大阪高等裁判所 平成19年(行コ)123号 判決 2009年4月14日
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2(1) 甲事件
別紙控訴人目録記載の控訴人番号1から8までの控訴人らの被控訴人に対する別紙物件目録記載の土地についての各登記事項証明書交付手数料の登記印紙500円分の各納付義務がいずれも存在しないことを確認する。
(2) 乙事件及び丙事件
ア 別紙控訴人目録記載の控訴人番号9から15までの控訴人らに対し,大阪法務局西出張所登記官Aがした別紙処分一覧表1から7まで記載の別紙物件目録記載の土地に対する各登記事項証明書交付拒否処分をそれぞれ取り消す。
イ 大阪法務局北出張所登記官は,同番号9から15までの控訴人らに対し,それぞれ,別紙物件目録記載の土地に対する登記事項証明書を500円分の登記印紙を貼付した各登記事項証明書交付申請書と引換えに交付せよ。
(3) 丁事件
ア 別紙控訴人目録記載の控訴人番号16から22までの控訴人らに対し,大阪法務局北出張所登記官Bがした別紙処分一覧表8から14まで記載の別紙物件目録記載の土地に対する各登記事項証明書交付拒否処分をそれぞれ取り消す。
イ 大阪法務局北出張所登記官は,同番号16から22までの控訴人らに対し,それぞれ,別紙物件目録記載の土地に対する登記事項証明書を500円分の登記印紙を貼付した各登記事項証明書交付申請書と引換えに交付せよ。
第2事案の概要
甲事件は,登記事項証明書の交付手数料1000円のうち500円を支払い,登記事項証明書の交付を受けた控訴人らが,被控訴人に対し,上記手数料を1000円と定める登記手数料令2条1項は,不動産登記法119条3項の委任の範囲を逸脱し,違法,無効であるなどと主張して,上記手数料の未払部分500円の納付義務の存在しないことの確認を求める訴訟である。
乙事件,丙事件及び丁事件は,控訴人らが,不動産登記法119条1項に基づき,500円分の登記印紙とともに登記事項証明書の交付申請をしたところ,大阪法務局西出張所(平成18年2月6日に大阪法務局北出張所に統合。以下同じ。)登記官又は同北出張所登記官がその交付を拒否する処分をしたことから,控訴人らが,登記手数料令2条1項は,不動産登記法119条3項の委任の範囲を逸脱し,違法,無効であり,上記交付拒否処分も違法であるなどと主張して,上記交付拒否処分の取消し及び大阪法務局北出張所登記官が,控訴人らに対し,500円分の登記印紙を貼付した登記事項証明書交付申請書と引換えに登記事項証明書を交付するように義務付けることを求める抗告訴訟である。
原審は,甲事件の確認請求並びに乙事件,丙事件及び丁事件の交付拒否処分の取消請求は,その理由がないとして棄却し,乙事件,丙事件及び丁事件の義務付けの訴えは,訴訟要件(行政事件訴訟法37条の3第3項2号参照)を欠く不適法なものとして却下したため,これを不服とする控訴人らが控訴した。
1 法令の定め
不動産登記法119条1項は,「何人も,登記官に対し,手数料を納付して,登記記録に記録されている事項の全部又は一部を証明した書面の交付を請求することができる。」とし,同条3項は,その「手数料の額は,物価の状況,登記事項証明書の交付に要する実費その他一切の事情を考慮して政令で定める。」と規定し,これを受けて,登記手数料令2条1項(同項は,以下の限度では,平成17年政令294号により実質的な改正はされていない。)は,登記事項証明書又は登記簿の謄本若しくは抄本の交付についての手数料(以下「登記手数料」という。以下同じ。)は,一通につき1000円とすると規定している。
2 争いのない事実等
(1) 甲事件について
ア 控訴人C,同D,同E及び同Fは,平成17年7月28日に,同G,同H,同株式会社I及び同Jは,同年8月1日に,大阪法務局西出張所登記官に対し,別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の登記事項証明書の交付を請求する旨の申請書をそれぞれ送付した(争いのない事実)。
イ 上記アの各申請書には,500円の登記印紙のみが貼付されていた(争いのない事実)。
