大阪高等裁判所 平成20年(ネ)1758号 判決 2008年11月28日
控訴人・附帯被控訴人(第一審被告)
株式会社 Y(以下「控訴人」という。)
上記代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人弁護士
古家野泰也
同
古家野彰平
被控訴人・附帯控訴人(第一審原告)
X1(以下「被控訴人X1」という。) <他1名>
被控訴人ら訴訟代理人弁護士
B
同
C
主文
一 本件控訴に基づき原判決主文第二項を取り消す。
二 被控訴人らの予備的各請求をいずれも棄却する。
三 本件附帯控訴を棄却する。
四 訴訟費用は、第一・第二審を通じ、被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨等
一 控訴の趣旨
主文第一、第二項と同旨。
二 附帯控訴の趣旨
(1) 原判決主文第一項を取り消す。
(2) 控訴人の平成一九年一〇月二九日開催の第五一回定時株主総会において、別紙議案目録記載の議案のうち、① 第一号議案が否決されたこと、② 第二―一号議案が否決されたこと、③ 第二―二号議案が可決されたこと、④ 第三―一号議案が否決されたこと、⑤ 第三―二号議案が可決されたこと、⑥ 第四号議案が否決されたこと、⑦ 第五号議案が否決されたことをそれぞれ確認する。
第二事案の概要
一 事案の要旨
(1) 控訴人は、発行済み株式の数を三万株とする株式会社で、いわゆる同族会社である。
本件は、控訴人の株主である被控訴人らが、控訴人に対し、控訴人の平成一九年一〇月二九日開催の第五一回定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)において決議がされた別紙議案目録記載の各議案(以下「本件各議案」という。)について、主位的請求として前記第一の二(2)記載のとおり可決決議及び否決決議が成立したことの確認を、また、予備的請求一として本件株主総会における別紙議案目録記載の議案のうち、① 第一号議案の可決決議、②第二―一号議案の可決決議、③ 第三―一号議案の可決決議、④ 第四号議案の可決決議、⑤ 第五号議案の可決決議(以下「本件各決議」という。)がいずれも存在しないことの確認と、予備的請求二として本件各決議の取消しを求める事案である(なお、予備的請求一及び同二は選択的併合の関係にある。)。
(2) 本件の主要な争点は、① 被控訴人らの主位的請求に係る訴えについての確認の利益の有無、② 被控訴人X2は、被相続人D(以下「D」という。)の有していた控訴人の株式(九七〇〇株、以下「本件株式」という。)の議決権を行使することができるか否か、③ 被控訴人らの主張する各決議は成立しているか否か、④ 本件各決議に不存在事由あるいは取消事由が存在するか否か、である。
(3) 原審は、① 被控訴人らの主位的請求に係る訴えは確認の利益を欠く、② 被控訴人X2は本件株主総会で準共有に係る本件株式の議決権を行使することができる、③ 本件株主総会で、被控訴人らの主張する各決議は成立せず、本件各決議が成立している、④ 本件株主総会で、本件各決議については、議長が本件株式の議決権を行使させなかった議事運営について取消事由が存在する、などと認定説示して、被控訴人らの主位的請求に係る訴えを却下し、被控訴人らの予備的請求二を認容した。
(4) 原判決中控訴人敗訴部分(予備的請求二を認容した部分)を不服として、控訴人は本件控訴を提起し、また、原判決中被控訴人ら敗訴部分(主位的請求に係る訴えを却下した部分)を不服として、被控訴人らは本件附帯控訴を提起した。
二 前提事実(証拠等を掲げた部分以外は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 控訴人は、各種金属のプレス加工等を目的とする株式会社(全株式譲渡制限会社、取締役設置会社、監査役設置会社)である。
イ DとE(以下「E」という。)は、昭和二〇年七月一〇日に婚姻し、その間に、長女被控訴人X1(昭和○年○月○日生)、二女G(昭和○年○月○日生、以下「G」という。)、三女被控訴人X2(昭和○年○月○日生)の三子をもうけた。
昭和四八年五月二九日、控訴人代表者であるA(以下「A」という。)は、Gと婚姻し、また、D及びEとの間で養子縁組の届出をした。AとGは、その間に、長男F(以下「F」という。)と長女H(以下「H」という。)の二子をもうけた。
上記の親族関係は、別紙「相続関係図」記載のとおりである。
(2) D及びEの死亡、相続
ア Dは、平成一八年六月四日、死亡し、妻であるE(法定相続分二分の一)及び子である被控訴人ら、A及びG(法定相続分各八分の一)は、Dが生前有していた権利義務を相続した。
イ Eは、同年八月三日、全ての財産を被控訴人らにそれぞれ等分の割合で相続させる旨の遺言(以下「本件遺言」という。)を残し死亡した。
ウ A及びGは、平成一八年一一月七日、京都家庭裁判所に対し、被控訴人らを相手方として、Dを被相続人とする遺産分割審判を申し立てた(同裁判所平成一八年(家)第二六七七号)。同裁判所は、平成二〇年七月三日、A及びGに対してDが保有していた本件株式を各四八五〇株ずつ取得させることなどを内容とする審判をした。被控訴人らは、上記審判を不服として、大阪高等裁判所に対し、即時抗告をし、同裁判所において、現在審理中である。
(3) 株式の帰属
ア 控訴人は、Dが死亡した平成一八年六月四日当時、合計三万株の株式を発行していて、その株主構成は次のとおりであった。
D 九七〇〇株(本件株式)
E 二五〇〇株(以下「E保有株式」という。)
被控訴人X1 一二五〇株(以下「X1保有株式」という。)
被控訴人X2 一七五〇株(以下「X2保有株式」という。)
G 五七〇〇株(以下「G保有株式」という。)
A 七一〇〇株(以下「A保有株式」という。)
F 一二五〇株(以下「F保有株式」という。)
H 七五〇株(以下「H保有株式」という。)
イ Dの死亡によって、本件株式は、相続人であるE、被控訴人ら、A及びGが相続し、上記のとおり遺産分割が未了であるため、上記五名の準共有(準共有持分は、E二分の一、被控訴人ら、A及びGが各八分の一である。)に属することになった。
ウ Eの死亡及び本件遺言(なお、控訴人は、本件において、本件遺言の効力を争っていない。)によって、Eの有していた本件株式の準共有持分及びE保有株式は被控訴人らが相続し、上記のとおりDの死亡に伴う遺産分割が未了であるため、本件株式は、被控訴人ら、A及びGの準共有(準共有持分は、被控訴人らが各八分の三、A及びGが各八分の一である。)に属し、E保有株式は、被控訴人らの準共有(準共有持分は各二分の一である。)に属することになった。
(4) 控訴人の定款の内容
控訴人は、定款で、営業年度は、毎年八月一日から翌年七月三一日まで(二五条)、定時株主総会は、営業年度末日の翌日から三か月以内に招集し(一四条)、株主総会における議長は、代表取締役社長がこれに当たるもの(一五条、二二条一項、二項)と定めている。
(5) 本件株主総会に先立つ仮処分命令の申立て等
ア 被控訴人X2は、平成一九年四月一三日、京都地方裁判所に対し、控訴人を債務者として、本件株式について、遺産分割協議が成立するまでの間、債権者(被控訴人X2)に対し、株主としての議決権行使を許さなければならない旨の仮処分命令を求める申立てをした(同裁判所同年(ヨ)第一九三号)。同裁判所は、上記申立てに対し、同年五月三一日、被保全権利の存否について判断せず、保全の必要性が認められないとして、上記申立てを却下する旨の決定をした。
