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大阪高等裁判所 平成20年(ネ)1846号 判決 2008年12月18日

住所<省略>

控訴人(第1審本訴被告・反訴原告)

同訴訟代理人弁護士

山﨑敏彦

東京都渋谷区<以下省略>

被控訴人(第1審本訴原告・反訴被告)

第一商品株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

川戸淳一郎

滝田裕

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は,控訴人に対し,581万9521円及びこれに対する平成18年1月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人の本訴請求及び控訴人のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを10分し,その3を控訴人の,その余を被控訴人の各負担とする。

3  この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人の本訴請求を棄却する。

3  被控訴人は,控訴人に対し,2255万3424円及びこれに対する平成17年12月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

第2事案の概要(略記は,原判決のそれに従う。)

1  本件本訴は,商品取引員である被控訴人が,控訴人に対し,控訴人の委託を受けて行った商品先物取引による差損金残金3328万9404円及びこれに対する最終の弁済日の翌日である平成18年1月13日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

本件本訴において,控訴人は,被控訴人の従業員の勧誘行為につき,消費者契約法4条所定の取消事由があったとして,被控訴人に対する取引委託の消費者契約法4条に基づく取消しを主張するほか,被控訴人の従業員による不適格者に対する勧誘,断定的判断の提供,説明義務違反,新規委託者保護義務違反等の違法行為であり,控訴人は,被控訴人に対し,不法行為に基づき,控訴人が被控訴人に対して預託した委託証拠金相当額2050万3424円と上記差損金3328万9404円の合計5379万2828円及び弁護士費用205万円の合計5584万2828円の損害賠償請求権を有するとして,同請求権と本訴請求に係る差損金支払請求権との相殺を主張する。

本件反訴は,控訴人が,主位的に,上記損害賠償請求権の相殺後の残額である2050万3424円及び弁護士費用205万円の合計2255万3424円及びこれに対する取引終了日である平成17年12月19日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,予備的に,上記消費者契約法4条に基づく取消しによる不当利得に基づき,利得金2050万3424円と弁護士費用205万円及び上記取消しの日の翌日である平成18年7月11日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  原審は,被控訴人の本訴請求を認容し,控訴人の反訴請求を棄却した。

控訴人は,これを不服として控訴した。

3  前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1 前提事実」及び「2 争点」に記載のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

本件の認定事実は,次のとおり加除訂正するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「1 認定事実」(原判決12頁6行目から23頁1行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決12頁14行目から15行目にかけての「かった。」を削除する。

(2)  原判決13頁3行目の「「金が」から6行目の「言って」までを「金は値上がりする可能性が高いことを説明して」と改める。

(3)  原判決15頁6行目末尾に「なお,控訴人は,Bとの会話の間,「頭が整理できていない」,「分かりにくい」,「ガイドを1回読んでみる」などの回答をした場面もあったが,最終的には了解した旨伝えている。もっとも,控訴人は,被控訴人から交付されたガイドを改めて読んでみることはしていない。」を加える。

2  本件取引の違法性の有無(争点4)について

(1)  控訴人の主張する違法性のうち,過大取引,過当取引及び新規委託者保護義務違反を除くその余の点についての判断は,次のとおり訂正するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「2 原告の勧誘等の違法性について」の「(1)ないし(4),(7),(9),(10)」(原判決23頁2行目から27頁1行目まで,28頁16行目から29頁3行目まで及び30頁3行目から32頁8行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決24頁20行目から21行目にかけての「買いにに」を「買いに」と改める。

イ 原判決26頁3行目冒頭から4行目の「認められるが」までを次のとおり改める。

「この点,控訴人の陳述書(乙3)の記載,原審における控訴人本人尋問における供述にはこれに沿う部分があるが,被控訴人はこれを否認しているところ,原審証人Cも金は値上がりの可能性が高いことを説明した旨証言していることから,いわゆるセールストークとして,金の取引により利益を上げられる可能性が高いことを述べたことは否定できない。しかし,それを超えて,「金は必ず上がります」,「金は値下がりするはずがない」とまで述べたことを認めるに足りる的確な証拠はなく」

