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大阪高等裁判所 平成20年(ネ)1035号 判決 2008年9月25日

神戸市<以下省略>

控訴人・被控訴人(以下「1審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

村上英樹

東京都渋谷区<以下省略>

被控訴人・控訴人(以下「1審被告」という。)

第一商品株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

村上正巳

主文

1  1審原告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

(1)  1審被告は,1審原告に対し,3607万4993円及びこれに対する平成18年6月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  1審原告のその余の請求を棄却する。

2  1審被告の控訴を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じて2分し,その1を1審被告の,その余を1審原告の負担とする。

4  この判決は第1項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  1審原告

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  1審被告は,1審原告に対し,6695万5824円及びこれに対する平成18年6月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  1審被告

(1)  原判決中,1審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  1審原告の請求を棄却する。

第2事案の概要

1  本件は,1審原告において,1審被告との間で委託契約を締結して行った先物取引(以下「本件取引」という。)について,1審被告ないし1審被告の営業担当者(以下「1審被告従業員」という。具体的には,B,C,D,Eらであり,それぞれ姓だけで呼称する。)に,適合性原則違反,説明義務違反,断定的判断の提供,新規委託者保護義務違反・過大取引,一任売買・無断売買,特定売買の違法があると主張し,不法行為(使用者責任)又は善管注意義務違反による債務不履行に基づき差引損失6086万8931円,弁護士費用608万6893円の合計6695万5824円及び違法行為が終了した日である平成18年6月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の損害賠償を求めた事案である。

原審裁判所は,1審原告主張の適合性原則違反を認め,6割の過失相殺をしたうえ,1審原告の請求の一部を認め,その余の請求を棄却した。

これに対し,1審原告及び1審被告の双方が控訴した。

2  前提事実

(1)  1審原告は,大正10年○月○日生まれで,本件取引を開始した平成5年5月当時72歳であり,本件取引を終了した平成18年6月当時85歳であった。<争いがない>

1審被告は,東京工業品取引所等の商品取引員である。<争いがない>

1審原告を担当したBらは,1審被告の従業員であり,同人らの1審原告に対する本件取引の勧誘,助言,対応は,1審被告の事業の執行についてなされたものである。<弁論の全趣旨>

(2)  1審原告は,1審被告との間で,平成5年5月14日,先物取引委託契約を締結し,これに基づき,平成8年2月より前の取引の詳細は不明であるが,平成8年2月2日から平成18年6月15日まで,原判決別紙「建玉分析表修正版」記載のとおり,以下の商品について先物取引をした。<甲A2ないし4,7,乙A4,5>

ア 小豆(関西)が平成8年2月2日から平成10年12月21日まで

イ 小豆(東穀)が平成10年7月7日から平成13年8月6日まで

ウ 金が平成12年10月13日から同年12月28日までと平成14年4月26日から平成18年6月14日まで

エ 銀が平成15年6月18日から平成18年6月15日まで

オ 粗糖が平成13年4月3日に建玉,同月11日に仕切の1回だけ

(3)  本件取引による1審原告の平成8年4月以降の差引損失は4512万3502円であり,そのうち平成8年4月以降の手数料は1626万0200円であった。<甲A7,乙A6ないし8>

3  主な争点と当事者の主張

原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」3記載のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記第2の2の前提事実,証拠(甲A1ないし4,7ないし9,乙A1,2の1・2,3ないし8,証人C,同D,同E,1審原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  1審原告の経歴,資産等

1審原告は,大正10年○月○日生まれで,●●●高等女学校を卒業し,当時の●●●銀行に2,3年勤務し,1審被告と本件取引を開始した平成5年当時,72歳の無職の女性であり,一人暮らしで,確実な収入は月額3万6000円の年金だけであったが,数千万円の預金があり,後に本件取引の証拠金として1審被告に提出した多種多様な株式(JR東日本1株,関西電力500株,長谷工コーポレーションが5000株,宝酒造,三洋電機,大丸の3社が各1000株,日本水産,熊谷組,味の素,三井東圧,古河電気,小松製作所,不二越,東芝,安川電機,高岳制作,伊藤忠商事,三井物産,阪急電鉄の13社が各2000株の合計3万4501株)を多くはいわゆるバブル期に購入して保有していた。1審原告は,従前,アパートを所有し,賃料収入を得ていたこともあった。

