大阪高等裁判所 平成19年(行コ)17号 判決 2007年10月31日
主文
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人らの請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要(略記は,原判決のそれに従う。)
1 本件は,茨木市の住民である被控訴人らが,茨木市長の職にあったAが市長として,茨木市の建設部長を務めた後に定年退職した同市の元職員Bに対し,平成15年4月1日から平成16年3月31日までの期間同市の非常勤の嘱託員を報酬月額26万9000円で委嘱したことが,嘱託制度の濫用であって違法であり,同市は上記職員に対して支給した報酬相当額の損害を被ったなどと主張して,同市の市長である控訴人に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,不法行為に基づく損害賠償として,Aに対し320万9000円及びこれに対する不法行為の後である平成16年4月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求をすることを求めている事案である。
2 原審は,被控訴人らの請求を320万4000円及び遅延損害金の支払を請求することを命じる限度で認容し,その余の請求を棄却した。控訴人は,これを不服として控訴した。
3 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,後記4のとおり「当審における当事者の補充主張」を加え,次のとおり削除,訂正するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「2 法令等の定め」,「3 前提事実」及び「4 争点及び争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決6頁20行目から21行目にかけての「茨木市の損害」を「茨木市の本件報酬の支給に係るAに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の成否」と改め,21行目の「(なお,」から7頁2行目の「ない。)」までを削る。
(2) 原判決19頁3行目の「茨木市の損害」を「茨木市の本件報酬の支給に係るAに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の成否」と改める。
4 当審における当事者の補充主張
(1) 控訴人の主張
ア 関係規定の沿革及び文理等について
昭和31年当時国家公務員の給与に関する法令を所管するのは内閣人事院,地方公務員の給与に関する法令を所管するのは自治庁で,両者は所管庁を異にするほか,国家公務員の給与に関する法令の制定,改正についての国会審議は人事委員会が行い,地方公務員の給与に関する法令の制定,改正についての審議は地方行政委員会が行うものとされ,審議を行う委員会も異なっていて,法令の制定時期も異なっており,両法の改正が相互に緊密な関係をもって行われたとはいえないのであるから,一般職の職員の給与に関する法律(以下「給与法」という。)の昭和25年改正により,具体的な給与の決定は予算の範囲内で各庁の長の裁量にゆだねることとされたのに対し,その後になされた昭和31年法律第147号による地方自治法の一部改正(以下「昭和31年改正」という。)においては,給与法と同様の規定が置かれなかったことをもって,国家公務員と地方公務員の非常勤職員の給与について直ちに異なる立法政策が採られたものとすることはできない。
また,常勤職員と非常勤職員との間に制度上・性質上の差異が存することは地方公務員においても国家公務員においても変わるところがないので,両者において異なる立法政策を採る実質的な理由がないだけでなく,地方公務員法24条3項には職員の給与は国家公務員の給与その他の事情を考慮して定められなければならない(均衡の原則)と規定されており,地方公務員の給与については国家公務員の給与水準と同様になるよう毎年国が指導を行っているし,地方公務員の給与について総務省の条例準側が示されておらず,国家公務員の一般職の給与に関する法律がモデルの役割を果たしているので,国家公務員の給与に関する法令に準じて運用されているのが実態である。
