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大阪高等裁判所 平成20年(ネ)1285号 判決 2008年10月31日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  1審被告は、1審原告に対し、429万2427円及びこれに対する平成19年4月14日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(2)  1審原告のその余の請求を棄却する。

2  1審被告の附帯控訴を棄却する。

3  1審被告の民訴法260条2項に基づく裁判の申立てを棄却する。

4  訴訟費用(前項の裁判に関して生じた費用を含む。)は、1、2審を通じて1審被告の負担とする。

5  この判決は、1項(1)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  1審原告の控訴の趣旨

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  1審被告は、1審原告に対し、429万2428円及びこれに対する平成19年4月14日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え(当審において附帯請求を減縮したもの)。

(3)  仮執行宣言

2  1審被告の附帯控訴及び民訴法260条2項に基づく裁判の申立ての趣旨

(1)  原判決中、1審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  1審原告の請求を棄却する。

(3)  1審原告は、1審被告に対し、227万1459円及びこれに対する平成20年4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は、亡A(以下「A」という。)が、自己を被保険者とし、亡B(以下「B」という。)を死亡給付金受取人に指定して締結した生命保険契約について、Bの実兄である1審原告が、AとBの同時死亡により死亡給付金の受取人としての地位を単独で取得したと主張して、保険者の地位を承継した1審被告に対し、死亡給付金等合計429万2428円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年4月7日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し、1審被告が消滅時効の抗弁等を主張して争った事案である。

原審は、1審被告に対して214万6214円及びこれに対する平成19年4月14日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、1審原告の請求を認容した。1審原告は、これを不服として控訴し、当審において、前記第1の1(2)のとおり附帯請求を減縮した。1審被告は、附帯控訴して、1審原告の請求の全部棄却を求めるとともに、民訴法260条2項に基づき仮執行の原状回復及び損害賠償を命ずる裁判を求める申立てをした。

2  争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実(証拠等により認定した事実は末尾に証拠等を掲記する。)

(1)  BとAとは夫婦であった。1審原告はBの実兄であり、C(以下「C」という。)はAの実弟である。

BとAとの間には子はなく、平成13年7月20日当時、Bの両親及びAの両親は、いずれも既に死亡していた。Bには1審原告以外には兄弟柿妹はおらず、AにはC以外には兄弟姉妹はいない。(甲1~3、7、8、乙18、23~27)

(2)  1審被告は、生命保険業を主たる目的とする株式会社である。

(3)  Aは、昭和62年8月12日、日産生命保険相互会社(以下「日産生命」という。)との間で、以下の内容の生命保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。その際、Aは、保険料253万2698円を一括払した。(乙7)

保険契約者 A

保険者 日産生命

被保険者 A

死亡給付金受取人 B

保険の種類 積立年金保険

(4)  平成9年10月1日、あおば生命保険株式会社(以下「あおば生命」という。)が日産生命の保険契約を包括的に承継した。

さらに、平成17年2月1日、1審被告があおば生命の保険契約を包括的に承継した。

(5)  平成13年7月20日、AとBが死亡した。両名は、一方が他方の死亡後になお生存していたことが明らかではない状況で死亡していたものであり、同日午後5時ころ、同時に死亡したものと推定される。

(6)  被保険者Aの死亡により、本件契約に基づき受取人に対して支払われるべき死亡給付金、配当金及び未経過保険料(以下、これらを併せて「本件給付金」という。)は、合計429万2427円であった。(甲6、乙10、弁論の全趣旨)

(7)  本件契約に適用される日産生命の積立年金保険普通保険約款(乙8。以下「本件約款」という。)には、保険契約者が死亡給付金の受取人として指定した者(以下「指定受取人」という。)が死亡した後、受取人の変更が行われていない間に死亡給付金支払事由が生じた場合についての定めがない。

