大阪高等裁判所 平成19年(行ス)5号 決定 2007年3月27日
(本案事件 同裁判所 平成18年(行ウ)第81号 保育所廃止処分差止請求事件)
主文
1 原決定を取り消す。
2 本件申立てを却下する。
3 手続費用は,相手方らの負担とする。
事実及び理由
第1本件抗告の趣旨及び理由
別紙「即時抗告申立書」及び同「意見書(1)」に記載のとおりである。
第2本件抗告の趣旨及び理由に対する答弁及び反論
別紙「当事者の目録」記載のとおり代理人を選任した相手方らの答弁及び反論は,別紙「答弁書」に記載のとおりである。
第3事案の概要等
1 事案の概要
本件は,相手方らが,神戸市立児童福祉施設等に関する条例(神戸市昭和33年条例第1号,以下「本件設置条例」という。)に基づいて市立保育所を設置する抗告人に対し,神戸市α××番地所在の神戸市立A保育所(以下「本件保育所」という。)の運営を民間の社会福祉法人に移管するために,同保育所を平成19年3月31日限りで廃止することを内容とする本件設置条例の改正案(以下「本件第1次改正案」という。)を神戸市議会で条例として制定することは,同保育所に入所している児童及びその保護者らの保育所選択権等を侵害するものであって違法であるなどと主張して,本件第1次改正案による条例(以下「本件改正条例」という。)の制定の差止めを求める本案訴訟(神戸地方裁判所平成18年(行ウ)第81号事件)を提起するとともに,同条例の制定の仮の差止めの申立てをした事案である。
原審が,同年4月1日以降も本件保育所に在園予定の児童及びその保護者らについて,上記申立てを認め,その余の申立人らの上記申立てを却下したので,抗告人が抗告した。
2 当事者の主張
(1) 当事者の主張は,次に記載する当審における新主張のほかは,原決定の「事実及び理由」の「第2 当事者の主張」(原決定1頁25行目から同2頁1行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(2) 当審における新主張
ア 抗告人
抗告人は,平成19年2月27日付で原決定が発令されたことを受けて,本件保育所の廃止時期を同年7月1日に変更することに方針を変更し,神戸市議会に第26号議案として上程されていた本件第1次改正案を撤回し,新たに,施行日を規則で定めることとした,本件第1次改正案に替わる条例改正案(以下「本件第2次改正案」という。)を第37号議案として上程したので,本件改正条例が制定されることはなくなった。
したがって,本件申立てについては,行政事件訴訟法37条の5第2項所定の仮の差止め命令の発令要件である「本案について理由があるとみえる」こと,「償うことのできない損害」を被ること,同損害を避けるため「緊急の必要」があることは,いずれも認められない。
イ 相手方ら(ただし,前記の代理人を選任した相手方ら)
抗告人は,原決定に従って,神戸市議会に第26号議案として上程されていた本件第1次改正案を撤回したから,抗告人が本件抗告を申し立てることは許されない。
第4当裁判所の判断
1 行政事件訴訟法3条7項は,「行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合に」,差止めの訴えを認めるとともに,同法37条の5第2項で,差止めの訴えが提起された場合に仮の差止めの申立てを許容し,仮の差止めを命じる決定の発令要件の一つとして「本案について理由があるとみえる」ことを定めている。
そこで,本件申立てにおいて,本案訴訟である神戸地方裁判所平成18年(行ウ)第81号事件について,上記の「理由があるとみえる」かどうかを検討する。
2 本件記録によると,次の事実が認められる。
(1) 抗告人は,平成17年末ころ,本件設置条例に基づいて設置している本件保育所の運営を民間の社会福祉法人に移管する方針を立て,移管に向けて関係者に対する説明等の準備作業を開始した。
(2) 相手方らは,平成18年12月13日,原審に対し,本件仮の差止申立てをした。
(3) 抗告人は,同保育所を平成19年3月31日に廃止することとし,本件第1次改正案のとおり本件設置条例を改正する条例の制定を神戸市議会に提案し,第26号議案として上程された。
(4) 原決定が,同年2月27日付で発令された。
(5) 抗告人は,原決定が発令されたことを受けて,同月28日,本件保育所の廃止時期を同年3月31日とする方針を取りやめることを決定し,上記第26号議案を撤回して,本件保育所の廃止時期を神戸市の規則で定めることを内容とする本件第2次改正案を新たに議案として上程する旨を,神戸市議会議長に申し出た。
(6) 次いで,抗告人は,本件第2次改正案に基づく条例が制定されたときは,その施行日を同年7月1日とする方針を決め,同年3月12日,その旨を新聞発表した。
(7) 本件第2次改正案が,神戸市議会の最終日である同月20日に議決されて,条例として制定され,本件第1次改正案は条例として制定されなかった。
3 以上の認定事実によると,①相手方らが主張する本件仮の差止申立ての対象は,抗告人が本件第1次改正案を条例として制定しようとしていることであるところ,②抗告人が第26号議案として神戸市議会に提出した本件第1次改正案は,原決定が発令されたために抗告人が撤回することになり,条例として制定されなかった,③それだけでなく,抗告人は,同議案と異なる内容の本件第2次改正案を第37号議案として同市議会に提出し,同議案が条例として制定されたものである。
そうすると,本件申立ての対象行為である本件改正条例の制定が,抗告人によってされることがないのは確定的である(当審で相手方らが提出した答弁書の「第2 答弁の理由」の「1」第5段落(同書2頁9行目から同10行目まで)の記載も,同趣旨と解される。)というべきである。
4 以上のとおりであるから,本件申立ての本案である訴訟は,行政庁である抗告人が本件第1次改正案を条例として制定しようとする事実が認め難いため,差止めの対象自体が不存在であることを理由として,訴えが排斥されることになる可能性が高いと認められる。したがって,本件申立てについては,仮の差止め命令の発令要件である「本案について理由があるとみえる」とはいえない上,他の発令要件である「償うことのできない損害」を被ること及び同損害を避けるため「緊急の必要」があるとの要件も存在するとはいえないから,結局,同申立てが認容される余地はない(なお,条例案が地方公共団体の議会で議決される前の段階における当該条例案による条例の制定に関する仮の差止めの申立てについては,同申立ての相手方が誰であるか,差止めの対象が何か等の問題がある上,これが当該条例制定の行政処分性の有無の判断にも重要な関連性を有することはいうまでもないところであるが,本件においては,前記のとおり,差止めの対象となる条例が制定されないことが確定的であるので,上記の事項について検討するまでもなく,本件申立ては認容できない。)。
5 以上によると,本件申立ては理由がなく却下すべきであるから,これと異なる原決定は不当であり,取消しを免れない。
よって,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 武田和博 裁判官 楠本新 裁判官 辻本利雄)