大阪高等裁判所 平成19年(行コ)16号 判決 2007年11月22日
主文
1 本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,1審被告の,附帯控訴費用は,1審原告らの各負担とする。
事実及び理由
第1申立て
1 控訴の趣旨
(1) 原判決のうち1審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 1審原告らの請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1・2審とも1審原告らの負担とする。
2 附帯控訴の趣旨
(1) 原判決中,1審原告ら敗訴部分のうち,被服貸与に関する損害賠償請求部分を取り消す。
(2) 1審被告は,Bに対し,神戸市に2062万0216円及びこれに対する平成17年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める請求をせよ。
(3) 1審被告は,Cに対し,神戸市に1963万3267円及びこれに対する平成14年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める請求をせよ。
(4) 訴訟費用は,1,2審とも1審被告の負担とする。
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は,神戸市が,平成12年度から14年度の間に職員に対して行った慰安会制度に基づく旅行券等の支給及び平成12年度から16年度の間におけるトレーニングウェア等の被服の貸与が違法であるとして,神戸市の住民である1審原告らが,神戸市長に対して,前記支給当時に神戸市長の地位にあったB及びCに対して,支給相当額の金員及びこれに対する支給の最終年度の終了から1か月を経過した日から支払済みまで年5分の割合による金員を損害賠償として神戸市に返還するよう請求することを求めた事案である。
原審は,1審原告らの請求のうち,神戸市長がした平成12年度ないし平成15年度の支出に関する部分をいずれも却下し,平成16年度の被服の貸与に関する支出のうち一部を認容したので,1審被告は,上記認容部分を不服として控訴し,1審原告Aらは,却下された平成12年度から15年度の間におけるトレーニングウェア等の被服の支出に関する部分を不服として附帯控訴した。したがって平成12年度から14年度の間に職員に対して行った慰安会制度に基づく旅行券等の支給に関する損害賠償請求部分については,不服の申立てがないので,同部分は当審における審判の対象ではない。
【以下,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」,「第3 争点に対する判断」の部分を引用した上で,当審において,内容的に付加訂正を加えた主要な箇所をゴシック体太字で記載し,それ以外の字句の訂正,部分的加除については,特に指摘しない。】
2 争いのない事実等(認定に供した証拠は末尾に掲記)
(1) 当事者等
ア 1審原告らは,いずれも神戸市に住居を有する者である。なお,選定者は,1審原告Aらを選定当事者に選定した。
イ Cは,平成12年4月1日から平成13年11月19日まで神戸市長の地位にあった者であり,Bは,平成13年11月20日以降神戸市長の地位にある者である。
(2) 職員に対する被服の貸与(以下,下記イ(ア)ないし(ウ)を併せて「本件被服貸与」ということがある。)に係る公金支出
ア 神戸市の本件被服貸与に関する規定等
(ア) 神戸市職員の服制に関する規則(昭和35年10月15日規則第62号)(以下「規則」という。)には,次のような規定がある。(甲30,乙35)
(趣旨)
第1条 この規則は,別に定めるものを除き,職員の服制に関し必要な事項を定めるものとする。
(定義)
第2条 この規則において「職員」とは,神戸市職員の給与に関する条例(昭和26年3月条例8号)の適用を受ける者(別に定める者を除く。)及び単純な労務に雇用される職員の給与に関する規則(昭和31年7月規則第40号)の提供を受ける者をいう。
(服制)
第4条 別表に掲げるもののほか,職務の遂行上又は勤務の性質等により特に必要と認めた場合は,別に定める制式による被服の類(以下「被服」という。)を制服の上にまとい,又は制服にかえて用いることができる。
(制服等の貸与)
第6条 制服及び被服(以下「制服等」という。)は,貸与するものとする。
2 制服等の貸与の方法は,別に定めるところによる。
3 制服等は,毎年度予算の範囲内において,これを貸与する。
(イ) 神戸市職員の制服等貸与規程(昭和35年10月15日訓令甲第13号(以下「規程」という。)には,次のような規定がある。(甲26)
(趣旨)
第1条 この訓令は,神戸市職員の服制に関する規則(昭和35年10月規則第62号。以下「規則」という。)に基づき,職員の制服等の貸与について必要な事項を定めるものとする。
(適用除外)
第2条 規則第2条に定める別に定める者とは,次に掲げる者をいう。
(1) 行政職給料表の適用を受ける職員で,職務の級8級および9級に格付けされる者
(2) 医療職給料表(1)の適用を受ける職員で,職務の級4級に格付けされる者
(3) 教育職給料表の適用を受ける職員
(4) 非常勤職員
(5) 臨時に任用される職員
(6) 前各号に掲げる者のほか,行財政局長が指定する者
(被服の貸与)
第5条 規則第4条に定める被服は,次の各号に掲げる服務を遂行する者に貸与する。
(1) 作業又は工事の監督,指導,測量,調査等に直接従事し,常時現場に出務する者
(2) 医療,防疫その他衛生上衣服の清潔を必要とする者
(3) 機械等の運転操作に従事する者で必要があると認める者
(4) 常時屋外において現場作業に従事する者及び衣服の汚染度又は損耗度の著しいその他の作業に従事する者
(5) 前各号のほか,職務の遂行にあたり特に必要があると認める者
(2項以下略)
(ウ) 内規(神戸市教育例規(通達・事務編)には,次のような規定がある。(甲8,乙2)
第4章 被服
[冒頭に「規則」と「規程」の名称が並べて記載されている。]
Ⅰ 貸与品目別所管課
品目 ジャンパー型作業服,トレーニングウェア,防寒作業服,運動靴,実習作業服,医務服,事務服,作業服,ポロシャツ,Tシャツ,夏用作業服所管課 教職員課福利係
(以下略)
Ⅱ 所管課別貸与品目・貸与期間等
1 教職員課福利係
貸与対象者 貸与品目 貸与期間
市費教員 作業服 1年
事務職員 事務服 3年
県費負担教職員 ポロシャツ 2年
事務処理等(共通)
教職員課より寸法調査の照会を行うので,報告する。
被服は各校へ送付するので,被服台帳に受領印を受けること。
被服台帳により,貸与被服の管理を行う。
(一部略)
イ 神戸市は,学校給食関係者以外の教職員に対し,次のとおり,被服を貸与している。(甲1,弁論の全趣旨)
(ア) 市費教職員(幼稚園及び高等学校の教職員)への貸与について
上記市費教職員に対し,毎年トレーニングパンツ,ウィンドブレーカー,運動靴等(品目は年度によって異なる)を貸与している。平成16年度はトレーニングパンツを各1着ずつ貸与したが,教職員は,サイズや色について選択することができる。
