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大阪高等裁判所 平成20年(ネ)1597号 判決 2008年11月28日

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控訴人

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同代表者代表取締役

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同訴訟代理人弁護士

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被控訴人

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同訴訟代理人弁護士

野々山宏

長野浩三

住田浩史

谷山智光

平尾嘉晃

宮﨑純一

木内哲郎

大濱巌生

武田真由

川村暢生

山口智

二之宮義人

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消部分にかかる被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は第1審,2審を通じて被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文同旨。

第2事案の概要

1  本件は,控訴人との間で賃貸マンションの賃貸借契約とともにそれに付随して定額補修分担金特約(以下「本件補修分担金特約」という。)及び更新料特約(以下「本件更新料特約」という。)を締結した被控訴人が,控訴人に対し,本件補修分担金特約及び本件更新料特約は消費者契約法10条などにより無効であるとして,不当利得返還請求権に基づき,上記各特約に基づいて支払った定額補修分担金16万円及び更新料6万3000円の合計22万3000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年8月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は,被控訴人の請求のうち,更新料相当額及びこれに対する遅延損害金については控訴人から受領済みであるとして請求を棄却したが,補修分担金相当額及びこれに対する遅延損害金については,本件補修分担金特約は消費者契約法10条に該当し無効であるとして請求を認容したため,控訴人が,敗訴部分を不服として,控訴を申し立てた。

2  前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,次のとおり付加訂正するほかは,原判決「事実及び理由」中の第2の2及び3(原判決2頁20行目から16頁10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決6頁14行目末尾に改行の上,以下を加える。

「ウ 被控訴人は,平成17年3月17日,株式会社●●●の宅地建物取引主任者から本件補修分担金特約を含めた本件賃貸借契約の重要事項について説明を受け,重要事項説明書を受領した。上記重要事項説明書には,賃料等授受される金銭として,礼金10万円,定額補修分担金16万円,契約更新料前賃料の1か月分,火災保険料1万5100円,仲介手数料6万6150円,賃料月額6万3000円,共益費・管理費月額6000円との記載がある(甲21)。」

(2)  原判決6頁15行目「本件賃貸借契約を締結した際,」の次に「礼金10万円及び」を加える。

(3)  原判決9頁24行目から16頁10行目までを削る。

3  当審における控訴人の補足主張

(1)  本件補修分担金特約は,借主の過失による損傷についての原状回復につき契約締結時に予め定額精算をする旨の合意である。

(2)  消費者契約法10条後段の要件を満たすためには,当該条項が信義則に反すること,及び消費者の利益を一方的に害することの両方の要件を満たすことが必要である。たとえば,当該消費者契約条項について,消費者が特に説明を受け,それを承知して契約している場合は,当該消費者契約条項の情報力,交渉力の格差が解消されており,消費者にも自己責任が求められることから,信義則に反しているとはいえない。当該消費者契約条項により,消費者が不利益を受ける側面があっても,他方消費者が利益を受ける側面がある場合,あるいは,事業者側にも負担が発生する場合は,消費者の利益を一方的に害するとの要件に該当しない。

(3)  消費者契約法10条後段の要件は,当該条項を有効とすることによって消費者が受ける不利益と,その条項を無効とすることによって事業者が受ける不利益とを総合的に衡量し,消費者の受ける利益が均衡を失するといえるほどに一方的に大きいといえるか否かで判断されるべきところ,本件補修分担金特約においては,金額が16万円に定まっていること,被控訴人は契約締結時に定額補修分担金についての説明を受け,それが返還されないことを承知で支払をしていること,被控訴人は,本件補修分担金特約の締結により,過失による損傷費用の定額化,限定化をはかることができ,原状回復費用について予測可能性を持つことができるとのメリットを享受していること,控訴人は,支払われた定額補修分担金について自己の収入であることを前提に賃貸経営をしているのであり,後日その返還が命じられると不測の損害を被ること,被控訴人は,本件定額補修分担金を自ら承知し支払っているにもかかわらず,後日その返還が認められるとすれば,予想外の利益を得ることになり,また,事実上過失による損傷の支払義務を免れることになって不当であることなどの事情からみて,消費者契約法10条後段には該当しない。

4  当審における被控訴人の補足主張

(1)  敷金の授受がない本件では,本件定額補修分担金は,敷金代わりのものとして設定されている。故意,過失損耗の回復費等は居住年数によって減価償却され(たとえば,カーペットでは6年で残価10パーセント),月額賃料の約2.5倍もの金額に相当する故意,過失損耗が生じることはほとんど考えられない。したがって,本件補修分担金特約は通常使用損耗の原状回復費用を消費者に負担させるための特約であることは明らかである。

