大阪高等裁判所 平成2年(ネ)540号 判決 1991年12月17日
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の主位的及び予備的請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
一 控訴の趣旨
主文同旨
二 事実関係
原判決の事実欄記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決三枚目表七行目の「考えられる。」の次に「本件工事のうち約八五パーセント、金額にして約四四〇〇万円は外注工事であったが、被控訴人は、訴外高島からの残代金の支払がないため、外注残代金約二三三五万円を、友人親戚からの借入によって支払った。」を加える。
三 当裁判所の判断
1 主位的請求について
(一) 原判決理由一(八枚目表二行目から一〇枚目裏末行まで)の記載を引用する(ただし、九枚目表九行目の「下請業者をも」を「大部分は下請業者を」に、同枚目裏一行目の「本件工事分」を「本体工事分」に改める。)。
(二) 被控訴人は、本件工事は、一面において被控訴人にこれに要した財産及び労務の提供に相当する損失(本件工事代金相当額)を生ぜしめ、他面において控訴人に右に相当する利得を生ぜしめたものである旨主張するところ、右認定の事実関係の下において、被控訴人に財産及び労務の出捐による損失があったというためには、本件工事のうち下請業者を使用した部分については、被控訴人において現実に下請業者に対して下請工事代金を支払ったことが必要であると解すべきである。
これを本件についてみるに、被控訴人は、本件工事のうち約八五パーセント、金額にして約四四〇〇万円は外注工事であったが、高島からの残代金の支払がないため、外注残代金約二三三五万円を、友人親戚からの借金によって支払った旨主張する。しかるところ、被控訴人代表者は、当審本人尋問において、下請業者に対する支払はすべて完了した旨その主張に副う供述をしている。しかし、被控訴人代表者は、原審本人尋問では、下請業者に対する支払はまだしていないと供述していたもので、当審の供述内容とは異なっており、当審での供述も、被控訴人会社としては支払っておらず、被控訴人代表者の大山豊個人として支払ったので、原審では支払ったといわなかったというなど、その内容は曖昧である。さらに、被控訴人は、支払先の下請業者の氏名や支払った金額についての具体的な主張をしておらず、被控訴人代表者の当審の供述でも支払った先の下請業者をいくつか挙げてはいるが、個々の支払金額はほとんど記憶がないというものである。その上、被控訴人が本件工事に関して下請業者に下請工事代金を支払ったことを裏付けるような的確な証拠は全く存しない。もっとも、原本の存在と成立に争いのない甲第二四号証、当審における被控訴人代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第二〇号証、第二一号証の各一、二(甲第二〇号証の一、二、第二一号証の一のうち官署作成部分の成立は争いがない。)、同尋問の結果により原本の存在及び成立を認める甲第二二、第二三号証、第二五、第二六号証並びに同尋問の結果によれば、右大山は、昭和五七年末頃から昭和五八年三月頃にかけて、知人等数人から各数百万円単位の金銭を借り入れていることが窺われ、同代表者は、これらの借金で本件工事の下請工事代金は完済したと供述する。しかし、同尋問の結果によれば、被控訴人会社は本件工事終了後の昭和五七年一二月末頃事実上倒産し、本件工事の下請業者以外の債権者にも多額の債務を負担していたことが認められ、被控訴人代表者の供述でも、右借金をもってした支払中にも本件工事の下請工事代金以外の債務の分があったことを認めているのであり、大山が借金して支払った債権者の中に本件工事の下請業者が含まれているとしても、それらの業者に対する支払がどの程度の金額なのか具体的に特定できる資料はない。結局、本件全証拠によっても、被控訴人が本件工事の下請業者に下請工事代金を完済したことを認めることはできないといわざるを得ないし、一部支払われているとしても、その金額を確定することもできない。また、被控訴人は、本件工事のうち下請工事は八五パーセントであると主張しており、その余は自ら施工したと主張するようである。しかし、被控訴人が自ら施工したという具体的な内容も明らかではなく(弁論の全趣旨によれば、被控訴人は本件工事のうち設計監理は自ら行ったものと認められるが、それ以外に自ら施工した部分があるのかは明らかでない。)、自ら施工した部分があるとしても、その部分の本件工事中に占める割合を確定するに足る証拠もない。
してみれば、本件工事に関して被控訴人が自らの財産又は労務を出捐して損失を被ったものとは認められない筋合である。
(三) よって、その余の点につき検討するまでもなく、被控訴人の主位的請求は理由がない。
2 予備的請求について
(一) 訴外高島が控訴人から本件建物を昭和五七年二月一日賃借したこと、訴外高島が被控訴人に本件工事を請け負わせたこと、被控訴人が本件工事を施工して昭和五七年一二月初旬頃全工事を完成して訴外高島に引き渡したことは、前記のとおりである。
(二) 控訴人と訴外高島の間の本件建物の賃貸借契約において、訴外高島が本件建物を使用収益するのに必要な工事等は訴外高島の費用をもって行い、訴外高島は控訴人に対し契約終了による本件建物返還時名目の如何を問わず金銭的請求をしない旨の特約が存したことは、当事者間に争いがない。被控訴人は、右特約は、借家法六条により無効である旨主張するが、右のような特約は同法一条ないし五条のいずれの規定にも反するものではなく、同法六条により無効であるとは解されないから、被控訴人の右主張は採用できない。
(三) 右事実によれば、訴外高島は控訴人に対し、本件工事に関し必要費の償還請求権を有しないものというべきであるから、訴外高島の控訴人に対する右費用償還請求権を被控訴人が代位行使することもできないものといわざるを得ない。
3 以上によれば、被控訴人の主位的及び予備的請求はいずれも失当であり、これを棄却すべきものである。
よって、原判決は相当でないから、これを取り消し、主文のとおり判決する。