大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 平成2年(う)479号 判決 1991年4月16日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官清水博作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人川崎伸男作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、法令の解釈適用の誤りを主張するものである。そこで、所論及び答弁にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果及び弁論をも参酌して検討する。

一  裁判の経過及び当事者の主張

1  本件公訴事実は、「被告人は、平成元年九月二四日午後一時三二分ころ、道路標識によりその最高速度が七〇キロメートル毎時と指定されている大阪府三島郡島本町大字東大寺名神高速自動車国道本線上り498.5キロポスト付近道路において、その最高速度を九〇キロメートル超える一六〇キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車を運転して進行したものである。」というものである(以下、「本件速度違反」という。また、右の場所を「第二現場」という。)。

2  原審で取り調べた関係証拠によれば、右1の事実のほか、被告人は、「平成元年九月二四日午後一時二二分ころ、道路標識によりその最高速度が八〇キロメートル毎時と指定されている大阪府吹田市岸部北四丁目名神上り517.9キロポスト付近道路において、その最高速度を六五キロメートル超える一四五キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車を運転して進行した。」という道路交通法違反の罪により平成元年一二月八日大阪池田簡易裁判所で略式命令により罰金一〇万円に処せられ、この裁判は平成二年一月五日確定したことが認められる(以下、「別件速度違反」という。また、右の場所を「第一現場」という。)。

3  ところが原判決は、本件速度違反及び別件速度違反の各事実を認めながら、この両者は動機が同一で両地点間の全行程を通じて一貫しているだけではなく、両地点の進行速度差は一五キロメートル、速度超過の差も二五キロメートル(被告人の認識を基準にすれば一五キロメートル)に過ぎず、両速度違反の日時・場所も時間にして一〇分、距離にして約19.4キロメートルと比較的近接しており、さらに、被告人は途中約四キロメートルの急カーブで時速約一〇〇キロメートルないしはそれを下回る速度に減速して進行した以外は、終始約一四〇ないし一六〇キロメートル毎時の高速度で進行し、しかも、右減速進行した理由は急カーブという自然的・物理的障害によるもので、右急カーブの地点で客観的には甚だしい速度違反の状態が一旦解消されているとはいえ、右地点で速度違反の犯意の断絶があった、すなわち、当初の速度違反の犯意が一旦解消され、右地点を過ぎる直前あるいは右地点を過ぎてから、新たに甚だしい速度違反の犯意が発生したとみるのは困難であるから、この両速度違反は、時間的・場所的に比較的近接した地点において、包括的犯意の下になされたものとして、包括一罪と評価するのが相当であり、したがって、本件速度違反については、包括一罪の一部につき既に確定裁判があったことになるから、確定判決を経たものとして、刑事訴訟法三三七条一号により、被告人に対し、免訴の言渡しをした。

4  検察官の主張

速度違反の罪はその保護法益や規定の仕方からみて即成犯と解すべきであるのに、原判決は、速度違反の罪は継続犯であるとの誤った前提に立ち、また、最高裁の判例、通説の示す包括一罪の判断基準を無視し、保護法益が単一であること、犯意が単一又は継続していること、行為の日時・場所が近接していることの要件を欠き、包括して一罪と評価すべき理由がないにもかかわらず、別件速度違反と本件速度違反とは包括一罪であるとする過ちを犯したものであって、これは道路交通法二二条一項、四条一項、一一八条一項二号及び刑法四五条ひいては刑事訴訟法三三七条一号の解釈適用を誤ったものであり、このような法令の解釈適用の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

5  弁護人の答弁

速度違反の罪は即成犯ではなく、継続犯である、また、本件の二つの速度違反は、同一の構成要件であり、行為態様が同種であり、行為の日時、場所が極めて近接しており、保護法益は同一と言って良く、犯意の中断はなく、同一の動機の下に犯意は単一かつ継続しているから、仮に形式的に二罪であるとするなら、本件では包括一罪の法理が当然に適用されてしかるべきである。

二  当裁判所の判断

1  まず、本件の事実関係をみると、前記認定の一・1及び2の事実のほか、関係証拠によれば、こうした各速度違反が発生した名神高速自動車国道本線上りの関係部分における道路状況及び速度規制は別紙のとおりであり、なお、右各速度違反は各現場に設置されていた速度違反自動取締装置により写真撮影されるなどして検挙されたものであること、501.7キロポストに設置の速度違反自動取締装置は当時作動を停止していたこと、豊中インターチェンジから天王山トンネルまでの右道路には、上り線用として、随所に、速度規制標識、同規制予告板が設置されているほか、速度違反自動取締装置の手前にはその警告予告板が、また長い下り坂では速度注意警戒標識、下り坂では速度注意板等が設置されていることの各事実が認められる。

また、被告人は、検察官に対する供述調書や原審公判で、「当日は、午後二時から同二〇分の間に、滋賀県下にある名神高速栗東インターチェンジ付近のオートバックスで友人と待ち合わせる約束をしていたので、サングラスをかけ、私が買ったポルシェを運転して豊中インターチェンジから名神高速に入り、大体一〇〇キロメートルから一四〇、一五〇キロメートル毎時で進行した。右側車線を走り、前に遅い車がいたら車線を変え追い抜いて行った。レーダーの写真撮影には二回とも気付かなかった。名神高速は相当走っており、道路自体は良く知っているが、レーダーのある場所は知らなかった。第二現場の制限時速は七〇でなく八〇キロメートル毎時と思っていた。505.3キロポストからカーブに入る直前では一〇〇キロメートル毎時で走った。速度計でなく、いつも回転計を見て走った。交通標識は見ていると思いますが、ここは八〇キロ、ここは七〇キロというように記憶に留めていない。私の車にはもともと一〇〇キロメートル毎時を超えると警告音を出す装置はついていない。」旨供述している。この供述が殊更嘘を言っているとは思われない。

