大阪高等裁判所 平成19年(ネ)840号 判決 2007年12月04日
控訴人(一審被告)
川西市
被控訴人(一審原告)
あいおい損害保険株式会社ほか一名
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人Y1は、控訴人に対し、七一万三一二五円及びこれに対する平成一六年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人は、被控訴人あいおい損保に対し、一〇万二〇〇〇円及びこれに対する平成一六年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 控訴人及び被控訴人あいおい損保のその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その三を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
六 この判決の二項及び三項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 被控訴人Y1は、控訴人に対し、一〇六万三〇三六円及びこれに対する平成一六年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人あいおい損保の請求を棄却する。
(4) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二事案の概要
以下、本件の交通事故に遭遇した控訴人所有の救急車を「本件救急車」、被控訴人Y1運転の自動車を「Y1車」と呼ぶほかは、原判決と同じ略称を用いる。
一 交通事故の発生(争いのない事実)
平成一六年一一月一九日午前九時五分ころ、兵庫県川西市萩原台東一丁目二七五番地先の交差点において、北から南に向かって青信号で同交差点に進入した被控訴人Y1が運転する同人所有の普通乗用自動車(Y1車)が、東から西に向かって赤信号で同交差点内に進入した控訴人所有の救急車(A運転。本件救急車)の右側面に衝突する交通事故が発生した。
二 本件の請求
本件は、本件事故によるY1車と本件救急車の損傷を原因とする(1)、(2)の各損害賠償請求が併合審理された事案である。
(1) 控訴人の被控訴人Y1に対する請求
控訴人は、被控訴人Y1に対し、民法七〇九条に基づき、一〇六万三〇三六円(救急車の修理費九三万三〇三六円、弁護士費用一三万円)の損害賠償及びこれに対する平成一六年一一月一九日(本件事故の日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求めた。
(2) 被控訴人あいおい損保の控訴人に対する請求
被控訴人あいおい損保は、控訴人に対し、商法六六二条による保険者の代位により、民法七一五条に基づき、三四万円(Y1車の全損による車両時価額の損害)の損害賠償及びこれに対する平成一六年一二月三〇日(被控訴人あいおい損保が被控訴人Y1に対し自動車保険契約に基づき車両保険金七〇万円を支払った日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
三 前提事実及び争点
前提事実、争点及び争点についての当事者の主張は、以上のほか、原判決が「事実及び理由」の第二の二、三及び第三において摘示するとおりであるから、これを引用する。
要約すれば、次のとおりである。
本件事故により本件救急車とY1車が損傷し、これにより、控訴人は本件救急車の修理費九三万三〇三六円の損害を被り、被控訴人Y1はY1車の全損により時価額三四万円の損害を被った。被控訴人あいおい損保は、平成一六年一二月二九日、被控訴人Y1に対し、自動車保険契約に基づき車両保険金七〇万円を支払い、商法六六二条一項によりY1車の損傷による被控訴人Y1の控訴人に対する損害賠償請求権を代位取得した。
争点は、本件救急車を運転していたAとY1車を運転していた被控訴人Y1の過失の有無及び過失割合である。
四 原審の判断及び不服申立て
