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
エ 民法709条に基づき過払金返還請求訴訟に係る弁護士費用10万円及びこれに対する平成18年3月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
(3) 一審原告は,原判決中一審原告敗訴部分を不服として控訴し,当審において,過払金返還請求については,原判決どおり,過払利息について民法所定の年5分の割合で計算した上で,原判決主文1項のとおりの請求に減縮したため,不服の対象は,過払金元本に対する遅延損害金請求を棄却した部分,取引履歴の一部不開示による慰謝料を10万円しか認容しなかった部分及び利息収受の不法行為の慰謝料を5万円しか認容しなかった部分となった。そして,一審原告は,当審において,取引履歴の一部不開示による慰謝料額を30万円から20万円に減縮し,過払金返還請求訴訟に係る弁護士費用を10万円追加し,取引履歴不開示の不法行為の損害としての弁護士費用5万円,利息収受の不法行為の損害としての弁護士費用5万円,合計20万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成18年3月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求を追加した。
(4) 一審被告は,原判決のうち一審被告による利息収受行為が不法行為に当たるとして慰謝料5万円及びこれに対する平成18年3月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を命じた部分の取消しを求めて控訴を提起した。
(5) 当審における審判の対象は,①過払金に対する遅延損害金請求の当否,②民法704条後段又は同法709条に基づく過払金返還請求訴訟に係る弁護士費用額,③取引履歴不開示の不法行為に基づく損害額,④利息収受の不法行為に基づく損害賠償請求の当否である。
2 前提事実(末尾に証拠を掲記した事実以外は,当事者間に争いがない。)
(1) 一審被告は,貸金業法3条所定の登録を受け,「ほのぼのレイク」の名称で貸金業を営んでいる。
(2) 「ほのぼのレイク」を営んでいた株式会社レイク(以下「旧レイク」という。)は,平成10年11月,その営業をジー・イー・コンシューマー・クレジット株式会社に譲渡し,GEコンシューマー・クレジット有限会社は,平成14年12月,ジー・イー・コンシューマー・クレジット株式会社を吸収合併し(以下,上記3社を併せて「レイク等」という。),一審被告は,平成15年10月,GEコンシューマー・クレジット有限会社を吸収合併した(当裁判所に顕著な事実)。
(3) 一審原告は,昭和63年9月13日,旧レイクとの間で,次の内容の限度額の範囲内で繰り返し借入れができるという基本契約を締結し,以後,上記基本契約に基づいて借入れと弁済を繰り返した(乙22の1)。
ア 限度額
30万円
イ 利息
実質年率29.2%
ウ 遅延損害金
年35%
エ 返済方法
元利定額リボルビング方式
毎月末日に毎回1万3000円以上を支払う。
(4) 一審原告は,平成元年11月15日,旧レイクとの間で,次の内容の限度額の範囲内で繰り返し借入れができるという基本契約を締結し,以後,上記基本契約に基づいて借入れと弁済を繰り返した(乙22の2)。
ア 限度額
40万円
イ 利息
実質年率29.2%
ウ 遅延損害金
年35%
エ 返済方法
元利定額リボルビング方式
毎月27日に毎回3万円以上を支払う。
(5) 一審原告は,平成2年5月18日,旧レイクとの間で,次の内容の限度額の範囲内で繰り返し借入れができるという基本契約を締結し,以後,上記基本契約に基づいて借入れと弁済を繰り返した(乙22の3)。
ア 限度額
50万円
イ 利息
実質年率29.2%
ウ 遅延損害金
年35%
エ 返済方法
元利定額リボルビング方式
毎月27日に毎回5万円以上を支払う。
(6) 一審原告は,平成10年11月27日,旧レイクとの間で,次の内容の限度額の範囲内で繰り返し借入れができるという基本契約を締結し,以後,上記基本契約に基づいて,借入れと弁済を繰り返した(乙21)。
ア 限度額
