大阪高等裁判所 平成2年(ネ)434号 判決 1991年4月26日
控訴人 国
右代表者法務大臣 左藤恵
右指定代理人 小見山進
<ほか六名>
被控訴人 株式会社 三景商事
右代表者代表取締役 村川栄光
被控訴人 鄭政輝こと 光田政輝
右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 細見茂
同 橋本二三夫
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 控訴の趣旨
1 原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
2 被控訴人らの請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
次に付加するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決一一枚目裏九行目と一二枚目表六行目の各「施行規則」を「施行細則」と改める)。
一 控訴人の主張
1 本件各土地の存在について
被控訴人らは、本件各土地が現実に存在しない架空の土地であると主張するが、B測量図(甲第一七号証の地積測量図)においても、本件各土地は特定されており、被控訴人らが融資の際に現地で十分に調査していれば、本件各土地の存在を確認し得た筈である。
また、そもそも、分筆によって土地が消滅したり、架空の土地が生じたりすることはない。すなわち、本件各土地を分筆した際の分筆登記申請書に添付された地積測量図が現地を実測したものでないとすれば、分筆前の土地の筆界線をそのまま前提とし、その範囲内で土地を分割するのであり、したがって、分筆によって元地の外形および範囲が変化することはなく、分筆により生じた土地が元地の範囲外に出ることはあり得ず、元地内のどこかに存在するものであるから、本件各土地も、元地の範囲内のどこかに存在するものであり、たとえその発見が困難であるとしても、その表示登記を抹消し、登記簿を閉鎖することはできないものである(これに対し、隣地に境界杭を打つなどして、隣地の一部を取り込む形で実測して分筆をしたような場合は、隣地との重複を生ずることになるから、この場合生じた土地が不存在として、表示登記を抹消し、登記簿を閉鎖することになる)。
したがって、本件各土地が現地において発見できないのは、分筆図面が机上でのみ作図された架空の図面であったからではないし、登記官が、本件各土地の発見、特定を疑わしめるような地積測量図等の資料を備えつけたり、閲覧に供したりしたことはなく、また、分筆登記によって本件各土地の発見、特定を困難にしたものでもない。
不動産登記法一七条の地図が備え付けられている地域ならともかく、それ以外の地域では、国はもともとこれを現地に復元することまでは保証しているものではないし、地積測量図は、土地の面積および求積の方法を明らかにすることに主眼が置かれており、規定上、地積測量図に図根点を記載する取扱いになっていない以上、登記申請にかかる土地を現地で特定する機能を有することまで要求されているわけではないから、仮に本件各土地が発見できなかったとしても、控訴人の国が責任を負うべきいわれはない。
2 登記官の過失について
本件分筆登記(二)(昭和四六年一月二一日付で四六一七番三から本件各土地を分筆した登記)の申請を審査するについて、以下のとおり、登記官に注意義務違反はない。
(一) 申請書添付の地積測量図に地番の表示がほとんどない点を指摘すべき義務
不動産登記法八一条ノ二、同法施行細則四二条ノ四第一項所定の分筆登記に際し添付する地積測量図は、第一義的には、申請にかかる土地の地積および求積の方法を明らかにし、土地の面積測定の結果を表す機能を有するほか、方位や地番、隣地番が記載事項とされているのは、法務局備え付けの不動産登記法一七条地図への筆界線の記入のためと、補充的には、現地を特定するための方策に過ぎないものであるが、大阪法務局枚方出張所には、また同法一七条の地図の備え付けはなく、同出張所備え付けの旧土地台帳付属地図(公図)は、見取図程度の精度しかないものであるから(そのため、本件土地の公図には、分筆線の記入は不可能であった)、地積測量図に記入された隣接地番の正確性を形式的に審査する方法がなかった。
このような場合、根拠のない不正確な隣接地番を記入するよりも、分筆地を特定する他の方策である方位、地番、分筆する土地に接する隣地番(B測量図では、四六一七―三一〇、―三一五、―三一八)を記入することによって、分筆の対象となる土地は、図面上特定されているというべきであり、残地(四六七―三)の周囲の地番の記入が僅少であったとしても、その補正を命ずるまでの必要はない。
また、実際の登記事務の手続としては、地積更正登記のなされた後、ほかにも数多くの分筆登記がなされ、地積測量図が提出されているのであるから、それらのうち、直近のものから分筆元地の隣接地番の記載のあるものをたずねて順次さかのぼり、たとえばC測量図のような図面にたどりつけば、隣接地の地番が明らかになり、分筆元地の位置を明確にし得るのであるから、隣接地の地番が欠けている不備は、登記官においてこれを治癒し得るのであり、申請人に負担をかけてまで補正を命じなければならないほどの重大な不備であるとはいえない。
