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大阪高等裁判所 平成19年(行コ)88号 判決 2008年3月06日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  大阪市教育委員会(以下「市教育委員会」という。)が平成15年8月1日付けで控訴人に対してした非公開決定(大市教委第▲号,以下「本件処分」という。)のうち,校長の年齢を非公開とした部分を除く部分を取り消す。

第2事案の概要及び当事者の主張

1  本件は,控訴人が,大阪市情報公開条例(平成13年大阪市条例第3号。以下「情報公開条例」という。)5条に基づき,市教育委員会に対し,原判決別紙1公文書目録記載の公文書(以下「本件文書」という。)の公開を請求したところ,同委員会が,その全部を公開しない旨の本件処分をしたため,控訴人が,同処分のうち,校長の年齢を非公開とした部分を除く部分の取消しを請求した抗告訴訟である。

原判決は,本件文書の自己申告票,面談個票及び評価・育成シートの中核部分はいずれも情報公開条例7条1号,5号エ(人事管理に係る事務に関し,公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがあるもの)の非公開情報に該当し,かつ,本件文書の中には「記入年月日」や「学校コード」「区名」のように,一部非公開情報に該当しないものもあるが,それらは非公開情報を除いて有意な情報とはいえないから,同条例8条1項による部分公開もできないとし,本件文書を全部非公開とした本件処分は適法であると判断して控訴人の請求を棄却したため,これを不服とする控訴人が本件控訴をした。

2  情報公開条例の定め,前提事実,争点及び当事者の主張は,以下のとおり当審における控訴人の主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要」1ないし3(原判決2頁2行目から21頁24行目まで)に記載するとおりであるから,これを引用する。

3  当審における控訴人の主張

(1)  控訴理由1

原審は,市教育委員会が原判決直後,平成18,19年度の自己申告票について,全面非公開の主張を変更して一部公開に転向する可能性が高いことを事前に知りながら,本件文書の自己申告票について全面非公開の判決をしたものであって不当である。

(2)  控訴理由2

教職員の評価・育成に関する本件システムは,校長を含む教職員の公務員としての人事評価に使われてきているが,その内容は,子供たちの成長・発達を目的にした教育活動の結果の評価であるべきであるのに,原判決は,前者のみを検討して人事評価であるから全面非公開でよいと結論付け,教育基本法及び学校教育法に基づいて教育情報を市民に公開するかどうかの判断をしておらず,不当である。

(3)  控訴理由3

原判決は,唯一,自己申告票から(教育)情報を抽出することが可能であり,当該情報自体は,人事管理に係る事務に関する情報に該当しないと述べながら,結局は,その抽出ができないとして全面非公開の結論を導いている。その理由は,本件文書のどの部分もすべてが相互に有機的に連関し,全体として一つのまとまりのある人事管理に係る事務に関する情報を構成しているという独断的な断定であり,部分公開の可能性を内容に即して検討しておらず,誤った判決である。

(4)  控訴理由4

大阪府情報公開審査会は,自己申告票の原文を読んで検討し,その結果,一部公開の決定をしたところ(当審提出の甲25の1,2),大阪府教育委員会が一部公開に転向し(甲26),市教育委員会も平成18,19年度分の自己申告票について一部を公開した(甲27の1ないし3)。

これに対し,原審は,本件文書の原文の内容を読まずに,被控訴人の主張だけを資料とし,公開すれば支障があるかどうかを判断したもので不当であるから,当審ではこれを正し,本件文書の一つ一つの内容を踏まえて,公開すべきかどうかの判決を出すため,行政事件訴訟法23条の2第1項1号に基づいて,本件文書の原文を調査した上で,判決することを求める。

(5)  控訴理由5

市教育委員会は,平成18,19年度の自己申告票の「中期的な学校(園)経営のビジョン」と「今年度の学校(園)教育目標等」の部分を公開したが,上記審査会の答申及び大阪府教育委員会決定でも,公開部分と「設定目標」等の非公開部分を区別する理由は説明されていない。自己申告票のその他の部分及び評価・育成シート等の他の文書も含め,その内容はすべて子どもの教育情報であるから全部公開すべきである。

(6)  控訴理由6

ア 学校教育法は,子どもの教育を受ける権利を保障するため,「教諭は,児童の教育をつかさどる。」(28条6号)と定め,校長・教員の資格(8条)及び欠格事由(9条)を規定している。この教諭の職種の専門性は,すべての学校教員についての規定であり,教員免許制度に基づく専門職としての教育活動の評価制度の創設が必要であるところ,同制度は,子ども・保護者・市民に開かれた双方向性を持つべきであるから,控訴人は,学校教育法28条等に基づき,本件文書の公開の必要性の判断を求める。

この点につき,被控訴人から当審で提出された乙第11号証のとおり,教職員の資質向上に関する検討委員会は,「教職員全般の資質向上方策について」と題する報告で,その制度化にあたって,双方向性のある,開かれた関係が欠かせないと明言しているが,これは,本件システムが子供や保護者等の外部の者を教職員の評価に関与させる制度ではなく,専ら校長及び市教育委員会の責任において教職員の評価・育成を行うことを目的として構築された人事管理に係る制度である旨の被控訴人の主張と矛盾するものである。