ウ 大阪法務局西出張所登記官Aは,平成17年7月29日に控訴人C,同D,同E及び同Fに対し,同年8月2日に同G,同H,同株式会社I及び同Jに対し,上記アの各申請に係る登記事項証明書及び登記事項証明書交付手数料の不足分500円の支払いを求める通知書をそれぞれ発送した(争いのない事実)。
エ 上記アの控訴人らは,平成17年8月26日,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
(2) 乙事件について
ア 控訴人Kは,平成17年11月17日に,同L及び同Mは,同月18日に,大阪法務局西出張所登記官に対し,本件土地の登記事項証明書の交付を請求する旨の申請書をそれぞれ送付した(争いのない事実,弁論の全趣旨)。
イ 上記アの各申請書には,500円の登記印紙のみが貼付されていた(争いのない事実)。
ウ 大阪法務局西出張所登記官Aは,平成17年11月17日に控訴人Kに対し,同月18日に同L及び同Mに対し,上記各申請書及び登記事項証明書交付手数料の不足分500円の追加貼付を求めるお知らせ文をそれぞれ送付し,上記各申請に係る登記事項証明書の交付を拒否する処分をそれぞれした(争いのない事実,弁論の全趣旨)。
エ 上記アの控訴人らは,平成17年11月29日,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
(3) 丙事件について
ア 控訴人Nは,平成17年11月25日に,同O及び同Pは,同月28日に,同Qは,同月29日に,大阪法務局西出張所登記官に対し,本件土地の登記事項証明書の交付を請求する旨の申請書をそれぞれ送付した(争いのない事実,弁論の全趣旨)。
イ 上記アの各申請書には,500円の登記印紙のみが貼付されていた(争いのない事実)。
ウ 大阪法務局西出張所登記官Aは,平成17年11月25日に控訴人Nに対し,同月29日に同O,同P及び同Qに対し,上記各申請書及び登記事項証明書交付手数料の不足分500円の追加貼付を求めるお知らせ文をそれぞれ送付し,上記各申請に係る登記事項証明書の交付を拒否する処分をそれぞれした(争いのない事実,弁論の全趣旨)。
エ 上記アの控訴人らは,平成18年2月7日,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
(4) 丁事件
ア 控訴人R及び同Sは,平成18年4月17日に,同T及び同Uは,同月25日に,同V及び同Wは,同月26日に,同Xは,同年5月1日に,大阪法務局北出張所登記官に対し,本件土地の登記事項証明書の交付を請求する旨の申請書をそれぞれ送付した(争いのない事実,弁論の全趣旨)。
イ 上記アの各申請書には,500円の登記印紙のみが貼付されていた(争いのない事実)。
ウ 大阪法務局北出張所登記官Bは,平成18年4月24日に控訴人R及び同Sに対し,同月25日に同T及び同Uに対し,同月26日に同V及び同Wに対し,同年5月2日に同Xに対し,上記各申請書及び登記事項証明書交付手数料の額及び所定の手数料が不足していたことを知らせる案内文をそれぞれ送付し,上記各申請に係る登記事項証明書の交付を拒否する処分をそれぞれした(争いのない事実,弁論の全趣旨)。
エ 上記アの控訴人らは,平成18年6月28日,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
(5) 内閣は,平成10年4月1日,登記手数料を800円から1000円にする登記手数料令の一部改正を行った(平成10年政令297号。以下,この改正によって定められた登記手数料令2条1項を「本件政令」ということがある。また,本件政令によって定められた登記手数料を「本件手数料」という。)(顕著な事実)。
3 争点及び争点に対する当事者の主張は,次のとおり原判決を補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」の「3 争点」及び「4 争点に対する当事者の主張」(原判決7頁1行目から同16頁3行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決7頁4行目の次に,改行の上,次のとおり付加する。