したがって、B測量図に隣接地の地番の記載がなかったからといって、その補正を命じなかった登記官に形式的審査義務違反はない。
(二) 実質的審査義務違反について
本件分筆登記(二)の申請について、添付のB測量図には、一見して明白な瑕疵ないし疑問点はなかったから、これを受理した登記官には、何らの実質的審査義務を怠った過失はない。
既述のように、B測量図には一見して明白な瑕疵はなく、その補正を命ずる必要はなかったし、仮に補正を命じたとしても、本件分筆登記(二)に先行するC測量図(四六一七―三から四六一七―三一〇を分筆する際に提出された甲第一六号証の地積測量図)の隣接地番が記入されるに過ぎず、その正確性を形式的に判定できる不動産登記法一七条地図がない以上、登記官は、これを受理せざるを得ないから、不動産登記法四九条で却下すべき事案ではなかった。
本件分筆登記(二)におけるB測量図の作製者は、土地家屋調査士の資格を有する者ではないけれども、宅地造成会社の社員が、その有する技術を利用して測量図を作製することは一般的に行われていることであり、法律上禁じられているわけではない。B測量図を作製した勝村泰智は、本件分筆登記(二)の申請人の藤原技研の社員であるが、本件分筆登記以前にも、本件宅地造成地内の測量図の作製に再々関わっていたものである。
しかも、登記官の審査は、地積測量図の作製者に関しては、形式上作製者欄の署名捺印の有無にとどまり、作製者の資格の有無や知識経験の有無は審査の対象外であるから、作製者が土地家屋調査士の資格を有するものではないことによって審査の程度が加重されるものではない。
分筆登記の際に、実測を要しない残地の面積は、実務上差引計算する取り扱いであり、分割後の土地の一筆(元番の土地)については、必ずしも求積およびその方法を明らかにすることを要しない(昭和三七年三月一二日民事甲第六七一号民事局長通達)から、その信憑性について疑問を抱く余地はない。
本件分筆登記(二)の場合、B測量図上、残地があまりにも広い土地として表示されているものの、このことからただちにB測量図の正確性につき実質的審査権を行使して、既存のA測量図と対比する義務があるということはできない。
前記のとおり、分割後の土地の一筆については、必ずしも求積およびその方法を明らかにする必要はなく、いわゆる残地については概測でもよいのであるから、B測量図上の残地の形状や大きさについて、登記官が疑念を抱かなかったとしても、登記官に審査義務違反があったとはいえない。
したがって、B測量図上の残地の表示があまりにも広大であることから、登記官が何らかの疑念を抱き、地積更正登記がされる以前の分筆登記申請書に添付されたA測量図までさかのぼり、これとB測量図とを対比照合することにより、分筆元地である四六一七番三の土地の外形が変形してしまっていること、すなわち、B測量図が現地に符合しない不完全なものであることに気付き得た筈であるとすることは、登記官に対し、表示登記の実務からかけ離れた過大な要求をするものであるといわなければならない。
もっとも、表示に関する登記につき、登記官が実地調査権を行使するかどうかは裁量処分であるが、これは、実地調査の必要性が認められれば、当然実地調査をすべき義務があるものであるから、登記申請を処理するにあたっては、単に申請書の添付書類を調査するだけでは足りず、申請のあった土地について、旧土地台帳付属地図を参照し、場合によっては、現地調査をするなどして、不実の登記を防止する注意義務をも負うことになるものであるところ、本件分筆登記(二)の申請のあった昭和四六年当時、分筆登記の際「隣地所有者の立会証明書」の添付を求める実務上の取り扱いではなかった(なお、現行の取り扱いについても、大阪法務局管内では、申請のあった土地について既に地積測量図が提出されている場合には、「隣地所有者の立会証明書」の添付を求める取り扱いではない)から、本件分筆登記(二)の処分をした登記官は、当該申請書添付のB測量図と既提出のC測量図とを対比、照合した結果、これが一致していたことから、それ以上の調査の必要性はないと判断したものであって、実質的審査権の合理的裁量の範囲を逸脱しておらず、注意義務違反はない。
(三) 被控訴人らの損害について
被控訴人三景商事の被った損害については、四一三七番三二三の土地については極度額二三〇〇万円の、四一三七番三二八の土地については極度額三二〇〇万円の、各根抵当権を設定していたが、四一三七番三二三の土地についての根抵当権は各物件に設定された根抵当権の極度額が合算される累積式根抵当権であるのに対し、四一三七番三二八の土地についての根抵当権は、同一の債権の担保として数個の不動産上に設定された極度額三二〇〇万円の共同抵当権(民法三九八条の一六)であって、他の共同抵当の目的となっている二筆の物件(泉南市信達大苗代七〇七番二と同所七〇八番二の各土地)は任意競売に付され、それによって被控訴人三景商事は一部債権の回収をしているから、損害額は相当減縮されるべきである。
被控訴人光田の被った損害については、同被控訴人が藤原技研に対して有していたとする合計七〇〇〇万円の債権は、その貸付時期、金額が証拠上明らかでないから、損害額の立証がないというべきである。
