大阪高等裁判所 平成20年(ネ)2108号 判決 2009年1月30日
控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
山﨑省吾
被控訴人
Y
同訴訟代理人弁護士
野口晋司
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は、控訴人に対し、五九八万二〇〇三円及びこれに対する平成一八年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その三を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は、控訴人に対し、九五一万九六二三円及びこれに対する平成一八年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一審の一〇分の六と第二審の全部を被控訴人の負担とする。
四 仮執行宣言
第二事案の概要(略記は、原判決のそれに従う。)
一 本件は、交通事故によって受傷しまた物的損害を被った控訴人が、加害車両の運転者兼保有者である被控訴人に対して、自賠法三条及び民法七〇九条に基づいて、一五八五万四五七〇円の損害賠償とこれに対する事故日からの遅延損害金の支払を求めた事案である。
なお、本件は、被控訴人を原告、控訴人を被告とする原審平成一八年(ワ)第七九九号債務不存在確認請求本訴事件(一八九万七三八二円を超える損害賠償債務の不存在確認を請求)に対する反訴事件として提起されたが、本訴事件は取下げによって終了している。
二 原審は、控訴人の請求を、四〇六万二〇〇三円とこれに対する遅延損害金の範囲で一部認容した。控訴人は、敗訴部分を不服として控訴した。なお、控訴人は、当審において、控訴の趣旨のとおりに請求を減縮した。
三 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、原判決三頁四行目の「三〇万円の」を「三〇万円で」と改め、後記四のとおり「当審における当事者の補充主張」を加えるほかは、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「一 前提となる事実」、「二 当事者の主張」及び「三 争点」に記載のとおりであるから、これを引用する。
四 当審における当事者の補充主張
(1) 控訴人の主張
ア 請求の減縮
控訴人は、控訴の趣旨二のとおり、当審において請求を減縮し、修理費用二二二万三二七三円、代車費用一五〇万円、評価損三五〇万円、治療関係費七五万四二三〇円、通院慰謝料七五万円、弁護士費用八六万円のみを主張し請求する(なお、損害てん補六万七八八〇円を控除する。)。
イ a接骨院分
d医院の院長は一般内科ことに胃腸科を専門とする開業医であり、同医院での治療では回復の見込みがなかったため、控訴人は、友達に勧められてa接骨院に転院した。a接骨院の治療費は六六万七六二〇円となっているが、このうち少なくとも三〇万円ほどは本件事故による頸椎捻挫の治療費だと見られ、治療の効果は上がっていた。
ウ 代車使用料
控訴人は本件車両以外に自動車を所有していないので代車使用の必要性があり、サイドメンバーの修補という大修理をしていることから事故日から修理完了した平成一八年一二月一日までの四か月と一日を修理期間とするのが相当である。高級外車において部品調達等の都合から修理に長期間を要することがままあるが、この場合に期間制限をする理由は乏しい。
エ 評価損
本件車両の損傷は車両の骨格部分についての損傷であるところ、最新の設備と最高の技術をもってしても技術上の限界から機能上回復できない欠陥が存しているし、本件車両はモノコックシェル構造をその特質とする超高性能車であり遅れ破壊の可能性も強く残り、破損の蓋然性は電子部品にも及んでいるので、完全に修復されたとはいえない状態にあり、このことが技術上の評価損として現れて取引上の評価損をさらに拡大する要因となった。そして、この点は、試乗したときのドライビング・フィーリングに顕著に現れ、直線性の甘さ、オーバーステアの発生、ブレーキ・アクセルの硬さといった問題が生じたので、控訴人は本件車両の売却を決心した。ポルシェカレラ911という車種に関する味わいやフィーリングへの共感が高級輸入スポーツカーの価格の高さの源泉であり、評価損に関してもこの点の毀損を無視することはできない。さらに中古車専門業者にとってその旨の表示義務がある修復歴車・事故車になることにより中古車市場でグレードが最低ランクへ下落してしまった。