55万円
イ 利息
実質年率29.2%
ウ 遅延損害金
年36.5%
エ 返済方法
元利定額リボルビング方式
毎月27日に元利金5万円を支払う。
(7) 一審原告は,一審被告から,原判決別紙「利息制限法に基づく法定金利計算書1」の「年月日」欄記載の各日に,「借入金額」欄記載の各金額を借り入れ,「年月日」欄記載の各日に「弁済額」欄記載の各金額を弁済した(ただし,昭和63年9月13日から平成5年10月31日までの取引経過については,一審被告が取引履歴を消去したと主張して開示しないため,不明である。以下,一審原告と一審被告との間の継続的な金銭消費貸借取引を「本件取引」という。)。
3 当事者の主張
(1) 過払金に対する遅延損害金請求の当否
ア 一審原告の主張
(ア) 悪意の受益者
民法704条の「悪意」とは,利得が法律上の原因に基づかないことを認識していることであるが,その認識の対象となる事実としては,利息制限法の制限利率を超える利息を受領するという事実で足りる。貸金業法43条1項のみなし弁済が成立することは,借入れと制限超過部分を含む元利金の弁済を繰り返した場合の過払金返還請求訴訟において,抗弁事実であるから,みなし弁済が成立すると認識していたことをもって,悪意でないとすると,返還請求者において,貸金業者がみなし弁済の成立の余地があると認識していなかったことまで主張立証責任を負うことになり,不当な結果になる。そのため,みなし弁済が成立する余地を認識していたかどうかは,同条の悪意の有無とは関係がないと解すべきである。
一審被告は,貸金業者であるから,制限超過部分の支払が利息制限法1条1項に違反して無効であることを知りながら,一審原告からその支払を受けていたから,悪意といえる。また,仮に悪意というためには,みなし弁済の適用要件を欠くことの認識が必要であったとしても,一審被告は,何らみなし弁済の適用要件に関する具体的な主張立証をしていないから,悪意といえる。
(イ) 民法704条後段の損害
民法704条前段の利息が請求できても,それ以上の損失がある場合には,さらに損害を請求できるところ(同条後段),金銭を目的とする債務の不履行については,民法419条によれば,損害の証明を要することなく法定利率による損害を求めることができる。
そして,一審原告は,一審被告に対し,本件の訴状をもって過払金返還債務の履行を請求したから,訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
イ 一審被告の主張
(ア) 悪意の受益者
一審被告は,一審原告の弁済は,貸金業法43条1項のみなし弁済が成立し,不当利得にはならないと考えていたから,仮にみなし弁済が成立しないとしても,民法704条の「悪意の受益者」には該当しない。
(イ) 民法704条後段の損害
民法704条後段は,利息額を超過する損害がある場合の損害賠償責任を規定するものであるが,本件では,利息額を超過する損害は生じていない。
(2) 民法704条後段又は同法709条に基づく過払金返還請求訴訟に係る弁護士費用額
ア 一審原告の主張
一審被告が民法704条後段の悪意の受益者であることは,前記(1)ア(ア)のとおりである。
そして,一審原告の一審被告に対する過払金返還請求権が発生していることは明らかであり,かつ,一審被告はこれを認識しているにもかかわらず,一審原告による裁判外での和解の提案に対して返答すらしなかった。そのため,一審原告は,弁護士に委任して訴訟提起を余儀なくされたから,民法704条後段又は同法709条に基づいて,一審被告に対して弁護士費用を請求できる。
その金額は,過払金返還請求の認容額を考慮すると20万円が相当である。
イ 一審被告の主張
一審被告が民法704条後段の悪意の受益者ではないことは,前記(1)イ(ア)のとおりである。
また,民法704条後段又は同法709条に基づいて過払金返還請求訴訟に係る弁護士費用を請求することはできない。仮にできるとしても,その弁護士費用は10万円を超えることはない。
(3) 取引履歴不開示の不法行為に基づく損害額
ア 一審原告の主張
(ア) 不法行為の成否