イ 憲法26条,教育基本法4条,児童福祉法1条ないし3条が規定する子どもの教育権を保障するためにこそ,学校教育法の教育職の専門性の規定があるから,その教育職の評価制度は当然,教育の主権者である子どもと保護者・市民に開かれた評価制度でなければならない。

さらに学校教育法28条は,児童の権利に関する条約,ILOとユネスコ共同の「教員の地位に関する勧告」に依拠しているものである。

したがって,被控訴人主張の「専ら校長及び市教委の責任において行う人事管理制度」であるとして本件文書を市民に非公開にする本件処分は,上記国内・国際の公教育に関する法令に反するものである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も控訴人の請求は理由がないと判断するものであり,その理由は,以下のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」欄第3「当裁判所の判断」1ないし4(原判決21頁末行から41頁23行目まで)に認定・説示するとおりであるから,これを引用する。

2  当審における控訴人の主張について

(1)  控訴理由1について

控訴人は,原審が,市教育委員会において自己申告票の全面非公開の主張を変更して一部公開に転向する可能性が高いことを知りながら,本件文書について全面非公開の判決をしたことは誤りである旨主張する。

しかし,市教育委員会が原判決後に一部公開決定をしたのは,平成18,19年度実施に係る校長の自己申告票(甲27の1ないし3)であるのに対し,原判決は,平成14年度に試験的に実施された本件文書が非公開情報に該当する旨判断したのであって,その対象は異なる上,両者間で異なる扱いがされていることに合理的根拠があることも後記(3)のとおりであるから,上記主張は理由がない。

(2)  控訴理由2ないし4について

控訴人の同主張がいずれも採用できないことは,原判決の上記説示のとおりである。なお,本件においては,控訴人の主張する行政事件訴訟法23条の2第1項1号に基づく釈明処分をするのは相当ではなく,また,教育基本法等に基づいて教育情報を公開すべきであるとの控訴人の主張が採用できないことは後記(4)のとおりである。

(3)  控訴理由5について

控訴人は,市教育委員会が,平成18,19年度の自己申告票の一部を公開したのに,平成14年度の本件文書については全面的に非公開としているが,本件文書の場合と区別する理由がないし,自己申告票のその他の部分及び評価・育成シート等の他の文書も含め,その内容はすべて子どもの教育情報であるから全部公開すべきである旨主張する。

本件システムは,平成14年度の試験的実施及び平成15年度の試行実施を経て,平成16年度から本格実施する予定であったものであり,試験的実施の目的が,評価・育成システムをより効果的なものとするための改善点等を把握し,今後の検討の参考にするほか,教職員の活動内容の充実・改善や目標設定の契機にするとともに,教職員の意見を学校運営等に反映させることにあったことは,いずれも原判決の認定するとおりであるから,上記の試験的実施に当たっては,対象者である校長の真意や多角的な意見等を集約し,調査・確認する必要性があったと認められるところ,仮に,試験的実施に係る本件文書の情報が開示がされると,記入・回答事項が公開されることにより,第三者からの批判等を意識して,正確,具体的,かつ率直な記載を避けるといった傾向が生ずることも否定できず,ひいては新制度の本格実施という人事管理の事務に関し,公正かつ円滑な人材の確保に支障を及ぼす相当の蓋然性が認められるというべきである。のみならず,甲第1号証の5,第27号証の2,3によると,平成18,19年度の自己申告票は,本格実施後の作成に係るものであり,かつ,将来における「中期的な学校(園)経営のビジョン」及び「今年度の学校(園)教育目標等」に関するものであって,教職員が学校(園)や校内各組織の目標達成に向けた個人目標を主体的に設定することなどを前提とする本件システムの趣旨に沿うものであるのに対し,平成14年度の試験的実施は,年度途中の同年12月中旬以降であり,しかも本件システムが本来前提とする新たな将来の目標設定ではなく,平成14年度を振り返り,すでに取り組んでいる事項のうち,重要と思われることを目標として任意に1項目を選んで記入するというものであって(なお,達成状況の評価も,当初の計画どおりに取組が進んでいるかどうかの観点からの自己評価である。),本件システムの本来の趣旨とは異なることが客観的にも明らかである。

そうすると,市教育委員会が,前記のとおり本格実施に伴う平成18,19年度の自己申告票中の一部を公開したとしても,試験的実施に係る本件文書を非公開とした本件処分が直ちに不合理となるものではないというべきであるから,控訴人の上記主張も理由がない。

(4)  控訴理由6について

控訴人は,学校教育法28条や憲法26条及び国際法の観点から,本件文書の公開の必要性を判断すべきである旨主張する。

しかし,学校教育法や憲法等の趣旨から,教育活動の評価において双方向性や保護者等への開かれた関係も必要であることは,控訴人の指摘するとおりであるとしても,本件における控訴人の請求の根拠は情報公開条例であって,同条例が公文書の公開を原則としながらも,所定の要件のもとに例外を設けることは,情報公開と個人のプライバシー及び公務員の人事管理制度との調整として許容されることであり,本件文書が個人情報ないし人事管理に係る事務に関する情報に当たるものとして公開原則の例外に当たる場合にまで,保護者等に上記情報を全面開示しなければならないというものではないから,控訴人の上記主張は採用することができない。

3  以上によれば,控訴人の請求は理由がないから,これを棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。

よって,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 市村弘 裁判官 一谷好文)

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