(イ) 県費負担教職員(小学校及び中学校の教職員)への貸与について
上記県費負担教職員に対し,3年に1回(平成15年度までは2年に1回),ポロシャツを各1着ずつ貸与している。色は白色のみであるが,サイズ及び長袖・半袖の別は,教職員が選択することができる。
(ウ) 指導主事(市費教職員及び県費負担教職員)への貸与について
教職員が指導主事として教育委員会の事務局に異動した際,当該教職員に対し,インストラクタージャケットを1着貸与している。種類は,1種類であるが,サイズ及び色(3色)は,教職員が選択することができる。
ウ 神戸市は,平成12年度から平成16年度の間,本件被服貸与に関して,別紙「被服(国税局による課税対象)」記載の年度に,内容欄記載の被服を,支給件数欄記載の件数及び金額欄記載の金額を支出した(以下「本件被服貸与関係支出」という。)。(甲19)
(3) 監査請求(甲3,4,21)
ア 1審原告らは,平成17年7月1日,神戸市監査委員に対して,B及びCの神戸市長在任期間中に行われた本件被服貸与関係支出等について,教職員等への本件被服貸与等は,条例の根拠なく給与を支給したものであるから,給与条例主義に違反する違法な公金支出であって,支出命令権者である市長個人は支出相当額を返還しなければならないと主張し,かかる趣旨に沿った措置を採ることを求めて,住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行い,同月26日,口頭陳述を行った。
イ 神戸市監査委員は,同年8月29日付けで,本件被服貸与に係る支出のうち,過去1年分のみ審査の上,監査請求には理由がないと判断し,その余の支出については監査請求の期間を徒過したものとして却下する監査結果(以下「本件監査結果」という。)を通知し,1審原告Aは,これを同月30日に受け取った。
(4) 本訴提起
1審原告らは,本件監査結果に不服があるとして,同年9月27日,本件訴えを提起した。
3 争点
(1) 本案前の争点
監査請求期間の徒過(争点1)
(2) 本案の争点
ア 本件被服貸与に関する公金支出の違法性(争点2)
(ア) 給与条例主義違反(争点2-1)
(イ) 根拠の不存在(争点2-2)
イ 神戸市長の職にあった者の故意・過失の有無(争点3)
ウ 損害額(争点4)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(監査請求期間の徒過)について
(1審原告らの主張)
ア 1審原告らは,平成17年6月6日に神戸市行財政局厚生課及び同市教育委員会教職員課が提供した記者発表資料及び翌7日の新聞報道により,大阪国税局が,平成12年度ないし平成16年度の本件被服貸与による被服の支給等を給与と認定したことを知り,これによって始めて監査請求をするに足りる程度に公金支出の違法性と金額を知った。したがって,公金支出から本件監査請求までの期間が1年を超える分については「正当な理由」がある。
イ 最高裁判所の判決において,「正当な理由」の解釈の中で示されている「客観的に見て監査請求するに足りる程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解されるとき」とは,行為を知っただけでは足りず,行為に違法・不当があると気付く程度のことが必要であるとの意味である。
ウ 1審被告は,情報公開請求により入手可能な決算書(神戸市業務報告書)や神戸市教育例規(通達事務編)を閲覧することは可能であると主張するが,そもそも情報公開を請求する動機がなければ閲覧できないし,これらを閲覧しても,指導主事に対するインストラクタージャケットの貸与や,毎年支給内容が変わる教職員に対する被服等の貸与の実態の事実を知ることはできず,そこから監査請求するに足りる程度の違法性に気付くのは無理である。
(1審被告の主張)
ア 本件被服貸与関係支出のうち平成12年度から平成15年度分については,いずれも本件監査請求がなされた平成17年7月1日よりも1年以上前に支出を終えている。
イ(ア) かかる支出に関する監査請求が適法となるためには,地方自治法242条2項ただし書の「正当な理由」の存在が必要となる。
(イ) 本件では,問題とされている貸与や支出は,秘密裡に行われたものではない。
また,法的安定性を図るために監査請求期間を1年とした法の趣旨からすると,この期間の経過後に行われた監査請求を,「正当な理由」があるものとして適法なものと認めるためには,住民がマスコミ報道等によって受動的に知った情報だけに注意を払っていれば足りるものではない。公文書の公開請求によって能動的に入手可能な情報については,公開請求が可能な状態となった時点で「相当の注意力」をもって調査すれば客観的に見て知ることができたと解することができるところ,本件の支出については,住民が予算書や決算書等に基づいて公文書公開請求を行えば,当該支出の事実を知ることは客観的に見て可能であった。
すなわち,教職員への被服の貸与については,情報公開請求により入手可能な決算書(神戸市業務報告書)の中で,被服の支給として報告がなされており,貸与対象者や貸与品目等については神戸市教育例規(通達事務編)に記載されているから,当該貸与についても,行為の存在及び内容を知ることは十分に可能である。指導主事は,市費教員又は県費負担教員のいずれかに属するため,市費教員又は県費負担教員への被服貸与に関する文書の公開請求を行えば,指導主事に対する被服貸与に関する文書の公開を受けることは可能である。
(ウ) したがって,本件監査請求がなされたもののうち,各支出から1年を経過してなされた部分については,前記「正当な理由」は存在しない。
(2) 争点2-1(給与条例主義違反)について
(1審原告らの主張)
ア(ア) 本件において支給(1審被告は「貸与」というが,後記のとおり,実態は支給である。)される被服は,職務上の必要性はなく,私的な使用がなされ易く,年平均4571円にもなる物品の支給により職員が給与から支出すべきものを節減することができるのであるから,給与というべきである。
(イ) 本件被服は,平成17年6月6日,大阪国税局が,以下の理由により,職務の性質上必要とされる制服又は事務服・作業服に該当せず,神戸市が源泉徴収義務を負う給与所得であると認定したものであり,給与というべきである。
a 統一的な着用義務が課されていないこと
b 市章や教育委員会名などが付されておらず,特定の職場・職域を示す仕様ではない。
c 貸与期間中の管理は特にされておらず,貸与期間終了後回収もなく,実態は支給と変わらず,勤務場所以外にも私的に着用が可能である。
(ウ) 本件被服の着用の実態や,支給にあたり教職員はサイズや色について選択できることから,そもそも教職員が衣類を統一的に着用する状況にはないというべきであって,給与というべきである。
イ このように,本件被服は,給与に該当するところ,地方自治法は厳格な給与条例主義を課しているのであるから,条例に基づかないではいかなる金銭又は有価物も職員に支給してはならないのであって,この趣旨を没却するような広範な範囲を市長に委任することは,給与条例主義に違反し許されない。
