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大阪高等裁判所 平成20年(ネ)2121号 判決 2008年11月27日

控訴人(原告)

同訴訟代理人弁護士

中島光孝

安由美

被控訴人(被告)

国立大学法人大阪大学

同代表者学長

B

同訴訟代理人弁護士

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

竹林竜太郎

木村一成

山田長正

原英影

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  控訴人が被控訴人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

3  被控訴人は、控訴人に対し、203万2756円及び平成19年4月以降本判決言渡しに至るまで毎月17日限り月額18万4796円の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  控訴人は、昭和○年○月○日生であり、昭和54年11月19日から平成16年3月30日までは、国立大学であった大阪大学に、期限付任用に係る非常勤の国家公務員として、毎年4月1日に翌年の3月30日までを任期として、任期満了ごとに退職と任用を繰り返し、平成16年4月1日から平成18年3月31日までは、国立大学法人化された大阪大学に、同様に、雇用期間を定めて雇用される短時間勤務の非常勤職員として雇用され、いずれも同大学附属図書館で事務補佐員として稼働してきたものであるが、本件は、被控訴人から同日をもって期間が満了したとして雇用契約の終了を告げられた控訴人が、同雇用契約は期間の定めのないものであると主張して、被控訴人に対し、①雇用契約上の権利を有する地位の確認と、②雇用契約が終了したとされた日の後である平成18年4月分から平成19年2月分までの賃金合計203万2756円及び同年4月以降の平均月額賃金18万4796円の割合による賃金の支払を求めた事案である。

2  原判決は、控訴人と被控訴人間の雇用契約は期間の定めのないものではなく、平成18年3月31日の経過をもって期間満了により終了したとして、控訴人の請求を全部棄却したため、これを不服とする控訴人が控訴したものである。

3  前提となる事実、控訴人の賃金の変遷、国立大学法人大阪大学教職員就業規則抜粋、同大学非常勤職員(短時間勤務職員)就業規則抜粋、同大学非常勤職員(短時間勤務職員)給与規程抜粋、並びに争点に関する当事者の主張は、次項に当審における控訴人の主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要」の2ないし6及び第3「争点に関する当事者の主張」(原判決2頁13行目から13頁冒頭行まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

4  当審における控訴人の主張

(1)  被控訴人法人化前の控訴人の地位について

原判決は、法人化前の控訴人の任用期間は期間の定めのない任用関係に転化していたとの控訴人の主張に対し、国家公務員の非常勤職員を常勤職員と同様に扱うことは、たとえ任用期間の点に限るとしても、国家公務員の定員があることや、予算の点、行政行為であって当事者間の合意を基礎とする民事上の雇用関係とは異なることを理由として認められない旨説示した。

しかし、定員や予算の点を理由として、期間の定めのない任用関係に転化したと考えることができないのであれば、およそ控訴人のように就労以来約24年もの長期にわたって任用が更新され続けることが不可能であったはずであること、控訴人の従事していた業務は、図書館においては恒常的かつ基幹的業務であって、季節によって業務量の増減の影響を受けるものではなく、常勤化防止閣議決定によれば、本来は常勤職員を採用すべきであったこと、控訴人は昭和54年の任用以来、平成15年4月の任用まで23回更新を繰り返してきたことを考慮すると、遅くとも平成15年4月1日時点では期間の定めのない任用関係に転化したとすることに何の障害もない。

(2)  被控訴人法人化に伴う控訴人との雇用契約について

ア 仮に、法人化前の控訴人の法的地位が期間の定めのない任用関係と評価できないとしても、法人化前23回もの多数回にわたって任用更新を繰り返してきた就労実績に照らせば、控訴人の任用が更新されるとの期待は法的に保護されるべきであり、法人化に当たって雇用契約が締結される際には、かかる期待が十分に保護されなければならず、法人化前の法律関係が公法関係であることを理由として、あたかも新規契約と同様の法的評価をするべきではない。

イ このような観点からすれば、法人化に伴い締結された平成16年4月1日付け雇用契約についても、新規契約と同様の法的評価をするのではなく、継続的な勤務関係の中途における労働条件の変更があったものと評価すべきであり、同契約書に「平成16年4月1日から平成17年3月31日までとする」と記載されている期間の定めの部分は、実質的には労働条件の不利益変更と同視でき、控訴人は、これに同意していないから、無効というべきである。

