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大阪高等裁判所 平成19年(ラ)155号 決定 2007年3月22日

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抗告人

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同訴訟代理人弁護士

西尾剛

京都市下京区烏丸通五条上る高砂町381-1

相手方

株式会社シティズ

同代表者代表取締役

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主文

原決定を取り消す。

相手方の移送の申立てを却下する。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨及び理由は,別紙に記載のとおりである。

第2当裁判所の判断

1  一件記録によると,次の事実が認められる。

(1)本案事件は,貸金業者である相手方から金銭を借り入れてその弁済を続けてきた抗告人が,利息制限法所定の制限の範囲内で充当計算をすると,過払金が生じていると主張して,不当利得返還請求権に基づき,2口の貸付について生じた過払金合計376万6197円及び内金202万2185円に対する平成14年8月16日から,内金160万0613円に対する平成14年12月18日から(いずれも最終弁済日の翌日から)支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(2)本件消費貸借契約締結の際,抗告人と相手方との間で取り交わされた金銭消費貸借契約証書は,1項から12項までの条項が存在し,1項で元金の分割返済,2項で利息,3項及び4項で返済方法,5項で期限の利益喪失,6項で遅延損害金,7項で弁済の充当方法,8項で保証人の債務,9項で交付書面,10項で従前の借用金との関係が定められており,その11項において,「訴訟行為については,大阪簡易裁判所を以て専属的合意管轄裁判所とします。」との記載がされている(以下「本件条項」という。)。また,本件消費貸借契約締結の際,抗告人が相手方から交付を受けた貸付契約説明書と題する書面にも,上記金銭消費貸借契約証書と同一の条項が記載されている。

(3)本案事件における主要な争点は,①2口延べ110回に及ぶ抗告人の弁済について貸金業法43条1項によるみなし弁済が成立するかどうか,②相手方が民法704条に基づき悪意の受益者として過払金に商事法定利率である年6分の割合による法定利息を付して返還する義務を負うかどうか,③2口の貸金の一方に過払金が生じた場合の,他方の貸金への充当,といった点であると考えられる。

(4)本件消費貸借契約は,大阪市北区所在の相手方梅田支店において締結された。また,相手方は大阪市中央区に関西法務部を有しており,そこが本案訴訟の送達場所として届け出られている。一方,抗告人は,大阪府●●●に居住している。なお,本案事件が提起された大阪地方裁判所は,大阪簡易裁判所と同一敷地内にある。

2  相手方は,本件条項は本件消費貸借契約に関連する一切の訴えについて大阪簡易裁判所を管轄裁判所とする専属的合意管轄の定めであると解すべきであり,大阪地方裁判所は本案事件について管轄権を有しない旨主張する。

確かに,本件条項中の「訴訟行為については,大阪簡易裁判所を以て専属的合意管轄裁判所とします。」という記載は,一見すると,本件消費貸借契約に関連する一切の訴えについて大阪簡易裁判所を管轄裁判所とする旨を定めたもののようにみえなくもない。

しかしながら,前記1(1)の2口の貸金は,いずれも元金300万円と高額であって,連帯保証人を付した契約である。このような高額の貸金について,本件条項のような,簡易裁判所を管轄裁判所とする合意をすることは,簡易裁判所が,貸金訴訟を典型とする定型的で大量に提起される類型の訴訟について,簡易迅速に審理することに適しており,簡易な手続によって債務名義を得たり,司法委員の立会等により,迅速に和解協議を行うことができる点に着目してなされたものと理解することができるものである。本件条項が,定型的な貸金請求訴訟を主たる対象として定められたことは,前記1で認定したとおり,前記金銭消費貸借契約証書等には,貸金にかかる細目の契約条項が定められるのに続いて,本件条項が置かれていることや,特に,平成10年7月3日付け契約の金銭消費貸借契約証書では,本件条項に引き続いて,わざわざ※印を付した上,「支払いに際しては,本書記載の計算式及び受取証書を基に,元金・利息・損害金を確認の上,お支払い下さい。」と記載されていることによっても窺い知ることができるというべきである。

これに対して,本案事件のような過払金返還請求訴訟は,前記1(1)(3)のとおり,その事案の性質上,個別性の強い事案であって,当事者の知・不知に関わる争点を含み,法律解釈上に関わる問題を含む可能性も高い類型の事件というべきものである。

さらに,本件条項は,相手方が日常用いている契約証書等の書式に不動文字で印刷されているもので,相手方の顧客において選択の余地がない条項であることも,本件条項について,表面的な,単に文字にのみしたがった解釈をすることを相当としない事情というべきである。

そうすると,本件条項は,その解釈上,本案事件のような過払金返還請求事件についてまで,専属的合意管轄を定めたものと認めることはできない。

3  また,この点を暫く措くとしても,地方裁判所は,簡易裁判所の事物管轄(専属的合意管轄の場合を含む。)に属する事件を受理した場合には,裁量により,自ら審理及び裁判することができるものとされており(民訴法16条2項),他方,簡易裁判所も,裁量により,その事物管轄に属する訴訟を,地方裁判所に移送することができるものとされている(同法18条)ところ,このような規定は,簡易裁判所と地方裁判所における事件処理の特質の違いを考慮して,定められたものである。

このような見地から本件についてみるに,前記1(1)(3)のとおり,本案事件の訴額,本案事件の前提とされる貸金の金額,予想される争点,その認定・判断に至るまでの弁論の必要性,及び証拠調べの必要性等に照らすと,本案事件は,その性質上,地方裁判所において審理裁判するのが相当であるというべきである。

4  以上によれば,相手方の主張する本件条項は本案訴訟に適用がなく,これに基づく相手方の移送申立ては,理由がないからこれを却下すべきである。よって,これと結論を異にする原決定を取り消し,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 松本清隆 裁判官 川口泰司)

<以下省略>

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