大阪高等裁判所 平成20年(ネ)2188号 判決 2009年7月16日
控訴人(第1審原告)
X
上記訴訟代理人弁護士
中村和雄
村松いづみ
大脇美保
大島麻子
武田真由
被控訴人(第1審被告)
財団法人Y協会
上記代表者理事
A
上記訴訟代理人弁護士
長尾治助
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,596万8543円並びにうち金339万5269円に対する平成18年12月21日から及びうち金167万3274円に対する平成19年4月21日から各支払済みまで年5分の割合による各金員を各支払え。
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は,被控訴人との間で,嘱託職員として雇用契約を締結し,被控訴人の業務に従事していた控訴人が,被控訴人に対し,控訴人の労働は被控訴人の一般職員(以下,単に「一般職員」という。)の労働と同一であるのに,被控訴人が,控訴人に平成16年4月から平成19年3月までの間,一般職員の賃金よりも低い嘱託職員の賃金を支給したこと(以下「本件賃金処遇」という。)は憲法13条及び14条,労働基準法3条及び4条,同一(価値)労働同一賃金の原則並びに民法90条に違反するから,違法無効であり,控訴人について一般職員としての被控訴人の給与規定及び退職手当支給規定にあてはめた賃金と実際に受領した差額相当の損害を被ったとして,不法行為に基づき,506万8543円並びにうち金339万5269円に対する不法行為後の日である平成18年12月21日から及びうち金167万3274円に対する不法行為後の日である平成19年4月21日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。
(2) 本件の争点は,① 本件賃金処遇が憲法13条及び14条に反し不法行為といえるか,② 本件賃金処遇が労働基準法3条に反し不法行為となるか,③本件賃金処遇が労働基準法4条に反し不法行為となるか,④本件賃金処遇が同一(価値)労働同一賃金の原則もしくは公序に反し不法行為となるか,⑤損害の有無,であったところ,原審は,上記①から④の争点についていずれも不法行為にならないと判断して,控訴人の請求を棄却した。
(3) そこで,これを不服とする控訴人が控訴したものである。
2 前提事実(証拠<後記かっこ内のもの>及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)
(1) 当事者
ア 被控訴人は,女性の自立と広範な社会参加を支援する事業を幅広く展開し,男女が共に自立し,参画し,及び創造する都市としての京都の実現に寄与することを事業目的として,平成5年5月24日,京都市によって設立された財団法人である。平成17年度以降の主要な事業は,情報提供事業(広報・啓発事業),学習研修事業,健康増進事業,相談事業,調査・研究事業,交流促進事業業務であり,具体的な内容は,① 女性問題に関する情報・資料の収集及び提供,② 女性問題に関する講座,講演会その他の催しの開催,③ 女性問題に関する調査及び研究,④ 女性問題に関する相談,等である。(<証拠省略>)
イ 被控訴人の当初からの設立目的は,男女共同参画推進を目的とした京都市女性総合センターの開館・運営を行うことであり,平成6年4月から京都市の委託を受け,同センターを開館・運営してきた。同センターは,男女があらゆる分野に平等に共同して参画する社会の形成に資するため,女性の自立と社会参加を促進する活動の用に供するための施設として,京都市により設置されたものであるが,平成18年度から京都市男女共同参画センターに,その名称が改められた。(<証拠省略>)
被控訴人は,平成18年4月,京都市が指定管理者制度(地方公共団体やその外郭団体に限定していた公の施設の管理を,民間にも委ねることとする制度)を導入するに伴い,同市から京都市男女共同参画センターの指定管理者として指定を受け,同センターを管理するようになった。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)
(2) 控訴人と被控訴人の雇用契約
ア 控訴人は,平成6年2月1日,被控訴人に嘱託職員として雇用され,平成12年3月末日,一旦退職した(以下,平成6年2月1日から平成12年3月末日までの期間を「当初雇用期間」という。)。
イ 控訴人は,平成16年4月1日,被控訴人に再度嘱託職員(週35時間契約)として雇用され,平成17年及び平成18年の各4月にそれぞれ嘱託職員としての雇用契約を更新し,平成19年3月末日に退職した(以下,平成16年4月1日から平成19年3月末日までの期間を「本件雇用期間」という。)。
(3) 被控訴人の本件雇用期間の運営体制等
ア 被控訴人の平成17年度から平成19年度までの運営体制は,理事長,専務理事,事務局長という系列の下に,総務課と事業企画課が設置される2課態勢であった。総務課には庶務係及び総合窓口係が設けられ,事業企画課には平成17年度は事業相談係及び調査研究係が,平成18年度及び平成19年度は事業調査係及び相談係(平成19年度は名称を事業相談係と変更)が,それぞれ設置されていた(<証拠省略>)。平成18年度,19年度の各係の担当業務は以下のとおりであった。
(ア) 庶務係 理事会,評議員会,庶務,経理,施設管理
(イ) 総合窓口係 施設運営,情報収集,提供,啓発紙の発行
(ウ) 事業調査係 セミナー等の運営,自主事業の企画・実施,情報誌等の発行,調査研究
(エ) 相談係(平成19年度は事業相談係)〔相談室と呼ばれていた。〕相談・電話,面接,専門,苦情処理受付
イ 被控訴人の平成18年6月1日現在における職員数は21名であり,その内訳は,プロパー職員と呼ばれる一般職員11名(内1名は事務局長),嘱託職員7名,非常勤職員1名,アルバイト2名であった。(<証拠省略>)
事務局長を除く一般職員の男女構成比は10名のうち女性8名,男性2名であった。
ウ 本件雇用期間中に被控訴人の相談係には,一般職員である係長が事業企画課長と兼任で配置されていた他には一般職員が配置されたことはなかった。
(4) 被控訴人の給与規定等
ア 被控訴人の職員給与規定(平成16年4月1日から施行されたもの)は概ね以下のとおり規定している(<証拠省略>)。
(ア) 一般職員には給料,扶養手当,通勤手当,住居手当,調整手当,特殊勤務手当,時間外勤務手当,期末手当,勤勉手当を支給する(2条1項)。
(イ) 嘱託職員(非常勤嘱託職員を除く。)には,嘱託給,通勤手当,特殊勤務手当,時間外勤務手当,期末手当,勤勉手当を支給する(2条2項)。
(ウ) 一般職員には同規定別表第1の給料表を適用する(3条1項)。
(エ) 嘱託職員に支給する嘱託給は,その都度,理事長が決定する(3条5項)。
(オ) 新たに採用する一般職員で,採用前の前歴のある者の級及び号給の決定については,京都市職員の例による(4条2項)。
(カ) 一般職員が現に受けている号給を受けるに至ったときから,12月を下まわらない期間を良好な成績で勤務したときは1号給上位の号給に昇給させることができる(6条1項)。
(キ) 調整手当の月額は,給料の月額及び扶養手当の月額の合計額の100分の10に相当する額とする(17条)。
イ 被控訴人の職員給与規定は,平成17年及び平成18年に改正され,それぞれ4月1日施行(ただし,平成18年改正の給与表は同年6月1日から施行)されたが,上記ア(ア)から(キ)の規定は平成18年改正で(オ)及び(カ)が以下のとおり改正され他は従前どおりであった(<証拠省略>)。
(オ)につき
新たに採用する一般職員で,採用前の前歴のある者の級及び号給の決定については,経験年数換算表によって決定する。
(カ)につき
一般職員が現に受けている号給を受けるに至ったときから,12月を下まわらない期間を良好な成績で勤務したときは1号給上位の号給に昇給させることができる。ただし,55歳に達した日の属する年度末日を超えて在職する者については昇給しない。
ウ 本件雇用期間当時,週35時間契約の嘱託職員の給与は月額14万2000円,週40時間契約の嘱託職員の給与は月額16万2000円であった。
エ 控訴人は,一般職員と同様に,親睦会費,財団法人京都中小企業振興センター会費を支払った。
(5) 条約
ア ILOは,昭和26年,「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約」(以下「ILO100号条約」という。)を採択し,日本は,昭和42年,同条約を批准した。
イ 国際連合は,昭和41年,「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)」(以下「国際人権規約A規約」という。)を採択し,日本は,昭和54年,国際人権規約A規約を批准した(ただし,留保している権利がある)。