イ 被控訴人X2は、平成一九年六月六日、京都地方裁判所に対し、控訴人を債務者として、控訴人は、本件株式について、被控訴人X2が、同年七月三一日から三か月以内に招集される控訴人の定時株主総会において、その株主権を行使することを妨害してはならない旨の仮処分命令を求める申立てをした(同裁判所同年(ヨ)第二九一号)。同裁判所は、上記申立てに対し、同年七月一七日、被保全権利の存否について判断せず、保全の必要性が認められないとして、上記申立てを却下する旨の決定をした。
被控訴人X2は、上記決定を不服として、大阪高等裁判所に対し、即時抗告をし(同裁判所同年(ラ)第六七三号)。同裁判所は、上記申立てに対し、同年八月八日、被保全権利の疎明がないとして、抗告を棄却する旨の決定をした(以下「本件抗告審決定」という。)。
被控訴人X2は、本件抗告審決定を不服として、同年八月一一日、大阪高等裁判所に対し、許可抗告の申立てをした(同裁判所同年(ラ許)第二〇三号)。同裁判所は、上記申立てに対し、同年九月四日、これを許可しない旨の決定をした。
(6) 被控訴人らによる議題・議案の提出
ア 被控訴人らの代理人であるB弁護士(以下「B弁護士」という。)及びC弁護士(以下「C弁護士」という。)は、株主の議題・議案提案権に基づき、控訴人に対し、平成一九年六月一日付けの書面(乙一)によって、① 取締役選任の件及び② 監査役選任の件を平成一九年度の定時株主総会(本件株主総会)の目的事項(議題)とすることを請求し、次の内容の議案を提出した。
(ア) 目的事項(議題)① 取締役選任の件について
被控訴人X2、被控訴人X1、I、J、Kを取締役に選任する(なお、Iは被控訴人X2の夫の兄、JはDの実弟、KはJの妻である。)。
(イ) 目的事項(議題)② 監督役選任の件について
O(Iの妻。)を監査役に選任する。
イ 被控訴人らの代理人であるB弁護士及びC弁護士は、本件抗告審決定の後である同年九月一二日付けの書面(乙二)によって、目的事項(議題)①に関する上記ア(ア)の議案を「被控訴人X2、被控訴人X1、J、A、Gを取締役に選任する。」と修正した。
ウ 被控訴人らの代理人であるB弁護士及びC弁護士は、同月一四日付けの書面(乙三)によって、有限会社aの件を本件株主総会の目的事項(議題)とすることを請求し、次の内容の議案を提出した。
目的事項(議題)③ 有限会社aの件
同社との間で締結されている平成一〇年四月一日付け業務委託契約について、同社に対して契約解除の意思表示をする。又、同社に対する金銭貸付けについて、その違法性に基づき即時に返還を請求する。
(7) 本件株主総会の招集
ア 控訴人は、平成一九年一〇月一九日、取締役会を開催し、後記日時、場所において、目的事項(議題)を別紙「議案目録」記載の目的事項(議題)①から③までとし、各目的事項(議題)に関する会社提案の議案を第一号議案、第二―一号議案及び第三―一号議案として定時株主総会(本件株主総会)を開催することを決議した。
なお、控訴人は、上記取締役会で、第三―一号議案の監査役候補者について、被控訴人X2が就任を承諾しない場合に備え、予備の候補者としてLを推薦することとしたが、後記の招集通知には予備の候補者に関する記載をしなかった。
被控訴人らの代理人であるB弁護士及びC弁護士から請求があった目的事項(議題)③有限会社aの件については、取締役の業務執行上の事項であること(株主総会の決議事項ではないこと)及び株主代表訴訟の争点であることから目的事項(議題)とはしないこととした(乙四~六)。
(ア) 日時 平成一九年一〇月二九日 午後三時
(イ) 場所 京都市<以下省略> ○○○○京都第四会議室
イ 代表取締役(A)は、上記取締役会決議に基づき、控訴人の各株主に対し、同月一九日ころ、上記日時、場所、目的事項(議題)及び議案に加え、株主提案に係る別紙「議案目録」記載の第二―二号議案及び第三―二号議案の内容を記載した同日付けの書面(甲七、以下「本件招集通知」という。)によって、本件株主総会の招集を通知した。
(8) 権利行使者の指定等
ア 被控訴人らは、A及びGに対し、平成一九年一〇月一八日、「協議申し入れ書」(乙七)によって、① 本件株式に係る権利行使者を被控訴人X2とすることを申し入れるが、② 被控訴人らは、この点について全く譲る意思がないから、被控訴人X2を本件株式の権利行使者に指定することを受諾するか否か「のみ」を同月一九日午後五時までにファクシミリで回答することを求めた。
A及びGは、被控訴人らの上記申入れに対し、前同日付けの書面(乙八)で、本件株式の権利行使者を指定するに当たっては、議決権行使の対象となる議案ごとに、被控訴人ら、A及びGの間で実質的な協議をして決定すべきであるなどとして、被控訴人らに対し、逆に、Eが被控訴人らに控訴人の株式を全て相続させる意思を有していたことを明確に示す証拠を示すこと、本件株主総会の目的事項(議題)②に関する第二―二号議案の取締役候補者を同年九月一二日付けの書面(乙二)で修正した理由や控訴人の経営方針等を説明することなどを求めた。
イ 被控訴人らは、A及びGに対し、同年一〇月一九日付けの書面(乙九の二)で、A及びGが提示した上記疑問点について何ら説明・回答をしないまま、A及びGが、指定した期限までに、本件株式に係る権利行使者を被控訴人X2とすることを受諾する旨の回答をしなかったから、もはや協議を継続しても何らかの合意に達することはできないものと思われるとし、協議不調として処理する旨を通知した。被控訴人らは、同月一九日付けの書面(乙一〇の二)によって、控訴人に対し、本件株式の権利行使者として被控訴人X2を指定する旨を通知した。
ウ A及びGは、控訴人に対し、同月二五日付けの書面(乙一一)によって、本件株式の権利行使者指定に関し実質的な協議をしていないとして、本件株主総会で、被控訴人X2が本件株式の議決権を行使することを認めないように求めた。
(9) 本件株主総会の進行
ア 控訴人は、平成一九年一〇月二九日、本件招集通知記載の時刻、場所において、本件株主総会を開催した。
イ 本件株主総会には、次のとおり、発行済み株式について各株主又はその代理人が出席するとともに、取締役四名が出席し、取締役J及び監査役被控訴人X2は欠席した。
(ア) 株主
a A
b G
c F
d 被控訴人X1代理人C弁護士
e 被控訴人X2代理人B弁護士
f A代理人古家野泰也弁護士(以下「古家野弁護士」という。)
g G代理人兼F代理人兼H代理人M弁護士(以下「M弁護士」という。)
(イ) 取締役
a A
b G
c F
d N
(なお、Nは、平成一二年一二月Aに招聘されて控訴人に入社し、平成一七年九月以来取締役であったものである。)
ウ 本件株主総会では、控訴人の定款に基づき、代表取締役社長であるAが議長を務めた。
エ 本件株主総会では、議長(A)は、本件各議案につき各議案ごとに(目的事項②及び同③についても候補者ごとではなく各議案ごとに)、決議を採った。本件各議案のうち、第一号議案、第二―一号議案及び第三―一号議案は、取締役会の決議に基づく会社(控訴人)提案の議案であり、また、第二―二号議案及び第三―二号議案は、株主(被控訴人ら)提案の議案である。
次いで、本件株主総会の席上、A(代理人古家野弁護士)は、株主の議題・議案提案権に基づき、目的事項(議題)④ 監査役予備候補者の件及び第四号議案、並びに目的事項(議題)⑤ 役員報酬の件及び第五号議案を提出した。これに対し、被控訴人X2(代理人B弁護士)は、動議の範ちゅうを超えるとの異議を述べたが、議長(A)は、この異議を認めず、決議を採った。
オ 本件株主総会においては、次のとおり、各株式の議決権が行使された。
(ア) 本件株式及びE保有株式を除く各株式については、上記各代理人が議決権を行使し、被控訴人らが準共有するE保有株式(二五〇〇株)については、控訴人の同意のもと、被控訴人X1(代理人C弁護士)及び被控訴人X2(代理人B弁護士)が、それぞれ一二五〇株ずつ議決権を行使した。