イ 職員の権利保障について
給与条例主義は国家公務員の給与に関する給与法定主義に対応するものであるところ,給与法22条1項及びこれを受けて定められた人事院規則9-1第2条は非常勤職員の給与の具体的基準を定めることを求めていないし,昭和4年内務省決定は現在でも実例としての意義を有しており,現在の地方自治法203条又は204条に該当する条文に関し給料額等を概括的に規定することも任意であるとしている。また,非常勤職員については,任用関係に至る前提として,給与の支給額や給与の支給方法を含む勤務条件について個別に折衝を行い,合意に至らなければ任用に至らないのであるから,条例において給与の具体的基準を定めていなかったとしても,職員に法定の給与を権利として保障するという給与条例主義の趣旨を没却することは現実にもあり得ない。
ウ 地方自治法203条2項の文理について
非常勤職員の中には勤務実態が常勤職員とほとんど変わらないものもある実情に鑑みれば,報酬を月額又は年額をもって支給することがむしろ適当であって職員の利益に資する場合も少なくないので,長の裁量判断にゆだねるべき実務上の要請から同条ただし書きが設けられたのであって,本件条例のような定め方も当然に予定しているし,職員には何の不利益もない。
なお,昭和54年8月31日付け自治給第31号各都道府県知事,各指定都市市長あて行政局公務員部長通知「違法な給与の支給等の是正について」(以下「54年通知」という。)がなされたのは,当時実働を伴わずに給与等の違法支給が行われた事例が多数報道されたという社会的背景があったのであり,同通知から,非常勤の嘱託員について条例で給与の具体的な支給基準を定めなければならないと解することはできない。
エ Aの過失について
本件条例2条,別表(原判決別紙1)において報酬額が明示されている職種は,すべて定型的・常設的に存在することが市の制度上又は法令上明らかな職種であり,さらにはその数や職種の内容も予め確認できるところから,予算上その金額も確定し得るものであるが,支給内規の別表第2(原判決別紙2,なお,茨木市では嘱託員は全員存在している。)に記載された職種は,事実上常設的に存在するものもあるが,必ずしも市の制度上又は法令上必要とされるものとは限らないのみならず,その数や職務の内容も常時変動し得るところから,予算上その金額を定め難い,あるいは定めるのが適当でないという点で著しく異なる。支給内規の別表第2記載の非常勤の嘱託員について具体的な報酬額を条例で予め定めることが困難で不適当なことは,大阪府や府下の各市町村において非常勤の嘱託員について具体的な報酬額を予め定めている条例を置く地方自治体が皆無であることからも推測される。また,これまでに何らの指摘,指導もなされていない。
オ 損害について
Bは非常勤の嘱託員として勤務し,この間に得た報酬に見合うだけの役務を提供していたのであるから,茨木市には損害が生じていない。
(2) 被控訴人らの主張
ア 国が地方自治法や地方公務員法を定めるに当たっては,同法とその下での給与決定の原則を明確にし,職務給の原則,均衡の原則,そして明確な条例主義を求めている。この給与条例主義の徹底を求めたことは,特別の首長の恣意を許す自由裁量的余地を残さないで,民主的統制を伸張させることを企図していたためであることははっきりしている。また,国家公務員としては人事院がその統制に関与するなど,地方公務員とは別のコントロール機関もある。控訴人が,戦前・戦中の内務省時代の民主憲法のなかった時代の内務省と大阪府のやりとりまで持ち出して原判決を非難するなど時代錯誤である。控訴人が,条例別表のこの包括的規制が常に理想的に運用されるかのごとき幻想を振りまいて原判決を非難することは不当である。茨木市には,B以外には,本件条例別表末尾の規定による採用職員がいないのであって,同規定は濫用されている。
イ 控訴人は過失がなかったと主張するが,法の不知は許されないのであるから,Aに過失がなかったとはいえない。
ウ 本件は,Bでなければ絶対に処理できない専門技術行為の担当でもなければ,せいぜい従来の担当者として引継ぎすべき作業をすべきところ,Bがいれば他の職員が楽だったという程度の判断のレベルであり,茨木市に不可欠な非常勤職員というだけの状況にはない。
第3当裁判所の判断