ウ 国際連合は,昭和54年,「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(以下「女子差別撤廃条約」という。)を採択し,日本は昭和60年,同条約を批准した。
エ ILOは,昭和56年,「家族的責任を有する労働者の機会均等及び均等待遇に関する条約」(以下「ILO156号条約」という。)を採択し,日本は,平成7年に同条約を批准した。
オ ILOは,平成6年,「パートタイム労働に関する条約」(以下「ILO175号条約」という。)を採択した。日本は,同条約を批准していない。
3 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 本件賃金処遇が憲法13条及び14条に反し不法行為といえるか(争点(1))。
ア 控訴人
(ア) 憲法14条は,法の下の平等を定め,社会的身分による差別を禁止している。また,労働は社会参加の中で自己実現,自己の能力開発の場であり,労働者は自己の能力が適切に評価され開発されることにより生きがいを得るという権利(幸福追求権,憲法13条)を有している。
(イ) 後記(ウ)のとおり,控訴人の労働と被控訴人の一般職員の労働は同一であるから,本件賃金処遇は社会的身分による差別であり憲法14条に反し,また,本人の能力と無関係に低賃金で扱うことにより適切に評価され開発されることにより生きがいを得るという権利を侵害しているから,憲法13条に反し,違法であり不法行為となる。
(ウ)a 控訴人は相談室で電話及び面接の方法による相談,相談記録の作成,弁護士が行う法律相談の同席等の相談業務を行った。電話及び面接による相談の具体的な対応は全て控訴人を含む相談員らの判断により行われていた。また,相談業務に関連したクレームは控訴人を含む相談員らが対応していた。
上記相談業務は被控訴人の主要6事業の1つであり,被控訴人の平成19年度事業計画においても男女共同参画に関する事業として位置付けられている。また,相談業務と他の業務との間で,質的な差異がないことは被控訴人の専務理事が認めている。
なお,控訴人は窓口対応の担当ローテーションには入っていないが,それは不定期にかかってくる電話相談に応ずるためであり,日曜日が休みであるのは公的機関等の関係機関の休日と合わせたものであり,いずれも相談業務の特殊性によるものであって一般職員でないことによるものではない。
b 控訴人は,契約書類の作成,公印の押印などの庶務業務を行った。
c 控訴人は,相談業務の内容,企画業務の内容を事例報告として被控訴人が発行していた情報誌「○○」に掲載する原稿を作成した。また,控訴人は当初雇用期間中にグループワーク形式の相談会(以下「グループ相談会」という。)の資料として「△△」を作成した。さらに,控訴人は「ドメスティック・バイオレンス 夫・恋人からの暴力を考える」を作成した。
d 控訴人は,企画,立案,企画書の作成,調査,講師交渉,広報,募集,当日の運営,報告書の作成等の企画業務を行った。稟議書に控訴人が決裁印を押印しているように,控訴人が責任をもって行ったもので,一般職員の補助ではない。
e 被控訴人は,平成16年以降,京都市から苦情等処理制度について業務委託を受けた。苦情等処理制度は京都市男女共同参画推進条例に基づく制度であり,被控訴人は非常に重要な業務であると認識し,控訴人にその業務を担当させた。そこで,控訴人は苦情の受付業務の他,2か月に1回開催される専門員会議の世話をして議事録を作成するなどした。
f 控訴人は,一般職員とともに被控訴人内部の連絡会議に参加した。
g 控訴人は,外部との連絡会議,例えば京都市域の女性への暴力に関するネットワーク会議,女性のための相談ネットワーク会議及び京都府警性犯罪被害者対策研究分科会等へ出席した。女性のための相談ネットワーク会議は,各自治体の他,京都弁護士会の両性の平等に関する委員会委員長又は副委員長,京都府警察本部生活安全課課長又は課長補佐等,一定の権限と責任をもつ立場にある者が構成員となっている会議であるところ,被控訴人は,幹部会議で諮った上で控訴人を出席者として指名した。
h 控訴人は,平成16年7月,児童福祉センター職員向けのドメスティック・バイオレンス(以下「DV」という。)についての講師を務めた。これは,被控訴人の人材養成事業としての研修講師派遣によるもので,一般職員だけではなく嘱託職員も派遣先が割り当てられ,控訴人はその一環として上記講師を務めた。
i 平成18年度から被控訴人全体の業務として自己評価委員会及び自己評価作業部会が設置され,各係の代表者が参加した。相談係以外の係では一般職員が代表者となっていたが,事業相談係は控訴人が代表者となり,他の一般職員と同様に相談事業について評価項目を作成し,相談事業の改善に取り組むなどした。
また,平成18年度には相談連絡会議が設置された。同会議の構成員は控訴人を含む事業相談係の嘱託職員2名の他,事業調査係,総合窓口係の一般職員及び相談業務に協力を依頼している外部カウンセラーであり,相談業務を行う中で浮かび上がってくる利用者のニーズを把握・検討し,京都市へ報告していた。
j 以上のとおり,控訴人は一般職員と同等もしくはそれ以上の能力を期待され,一般職員と同一の業務を分担し,その責任を果たした。よって,控訴人の労働と一般職員の労働は同一である。
イ 被控訴人
(ア) 本件賃金処遇が憲法13条,14条に反し不法行為であるとの控訴人の主張は否認又は争う。
(イ)a 控訴人の労働と一般職員の労働が同一であるとの控訴人の主張は否認する。
控訴人は具体的に,控訴人と同一の労働を担っている対比可能な通常の労働者を特定していない。そして,控訴人は特定された同一労働の担い手の賃金と控訴人の賃金の差を特定してない。
b なお,控訴人の労働が一般職員の労働と同一と評価できるかは,①業務の内容の責任の程度,②人材活用の仕組みや運用,③契約期間で判断すべきである。
ところで,本件雇用期間中,被控訴人の相談係に一般職員が配属されたことはなかったから,厳密な意味において控訴人の労働と対比できる一般職員は存在しない。
c 相談員の職務内容は,電話相談,面接相談,グループ相談会,企画立案,運営,DV被害者支援ボランティア入門講座の企画立案,運営,相談事業報告,月次統計処理等である。
これに対し,一般職員の職務内容はクレーム対応,他機関との連絡,調整,照会対応,あらゆる電話への応対,事業の枠組み提示,企画指導,講師決定・交渉,経費の確保,事業報告,統計報告作成,分析を加えた年次事業報告書作成,パンフレット作成,業務システムの改良,各種ネットワーク機関との協議,業務関連書類決定,保存,全事業企画とその運営,総合窓口業務のローテーション勤務担当,協会の経営に関わっての計画立案,予算編成,人材育成である。
上記のとおり,相談員と一般職員の職務は異なる。
d 相談員は相談受付件数のノルマがなく,関係機関等との連携を単独では行わず,相談や相談関連事業の成果について報告義務があり,トラブル,クレームを受け付けた場合は初期対応した上で報告し,相談件数や事業と相談との並行業務は勤務時間内の範囲で優先順位を指示されて対応し,残業時間は月平均1時間以内である。
これに対し,一般職員は予算組みを行い,関係機関,講師との交渉連携を行い,事業の成果について京都市や市民に対して責任を持ち,トラブル,クレームに対処して解決し,組織で情報共有できるようにし,期限内に事業の企画,実施,評価,報告を残業等も含めてやり遂げなければならない。その残業時間は月平均15時間であり,給与と連動しない役職(チーフ)に就き責任ある業務を担当させることがある。
上記のとおり,相談員と一般職員の責任は異なる。
e 相談員は係をこえた配置変更,異動はないのに対し,一般職員には係を横断した異動があり,業務を補完しあっている。
f 控訴人は被控訴人の管理運営と関わりがなかった。これに対し,一般職員は基幹事項に関わり,それに伴う大きな責任を負うことからこれらを処理する能力を有することが要求される。また,一般職員は,毎年2回,理事会や評議会へ提出する議案書を作成したり,貸室利用の際の附属設備の設置を行ったり,非常ベルが鳴った際の連絡放送を行うことなど,様々な事項について対処できるような体制を整えていた。
g 以上のとおり,控訴人と一般職員とは職務内容及び責任が異なるから,控訴人の労働と一般職員の労働が同一であるとはいえない。
(2) 本件賃金処遇が労働基準法3条に反し不法行為となるか(争点(2))。
ア 控訴人
(ア) 労働基準法3条は法の下の平等の原理(憲法14条)を実体法化し,社会的身分による差別的取扱いを禁止している。
そして,控訴人の嘱託職員という地位は名目的であるから同条の社会的身分に該当する。なお,民事上の損害賠償請求の場面である私法的側面で労働基準法を解釈する場合には,嘱託職員という地位が社会的身分に該当することは明らかである。