1審原告は,株式の現物取引をしていただけでなく,広田証券との間で平成元年ころの半年間,信用取引も行っていた。

(2)  訴外業者(西田三郎商店)との取引及び1審被告との接触

1審原告は,訴外業者との間で,知人に勧められるまま,保有株券を証拠金として商品先物取引を始め,当初はその知人に任せたままであったが,知人が引越しをしてから後は自分が担当者と直接取引の依頼をし,1年余りで主として金の先物取引により1000万円くらいの損失が出たことから,国会議員に相談し,70歳以上の女性には原則として先物取引が禁止されているとのことで,議員が訴外業者と交渉をして,株券を取り戻してもらい,その際は,格別の損失は受けなかった。

1審原告は,訴外業者との取引をしている間の平成4年2月10日,1審被告に電話をかけ,応対したBに対し,訴外業者と先物取引をしていることを告げて,相場状況を尋ね,相場の動きに合わせてすべてを仕切るつもりであることを述べ,同月27日,電話でBに対し,貴金属の処分がある程度できたことを告げ,小豆等の相場状況を聞いた。1審原告は,平成5年4月16日,電話でBに対し,訴外業者との取引が終了したことを告げ,小豆等の相場状況を聞いた。

一般に,先物取引を行っている顧客の中には,先物取引業者数社から情報や助言を聞き,これらを参考にして取引をする者もいる。

(3)  Bの勧誘と契約

Bは,平成5年4月19日,電話で,1審原告に対し,小豆の値が下がっているので小豆を買えば利益が上がるなどと相場状況等を説明し,小豆のチャートを送付し,同年5月12日,小豆相場の状況を説明し,面談を約した。

1審原告は,同月14日,1審原告宅に近い喫茶店でBと会い,Bから,小豆相場の状況の説明を受け,小豆の値段が下がっているのでこれから値段が上がるし,値段が上がったところでやめればよいからと取引を勧誘され,訴外業者での先物取引の損失の話をしたところ,Bから,1審被告は訴外業者とは違う,損はさせない,自分たちプロに任せれば大丈夫であって安心されたい,証拠金としては眠っている株式を活用すればよいなどと言われ,先物取引を始めることに同意した。

その際,Bは,1審原告に対し,約諾書及び受託契約準則及び「商品先物取引―委託のガイド―」を交付した。同ガイドには,冒頭の「商品先物取引の危険性について」との表題の赤枠の囲みの中に,「1.先物取引においては,総取引金額に比較して少額の委託証拠金をもって取引するため,多額の利益となることもありますが,逆に預託した証拠金以上の多額の損失となる危険性がありますので,今回新たに先物取引を開始されるにあたっては,あなたの資金の余裕その他を十分に配慮した上で取引を行うようにしてください。2.相場の変動に応じ,当初預託した委託証拠金では足りなくなり,取引を続けるには追加の証拠金を納入することが必要となることがあります。さらに,追加の証拠金についても全額損失となり戻らないことになることもあります。3.商品取引所の市場管理措置により値幅制限又は建玉制限が行われた場合には,あなたの指示に基づく取引の執行ができないことがあります。」と記載され,その他に商品先物取引のしくみ,取引の委託,委託証拠金,取引の決済,オプション取引,委託者債権の保全のしくみ,書類の確認,苦情等の相談,商品先物取引用語解説の項目で商品先物取引について解説されている。

1審原告は,同日付けアンケートに,職業自営業,年収300万円,現金・預貯金200万円,有価証券1000万円と記載し,(1)商品先物取引の経験がある,(2)先物取引の仕組みやルールについて理解した,(3)相場の変動によって,委託追証拠金や臨時増証拠金を必要とする場合もあるが,十分に説明を受け,よく理解した,(4)危険開示告知書について内容をよく読み理解した,(5)担当者の相場観は必ずしも確実ではないことを知っている,(6)売買取引は担当者と相談して判断する,(7)当社の情報サービスについて説明を受けたとの項目に丸付けをした。

そして,同日,1審原告は,1審被告との間で,商品先物取引委託契約を締結し,「商品取引所の商品市場における取引の委託をするに際し,先物取引の危険性を了知した上で取引所の定める受託契約準則の規定に従って,私の判断と責任において取引を行うことを承諾したので,これを証するため,この約諾書を差し入れます。」との文言のある約諾書に署名押印し,数日後に長谷工コーポレーション株2000株を証拠金として預けた。

