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大阪高等裁判所 平成20年(く)8号 決定 2008年3月25日

主文

原決定を取り消す。

本件を大阪家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は,大阪地方検察庁検察官清水治作成の抗告受理申立書記載のとおりであり,これに対する付添人の意見は,付添人前川直輝作成の意見書記載のとおりであるから,これらを引用する。

論旨は,原審において検察官が申し出た証拠調べを実施すれば,後記第1次抗告審決定が指摘する証拠上の問題点は解消し,本件送致事実を認定することができたにもかかわらず,原審は,検察官が申し出た証拠調べを全く行わず,第1次抗告審決定を踏襲し,少年が本件送致事実に及んだことを認めるに足りる証拠がないとして,少年を保護処分に付さないとの決定をしたものであるから,必要な証拠調べを行わなかった点で原審の審判手続には決定に影響を及ぼす法令違反があり,また,少年が本件送致事実に及んだことを肯認しなかった点で重大な事実の誤認があるというのである。

所論にかんがみ,記録を調査して検討する。

第1  審判手続の法令違反(審理不尽)の論旨について

1  本件送致事実(以下「本件非行」という。)の要旨は,「少年は,A(以下「A」という。),B(以下「B」という。),C(以下「C」という。),触法少年D(以下「D」という。)と共謀の上,帰宅途中の年輩のサラリーマンから金員を強取しようと企て,平成16年2月16日午後8時35分ころ,大阪市<以下省略>aマンション南側路上において,徒歩で帰宅途中のE(当時61歳)に対し,Dが上記Eの後方から体当たりして同人を路上に転倒させる暴行を加え,さらに,D,C,B及び少年がこもごも上記Eの周りを取り囲んで「金出せ。殺すぞ。」などと脅迫してその反抗を抑圧し,同人から現金約6万3000円を強取し,その際,上記暴行により同人に対し入院加療51日間,その後通院加療約3か月間を要する骨盤骨折の傷害を負わせたものである。」というものである。

2  大阪家庭裁判所は,平成18年3月23日,Cの自らの審判における供述及び捜査段階における供述調書(以下「Cの自白」という。),少年の審判におけるDの供述及びDの検察官調書(以下「Dの自白」という。),少年の捜査段階における供述調書(以下「少年の自白」という。)はいずれも信用できるとして,これらの証拠によれば本件非行事実が認められるとした上,少年を中等少年院に送致する決定をした(以下「第1次原決定」という。)。これに対して,少年の付添人が抗告を申し立て,大阪高等裁判所は,平成19年5月14日,第1次原決定には,決定に影響を及ぼす重大な事実を誤認した疑いがあるとして,これを取り消し,本件を大阪家庭裁判所に差し戻すとの決定をした(以下「第1次抗告審決定」という。)。

第1次抗告審決定の要旨は,以下のとおりである。

(1)  本件現場近くの▲▲▲▲▲方に設置された防犯ビデオカメラの映像(以下「本件防犯ビデオ映像」という。)に撮影された4名の人物は,本件非行の実行犯であると考えられる。そして,①奈良先端科学技術大学院大学教授Iの鑑定(以下「I鑑定」という。)が,その服装等の特徴からBと目される人物の身長を162センチメートルから166センチメートルと推定し,他方,②科学警察研究所技官秋葉教充及び同Oの鑑定を前提とした警視庁科学捜査研究所研究員Pの鑑定(第1次原決定後の補充鑑定を含む。以下「P鑑定」という。)が,Bと目される人物の身長を167センチメートルから185センチメートルと推定しており,I鑑定によれば,Bの身長である183センチメートルと矛盾し,P鑑定によれば,その点の矛盾はないことになる。しかし,I鑑定は,得られた推定身長の正確性を検証するためになされた走行実験の被験者数が少なく,走行方法等の指定があって不自然な走行の姿勢になった可能性があるなどの問題があり,その身長推定の過程には疑問がある上,後述する本件防犯ビデオ映像自体の問題点があること,P鑑定は,基礎となるデータの量と質に特段の問題はなく,これをもとに身長を推計する点の科学的合理性についても特に疑問を抱かせる事情はないが,本件防犯ビデオ映像そのものが甚だ不鮮明であり,画像自体も極めて小さく,被写体が撮影された時間もわずか3秒ほどしかなく,しかも,被写体の4名については,画面左上を一団となって走り去っているために人物が重なり合う場面が多く,各人の頭頂部と足元がともに撮影された映像が乏しいことなどに照らすと,I鑑定,P鑑定の証明力には自ずと限界がある。