なお、本件約款36条1項には「この約款にもとづく年金、死亡給付金および保険料の払込の免除の請求ならびに契約内容の変更等の請求については、次の各号の書類を会社の本店または会社の指定した場所に提出してください。」との定めがあり、同条3項には「年金、死亡給付金および返戻金等の契約上の支払は、第1項の請求書類が会社の本店に着いた日の翌日からその日を含めて1週間以内に、会社の本店で支払います。ただし、調査が必要なときは、1週間を過ぎることがあります。」との定めがある。また、本件約款39条には「年金、死亡給付金、返戻金もしくは社員配当金の支払または保険料の払込の免除を請求する権利は、支払事由または免除事由が生じた日の翌日からその日を含めて3年間請求がないときは消滅します。」との定めがある。

(8)  1審被告は、平成18年11月6日付け書面(甲6。以下「本件通知書」という。)により、1審原告に対し、Bの兄である1審原告とAの弟であるCの2名が本件給付金を2分の1ずつ取得したので、1審原告に対して本件給付金の2分の1に相当する214万6214円を支払う、ついては請求手続を執るよう求める旨の通知(以下「本件通知」という。)をした。なお、1審被告は、本件通知書に保険金請求書用紙と返信用封筒を添付した。(甲6、弁論の全趣旨)

(9)  1審被告は、平成19年2月13日、Cに対し、本件給付金のうち214万6213円を支払った。

(10)  1審原告は、平成19年3月29日、本件訴訟を提起し、1審被告は、同年5月14日の原審第1回口頭弁論期日において、1審原告の本件給付金請求権について消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

(11)  1審被告は、平成20年1月22日、東京法務局に対し、1審原告の受領拒絶を供託原因として、本件給付金のうち214万6214円の弁済供託(以下「本件供託」という。)をした。(乙28)

(12)  1審被告は、原判決言渡し後の平成20年4月2日、1審原告に対し、原判決主文第1項の認容額合計227万1459円を支払った。(甲30、31、乙29)

3  争点

(1)  本件給付金の受取人は、1審原告のみか、1審原告とCの2名か。

(1審原告の主張)

保険契約者兼被保験者と指定受取人が同時に死亡したものと推定される場合にも商法676条2項が適用され、指定受取人の法定相続人又は順次の法定相続人であって被保険者の死亡時に生存する者が保険金の受取人となる。本件において、保険契約者兼被保険者であるAと指定受取人であるBは同時に死亡したものと推定され、AはBの相続人とはならないから(民法882条)、1審原告のみが本件給付金の受取人となる。

(1審被告の主張)

商法676条2項の規定は、保険契約者の意思を実現するために、受取人の順位を決定した補充規定である。現実に考察しても、指定受取人である妻が保険契約者兼被保険者である夫より先に死亡した場合の保険契約者(夫)の合理的意思解釈として、妻の法定相続人から夫を排除し、夫側の遺族が請求権を取得するのを拒否したと認めることはできない。

保険契約者兼被保険者である夫と指定受取人である妻が同時に死亡したものと推定される場合にも、保険契約者(夫)に妻側の遺族の生活保障のみを考え、受取人から夫側の遺族を排除する意思があったと認めることはできず、このような場合にも商法676条2項を準用し、同条1項と同様に、指定受取人が保険契約者兼被保険者より先に死亡した場合と同様の処理をするのが保険契約者の合理的意思に合致し、また、夫側及び妻側の双方の遺族の生活保障を確保することができて合理的である。

本件においては、同項を準用する結果、Bが先に死亡し、Aが後に死亡したものと扱われ、この限りで民法32条の2の適用は排除されるというべきである。その結果、Aは、Bの死亡時には生存していたものとして、1審原告と共に受取人の地位に立つが、Aの死亡により同人の順次の法定相続人であるCが受取人の地位を原始取得したものと解すべきである。したがって、本件給付金の受取人は、Bの相続人である1審原告とAの相続人であるCの2名となり、その権利の割合は各2分の1である。

(2)  消滅時効完成後の債務承認の有無等

(1審原告の主張)