(2) 被控訴人の主張
ア 代車使用料
控訴人が使用した代車の年式等は不明であるが、代車は余り使用されておらず、控訴人が使用している間も貸主は代替車を用意する等の損置は講じなかったもので、控訴人は息子から代車を借りていたものであるから、代車料を損害として認めることはできない。
イ 評価損
仮に事故により車両の価値が減少したとしても、事故以前に既に当該車両を売却する合意ができていた等の事情がない限り、当該車両の事故直前の評価額と事故後の評価額との差額が直ちに損害となるものではない。また、本件車両は、修理後控訴人らによるテスト走行などにより、およそ一〇〇〇kmの走行を経た後に売却されたのであるから、機能上の欠陥は余すことなく修理されたものである。評価損としては、修理費用の二ないし三割程度にとどめるべきである。
第三当裁判所の判断
一 物的損害
(1) 修理費用 二二二万三二七三円
《証拠省略》によれば、控訴人は、本件車両の修理費用として、平成一八年一二月一日に、二二二万三二七三円を支払ったことが認められる。
そして、乙一九(平成一八年八月四日付見積書)、乙二〇(平成一八年一一月二九日付請求書)をも加味すれば、上記修理費用は、修理内容を含めて本件事故によって損傷を受けた本件車両を修理するのに必要な費用額と認めることができ、これはポルシェの専門業者が関与して査定された既に支払済みの金額であるから、この認定・判断は、甲一(平成一八年八月二日付見積書)によっても覆らない。
よって、本件事故と相当因果関係がある修理費用は、上記二二二万三二七三円であると認める。
(2) 代車費用 一一九万円
ア 《証拠省略》によれば、① c株式会社(資本金三〇〇〇万円)は、控訴人が昭和四七年に設立した会社であり、控訴人はうつ状態が原因で平成一七年八月二〇日に退任するまでは代表取締役、それ以後は取締役を務めており、同日以後は控訴人の長男が代表取締役を務めているものであるが、本件事故当時はBMW(数年前の年式のBMW750)と他の工事用車両(ライトバン)各一台を所有し、いずれも会社の営業用に使用していたこと、② 本件車両以外に他の車両を所有していなかった控訴人は、独り暮らしで日常生活等でも車両が必要であったため、c株式会社からBMWを、平成一八年八月三日より一か月三〇万円(一か月未満は日割計算)の約定で賃借し、その後、控訴人は同年一二月一日に修理完了により修理業者から本件車両の返還を受けたが(部品取り寄せ等で修理に長期間を要した。)、試乗の結果高速走行等には不適と判断して本件車両を売却することになり、控訴人が次の車両を入手できるまで(最長でも平成一九年四月三日まで)賃借期間は延長されたこと、③ c株式会社は、BMWを控訴人に賃貸している期間中、営業用にライトバンを使用し、別途営業用に他の車両を賃借するなどの手配はしなかったが、どうしても顧客等への対応などから高級車が必要なときには控訴人の長男の妻が所有するセダン車とライトバンを取り替えて使用していたこと、④ c株式会社は、BMWを控訴人に賃貸するに当たり、会社と個人の区別を明確にすべきであるとの税理士の指導を受けて、賃貸借契約書を作成し、BMWの賃料の支払も一五〇万円は現金でその余は相殺の方法で現実に支払を受けており、その旨の明確な経理処理もなされていること、⑤ 平成一八年八月初めころ、被控訴人が契約している任意保険会社は控訴人との間で、本件車両の代車費用として一日一万円くらいであれば控訴人に支払う旨の話をしていたこと、以上の事実が認められる。
イ 前項の認定事実によれば、控訴人はc株式会社から真実代替車両であるBMWを賃借して一か月三〇万円の対価を支払っていたものと認めることができるのであって、これが虚偽仮装の契約であったことを示す特段の証拠もないのであるから、控訴人は本件事故により平成一八年八月三日から同年一二月一日までの間に代車費用として一一九万円の支払を要したものと認めるのが相当である。
(3) 評価損 一五〇万円