ウ 仮に、継続的な勤務関係の中途における労働条件の変更と評価できない場合であっても、法人化したことにより、国家公務員の定員問題、予算の制約を回避するために形式的に雇用を単年度に区切るという従前の策を弄する必要もなくなったのであるから、上記のような事実経過の中で、法人化を契機に雇用期間を1年と区切ることは、公序良俗に反し無効というべきである。

エ この点、原判決は、上記契約書には、雇用期間を平成16年4月1日から平成17年3月31日までとする条項が含まれており、これは有効である旨簡単に判断するが、労働者は、雇用契約書に署名押印しなければ事実上その後勤務し続けることが不可能であり、署名押印を拒むことは職を失うことを意味するから、たとえ雇用契約書の内容に異議があっても署名押印せざるを得ない圧倒的に弱い立場に立たされていることを看過した極めて不当な判断である。

被控訴人の行為は、法人化に伴い新規に契約を締結することを奇貨として、あえて有期の雇用契約締結を求めるものであり、労働者に比して圧倒的優位にある地位を濫用するものとして公序良俗に反するというべきである。

オ 以上のとおり、控訴人と被控訴人間の平成16年4月1日付け雇用契約のうち、期間を1年とする部分は無効であり、控訴人と被控訴人との間の契約は期間の定めのない雇用契約である。

(3)  被控訴人法人化により制定された就業規則の効力について

原判決は、非常勤職員就業規則2条が非常勤職員を対象に更新期限を60歳と定めたことについて、同条項を有効であると結論づけたが、以下のとおり誤りである。

ア 非常勤職員就業規則2条が公序良俗に反することについて

被控訴人が法人化した平成16年4月1日時点において、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の改正が議論され、実際、同年6月には改正法が成立し、平成18年4月1日以降定年の段階的引き上げにより、65歳までの継続雇用制度が導入されることが決まっており、60歳を超えて雇用継続されることが当然に期待されるというのが社会通念であったことからすれば、非常勤職員就業規則2条が雇用期限を満60歳に設定することに合理性はなかった。

仮に、当時の情勢で一般的には同条が公序良俗に反するとはいえないとしても、法人化前は、控訴人には60歳を超えても働き続けるとの期待があり、かかる期待は十分合理的で法的保護に値した。したがって、控訴人に対し、同条を適用し、平成18年3月末をもって雇い止めすることは公序良俗に反し無効である。

イ 非常勤職員就業規則2条が平等原則に違反し無効であることについて

同規則2条においては、非常勤職員は原則として満60歳を超えて労働契約を締結又は更新することはないとされ、例外的に大学が特に認めたときはこの限りでないとされているが、他方、常勤の国立大学法人大阪大学教職員就業規則20条においては、定年退職者については、期間を定めて再雇用することができるとされ、同条により再雇用された者は、非常勤職員就業規則が適用され、その結果、同就業規則2条4項所定の「満60歳」は「満65歳」と読み替えられ、常勤職員については定年に達した後も原則として65歳まで勤務できる再雇用の制度があり、「大学が特に認めたときは」満65歳を超えてさらに労働契約の更新があり得ることになる。

原判決は、このような違いにつき、常勤職員と非常勤職員の差異に基づく合理的区別とだけ述べて、平等原則違反は認められないと説示したが、常勤職員と非常勤職員のいかなる差異がこのような取扱いの区別に結びつくのか何ら言及していない。

そもそも非常勤職員は常勤職員と違い退職金もなく賃金も低く、雇用を打ち切られたらたちまち日々の糧に困る立場にあり、常勤職員に比して、年金が支給されるまでの間の生活を維持するために就労する必要が高いといわざるを得ないところ、常勤職員と非常勤職員の差異からすれば、非常勤職員の方が、満65歳まで勤務できる制度をより必要としているというべきである。

このように、常勤職員のみを対象に65歳までの再雇用制度を導入する必要がないにもかかわらず、再雇用の場面で常勤職員と非常勤職員とを差別しており、したがって、非常勤職員就業規則2条4項は、平等原則に反するから公序良俗に反し無効である。

ウ 非常勤職員就業規則2条を控訴人に適用することは違法であることについて

原判決は、被控訴人が法人化に伴い制定した同規則2条は控訴人の期待権を侵害しないと判断したが、これは控訴人が法人化前25年にわたって労務を提供していたという事実を無視するものであり不当である。

