大阪高等裁判所 平成2年(う)857号 判決 1991年7月12日
本籍
佐賀県藤津郡塩田町大字久門乙三〇五番地
住居
兵庫県尼崎市南武庫之荘三丁目二八-一三
土工
徳永貢博
昭和二三年一二月一九日生
右の者に対する所得税法違反、風俗営業等取締法違反被告事件について、平成二年六月一三日神戸地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年四月及び罰金二五〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役役場に留置する。
この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人豊川義明、同橋本二三夫連名作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官藤村輝子作成の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
第一控訴趣意中、事実誤認の主張について
一 論旨は要するに、(1)本件キャバレー等六店舗の経営者は各店舗の営業許可名義人であって、各店舗経営による本件所得は各営業許可名義人にそれぞれ帰属したのであり、そうでないとしても、本件所得は各店舗を共同経営していた被告人を含む数名の経営者に帰属したものであるのに、原判決は、各店舗経営者は被告人であり、かつ、本件所得は専ら被告人のみに帰属したと認定している、(2)被告人の事業所得と無関係なものがあるのに、原判決は、それらが本件所得に含まれると認定している、これら二点において、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。
そこで、所論にかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、原判決挙示の関係証拠によれば、原判決が「罪となるべき事実」としてそれぞれ判示している各事実は、(1)被告人が本件各店舗の経営者であり、かつ、原判示第一及び第二の本件所得が専ら被告人のみに帰属していたこと、(2)本件所得には被告人は事業所得と無関係なものは含まれていないことを含め、優にこれを肯認でき、当審における事実取調べの結果によっても右の認定・判断は左右されない。
二 本件所得の帰属等について
原判決挙示の関係証拠によれば、原判決が「争点に対する判断」と題する項目の第一項中で1ないし9として判示した各事実をそのとおり認めることができる。右各事実(以下「1ないし9事実」という。)にかんがみると、原判決が右第一項中で判示するとおり、各店舗の営業許可名義人は形式上のものにすぎず、各店舗は大阪ニューヨーク観光株式会社が支配・管理し、同社が「AJE」に変わった後はその役員らが共同経営していたものであると認められ、したがって「AJE」になってからは後の事業経営による経済的利益は、各店舗の営業許可名義人ではなく、「AJE」の共同経営者に帰属していたと認めることができる。そうすると、まず、各店舗の経営者は各営業認可名義人であり、本件所得は各営業許可名義人にそれそれ帰属した、との所論は採用することができない。
ところで、本件では昭和五五年、五六年における所得の秘匿・所得税のほ脱の罪責が問われており、右両年において事業収益の帰属すべき「AJE」の共同経営者とは一体誰だったかを確定することが、次の課題となる。1ないし9事実(ことに1ないし3の各事実)によれば、「AJE」の前身である大阪ニューヨーク観光株式会社は、代表取締役の和田、取締役の被告人、岡及び伊坂、監督役の島尻に加えて、「ピンクレディ」の開店準備資金の調達に寄与した高橋こと金の合計六名が共同して経営していたものであると認められるところ、所論は「AJE」になってから後も右六名が共同経営者であり続けたのだから、前記両年における事業収益は右六名全員に帰属したというべきである。、旨主張する。
そこで検討するのに、1ないし9事実(ことに1ないし3の各事項)によると、大阪ニューヨーク観光株式会社の設立に当たっては、役員らは資本金の出捐に止まらず、同社の経営を分担して行うことが相互の了解事項となっていたのであり、実際に前記六名の共同経営者は、それぞれ、同社の営業あるいは経理を分担して行い、各自の役割・実働の度合いに応じて各店舗からの収益の分配を受けていたものと認められる。このように、共同経営者として事業収益の分配に与かるためには、経営に実際に参与し実働することが必須の前提条件だったのであり、このことは、「AJE」になった後も当然に引き継がれたものとみることができる。