ア 《証拠省略》を総合すると、① 本件車両は、諸費用込みの代金合計一五九九万七八四八円で購入され、平成一八年三月二七日に初年度登録がなされたポルシェカレラ911であるところ、同年八月一日の本件事故によって大きな衝撃を受けて、その枢要部分である左右リアサイドメンバーとリヤクロスメンバーに損傷が及んでおり、最新の設備と高度な技術をもってする修理(修理代金二二二万三二七三円)が完了した後も、技術上の限界から機能上の損傷が完全には回復していない可能性が否定できないこと、② 本件車両は、純粋のスポーツカーとして製造された高性能の超高級輸入車で、モノコックシェル構造をその特質としているところ、その修理には切開、伸縮及び加熱等の作業を必要としたため、周辺部へ熱が波及し歪等が生じることは避けがたく、修理作業に遅れて生じる破壊現象等が出る可能性もあり、また、電子部品に対する本件事故の衝撃で今後障害が発生する可能性も否定できないため、控訴人は本件車両を購入したポルシェの取扱業者からはサーキット走行等の高速走行は避けた方がよいと言われていること、③ 本件車両の修理後に控訴人やその長男が試乗したところ、本件事故前に比べて直線性が甘くなり、オーバーステアの発生、ブレーキ・アクセルの硬さといった問題が生じているとの判断に至ったこともあって、控訴人は本件車両を売却することを決断したこと、④ 純粋スポーツカーであるポルシェカレラ911という車種(本件車両)に関する味わいやドライビング・フィーリングへの共感が高級輸入スポーツカーの価格の高さの源泉であるところ、本件事故によりこれらが失われ、また、本件車両が中古車専門業者にその旨の表示義務がある修復歴車・事故車に該当することにより中古車市場でグレードが最低ランクへ下落し、また、本件事故によりポルシェによる長期品質保証が外れてしまうという不利益も存すること、⑤ 日本自動車査定協定の中古自動車査定基準による事故減価算定によれば、本件車両の評価損は九六万七〇〇〇円とされたが、控訴人が本件車両を売却したところ、平成一八年一二月二六日に八五〇万円でしか売却できず、他の業者の買受見積は六〇〇万円と七五〇万円の金額に止まったこと、以上の事実が認められる。
イ 前項認定の事実によれば、本件車両は、本件事故により、モノコックシェル構造の枢要部分に損傷が及んでおり、最新の設備と高度の技術をもってする修理が完了した後も、技術上の限界から機能上の損傷が完全には回復していない可能性が否定できず、そのため控訴人が本件車両を購入したポルシェの取扱業者からはサーキット走行等の高速走行は避けた方がよいと言われているところであって、控訴人も高速運転走行性能が大きく低下したと判断するに至っている状況にあり、中古車専門業者に表示義務がある修復歴車・事故車とされ、ポルシェによる長期品質保証からも除外されており、本件車両が純粋のスポーツカーとして作られた高性能の超高級輸入車で初年度登録後四か月余りで本件事故に遭っていることを考え、また、日本自動車査定協会の事故減価算定はあくまで一つの参考基準にすぎず、現に約一六〇〇万円で購入した本件車両が複数見積を取っても八五〇万円でしか売却できなかったものであって、修理費用とは別途に評価損が発生していることは明らかであるといわなければならない。そして、以上の諸事情、特に本件車両が純粋のスポーツカーとして製造された高性能の超高級輸入車であるにもかかわらず、取扱業者からはサーキット走行等の高速走行は避けた方がよいと言われ、また、控訴人自身も高速運転走行性能が大きく低下したと判断せざるを得ない程度に、修理完了後も技術上の限界から本件車両の機能上の損傷が完全に回復していない可能性が否定できない状況にあることなどに照らすと、本件車両の評価損としては一五〇万円が相当であると判断する。
二 人的損害
(1) 治療関係費
ア d医院 七万九一四〇円
《証拠省略》によれば、控訴人は、本件事故による受傷の治療のため、平成一八年八月一日から同年九月三〇日まで(ただし、最終の受診日は同年九月一九日)、d医院に通院したこと(実日数一九日)、その治療費として合計七万九一四〇円を要したこと(ただし、後記のとおり、内六万七八八〇円は被控訴人が支払済み)、d医院における傷病名は「頸部捻挫・右足関節捻挫」であり、本件事故当日、控訴人には上肢のしびれはなく、レントゲン検査の結果も異常がなかったこと、その後のd医院における治療内容は、消炎鎮痛処置・投薬とリハビリのみで推移していること等の事実が認められる。
以上認定の事実によれば、d医院にかかる治療費七万九一四〇円は本件事故と相当因果関係にある損害と認めることができる。