(2)  消費者契約法1条の立法趣旨は,消費者と事業者との情報力,交渉力の格差に鑑み,合意した契約内容であってもその条項が不合理で消費者利益を不当に害する場合は無効とするというのであるから,消費者が説明を受け承知していることをもって,情報力,交渉力格差が解消されているとはいえない。

(3)  被控訴人は,礼金10万円を支払った上で本件定額補修分担金16万円を支払っており,極めて消費者に不利な内容といえる。被控訴人が,本件補修分担金特約に合意していることは消費者契約法10条の要件該当性を検討する際の衡量事由とはならないし,消費者は交渉力格差によって同意させられているにすぎない。控訴人が主張する被控訴人のメリットは,本来支払わなくてもよい16万円もの金額を支払うことを払拭するほどのメリットではないし,不当条項による金銭の授受であればそれを返金するのは当然であり,これを控訴人の損害とは評価できない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件補修分担金特約は消費者契約法10条に該当して無効か。)について

(1)  弁論の全趣旨によれば,被控訴人は消費者契約法2条1項の「消費者」に,控訴人は同条2項の「事業者」に該当すると認められ,その間で締結された本件賃貸借契約は同条3項の消費者契約に該当する。

(2)  消費者契約法10条前段は,同条により消費者契約の条項が無効となる要件として,「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する」条項であることを定めている。

民法の規定(616条,598条)によれば,賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には,賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ,賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されている。したがって,建物の賃貸借において賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗については,賃貸人が負担すべきものといえ,賃貸借契約終了に伴う原状回復義務の内容として,賃借人は通常損耗の原状回復費用についてこれを負担すべき義務はないと解される。

本件補修分担金特約は,それに基づいて支払われた分担金を上回る原状回復費用が生じた場合に故意又は重過失による本件物件の損傷,改造を除き原状回復費用の負担を賃借人に求めることができない旨規定しているところ,本件賃貸借契約書(甲1)の記載内容や弁論の全趣旨によれば,逆に,原状回復費用が分担金を下回る場合や,原状回復費用から通常損耗についての原状回復費用を控除した金額が分担金を下回る場合,あるいは原状回復費用のすべてが通常損耗の範囲内である場合にも,賃借人はその差額等の返還請求をすることはできない趣旨と解され,そうすると,上記の場合本件補修分担金特約は,賃借人が本来負担しなくてもよい通常損耗部分の原状回復費用の負担を強いるものといわざるをえず,民法の任意規定に比して消費者の義務を加重する特約というべきである。

(3)  さらに消費者契約法10条後段は,同条により消費者契約の条項が無効となる要件として,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であることを規定する。

これを本件についてみると,定額補修分担金の金額は月額賃料の2.5倍を超える16万円であること,上記(2)のとおり原状回復費用が分担金を下回る場合や原状回復費用から通常損耗についての原状回復費用を控除した金額が分担金を下回る場合のみならず,原状回復費用のすべてが通常損耗の範囲内である場合においても賃借人は一切その差額等の返還請求をすることはできない趣旨の規定であること,入居期間の長短にかかわらず,定額補修分担金の返還請求ができないこと(本件賃貸借契約5条3項),本件賃貸借契約5条1項が,「新装状態への回復費用の一部負担金として」定額補修分担金の支払を定めているところからすれば,定額補修分担金には通常損耗の原状回復費用が相当程度含まれていると解されること,被控訴人は,控訴人に対し,定額補修分担金の他に礼金10万円を支払っていることなどの事情を併せ考えれば,本件補修分担金特約は,民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものというべきである。

(4)  これに対し,控訴人は,本件補修分担金特約は,賃貸借契約締結時において原状回復費用を定額で確定させて,賃貸人と賃借人の双方がリスクと利益を分け合う交換条件的内容を定めたものであるから,消費者契約法10条には該当しないなどと主張する。しかし,定額補修分担金という方式によるリスクの分散は,多くの場合,多数の契約関係を有する賃貸人側にのみ妥当するものといえ,また,原状回復費用を請求する側である賃貸人は,定額を先に徴収することによって,原状回復費用の金額算定や提訴の手間を省き紛争リスクを減少させるとのメリットを享受しうるといえるが,賃借人にとっては,そもそも通常の使用の範囲内であれば自己の負担に帰する原状回復費用は発生しないのであるから,定額補修分担金方式のメリットがあるかどうかは疑問といわざるをえない。本件における定額補修分担金の金額が月額賃料の2.5倍を超える16万円であることも併せ考えると,本件補修分担金特約は交換条件的内容を定めたとする控訴人の主張は採用できない。

(5)  したがって,本件補修分担金特約は,消費者契約法10条により無効であるから,被控訴人の控訴人に対する不当利得返還請求権に基づく16万円及びこれに対する平成19年8月5日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由がある。

2  以上によれば,原判決は相当であり,控訴人の本件控訴は理由がないものとして棄却を免れない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安原清藏 裁判官 八木良一 裁判官 本多久美子)

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