右の検討を踏まえて、まず、和田及び伊坂についてみると、1ないし9事実(ことに4、5の各事実)によれば、両名は、それぞれ「ギャロップレコード」の経営継続の可否を巡る被告人らとの対立、大阪ニューヨーク観光株式会社経営の二店舗の売却・精算という事態を経て、同社の経営から離脱するに至り、続く「AJE」の設立及びその後の「AJE」による各店舗の経営には全く関与しなかったこと、それに伴い、被告人らは、両名に対する利益分配金の振込を両名の経営離脱から暫くして打ち切り、「AJE」になった後は両名への利益配分を何ら顧慮しなかったことがそれぞれ認められる。そうすると、和田及び伊坂は、少なくとも「AJE」になった後は、経営者として実働することは全くなかったのであるから、両名をして「AJE」の事業収益が帰属すべき共同経営者と目せないことは明らかである。
次に、島尻及び岡についてみると、1ないし9事実(ことに6の事実)によれば、両名は、いずれも昭和五四年九月ころ売上金使い込みの発覚により「AJE」の経営から離脱し、以後事業収益の分配も受けていないことが認められ、これによれば、昭和五五年、五六年の両年における「AJE」の事業収益が帰属すべき共同経営者に両名が当たらないことも明らかというべきである。
かくして、残るのは、金と被告人ということになる。原判決は、1ないし9事実(ことに6ないし8の各事実)の中で、両名は、昭和五四年九月ころ以降「AJE」の共同経営者として、主に被告人が資金繰りを、金が各店舗の営業の監督をそれぞれ分担して行っていた旨認定・説示しており、これを肯認し得ることは前述のとおりであるが、事業収益の両名への帰属の仕方を確定するためには、両名による共同経営の実態を関係証拠により更に詳しく検討することが必要である。そこで、1ないし9事実及び関係証拠を総合すると、次の各事実を認めることができる。すなわち、昭和五四年九月ころからは後は、被告人が会長、金が社長となって、「AJE」の経営を協力して行っていたものであるところ、まず営業面についてみると、毎日「AJE」の事務所で行われていた各店舗の店長を集めて営業会議では、被告人及び金も出席して各店長に指示を与えてたりしていたが、金が被告人の指示を仰いだこともあり、重要な営業方針は最終的に被告人が決定していたこと、新店舗を開店するに当たっての建物賃貸人との契約交渉には、被告人と金とが同道したが、被告人が中心になって相手との話し合いを進め、最終決定も被告人がしたこと、次に経理面についてみると、被告人の指示により経理担当の松田清樹が各店舗の入出金及び各金融機関の預金口座の残高の状況等が一目で分かる「預金残高一覧表」を作成し、これを被告人及び金が目を通していたが、チェックは殆ど被告人が行い、金は被告人が留守のときだけチェックしていたこと、余剰分の収益は、その大部分を被告人の指示で松田が定期預金として入金していたが、松田を通さず被告人が妻に指示して定期預金にしたこともあったこと、「キャバレー日本」の開店準備金二〇〇〇万円を金の兄から借り受けた際には被告人が借主となり、後日の返済も被告人振出名義の手形で行ったこと、従業員及びホステスに対する金銭の貸付には、被告人宛の借用証を徴していることの各事実が認められ、これらに照らすと、「AJE」の経営は、営業及び経理の両面において被告人が最終的権限を有するとともに主導的役割を果たし、金は被告人に対し補助的・従属的立場にあったということができる。そして、1ないし9事実(ことに8の事実)及び関係証拠によると各店舗から売上金のうち毎日一〇万円につき、被告人が六万円、金が四万円をそれぞれ取得するとともに、その他の余剰収益のうち毎月適当な額を被告人が六、金が四の割合でそれぞれ取得し、結局、金は両者を合わせ一か月約三〇〇万円の利益分配を受けていたことが認められる。