一審被告は,信義則上,保存している業務帳簿に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うところ,一審原告から取引履歴の開示を求められたにもかかわらず,平成5年11月1日以降の取引履歴しか開示せず,その余の開示を拒絶した。
一審被告は,同年9月30日以前の取引履歴を消去したと主張しているが,消去の理由を見い出し難く,消去の方法も不明であり,消去するに当たっての運用規則,社内規定,稟議書等の書証が提出されていないことなどからすると,上記主張は認められない。
また,仮に一審被告が取引履歴を保存していなかったとしても,自ら保存することを放棄した以上,不法行為責任を負うという不利益を受けても不合理ではない。逆に,取引履歴を消去したことを理由として開示義務を免れると解すると,容易に過払金支払義務を免れることになり不合理である。
(イ) 損害の有無及び額
a 慰謝料 20万円
一審被告が正当な理由なく取引履歴の開示要求を拒絶したため,一審原告は,債務整理が遅延し,不安定な立場に置かれた。しかも,一審被告は,取引履歴の一部を消去したなどと述べて一審原告の立場をますます不安定にさせている。
そのため,一審原告の慰謝料額は20万円が相当である。
b 弁護士費用 5万円
イ 一審被告の主張
一審被告は,平成15年10月まで,保存データの流出の危険を回避し,管理コストの削減を図るため,10年を経過した取引履歴については順次これを消去してきた。そのため,一審被告は,平成5年9月以前の取引履歴については保存していないから,開示義務を負わない。
なお,上記の取引履歴の消去については,商法上の保存期間の最長である10年間を基準にしたもので,近畿財務局担当者に意見照会をして否定されなかったことから,何ら問題がない。
そして,一審被告は,訴訟提起前に,保存しているすべての取引履歴を開示したから,不法行為は成立しない。
仮に不法行為が成立するとしても,一審原告の債務整理の遅延による精神的損害は金銭的評価に値しない。
また,仮に金銭的評価に値するとしても,一審原告の債務整理が遅れているのは,受領した契約書,領収書等を自ら廃棄したからであって,一審被告が平成5年9月以前の取引履歴を保存していないからではない。
(4) 利息収受の不法行為に基づく損害賠償請求の当否
ア 一審原告の主張
(ア) 不法行為の成否
a 貸金業者は,本来,制限超過部分を収受することができないのであり,これを収受するためには,貸金業法43条1項所定の要件を具備しなければならず,そのために細心の注意を払う義務があるというべきである。このような義務を果たさないことは,貸金業者が,制限超過部分を支払わなければならないと債務者が誤解していることを奇貨として,悪意をもって自らの懐を増やしているとしかいえず,架空請求類似の行為ともいえるし,債務者に対する説明義務違反にも当たる。
しかしながら,根本的には,貸金業者が,同法43条1項所定の要件を充足しようとしなかったことが問題なのであり,要件を充足しない利息収受行為によって,債務者が不本意な弁済を強いられて精神的苦痛を受けることからすると,貸金業者が上記義務に違反して漫然と利息を収受する行為は,不法行為を構成するといえる。
b 一審被告は,制限超過部分の利息を収受しながら,貸金業法43条1項所定の要件を具備していないというにとどまらず,同法17条1項所定の事項を記載した書面(以下「17条書面」という。)及び同法18条1項所定の事項を記載した書面(以下「18条書面」という。)を交付していなかったり,あるいは法令で定められた記載事項を欠く書面を交付していたにすぎない。さらには,一審被告は,基本契約や個別貸付けにおいて,制限超過部分の支払を含む約定の元利金の支払を怠った場合には,期限の利益を喪失する旨の特約があるのに,一審原告に誤解を生じさせないような説明をしていなかったから,一審原告に対して制限超過部分の支払を事実上強制していたといえる。
しかも,一審被告は,本訴において,一審原告に交付した17条書面及び18条書面を書証として提出することができず,一般的な書式(乙1ないし10)しか提出できないことからすると,貸金業法43条1項所定の要件を具備するような注意を払っていなかったといえる。