(イ) 上記(1)ア(ウ)のとおり,控訴人の労働と一般職員の労働は同一であるから,本件賃金処遇は労働基準法3条が禁止する社会的身分による差別であり,同法3条に反し,違法であるから不法行為となる。
イ 被控訴人
(ア) 本件賃金処遇が労働基準法3条に反し不法行為であるとの控訴人の主張は否認又は争う。
(イ) 労働基準法3条の社会的身分とは契約や意思を媒介としないで生じた地位,状態という伝統的な意味での身分と解するべきであるから,嘱託職員は社会的身分に該当しない。
(ウ) そして,上記(1)イ(イ)のとおり,控訴人と一般職員とは職務内容及び責任が異なるから,控訴人の労働と一般職員の労働が同一であるとはいえない。
(3) 本件賃金処遇が労働基準法4条に反し不法行為となるか(争点(3))。
ア 控訴人
(ア) 非正規職員の圧倒的多数が女性であることから非正規職員を一般職員より低賃金とすることは結果的に多くの女性の賃金が低くなるという事実を招来する。したがって,使用者がかかる賃金処遇制度の業務上の必要性,正当性を立証できない限り,非正規職員を一般職員よりも低賃金とすることは間接的に性差別となり,労働基準法4条に違反する。
(イ) そして,控訴人は非正規職員であり,かかる控訴人に一般職員の給与より低い給与を支給したことにつき,被控訴人は業務上の必要性,正当性を立証できていないから,本件賃金処遇は労働基準法4条に違反し,違法であるから不法行為となる。
なお,一般職員に女性が多いが,嘱託職員は京都市職員の退職者を除けば全員が女性である。
イ 被控訴人
(ア) 本件賃金処遇が間接的に性差別となり労働基準法4条に反し不法行為となるとの主張は否認又は争う。
(イ) 被控訴人の事務局長を除く一般職員10名のうち8名が女性であって,被控訴人が嘱託職員に対して一般職員よりも低い給与を支給することが間接的に性差別となるとの主張は誤りである。
(ウ) 上記(1)イ(イ)のとおり,控訴人と一般職員とは職務内容及び責任が異なるから,控訴人の労働と一般職員の労働が同一であるとはいえない。
(4) 本件賃金処遇が同一(価値)労働同一賃金の原則又は均衡の理念若しくは公序に反し不法行為となるか(争点(4))。
ア 控訴人
(ア)a ILO100号条約は,同一価値の労働についての男女労働に対する同一報酬の原則を規定しており,日本は同条約を批准している。
ILO156号条約及び165号勧告はパートタイム労働者とフルタイム労働者との均等待遇原則を規定し,ILO175号条約及び182号勧告はパートタイム労働者に対する雇用・職業上の均等待遇の保障を宣言している。
国際人権規約A規約7条はすべての者が同一価値の労働についての同一報酬を受ける権利を定めており,日本は同条約を批准している。
女子差別撤廃条約11条1項(d)は,同一価値の労働についての同一報酬及び同一待遇についての権利並びに労働の質の評価に関する取扱の平等についての権利を定めている。
以上のとおり国際的公序として同一(価値)労働同一賃金の原則が確立している。
なお,同一(価値)労働同一賃金原則とは,同一の労働の場合また異なる職種,職務であっても,労働の価値が同一又は同等であれば,その労働に従事する労働者に,性別などの違いにかかわらず同一の賃金を支払うことを求める原則のことである。
b そして,上記各条約は性を理由とする差別の撤廃や男女平等の権利などを含む差別禁止条項であり自動執行力がある。
仮に自動執行力がないとしても,国内法を解釈,適用する際に上記各条約の趣旨を取り入れるべきであり,労働基準法4条は同一(価値)労働向一賃金の原則を含むものと解され,国内法上も同原則は裁判規範性を有する。ILO100号条約2条2項は国内法令,法令に基づく賃金決定制度,労働協約,あるいはこれらの手段の組み合わせのいずれかによって男女同一(価値)労働同一賃金の原則を適用すると規定しているが,日本政府は批准するにあたって同条約の趣旨は労働基準法4条において規定されているとして新たな国内法の整備を行わなかった。そうすると,労働基準法4条は,男女同一(価値)労働同一賃金の原則を定めたものと解される。
したがって,同一(価値)労働同一賃金の原則は裁判規範性を有する。
(イ) また,平成5年6月に成立し同年12月から施行された短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「短時間労働者法」という。)の制定経過,内容からすると,同一(価値)労働同一賃金の原則は本件雇用期間当時,公序となっていたといえる。さらに平成20年4月には短時間労働者法が改正され,明文で均等待遇原則,即ち同一(価値)労働同一賃金原則が明文化された。同法が明文化した同一(価値)労働同一賃金原則は,従前から我が国において公序として形成されてきた原理であり,改正短時間労働者法はそのことを具体的に明示し確認したものと評価すべきである。
(ウ) そして,上記(1)ア(ウ)のとおり,控訴人の労働と一般職員の労働は同一であるから,本件賃金処遇は確立した法規範としての同一(価値)労働同一賃金の原則もしくは公序に反し違法であるから不法行為となる。
非正規雇用労働者が労働の量・質の両面で,正規雇用労働者と同一又は同様の労働を提供しているにもかかわらず,社会的にみて許容されないほど著しい賃金格差が生じているから,均衡の理念が設定する公序違反として不法行為が成立する。仮に,控訴人の労働が,一般職員と同一とはいえないまでも,均衡の理念に基づいてその企業内の賃金をもとにして差別賃金を認定すべきである。
イ 被控訴人
(ア) 本件賃金処遇が同一(価値)労働同一賃金の原則もしくは公序に反し不法行為となるとの主張は否認又は争う。
(イ) 同一(価値)労働同一賃金原則が裁判規範として確立しているとはいえない。
(ウ) 上記(1)イ(イ)のとおり,控訴人と一般職員とは職務内容及び責任が異なるから,控訴人の労働と一般職員の労働が同一であるとはいえない。
(5) 損害(争点(5))
ア 控訴人
(ア)a 控訴人の学歴及び職歴を一般職員として被控訴人の職員給与規定(平成18年6月からは変更後の給与表)にあてはめ,控訴人の勤務時間7時間(一般職員は8時間)に応じて8分の7した場合の給料,調整手当及び期末手当並びに控訴人の在職期間等を退職手当支給規定にあてはめた退職手当の額は以下のとおりである。
(a) 給料,調整手当 766万4938円
平成16年4月から平成17年3月まで 243万3576円
平成17年4月から平成18年3月まで 248万4396円
平成18年4月及び5月 42万2536円
平成18年6月から平成19年3月まで 232万4430円
(b) 期末手当 282万6005円
平成16年4月から平成17年3月まで 89万2311円
平成17年4月から平成18年3月まで 91万0945円
平成18年4月及び平成19年3月まで 102万2749円
(c) 退職手当 69万円
(d) 小計 1118万0943円
b 控訴人が実際に受領した額は以下のとおりである。
(a) 囑託給 511万2000円
(b) 期末手当 187万4400円
(c) 退職手当 42万6000円
(d) 小計 741万2400円
c 上記受領すべき額から控訴人が受領した額の差額である376万8543円(1118万0943円-741万2400円)は,被控訴人の不法行為がなければ得られた利益であるから,相当因果関係のある損害である。
(イ) 控訴人は被控訴人に対し,何度も賃金差別等労働条件の是正を申し入れたが,被控訴人はこれを無視し是正しようとしなかった。この結果,控訴人は一般職員との賃金差別という屈辱を味わいながら労働を継続せざるを得なかった。労働の場における差別的取扱いは人間の尊厳に対する侵害であり人格権を深く侵害する。
控訴人は本件賃金処遇により精神的苦痛を被った。かかる精神的苦痛を慰謝するのに100万円が相当である。
(ウ) 控訴人は本件訴訟提起,遂行を控訴人訴訟代理人らに委任し,弁護士費用として30万円を支払う旨約した。かかる30万円は被控訴人の上記不法行為と相当因果関係がある。
(エ) 以上を合計すると控訴人の損害は506万8543円である。
イ 被控訴人
控訴人の損害についての主張は争う。
(6) 権利濫用
ア 被控訴人
控訴人は,当審において,書証として甲A105号証を提出したが,その文書の元となるデータは,被控訴人が秘密情報として管理しているものである。控訴人は上記データを流出させたものであって,被控訴人の事業の運営を妨げる。このような原因の作出者である控訴人の本訴請求は権利の濫用である。
イ 控訴人
争う。
第3当裁判所の判断
1 請求の趣旨の変更について
原判決15頁21行目から17頁1行目までを引用する。
2 本件の経緯