ア 消滅時効完成後の本件通知による債務承認

1審被告は、消滅時効完成後の平成18年11月6日、1審原告に対し、本件通知をもって本件給付金の支払案内をし、本件給付金支払債務を承認した。時効完成後の債務承認の性質は、観念の通知であるから、時効援用権喪失の範囲は、債務の全額に及ぶと解すべきである。

イ 時効援用権の放棄(当審で追加された主張)

1審被告は、消滅時効の完成を認識した上で、本件通知をもって本件給付金支払債務を承認したのであるから、これによって時効利益を放棄した。

本件通知は、形式的には1審原告に対して214万6214円しか支払わない旨の意思表示をしたものであるが、一方では、Cに対しても同額を支払うとしているのであるから、1審被告にはCに対して消滅時効を援用する意思のないことも明らかである。1審被告は、本件通知において、本件給付金請求権の存在自体は争っておらず、その帰属について誤った主張をしていたにすぎず、このような場合にまで時効利益の放棄の効果が及ぶ範囲を214万6214円の範囲に限定することは、1審被告の意思解釈を逸脱するものである。

ウ 時効援用権の喪失

1審被告は、消滅時効完成後に本件給付金支払債務を承認したことにより、1審原告に対し、信義則上、時効援用権を行使することができない。そして、消滅時効完成後の債務承認による時効援用権を喪失させる効果は、承認した債権額の限度で効果が生じるものではなく、債権全体に生じる。

(1審被告の主張)

ア 本件通知が債務承認には当たらないこと

1審原告は、本件通知をもって1審被告が1審原告に対する債務を承認したと主張するが、1審被告は、本件給付金請求権の時効の完成及び時効の援用を前提とした上で、1審原告に対する債務は消滅しているものの、顧客サービスとして支払に応じてもよいと考えて本件通知を行ったまでであり、債務を承認したものではない。

イ 債務承認の範囲

仮に、本件通知が債務承認に当たるとしても、その範囲は、1審被告が本件通知において1審原告に対して支払う旨の意思を明確に表示した214万6214円の範囲に限定されるというべきである。

(3)  1審被告による消滅時効の援用が信義則違反、権利の濫用に当たるか否か。

(1審原告の主張)

1審被告による消滅時効完成後の債務承認が認められないか、又は、時効利益の放棄若しくは時効援用権の喪失の範囲が本件給付金のうち214万6214円の範囲に限定された場合の仮定的抗弁として、次のとおり主張する。

Cから消滅時効期間経過前に本件給付金の支払請求を受けた1審被告としては、指定受取人であるBの相続人が請求権者なのであるから、Cに対し、当該相続人に本件契約の存在を告げるように助言をし、あるいは、しばらくの間Bの相続人から請求がされるのを待ち、相当期間経過後は、Bの相続人を調査し、当該相続人に対して本件契約の存在を告知し、本件給付金の請求手続を執るよう促すことができたし、また、すべきであったのである。にもかかわらず、1審被告は、これらをせず、逆に、何らの合理的な理由もなく、Cに対し、消滅時効完成後であればCに本件給付金を支払うこともできると約束して、Cに本件給付金取得の期待を抱かせ、その結果、Cが1審原告に対して本件契約及び本件給付金請求権の存在を告知する可能性を喪失させ、1審原告から、本件契約及び本件給付金請求権の存在を知る機会、ひいては、消滅時効期間経過前に本件給付金請求権を行使する機会を奪ったのである。

なお、1審被告の行為の結果、1審被告の消滅時効の主張が認められた場合、1審原告はCに対し不当利得返還請求ができなくなるのに対し、その主張が認められない場合でも、1審被告はCに対し訴訟告知をしているため不当利得返還請求が可能となり、不合理な結論が拡大する。

以上に照らせば、1審被告の消滅時効の援用は、信義則に反し、権利の濫用として許されないというべきである。

(1審被告の主張)

本件約款36条1項は、死亡給付金支払債務を取立債務としており、1審被告としては、受取人からの請求を待って本件給付金を支払えば足りる。したがって、1審被告としては、保険契約者兼被保険者であるAの弟(C)からAと指定受取人であるBが無理心中をした旨の連絡を受けたからといって、費用と時間をかけてBの相続関係等を調査し、本件給付金の受取人となるBの相続人を探し出し、同人に請求を促す義務はないし、また、上記調査を行う能力もない。