原審は、本件救急車が道路交通法上の緊急自動車であることを前提としても、過失割合は、本件救急車の運転者であるAが七割、被控訴人Y1が三割と認めるのが相当であるとして、①控訴人の被控訴人Y1に対する請求は、三〇万九九一〇円(修理費用九三万三〇三六円から七割を過失相殺した二七万九九一〇円と弁護士費用三万円)とこれに対する遅延損害金の限度で認容し、②被控訴人あいおい損保の控訴人に対する請求は、二三万八〇〇〇円(Y1車の車両時価額三四万円から三割を過失相殺した額)とこれに対する遅延損害金の限度で認容し、③控訴人と被控訴人あいおい損保のその余の請求をいずれも棄却した。
そこで、控訴人が、原判決中、控訴人敗訴部分を不服として、本件控訴を提起した。
過失相殺に関する原審の判断の骨子は、次のとおりである。
(1) Y1車の運転者である被控訴人Y1には、前方の注視を怠り、前方一四・五mの地点に至るまで救急車を発見し得なかった過失が認められる。
(2) 本件救急車の運転者であるAには、赤信号で交差点に進入するにあたり、交差点手前で左右の安全を確認するなど、他の交通に注意すべき義務を怠ったまま交差点に進入した過失が認められる。
(3) Y1車は、衝突地点から五一m手前で救急車の接近を認識し得たが、事故を回避するためにはそこから直ちに急ブレーキないしハンドル転把により衝突を避けるという、かなり困難ないし非日常的な運転操作が要求されるのに対し、本件救急車が事故を回避するためには、赤信号の交差点に進入する前に南北道路を南進してくる車両に注意を払うという極めて基本的かつ日常的な注意義務を履行しさえすればよかったのであるから、過失の度合いは、本件救急車運転者のAの方がより大きい。
第三当裁判所の判断
一 判断の大要
当裁判所は、原審とは異なり、本件事故における過失の割合は、被控訴人Y1七割、本件救急車の乗員三割と判断する。
上記判断の理由の骨子は、(1)ないし(3)のとおりであり、その詳細は、後記二以下のとおりである。
(1) 被控訴人Y1は、本件交差点の約三〇m手前を時速約五〇kmで走行中、本件救急車がウーウーサイレンを鳴らしながら赤色警光灯をつけて交差点に入ろうとしており、その時点で発見して制動措置を講ずれば十分衝突を避けられたのに、約二〇m手前で発見するまで救急車に気が付かずに進行したものであり、交差道路を通行する車両に注意すべき義務(道路交通法三六条四項)を怠った過失がある。
(2) 本件救急車の乗員も、交差道路を高速で走るY1車が青信号で交差点を通過しようとして約三〇m手前まで接近していたのに、これに気が付かないまま赤信号で交差点に進入し、しかも、ウーウーサイレン以外には交差道路通行車両に対する注意喚起を行なわなかったものであり、赤信号で交差点に進入する緊急自動車が他の交通に注意すべき義務(道路交通法三九条二項)を怠った過失がある。
(3) 本件救急車の発見が遅れた被控訴人Y1の過失は、青信号に従って進入したとはいえ、わずかの注意をしさえすれば容易に発見できたはずの緊急自動車を全く見落としたものであり、その過失の程度は重いものというべきである。
本件救急車の乗員も、ウーウーサイレンを鳴らし徐行したとはいえ、交差道路の手前約三〇mという近くを青信号の交差点に時速五〇kmの高速で進行してくるY1車を全く確認しないで交差点に進入したものであり、その過失の程度も決して小さくない。
しかし、本件救急車はウーウーサイレンを鳴らし徐行して交差点に進入した一方、Y1車は、わずかの注意をして救急車に気が付けば十分停止することができたのであるから、緊急自動車優先(道路交通法四〇条)の趣旨などをも勘案すると、相対的な過失の程度は、被控訴人Y1の方が重いものと評価すべきである。
したがって、本件事故の過失割合は、被控訴人Y1七割、本件救急車の乗員三割とするのが相当である。
二 事故態様に関する認定事実
証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の態様につき、当事者及び目撃者のそれぞれの立場から経験した事実(経験した事実に基づく評価を含む。)として、以下の事実が認められる。当事者及び目撃者それぞれの供述等の信用性の評価に関する判断は、後記認定事実に補足して説明するとおりである。
(1) 本件救急車の乗員が経験した事故態様(甲二~四、六、七、一一、一三、一四、一六~一八、乙一、四、一四、一五、証人A)
川西市南消防署の消防吏員であるAは、本件事故当日の午前八時五九分ころ、同消防署において救急出動要請を受け、B隊長(助手席乗車)とC隊員とともに、赤色灯をつけ、ピーポーサイレンを鳴らしながら、本件救急車を運転して救急出動した。当日の天候は、曇りであった。
