大阪高等裁判所 平成20年(う)528号 判決 2009年1月20日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役7年に処する。
原審における未決勾留日数中680日を上記刑に算入する。
神戸地方検察庁で保管中の自動装てん式けん銃4丁(同庁平成18年領第161号符号1,3の1,14,16),回転弾倉式けん銃2丁(同号符号8の1,11),短機関銃1丁(同号符号42),弾倉3個(同号符号2の1,43の1,43の2),けん銃実包278発(同号符号2の2,3の2,5の2,8の2,9,21,26の2,27の1,28の1,28の2,29の1ないし4,43の3,43の4。うち59発は鑑定のため試射済み),散弾実包107発(同号符号45の1,46の1,47の1,48の1,49の1,50の1,50の2,51の1,52の1,53の1,54の1,55の1。うち11発は鑑定のため分解済み),銃用雷管199個(同号符号56の1。うち10個は鑑定のため撃発済み)及び大麻草1袋(同年領第162号符号3)を没収する。
本件公訴事実中各けん銃部品輸入の点については,被告人は無罪。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人藤本尚道作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用する。
第1 控訴趣意に対する判断
本件の論旨は多岐にわたるが,これを要約すると,原判示第1の各けん銃部品輸入の事案については,客観的側面に関する,原判示の各部品(以下「本件各部品」という。)はけん銃部品である機関部体に該当しない旨の主張と,主観的側面に関する,被告人には,その輸入行為について違法性の意識がなく,そのことに相当の理由もあった旨の主張とに大別でき,また,同第2のけん銃,けん銃実包等所持の事案については,当該けん銃等(以下「本件けん銃等」という。)に対する被告人の所持の事実も故意もない旨の主張と,一部の対象物が真正なものであることの立証がされていない旨の主張とに大別できる(なお,弁護人は,控訴趣意書中における理由不備及び理由齟齬の各主張は,いずれも,原判決の判示方法の不当性を指摘するもの,所持事案における法令適用の誤りの主張は,事実誤認の結果として法令適用を誤った旨の主張であって,これらは独立の控訴理由ではない旨釈明した。また,輸入事案における法令適用の誤りの主張のうち,憲法31条違反を内容とする部分は,その性質上,仮に事実認定及び法律の解釈としては有罪と判断できる場合における予備的な主張であると理解できる。)。
当審は,これらのうち,所持事案についての原判決の認定評価と,輸入事案について,原判決が本件各部品のけん銃部品該当性を認めた点は正当であるが,輸入事案における違法性の意識ないしその可能性に関する認定評価は是認できないと判断したので,以下,関連する所論(弁護人の当審における弁論を含む。)に照らしつつ,順次その理由を説示する。
1 所持事案(原判示第2)について
論旨は,本件けん銃等に被告人の支配管理が及んでいた事実はなく,そもそも,被告人は,本件けん銃等が入れられていた原判示のスーツケース(以下「本件スーツケース」という。)の所在も,その中に本件けん銃等が入れられていたことも認識していなかったから,被告人が,本件けん銃等を所持していた事実も,所持の意思も認められないことに加え,本件けん銃等のうち,けん銃,短機関銃,けん銃実包及び散弾実包については,その真正が立証されていないから,被告人は本件所持事案について無罪であるのに,被告人の所持の事実及び故意並びにけん銃,短機関銃等が真正なものであることを認めて,被告人を有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある,というものである。
そこで,記録を調査して検討するに,原判決が,上記所持の事実及び故意並びに本件けん銃等の真正を認めて,所持事案について被告人を有罪をしたのは正当であり,また,その「争点に対する判断」の「第3」において,所論と同旨の原審弁護人の主張を排斥するところも,相当として是認できる。
(1) 被告人による所持の事実及び故意について
ア 原判決の正当性
ア まず,①平成15年7月5日ころ,被告人が,滞在先であるアメリカ合衆国から,母親の乙山春子又は姉の甲野夏子に電話をして,同年2月に離婚した前妻甲野秋子の神戸市内にある実家から被告人の荷物を取ってくるように依頼したこと,②同年7月14日ころ,夏子は,秋子に電話をして,同女が被告人から荷物を預かっていることを確認した上,翌15日ころ,春子と共に秋子の実家に赴いて,本件スーツケースを受け取り,同日中に,これをそのままの状態で,被告人の父親である甲野大介に預けたこと,③大介は,原判示の同人宅で,本件スーツケースをそのまま預かっていたところ,同月17日,警察の捜索によって,その中から本件けん銃等が発見されたこと,の各事実は,証拠上明らかで,争いもない。したがって,春子と夏子が上記②のように秋子から本件スーツケースを受け取った段階で,既にその中に本件けん銃等が入れられていたことは明白である。
イ 上記(ア)の諸点に照らすと,秋子の原審における,「平成12年7月ころ,上記実家に本件スーツケースを持ち込んだ被告人から,保管を頼まれて預かり,これを上記(ア)②の場面で,被告人から預かったままの状態で,春子と夏子に渡した。」旨の供述が信用できれば,被告人が,同スーツケースの中身が本件けん銃等であることを知りつつ,これを秋子に預けていた事実は明らかであるといえる。
この点,原判決は,秋子が,元夫で離婚後の子どもの養育費を支払っていた被告人に対し,離婚前後に種々いきさつがあったにせよ,虚偽を述べて重大犯罪に陥れるほどの悪感情を抱いていたとは認め難いこと,被告人から同スーツケースを預かった経緯について具体的かつ明確に述べ,特段不自然,不合理な点がないこと,同スーツケースの中に被告人が以前購入した記録のあるけん銃や被告人の指紋が付着した紙袋が入っていることとも符合することから,十分信用できると評価しており,この評価は,当審としても是認することができる。
ウ したがって,被告人が,本件けん銃等を秋子に預けていたものと認められ,上記(ア)①から③までの事実を併せて評価すると,被告人が原判示の日時・場所で本件けん銃を支配管理していた事実と所持についての故意も,優に認めることができる。
イ 各所論の当否
(ア) 秋子の虚偽供述動機について
所論は,原判決が,秋子は,警察から,同女が本件スーツケースの中身を知っていたという前提で取調べを受けて,精神的に追い詰められ,自分だけでなく,母親や兄までが所持事案で逮捕されるのではないかという恐怖に支配されており,この点は,秋子が,「被告人を恨むとともに不安感でいっぱいになり,いっそのこと電車にでも飛び込もうかと思った。」旨まで供述しているとおりであって,秋子は,自殺をして自分の身の潔白を証明しようとしたとも考えられ,被告人を強く恨む悪感情は,尋常とはいい難いまでに大きかったのであって,秋子は被告人を重大犯罪に陥れるほど悪感情を抱いていたとは認め難いとする原判決の事実認識は誤りである,と主張する。
しかし,秋子が,所論指摘のような供述をしていると認めるべき証拠はなく,所論は,その根拠を欠いている。なお,確かに,秋子は,本件所持事案に関連して,警察官から責められ,秋子自身や母親が逮捕されることを告げられたかもしれない旨述べており,秋子がその供述時に,被告人に対する相当強い悪感情を有していた事実は否定できない。しかし,仮にそうであるとしても,それは,被告人から中身はファックスであると偽られて本件スーツケースを預かったため,事件に巻き込まれ,所持事案の嫌疑を受けたことがその原因であると見るべきであって,秋子が,被告人から本件スーツケースを預かった事実がないのに,その事実があったように虚偽の供述をする動機となるほどの別の事由に基づく怨恨を有していたとは考えられない。
(イ) 秋子の供述内容について
所論は,原判決が秋子の供述について,具体的かつ明確で,不自然・不合理な点がないと評価したことに対し,原判決は,秋子の被告人に対する悪感情を全く理解しておらず,秋子としては,被告人は東田(被告人の同棲相手であった東田花子を指す。以下同じ。)と共に地獄に落ちてしまえという怒りでいっぱいだった,と主張する。