ウ 原判決28頁17行目の「行われてい」を「行われていた」と改める。

(2)  過大取引について

前記認定事実によれば,本件取引期間は,平成17年2月17日から同年12月19日までの約10か月にすぎないが,この間,新規244件,仕切344件にも及ぶ売買が行われ,合計5379万2828円の差損金が生じる結果となっている。具体的な取引の状況をみると,1日に合計100枚以上の取引を行うことも珍しくなく,特に金が値上がりを続けていた平成17年11月下旬以降,東京工業品取引所が金に臨時増証拠金措置を執るまでの取引量は膨大なものになっている。すなわち,同月28日には,アルミ,金及び銀の合計350枚の買玉が建てられ,白金100枚が売決済され,12月2日には白金及びパラジウムの合計200枚の買玉が建てられ,金及び銀の合計200枚が売決済され,同月5日には,アルミ,白金,金及び銀の合計250枚の買玉が建てられ,白金及び金の合計100枚が売決済され,同月8日には,金及び銀の合計300枚の買玉が建てられ,アルミ,金及び銀合計250枚が売決済され,同月9日にはアルミ,パラジウム及び白金の合計300枚の買玉が建てられ,同月12日に至っては,白金,金及び銀の合計500枚の買玉が建てられ,パラジウム100枚が売決済されるなどして,この時点で買建残玉が990枚にも上っている。

そして,本件取引のほとんどは,Cらの頻繁かつ積極的な勧誘・提案によって行われたものであり,これらの委託証拠金は,当初に控訴人から委託保証金として交付された金地金(平成17年4月19日時点で1200万円相当)を除き,すべて取引による利益金が振り替えられたものである。

確かに,前記認定事実によれば,本件取引は,すべて控訴人の了解の下に行われたものであり,実際,平成17年11月14日には,控訴人は,Cから勧められた銀100枚の購入を拒絶したこともあり,また,被控訴人の提供するパソコンによる情報提供サービス等によって自らの取引高や売買益等を把握しており,同年8月9日には,それまでの売買益から10万円を引き出し,それ以外には,利益金を引き出していないのであって,本件取引による売買益が委託保証金に振り替えられていることを了承していたことが認められる。

しかし,控訴人は,本件取引まで,先物取引を行った経験はなく,証券取引も勤務先の会社の持株会によって株式を保有すること以外には,ほとんど行ったことがなく,先物取引のような投機目的の取引に対して積極的ではなく,前記のとおり,Bの説明により,本件取引について,一度に多額の損失を被る可能性があることを認識し,取引状況を把握していたにしても,取引開始からさほど期間も経過しておらず,具体的な取引の仕組みや方法について熟達していたというにはほど遠い状況にあったことは否定できず,なおCらの提案・勧誘にほとんど従うしかなく,自ら積極的に取引に関与したのは,上記のごく例外的な場合に限られていたというべきである。

このような膨大な取引は,金の先物取引が極めて投機性が強く危険であること,また,Cらによる提案・勧誘の状況に照らし,社団法人日本商品取引員協会の定める受託等業務に関する規則3条3項(会員は,取引開始後においても,顧客の知識,経験,財産の状況及び受託契約を締結する目的に照らして不相応と認められる過度な取引が行われることのないよう,適切な管理を行うものとする。)(公知の事実)にも反しており,過大な取引として違法であるというべきである。

(3)  過当取引について

前記のとおり,平成17年2月17日から同年12月19日までの約10か月間の本件取引期間内に新規244件,仕切344件にも及ぶ売買が行われ,合計5379万2828円の差損金が生じる結果となったところ,被控訴人が取得した委託手数料は6709万4514円に上っている。

本件取引には,「直し」となる取引(No.186ないし188・227・320・351ないし354・369ないし371・398)及び「手数料不抜け」となる取引(No.34・41・42・45・46・231・342)が存在することが認められるだけでなく,「直し」に当たらないまでも,例えば,平成17年9月15日,16日に併せて金200枚の買玉が売決済され,その4日後の同月20日,21日,22日に併せて金230枚の買玉が再度建てられ,その4日後である同月26日,30日にはこのうち150枚の買玉が売決済され,翌営業日である同年10月3日には再度買玉が建てられるといった短期日での売買も少なからず認められる。さらに,金についていえば,平成17年11月14日から12月12日までの間,せいぜい3,4日の間隔で建玉と決済が繰り返されている。