そうすると,一審被告は,同条所定の要件を具備しようとする努力やそのための細心の注意を払うことなど全くせずに,漫然と制限超過部分の利息を収受し,その結果,一審原告は,支払義務のない制限超過部分の支払を強いられて,精神的苦痛を受けたから,一審被告の利息収受行為は,不法行為を構成する。
(イ) 損害の有無及び額
a 慰謝料 20万円
一審原告は,長年にわたり,みなし弁済の成立の余地がないにもかかわらず多額の返済金の支払を強いられて,精神的苦痛を受けたから,慰謝料額は20万円が相当である。
b 弁護士費用 5万円
イ 一審被告の主張
一審被告は,基本契約締結時には,乙21,22の1ないし22の3のとおり17条書面を交付し,個別貸付時には,店頭取引の場合には,乙2のとおり,ATM取引の場合には,乙5,6のとおり,取引の都度,17条書面を交付している。
なお,貸金業法17条1項の記載事項は,必ずしも1通の書面に記載すべきものではなく,複数の書面に分けて記載することも許されるところ,基本契約締結時に交付した書面と個別貸付時に交付した書面を併せれば,同法17条1項の要件を充足している。
また,一審被告は,店頭取引の場合には,乙3のとおり,ATM取引の場合には,乙7ないし10(枝番号を含む。)のとおり,弁済の都度,18条書面を交付している。
さらに,一審被告は,最高裁平成18年1月13日第二小法廷判決(民集60巻1号1頁参照)までは,期限の利益喪失特約があることによって,制限超過部分の支払を事実上強制することにはならないと認識しており,債務者からの制限超過部分の支払はすべて任意になされたものと考えていたから,一審原告に対して期限の利益喪失特約についての誤解を除去する義務はなかった。
以上のように,一審被告は,制限超過部分を収受するに当たり,貸金業法43条1項所定の要件を具備するために細心の注意を払う義務を怠ったということはないから,架空請求ではないし,説明義務違反にもならない。
そもそも,不法行為が成立するには,故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害したことが必要であるところ,約定利率に基づく元利金の請求が不法行為に該当すると解することはできない。
すなわち,一審原告は,一審被告との金銭消費貸借契約において,所定の利息を支払う旨合意し,かかる合意に基づいて任意に制限超過部分を含めた利息を支払ってきたのであり,他方,一審被告としては,貸金業法43条1項のみなし弁済に基づきこれを収受してきたのである。そして,このような処理につき,裁判で争われた結果,みなし弁済が成立しないと判断され,ほかに,充当方法,時効の成否等の各論点についての裁判所の判断がなされて初めて,超過利息支払額が判明するのであって,これらは,すべて利息収受時に,法律上一義的に明らかなものではなく,個別の裁判において初めて明らかになるものである。そうすると,同法43条1項の要件を充足しないために有効な利息の弁済とみなされないことは格別,それを超えて,まだ判断がされていない過去の時点において制限超過部分の利息を受け取ったこと自体が,一審原告の権利又は法律上保護される利益を侵害したことに当たると解することはできない。
また,貸金業者が,自らの立場に立った法律解釈に基づいて,合意に基づく約定利率によって元利金の請求をすることは,ありもしない債務を請求する「架空請求」とは全く異なる。
したがって,一審被告の利息収受行為は不法行為に当たらない。
第3当裁判所の判断
1 過払金に対する遅延損害金請求の当否について
一審原告は,民法419条によって,金銭を目的とする債務の不履行については,債権者は損害の証明を要せずに,法定利率による損害賠償を求めることができるから,民法704条後段の「損害」として,一審被告に対し,過払金に対する本件訴状送達の日の翌日からの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができると主張する。