本件被服の支給については,条例に具体的定めがないのであって,教育委員会が任意に定めた内規に基づき本件被服等を支給することは,根拠がないにもかかわらず給与を支給するものであって,違法である。
1審被告は,支給された被服が着用されている状況を示すが,1審原告らは,「貸与」された被服の私的利用防止策がないまま私的に利用され,「貸与」とされながら,いずれ返還を要しないとして実質的には贈与したのと変わらない点を違法としているのであり,貸与された本件被服が適法に着用されている状況を示しても,それが違法に使われていないことにはならない。
ウ 役所の備品は,すべて役所のものであるとの表示をすることになっているのであり,その例外とするためには相当の合理的な理由を要するものというべきである。1審被告は,貸与被服へのネーム入れ費用は私的利用防止策として高額であり,ポロシャツ等購入代金の1割強もの費用を使ってネーム入れ等の私的利用防止策を採るのは割高であり,これを必要ないと判断したことに裁量逸脱はないとするが,単に裁量の問題ではない。そもそもポロシャツ等は持出禁止と決め,違反に対しては懲戒処分をすると決めておけばよいから,かかる出費自体が無駄な出費である。
エ 本件被服の支給は,地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条3号「教育委員会及び学校その他の教育機関の職員の任免その他人事に関すること」,9号「校長,教員その他の教育関係職員並びに生徒,児童及び幼児の保健,安全,厚生および権利に関すること」に該当しない。
1審被告が引用する平成4年12月15日最高裁判所判決は,公立学校の教頭職にある者を校長職に任命するというまさに教育委員会がした人事に関する処分についての判例であり,教員の人事に関係のない本件被服貸与の違法性の判断には参考にならない。
(1審被告の主張)
ア 本件被服の貸与は,教育委員会の被服に関する内規に基づいて行われており,貸与されるものにより所管課や貸与期間が定められている。また,被服台帳も作成されており,この台帳は,貸与期間経過後1年間は保存されている。被服という性質上,貸与期間経過後に教職員から回収したとしても処分するしかないため,神戸市は,回収及び処分の手間や費用の負担にかんがみ,教職員から被服を回収していないが,あくまで被服を貸与しているものである。
イ 被服等の現物支給が職務遂行上の特別な必要に基づくものであれば給与その他の給付とは解されないから,職務遂行上の特別な必要に基づく場合には,条例上の直接の根拠がなくとも給与条例主義に反しない。
そして,本件被服の貸与は,以下のとおり,「職務上の特別な必要」が認められることから行われている。なお,本件被服は,その種類を教職員が選択することができないのであり,貸与の必要性は,制服的な機能とともに,作業着としての機能によっても根拠づけられるのであり,色等の選択が可能であるとしても貸与の必要性が否定されることにはならない。
(ア) 市費教職員(幼稚園及び高等学校の教職員)への貸与について
幼稚園の教諭にとって,トレーニングウェアは日常の作業服的なもので,これを着用して就業しているが,園児の体格等の関係から床に膝をついて指導や作業に当たる機会が頻繁にあり,トレーニングパンツの膝の部分の損傷が激しい。また,高等学校の教職員は,部活動の指導や体育祭等においてトレーニングパンツを着用しており,その際には作業服的な役割を果たしている。
(イ) 県費負担教職員(小学校及び中学校の教職員)への貸与について
小学校の教職員の大部分がクラス担当として体育の授業を受け持っており,その際運動に適した衣類を着用する必要がある上,小学校及び中学校の教職員は,運動会や遠足等の学校行事あるいは校外学習時において生徒を引率する機会があり,その際にも運動に適した衣類を統一的に着用することが求められることから,かかる際に着用するものとして,ポロシャツの貸与が行われている。
(ウ) 指導主事への貸与について
教育委員会には指導主事と一般行政職の職員がおり,一般行政職の職員には作業服が貸与されているが,指導主事に一般行政職の職員と同一の作業服を貸与することは相当ではないこと,指導主事はいずれ学校現場に復帰することが予定されており,その際の作業着としての利用にも寄与できることを見込んで,インストラクタージャケットを貸与している。
指導主事の配属先には事務的作業が主体となる職場もあるが,現場における活動が職務の相当部分を占める職場も存在する。現場での活動機会が多い職場では作業着として着用する機会が高くなるが,事務的作業が主体となる職場においても作業着として着用されたり,防寒等のために着用されている。指導主事等の在籍期間は一般的に学校園に配属された教員の異動間隔よりも短く,1年で学校園に復帰する例も少なくない。インストラクタージャケットは,複数年にわたる着用が可能であるため,学校現場に復帰した後に着用が継続されることも想定されており,実際に指導主事から学校現場に復帰した後にも着用されている。
インストラクタージャケットの上着部分のみを着用する場面は,汚損防止・防寒,事務的作業時の着用による作業服的性格に事実上限定されることになり,職務を離れた私生活での着用は想定し難い。
インストラクタージャケットの1着当たりの購入価格,平成16年度の購入総額,職務外での着用は想定し難くその例はみられないこと,換金可能性が存在しないことなどに照らし,貸与の必要性の判断には濫用のおそれが少ないため,広範な裁量が認められるべきであり,貸与の必要性が存在するとした判断は裁量の範囲内である。
ウ 地方自治体職員の給与に民主的コントロールを及ぼすという給与条例主義の趣旨からすれば,職務上の必要性が認められる限り,私的利用の可能性のみを理由に給与条例主義に反することになるわけではない。私的流用の可能性という税務上の誤解を回避するためには,私的流用を防止しうるような外観上の配慮をすることが望ましいが,市章の刺繍等をするには相応の費用を要する。被服貸与の必要性,貸与被服着用の実態を踏まえた上で,貸与に要する費用を安価に抑えるために敢えてかかる配慮をしないことは,市長の裁量の範囲内として許容されると言うべきである。
エ 地方教育行政の組織及び運営に関する法律は,地方公共団体が処理する教育に関する事務を,教育委員会の権限事項とするものと,地方公共団体の長の権限事項とするものとに区分しているところ,地方公共団体の長の権限に属する事務の内容は,「教育委員会の所掌にかかる事項に関する契約の締結」(同法24条4号),「教育委員会の所掌にかかる事項に関する予算の執行」(同条5号)とされており,いずれも財務会計上の事務のみにとどめられている。同法が教育委員会の職務権限として規定する事項に関する教育委員会の判断については,地方公共団体の長は介入しうるものではなく,予算執行機関としての地方公共団体の長は,教育委員会による判断が著しく合理性を欠きそのためにこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り,教育委員会の固有の権限事項に対する教育委員会の判断を尊重しその内容に応じた財務会計上の措置を取るべき義務がある(平成4年12月15日最高裁判所判決)。