1 本件報酬の支給は地方自治法の定める給与条例主義に違反し違法か(争点①)。
(1) 非常勤職員の給与等に関する法令の規定とその沿革
ア 非常勤の地方公務員の給与等に関する法令の規定,イ 非常勤の国家公務員に関する法令の規定,ウ 非常勤の地方公務員及び国家公務員に対する給与に関する法令の規定の変遷についての判断は,次のとおり付加するほかは,原判決19頁17行目から30頁18行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決29頁7行目の「ついては,」の次に「職員の給与,勤務時間その他の勤務条件は,」を加える。
(2) 普通地方公共団体の非常勤の職員と給与条例主義
ア 前項記載の地方自治法203条,204条及び204条の2の各規定並びに地方公務員法24条6項,25条の各規定の趣旨及びその沿革等にかんがみると,これらの規定が普通地方公共団体の職員の給与に関していわゆる給与条例主義を定めている趣旨は,給与の額及びその支給方法の決定を普通地方公共団体の住民の直接選挙により構成される議事機関である議会が制定する条例にゆだねることにより,給与に対する民主的統制を図り民主主義的な基礎を与えるとともに,普通地方公共団体の職員に対して法定の種類の給与を権利として保障するものであると解される。
この給与条例主義は憲法に基づく直接の要請があるわけではないところ,憲法の直接の要請に基づく罪刑法定主義や租税法律主義においてさえ,基本的事項を法律で定めその具体的・細目的事項については下位の法令に委任することが許されると解されているのであるから,給与条例主義においても,基本的事項の委任や白紙委任等は許されないとしても,条例によって一定の基準の下に具体的・細目的事項を下位の法令に委任することは,任命権者の恣意的な決定を排するものであって,かつ,給与条例主義の趣旨を没却するものでない限り,当然に許容されるものと考えられる。
イ 普通地方公共団体の非常勤の職員は,議会の議員その他の法定の一定範囲の者を除くと,国家公務員についての給与法22条2項所定の常勤を要しない職員と同様に,その採用の形態,職務内容,勤務態様は多種多様で,性質上一律的な規律になじまないと考えられるだけでなく,普通地方公共団体の非常勤の職員に関する地方公務員法及び地方自治法その他関係法令の規定からすれば,非常勤の嘱託員を含む普通地方公共団体の非常勤の職員の制度は,一般職に属する常勤の職員を中核とする人的体制を補完するものとしてその時々の行政需要に柔軟に対処するための制度として位置付けられている側面が存在し,これらの点において,普通地方公共団体の常勤の職員とは大きな差異が存在するところである。また,常勤職員と非常勤職員との間に制度上・性質上の差異が存することは地方公務員においても国家公務員においても変わるところがないので,両者において異なる立法政策を採る実質的な理由がないだけでなく,地方公務員法24条3項には職員の給与は国家公務員の給与その他の事情を考慮して定められなければならない(均衡の原則)と規定されており,地方公務員の給与については国家公務員の給与水準と同様になるよう毎年国が指導を行っているなど,国家公務員の給与に関する法令に準じて運用されているのが実態であることも広く知られている事実である。
これらにかんがみると,地方自治法等の定める給与条例主義の解釈適用に当たっても,常勤の職員と非常勤の職員のこのような制度上,性質上の差異を考慮せざるを得ず,このことは地方自治法等の予定するところであり,普通地方公共団体の非常勤の職員に対する給与については,国家公務員についての給与法22条2項の規定の趣旨に準じて,条例において報酬等の額及び支給方法についての基本的基準のみを定め,その具体的な決定を当該普通地方公共団体の長又は規則に委任することも,地方自治法203条,204条の2の各規定の許容するところであると解することにも十分な合理性が認められるものと考えられる。
ウ 関係規定の沿革及び文理等についてみても,昭和25年法律第299号による改正後の給与法22条において,具体的な給与の決定は予算の範囲内で各庁の長の裁量にゆだねることとされたのに対し,その後になされた地方自治法の昭和31年改正においては,給与法と同様の規定が置かれず,204条の2の規定が追加されたことをもって,直ちに,国家公務員と異なり地方公務員の非常勤職員の給与については,条例に報酬額決定のための具体的基準を必ず規定すべしとする厳格な給与条例主義という異なる立法政策が採られたものと解することはできない。