本件で被告人が秘匿したとされる所得は、関係証拠によると、昭和五五年及び五六年の「AJE」の事業収益から金に分配された利益の額を差し引いたもの、すなわち、被告人に分配された利益の額と、金及び被告人に分配されずに「AJE」に蓄積された収益分の額とを合わせたものに相当すると認められるのであるが、前記認定の金と被告人の共同経営者としての立場・役割の相違に徴すると、「AJE」の事業収益のうち、金に帰属するべき分は、金が実際に分配を受けていた利益の額がそれに当たり、他方被告人に帰属するべき分は、金に分配された利益の額を除くその余の収益すなわち本件所得がそれに当たると目するのが相当である。加うるに、1ないし9事実(ことに8の事実)によれば、金は、昭和五六年八月ころ「AJE」を退職し、以後その経営に関与しなくなったこと、退職に当たり被告人から金に対し、退職金として現金五〇〇万円が支払われたほか、一〇〇〇万円の無利息貸付がなされ、その後金からは何らの金銭的要求もなかったことが認められ。これによると金が退職した後の「AJE」の事業収益は全部被告人に帰属したということができるし、また、退職金等の受領のみで金が円満に退職した事実は、前示の共同経営者として金が受け取った収益分が同人への帰属分に等しかったということの一つの証左とみることができる。
以上の次第であるから、昭和五五年及び五六年の「AJE」の事業収益は、被告人のみならず、和田、伊坂、岡、島尻及び金の五名にも帰属した旨の所論は、金を除く四名に関しては全く理由がなく、また、金に関しても、本件所得中に同人が帰属した分があるとの点については左袒することができない。
なお、所論は、右五名の者と「AJE」との間で脱退に伴う各自の持分の精算が終了していないことを云々して、「AJE」の事業収益がなお右五名に帰属すべきことを主張するけれども、関係証拠によれば、原判決が「争点に対する判断」と題する項目の第一項中で判示するとおり、右五名の持分の精算はいずれも終了したものと認めることができるし、仮にそれが未了であるとしても、そもそも右五名の「AJE」に対する債権は、各脱退時における「AJE」の財産につき各自の持分の割合に応じて払戻しを受ける権利であるにすぎず、脱退後に生じる事業収益の分配まで求めることができるとは解せないから、右主張は、前提を欠き失当というべきである。
三 本件所得の範囲について
所論は、本件所得とされるものの中には、徳永英機の挙式費用、ドルミ堂島の家賃等及びメゾン梅田二〇五号室の差入保証金並びに荒木己代子名義の預金など被告人の事業所得とは無関係なものがあると主張しているけれども、関係証拠によれば、原判決が「争点に対する判断」と題する項目の第二項で詳細に判示しているとおり、右の問題とされる費用、預金等は、いずれも「AJE」の事業収益に基づくものあるいは事業主貸となるものと認められるから、所論を採用することはできない。
四 結局、原判決には所論がいう事実誤認はいずれも認められず、論旨は理由がない。
第二控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は要するに、原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、本件は、ピンクサロン等の経営者であった被告人が昭和五五年及び五六年の二事業年度で、合計一億八二三二万円の所得を秘匿し、合計一億六三一万余円の所得税を免れ(原判示第一、第二)、また、そのころ無許可で右ピンクサロン等の風俗営業を営んだ(同第三)という事案であるが、各犯行の罪質、動機、態様及び第一及び第二の各犯行によるほ脱の結果等、とりわけ、本件所得税法違反は、ほ脱額が多額でかつほ脱率も一〇〇パーセントというかなり規模の大きな脱税事犯であること、被告人自身で右店舗からの売上額や預金・出金の状況を把握し、所得の存することを十分認識しながら、あえてその申告を一切しなかったもので、納税義務に関する遵法精神の欠如が極めて顕著であること、原則決前にはほ脱した本税の納付が殆どたされなかったこと等の諸般の事情に徴すると、被告人の刑責は軽視することができず、してみると、本件捜査の当判において検察官による不正な働きかけがありこれを被告人が拒絶したという経緯があったこと及び共同経営者であった金が取得した利益分に対しては何らの課税等の措置が取られていないことからして、被告人は多大の不公正感あるいは不公平感を抱いているものであり、これを的外れであるとして一蹴し難いこと、被告人には罰金刑以外の前科はないことなど、原判示及び所論指摘の被告人のために斟酌できる情状を考慮しても、原判決言渡時を基準とする限り、被告人を懲役一年四月及び罰金二五〇〇万円に処した原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。