本件被服貸与は,同法が教育委員会の職務権限として規定する,「教育委員会及び学校その他の教育機関の職員の任免その他人事に関すること」(同法24条3号),「校長,教員その他の教育関係職員並びに生徒,児童及び幼児の保健,安全,厚生および権利に関すること」(同条9号)に該当する。したがって,教員・指導主事に対する被服の貸与の必要性に対する教育委員会の判断については,神戸市長は介入しうるものではなく,予算執行機関としての神戸市長は,教育委員会による判断が著しく合理性を欠きそのためにこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り,教育委員会の固有の権限事項に対する教育委員会の判断を尊重しその内容に応じた財務会計上の措置を執るべき義務があり,教育委員会専決規程に基づいて専決処理を行う神戸市長の補助職員についても上記と同一の義務を負うことになる。
本件被服貸与の必要性に関する教育委員会の判断は,相応の合理性を有し,必要性が存在しないとは明らかにはいえないのであるから,教育委員会の判断が「著しく合理性を欠きそのためにこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合」には該当しない。
よって,本件において,神戸市長の補助職員である教育委員会事務局総務部教職員課長が,本件貸与被服購入代金の支出を行ったことは,補助職員として財務会計法規上の義務に反する違法なものではないし,補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務を負う神戸市長としても当該義務に違反するものではない。
(3) 争点2-2(根拠の不存在)について
(1審原告らの主張)
ア 本件被服貸与が給与条例主義に反しないとしても,そもそも市費教職員については規程2条により規則の適用が排除されており,県費職員についてはそもそも神戸市職員の給与に関する条例の提供を受ける者ではないのであって規則2条により規則の適用はない。したがって,いずれにせよ,本件被服の貸与を受けている教職員は,規則の適用から除外されているのであって,内規で被服貸与を定めたとしても,本件被服を貸与する根拠がないのであるから,本件被服貸与は違法である。
イ 訓令としての規程も教職員に適用されることは,他の地方公共団体の例により明らかである。
ウ 内規によれば,市費教員には作業服が貸与され,その貸与期間は1年とされている。しかし,実際に市費教員に対し貸与されているものは,平成12年度はウィンドブレーカー,平成13年度はフリースジャケット,平成14年度は運動靴,平成15年度はスタッフジャケット,平成16年度が本件トレーニングウェアである。このように5年間にわたり毎年支給品物が変わることは,これらの品物の支給が,職務の遂行にあたり特に必要と認める者(規程5条(5))に対する貸与でないことを示すものである。
エ また,内規における貸与対象者には「指導主事」の職名はなく,対象品目にインストラクタージャケットも規定されていないのであって,そもそも指導主事に被服を貸与するという内規の定めは存在しない。また,指導主事に対する被服貸与は,指導主事のインストラクタージャケット着用の実態に照らし,職務の遂行にあたり特に必要があると認める者(規程5条(5))に該当しないことも明らかであって,規程も指導主事に対する被服貸与の根拠とはならない。
(1審被告の主張)
ア そもそも職務遂行上の必要性に応じて貸与される被服は,給与に該当せず,給与条例主義の適用はないところ,本件被服貸与は,必要性があり,条例,規則又は訓令等の根拠がなくとも,貸与は可能である。
イ 仮に,本件被服貸与に根拠規定が必要であるとする場合,その根拠は,規則である。すなわち,本件被服等は,規則4条の被服に該当するところ,同条に基づき,教育委員会の独自の判断に委ねられた「職務の遂行上又は勤務の性質等により特に必要と認めた場合」として,教育委員会が定めた内規に従って貸与されている。
ウ なお,地方自治法15条1項に基づく規則は,市費教員にも適用されるが,訓令である規程は,地方自治法154条により,市長の任命権限が及ぶ教職員には及ぶが,教育委員会が任命権限を有する教育委員会職員には適用されないのであって,本件教職員につき,規程2条(3)による規則の適用の排除はない。(本件教職員には,規程の適用により,規則の適用が除外されているとした,従来の1審被告の主張は撤回する)。
内規たる教育例規集には,「規則」と「規程」の規定名称が並べて記載されているが,この場合,規則の記載は,教職員に同規則が適用されることを示したものであり,規程の記載は,その訓令としての性格上,教職員には適用されないが,教職員に対する被服貸与に関する取扱いの参考となる意味で記載されている。
エ 内規によれば,市費教員に対しては,作業服が貸与されるところ,市費教員へ貸与されているトレーニングパンツ,ウィンドブレーカー,運動靴等は広義の作業服に該当する。同じく,事務職員に対しては,事務服が貸与されるところ,指導主事は事務職員であるから,本件被服貸与において指導主事に貸与されるインストラクタージャケットは事務服に該当する。さらに,県費負担教員に対してはポロシャツが貸与されるとされているところである。
(4) 争点3(神戸市長の職にあった者の故意・過失の有無)について
(1審原告らの主張)
ア 市長は,法令に基づき権限を外部的に委任したのではなく,単に内部的に委任したにすぎないのであるから,誰に委任したかはともかく,市長として部下を指揮監督すべき義務を負い,これを怠れば責任を負うというべきである(最高裁判所平成3年12月20日民集45巻9号1455頁参照)。
本件で問題になっているのは,公金支出のルールの違法性であるところ,個別の支出行為をした個々の課長や部長はかかるルールに基づいて支出をしているにすぎず,かかるルールの策定の最高責任者は市長であるから,個別の支出行為をした個々の課長や部長の判断の違法性ではなく,神戸市長としての判断の違法性を検討すべきである。個別の支出は,この神戸市長の判断に基づいて行われるものであるから,市長は指揮監督上の過失の責めを問われるべきである。
イ 1審被告が、原審口頭弁論終結直前に,本件における財務会計行為は専決により部下に委任しているから,自らには責任はないと主張するのは,時機に後れた攻撃防御方法であるから,却下されるべきであるし,かかる主張をするのは信義則に反する。
(1審被告の主張)
ア 神戸市では,助役以下専決規程により決裁区分を規定し,金額に応じて,助役以下が専決を行っている。
イ 教職員への被服の貸与については,被服の品目毎に支出を行っている。
教育委員会事務局等専決規程によれば,金額が1000万円以下であれば教職員課長が決裁を行っている。
本件で貸与された被服の各品目毎の支出額は,いずれも1000万円以下であるため,被服貸与費用の支出は,すべて教職員課長の専決により処理している。