Cは、あおば生命に対し、兄Aが保険料を支払っていたところ、指定受取人であるBも死亡したので払込保険料又はその対価たる保険金がAに返還されるべきであるが、Aは死亡し両親も死亡しているので、Aの弟であるCに支払って欲しいと求めたもので、極めて自然な行為といえる。そして、債務につき消滅時効が完成すれば、その反射的効果として、債務者は当該債務を自由に処分することができるのであるから、あおば生命が、消滅時効完成後に自由に処分することができるようになる本件給付金支払債務につき、消滅時効完成前にその処分方法(Cに支払うこと)を検討したからといって、1審原告から非難を受ける筋合いはない。そして、あおば生命とCとの間で、消滅時効完成後にCに対して本件給付金全額を支払う旨の約束が成立していたことから、1審被告があおば生命とCとの間で成立した信頼を保護しようとすることも、信義則上正当なことであった。

さらに、本件においては、本来、上記約束に基づき、本件給付金全額がCに支払われる状況にあったところ、1審被告において、本件給付金の2分の1に相当する214万6214円が1審原告に支払われるように努力したことを考慮すべきである。

したがって、1審被告が消滅時効を援用することは、信義則に反するものではないし、権利の濫用にも当たらない。

(4)  弁済の提供及び弁済供託の効力の有無

(1審被告の主張)

ア 本件給付金支払債務は、期限の定めのない債務であって、債務発生と同時に履行期が到来しているというべきであるところ、1審被告は、平成18年11月6日、本件通知により、1審原告に対し、本件給付金のうち214万6214円を支払う旨を通知するとともに、添付した保険金請求書用紙の補充及び返送により送金先口座を開示することを求めたものであり、1審原告が送金先口座を開示すれば、上記金額が支払われることは確実であったのであるから、1審被告は、本件通知によって現実の提供(民法493条本文)をしたといえる。

仮に、本件通知が現実の提供に当たらないとしても、1審被告は、1審原告から送金先口座の開示を受けないと送金することができないのであるから、本件通知により口頭の提供(同条ただし書)をしたといえる。

イ ところが、1審原告は、保険金請求書を返送して送金先口座を開示することをせず、同年12月4日、本件給付金全額につき請求権があると主張し、214万6214円のみの支払に不満を示して受領を拒絶したので、1審被告は、本件給付金全額の請求に応じることはできないとして、20日以内に保険金請求書を提出するように要求し、再度、214万6214円につき口頭の提供をした。さらに、1審被告は、平成19年2月9日付け書面をもって、受領を拒絶している1審原告に対し、再度、口頭の提供をした。

1審原告は、同年3月29日、本件給付金全額の支払を求めて本件訴訟を提起し、これにより、214万6214円につき、1審原告の受領拒絶の意思が明確になった。訴訟が係属している以上、1審原告の受領拒絶の意思も継続している。

ウ そこで、1審被告は、平成20年1月22日、東京法務局に対し、本件供託をした。

エ よって、1審被告の1審原告に対する本件給付金のうち214万6214円の支払債務は、弁済供託により消滅した。また、本件訴訟提起前に弁済の提供を行っているので、訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金は発生しない。

(1審原告の主張)

本件供託は、1審原告の受領拒絶の要件を欠くから、弁済供託としての効力は認められない。

すなわち、本件通知は、1審原告に対して本件給付金の請求手続を執るよう勧誘したものにすぎず、また、本件給付金の2分の1を支払うとしているにすぎないから、債務の本旨に従った弁済の提供とはいえず、口頭の提供にも当たらない。仮に、本件訴訟における答弁書提出以前の1審被告の言動が口頭の提供に該当するとしても、1審被告は本件訴訟において支払拒否の態度を明らかにし、口頭の提供を撤回した。

