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大阪高等裁判所 平成19年(ラ)838号 決定 2007年9月19日

抗告人(債権者)

三菱オートリース株式会社

代表者代表取締役

吉成博至

相手方(債務者)

株式会社 Myカンパニー

代表者代表取締役

春山太郎

第三債務者

株式会社埼玉りそな銀行

代表者代表取締役

川田憲治

主文

原決定中抗告人の差押命令申立てを却下した部分(主文第4項)を取り消す。

前項の部分につき本件を大阪地方裁判所堺支部に差し戻す。

理由

第1  経緯

1  原審は,第三債務者㈱埼玉りそな銀行の預金債権についての差押債権の表示について,限定的支店順位方式(原決定の表記による。原決定の真意は支店順位方式と解される。)による差押債権の表示は差押債権の特定を欠き不適法であるとして,抗告人の下記申立て,すなわち㈱埼玉りそな銀行の預金債権に対する差押命令の申立てを却下し,その余の申立てはこれを認容し差押命令を発した。

2  抗告人は,相手方に対する執行力のある債務名義(大阪簡易裁判所平成19年(ハ)第11393号の仮執行宣言付判決)に基づき,請求債権合計304万5938円(内訳は元本288万0185円,損害金15万2073円,執行費用1万3680円)について(原決定別紙「請求債権目録」),原決定別紙「差押債権目録1ないし3」記載の相手方名義の郵便貯金債権及び銀行預金債権の差押命令を求める申立てをした。

その際抗告人は各差押債権について,相手方の㈱三菱東京UFJ銀行に対する預金債権を「阿倍野橋支店扱い」と指定した上,請求債権を130万円と割り付け(原決定別紙差押債権目録1),日本郵政公社に対する貯金債権を「大阪貯金事務センター扱い」と指定した上,請求債権を130万円と割り付け(原決定別紙差押債権目録2),㈱埼玉りそな銀行に対する預金債権を「複数の店舗に預金債権があるときは,本店,次いで別紙記載の支店の順位による」と指定した上,これら預金債権全体として請求債権を44万5938円と割り付けた(原決定別紙差押債権目録3)。なお,抗告人が指定した㈱埼玉りそな銀行の本店及び支店の所在地はいずれもさいたま市内である。

3  抗告人は主文同旨の決定を求めたが,抗告の理由は次のとおりである。

(1)  金融機関においては,CIF(Customer Information File)システムという顧客管理システムがほぼ確立し,預金保険制度の下でいわゆる名寄せシステムが整備されることが予定されている。このような実態を踏まえれば,支店順位方式による預金債権の表示であっても,第三債務者たる金融機関において差押債権を把握することに支障はなく,差押債権の特定を欠くとはいえない。

(2)  ㈱埼玉りそな銀行は,大手都市銀行であるりそな銀行を中心とするりそなグループに属し,国内でも最大手の金融機関グループの一員であるから,本店において,顧客の氏名や商号に基づき,その顧客が有している全店舗の預金を速やかに検索できる機能を備えた顧客情報システムを有していると推測できる。相手方(債務者)の法人登記を管轄する法務局内には債務者以外には同名の商号を持つ商業法人登記はなく,債務者の特定は容易である。また,対象店舗はいずれも埼玉県内にある。したがって,差押債権の特定について,㈱埼玉りそな銀行に格別の負担を強いるものでもない。

第2  判断

1  金銭の支払を目的とする債権に対する強制執行(民事執行法143条以下)を申し立てる場合には,申立書に,強制執行の目的とする財産の表示として,「差し押さえるべき債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項」を明らかにしなければならない(民事執行規則133条2項)。

その趣旨は,執行裁判所がその債権の被差押適格の有無を判断できるようにすることのほか,申立てに基づいて発せられた差押命令の送達を受けた第三債務者及び債務者において,いかなる債権が差し押さえられたのか,どの債権につき処分禁止及び弁済禁止の効力が生じたのかを認識することができるようにすることにある。そこで差押債権は,申立書に記載された債権の表示から,他の債権と混同することなく差押債権との同一性を識別することが可能である程度に特定されることを要する。

一般に,裁判手続における予備的申立ては相手方ないし関係者を不安定な地位に陥れることから,その許容は限局されるべきであり,対審構造でない審理においては尚更であって,複数の債権に対する差押えに対して順位を付けて差押えを認めるのも,慎重に判断されなければならない。とはいっても,予備的な申立てを認めることも一般に許されないわけでない以上,その可否は,第三債務者である銀行にとって差押えの目的物となっている債権に該当するものを短時間内に選別確定可能か否かが重要な要素となって決せられるべきである。