(5) 争点4(損害額)について
(1審原告らの主張)
本件被服貸与関係支出の内訳は,別紙「被服(国税局による課税対象)」の「内容」「支給件数」及び「金額」の各欄に記載のとおりであり,総額は4045万8233円である。
このうち,Cが責任を負うべき額は,平成12年度分883万6653円及び平成13年度分1079万6614円のうち市長在任時に関する部分(Cが市長に在任した割合を12分の7と見て算定 )629万8025円であるから,Cは,神戸市に,総額で1513万4678円の損害を与えたというべきである。
また,Bが責任を負うべき額は,上記平成13年度分のうち市長在任時に関する部分(Bが市長に在任した割合を12分の5と見て算定)449万8589円,平成14年度分813万1536円,平成15年度分792万1414円及び平成16年度分477万2016円であるから,Bは,神戸市に,総額で2532万3555円の損害を与えたというべきである。
(1審被告の主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1 争点1(監査請求期間の徒過)について
(1) 地方自治法242条2項本文は,財務会計上の行為のあった日又は終わった日から1年を経過したときは監査請求をすることができない旨を定めるところ,上記行為のあった日とは一時的行為のあった日を,上記行為の終わった日とは継続的行為についてその行為が終わった日を,それぞれ意味するものと解するのが相当である。
本件では,1審原告らが本件監査請求及び本訴の対象としているのは,具体的な各支出行為(支出負担行為,支出命令)と解されるところ,これらの行為はいずれも一時的行為であるから,これらの行為を対象とする監査請求の期間については,当該行為のあった日を基準に判断すべきである。
そうすると,1審原告らは,平成17年7月1日に本件監査請求を行っているから,前記本件被服貸与関係の各支出行為(支出負担行為,支出命令)のうち平成15年度までの支出に関する部分(以下「本件支出1」という。)については,当該行為のあった日から1年の監査請求期間を経過した後に本件監査請求がなされたことは明らかであるというべきである。
したがって,本件監査請求のうち本件支出1に関する部分については,地方自治法242条2項ただし書が定める「正当な理由」がなければ不適法となる。
(2) そこで,本件監査請求のうち本件支出1に関する部分について,1年の監査請求期間を経過した後にされたことにつき,地方自治法242条2項ただし書が定める「正当な理由」の存在が認められるかについて検討する。
ア 地方自治法242条2項本文は,普通地方公共団体の執行機関,職員の財務会計上の行為は,たとえそれが違法,不当なものであったとしても,いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るものとしておくことが法的安定性を損ない好ましくないとして,監査請求の期間を定めている。しかし,当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裡にされ,1年を経過してから初めて明らかになった場合等にもその趣旨を貫くのが相当でないことから,同項ただし書は,「正当な理由」があるときは,例外として,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後であっても,普通地方公共団体の住民が監査請求をすることができるようにしているのである。したがって,上記のように当該行為が秘密裡にされた場合には,同項ただし書にいう「正当な理由」の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか,また,当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁判所昭和63年4月22日第二小法廷判決・裁判集民事154号57頁参照)。
そして,このことは,当該行為が秘密裡にされた場合に限らず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった場合にも同様であると解すべきである。したがって,そのような場合には,上記正当な理由の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁判所平成14年9月12日第一小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照)。
イ 争いのない事実等と証拠(甲1,2,4,8,19,31,乙2,20,21,34)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 大阪国税局は,平成17年6月6日,神戸市の平成12年度ないし平成16年度の本件被服の支給貸与につき,神戸市が源泉徴収義務を負う給与所得にあたると認定し,神戸市はこの事実を神戸市行財政局厚生課及び同市教育委員会教職員課が作成した記者発表資料によりマスコミに公表し,翌7日には新聞に報道され,1審原告らはこれを知った。(甲1,2)
(イ) 1審原告Aは,平成17年10月27日付けで慰安会該当及び被服支給の各年度ごとの県費事務・教職員及び市費教職員の人数,費用の区分が分かるもの等の文書の公開を請求し,これに対し,神戸市教育委員会委員長は,同年11月11日付け非公開決定通知書で,公文書は不存在であるとして公開しなかったが,人数,費用の区分が分かるものについては情報提供するとして,本件被服貸与については別紙「被服(国税局による課税対象)」を提供した。(甲19)
(ウ) 1審原告Aは,平成19年6月7日付けで「市費教員,県費負担教員,指導主事の各々について平成12年~平成16年度,着衣貸与のための支出伺書(決裁書),支出決定・命令書,精算及び報告書の分かるもの」について公開を請求し,これに対し,神戸市教育委員会委員長は,同月20日,「市費教員,県費負担教員,指導主事の各々について平成12年~平成16年度,着衣貸与のための支出伺書(決裁書)・精算及び報告書」については存在しないとして公開しなかったが,「平成12年から平成16年度の支出決定・命令書」は公開した。(甲31)
(エ) 株式会社Dが発行する神戸市教育委員会編の神戸市教育例規の第4類給与第4章被服には,前掲(第2,2(2)ア(ウ))のような記載がなされ,また,前記箇所には,職員は,貸与された被服について善管注意義務を負い,補修や保管の費用は貸与された者の負担とすること,貸与された被服の処分は禁止され,違反者には懲戒処分もあり得ること,退職・死亡等で貸与を受ける資格がなくなったのに被服を返納しないときや被服を故意又は過失により亡失又は毀損したときは,調製価格を基準として賠償金を納入しなければならない旨の定めも記載されている。(甲8,乙2,34の1・4~6)
(オ) 予算書(各会計予算に関する説明書)には「職員研修及福利厚生費」という項目の記載があり,決算書には,被服の支給に関する記載がある。