次に,本件防犯ビデオ映像そのものからどの程度犯人に関する情報を得ることができるかを検討すると,同映像を注視してみても,4名の身長や体格に,Bと少年の身長差である16センチメートル,BとDとの体重差である36キログラムという顕著な格差があるとみることは難しいように思われる。加えて,被害者が,B及びAの公判において,自己の身長が169センチメートルから170センチメートル程度であり,自分より非常に大きな犯人がいたという印象もない旨述べ,法廷内で起立したBの姿を見て,「大きいですね。」と供述していること等を併せ考えると,本件防犯ビデオ映像に撮影された人物の中に,Bのように身長183センチメートル,体重86キログラムと明らかに大柄な人物がいるとみることには合理的な疑いが残る。

(2)  Dの自白にはこれを裏付ける客観的証拠がないこと,本件の犯行時間帯に自宅のあるマンション内で女友達のF(以下「F」という。)と話し込んでいて,本件非行の現場にはいなかったとのアリバイ主張が,Fが使用している携帯電話のメールデータの内容やF及びその母親の供述から成立する可能性が高いこと,Dの取調べの状況を検討すると,供述の変遷状況や自白に至るまでの取調べの日数が56日間に及ぶ長期間にわたっていることなどに照らすと,警察官の長期間にわたる誘導,示唆,暗示等の繰り返しに根負けして自白した疑いがあること,その供述内容を検討すると,本件非行に至る過程で成り行き任せの場当たり的な行動に終始していたかのような供述を展開し,共犯者間で大まかな犯行の手順を話し合った旨の供述が見られないなど供述内容に不自然又は不合理な点があるほか,本件非行の仲間がそろった経緯について他の者の供述と単なる記憶違いでは説明し難いそごがあることなどに照らすと,Dの自白の信用性は相当疑わしい。

(3)  本件の犯人検挙の端緒となった供述をしたG(以下「G」という。)が最終的な真実として供述する内容は,極めて具体的かつ詳細で,迫真性と臨場感に富んでいるが,本件当時の大阪市の日没時刻との食い違いが甚だしく,さらに,関係者の供述とそごしている点が多く見受けられる上,本件非行への自己の関わり,共犯者が誰であるかなど供述の重要部分で変遷が著しく,供述変遷の理由として同人が述べる内容も矛盾が甚だしく,総体的に虚構の疑いが濃厚であって,その信用性は極めて低い。

(4)  H(以下「H」という。)は,Gが本件の関係者として「▲」あるいは「▲」なる人物がいたと供述し,少年が平成16年5月21日に,Cが翌22日に,Hが共犯者であると供述したことなどから捜査線上に浮上し,同月25日以降取調べを受けて自白したものであるが,漠然とした供述しかできず,本件現場にも案内できなかったことから,捜査側もその犯人性に疑問を抱き,その後,Cや少年においてHが共犯であるというのは嘘であったと供述を変更したことで,犯人性を明確に否定されたものである。そして,Hが自己の取調べ状況について述べる内容には歪曲や誇張があるとも考えられるものの,他に本件で警察官の取調べを受けたL,K,J,Mらが共通して述べるところを考慮すると,Hらは,警察官からかなり厳しい取調べを受け,共犯者の名前等についても,強い誘導,示唆,暗示等を受けた可能性が高い。