イ b調剤薬局 七四七〇円
《証拠省略》によれば、控訴人は、b調剤薬局に対する薬剤代として、平成一八年八月一日、四日、五日及び一二日に合計七四七〇円(控訴人は一万五二九〇円と主張するが、これは釣り銭も含めて誤算したものと推認される。)支払ったことが認められるところ、上記二(1)ア掲記の証拠によれば、d医院は控訴人のため処方箋を作成していること、d医院とb調剤薬局の住所は近接していること、上記四日は控訴人がd医院を受診した日と同一であること等の事実が認められ、これらの事実に徴すると、上記七四七〇円は、d医院の処方箋指示による薬剤の代金と推認できる。
そうすると、上記七四七〇円は、本件事故と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。
ウ a接骨院 〇円
《証拠省略》によれば、控訴人は、平成一八年九月二五日から平成一九年五月一〇日までa接骨院に通院し、施術を受けたところ、a接骨院における傷病名は「頸部捻挫・腰部捻挫・右下腿部下部挫傷・左下腿部下部挫傷・左手関節捻挫・右前腕部上部挫傷」であったことが認められる。
ところで、d医院の最終受診日が平成一八年九月一九日である(前記ア認定のとおり)ので、a接骨院への通院加療は、本件事故による受傷の治療のためとも考えられる。しかしながら、d医院における控訴人の加療内容は、上記のとおり消炎鎮痛処理とリハビリというほとんど同じ治療の繰り返しのみで約二か月間が推移していること、d医院が接骨院での加療を指示したり許可を与えたりしたことはないだけでなく、被控訴人加入の任意保険会社の弁護士が控訴人が同医院から無断で転院しても治療費は出せないと忠告しているにもかかわらず、控訴人はこれを押し切ってa接骨院への通院を開始しているし、a接骨院では控訴人は当初は健康保険を利用していたが途中からこれを利用しなくなったこと(乙一)、d医院における傷病名とa接骨院における傷病名は上記認定のとおり頸部捻挫を除いて食い違っていて、後者が大幅に増えていること等を総合すると、a接骨院における治療は、本件事故と相当因果関係にあるものと認めることは困難というほかない。
そうすると、その余の点について判断するまでもなく、a接骨院にかかる治療費は、本件事故と相当因果関係にある損害とは認められない。
(2) 通院慰謝料 五〇万円
前記認定のとおり、控訴人の受傷内容が「頸部捻挫・右足関節捻挫」であり、d医院への通院が約二か月、実通院日数は一九日であること、原則として同医院への通院を通院慰謝料を考慮する際の基準とすべきものではあるが、仮に控訴人が接骨院への通院に関する治療関係費が認められないと分かっていれば、同医院への通院を中止した後には他の病院に通院していた可能性も否定できないと推測されること、その他本件に現れた一切の諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係にある通院慰謝料は、五〇万円と認めるのが相当である。
三 損害の小計及び損害の填補
(1) 前記一、二の損害をまとめると、本件事故による損害は、物的損害合計四九一万三二七三円、人的損害合計五八万六六一〇円となる。
(2) 被控訴人が六万七八八〇円を損害(治療費)の内払いとして支払済みであることは争いがないところ、これを上記人的損害から損益相殺すべきであるから、未払いの人的損害は五一万八七三〇円、総損害は五四三万二〇〇三円となる。
四 弁護士費用 五五万円
本件事案の概要、訴訟の経緯や難易、認容額、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、五五万円が相当である。
したがって、被控訴人は控訴人に対して、損害賠償として五九八万二〇〇三円及びこれに対する事故日である平成一八年八月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
五 以上によれば、控訴人の被控訴に対する本件請求は、主文第二項掲記の限度において正当としてこれを認容し、その余は棄却すべきである(なお、控訴人は、当審において、控訴の趣旨のとおりに請求を減縮している。)。
よって、上記の結論と異なる原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島田清次郎 裁判官 坂本倫城 松井千鶴子)