大阪高等裁判所 平成20年(う)121号 判決 2008年4月17日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人奥村徹作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書にそれぞれ記載されているとおりであるから,これらを引用する。
論旨は,理由不備,訴訟手続の法令違反,法令適用の誤り,量刑不当をいうものである。
そこで,記録を調査して検討する。
1 理由不備の主張について
所論は,原判示第3の犯罪収益取得事実仮装罪について,同罪が成立するためには,前提犯罪である児童ポルノ提供罪が既遂に達していなければならないところ,原判決が引用する起訴状記載の公訴事実中には,児童ポルノ提供罪が既遂に達した事実が記載されていないから,原判決には,理由不備の違法がある,というのである。
しかしながら,犯罪収益等が将来の犯罪活動に再投資等されるのを徹底的に予防するという組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(以下「組織的犯罪処罰法」という。)の立法趣旨等に照らせば,同法2条2項の「犯罪行為により得た財産」というためには,その財産を特定した上,これが同項所定の犯罪行為により得られたものであることを示せば足りるのであり,その財産を得た個々の犯罪行為の内容を具体的に特定して示すことまでは要求されていないと解されるところ,原判決は,証拠を挙示して,B名義の普通預金口座に入金された合計22万8000円が児童ポルノ提供行為により得た財産であることを示すとともに,その財産を取得した事実を仮装した行為をも示して,犯罪収益取得事実仮装罪が成立すると判示しているのであるから,同罪の構成要件該当事実の摘示として欠けるところはなく,原判決に所論のいうような理由不備はない。
理由不備に関する所論は採用できない。
2 訴訟手続の法令違反の主張について
所論は,弁護人は,自己の記名押印のある弁護人選任届を提出した平成19年8月31日から自己の署名押印のある弁護人選任届を提出した同年9月6日ころまでの間,弁護人選任届には署名が必要であるとして被告人の弁護人として扱われなかったものであり,このように弁護権を侵害された状態で作成された被告人の供述調書(原審乙7,9)は違法収集証拠として証拠能力がないから,これらを証拠として採用し,これらをもとに有罪判決をした原審裁判所の措置には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
しかしながら,関係証拠によると,本件に関わった検察事務官が,起訴前に提出された弁護人選任届に弁護人の署名を求めた事実があるとはいえ,それ以上に捜査機関が奥村徹弁護士の弁護人としての活動を妨害したような形跡はなく,同弁護士が被告人の弁護人として必要な弁護活動をすることに支障があったとは認められないから,所論が指摘する各証拠の証拠能力を肯定した原審裁判所の措置に所論のいうような訴訟手続の法令違反があるとはいえない。
訴訟手続の法令違反に関する所論は採用できない。
3 法令適用の誤りの主張について
所論は,原判決には,次のような判決に影響を及ぼす法令適用の誤りがある,というので,以下,順次検討する。
(1) 所論は,原判示第1の2の児童ポルノ提供目的所持罪について,同判示の外付けハードディスク自体を販売する目的がなかった被告人には同罪が成立しないのであり,これを処罰する原判決は,表現の自由を不当に侵害する点で憲法21条に違反し,財産権を侵害する点で憲法29条1項にも違反する,というのである。
しかしながら,関係証拠によれば,被告人は,本件外付けハードディスク自体を販売する目的はなかったけれども,必要が生じた場合には,本件外付けハードディスクに保存された画像データを使用し,これをDVDに記憶させた上,このDVDを販売する意思であったことが認められるから,本件外付けハードディスクの所持は,児童ポルノを提供する目的で行われたものということができる。また,児童の心身に有害な影響を与え,その成長にも重大な影響を及ぼす行為を防止し,児童を性欲の対象としてとらえる風潮を抑止するという児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下「児童ポルノ法」という。)の立法趣旨等に照らすと,同法による処罰をすることにより,人権に制限が加えられたとしても,それは公共の福祉による合理的な制限であって,この点が憲法の諸規定に違反するなどといえないことは明らかである。