(5)  Cの自白は,本件非行の実行犯とする者の服装の特徴を述べている点については,客観的な裏付けを伴うものではないこと,本件非行の実行犯にBが含まれていたとする点については本件防犯ビデオ映像及び被害者が供述する犯人像と矛盾していること,Cの携帯電話の通話履歴を精査しても,Cの携帯電話にワンコールをしてきたというDらにCが電話をかけ直した形跡がうかがわれないことなど,重要な部分で客観的事実との間にそごがあること,Cが取調べの際に警察官から受けたとする暴行については具体性に乏しく,Cの供述内容に誇張があるように思われるものの,少なくとも,警察官が机や椅子に当たり散らす程度の威圧的な取調べをしたことは否定できないこと,本件におけるBの関与の有無,犯行に至る経緯,犯行後の行動等の随所に看過し難い重大な供述の変遷があり,その変遷理由としてCが捜査段階で述べる内容も合理性を欠いていること,共犯者を変遷させた理由としては,警察官による厳しい追及,誘導,暗示等の影響を受けたからであるとしか考えようがないこと,本件非行当日の行動についての供述も,警察官がCと少年の供述をすりあわせた疑いがあること,自己や共犯者の本件非行当日の服装,被害者の特徴について不自然に詳細すぎる反面,強奪品について当初著しくあいまいな供述をしており,供述内容には不自然な点が見受けられること,本件へのBの関与の内容,程度,Aが本件への加担意思を表明した時期等の重要な部分について,Dや少年の自白とは単なる記憶違いでは説明し難いそごがあることなどに照らすと,その信用性については疑義がある。

(6)  少年の自白については,任意性を失わせるほどの事情は認められないが,穏当を欠く取調べがされたことは否定できず,その信用性を減殺させるものであること,客観的な裏付けを伴うわけではなく,共犯者の一人がDであるという点は,Dにアリバイが成立する可能性が高いから,その点で信用性に疑問があること,本件非行当日の行動,本件非行への少年やBら共犯者とされる者の関与の内容,程度等について,単なる記憶違いでは説明できない看過し難い重大な供述の変遷があり,その変遷理由として少年が捜査段階で述べる内容も合理性を欠いていること,Aが本件非行の合図としてワンコールを用いたという真犯人であるならば明確に記憶しているはずの事実を供述する時期も不自然に遅いこと,警察官による誘導,示唆,暗示等に影響されたものとの疑いを払拭できないこと,他方,被害者の服装等に関する特徴など不自然に詳細すぎるものが含まれているほか,C,Dの自白とは重要な点でそごがあることなどに照らすと,その信用性については疑問がある。

(7)  少年及びCは,本件非行が行われた時間帯に母親,妹,Cの当時の交際相手のN(以下「N」という。)と一緒に自宅で鍋料理を食べた後,テレビを見たりして過ごしていたとのアリバイを主張し,母親,N,C及び少年は,一致してその主張にそう供述をしているところ,その供述に客観的な証拠による裏付けはなく,少年の母親がN,C,少年と順次接触する過程で全員が一致する供述をするようになった可能性がないとはいえないが,母親とNがかなり詳細で具体的な供述をしている点を考慮すると,現在の証拠関係のもとでは,直ちに少年とCのアリバイに関する供述が信用できないと断じることには疑義がある。

(8)  A及びBのアリバイ主張については,いずれも採用することはできないが,その余の点を総合すると,少年が本件非行を敢行したと認定した第1次原決定には,決定に影響を及ぼす重大な事実を誤認した疑いがあるといわざるを得ない。