他方、1審原告は、これまで本件給付金の受領を拒絶する旨の意思表示をしたことはない。仮に、本件通知後に受領拒絶の意思表示をしたとしても、本件訴訟の提起により、受領拒絶の意思表示を撤回した。

したがって、本件供託には弁済供託としての効力は認められない。

(5)  1審被告は、Cに対する弁済の効力を1審原告に対して主張することができるか否か(民法478条の適用の可否)。

(1審被告の主張)

仮に、本件給付金の受取人が1審原告のみであるとしても、1審被告は、平成19年2月13日、Cに対し、214万6213円を支払った。1審被告は、判例及び保険業界の支払実務に従い、慎重に検討した上で、Cに対して本件給付金の2分の1に相当する上記金額を支払った。したがって、1審被告のCに対する支払に落ち度はなく、民法478条の準占有者への弁済に当たるから、1審被告の1審原告に対する債務は上記金額の限度で消滅した。

(1審原告の主張)

1審被告は、本件給付金請求権は1審原告にのみ帰属していることを知った上でCに対して上記支払をした。したがって、上記支払には民法478条は適用されない。

(6)  1審被告の民訴法260条2項に基づく裁判の申立ての当否(当審における新たな争点)

(1審被告の主張)

1審被告は、平成20年4月2日、1審原告に対し、原判決主文第1項の認容額合計227万1459円を支払ったので、1審原告に対し、民訴法260条2項に基づき、上記金額及びこれに対する同月3日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(1審原告の主張)

上記支払は全くの任意弁済であり、民訴法260条2項は適用されない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  商法676条2項は、指定受取人が死亡した後、保険契約者が受取人の再指定をしないうちに死亡した場合に、保険金受取人が不存在となることをできる限り避けるために、保険金受取人についての指定を補充するものであると考えられる。本件のように保険契約者兼被保険者と指定受取人が同時に死亡したものと推定される場合であっても、保険金受取人が不存在となることを避ける必要があることに変わりはないから、上記の場合にも同項が準用されるというべきである。

そして、同項にいう「保険金額ヲ受取ルヘキ者ノ相続人」とは、指定受取人の法定相続人又はその順次の法定相続人であって被保険者の死亡時に現に生存する者をいい(最高裁平成2年(オ)第1100号同5年9月7日第三小法廷判決・民集47巻7号4740頁)、法定相続人の範囲は民法の適用によって定まるところ、本件においては、保険契約者兼被保険者であるAと指定受取人であるBが同時に死亡したものと推定され(民法32条の2)、AはBの法定相続人とはならないから(民法882条)、1審原告がBの唯一の法定相続人であり、1審原告のみが本件給付金の受取人となるというべきである。

(2)  これに対し、1審被告は、保険契約者兼被保険者と指定受取人が同時に死亡したものと推定される場合には、商法676条2項が準用される結果、同条1項と同様に、指定受取人が先に死亡し、保険契約者兼被保険者が後に死亡したものと扱われ、この限りで民法32条の2の適用は排除されると主張する。

しかしながら、商法676条2項が、文言上、指定受取人が保険契約者よりも先に死亡した場合に関する同条1項を前提とするものであるからといって、保険契約者兼被保険者が指定受取人の死亡後になお生存していたことが明らかでない場合にまで、同条2項の準用によって、両者の死亡の先後が同条1項のとおりであると擬制されるものということはできない。すなわち、同条2項を準用する目的は、前記のとおり、保険金受取人が不存在となることを避け、指定受取人の法定相続人に保険金請求権を取得させることにあるところ、指定受取人の法定相続人の範囲は民法の適用によって定まるのであって、その際に民法32条の2の規定のみの適用を排除すべき明文の規定はないし、その適用を排除すべき積極的理由もない。したがって、1審被告の主張は、採用することができない。

2  争点(2)について

(1)  証拠(甲4、6、12~17、乙1、14~20。なお、枝番のあるものは、特に指摘しない限り、枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア Cは、平成13年9月25日、あおば生命に対し、被保険者であるAが同年7月20日に自殺し、指定受取人であるBも同日無理心中により死亡した旨の申出をし、死亡給付金の請求書類の送付を求めた。