仮に、被控訴人光田が、本件土地の担保価値を信頼して融資をしたとしても、その担保価値は、本件土地(四六一七番三二四ないし三二六)について、譲渡担保契約(甲第二八号証の一)と同時に設定された根抵当権(甲第二八号証の三)の極度額一〇〇〇万円を限度としていたものというべく、したがって、本件土地に関する同被控訴人の損害額の合計は一〇〇〇万円を越えるものではない。
また、藤原技研は、事実上倒産し、代表者が行方不明になったということはなく、同会社は、昭和五八年一二月一四日に本店を大阪市旭区赤川町一丁目一番一三号に移転し、平成元年九月二八日代表取締役和田佳弘が就任し、会社として存続しているから、同被控訴人の同会社に対する債権が回収不能になったとはいえず、したがって、同被控訴人の損害はまだ発生していないと見るべきである。
なお、また、そもそも、根抵当権の実行により本来回収し得た筈の金額が被控訴人らの損害であるとすれば、本件においては、本件各土地は、単に現地で発見、特定が困難であるにすぎず、存在していることは否定できないから、これに対する根抵当権も有効に成立しており、したがって、被控訴人らに損害が発生したということはあり得ない。
(四) 登記官の過失と損害との因果関係について
被控訴人らは、本件各土地の登記簿を閲覧し、これにより本件各土地が現地に存在するものと信頼して、本件各土地を担保に藤原技研に融資したものであり、本件分筆登記(二)がなければ右融資をすることはなかった筈であるから、右分筆登記における登記官の過失と被控訴人らの融資との間に因果関係があると主張するが、不実登記をめぐる取引上の損害については、登記官の違法行為が直接的に損害を生じさせるものではなく、他の不法行為者等の行為によって発生するものであり、不実登記はその契機になるに過ぎない。また、登記は、対抗要件に過ぎないのであって、公信力を有せず、かつ、登記簿は、本来完全無欠なものではないのであるから、登記簿の表題部に、本件各土地を特定する要素として、土地の所在、地番、地目、地積を表示したとしても、これらの土地の存在を保証する機能を有するものではない(登記簿の付属書類である地積測量図も同様である)。
本件では、被控訴人らが藤原技研に融資するにあたり、被控訴人三景商事の代表者は藤原技研代表者の藤原利一から現地で本件土地のおおよその所在場所を指示され、また、被控訴人光田は、代理人新武督生をして、藤原利一から、現地で、図面(甲第二六号証)とともに、本件土地の所在場所を指示されたのであるから、その後、現地において本件各土地を発見することが不可能になったとしても、本件分筆登記(二)の処分をした当時の登記官の行為との因果関係はない。
(五) 消滅時効の援用
仮に、被控訴人ら主張のように控訴人について不法行為が成立するとしても、被控訴人らの控訴人に対する損害賠償請求債権について、すでに消滅時効が成立している。
すなわち、昭和五四年二月に、被控訴人光田と訴外株式会社玉村との間の訴訟で、本件土地が株式会社玉村の所有であることを確認する判決が言い渡された。
そして、被控訴人三景商事は、当時その紛争の経過および右判決結果を知っており(甲第一〇号証の判決理由における認定参照)、また、被控訴人光田は、その判決の当事者として、当然これを知っていたのであるから、被控訴人らは、いずれも、遅くともその頃までには、本件土地が現地で発見することができないものであることを知ったことになり、したがって、その時までに民法七二四条にいう損害および加害者を知っていたというべきである。そうすると、被控訴人らの控訴人に対する損害賠償請求債権は、その時から三年の経過により時効消滅したから、控訴人は、平成二年七月五日の当審第一回口頭弁論期日で陳述した同日付準備書面において、右時効を援用した。
二 控訴人の主張に対する認否と反論
1 控訴人の主張はいずれも争う。
2 控訴人は、登記官の実地調査義務は裁量であって、昭和四六年当時、分筆登記の際、隣地所有者の立会証明書の添付を求める取り扱いではなかったところ、本件において、登記官は、B測量図とC測量図とを対比照合した結果、これが一致したので、それ以上調査する必要がないと判断したものであって、右は登記官の合理的裁量の範囲内であると主張するが、登記官の実地調査は義務であって、裁量処分ではない。
むしろ、分筆登記の際、隣地所有者の立会証明書の添付を求める取り扱いでなかったのであれば、なおさら隣地との筆界や隣地番等の確認の審査義務を尽くすべきである。
また、B測量図とC測量図と対比照合した結果、これが一致したというが、C測量図の隣地番は、四六一七番一から同番三〇四を分筆した際の地積測量図であるA測量図の隣地番と異なり、B測量図の隣地番とされている四六一四番三一八、四六一三番三一五についても、それぞれの分筆の際の地積測量図(甲第四二、第四三号証)の隣地番と異なっている。