(イ) C弁護士及びB弁護士は、X2保有株式及びX1保有株式(合計三〇〇〇株。以下併せて「被控訴人ら保有株式」という。)並びにE保有株式(二五〇〇株)について、次のとおり、議決権を行使した。
第一号議案 反対
第二―一号議案 反対
第二―二号議案 賛成
第三―一号議案 反対
第三―二号議案 賛成
第四号議案 反対
第五号議案 反対
(ウ) 古家野弁護士及びM弁護士は、A保有株式、G保有株式、F保有株式及びH保有株式(合計一万四八〇〇株)について、次のとおり議決権を行使した。
第一号議案 賛成
第二―一号議案 賛成
第二―二号議案 反対
第三―一号議案 賛成
第三―二号議案 反対
第四号議案 賛成
第五号議案 賛成
(エ) 被控訴人X2(代理人B弁護士)は、本件株式(九七〇〇株)の権利行使者として、上記(イ)と同様の内容で議決権を行使しようとしたが(以下、この議決権行使を「本件議決権行使」という。)、議長(A)は、① 準共有者間で協議がされていないこと、② 本件抗告審決定が出ていることを理由として、本件議決権行使を認めなかった。
カ 上記オの議決権行使の結果を踏まえ、議長(A)は、次のとおりの本件各決議が成立したことを宣言した。
第一号議案 可決
第二―一号議案 可決
第二―二号議案 否決
第三―一号議案 可決
第三―二号議案 否決
第四号議案 可決
第五号議案 可決
キ 控訴人は、本件各決議に基づき、同月三一日、次のとおり、役員登記をした。
(ア) A、G、F及びNの同月二九日付け取締役重任登記
(イ) Aの同月二九日付け代表取締役重任登記
(ウ) Jの同月二九日付け取締役退任登記及び同月三〇日付け取締役就任登記
(エ) 被控訴人X2の同月二九日付け監査役退任登記及び同月三〇日付け監査役就任登記
(10) 被控訴人らは、控訴人を相手取って、原審に対し、平成一九年一一月一二日、本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
三 争点及び当事者双方の主張
(1) 主位的請求に係る訴えについての確認の利益の有無(争点①)。
〔被控訴人ら〕
ア 株主総会において、ある議案が可決又は否決されたにもかかわらず、これと逆に、会社側が恣意的に否決又は可決とみなすような場合、法的にも事実的にも、前者の決議が成立しているのであって、このような場合には、確認の利益がある限り、いつでも、誰でも、どのような方法でも、決議の成立又は不成立の確認を主張できる。
イ 本件においては、本件株主総会における本件各議案についての決議の存否について、被控訴人らと控訴人との間で争いがある上(本件株主総会においては、被控訴人ら主張の各決議が成立しているにもかかわらず、控訴人は、恣意的に、これらと逆の決議<本件各決議>が成立したとみなしている。)、被控訴人らの主張する各決議の存在を前提とする個々具体的な権利又は法律関係の存否を確認するのみでは、事態の根本的解決にはほど遠く、いたずらに時間及び費用を浪費するだけであって、各決議の存否の確認をすることが、事案の直接かつ抜本的な解決のため、必要かつ適切であるといえるから、被控訴人らの主位的請求に係る訴えに確認の利益が認められることは明らかである。
ウ このような場合、最高裁昭和四一年(オ)第八二号同四五年七月九日第一小法廷判決・民集二四巻七号七五五頁は、確認の利益があることを判示しているところである。
〔控訴人〕
ア 被控訴人らの主位的請求に係る訴えは、実質的には、本件株主総会における決議の不存在ではなく、本件株主総会で被控訴人らが提案した議案の可決決議の存在を前提とした権利関係及び法律関係の有無についての確認を求めるものであると思われるところ、このような訴えは、決議不存在確認訴訟の範ちゅうを超えている。
イ また、否決された決議については、これに基づき登記がされることもなく、新たな法律関係が展開されるものでもないから、確認の利益がない。
被控訴人らが引用する最高裁判決は、決議の不存在を確認することについて確認の利益があることを判示しているが、決議の存在を確認することについて確認の利益が認められることを判示したものではない。
ウ したがって、被控訴人らの主位的請求に係る訴えは、確認の利益を欠く不適法なものとして却下されるべきである。
(2) 被控訴人X2は本件株式の議決権を行使することができるか否か(争点②)。
〔被控訴人ら〕
ア 株式を相続により準共有する者の間で権利行使者を定めるに当たっては(会社法一〇六条参照)、持分の価格に従い、その過半数をもってこれを決することができる(最高裁平成五年(オ)第一九三九号同九年一月二八日第三小法廷判決・集民一八一号八三頁、最高裁平成一〇年(オ)第八六六号同一一年一二月一四日第三小法廷判決・集民一九五号七一五頁)。被控訴人らは、本件株式について過半数の準共有持分(八分の六)を有していて、被控訴人らにおいて、本件株式の権利行使者を被控訴人X2として指定した。そして、被控訴人らは、控訴人に対して、平成一九年一〇月一九日付けの書面で、本件株式について、被控訴人X2を権利行使者と指定する旨通知した。
したがって、被控訴人X2は本件株式について、権利行使者としての地位にあるから、本件株主総会において、本件株式の議決権を行使することができる。
イ 控訴人は、本件各議案のような役員選任等の議案の場合は、管理行為の範ちゅうを超えるものであるから、本件株式の議決権を行使する権利行使者を指定するにあたっては、準共有者全員(被控訴人ら、A及びG)の合意が必要であると主張するが、上記最高裁判決の趣旨を曲解するものであって失当である上、議案の法的性質によって議決権行使を認めるかどうかを決するのは、包括的不可分一体的に行使されるべき議決権の概念に反するし、処分行為的性質の議案につき準共有者全員の合意が成立しないときは、当該準共有株式について議決権を一切行使することができなくなって不当である。
なお、控訴人の上記主張に従っても、本件各議案は、いずれも管理行為的議案である(特に、第一号議案、第四号議案及び第五号議案は、明らかに管理行為的議案である。)から、被控訴人X2は、本件各議案について、本件株式の議決権を行使することができる。
ウ また、控訴人は、上記権利行使者の指定に当たって、本件各議案に関する議決権行使について協議がされていないから、上記権利行使者の指定及び本件議決権行使が無効あるいは権利の濫用であると主張するが、① そもそも、準共有株式の権利行使者の指定に当たっては、そのような協議は必要とされない上、② 前記のとおり、平成一九年一〇月一八日付けの書面で、被控訴人らは、A及びGに対し、被控訴人X2を本件株式の権利行使者と指定することにつき協議を求めたのに対し、A及びGはこれを拒絶する旨の回答をしたことによって、同協議は不調終了したのであるから、必要な協議は尽くされているといえるし、③ A及びGは、権利行使者を被控訴人X2とすることに断固反対していたのであり、円満な協議が成立する見込みがなかったのであるから、控訴人の主張は失当である。
〔控訴人〕
ア 本件株主総会における本件株式の議決権行使は、控訴人の経営支配の変動に大きな影響を与えるものであるから、その議決権行使者の指定及び通知は、本件株式の管理行為とは到底いえないものであって、処分行為に該当するから、これを行うには、準共有者全員(被控訴人ら、A及びG)の合意が必要であることは明らかである。
イ 被控訴人らの引用する最高裁判決は、本件には妥当しない(本件を判断するにあたり先例拘束性を持つ、準共有状態の株式の議決権行使者の指定及び行使の方法に関する最高裁判決は未だ存在しない。)。