イ あおば生命契約保全課の担当者D(以下「D」という。)は、Cからの問い合わせに対し、平成15年1月上旬ころ、本件契約については、被保険者と指定受取人とが同時に死亡しているとのことであるため、本件給付金請求権は指定受取人の相続人にあるから、Aの死亡から3年以内に権利者から請求があれば、あおば生命は権利者に支払うことになるが、Aの死亡から3年が経過した後は、請求権が消滅するので、念書を取り被保険者であるAの相続人(C)に対しても本件給付金を支払うことが可能と思われる旨記載した書簡(乙15)を送付し、また、同月15日付けでCに対し、死亡給付金を請求する際に提出すべき支払請求書用紙とともに死亡給付金の請求を促す書面(乙16)を送付した。

なお、前記アの申出に係る「お申出受付票」(乙14)には、同月27日付けで、Dによる「(被)の弟のため、請求権なし。(受)側と絶縁状態で、(受)は保険の存在を知らない。よって、3年間請求ない可能性高い。3年経過後、(被)相続人より請求予定。」、「同時のため権利者は、(受)相続人。」との記載がある。なお、「(被)」は被保険者の意味であり、「(受)」とは受取人の意味である。

ウ 以上のとおり、あおば生命とCとの間で、指定受取人であるBの相続人から請求がないまま本件給付金請求権の消滅時効期間が経過した場合には、Cに対して本件給付金全額を支払う旨の合意(以下「本件合意」という。)が成立し、現に、あおば生命の側でもそのように認識していたところ、1審被告は、本件合意の承継を前提として、平成17年8月10日ころからCに対する支払の準備を開始した。

1審被告は、同月10日、Cに対して本件給付金請求手続に必要な書類の提出を求める書面(乙17)を送付し、Cは、同月24日、1審被告に対し、Aの除籍謄本(乙18)及び死体検案書(乙19)を送付した。

1審被告は、同年10月3日、調査会社にAの死亡事故の発生状況等の事実関係の調査を依頼し、平成18年6月29日に調査報告書を受領し、同年9月8日、1審被告訴訟代理人弁護士に対し、従前の方針どおり、本件給付金全額をCに対して支払っても問題がないかどうか意見を求めた。

1審被告訴訟代理人弁護士は、同月29日、1審被告に対し、指定受取人の遺族が有する本件給付金に係る請求権の消滅時効が完成しているので、被保険者の遺族であるCに対して本件給付金全額を支払っても法的に問題はないが、Bには兄(1審原告)がいるようであり、Cから本件給付金の2分の1について放棄を受けて、それを1審原告に支払うように方針変更した方が、被保険者と指定受取人の双方の遺族の補償ができてバランスがよく、妥当ではないかと教示した。

そこで、1審被告は、Cから本件給付金のうち2分の1を放棄することについて了承を得た上で、同年11月6日、1審原告に対し、本件保険金の2分の1に相当する214万6214円を支払う旨の本件通知をした。

エ 本件通知書(甲6)には、「B様の兄様(X様)、A様の弟様(C様)の二名・・・各人が・・・二等分した死亡給付金額を取得されました。・・・上述のとおりX様に死亡給付金額等の二分の一(2,146,214円)をお支払させていただくことになりました。」と記載されている。

オ 1審原告訴訟代理人弁護士は、平成18年12月4日付け書面(甲12)により、1審被告支払査定チームに対し、1審原告が本件給付金の唯一の受取人であると解されるので、同書面到達後10日以内に1審被告から本件給付金全額を支払う旨の回答があれば、1審被告の指定する手続に従って本件給付金を請求するし、上記期間内に回答がないか又は1審被告がCも受取人であるとの見解を維持する場合には法的手続を執る旨通知した。

1審被告訴訟代理人弁護士は、同月8日付け回答書(甲13)により、1審原告訴訟代理人弁護士に対し、あくまでも本件給付金の受取人は1審原告とCの2名であるとして、同書面到達日を含めて20日以内に本件給付金の2分の1に相当する214万6214円の支払を請求するよう促した。