3 控訴人は、被控訴人光田の藤原技研に対する貸付の時期、金額が不明であるとするが、被控訴人光田は、昭和五一年七月二一日頃に、親戚の新武督生から藤原技研に金員を貸し付けるように依頼され、藤原技研に七〇〇〇万円を貸付けることとし、同年七月二一日に、藤原技研との間で、本件土地につき譲渡担保契約を締結し(甲第二八号証の三)、本件土地につき右譲渡担保契約を原因とする所有権移転登記を経由した同月二八日に、六〇〇〇万円を貸付け(甲第七二号証)、次いで、同年九月六日に一〇〇〇万円を貸付けた(甲第七一号証)ものである(なお、右甲第七一、第七二号証の各領収書は名宛が「和晃商事」となっているが、これは右新武督生の経営する会社であり、同人を経由して藤原技研に対する貸付けが行われたため、宛名が右のようになったものである)。
また、控訴人は、藤原技研の会社はまだ存続しているから、被控訴人らの貸付けが回収不能になったとはいえないというが、藤原技研の代表取締役であった藤原利一は、昭和五五年二月二九日に破産宣告を受け、同人が代表取締役をしていた藤原紡績株式会社も、昭和五四年一〇月三日に破産宣告を受けている。そして、藤原利一自身も姿をくらませ、藤原技研の本社所在地に郵便を発しても転居先不明で配達不能である。したがって、藤原技研は、単に登記簿上の存在だけで、現実には、存在しないものである。
4 控訴人は、昭和五四年二月に、被控訴人光田と訴外株式会社玉村との間の訴訟で、本件土地が株式会社玉村の所有であることを確認する判決が言い渡された時点で、被控訴人らは、いずれも、本件土地が現地で発見することができないものであることを知ったことになり、したがって、その時までに民法七二四条にいう損害および加害者を知っていたことになるから、被控訴人らの控訴人に対する損害賠償請求債権は、その時から三年の経過により時効消滅したと主張する。
しかし、控訴人の主張する右判決(甲第九号証の判決の原審である大阪地方裁判所昭和五二年(ワ)第一九八〇号判決)は、本件土地の所在が、株式会社玉村所有の四六一七番一四二の一部であるか、それとも被控訴人光田所有の四六一七番三二四ないし三二六であるかについて、株式会社玉村所有の四六一七番一四二の一部であることを判断しただけで、本件土地の地番が付された経緯や登記官の過失についてはまったく触れておらず、昭和五六年六月二六日に言渡されたその控訴審判決(大阪高等裁判所昭和五四年(ネ)第二八四号)(甲第九号証)で、「本件土地は、藤原技研所有の四六一七番三の土地について分筆・合筆を繰り返す際、登記上の過誤によって生じた架空の土地から分筆登記することによって作出されたものである」との判断が示され、これによって、被控訴人らは、初めて本件土地についての登記の過誤を知り、更にその後の調査で登記官の過失を知るに至ったものである。そして、右控訴審判決言渡しの時から本訴提起の昭和五七年六月四日までに、まだ三年は経過していないから、被控訴人らの消滅時効の抗弁は理由がない。
第三証拠《省略》
理由
一 当事者間に争いがない事実、本件各土地が実在しないか、もしくは、現地で事実上発見不可能な土地であること、本件分筆登記(一)および本件地積更正登記に関する登記官の過失の有無については、左のとおり訂正、付加するほかは、原判決三〇枚目表二行目から四一枚目裏一三行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。《証拠判断省略》
1 《証拠改め省略》
2 同三〇枚目裏一一行目の「図面」を「本件土地付近の航空写真(検甲第一号証は昭和四六年撮影、検甲第二号証は昭和五四年撮影)」と改める。
3 同三一枚目裏六行目の「三二八」を「三二六」と改める。
4 同三五枚目表八行目の「前掲」を「成立に争いのない」と改める。
5 同三七枚目表四行目の「及び地積測量図」を削除する。
6 同三七枚目表五行目の「四ないし七」を「四ないし六」と改める。
7 同三八枚目裏三行目の「符合しないこ」の次に「と」を加える。
8 同三八枚目裏一三行目の「注意義義務」を「注意義務」と改める。
9 登記官の実質的審査義務違反
(一) 不動産登記の申請に対する登記官の審査権限に関し、権利登記については、形式的審査主義がとられ、登記官の審査方法は、原則として書面審理で、提出された書類とこれに関する既存の登記簿のみにより、必要な書類が外形上提出されているか否か、および提出された書面の形式的真正を審査すれば足りるのに対し、表示登記については、実質的審査主義がとられ、不動産登記法五〇条一項は、登記官は、不動産の表示に関する登記をする場合において、必要があるときは、当該不動産の表示に関する事項を調査することができるとし、同法四九条一〇号は、不動産の表示に関する登記の申請書記載の不動産の表示に関する事項が登記官の調査と符合しないときは、登記官はその登記申請を却下しなければならないと定めている。
(二) これを本件についてみるに前記争いがない事実のほか、《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
(1) 前記のとおり、昭和四五年八月二八日に、四六一七番一の土地九万八七九九平方メートルから同番三〇四の土地一万〇七七六平方メートルが分筆されたところ、右分筆は、甲第一五号証のA測量図に基づいてなされた。
(2) その後、同番三〇四の土地一万〇七七六平方メートルは、昭和四五年九月二九日に、同番三の土地五五一平方メートルに合筆されて、同番三の土地一万一三二七平方メートルとなり、ついで、昭和四五年九月から同年一一月までの間に、六回に亘り、九筆の土地に分筆されて、同番三の土地の面積は、登記簿上わずか三二平方メートルとなった。
