大阪高等裁判所 平成20年(う)699号 判決 2008年11月07日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
第1弁護人の控訴理由
一審判決には,以下の点について,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認が存する。
1 一審判決第1の本件建物の横領について
(1) 本件犯行当時,本件建物の所有権は被告人が実質的な代表を務めるaホールディングス株式会社(以下「a社」という。)から未だ移転していないから,横領罪は成立しない。
(2) 一審判決は本件の抵当権設定仮登記が不実の登記であるとしているから,登記原因は民事上無効であることにほかならず,横領罪が成立する余地はない。
2 一審判決第1,第2について,本件の抵当権及び譲渡担保権並びにそれらの被担保債権は現実に存在し,本件各仮登記は,いずれも真実の登記原因に基づくものであって不実でないから,電磁的公正証書原本不実記録,同供用罪は成立しない。
第2控訴理由に対する判断
一審判決が挙示する関係証拠によれば,同判決認定の各犯罪事実を認めることができ,同判決が「争点等に対する判断」の項で説示するところもおおむね正当なものとして是認できる。以下,弁護人の主張にかんがみ,付言する。
1 一審判決第1の本件建物の横領罪の成否について
(1) 本件犯行当時の本件建物所有権の帰属主体について
弁護人は,大阪地方裁判所平成17年(ヨ)第77号事件(以下「77号事件」という。)の和解条項(更正決定後のもの。以下同じ。)で定められている本件建物の所有権の移転時期を,平成17年(以下平成17年については,その記載を省略することがある。)3月7日と解釈すべきであり,これを2月25日とする一審判決には誤認がある旨主張する。
そこで検討すると,まず,訴訟代理人弁護士も関与して成立した訴訟上の和解については,その文言自体相互に矛盾し,又は文言自体によってその意味を了解しがたいなど,和解条項それ自体に瑕疵を含むような特別の事情のない限り,和解調書に記載された文言と異なる意味に和解の趣旨を解すべきではない(最高裁昭和44年7月10日第一小法廷判決・民集23巻8号1450頁参照)。そして,上記の特別の事情がある場合には,その和解成立に至った経緯等を踏まえ,和解条項の文言を解釈すべきである。
これを本件についてみると,77号事件の和解条項第3項をみると,その文言からは,本件建物につき,3月7日に譲渡しその日に所有権が移転すると読む余地がある。しかしながら,その一方で,同和解条項第7項では,本件建物所有権について,債務者であるa社は,利害関係人である医療法人b会(以下「b会」という。)に対し,和解当日の2月25日付けの売買を原因として移転登記手続をすると定められているのである。この条項については,一審判決も説示するとおり,①何らの条件が付されていない給付条項であるから,b会は,和解成立後直ちに単独で上記の登記が可能であること,②登記原因である売買の日付が和解当日になっていて,和解当日に売買契約が成立し本件建物所有権が移転したと推認させることが指摘できる。
これに対し,弁護人は,①について,第7項は,同和解条項第4項(なお,一審判決添付の別紙②77号事件和解条項の第4項冒頭に,「債務者は,債権者に対し」とあるのは,「債権者は,債務者に対し」の誤記と認める。)と併せて読めば,移転登記手続を代金支払と引き換え給付としていることは明らかである,通常の不動産売買取引では,代金支払と登記移転及び引渡しは同時履行の関係にあり,登記移転の時に所有権も移転する旨合意されるのが一般的であるなどと主張する。しかし,そもそも前記のように,例外を除き,訴訟代理人弁護士も関与して成立した和解条項に記載のない条件を付加して解釈すべきでない上(異なる2つの給付条項中一方の給付のみが他方の給付と引き換えである旨定められていても,その条項相互で矛盾しているとまではいえない。),給付条項は原則として各条項が独立して強制執行することができるものであるところ,第4項と第7項の給付の当事者が異なることからも,また和解の一般実務からしても,仮に第7項を第4項の代金支払と引き換え給付とする場合には,第7項にも「第4項の代金支払と引き換えに」移転登記手続をする旨が明示されているはずであって,弁護人の主張は採用できない。また,弁護人は,②について,a社からb会への中間省略登記の合意をしたので,両者の間に直接の登記原因がないことから便宜的に2月25日付け売買としたにすぎない旨主張するが,登記原因となる売買契約の日を,何故売買契約の成立日ないしは所有権移転の日である3月7日ではなく,それ以前である2月25日とするのか合理的な説明は困難であり,しかも,仮に弁護人の主張どおりだとすれば,あえて本件建物の所有権が和解当日に移転しているかのような誤解を招く日を選択したことになるのであって,この点からも不自然である。弁護人のこの点の主張にも左袒できない。