(2) 所論は,原判示第3の犯罪収益取得事実仮装罪について,原判決は,児童ポルノであるDVDを提供したことに伴って銀行口座に入金された金員の中に含まれていたDVDの送料に相当する金額も追徴しているが,その送料分は,組織的犯罪処罰法2条2項にいう「犯罪収益」に該当しないので追徴できないものであるばかりか,最終的に郵便料金として国庫に帰属したDVD送料分を追徴することは憲法29条1項にも違反する,というのである。
しかしながら,前述の組織的犯罪処罰法の立法趣旨等や,「犯罪収益」に関する定義規定の文言のほか,犯罪関連資金の再投資の実態等に照らせば,「犯罪収益」中の「犯罪行為により得た財産」とは,当該犯罪の構成要件に該当する行為によって犯人が取得した財産そのものをいうものであり,これを取得するために犯人が支出した費用等を控除するなどの損益計算をした後の「利益」に限定されないと解すべきところ,本件については,関係証拠によれば,児童ポルノの代金分と送料分とが明確に区別されていなかったばかりか,児童ポルノを提供する際,送料として客から前払いされた金員自体が用いられたわけではないなどの事情も認められるのであるから,この前払い送料分を含め,本件に関係して借名口座に振込入金された金額に相当する価額を追徴した原判決に違法はないといえる。
また,所論がいうDVD送料としての郵便料金の支払は,刑罰によるものではないから,これと同額を犯罪収益として追徴することが憲法29条1項に違反するなどとはいえない。
(3) 所論は,原判決は,原判示第3の犯罪収益取得事実仮装罪の成立を認めて追徴しているが,「犯罪収益」中の「犯罪行為により得た財産」というためには,当該犯罪行為が当該財産取得行為に先行していなければならないことは明らかであるところ,同判示の児童ポルノであるDVDは,代金前払いで提供されたものであり,代金入金の時点においては,いまだ同DVDの提供に着手されていないから,同判示の入金は「犯罪収益」に該当せず,犯罪収益取得事実仮装罪は成立せず,これを追徴するのは憲法29条1項に違反する,というのである。
しかしながら,前記の立法趣旨や,通常想定される本罪関係の取引形態等に照らして合目的的に考察すると,「犯罪行為により得た財産」は,当該犯罪行為が成立する場合において,その構成要件に該当する行為自体と結び付いて犯人が取得した財産をいい,当該犯罪行為の成立時期と当該財産を得た時期との前後関係を問わないものと解すべきであるから,所論指摘の児童ポルノ提供の前払い代金も,後の機会に当該児童ポルノ提供罪が成立する限り,「犯罪行為により得た財産」として,「犯罪収益」に該当し,これを取得したことを仮装すれば,犯罪収益取得事実仮装罪が成立するというべきであり,そのような犯罪収益を追徴することが憲法29条1項に違反しないことも明らかである。
(4) 所論は,原判示第2の児童ポルノ提供目的製造罪,同第1の2の児童ポルノ提供目的所持罪,同第1の1の児童ポルノ提供罪は牽連犯である,というのである。
しかしながら,前述の児童ポルノ法の立法趣旨,保護法益等に照らすと,同法が児童ポルノ等の製造,所持,提供の各行為を並列的に禁圧する規定を置いているのは,児童ポルノ等が児童の権利を侵害するなど,社会に極めて重大かつ深刻な害悪を流す特質を有するところから,その害悪の流布を防止するため,製造,所持,提供の行為如何を問わず,あらゆる角度から児童ポルノ等に関する行為を列挙してこれらを処罰の対象とする趣旨と解される。したがって,その製造,所持,提供の各行為は,別個独立の行為として,それぞれ一罪として処罰されるべきであり,しかも,これらの犯罪の通常の形態として,その性質上,必然的な手段又は当然の結果という関係にあるなどともいえないから,これらの犯罪を連続して犯したとしても,所論がいうような牽連犯ではなく,併合罪になるものと解すべきである。
なお,同第1の1の児童ポルノ提供罪と同第1の2の児童ポルノ提供目的所持罪とは,刑法45条前段の併合罪として処理すべきであるのに,両罪を包括一罪として処理した原判決には法令適用の誤りがあるが,これを正当に処理した場合と比較すると,他罪との併合罪という関係もあって,懲役刑の処断刑の範囲は同一であり,罰金刑の合算額に一応は差異を生じることになるが,最終的に,罰金額の点を含め刑の量定が不当であるとまでは認められないことなどに照らすと,その法令適用の誤りは,判決に影響することが明らかであるなどとはいえない。