なんとなれば,国家公務員に対して給与を支給するための法律は給与法であり,他方,地方公務員に対して給与を支給する根拠となるのは地方自治法ではなく地方公共団体の条例であって,国が各地方公共団体に対してその組織及び運営について遵守すべき一般的な枠組や原則を定めるものにすぎず地方公務員の給与について具体的な内容を定めるものではない地方自治法に,給与条例主義が規定され同時に下位法令への委任について規定されていないからといって,直ちに委任を禁じたものと見ることはできない(給与法と対比すべきは給与条例である。)からであるし,また,昭和31年改正当時に国家公務員の給与に関する法令を所管するのは内閣人事院,地方公務員の給与に関する法令を所管するのは自治庁で,両者は所管庁だけでなく国会審議を行う委員会をも異にし,法令の制定時期も異なっており,両法の改正が相互に緊密な連携性をもって行われたとは必ずしもいえないからであり,さらに,昭和31年改正における国会審議の過程においても,地方公務員において厳格な給与条例主義という国家公務員とは異なる立法政策が採られたことを推測させるような事情も窺われないからである(乙24)。
なお,54年通知がなされたのは,当時実働を伴わずに給与等の違法支給が行われた事例が多数報道されたという社会的背景があった(乙29,30の1ないし11)からのようであり,同通知は基本的事項をすべて委任することは許されないといっているものであって,同通知から直ちに,非常勤の嘱託員について条例で給与の具体的な支給基準を定めなければならないとの趣旨をくみとることはできない。
エ 職員の権利保障の面についてみるに,給与条例主義は国家公務員の給与に関する給与法定主義に対応するものであるところ,国家公務員についての給与法22条1項及びこれを受けて定められた人事院規則9-1第2条は非常勤職員の給与の具体的基準を定めることを求めていないし,また,非常勤職員については,任用関係に至る前提として,給与の支給額や給与の支給方法を含む勤務条件について個別に折衝を行い,合意に至らなければ任用に至らないのであるから,条例において給与の具体的基準を定めていなかったとしても,職員の権利保障の面における給与条例主義の趣旨を没却することは現実にもあり得ない。
オ 以上のように,給与条例主義,非常勤職員の実態,関係規定の沿革及び文理等,職員の権利保障などの各観点から検討しても,非常勤職員の給与の額及びその支給方法の決定につき,条例によって一定の基準の下に具体的・細目的事項を下位の法令に委任することは,任命権者の恣意的な決定を排するものであって,かつ,給与条例主義の趣旨を没却するものでない限り,当然に許容されるものと考えられる。
(3) 本件条例2条,別表中非常勤の嘱託員に関する規定の地方自治法203条2項,5項,204条の2適合性
ア 本件条例は,1条において,条例の趣旨について,地方自治法203条に掲げる者(他の条例に特別の定めのある者を除く。以下「非常勤の職員」という。)に対し支給する報酬,費用弁償及び期末手当の額並びにその支給方法について定めるものとすると規定し,2条において,本件条例1条の報酬は別表のとおりとするものと規定し,原判決別紙1のとおり,別表において区分欄に,市議会議長や行政委員会委員及び条例に基づく審議会委員等の60の職種の常設的な非常勤の職員の区分ごとに報酬額を具体的に月額又は日額で定めており,最後にその区分の一つとして,「非常勤の嘱託員」が規定され,これに対応する報酬額は「月額27万円又は日額1万2700円の範囲内で任命権者の定める月額又は日額」と規定されている。3条以下には,年額又は月額による支給方法,死亡した場合の取扱い,旅費や費用等の支給について定めている。そして,同条例は,9条において,この条例の施行について必要な事項は,市長が別に定めると規定しており,同条の規定に基づき,専門委員及び非常勤の嘱託員の範囲及び報酬の支給額を定めることを目的として,専門委員及び非常勤の嘱託員の範囲及び報酬に関する支給内規(支給内規)が定められている。支給内規2条2項は,非常勤の嘱託員の範囲及び報酬額は,別表第2のとおりとすると規定し,別表第2においては,原判決別紙2のとおり,「産業医 月額2万円」,「市史編さん委員会委員長 月額4万円」,「市史編纂委員会委員 月額3万5000円」,「市史編さん執筆委員 日額1万円」などといった具合に,区分欄に規定する115の職種の非常勤の嘱託員の区分ごとに報酬限度額が月額又は日額で定められている。