(3) 右同番三の土地三二平方メートルは、昭和四五年一二月一〇日に、その地積を一万一〇一九平方メートルに増量する旨の地積更正の登記がなされ、さらに、昭和四五年一二月から昭和四六年一月までの間に、三回に亘り、一〇筆に分筆されたところ、同番三二三ないし三二六および三二八の土地(本件各土地)は、昭和四六年一月二一日に、右同番三の土地から分筆された。
(4) そして、右三二三ないし三二六および三二八の本件各土地の分筆は、甲第一七号証のB測量図に基づいてなされたところ、右B測量図には、同番三の土地の周囲および分筆後の同番三二八の北東側の各隣地の地番の表示が欠けているため、同図面からは、分筆された本件各土地と同番三の土地の周囲の隣接土地との位置関係を把握することが困難であり、ひいては、右図面を現地に投影して本件各土地を特定して明示することが不可能であって、結局、右B測量図は、現地に合わない不完全な図面である。
(5) また、右B測量図を作成した勝村泰智は、土地家屋調査士の資格のない者であることが右図面自体から明らかであって、右図面が、土地の測量について、どの程度の知識、経験を有する者によって作成されたのか、右図面や本件各土地の分筆申請書類からは必ずしも明らかでないから、本件各土地の分筆の申請を受けた登記官として、より慎重にその正確性等を審査すべきであった。
(6) さらに、右B測量図では、計算上、分筆申請のあった本件各土地を含む同番の三二二ないし三二八の七筆の土地の面積は合計約五一三〇平方メートルであり、残地の同番三の土地の面積は約五三〇七平方メートルであるとされているところ、右図面に表示されている各土地の形状・範囲は、本件各土地を含む七筆の土地が、残地の同番の三の土地に比べ、極端に狭い土地として表示されていて、甚だ不自然な図面になっている。
(7) しかも、同番三の土地は、登記簿上、本件各土地の分筆申請のあった日から約四〇日前に、その地積を三二平方メートルからその約三四〇倍余りの一万一〇一九平方メートルに更正する旨の更正登記がなされたばかりであるから、図面上、B測量図に記載のように、残地が、分筆される土地よりも、極めて広くなることは、通常はあり得ないことであって、このことは、本件各土地の分筆の申請を受けた登記官は、登記簿等を調べることにより、極めて容易に気がつくことであった。
(三) そして、前記認定の事実、殊に、本件各土地の分筆申請に際して提出されたB測量図は、正規の土地家屋調査士によって作成されたものではないうえ、不動産登記法八一条ノ二、同法施行細則四二条ノ四第一項により記載することが必要とされている四六一七番三と分筆によって生ずる四六一七番三二八の各隣地の地番が欠けていること、分筆される七筆の土地の公簿面積と残地である同番三の土地の公簿面積がほぼ同じであるのに、B測量図では、本件各土地を含む七筆の土地が、残地である同番三の範囲に比べて極端に狭い形状・範囲として表示されていることなどの不自然なところがあること、また、本件各土地の分筆申請の日から約四〇日余り前に、同番三の土地の面積を僅か三二平方メートルから約三四〇倍近くの一万一〇一九平方メートルに更正する旨の更正登記がなされていること等からすれば、本件各土地の分筆申請を受けた登記官としては、右分筆申請が現実に符合するか否かについての実質的審査を行う注意義務があったものというべく、また、右実質的審査を行えば、本件各土地の分筆申請は、実体に符合しないことが判明した筈であるから、右分筆申請を調査の結果と符合しないものとして、不動産登記法四九条一〇号により却下すべき関係にあったものというべきである。しかるに、弁論の全趣旨によれば、本件各土地の分筆申請を受けた登記官は、右実質的審査を怠り、これをなさずに本件各土地の分筆申請を受理して、本件各土地を分筆したことが認められるから、右登記官には、その公権力の行使につき、過失があったものというべきである。したがって、被控訴人らがこれによって被った後記損害について、控訴人は、国家賠償法一条一項による賠償責任がある。
二 もっとも、
1 控訴人は、B測量図においても、本件各土地は、特定されており、また、分筆によって、土地が消滅したり、架空の土地が生じたりすることはないから、本件各土地は、現に存在しているところ、本件各土地が現地で発見できないのは、分筆図面が机上でのみ作成された架空の図面であったからではない等、種々の事情を挙げ、本件各土地は現存するとし、これを現地で発見できないとしても、控訴人である国が責任を負う理由はない等と主張している。しかし、弁論の全趣旨によれば、控訴人自身、現地で本件各土地を特定して指示出来ないことが認められるところ、この事実に、前記認定の本件各土地が分筆されるに至るまでの各土地の合筆、分筆の経過、前記認定の事実(原判決三〇枚目表二行目から同三三枚目裏八行目までに記載の事実)、および、《証拠省略》に照らして考えれば、本件各土地は、その分筆に至るまでの過程において、客観的に存在しない土地であるのに、存在する土地であるかのように、分筆登記がされたか、或いは、事実上存在しない土地と同視し得るものであるのに、分筆登記されたものであるというべきであるから、控訴人は、後記のように、右土地が現に存在するものとして、取引をして損害を被った被控訴人等に対し、損害賠償の責任があるものというべきである。