1審原告は、いったんは1審被告の提案を受け入れる方向で検討したものの、最終的にはこれに応じず、本件訴訟を提起するに至った。

(2)  前記第2の2(7)によれば、本件約款39条は、死亡給付金請求権について、支払事由が生じた日の翌日から3年間請求がないときは時効消滅する旨定めているところ、被保険者であるAが死亡した平成13年7月20日から3年が経過しているから、1審原告の1審被告に対する本件給付金請求権につき消滅時効が完成し、また、前記第2の2(10)のとおり、1審被告は、1審原告に対し、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

(3)  1審原告は、本件通知により、1審被告が消滅時効完成後に本件給付金支払債務を承認した旨主張するので検討する。

前記(1)エによれば、1審被告は、本件通知書において、「B様の兄様(X様)、A様の弟様(C様)の二名・・・各人が・・・二等分した死亡給付金額を取得されました。・・・上述のとおりX様に死亡給付金額等の二分の一(2,146,214円)をお支払いさせていただくことになりました。」としており、これによれば、1審被告は、1審原告に対する1審被告の債務の存在を認め、これを1審原告に対して表示し、通知していると認められるから、1審被告による1審原告に対する債務の承認があったということができる。

なお、1審被告は、本件通知により1審原告の本件給付金請求権に関する消滅時効を援用する旨の意思表示を行ったとか、そうでなくても本件通知は時効援用を前提に顧客サービスとして行ったもので、債務を承認したものではない旨主張するが、本件通知の内容からは、1審被告の内心はともかく、消滅時効を援用する旨の意思が外部に客観的に表示されているということはできず、本件通知によって表示されているのは、債務の承認であるというべきである。

もっとも、本件通知書の前記(1)エの記載からは、1審被告は、1審原告に対する債務の全額が214万6214円であることを明示した上で、これを支払う旨の意思を表示し、通知したものと認められ、1審被告は1審原告に対してそれ以上の債務を負わないことを表示し、通知しているということができるから、本件通知による債務承認の範囲は上記金額に限られるというべきである。

(4)  以上によれば、1審被告は、1審原告に対する本件給付金債務429万2427円のうち214万6214円の部分については、消滅時効完成後に1審原告に対して債務の承認をしたのであるから、信義則上、消滅時効の援用をすることは許されないし、また、前記(1)で認定した事実関係によれば、1審被告は、本件給付金請求権につき消滅時効が完成していることを十分認識した上で、1審原告に対して債務の承認をしたものと認められるから、1審被告は、本件給付金債務のうち上記部分について時効の利益を放棄したものと認められる。したがって、時効利益の放棄及び時効援用権の喪失に関する1審原告の主張は、以上の限度で理由がある。

3  争点(3)について

前記第2の2の事実及び前記2(1)で認定した事実によれば、①あおば生命(担当者D)は、Aから本件契約の保険料の一括払を受けていたところ、平成13年9月25日、Cの申出により、本件契約の死亡給付金支払事由が発生し、あおば生命が本件給付金支払債務を負担するに至ったことを知り、他方、本件給付金の受取人はBの法定相続人であるが、受取人は本件契約の存在を知らず、このまま放置すれば、死亡給付金支払事由の発生から3年以内に受取人から本件給付金の請求がされず、消滅時効が完成する可能性が高いことを認識するに至りながら、Cに対して受取人に本件契約の存在を知らせて同人から本件給付金を請求させるように促すなど、何らかの方法で受取人に本件給付金が請求可能であることを案内する努力をしなかっただけでなく、Cが本件給付金の受取人ではなく、本件給付金につき何らの権利を有しないことを認識しながら、Cとの間で本件合意をし、Cにとって1審原告の本件給付金請求権につき消滅時効が完成することが利益となる状況を作出したこと、②そのため、Cから1審原告に対して本件契約及び本件給付金請求権の存在が告知されるというわずかながらも残っていた可能性も失われ(現に、Cは、1審原告に対して上記告知をしていない。)、1審原告から、消滅時効期間経過前に本件契約及び本件給付金請求権の存在を知って本件給付金請求権を行使する機会を奪う結果となったこと、③1審被告は、本件合意を承継し、これを尊重する方針をとっていたことが認められる。しかも、あおば生命が本件給付金について何らの権利を有しないCとの間で本件合意をするに至った理由について、合理的な説明はされていない。