3  第1次抗告審決定の受差戻審である原審は,平成19年9月26日,検察官関与決定をし,検察官は,第1次抗告審決定について,①同決定は,本件防犯ビデオ映像そのものから本件非行の犯人像を考察し,Bのような身長183センチメートル,体重86キログラムと明らかに大柄な人物がいるとみることには合理的な疑いが残ると判断するが,本件防犯ビデオ映像は,甚だ不鮮明な映像であり,被写体の4名が撮影された時間もわずか3秒程度しかなく,画面左上を一団となって走り去っているため人物が重なり合う場面も多く,各人の頭頂部と足元がともに撮影されている映像が乏しいものであって,映像解析に特段の専門知識を有しない者がいくら映像を注視しても,その身長差を判断することは著しく困難である上,本件防犯ビデオカメラは,路上からの高さ約2.74メートルの地点から斜めに見下ろす形で設置されており,カメラから遠い位置を走行する人物は相対的に小さく映る結果となるから,第1次抗告審決定の上記判断は不合理である,②同決定は,Gの供述の信用性を否定しているが,Gの取調べ状況や現場引き当たり捜査の状況等を検討すれば,Gの供述の信用性は一概に排斥されるものではない,③同決定は,警察官がHらに対し,かなり厳しい取調べを行い,共犯者の名前等についても強い誘導,示唆,暗示等がなされた可能性が高いと判断した上,C及び少年の取調べにおいても同様の状況があったと推認し,C及び少年の自白は,警察官の誘導,示唆,暗示等に影響されたものとの疑いを払拭することができないなどとして,C及び少年の自白の信用性に疑問が残ると判断するが,Hらの取調状況については,Hらの一方的な供述をそのまま採用したもので適切な証拠に基づかない判断であり,C及び少年の取調べにおいても,警察官が供述の押し付け等を行っておらず,C及び少年が自発的に供述したものであるから,少年らの取調状況についての上記判断は誤っている旨主張し,①の主張を根拠付けるため,「本件現場付近で撮影された防犯ビデオカメラに撮影された人物については,実際には身長,体格に大きな差があっても,位置関係による遠近等から,画像上,一見すると,身長,体格にほとんど差がないように見えること」との立証趣旨で,B,C,D及び少年と身長体重の類似する警察官4名に本件現場付近を実際に走らせ,本件防犯ビデオカメラを用いてその姿を撮影した映像を収録したDVD(以下「本件DVD」という。)の取調べを,②の主張を根拠付けるため,Gの取調べを担当したQ警察官の証人尋問を,③の主張を根拠付けるため,Cの取調べを担当したR警察官,少年の取調べを担当したS警察官,Hの取調べを担当したT警察官及びU警察官の証人尋問を申し出た。

4  これに対して,原審は,検察官が申し出た証拠調べはいずれも必要性がないとして全く証拠調べを行わず,少年を保護処分に付さないとの決定をした。

原審において検察官申出に係る証拠調べを行わなかった理由として,原決定が説示する内容は以下のとおりである。

(1)  本件DVDについて

そもそも本件防犯ビデオ映像の証明力には限界があって,それほど高いものではないというべきであり,また,第1次抗告審において,本件DVDの映像を写真処理した映像とその説明がすでに取り調べられているから,改めて本件DVDの証拠調べをするまでの必要性はない。

(2)  Q警察官の証人尋問について

仮にGの取調べに何ら問題がなかったとしても,Gの捜査段階における供述は信用性が著しく低く,少年の犯人性を裏付けるに足りる証拠価値はないというべきであるから,Q警察官の証人尋問の必要性は乏しい。

(3)  T警察官及びU警察官の証人尋問について

第1次抗告審決定が少年やCの捜査段階における供述の信用性についてした判断は,Hらの取調状況にのみ依拠してなされたものではなく,むしろその位置付けは極めて補助的なものであって,主として供述の内容,その客観的証拠との整合性,変遷の内容及びその理由の合理性,供述時の客観的状況,他の供述証拠との対比等を総合的に検討した上でなされているのであり,仮にHの取調状況を解明したとしても,それによって少年やCの供述の信用性が左右されるとは到底言い難いのであって,T警察官及びU警察官の証人尋問の必要性は乏しい。

(4)  R警察官の証人尋問について

R警察官については,B及びAの公判において,Cの取調状況を立証趣旨として十分な証人尋問が行われ,第1次原審においてその証人尋問調書が取り調べられているから,屋上屋を架すような証人尋問の必要性は乏しい。

(5)  S警察官の証人尋問について

S警察官については,第1次原審並びにB及びAの公判において,少年の取調状況を立証趣旨として十分な証人尋問が行われ,Aらの公判におけるS警察官の証人尋問調書も第1次原審において取調済みであるから,さらなる証人尋問の必要性は乏しい。