(弁論の全趣旨)
ウ(ア) 上記争いのない事実等と認定の事実によれば,神戸市の住民は,決算書や神戸市教育例規を見れば,教職員等に対する被服が貸与されていることを知ることが可能であるところ,神戸市が貸与する被服を準備するためには何らかの予算措置が必要であり,被服貸与に関する支出がなされていることは容易に想定し得るのであり,これを基にして公文書公開請求等を行い,本件被服貸与に関する支出の存在及びその内容を知ることができたというべきである。
そして,前記第2,2の神戸市教育例規には,制服に関する規定及び訓令に定める本件被服貸与の内容にかかわる記載があること,平成15年度の決算については,遅くとも平成16年度中には住民が知り得ると思われること(地方自治法233条参照)からすると,少なくとも平成16年度末には,神戸市の住民が相当の注意力をもって調査を尽くせば,客観的に見て監査請求するに足りる程度に本件被服貸与に基づく支出の存在及びその内容を知ることができたというべきである。
そうすると,その時点から3か月を経過した後になされた本件監査請求は,前記相当期間内になされたものとは認められないというべきである。
(イ) 1審原告らは,神戸市教育例規については,平成13年度以降文書による加除式改定のメンテナンスが行われておらず市役所内のイントラネットで保存されている文書であるから,神戸市の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても知り得ないと主張する。しかし,神戸市において被服が支給されていることは決算書から知ることができ,その後の文書公開請求を行っても知り得ないとまではいえないから,かかる例規の調査が相当の注意力による調査の範囲を超えるとまではいえない。
(ウ) また,1審原告らは,平成17年11月11日付け「公文書を保有していないことによる非公開決定通知書」(甲19)のように,本件被服貸与に関する文書は不存在とされ,わずかに公開を求める文書を詳しく記載したため,ようやく人数,費用の区分が分かるものについて情報提供がなされたのみであり,被服貸与の存在又は内容を知ることができなかったとも主張するが,かえって1審原告が平成19年6月7日付で公開請求し公開された「平成12年から平成16年度の支出決定・命令書」(甲31)には,本件被服貸与の内容と金額などが詳細に記載されていることが認められ,相当の注意力による調査をすれば,1審原告らは,被服貸与の存在又は内容を知ることができたというべきである。
(エ) したがって,本件監査請求のうち本件支出1につき,地方自治法242条2項本文が定める監査請求期間を徒過している点について,同条項ただし書にいう「正当な理由」があると認めることはできない。
エ よって,本件監査請求のうち本件支出1に関する部分については,監査請求期間を徒過してからなされたものとして不適法になるというべきである。
(3) したがって,本件訴えのうち,本件支出1に関する部分は,適法な監査請求前置を欠く不適法なものとして却下を免れず,公金支出の違法性が問題になり得るのは,平成16年度の支出に関する部分のみである。
2 争点2について
(1) 本件支出のうち平成16年度の支出は,当該年度の本件被服貸与に関する支出である。以下,ポロシャツ及びトレーニングパンツ(以下「ポロシャツ等」という。)の貸与に関する支出(以下「本件支出2」という。)とインストラクタージャケットの貸与に関する支出(以下「本件支出3」という。)に分けて,支出の違法性を検討する。
(2) 争点2-1(給与条例主義違反)について
ア 本件支出2について
(ア) 普通地方公共団体は,その職員に対し,いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずには支給することができず(地方自治法204条の2,地方公務員法25条1項),給料,手当及び旅費の額並びにその支給方法は,条例で定めなければならない(地方自治法204条3項,地方公務員法24条6項)と規定され(県費負担教職員につき地方教育行政の組織及び運営に関する法律42条),いわゆる給与条例主義が採られているところ,かかる給与条例主義の趣旨は,地方公共団体の職員の給与に民主的コントロールを及ぼし,給与体系の適正を図る点にあると解される。
そうすると,職員に被服を貸与又は支給する場合であっても,それが職務上の必要性があり,給与条例主義の趣旨を害するおそれがなく,実質的にみて給与の上積みに該当するとはいえないときには,「給与その他の給付」にはあたらないと解するのが相当である。
(イ)a 証拠(乙18の1ないし18の31,19)及び弁論の全趣旨によれば,神戸市立の幼稚園,小学校,中学校,盲学校,養護学校及び高等学校において,運動会や清掃活動などの際に,ポロシャツ等が実際に着用されていること,このような活動は学校行事等として日常的に行われているものであり,衣服の汚損や破損の機会も多く,私物の衣服の使用を前提とすることは教職員に対し酷であり,さらに実際に学校行事等で教師が統一的にポロシャツ等を着用する状況があることが認められるから,ポロシャツ等の貸与は,職務上の必要性に基づくものであるといえる。
そして,前記第2,2の争いのない事実等記載の事実によれば,貸与された被服の購入額についてみると,ポロシャツは1着あたり1142円,トレーニングパンツは1着あたり2399円と低額であること,貸与される頻度についてみると,市費教職員へのトレーニングパンツは毎年1回,県費負担教職員へのポロシャツは3年に1回であり,頻度としても多くないこと,実際に教職員に渡されるのは現金や換金可能な有価証券等ではなくポロシャツ等であり、新品であっても換金されることは考え難く,さらにポロシャツ等が着用される状況に照らせば使用後のポロシャツ等を換金することはおよそ考えられないこと,教職員は、交付を受けるポロシャツ等の種類を選ぶことはできず,交付を受ける被服は神戸市の内規で定められていること,ポロシャツ等は、教職員課福利係が所管しており,その購入は教職員課長が専決しており,給与課長が関与するものではないことを考慮すると,ポロシャツ等の購入は、備品の購入というべき要素をもつものであり,職員1人あたりの額及び頻度等からすると,給与条例主義の趣旨を害するおそれがなく,実質的に見て給与の上積みに該当するとはいえない。
したがって,ポロシャツ等の貸与は,「給与その他の給付」には該当しないというべきであり,かかる貸与のための支出である本件支出2も違法にはならないというべきである。
b なお,貸与被服は、最終的には回収されておらず(弁論の全趣旨),また,私的流用防止のため,貸与被服に「神戸市」のネームを入れる等の措置は採られていない。(乙18の1ないし31,弁論の全趣旨)