「(3) 本件政令が憲法84条に反し,違憲であるか否か。」
(2) 同7頁15行目の末尾に「。」を付加する。
(3) 同8頁15行目の「所要経費等」の前に「本件手数料の積算根拠となる」を付加する。
(4) 同8頁18行目の次に,改行の上,次のとおり付加する。
「イ 登記事務のコンピュータ化経費について
そもそも,登記制度は国の制度であるから,登記事務のコンピュータ化のための経費は,登記事務に関する費用ではなく,登記制度そのものに関する設備経費であって,その経費は,本来,手数料ではなく,一般財源から賄うべきである。
さらに,登記事務のコンピュータ化によって利益を受けるのは,登記審査等事務(いわゆる甲号事務。以下『甲号事務』という。)及び登記情報管理事務(いわゆる乙号事務。以下『乙号事務』という。)を併せた登記制度の利用者全体であり,特に中心は甲号事務の利用者である。にもかかわらず,登記特別会計においては,コンピュータ化の経費全額を,登記事項証明書又は登記簿の謄本若しくは抄本の交付等を受ける乙号事務の利用者に負担させることとされている。
しかしながら,不動産登記法の目的が一次的には不動産の権利関係等の公示にあり,その閲覧は二次的なものにとどまる。また,登記特別会計における人件費に占める乙号事務の割合は少ない。これらを考慮すると,受益者負担の原則に照らし,著しく不当であり,違法である。すなわち,所要経費(所要経費には,人件費のほかに,システム経費,物件費及び施設費等がある。)における甲号事務と乙号事務とに要する経費は,登記特別会計における人件費における甲号事務と乙号事務とに必要なものの割合(人件費は,被控訴人の原審第2準備書面添付の表によれば,平成10年度では230億円余であるが,乙13の繰入財源ものの人件費を拾って合計すると680億円となり,これと特定財源ものとの合計は910億円程度であるから,本件政令の根拠となった所要経費としての人件費は,登記特別会計における全人件費のうち約25%程度であることが分かる。)から推定することが可能であり,その推定によれば,所要経費における甲号事務と乙号事務との割合は約3対1であるべきであり,これを所要経費全体に及ぼして算定すれば,本件手数料が1000円ではなくせいぜいその半額の500円程度となるべきことは明らかである。
このように,乙号事務に関する手数料によってコンピュータ化の経費をすべて賄うことを前提とする本件政令は,不動産登記法119条3項により委任された裁量の範囲を超え,違法である。」
(5) 同8頁19行目の「イ」を「ウ」と改める。
(6) 同9頁4行目から17行目までを次のとおり改める。
「エ 公用分の負担について
登記手数料令(平成18年政令372号による改正前のもの。以下同じ。)7条(現登記手数料令19条)は,国又は地方公共団体(以下『国等』という。)の職員が登記事項証明書を職務上請求(以下『公用請求』という。)する場合の手数料の納付を免除しているが,これは『何人も、登記官に対し、手数料を納付して、登記記録に記録されている事項の全部又は一部を証明した書面(以下『登記事項証明書』という。)の交付を請求することができる。』として,請求人が誰であっても手数料を納付しなければならないことを定めた不動産登記法119条1項に違反し,また,かかる免除を認めた委任規定も法律上存在しないから,財政法3条にも違反し,無効である。このように違法無効に免除された公用請求分に係る登記事項証明書発行の経費は,公用請求以外の一般の利用者の負担に帰せられている。しかも,平成8年度実績において,登記簿謄抄本交付,閲覧,証明の各請求について公用請求分が占める割合は,それぞれ12.4%,64.6%,22.7%と極めて高率に及んでいる。したがって,このような費用は,役務の対価としての実費弁償の範囲を超える負担であり,公用請求の手数料部分を一般利用者に転嫁することは,受益者負担の原則に反する。そして,公用請求の手数料部分を除くと登記手数料は,878円となり,公用請求の手数料部分が登記手数料(1000円)の12.2パーセントもの割合を占めていることに照らせば,本件政令は,不動産登記法119条3項による委任の範囲を逸脱し,違法無効である。」