同日午前九時五分ころ、本件救急車が本件交差点に近づいたところ、本件交差点の対面信号が赤信号であり、別紙一「交通事故現場見取図」(乙一。以下「図面一」という。)記載のとおり、交差点手前に二台の停止車両があった。Aは、図面一①地点で、停止車両を追い越して赤信号の本件交差点を直進して通過するため、右側の対向車線に進み、その際、B隊長は、サイレンをピーポーサイレンからウーウーサイレンに切り替えた。ウーウーサイレンの音圧は、控訴人の実験(甲一三)によると、前方の窓を閉めた車内において、二〇mの距離で最大六七デシベル程度、五〇mの距離で最大六〇デシベル程度である。
B隊長は、交差点に進入する際に、他の通行車両に対してマイク等で緊急車両の通行の告知をすることはしなかった(乙四の一五頁)。Aは、交差点手前の図面一②地点で、時速約一〇km程度に減速し(甲六)、徐行しながら(甲七)、交差道路の右側(Y1車が進んできた方向)を確認したが、進行車両を見なかった。Aが徐行しながら更に交差点に進入したところ、同図②地点から七・〇m進んだ同図④地点で、右側からY1車が衝突した。Y1車が衝突した位置は、長さ五・七三mの本件救急車の前方から一・九mの運転席の位置である。
Aは、衝突の際、交差道路左側(つまりY1車の反対側)からの進行車両を確認しながら徐行して進行しており、衝突とほぼ同時にブレーキをかけ、〇・八m進んだ同図⑤地点で停止した。
なお、交差点手前で一時停止した旨のA証言は、甲七において、B隊長が「救急車は交差点手前で一時停止に近い状態の徐行状態で進入していた。」と述べていることに照らし、完全な停止という意味では採用し難い。
また、図面二②地点において、左右を見ても五〇m以内に車両がなかった旨のA証言(調書六項)は、時速約一〇km(秒速二・八m)で交差点を進んだ場合、同図②地点から衝突した④地点までの七・〇mの距離を約二・五秒で進むことになり、後記(2)のとおり、被控訴人Y1が時速約五〇km(秒速一四m)で衝突直前の二・五秒間を進んだとしても、三五m(一四×二・五=三五)しか離れていないことになるし、後述のとおりD車もいたはずであるから、五〇m以内に車両がなかったことを②地点で確認した旨のAの証言は、到底採用できない。むしろ同証言は、Aが右方交差道路の安全確認を極めて不十分にしかしていなかったことを示唆するものというべきである。
(2) 被控訴人Y1が経験した事故態様(乙二、三、五、九、一一~一三、被控訴人Y1本人)
被控訴人Y1は、本件事故当日、本件交差点を直進して進行するため、北から南に向かって本件救急車の進行方向右側から進行していた。Y1車の進行方向は、見通しの良い下り坂である。本件交差点は、被控訴人Y1の通勤路であり、被控訴人Y1は、本件交差点は、交通量が多い上に下り坂で速度が出やすいため事故が多発し、同方向を進行して本件交差点を左折する際に知人が追突される事故も起きていたことを知っていた。
被控訴人Y1は、本件交差点手前を時速約五〇kmで進行していたところ、衝突地点の約二〇m手前で前方に本件救急車を発見し(乙三の七頁)、別紙二「交通事故現場見取図」(乙二。以下「図面二」という。)のfile_3.jpg地点(衝突地点の手前一二・〇m)で急ブレーキをかけ、横断歩道上にブレーキ痕を残しながら進行して一二・〇m進んだ図面二file_4.jpg地点で本件救急車の右側面に正面から衝突し、〇・三m進んだ同図file_5.jpg地点で停止した。ブレーキ痕の位置は、別紙三「株式会社損害保険リサーチ作成図面」(乙三の一三頁。以下「図面三」という。)記載のとおりである。
Y1車は、正面左側一五~三〇度(一〇時~一一時の方向)の向きから衝突の力を受けており(乙五の一一~一四頁)、左から右に進行している本件救急車の右側面にY1車が正面から衝突したものと認められる。
衝突の際、エアバッグが作動し、被控訴人Y1は、五日間の加療を要する頸椎捻挫の傷害を負ったものの(乙三の九頁)、他にけがをすることはなかった。
時速五〇kmの場合、秒速一四m、空走距離一一~一四m(反応時間〇・八~一・〇秒とした場合)、本件交差点のような乾燥アスファルト道路における制動距離は、一三・七八mとなる(乙一一)。Y1車の損傷や被控訴人Y1のけがの程度が比較的軽いことや、ブレーキ痕の位置から窺われる制動措置の程度などから、相当程度減速して衝突したと考えられるから、直前のY1車の速度が時速約五〇kmであったという被控訴人Y1の供述は信用できる。