また、上記最高裁判決は、会社法施行前のものであるところ、会社法一〇六条ただし書の新設によって、会社の同意により株主に不統一行使等の方法により議決権を行使させることが可能となったのであるから、準共有株式の権利行使者指定の要件に関する議論状況は大きく変わった(株主総会決議の定足数を満たすことができずに会社経営が完全に停止してしまう等の事態が生じるおそれがなくなり、多数決により準共有株式の議決権行使者を指定することができるようにすべきであるとの要請は、完全に失われた。)のであり、同最高裁判決の趣旨は、会社法施行後の事案である本件には妥当しない。
ウ 仮に、準共有持分の過半数によって、準共有株式の議決権行使者を指定することができるにしても、準共有者全員で協議をした上で、議決権行使者を指定しなければならないと解するべきである。なぜなら、準共有持分の過半数で議決権行使者が決せられることになれば、このような権利行使者の指定によって、少数派の準共有者の権利が侵害されるおそれがあって、準共有者全員による実質的な協議を経ることによって、このような権利侵害を防止する必要があるからである。
本件においては、被控訴人らは、本件株式の権利行使者の指定に当たり、A及びGとの間で、議決権行使者指定のために必要な協議及び多数決による決定の手続を何らしていない。被控訴人らは、必要な協議は尽くされていると主張するが、被控訴人らが送付した協議申入書は、被控訴人X2を本件株式の権利行使者と指定することを一方的に宣言するものに過ぎず、協議申入れとしての実質を備えていないし、A及びGは、これに対し、実質的な協議をすることを求めたにもかかわらず、被控訴人らは、これを一方的に拒絶したものであるから、本件においては、権利行使者の指定に当たって必要な協議はされていないものと評価すべきである。
エ 被控訴人X2が、形式的な指定・通知手続を経たとして本件株式について議決権行使をすることは、権利の濫用であることは明らかである。
すなわち、① 被控訴人らは、控訴人におけるAの経営権を転覆する意図を有し、専らA及びGに嫌がらせをし、控訴人に損害を与える目的をもって、本件株式の議決権を行使するものであり、② 控訴人においては、長期間にわたりAの経営体制が何らの支障なく継続し、取引先、従業員の信頼は厚く、万一、控訴人における同族間の争いで、経営交替が行われることになれば、控訴人は、現在の大口受注先からは転注され、従業員は離反するなど、現実かつ回復し難い損害を生じることとなり、現に、被控訴人らは、平成一八年一二月の控訴人の臨時株主総会で、法令に違反する登記申請をするなど、本件株式の議決権の行使は控訴人の経営体制を不当に混乱させるものであり、③ 本件株式について法定相続分に応じた遺産分割の協議がされれば、Aの側が控訴人の株式の過半数を取得できる状況にあるところ、被控訴人らは遺産分割協議を拒否し、暫定的・一時的に控訴人の株式の過半数の議決権を行使できる状況にあることを奇貨として本件株式の議決権を行使している。
オ 以上の各理由から、被控訴人X2は、本件株式の議決権を行使することはできないというべきである。
(3) 被控訴人ら主張の各決議が成立しているか否か(争点③)。
〔被控訴人ら〕
ア 被控訴人X2は、本件株主総会において本件株式の議決権を行使することができるから、本件株主総会における客観的な議決権行使状況に照らせば、第一号議案、第二―一号議案、第三―一号議案、第四号議案及び第五号議案は、反対多数(反対一万五二〇〇株に対し、賛成一万四八〇〇株)で否決されていて、第二―二号議案及び第三―二号議案は、賛成多数(賛成一万五二〇〇株に対し、反対一万四八〇〇株)で可決されている。
イ 株主総会においてある議案が可決されたか否決されたかは、議長の宣言により決するのではなく、客観的な議決権行使状況(賛成多数か反対多数か)によって、法的には当然にその効果が発生する(すなわち、議長の宣言は意味を持たない。)というべきであるから、本件株主総会においても、議長(A)が宣言した内容の決議(本件各決議)ではなく、上記アの内容の決議が成立しているものというべきである。
ウ このように解さなければ、客観的にある議案が可決又は否決されたとしても、議長がそれに相反する宣言をした以上、それに反対する株主は当該決議の取消請求をする以外になくなってしまう(当該決議の取消が本案訴訟で認められても、再度開催された株主総会で、議長が、再び客観的な議決権行使状況と異なった宣言を行えば、同取消判決は何の紛争解決能力を持たない。)。
〔控訴人〕
ア 被控訴人らの主張は争う。
イ 株主総会における決議は、挙手などの投票による場合には、議長がその議案に対する賛成の議決権数がその決議に必要な数に達したことを確認し宣言したときに決議がされたものとみるべきであるから、本件株主総会においては、議長(A)が宣言したとおりの決議(本件各決議)が成立していて、被控訴人らの主張する各決議は成立していない。
(4) 本件各決議に不存在事由あるいは取消事由が存在するか否か(争点④)。
〔被控訴人ら〕
仮に、控訴人の主張するように、本件各決議が成立しているとしても、次の理由から、本件各決議には、不存在事由又は取消事由が存在する。
ア 本件議決権行使に対する議長(A)の議事運営の誤り
(ア) 前記のとおり、被控訴人X2は、本件株式の議決権を行使することができたにもかかわらず、議長(A)は、本件議決権行使を認めなかった。したがって、本件各決議が成立しているとしても、このような議長(A)の誤った議事運営に基づき成立したものであって、その決議方法が法令に違反するものであるから、本件各決議には不存在事由又は取消事由が存在する。
(イ) 控訴人は、議長は、株主総会の円滑な運営の職責を担っていて、出席者の資格が「相当の理由」に基づいて問題とされる場合には、意思決定の公正さを担保するために議決権行使を制限すること等は、議長に委託された権限の内容として肯定されると主張するが、議長(A)は、自己の恣意的判断(利欲的判断)に基づき、本件議決権行使を認めなかったものであって、「相当の理由」に基づくものとはいえない。
イ 動議提案の違法性
第四号議案及び第五号議案は、本件株主総会当日、株主(A)が動議として提案したものを、議長(A)が議案として採択し、採決をしたものである。
株主が株主総会において提案できる「議案修正動議」は、招集通知に記載された議案の修正に限定されるものであって、議案そのものを提案することはその範囲を逸脱するものである。第四号議案及び第五号議案のような議案は、本来、本件招集通知に記載し、株主総会議案として株主に諮るべきものであるところ、第四号議案及び第五号議案は、本件株主総会当日になって、突如として株主(A)から提案されたものであって、動議として採択すること自体が許されないものである。したがって、本件株主総会において、第四号議案及び第五号議案について何らかの決議がされたとしても、その手続は法令に違反していて、本来的に決議としての効力を有しない。
この点につき、控訴人は、本件株主総会に控訴人の株主全員が出席していたのであるから、第四号議案及び第五号議案を議案として採択したことは、法令に違反しないと主張するが、本件株主総会に出席した被控訴人X2(代理人B弁護士)及び被控訴人X1(代理人C弁護士)は、第四号議案及び第五号議案を採択することについて異議を述べているから、株主全員が出席していることをもって、上記法令違反が治癒されるものではない。
ウ 補欠監査役選任の要件の欠如
第四号議案は、補欠監査役を選任する内容のものであるが、株主総会において補欠監査役を選任することは、「定時株主総会における社外監査役補欠者の予選の可否について」(平成一五年四月九日付け法務省民商第一〇七九号民事局商事課長通達)によって認められることとなったものである。
上記通達によれば、補欠監査役を選任するには、① 定款に「補欠監査役を選任することができる」旨を規定することに加え、② これを株主総会の議案とするには、監査役の同意を得ること及び取締役会の決議を得ることが必要である。