しかし,供述内容に不自然・不合理な点がないとする証拠評価が適切かどうかは,その供述内容自体に即して検討すべきであるところ,所論には,供述内容のどこがどのように不自然・不合理であるのかの指摘を含んでおらず,原判決の上記説示に対する批判としての意味をなしていない(なお,秋子の被告人に対する恨みが供述の信用性を否定すべき根拠にならないことは,上記アに述べたとおりである。)。
(ウ) 春子に対する連絡の態様について
所論は,被告人が突然アメリカから春子に連絡をとった旨の原判決の認定に対し,被告人は突然に連絡などしておらず,秋子の実家にある荷物については,秋子と離婚を話し合うときから,被告人に送り返すか否かを同女の判断に委ねていたが,同女がその母親に離婚の事実を告げていなかったことから,送り返すのは不自然と考えて荷物に触れなかったか,被告人の物には触るのも嫌だと思っていたのかもしれないのに,原審は,これらの事情や秋子の心理を理解していない,と主張する。
しかし,原判決は,被告人の秋子に対する行動ではなく,春子に対する行動を評して,突然と述べているのであって,所論は,原判決の評価を非難するものとして,的を射ていない。
(エ) 東田による工作の可能性について
所論は,原判決が,被告人と同棲していた東田が被告人に無断で本件スーツケースを秋子に送り付けた可能性を指摘する原審弁護人の主張に対して,東田がそのような行為をする理由は見出せない旨判示したことに関し,東田が,交際していた北村三郎との間で平成13年10月18日にコンピューターネットワークを用いて交わした,所持事案をその内容に含むチャットの記録に関連して,①東田は,被告人から執拗に結婚を求められて口論になるため,自殺に見せかけられて殺されるのではないかという不安があったと考えられ,上記チャットにおいて,腹が立ったときは復讐として被告人を警察に密告したい気持ちになるとも言っているのであるから,同チャットによって,北村に対し,自分と連絡が取れなくなったときには,殺されたと思って警察に連絡してくれるよう暗示しているとも理解できること,②東田は,米国で銃器を購入することも可能であったし,上記チャットの内容も,銃器の形状,大きさ,刻印まで,自分自身の目で見たように正確に書かれており,東田が,北村にその内容を周知させて警察に密告させるよう,意図的に知らせたものと理解できること,③被告人白身が,銃器や実弾を日本へ送ったとすれば,それに先立ち,東田にその中身を一つ一つ見せて説明し,しかも自分の名義で登録された銃まで東田に買ってもらったスーツケースに入れて送ったことになるが,そのような危険なことをするのは不自然であること,をそれぞれ指摘し,さらに,④本件スーツケースからは,被告人のものと違う髪の毛や指紋などが検出されている,として,これらを根拠に,東田が被告人を装って,本件スーツケースを秋子に送り付けた可能性がある,と主張する。
しかし,秋子が,真実は,本件スーツケースを一方的に送り付けられたのに,あたかも,被告人自身が本件スーツケースを秋子の実家に持ち込んだ上,その中身がファックスである旨の説明をしたような思い違いに陥る原因も,意図的にそのような事実を作話して述べる動機も,ほとんど考えられず,所論の主張は,その想定自体が著しく不合理である。また,上記チャットの記録には,東田の発言として,「日本に大量の実銃を持っているの」,「実弾もすごい」,「八尾の奥さんの方の家の書斎」,「けん銃が6丁ぐらいかな」といったもののほか,「花子が隠せってスーツケース一個あげたの」というものも見られるところ,東田が,被告人を罪に陥れる目的で,自己が被告人に隠匿用のスーツケースを与えた事実まで北村に伝えたとは考え難い。所論指摘の各論拠を見ても,上記①のように,東田が,被告人に殺害された場合の復讐を念頭に置いて,所持事案の濡れ衣を着せるため,被告人を装って,どのような対応をとるか分からない秋子に本件けん銃等を送り付けた上,その所在を北村に知らせるというのは,いかにも不自然であり,同②についても,東田が,6丁もの真正けん銃や極めて多数の実包等を独自に調達していたことを窺わせる証拠はないし,同女が同棲相手である被告人が本件けん銃等を所持している状況をつぶさに見ていたとしても,不思議ではないから,チャットの内容が細部まで正確であることも奇異とするに足りず,警察への密告を仕向ける意図を読み取ることはできない。同③についても,被告人が同棲相手である東田を信頼して意図的にけん銃等を見せたとも考えられるし,偶然東田の目に触れる機会も,十分自然に想定できる。したがって,これらの事情は,所論が主張する可能性を示すものではなく,かえって,上記チャットの内容は,被告人による本件けん銃等所持の事実を知っていた東田が,北村に対し,自己の認識をありのままに伝えたものと見るのが合理的であって,秋子の供述を極めて強く裏付けているといえる。さらに,同④についても,本件スーツケースの内容物から被告人以外の者の指紋等が検出された事実を示す証拠はない上,仮にそれらが存在したとしても,その事実が,所論主張の可能性を積極的に窺わせるわけではない。
(オ) 大麻の所持について
所論は,大麻の所持の点に関して,①大麻を所持する理由は,常習的な使用か販売目的のいずれかであるが,前者であれば,3年も放置することは考えられないし,後者であれば,新鮮な間に高値で売ろうとするのが自然であり,3年も放置するのは不自然である,②大麻が入っていたポーチは,女性用であり,男性が日常的に使うのは不自然である,③被告人の指紋が見付かったとされる紙袋に入っていた二つのポーチ,ビニール袋,パイプなどに被告人の指紋はないし,パイプに残る唾液からのDNA鑑定の結果も,被告人のものとは合致しなかった,④被告人は,ぜんそく持ちで,煙を肺の中に入れることができず,被告人が大麻を所持する理由は存在しない,と主張する。
しかし,上記①及び②については,別段不自然であるという評価自体が成り立たず,また,同③のうち,唾液については,証拠に基づかない主張であり,指紋についても,証拠上窺われる事実は,せいぜい,所論指摘のポーチ等から,鑑定資料とするに足りる指紋が採取されなかった,という限度にとどまる。さらに,上記④については,被告人がぜんそくの持病を有していることは否定できないものの,被告人,東田とも,被告人は,タバコは吸わないが,葉巻を吸うことはあると述べているのであって,被告人が煙を肺に入れることを一律に苦にしていたとは考えられず,大麻に関与することが特に不自然であるとはいえない。したがって,これらの諸点は,いずれも,前記ア(イ)の客観的証拠等によってその信用性を極めて強く支えられている秋子供述の信用性を疑問視するに足りるほどの事情とはいえない。
(カ) 夏子らに対する依頼の時期について
所論は,原判決は,被告人が捜査機関の動きを察知して本件スーツケースを処分しようとしたと認定しているが,被告人において,捜査機関の動きを察知する術はないし,被告人は,平成15年3月ころまでに,日本における自己や東田の自宅に家宅捜査が入った事実,輸入事案の共犯者とされる西沢一郎や南原二郎が逮捕された事実を知っていたから,捜査機関の動きを察知して隠匿するのであれば,そのころに急いで隠したと考えられ,東田がいずれ逮捕されることも,同年3月か4月に同女がカナダで拘束された時点から分かっていたのに,本件スーツケース内にけん銃等があることを知りながら,同年7月まで何もしなかったのは不自然である,と主張する。
しかし,まず,原判決が所論のいうような認定をしたと理解すべき必然性はなく,所論は,原判決に対する批判としては,その対象を欠いている。また,被告人が,東田以外の者に所持事案の内容を告げていたような事実も窺われず,被告人にとって,現に東田が逮捕されない限り,直ちに所持事案が発覚する危険はさほど高くないといえるし,被告人として,所論が述べる程度の事実があっただけで,秋子宅が捜索の対象になる現実的危険性は乏しいと考えることも,それなりに理解できることであるから,被告人が,単に東田が逮捕される可能性が生じた段階で,直ちに隠匿の手立てを講じなかったとしても,不自然とはいえない。
(キ) 被告人供述の曖昧さについて
所論は,原判決は,被告人が自己の購入した記録のあるけん銃が本件スーツケースに入っていたことについて,曖昧な供述をしていると指摘するが,被告人自身,同けん銃が本件スーツケースに入れられていた経緯が分からないから,供述が曖昧になるのは当然である,と主張するところ,確かに,仮に被告人が所持事案に関与していなければ,明確な供述ができないのはやむを得ないことであるが,この点に関する説示の当否は,所持の事実及び意思に関する認定判断の結論に影響するものではない。
(ク) 所持の事実について