すなわち、控訴人は、昭和54年11月19日に採用された際、面接担当のC運用掛長から「長く働けますか」と尋ねられ、「はい、もちろん、長く働きたい」と答え、その後約24年にわたって被控訴人図書館にて労務を提供し続け、この間、一度として、60歳に達した後は雇用は継続されないと聞いたことはなく、健康である限り働き続けられると期待していたものであり、実際、法人化前には毎年雇用が継続され続けてきたのであるから、控訴人がこのような期待を持つことは当然である。しかも、法人化前には、更新期限を具体化する労働条件は存在しなかった。

しかるに、被控訴人は、法人化に当たり就業規則を制定する必要が生じたことに乗じて、控訴人のこのような合理的な期待を損ない、従前存在しなかった更新期限を新たに設ける就業規則を制定した。

この点、原判決は、国立大学法人化前の大阪大学において、常勤職員の定年を超えて非常勤職員を任用していたと考えるのは困難であると説示したが、何故、法人化前の被控訴人において、常勤職員の定年を超えて非常勤職員を任用していたと考えるのは困難であるのかにつき全く理由を明らかにしない。そもそも、法人化前の被控訴人において、非常勤職員を対象として常勤職員の定年を超えては任用しないということが周知されていた事実がない上、当初の採用に当たっては、「長く働いてほしい」と言われただけであるし、常勤職員の定年制度と平行して非常勤職員につき任用期限を想定するという前提事情はなく、常勤職員ではまかないきれない業務量のため、非常勤職員を必要とし、その業務に就く意欲も能力もある非常勤職員が存在する以上、その業務処理のために非常勤職員の任用は更新され続けていたのであって、およそ常勤職員のような定年が想定されることはなかった。

そして、国立大学法人が、前身である国立大学当時の国の権利義務を承継することとされ、被控訴人が法人化に当たり制定した非常勤職員就業規則において、労働期間算定に当たっては法人化前の継続勤務期間も算入することとされ、法人化前から継続勤務してきた者に対しては6年を上限とする期間、更新制限条項を適用しないとの役員会申し合わせがされていたこと(書証省略)に照らせば、被控訴人自体、法人化前から就労してきた非常勤職員との雇用関係については、法人化によって新規に雇用契約が締結されたものとして取り扱うのではなく、法人化前における就労から連続したものとして取り扱ってきたことが明らかである。

以上により、控訴人が60歳に達した後もなお雇用が継続されると期待したことは十分合理的であり、被控訴人が非常勤職員就業規則2条4項を控訴人に適用すれば、控訴人のかかる合理的な期待権を侵害することになり違法であるから、同条項は控訴人には適用されない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も、控訴人の請求は全部理由がないと判断するものであり、その理由は、原判決「事実及び理由」欄第4「当裁判所の判断」の1ないし6(原判決13頁3行目から16頁25行目まで)に認定・説示するとおりであるから、これを引用する。

2  当審における控訴人の主張に対する判断

(1)  被控訴人法人化前の控訴人の地位について

控訴人は、昭和54年の任用以来平成15年4月の任用まで23回更新を繰り返してきたこと等を考慮すると、遅くとも平成15年4月1日時点では期間の定めのない任用関係に転化した旨主張するが、前記前提となる事実のとおり、控訴人は昭和54年11月19日以来平成16年3月30日まで期限付任用に係る非常勤の国家公務員として、毎年4月1日に翌年の3月30日までを任期として、任期満了ごとに退職と任用を繰り返してきたものであるところ、国家公務員法上、任用行為もないのに、上記のような期限付任用の非常勤国家公務員が期間の定めのない任用関係に転化するとの規定はないから、控訴人の上記主張は失当である。

(2)  被控訴人法人化に伴う控訴人との雇用契約について

ア 控訴人は、仮に、法人化前の控訴人の法的地位が期間の定めのない任用関係と評価できないとしても、法人化前23回もの多数回にわたって任用更新を繰り返してきた就労実績に照らせば、控訴人の任用が更新されるとの期待は法的に保護されるべきであり、法人化に当たって雇用契約が締結される際には、かかる期待が十分に保護されなければならない旨主張するが、上記のとおり、法人化前の期限付任用の非常勤国家公務員は、国家公務員法上、期間の定めのない任用関係に転化することはなく、任用予定期間の満了後に再び任用される権利若しくは任用を要求する権利又は再び任用されることを期待する法的利益を有するものと認めることはできないから(最高裁判所平成6年7月14日第一小法廷判決・集民172号819頁参照)、法人化に当たって雇用契約が締結される際に、上記法人化前の期限付任用の非常勤国家公務員時代と同様に期限付任用の取扱いになるとしても、控訴人主張の期待が侵害される余地はなく、したがって、上記期待権の存在を前提とする控訴人の主張は採用できない。