前提事実並びに証拠(<証拠・人証省略>,原審控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
(1) 本件雇用期間までの経緯
ア 控訴人は,昭和40年3月高等学校を卒業し,その後民間事業体に勤務するなどした後,昭和48年3月a高等専修訓練校(印刷科)を1か年の教育を経て卒業し,昭和56年4月から平成元年10月まで京都いのちの電話で相談ボランティアの活動を始める傍ら,関西カウンセリングセンターでカウンセリングについての教育を受けた。平成2年4月から平成6年3月まで,b大学社会学部社会福祉学科において,社会に存在する障壁,不平等及び不公正に働きかけその改善に取り組むことを目的とするソーシャルワークについて学んだ。
イ 被控訴人は,平成5年に設立され職員の募集を開始したが,控訴人は,b大学4年生として在学中の同年7月,一般職員の募集に応募したが,年齢制限が設けられており,控訴人は当時47歳であったため不採用となった。しかし,平成6年1月,京都市から嘱託職員として採用したい旨の申出を受けてこれに応募し,採用試験を経て,被控訴人に委嘱期間を平成7年3月31日までとする嘱託職員として採用され,平成6年2月1日から勤務した。(<証拠省略>,原審控訴人本人)
控訴人及び被控訴人は,平成7年から平成11年の各4月1日に,委嘱期間をそれぞれ翌年3月31日までとする嘱託職員の雇用契約を更新した(<証拠省略>)。控訴人の給与は初任給が13万5000円であったが,毎年ベースアップし,退職時の給与は月額14万2000円であった。(<証拠省略>)
控訴人は平成6年5月,社会福祉士資格を取得した(<証拠省略>)。
ウ 控訴人は,京都市OBの職員1名とともに,相談業務に従事する傍ら,次のような職務にも携わった。なお,相談件数は,昭和56年353件,昭和57年747件,昭和58年836件,昭和59年896件,昭和60年827件,昭和61年838件であった。(弁論の全趣旨)
(ア) 控訴人は,相談室開設に際して,相談室運営指針の原案を起案し,また記録の受付票のデータベース化できるよう工夫した(<証拠省略>,原審控訴人本人)。
(イ) 控訴人は,グループワークでの相談方式であるグループ相談会を企画,実施し,相談室の他の職員と共に,外部弁護士や京都市関係部局と協議して,その資料となる「△△」を作成した(<証拠・人証省略>,原審控訴人本人)。
(ウ) 控訴人は,相談室の案内,相談室が受けた相談の結果の分析及び相談事例を抽象化,一般化して一般女性に参考になる記事などを書き,被控訴人発行の情報誌「○○」に掲載した(<証拠省略>)。
エ 控訴人は,被控訴人での6年間の相談業務の経験を理論化したいとの思いもあって,平成12年3月末日,被控訴人を退職し,同年4月,c大学大学院社会学研究科(社会福祉学専攻)に入学し,ソーシャルワークについて学んだ(<証拠省略>)。なお,退職時,退職金85万2000円を受給した。
オ 控訴人は,平成14年3月に上記大学院を修了した後,同年4月からd医療福祉専門学校において社会福祉原論の講師を務めた(<証拠省略>)。
カ 控訴人は,相談の仕事をしたいとの希望を持っていたことから,平成15年2月,名古屋市男女平等参画推進センターが同年6月の開設に向けて相談員の募集をしていることを知ってそれに応募し,採用通知を受けたが,単身赴任となることによる経済的理由等から採用を辞退した(<証拠省略>)。
(2) 控訴人の被控訴人への再就職
ア 控訴人は,平成16年3月,京都府婦人相談所相談員の募集に応募し,採用の連絡を受けた(<証拠省略>,原審控訴人本人)。
イ 控訴人は同年3月10日及び11日,被控訴人の当時の事業課長補佐であるB(以下「B」という。)から,相談員として被控訴人で勤務することを検討してほしい旨及び給料等の条件は以前と同じであるが,4月からの新組織に控訴人の力を求めている旨の連絡を受けた(<証拠省略>)。
控訴人は,以前勤めていた被控訴人の役に立ちたいとの思いもあってBからの申出を受け入れ,被控訴人で相談員として働くこととした。
ウ(ア) 控訴人は,同年3月30日,被控訴人庶務係から労働条件の説明を受け,概要以下の記載のある嘱託職員雇用契約書に署名捺印した(<証拠省略>)。
a 勤務内容 総務課事業相談係 相談業務
b 雇用期間 平成16年4月1日から平成17年3月31日
c 勤務日及び勤務時間 休日は,毎週水曜日,毎月第3日曜日,年末年始,日曜・祝日
午前10時45分から午後6時30分まで(うち休憩時間45分,休息時間15分)
d 基本賃金 月額 14万2000円
e 諸手当 通勤手当,時間外手当,期末手当,特殊勤務手当,勤勉手当
f 定期昇給 無し
g 賞与 有り
h 退職金 有り 被控訴人嘱託職員退職手当支給要綱による。
(イ) 控訴人は,平成17年及び平成18年の各4月1日,勤務時間の一部変更があった他は上記(ア)と同旨(雇用期間は契約日から翌年3月31日まで)の嘱託職員雇用契約書に署名捺印した(<証拠省略>)。
エ 被控訴人は平成17年11月,定年退職者再雇用制度を創設し,他方,嘱託職員については60歳以降雇用契約を更新しない旨就業規則を変更した(<証拠省略>)。
(3) 控訴人の本件雇用期間中の業務内容
ア 控訴人は,本件雇用期間中,相談係に配属された。当時の相談担当者は,3名であったがいずれも嘱託職員であった。
(ア) 相談業務は,被控訴人内に設けられた相談室における一般又は専門相談の電話や面接による対応とその記録・統計処理が業務の中心であり,その他専門相談の対応,京都市からの受託業務である苦情処理受付け,DV被害者支援に関わる人材育成事業の企画運営,グループ相談会の企画運営等である。(<証拠省略>)
(イ) 各年度における被控訴人全体の相談件数(グループ相談会を除く。)は次のとおりである。なお,専門相談については,すべて面接であり,弁護士やカウンセラー等の専門相談員が担当し,相談員は同席する。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)
平成
16年度
平成
17年度
平成
18年度
一般
相談
電話
1065
1131
1025
面接
278
342
446
専門
相談
法律
57
84
80
労働
23
11
-
女性への暴力
124
149
163
働く女性の心の相談
-
-
12
男性のための相談
-
17
55
1547
1734
1781
このうち各相談員の担当件数は以下のとおりである。(弁論の全趣旨)
控訴人
相談員C
相談員D
相談員E
平成
16年度
373(31.1)
609(50.7)
527(43.9)
-
平成
17年度
390(32.5)
693(57.8)
-
482(40.1)
平成
18年度
367(30)
474(39.5)
-
308(25.7)
入院
ただし,平成18年は12月末までの統計である。かっこ内は月平均件数である。
(ウ) 控訴人の相談業務にかける時間は,初回面接では1時間から1時間半程度であり,長くとも2時間程度である。継続面接は1時間以内とされ,電話相談は30分である。残業時間は多くはない。(控訴人本人,弁論の全趣旨)
イ(ア) 控訴人は,本件雇用期間の当初,他の相談員から面接相談及び継続相談はしないように指示を受けている旨説明されたが,匿名の電話相談及び1回だけの相談では実際的で本当の支援はできないと考え,Bにその旨説明し,面接相談及び電話相談を実施することについて承諾を得た(<証拠省略>)。
(イ) 控訴人は本件雇用期間中,面接及び電話の方法で相談を行い,相談内容を記録した(原審控訴人本人)。
ウ 控訴人は,本件雇用期間中,企画業務,具体的には企画,立案,講師交渉,広報,募集,当日の運営や講義,経費支出,記録を行った。企画業務の1つであるグループ相談会では,控訴人が進行役や講義を担当したこともあった。控訴人は,担当した企画について決定書案を起案し,被控訴人内の決裁手続を経て企画を実施した(<証拠省略>)。控訴人はこれらの企画業務の結果報告として情報誌に記事を書くこともあった。控訴人が担当した企画は,平成16年のシンポジウム「DV被害者がサバイバルするまで」(<証拠省略>),平成17年のDV被害者支援ボランティア入門講座(<証拠省略>),平成18年のグループ相談会「年金分割とこれからの生き方を考える」(<証拠省略>),グループ相談会「人生の選択 離婚」などであり,その他にも相談室として担当した企画もあった。
エ 被控訴人は平成16年4月から,京都市から京都市男女共同参画条例に基づく苦情等処理制度の受付業務を受託した。この受付業務は相談室が担当することになったため,控訴人は苦情処理制度に基づく申立ての受付業務を行った。同制度に基づく相談は,平成16年度8件,平成17年5件,平成18年3件であった。(<証拠省略>)