所論は,大介は被告人の父親であるが,被告人が高校生のころに別れて以来,音信不通の状況にあり,連絡の方法すらなかったのであって,このような両者の関係に照らすと,大介に渡ったスーツケースは,もはや被告人が支配し得べき状態に置かれていたとは評価できず,被告人がこれを所持していたとはいえない,と主張する。
しかし,本件スーツケースは,被告人の依頼を受けて秋子の下からこれを引き取った夏子が,その中身が違法な物品であることを懸念したことから,更に大介に預け,大介が,被告人の物であるという認識のもとに,専ら被告人のために預かっていたものであることが,大介及び夏子の各供述から明らかであり,また,夏子の立場から見れば,実質的な権利者である被告人のために,大介を補助者として本件スーツケースを預かっていたと認められるのであって,被告人としては,大介との人的関係が希薄化し,同人との間の直接の連絡手段がなくても,夏子を介していつでも返還や保管場所の変更等を求めることができるのであるから,本件スーツケース及びその内容物である本件けん銃等に,被告人の事実上の支配管理が及んでいたことは明白である。
ウ 小括
以上のとおり,所論はいずれも採用できず,本件けん銃等に対する被告人の所持の事実及び故意を認めた原判決の判断に誤りはない。
(2) 対象物の構成要件該当性について
ア 所論は,本件けん銃等のうち,けん銃,短機関銃,けん銃実包及び散弾実包について,その真正に関する証明がされていないとするものであり,その具体的主張の概要は,次のとおりである。
(ア) けん銃については,口径,銃身内せん条の「山径」と「谷径」,それが右螺旋か左螺旋か,せん条の数など,銃器の特長を示すものや材質等が証明されておらず,鑑定では「一発撃った,弾が出た,速度が出た。」で終わっているのに,原判決は,この点について実質的に何ら判断を示していない。
(イ) 短機関銃については,①科学捜査研究所が外観から判断しているだけで,口径,せん条,材質,連射の可否等に関する証明がされていないから,機関銃であるかどうかは不明であるのに,原判決は,この点について,実質的には何らの理由も示していないし,②原判決は,短機関銃自体極めて殺傷能力の高い銃器であると認定しているが,何を基準に殺傷能力が高いというのか不明であり,殺傷能力という語を本来のものとは別の意味で用いているならば,不適切な用語である。
(ウ) けん銃実包及び散弾実包については,当該火薬が「煙火」であった場合,火薬類取締法51条により同法の適用除外になるが,火薬の成分は不明で,同法2条の火薬の定義に当てはまるのかどうかも不明であるし,散弾実包については,鑑定書ではいかなる弾丸も推進されておらず,けん銃実包あるいは散弾実包であることが証明されていないのに,原判決は,この点についても,実質的に何ら判断を示していない。
イ しかし,所論が指摘するいずれの対象物についても,関係する鑑定書には,それが,「けん銃」「短機関銃」「けん銃実包」「散弾実包」であることを積極的に疑問視すべき何らかの具体的事情がなければ,その結論に従った認定が許される程度の信用性は,十分認められる。すなわち,まず,けん銃については,当該鑑定の技法に何ら問題は窺われず,鑑定対象物の形状,重量,刻印の状況等の外観と,金属製弾丸発射機能の程度に照らすと,鑑定結果を疑問視するに足りる特段の事情が見受けられない限り,同結果を根拠として,各対象物をけん銃と認定することは,当然許される採証の在り方であり,かかる特段の事情の存在を窺わせる証拠もない。短機関銃については,対象物の外観や重量はもとより,実包を他の鑑定資料である弾倉様のものに装着して撃発したところ,完爆し,毎秒386メートルの初速と,1平方センチメートル当たり86.65キログラムの弾丸活力が測定されたことが明らかであって,単に外観から判断しているだけであるとする所論は証拠に反しており,また,これらの鑑定結果の信用性を害する事情は見当たらないところ,このような外観及び性能が認められ,かつ,連射能力等について積極的に疑問視すべき証拠がなければ,やはり,機関銃であると認定して差し支えない程度の証明がされているといえる。なお,短機関銃に関する所論のうち,上記ア(イ)②の点については,原判決の当該説示は,量刑の理由中の評価に関するもので,事実誤認の当否を論じる意義自体が乏しい上,上記弾丸活力の数値に照らすと,原判決が,殺傷能力が高いと認定したことにも,不当な点はない。さらに,けん銃実包及び散弾実包についても,鑑定対象物の全長,きょう体長,きょう体及びきょう底の外径,刻印等の外形,重量に加え,これらの外形がほぼ同一であるものから抽出された各1発について,真正けん銃に装填し,発射することができることが確かめられていることに照らすと,その対象物がけん銃実包あるいは散弾実包であることを疑問視するに足りる事情がない限り,その全部をけん銃実包等であると認定して差し支えない程度の証明は,十分尽くされているといえる。
ウ なお,所論は,上記の各対象物が真正なものであることの立証の成否が大きな争点であるとした上,上記アのように,原判決がそれらの点について実質的に何ら判断を示していないとして,判断の在り方を論難するが,説示の当否のレベルとしても,原判決が,それらの点について,逐一具体的な判断を示さなかったことが非難されるいわれはない。すなわち,当該各対象物の真正は,公訴事実の一部であって,当然,罪状認否の対象になるが,原審弁護人は,第1回公判期日における公訴事実に対する陳述の際,単に「被告人は無罪です。」と述べ,「無罪の主張について,争点を現段階では明らかにしたくありません。」と述べて,争点の明確化を拒否する一方で,同期日に検察官から請求された所持事案の対象物に関する各鑑定書については,何らその信用性に留保を付すことなく取調べに同意して,事実上,対象物の真正の点は争わない姿勢を示し,その後の公判審理の過程でも,1年6か月以上,手続上一切この点を問題にしないことはもとより,度重なる被告人質問の機会にも全く触れず,何ら争点化していなかったのに,結審間際の第22回公判における被告人質問の終盤に至り,突如として,被告人に鑑定結果に対する疑義を述べさせただけで,弁論において上記各所論と同様の主張を行ったのであり,このような訴訟経過に照らせば,訴訟上の信義の点から見ても,原判決が個別的な根拠を示さなかったことを不当視すべき理由は全くない。
エ これらの所論は,いずれも採用できない。
(3) 結論
以上の次第であって,その他所論にかんがみ更に記録を精査しても,本件けん銃等に対する被告人の所持の事実及び故意の点,並びに,本件けん銃等の真正の点のいずれについても,これらを肯定して被告人を本件所持罪について有罪とした原判決の認定に誤りはない。
所持事案についての事実誤認の論旨は理由がない。
2 輸入事案(原判示第1)について
(1) 本件各部品の機関部体(けん銃部品)性について
ア 論旨の概要
輸入事案の客観的側面である本件各部品の機関部体(けん銃部品)性に関する論旨(憲法違反の点を除く)には,①原判決は,十分な審理を尽くさず,証拠によらずに事実を認定して,被告人に刑罰を科しており,刑訴法317条に違反している,とする訴訟手続の法令違反の主張と,②本件各部品は,けん銃部品である機関部体ではないのに,原判決は,これらを機関部体に該当すると認定しており,この誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである,とする事実誤認の主張とが含まれるが,それらの具体的内容は,①については,関係する各鑑定書に,鑑定対象物が金属製弾丸の発射機能を有すると認定できるだけの信用性が認められないのに,当該鑑定書により発射機能を認めて本件各部品のけん銃部品性を認定したことが,証拠によらない事実認定に当たる,というものであり,②についても,要するに,上記各鑑定書の信用性を争う趣旨のものであって,実質的には,原審で取り調べられた証拠から,本件各部品が機関部体に該当すると認定できるか否かという共通の検討課題に属する問題なので,以下,これらを統合して考察する。
イ 基本的視点
本件各部品が機関部体に該当するか否かを判断する場合における最も基本的な視点は,それらが機関部体としての外形及び機能を有しているかどうかであって,本件各部品を構成部分とするけん銃様の物が発射機能を有しているかどうかではない。すなわち,輸入事案において鑑定の対象となったのは,被告人が営む「FORCE」からその顧客らが購入し,同人らのもとから発見・押収されたけん銃様の物(以下,便宜上「本件押収物」という。)で,本件各部品はその一部を構成するものであり,各鑑定においては,本件押収物の発射機能の有無が検証されているが,この発射機能の有無と,本件各部品の機関部体性とは直接の関連を有しない。そして,本件各部品が,機関部体であると識別するに足りる一応の外形や物としての独立性を有していることは明らかであるから,それらを「けん銃の機関部体」として使用できることが認められれば,それをもって,本件各部品の機関部体性,すなわちけん銃部品性は充足されるのであり,したがって,本件各部品を,何ら性能に欠陥のない別の部品と組み合わせて,けん銃を製作することができるかどうかだけを検討すれば,本件各部品の機関部体性の判断としては,必要にして十分である。