したがって、控訴人の右主張は理由がない。
2 次に、控訴人は、(1) B測量図に方位、地番、分筆する土地の隣接地を記入することによって、分筆の対象となる土地は、図面上特定されていたというべきである、(2) B測量図に隣接地の地番が欠けている不備は、登記官において、これを治癒し得るのであり、申請人にその補正を命じなければならない程の不備はなかった、(3) 本件各土地の分筆申請に際して添付されたB測量図には、一見して明白な瑕疵ないし疑問はなかった、(4) 登記官の審査は、地積測量図の作成者に関しては、形式上作成者欄の作成者の署名押印の有無に止まり、作成者の資格の有無や知識経験の有無は審査の対象外である、(5) 分筆登記の際に、実測を要しない残地の面積は、実務上、差引計算する取り扱いであり、分筆後の土地の一筆については、必ずしも、求積およびその方法を明らかにすることを要しない、(6) したがって、B測量図上の残地の形状や大きさについて、登記官が疑念を抱かなかったとしても、登記官に形式的・実質的審査義務違反があったとはいえない、等々種々の事情を挙げ、本件各土地の分筆申請を受理した登記官には、形式的審査義務違反も、実質的審査義務違反もなかったと主張している。
しかし、本件各土地の分筆申請に際して提出されたB測量図は、前述のような不自然なものであって、右図面に控訴人の主張のような瑕疵がなかったとはいえないのであって、このことに、前記認定のような四六一七番三の土地の分筆や本件各土地の合筆、分筆の経過、同番三の土地の面積が、本件各土地の分筆される約四〇日前に、三二平方メートルから一挙に約三四〇倍以上の一万一〇一九平方メートルに更正する旨の更正登記がされていること等の諸事実に、前記認定の事実(原判決三九枚目表一三行目から同裏九行目まで、および、本判決の前記一の9に認定の事実)等に照らして考えれば、本件各土地の分筆登記申請を受理した登記官には、前記形式的審査義務および実質的審査義務を怠った過失があったものというべきであって、これに反する控訴人の主張は、その前提事実が認められないか、もしくは、独自の見解であって、採用できない。
三 本件各土地が存在しないか、現地で指示特定できないために被控訴人らの被った損害、登記官の過失と右被控訴人らの被った損害との因果関係および過失相殺については、左のとおり訂正するほかは、原判決四二枚目裏一行目から同四九枚目裏五行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
1 《証拠改め省略》
2 同四四枚目表八行目の「一〇〇万円」を「一〇〇〇万円」と改め、同一二行目の「和晃商事作成名義」を「和晃商事宛」と改める。
3 同四七枚目表一三行目の「時点では」を「時点に近い昭和四九年三月九日までは」と改める。
4 同四九枚目表一行目の「原告」の次の「ら」を削除する。
四1 控訴人は、被控訴人三景商事の被った損害について、本件土地のうち、四六一七番三二八の土地についての根抵当権は、同一の債権の担保として数個の不動産上に設定された極度額三二〇〇万円の共同抵当権(民法三九八条の一六)であって、他の共同抵当の目的となっている二筆の物件(泉南市信達大苗代七〇七番二と同所七〇八番二の各土地)は任意競売に付され、それによって被控訴人三景商事は一部債権の回収をしているから、損害額は相当減縮されるべきであると主張する。
《証拠省略》によれば、四六一七番三二八の土地について、被控訴人三景商事が設定を受けた根抵当権の登記には、共同担保目録の記載があるので、民法三九八条ノ一六の共同根抵当であることが窺われるが、控訴人の主張する泉南市信達大苗代七〇七番二と同所七〇八番二の各土地が、その共同抵当の目的物件であることについては、《証拠省略》によってもこれを認めるに足りず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。
《証拠省略》によれば、前記和解契約に基づき、控訴人主張の右二筆の土地(泉南市信達大苗代七〇七番二と同所七〇八番二の各土地)を含む三筆の土地が競売に付され、その競売手続において、被控訴人三景商事が、配当金一六一九万三八〇九円を受け取ったことは認められ、右金額については、被控訴人三景商事の藤原技研に対する貸付金残債権額九三八四万七七八三円に対する回収とし、これらを差し引いた未回収額が六七九九万三九七四円となったものである(原判決四三枚目表七行目から一二行目まで)が、これらの土地と四六一七番三二八の土地とが共同根抵当の目的になっていることが認められない以上、右競売手続の配当を受けたことによって、四六一七番三二八の土地の根抵当権について、損害額を減額すべきであるとの控訴人の主張は理由がない。