(7) 同9頁18行目の「エ」を「オ」と改める。
(8) 同12頁16行目の「オ」を「カ」と改める。
(9) 同13頁11行目の次に,改行の上,次のとおり付加する。
「イ 登記事務のコンピュータ化経費について
登記事務に要する経費のうち,甲号事務に要する経費と乙号事務に要する経費は,観念的には区分され得るとしても,不動産登記法は,1条に同法の目的を定め,その目的を実現するために,甲号事務と乙号事務の手続,制度を定めており,両者がいずれも有効に機能することにより,不可分一体として同法の目的が実現される。また,乙号事務は甲号事務の処理が適切になされていることが不可欠の前提となっており,両事務は密接不可分であることから実態的には区分し難いのであり,このように両事務に要する経費を区分し難いことは,両事務に共通する一般管理運営に要する経費が存在することに端的に現れている。したがって,控訴人らの主張は,両事務に要する経費を区分できるとする前提自体が誤っている。
また,登記特別会計制度において登記事務のコンピュータ化への移行経費を手数料により負担させることとしたのは,登記事務のコンピュータ化が実現した場合,その効果を第一次的に享受するのは登記事項証明書又は登記簿の謄本若しくは抄本の交付を受ける者であると考えられるため,登記事務のコンピュータ化に要する経費全体を一体的なものとして,その効果を第一次的に享受する者である乙号事務の利用者に負担させることとしたからである。このような考え方からしても,コンピュータ化への移行経費を手数料で賄うことに合理性が認められることは明らかである。
以上のとおり,甲号事務に要する経費と乙号事務に要する経費を明確に区別できることを前提に,乙号事務に要する経費のみを手数料に転嫁させるべきであるとする控訴人らの主張は,その前提からして誤っており,失当である。」
(10) 同13頁12行目の「イ」を「ウ」と,21行目の「ウ」を「エ」と,同14頁3行目の「エ」を「オ」と,15頁9行目の「オ」を「カ」と,それぞれ改める。
(11) 同16頁3行目の次に,改行の上,次のとおり付加する。
「(3) 争点(3)について
[控訴人らの主張]
そもそも,登記手数料は,登記事項証明書の交付という役務に対する報償あるいは反対給付たる手数料であって,国家が,その課税権に基づき,その経費に充てるための資金を調達する目的をもって,一定の要件に該当するすべての者に課する金銭給付である租税ではない。そうだとすれば,その手数料という名目にかかわらず,登記手数料のうち実費弁償の範囲を超える部分は,役務提供に対する反対給付としての性格を喪失して実質的に租税に転化しているから,租税法律主義の適用を受けるというべきである。
そして,前記引用に係る原判決(本判決による補正後のもの。以下同じ。)の「事実及び理由」中の第2の4(2)[控訴人らの主張]イ及びエのとおり,コンピュータ化への移行経費及び公用請求分の無料化にかかる費用が,登記手数料を財源として支出されていることは,実費弁償を超え,対価性を失わせていることを示すものである。ところで,これらの費用の負担は,法律の根拠なく行われており,租税法律主義に反するものであって,本件政令は,憲法84条に違反し,無効である。
[被控訴人の主張]
前記引用に係る原判決の「事実及び理由」中第2の4(2)[被控訴人の主張]アのとおり,不動産登記法119条3項は,登記手数料の額について,『実費』のみならず,『物価の状況』,『その他一切の事情』を考慮して定めることを規定しており,内閣は,その決定において,法律の委任の趣旨に反しない限り,広く裁量を有するところ,登記事務のコンピュータ化への移行経費及び公用請求分の無料化にかかる費用を見込むことは,何ら本件根拠規定の委任の範囲を超えるものではない。実費弁償分を超える分については租税法律主義の規律に服するとの控訴人らの主張は,独自の規範を立てて論じているに過ぎない。