また,銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)による銃器類規制の趣旨は,その凶器としての殺傷能力の高さにかんがみ,これを用いた犯罪の被害者の立場に置かれる者の生命・身体の安全を保護することにあり,特に,金属性弾丸を1回でも,それが人体に貫入して組織,血管,神経等を損壊し得る程度の運動活力をもって発射する能力のある銃器は,人の生命・身体に重大な危険を及ぼすものであり,同法上の「けん銃」として規制の対象とする必要性が高いのであるから,たとえ,発射に伴い当該銃器が破損するなどして,その行為者が負傷する危険を伴うとしても,あるいは,複数回の発射はできない可能性があるとしても,上記のような能力が認められる以上,銃刀法上,「けん銃」の要件としての発射機能に欠けるところはない。
ウ 具体的考察
そこで,本件各部品に即して考察するに,本件各部品は,いずれも,実銃の機関部体に一定の加工を施したものであること,加工前における機関部体に何らその基本的な機能を害する欠陥がなかったことは,各鑑定の結果から明白で,訴訟関係人の間にも争いのない事実であり,また,本件各部品には,いずれも,その上部に設けられた,スライド又はこれに相当する部品(以下,単に「スライド」という。)を装着するガイドレールを,おおむね8割から9割切除する加工が施されている(以下,この加工を「本件加工」という。)が,それ以外に,機関部体としての基本的機能を害すると見る余地のある加工は認められないから,結局,本件加工によって,前記の発射機能が失われるに至るかどうかが,唯一の問題である。
この点については,ガイドレールは,機関部体とスライドを結合させ,スライドの前後方向の動きを制御する役目を持つものであるが,スライドの取り付けが可能であれば,その強度が発射機能に直接影響するものではなく,このことは,関係する各鑑定書に示され,当該鑑定に携わった技術吏員である各証人も,一致して同様の見方を述べているところ,これらの見解に関する限り,その信用性に疑いを差し挟むべき事情は全くない。すなわち,本件加工が施されていても,本件各部品にスライドを取り付け,前後に動かすことは支障なく可能であり,弾薬の装填,撃鉄や撃針の作動,弾丸の発射という過程に不都合が生じたり,撃発された弾丸の運動活力が特に減殺されたりするとも考えられない。確かに,銃砲火薬店を経営する冬木昭夫は,本件加工が施されていると,発射すればスライドが外れるなどする可能性があって危険である旨指摘しており,この供述の信用性は否定できず,本件加工の結果として,残りのガイドレールだけでは,火薬の撃発直後におけるスライドの後退や,銃器全体の動きによる急激な加圧に耐え切れず,スライドが外れて使用者が負傷する危険性や,破損により更に金属性弾丸を発射することが不可能になる可能性は排斥できない。しかし,上記の指摘は,銃器を使用する者の立場に立って,耐久性や安全性の観点からなされたものと解するのが相当であり,仮に上記の危険等があるとしても,銃刀法上の発射機能が否定されるものではないし,他に,上記鑑定書ないし各証人によって示された見解を疑問視するに足りる証拠もない。
したがって,本件各部品を機関部体として用いて,銃刀法上のけん銃を製作することは可能であると認められるから,本件各部品は,同法上の機関部体に該当する。原判決の判断過程には,以上の要件を適切に分析,検討したとはいい難い面があるが,その結論は,問題なく是認できる。
エ 各所論の当否
以上に対し,所論は,本件の各鑑定の手法を,使用実包の点,発射実験の再現性の点,弾速測定器の使用方法の点,殺傷能力の判断基準の点など,様々な観点から非難しているが,いずれも,本件各部品の機関部体性が認められる要件に関する理解を欠いており,鑑定手法の適否や,関係する原判決の説示に対する批判としての個別具体的な当否を論じるまでもなく,採用の余地のないものである。
本件各部品の機関部体性に関する論旨は,いずれも理由がない。 (2) 違法性の意識ないしその可能性について
ア 論旨の概要等
次に,輸入事案の主観的側面に関する論旨は,仮に,本件各部品が機関部体に該当するとしても,被告人は,それらは銃刀法上の機関部体に該当せず,本件の輸入行為は適法であると信じていたもので,違法性の意識がなく,かつ,その意識を欠くことについて相当の理由があったのに,被告人は,構成要件該当性ないし違法性の意識を有していたか,少なくとも,本件各部品が機関部体に該当する可能性があることを十分認識し得たと認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり,また,上記理由によりけん銃部品輸入罪の故意が阻却されるのに,故意の阻却を認めなかった原判決には,刑法38条の解釈・適用を誤った違法があり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかである,というものである。
イ 事実経過の概要
上記論旨の根拠として,所論が主張する事実関係の骨子は,被告人は,本件各輸入に先立ち,警察官の指導を仰ぐなどして,その指導に従うばかりか,真正けん銃の機関部体に,指導の内容を上回る加工をするなどして,その発射機能を破壊した無可動銃の輸入のビジネスを開始し,その後も,税関から本件各部品と同様の輸入品について,その違法性を指摘されることは全くなかった,というものであるところ,本件各輸入行為に至る経緯は,被告人が,これらの行為がけん銃部品輸入罪の構成要件に該当する違法なものであることを現に認識していたかどうか(なお,以下,「違法性の意識」という語は,この認識を意味する概念として用いる。),あるいは,その認識を欠くことについて相当の理由があったかどうかを判断する基礎になる事情であり,まず,この点を若干具体的に把握しておくこととする(なお,以下,便宜上,真正けん銃に加工を施したけん銃様の物を「けん銃加工品」といい,そのうち,機関部体に,本件押収品と同様,ガイドレールの8割ないし9割を切除する加工を行ったものを「同種加工品」という。)。
なお,これらの経緯に関する事実の主要な認定根拠は被告人の供述であるが,被告人は,けん銃加工品の輸入開始に先立って警察官から指示を受けた状況を極めて具体的に供述しており,その概略は東田の供述とも一致していること,同種輸入行為開始後における事情の一部は,各関係者の供述に加え,客観的証拠によっても裏付けられていること,内容的に特段不自然・不合理な点もないことなどからすると,輸入事案の外形的経緯に関しては,被告人供述の信用性は容易に排斥できず,同供述その他の関連証拠によれば,以下のとおりの各事実を認めることができる。
ア けん銃加工品の輸入開始前の事情
① 被告人は,けん銃加工品の輸入事業を開始するに先立ち,大阪府警察本部生活安全課の警察官に,けん銃加工品を無可動銃として合法的に日本に輸入するための方法を相談しに行き,担当警察官から,けん銃の各部品をどのように加工すればよいかなどを口頭で教えられて,それを書き写したこと
② 上記の際,担当警察官が被告人に教示した加工方法は,平成9年12月に,警視庁生活安全局銃器対策課長,警察庁刑事局鑑識課長の連名で,各管区の警察局保安部長等に対して発出された,「無可動銃の認定基準について」と題する書類(原審弁1号証)に示された内容とほぼ同一であり,機関部体に関連する措置に関する限り,差異のないものであったこと
③ 被告人は,上記警察官から,輸入の際に引き金と撃鉄との連動を外しても,後で連動する部品を入れると模擬銃器(銃刀法22条の3)になる可能性があることなどを指摘されたため,警視庁の銃器対策課に電話をし,その担当警察官に,模擬銃器に当たる場合,アメリカから直接顧客に送る方法なら罪に問われないのかどうかを尋ね,後刻また電話をして,その方法であれば罰せられない旨の回答を得たこと
④ さらに,被告人は,関西国際空港(以下「関空」という。)の税関に出向いて,税関と警察の係官に対し,予定していた加工の方法を説明し,また,これとは別に,大阪府警察の銃器対策課にも電話をして,引き金と撃鉄を連動させる部品の輸入が違法かどうかを問い合わせ,違法でないことを確認したこと