(3) 目撃者Eが経験した事故態様(乙三、証人E)
目撃者Eは、本件交差点から東西道路の西側(本件救急車が進んで行く方向)約五〇mの地点で歩道上に立っていたところ、ウーウーサイレンを鳴らしている本件救急車が、本件交差点手前の図面三file_6.jpg地点で対向車線に出て停止車両を追い越しながら進行してくるのに気がついた。
Eからは、本件救急車は、一旦停止も徐行もしないで交差点に進入したように見えた。一方、北側から進行してきたY1車が急ブレーキをかけながら本件交差点に進入し、本件救急車に衝突するのを目撃した。Eは、本件事故直後、Y1車の左側車線でも、本件交差点手前で停止した車両にその後続車両が追突するのを目撃した。
なお、Eは、株式会社損害保険リサーチの調査(乙三の一一頁)に対し、Y1車の衝突前にその左側車線の車両が停止したのを目撃した旨述べている。しかし、Y1車の左側車線では、本件事故直後に追突事故が起こっているところ、その事故の態様は、Y1車の同じ車線を後方から走ってきた車両が、事故で停止したY1車を避けるために右側車線から左側車線に進路変更しながら停止したところ、後方から追突された事故であることや(甲四、一六、乙四の一七頁)、本件事故直後に同車線を通過した旨の証人Dの証言に照らせば、本件事故前にY1車の左側車線の車両が停止したことはなかったと認められる。したがって、本件事故直後に発生した追突事故を目撃したことから、Eは、追突された車両がY1車より前に停止したものと誤解した疑いがあり、本件事故前にY1車の左側車線の車両が停止した旨のEの前記陳述は採用し難い。
また、E(証人調書八、九頁)は、本件救急車が交差点に進入した速度について、時速二〇kmから三〇kmであり、ウーウーサイレンを鳴らしてから衝突するまでの時間は三秒ほどであったと証言する。
しかし、Eは、本件救急車の進行方向前方から見ているため、救急車の速度は奥行きのみで判断することになり、その速度を正確に捉えることは難しいと思われる。また、後記の目撃者D及びFが、いずれも救急車がゆっくりした速度で交差点に進入したことを述べていることとも矛盾する。証人A(調書六項)も、時速五ないし一〇kmの速度で本件交差点中央付近まで徐行したと述べており、この証言は、赤信号で交通量の多い道路を横断する救急車の運転の仕方として自然であると思われる。そして、時速一〇km(秒速二・八m)であったとしても、交差点手前の図面一②時点から衝突地点の同図④地点まで七・〇mを進むのに約二・五秒を要するのであるから、停止車両二台を追い越すために対向車線に出る際にウーウーサイレンに切り替えてからわずか三秒で衝突することはあり得ない。したがって、本件救急車が時速二〇kmを超える速度で交差点に進入したとか、ウーウーサイレンを鳴らしてから三秒後に衝突したなどの点についてのEの証言は、採用し難い。
(4) 目撃者Dが経験した事故態様(甲一五、証人、D)
目撃者のDは、本件事故当日、Y1車と同じ車線を軽自動車で時速約六〇kmで走行中に(その際、前にも車両があった記憶があるというが、Dには、Y1車が前を走行していたのかどうかは分からない。)、救急車のピーポーサイレンを聞き、左側車線に車線変更して速度を落とした。その後、Dは、左前方から本件救急車が交差点手前の横断歩道付近をとろとろと(ゆっくりした速度で)進んで本件交差点に進入するのを街路樹の間に認めたため、交差点に自車が到達する前に救急車が前方を通過するように速度を落としながら進行を続けていたところ、右側車線を進行してきたY1車が本件救急車に衝突するのを交差点手前で目撃した。Dは、そのまま低速で左側車線を進行し、事故で停止した本件救急車の後ろを通過した。その際、時速二〇~三〇km程度の低速にまで速度を落としていたという認識はない。
(5) 目撃者Fが経験した事故態様(乙四)
本件交差点の北西角にあるガソリンスタンドの従業員Fは、作業中、救急車のピーポーサイレンの音が聞こえたので本件交差点を振り向いたところ、赤色灯をつけた本件救急車が東から本件交差点に向けてゆっくりとした速度で走行してくるのを見た。Fは、本件救急車が交差点手前の横断歩道付近でウーウーサイレンを鳴らして交差点にゆっくりと走行しながら進入するのを見ていたところ、救急車が交差点の中央付近に差し掛かったときに、救急車の右側から走行してきたY1車と衝突するのを目撃した。