Bは,1審原告についての顧客調査票に,職業:自営業アパート等経営,収入状況:年収300万円,資産内容:有価証券1000万・預貯金200万円,投資可能額:400万円,信用取引経験:投資金500万円前後,商品取引の経験:貴金属・小豆,1000から2000万円,面接者の所見:株,先物取引等経験豊富であり,余裕資金の一部にて取引に応じたいと記載した。しかし,1審被告では,1審原告の預貯金の金融機関,具体的な金額は把握していなかった。

(4)  平成8年4月より前の先物取引

1審原告は,小豆の先物取引を開始してから約3か月後には約100万円の利益があり,いったん決済したいと考え,Bにその旨依頼したところ,Bから,値が1万3000円まで上がるとして取引の継続を強く勧められ,プロの1審被告従業員がそこまで勧めるなら値が上がることに自信があるのだろうと思いこれに従うことにし,予想に反して値が下がったが,値が下がっているのは一時的なものですぐに戻るとBから言われ,追証として株式を次々に差し入れた。1審原告は,平成8年4月1日の時点で1575万6179円の損失を被り,また,証拠金として212万8933円,その他に証拠金の預託株として前記の19社の株式(評価額約1589万円)を差し入れていた。

1審被告従業員は,1審原告に対し,追証の必要性が生じた時には,その対処方法を説明するとともに,追証については,追証は一時的なものであり,値が戻ったらお金は戻ってくる,損切りをしたら大きな損失が出て終わりになるとも説明していた。

1審原告は,平成8年4月までにも,1審被告との取引により,多額の損失が生じていたことがわかっていたが,西田三郎商店での損失の際に助けを求めた国会議員に再度助けを求めることはできず,他に相談できる適当な人もいなかったことから,1審被告従業員より,「取引を続けて損失を取り戻しましょう。」と誘われ,取引を続けることとし,その後も,同様のことを言われ続け,預貯金や有価証券金等の全資産を失うまで,1審被告との取引を続けた。

1審被告は,1審原告との取引開始の際に,その顧客調査票に,自営業アパート等経営,年収300万円,有価証券1000万・預貯金200万円,投資可能額が400万円,余裕資金の一部にて取引に応じたいなどと記載していたが,その後,1審原告が全資産を失うまで,1審被告ないしその従業員の誰も,顧客の資産の維持管理は顧客の自己責任であるとして,1審原告の資産内容に関心を持つことなく,その問い合わせもせず,1審原告の預貯金や有価証券等についての具体的な内容やその後の変動を把握していなかった。

(5)  平成13年8月6日までの先物取引

1審原告の先物取引は,原判決別紙「建玉分析表修正版」のとおりであるところ,平成8年2月2日から平成13年8月6日までの先物取引の商品別にして,最大の建玉数,最大の残建玉数,取引回数,損益額,入出金などは,残建玉がゼロになった時点で区切ると以下のとおりである。

ア 平成8年2月2日から平成10年1月9日まで

この期間中,残建玉がゼロになった期間を区切ると,平成8年2月2日から同年10月7日まで,平成8年10月28日から同年12月20日まで,平成9年1月17日から同年4月28日まで,同年5月7日から同年10月1日まで,同年11月10日から平成10年1月9日までの5回に分かれる。

この間の取引商品は関西小豆だけであり,最大の建玉は5枚,最大の残玉は13枚,取引回数は合計43回であった。

最大の利益額は平成8年4月16日の39万9993円,最大の損失額は平成8年8月13日の68万3115円で,差引95万0749円の利益が生じた。

合計278万1000円を追証として入金し,三井東圧の株式の返却を受けた。

イ 平成10年1月12日から同年12月22日まで

商品は,関西小豆と東穀小豆(同年7月7日から始まる)であり,関西小豆は,この期間で取引を終了した。

最大の建玉は2枚,最大の残玉は10枚,取引回数は合計18回である。

関西小豆で最大の利益額は20万9693円,最大の損失額は22万9619円,差引で29万6298円の利益,東穀小豆は損失がなくて7万5984円の利益が生じた。

この間に,合計212万0300円を追証として入金し,JR東日本の株式の返還を受けた。

ウ 平成11年3月25日から平成12年12月28日まで

商品は,東穀小豆と金(平成12年10月13日から始まる)である。

東穀小豆の最大の建玉は6枚,最大の残玉は20枚である。金は,1グラム1000円を割る非常に安い値段であったことから,値上がりを予想して,金を20枚買建玉した。取引回数は合計45回である。