⑤ この間,被告人は,警察での指導内容を参考に,それよりも復旧が難しい加工を行うこととし,アメリカにおいて,連邦の資格を有する銃器工であるガンスミスの協力を得て加工方法を検討したこと
イ けん銃加工品の輸入事業開始後,本件各輸入行為前の事情
① 被告人は,遅くとも平成13年内には,けん銃加工品の輸入事業を始めたこと
② 被告人は,けん銃加工品の輸入の際は,毎回,銃身,スライド(又は弾倉)及び機関部体にそれぞれ相当する部分を,別個に気泡緩衝材で包んだ上,それらを一つの袋に入れ,税関と警察に宛てて,加工の方法を説明した書面と,実際に加工を手掛けた前記ガンスミスが撮影した,加工前及び加工後の各写真を添付していたこと
③ 被告人は,機関部体の加工については,けん銃加工品の輸入開始後,当初の段階では,これを前後に二つに切断する方法を用いていたが,その後,これと並んで,同種加工品の輸入も行うようになり,平成14年4月ころまでには,同種加工品の輸入も相当回数繰り返していたこと
④ 被告人がけん銃加工品の輸入に関して,税関ないし警察から注意ないし指摘を受けた事項やその指摘に対応した行動としては,次の各事実があるが,これら以外には,本件各輸入行為までに,税関や警察からの注意ないし指摘はなかったこと
総理府令が無可動銃の要件として規定する白又は金色の塗色が薄かったため,以後気を付けるよう注意を受けたが,当該けん銃加工品については,是正措置を求められることなく通関が認められたこと
ウ 所論の基本的視点の当否
そこで,これらを踏まえて,違法性の意識ないしその可能性について検討することとするが,これに関する所論は,本件各輸入行為時においては,「無可動銃の認定基準」のみが,機関部体を定義付ける唯一の公文書であり,被告人は,そこで前提とされる機関部体の定義を信頼し,その定義より更に厳重に機関部体を破壊して,合法的な商品を開発したこと,被告人にとっては,銃器対策の専門官の助言が唯一の信頼できる指針であり,その指針に従って輸入した結果,通関手続においても合法的な「無可動銃」として取り扱われてきたもので,その時点では,誰もが,フレームに小部品を組み込んで内部を連結させれば違法になると考えていたはずであり,一私人にすぎない被告人が,それを日本国内における正しい定義であると理解・解釈しても不思議ではないことなど,「無可動銃の認定基準」が唯一の規制基準であることと,被告人のこれに対する信頼を,違法性の意識やその可能性がなかったことに関する中核的な根拠とするものである。
しかし,被告人は,本件各輸入行為当時,小部品を組み込んで,内部を連結させた状態のフレームの輸入だけが違法であると考えていたという趣旨の供述はしておらず,被告人が述べるところは,結局,「本件各部品は,本件加工を行ったことによって,機関部体としての性質を失っているから,機関部体には該当しないと考えていた」ということに尽きる。また,被告人は,「無可動銃の認定基準」を信頼したために,本件各部品は機関部体に該当せず,あるいは,該当しても適法に輸入できると思っていたとか,銃器対策の専門官の助言が唯一の信頼し得る指針であったとも述べておらず,むしろ,警察官に示された基準では,機関部体性を失わせる加工として不十分であると判断したから,より破壊度の高い加工をした旨供述している。
したがって,上記所論をそのままの形で採用することはできないが,引き続き,論旨の範囲内で更に検討する。
エ 違法性の意識の有無について
まず,次のような諸点に照らすと,被告人が,本件輸入行為の際,現実に違法性の意識を有していた事実は,到底認定できない。
ア 警察に対する問合せ等
被告人は,前記イアのとおり,けん銃加工品を合法的に輸入するための方策について,主体的に,警察の専門部署の警察官から詳細な助言を受け,それを参考に考案した加工方法を,警察及び税関の担当係官に説明して,その合法性を確認したことが認められる。
(イ) 加工の方法
また,被告人が,本件各部品を含め,けん銃加工品の輸入に際して行った加工は,次のとおり,警察での指導内容を相当大幅に上回るもので,このことに照らすと,被告人は,けん銃部品性のないものの輸入を心掛けたと認めるのが相当である。
まず,機関部体については,「無可動銃の認定基準」には,それ自体のけん銃部品性を失わせる措置は,特に規定されていないのに対し,被告人が実践した措置は,本件加工又は機関部体を前後に二つに切断するというもので,後者はもとより,前者も,けん銃部品としての完全性を相当強く害することは明らかであり,また,ガイドレールを切除する割合も,スライドを機関部体に組み込むことと両立する範囲内で,可及的に耐久性を落とすため,ガンスミスと相談して決めたものであり,左右のガイドレールがそれぞれ数箇所に分かれている物については,その各箇所に対し,残すことなく切除を施していることも認められる。また,銃身については,薬室の側面等に警察での指導を上回る大きさの穴を開け,金属棒を入れて銃口から薬室までを埋めた上,薬室内で溶接し,銃口付近に硬質ピンを打ち込んで,大型の工作機械がなければこのピンを取り除けないようにしたこと,スライドについては,撃針が通る穴自体を溶接して埋め,グラインダーで穴を開けられないように,撃針が入る部分にピンを二,三本打ち込んで,通常の方法では取り除けないようにしたことなどが認められる(なお,これらの事実の認定根拠は,被告人の公判供述であるが,極めて具体的である上,客観的に認められる本件各押収物に対する加工の状況との矛盾もなく,十分信用できる。)。
ウ 同種輸入行為の際の措置
また,被告人がけん銃加工品の輸入の際に行っていた上記イ(イ)②の措置は,税関における担当者の検査の便宜を図った措置であったと認めるのが相当である。被告人及び東田は,いずれもこの趣旨の供述をしており,被告人は,輸入品に添付していた書面について,関空税関の担当警察官から,手紙を入れるのはよく分かるから良いことであると言われた旨も述べているところ,これらの供述の信用性は否定できない。
なお,この点,原審検察官は,これとは逆に,被告人が,けん銃加工品の各構成部分を分解して国内の仲介者に送っていたことを,違法性の意識を示す事実であると評価するが,具体的根拠を欠く偏見というほかない。また,原審検察官は,上記書面に,「連動部分を除去し,その上にスティール棒を溶接し完全に再生できないようにしています。」という,真実と異なる記載があるとして,これは,再生不能を強調して,税関の目を欺こうとしたもので,違法性の意識を示す事実であると評価するところ,確かに,当該書面には,被告人が当該種類のけん銃に対して行っていたと述べる内容とは異なる加工方法が記載されている。しかし,被告人は,当該文面は,検察官が主張するものとは別の型式のけん銃に対する加工を示すもので,その形式の場合は,スティール棒を機関部体内に溶接しないと,装填,排莢のエジェクターが使えないため,そのような加工をしてそれを説明する書面を入れたと述べており,この供述の信用性を排斥するのは困難である上,何よりも,被告人は,けん銃加工品を部品ごとに分解してその書面と同じ梱包内に入れているのであり,また,税関から前記イ(イ)④のような対応を受ける過程で,輸入しようとするけん銃加工品を税関において細部まで検査されることも熟知していたと考えられるのであって,現物を見れば一目でその虚偽性が発覚するような書面を,わざわざ税関の目を欺くために書き添えるということ自体が不自然である。したがって,この書面を,違法性の意識を示すものと見ることはできない。
(エ) 対象物の用途に関する想定
以上の具体的な事実経過のほか,そもそも,本件各輸入行為は,銃器関係品のマニアが専ら観賞用あるいは装飾品として用いることを予定したもので,被告人が,本件押収物又はその一部である本件各部品が凶器として用いられ,あるいは取引される事態を,全く意図も想定もしていなかったことは明らかであって,この点も,本件各輸入行為の基本的な性格として軽視できない。
オ 違法性の意識を推認させる事情
他方,本件証拠上,被告人に違法性の意識があったことを窺わせる事実も数点指摘することができる。
a 警察の指導の形式的不遵守