しかしながら,同条前段において,悪意の受益者が,その受けた利益に利息を付して返還しなければならないとしたのは,損失者が,少なくとも受けた利益の収益を失っていることから,それを金銭に換算した利息相当額を最小限度の損害として返還することを定めたものである。そのため,同条後段の「なお損害があるときは,その賠償の責任を負う」とは,悪意の受益者が受けた利益に利息を付して返還しても,損失者のもとになおてん補されない損害が残るときは,それを賠償することを規定したものと解するのが相当である。すなわち,同条後段は,損失者において,利息を付した利得金の返還によってもてん補されない損害が残ることの個別・具体的な主張立証を要するという点で,民法419条の特則というべきである。
そうすると,一審原告は,利息を付した利得金の返還によってもてん補されない損害が発生していることを個別・具体的に主張立証する必要があり,それをすることなく利息請求と併せて民法419条を理由にして法定利率による損害賠償を求めることはできない。
したがって,一審原告の過払金に対する遅延損害金請求は,理由がない。
2 民法704条後段又は同法709条に基づく過払金返還請求訴訟に係る弁護士費用額について
(1) 民法704条の悪意の受益者について
制限超過部分が無効であることは,貸金業者についても同様であるところ,貸金業者については,貸金業法43条1項が適用される場合に限り,制限超過部分を有効な利息の債務の弁済として受領することができるとされているにとどまる。このような法の趣旨からすれば,貸金業者は,同項の適用がない場合には,制限超過部分は,貸付金の残元本があればこれに充当され,残元本が完済になった後の過払金は不当利得として借主に返還すべきものであることを十分に認識しているものというべきである。そうすると,貸金業者が制限超過部分を利息の債務の弁済として受領したが,その受領につき貸金業法43条1項の適用が認められないときは,当該貸金業者は,同項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことがやむを得ないといえる特段の事情がある場合でない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者,すなわち,民法704条の「悪意の受益者」であると推定されるものというべきである(最高裁平成17年(受)第1970号同平成19年7月13日第二小法廷判決参照)。
これを本件についてみると,一審被告は,本訴において貸金業法43条1項の適用があることについて本件取引に即した主張立証をせず,しかも,17条書面や18条書面の写しについては,常に数か月程度しか保管していないと主張している(控訴理由の訂正申立書)。貸金業法43条1項が適用されるためには,法令で定められた事項を具備した17条書面及び18条書面を,17条書面については,貸付けに係る契約を締結したときは遅滞なく,18条書面については,弁済の都度,直ちに交付しなければならないにもかかわらず,一審被告がこれらの書面を常に数か月程しか保管していないということは,訴訟になれば,債務者が貸金業法43条1項の適用を認めるというような極めて例外的な場合を除いて同項が適用される余地がないことを認識していたともいえるのであって,一審被告が制限超過部分を受領する時点において,同項の適用があるとの認識を有していたとは到底いえず,上記特段の事情を論ずる余地もない。
したがって,一審被告は,過払金が発生した時点で,これが法律上の原因を欠くことを知っていたと認められ,民法704条の悪意の受益者といえる。
(2) 民法704条後段に基づく過払金返還請求訴訟に係る弁護士費用額について
民法704条後段の損害賠償責任は,不当利得制度を支える公平の原理から悪意の受益者に対しての責任を加重した特別の責任を定めた規定であるが,賠償すべき損害については,民法416条が準用されると解するのが相当である。
これを本件についてみると,長期間にわたる借入れと利息制限法の利息の制限額を超過する弁済を繰り返した結果,過払金が発生した場合,債務者が悪意の受益者である貸金業者から訴訟外での交渉等によって過払金の返還を受けられず,自己の権利を擁護するために訴訟提起を余儀なくされるということは通常生ずる事態であり,そして,訴訟提起を余儀なくされた場合,貸金業法に関する専門的知見や充当計算に関する技術的な知見が必要であるため,弁護士にその提起や遂行を委任するということも,通常生ずる事態であると考えられる。そうすると,過払金返還請求訴訟を提起,遂行するために弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,認容額その他諸般の事情を考慮して相当と認められる額の範囲内に限り,民法704条後段の「損害」に該当するというべきである。