しかし,貸与された被服は,貸与期間中使用されることにより経済的な効用が減少していくこと,貸与期間経過後に回収するためには一定の費用を要する反面,被服を回収することにより,それを上回る利益があると認めるに足りる事情はないこと,前記のとおり,そもそも職務上の必要性があれば,被服を支給することも許されること等を考慮すると,財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有する1審被告(神戸市長)が,貸与した被服を回収せず,そのため実質的には「支給」に等しいと解する余地があるとしても,なお,1審被告の裁量の範囲内として許されるというべきである。また,私的流用防止のための措置の有無に関わらず,前記説示のとおり,被服の貸与自体が「給与その他の給付」に該当しない本件では,私的流用防止のための方策が採られていないとしても,判断は左右されない。
c そして,大阪国税局は,本件被服貸与に関し,神戸市が源泉徴収義務を負う給与所得であると認定したが,給与所得に該当するか否かの認定と,給与条例主義に反するか否かの判断が異なったとしても,両者の趣旨目的が同一でない以上,やむを得ないことと考える。
(ウ) よって,ポロシャツ等の貸与自体は違法ではなく,貸与のための支出である本件支出2は,違法であるとはいえない。
イ 本件支出3について
(ア) 証拠(乙25,29~33)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
a 平成16年度の教育委員会事務局に配属されている指導主事は119名であり,うち同年度にインストラクタージャケットを貸与されたものは39名である。(弁論の全趣旨)
b 指導主事の配属先は,中には神戸市立α自然教育園(常駐1名)のように現場における活動が職務の相当部分を占める職場も存在するが,主たるものは学校園現場への訪問指導等を除けば資料作成や研究,行事等の準備,電話による学校園指導等の事務的作業が主体となる職場であって,現場での活動機会が多い職場では作業着として着用する機会が高くなるものの,事務的作業が主体となる職場においては事務的作業における作業着として着用されたり,冬季等の防寒等のために着用されている。(乙25,29~33)
(イ)a 1審被告は,教育委員会の一般行政職に貸与される作業服を指導主事に貸与することは適当ではないこと,指導主事がいずれ学校現場に復帰した際の作業服としての利用も考えられることから,本件支出3は適法であると主張する。
しかし,教育委員会の一般行政職との比較については,教育委員会の職員には被服を貸与することを前提とする主張であるところ,教育委員会における指導主事に対して,教育委員会に在籍している時点で被服を貸与する具体的必要性があることを裏付ける事実は認められず,むしろ,学校現場に復帰した際の利用を考慮に入れていると主張していることは,教育委員会在籍時におけるインストラクタージャケット着用の必要性はないことをうかがわせるものともいえる(職種及び具体的職務内容を問わず,すべての神戸市の職員に対し,何らかの被服を貸与する必要性があるとの見解は採りえない。)。
また,1審被告は,指導主事の配属先には現場における活動が職務の相当部分を占める職場も存在するなどとして,インストラクタージャケット貸与の必要性を主張するが,そのような職場に配属された指導主事が大部分であるとは認められず(1審被告自ら,指導主事は事務職員であるから,指導主事に貸与されるインストラクタージャケットは内規上は事務服にあたるなどとも主張している。),この点からもインストラクタージャケットを指導主事に対し一律に貸与するべき「職務上の特別の必要」は認められないというべきである。
b さらに,一般的に貸与された被服は貸与期間中使用されることにより経済的な効用が減少していくにしても,インストラクタージャケットについては,上記使用実態に照らせば汚損や破損のおそれは大きいとは認められず,1審被告においても学校現場に復帰した後に着用が継続されることを想定しており,むしろ複数年にわたる着用が可能であって,教育委員会在籍時にインストラクタージャケットを着用しないのであればなおさら,その貸与期間経過時に経済的な効用が減少しているとはいえないから,これを神戸市に返還させない点を上記ポロシャツ等と同様に考えることはできない。
c また,前記第2,2の争いのない事実等記載の事実によれば,貸与されたインストラクタージャケットの1着あたりの価格は5250円であり,本件支出2に比しても高額であることが認められる。
d そうすると,インストラクタージャケットの貸与には,職務上の必要性が認められず,その他一件記録を精査しても,かかる支出の必要性を裏付ける事情は見当たらないところ,さらにその1着あたりの価格が比較的高額であること,複数年にわたる着用が可能であることに照らせば,インストラクタージャケットの貸与は実質的に給与の上積みであって,「給与その他の給付」に該当するものであると認められるのであって,貸与の必要性が存在するとした神戸市長の判断は裁量の範囲内であるとはいえない。
e 1審被告は,本件被服貸与は,地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条3号,同9号に掲げる教育委員会の固有の権限事項であり,指導主事に対する被服の貸与の必要性に対する教育委員会の判断については,神戸市長は介入し得るものではなく,予算執行機関としての神戸市長は,教育委員会による判断が著しく合理性を欠きそのためにこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り,教育委員会の判断を尊重しその内容に応じた財務会計上の措置を執るべき義務があると主張する。
しかし,上記のように,指導主事に対するインストラクタージャケットの貸与には必要性が認められず,学校その他の教育機関の職員の「給与その他の給付」に該当すると認められるところ,これが教育委員会がした人事に関する処分(同法23条3号)に該当するかは疑問であり(同条9号に該当しないことは明らかである。),さらに,そもそも指導主事に対するインストラクタージャケットの貸与は「給与その他の給付」に該当するにもかかわらず条例の定めなく行われていたものであるから,貸与の必要性があるとの判断が教育委員会がした人事に関する処分(同法23条3号)に該当し,教育委員会の固有の権限に属する事項であるとしても,なお予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存するものであって,いずれにせよ,本件支出3の予算執行を認めた神戸市長の判断は裁量の範囲内であるとはいえない。
(ウ) よって,本件支出3は,「給与その他の給付」に該当するにもかかわらず,条例の定めなく行われていたものであるから,給与条例主義に反し違法というべきである。
(3) 争点2-2(根拠の不存在)について
ア 1審原告らは,本件被服貸与が給与条例主義に反しないとしても,そもそも市費教職員については規程2条により規則の適用が排除されており,県費職員についてはそもそも神戸市職員の給与に関する条例の提供を受ける者ではないのであって規則2条により規則の適用はないから,いずれにせよ,本件被服の貸与を受けている教職員は,規則の適用から除外されているのであって,内規で被服貸与を定めたとしても,本件被服を貸与する根拠がないのであるから,本件被服貸与は違法であると主張する。