また、控訴人主張の二筆の土地と共同根抵当の関係にあったとしても、その目的物件が一括競売され、同時配当がなされる場合には、民法三九二条一項の適用を受け、各不動産の価格に応じて被担保債権の負担を按分することになるけれども、本件の場合は同時配当にはならないから、そのような制約はなく、仮に四六一七番三二八の土地が実在すれば、その極度額までは優先弁済を受けられるべきものであることになるから、いずれにしても控訴人の主張は理由がない。
2 控訴人は、被控訴人光田の被った損害について、同被控訴人が藤原技研に対して有していたとする合計七〇〇〇万円の債権は、その貸付時期、金額が証拠上明らかでないから、損害額の立証がないと主張するが、同被控訴人の藤原技研に対する貸付に関する事実については、原判決四三枚目裏一三行目から四四枚目裏八行目までに記載のとおりであって、右に挙示の証拠により優にその事実を認め得るから、控訴人の右主張は理由がない。
また、控訴人は、仮に、被控訴人光田が、本件土地の担保価値を信頼して融資をしたとしても、その担保価値は、本件土地(四六一七番三二四ないし三二六)について設定された根抵当権の極度額一〇〇〇万円を限度としていたものであるから、本件土地に関する同被控訴人の損害額の合計は一〇〇〇万円を越えるものではないと主張しているところ、《証拠省略》により、同被控訴人が、藤原技研に対する前記貸付に際し、その担保として、四六一七番三二四ないし三二六の各土地について、極度額一〇〇〇万円の根抵当権の設定契約をし、その仮登記を経由したことは認められる。しかし、(1) 前記認定のとおり、同被控訴人は、右貸付に際し、右貸付金七〇〇〇万円の担保として、右根抵当権だけではなく、右各土地につき譲渡担保契約を締結し、これを原因として同被控訴人名義に所有権移転登記を経由しているのであるから、同被控訴人は、右各土地がその時価相当額の担保価値を有するものと信頼して、右貸付を行ったものと認められ、(2) 当時の本件土地付近の土地の時価が一平方メートル当り七万円を下らないものであったこと、(3) 本件土地に、先行する幸福相互銀行を権利者とする極度額六〇〇〇万円の根抵当権が設定されていたことは前記認定のとおりであり(原判決四七枚目表九行目から同裏三行目まで)、(4) また、《証拠省略》によれば、被控訴人光田の右貸付当時、同被控訴人が担保として取得した右三筆の土地には、優先する担保権の設定がなかったこと(登記簿上は株式会社永大を権利者とする先順位の根抵当権の設定登記があったが、被控訴人光田の前記譲渡担保による所有権移転登記と同日付で放棄され、その翌日に抹消されている)が認められるので、右三筆の土地が実在すれば、優に同被控訴人の右貸付債権額を越える担保価値を有すべきものであったと認められる。
したがって、控訴人の右主張は理由がない。
3 また、控訴人は、藤原技研は、事実上倒産し、代表者が行方不明になったということはなく、同会社は、昭和五八年一二月一四日に本店を大阪市旭区赤川町一丁目一番一三号に移転し、平成元年九月二八日に代表取締役和田佳弘が就任し、会社として存続しているから、同被控訴人の同会社に対する債権が回収不能になったとはいえないと主張し、《証拠省略》によれば、藤原技研の会社登記簿上は、右のとおりの記載のあることが認められる。
しかし、藤原技研と代表取締役が同じであった藤原紡績株式会社が破産宣告を受け、藤原技研も事実上倒産し、右両社の代表取締役であった藤原利一も行方不明であることは前記認定のとおりであり(原判決四三枚目裏八行目から一一行目まで)、また、《証拠省略》によれば、右藤原利一個人も昭和五五年二月二九日午前一一時に破産宣告を受けていること、被控訴人ら訴訟代理人が、平成二年一二月一七日に、藤原技研の現所在地である大阪市旭区赤川町一丁目一番一三号に宛てて書留郵便を発送したが、転居先不明で配達不能になったことが認められ、これらの事実によれば、藤原技研は、登記簿上は存続しているものの、会社としての実体はなく、被控訴人らの本件各債権を返済するほどの資力を有するものとは到底認められず、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。したがって、控訴人の右主張は理由がない。
4 さらに、控訴人は、本件各土地は、単に現地で発見、特定が困難であるにすぎず、存在していることは否定できないから、これに対する根抵当権も有効に成立しており、したがって、被控訴人らに損害が発生したということはあり得ないとも主張するが、前記認定のとおり、本件各土地は、現実に存在しないものであり、仮に存在するとしても、現実に、現地で発見、特定することができない以上、本件各土地につき、抵当権を実行して換価することは、社会通念上不可能であって、本件各不動産を換価処分することにより、被控訴人らの前記貸付金を回収することは不能であると認めるのが相当であるから、被控訴人らに損害が発生したことはないとの控訴人の右主張は理由がない。