なお,登記特別会計法1条が規定する『登記に関する事務』とは,不動産登記法,商業登記法等の登記関係法令において取り扱うものと規定している登記事務とその付随業務をいうものと解され,その中にはコンピュータ化への移行に関する事務も当然含まれるのであるから,コンピュータ化への移行経費が,『登記に関する事務』に必要な費用に含まれることは明らかである。そして,登記事務のコンピュータ化による登記事務の改善の効果を第一次的に享受するのは,乙号事務の利用者であるから,本件手数料が,登記事務のコンピュータ化にかかる経費や公用請求分の無料化にかかる費用を見込んで定められたことは,何ら役務の反対給付としての性質を逸脱するものではない。」
第3争点に対する判断
争点に対する判断は,次のとおり原判決を補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」の「1 争点(1)について」及び「2 争点(2)について」(原判決16頁4行目から同27頁26行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決16頁19行目の「渡る」を「わたる」と改め,17頁3行目の「平成10年4月30日判決」の次に「・訟務月報45巻5号1017号」を加え,23行目の次に,改行の上,次のとおり付加する。
「(2) 登記事務のコンピュータ化経費について
控訴人らは,登記事務のコンピュータ化経費は,本来,一般財源から賄われるべきであり,さらに登記事務のコンピュータ化による受益者は,登記制度の利用者全体であるにもかかわらず,登記事務のコンピュータ化経費の全額を,乙号事務の利用者が負担する手数料で賄うことを前提とする本件政令は,受益者負担の原則に照らし,不当であって,本件政令は,不動産登記法119条3項により委任された裁量の範囲を超え,違法であると主張する。
しかし,前記引用に係る原判決の「事実及び理由」中第3の2(1)のとおり,内閣は,本件基準時において,手数料という役務の反対給付としての性質を逸脱しない範囲で諸般の事情を考慮して,登記手数料の額を決定する裁量権を有するというべきところ,登記事項証明書交付という本件手数料の役務提供の前提となる登記制度そのものに関する設備費用を含めて登記手数料を定めることは,所要経費に登記制度とは関係のない経費が含まれているなど特段の事情がない限り,同項の趣旨に反しないというべきである。
そして,登記特別会計制度は,増加する登記事件に対する登記事務処理の憂慮すべき状況にかんがみ,早急にコンピュータの導入を図るなど登記事務処理体制の抜本的な改革を行い事務処理の円滑化と適正化を図る必要があり,これに要する経費は登記制度の利用者が負担する登記手数料で賄うこととするという政策判断のもと,登記関係手数料は登記関係経費に充てられることを明確にする必要があるという理由により,登記特別会計法が制定され創設されたものである(甲46)。この登記特別会計制度創設の立法趣旨に従って,登記手数料を定めるに当たって,登記事務のコンピュータ化移行経費の負担を考慮に入れることは,不動産登記法119条3項の『その他一切の事情』に含まれるというべきであり,その結果,コンピュータ化移行経費が専ら乙号事務利用者の負担となるからといって,同項により委任された裁量の範囲を逸脱したというべき理由はない。
控訴人らは,甲号事務と乙号事務に要する各経費の割合を推定することが可能であるとして,独自の推計結果に基づいて本件手数料の額が不当であると主張する。
しかし,不動産登記法の目的は,同法1条に定められたとおり,「国民の権利の保全を図り,もって取引の安全と円滑に資すること」にあり,不動産の権利を公示することは,この目的を実現するための必須の手段である。同法は,その目的実現のために,自らの権利等を登記する甲号事務に関する制度,手続とともに登記情報の公開を請求する乙号事務に関する制度,手続をも定めており,両者がいずれも有効に機能することにより初めて同法の目的が達成できるということができる。乙号事務が適切に処理されるためには,甲号事務の処理が適切に行われていることが不可欠の前提となっており,両事務は密接不可分であって区分し難いというべきであり,乙号事務だけが甲号事務と切り離されて存在し得るものではない。そして,登記事務のコンピュータ化移行経費は,登記制度そのものに関する設備費用であるところ,登記事務のコンピュータ化が実現した場合,現実にその効果を真っ先に享受するのは乙号事務の利用者であると考えられる。したがって,甲号事務と乙号事務に要する各経費を強いて区分して乙号事務の利用者が負担すべき額を観念することなく,登記事務のコンピュータ化移行経費を専ら乙号利用者に負担させても,不動産登記法119条3項の趣旨に反しないというべきである。