まず,「無可動銃の認定基準」では,自動装てん式けん銃に関し,「引き金及び撃鉄を外部から見えないところで切断し,両者が連動しないようにしているか」という項目が設けられて,引き金と撃鉄の両者について,それが他の連動用の部品と接続する部分を切断することが求められており,被告人も,警察において,その趣旨の指導を受けたことを認めているところ,これは,引き金と撃鉄が連動する構造の物は無可動銃と認定しないという趣旨のものと解釈できるが,本件押収物はこの基準を満たしておらず,また,被告人がそれ以前にも引き金と撃鉄が連動するけん銃加工品を輸入していたことも明らかで,被告人は,警察で教示された内容の一部を,形式的には遵守していなかったといえる。
しかし,被告人にとって,警察での指導内容は,けん銃あるいはけん銃部品たる性質を失わせるための,解釈基準そのものではなく,その参考であって,被告人が,銃刀法上の各けん銃部品に指導内容を大幅に上回る加工をすることによって,銃器としての性能も警察の要求以上に破壊されたと考えて,法律上の適法性は十分担保されていると認識するに至ったとしても,特に不自然・不合理とはいえない。
b 関係者に対する協力依頼の経緯
本件各部品の日本国内における受取人で,原判示の共犯者とされる前記西沢及び南原の各原審供述によれば,被告人が東田を通じてこれら両名に受取人となることを依頼した平成14年8月より前に,西沢,南原のいずれについても,相当回数にわたり,「FORCE」から注文した覚えのないけん銃加工品が届けられ,西沢らが,被告人又は東田の依頼を受けて,これらを日本国内の他の者に転送したことが認められる。この出来事が生じた原因について,被告人や東田が十分説得力のある説明をしているとはいい難く,これを単なる誤配であると理解するのは困難であって,被告人や東田が,違法な輸入事業の国内における拠点として西沢や南原を引き入れるため,同人らの反応を見極めるための探りであった可能性も否定できない。
しかし,西沢や南原との接触を含む商品の販売,発送関係は,主に東田が担当していた事務であって,西沢らを介して商品を発送することも東田の発案であったことが窺われ,被告人の具体的な知情の程度は疑問であるし,西沢らの供述を精査するも,東田や被告人が特にけん銃加工品の輸入事業が違法なものであることを前提とする振る舞いをした事実を認めることもできず,上記の出来事を,違法性の意識の表れと見ることは困難である。
c 南原に対する証拠隠滅工作
南原は,原審において,本件各輸入行為の後である,平成14年11月ころ,東田と被告人から電話で,「FORCE」から商品を買った他の客が家宅捜索を受け,南原宅にも捜索が来る可能性があるので,今までに買った物や使っていたパソコンを隠してほしいと頼まれ,パソコンのメールのデータを消したこと,物を隠すために貸倉庫を借りる費用として,被告人から勝手に5万円か10万円が入金されてきたこと,その後,東田から,実際に警察が来たかどうかを尋ねる電話があったことを,それぞれ述べているところ,これらについては,南原が殊更意図的に虚偽の事実を述べる動機も,思い違いをする原因も考えられず,その信用性は十分であって,被告人が東田と共に,本件各輸入行為を含む同種加工品の輸入につき,南原に対して証拠隠滅工作を行ったこと自体は,優に認められる。
しかし,同種加工品の顧客のもとに警察の捜索が入り,自己が行っていた輸入事業が何らかの犯罪の嫌疑の対象となった旨の情報を得た被告人として,その情報に狼狽するとともに,具体的にどのような点が違法と評価されたのか具体的な見当も付かないまま,とにかく関連する証拠を隠蔽しようと企てたとしても,著しく不合理な行動であるとまではいい切れない。
d その他(経由税関の変更の点)
以上のほか,原審検察官は,被告人が,規制の厳しい関空から輸入することを避けて,比較的規制が緩やかな新東京国際空港から本件各部品を輸入し,国内の仲介者である西沢らを介して客に販売したと指摘して,関東に在住する西沢らを介在させたこと自体が,税関における摘発を防ぐ手段で,違法性の意識を示す事実であると捉えており,この点については,原判決の見方も同様であると解される。
しかし,被告人は,けん銃加工品の輸入・販売に西沢らを介在させた理由について,関空での通関を避けたかった面もあったかもしれないことを認めつつ,その具体的事情として,前記イ(イ)④記載の税関側からの銃身閉塞の指導を挙げ,関東の店では多少銃口が凹んでいても問題を指摘されないのに,関空の税関の担当警察官は指導が厳しく,僅かに凹んでいるだけでも,いつ通関を止められるか予測できず,銃身閉塞のために人を常時税関に出向かせるような態勢も取れなかった旨述べており,東田も全く同様の理由を述べているところ,これらの説明の合理性を否定することはできない。したがって,被告人が西沢らを介在させたことが,税関での指導に端を発する対策であったことは認められるものの,それは,銃身閉塞の措置に要する労力や煩瑣を回避するためのものであって,けん銃部品性の発覚を防ぐ目的はなかったと認めるのが相当である。
(カ) 総合評価
以上に検討したとおり,前記(ア)から(エ)までの諸点は,いずれも,被告人に違法性の意識がなかったことを示す有力な事情であり,他方,同(オ)の各事実は,dの点を除いて,違法性の意識の存在をそれなりに窺わせるものの,その証明力には自ずと限度があり,これらをもって,(ア)から(エ)までの事情を総合して認められる消極的な推認を覆すには足りない。
よって,被告人に違法性の意識があったと認めることはできない。 オ 違法性の意識の可能性
(ア) 純客観的・論理的判断の帰結
a 続いて,違法性の意識の可能性の有無について検討するに,純客観的・論理的に判断する限り,被告人に違法性の意識の可能性があったと評価することにも,一定の合理性が認められる。
b すなわち,機関部体該当性に関する判断の基本的視点として前記(1)イに示した内容に照らすと,真正けん銃の機関部体に加工を施して,機関部体としての性質を奪うためには,通常可能な程度を超える補修を加えない限り,これを機関部体として用いて同所に示した発射機能を有する銃器を製作することができない状態にすることが必要であり,したがって,被告人に,違法性の意識を欠いたことについて相当な理由があるといえるためには,被告人が,本件各部品を上記のような状態にしたと認識し,かつ,そう認識することについて過失がなかったことを要すると考えるのが,最も正当である。前記の基本的視点は,銃刀法による規制の必要性という根本的な問題意識に立って考察すれば,それほど難解なものではなく,特に,被告人のように銃器類の加工品の輸入を手掛ける業者には,その理解を持つことが,法的・社会的に強く要請されているといえ,その観点が欠落していたとすれば,それは,そのような立場にある者としての過失であるといえる。たとえ被告人が,本件押収物の発射機能を除去することに十分留意し,客観的にも,けん銃に該当しなくなっていたとしても,また,本件各部品が,耐久性や使用者にとっての安全性の観点から,けん銃の部品として使用される事実上の可能性が乏しい状態になっていたとしても,それだけで,上記の相当な理由があると評価できるものではない。
c これを本件の具体的経緯に即して検討すると,被告人が,本件加工によって,本件各部品が機関部体としての機能を失うのかどうかを,前記のような視点から熟慮し,その結果,合理的な根拠をもって,本件各部品を用いて発射機能を有する銃器を作ることはできない旨の確信に至った形跡はない。被告人が,ガンスミスの助言を得て加工方法を工夫したことについても,その助言は,本件加工が銃器の使用者に及ぼす危険性の点にあり,被告人が,ガンスミスに対し,金属性弾丸の発射自体が不能になるのかどうかに関する助言を求めた事実は窺われないし,被告人は,アメリカにおける法制上,ガイドレールを全部削ればフレームではないと述べているが,ガイドレールの一部を残した場合に関する公権的な解釈について,何らかの情報を得ていたわけでもない。