このように,第7項は,本件建物について,和解当日に売買契約が成立しその所有権が移転しており,それを前提に和解当日から直ちに所有権移転登記手続ができる旨を定めているものと解するほかない。
そうすると,77号事件の和解条項は,第3項と第7項で,売買契約の成立時期,すなわち本件建物所有権の移転の時期について,文言自体相互に矛盾したものを包摂しているといわれてもやむを得ない。
また,弁護人は,一審判決が77号事件和解条項第3項について,確定期限を定めたことについて法的意味が判然としない旨説示した点を非難している。しかし,仮に,和解当日に所有権移転の効果が発生しないとすると,第3項によれば,3月7日という期限以外には,例えば代金引き換えなどの条件等は何ら付されていないから,この日が到来すれば,売買契約を締結したことによる所有権移転の効果が発生すると解釈するほかないが(和解条項中の別の条項を持ち出してこの解釈に異を唱える弁護人の主張は,前記同様採用できない。),何故3月7日になれば当然に所有権を移転することにしたのか,和解当事者の合理的意思は不明というほかなく,一審判決が法的意味が判然としないと指摘するのはこの趣旨であると解され,その指摘に何ら不当な点はない。
以上のような点からすれば,77号事件和解条項は,和解条項それ自体に瑕疵を含む特別の事情が存し,和解の経緯等を含めて解釈するほかないというべきである。
そこで,改めて検討すると,上記のように,77号事件和解条項第7項は,2月25日に本件建物の売買契約が成立したことを前提としていると解されるほか,同事件と同時に和解が成立した大阪地方裁判所平成16年(ヨ)第1827号事件(以下「1827号事件」という。)の和解条項第3項をみれば,債権者a社が申立外破産者c会d病院ことA管財人弁護士X(以下「X管財人」という。)に対し本件建物等を本日譲渡したこと及びX管財人が債務者であるb会に対し本件建物等を本日売却したことを,a社及びb会が認める旨が定められていて,これも和解当日に本件建物の売買契約が成立しその所有権移転が行われたことを裏付けている。
これに加えて,関係者の供述をみると,被告人は一審公判で否認しているものの,X管財人及びその実務担当弁護士,b会代理人弁護士の各供述のみならず,77号事件及び1827号事件の和解に立ち会ったa社の代理人弁護士の供述,被告人本人の捜査段階における供述も,いずれも2月25日の和解当日時点で本件建物の所有権が移転したとの内容になっている。ことに,X管財人は,裁判官面前調書(分離前の相被告人の審理に証人として出廷したもの)において,本件建物の所有権移転時期に関し,本件建物で開院していたd病院の管理医師はAの妻で,その任期が2月末で切れることになっていたところ,Aが破産し,Aの妻が3月以降管理医師になることは困難で,病院の廃院を免れるためには,2月中に本件建物をb会の病院として変更しておく必要があった,したがって,2月中の和解成立,所有権移転にこだわっていたと供述しているのであって,その供述は十分に信用できる。
そして,上記の和解の経緯等に照らすと,77号事件の和解条項の解釈としては,2月25日の和解当日時点で,本件建物の売買契約が成立するとともにその所有権を移転する趣旨であると解するのが相当である。
以上の次第であって,本件犯行当時の本件建物所有権はa社にはなくb会にあったと認められる(なお,客観的な所有権移転時期が上記のとおりとしても,被告人がそれを理解していたかの問題も存するが,上記の関係者の供述に合致する被告人の捜査段階の供述は信用できるから,被告人の認識にも欠けるところがなかったと認められる。)。
(2) 本件の抵当権設定仮登記の不実性と横領罪の成否について
後記2のとおり,本件の抵当権設定仮登記については,被担保債権に関する消費貸借契約及びその担保のための抵当権設定契約のいずれもが存在しないと認められるところ,弁護人は,抵当権設定仮登記が不実であると認定しつつ,同時にその仮登記が横領罪に当たるというのは,自己矛盾の認定であると非難し,一審判決が不実の仮登記であっても真の所有者の権利が侵害されることがあり得るなどという抽象的な理由によって横領罪を認定するのは不当であり,法令の適用において,電磁的公正証書原本不実記録,同供用,横領の間に順次手段結果の関係があるとしたこと自体に,本件建物について横領罪を認定したという事実誤認が露呈している旨主張する。
しかし,領得行為が登記という形式で外部的にも明示された場合には,第三者がその登記を前提に取引関係に入るなど,真の所有者の利益が害される可能性が高いのであって,その登記の原因となった領得行為が民事上無効であり,その結果当該登記が不実のものであったとしても,横領罪が成立するというべきである。