5  そこで,検察官申出に係る証拠調べを全く行わなかった原審の措置の適否について検討する。

平成12年法律第142号による少年法改正により検察官関与制度が導入されたが,いわゆる職権主義的審問構造は維持され,検察官及び付添人は審判の協力者と位置付けられ,審判に関与した検察官に証拠調べ請求権はなく,家庭裁判所はその裁量により証拠調べを行うか否かを決定することができるものとされているが,非行事実の認定に関する証拠調べの範囲,限度,方法の決定は,家庭裁判所の完全な自由裁量に属するものではなく,これを家庭裁判所の合理的な裁量に委ねた趣旨と解すべきであるから,家庭裁判所としては,非行事実の存否が争われている事案においては,非行事実の存否を決するために必要な証拠調べを尽くすべき責務を負っていることとなる。そうすると,受差戻審である原審としては,第1次抗告審決定の内容,それに対する検察官及び付添人の意見,検察官が申し出た証拠の立証趣旨等を総合考慮し,その証拠を取り調べれば,第1次抗告審決定の判断が覆る蓋然性がある場合には,新たな証拠調べを行わなければならず,それを行わなかったときには合理的な裁量を逸脱したものとして,決定に影響を及ぼす法令の違反があるということに帰する。

6  まず,原審が本件DVDの証拠調べを行わなかったことの適否について検討する。

(1)  第1次抗告審決定は,「本件防犯ビデオ映像そのものからどの程度犯人に関する情報を得ることができるかを検討すると,同映像を注視してみても,4名の身長や体格に,Bと少年の身長差である16センチメートル,BとDとの体重差である36キログラムという顕著な格差があるとみることは難しいように思われる。」と判示するほか,被害者が,B及びAの公判において,「自己の身長を169センチメートルから170センチメートル程度とした上で,自分より非常に大きな犯人がいたという印象もない旨述べ,法廷内で起立したBの姿を見て,「大きいですね。」と供述していることなどを併せ考えると,本件防犯ビデオ映像に撮影された人物の中に,Bのように身長183センチメートル,体重86キログラムと明らかに大柄な人物がいるとみることには合理的な疑いが残るというべきである。」と判示し,さらに,Cの自白について,「実行犯にBが含まれていたという点については,本件防犯ビデオ映像や被害者の供述する犯人像と矛盾する」と指摘し,これをCの自白の信用性を否定する重要な根拠の一つとしているのである。

本件防犯ビデオ映像は,本件において数少ない客観的証拠の一つであり,本件非行に及んだ直後に逃走する実行犯4名と思料される者の姿が撮影されているのであるから,本件防犯ビデオ映像に撮影された4名の人物の中にBが含まれていることについて合理的な疑いが残るということになれば,Bが本件非行の実行犯の一人であるとするC,D及び少年の自白は,それだけでも信用性に重大な疑問を生じさせ,本件非行事実の認定に決定的な影響を与えかねないものである。

なお,第1次抗告審決定は,本件防犯ビデオ映像そのものからの認定のほかに,自分より非常に大きな犯人がいたという印象もない旨の被害者の供述も根拠として,本件防犯ビデオ映像に撮影された4名の中にBが含まれているとする点について合理的な疑いが残ると判示しているが,同決定も指摘するとおり,被害者は,「そんなに大きい人とか,そんなに小さい人というのがいたという印象はないのだけれども,みんな同じぐらいだったとも言えないわけで,あまり印象に残るような背丈の特徴は記憶していない。」とも述べているのであるから,被害者の述べる犯人の大きさについての印象はかなり漢然としたものであるといわざるを得ないのであって,同決定が,本件非行の実行犯の中にBが含まれていることに疑問があるとする決定的な証拠として被害者の上記供述を示したものとみることはできない。

そして,第1次抗告審決定は,第1次原決定が本件非行事実を認定する主要な証拠の一つとしたCの自白について,実行犯にBが含まれていたという点については,本件防犯ビデオ映像や被害者の供述する犯人像と矛盾すると指摘し,これを一つの重要な根拠として,その信用性には疑義があるとしているのであるから,本件防犯ビデオ映像そのものからBを犯人視することができないとする点は,第1次抗告審決定の結論を導く上で極めて重要な判断であることが明らかである。