イ 前項に認定したところによれば,本件条例2条,別表(原判決別紙1)において報酬額が明示されている非常勤職員の職種は,定型的・常設的に存在することが市の制度上又は法令上明らかな職種であり,さらにはその数や職種の内容も予め確認できるところから,予算上その報酬額も予め確定し得るものであるが,支給内規の別表第2(原判決別紙2)に記載された非常勤嘱託員の職種は,非定型的・臨時的なもので,必ずしも市の制度上又は法令上必要とされるものとは限らないのみならず,その数や職務の内容も常時変動し得るところから,予算上その報酬額を予め定め難く,個別的に決定せざるを得ない性質のものである点で著しく異なると考えられる。
これらの多種多様な非常勤の嘱託員の報酬について,すべてを条例で定めるとすれば,条例改正の必要が頻繁となり,かえって,瑣末な条例改正の審議のために限られた議会日程を割かざるをえない結果を生じ,逆に弊害をもたらすこともあり得ないではないと考えられる。
このように,本件条例においては,法律・条例に根拠があり報酬額を予め確定し得る非常勤職員については直接に報酬額を定め,その他の非定型的・臨時的で報酬額を予め定め難い非常勤の嘱託員については,報酬の限度額,支給の方法その他の基本的な事項については条例に規定し,一定の限度額の範囲で任命権者に具体的な額の決定を委任しているものであり,その外に別途本件要綱を制定しているのであるから,本件条例の規定する委任の在り方には,十分な合理性が認められるものであって,任命権者の恣意的な決定を排するものであり,かつ,前記(2)で説示した給与条例主義の趣旨を没却するものではないと考えられるので,委任の限界を超えるものではなく当然に許容されるものであるといわなければならない。
なお,支給内規の別表第2記載の非常勤の嘱託員について具体的な報酬額を条例で予め定めることが困難でありまた不適当であって,上記の解釈が相当性を有することは,大阪府や府下の各市町村において非常勤の嘱託員について報酬額の具体的な支給基準を予め定めている条例を置く地方自治体が皆無であることからも推測されるところである(乙31の1ないし34)。
2 本件委嘱の適否(争点②)
(1) 前記前提事実,証拠(甲5の1ないし10,6,乙4ないし9,証人B)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 本件委嘱は,決裁文書「専門委員及び非常勤の嘱託員の範囲及び報酬に関する支給内規の一部改正について」に設置理由として記載されている①ないし④の業務に対応する必要が生じたことを理由として行われたものである。
このうち,①の「建設部全般に関する渉外業務」は,主に都市計画道路「沢良宜野々宮線」のうち当時はまだ開通していなかった元茨木川緑地から中央環状線までの間の工事(本件道路工事)の着工に当たり提起された公害調停(本件公害調停)について,Bを非常勤の嘱託員に委嘱し在任中に引き続き担当として対応させることを主たる目的としたものである。
イ 「沢良宜野々宮線」は当該地域の東西幹線道路として茨木市にとって大きな重要性を有するものであるところ,総延長1920mのうち335mを占める部分が開通しないため,東西幹線道路としての役割が果たせない状態となっており,仮に同線が全線開通しないとなれば,同線のうち整備の終わった区間への投資効果が大きく減殺されることから,茨木市としては,早期に同線を開通させる必要があると考え,平成3年着工,同年開通を予定して,平成2年以来,地域住民に対する説明会等の協議を行ってきた。しかしながら,地域住民は,当該地域が既に府道大阪中央環状線及び近畿自動車道の自動車走行による多大な騒音,振動,大気汚染等の被害を受けている状況の中,更に「沢良宜野々宮線」が全線開通すれば,自動車の通行量が更に増大し,環境悪化を招くとして,同線の全線開通に向けての本件道路工事の着工に応じず,協議は不調に終わり,平成14年1月25日,地域住民により本件公害調停が申し立てられるに至った(なお,最終的に申立人は合計2990名に上った。)。