しかしながら、当審における事実取調べの結果によれば、原判決後、被告人は自己が居住していた土地・建物を売却してその代金から三四〇九万余円を本税の納付に充て、原判決前に債権の差押・公売により収納された金額と合計すると、本税の三分の一以上の納付を了したこと、被告人としては右によりほ脱結果の補填につき精一杯の努力をなしたもので、反省の情を深めていることが認められ、これら原判決後の事情と前示被告人に有利な情状をあわせ考えると、被告人に対しては懲役刑の執行を猶予するのが相当であり、この点において原判決の前記量刑をそのまま維持するのは明らかに正義に反する。
よって、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い更に判決することとし、原判決が認定した罪となるべき事実に法令を適用するに、被告人の原判示第一の所為は、行為時においては昭和五六年法律第五四号(脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律)による改正前の所得税法二三八条に、裁判時においては右改正後の所得税法二三八条に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、原判示第二の所為は、右改正後の所得税法二三八条に、原判示第三の所為は包括して昭和五九年法律第七六号(風俗営業等取締法の一部を改正する法律)附則七条により同法による改正前の風俗営業等取締法七条一項、二条一項にそれぞれ該当するところ、原判示各罪について懲役刑と罰金刑を併科し、以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により最も重い原判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑及び金額の範囲内で被告人を懲役一年四月及び罰金二五〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとし、原審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文を適用してこれを全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田良兼 裁判官 石井一正 裁判官 飯田喜信)
○ 控訴趣意書
被告人 徳永貢博
右の者に対する所得税法違反被告事件についての控訴の趣旨は、左記のとおりである。
一九九〇年一二月一日
右弁護人 豊川義明
同 橋本二三夫
大阪高等裁判所第三刑事部 御中
第一点 原判決には、明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認が存するので、その破棄を求める。
第一、所得の帰属等について
一、原判決は、本件起訴にかかる各店舗の経営者が被告人であり、かつ、各店舗からの収益は、被告人に帰属していたものとするが、各店舗の営業許可名義人であり、また、その収益、所得は、各営業許可名義人に帰属するものである。
二、原判決は、本件各店舗は、大阪ニューヨーク観光が支配、管理し、同会社から「AJE」に変わってからも、その役員らがこれを民法上の組合、あるいはこれに類似する形態で共同経営していたもので、右経営によって生じた経済的利益も共同経営者に帰属していたものと認めるのが相当である、としながら、和田、伊坂、岡、島尻並びに高橋こと金の間では「AJE」との間での財産関係の精算は既に終了しており、所得はすべて被告人に帰属するものと判断している。
しかし、財産関係の精算が終了しているとの右判断は、厳格な証明を要する刑事訴訟手続下においては、到底承服し難いものである。
三、原判決は、「AJE」の財産関係が終了したことの根拠として、まず和田、伊坂については、「分配金の振り込み等により……持分の清算が終了したとの暗黙の合意が成立した」としている。