さらに,被告人が,本件各輸入行為に先立って,警察官から指導を受け,また,同種加工品の輸入を繰り返す中で,税関や警察から本件加工の問題点に関する特段の指摘を受けなかったとしても,それだけで,必ずしも前記の相当な理由が認められるとはいえず,この点は,原判決も,警察の指導や通関検査は,「無可動銃の認定基準」に基づいてなされていたと解されるし,被告人は,警察の指導等をその趣旨のものと理解していたことが認められるが,同基準は,自動装てん式けん銃の機関部体の該当性について,その基準を過不足なく示したものではない旨説示するとおりである。むしろ,「無可動銃の認定基準」は,自動装てん式けん銃に関し,「機関部体」の項目のもとに,3つの要件を規定しているが,そのうち2点は,機関部体の内部や周辺に組み込まれる他の部品に関するものであって,機関部体そのものに対する加工ではなく,残る1点であるスリットの設置も,他の2点の措置が遵守されているかどうかを確認できるようにするための要件であって,結局,機関部体性を失わせる加工については何ら規定されていないといえる。そして,被告人自身も,警察での指導,すなわち「無可動銃の認定基準」の内容は,機関部体の機能を破壊するものとしては非常に甘く,この基準は法律であるとは思っていなかったことを一貫して述べ,これに適合するだけでは,法的には違法な機関部体を,合法的に,正式に輸入できる状態にするにすぎない旨まで述べているのであって,同基準を守るだけで機関部体性が否定されるわけではないという認識があったことも明らかである。加えて,被告人は,税関や警察の取締りは,基本的には自己が警察から教示された基準に従って行われていると認識していたことをも,一貫して認めているところ,その基準は,被告人自身の判断としても,機関部体性を失わせるに不十分なものであったというのであるから,たとえ通関の現場で,機関部体性に関する問題を指摘されない状態が一定期間続いたとしても,被告人として,その実務上の慣行によって,必ずしも,構成要件該当性に関する法的判断の正当性が担保されているわけではないと思い至ることは,不可能ではなかったといえる。
イ 具体的経緯を踏まえた総合評価
しかしながら,違法性の意識を欠いたことについて相当の理由があったかどうかは,違法性を認識するために必要な思考自体の複雑困難さの程度のみによって決すべきものではなく,具体的局面に即し,その立場に置かれた者に対して,客観的・論理的に適正な思考を求めることが酷でないかどうかを,社会通念に照らし,常識的観点から判断することも必要であるところ,上記アbの論理操作自体はそれほど難解なものではないとしても,今一度,前記イの事実経過に照らして評価すると,本件において,被告人にそのような思考を要求し,それができずに適法と信じて輸入行為を行ったことをもって,故意犯の成立を認めることが妥当かどうかについては,重大な疑問がある。
a 警察における事前の指導等との関係
まず,被告人は,前記イ(ア)①ないし④のとおり,けん銃加工品の輸入事業開始に先立ち,合法的な輸入を行うために必要とされる加工の方法等を警察官や税関職員から確認しているが,この確認行為は,単に個人的に面識のある警察官等に事実上の打診をしたとか,別の話題の中でたまたま付随的に話された内容を信じたとかいうものではなく,けん銃加工品の輸入行為を合法化するという明確な目的をもって,銃器類の規制に関する専門的知見を有することが期待される専門部署の警察官2人から,その方法を詳細に聴取し,同様の期待が可能な警視庁生活安全課に電話をしたり,関空の税関に出向いたりして,自らの疑問を主体的に提示しながら,念入りに合法性を確認したのであるから,被告人が,その指導や回答の内容について,それが警察や税関の内部,ひいては,銃器に関する実務全般に,公的に通用している合法性の基準であると考えるのは,やむを得ないところである。
加えて,被告人は,警察で教示された基準を,けん銃部品性を否定する法的な十分条件として鵜呑みにすることなく,この基準ではなお不十分であると判断して,各部品に対する破壊度を同基準より更に高め,けん銃部品性を確実に失わせようと,積極的に努力していた。被告人は,「例えば『無可動銃の認定基準』を100とした場合,120か130壊した物を出そうという意識はあり,同基準を2割も3割も上回る破壊をすれば,誰も文句は言わないだろうと思っていた。」旨供述しており,この供述は,被告人の心境を示すものとして十分信用できるとともに,この「誰も文句は言わない」という意識は,単に,事実上摘発されることはないという認識を示すにとどまらず,法的な意味でも,誰が判断しても問題なく合法と判定される,いわゆる安全圏に達している,という意識を示すものと理解するのが自然であり,客観的に評価しても,警察の専門部署に対して念入りに合法性の基準を確認した上,その基準を上回る加工を実践した以上,自らの行為が法的にも合法であると確信することには,それなりの根拠があったといえる。
これと異なる見解をとることは,被告人に対して,その指示を守れば適法な輸入ができるという趣旨で,しかも,担当警察官個人の見解ではなく,警察内部の公的な基準に基づいて,客観的には不十分な指導しかしなかった捜査機関自身の落ち度を,その指導内容を上回る実践をした被告人に,刑事責任という重大な不利益を負わせるという形で転嫁することにほかならず,こうした社会的正義の観点も,可能な限り,法的評価に反映させるのが相当である。
b 同種輸入行為の集積及びその間における税関側の対応との関係
次に,被告人が,けん銃加工品の輸入事業開始後,本件各輸入行為までに,同種加工品を輸入した回数や,輸入に係る同種加工品の数を正確に認定することはできないが,前記イ(イ)③のとおり,これを相当回数繰り返していたことは十分認められ,かつ,その間に,被告人が税関側から指摘された事項は,同④の諸点に限られる。これらのうち,同の銃身閉塞の不完全さの点と同
このように,被告人が,本件各輸入行為より前に,同種加工品の輸入を繰り返し,その間,税関側から,実質的な安全性にほとんど影響しない些細な不備を含めて,是正を求められていたのに,機関部体自体に関する問題点の指摘は一切受けることがなかったのであって,被告人には,同種加工品の輸入の合法性を再検討する機会は実質的になかったといえ,むしろ,そのような経験を重ねる中で,被告人が,同種加工品は,銃刀法上も機関部体に当たらないという確信を更に強めたとしても,何ら不自然ではなく,そのような被告人に対し,一度も実質的機会を与えないまま,本件各輸入行為に際して,その適法性に関する客観的かつ冷静な判断を求めることには,実際上,過度の困難を強いる面がある。
c 輸入対象物についての意識との関係
被告人は,前記エ(イ)のように,機関部体の耐久性を相当弱める加工をし,スライドや銃身にも,そのままでは発射が不能になる加工をし,同(エ)のとおり,専ら,銃器関係品のマニア向けに,観賞用の装飾銃を構成するセットとして輸入しており,客観的にも,本件押収物全体がけん銃として使用される現実的可能性がなかったことは明らかである。すなわち,本件押収物自体について発射機能を回復させるためには,銃刀法上必要最小限度の発射機能であっても,相当専門的な技能を伴う本格的な修復作業を要することが,各鑑定書に示された修復作業の内容から推察できるところであり,直接の顧客自身が,その発射機能を回復させようと試みることはもとより,本件押収物全体が,顧客から更に暴力団関係者等に譲り渡され,その者において,発射機能を回復させて発射を試みることも,実際上ほとんど考えられない。被告人は,本件押収物の発射機能については,主観的にも客観的にも,これを排除するに十分な加工をしていたと認められ,それが正に,本件がけん銃の輸入としての起訴に至らなかった理由でもある。
そして,本件各輸入行為の実態を見れば,本件各部品は,決して独立した輸入の対象品ではなく,上記のような観賞用のセットの一部分にすぎず,本件各部品がそのセットと切り離されて,性能に欠陥のない別の部品と組み合わされ,凶器として使用されるような可能性も,事実上,ほとんどなかったといえる。確かに,本件各部品を用いてけん銃を製作することはできるし,ガイドレールを補修する技能があれば,使用に伴う危険を防ぐ余地もあるが,そのようなことをするぐらいなら,「別の部品」の供給源になる同形式のけん銃をそのまま使えばよいのであって,あえて耐久性・安全性の点から重大な欠陥があることが明らかな本件各部品を譲り受け,それを別のけん銃の部品と組み合わせてけん銃を作ろうとする者が現実に存在するとは考えられない。そのような状況で,観賞用の銃を一つのセットとして輸入しようとする者に対し,本件押収物の発射機能とは別に,部品ごとに厳密なけん銃部品該当性の冷静かつ正確な把握を求め,「本件各部品を,性能上欠陥のない他の部品と組み合わされて使用すれば,金属製弾丸を最低1発発射できるか」,という現実味の希薄な仮定論に立った判断を求めるのは,相当困難な要求である。
現に,本件の原審では,各鑑定人に対し,実包の選定,弾速測定器の使用方法等について詳細な尋問が延々と続けられ,発射実験の具体的問題点に関する書証が多数取り調べられるなど,その証拠調べは,本件各部品のけん銃部品該当性の判定に必要な範囲を明らかに超え,あたかも,本件押収品のけん銃としての発射機能が要証事実であるかのような観を呈し,原審検察官や原審弁護人の意見もこれに対応したものとなり,原判決も,原審弁護人が各鑑定に関して指摘した,本件各部品のけん銃部品該当性の判定にとって無用な問題点に個別的に応答していたのであって,このことは,本件のように,現象として一つのけん銃様の物が取り扱われる事案において,その物のけん銃としての発射機能とは別に,それを構成する個々の部品ごとに,けん銃部品としての構成要件該当性を,銃刀法による規制の趣旨の根本に立ち返って考察することが,法律の専門家が事後的に検討する場合でさえ,必ずしも容易ではないことを,端的に示している。