イ 控訴人は、法人化に伴い締結された平成16年4月1日付け雇用契約の雇用期間の定めは、継続的な勤務関係における労働条件の不利益変更と同視でき、控訴人がこれに同意していない以上無効である旨主張するが、上記のとおり、控訴人は期間の定めのない任用関係にあったものではなく、上記雇用契約における雇用期間の定めは、そもそも継続的な勤務関係における労働条件の不利益変更に該当しないから、控訴人の上記主張は、その前提を欠き失当である。

ウ 控訴人は、仮に、継続的な勤務関係の労働条件の変更と評価できない場合であっても、法人化を契機に雇用期間を1年と区切ることは公序良俗に反し無効というべきである旨主張するが、上記のとおり、非常勤職員は、法人化前においても雇用期間を定められた雇用関係にあり、法人化を契機に雇用期間を1年と区切ったものではなく、また、法人化によって国家公務員法の適用を受けなくなったとしても、そのことから直ちに期間の定めのない雇用契約に転化するものではないから、控訴人の同主張も採用できない。

エ 控訴人は、被控訴人の行為は、法人化に伴い新規に契約を締結することを奇貨として、あえて有期の雇用契約締結を求めるものであり、労働者に比して圧倒的優位にある地位を濫用するものとして公序良俗に反する旨主張するが、上記のとおり、法人化の前後において期限付任用の地位に変更はないから、控訴人の同主張も理由がない。

(3)  被控訴人法人化により制定された就業規則の効力について

ア 控訴人は、被控訴人が法人化した平成16年4月1日時点において、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の改正が議論され、60歳を超えて雇用継続されることが当然に期待されるというのが社会通念であったことからすれば、非常勤職員就業規則2条が雇用期限を満60歳に設定することに合理性はなく、また、法人化前は、控訴人は60歳を超えても働き続けるとの期待を有していたから、控訴人に対し、同条を適用して雇い止めすることは公序良俗に反し無効である旨主張するが、法改正の議論があるだけで、同条が公序良俗に反するということはできないし、そもそも控訴人において、任用予定期間の満了後に再び任用されることを期待する法的利益を有するものでないことは前記のとおりであるから、上記主張は理由がない。

イ 次に、控訴人は、常勤職員は65歳までの再雇用が可能であり、大学が特に認めたときは65歳を超えて勤務することも可能であるのに、非常勤職員就業規則2条によれば、非常勤職員は原則として60歳を超えて労働契約が更新されることがないから、同条は平等原則に違反し無効である旨主張するが、書証(省略)によれば、常勤職員は常時勤務する教職員であり、非常勤職員は主として教育・研究の業務又は診療の業務(医師及び歯科医師の業務に限る)以外の業務に従事するため期間を定めて雇用される非常勤職員のうち、その所定労働時間が当該業務に従事するため被控訴人に常時勤務する職員より短い短時間勤務の職員であることが認められ、常勤職員と非常勤職員とは、雇用形態・職務内容が異なり、雇用形態・職務内容の差異は代替職員の確保にも影響を及ぼすから、上記の区別は合理的区別ということができ、したがって控訴人主張のような退職年齢に差異があっても平等原則に違反し無効であるということはできないから、控訴人の上記主張も採用できない。

なお、控訴人は、非常勤職員は常勤職員と違い退職金もなく賃金も低いから、非常勤職員の方が満65歳まで勤務できる制度をより必要としている旨主張するが、控訴人の指摘する点は社会政策・立法の問題であって、就業規則の合理性とは別問題であるから、同主張も失当である。

ウ 最後に、控訴人は、控訴人が60歳に達した後もなお雇用が継続されると期待したことは十分合理的であり、被控訴人が非常勤職員就業規則2条4項を控訴人に適用すれば、控訴人のかかる合理的な期待権を侵害することになり違法であるから、同条項は控訴人には適用されない旨主張するが、控訴人主張の期待が法的利益を有するものでないことは前記のとおりであるから、控訴人の上記主張も、その前提を欠き理由がない。

3  以上によれば、控訴人の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないから、控訴人の請求を全部棄却した原判決は正当であって、本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 黒岩巳敏 裁判官 一谷好文)

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