しかしながら、本件においては、① 控訴人の定款にその旨の規定はなく、② 控訴人監査役(被控訴人X2)の同意がない上、第四号議案について取締役会決議を経ていないのであるから、補欠監査役選任のための要件が欠如していて、第四号議案について何らかの決議がされたとしても、その手続は法令に違反していて、決議としての効力を有しない。
〔控訴人〕
ア 被控訴人らの主張アは争う。
被控訴人X2は、本件株主総会において、本件株式の議決権を行使することはできないのであるから、本件議決権行使を認めなかった議長(A)の判断は、何ら法令に違反するものではない。
仮に、被控訴人X2が本件株式の議決権を行使することができたとしても、次の理由から、本件各決議の決議方法に法令違反はない。
すなわち、株主総会の議長は、株主総会の円滑な運営の職責を担っていて、出席者の資格が「相当の理由」に基づいて問題とされる場合には、意思決定の公正さを担保するために議決権行使を制限すること等は、議長に委託された権限の内容として肯定される。
本件抗告審決定は、取締役等の選解任を議案とする株主総会における本件株式の議決権の行使は、多数決によって決せられる準共有物の管理行為の範囲内に属するものとは到底解されず、処分行為であるとして準共有者全員一致による議決権行使者の指定を要求している。また、本件株主総会前に、本件株式の議決権行使者の指定のための協議はされておらず、被控訴人らとA及びGとの間で、本件株式の議決権行使方法について激しい対立があって、本件株式についての権利行使者の指定には、その効力に重大な疑義があった上、その判断が控訴人にとって致命的ともいえる打撃を与えかねないものであった。
議長(A)は、本件抗告審決定の考え方に依拠し、本件株式について準共有者全員の同意によって権利行使者の指定及び通知がされていないことを理由の一つとして、本件議決権行使を認めなかった。このような議長(A)の判断は、「相当の理由」に基づくものであることが明らかである。
これらの事情に照らせば、議長(A)が本件議決権行使を認めない議事運営をしたことは、その正当な権限の範囲内の行為であって、何ら法令に違反するものではないことは明らかである。
イ 被控訴人らの主張イは争う。
第四号議案は、本件招集通知に記載された「監査役選任の件」の関連で、本件株主総会で、株主(A)が提案したものであるから、本件招集通知に記載された事項以外の議案とはいえない。
第五号議案については、確かに、本件招集通知に記載されておらず、また、本件招集通知に記載された取締役・監査役選任の件とは直接関連性がないものではあるが、株主全員が十分に承知している控訴人の従前の取扱いを確認するものに過ぎない上、本件株主総会には控訴人の株主全員が出席し、株主全員が決議に関与することができたのであるから、第五号議案に対する決議について、不存在事由や取消事由があるとまではいえない。
ウ 被控訴人らの主張ウは争う。
被控訴人らは、第四号議案について、補欠監査役選任のための要件が欠如していると主張するが、被控訴人らの引用する通達は、会社法三二九条二項及び会社法施行規則九六条によって変更されていて、被控訴人らの主張は理由がない。
なお、第四号議案については、本件株主総会に先立って、取締役会の決議を経ている。
第三当裁判所の判断
当裁判所は、被控訴人らの控訴人に対する主位的請求に係る訴えは却下すべきものであり、また、被控訴人らの控訴人に対する予備的各請求はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。
一 争点①(主位的請求に係る訴えについての確認の利益の有無)について
確認の利益は、判決をもって法律関係の存否を確定することが、その法律関係に関する法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位ないし利益が害される危険を除去するために必要かつ適切である場合に認められるものである。そして、株主総会における決議の存在若しくは不存在、又は有効若しくは無効についても、これを確定することによって、株主総会決議に伴う法律関係に関する法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位ないし利益が害される危険を除去するために必要かつ適切である場合があるものと考えられる。会社法は、この趣旨を明らかにするため、明文の規定(八三〇条)で、株主総会決議の不存在確認の訴え及び無効確認の訴えを認めているが、株主総会決議の存在確認の訴え及び有効確認の訴えについても、明文の規定は設けられていないものの、同様に、確認の利益を認めることができる場合もあるものと解するのが相当である。
しかしながら、被控訴人らが主位的請求において確認を求めているのは、予備的請求一において第一号議案、第二―一号議案、第三―一号議案、第四号議案及び第五号議案の各可決決議が存在しないことの確認を求めていることからみて、株主総会における決議の存在若しくは不存在、又は有効若しくは無効ではなく、本件各議案が可決されたこと又は否決されたことという過去の事実であるものと認めることが相当であって、そうすると、確認の利益を認めることはできないものといわざるを得ない。
被控訴人の引用する最高裁判決(最高裁昭和四一年(オ)第八二号同四五年七月九日第一小法廷判決・民集二四巻七号七五五頁)は、株主総会で決議がされていないのにかかわらず、決議がされたことを記載した株主総会議事録が作成された上、その旨の役員変更登記がされた事案において、株主総会の決議がその成立要件を欠いた場合でも、その決議の内容が商業登記簿に登記されているときは、その効力のないことの確定を求める訴えが適法である旨を判示したものであって、本件と事案を異にし適切でない。
以上によれば、被控訴人らの主位的請求に係る訴えは、確認の利益を欠くものとして、却下を免れない。
二 争点②(被控訴人X2は本件株式の議決権を行使することができるか否か)について
(1) 前記前提事実、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。
ア 控訴人は、昭和三二年四月一日、創業者であるDによって設立された各種金属のプレス加工等を目的とする株式会社であって、実質的にはDの一人会社であったが、その後増資をし、現在、その発行済み株式は合計三万株である。
控訴人は、現在、一〇〇名以上の従業員を擁し、平成一九年七月決算で売上高一四億六五八八万円余、経常利益六三四三万円余と業績は好調に推移している。
イ Dは、昭和四八年、二女Gの婿養子としてAを迎え、控訴人におけるDの後継者としてAを登用した。Dは、平成五年一〇月の役員改選期において、Aを控訴人の代表取締役として指名し、その後現在まで、AはDの後継者として控訴人の代表取締役を務めている。また、Gは、短期大学卒業後、控訴人に就職して総務関係の職務に従事していたところ、Dは、平成五年一〇月の役員改選期において、Gを控訴人の取締役として指名し、その後現在まで、Gは控訴人の取締役を務めている。加えて、AとGの間の長男Fは、控訴人の株式一二五〇株を、長女Hは、控訴人の株式七五〇株を保有している。
そして、Aは、控訴人の従業員や取引先の信頼を得ていて、Aによる控訴人の経営に格別の問題はなく、控訴人は順調に業績を推移してきた。
このように、Dの後継者としてのAの地位は、従業員や取引先からの信頼や後記のとおりのその家族の保有株式数などを踏まえ、安定したものとなっていた。