弁護人は,大審院判決(昭和2年3月18日・裁判例2刑27頁)を指摘して,登記原因が不実で民事上無効である場合には一般に横領罪は成立しないと主張しているが,そもそも上記判決は,登記等の存在しない動産に関する事案であって,事案を異にするというほかなく採用できない。また,弁護人は,横領罪が成立するのであれば,電磁的公正証書原本不実記録罪は成立しないとして東京高裁判決(昭和27年3月29日・高裁特報29号102頁)を指摘するが,この事案は,売買によって不動産所有権が買主に移転した後,登記未了を奇貨として抵当権を設定し登記したという,抵当権設定自体は有効であるというものであって,これも抵当権設定契約自体が存在していない本件とは事案を異にするのであって,採用できない。
さらに,弁護人の指摘する一審判決の罪数処理についてであるが,確かに,本件の具体的事実関係の下における不実電磁的公正証書原本供用と横領が手段結果の関係にあるということはできないが,この点の法令適用の誤りが事実誤認の結果生じたものでないことは,上記の点からも明白である(なお,少なくとも不実電磁的公正証書原本供用罪と横領罪は観念的競合に当たるというべきであるから,この点の一審判決の法令適用の誤りは,判決に影響を及ぼさない。)。
以上の次第で,この点に関する弁護人の主張も採用できない。
2 電磁的公正証書原本不実記録,同供用罪の成否について
この点については,一審判決も説示するとおり,弁護人の主張を前提とすれば,医療法人e会(以下「e会」という。)からa社に対する5億円もの貸し付け後,1年近くが経過してから担保が設定されたことになるが,このこと自体が相当不自然であるばかりか,X管財人からa社に対して本件建物及び本件地上権等の買戻権を行使され,77号事件等の民事裁判にもなり,上記の各和解で所有権移転等の移転対象にもなっているのに,それらを担保に供したことになる上,被告人が上記の各和解無効を主張した後に本件の仮登記がされていることも,不自然さを際だたせているというほかない。これらのことに照らせば,弁護人が主張する抵当権及び譲渡担保権並びに被担保債権は存在していないことを推認できる。そして,被告人は,捜査段階において,a社とe会間の金銭消費貸借契約もそれを担保するための抵当権設定契約,譲渡担保権設定契約のいずれもが架空であったことを認める供述をしているところ,その供述は,具体的かつ自然なもので,捜査段階における共犯者寺地やe会理事長で共犯者のBの各供述とも合致し,十分信用できる。
弁護人は,和解成立から日を開けずして仮登記をしたことに関して,和解を踏まえて,さらに有利な条件を引き出すためのもので,不自然でないなどと主張するが,被告人の行為は和解における合意内容を無視した妨害行為そのものというべきであって,およそ採用できる主張ではない。また,弁護人は,被告人が有力者等から高額の資金提供を受けてきたことやe会を中核に捉えていること,既存病院の買収事案における買収資金の使途の不明確性等を指摘して,平成15年春に行われた現実の貸金を平成16年3月31日付けで準消費貸借にしたものであって不実の登記ではない旨主張する。しかし,被告人は,被告人質問(一審第7回,第10回公判)において,準消費貸借にした経緯については十分に説明できていないばかりか,第1回公判前から弁護人に事実関係を述べて相談していると思うと供述しながら,その旨の主張は被告人はおろか弁護人すらしていないのであって,その主張は採れない。他方,弁護人は,被告人の病院買収という事業内容からすれば5億円という金額も格別に異様というほどの高額ではないことや,a社とe会の間の資金移動は案件次第で資金提供を受けた被告人の腹一つで決められたことをも指摘しており,そうであれば,a社とe会は,法人格が別で両者間の資金移動は法形式上は金銭消費貸借になるものの,経済的にみて果たして金銭消費貸借の実態が備わっているといえるのか疑問であり,その点をしばらく措くとしても,被告人が述べる公正証書(これは控訴審においても証拠請求されていない。)やこれを裏付ける書類等が存在するのであれば格別,被告人が,他と混同することなくこの資金移動のみを明確に記憶しているということについても疑問が残る。
以上のとおり,この点に関する弁護人の主張も採用できない。
3 その他,弁護人が主張するところを検討しても,上記判断を左右しない。
以上の次第で,一審判決に事実誤認は存しない。
(一審判決の法令の適用について,上記の点のほか,判示第2の罪の関係で,本件建物についての不実電磁的公正証書原本供用罪について,刑種の選択をすべきであるのにしておらず,この点にも,法令適用に誤りがあるといわざるを得ないが,一審判決を通じてみれば,同罪につき懲役刑を選択したことは明らかであるから,この誤りは判決に影響を及ぼさない。)
第3適用法令
刑事訴訟法396条