なお,直しは,いったん利益を現実化するために意味のある場合があり,手数料不抜けも相場の状況と相場観によっては直ちに不適切な取引であるとすることはできない場合もあるが,少なくとも,本件では,前記のとおり,本件取引によって生じた利益金のほとんどが,Cらの勧めにより証拠金に振り替えられており,控訴人が積極的に利益を現実化することを希望したこともうかがえない。

取引数量についても,前記のとおり,1日100枚以上の取引も珍しくなく,特に平成17年11月下旬以降,東京工業品取引所が金について臨時増証拠金措置を執るまでの間,そうした傾向は顕著となり,1日合計100枚以上の取引が繰り返されて12月12日に至っては,白金,金及び銀の合計500枚の買玉が建てられ,パラジウム100枚が売決済されるなどして,この時点で買建残玉が990枚にものぼっている。

これらの一連の取引については,前記のとおり,本件取引まで,投機的な取引に対しては積極的でなく,先物取引や株式投資の経験もなく,先物取引についての理解も必ずしも十分であったとは言い難い控訴人が,Cらの提案・勧誘に従って行ったものであり,自らが積極的に関与したものはほとんどない。

そして,上記の取引回数,取引頻度,取引数量及びこれらの本件取引はCの提案・勧誘に控訴人が応じる形式で行われていたことなどからすれば,被控訴人は,手数料稼ぎを目的として本件取引を勧誘したものと推認することができる。

以上の点に照らせば,本件取引が被控訴人の手数料稼ぎのために行われたもので,また,前記受託等業務に関する規則3条3項にも反する違法な過当取引であるというべきである。

(4)  新規委託者保護義務違反について

新規委託者保護に関する被控訴人内部の社内規定の内容は明らかでないものの,一般投資家は,商品取引員に委託して商品先物取引をせざるを得ないこと,商品取引員は,商品先物取引の専門家であって,その仕組み及び危険性を熟知している上,一般投資家との受託契約によって利益を得る者であり,委任契約上の善管注意義務を負う者であることを考慮すれば,被控訴人は,信義則上,商品先物取引を開始して間もない者に対し,過大な数量の取引を勧誘したり,そのような取引を受託しないようにすべき注意義務(新規委託者保護義務)を負っているというべきである。

このことは,主務省の制定した商品先物取引の委託者の保護に関するガイドラインの商品取引所法215条に関する「5 商品先物取引未経験者の保護措置」において,商品先物取引の経験がない者に対しては,最初の取引を行う日から最低3か月を経過する日までの期間を目安とし,建玉時に預託する取引証拠金等の額が申告した投資可能資金額の3分の1となる水準を目安とするとされていること(公知の事実)からも明らかである(なお,本件取引開始当時,同ガイドラインは未だ適用されていないが,その趣旨からすれば,本件においても,参考となる基準というべきである。)。

控訴人は,本件取引以前には,先物取引を行った経験はなく,証券取引も,会社の持株会によって株式を保有すること以外には,ほとんど行ったことはなく,Bの説明によって,先物取引の危険性については認識していたにしても,Bの説明への対応からして具体的な取引の仕組みや方法を十分に理解していたとまでは言い難いことがうかがわれる上,結局,ガイド等も読んでいなかったにもかかわらず,Cに勧められるままに本件取引を行ったところ,原判決別紙建玉分析表のとおり,本件取引の初日である2月17日に金70枚の買玉が,その翌日に金40枚の買玉がそれぞれ建てられ,同月24日には金50枚の買玉が建てられており(No.1ないし4),同月中の買玉が160枚に達していることが認められる。原判決別紙建玉分析表のとおり,これらの取引は,いずれも利益を出して仕切られており,翌3月には金30枚の売決済と金40枚の新規買建てがされ,4月には金130枚が売決済されたのみで,5月2日に金80枚,同月6日に金60枚,同月10日に金20枚と立て続けに新規買建てがされており(No.11ないし14),取引開始から約3か月後の5月10日の買建残玉は180枚に上っている。また,4月19日の時点で必要証拠金額が1020万円(甲6の2)と投資可能額1200万円(甲7)とほぼ同額にまでなっていた。

こうしたことからすれば,常に相場の変動が予想されるハイリスク・ハイリターンの取引である商品先物取引の危険性に照らし,たまたまこの時期,控訴人の本件取引に利益が出ていたとしても,被控訴人の勧誘に新規委託者保護義務違反の違法があったことは否定できないというべきである。