まず、右「分配金の振り込み等」の中に「フェニックス」「ニューヨーク中州店」の売却の代金の分配金が含まれているものとするならば、この時点において、既に原判決は事実を誤認している。右二店舗の売却は、ギャロップレコードの赤字を補填するためのものであり、右売却代金により、それぞれ各共同経営者が出捐した経費等との穴埋めにしたものであって、和田、伊坂らは当時存在した「ピンクレディ」、また、開店予定であった「サンローラン」によって、共同経営を継続する意思を有していたことは明らかである。
また、原判決は、和田、伊坂らは、右二店舗の売却後、約半年間は、分配金の振り込みを受けていたが、右振り込みも中止された七月以降も、被告人に何らの異議を述べていないとし、これを暗黙の合意の根拠としている。
しかし、「何の異議も言っていない」ことから(後に述べるように、少なくとも和田は、明確に異議を述べている)、直ちに暗黙の合意が成立したと推論することはできない。右のような推論は民事訴訟法手続においても認められるものではなく、ましてや、厳格な証明を要する刑事訴訟手続において認められないことはもちろんである。
和田、伊坂らに分配金が支払われなくなったのは、前記店舗を売却した後は、共同経営されている店舗は「ピンクレディ」「サンローラン」の二店舗だけであり、しかも、開店直後の「サンローラン」からは大した収益も上がらず、逆に「サンローラン」の保証金のために振り出した大阪ニューヨーク観光の手形を決済しなければならなかったからである(第六〇回公判、被告人の調書三八丁)。被告人らは、和田、伊坂らに対する分配金の振り込みを一時中止したが、その後、和田、伊坂らは、借金のため、暴力団等に追われ、大阪を離れたため、連絡不能となり(第一六回公判、和田の証言調書三〇丁以下)、その後、伊坂からは何の連絡もなかった。
しかし、和田は、昭和五六年頃、分配金請求のため、借金の貸主であると称するアサヒ通商の関連の人間二人を連れ、被告人、金らに面談を求めた。被告人、金らは、和田らとロイヤルホテルで合い、和田は、借金返済のため五〇〇〇万円を出せと要求した。右要求に対して、金は「ヤクザでも何でも連れて来い」とつっぱねたため、和田は金を相手にせず、もっぱら被告人と交渉したが、被告人は経営状況も思わしくなく、また、各店舗は共有の財産であるので今は支払えないと主張し、結局、結論が出ないままにもの別れとなった(第一六回公判、和田の証言調書三二丁以下等)。
なお、和田は、昭和五八年七月一八日付検面調書において「私は、中井さんに五〇〇〇万円程度借金がある形にして、最終的には当然もらえるべき分配金を払ってもらおうという気持ちから」被告人らに金銭要求をしたと供述している。
その後、被告人は、わいろ要求を拒ったことから、監禁致傷等で逮捕され、これに引き続き、曽根崎警察署、国税当局の内偵が続き、所得税法違反等で逮捕されるに至った。
右事実に照らして考えるに、原判決が、『昭和五六年になって、突然「AJE」に金銭の要求をしたことは前記認定のとおりであるが、右事実も、和田が右要求を断られた後は、被告人らに何の連絡もしないまま今日に至っていること等に照らすと、昭和五四年に持分清算終了の暗黙の合意が成立したとの前記認定を左右するに足りない』としていることは、まったく理解に苦しむものである。
和田が、架空の借用証等を作成し、五〇〇〇万円もの大金を要求している事実から見て、昭和五四年に暗黙の合意があったとすることは不可能である。
また、和田が、その後、被告人に何らの要求をしていないのも、昭和五七年以降「AJE」に曽根崎署、国税当局らの捜査の手が及んだことから、身の保全を図るため、連絡をしなかったにすぎないものである。
以上のように、和田、伊坂らと「AJE」の財産の清算は終了していないというべきである。
四、次に、島尻、岡との関係について
原判決は、「使い込み等によって、右各人の持分の清算が終了したとの暗黙の合意が成立した」と認定している。しかし、暗黙の合意の成立を裏づける証憑は何もなく、原判決の右推論は、前記和田らとの関係同様、刑事訴訟手続においても認められるべきものではない。
島尻、岡らと被告人らとの間では、財産関係について何ら清算は行われておらず、その後、「AJE」の経営に復帰しているのである(第一八回公判、高橋の証言調書四〇丁等)。
五、金の関係についても、原判決は、昭和五六年八月頃、被告人との話し合いで、現金五〇〇万円の交付と一〇〇〇万円を無利息で借り入れることにより、「AJE」を円満退職しているのであるから、金と「AJE」との間で財産関係の清算はすでに終了していると判断している。