ウ Bは,一級建築士と建築主事の資格を有しているところ,昭和37年の任用以来一貫して土木建築分野の職務に携わり,昭和59年4月には土木部建築課長,平成4年7月には土木部次長兼建築課長,平成12年1月には土木部長に任命され,平成13年4月の機構改革により土木部が建設部に改称された後は,建設部長に任命され,以来,「沢良宜野々宮線」の工事着工に関する近隣住民との多数回の協議について,本件公害調停をも含めて,建設部長としてこれを担当し,取り仕切ってきた。本件公害調停において話合いを進めていくに当たっては,当該地域の公害状況が主たる問題となり,地域住民との従前の折衝経過や,公害を招いている主な原因である府道大阪中央環状線及び近畿自動車道の管理者である大阪府及び日本道路公団との過去の協議状況等をも踏まえて意見を述べていく必要があり,本件公害調停の場においても,これらの問題に関する経緯や事実関係を述べる場合には,そのような事情を熟知していたB自身が詳細な説明をしていた。
エ こうした中,いまだ本件公害調停が終結をみない平成15年3月31日にBが定年退職となり,以後同人の関与を得られなくなれば,後任の建設部長に予定されていた者が本件公害調停には直接関わっていなかったため,本件公害調停における話合いを進めていく上で大きな支障を来すことが予想されたことから,茨木市は,Bを非常勤の嘱託員に委嘱し,本件公害調停への対応を依頼した。すなわち,茨木市は,平成14年3月に業者と工事請負契約を締結していたものの,本件公害調停において住民や調停委員からされた工事着工延期の要請を尊重して工事を延期してきたが,上記契約及び予算措置の関係上,平成15年度中には工事を完成させる必要があり,平成15年1月に工事に着工することを決定し,それを本件公害調停の中で調停委員及び申立人に告知したところ,これをめぐって調停が紛糾し,他方多数の市民から「沢良宜野々宮線」の早期整備の要望書が提出されるなど,Bが退職する時点において本件公害調停は進行上重要な局面を迎えていたことから,このような時期に従前市の責任者としてこの問題を取り仕切ってきたBの関与が得られないとすれば,市として有効な対応ができないおそれがあるので,引き続きBに関与させ,その知識,経験を提供させて,従前の対応を行うことが,市として必要不可欠と判断された。そして,Bは,委嘱期間中,本件公害調停に全回出席し,必要に応じて意見を述べ,市議会に対する報告等において市議会に市の担当者として出席し,大型車通行規制に関しては部長代行としてC中央卸売市場やD株式会社流通センター部との間で交渉を行い,その他,従前の経緯について整理した文書を作成するなど,非常勤の嘱託員としての職務を行った。本件公害調停は平成16年2月17日に成立し,全線開通にも一応の目処が付いたので,茨木市はBの再委嘱を行わなかった。
オ なお,設置理由を本件公害調停への対応のためとせずに「建設部全般に関する渉外業務」と一般的な記載にしたのは,Bに退職後引き続き市の道路行政に関与してもらうことになれば,「沢良宜野々宮線」に関する上記紛争以外にも,Bの在任中に生じた紛争に関して相手方と折衝等する上で有益であると考えられたことから,そうした業務も行わせる趣旨であり,現に,Bは,本件公害調停以外にも,市内のα地域の水路の暗渠化についての地域住民との折衝業務や,平成15年度に茨木市長が近畿国道協議会及び大阪国道連絡会の会長となったことに伴う国との折衝等関連業務をも担当した。
カ その他,Bの長年の道路行政従事経験により培われた同人の知識,経験を市の道路行政に引き続き活用するべく,②ないし④の「建設リサイクル法や法定外公共物(里道,水路等)の譲渡に伴う明示等,地方分権に伴う法律等による窓口業務等に対する補助事業」,「マンション管理等住宅相談業務,及び「マンションの建て替えの円滑化等に関する法律」(現在国会審議中)に基づく市町村が行わなければならない業務」及び「その他上記に付随する業務」も設置理由とし,現にこれらの事項についても同人の助言,指導を得た。Bは,委嘱期間中,その業務を遂行するため,週4日勤務という所定の日数を上回る日数を勤務し,1日当たりの出勤時間も所定の時間を上回る状況であった。