他方、被控訴人X2は、控訴人においてDの秘書業務と経理業務を担当し、平成五年一〇月、Gの後任として、控訴人の監査役に就任したが、平成一八年に至るまで、経営に直接関与したことはなく、被控訴人X2の長男二郎と二男三郎は控訴人の株式を保有していない。また、被控訴人X1は、控訴人の役員に就任したことはなく、その業務に関与したことはない。
ウ 控訴人の株主構成は、Aの家族の株式保有割合が漸次高くなっていき、平成五年二月の時点で、前記前提事実のとおり、D九七〇〇株、E二五〇〇株、被控訴人X1一二五〇株、被控訴人X2一七五〇株、G五七〇〇株、A七一〇〇株、F一二五〇株及びH七五〇株の構成となった。そして、この保有割合は、Dが死亡するまで続いた。
エ Dは、平成一八年六月四日、また、Eは、同年八月三日、相次いで死亡し、Eのした本件遺言の結果、本件株式は共同相続人である被控訴人ら、A及びGの準共有の状態となった。ところが、本件遺言の検認手続をきっかけとして、被控訴人らとAらとの間の確執が生じ、その対立は激化の一途をたどった。両者間の控訴人の経営権を巡る紛争の状況は、次のとおりである。
(ア) 被控訴人らは、控訴人に対し、少数株主権に基づき、平成一八年一〇月一九日付けの書面で、① 取締役解任の件、② 取締役選任の件及び③ 監査役選任の件を目的事項(議題)とする臨時株主総会の招集を請求し、次の内容の議案を提出した。
a 目的事項(議題)① 取締役解任の件について
A、G、F及びNを取締役から解任する。
b 目的事項(議題)② 取締役解任の件について
被控訴人X2、被控訴人X1及びIを取締役に選任する。
c 目的事項(議題)③ 監査役選任の件について
Oを監査役に選任する。
(イ) 被控訴人らの代理人であるB弁護士は、控訴人に対し、平成一八年一〇月二三日に控訴人に到達した同月一九日付け内容証明郵便で、本件株式の権利行使者を被控訴人X2と指定する旨を通知した。
(ウ) A及びGは、控訴人に対し、同月二五日に控訴人に到達した書面で、A及びGは本件株式の権利行使者を被控訴人X2と指定することについて同意しておらず、被控訴人X2が自己の判断に基づき本件株式の議決権を行使することについて異議があるので、被控訴人X2の議決権行使を認めないように求めた。
(エ) 控訴人は、同年一一月二八日、取締役会を開催し、被控訴人らの上記招集請求に基づき同年一二月一一日に京都市△△△△総合センターで臨時株主総会を開催することを決議した。代表取締役(A)は、同年一一月二九日ころ、控訴人の株主に対し、上記取締役会決議に基づき、臨時株主総会の招集通知をした。
(オ) 控訴人は、同年一二月一一日、臨時株主総会を開催し、上記(ア)aないしcの目的事項(議題)に関する各議案について決議をした。
上記株主総会で、被控訴人X2は、X2保有株式及び本件株式の議決権を行使し、被控訴人X1はX1保有株式の議決権を行使し、それぞれ上記の各議案に賛成し、他の株主は、上記の各議案に反対した。
議長(A)は、本件株式について、被控訴人X2の議決権行使を認めないこととして議事を進行し、上記いずれの議案についても、反対多数で否決された旨を宣言した。そして、議長(A)は、臨時株主総会議事録を作成した。
(カ) これに対し、被控訴人X2は、控訴人の従業員らに対し、現在の経営陣を解任し、被控訴人X2を代表者とした新役員に交代した旨の虚偽の発表をし、また、上記(オ)の各議案が原案のとおり可決された旨の虚偽の臨時株主総会議事録を作成し、前同日、申請人株式会社Y代表取締役X2の代理人B弁護士名義で、不実の控訴人の役員変更の登記申請をした。
(キ) 被控訴人X2は、同月一二日、京都地方裁判所に対し、A、G、F及びNを債務者として、上記(オ)の株主総会において同人らを取締役から解任する旨の決議が可決成立していると主張し、控訴人の取締役としての職務を執行してはならない旨の仮処分命令を求める申立てをした(同裁判所同年(ヨ)第六六一号)。
Aらは、被控訴人X2に不信を抱き、前同日、京都法務局に赴き、上記(カ)の登記申請の事実を知った。そして、Aらは、同法務局の担当者に対し、不実の登記である旨を説明し、上記登記申請を却下することを求める上申をした。
その後、被控訴人X2は、上記登記申請を取り下げた。
(ク) 京都地方裁判所は、上記(キ)の申立てに対し、平成一九年三月二三日、被保全権利の存否について判断せず、保全の必要性が認められないとして、上記申立てを却下する旨の決定をした。
(ケ) 被控訴人X2は、上記(ク)の決定を不服として、大阪高等裁判所に対し、即時抗告をし(同裁判所同年(ラ)第三二二号)。同裁判所は、上記申立てに対し、同年八月八日、後記カ(イ)と同旨の理由で、被保全権利の疎明がないとして、抗告を棄却する旨の決定をした。被控訴人X2は、大阪高等裁判所に対し、許可抗告の申立てをした(同裁判所同年(ラ許)第二〇二号)。同裁判所は、上記申立てに対し、同年九月四日、これを許可しない旨の決定をした。
(コ) 被控訴人X2は、同年四月一三日、京都地方裁判所に対し、控訴人を債務者として、本件株式について、遺産分割協議が成立するまでの間、債権者(被控訴人X2)に対し、株主としての議決権行使を許さなければならない旨の仮処分命令を求める申立てをした(同裁判所同年(ヨ)第一九三号)。同裁判所は、上記申立てに対し、同年五月三一日、被保全権利の存否について判断せず、保全の必要性が認められないとして、上記申立てを却下する旨の決定をした。
オ 一方、A及びGは、これらに先立つ平成一八年一一月七日、京都家庭裁判所に対し、被控訴人らを相手方として、被相続人Dの遺産分割審判を求める申立てをした(同裁判所同年(家)第二六七七号)。
カ(ア) 被控訴人X2は、平成一九年六月六日、京都地方裁判所に対し、控訴人を債務者として、控訴人は、本件株式について、被控訴人X2が、同年七月三一日から三か月以内に招集される控訴人の定時株主総会において、その株主権を行使することを妨害してはならない旨の仮処分命令を求める申立てをした(同裁判所同年(ヨ)第二九一号)。同裁判所は、上記申立てに対し、同年七月一七日、被保全権利の存否について判断せず、保全の必要性が認められないとして、上記申立てを却下する旨の決定をした。
(イ) 被控訴人X2は、上記決定を不服として、大阪高等裁判所に対し、即時抗告をし(同裁判所同年(ラ)第六七三号)。同裁判所は、上記申立てに対し、同年八月八日、次の理由で、被保全権利の疎明がないとして、抗告を棄却する旨の本件抗告審決定をした。
a 株式を相続により準共有するに至った共同相続人が、その株式の権利行使者を指定するにあたり、共有物の管理行為として、持分の価格に従いその過半数をもってこれを決することができると解されるにしても、本件株式の権利行使者の指定が準共有者の間で協議されたことを示す決議書などの疎明はない。
b 仮に、上記協議が行われたと解する余地があるとしても、被控訴人X2が主張する権利行使の内容は、今回の株主総会での本件株式の株主権の行使であり、A及びGの取締役退任(再任しない)と被控訴人X2らが控訴人の取締役に選任されるという議案に賛成するという内容の議決権の行使であることは当事者双方の主張から明らかである。この議案が決議されることとなれば、A及びGの準共有持分も賛成票を構成し、当のA及びGは取締役の地位を喪失することになり、本件株式の権利行使内容は、A及びGが本件株式の準共有持分を有することで企図している控訴人における経営関与の態様を根幹から覆す結果となる。このような株主権の行使が、多数決によって決せられる準共有物の管理行為の範囲内に属するとは到底解されない。
c したがって、本件株式の権利行使者として被控訴人X2が指定されたとし、またこの指定が法的に有効であるとしても、今回の株主総会における今回の議案の議決については、被控訴人X2が本件株式の株主権を行使することはできない。