右判断もまた事実誤認である。
金は、昭和五六年夏頃、被告人に対し、「キャバレー日本」、「サンローラン」の二店舗を渡せと要求した。しかし、被告人としては、当時「AJE」傘下にあった店舗は、大阪ニューヨーク観光時代からの財産であり、和田、伊坂、岡、島尻らとの共有財産であるから、金、被告人間で勝手に決めるわけにはゆかないとして、高橋の要求を拒絶し、財産関係の清算は、後日に持ち越し、当面の金員として、五〇〇万円を渡した。そして、その約一ヶ月後、金の要求に従い一〇〇〇万円を無利息で貸し付けたものである(第六一回公判、被告人の調書一二丁以下第六回公判、被告人の調書二一丁以下)。
原判決は、金五〇〇万円の交付と金一〇〇〇万円の貸し付けが同時であるかのような認定をしているが、両者には一ヶ月の間隔がありそれぞれ別個に考察すべきものであり、金と「AJE」の財産関係の清算は終了しておらず、右金員の交付あるいは、貸し付けは、清算の一段階に過ぎないと見るべきである。
また、金のそもそもの要求は、「キャバレー日本」と「サンローラン」の二店舗の譲渡であったのであり、当時「AJE」傘下にあった各店舗の活況状況、資産価値から見て、右二店舗の代わりとしての金額としては、前記金員は極めて低額であって、右金員の交付等によって、金が財産関係の清算が終了したと考え、円満に「AJE」を退職したとすることは到底できない。
また、金は、二店舗の要求後、被告人がわいろ要求を拒り、監禁致傷で逮捕され、曽根崎署、国税当局の捜査の手が「AJE」にも及んだことから、身の保全を図るため、被告人に金員要求等をしなかったことは、和田と同様である。
第二、原判決が、「争点についての判断」の二1ないし21(判決書一四丁以下)において、被告人の事業所得と関係があると判断している徳永英樹の挙式費用、ドルミ堂島の家賃等、及びメゾン梅田二〇五号室の差入保証金は、いずれも被告人の事業所得とは無関係であり、又、各預金口座についても、荒木己代子名義など被告人の事業所得と無関係なものもあり、原判決は、事業を誤認しているものである。例えば、ドルミ堂島の家賃等についても、昭和五五年当時、荒木己代子が若年であったことから、被告人が借主の名義人となっただけのことであり、昭和五六年七月以降の家賃については、「AJE」傘下の各店舗の従業員の寮として使用されていた。
また、メゾン梅田二〇五号室の差入保証金も、金個人のものであり、昭和五七年以降の家賃の支払いについては、その後に「AJE」の従業員の寮として使用されたためである。
第二点 量刑の不当
原判決は、被告人に対し、結果において過酷な量刑を選択したのであるが、この判断を導くについて、本件事案の特別の性格を実質的に捨象したものであって、本件審理において控訴裁判所が、この点をよく踏まえられて量刑の判断を適正なものとされるよう、以下のとおり意見を述べる。
一、事案の特別の性格
本件事案の特別の性格は、警察の汚職・腐敗構造に起因する点にある。
被告人には、所得税法、風営法の違反があるにせよ、本件起訴に至る経緯の中で、何故にこの捜査が始まり、警察の不法な対応に対し被告人がどう対応したか、この起訴が全体として報復としてなされた実質を看過できないのである。
被告人が曽根崎署員の贈賄要求に対し屈していたならば、本件起訴は恐らくあり得なかったであろうし、曽根崎署員の風営業に関わる汚職構造も明るみに出なかったであろう。
被告人は、警察の干渉に抗し、警察と協同した国税庁の対応に、むしろ独自のより大きな正義感で行動したのである。
二、高橋らとの訴追における不公正な結果、というよりも、高橋らの責任をも被告人一人の責任とした原判決の誤り。
仮に原判決の論理に立っても、共同経営者が後に利益を放棄すれば刑事責任を免れるのであるか。
また、利益を放棄すれば、その責任は全て残された者に集中されるのか。
このいずれの答も、否である。
原判決は、「点睛」を欠いたと評されるべきである。
この点に関連し、高橋は公判で以下のように述べている。
(1) (第一九回金能秀証言調書三六丁)
私が聞きたいのはあなた自身の現在のこの考えでも、あなた自身もこの分配金をもらい、金を一定出し、これは返済をその後取っておりますけれども「きょうどう」経営者の立場にあったこと自身は間違いないんじゃないんですか。