銀行預金債権に対する差押えの執行実務においては,債務者が銀行に対し各種預金をしている可能性が高い中で執行の実を上げさせなければならない一方で,差押債権者としては,債務者が当該金融機関のどの店舗にいくらの預金債権を有しているのかを具体的に把握し得る実効的な手段が乏しいとの現状認識の下,少なくとも同一の本支店における預金債権については,順位を付けてその差押えを認めてきたところであるが,現今社会一般におけるオンラインシステムの充実の実態を踏まえると,同一の本支店における順位を付しての複数種類の預金差押えと,複数支店間において順位を付する預金差押えとでは,法的観点から見て質的な差はない。

オンラインシステムが有効に機能しているのが通例である以上,複数の本支店の預金口座の差押えを順位を付けて認める場合に,銀行にとってその効力の範囲を把握するのに障害となるのは名寄せ作業であろう。本件の債務者の表示のように,「My」の部分についての読み方が口座名義上そのままの英語表記となっているか,片仮名表記になっているかで技術上名寄せの困難が生じる場合が多いと思われる。そのいずれかにあっても,具体的な表記手法に複数のものが想定されると名寄せに混乱が生じることになる。この点は銀行内部でいかなる表記方法を採用しているかにもよるが,検索手法が格段に向上しているIT技術の下にあっても,例えば仮名表記でしか検索し得ないシステムによる場合には,一般に通用する読み仮名で検索すれば足りるものと解すべきである。もとより,差押命令を受けた第三債務者において,その時点で最新の検索手段を導入して名寄せをしなければならないものでもない。法人所在地の同一性判断については,差押命令に表示の住所に加え債権者から寄せられた情報などに従って処理すれば足り,法人の登記簿を第三債務者自ら取り寄せて所在地の変遷をたどる必要もない。

差押債権について具体的にどの程度の特定をもって足りるかは,以上の点を総合考慮して判断していくべきである。もとより執行実務として迅速かつ均質な処理が望ましく,以上の点を踏まえた以下の当裁判所の判断は,執行抗告審の立場としてその結論に至ったものであることを付記しておく。

2  抗告人は,執行力のある債務名義に基づいて債権執行の申立てをしたが,本件にあっても,抗告人にとって相手方(債務者)が第三債務者である㈱埼玉りそな銀行のどの店舗にいくらの預金債権を有するのかを知る実務的な手段が乏しい実情からすれば,複数店舗に順序を付するだけでは特定には足りないとして各店舗ごとに請求債権を割り付ける必要があるとすると,差押えにより請求債権の満足を得ることができるか否かは偶然に左右される。

他方金融機関においては,各金融機関によって具体的なシステムには違いがあるにせよ,現在において,それぞれCIF(Customer Information File)システムという顧客管理システムがほぼ確立しているものと認められ(甲3=「銀行法務21」661号32頁の解説記事),債務者名の特定がある程度の規準に則ってされている限り,支店順位方式による預金債権の表示であっても,第三債務者たる金融機関において差押債権を把握することに支障はなく,第三債務者たる金融機関に過度の負担と危険を負わせることにはならない。国内最大手の金融機関グループの一つであるりそなホールディングス傘下にある㈱埼玉りそな銀行についても,上記のような顧客管理システムが稼働していることは十分に推認される。

また,本件申立てについては,抗告人の指定した㈱埼玉りそな銀行の本店及び9の支店の店舗はいずれもさいたま市内にあり,割り付けられた請求債権は44万5938円にすぎない。債務者特定の容易性に関して抗告理由で主張されている債務者の情報も,支店順位方式による差押命令発令に際しては重要な要素である。

以上の事実関係を総合勘案すると,本件申立てについては,支店順位方式によることをもって差押債権の特定がないとするのは相当ではなく,原決定の判断は相当でない。

第3  結論

よって本件執行抗告は理由がある。なお,第三債務者㈱埼玉りそな銀行の関係で原決定が主文第1項中で除外した1180円の送達料及び送付料は,同第三債務者の関係で差押えが認められる場合には,執行費用として請求債権に含められることになる。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 辻本利雄 裁判官 鈴木陽一郎)

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