東穀小豆の最大の利益額は30万8640円,最大の損失額は98万6671円で,差引419万6553円の損失が生じた。金は損失がなく合計65万3650円の利益が生じた。

この間に合計53万1000円を入金し,熊谷組と長谷工コーポレーション2社の株式の返却を受けた。

Cは,この期間中の平成12年4月ころに1審原告の担当となったが,1審原告が高齢であることから,連絡をこまめに取るようにしていた。しかし,顧客が老後資金として必要な資金は,顧客の判断で先物取引に回さずに残しているであろうと考えていた。

エ 平成13年1月29日から同年2月2日まで

商品は,東穀小豆だけで,5枚を買建玉し,仕切る2回だけの取引であり,9550円の利益を得た。

オ 平成13年4月3日から同年8月6日まで

商品は,東穀小豆と粗糖であり,東穀小豆はこの期間で取引を終了し,粗糖はこの期間だけであり,1審被告の従業員Fが担当した。

東穀小豆は最大の建玉が10枚,最大の残玉が12枚である。粗糖は5枚の建玉をしただけである。取引回数は合計10回である。

東穀小豆は利益はなく最大の損失が83万7600円,損失の合計は178万3480円であった。粗糖は1万0750円の利益を得た。

1審原告は,追証として合計175万5000円を入金した。

(6)  次の先物取引までの8か月間

この間は,取引がなく,株式を預託したままで,損失の補填として178万8000円を入金した。平成13年9月11日にアメリカで同時多発テロが発生し,金や石油関係などの相場が大きく動いていた時期であった。平成13年末から円安になり,平成14年にはペイオフを全面的に解禁するという発表もあり,金が値上がりをしていた。1審被告は,1審原告に対して相場状況を連絡していたが,1審原告は,取引の注文をしなかった。

(7)  平成14年4月26日から平成18年6月15日までの先物取引

ア 商品は,金と銀だけであった。取引をしていない期間を含むものの平成8年2月2日から平成13年8月6日までの5年半の取引の回数が118回であるのに対し,4年と2か月弱のこの期間の金と銀の双方の取引回数は合計で417回であり,1審原告の感覚では毎日取引を行っているように思えた。1審原告は,Eに取引が頻繁であることに文句を言ったりしたことがあった。

この期間の金の先物取引による損失の合計が1275万6150円であり,銀の先物取引による損失の合計が2838万4200円であり,併せての損失は,4114万0350円にのぼった。

イ 平成14年

1審原告は,1審被告従業員から,金の方が値動きが激しく,金でないとこれまでに生じた損失は取り戻せないなどと聞き,金の先物取引開始以後,値上がり予想のもとに,一時期の売建てを除いて,基本的に買建てであった。

平成14年中は,金の取引だけであって,取引回数は9回だけであり,買建ても売建てもあり,残玉も多いときで20枚程度であった。

ウ 平成15年

平成15年1月から5月までは金の取引が7回だけで,しかも買建てとその仕切りだけであった。

Cは,平成15年6月5日に1審原告に電話をして金の相場の状況を連絡したところ,金以外の貴金属の状況についての質問を受けたため,金が上がっていくのに対して銀がじりじりと下がっており,割安ではないかという銀の値動きを報告し,1審原告は,6月18日から銀の先物取引を始め,ある価格帯の幅の間で値段が上下するボックス相場と呼ばれる値動きに対応して,基本的に売建て,買建て双方の建玉をしていた。このころから,取引回数も増加した。

金は,通年でみると基本的に買建てであって,一時期売建てがあった。

残玉は,金銀を併せて100枚が最大であった。

平成15年10月まではCが1審原告との対応の中心であったが,大阪支店長に就任し,その業務が増加したことから,Dが担当することになった。しかし,同人は1審原告と相場観も合わないこともあって1審原告との相性が悪く,Eが対応することも多かった。