また,控訴人は上記受付業務の他に,2か月に1回開かれる専門員会議の世話,議事録作成を行った。なお,平成18年からは議事録作成は不要とされたため議事録作成は行っていない。
オ 控訴人は被控訴人と京都弁護士会,ウイメンズカウンセリング京都,男性相談カウンセラー,産業カウンセラーとの各契約締結に関して契約書類を作成し,公印の押印などの庶務事務を行った(<証拠省略>,弁論の全趣旨)
カ 控訴人は2か月に1回開催される総合窓口係,事業係及び外部カウンセラーが参加する相談事業連絡会議などに参加した(<証拠省略>)。
キ 控訴人は京都市域の女性への暴力に関するネットワーク会議(<証拠省略>),女性のための相談ネットワーク会議(<証拠省略>),京都府警性犯罪被害者対策研究分科会(<証拠省略>)にBに同行もしくは単独で出席した(<証拠省略>)。
ク 控訴人は平成16年,京都市児童福祉センターで外部講師としてDV研修を担当した(<証拠省略>)。もっとも3年間の研修講師派遣125件のうち,控訴人が担当したのはこの1件だけである。(弁論の全趣旨)
ケ 被控訴人は,平成16年7月,平成18年5月,全職員を対象に被控訴人の事業についてのヒアリングを行い,控訴人もヒアリングに応じた(<証拠省略>)。
コ 被控訴人は,平成18年,被控訴人職員が自己評価をするための自己評価委員会及び自己評価作業部会を設置した。自己評価作業部会の構成員には相談員1名が含まれていたが,控訴人は平成18年に同作業部会の構成員に選任された(<証拠省略>)。
(4) 被控訴人における相談事業の位置づけ
ア 被控訴人の主要事業は,平成15年度は,①情報提供事業(広報・啓発事業),②学習研修事業(調査・研究事業),③相談事業,④交流促進事業,⑤健康増進事業,⑥人材養成事業であった。平成16年度以降は,上記の⑥が調査・研究事業に変更されたが,その余は同様であった(<証拠省略>)。
イ 被控訴人は,アのとおり,相談事業を,被控訴人の主要6事業の一つとして位置づけ,さらに,被控訴人が作成した「平成19年度事業計画」には,相談のニーズや課題を協会(被控訴人)として共有し,それらの課題やニーズの中から事業を企画するなどして,協会事業の中心に位置づけられるようにすることを目標としていた(<証拠省略>)。
ウ 被控訴人は,京都市の指定管理者の応募にあたって,財団(被控訴人)職員が図書館司書資格,社会教育主事,産業カウンセラー,教職員,社会福祉士等の資格を有しており,これらの資格を生かして市民ニーズを感じ取り,仕事を遂行できる人材を配置している旨を記載した(<証拠省略>)。
エ 被控訴人の平成17年ごろの職員採用方法は,原則ハローワークで公募し,相談員は例外的に相談関係機関からの推薦で選考することとしていた。また,嘱託職員に関しては専門的な経験を考慮し,原則的に35歳以上の者であることを採用条件としていた(<証拠省略>)。
オ 被控訴人専務理事は,相談業務の質が一般職員の業務内容と比べ低いとは全く考えていないと供述する(<証拠・人証省略>)。
(5) 控訴人の給与額等
ア 控訴人の本件雇用期間中の嘱託給及び期末手当の額は,控訴人の自認するところ(<証拠省略>)では次のとおりであった(平成16年度ないし18年度の各年間支給額はいずれも同じ。)。
(ア) 嘱託給 170万4000円(月額14万2000円)
(イ) 期末手当 62万4800円
イ 控訴人が受領した退職手当額は42万6000円であった(<証拠省略>)。
(6) 提訴に至るまでの交渉
ア 事業相談係相談室の相談員は,平成17年1月22日,新しい給料体系試案に関連して,嘱託職員の給料は指定管理者制度の下でどのように扱われるのか,また嘱託職員の資格が嘱託給に反映されるかとの質問書を,被控訴人に提出した。これに対して,被控訴人の専務理事は同月24日,嘱託職員の給与は現行通りであるが,賞与に能力主義を導入することによって,個人差がつくことが考えられる旨及び職員の有する資格が仕事に生かされていると判断された場合は能力主義分で評価される可能性もある旨の回答をした(<証拠省略>,原審控訴人本人)。
イ 嘱託職員は,平成17年12月7日,同月14日,京都労働局に相談に行った(<証拠省略>,原審控訴人本人)。
ウ 控訴人を含む嘱託職員は,契約更新のヒアリングに際して,被控訴人に対して,同月19日,新給料体系と比較しても嘱託職員の給与は低く一般職員と比較して格差を感じるので,嘱託職員の処遇の改善を要望する旨の書面を提出した(<証拠省略>)。
被控訴人のF係長は,控訴人の更新契約ヒアリングにおいて同年12月20日,嘱託職員の給料の低さは管理職内で話題になっていたが,給料のパイは決まっているので,嘱託職員の給料を上げると一般職員の給料を下げることになり,そうなると一般職員と嘱託職員の違いが分からなくなる旨述べた(<証拠省略>,原審控訴人本人)。
エ 京都労働局は,同月26日,個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律に基づき,被控訴人総務課長らと面談して説明を受け,嘱託職員が処遇に不満を持っている現れであるとして話合いを勧めたが,被控訴人は京都市からの補助金が決まっているために,一般職員の給料を下げる必要があり困難である趣旨を述べた。また同局は,同月27日,控訴人に電話し,8時間労働の嘱託職員は短時間労働者法の対象にならないこと,7時間労働の相談員職員も対照できる正規職員がないので短時間労働者法の対象にならないこと,そのため行政指導ができないことを伝えた。
オ 被控訴人嘱託職員は,平成18年1月17日,控訴人に処遇改善要求に関して回答を求める旨の申入書を出したところ,被控訴人は,同月19日,被控訴人嘱託職員に対し,「助言に関わらず,今後と個別にヒアリング等を行い,職員の要望を聞き,職場の環境改善に努めていきたい」旨の回答をした。(<証拠省略>,控訴人本人)
カ 控訴人は,平成18年12月20日,本訴を提起し,平成19年3月31日以降の契約の更新を希望せず,同日付けで被控訴人を退職した(<証拠省略>)。
3 被控訴人の財務内容及び人事
(1) 被控訴人は,京都市によって設立されたいわゆる第3セクターであり,公益法人である。したがって,京都市からの補助金を受ける立場にあり,人事,予算,運営等について京都市から掣肘を受けている。京都市は,平成13年財政に関して非常事態宣言を行って市財政の緊縮化に努めるようになり,その結果,被控訴人の人件費に関する査定は次第に厳しくなっていた。
(2) 被控訴人は,平成14年度における職員給与等の減額措置を講じることとし,平成14年7月から16年3月まで給与を3%カットし(給料月額,調整手当,期末手当の3.15月分減額),同年4月に給与表について3.02%の減額改定を実施し,期末手当を0.2月分減額した。もっとも嘱託職員に関しては,期末手当を除いてカットはなかった。平成18年4月,指定管理者制度導入に伴って一層の経営効率を求められるようになり,嘱託職員を除く一般職員の給与を7%から10%減額した。(<証拠・人証省略>)
(3) 嘱託給の金額は,被控訴人が京都市の外郭団体であったために,京都市に準ずる形で取り決められていたが,前記のとおり,平成13年以降の京都市の緊縮財政により補助金が削減され,さらに平成18年以降は指定管理者制度の採用されて自助努力が求められていたために,被控訴人は嘱託職員の賃金増額を行うことができなかった。(<証拠省略>)
(4) 被控訴人の一般職員の採用試験の受験資格は,年齢がほぼ20歳から30歳の短大・4年制大学卒業者が有するのと同等程度の能力を有する者とされ,また教員,社会教育主事等の何らかの免許を取得していることを採用の条件としていた。もっとも嘱託職員については資格の取得を採用条件とはしていない。(<証拠・人証省略>)
4 本件賃金処遇が憲法13条及び14条に反し不法行為となるか(争点(1))
(1) 控訴人は,控訴人の労働と被控訴人の一般職員の労働とは同一であることを前提に,本件賃金処遇が社会的身分による差別であり憲法14条に反し,また,本人の能力と無関係に低賃金で扱うことにより適切に評価され開発されることにより生きがいを得るという権利を侵害しているから,憲法13条に反し,違法であり不法行為となると主張する。
憲法の規定は,国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので,もっぱら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり,私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない(最高裁昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁)ところ,被控訴人は,京都市が全額出資して設立された財団法人ではあるが,私人であり,被控訴人の行為に憲法13条及び14条が直接適用されるかには疑義があり,むしろ実体法規の解釈にあたって憲法の規定を考慮要素とすることによってその趣旨を実現するのが相当である。