3  争点1ないし3について

争点1ないし3についての判断は,次のとおり付加訂正するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「3 本件取引契約の消費者契約法4条に基づく解除の可否(争点1)」,「4 本件取引が錯誤により無効か(争点2)」及び「5 本件取引が被控訴人担当者の詐欺によるものか(争点3)」(原判決32頁9行目から33頁20行目まで)に記載のとおりであるからこれを引用する。

(1)  原判決32頁13行目の「より大きな」を「大きな」と改める。

(2)  原判決33頁10行目の「動機が」の次に「明示的にはもとより」を加える。

4  検討

(1)  以上によれば,本件取引は,全体として違法な取引というべきであるが,控訴人も,本件取引が控訴人に帰属すること自体の認識があったことは明らかであり,本件取引の有効性を認めることはできるから,契約に基づく被控訴人の差損金請求は,原則として,認められるというべきである。

もっとも,被控訴人が,本件取引に関して,前記認定に係る不法行為に及んでいながら,その取引に基づく差損金について,控訴人に対し,その全額を請求することは信義則上許されないというべきであり,本件取引における被控訴人の行為の違法性の程度,後記(2)の控訴人の過失等を考慮し,その3割の限度で被控訴人の請求を認めるのが相当である。

したがって,被控訴人が控訴人に対して支払を求めることのできる差損金の額は,差損金残金3328万9404円の3割に相当する998万6821円(3328万9404円×0.3,円未満切捨て,以下同様)となる。

(2)  一方,控訴人は,被控訴人の前記不法行為により,被控訴人に預託した委託証拠金相当額2050万3424円の損害を被ったものと認められる(なお,控訴人は,金地金を証拠金として預託しており,金地金については価格変動の可能性を否定できないが,控訴人は,現物で預託した以上,損害額の算定に当たっては金地金の時価額,本件でいえば精算時の価格として算定するのが相当である。)。

しかし,控訴人がこのような損害を被るに至ったのは,本件取引開始に先だって,担当者のCから,本件取引がハイリスク・ハイリターンの取引であることを具体例を交えながら説明を受け,商品先物取引委託のガイド等の交付を受け,また,審査部のBからも本件取引においては,委託証拠金以上の多額の損失となる危険性もあることを告げられており,本件取引の開始後も被控訴人からのパソコンによる情報提供サービスにより自己の取引状況を把握し,さらに,商品先物取引の仕組みを理解し得る能力を有していたにもかかわらず,被控訴人担当者の取引に関する説明を十分吟味しないまま,安易に勧誘に応じ,短期間に大量の取引を行うなど,控訴人にも一定の落ち度があったことは否定できない。前記の被控訴人の行為の違法性と控訴人の落ち度とを比較すれば,控訴人に生じた損害のうち,その3割を過失相殺として控除するのが相当である。

したがって,控訴人の損害額は,被控訴人に預託した委託証拠金の7割に相当する1435万2396円となる。そして,本件訴訟の経緯に鑑み弁護士費用として140万円を認めるのが相当であるから,控訴人が被控訴人に対して請求することのできる損害の額は,両者を合計した1575万2396円となる。

(3)  控訴人は,被控訴人に対する損害賠償請求権と被控訴人請求に係る差損金支払請求権との相殺を主張する。

差損金支払請求権が確定したのは,最終弁済日である平成18年1月12日であり,この時点で相殺適状となり,相殺により差損金支払請求権は消滅する。他方,控訴人の被控訴人に対する1575万2396円の損害賠償請求権については,最終取引日である平成17年12月19日から平成18年1月12日までの民法所定年5分の遅延損害金5万3946円(1575万2396円×0.05×25日/365日)を加算した1580万6342円から差損金残金998万6821円を遅延損害金から順次相殺充当した581万9521円が残ることとなり,被控訴人は,控訴人に対し,同金額及びこれに対する平成18年1月13日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払う義務があることとなる。

5  以上の次第であり,控訴人の被控訴人に対する反訴請求は主文第1項(1)の限度で理由があるから,これを認容し,控訴人のその余請求及び被控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから,これを棄却すべきである。

よって,これと異なる原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島田清次郎 裁判官 松井千鶴子 裁判官山垣清正は差し支えのため署名押印できない。裁判長裁判官 島田清次郎)

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