以上の事実関係の下では、1審被告が1審原告の本件給付金請求権について消滅時効を援用することは、信義則に反し、権利の濫用として許されないというべきである。

なお、1審被告は、本件合意が存在するため、本来はCに対して本件給付金が全額支払われる状況にあったところ、1審被告において、本件給付金の2分の1が1審原告に対して支払われるように努力した事実を考慮すべきであると主張するが、そもそも、あおば生命が、本件給付金請求権に係る消滅時効期間が経過するよりも前に、本来の権利者である1審原告に対しては本件契約及び本件給付金請求権の存在を敢えて知らせない態度を採る一方で、Cとの間では積極的に本件合意をしたことが非難されるべきなのであって、上記事実は、上記認定判断を左右するものではない。

4  争点(4)について

1審被告は、本件通知等により、1審原告に対して本件給付金のうち214万6214円について弁済の提供(現実の提供又は口頭の提供)を行ったにもかかわらず、1審原告が受領を拒絶したため、本件供託をしたなどと主張する。

しかしながら、1審原告は、唯一の受取人として本件給付金全額につき請求権を有するところ、1審被告が本件通知等により1審原告に対して支払う意思を示したのは、本件給付金の2分の1に相当する上記金額であって、これをもって債務の本旨に従った弁済の提供があったといえないことは明らかである。したがって、本件供託は、供託の要件を欠き、弁済供託の効力を有するものではない。

5  争点(5)について

1審被告は、Cに対する214万6213円の支払は民法478条の準占有者への弁済に当たり、上記金額の限度で1審被告の1審原告に対する債務は消滅したと主張する。

しかしながら、前記2(1)で認定したとおり、あおば生命は、本件給付金の受取人はBの法定相続人であって、Cは受取人ではないとの解釈を前提としつつ、他方で、Cとの間で本件合意をしたものであり、1審被告も、当初は同様の解釈を前提とし、本件合意を承継して、Cに対して本件給付金全額を支払おうとしていたことが認められる。そして、1審被告が提出した証拠によっても、前記第2の3(1)において1審被告の主張している商法676条2項の解釈が当時の裁判例及び生命保険実務の大勢であったとは到底認められず、1審被告は、1審原告訴訟代理人弁護士の平成18年12月4日付け書面により、1審原告もCは本件給付金の受取人ではないと解釈しており、Cが本件給付金の受取人となるのか否かについて紛争が生じていることを認識しながら、敢えてCに対して本件給付金の2分の1に相当する214万6213円を支払ったものであるから、1審被告には上記支払につき少なくとも過失があり、民法478条は適用されないというべきである。

6  争点(6)について

以上のとおり、1審原告は、本件給付金の唯一の受取人として、本件給付金全額(429万2427円)について請求権を有するところ、本件約款36条3項により、1審被告は、1審原告に対し、本件給付金を訴状送達の日(平成19年4月6日)の翌日から1週間後の平成19年4月13日までに支払う義務を負い、同日の経過により遅滞に陥ったことになるから、当審において減縮された1審原告の請求は、429万2427円及びこれに対する平成19年4月14日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

そうすると、原判決中、1審被告敗訴部分は取り消すことを要しないから、1審被告の民訴法260条2項に基づく裁判を求める申立ては理由がない。

第4結論

よって、原判決を変更し、1審被告に対して429万2427円及びこれに対する平成19年4月14日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で1審原告の請求を認容し、その余の請求を棄却し、1審被告の附帯控訴及び民訴法260条2項に基づく裁判を求める申立てを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 成田喜達 裁判官 亀田廣美 三木素子)

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