(ウ) 被控訴人X2は、本件抗告審決定を不服として、同月一一日、大阪高等裁判所に対し、許可抗告の申立てをした(同裁判所同年(ラ許)第二〇三号)。同裁判所は、上記申立てに対し、同年九月四日、これを許可しない旨の決定をした。
キ(ア) 被控訴人らの代理人であるB弁護士及びC弁護士は、株主の議題・議案提案権に基づき、控訴人に対し、平成一九年六月一日付けの書面(乙一)で、① 取締役解任の件及び② 監査役選任の件を平成一九年度の定時株主総会(本件株主総会)の目的事項(議題)とすることを請求し、次の内容の議案を提出した。
a 目的事項(議題)① 取締役選任の件について
被控訴人X2、被控訴人X1、I、J、Kを取締役に選任する。
b 目的事項(議題)② 監査役選任の件について
Oを監査役に選任する。
(イ) 被控訴人らの代理人であるB弁護士及びC弁護士は、本件抗告審決定の後である同年九月一二日付けの書面(乙二)で、目的事項(議題)①に関する上記(ア)aの議案を「被控訴人X2、被控訴人X1、J、A、Gを取締役に選任する。」と修正した。
(ウ) 被控訴人らの代理人であるB弁護士及びC弁護士は、同月一四日付けの書面(乙三)で、有限会社aの件を本件株主総会の目的事項(議題)とすることを請求し、次の内容の議案を提出した。
目的事項(議題)③ 有限会社aの件
同社との間で締結されている平成一〇年四月一日付け業務委託契約について、同社に対して契約解除の意思表示をする。又、同社に対する金銭貸付けについて、その違法性に基づき即時に返還を請求する。
ク 控訴人は、平成一九年一〇月一九日、取締役会を開催し、後記日時、場所において、目的事項(議題)を別紙「議案目録」記載の目的事項(議題)①から③までとし、各目的事項(議題)に関する会社提案の議案を第一号議案、第二―一号議案及び第三―一号議案として定時株主総会(本件株主総会)を開催することを決議した。
なお、控訴人は、上記取締役会で、第三―一号議案の監査役候補者について、被控訴人X2が就任を承諾しない場合に備え、予備の候補者としてLを推薦することを決議したが、本件招集通知には予備の候補者に関する記載をしなかった。
被控訴人らの代理人であるB弁護士及びC弁護士から請求があった目的事項(議題)③有限会社aの件については、取締役の業務執行上の事項であること(株主総会の決議事項ではないこと)及び株主代表訴訟の争点であることから目的事項(議題)とはしないこととした。
(ア) 日時 平成一九年一〇月二九日 午後三時
(イ) 場所 京都市<以下省略> ○○○○京都第四会議室
ケ 控訴人の代表取締役(A)は、上記取締役会決議に基づき、控訴人の各株主に対し、同月一九日ころ、上記日時、場所、目的事項(議題)及び議案に加え、株主提案に係る別紙「議案目録」記載の第二―二号議案及び第三―二号議案の内容を記載した同日付けの書面で本件招集通知をした。
コ(ア) 被控訴人らは、A及びGに対し、同月一八日、「協議申し入れ書」(乙七)を送付し、① 本件株式に係る権利行使者を被控訴人X2とすることを申し入れるが、② 被控訴人らは、この点について全く譲る意思がないから、被控訴人X2を本件株式の権利行使者に指定することを受諾するか否か「のみ」を同月一九日午後五時までにファクシミリで回答するよう求めた。
(イ) A及びGは、被控訴人らの上記申入れに対し、前同日付けの書面(乙八)で、本件株式の権利行使者を指定するに当たっては、議決権行使の対象となる議案ごとに、被控訴人ら、A及びGの間で実質的な協議をして決定すべきであるなどとして、被控訴人らに対し、逆に、Eが被控訴人らに控訴人の株式を全て相続させる意思を有していたことを明確に示す証拠を示すこと、本件株主総会の目的事項(議題)②に関する第二―二号議案の取締役候補者を同年九月一二日付けの書面(乙二)で修正した理由や控訴人の経営方針等を説明することなどを求めた。
(ウ) 被控訴人らは、A及びGに対し、同年一〇月一九日付けの書面(乙九の二)で、A及びGが提示した上記疑問点について何ら説明・回答をしないまま、A及びGが、指定した期限までに、本件株式に係る権利行使者を被控訴人X2とすることを受諾する旨の回答をしなかったから、もはや協議を継続しても何らかの合意に達することはできないものと思われるとし、協議不調として処理する旨を通知した。
(エ) そして、被控訴人らは、同月一九日付けの書面(乙一〇の二)で、控訴人に対し、本件株式の権利行使者として被控訴人X2を指定する旨を通知した。
(オ) これに対し、A及びGは、控訴人に対し、同月二五日付けの書面(乙一一)で、本件株式の権利行使者指定に関し実質的な協議をしていないとして、本件株主総会で、被控訴人X2が本件株式の議決権を行使することを認めないように求めた。
サ 被控訴人X2において本件株式について権利行使者として単独で議決権行使した場合、控訴人の発行済み株式三万株は、被控訴人ら側において一万五二〇〇株、Aら側において一万四八〇〇株となって、被控訴人ら側が過半数を占めることになる。
以上のとおり認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(2) 株式会社の株式の所有者が死亡し複数の相続人がこれを承継した場合、その株式は、共同相続人の準共有となる(民法八九八条)ところ、共同相続人が共有株式の権利を行使するについては、共有者の中から権利行使者を指定しその旨会社に通知しなければならない(会社法一〇六条)。この場合、仮に準共有者の全員が一致しなければ権利行使者を指定することができないとすると、準共有者の一人でも反対すれば全員の社員権の行使が不可能になるのみならず、ひいては会社の運営に支障を来すおそれがあるので、こうした事態を避けるため、同株式の権利行使者を指定するに当たっては、準共有持分に従いその過半数をもってこれを決することができるとされている(最高裁平成五年(オ)第一九三九号同九年一月二八日第三小法廷判決・集民一八一号八三頁、最高裁平成一〇年(オ)第八六六号同一一年一二月一四日第三小法廷判決・集民一九五号七一五頁参照)。もっとも、一方で、こうした共同相続人による株式の準共有状態は、共同相続人間において遺産分割協議や家庭裁判所での調停が成立するまでの、あるいはこれが成立しない場合でも早晩なされる遺産分割審判が確定するまでの、一時的ないし暫定的状態にすぎないのであるから、その間における権利行使者の指定及びこれに基づく議決権の行使には、会社の事務処理の便宜を考慮して設けられた制度の趣旨を濫用あるいは悪用するものであってはならないというべきである。
そうとすれば、共同相続人間の権利行使者の指定は、最終的には準共有持分に従ってその過半数で決するとしても、上記のとおり準共有が暫定的状態であることにかんがみ、またその間における議決権行使の性質上、共同相続人間で事前に議案内容の重要度に応じしかるべき協議をすることが必要であって、この協議を全く行わずに権利行使者を指定するなど、共同相続人が権利行使の手続の過程でその権利を濫用した場合には、当該権利行使者の指定ないし議決権の行使は権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。