そうですね。そういう意味合いでは「きょうどう」経営者としてはとられております。
(2) (第一九回金能秀調書三八丁)
それであなたの方としては、あなたが先程、所得税の関係で金を払わんなんものであれば払いますという話が出ておったわけですけれども、徳永自身が現実に得たお金とあなた自身が得たお金というのは性格は全く同じものでしょう。
と思います。
にもかかわらず、この徳永の方がこういう裁判になり警察にも逮捕され、あなた自身が現在のところ問題にはなっておりませんよ。これはあなたの方が何か思いあたるところがありますか。
……それ、思いあたるふしとは私がつかまらなくて徳永…。
所得税法違反で。
私がやめているからじゃなかったですか、やめてから入ったんでしょう、それで私がいてなかったからでしょう。私も来るんではないかなとは思っておったんです。
被告人は、風営業界の先輩である和田営業部長に、部下の店長時代に引き抜かれ、誘われて、そして本件事件の発生により最後に残った者であって、その責任を本件事件についての全面的なものとすることは明白な誤りである。
三、脱税についての計画性は存在しない。
原判決は、AJEという形式をとったことをもって脱税が計画的であったとする。しかし、この形式は、株式会社ニューヨーク観光時代からの形式を実質被告人が引き継いだ結果であること。また、経理関係を共同化するために、また風営上の許可名義人に、権利能力のない社団の団体性のレベルより低いAJEや被告人らがなれないなかで取られたシステムに過ぎないのである。
被告人に真実脱税の意思とこれについての計画性があるものならば、現金商売であった本件営業からして、それこそノートを二重につくったり、また、そもそも現金の銀行預金化などをする必要はないのである。
四、差押えによる納税の履行と家屋の換価による履行準備
原判決は、被告人の情状として、いまだに納税の履行がなされていない旨指摘する。
しかしながら、国税庁作成の資料(当公判廷で提出予定)で明らかなように、差押処分によりすでに約四一三万円の履行がなされていること、更に、原判決後被告人としては、警察・検察が被告人本人にすべての責任を押しつけようとしたことに対し、原判決の中で共同経営であることの認定がなされたことも含め、自己と家族の居住する自宅を任意に売却して、税金に充当する準備を国税庁側と協議して進めており、これにより、四〇〇〇万円程度の納税履行ができつつある(差押え当時、時価は一七〇〇万余円であったが)。
五、結論
すでに述べてきた被告人の情状に関する事項、更に、第一点に述べた事実誤認について、本裁判において是非とも公正な判断がなされ、被告人に対する量刑が減じられることを強く期待するものである。
一、所得税法違反、風俗営業等取締法違反
被告人 徳永貢博
○ 控訴趣意補充書
検察官の答弁書に関連して、左記のとおり控訴趣意を補充する。
一九九一年二月二七日
右弁護人弁護士 豊川義明
同 橋本二三夫
大阪高等裁判所第三刑事部 御中
一、共同営業であったこと
検察官は、AJEが個人営業であり、金も徳永不在時のみ入出金を管理していたにすぎないとする。
しかしながら、AJEもまた共同経営であったことは、原判決の認めるところであって、AJEが法人格を有していないことをもって、共同経営でないとすることはできないし、被告人は、先輩である和田昇より誘われて、大阪ニューヨーク観光(株)を設立して以来、その時代と同様のシステムをAJEにおいても継続してきたものである。
そして、金らとの間の共同経営の清算が終了していないことは既述のとおりであって、刑事訴追を恐れて清算請求のないことの実態をもって放棄と解することは誤りである。
二、量刑不当への反論について
風営法上違反の犯意をもって、所得税法上のそれを同一視する検察官主張の誤りは明らかである。
すなわち、被告人は、大阪ニューヨーク観光(株)への参加以来、当時の風俗営業の先輩であった和田の指導の下に、風営法上の各店舗名義人と実質経営者とが分離するシステムを学んだのであって、このシステムは、店舗間の風営法違反の過剰なサービスのなかで、警察の規制との関連で取られたものであった筈であり、所得税法を免脱する意思で採用したものではなかったのである。
勿論、弁護人の弁論も、所得税法違反の意思が存在しないことを述べるのではなく、検察官の主張する悪質性についての反論として陳述するものである。