そして,本件の事案の内容,認容額等を総合考慮すると,民法704条後段の損害としての弁護士費用としては,20万円が相当と認められる。
したがって,一審原告の当審における拡張された請求のうち,民法704条後段に基づく過払金返還請求訴訟に係る弁護士費用を10万円追加した部分は,理由がある。しかしながら,前示のとおり,民法704条後段に基づく損害賠償債務は,悪意の受益者の責任を加重するために特に認められたもので,履行の請求を受けた時から遅滞に陥ると解するのが相当であるから,遅延損害金の始期については,訴え変更申立書の送達の日の翌日である平成19年5月18日である。
なお,一審原告は,不法行為に基づいて弁護士費用を請求しているが,不法行為の成立要件についての主張をしていないから,上記請求は理由がない。
3 取引履歴不開示の不法行為に基づく損害額について
(1) 証拠(甲1,2,乙20,21,22の1ないし22の3)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 一審原告は,一審被告を含む貸金業者5社に対し,合計約250万円の借入金があったことから,平成17年12月ころ,本訴の訴訟代理人である小城達弁護士(以下「小城弁護士」という。)に債務整理を依頼した。
イ 小城弁護士は,平成17年12月22日,一審被告に対し,債務整理の受任通知を発送し,取引開始時から現在までの取引履歴の開示を求めた。
ウ 一審被告は,小城弁護士に対し,平成5年11月1日以降の取引履歴を開示したが,それ以前の取引履歴は開示しなかった。
エ 一審原告は,小城弁護士に委任して本訴を提起した。
一審被告は,本訴において,貸金業法19条に基づく帳簿の一部として,昭和63年9月13日付けの極度額30万円の基本契約書(乙22の1),平成元年11月15日付けの極度額40万円の基本契約書(乙22の2),平成2年5月18日付けの極度額50万円の基本契約書(乙22の3)を書証として提出し,ほかに平成10年11月27日付けの融資限度額設定基本契約書(乙21)を書証として提出したが,平成5年11月1日より前の取引履歴については,同年9月以前の取引履歴を一律に消去したため,保存していないと主張して,現時点でも開示していない。
(2) 不法行為の成否について
貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて,取引履歴を開示すべき義務を負うものと解すべきである。そして,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは,その行為は,違法性を有し,不法行為を構成するものというべきである(最高裁平成16年(受)第965号同17年7月19日第三小法廷判決・民集59巻6号1783頁参照)。
前記(1)認定事実によれば,一審原告は,債務整理を弁護士に依頼し,弁護士が債務整理を行うためであるとの目的を明示して一審被告に取引履歴の開示を求めたものであるから,開示要求が濫用にわたると認められるなどの特段の事情はなく,一審被告は,一審原告に対して,保存している業務帳簿に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うといえる。
ところで,一審被告は,保存データの流出の危険を回避し,管理コストの削減を図るため,10年を経過した取引履歴については順次これを消去してきたため,平成5年9月以前の取引履歴については保存していないから,これについての開示義務は負わないと主張する。
しかしながら,コンピューターの管理上,10年を超える取引履歴を保存することは,それほど負担になるとは考え難いし,データの流出の危険を回避するために,データを消去するというのは,飛躍がありすぎる。一審被告の顧客に対する貸金債権は,その発生から10年が経過していても,顧客から弁済がなされれば消滅時効が中断するのであるから,一律に10年を超える取引履歴を削除することは,債権管理上看過できない不利益があるから,貸金業者である一審被告が,取引が継続している顧客の取引履歴も含めて一律に10年を経過したというだけで,取引履歴を消去したとは信じ難い。