三 認定事実に基づく判断
上記認定事実によれば、本件救急車は、道路交通法施行令一三条一項一の二号に定める緊急自動車であり、しかも、本件交差点に進入するに当たり、同施行令一四条に従い、サイレンを鳴らし、かつ、赤色の警光灯をつけていたのであるから、道路交通法三九条一項にいう緊急自動車に当たることは明らかである。
したがって、本件救急車の運転者であるAは、本件交差点に進入するに当たり、赤信号であっても停止することを要せず、他の交通に注意して徐行する義務を負っていたにとどまる(道路交通法三九条二項)。
他方、被控訴人Y1は、交差点手前二〇mに至るまで本件救急車に気が付いていない。時速約五〇km(秒速一四m)であったのであるから、わずか一秒でも早く救急車に気が付いていれば、更に一四m手前(衝突地点の三四m手前)を走行中であり、その場合の停止距離は、二八m(乙一一。乾燥アスファルト道路の制動距離一三・七八m(約一四m)と反応時間を長めにみて一秒とした空走距離一四mを加えたもの)であるから、余裕をもって事故を避けられたはずである。
本件救急車は、赤色警光灯を付け、ウーウーサイレンを鳴らしながら、時速約一〇km(秒速二・八m)で徐行して本件交差点に進入しようとしたものであり、本件事故の約二・五秒前に本件救急車が通過した図面一②地点から右方の見通し距離が約一〇〇mもある(乙一の二頁。このことは、逆にY1車側からも同地点の見通しがあることを意味する。)。現に、Y1車と同じ方向に進行していたDは、ピーポーサイレンに気が付き、街路樹の間に救急車を発見して速度を落とし本件救急車をやりすごしている。
そして、被控訴人Y1の左前方の視界を遮る物があったとは認められず(被控訴人Y1本人調書一八項以下)、Dは、本件救急車が交差点手前の横断歩道付近を通過して図面一②地点に至ったのを見ていることなどからすれば、被控訴人Y1は、少なくとも衝突地点の手前約三〇mの地点(この地点であれば、時速五〇kmでは、衝突前に停止可能である。)を走行していた時点において、本件救急車が交差点に接近していることを発見することは十分に可能であったと認められる。
すなわち、本件救急車は、前記のとおり衝突の二・五秒前には、既に車体前部が横断歩道を越える図面一②地点にあったのであり、同図上の距離で見ると、その一秒前には、すでに車体がほぼ横断歩道上にあったことになる。他方、Y1車の進行方向からみた本件救急車の方向の見通しによれば、時速五〇kmで十分停止可能な位置である衝突地点の手前約三〇mの地点において、本件救急車が進行してきた横断歩道付近の状況はよく見通すことができたと認められる(乙一二)。現場の写真(乙三の一四頁の一番下の写真)でも、Y1車進行方向の交差点手前の停止線から約二〇m手前の位置から、本件救急車が進行してきた横断歩道付近は、よく見通すことができる。この停止線の位置は、図面二に基づいて図上で測ると衝突した地点である同図file_7.jpg地点の約一三m手前であるから、この写真によっても、約三三m手前、すなわち時速五〇kmであれば十分停止可能な位置から、そのころ本件救急車が進んでいた横断歩道付近が十分に見通せることが示されている。しかも、本件救急車は、赤色警光灯をつけてウーウーサイレンを鳴らしながら進行してきた緊急自動車であることも考えれば、なおさら、わずかの注意をしさえすれば容易に発見可能であったと認められるのである。
次に、本件救急車は、衝突の約二・五秒前に、衝突地点七・〇m手前の図面一②地点に到達し、時速約一〇km(秒速二・八m)の速度で徐行しながら交差点内を進行した事実が認められる。一方、被控訴人Y1は、時速約五〇km(秒速一四m)で本件交差点手前を走行していたのであるから、衝突の二・五秒前には、すでに衝突地点の手前約三五mより近くには接近していたことになる。衝突直前の急ブレーキによってある程度減速したことを考えると、それより少し交差点に近かったと考えられるから、衝突地点の三〇m程度手前であったと推認される。それにもかかわらず、本件救急車の運転者であるAが同図②地点でY1車を確認していない、しかもD車に気付いた形跡もないということは、Aとしては、赤信号で交差点に進入するに当たって、徐行はしたとはいえるが、他の交通に注意する義務を尽くしたとはいい難い。そして、青信号で交差道路を高速で接近しつつあるY1車を発見したとすれば、Y1車がその時点で交差点手前で停止可能であったとしても、青信号の交差点を高速で通過しようとしているのであるから、救急車に気が付いていない可能性も考慮し、緊急自動車が赤信号で交差点に進入することをB隊長がマイクで警告するなど、より一層安全を図る措置を講ずることができたはずである。