(2) まず憲法14条は機会の平等を規定しているところ,労働基準法3条及び4条等の解釈・適用を通じて私人関係を規律することとなる。
しかし,憲法13条についてはその文言自体抽象的であり,それ自体から賃金処遇についてどうあるべきかを具体的に明らかにしておらず,仮に同条が直接に適用されるとしても,具体的な法規範性を見いだすことは困難であるうえに,実体法規の解釈にあたって考慮要素とするにしてもどのように参酌すればよいのかも明らかでない。また,憲法13条は自由権であって,現に存在する差別を積極的に是正するという積極的な効果をもたらすような人権規定ではない。
(3) 以上のとおり,本件賃金処遇が,憲法13条及び14条に直接反するとの控訴人の主張は採用できないが,憲法14条の趣旨を踏まえて以下の検討をする。
5 本件賃金処遇が労働基準法3条に反し不法行為といえるか(争点(2))
労働基準法3条が,憲法14条の趣旨を受けて,社会的身分による差別を絶対的に禁止したことからすると,同法同条の「社会的身分」の意義は厳格に解するべきであり,自己の意思によっては逃れることのできない社会的な身分を意味すると解するのが相当である。また,同条の解釈は民事上の損害賠償請求の場面においても特定の行為が違法か否かの基準となるのであるから,上記場面においても同様に解釈するのが相当である。
そして,嘱託職員という地位は自己の意思によって逃れることのできない身分ではないから,同条の「社会的身分」には含まれないというべきである。
よって,本件賃金処遇が,労働基準法3条に違反し違法であるとはいえず,これに反する争点(2)についての控訴人の主張は採用できない。
6 本件賃金処遇が労働基準法4条に反し不法行為となるか(争点(3))。
(1) 証拠(<証拠省略>)によれば,被控訴人は相談員として採用する嘱託職員については,募集にあたって性別を問わないものとしていたことが認められ,嘱託職員に適用する給料表において男女別の給料表を作成していたわけではないことを考慮すると,控訴人が女性であることを理由にして機会の平等を侵害するような作為を行ったとは認められない。したがって,控訴人についての本件賃金処遇が女性であることを理由とする差別的な取扱いとはいえないことは明らかである。
(2) 控訴人は,被控訴人の嘱託職員は京都市退職者を除いて全員女性である旨及び非正規職員のうち女性が多数であり,非正規職員に対して一般職員より低い処遇をすることは女性の待遇を低くするものであって,間接差別である旨主張する。しかし,被控訴人における業務の内容及び男女共同参画センターの利用者である女性からみた場合,女性が上記業務を担当するほうが利用しやすい側面があること,女性の立場から女性の社会における地位の向上に役立つ仕事をしたいとして被控訴人への就職を希望する者も多いものと考えられること,一般職員においても10名のうち8名が女性であることを考慮すると,嘱託職員の待遇それ自体が,間接的に女性を差別するものになっているとは認め難い。
また,そもそも労働基準法4条は,機会の平等を定めた規定であると解されるところ,控訴人は,本件賃金処遇が非正規職員のうち女性が多数であることによって,控訴人についてどのような機会の平等を侵害しているのかについて,具体的な主張はなく,その立証もない。
(3) よって,本件賃金処遇が,男女平等を求める労働基準法4条に違反するとはいえず(同一(価値)労働同一賃金の原則との関係については後述する。),争点(3)についての控訴人の主張は採用できない。
7 本件賃金処遇が同一(価値)労働同一賃金の原則又は均衡の理念若しくは公序等に反し不法行為となるか(争点(4))。
(1) 控訴人の主張する条約等が自動執行力を有するといえるかについて
控訴人は,ILO100号条約,156号条約,175号条約,国際人権規約A規約7条,女子差別撤廃条約の存在から,国際的公序として同一(価値)労働同一賃金の原則が確立しており,これらは自動執行力があると主張する。
そこで,我が国が批准しているILO100号条約,156号条約,国際人権規約A規約,女子差別撤廃条約について,この点を検討する。
ア ILO100号条約2条1項は,「各加盟国は,報酬率を決定するため行われている方法に適した手段によって,同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬の原則のすべての労働者への適用を促進し,及び前記の方法と両立する限り確保しなければならない」と規定し,同一(価値)労働同一賃金の原則についても言及している。
しかし,同条約3条1項では,「行うべき労働を基礎とする職務の客観的な評価を促進する措置がこの条約の規定の実施に役立つ場合には,その措置を執るものとする。」と定めるにとどまり,同一(価値)労働同一賃金の原則の具体的な実現については,各加盟国に委ねられていると解され,同条約に自動執行力があるとはいえない。
イ 次に,国際人権規約A規約7条柱書は,「この規約の締約国は,すべての者が公正かつ良好な労働条件を享受する権利を有することを認める。この労働条件は,特に次のものを確保する労働条件とする。」と規定し,同条(a)(i)は「公正な賃金及びいかなる差別もない同一価値の労働についての同一報酬。特に,女子については,同一の労働について同一報酬とともに男子が享受する労働条件に劣らない労働条件が保障されること。」と規定しており,同一(価値)労働同一賃金の原則を一般的に宣言するとともに,男女差別の観点からは,同一労働に同一賃金が支払われるべきことを宣言している。
しかしながら,前記の文言によれば,男女差別の観点からは,同一(価値)労働同一賃金の原則が貫徹されるべき旨を明言していると認められるが,男女差別の観点を含まない,例えば男性労働者相互,女性労働者相互で比較した場合に,同一(価値)労働同一賃金が国際社会のあるべきルールであり,常に保障されるべきであることまで具体的に宣言をしたものではないと考えられる。したがって,上記人権規約の規定が,控訴人の主張する同一(価値)労働同一賃金の原則という観点から見て自動執行力を有するものと解することは困難である。
ウ 女子差別撤廃条約11条1項は,その柱書において「締約国は,男女の平等を基礎として同一の権利,特に次の権利を確保することを目的として,雇用の分野における女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとる。」とし,その(d)項では「同一価値の労働についての同一報酬(手当を含む。)及び同一待遇についての権利並びに労働の質の評価に関する取扱いの平等についての権利」を規定している。
しかし,同条約も男女差別の点から国際社会のあるべきルールを宣言しているにとどまり,同一(価値)労働同一賃金の原則それ自体について,具体的な共通の規範を策定したものとはいえないから,同条約が同一(価値)労働同一賃金の原則という観点から見て自動執行力を有するものと解することはできない。
エ ILO156号条約は,子どもや近親者の世話をするために職業生活に支障を来す男女労働者に対する保護を目的としており,同一(価値)労働同一賃金の原則を直接規定したものではなく,かつ法規範性を有する具体的内容を持つものでもない。
オ 以上のとおり,控訴人の主張する各条約は,同一(価値)労働同一賃金原則に関する裁判規範性の根拠となるものではない。
(2) 労働基準法4条は,同一(価値)労働同一賃金の原則を規定したものかについて
控訴人は,上記各条約等に自動執行力がないとしても,その趣旨が,国内法の解釈上に取り入れられるべきであり,労働基準法4条は,同一(価値)労働同一賃金の原則を定めたものであると主張する。
ア 労働基準法4条の文言は,「使用者は,労働者が女性であることを理由として,賃金について,男性と差別的取扱いをしてはならない。」というものであり,前記(1)イに説示した点も考慮すると,同条が同一(価値)労働同一賃金の原則を定めたものであるとは,文言上解釈し難いというべきである。
イ 我が国の労働市場においては,長く年功序列的な賃金体系が支配していたが,そこでは若年新卒者を一括採用し,その後企業内で育成して,幹部や中堅層に成長させるシステムが採られ,その賃金決定については,年齢,学歴,勤続年数,職種,職能資格,成果,将来の成長可能性,責任の度合いなどが考慮されていたほか,保護すべき家族の有無・多寡等の生活給的要素まで勘案されることがあったと考えられる。すなわち,労働者の賃金は,単純に,労働により生み出された成果や付加価値,拘束時間によって決定されるものではなく,多種多様な考慮要素を斟酌して決せられていたものであり,労働者側もまた労働の成果や付加価値,拘束時間のみによって賃金が決定されるものではない上記のシステムを受容し,支持してきた面があることは否定できない。現在,いわゆる成果主義が取り入れられつつあるといっても,上記のような我が国の賃金決定方法が不合理であるということはできない。