(2) 前項の認定事実に基づいて,以下本件委嘱の適否について検討する。
地方公共団体における特別職の設置及び地方公務員の任用は任命権者の裁量にゆだねられており,中でも,特別職の任用は,地方公務員法3章2節に定める任用の根本基準の適用もなく,これについての任命権者の裁量は広範なものとされている。そして,茨木市においては,その裁量により,前記のとおり本件要綱を制定して,非常勤の嘱託員の任用基準を定めているところである。
Bに対して本件委嘱を行った理由は,「沢良宜野々宮線」全線開通に対して提起された本件公害調停への対応のためであるところ,本件公害調停への対応は,茨木市の都市計画に従って施工,開通を計画され,既に多額の税金が投入され,地域住民に与える利便の大きな路線の全線開通に向けた工事を円滑に行うためのもので,市の道路行政の基本にかかわる重大事項であったことから,長年土木建築分野の職務に携わり,特に平成12年1月以来3年余りにわたって建設部長として「沢良宜野々宮線」工事着工をめぐる問題の解決に携わってきたBにその退職後も引き続き本件公害調停に関与させてそれまでの知識や経験を活用することが,重大性を有する本件公害調停へ十分な対応を期すための有益な方策であると判断されて,建設事業指導業務という嘱託職の新設とBに対する期限を限っての本件委嘱が行われたものであるから,本件委嘱には十分な必要性と合理性が認められ,また,本件要綱の定める非常勤の嘱託員の任用基準を充たすものでもあるから,任命権者である茨木市長の裁量の範囲内の行為であって,違法と評価されるものではないものと認められる。
(3) 被控訴人らは,Bについては,地方公務員法28条の3及び28条の4の定年退職の特例や定年退職者再任用制度のような定年制の例外の設定のために必要な手続がとられなければならないところ,茨木市長は,これらの必要な手続をとらず,嘱託の方法をとることにより,定年制の例外を定める上記各規定及び茨木市職員の再任用に関する条例を脱法的に回避したなどと主張する。
しかしながら,市の業務を遂行するためにどのような人的体制をとるか,すなわち,正規職員のみで対応するのか,それ以外に再任用職員,臨時職員,嘱託員を用いるか,あるいは,外部に業務委託をすることにより対応するかについては,当該業務の内容,難易度,特殊性,継続期間,再任用等について定められている要件の具備の有無及び人件費等の諸要素を総合判断して決すべきものであり,正に任命権者である市長の裁量事項であるから,その判断の前提に重大な事実誤認があるとか又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場合でない限り違法とはいえないと解されるところであって,Bについては主として本件公害調停への対応という特定の事務を担当させることを想定していたのであり,控訴人の主張によれば,市長は一般職としての採用となる再任用等よりも嘱託が適当であると判断したものであるというのであるから,その判断が違法であるとはいえない。また,定年制は,画一的に退職年齢を定め,それによって計画的な人事を行うとするものであり,その例外を安易に認めることは,この定年制の趣旨を損なうことになることから,茨木市においては,職員の定年等に関する条例(昭和59年茨木市条例第12号・乙12)4条において一定の要件を規定し,また,茨木市職員の再任用に関する条例(平成13年茨木市条例第7号・乙10)でも要件を規定しているところであるが,本件委嘱は,建設部長として本件道路工事の着工をめぐる問題の解決に携わってきたBに退職後も引き続き本件公害調停に関与させることを主たる目的としてなされたものであり,控訴人の主張によれば,そうした目的を果たす上では,Bに常勤してもらうまでの必要はなく,また,建設部の事務を統括管理する建設部長の職を引き続き担任してもらうことまでの必要もなかったことから,Bについて定年延長制度等を適用しなかったものであるというのであるから,その判断が違法であるとはいえない。
3 本件報酬に係る報酬額の適否(争点③)
前記第2の2,3に判示したとおり,本件条例2条,別表は,非常勤の嘱託員に対し支給する報酬について,月額27万円又は日額1万2700円の範囲内で任命権者の定める月額又は日額と定めていたところ,茨木市においては,建設事業指導業務という嘱託職を新設して本件委嘱を行うに当たり,支給内規を一部改正し,上記嘱託職の報酬限度額について同条例に定める範囲内の月額26万9000円と定めたものである。