(2)  検察官は,第1次抗告審決定を受けて,原審において,本件防犯ビデオ映像は,甚だ不鮮明な映像であり,被写体の4名が撮影された時間もわずか3秒程度しかなく,画面左上を一団となって走り去っているため人物が重なり合う場面も多く,各人の頭頂部と足元がともに撮影されている映像が乏しいものであって,映像解析に特段の専門知識を有しない者がいくら映像を注視しても,その身長差を判断することは著しく困難である上,本件防犯ビデオカメラは,路上からの高さ約2.74メートルの地点から斜めに見下ろす形で設置されており,カメラから遠い位置を走行する人物は相対的に小さく写る結果となるから,第1次抗告審決定の上記判断は不合理であると主張し,「本件現場付近で撮影された防犯ビデオカメラに撮影された人物については,実際には身長,体格に大きな差があっても,位置関係による遠近等から,画像上,一見すると,身長,体格にほとんど差がないように見えること」との立証趣旨で,本件DVDを取り調べるよう申し出た。

(3)  以上のような第1次抗告審決定における本件防犯ビデオ映像そのものからの判断内容の重要性,それに対する検察官の意見と本件DVDの立証趣旨等にかんがみれば,本件DVDの内容が検察官の主張する立証趣旨のとおりのものであった場合,本件DVDの映像と本件防犯ビデオ映像とを比較検討することにより,「本件防犯ビデオ映像を注視しても,同映像に映った4名の身長や体格に,Bと少年の身長差である16センチメートル,BとDとの体重差である36キログラムという顕著な格差があるとみることは難しいように思われる。」との第1次抗告審決定の判断が変更を迫られる蓋然性があり,ひいては,Cらの自白の信用性には疑問が残るとした第1次抗告審決定の重要な判断根拠が崩れ去ることにもなりかねないのである。

原決定は,本件DVDの映像の一部を写真処理した画像とその説明が第1次抗告審において取調べ済みである点を指摘して,本件DVDの証拠調べの必要性がないとするが,第1次抗告審決定が動画である本件防犯ビデオ映像そのものを注視して上記結論を導いている以上,同じく動画である本件DVDの映像と比較対照することにより,第1次抗告審決定の上記判断内容の当否を検討する必要があり,原決定が指摘する点は本件DVDの証拠調べの必要性を否定する理由にはならない。

そして,本件DVDを取り調べた結果,本件防犯ビデオ映像に撮影された4名の中にBが含まれていることには合理的な疑いが残るとの判断が変更を迫られた場合には,第1次抗告審決定も説示するとおり,基礎となるデータの量と質に特段の問題はなく,これをもとに身長を推計する点の科学的合理性についても特に疑問を抱かせるような事情がなく,信用性の高いP鑑定によれば,本件防犯ビデオ映像に撮影された4名のうち,Bと目される人物の身長が167センチメートルないし185センチメートルであると推定されること等を総合すれば,Bが実行犯人の1人である可能性は直ちに否定されず,したがって,少なくともD,C及び少年の自白が本件防犯ビデオ映像と矛盾するものではないとの結論に至る可能性が高いということになる。

7  次に,少年らの取調べを担当した警察官の証人尋問を行わなかった原審の措置の適否について検討する。

(1)  第1次抗告審決定は,Hらの取調状況について,警察官がHらに対し,かなり厳しい取調べを行い,共犯者の名前等についても強い誘導,示唆,暗示等がなされた可能性が高いとした上,C及び少年の取調状況について,警察官から暴行を受けた旨のC及び少年の供述には歪曲ないし誇張の疑いがあるが,Hらの取調状況についての供述によれば,警察官が机や椅子に当たり散らすとか,机を叩いて怒る程度の取調べをしたことは否定できず,C及び少年の自白は,警察官の誘導,示唆,暗示等に影響されたものとの疑いを払拭することができないなどとして,C及び少年の自白の信用性には疑問がある旨判断する。