結局のところ,控訴人らの主張は,登記事務のコンピュータ化を推進する政策を採用したことの当否,あるいは,その費用を一般財源から支出せず,登記手数料によって賄おうとする登記特別会計法の制定及びその内容を問題とするものであり,これらの点に関する内閣の政策の選択が不当であると非難することに帰するところ,後記引用に係る原判決の『事実及び理由』中第3の2(5)のアないしエのとおり何ら違法性のない手続及び算定過程により本件手数料が算定されていることに照らしても,失当であるというほかはない。
2 同17頁24行目の「(2)」を「(3)」と改め,18頁3行目の「そもそも」から5行目の「加えて,」までを削り,14行目の「(3)」を「(4)」と改める。
3 同19頁7行目の「したがって」の前に,次のとおり付加する。
「そもそも前記引用に係る原判決の「事実及び理由」中第3の2(1)のとおり,内閣は,本件手数料の決定について裁量権を有するところ,もともと公用請求分を無料とすることには合理性があるうえに,所要経費が請求件数に比例するものではないことをも考慮すれば,公用請求分の登記手数料を無料とすることは,内閣の裁量の範囲内に属するというべきである。」
4 同19頁15行目の「(4)」を「(5)」と改める。
5 同27頁16行目の「(5)」を「(6)」と,25行目の「(6)」を「(7)」と,それぞれ改める。
6 同27頁26行目の次に,改行の上,次のとおり付加する。
「3 争点(3)について
控訴人らは,本件手数料が,コンピュータ化への移行経費及び公用請求分の無料化にかかる経費を見込んで定められており,実費弁償を超える部分があるから,役務の反対給付という性質を超えており,手数料ではなく,租税に転化しているとして,本件政令は,租税法律主義に反し,憲法84条に違反し,無効であると主張する。
しかし,前記引用に係る原判決の「事実及び理由」中第3の1のとおり,そもそも不動産登記法119条3項は,登記手数料の額を定めるについて,『実費』のみならず,『物価の状況』,『その他一切の事情』を考慮すべきことを規定しており,内閣は,法律の委任の趣旨に反しない限り,その裁量権に基づいて,登記事務のコンピュータ化への移行経費及び公用請求分の無料化に必要な費用を見込んで登記手数料の額を定めることができると解される。そして,前記引用に係る原判決の「事実及び理由」中第3の2(2)及び(4)における認定,判断によれば,不動産登記法119条3項の委任に基づいて登記手数料令2条1項が定めている本件手数料の額は,役務の反対給付の性質を逸脱していないというべきであるから,本件手数料の一部であれ,租税に転化しているということはできない。
したがって,本件手数料を定める本件政令が憲法84条に違反するとの控訴人らの主張は,その前提を欠くというべきであって,理由がない。」
第4結論
よって,本件政令が違憲,違法,無効であることを前提とする控訴の趣旨2項(1),(2)ア及び(3)アの各請求は,いずれも理由がないから棄却すべきであり,同(2)イ及び同(3)イに係る訴え(義務付けの訴え)は,上記(2)ア,同(3)アの各請求が認められず,訴訟要件(行政事件訴訟法37条の3第3項2号参照)を欠く不適法なものであるから却下すべきところ,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴はいずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 成田喜達 裁判官 亀田廣美)
裁判官小倉真樹は,填補につき署名押印できない。裁判長裁判官 成田喜達