このような年功序列的な長期雇用制度の下では,正規雇用労働者は,年功によって賃金の上昇が期待できるが,勤続年数,経験に応じた責任や,転勤,配転,残業等の負担が伴うことになる。ところが,長期雇用制度の枠外にある非正規雇用労働者については,一般的にいえば短期的な需要によって求められるものであり,職務内容が限定的で責任も軽く,また時間的な拘束も弱い場合が多い反面,賃金も固定的であるのが通常であると考えられる。そして,このような雇用形態の差違に基づく賃金決定を,全面的に規制する実定法はなく(後記のとおり,改正短時間労働者法も,同法にいうところの「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」についてのみ,同一(価値)労働同一賃金を確保するにすぎない。),違法であるわけではない。
ウ 我が国においては,従来,終身雇用・年功賃金・企業別労働組合という3つの特徴からなる日本的労使関係が形成されていた。労働者の賃金引上げについても,職務分析・評価の基準手法を団体交渉事項とすることなく,労働組合がどのような職種かを問わず全労働者に一律のベースアップを求め,経営者側がこれに回答するという手法が長い間続き,大企業を中心とする労働組合は春闘等により個々の大企業の枠を超えた労働組合運動を行い,賃金水準の引上げを勝ち取っていた。ところが,これらの労働組合は正規の従業員(正職員・本工)を組織していたにすぎず,大企業ないしその関連企業と正規の雇用関係がない労働者(社外工・臨時工等)は上記労働組合に組織されず,高度経済成長期にある程度賃金格差が縮小された時期を除けば,同一の職場にありながら賃金水準が異なる労働者が存在し続け,そのようなパートタイマーについても配偶者等が課税最低限度額,扶養認定の関係等から低賃金で雇用される独自の労働市場が形成されていった。
エ このような非正規雇用労働者の雇用改善について,平成5年6月,短時間労働者法が制定されて,事業主等の責務を宣言し,国による短時間労働者対策基本方針の設定が義務化されたものの,短時間労働者に関する労働条件改善は努力義務とされていた。しかし,後記(3)アのような状況を踏まえて短時間労働者法は改正され,非正規雇用労働者の賃金等の労働条件に関して,初めて一定の法律上の枠組みが設定されるに至った(平成20年4月1日施行)。ところが,同改正法においても,賃金等の待遇に関しては,「事業主は,業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者(以下「職務内容同一短時間労働者」という。)であって,当該事業主と期間の定めのない労働契約を締結しているもののうち,当該事業所における慣行その他の事情からみて,当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において,その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれる者(以下「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」という。)については,短時間雇用者であることを理由として,賃金の決定,教育訓練の実施,福利厚生施設の利用その他の待遇について,差別的取扱いをしてはならない」と定め,「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」については同一(価値)労働同一賃金の原則を,具体的に規定したものの(8条),それ以外の非正規雇用労働者については努力義務規定が置かれたにすぎない。
また,平成19年12月制定された労働契約法(平成20年3月1日施行)においても,同一(価値)労働同一賃金の原則の採用を正面から義務付けるような規定は置かれていない。
オ 上記ア,エの法律規定の状況,同イ,ウの事情を考慮すると,労働基準法4条が,同一(価値)労働同一賃金の原則を定めていると解することはできない。
カ 以上のとおり,同一(価値)労働同一賃金の原則については,本件雇用期間の当時はもとより,現在においても一般的な法規範としてこれを認めるべき根拠はなく,またこれに基づくところの公序があると考えることもできない。
(3) 均衡の理念について
控訴人は,同一(価値)労働同一賃金の原則が法規範として認められなくとも,均衡の理念が設定する公序違反としての不法行為を主張する。
ア いわゆるバブル経済の崩壊後,長期の不況と激化する国際競争という環境下,既に述べたような長期雇用政策を採っていた使用者側の人事政策は大きく変化し,柔軟な労働力調整が可能で,かつ低廉な人件費の労働力として活用できる非正規雇用労働者の需要が急激に増大した。その結果,家計補助的にではなく自ら自活するために就業を希望しているにもかかわらず,非正規雇用に従事せざるを得ない,いわゆるワーキングプアの問題や格差問題が生起してきていることは顕著な事実である。このような社会情勢の変化を反映して,次の法改正がなされた。
すなわち,① 平成19年改正にかかる改正短時間労働者法においては,その目的規定において,「通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保等を図ることを通じて短期時間労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし,もってその福祉の増進を図り,あわせて経済及び社会の発展に寄与することを目的とする」と規定した(1条)。② その上で同法は,「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」という限定された範囲ではあるが,既述のとおり「短時間雇用者であることを理由として,賃金の決定,教育訓練の実施,福利厚生施設の利用その他の待遇について,差別的取扱いをしてはならない」(同法8条)と規律し,③ 「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」に該当しない短時間労働者についても,「通常の労働者との均衡を考慮しつつ」,その雇用する短時間労働者の「職務の内容,職務の成果,意欲,能力又は経験等を勘案し」,その賃金を決定するように努めることを規定した(同法9条)。さらに,④ 平成19年12月成立の労働契約法は,「労働契約は,労働者及び使用者が,就業の実態に応じて,均衡を考慮しつつ締結し,又は,変更すべきものとする。」と規定(3条2項)した。
以上の法律関係とその背景を総合すると,上記各法規のみならず,憲法14条及び労基法の基底には,正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間における賃金が,同一(価値)労働であるにも関わらず,均衡を著しく欠くほどの低額である場合には,改善が図られなければならないとの理念があると考えられる。したがって,非正規雇用労働者が提供する労働が,正規雇用労働者との比較において同一(価値)労働であることが認められるにも関わらず,当該事業所における慣行や就業の実態を考慮しても許容できないほど著しい賃金格差が生じている場合には,均衡の理念に基づく公序違反として不法行為が成立する余地があると解される。
そこで上記の見地から本件をみると,本件で不法行為が成立するには,① 控訴人の労働が,一般職員との比較において同一(価値)労働であると認められること,② 被控訴人における慣行や就業の実態を考慮しても許容できないほど著しい賃金格差が生じていることが必要であると考えられる。
イ 控訴人の労働と一般職員の労働との比較
(ア) 前記認定の事実によれば,控訴人は,本件雇用期間においては,相談員として採用され,一貫して相談担当であったところ,本件雇用期間の相談員は3名であったが,いずれも嘱託職員であり,一般職員である相談員はいなかったのであるから(なお,係長は一般職員であるが事業企画課長と兼任で配置されていた。),相談業務について比較対照すべき一般職員はいない。
控訴人は,嘱託職員全体と一般職員全体を比較することを求めるようであるが,控訴人の職務が相談業務である以上,その労働(価値)が同一かどうかについては,控訴人が実際担当していた職務と一般職員の職務とを比較対照しなければならないことは当然である。
(イ) 控訴人は,相談業務の質が低いものではなかったと主張しており,前記認定のとおり,被控訴人専務理事も,相談業務の質が一般職員の業務内容と比べ低いとは全く考えていなかったと述べているところである。しかし,そこでいうところの相談業務の質や一般業務の質というものの意味内容は明らかではなく,主観的,感覚的な感想又は観測にとどまっている。控訴人は,質が低いものではないという主張を通じて,相談室業務の労働と他の一般職員の労働が同一価値であることを強調していると考えられるが,そこでも両者を比較対照できるほど個別,具体的であるわけではない。