以上の事実によれば、被控訴人Y1は、衝突地点の手前約三〇mの地点を時速五〇kmで走行中、前方信号が青信号であったとはいえ、本件救急車が、ウーウーサイレンを鳴らしながら赤色警光灯をつけて本件交差点に接近しており、しかもわずかの注意によりこれを発見することが可能であったにもかかわらず、交差道路を通行する車両に特に注意すべき義務(道路交通法三六条四項)を怠ったことにより、本件救急車に気が付くのが遅れたために制動措置が遅れ、Y1車を本件救急車に衝突させた過失があると認められる。
他方、本件救急車の乗員も、交差点に赤信号で進入するに当たり、徐行はしたものの、青信号の交差点を通過するため交差道路を時速約五〇kmの高速で走るY1車が約三〇mの近くに接近していたことに気が付かないまま赤信号で交差点に進入し、しかも、ウーウーサイレン以外には交差道路通行車両に対する注意喚起を行なわなかったものであり、赤信号で交差点に進入する緊急自動車が他の交通に注意すべき義務(道路交通法三九条二項)を怠った過失があると認められる。
そして、本件救急車の発見が遅れた被控訴人Y1の過失は、青信号に従って進入したとはいえ、わずかの注意をしさえすれば、赤色警光灯をつけてウーウーサイレンを鳴らしながら交差点に進入してくる緊急自動車である本件救急車を停止可能な距離で容易に発見できたと認められるのに、これを全く見落としたものであり、その過失の程度は重いものというべきである。
本件救急車の乗員も、徐行したとはいえ、交差道路の手前約三〇mの近い距離を青信号に従って時速五〇kmの高速で交差点を通過しようとしているY1車を全く確認しないで交差点に進入したものであり、その過失の程度も決して小さくない。
しかし、本件救急車は、ウーウーサイレンを鳴らし赤色警光灯をつけて徐行して交差点に進入した一方、Y1車は、わずかの注意をしさえすれば気が付いたはずの緊急自動車を見落としたのであるから、緊急自動車優先(道路交通法四〇条)の趣旨なども勘案すると、相対的な過失の程度は、被控訴人Y1の方が重いものと評価すべきである。
したがって、本件事故の過失割合は、被控訴人Y1七割、本件救急車の乗員三割とするのが相当である。
なお、Y1車の後方で、別の追突事故が発生していることは、Y1車の進行方向が、下り坂で速度が出やすいため、本件交差点が追突事故(追突は、通常、被害者が無過失で発生する。)などの発生しやすい交差点であったことを考えると、Y1車側の過失を軽く考える理由にはならない。
四 結論
以上によれば、被控訴人Y1は、控訴人に対し、民法七〇九条に基づき、控訴人の損害額七一万三一二五円(本件救急車の修理費九三万三〇三六円から三割を過失相殺した残額六五万三一二五円と相当額の弁護士費用六万円の合計額)の損害賠償及びこれに対する不法行為の日である平成一六年一一月一九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。控訴人の被控訴人Y1に対する請求は、上記金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
控訴人は、被控訴人あいおい損保に対し、民法七一五条一項、商法六六二条一項に基づき、一〇万二〇〇〇円(Y1車の評価額三四万円から七割を過失相殺した残額)の損害賠償及びこれに対する不法行為の後であり保険金支払日の翌日である平成一六年一二月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。被控訴人あいおい損保の控訴人に対する請求は、上記金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
したがって、原判決中、控訴人の被控訴人Y1に対する請求を一部棄却し、被控訴人あいおい損保の控訴人に対する請求を一部認容した部分は、上記説示と一致する部分は相当であるが、その余は不当である。
よって、本件控訴は一部理由があるから、原判決を主文二ないし四項のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 小田耕治 富川照雄 小林久起)