大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成19年(行コ)20号 判決 2007年9月13日

主文

1  原判決を取り消す。

2  宝塚市長が控訴人に対して平成17年6月10日付けでした身体障害者居宅生活支援費不支給決定を取り消す。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

事案の概要は,以下に付加・加除・訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の項に摘示のとおりであるから,これを引用する。なお,以下において,略称は原判決の例による。

1  原判決2頁14行目の次に,改行の上,次のとおり加える。

「このうち身体障害者居宅介護とは,身体障害者につき,居宅において行われる入浴,排せつ,食事等の介護その他の日常生活を営むのに必要な便宜であつて厚生労働省令で定めるものを供与することをいうとされ,その厚生労働省令で定める便宜とは,入浴,排せつ及び食事等の介護,調理,洗濯及び掃除等の家事,生活等に関する相談及び助言並びに外出時における移動の介護その他の生活全般にわたる援助をいうものとされている(福祉法4条の2第2項,同法施行規則1条)。」

2  原判決2頁22行目の「(福祉法」から同23行目の末尾までを「。同決定では,生活支援費を支給する期間(1年と1か月未満の端数を合わせた期間以下)と,身体障害者生活支援の種類ごとに,月を単位として,支給する指定居宅支援の量(支給量)が定められることとされている(福祉法17条の5第2項,第3項)。」と,同3頁初行の「(福祉法」から同行の末尾までを「。その額は,身体障害者居宅支援の種類ごとに指定居宅支援に通常要する費用につき,市町村長が定める基準により算定した額から,身体障害者又はその扶養義務者の負担能力に応じて市町村長が定める基準により算定した額を控除した金額とされる。また,障害者は,支給量を変更する必要があると認めるときは,厚生労働省令の定めるところにより,その変更の申請をすることができ,市町村は,申請又は職権により,必要があると認めるときは,支給量の変更の決定をすることができるとされている(福祉法17条の4第1項,第2項,同条の7第1項,第2項)」と,それぞれ改める。

3  原判決3頁5行目の次に,改行の上,次のとおり加える。

「エ 生活支援費の制度は,障害者の自己決定を尊重し,利用者本位のサービスの提供を基本として,障害者自らがサービスを選択し,事業者・施設との契約によりサービスを利用できる仕組みとされており,生活支援費は,サービスを提供した事業者に対して,サービスの対価として支払われることによって,障害者に支給されたものとみなされることとなっている(福祉法17条の5第8ないし第10項,甲32)。」

4  原判決3頁12行目の末尾に「居宅介護サービス費の総額は,要介護度ごとに定められる限度額を超えることができないとされているが,その範囲であれば,要介護者において任意に,あるいはいわゆるケアプランに従ってサービスを選択して,介護サービスを受けることができるとされている(保険法43条)。また,要介護認定は,原則1年ごとに更新されることとされている(保険法28条)。」を加え,同15行目の「定められる(保険法41条4項)。」を,「定められ,その限度において,サービスを提供した事業者に対して支払われることによって,被保険者に支給されたものとみなされることになっている(保険法41条4項,6項,7項,9項)。」と改め,同行の次に,改行の上,次のとおり加える。

「なお,上記のうち,訪問介護とは,要介護者等であって,居宅等において介護を受けるものについて,その者の居宅において介護福祉士その他政令で定める者により行われる入浴,排せつ,食事等の介護その他の日常生活上の世話であって,厚生労働省令で定めるものをいうとされ,その厚生労働省令にいう日常生活上の世話とは,入浴,排せつ,食事等の介護,調理,洗濯,掃除等の家事(居宅要介護者等が単身の世帯に属するため又はその同居している家族等の障害,疾病等のため,これらの者が自ら行うことが困難な家事であって,居宅要介護者等の日常生活上必要なものとする。),生活等に関する相談及び助言その他の居宅要介護者等に必要な日常生活上の世話とするものとされている(保険法7条6項,同法施行規則5条)。」

5  原判決4頁3行目の「(以下「訪問介護」という。)」を削る。

6  原判決5頁初行の「却下した。」を「棄却した。」と改める。

第3当裁判所の判断

1  争点1について

当裁判所も,争点1については,福祉法17条の9は,憲法25条に違反するものではないと判断するが,その理由は,原判決がその13頁6行目から同15頁21行目までに説示するとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決14頁7行目から同12行目までを,次のとおり改める。