また,一審被告は,取引履歴を消去したことを裏付ける資料として,乙11ないし17(枝番号を含む。)を提出するが,これらの書証の内容が,一審被告が主張する消去方法と必ずしも整合していないばかりか,これらの書証よっても,一審被告の社内で保管しているデータが消去されたことを認めるには足りない。さらに,一審被告は,平成5年9月以前の取引履歴を消去したと主張するが,乙20により認められる一審原告の借入れや弁済の頻度からすると,同年10月1日から同月31日までの間に何らかの取引がなされていたと推認されるにもかかわらず,同年11月1日以降の取引履歴しか開示しておらず,消去したと主張する取引履歴と開示した取引履歴との整合性を欠いている。
以上によれば,一審被告の取引履歴を消去したとの主張は信用できず,貸金業法19条によって業務帳簿の保存が義務付けられていることを考慮すると,一審被告は,同年11月1日より前の取引履歴についても保存していると認めるのが相当である。
したがって,一審被告が同年11月1日より前の取引履歴の開示に応じなかったことは,不法行為を構成するといえる。
(3) 損害について
ア 慰謝料
前記(1)認定事実によれば,一審原告は,平成17年12月ころに債務整理に着手したものの,一審被告が取引開始当初からの取引履歴を開示しないために,債務整理を終えることができず,不安定な立場に置かれていると認められるから,過払金返還請求が認められることによってもてん補されない精神的損害が生じているといえる。
なお,一審被告は,一審原告の債務整理が遅延したのは,受領した契約書,領収書等を自ら廃棄したからであって,一審被告が平成5年9月以前の取引履歴を保存していないからではないと主張するが,貸金業法19条及び同法施行規則が,貸金業者に対し,同法17条1項及び18条1項所定の事項を記載した業務帳簿の作成・備付け義務を負わせたのは,長期間にわたって貸付けと弁済が繰り返される場合には,特に不注意な債務者でなくても,交付を受けた17条書面等の紛失や廃棄をすることがあり得ることを想定したものと解されるから,一審被告の上記の主張は採用できない。
そして,前提事実及び前記(1)認定事実によれば,一審原告と一審被告との取引は,昭和63年9月13日から開始されたにもかかわらず,一審被告は,平成5年11月1日以降の取引履歴を開示したにとどまり,それ以前の取引履歴を開示せず,現時点でも同様の態度であることを考慮すると,その慰謝料額は,15万円と認められる。
イ 弁護士費用
本件事案の内容及び認容額等を総合考慮すると,一審被告の取引履歴の一部不開示の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は5万円と認められる。
4 利息収受の不法行為に基づく損害賠償請求の当否について
(1) 不法行為の成否について
一審原告は,貸金業者には,制限超過部分の利息を受け取るに当たり,貸金業法43条1項所定の要件を具備するよう細心の注意を払う義務があり,このような義務に違反した場合,債務者は,みなし弁済が成立しないにもかかわらず,制限超過部分の支払を強いられて精神的苦痛を受けるから,不法行為を構成すると主張する。
しかしながら,貸金業法43条1項は,貸金業者が同法17条及び18条所定の厳格な規制を遵守しているときは,その支払が任意に行われた場合に限って,例外的に,利息制限法1条1項の規定にかかわらず,制限超過部分の支払を有効な利息の債務の弁済とみなすことにより,登録業者による貸金業法の遵守を間接的に確保し,未登録業者の横行を阻止するという趣旨の規定であるから,貸金業者が債務者との関係で貸金業法43条1項の要件を具備するよう注意を払う義務を負うと解することはできない。