エ 平成16年

年間の取引回数が仕切りを含めて222回であり,従前と比べて取引回数が非常に増加した。

金は,買建てだけで同年4月8日に残玉がゼロになり,その後7月2日,7月29日に買建てをしただけであった。

それ以外はもっぱら銀の取引であり,買建ても売建てもあり,銀の1日の残玉数は売建て買建て併せて最大80枚程度であった。

3月25日から4月8日の間に,銀がボックス圏をはずれた高い動きを示し,大富豪が銀を買い集めているとの噂もあり,銀を含む貴金属全体が高くなっていく傾向にある256円から276円の間で買建てをしたところ,4月9日に最高値を示したが,4月13,14,15日のストップ安が連続し,4月16日にようやく仕切りができて,1日で合計300万円を超える損失が出てしまい,4月20日に,預けていた日本水産ほか11社の株式合計1万9000株を売却して,損失の填補に充てた。

オ 平成17年

金は,1月から6月まで買建てだけであったが,当時の値段1グラム1500円が高過ぎるという状況であったことから,7月から9月までは売建てだけであり,更に1700円,1800円と上がっていたことから更に上がるとの予想のもとに10月からは買建てと売建ての両方を建て,残玉の最大は90枚であった。銀は,一時的に買建てだけ,売建てだけの時期もあったが,おおむね両方があり,残玉の最大は100枚で,金銀双方を併せた最大の残玉は119枚であった。

金の取引を始めた平成12年10月13日の買建ての値段が1グラム960円であったのが,平成17年12月9日の買建ての値段が2099円となり,同月12日には2155円まで値上がりしたが,東京工業品取引所が金に臨時増証拠金をかけると発表したことが原因となって同月13日,14日,15日と連続してストップ安になり,同月16日に売玉30枚・買玉60枚のうち売玉10枚・買玉40枚を仕切り,その日に合計721万5300円の損失を被ったが,年始あけに大きく動く可能性もあることから,売玉・買玉それぞれ20枚を残して様子を見るために翌年に持ち越した。

カ 平成18年

平成18年は,金銀とも残玉の最大が各30枚であり,併せても40枚が最大であった。

金は,平成18年に入って1グラム2000円を回復し,その後買玉を仕切って利食いをし,売玉を仕切って損切りをし,買建てに戻り,4月26日,5月9日,同月17日買建てをしたところ,金の値下がりがあり,6月9日と同月14日に仕切って,合計773万2550円の損失を被った。

1審原告は,銀の先物取引をいったんやめた平成17年12月9日の値段は350円台であり,再開した平成18年3月31日の値段は約426円になり,更に上昇し,4月17日に497.4円の相場で10枚の買建てをし,4月20日には520.2円にまで上昇したが,その後に下落し,6月15日に終了した時点で約349円になっていた。

1審原告は,取引終了の際に,小松製作所ほか3社の株式合計6500株を売却して損失の補填としたが,それでも129万0178円が未払いとして残っていたために,兵庫県の生活創造センターに相談に行き,弁護士が間に入って,本件取引を終了した。

(8)  1審原告の属性

1審原告は,先物取引が代金ではなくて証拠金を差し入れて行うものであること,決済の期限である限月が決められていること,終値で計算してみてその損失が預けてある本証拠金の半分以上になったら追証を入れるか,損切りをして取引をやめる必要があること,ストップ高,ストップ安のこと,手数料が嵩むこと,先物取引においては手数料がかかって余り利益を上げられないことは分かっており,先物取引の仕組みを理解していないと思われるような言動もなかった。

本件取引において残玉がゼロになった時期は相当回数,相当期間あったが,1審原告は,そのことについて,明確には認識していなかった。1審原告は,1審被告との取引の間,毎日のように電話をかけ,朝には国内の値動きに関連するニューヨークの値動きを聞き,始値,高値,安値,終値の値段を聞いてチャートを付けていたし,本社情報,市況ニュースを読み上げさせるなどしていた。

1審原告は,本件取引において,1審被告の管理部に抗議をするようなことはなかった。

(9)  1審被告の顧客に対する業務方式

1審被告は,顧客との取引において,建玉,仕切りをすればその都度,顧客に対し,売買報告書を送付し,月に1回残高照合通知書を送付していた。

1審被告従業員は,相場が予想と反対の動きをした時に,決済,追証,一部決済と一部追証,反対玉を建玉するなどの選択肢については,説明していた。

2  争点(1)(適合性原則違反)について

商品取引所法136条の25第1項4号の趣旨に照らすと,商品取引員は,顧客の知識,経験及び財産の状況等から考えて先物取引に参加させるのが不適当と考えられる者との間で委託契約を締結してはならない義務,先物取引に参加することが適当な者と委託契約を締結した後も,個別の取引において,顧客の知識,経験及び財産の状況等から考えて不適当な取引を勧誘してはならず,適切な助言を行う義務を負い,これを怠った場合には,顧客に生じた損害について不法行為責任を負うというべきである。