「しかし,最低生活保障機能は,まずもって生活保護法によって担われている機能であるところ,福祉法は,生活保護法とは異なり,障害者の自立と社会経済活動への参加の促進という,最低限度の生活を越えた到達点を示して,援助と保護により障害者の福祉の増進を図ることを目的とし,制度的にも,障害者の経済的能力にかかわらず援助や保護を与えるとしているものであるから,福祉法の保障する権利のすべてが,憲法25条の最低生活保障機能的側面を具体化したものということはできない。確かに,障害者は,その障害のため,日常生活において介護を要することがあり,それに要する費用は,健康で文化的な最低限度の生活を保障するために必要な費用であるとの一面もあるが,それは,あくまで生活保護法の保障する権利の補完的なものに止まるというべきであって,福祉法の保障する権利の法的性質を左右するものではないというべきである。

上記控訴人の主張は認められない。」

(2)  原判決15頁5行目から同21行目までを,以下のとおり改める。

「イ しかし,福祉法の生活支援費の対象となる身体障害者居宅介護のうち,ホームヘルプサービスは,その提供されるサービスの具体的内容において,保険法の居宅介護サービス費の対象となる訪問介護とほぼ同一であり,両者は,その目的及び機能において重複しているということができる。したがって,その重複する限度においては,要介護者である障害者であっても二重にサービスを受ける理由はないし,拠出制の制度による給付と無拠出制の制度による給付が重複する場合には,拠出制の制度による給付が優先すべきことも当然であるから,保険法による保険給付としてのサービスを受けることができる場合には,そのサービスを受けることを原則とし,その限度において福祉法による生活支援費の支給をしないとすることは合理的である。

(3)  したがって,福祉法19条の9の規定は,合理的であって,そこに立法府の裁量の逸脱,濫用を見いだすことはできないから,同条の規定は合憲である。」

2  争点2について

(1)  本件通知は,通達であって,法規性を有しないから,そこに述べられている福祉法17条の9の解釈基準は,裁判所の判断を拘束するものではない。しかしながら,行政を円滑・公平・適正に運営するためには,法令の定めを更に具体化したり,法令の解釈や運用を統一するために,通達の形式で,あるべき解釈を示したり,一定の運用上の基準を設ける必要性があることは否定できないし,その場合には,当該通達の内容が法の趣旨に照らして適正である限り,裁判所としても,法令の解釈にあたって,その内容を尊重することが相当である。

(2)  本件通知は,類似の法制度である福祉法のホームヘルプサービスと保険法の訪問介護の相互の関係について,通達によって,その解釈を示したものであるところ,本件事案との関係では,その要点は,本件通知にいう全身性障害者以外は,福祉法のホームヘルプサービスにつき,保険法の訪問介護で対応できない部分は存在しない,とするところにある。

(3)  そこで,このような本件通知の依拠する解釈が,福祉法及び保険法の解釈として正当であるかどうかについて検討する。

ア 福祉法と保険法の目的については,原判決がその14頁13行目から同15頁4行目までに説示するとおりであるから,これを引用するが,そこに示されているとおり,両者の目的,機能は異なっている。このことは,福祉法の制度と保険法の制度の関係については,外見上類似した制度であっても,実際の運用において,異なる運用がなされる可能性を示すものということができる。

イ このことは,福祉法17条の9の文言によっても裏付けられている。すなわち,同条の文言は,生活支援費の支給は,介護保険法の規定によって受けた給付の限度において,行わないとするもので,福祉法による厚生援護と介護保険法による保険給付とが,少なくとも量的に同一でないことを前提としている規定となっている。

ウ 具体的な制度の定めを見ても,両者の制度には差異がある。

すなわち,前記事案の概要の1項(関係法令等の定め)に摘示のとおり(引用にかかる原判決2頁13行目から同3頁5行目まで。なお,本判決による補正を含む。),福祉法によるホームヘルプサービスを受ける手続においては,障害者が先にサービスを選択した上,その申請に基づいて,市町村が生活支援費支給の要否を決定するが,その際には,生活支援費を支給する期間と,支給量が定められることになっている。この支給量については,法律上は明確な上限額が定められているわけではなく,障害者の実情に応じて定められ,1年1か月未満の範囲内で定められる支給期間(したがって,支給期間は,場合により,1年よりも短期のことがある。)ごとに見直しがされ,併せて,申請または職権で随時変更されることが予定されているものである。

これに対し,保険法では,要介護者の実情にかかわらず要介護度ごとに予め決められている限度額の範囲内で,要介護者において必要なサービスを選択できることとされており,1年ごとに(サービスの必要性ではなく)要介護度に関して見直しがされることとされているものである。