かえって,前記認定の事実によれば,相談業務は,被控訴人内に設けられた相談室における一般又は専門相談の電話や面接による対応とその記録・統計処理が中心であることが認められる。控訴人は,その他にも,専門相談の対応,京都市からの受託業務である苦情処理受付け,DV被害者支援に関わる人材育成事業の企画運営,グループ相談会の企画運営等の関連業務を担当していたものであるが,このような職務についても,相談業務に関連する特殊な範囲に限定されているから,他の係とは業務内容でも,執務体制の上でも,異なっているというべきである。
また,弁論の全趣旨によれば,相談室担当の嘱託職員の職務は,相談業務に特化しており,他の部署への人事異動は考えられておらず,その在職期間についても比較的短期で,実際上,相談業務の開始から平成19年度までの間に6名が退職していることが認められる。
このような点からみて,被控訴人は,相談業務の特質に応じて,それを,被控訴人の業務全体に通暁した基幹職への成長が期待されている一般職員(このような期待を被控訴人が持っていることは事業体としては当然のことである。)ではなく,比較的短期間,在職することが予定され,相談という専門的で特殊な職能に適応した嘱託職員を採用して割り振り,担当させていたとみるべきである。それが使用者の判断として合理性を欠くとは認めがたいし,その状況に照らすと相談業務を担当する嘱託職員の労働が一般職員の労働と同一価値であるとまで認めることはできない。
(ウ) もっとも控訴人は,相談以外の業務を行った旨強く述べているので,この点について検討する。
a まず,当初雇用期間においては,前記認定の事実によれば,① 控訴人は,相談室開設に際して,相談室運営指針の原案を起案し,また記録の受付票のデータベース化できるよう工夫したこと,② グループワークでの相談方式であるグループ相談会を企画,実施し,相談室の他の職員と共に,外部弁護士や京都市関係部局と協議して,その資料となる「△△」を作成したこと,③ 相談室の案内,相談室が受けた相談の結果の分析及び相談事例を抽象化,一般化して一般女性に参考になる記事などを書き,被控訴人発行の情報誌「○○」に掲載したこと,等の貢献をしたことが認められる。
しかし,これらは控訴人が不法行為であると主張する本件雇用期間中の行為ではない上に,いずれも控訴人が担当する相談業務に密接に関連するものと認められる。
b 次に,本件雇用期間においては,① 面接相談及び電話相談を実施することを上司に働きかけ,承諾を得たこと,② 平成16年のシンポジウム「DV被害者がサバイバルするまで」,平成17年のDV被害者支援ボランティア入門講座,平成18年のグループ相談会「年金分割とこれからの生き方を考える」,グループ相談会「人生の選択 離婚」などを企画し,企画業務の結果報告として情報誌に記事を書いたこと,③ 苦情等処理制度の受付業務に関連して,平成17年まで2か月に1回開かれる専門員会議の世話,議事録作成を行ったこと,④ 被控訴人と京都弁護士会やカウンセラーとの各契約締結に関して契約書類を作成し,公印の押印などの庶務事務を行ったこと,⑤ 控訴人は総合窓口係,事業係及び外部カウンセラーが参加する相談事業連絡会議などに参加したこと,⑥ 京都市域の女性への暴力に関するネットワーク会議等の外部機関との連絡会議等に出席したこと,⑦ 全職員を対象とする,被控訴人の事業についてのヒアリングに応じたこと,⑧ 平成18年度の自己評価作業部会の構成員に選任されたこと,⑨ 平成16年,京都市児童福祉センターで外部講師としてDV研修を担当したこと,が認められる。
以上のうち,①から③については,相談業務又はその拡大形態,あるいは相談室が担当する苦情処理制度の一環というべきであり,④から⑥も相談業務に関連した内容であり,控訴人が分掌する担当業務以外のものではない。⑦⑧は,控訴人の内部統制又は内部管理の一環であるから,嘱託職員もその対象となるのは当然である。⑨は,相談業務以外の事務とも考えられるが,控訴人の相談業務であるDVに関係している上に,前記2(3)ク認定のとおり,3年間の研修講師派遣125件のうち,控訴人が担当したのはこの1件だけであったことを考えると,さほど重視できない。
また,これらの業務の負担は,純然たる相談業務ではないといえるが,前記2(3)ア(イ)認定の事実によれば,控訴人が処理した担当件数は他の相談員に比べて少ないことが認められ,控訴人の果たした役割が特別大きいといえるかについても疑問が残る。
(エ) かえって,前記認定の事実に,証拠(<証拠・人証省略>)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実を認めることができる。
a 被控訴人の一般職員の採用試験の受験資格は,年齢がほぼ20歳から30歳の短大・4年制大学卒業者が有するのと同等程度の能力を有する者とされ,また教員,社会教育主事等の何らかの免許を取得していることを採用の条件としていた。しかし,嘱託職員に関しては原則的に35歳以上の者であることを採用条件とし,採用に関しては資格保持をその要件とはしていない。現実にも,控訴人の生年月日は昭和21年9月22日であるから,本件雇用期間の冒頭時期である平成16年3月当時,57歳であった。
b 控訴人の労働時間についても,一般職員の勤務時間より短い週35時間勤務であった。残業時間も一般職員より少なかった。
c 終身雇用を前提とする職場においては,組織全体の職務を把握しながら管理職員として処遇されていくために,職務の変更を伴うことが一般であるところ,弁論の全趣旨によれば,被控訴人においても同様の処遇が行われ,一般職員は,異なる業務に就くことがあったと認められる。しかし,相談業務を担当する控訴人については,異動が予定されていなかった。
(オ) 以上によれば,控訴人の職掌が相談業務及びこれに関連する業務に限定され,比較対照すべき一般職員が見当たらないうえに,年齢等の採用条件が一般職員とは異なっており,また採用後も職務上の拘束が弱く,負担も一般職員より軽い扱いであったことなどの差違があったと認められ,これらの点を総合すると,控訴人の労働が一般職員の労働と比較して,同一又は同一価値であるとは認めることができない。
よって,控訴人の主張は理由がない。
ウ 賃金格差について
上記説示から明らかなとおり,控訴人の労働が,一般職員の労働と比較して,同一又は同一価値と認めるには足りない以上,均衡の理念に基づく公序違反として不法行為は成立しないというべきであるが,控訴人は,控訴人の労働が,一般職員の労働と比較して,同一又は同一価値と認めることはできない場合であっても,その労働価値の差違に比べて,なお賃金格差が著しいことを理由に,その賃金格差を設けたことが不法行為に該当する旨主張しているものと解することができる。
しかし,前記認定の事実によれば,控訴人は,平成16年3月,Bからの嘱託職員勧誘に応じて,基本賃金月額14万2000円,期間1年間などの労働条件の説明を受けたうえ被控訴人に就職し,その後も,毎年,ほぼ同条件の嘱託職員雇用契約に応じていることが認められ,これらの労働契約については契約自由の原則が妥当するところである。そして,改正短時間労働者法においても,「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」については同一(価値)労働同一賃金の原則を法定しているが(同法8条),それ以外の短時間労働者については努力義務としている(同法9条)点に照らせば,同一(価値)労働と認められるに至らない場合においても,契約自由の原則を排除して,賃金に格差があれば,直ちに賃上げを求めることができる権利については,実定法上の根拠を認めがたいというべきであり,したがって,賃金に格差がある場合に常に公序違反と扱い,不法行為に該当すると断定することもできない。
なお,仮に控訴人主張のような法理を是認することができるとしても,労働の価値を判断する上で控訴人と比較対照しうる一般職員を見出すことができないうえに,イにおいて既に説示した各事情を斟酌するならば,本件の控訴人の労働と,被控訴人の一般職員の労働との間には,被控訴人における慣行や就業の実態を考慮しても許容できないほど著しい賃金格差があるとまで認めることもできない。
8 結論
以上のとおりであって,その余の点を判断するまでもなく,控訴人の請求は理由がないから,これを棄却した原判決は結論において相当である。
よって,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 森宏司 裁判官 中村昭子)