まず,1審原告の収入,資産状態について,検討するに,前記1の認定事実によると,確実な収入は月額3万6000円の年金収入だけであり,アパート経営をしていたか否かや経営していた場合の収入額は明確ではないが,1審原告は,本件取引により合計6000万円程度の損失を受けており,実際には合計6000万円程度の預貯金や有価証券を有していたと推測できるところ,それらの運用等により年間300万円程度の収入もあったというべきであるから,1審原告の実際の収入,資産状況は,1審被告と取引する際に答えた1審原告のアンケート内容と同等かそれ以上であったというべきである。

そして,1審原告の本件取引開始当時の年齢が72歳であり,理解力や判断力が一般的に幾分なりとも衰える年齢に達していたとはみられるものの,学歴も当時の女性としては高く,80歳台後半に達している原審における弁論準備手続や本人尋問においての受け答えが的確であり,理解力や判断力についても特段の問題もみられないことに照らすと,本件取引の開始時点ではより理解力も判断力もあったであろうとみられること,訴外業者と先物取引の経験もあったこと,バブル期とはいえ,株式取引しかも規模は不明であるものの信用取引も経験していることや上記の収入,資産状況などに照らすと,1審原告との間で本件契約を締結するに当たって行ったBの勧誘行為自体に適合性原則違反があったということはできない。

しかし,1審被告は,1審原告についての顧客調査票に,自営業アパート等経営,年収300万円,有価証券1000万・預貯金200万円,投資可能額が400万円,余裕資金の一部にて取引に応じたいなどと記載し,1審原告の収入,資産状況や投資希望等についてその記載どおりに認識,把握していたものであるところ,1審被告ないしその従業員は,それ以降,1審原告が全資産を失うまで,顧客の資産の維持管理は顧客の自己責任であるとして,1審原告の資産内容に関心を持つことなく,その問い合わせもせず,1審原告の預貯金や有価証券等についての具体的な内容やその後の変動を把握しなかったことは問題であるというべきである。特に,1審原告は,平成8年4月1日の時点では,1575万円強の損失を受け,その投資可能額400万円以上の損失が発生しており,1審被告ないしその従業員は,そのことを十分把握していたはずであるから,その後の本件取引を中止するか,1審原告が,1審被告の指示により,その損失の対処方法として,1審被告に証拠金や預託株を差し入れていることから,1審原告の資産等は,上記のアンケートの内容が異なる可能性もあるので,1審原告の資産状況や投資可能額を再度把握,検討すべきところ,いずれも実行せず,1審原告に対し,「取引を続けて損失を取り戻しましょう。」と勧誘し続け,1審原告の全資産を失わせたものであるから,遅くとも,平成8年4月1日以降の取引には,適合性原則違反があるといわざるをえない。

これに対し,1審原告は,本件取引当初から,適合性原則違反がある旨主張するが,上記の認定判断によると,1審原告は,上記顧客調査票の記載以上に資産を保有しており,同調査票の記載内容が虚偽とまではいえないところ,投資可能額400万円を本件取引である先物取引に投資することにより,1500万円程度の損失が発生する可能性を否定できないことなどに照らすと,平成8年4月1日より前の取引に,明確に適合性原則違反があったとまでは認めることができない。

3  争点(2)(説明義務違反)について

1審被告ないし1審被告従業員に説明義務違反のないことは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 裁判所の判断」2(2)記載のとおりであるから,これを引用する。

4  争点(3)(取引の内容の面の違法性・責任)について

(1)  1審原告は,1審被告ないし1審被告従業員に,ア 断定的判断の提供,イ 新規委託者保護義務違反,過大取引,ウ 一任売買,無断売買,エ 特定売買,オ 仕切拒否の各違法・違反があり,1審被告ないし1審被告従業員はその責任がある旨主張するが,次のとおり,いずれもその違法・違反が認められず,1審被告ないし1審被告従業員がその責任を負わないことは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 裁判所の判断」2(3)ないし(7)記載のとおりであるから,これを引用する(なお,ウの一任売買,無断売買についての部分は,次の(2)のとおり改める。)。

