大阪高等裁判所 平成2年(ウ)856号 決定 1990年10月31日
申立人 櫻井久美
右代理人弁護士 野村清美
主文
一 本件申立てを却下する。
二 申立費用は申立人の負担とする。
理由
一 本件申立ての趣旨及びその理由は別紙記載のとおりである。
二(一) 本件記録によれば、申立人は夫である櫻井宏守を拘束者、長男の櫻井佑守を被拘束者として、大阪高等裁判所に対し、「被拘束者を釈放する。本件手続費用は拘束者の負担とする。」との判決を求める旨の人身保護請求の申立てをし(同庁平成二年(人)ナ第四号事件)、平成二年一〇月八日、同裁判所において、「被拘束者を釈放し、請求者に引き渡す。本件手続費用は拘束者の負担とする。」との判決(以下「本件判決」という)の言い渡しを受け、同判決は上告期間の経過により確定したこと、そこで、申立人は同裁判所に対し、右判決につき執行文の付与を求めたところ、同月二六日、同裁判所第六民事部の裁判所書記官松井濟明により、右判決は民事執行法上の債務名義に当たらないとして、執行文の付与を拒絶されたため、同日、本件申立てに及んだことが認められる。
(二) 当裁判所も、本件判決を債務名義とする民事執行法による強制執行は許されず、したがって、右判決に執行文を付与することを拒絶した右松井書記官の処分は正当であると判断する。すなわち
人身保護事件は、違法に身体の自由を奪われている者を、迅速かつ容易に右拘束から解き放つことを目的とする非常応急的な特別の救済方法であって、通常の民事訴訟における給付請求事件のように実定法に裏付けられた請求権の存在を前提とするものでない上、人身保護命令により裁判所が被拘束者をその監護下に置いている関係上、その主文も「被拘束者を釈放せよ。請求者に引き渡せ。」と相手方(拘束者)に一定の行為を命じる給付判決の形式ではなく、前記のとおり、「被拘束者を釈放し、請求者に引き渡す。」と右判決により形成的効力が生じるのを明確にする形式がとられているのであり(人身保護法第一六条参照)、また、右判決により強制執行をすることができるとする法令上の根拠を見いだすこともできず、これをもって民事執行法による執行手続により判決の内容を実現することはできないといわざるを得ない。
もちろん、裁判所の下した確定判決に従うことが法治国の国民としての基本的な義務であることは今更いうまでもないが、人身保護法は、人身保護請求事件における請求認容判決については、判決内容の実現を当事者の遵法精神に基づく任意の履行に期待しているだけでなく、右判決による救済を妨げる者に対し、二年以下の懲役又は五万円以下の罰金を科することを定め(第二六条)、刑事罰をもってこれに臨んでいるのであって、これにより、右判決の履行確保を図っているということができる。
三 よって、本件申立てを却下することとし、申立費用の負担につき民事執行法二〇条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 福富昌昭 裁判官 竹中邦夫)
別紙<省略>