2  検察官は、原判決が速度違反罪を継続犯とみたのは誤りであると論難し、他方、弁護人は原判決の結論に賛同しつつも、原判決が速度違反罪を継続犯とみなかったのは誤りであると主張する。そこで、このような点を含めて、本件の罪数関係について考察する。

思うに、道路交通法が公安委員会によって車両の最高速度を規制することができるとした趣旨にかんがみると、道路において車両の高速走行がもたらす危険の防止は、道路の個々具体的な状況に即して図られるべきものであるから、指定最高速度を超えて走行すればその危険が生じたものといわざるを得ない(道路交通法一条、四条参照)。したがって、指定速度違反の所為は、その性質上、ある程度の時間的幅、ひいては場所的移動を伴うことを否定できないとしても、いわば一時的、局所的なものとして把握されるべきものであって、車両を運転中、その走行速度が指定最高速度を超えたときには、速度違反の罪が直ちに成立すると解するのが相当であり、このような運転が一定時間以上継続し、あるいはその場所的移動が一定距離以上にわたることは、右罪の成立のために必ずしも必要ではなく、また、他方、こうした速度違反の走行が継続する限り一罪が成立するにとどまると解するのも相当でない(なお、これらのことは、法定最高速度違反罪についても同じであると解される。)。

もっとも、こうした速度違反の走行が継続した場合に、事案によっては、これを包括して一罪として処罰する余地のあることまで否定できないにしても、道路の個々具体的な状況等に照らし、新たな危険を生ずるに至らしめたと認められる場合には、犯意を新たにしていることも明らかであって、当然別罪を構成し、そのような場合にまで包括的に一罪として処罰するのは相当でない。

3 これを本件についてみるに、前示認定のように、第一現場と第二現場は同じ名神高速自動車国道本線上り線上にあり、その間の距離も19.4キロメートルであって、これは、高速自動車道でも決して短いものとはいえず(時間差は一〇分であるが、高速になればなるほど短縮されるので、問題とする余地は少ない。)、その間にはインターチェンジ二個所、ジャンクション一個所、トンネル二個所のほか上り坂、下り坂、左右のカーブ、等があり、第一現場における速度規制の目的が主として吹田インターチェンジや吹田ジャンクション及びその前後における危険の防止にあるのに対し、第二現場における規制の目的が主として天王山トンネルに高速で進入することから生じる危険の防止にあることは見易いところであるから(当審証人和田裕文も同旨の供述をしている。)、第二現場における本件速度違反により、新たな危険が生じたといわなければならない。

また、前示のように、当時運転のポルシェには高速警告装置がないうえ、被告人は第一現場にある速度違反自動取締装置の写真撮影時における発光を感じていないというのであるが、しかし、前示認定のように、第一現場と第二現場の間に前示のような道路状況に加え、多くの速度規制標識、その予告板、その他の警告標識、注意看板等のほか、速度違反自動取締りの警告予告板まで設置されているのであるから、第一現場通過後、被告人において、こうした道路状況や標識等を視野に入れ、その趣旨を理解しつつ、アクセル、ブレーキ、ハンドル等を操作することによって自車を規制超過の高速で進行させ第二現場を通過したであろうことは被告人の前示原審等供述に照らしても推認するに難くない。本件速度違反と別件速度違反が犯意の点でも単一であるとは到底認められず、犯意を包括して一個と評価するのも相当でない。なお、原判決が一罪評価の根拠の一つにしている動機の同一性は右認定判断を左右するものとはいえない。

以上の次第で、本件速度違反は、別件速度違反と包括して一罪と評価する余地は全くない。本件速度違反罪は、別個独立の罪として成立し、別件速度違反の罪とは併合罪の関係にあると解するのが相当である。

三  結論

そうすると、本件速度違反につき別件速度違反に関する道路交通法違反罪の確定裁判を経たものとして被告人を免訴にした原判決には、所論のような法令の解釈適用に誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄する。なお、原判決は本件公訴事実どおり本件速度違反の事実を認定しており、当審においても、事実の取調べが行われているのであるから、本件を原審に差し戻すまでの必要がなく、当審において自判するのを相当とし、同法四〇〇条但書によって、さらに次のとおり判決する。

四  自判

(罪となるべき事実)

被告人は、平成元年九月二四日午後一時三二分ころ、道路標識によりその最高速度が七〇キロメートル毎時と指定されている大阪府三島郡島本町大字東大寺名神高速自動車国道本線上り498.5キロポスト付近道路において、その最高速度を九〇キロメートル超える一六〇キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車を運転して進行したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は、道路交通法一一八条一項二号、二二条一項、四条一項、同法施行令一条の二第一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択した刑期の範囲内で被告人を懲役二月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを全部被告人の負担とする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小瀬保郎 裁判官髙橋通延 裁判官萩原昌三郎)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例