(2)  「 一任売買,無断売買

1審被告ないし1審被告従業員が一任売買ないし無断売買をしたことを認めるに足りる証拠はない。

なお,1審原告は,1審被告従業員が一任売買ないし無断取引をした旨主張し,1審原告の供述中にはそれにそう部分もあるけれども,1審原告が先物取引にも相当精通しており,1審被告会社に毎日のように電話をし,チャートを付けたりしていたとの前記認定や実際に1審被告が一任売買や無断売買をしていたなら,10年以上にわたる本件取引の途中にも1審原告に判明し,1審原告はその取引を中止したか抗議するはずであるところ,そのような事実がなかったことに照らして,上記部分は採用できない。他に上記主張を認めるに足りる証拠はない。」

(3)  以上によれば,1審被告従業員は,本件取引開始後の適合性原則違反により,不法行為責任を負い,その使用者である1審被告は,使用者責任を負うというべきである。

そして,同違反の不法行為と相当因果関係のある損害は,本件取引中,平成8年4月1日以降の取引により1審原告に生じた損失である。

5  争点(4)(1審原告の損害額)について

ア  平成8年4月1日以降の損失額

前記前提事実(第2の2)の(3)記載のとおり,同日以降の損失額は4512万3502円である。

イ  未払損失額

証拠(甲A4,乙A6ないし8,証人Cの証言)によれば,上記アの損失額のうち129万0178円は未払になっていることが認められる。

これにつき,1審原告は,1審被告従業員らによる適合性原則違反等の結果生じたものであるから,1審被告の1審原告に対する支払請求は信義則に反し許されない旨主張するところ,前記の認定判断によると,同主張は理由があると認められるから(なお,仮に上記主張が認められないとしても,1審被告は,1審原告が支払をしていない以上,実際の損失額から控除すべきであると主張し,これも理由があると考えられる。),未払損失額129万0178円を損害額から,差し引くこととする。

ウ  最終損害額

上記アの損失額からイの損失額を控除すると,4383万3324円となり,これが最終損害額となる。

6  争点(5)(過失相殺)について

上記1及び2の認定判断によると,1審被告は,1審原告についての顧客調査票に,自営業アパート等経営,年収300万円,有価証券1000万・預貯金200万円,投資可能額が400万円,余裕資金の一部にて取引に応じたいなどと記載し,1審原告の資産状況,投資可能額や投資についての希望等を把握していたところ,その後の平成8年4月1日の時点では,1審原告が1575万円強の損失を受け,その投資可能額400万円以上の損失が発生しており,1審被告ないしその従業員は,そのことを十分把握していたはずであるのに,顧客の資産の維持管理は顧客の自己責任であるとして,1審原告の資産内容やその変動に関心を持つことなく,1審原告にその問い合わせもせず,「取引を続け,損失を取り戻しましょう。」などと言って,取引続行を勧誘し,その結果,高齢(本件取引当初72歳で,取引終了当時85歳)の独身の女性である1審原告の6000万円程度の全資産を失わせたものであり,現在の1審原告の確実な収入が月額3万6000円程度の年金収入だけになったことなどからすると,1審被告の責任は非常に大きいといわざるをえない。

他方,1審原告は,本件取引に際し,既に先物取引及びそれによる損失を経験済みであり,先物取引の仕組み,危険性,取引方法,追証が必要になったときの対処方法について一応理解があるうえ,平成8年4月1日当時,本件取引により1500万円強の損失を受けていたのであるから,その後,いくら1審被告従業員から巧みに勧誘されたとはいえ,取引を続行すべきではなかったというべきであり,損失を取り戻そうとして,その後全資産を失うまでの約10年もの長期間取引を継続したことには相当の落ち度があるといわざるをえない。

その他,諸般の事情を勘案のうえ,1審原告の過失を25パーセントとみることとする。

7  まとめ

1審原告の本件取引による損害は,前記のとおり4383万3324円であり,25パーセントの過失相殺をすると,その後に1審原告が請求できる損害は3287万4993円となる。

そして,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,諸般の事情を考慮のうえ,320万円とみるのが相当である。

したがって,1審原告の本件請求は,損害金3607万4993円及びこれに対する不法行為の日(最後の仕切りの日)である平成18年6月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余の請求は理由がない。

第4結論

よって,1審原告の控訴に基づき,上記の結論と異なる原判決を変更し,1審被告の控訴は棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田勝年 裁判官 塚本伊平 裁判官髙橋文淸は,転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 横田勝年)

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