(5) 所論は,原判示第3の犯罪収益取得事実仮装罪は,その構成要素として,収益に対応する児童ポルノ提供罪該当行為を取り込んでいるから,これらは観念的競合又は法条競合として一罪であり,このような性格を有する児童ポルノ提供罪と同第1の1の児童ポルノ提供罪は包括一罪となるべきものであるから,結局,同第3の犯罪収益取得事実仮装罪と同第1の1の児童ポルノ提供罪は一罪である,というのである。
しかしながら,同第3の犯罪収益取得事実仮装罪及びその前提犯罪である児童ポルノ提供罪の各行為は,法的評価をはなれ,構成要件的観点を捨象した自然的観察の下においては,社会的見解上,それぞれ別個独立の行為と認められるばかりか,両罪の保護法益,取締り目的等も全く異なり,それぞれ別個独立に処罰する必要性が高いことなどにも照らすと,所論がいうような観念的競合又は法条競合の関係にあるなどと解する余地はなく,同第3の犯罪収益取得事実仮装罪と同第1の1の児童ポルノ提供罪とが科刑上一罪であるなどとも解されない。
なお,原判決が,同第3の組織的犯罪処罰法10条1項前段違反の罪に係る犯罪収益を追徴する根拠条文として,同法13条1項1号を適用しているのは誤りであり,同項5号を適用すべきであるが,この法令適用の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。
その他所論に鑑み,記録を精査検討してみても,原判決に所論がいうような判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りはない。
法令適用の誤りに関する所論はいずれも採用できない。
3 量刑不当の主張について
所論は,被告人を懲役2年6月及び罰金100万円(3年間懲役刑の執行猶予,保護観察付き)に処するとともに,金22万8000円を追徴することとした原判決の量刑は,小児性愛傾向のない被告人を保護観察に付する点や,児童ポルノを提供する際の送料として用いた部分をも追徴する点で重すぎて不当である,というのである。
しかしながら,本件は,児童ポルノであるDVD1枚の提供(原判示第1の1),児童ポルノの画像データを記憶・蔵置させたコンピュータ外付けハードディスク1台の提供目的所持(同第1の2),児童ポルノである8ミリビデオカセット1巻の提供目的製造(同第2),児童ポルノ販売代金合計22万8000円の借名口座入金による犯罪収益取得事実の仮装(同第3)の事案であるところ,本件各犯行の動機,態様,結果等は原判決が「量刑の理由」の項で正当に指摘しているとおりである。すなわち,被告人は,インターネットの利用による児童ポルノ等であるDVDの販売で手っ取り早く金儲けをしようと考え,ファイル互換ソフトを使用してわいせつ画像や児童ポルノ画像を入手したり,歌手等になりすまして書き込みをする掲示板を通じて知り合った社会的に未熟な児童との性交場面をビデオカメラで撮影したり,同様にして交際するようになった女性に依頼して同女名義の銀行預金口座を開設させるなどした上,児童ポルノ等のDVDを販売し,その販売代金を上記口座にも振込入金させるようになり,その一環として,本件各犯行に及んだものである。本件起訴分だけでも,約10か月間に,顧客10名を相手に合計23万1500円の売上げがあることなどに照らすと,本件各犯行は,自己中心的で利欲性の高い職業的な悪質事犯ということができる。被害児童の心身に与えた悪影響も大きく,被告人の刑事責任は重いというべきである。
そうすると,被告人が,事実を認めた上,被害児童への謝罪を拒絶されたことから,50万円を贖罪寄付し,二度と過ちを犯さない旨述べるなど,反省の情と更生の意欲を示していること,前科前歴はないこと,母親が,原審公判廷で,被告人の父親が経営する船舶管理代行店の後継者に育てるために指導監督する旨述べていること,その他被告人の年齢,稼働歴,身柄拘束期間等被告人のために酌むことのできる事情を十分考慮しても,被告人を懲役2年6月及び罰金100万円(3年間懲役刑の執行猶予,保護観察付き)に処するとともに,前述のとおり正当と認められる金22万8000円を追徴することとした原判決の量刑は,やむを得ないのであって,これが重すぎて不当であるとはいえない。
量刑不当に関する所論も理由がない。
4 よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。