また,証拠(乙1の2,21,22の1ないし22の3)及び弁論の全趣旨によれば,一審原告と一審被告との各基本契約や個別貸付けにおいては,約定の元利金の支払を怠ったときには期限の利益を喪失する旨の特約があることが認められるから,債務者は,期限の利益喪失という不利益を回避するために,制限超過部分の支払を事実上強制されることになると解される。しかしながら,前示のとおり,前掲最高裁平成18年1月13日判決がなされるまでは,期限の利益喪失特約があることによって,債務者に制限超過部分の支払を事実上強制することになり,任意性を欠くという見解が一般的であったとはいえず,これと異なる裁判例も相当数あったことを考慮すると,少なくとも前掲最高裁判決までは,本件の各基本契約や個別貸付けにおいて期限の利益喪失特約があることをもって,制限超過部分を含んだ約定利率による利息の請求が,社会通念上容認できないものとして,不法行為法上,違法と評価することはできないし,期限の利益喪失特約のうち制限超過部分の支払を怠った場合に期限の利益を喪失するという部分が無効であることを前提にした説明義務が一審被告に課されていたということもできない。
もっとも,前示のとおり,一審被告は,過払金が発生した時点で,それが法律上の原因を欠くことを知っていたと推認するのが相当であるから,約定利率による元利金の請求は,一部又は全部が無効な部分を含んでいることになり,その意味で架空請求に類似するといわざるを得ない。しかも,一審被告は,常に数か月程度しか17条書面や18条書面を保管していないと主張していることからすると,本件取引において制限超過部分について貸金業法43条1項が適用される余地が極めて乏しいことを認識しながら,すなわち,訴訟になった場合には制限超過部分が利息の支払としては無効となる蓋然性が極めて高いことを認識しながら,あえてこれを請求し,収受してきたものと認められる。その上,一審被告としては,契約時の一審原告の言動等から,一審原告が利息制限法や貸金業法についての知識を持たず,そのために本来支払義務のない制限超過部分についても継続して支払うことを予想できたと考えられる。
このような事実関係によれば,一審被告は,本来支払義務のない制限超過部分を,一審原告の無知に乗じて請求してこれを収受してきたというべきであるから,社会的に許容される限度を超えた違法なものと評価せざるを得ない。
そして,証拠(甲2,乙20)及び弁論の全趣旨によれば,一審原告は,一審被告による約定利率による元利金の請求を受けて,これを全額支払わなければならないと誤信して,その支払のために他の貸金業から借入れを重ねるなどして,多重債務に陥ったり,経済的に苦しい生活を余儀なくされて精神的苦痛を被ったと認められるところ,このような精神的苦痛は,法定利息を付した過払金返還請求が認められることにより損害がてん補される関係に立つのものとはいえない。
したがって,一審被告の制限超過部分の請求や利息収受行為は,不法行為を構成するというべきである。
(2) 損害について
ア 慰謝料
前提事実及び前記(1)認定事実によれば,一審原告は,昭和63年9月13日から平成17年3月28日まで,本来支払義務のない制限超過部分の請求を受けてこれを支払ってきたこと,しかも,制限超過部分を借入金元本に充当していくと,原判決別紙「利息制限法に基づく法定金利計算書2」のとおり,平成6年2月以降は元本がなかったことが認められ,これらを考慮すると,一審原告の精神的苦痛に対する慰謝料額は15万円と認めるのが相当である。
イ 弁護士費用
本件の事案の内容及び認容額等を総合考慮すると,一審被告の前記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は5万円と認められる。
5 結論
以上によれば,一審原告の請求(当審における訴えの変更後のもの)は,原判決主文1項のほかに,民法704条後段に基づく過払金返還請求訴訟に係る弁護士費用として20万円,取引履歴不開示の不法行為に基づき,慰謝料15万円,弁護士費用5万円,利息収受の不法行為に基づき,慰謝料15万円,弁護士費用5万円の限度で理由があるが,その余は理由がなく,また,過払金に対する遅延損害金請求は理由がなくこれを棄却すべきところ,これと異なる原判決は一部相当でないから,一審原告の控訴及び当審における訴えの変更に基づき,これを主文1項のとおり変更し,一審被告の控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 安達嗣雄 裁判官 明石万起子)