これに対し,検察官は,原審において,第1次抗告審決定がHらの取調状況についてHらの一方的な供述をそのまま信用して認定したのは適切な証拠に基づかない判断であり,C及び少年の取調べにおいても,警察官が供述の押し付け等を行っておらず,C及び少年が自発的に供述したものであるから,C及び少年らの取調状況についての第1次抗告審決定の上記判断は誤っている旨主張し,Cや少年の取調べにおいて,第1次抗告審決定が指摘するような,警察官が誘導,示唆,暗示等を行った事実はなく,Cや少年が自発的に供述したことを明らかにするため,少年らの取調べを担当したS警察官らの証人尋問を申し出た。

(2)  そこで,警察官の証人尋問の要否について検討するに,本件DVDの取調べにより,本件防犯ビデオ映像に撮影された4名の人物にBが含まれているとする点について合理的疑いが残るとの第1次抗告審決定の判断が変更を迫られた場合には,本件防犯ビデオ映像を決定的証拠とすることなく,Cや少年らの自白の任意性,信用性などを更に詳細に検討する必要が生じることになり,第1次抗告審決定と検察官の意見を考慮すると,原審としては,検察官申出に係る警察官の証人尋問を行う必要があることも十分に考えられるところである。

8  ところで,第1次抗告審決定は,上記6,7で指摘した本件防犯ビデオ映像と少年らに対する取調状況についての問題点のほかにも,種々の理由を挙げて,少年が本件非行に及んだと認定した第1次原決定は重大な事実を誤認した疑いがあるとの結論を導いているところ,上記6,7以外の理由によって,第1次抗告審決定と同じ結論が導かれるのであれば,原審において検察官申出に係る新たな証拠調べを行ったとしても,第1次抗告審決定の結論は動揺をきたすことにはならないということになる。

そこで,新たな証拠調べを行ったとしても,第1次抗告審決定の結論が覆る蓋然性があるか否かについて検討を加えることとする。

第1次抗告審決定は,D,C及び少年の自白の信用性に疑問があるとするその他の理由として,①Dにアリバイが成立する可能性が高いこと,②Cの携帯電話の通話記録を精査しても,Cの携帯電話にワンコールをしてきたというDらにCが電話をかけ直した形跡がないこと,③C及び少年のアリバイ供述が信用できないと断じることには疑義があること,④D,C及び少年の自白には,看過し難い供述の変遷があり,供述内容に不自然又は不合理な点があり,共犯者間で供述内容にそごがあることを挙げる。

まず,①の点について検討するに,客観的証拠であるFの携帯電話のメールデータの内容のみからは,本件当日午後7時55分ころから午後10時ころまでの間,FがDと会っていたことがうかがわれるに過ぎず,その間のFとDの所在場所についてはF及びその母親の供述を裏付ける確たる客観的証拠はなく,F及びその母親の供述の信用性を肯認した第1次抗告審決定によったとしても,Dが本件非行に及ぶことがおよそ不可能であるとまでは断定できないのであるから,①の点がD,C及び少年の自白の信用性に決定的な疑問を抱かせるものであるとまでは評価することはできない。なお,第1次抗告審決定は,Dの自白の信用性に疑問があるとする点について,上記①を重要な根拠の一つとしているが,Cの自白の信用性について検討を加える際には,上記①の点については全く触れておらず,少年の自白の信用性について検討を加える際には,「客観的裏付けの有無」の項では,「Dにはアリバイが成立する可能性が高いと認められるのであるから,この点でまず信用性に疑問が生じることになる。」と説示するものの,結論部分においては,「Dのアリバイに関係する部分を除外して考えても」として,少年の自白の信用性に疑問があると判断しているのであるから,第1次抗告審決定は,①を少年の本件非行への関与に疑問を呈する決定的なものとは解してはいないものと考えられる。

次に,②の点について検討するに,Cは,本件当日,少年と一緒に自宅にいたCの携帯電話にDからワンコールがあり,Cが電話をかけ直したところ,Dから遊ぼうと誘われ,少年と2人で玉出西公園に行ったこと,その後,Aらと宮脇書店にいたところ,JからCの携帯電話にワンコールがあり,Cが電話をかけ直してJらが合流することになったことを供述しているが,その後,別の恐喝事件を敢行した上,更に本件非行に及んだ旨Cは自白しているのであって,CがDらに電話をかけ直したか否かが,Cの自白の信用性判断に決定的な影響を与えるとすることには疑問があり,第1次抗告審決定も②の点のみを根拠として,Cの自白が客観的事実との間にそごがあるとの判断をしているものではないと考えられる。