エ 以上によれば,福祉法のホームヘルプサービスと保険法の訪問介護は,受けることのできるサービスの内容は共通するものの,福祉法による障害者に対する援助は,その基礎となるノーマライゼーションの思想に基づき,障害者の社会経済活動への参加という目的を見据えてなされるべきものであるのに対し,保険法による保険給付は,これまでもっぱら家族によって担われてきた高齢者介護を,社会的介護により支援していくという観点からなされるものであるというように,両者の目的及び機能は異なっており,それぞれの必要性の認定についても,同一の観点からなされるとは言い難い。

また,サービスを受けることができる量についても,福祉法のホームヘルプサービスが障害者の実情に応じて定められ,随時支給量について見直しがされるのに対し,保険法の訪問介護では,限度額の範囲内で,要介護者の選択によってサービスを受けることができるが,原則として限度額を超えるサービスは,そのサービスを受ける必要があっても受けることができない仕組みとなっているということができる。そうすると,福祉法と保険法で同一内容のサービスが提供されるとしても,福祉法による支給量は,保険法による保険給付と常に同一であるといえないことは勿論のこと,特別の場合(全身性障害者)でない限り,これを下回ると断じることもできないといわなければならない。

オ この点について,被控訴人は,本件通知は,福祉法や保険法の立法趣旨や運用実態などを考慮したもので合理的であると主張するが,原審第4回口頭弁論期日において,その主張の詳細を説明するよう求釈明されたにもかかわらず,その説明をしたとは認められず,被控訴人のいう合理性については何ら証明されていない。なお,上記被控訴人の主張にいう「福祉法や保険法の立法趣旨」については,上記に説示したとおり,本件通知は,それらの立法趣旨に沿わないものというべきであるし,「福祉法や保険法の運用実態」については,本件通知がなされた平成12年3月24日は,介護保険法施行前であり,かつ,福祉法において生活支援費の制度が創設された平成12年法律第111号の成立前の時期(ホームヘルプサービスは,当時の福祉法18条1項1号に基づく「便宜の供与」として提供されていた。)であって,上記の運用実態の存在しない時期であったから,それを考慮することは,およそ不可能であったといわなければならない。

よって,上記の被控訴人の主張は採用できない。

カ 以上によれば,福祉法17条の9は,福祉法と保険法とでは,その目的及び機能に差異があり,現に,福祉法によるホームヘルプサービスにかかる生活支援費と,保険法による訪問介護では,それぞれの金額(限度額を含む。)の具体的な算定過程も異なっていることから,その両者に差異があることを当然の前提として,その重複する部分について,保険法による訪問介護が優先することを定めたにすぎない規定と理解すべきである。

したがって,福祉法のホームヘルプサービスにつき,保険法の訪問介護で対応できない部分は存在しない,とする本件通知の依拠する解釈は,福祉法の立法目的・理念に沿うものではなく,福祉法と保険法の関係について,前記(1)の意味における行政の法令解釈に裁量の余地があることを十分考慮してもなお,その裁量の範囲を逸脱したものとして,法令の正当な解釈を示すものということはできない。

キ なお,被控訴人は,本件通知には,「(全身性障害者と)同等のサービスが必要であると市町村が認める者」という文言があるから,柔軟な運用が可能であると主張するが,上記のとおり,本件通知は,原則として全身性障害者でない限り,福祉法の運用上,介護保険による訪問介護を上回るホームヘルプサービスの必要があると認められる場合であっても,その必要部分について一律に生活支援費を支給しないとするもので,そのような基本的な点において,福祉法と保険法の関係の解釈を誤ったものであるから,本件通知の文言が,いくらか柔軟な運用の余地を残すものであることは,本件通知の基本となる解釈が,行政の裁量の範囲内にあると認める理由となるものではない。

(4)  以上によれば,本件処分は,福祉法と保険法の関係についての解釈を誤り,本来なすべき控訴人に対するホームヘルプサービスの支給量(福祉法17条の5第3項2号)を具体的に認定することなく,本件通知に基づいて,保険法の訪問介護で対応できない部分は存在しないと認めて,不支給の処分をしたものであって,違法な処分であることが明らかである。

なお,福祉法によるホームヘルプサービスの支給量が,保険法による訪問介護を上回らない場合には,結果的に不支給とされることがあり得るけれども,その判断は,福祉法の運営の主体であり,専門的知識を有する被控訴人の第一次的判断に委ねるべき事柄であるから,当裁判所においては判断しない。

第4結論

以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,控訴人の請求は理由がある。よって,これと異なる原判決を取り消して,控訴人の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 安達嗣雄 裁判官 松本清隆)

file_3.jpg別紙

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例