(3) そこで、前記(1)で認定した事実を前提として検討すると、本件においては、① 控訴人は、Dによる後継者指名を受けて、平成五年以降、Aを代表取締役、Gを取締役として、業績は好調に推移し、従業員や取引先の信頼を得て、その経営は安定していたものであり、また、Aの家族が保有する控訴人の株式数は、発行済み株式三万株中一万四八〇〇株となっていたところ、② 被控訴人らは、平成一八年のDとEの死亡を契機として、従前Dが保有していた本件株式が準共有の状態となって、遺産分割協議が成立するまでの間に限り、被控訴人らにおいてわずか四〇〇株の差で控訴人の発行済み株式の過半数を占めることとなることを奇貨として、それまで被控訴人X2において控訴人の株式一七五〇株を保有し控訴人の監査役として就任していただけで経営に直接関与していないにかかわらず、また、被控訴人X1において控訴人の株式一二五〇株を保有し控訴人の業務には全く関与していないにかかわらず、控訴人の経営を混乱に陥れることを目的とし、③ 被控訴人らにおいては、本件株式の準共有者間でも権利行使者の指定について実質的な協議をする意思はなく、また、実際にも実質的な協議をすることをせず、殊に本件抗告審決定において本件株式の権利行使者の指定が準共有者間で協議されたことを示す協議書などの疎明はないと協議がされていないことを明確に指摘されているのにかかわらず、④ 被控訴人らは、本件株主総会の直前である平成一九年一〇月一八日にA及びGに対して同日付け「協議申し入れ書」(乙七)を送付し、被控訴人らは、被控訴人X2を権利行使者として指定することについて全く譲る意思がないから、被控訴人X2を本件株式の権利行使者に指定することを受諾するか否か「のみ」を同月一九日午後五時までにファクシミリで回答することを求め、これに対し、A及びGが、前同日付けの書面(乙八)で、本件株式の権利行使者を指定するに当たっては、議決権行使の対象となる議案ごとに、被控訴人ら、A及びGの間で実質的な協議をして決定すべきであるなど申し入れたにもかかわらず、⑤ 被控訴人らは、A及びGに対し、前同日付けの書面で、A及びGが、指定した期限までに、本件株式に係る権利行使者を被控訴人X2とすることを受諾する旨の回答をしなかったから、もはや協議を継続しても何らかの合意に達することはできないものと思われるとし、協議不調として処理する旨を通知し、その上で、被控訴人らは、前同日付けの書面(乙一〇の二)で、控訴人に対し、本件株式の権利行使者として被控訴人X2を指定する旨を通知した、などの事実を認めることができる。そして、これらの事実を総合すると、被控訴人らは、平成一八年のDとEの死亡を契機として本件株式が準共有の状態となり、これが遺産分割が終了するまでの暫定的な事態にもかかわらず、この間に限り、前記のとおり、被控訴人らにおいてわずか四〇〇株の差で過半数を占めることとなることを奇貨とし、控訴人の経営を混乱に陥れることを意図し、本件抗告審決定で問題点を指摘されたにもかかわらず、権利行使者の指定について共同相続人間で真摯に協議する意思を持つことなく、単に形式的に協議をしているかのような体裁を整えただけで、実質的には全く協議をしていないまま、いわば問答無用的に権利行使者を指定したと認めるのが相当である。
そうとすれば、仮に一連の経緯のなかで、被控訴人らとA、Gとの間で協議が一応されたとみる余地があるとしても、前記認定事実によれば、被控訴人らの本件株式についての権利行使者を被控訴人X2とする指定は、法の定める手続を無視すると同様な行為と評価せざるを得ず、もはや権利の濫用であって、許されないものといわざるを得ない。
そして、前記認定事実によれば、このような指定による権利行使者としての被控訴人のX2の本件議決権行使は、同様に、協議がされていないものとして効力がないか、あるいは権利の濫用であって、いずれにしても許されないものというべきである。
(4) 以上によれば、被控訴人X2は、本件株主総会において、本件株式の議決権を行使することはできないと認めることが相当である。
三 争点③(被控訴人ら主張の各決議が成立しているか否か)について
前記前提事実のとおり、本件株主総会で本件各決議が成立したことを認めることができるところ、被控訴人X2は、本件株主総会において、本件株式の議決権を行使することができないことは前記二で認定説示したとおりであるから、被控訴人ら主張の各決議が成立しているということはできない。
四 争点④(本件各決議に不存在事由あるいは取消事由が存在するか否か)について
(1) 本件議決権行使についての議長(A)の議事運営の誤りについて
被控訴人X2は、本件株主総会において、本件株式の議決権を行使することができないことは前記二で認定説示したとおりである。
そうすると、被控訴人ら主張の議長(A)の議事運営の誤りがあるとはいえないから、この点をもって、本件各決議の不存在事由あるいは取消事由に当たるということはできない。
(2) 動議提案の違法性について
被控訴人らは、前記のとおり、第四号議案及び第五号議案は、本件招集通知に記載されず、本件株主総会当日になって初めて提案されたものであって、動議として採択することはできない旨主張する。
しかしながら、第四号議案は、本件招集通知に記載された第三号議案に関連するものであって、かつ、前記前提事実のとおり、控訴人の取締役会で議決されたものであるから、第四号議案が本件招集通知に記載されていないことをもって、第四号議案を提案し、これを採択することができないということはできない。また、第五号議案は、本件招集通知に記載されていないものであるが、本件株主総会には控訴人の株主全員が出席していて、かつ、弁論の全趣旨によれば、第五号議案に係る事項は株主全員が十分承知している控訴人の従前の取扱いを確認するものであったことを認めることができるのであるから、第五号議案が本件招集通知に記載されていないことをもって、第五号議案を提案し、これを採択することができないものではない。
そうすると、被控訴人ら主張の動議の違法があるということはできないから、この点をもって、本件各決議の不存在事由あるいは取消事由に当たるということはできない。
(3) 補欠監査役選任の要件の欠如について
被控訴人らは、前記のとおり、補充監査役選任の要件が欠けている旨主張する。
しかしながら、会社法三二九条二項は、「前項の決議をする場合には、法務省令で定めるところにより、役員が欠けた場合又はこの法律若しくは定款で定めた役員の員数を欠くこととなるときに備えて補欠の役員を選任することができる。」と規定し、被控訴人の引用する通達(平成一五年四月九日法務省民商第一〇七九号民事局商事課長通達)を変更しているのであって、したがって、被控訴人らの主張する点をもって、補充監査役選任の要件に当たるということはできない。
そうすると、補充監査役選任の要件が欠如しているとはいえないから、この点をもって、本件各決議の不存在事由あるいは取消事由に当たるということはできない。
(4) 以上のとおりであって、本件各決議に不存在事由あるいは取消事由があるとは認められない。
五 結論
以上によれば、被控訴人らの主位的請求に係る訴えは不適法であって却下すべきであり、被控訴人らの予備的各請求はいずれも理由がないから、これと異なる原判決を一部取り消すこととする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森野俊彦 裁判官 森宏司 裁判官小池一利は差し支えのため、署名押印することができない。裁判長裁判官 森野俊彦)
別紙 議案目録
目的事項(議題)
① 第五一期決算報告書承認の件について
第五一期決算報告書を承認する(第一号議案)(会社提案)。
② 取締役選任に関する件について
A、G、J、F、Nの五名を取締役に選任(再任)する(第二―一号議案)(会社提案)。
J、A、Gの三名を取締役に選任(再任)し、X2、X1の二名を取締役に選任(新任)する(第二―二号議案)(株主提案)。
③ 監査役選任に関する件について
X2を監査役に選任(再任)する(第三―一号議案)(会社提案)。
Oを監査役に選任(新任)する(第三―二号議案)(株主提案)。
④ 監査役予備候補者の件について
監査役に欠員が生じた場合の予備として、Lを選任する(第四号議案)(株主提案)。
⑤ 役員報酬の件について
取締役報酬は総額一億円以内、監査役報酬は総額二〇〇〇万円以内とする(第五号議案)(株主提案)。
別紙 相続関係図《省略》