イ よって,案ずるに,地方自治法204条の2は,「普通地方公共団体は,いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずには,・・・前条1項の職員に支給することができない。」と規定しているところ,このことは,換言すれば普通地方公共団体は,給与その他の給付に該当しなければ,法律又はこれに基づく条例に基づくことなく上記職員に支給することができるということである。したがって,問題は,当該給付が給与その他の給付に該当するかどうかであるところ,上記判示のとおり,市費教職員(幼稚園及び高等学校の教職員)及び県費負担教職員(小学校及び中学校の教職員)に対するポロシャツ等の貸与は,職務上の必要性に基づいて貸与されるものであるということができ,また、これらが定期的に貸与されること,市費教職員に貸与される支給品物は毎年変わること,それぞれの支給品物の貸与頻度は多くないこと,1着あたりの価格は低額であることが認められることからすると,ポロシャツ等の貸与に係る本件支出2は、給与その他の給付に該当せず,よって,法律又はこれに基づく条例の定めに従うことなく支給したとしても違法ということはできない。
ウ 1審原告らは,市費教職員及び県費教職員に対する本件被服貸与については,規則の適用がないとして,その貸与根拠が不存在であり,違法であると主張するようである。しかしながら,上記判示のとおり,上記教職員に対する本件被服貸与には,法律又はこれに基づく条例の定めを必要とするものでないところ,争いのない事実等から明らかなように,神戸市においては,規則をもって神戸市職員の服制について定めているのであるが,規則1条は,神戸市職員の服制に関し,「ほかに定める」ことを許容することを明示し,また,同2条は,同規則にいう「職員」について定めているが,これも除外される職員を認める旨定め,これを受けて規程2条は,「教育職給与表の適用を受ける職員」を規則の適用を受けない職員として定めているのである。そして,神戸市教育委員会は,規則1条の除外規定を受けて,内規でもって,教育市費教職員及び県費教職員に対する被服の貸与について定めたものであり,本件被服貸与は,同内規に従って貸与されたものと認めることができる。このように解すると,規則2条を受けて,規程2条が「教育職給与表の適用を受ける職員」を除外し,同職員には規則の適用のないこととしていることとも整合する。
そうすると,上記教職員に対するポロシャツ等の貸与は,規則及び教育委員会が定めた内規に従った事務手続により行われているのであるから,何ら違法となるものではない。
3 争点3について
(1) 本件支出3について,神戸市長の職にあった者(B)に故意又は過失は認められるかについて検討する。
(2)ア 1審被告は,本件支出3について,B(神戸市長)は教職員課長に専決をさせたと主張するところ,上記争いのない事実等によれば,本件支出3の支出額は,20万4750円であるところ,証拠(乙17)及び弁論の全趣旨によれば,神戸市では,本件被服貸与のための支出は,教育委員会事務局等専決規程3条に基づき,同専決規程別表第2(以下「本件別表第2」という。)財務関係事務の調達(物件,労力その他)の決定に関するものとして,1000万円未満のものについては総務部教職員課長が専決を行っていると認められるから,本件支出3についても,総務部教職員課長が専決を行ったものと認めることができる。
なお,1審原告らは,専決に関する主張は時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきであるとするが,かかる主張がされたことにより「訴訟の完結を遅延させることとなる」(民事訴訟法157条1項)とは認められないから,1審原告らの申立てを認めることはできない。
以下,上記専決処理を前提として,1審被告の責任の有無について検討する。
イ(ア) まず,本件支出3の専決をさせた長であるB(神戸市長)が「当該職員」として責任を負うのかについては,ここにいう「当該職員」とは,訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどしてこの権限を有するに至った者を広く意味すると解するのが相当であるから(最高裁判所昭和62年4月10日・民集41巻3号239頁参照),神戸市の支出を命令する権限を本来的に有するB(神戸市長)は「当該職員」に該当するというべきである。
(イ) また,専決を任された職員が,専決をさせた者の権限に属する当該財務会計上の行為を専決により処理した場合は,専決をさせた者は,専決をした者が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失により専決を任された職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り,普通地方公共団体に対し,前記職員がした財務会計上の違法行為により当該普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である(最高裁判所平成3年12月20日・民集45巻9号1455頁参照)。
ウ 本件では,総務部教職員課長が専決をした本件支出3については違法な財務会計行為であるところ,財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するB(神戸市長)については当然に,課長の専決事項について違法な財務会計行為を阻止すべき義務があったというべきであり,その一内容として財務会計上の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務があったというべきである。
そうすると,B(神戸市長)は,かかる義務に違反して,専決を任された総務部教職員課長の財務会計上の違法行為を阻止しなかったと認められる。
そして,本件支出3が適法となるためには,職務上の必要性がなければならないところ,前記説示のとおり,かかる職務上の必要性が認められないことは明らかであって,財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有しているB(神戸市長)は容易に気付くべきものであるから,B(神戸市長)が違法行為を阻止しなかった点については少なくとも過失はあったと認めることができる。
(3) したがって,B(神戸市長)は,本件支出3について少なくとも過失はあったといえ,責任を負うべきことになる。
4 争点4について
争点2及び3において判示したとおり,指導主事に対するインストラクタージャケットの貸与に関して違法に公金が支出されており,当該支出額は20万4750円であるから,この額をもって神戸市の損害と認める。
よって,本件における損害額は,20万4750円である。
5 結論
以上の次第で,1審原告らの本件請求は,上記の限度で理由があるからこれを認容すべきところ,これと同旨の原判決は正当であり,本件控訴及び附帯控訴は,いずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 小原卓雄 裁判官 小倉真樹)