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大阪高等裁判所 平成20年(く)462号 決定 2008年12月03日

主文

原決定中,神戸地方裁判所平成20年(む)第1822号事件に関する部分を取り消す。

上記部分について,本件を原審裁判所(神戸地方裁判所第○刑事部)に差し戻す。

原決定のその余の部分に対する本件即時抗告を棄却する。

理由

1  本件抗告の趣旨及び理由は,弁護人筧宗憲(主任)及び同宮本由季作成の即時抗告申立書に記載のとおりであるから,これを引用する。論旨は,要するに,原決定は,弁護人の証拠開示に関する各裁定請求を不当に棄却したものであるから,原決定を取り消し,検察官に対し,上記各裁定請求に係る証拠の開示を命ずるとの裁判を求める,というのである。

そこで,記録を調査して検討する。

本件公訴事実(訴因変更後のもの)の要旨は,被告人が,平成20年4月15日午後4時44分ころから同日午後8時45分ころまでの間,被告人方において,自己の長男(当時24歳)に対し,殺意をもって,その下腹部や左胸部等を文化包丁で数回刺すなどし,そのころ,同所において,同人を鼠径部刺創による大腿静脈切損により失血死させた,というものである。公訴は平成20年5月7日に提起され,現在までに8回の公判前整理手続期日が開かれている(ただし,第7回及び第8回公判前整理手続期日は原決定後に開かれたものである)。

弁護人の予定主張は,(1)被告人に殺意はなかった,(2)被告人は,犯行当時,精神疾患又はその治療のために服用していた薬物の影響により,心神喪失ないし心神耗弱の状態であった,(3)被告人の捜査段階の供述調書(供述録取書)には任意性がない,(4)被告人には自首が成立する,旨いうものである。

2  弁護人が開示を求める証拠は,①捜査官が被告人方建物の内外,その室内の状況及び現場にあった物等をデジタルカメラで撮影して記録した電磁データ,②被害者の遺体写真をデジタルカメラで撮影して記録した電磁データ,③被告人について作成された取調状況記録書面(捜査官が作成した取調べ時の状況を記録したメモを含む。既に開示済みのものを除く)及び取調状況を録画したビデオテープ及び電磁データである(裁定請求書等での証拠の特定がやや不明確な部分もあるが,上記のとおりと解する)。①は検察官請求の写真撮影報告書(甲6号証)及び検証調書(同8号証)に添付された写真の画像データであり,②は鑑定書(甲2号証)に添付された写真の画像データである。

弁護人は,①については上記写真撮影報告書及び検証調書の証明力を判断するための類型証拠並びに上記(1)の主張関連証拠として,②については上記鑑定書の証明力を判断するための類型証拠並びに上記(1)の主張関連証拠として,③については上記(3)の主張関連証拠として開示を求めている(いずれの裁定請求も平成20年9月26日付けのものであるが,①及び②について類型証拠としての開示を求めるものが神戸地方裁判所平成20年(む)第1822号事件であり,①から③までについて主張関連証拠としての開示を求めるものが同第1824号事件である)。

検察官は,同年10月16日付け意見書において,①及び②について,検察官の手持ち証拠ではなく,捜査機関においても保管しておらず,消去済みである旨,③については,既に開示済みの記録のほかは存在しない旨主張しており,原決定は,「検察官作成の意見書によれば,①及び②はいずれも捜査機関において保管しておらず,③については既に開示済みの記録の他には存在しないとのことからすると,①から③までは,検察官はもとより公務員が職務上保管するものとはいえないから,刑訴法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となる証拠には該当せず,本件請求は理由がなく,いずれも棄却を免れない」旨説示している。

3 しかし,事件が現に係属中であるのに,捜査機関が①及び②を消去するなどというのは通常考え難いことであって,裁判所としては,検察官の上記のような不合理な主張を容易に受け入れるべきではなく,検察官に対し,消去の経緯や時期,その理由等について具体的な説明を求め,場合によっては担当者の証人尋問などの事実取調べを行うなどして事の真偽を確かめる必要があるというべきであり,それによって納得のいく説明等がなされなければ,それらの証拠は捜査機関が保管しており,検察官において入手が容易なものとみなすべきであると解される。