したがって,本件各輸入行為の際の具体的状況下で,被告人が前記(1)イに示したような判断を行うことは,実際上,相当困難であり,被告人に銃器類に関する相当専門的な知識があることを考慮しても,一私人である被告人に対し,そのような判断に至れなかったことについて,法的非難を浴びせることは,酷に過ぎるといえる。
ウ 小括
上記イの諸点を総合すると,本件において,同アの純客観的・論理的判断の帰結をそのまま適用し,被告人に違法性の意識の可能性があったと認めることは,常識や社会正義に反する価値評価であり,被告人が違法性の意識を欠いたことは,やむを得ないところであって,これについて相当な理由があったと評価するべきである。
カ 結論
以上のとおり,被告人には,本件各部品の輸入がけん銃部品輸入罪の構成要件に該当する違法な行為である旨の意識がなく,かつ,その意識を欠いたことについて相当な理由があったといえるから,けん銃部品輸入罪の故意を認めることはできず,被告人に同罪は成立しない。
これと異なり,被告人に上記違法性の意識があったか,少なくとも,違法性を十分認識できたと認定して,故意の阻却を認めず,被告人を同罪について有罪とした原判決は,事実の認定を誤り,その結果として,刑法38条の適用を誤ったもので,この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
この論旨は理由がある。
そして,原判決は,原判示第2の1のけん銃等加重所持罪,けん銃実包所持罪及び火薬類所持罪,同2の火薬類所持罪並びに同3の大麻所持罪を科刑上一罪(観念的競合)の関係にあるとしてけん銃等加重所持罪の罪で処断した上,これと同第1の1から8までのけん銃部品輸入の各罪を併合罪として1個の刑を科しているから,その全部について破棄を免れない。
第2 破棄,自判
そこで,その余の控訴趣意に関する判断を省略して,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,更に次のとおり判決することとする。
(罪となるべき事実)
原判決書記載の「犯罪事実」のうち,「第2」の部分と同一である。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の原判示第2の1の所為のうち,けん銃6丁及び短機関銃1丁を適合実包合計278発と共に保管して所持した点(以下「けん銃等加重所持」という。)は,包括して,行為時においては,銃刀法31条の3第2項(刑の長期は,平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項による。),平成19年法律第120号による改正前の銃刀法31条の3第1項,同法3条1項に,裁判時においては,銃刀法31条の3第2項(刑の長期は,平成16年法律第156号による改正後の刑法12条1項による。),平成19年法律第120号による改正後の銃刀法31条の3第1項,同法3条1項に,けん銃実包所持の点は,行為時においては平成19年法律第120号による改正前の銃刀法31条の8,同法3条の3第1項に,裁判時においては平成19年法律第120号による改正後の銃刀法31条の8,同法3条の3第1項に,火薬類所持の点及び原判示第2の2の所為はいずれも火薬類取締法59条2号,21条に,原判示第2の3の行為は大麻取締法24条の2第1項にそれぞれ該当するところ,けん銃等加重所持の点及びけん銃実包所持の点については,いずれも,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により,それぞれ軽い行為時法の刑によることとし,以上は1個の行為が4個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により1罪として最も重いけん銃等加重所持の罪の刑で処断することとし,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役7年に処し,同法21条を適用して原審における未決勾留日数中680日をその刑に算入し,神戸地方検察庁で保管中の自動装てん式けん銃4丁(同庁平成18年領第161号符号1,3の1,14,16,回転弾倉式けん銃2丁(同号符号8の1,11),短機関銃1丁(同号符号42),弾倉3個(同号符号2の1,43の1,43の2),けん銃実包278発(同号符号2の2,3の2,5の2,8の2,9,21,26の2,27の1,28の1,28の2,29の1ないし4,43の3,43の4。うち59発は鑑定のため試射済み)は,原判示第2の1のけん銃加重所持の犯罪行為を組成した物,散弾実包107発(同号符号45の1,46の1,47の1,48の1,49の1,50の1,50の2,51の1,52の1,53の1,54の1,55の1。うち11発は鑑定のため分解済み)及び銃用雷管199個(同号符号56の1。うち10個は鑑定のため撃発済み)は,原判示第2の2の火薬類所持の犯罪行為を組成した物で,いずれも被告人以外の者に属しないから,同法19条1項1号,2項本文を適用して,大麻草1袋(同年領第162号符号3)は,原判示第2の3の罪に係る大麻で犯人の所有するものであるから,大麻取締法24条の5第1項本文により,それぞれこれらを没収し,原審における訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
本件公訴事実中各けん銃部品輸入の点については,犯罪の証明がないから,刑訴法336条により,被告人に無罪の言渡しをする。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,その実父方で,けん銃6丁と短機関銃1丁を,適合実包合計278発と共に所持した(原判示第2のl)ほか,火薬類である散弾実包107発及び銃用雷管199個(同第2の2)並びに大麻草約8.038グラム(同第2の3)を所持した事案である。
その犯行動機や経緯の詳細は,被告人が関与を否認しているために解明できないが,上記局面における所持が,犯行の発覚を免れる目的によるものであることは明らかであって,酌量の余地はない上,自らの父や姉を利用している点においても強い非難を免れず,また,被告人は,遅くとも平成12年7月ころまでに本件けん銃等の所持を始めたと認められるが,その経緯にも何ら酌むべき事情は窺われない。何よりも,その所持に係る銃器や火薬類の種類,数量は,けん銃だけでも6丁に及ぶのを始め,上記のとおり,多様かつ多量にわたっており,そのこと自体で,相当高い危険性を否定できないばかりか,けん銃のうち2丁には現に実包が装填されていたこと,短機関銃は多数の実包が込められた弾倉と共に保管されていたことなど,所持の態様も悪質である。しかも,被告人は,平成3年に,けん銃及びけん銃実包の各所持を含む罪で実刑判決を受けて服役し,同種犯行の違法性を十分認識していたのに,またしても,多種かつ大量の銃器や火薬類を所持するばかりか,決して少なくない大麻草まで所持していたことからすると,被告人の銃器及び火薬類に対する親和性や,規範意識の希薄さには,浅からぬものがあるといわざるを得ない。加えて,被告人は,本件所持の事実について,不合理な弁解に終始しており,真摯な反省の情が認められない。
これらの諸点に照らすと,被告人の刑事責任は相当重いというべきである。
他方,本件に暴力団等の犯罪組織の介在は窺われず,本件けん銃等は,アメリカへの渡航歴や同国における居住歴が豊富で,職業上の履歴からも銃器や火薬類を入手する機会に事欠かなかったと推察される被告人が,個人的に収集したものであると考えるのが相当である。また,被告人が本件けん銃等を第三者に売却するなど危険を拡散する行為を企てていたり,実際にそれらを人の殺傷に用いる意図を有していたりしたことも窺われないこと,社会的な生活態度に問題はなく,勤労意欲や自活能力も認められることなど,被告人のために酌むべき事情を見出すこともできるので,当裁判所は,これらの諸情状を総合して,被告人には主文の刑を科すのが相当であると判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古川博 裁判官 植野聡 裁判官 今泉裕登)