さらに,③の点について検討するに,第1次抗告審決定は,C及び少年が弁解するアリバイ供述について,「取り立てて客観的な証拠による裏付けがあるわけでもなく,別の日に体験したことを織り交ぜれば,このような供述をすることも十分可能であり,各供述がなされるに至った経過の点においても,少年の母親がN,C,少年と順次接触する過程で全員が一致する供述をするようになった可能性がないとはいえない。」とした上,Bの本件非行への関与が否定される「現在の証拠関係のもとで,直ちにCと少年のアリバイに関する上記各供述が信用できないと断じることには疑義があるといわざるを得ない。」と判示しているものであって,C及び少年が取調べ担当の警察官から暴行を受けたと訴えるC,少年及び少年の母親の供述について,いずれも信用性に乏しいと評価していることを併せ考慮すると,③の点がC及び少年の自白の信用性判断に決定的影響を与えるものと第1次抗告審決定が解しているとは考えられない。

最後に,④の点について検討するに,第1次抗告審決定が指摘する供述の変遷とは,本件非行の実行犯4名のうちBの関与の有無に関するものを除くと,本件非行に及ぶ前の行動の一部等に関するものであり,C及び少年の自白について指摘される供述の変遷の大部分は,捜査段階の比較的初期のものであること,供述内容の不自然さとして指摘する点は,Dの自白については,本件非行に至る過程で成り行き任せの行動に終始していたなどというものであり,C及び少年の自白については,共犯者の服装や被害者の特徴についての供述が詳細すぎるなどというものであること,共犯者間の供述のそごとして指摘する点は,Cと少年が本件当日,Aらと行動を共にするようになった経緯等であり,いずれも直ちに供述の信用性を左右する事情とまでは言い難い面がある上,第1次抗告審決定も指摘するとおり,D,C及び少年の自白は,供述の根幹部分である本件非行の状況等について,供述内容が具体的かつ詳細であり,迫真性,臨場感に富んでいる上,供述相互に大きな矛盾はなく,C及び少年の自白は,取調べの初期段階から,Bの関与部分などを除くと,供述内容がほぼ一貫していることなどを考慮すると,第1次抗告審決定が指摘する供述の変遷,供述内容の不自然又は不合理さ,共犯者間における供述内容のそごというものは,D,C及び少年の自白全体の信用性を根底から否定したり,大幅に減殺するものとまではいえないと考えられる。

したがって,上記6,7以外の第1次抗告審決定が指摘する理由によって,D,C及び少年の自白の信用性が直ちに否定されるものとは考え難いのであるから,本件DVDの証拠調べを行った結果,その内容が検察官が主張した立証趣旨のとおりの事実が立証された場合には,第1次抗告審決定の重要な論拠の一つである本件非行の実行犯の中にBが含まれていることについて合理的な疑いが残るという判断が変更を迫られる蓋然性が高く,そうすると,必要に応じて少年らの取調べを担当した警察官の証人尋問を行うなどして,Cや少年らの自白の任意性,信用性を詳細に再検討することにより,第1次抗告審決定の結論が覆る蓋然性があることは否定することができない。

9  以上検討したとおり,原審において,検察官が申し出た証拠調べのうち,少なくとも本件DVDの取調べを行わなければならなかったのであり,本件DVDの取調べの結果,警察官の証人尋問が必要になることも十分考えられ,これらの新たな証拠と従前の関係証拠を総合し,第1次抗告審決定で示された判断を再検討する必要があることになる。

したがって,検察官が申し出た証拠調べを一切行わず,受差戻審としては,第1次抗告審決定の消極的否定的判断に拘束され,これに反する判断はできないとして,本件につき少年を保護処分に付さないとの決定をした原審の審判手続には,決定に影響を及ぼす法令の違反がある。

論旨は理由がある。

第2  よって,その余の論旨に対する判断を省略し,少年法33条2項により原決定を取り消し,本件を大阪家庭裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり決定する。

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