また,被告人は,犯行当日に現行犯逮捕され,その翌日に,身上関係を内容とする警察官調書(乙1号証)及び被害者を包丁で数回刺した事実の自認などを内容とする警察官調書(同2号証)が作成されているのであるから,捜査官において,被告人の取調状況をビデオテープ等に記録していないとしても,被告人のこの間の取調状況に関する報告書等を作成していたことが想定されるところ,前述のとおり,検察官は,この点に関し,「既に開示済みの記録の他には存在しない」旨主張しており,要するに,乙1号証及び2号証と被告人の署名のない弁解録取書のほかにはない旨いうものと解されるが,この点についても,裁判所としては,検察官のそのような主張を容易に受け入れるわけにはいかない。

4  もっとも,原決定は,①及び②について,「仮にそれらのデータが何らかの形で存在して,証拠開示命令の対象になる証拠に該当する余地があるとしても,既に開示済みの犯行直後の現場の状況や遺体の負傷状況等を明らかにした前記検証調書,鑑定書等の原本が開示されている以上,更に前記各電磁データを被告人の防御のために開示する必要性までは認められず,同条項(刑訴法316条の26第1項)の要件を満たさない。また,弁護人は,主張関連証拠開示請求における主張として,被告人に殺意はなかったというにとどまり,前記検証調書等の原本に加えて更に前記各電磁データを開示する必要性の理由として述べるところは説得力に乏しく,証拠漁りの懸念もうかがわれるものであって,開示の必要性も相当性も認められないから,同法316条の20第1項の要件も満たさない」旨説示している。

しかし,①及び②は,それ自体は無体物であるものの,何らかの記憶媒体に保存された上で証拠として取り扱われるものであり,刑訴法316条の15第1項1号の「証拠物」に該当すること,検察官は,上記検証調書等に添付された写真について,①及び②をパソコンの画面上等に画像として表示し,それを拡大(画素数にもよるが,通常検証調書等に添付される印刷された写真よりは相当に大きく拡大できると解される)して検分することができるのに,弁護人にはそれができないのであって,①及び②の開示は,検察官請求証拠である上記検証調書等について検察官と弁護人を対等の立場に置くためのものでもあること,①及び②は本件において特に重要と思われる客観的証拠であること,他方,開示によって生ずるおそれのある弊害は特に見当たらないことなどからすると,①及び②については,類型証拠としての開示を相当とする余地が十分あるものというべきであり,原決定の上記判断は是認することができない。

なお,弁護人は,①及び②について,上記(1)の主張と関連性がある旨いうが,その具体的内容を何ら明らかにしていないのであるから,これらについて主張関連証拠としての開示を相当とする事情はなく,この点に関する原決定の判断は結論において相当として是認できる。

5  他方,③についてみると,弁護人は,上記(3)のとおり,乙1号証及び2号証には任意性がない旨主張しているものの,それらの調書のどの部分をどのように争うのかを明らかにしておらず,しかも,乙1号証及び2号証には被告人に殺意があった旨の供述部分は存在しないとうかがわれることも考慮すれば,上記(1),(2)及び(4)の主張との関係で,それらの調書の任意性を争うことにどのような意味があるのかも明らかではないといわざるを得ないのであるから,③について主張関連証拠としての開示を相当とする事情は認められず,この点に関する原決定の判断は結論において相当として是認できる。

6  以上のとおりであるから,原決定が①及び②について,類型証拠としてのその存在についての検察官の不合理な主張の真偽を確かめないまま,証拠開示に関する裁定請求を棄却した点は是認することができず,論旨はその限りにおいて理由がある。

よって,刑訴法426条2項により,原決定中,神戸地方裁判所平成20年(む)第1822号事件に関する部分を取り消し,その部分について,本件を原審裁判所(神戸地方裁判所第○刑事部)に差し戻して更に審理を尽くさせることとし,また,同条1項により原決定のその余の部分に対する本件即時抗告を棄却することとして,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 森岡安廣 裁判官 橋本一 裁判官 西田時弘)

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