5 控訴人は、不実登記をめぐる取引上の損害については、登記官の違法行為が直接的に損害を生じさせるものではなく、他の不法行為者等の行為によって発生するものであって、不実登記はその契機になるに過ぎないし、また、登記は対抗要件に過ぎないのであって、公信力を有せず、かつ、登記簿は本来完全無欠なものではないのであるから、登記簿の表題部に、本件各土地を特定する要素として、土地の所在、地番、地目、地積を表示したとしても、これらの土地の存在を保証する機能を有するものではない(登記簿の付属書類である地積測量図も同様である)ところ、本件では、被控訴人らが藤原技研に融資するにあたり、被控訴人三景商事の代表者は藤原技研代表者の藤原利一から現地で本件土地のおおよその所在場所を指示され、また、被控訴人光田は、代理人新武督生をして、藤原利一から、現地で、図面とともに本件土地の所在場所を指示されたのであるから、その後、現地において本件各土地を発見することが不可能になったとしても、本件分筆登記(二)の処分をした当時の登記官の行為との因果関係はないと主張するが、本件分筆登記(二)の申請についての登記は、単に対抗要件に過ぎず、公信力を有しないとしても、登記簿に表示された土地については、現実に存在するものであるとの強力な推定力があるというべきである。そして、本件において、登記官の前記過失と被控訴人らの損害との間に、相当因果関係が認められることは前記認定のとおり(原判決四六枚目裏一二行目から同四七枚目裏六行目まで)である。右の点に関する控訴人の主張は独自の見解であって、採用できない。
また、控訴人は、本件では、被控訴人らが藤原技研に融資するにあたり、被控訴人三景商事の代表者は藤原技研代表者の藤原利一から現地で本件土地のおおよその所在場所を指示され、また、被控訴人光田は、代理人新武督生をして、藤原利一から、現地で、図面とともに、本件土地の所在場所を指示されたのであるから、その後、現地において本件各土地を発見することが不可能になったとしても、本件分筆登記(二)の処分をした当時の登記官の行為との因果関係はないと主張するが、そのような事実があったとしても、被控訴人らが、本件各土地の登記を見て、その土地が実在するものと信じたものであることには変わりはないから、右のような事実があったからといって、本件分筆登記(二)についての登記官の過失と被控訴人らの損害との間の因果関係を否定することはできない。
したがって、控訴人の右主張も、採用できない。
五 控訴人は、昭和五四年二月に、被控訴人光田と訴外株式会社玉村との間の訴訟で、本件土地が株式会社玉村の所有であることを確認する判決が言い渡され、被控訴人三景商事は、当時その紛争の経過および右判決結果を知っており、また、被控訴人光田は、その判決の当事者として、当然これを知っていたから、被控訴人らは、いずれも、遅くともその頃までには、本件土地が現地で発見することができないものであることを知り、その頃までに民法七二四条にいう損害および加害者を知ったから、被控訴人らの控訴人に対する損害賠償請求債権は、その時から三年の経過により時効消滅したと主張する。
《証拠省略》によれば、株式会社玉村が原告となり、被控訴人三景商事を被告として、同被控訴人が、自己の所有する四六一七番三二八の土地(本件土地)であるとして占有する土地につき、株式会社玉村が所有する四六一七番一四二の土地であるとして、同被控訴人に対し、その明渡を求めた訴訟事件(大阪地方裁判所昭和五五年(ワ)第三一四六号)の判決書の理由中に、「本件土地の一部を藤原技研から買い受けたとする被控訴人光田と訴外株式会社玉村との間で紛争があり、昭和五四年二月に、本件土地が株式会社玉村の所有であることを確認する判決が言い渡されているところ、被控訴人三景商事は、右紛争の経過および右判決結果を当時知っていたことが認められる。」との記載のあることが認められ、《証拠省略》によれば、右記載の判決とは、大阪地方裁判所昭和五二年(ワ)第一九八〇号(甲第九号証の判決の原審)の判決であることが認められる。しかし、被控訴人らが、右判決によって、被控訴人らが本件土地であるとして占有していた土地が、実際は第三者所有土地であることを知ったとしても、民法七二四条にいう「損害を知る」とは、単純に損害を知るに止まらず、加害行為の不法行為であることをも併せて知ることの意味である(大審院大正七年三月一五日判決・民録二四輯四九八頁)ところ、《証拠省略》からは、昭和五四年二月言渡しの大阪地方裁判所昭和五二年(ワ)第一九八〇号事件の判決当時、被控訴人らが、本件土地が、架空の土地で実在しないか、あるいは、実在するとしても、その所在の発見が困難な土地であり、かつ、それが、本件土地の分筆登記手続における登記官の過失に起因するものであることを知ったとまでは認められず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。却って、《証拠省略》によれば、少なくとも被控訴人光田は、昭和五六年六月二六日に言渡された甲第九号証の判決により、本件各土地が現実に存在しないか、現地で特定して指示できないことを知り、かつ、その後の調査で、前記登記官の不法行為を知ったものと認めるのが相当である。
したがって、被控訴人らが、昭和五四年二月の時点で、本件損害賠償請求債権につき、損害および加害者を知っていたとして、それから三年の経過により消滅時効が成立したとの控訴人の主張は理由がない。
六 以上により、被控訴人らの本訴各請求は、原判決の認容した限度で認容し、その余を失当として棄却すべきものであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 髙橋史朗 小原卓雄)