ところで,非常勤の嘱託員には,通勤手当相当分についても,支給内規に定める報酬額の範囲内で,かつ,本件要綱第12の2項各号に定める額を支給することとされていることから,上記嘱託職を含め,非常勤の嘱託員の報酬額を定める上では,通勤手当相当分として最大月額4000円を支給することがあり得ることを想定して,本給相当分(月額26万5000円)に上記月額4000円を付加した月額26万9000円を報酬限度額として定めている。そして,Bについては,通勤手当相当分が同人の通勤距離に照らし月額2000円とされたことから,本給分月額26万5000円にこれを付加した合計26万7000円が同人に対する報酬支給額と定められたものである(弁論の全趣旨)。
前記2に判示したとおり,本件委嘱によりBに委任された本件公害調停への対応如何によっては,茨木市の都市計画に従って施工,開通を計画され,本件公害調停提起時までに多額の税金が投入された路線の全線開通に向けた工事を円滑に行うことができるか否かに大きな影響を及ぼすものであることや,その全面開通が地域住民に与える利便の大きさからみて,本件公害調停への対処は市政上重大な事項であって,その対応の任務は大きな責任を伴うものであり,本件公害調停の推移如何では市に対し多大の負担を負わせるおそれもあった。Bに委嘱されたこのような任務の重大さやその業務の密度にかんがみれば,Bに対する支給額として決定された月額26万7000円の報酬額が不当に高額であって市長の裁量権を逸脱したものということはできない。また,手続的にも,Bに対する上記報酬額は,本件条例2条,別表で定められている限度額27万円という範囲内において任命権者である市長が委嘱業務の内容等に応じて決定したものであるから,違法とすることはできない。
4 茨木市の本件報酬の支給に係るAに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の成否(争点④)
前記1ないし3に説示したとおり,本件委嘱による茨木市のBに対する本件報酬の支給が違法であるとは認められないだけでなく,次のとおり,本件委嘱による茨木市のBに対する本件報酬の支給の点においてAには過失も認められない。
すなわち,仮に万が一本件委嘱による茨木市のBに対する本件報酬の支給が前記1の点で違法とされる余地があるとしても,ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務上の取扱いも分かれていて,そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に,公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは,後にその執行が違法と判断されたからといって,直ちに上記公務員に過失があったものとすることは相当ではないと解されているところであって(最高裁昭和42年(オ)第692号同46年6月24日第一小法廷判決・民集25巻4号574頁,最高裁平成11年(行ヒ)第114号同16年3月2日第三小法廷判決・裁判集民事213号613頁参照),本件においては,前記1ないし3に説示したとおり,本件委嘱による茨木市のBに対する本件報酬の支給が適法であるとすることにも相当の根拠があり,大阪府や府下の各市町村において非常勤の嘱託員について報酬額の具体的な支給基準を予め定めている条例を置く地方自治体が皆無であることにも照らすと,本件委嘱による茨木市のBに対する本件報酬の支給の点においてAに過失を認めることは困難である。
したがって,上記検討の結果によれば,いずれにしても,茨木市の本件報酬の支給に係るAに対する不法行為に基づく損害賠償請求権が成立すると解することはできないといわざるをえない。
5 結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないから,これを棄却するのが相当である。
よって,原判決中控訴人敗訴部分を取り消し,被控訴人らの請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島田清次郎 裁判官 坂本倫城 裁判官 山垣清正)